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特許7412689効率的な肝炎ウイルスの抗体誘導方法、抗体および検出系
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-04
(45)【発行日】2024-01-15
(54)【発明の名称】効率的な肝炎ウイルスの抗体誘導方法、抗体および検出系
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/13 20060101AFI20240105BHJP
   C07K 14/02 20060101ALI20240105BHJP
   C07K 16/08 20060101ALI20240105BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20240105BHJP
   A61K 39/29 20060101ALI20240105BHJP
   A61P 31/20 20060101ALI20240105BHJP
   G01N 33/576 20060101ALI20240105BHJP
【FI】
C12N15/13
C07K14/02 ZNA
C07K16/08
C12N15/63 Z
A61K39/29
A61P31/20
G01N33/576 B
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020523182
(86)(22)【出願日】2019-06-06
(86)【国際出願番号】 JP2019022588
(87)【国際公開番号】W WO2019235584
(87)【国際公開日】2019-12-12
【審査請求日】2022-05-17
(31)【優先権主張番号】P 2018108179
(32)【優先日】2018-06-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構「感染症実用化研究事業 肝炎等克服実用化研究推進事業B型肝炎創薬実用化等研究事業」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】305060567
【氏名又は名称】国立大学法人富山大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】成松 久
(72)【発明者】
【氏名】安形 清彦
(72)【発明者】
【氏名】梶 裕之
(72)【発明者】
【氏名】久野 敦
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 隆
(72)【発明者】
【氏名】千葉 靖典
(72)【発明者】
【氏名】栂谷内 晶
(72)【発明者】
【氏名】清水 弘樹
(72)【発明者】
【氏名】曽我部 万紀
(72)【発明者】
【氏名】我妻 孝則
(72)【発明者】
【氏名】溝上 雅史
(72)【発明者】
【氏名】是永 匡紹
(72)【発明者】
【氏名】田尻 和人
(72)【発明者】
【氏名】小澤 龍彦
【審査官】田ノ上 拓自
(56)【参考文献】
【文献】Journal of Biological Chemistry,1999年04月23日,Vol.274, No.17,p.11945-11957
【文献】Journal of General Virology,2004年,Vol.85,p.2045-2053,DOI 10.1099/vir.0.79932-0
【文献】Journal of Medical Virology,1989年,Vol.28,p.7-12
【文献】Analytical Chemistry,2018年08月03日,Vol.90,p.10196-10203
【文献】西口修平,Hbs抗原の測定法と臨床的意義,肝臓,2014年,第55巻, 第6号,p.310-324
【文献】Journal of General Virology,2000年,Vol.81,p.369-378
【文献】Journal of Virology,2003年09月,Vol.77, No.17,p.9511-9521
【文献】Tohoku J. Exp. Med.,2015年06月09日,Vol.236, No.2,p.131-138
【文献】Hepatitis Monthly,2013年09月07日,Vol.13, No.9,e12280 (p.1-9)
【文献】Molecular Immunology,1982年,Vol.19, No.9,p.1087-1093
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C07K 1/00-19/00
A61K 39/29
A61P 31/20
G01N 33/576
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
SwissProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号3に記載されるアミノ酸配列を有する抗体重鎖可変領域における3つのCDR配列1~3のCDR配列、及び配列番号4に記載されるアミノ酸配列を有する抗体軽鎖可変領域における3つのCDR配列1~3のCDR配列を、それぞれ配列番号3又は配列番号4に記載される順序で含む、B型肝炎ウイルス抗原に特異的に結合する抗B型肝炎ウイルス抗原抗体。
【請求項2】
配列番号3及び4に記載されるアミノ酸配列を有する、請求項に記載の抗B型肝炎ウイルス抗原抗体。
【請求項3】
請求項に記載の抗B型肝炎ウイルス抗原抗体のアミノ酸配列をコードする核酸。
【請求項4】
配列番号1及び2の塩基配列を含有する、請求項に記載の核酸。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の核酸を含有する発現ベクター。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の抗体を含有する、抗B型肝炎ウイルス医薬組成物。
【請求項7】
請求項1又は2に記載の抗体を用いた、B型肝炎ウイルスのDane粒子を検出する方法。
【請求項8】
レクチンを用いることをさらに含む、請求項に記載の方法。
【請求項9】
請求項1又は2に記載の抗体を含む、B型肝炎ウイルスのDane粒子を検出するためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、B型肝炎ウイルス抗原とその製造方法、B型肝炎ウイルス抗原を含有するワクチン用組成物、抗B型肝炎ウイルス抗体とその抗体をコードする核酸、B型肝炎ウイルスの検出系、およびB型肝炎ウイルス用医薬品組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
B型肝炎ウイルス(HBV)はヘパドナウイルスに属し、不完全2本鎖DNAを有し、ヒト肝臓に特異的に感染するウイルスである。HBVの感染により、B型急性肝炎、慢性肝炎、肝硬変、肝細胞がんへと進展する可能性があり、重大な健康問題の一つである。現在日本では人口の約1%(約110-140万人)のB型肝炎ウイルス(HBV)保有者がいると考えられ、世界中では約5%(3億5千万人)の感染者がいると考えられている(WHO報告による)。
【0003】
B型肝炎の治療にはインターフェロン(抗ウイルス薬)による免疫療法と核酸アナログ(逆転写酵素阻害剤)が用いられているが、副作用や耐性ウイルスの発生などの問題点が指摘されており、新たな標的に対する新規治療薬が期待されている。
【0004】
一方、HBV感染の拡散を防ぐためには、ワクチンの接種が有効である。現在、世界各国・地域でHBVに対するユニバーサルワクチネーションが実施されているにも拘わらず、我が国では最近までユニバーサルワクチネーションが行われていなかったこともあり、新たなHBV感染の発生を防ぐ事は難しいと考えられる。現在、酵母で作製されたワクチン (リコンビナントS-HBs抗原)が使用されているが、いずれも糖鎖が付加されていないタンパク質として使用されている。
【0005】
ワクチン接種後の抗体価の上昇を起こさせるためには複数回(3回)以上の接種が必要であり、現行のワクチンによって約90%近くの接種者に抗体獲得が見られる。しかしながら、得られる抗体価には大きな個人差がある。これらの抗体誘導効率の問題は、ユニバーサルワクチネーションの経費を抑制するためにも改善が必要である。一方、最近の報告ではHBVワクチンはB型肝炎の発症を防ぐことはできてもHBV感染を防ぐことができないという事例が報告されている。また、HBVワクチン接種で誘導される抗体では認識できないエスケープミュータントやオカルトインフェクションが報告され、これらの変異HBVにも対応し得る次世代HBVワクチン(例えば接種回数が少なくても効果があり、より幅広い抗ウイルス効果があるワクチン)や抗HBV抗体の開発が重要である。
【0006】
HBV感染者の血液中には、感染性のあるHBV粒子(Dane粒子)と感染性の無い空粒子(SVP)が存在している。感染性のあるDane粒子はコア(HBc)の中にDNAを含み、さらにエンベロープ(HBs)に包まれた構造をしているが、感染性の無い空粒子(SVP)はHBsのみでDNAを含んでいない(図1)。
【0007】
HBs遺伝子はPreS1,PreS2, Sから構成され、異なる翻訳開始メチオニンコドンから始まる3種の膜タンパク質(L-HBs抗原、M-HBs抗原、S-HBs抗原)をコードしている。これらの異なるHBs抗原の構成の違いにより、上記のHBV粒子(Dane粒子とSVP)が形成される。従来のワクチンは、抗原として酵母で発現した糖鎖の無いS-HBs抗原(S (-Gly))であり、実際のHBV粒子に含まれている糖鎖を有するL, M, S (+Gly)糖タンパク質を含んでいない。SVPはDane粒子の千倍以上も患者血清中に存在していることが示唆されており、現行のHBVワクチンで認識されるHBVは感染性の無いSVPが主であると考えられる。
HBVは感染性のDane粒子の割合が感染性の無いSVPに比べ1/1000ほどしか存在しないにも関わらず、感染能力が非常に高いウイルスである。正確にHBV粒子(Dane粒子)を測定する、あるいはHBVの検出限界をあげるには、感染性のあるDane粒子を濃縮することが一つの方法である。また、効率的に抗体を誘導するワクチンを作製するためには、Dane粒子と感染性の無い小粒子(SVP)とを区別できるターゲット(抗原)を選定することが重要である。
【0008】
また、献血の安全性は核酸検査(NAT)によるスクリーニングを実施して確保されているが、HBVは検出限界以下の低コピーで感染が成立してしまうため、HCVやHIVに比べ輸血による感染事故が絶えない。すなわち、Dane粒子を濃縮する技術はHBV検出の精度を上げるために不可欠である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】国際公開第2016/167369号パンフレット
【非特許文献】
【0010】
【文献】Ito K et al. J Virol. 2010 Dec;84(24):12850-61.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、現在解決が求められる上記の事例を広くカバーできるように、B型肝炎ウイルス(HBV)の空粒子を認識せず、Dane粒子を認識できる検査系、あるいは空粒子を認識せず、Dane粒子を認識できる抗体の産生を誘導できるようなワクチンとして用い得るB型肝炎ウイルス抗原、空粒子を認識せず、Dane粒子を認識し感染阻害効果を示す中和抗体、を獲得するための技術および生成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、Dane粒子と特定の糖鎖構造とが関連していることを明らかにした。これにより、感染性のある、すなわち核酸を含むB型肝炎ウイルス粒子の新たな検出系の構築に成功した。
【0013】
すなわち、本発明は以下の(1)~(21)及び〔1〕~〔21〕に関する。
(1)B型肝炎ウイルスにおいて感染性のあるHBV粒子(Dane粒子)と感染性の無い空粒子(SVP)とを区別するための、抗体の誘導と抗体及びレクチンを用いたスクリーニング方法。
(2)上記抗体の誘導と抗体及びレクチンを用いたスクリーニング方法のための、糖鎖を有するB型肝炎ウイルス抗原。
(3)上記方法のための、PreS1, PreS2およびS領域からなる群から選択される遺伝子にコードされるHBs糖タンパク質に糖鎖を有するB型肝炎ウイルス抗原。
(4)下記式[1]、[2]または[3]の構造を有する、HBs糖タンパク質由来のB型肝炎ウイルス抗原。
【化1】
【化2】
【化3】
(5)上記式[1]、[2]または[3]において、アミノ酸配列の相同性が70%以上である、B型肝炎ウイルス抗原。
(6)上記式[1]、[2]または[3]において、1~3残基のアミノ酸残基が付加、欠失および/または置換した、B型肝炎ウイルス抗原。
(7)上記式[1]、[2]または[3]の連続するThr(PTTA中のTT)の一方および/または両方において、付加している糖鎖構造がNeuAcα2-6に置換、Galβ1-3GalNAc, GalNAcのみと1~2糖の糖鎖が付加、欠失および/または置換した、B型肝炎ウイルス抗原。
(8)糖鎖合成技術を用いた、(2)から(7)のいずれか一項に記載のB型肝炎ウイルス抗原の製造方法。
(9)糖鎖合成技術が、酵母による生合成、化学合成、酵素合成、またはこれらの2以上の組み合わせである、(8)に記載の製造方法。
(10)(2)から(7)のいずれか一項に記載のB型肝炎ウイルス抗原、または(8)もしくは(9)の製造方法により製造されたB型肝炎ウイルス抗原を含有する、ワクチン用組成物。
(11)(2)から(7)のいずれか一項に記載のB型肝炎ウイルス抗原、または(8)もしくは(9)の製造方法により製造されたB型肝炎ウイルス抗原を認識する抗体、ファージ抗体。
(12)マウス抗体、ラット抗体、アルパカ抗体、ウマ抗体、サル抗体、ウサギ抗体、ヤギ抗体、ヒツジ抗体、ヒト抗体、ヒト化抗体、一本鎖抗体(scFv)、またはキメラ抗体である、(11)に記載の抗体。
(13)配列番号1または2で表される塩基配列を有する、抗B型肝炎ウイルス抗原抗体遺伝子をコードする核酸。
(14)配列番号1または2で表される塩基配列と70%以上の相同性を有する核酸。
(15)配列番号1または2で表される塩基配列の相補的な配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズする核酸。
(16)配列番号3から10のいずれかで表されるアミノ酸配列を有する、抗B型肝炎ウイルス抗原抗体。
(17)配列番号3から10のいずれかで表されるアミノ酸配列と70%以上の相同性を有するタンパク質。
(18)配列番号3から10のいずれかで表されるアミノ酸配列において、1~10残基のアミノ酸が付加、欠失、および/または置換したタンパク質。
(19)(13)から(15)のいずれか一項に記載の核酸によりコードされた抗体もしくはタンパク質、または(16)から(18)のいずれか一項に記載の抗体もしくはタンパク質を用いた、B型肝炎ウイルスを検出する方法。
(20)検出されるB型肝炎ウイルスが、感染性のあるDane粒子である、(19)に記載の方法。
(21)(13)から(15)のいずれか一項に記載の核酸によりコードされた抗体もしくはタンパク質、または(16)から(18)のいずれか一項に記載の抗体もしくはタンパク質を用いた、B型肝炎ウイルス用医薬品組成物。
〔1〕PreS1、PreS2及びS領域のアミノ酸配列(配列番号14)において、位置15、123及び/又は320のアミノ酸Asn、及び/又は、位置156及び/又は157のアミノ酸Thrを含む連続する少なくとも13のアミノ酸配列、または前記連続する少なくとも13のアミノ酸配列において1~3残基のアミノ酸残基が付加、欠失及び/又は置換されたアミノ酸配列を有し、位置15、123及び/又は320のアミノ酸Asnに付加されたN結合型糖鎖、及び/又は、位置156及び/又は157のアミノ酸Thrに付加されたO結合型糖鎖を有し、前記O結合型糖鎖が前記アミノ酸Thrに付加されたGalNAcを含む、B型肝炎ウイルス抗原。
〔2〕前記B型肝炎ウイルス抗原が配列番号15に記載のアミノ酸配列を有する、〔1〕に記載のB型肝炎ウイルス抗原。
〔3〕O結合型糖鎖がNeuAcα2-3Galβ1-3GalNAcである、〔1〕又は〔2〕に記載のB型肝炎ウイルス抗原。
〔4〕前記O結合型糖鎖が、
(1)NeuAcα2-6Galβ1-3GalNAc、
(2)Galβ1-3GalNAc、
(3)GalNAc、又は
(4)(1)から(3)に1~2糖の糖鎖が付加、欠失および/または置換された糖鎖である、〔1〕又は〔2〕に記載のB型肝炎ウイルス抗原。
〔5〕〔1〕から〔4〕のいずれかに記載のB型肝炎ウイルス抗原を含有する、ワクチン用組成物。
〔6〕〔1〕から〔4〕のいずれかに記載のB型肝炎ウイルス抗原に特異的に結合する、抗B型肝炎ウイルス抗原抗体。
〔7〕配列番号3に記載されるアミノ酸配列におけるCDR配列、及び配列番号4に記載されるアミノ酸配列におけるCDR配列を含む、あるいは
配列番号5に記載されるアミノ酸配列におけるCDR配列、配列番号7に記載されるアミノ酸配列におけるCDR配列、又は配列番号9に記載されるアミノ酸配列におけるCDR配列、及び配列番号6に記載されるアミノ酸配列におけるCDR配列、配列番号8に記載されるアミノ酸配列におけるCDR配列、又は配列番号10に記載されるアミノ酸配列におけるCDR配列を含む、〔6〕に記載の抗B型肝炎ウイルス抗原抗体。
〔8〕配列番号3及び4に記載されるアミノ酸配列を有する、あるいは、
配列番号5、7、又は9に記載されるアミノ酸配列、及び配列番号6、8、又は10に記載されるアミノ酸配列を有する、〔6〕又は〔7〕に記載の抗B型肝炎ウイルス抗原抗体。
〔9〕〔6〕に記載の抗B型肝炎ウイルス抗原抗体のアミノ酸配列をコードする核酸。
〔10〕配列番号1又は2の塩基配列を含有する、〔9〕に記載の核酸。
〔11〕〔9〕又は〔10〕に記載の核酸を含有する発現ベクター。
〔12〕〔6〕から〔8〕のいずれかに記載の抗体を含有する、抗B型肝炎ウイルス医薬組成物。
〔13〕〔6〕から〔8〕のいずれかに記載の抗体を用いた、B型肝炎ウイルスのDane粒子を検出する方法。
〔14〕レクチンを用いることをさらに含む、〔13〕に記載の方法。
〔15〕〔6〕から〔8〕のいずれかに記載の抗体を含む、B型肝炎ウイルスのDane粒子を検出するためのキット。
〔16〕〔1〕から〔4〕のいずれかに記載のB型肝炎ウイルス抗原を投与することを含む、B型肝炎ウイルスの感染を予防する方法。
〔17〕〔6〕から〔8〕のいずれかに記載の抗体を投与することを含む、B型肝炎ウイルス感染症を治療する方法。
〔18〕B型肝炎ウイルスへの感染を検出する方法であって、B型肝炎ウイルスへの感染が疑われる患者から得られた試料を、〔6〕から〔8〕のいずれかに記載の抗体と接触させる工程、前記抗体を含む複合体を濃縮する工程、及び得られた濃縮物からB型肝炎ウイルスのDNAを検出する工程、を含む方法。
〔19〕B型肝炎ウイルスのDane粒子を含み得る試料とJacalinレクチンを接触させる工程を含む、B型肝炎ウイルスのDane粒子を濃縮する方法。
〔20〕試料中にB型肝炎ウイルスのDane粒子が含まれるかどうかを検出する方法であって、試料とJacalinレクチンを接触させる工程、JacalinレクチンとB型肝炎ウイルスのDane粒子との複合体を濃縮する工程、及び得られた濃縮物からB型肝炎ウイルスのDNAを検出する工程、を含む方法。
〔21〕Jacalinレクチンを含む、B型肝炎ウイルスのDane粒子を検出するためのキット。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、B型肝炎ウイルス(HBV)の空粒子を認識せず、Dane粒子を認識できる検査系、あるいは空粒子を認識せず、Dane粒子を認識できる抗体の産生を誘導できるようなワクチンとして用い得るB型肝炎ウイルス抗原、空粒子を認識せず、Dane粒子を認識し感染阻害効果を示す中和抗体、を獲得するための技術および生成物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】HBV粒子と現行のワクチンのターゲットを示した図である。
図2】HBs抗原のSDS-PAGE(銀染色)を示した図である。
図3】HBV粒子の非破壊グライコーム解析を示した図である。
図4】HBV粒子とレクチンの結合反応性の違いを示した図である。
図5】JacalinレクチンによるHBVの分離(HBV DNA)を示した図である。
図6】HBs抗原上の糖鎖(MSと推定構造)を示した図である。
図7】HBs抗原上のO型糖鎖と位置を示した図である。
図8】同定されたHBs抗原の配列(genotype C)を示した図である。
図9】抗原リスト(S, M, L, PreS2, PreS2+O)を示した図である。
図10】Glyco-PreS2の化学合成を示した図である。
図11】Glyco-PreS2の糖鎖修飾を示した図である。
図12】Glyco-Lの酵母発現用ベクターの作製を示した図である。
図13】Glyco-Lの作製法・精製方法(酵母)を示した図である。
図14】酵母で発現したGlyco-Lの推定構造と精製したGlyco-Lを示した図である。
図15】抗体価の推移の比較(Glyco-LとS-HBsビームゲン)を示した図である。
図16】ELISAとWestern(血清、L- & S-HBs mix)を示した図である。
図17】抗体価の推移の比較(Glyco-PreS2, ELISA)を示した図である。
図18】ELISAとWestern(血清、Glyco-PreS2, PreS2)を示した図である。
図19】免疫マウスによるELISAの違い(血清、Glyco-PreS2)を示した図である。
図20A】PreS1を認識するIgG 重鎖のアミノ酸配列を示した図である。
図20B】PreS1を認識するIgG 軽鎖のアミノ酸配列を示した図である。
図21A】Glyco-PreS2を免疫しB細胞の迅速スクリーニングの結果得られたF5クローン#4のIgG 重鎖のcDNA配列とアミノ酸配列を示した図である。
図21B】F5クローン#4のIgG 軽鎖のcDNA配列とアミノ酸配列を示した図である。
図22】精製抗体の泳動図(抗体量の定量)を示した図である。
図23】Western(精製抗体、anti-PreS1, anti-Glyco-PreS2)を示した図である。
図24】Western(精製F5#4抗体、S, M, L expressed in cells)を示した図である。
図25】Western(精製F5#4抗体、Glyco-M expressed in cells)を示した図である。
図26】HBV感染阻害実験プロトコールを示した図である。
図27】HBV感染阻害実験(HBV DNA)を示した図である。
図28】HBV特異的な糖タンパク質によるHBV感染阻害抗体の誘導を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施形態について詳細に説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の効果を阻害しない範囲で適宜変更を加えて実施することができる。
【0017】
[糖鎖合成技術]
(細胞による生合成)
【0018】
本発明におけるHBs糖タンパク質の製造は、HBs糖タンパク質をコードする遺伝子を発現するベクターの形質転換宿主細胞を公知の方法により培養し、その培養物から採取し、精製することにより行うことができる。「培養物」とは、培養上清のほか、培養細胞、培養菌体、または細胞若しくは菌体の破砕物のいずれをも意味するものである。
【0019】
形質転換宿主細胞を培地で培養する方法は、その宿主細胞の培養に用いられる通常の方法に従って行うことができる。
【0020】
形質転換宿主細胞が酵母の場合、培養する培地としては、酵母が資化し得る炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、形質転換体の培養を効率的に行うことができる培地であれば、天然培地、合成培地のいずれを用いてもよい。炭素源としては、酵母が資化し得るものであればよく、グルコース、フラクトース、スクロース、デンプン等の炭水化物、酢酸、プロピオン酸等の有機酸、エタノール、プロパノール等のアルコール類が用いられる。窒素源としては、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機酸若しくは有機酸のアンモニウム塩またはその他の含窒素化合物のほか、ペプトン、肉エキス、コーンスチープリカー等が用いられる。無機塩類としては、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸銅、炭酸カルシウム等が用いられる。また、培地には、選択マーカーの種類に応じ、オーレオバシジン、アンピシリン、テトラサイクリン等の抗生物質を適宜添加するか、あるいは、栄養要求性を相補する遺伝子(Leu、Ura、Trp等)によって供給可能となるアミノ酸を除いてもよい。
【0021】
形質転換宿主細胞の培養は、例えば酵母の場合、培地のpHは4~7に調整するのが適当である。また、培養温度は15~32℃、好ましくは28℃前後である。立体構造が複雑なタンパク質を発現する場合、細胞内でそのフォールディングをより効率的に行うために、低温で培養することが好ましい場合もある。培養時間は、24~1000時間程度であり、培養は静置、振とう、攪拌、通気下の回分培養または連続培養等により実施することができる。
【0022】
上記の培養物(培養液、培養菌体)からの糖タンパク質遺伝子の発現産物の確認は、SDS-PAGE後の銀染色やタンパク質の染色、ウエスタン解析、ELISA等により行うことができる。
【0023】
また生産された糖タンパク質を単離精製するためには、通常の糖タンパク質の単離、精製法を用いればよい。培養後、目的糖タンパク質が菌体内または細胞内に生産される場合には、菌体または細胞を超音波破砕機、フレンチプレス、マントンガウリンホモゲナイザー、ダイノミル等により破砕することにより、目的糖タンパク質を採取する。また、目的糖タンパク質が菌体外または細胞外に生産される場合には、培養液をそのまま使用するか、遠心分離等により菌体または細胞を除去する。その後、有機溶媒による抽出等により目的糖タンパク質を採取し、必要に応じて各種クロマトグラフィー(疎水性クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー法、イオン交換クロマトグラフィー等)、分子篩を用いたゲルろ過法、ポリアクリルアミドゲル等を用いる電気泳動法などの手法を単独あるいは組み合わせて用いて単離精製すればよい。
【0024】
上記の培養法、精製法は一例であって、これらに限定されるものではない。なお、精製された遺伝子産物が有するアミノ酸配列の確認は、公知のアミノ酸分析、例えばエドマン分解法による自動アミノ酸配列決定法等により行うことができる。
【0025】
(化学合成)
本発明のHBs糖タンパク質の一部であるペプチドは、ペプチド合成に通常用いられる固相法および液相法などの化学的手法により、極めて容易に合成することができる。また、ペプチド合成を受託している製造会社に依頼することにより、入手することも可能である。
【0026】
(酵素合成)
本発明のHBs糖タンパク質の一部であるペプチドに対し、あらゆる種類の糖転移酵素を用いることにより、糖鎖の付加されたHBs糖タンパク質由来のB型肝炎ウイルス抗原を得ることができる。本発明においては、PreS2(配列番号11)のN末端より37番目及び/又は38番目のスレオニン残基にN-アセチルガラクトサミンの付加した糖ペプチドを化学的に合成し、組み換え体Glycoprotein-N-acetylgalactosamine 3-beta-galactosyltransferase 1 (C1GALT1)を用いてガラクトースをN-アセチルガラクトサミンに付加し、組み換え体ST3 beta-galactoside alpha-2,3-sialyltransferase 1 (ST3Gal1)を用いてシアル酸をガラクトースに付加する手法が酵素合成法として好ましく用いられる。
【0027】
また、通常のタンパク質分解酵素による酵素処理等に従って、得られたHBs糖タンパク質を酵素処理等により加水分解し、加水分解物から糖ペプチドを分離精製することによっても得ることができる。
【0028】
[B型肝炎ウイルス]
本明細書において「HBV」という記載は、B型肝炎を発症させる能力を持つウイルスを意味する。HBVは現在A~Hまでの遺伝子型が知られているが、本発明のHBV感染症のための医薬組成物における治療および抑制の対象となるHBVとしては、全ての遺伝子型を含む。
【0029】
また、本発明において「HBV感染症」というとき、典型的にはB型肝炎であり、慢性肝炎、急性肝炎、劇症肝炎に分類される。また、B型肝炎に留まらず、HBVのヒトを含む生体への感染により引き起こされる症状であれば、肝硬変、肝線維化、肝細胞がんなどの肝がんも含まれる。HBV感染症であるか否かは、例えば、血液中のHBs抗原の検出、血液中のHBe抗原の検出、血液中のHBV-DNA量の測定および血液中のHBVのDNAポリメラーゼ量の測定、ならびにこれらの組み合わせにより判断することができる。
【0030】
本明細書において「HBV感染症の治療」というとき、HBVの排除、HBVの感染による症状の軽減、肝炎の沈静化、ならびに肝炎から肝硬変、肝線維化および肝がんへの進展の阻止および軽減を意味する。なお、HBV感染症の寛解には至らないまでもHBV感染症の症状、進展が軽減される態様が含まれることを明確にするために「HBV感染症の治療または抑制」と表現することもある。また「HBV感染症の予防」というとき、HBVの感染前または後に、B型肝炎などHBV感染症の発症を防止することを意味する。
【0031】
[Dane粒子]
前述した通り、体内のHBVは、感染性の無い(核酸を含まない)空の粒子が、感染性のある(核酸を含む)ウイルス粒子(Dane粒子ともいう)よりも遙かに多い割合で存在しており、現在のHBs抗原測定系では感染性のあるDane粒子のみを正確に測定することは出来ない。しかしながら、本発明において、Dane粒子と特定の糖鎖構造が関連していることを明らかにし、これを用いた新たな検出系の構築に成功した。
【0032】
さらに前述した通り、献血の安全性は核酸検査(NAT)によるスクリーニングを実施して確保されているが、HBVは検出限界以下の低コピーで感染が成立してしまうため、HCVやHIVに比べ輸血による感染事故が絶えない。すなわち、Dane粒子を濃縮する技術はHBV検出の精度を上げるために不可欠である。
Dane粒子を濃縮する技術を用いて、試料中のDane粒子を濃縮し、得られた濃縮物からB型肝炎ウイルスのDNAを検出することによって、より高い感度でB型肝炎ウイルスへの感染を検出することができる。また、この技術によってB型肝炎ウイルスのオカルトインフェクションを検出できる可能性がある。
以下に示すように、本発明の抗体やJacalinレクチンを用いることによりDane粒子を濃縮することができる。
【0033】
[HBs糖タンパク質]
HBs抗原はHBVのエンベロープ糖タンパク質で、一つのHBs遺伝子から異なるメチオニン(Met)コドンから始まり、その大きさによりL-HBs、M-HBs、S-HBs抗原の3種類が存在する。
【0034】
HBs抗原は細胞内のリボソームで翻訳後、小胞体およびゴルジ体で糖鎖修飾を受ける。HBV DNA(RNA)を内包するコア(HBc)は小胞体でHBs抗原に取り込まれ、感染性HBV粒子となる(Schaedler S et al, Viruses. 2009 Sep;1(2):185-209.、Grimm D et al, Hepatol Int. 2011 Jun;5(2):644-53.参照)。
【0035】
そして、このHBs抗原への糖鎖修飾は、感染性HBVの粒子形成・分泌にとって必須の重要な工程である(非特許文献1)。
【0036】
本明細書において、特記のない限り、HBsタンパク質又はペプチド、あるいはHBs糖タンパク質又はペプチドは、A~H全ての遺伝子型のHBVのエンベロープタンパク質又はペプチドを包含する。
【0037】
本発明のB型肝炎ウイルス抗原は、HBV粒子(Dane粒子)のエンベロープ(HBs)糖タンパク質に由来する糖鎖ペプチドである。本発明のB型肝炎ウイルス抗原は、感染性のあるDane粒子を濃縮するため、特異的に検出するため、当該検出による感染の診断のために有用であり、またB型肝炎ウイルスへの感染予防のためのワクチンの有効成分としても有用である。
B型肝炎ウイルス抗原は、PreS1、Pres2及びS領域(配列番号14)のアミノ酸配列において、位置15、123及び/又は320のアミノ酸Asn、及び/又は、位置156及び/又は157のアミノ酸Thrを含む連続する少なくとも13のアミノ酸配列を有する。ここで、B型肝炎ウイルス抗原のアミノ酸配列は、B型肝炎ウイルス抗原の用途に応じて抗原としての機能を発揮できる範囲で限定されず、連続する少なくとも13のアミノ酸配列において、1~3残基のアミノ酸残基が付加、欠失及び/又は置換されたアミノ酸配列であってもよいが、配列番号14のアミノ酸配列を有することが好ましく、配列番号11のアミノ酸配列を有することがより好ましく、配列番号12のアミノ酸配列を有することが更に好ましく、配列番号15のアミノ酸配列を有することが最も好ましい。
B型肝炎ウイルス抗原は、上記アミノ酸配列を有するペプチドにおいて、位置156及び/又は157のアミノ酸Thrに付加されたO結合型糖鎖を有し、O結合型糖鎖が前記アミノ酸Thrに付加されたGalNAcを含んでもよい。ここで、O結合型糖鎖は、GalNAcを含むことが好ましく、B型肝炎ウイルス抗原がその用途に応じて抗原としての機能を発揮できる範囲で、GalNAcに1~2糖の糖鎖が付加、欠失および/または置換された糖鎖であってもよい。また、O結合型糖鎖は、Galβ1-3GalNAcを含むことがより好ましく、B型肝炎ウイルス抗原がその用途に応じて抗原としての機能を発揮できる範囲で、Galβ1-3GalNAcに1~2糖の糖鎖が付加、欠失および/または置換された糖鎖であってもよい。O結合型糖鎖は、NeuAcα2-3Galβ1-3GalNAcであることが更に好ましく、B型肝炎ウイルス抗原がその用途に応じて抗原としての機能を発揮できる範囲で、NeuAcα2-6Galβ1-3GalNAcあるいはGalβ1-3GalNAcに1~2糖の糖鎖が付加、欠失および/または置換された糖鎖であってもよい。
B型肝炎ウイルス抗原は、上記アミノ酸配列を有するペプチドにおいて、位置15、123及び/又は320のアミノ酸Asnに付加されたN結合型糖鎖を有していてもよい。ここで、N結合型糖鎖は、(Hex)2(HexNAc)2(NeuAc)2+(Man)3(GlcNAc)2、(Hex)2(HexNAc)2(NeuAc)1+(Man)3(GlcNAc)2、又は(Hex)2(HexNAc)2+(Man)3(GlcNAc)2であることが好ましく、B型肝炎ウイルス抗原がその用途に応じて抗原としての機能を発揮できる範囲で、前記糖鎖に1~2糖の糖鎖が付加、欠失および/または置換された糖鎖であってもよい。
【0038】
[ワクチン用組成物]
免疫アジュバントと抗原とを混合することによりワクチン等の免疫原性組成物を製造することが可能である。免疫アジュバントとしては無機系の免疫アジュバントの利用が可能である。例えば、無機系の免疫アジュバントとして水酸化アルミニウム、リン酸アルミニウム、またはリン酸カルシウム等を利用することが可能である。リン酸カルシウムには担体としての機能もあるため、リン酸カルシウムに第2の免疫刺激因子を担持することもできる。あるいは、樹状細胞など抗原提示細胞をターゲットするナノパーティクルなどのドラッグデリバリシステム(DDS)に内包させて免疫することも可能である。
【0039】
[抗体]
本発明の抗体は、本発明のB型肝炎ウイルス抗原の少なくとも何れか1つに特異的に結合する抗体である。
本発明の抗体は、HBs糖タンパク質(PreS1, PreS2またはS領域)に糖鎖を有するB型肝炎ウイルス抗原、あるいは前記の式[1]、[2]または[3]の構造を有する、HBs糖タンパク質由来のB型肝炎ウイルス抗原、あるいは前記「HBs糖タンパク質」の項で説明したB型肝炎ウイルス抗原を用いて常法に従って作製することができ、ポリクローナル抗体、及びモノクローナル抗体のいずれも包含する。
【0040】
本発明の抗体は、配列番号3に記載されるアミノ酸配列における3つの重鎖CDR配列、及び配列番号4に記載されるアミノ酸配列における3つの軽鎖CDR配列のそれぞれに対し、少なくとも80%、85%、90%、95%、98%、99%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有するCDR配列を含む抗体であることが好ましく、配列番号3に記載されるアミノ酸配列における3つの重鎖CDR配列、及び配列番号4に記載されるアミノ酸配列における3つの軽鎖CDR配列を含むことがより好ましい。
【0041】
本発明の別の抗体は、配列番号5に記載されるアミノ酸配列における3つの重鎖CDR配列のそれぞれに対し、少なくとも80%、85%、90%、95%、98%、99%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有するCDR配列、配列番号7に記載されるアミノ酸配列における3つの重鎖CDR配列のそれぞれに対し、少なくとも80%、85%、90%、95%、98%、99%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有するCDR配列、又は配列番号9に記載されるアミノ酸配列における3つの重鎖CDR配列のそれぞれに対し、少なくとも80%、85%、90%、95%、98%、99%の配列同一性を有するCDR配列を含み、かつ配列番号6に記載されるアミノ酸配列における3つの軽鎖CDR配列のそれぞれに対し、少なくとも80%、85%、90%、95%、98%、99%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有するCDR配列、配列番号8に記載されるアミノ酸配列における3つの軽鎖CDR配列のそれぞれに対し、少なくとも80%、85%、90%、95%、98%、99%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有するCDR配列、又は配列番号10に記載されるアミノ酸配列における3つの軽鎖CDR配列のそれぞれに対し、少なくとも80%、85%、90%、95%、98%、99%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有するCDR配列を含む抗体であることが好ましく、配列番号5に記載されるアミノ酸配列における3つの重鎖CDR配列、配列番号7に記載されるアミノ酸配列における3つの重鎖CDR配列、又は配列番号9に記載されるアミノ酸配列における3つの重鎖CDR配列、及び配列番号6に記載されるアミノ酸配列における3つの軽鎖CDR配列、配列番号8に記載されるアミノ酸配列における3つの軽鎖CDR配列、又は配列番号10に記載されるアミノ酸配列における3つの軽鎖CDR配列を含む抗体であることがより好ましい。
なお、重鎖CDR配列及び軽鎖CDR配列の組み合わせは、配列番号5及び配列番号8に記載されるアミノ酸配列における重鎖CDR及び軽鎖CDR配列、配列番号5及び配列番号9に記載されるアミノ酸配列における重鎖CDR及び軽鎖CDR配列、配列番号5及び配列番号10に記載されるアミノ酸配列における重鎖CDR及び軽鎖CDR配列、配列番号6及び配列番号8に記載されるアミノ酸配列における重鎖CDR及び軽鎖CDR配列、配列番号6及び配列番号9に記載されるアミノ酸配列における重鎖CDR及び軽鎖CDR配列、配列番号6及び配列番号10に記載されるアミノ酸配列における重鎖CDR及び軽鎖CDR配列、配列番号7及び配列番号8に記載されるアミノ酸配列における重鎖CDR及び軽鎖CDR配列、配列番号7及び配列番号9に記載されるアミノ酸配列における重鎖CDR及び軽鎖CDR配列、並びに配列番号7及び配列番号10に記載されるアミノ酸配列における重鎖CDR及び軽鎖CDR配列が挙げられる。また、これらの重鎖CDR配列及び軽鎖CDR配列に対しそれぞれ、少なくとも80%、85%、90%、95%、98%、99%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有するCDR配列であってもよい。
この別の抗体は、配列番号5に記載されるアミノ酸配列における3つの重鎖CDR配列のそれぞれに対し、少なくとも80%、85%、90%、95%、98%、99%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有するCDR配列、及び配列番号6に記載されるアミノ酸配列における3つの軽鎖CDR配列のそれぞれに対し、少なくとも80%、85%、90%、95%、98%、99%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有するCDR配列を含む抗体、配列番号7に記載されるアミノ酸配列における3つの重鎖CDR配列のそれぞれに対し、少なくとも80%、85%、90%、95%、98%、99%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有するCDR配列、及び配列番号8に記載されるアミノ酸配列における3つの軽鎖CDR配列のそれぞれに対し、少なくとも80%、85%、90%、95%、98%、99%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有するCDR配列、又は配列番号9に記載されるアミノ酸配列における3つの重鎖CDR配列のそれぞれに対し、少なくとも80%、85%、90%、95%、98%、99%の配列同一性を有するCDR配列、及び配列番号10に記載されるアミノ酸配列における3つの軽鎖CDR配列のそれぞれに対し、少なくとも80%、85%、90%、95%、98%、99%の配列同一性を有するアミノ酸配列をCDR配列を含む抗体であることが更に好ましく、配列番号5に記載されるアミノ酸配列における3つの重鎖CDR配列、及び配列番号6に記載されるアミノ酸配列における3つの軽鎖CDR配列を含む抗体、配列番号7に記載されるアミノ酸配列における3つの重鎖CDR配列、及び配列番号8に記載されるアミノ酸配列における3つの軽鎖CDR配列を含む抗体、又は、配列番号9に記載されるアミノ酸配列における3つの重鎖CDR配列、及び配列番号10に記載されるアミノ酸配列における3つの軽鎖CDR配列を含む抗体であることがより好ましい。
【0042】
本発明の抗体は、低分子化抗体であってもよく、本発明のB型肝炎ウイルス抗原に結合する限り、全長抗体の一部分が欠損している抗体断片も許容され、すなわち抗原結合性フラグメントであってもよい。
モノクローナル抗体としては、例えば、前記抗原で免疫された抗体産生細胞とミエローマ細胞とを融合させることにより得られるハイブリドーマから産生され得る抗体、遺伝子工学的手法により抗体遺伝子を含む発現ベクターで形質転換した宿主に産生され得る抗体、及び本発明のこれらの抗体と同じエピトープに特異的に結合する抗体が挙げられる。抗体は、キメラ抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体、又はライブラリー由来の抗体であってもよい。抗体の由来する生物種は特に限定されるものではない。
【0043】
さらに、抗体は、二重特異性抗体であってもよい。二重特異性抗体とは、異なるエピトープを認識する可変領域を同一の抗体分子内に有する抗体をいうが、当該エピトープは異なる分子中に存在していてもよいし、同一の分子中に存在していてもよい。二重特異性抗体を製造するための方法は公知である。たとえば、認識抗原が異なる2種類の抗体を結合させて、二重特異性抗体を作製することができる。結合させる抗体は、それぞれがH鎖とL鎖を有する抗体の1/2分子であっても良いし、H鎖のみからなる抗体の1/4分子であっても良い。あるいは、異なるモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを融合させて、二重特異性抗体産生融合細胞を作製することもできる。さらに、遺伝子工学的手法により二重特異性抗体が作製できる。
【0044】
[抗体の作製]
本発明のモノクローナル抗体は、例えば以下に説明するような当業者に公知の方法(ハイブリドーマ法、ファージディスプレイ法等)によって作製することができる。
抗原免疫マウスの脾臓、リンパ節あるいは末梢血から抗体産生B細胞を取得し、ハイブリドーマを作製するもしくはcDNAを取得することによって免疫マウスから抗体を取得することも可能である。
【0045】
具体的には、HBs糖タンパク質(PreS1, PreS2またはS領域)に糖鎖を有するB型肝炎ウイルス抗原や前記の式[1]、[2]または[3]の構造を有する、HBs糖タンパク質由来のB型肝炎ウイルス抗原、あるいは前記「HBs糖タンパク質」の項で説明したB型肝炎ウイルス抗原に対するモノクローナル抗体は、HBs糖タンパク質(PreS1, PreS2またはS領域)に糖鎖を有するB型肝炎ウイルス抗原や前記の式[1]、[2]または[3]の構造を有する、HBs糖タンパク質由来のB型肝炎ウイルス抗原、あるいは前記「HBs糖タンパク質」の項で説明したB型肝炎ウイルス抗原を、哺乳動物に対して投与することにより、即ち、抗体産生が可能な部位にそれ自体または担体、希釈剤とともに投与することによって製造することができる。担体としては、抗原性刺激のあるキャリアタンパク質、例えば、キーホール・リンペット・ヘモシアニン(KLH)、ウシ血清アルブミン(BSA)、ウシサイログロブリン、オボアルブミン(OVA)等を使用することができる。担体と抗原ペプチドとの混合比は、担体に架橋させて免疫した抗原ペプチドに対して抗体が効率良くできれば、どの様なものをどの様な比率で架橋させてもよいが、例えば、担体を重量比で抗原1に対し、約0.1~20、好ましくは約1~5の割合で結合させる方法が用いられる。抗原と担体の結合には種々の縮合剤を用いることができるが、グルタルアルデヒドやカルボジイミド、マレイミド活性エステル、チオール基、ジチオビリジル基を含有する活性エステル試薬等を用いることができる。
【0046】
投与に際して抗体産生能を高めるため、完全フロイントアジュバントや不完全フロイントアジュバントなどの各種アジュバント(抗原性補強剤)を投与してもよい。投与は通常2~6週毎に1回ずつ、計2~10回程度行なわれる。用いられる哺乳動物としては、例えば、サル、ウサギ、イヌ、モルモット、マウス、ラット、アルパカ、ヒツジ、ヤギ、ハムスターなどが挙げられるが、細胞融合に使用するミエローマ細胞との適合性等を考慮して選択するのが好ましく、一般的には、マウス、ラット、ハムスター等が好ましく用いられる。
【0047】
モノクローナル抗体産生細胞の作製に際しては、抗原を免疫された哺乳動物、例えば、マウスから抗体価の認められた個体を選択し最終免疫の2~5日後に脾臓またはリンパ節を採取し、それらに含まれる抗体産生細胞を骨髄腫細胞(ミエローマ細胞)と融合させることにより、モノクローナル抗体産生ハイブリドーマを調製することができる。抗血清中の抗体価の測定は、ELISA法等の当業者に周知の方法に従って行うことができる。例えば、免疫原として用いた抗原ペプチドを直接または担体とともに吸着させた固相(例、マイクロプレート)に抗血清を添加し、次に放射性物質や酵素等で標識した抗免疫グロブリン抗体(細胞融合に用いられる細胞がマウスの場合、抗マウス免疫グロブリン抗体が用いられる)またはプロテインAあるいはプロテインGを加え、固相に結合したモノクローナル抗体を検出する方法が挙げられる。融合操作は既知の方法、例えば、ケーラーとミルスタインの方法[Nature, 256, 495(1975年)]に従い実施することができる。融合促進剤としては、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)やセンダイウィルス等が挙げられるが、好ましくはPEGが用いられる。
【0048】
ミエローマとしては、例えば、NS-1、NS0、P3U1、SP2/0等が挙げられるが、SP2/0が好ましく用いられる。用いられる抗体産生細胞(脾臓細胞)数とミエローマ細胞数との好ましい比率は1:1~20:1程度であり、PEG(好ましくは、PEG1000~PEG6000)が10~80%程度の濃度で添加され、約20~40℃、好ましくは約30~37℃で約1~10分間インキュベートすることにより効率よく細胞融合を実施できる。
【0049】
モノクローナル抗体産生ハイブリドーマのスクリーニングには種々の方法が使用できるが、例えば、免疫原として用いた抗原を直接または担体とともに吸着させた固相(例、マイクロプレート)にハイブリドーマ培養上清を添加し、次に放射性物質や酵素等で標識した抗免疫グロブリン抗体(細胞融合に用いられる細胞がマウスの場合、抗マウス免疫グロブリン抗体が用いられる)またはプロテインAあるいはプロテインGを加え、固相に結合したモノクローナル抗体を検出する方法、抗免疫グロブリン抗体またはプロテインAを吸着させた固相にハイブリドーマ培養上清を添加し、放射性物質や酵素等で標識した抗原ペプチドを加え、固相に結合したモノクローナル抗体を検出する方法等が挙げられる。
【0050】
モノクローナル抗体の選別は、公知またはそれに準じる方法に従って行なうことができるが、通常はHAT(ヒポキサンチン、アミノプテリン、チミジン)を添加した動物細胞用培地等で行なうことができる。選別および育種用培地としては、ハイブリドーマが生育できるものならばどのような培地を用いても良い。例えば、1~20%、好ましくは10~20%のウシ胎児血清を含むRPMI 1640培地、1~10%のウシ胎児血清を含むGIT培地(和光純薬工業(株))またはハイブリドーマ培養用無血清培地(SFM-101、日水製薬(株))、10~20%のウシ胎児血清を含むハイブリドーマ培養用無血清培地(Hybridoma-SFM、インビトロジェン)等を用いることができる。培養温度は、通常20~40℃、好ましくは約37℃である。培養時間は、通常5日~3週間、好ましくは1週間~2週間である。培養は、通常5%炭酸ガス下で行なうことができる。ハイブリドーマ培養上清の抗体価は、上記の抗血清中の抗体価の測定と同様にして測定できる。
【0051】
さらに、抗原ペプチドに対するELISAで陽性のハイブリドーマクローンについて、2次培養を行った後、個々のクローンの培養上清を用いて抗原を認識する抗体を産生する能力を、ウエスタンブロッティング法で評価し、抗原が検出されるか否かを調べることにより、抗原を特異的に認識するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを選別することができる。
【0052】
モノクローナル抗体の分離精製は、通常のポリクローナル抗体の分離精製と同様に免疫グロブリンの分離精製法、例えば、塩析法、アルコール沈殿法、等電点沈殿法、電気泳動法、イオン交換体(例、DEAE)による吸脱着法、超遠心法、ゲルろ過法、抗原結合固相またはプロテインAもしくはプロテインG等の活性吸着剤により抗体のみを採取し、結合を解離させて抗体を得る特異的精製法等に従って行なうことができる。
【0053】
本発明のモノクローナル抗体は、上記ハイブリドーマにより産生される抗体をコードする塩基配列を解析し、当該配列を用いて抗体産生プラスミドを作製し、遺伝子工学的に作製することもできる。また、本発明のモノクローナル抗体は、HBs糖タンパク質(PreS1, PreS2またはS領域)に糖鎖を有するB型肝炎ウイルス抗原や式[1]、[2]または[3]の構造を有する、HBs糖タンパク質由来のB型肝炎ウイルス抗原、あるいは前記「HBs糖タンパク質」の項で説明したB型肝炎ウイルス抗原で免疫したマウス等の動物から脾臓を摘出し、抗体産生B細胞を取得し、抗体遺伝子特異的プライマーを用いて抗体をコードする塩基配列を決定し、抗体産生プラスミドを作製し、遺伝子工学的に作製することもできる。
【0054】
前記のHBs糖タンパク質(PreS1, PreS2またはS領域)に糖鎖を有するB型肝炎ウイルス抗原や式[1]、[2]または[3]の構造を有する、HBs糖タンパク質由来のB型肝炎ウイルス抗原、あるいは前記「HBs糖タンパク質」の項で説明したB型肝炎ウイルス抗原に対するポリクローナル抗体は、公知またはそれに準じる方法にしたがって製造することができる。具体的には、上記のモノクローナル抗体の作製方法と同様に、HBs糖タンパク質(PreS1, PreS2またはS領域)に糖鎖を有するB型肝炎ウイルス抗原や前記の式[1]、[2]または[3]の構造を有する、HBs糖タンパク質由来のB型肝炎ウイルス抗原を、哺乳動物またはニワトリに対して、抗体産生が可能な部位にそれ自体または担体、希釈剤とともに投与することによって製造することができる。投与に際して抗体産生能を高めるため、完全フロイントアジュバントや不完全フロイントアジュバントを投与してもよい。投与は、通常約2~6週毎に1回ずつ、計約3~10回程度行なうことができる。
【0055】
ポリクローナル抗体は、上記の方法で免疫された哺乳動物の血液、腹水、母乳等、好ましくは血液から採取することができ、ニワトリの場合は血液および卵黄から採取できる。
【0056】
抗血清中のポリクローナル抗体価の測定、HBs糖タンパク質(PreS1, PreS2またはS領域)に糖鎖を有するB型肝炎ウイルス抗原や前記の式[1]、[2]または[3]の構造を有する、HBs糖タンパク質由来のB型肝炎ウイルス抗原、あるいは前記「HBs糖タンパク質」の項で説明したB型肝炎ウイルス抗原に対する反応性の評価、ポリクローナル抗体の分離精製等は、上記のモノクローナル抗体の作製方法に従って行なうことができる。
【0057】
本発明の抗体の「抗原結合性フラグメント」は、本発明のモノクローナル抗体の部分、好ましくはその抗原結合領域または可変領域を含み、HBs糖タンパク質(PreS1, PreS2またはS領域)に糖鎖を有するB型肝炎ウイルス抗原や前記の式[1]、[2]または[3]の構造を有する、HBs糖タンパク質由来のB型肝炎ウイルス抗原、あるいは前記「HBs糖タンパク質」の項で説明したB型肝炎ウイルス抗原への結合性を有している。該フラグメントの具体例としては、例えば、Fv、scFv、Fab、F(ab')2、Fab'、Fd、dAb、CDR、scFv-Fc断片、ナノボディ、アフィボディ、ダイアボディ、アビマー、ミニボディ、バーサボディなどが挙げられる。
【0058】
これらのフラグメントは、当業者に周知の方法を用いて得ることができ、具体的には、抗体を酵素、例えば、パパイン、ペプシンなどで処理し抗体断片を生成させるか、または、これら抗体断片をコードする遺伝子を構築し、これを発現ベクターに導入した後、適当な宿主細胞で発現させればよい。得られたフラグメントは、本発明の抗体と同様にして抗原との反応性、特異性等を評価することができる。
【0059】
また本発明で用いられる抗体としては、マウス抗体、ラット抗体、アルパカ抗体、ウマ抗体、サル抗体、ウサギ抗体、ヤギ抗体、ヒツジ抗体、ヒト抗体、ヒト化抗体、一本鎖抗体(scFv)、またはキメラ抗体が好ましい。
【0060】
[レクチンアレイ]
レクチンアレイは、複数種の特異性の異なる判別子(プローブ)レクチンを1つの基板上に並列に固定(アレイ化)したもので、分析対象となる複合糖質にどのレクチンがどれだけ相互作用したかを一斉に解析できるものである。レクチンアレイを用いることで、糖鎖構造推定に必要な情報が一度の分析で取得でき、かつ、サンプル調製からスキャンまでの操作工程は迅速かつ簡便にできる。質量分析などの糖鎖プロファイリングシステムでは、糖タンパク質をそのまま分析することはできず、あらかじめ糖ペプチドや遊離糖鎖の状態にまで処理をしなければならない。一方、レクチンマイクロアレイでは、例えば、コアタンパク質部分へ直接蛍光体を導入するだけで、そのまま分析できるという利点がある。
【0061】
レクチンアレイに用いられるレクチンとしては、次の表1、2に記載のものが挙げられる。



















[表1]
【0062】
[表2]
【0063】
例えば、45種類のレクチンを基盤に固定化したレクチンアレイ(グライコテクニカ社製のLecChip)が既に商用上入手可能である。
【0064】
レクチンアレイは、現在では、精製標品だけでなく、血清や細胞ライセートなどの混合試料の定量比較糖鎖プロファイリングができる実用化技術にまで発展してきている。特に細胞表層糖鎖の比較糖鎖プロファイリングはその発展がめざましい(Ebe, Y. et al. J. Biochem. (2006) 139, 323-327、Pilobello, K.T. et al. Proc Natl Acad Sci USA. (2007) 104,11534-11539、Tateno, H. et al. Glycobiology (2007) 17, 1138-1146)。
【0065】
また、糖鎖プロファイルの統計解析によるデータマイニングについては、例えば、「Kuno A, et al. J Proteomics Bioinform. (2008) 1, 68-72.」、あるいは、「日本糖質学会2008/8/18レクチンマイクロアレイ応用技術開発~生体試料の比較糖鎖プロファイリングと統計解析~久野敦、松田厚志、板倉陽子、松崎英樹、成松久、平林淳」および「Matsuda A, et al. Biochem Biophys Res Commun. (2008) 370, 259-263.」に示される方法で行うことができる。
【0066】
[核酸]
本発明においては、抗体産生細胞からクローニングされた抗体遺伝子によってコードされる抗体を利用することもできる。クローニングした抗体遺伝子は、適当なベクターに組み込んで宿主に導入することによって、抗体として発現させることができる。抗体遺伝子の単離と、ベクターへの導入、そして宿主細胞の形質転換のための方法は既に確立されている(例えば、Vandamme, A. M. et al., Eur.J. Biochem.(1990)192, 767-775参照)。
【0067】
たとえば、本発明の抗体を産生するハイブリドーマ細胞から、本発明の抗体の可変領域(V領域)をコードするcDNAを得ることができる。そのためには、通常、まずハイブリドーマから全RNAが抽出される。細胞から全RNAを抽出するための方法として、たとえば、グアニジン超遠心法(Chirgwin, J. M. et al., Biochemistry(1979)18, 5294-5299)、AGPC法(Chomczynski, P.et al., Anal. Biochem.(1987)162, 156-159)などを用いることができる。抽出された全RNAは、さらにmRNA Purification Kit (GEヘルスケアバイオサイエンス製)等を使用して精製することができる。あるいは、QuickPrep mRNA Purification Kit(GEヘルスケアバイオサイエンス製)などのように、細胞から直接全mRNAを抽出するためのキットも市販されている。このようなキットを用いて、ハイブリドーマから全mRNAを得ることもできる。得られたmRNAから逆転写酵素を用いて抗体V領域をコードするcDNAを合成することができる。cDNAは、AMV Reverse Transcriptase First-strand cDNA Synthesis Kit(生化学工業社製)等によって合成することができる。また、cDNAの合成および増幅のために、5'-Ampli FINDER RACE Kit(Clontech製)およびPCRを用いた5'-RACE法(Frohman, M. A. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA(1988)85, 8998-9002、Belyavsky, A.et al., Nucleic Acids Res.(1989)17, 2919-2932)を利用することができる。更にこうしたcDNAの合成の過程においてcDNAの両末端に後述する適切な制限酵素サイトが導入できる。
【0068】
得られたPCR産物から目的とするcDNA断片が精製され、次いでベクターDNAと連結される。このように組換えベクターが作製され、大腸菌等に導入されコロニーが選択された後に、該コロニーを形成した大腸菌から所望の組換えベクターが調製できる。そして、該組換えベクターが目的とするcDNAの塩基配列を有しているか否かについて、公知の塩基配列決定方法、例えば、ジデオキシヌクレオチドチェインターミネーション法等により確認できる。
【0069】
また、配列番号1または2で表される塩基配列と相同性を有する核酸としては、配列番号1または2で表される塩基配列と少なくとも70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の相同性を有する塩基配列からなる核酸が挙げられる。
さらに、配列番号1または2で表される塩基配列と相同性を有する核酸としては、配列番号3または4に示すアミノ酸配列と少なくとも70%以上、好ましくは80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする核酸、配列番号3または4に示すアミノ酸列において1~10残基のアミノ酸が付加、欠失、および/または置換した配列からなるタンパク質をコードする核酸、配列番号1または2で表される塩基配列の相補的な塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする核酸が含まれる。
【0070】
また、上記の「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。例えば、相同性が高いDNA、すなわち配列番号1に示す塩基配列と少なくとも70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の相同性を有する塩基配列からなるDNAの相補鎖がハイブリダイズし、それより相同性が低いDNAの相補鎖がハイブリダイズしない条件が挙げられる。ハイブリダイゼーションのより具体的な条件としては、ナトリウム濃度が150~900mM、好ましくは600~900mMであり、温度が60~68℃、好ましく65℃での条件が挙げられる。
【0071】
上記の変異(付加、欠失、および/または置換)の導入は、Kunkel法若しくはGapped duplex法等の当該技術分野で公知の手法、またはこれに準ずる方法により行うことができ、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-K(タカラバイオ社製)若しくはMutant-G(タカラバイオ社製))、タカラバイオ社のLA PCR in vitro Mutagenesisシリーズキットなどが利用できる。
【0072】
[タンパク質]
「配列番号3または4で表されるアミノ酸配列と70%以上の相同性を有するタンパク質」は、少なくとも70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質である。タンパク質のホモロジー検索は、例えば、日本DNAデータバンク(DNA Databank of JAPAN(DDBJ)等を対象に、FASTAやBLASTなどのプログラムを用いて行うことができる。
上記の「配列番号3または4で表されるアミノ酸配列において、1~10残基のアミノ酸が付加、欠失、および/または置換したタンパク質」における、付加、欠失、および/または置換されるアミノ酸残基の数は特には限定されないが、好ましくは10個以下、より好ましくは7個以下、さらに好ましくは5個以下、よりさらに好ましくは3個以下である。
【0073】
[B型肝炎ウイルスの検出方法]
本発明におけるB型肝炎ウイルスの検出方法は、本発明のB型肝炎ウイルス抗原により誘導される抗体、または本発明の核酸によりコードされた抗体もしくはタンパク質、および/または本発明の抗体もしくはタンパク質を用いることを特徴とする。B型肝炎ウイルスの検出系としては、ウエスタンブロット、ELISAなどが好ましいが、B型肝炎ウイルスを検出できる系であれば、特に制限されない。
【0074】
感染性のB型肝炎ウイルス(HBV)粒子であるDane粒子は、感染性が非常に高いにも関わらず、非感染性のSVPに比較して1/1000程度しか存在しないため、検出が非常に困難であった。本発明のB型肝炎ウイルスの検出方法(以下、検出方法ともいう)によれば、HBV Dane粒子を特異的に検出することができる。その低濃度及び感染性の高さ故に感染事故が絶えなかった輸血におけるHBV Dane粒子の感染検査もより高い精度で行うことができる。
【0075】
本検出方法における検出試料としては、B型肝炎ウイルスへの感染が疑われる被検体の血液、血清、唾液、精液、膣分泌液、傷口滲出液をはじめとする体液あるいは組織抽出物が挙げられるが、試料取得及び取り扱いの簡便性を考慮すると、血液、血清、唾液が好ましい。
【0076】
これらの試料を常法により、適切に処理した上で本発明の抗体又はタンパク質に接触させる。本発明の抗体又はタンパク質は、本発明のB型肝炎ウイルス抗原の少なくとも何れか1つに特異的に結合するため、HBV Dane粒子に特異的に結合する。本発明の検出方法では、このように抗体又はタンパク質と結合したHBV Dane粒子を、ウエスタンブロット、ELISA法等で直接検出することもできるが、例えば、抗体又はタンパク質に結合することで濃縮された試料に対し、PCR法等を更に適用してHBV Dane粒子を検出してもよい。特に、試料が少量の場合や試料中のHBV Dane粒子が低濃度である場合には有効である。
【0077】
[Jacalinを用いたB型肝炎ウイルスの検出方法]
本発明のDane粒子を濃縮する方法(以下、濃縮方法ともいう)は、上記の検出試料に対し、O結合糖鎖結合型レクチンを接触させる工程を含む。本濃縮方法は、O結合糖鎖結合型レクチンとHBV Dane粒子との複合体を濃縮する工程を含んでもよい。この工程は、例えば、ビーズ等の担体に結合したO結合糖鎖結合型レクチンを用いて行うことができる。これにより、試料中のDane粒子を濃縮することが可能である。ここで、O結合糖鎖結合型レクチンは、本発明のB型肝炎ウイルス抗原の少なくとも何れか1つに特異的に結合するレクチンであればよいが、Jacalinレクチンであることが好ましい。
【0078】
本濃縮方法を用いて濃縮したHBV Dane粒子を含む試料に対し、PCR法等を更に適用してHBV Dane粒子を検出することができる。JacalinをはじめとするO結合糖鎖結合型レクチンは、これを含む、B型肝炎ウイルスのDane粒子を検出するためのキットとすることができる。
【0079】
[診断]
本発明のB型肝炎ウイルスの検出方法を用いれば、感染性のDane粒子への感染の有無を、従来よりも高い精度で診断することができる。それにより、より初期の症状の軽い段階においても診断が可能となり、早期に治療を開始でき、また他者への感染拡大を予防することも可能となる。
【0080】
[医薬品組成物]
本発明の医薬品組成物の主たる実施態様の1つは抗体もしくはタンパク質を有効成分とし、任意で薬学的に許容可能な担体および/または賦形剤とを含むHBV感染症の治療および予防用医薬組成物である。その際、有効成分の抗体もしくはタンパク質は、既知の肝臓特異的に送達可能なベクターに組み込まれていてもよい。また、小胞体特異的に送達可能なpH感受性リポソームなどのリポソーム送達法も好ましく用いられる。
【0081】
なお、以下、主として抗体もしくはタンパク質などの製剤化、および具体的な投与方法、投与量などについて説明する。
【0082】
投与経路は、経口または非経口のいずれであっても良く、非経口投与の場合、好ましくは皮下もしくは静脈内注射であり、鼻腔スプレーなどの鼻腔投与、経皮投与、吸入、坐薬などによる投与であっても良い。抗体もしくはタンパク質は、静脈注射、皮下注射、経口送達、リポソーム送達または鼻腔内送達により患者へ投与され、その後患者の全身、肝臓、または肝細胞中に蓄積しうる。
【0083】
「薬学的に許容される担体および/または賦形剤」は当業者にとって既知であり、非毒性の固体、半固体または液体の充填剤、希釈剤、リポソームのような任意の型の封入材料または製剤補助剤を含む。
【0084】
非経口注射のための薬学的組成物は、薬学的に許容される滅菌した水性もしくは非水性の溶液、分散液、懸濁液または乳濁液、加えて、使用直前に滅菌した注射可能な溶液または分散液への再構成のための滅菌した粉末を含みうる。適する水性および非水性の担体、希釈剤、溶媒または媒体の例は、水、エタノール、グリセロール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコールなどのポリオール、カルボキシメチルセルロースおよびそれらの適する混合物、オリーブ油などの植物油、ならびにオレイン酸エチルのような注射可能な有機エステルを含む。レシチンなどのコーティング材料、界面活性剤などを配合することで適当な流動性を維持できる。他に、保存剤、湿潤剤、乳化剤および分散剤のような補助剤、抗細菌剤および抗真菌剤、糖、塩化ナトリウムなどの等張剤を含んでもよい。
【0085】
また、薬学的組成物をポリラクチド-ポリグリコリドのような生分解性ポリマーによりマイクロカプセルマトリックスを形成するか、身体組織と適合性があるリポソームまたはマイクロエマルジョン内に閉じ込めることによりデポー注射可能製剤を調製することができる。注射可能製剤は、例えば、細菌保留フィルターを通しての濾過により、または使用直前に滅菌水もしくは他の滅菌注射可能媒質に溶解または分散されうる滅菌固体組成物の形をとる滅菌剤を組み込むことにより、滅菌されうる。
【0086】
経口投与のための固体剤形は、限定されるものではないが、カプセル、錠剤、ピル、粉末および顆粒を含む。そのような固体剤形において、活性成分は、クエン酸ナトリウムもしくはリン酸二カルシウムのような少なくとも1つの部材薬学的に許容される賦形剤もしくは担体ならびに/または(a)澱粉、乳糖、ショ糖、ブドウ糖、マンニトールおよび珪酸などの充填剤もしくは増量剤、(b)カルボキシメチルセルロース、アルギナート、ポリビニルピロリドン、ショ糖およびアラビアゴムなどの結合剤、(c)グリセロールなどの湿潤剤、(d)寒天、炭酸カルシウム、ジャガイモもしくはタピオカ澱粉、アルギン酸、特定の珪酸塩および炭酸ナトリウムなどの崩壊剤、(e)パラフィンなどの溶液遅延剤、(f)第四アンモニウム化合物などの吸収促進剤、(g)アセチルアルコールおよびグリセロールモノステアレートのような湿潤剤、(h)カオリンおよびベントナイト粘土のような吸収剤、ならびに(i)タルク、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム、固体ポリエチレングリコール、ラウリル硫酸ナトリウムおよびそれらの混合物などの潤滑剤と混合される。カプセル、錠剤およびピルの場合、剤形はまた、緩衝剤を含みうる。
【0087】
不活性希釈剤の他に、経口組成物はまた、湿潤剤、乳化剤および懸濁剤、甘味剤、フレーバー剤ならびに芳香剤などの補助剤を含むことができ、懸濁液は、活性化合物に加えて、例えば、エトキシル化イソステアリルアルコール、ポリオキシエチレンソルビトールおよびスルビタンエステル、微結晶性セルロース、メタ水酸化アルミニウム、ベントナイト、寒天およびトラガカント、ならびにそれらの混合物などの懸濁剤を含んでもよい。
【0088】
経口投与のための組成物は、活性成分が溶解しない程度の液体もしくは固体の非イオン性界面活性剤、または固体陰イオン界面活性剤を含む、窒素または液化ガス噴射剤などの圧縮ガスを含んでもよい。
【0089】
活性成分が抗体もしくはタンパク質の場合は、ホスファチジルイノシトール(PI)脂質を含むpH感受性リポソームや、肝臓特異的に送達可能なカチオニックリポソームなどのリポソーム送達法を適用して速やかに肝臓内のHBV感染細胞に到達されることが好ましい。
【0090】
また、他の送達ビヒクルを用いる場合も、リポソームの形をとって投与されることが好ましい。当技術分野において知られているように、リポソームは、一般的に、リン脂質または他の脂質物質から構成される。リポソームは、水性媒体に分散している単層状または多層状水和液体結晶により形成される。リポソームを形成することができる、任意の非毒性の、生理学的に許容されかつ代謝可能な脂質が用いられうる。リポソーム型における本組成物は、本発明の活性成分に加えて、安定剤、保存剤、賦形剤などを含みうる。好ましい脂質は、天然および合成の両方の、リン脂質ならびにホスファチジルコリン(レシチン)である。リポソームを形成する方法は、当技術分野において知られている。
【実施例
【0091】
以下に実施例を示して本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0092】
Dane粒子とSVPとを区別するために、まずHBV粒子上の糖鎖修飾に着目し、各HBs抗原の糖鎖付加や糖鎖構造の解析を行った。HBV感染患者のプール血清から超遠心濃縮法を用いてHBV粒子を含むパーティクル画分を調製した。パーティクル画分は60℃で一晩熱処理不活化した後、各種検討に用いた。濃縮したHBV粒子を0.4% SDSと還元剤(0.2M dithiothreitol; DTT)存在下で95℃, 5分間の熱処理を行った後、SDS-PAGE(富士フィルム和光純薬株式会社 SuperSepTM Ace, 10-20%)で展開し固定後に銀染色した(図2)。
同様にHBV感染患者由来HBV(HBs)抗原をSDS-PAGE展開した後、PVDF 膜(BIO-RAD社 Trans-Blot(登録商標) TurboTM)に転写した。37℃で1時間、ブロッキング(DS ファーマバイオメディカル株式会社 Block Ace)処理した後、抗S-HBs抗原モノクローナル抗体(HB0116抗体、富山大学、Jin A, and Muraguchi A, et. al., Nat Med. (2009)15(9):1088-1092.、Tajiri et. al., Antiviral Res. (2010) 87(1):40-49.)を用いてウエスタンブロッティングを実施した。また、一部はPVDF膜へ転写後にレクチンブロッテイングを実施し、糖鎖修飾の有無を解析した。レクチンブロッテイングはビオチン化レクチンを用い、HRP標識ストレプトアビジンで2次反応し、蛍光検出試薬を用いて検出した。ビオチン化レクチンは、Vector社(フナコシ)、J-ケミカルズ社(コスモバイオ)、EY-ラボラトリーズ(コスモバイオ)などから販売されている市販のものを使用した。
【0093】
さらに、HB0116抗体を用いて血清中に存在するHBV粒子を精製、糖鎖構造解析を行うために免疫沈降系を構築した。HBV粒子 250 ngを市販健常者血清(コージンバイオ株式会社)2.5 μLへスパイクし、HBV感染者モデル血清(スパイク血清)とした。スパイク血清2.5 μL に対しHB0116抗体1 μgを用いて免疫沈降した後、溶出液(0.2% SDS in TBS)を用いて95℃, 5分間で熱溶出した。この時、溶出液中に0.2M DTT を含む条件(還元溶出)と含まない条件(非還元溶出)で溶出した。免疫沈降試料、HBs抗原量5 ng相当を用いてレクチンマイクロアレイ解析をした(図3図4)。レクチンマイクロアレイ解析でのレクチンチップ(レクチンマイクロアレイチップ)はグライコテクニカ社のLecChip Ver.1.0を使用した。
【0094】
[HBs抗原のSDS-PAGE(銀染)(図2)]
HBV感染患者の血清より調製されたHBV粒子を含むパーティクル画分をSDSと還元剤存在下で熱処理し、SDS-PAGEで展開した。固定後に銀染色した結果、S-HBs抗原・M-HBs抗原・L-HBs抗原の各バンドが検出された。糖鎖の有無によるS-HBs抗原(gp28とp25に相当)がほぼ1対1で存在し、最も多く含まれていた。
【0095】
ワクチン接種後に誘導される抗体は、血液中でHBVに結合する必要がある。そこでHBV外殻を構成する糖タンパク質(HBs抗原タンパク質)を未変性あるいは非破壊のまま糖鎖解析を行った。
【0096】
[HBV粒子の非破壊グライコーム解析(図3)]
図3Aは、HBV粒子の表面を構成するタンパク質HBs抗原の一つであるS-HBs抗原(gp28およびp25)へのプローブ反応性を示す。電気泳動後の銀染色像(SS)、Sのループ領域ペプチド部分をエピトープとする抗体(HB0116)での抗体ブロット像(Ab)、およびSのループ領域に付加する糖鎖の末端シアル酸を認識するレクチン(SSA)でのレクチンブロット像(Lec)を示す。
【0097】
図3Bは、HB0116抗体を用いた抗体オーバーレイレクチンアレイによる非破壊HBV粒子特異的糖鎖プロファイリングのイメージを示す。上述の様に、HBV粒子中のS-HBs抗原にはN型糖鎖を1本有するgp28と糖鎖を持たないp25の2種があり、それぞれの存在比は約1:1である。もしHBV粒子を破壊せずに取得し、レクチンアレイにアプライすると、まずgp28を含む糖タンパク質上の糖鎖がチップ基板上レクチンと結合する。結合反応後、検出抗体であるHB0116をオーバーレイすると、当該抗体は粒子上のp25に反応する。このような条件ではシグナル検出できるが(左図)、HBV粒子が界面活性剤等で破壊され、タンパク質が会合していない状態では、たとえgp28を含む糖タンパク質がレクチンに結合しても、検出抗体は反応できないため、結果としてシグナルを検出することはできない(右図)。つまり、本手法を用いると破壊していないHBV粒子の糖鎖のみがプロファイルできることになる。
【0098】
図3Cは、HBV患者血清から超遠心により分離したHBV粒子の抗体オーバーレイレクチンアレイの結果。遠心分離後、マイルドな条件で加熱処理し不活性化したウイルス粒子をレクチンアレイ解析した場合(左図)、および取得粒子をSDSとDTT存在下で加熱処理した破壊粒子をレクチンアレイ解析した場合(右図)。Bの説明の通り、粒子形状を保持した場合にのみ、HBV粒子上糖鎖固有の結合シグナルパターンが得られている。
【0099】
図3で明らかになったように、HBs抗原を認識する抗体やレクチンアレイによって示されたレクチンによるレクチンブロッティングを実施すると、抗体とレクチンでは明らかに異なる分子種が認識されていることが分かった。例えば、ワクチン接種者から取得されたモノクローナル抗体HB0116が主に認識するHBs抗原はレクチンブロッティングで認識されないことから、糖鎖の付いていないS-HBs抗原を認識していることが分かる。尚、HB0116が認識する抗原エピトープの位置は参考文献(Jin A, and Muraguchi A, et al.
Nat Med. 2009 Sep;15(9):1088-92.)よりC1領域であると考えられている。本願の実験結果から、糖鎖付加によって認識が出来なくなっている(抗体の結合に影響を受けている)ものと考えられる。
【0100】
[HBV粒子とレクチンの結合反応性の違い(図4)]
HBV粒子に結合することが判明したレクチンの一部を用いてレクチンブロットを行った。N結合型糖鎖の末端シアル酸を認識するSSAはgp28に最も強い結合性を示したが、O結合型糖鎖を認識するJacalinはgp33に強い結合性を示した。
【0101】
このように、それぞれのレクチンが異なるHBV粒子構成タンパク質成分への選択的な反応性を示すことがわかったため、7つのレクチンで比較してみた(図4B)。これらのレクチンの選定にあたっては、レクチンアレイ解析においてポジティブなシグナルを示したレクチン群の中から、(1)レクチンの類似する特異性の重複を考慮しつつ、(2)HBV粒子の糖鎖構造全体を把握するための特異性の種類の幅を持たせるような最低限の組み合わせ、を考慮して残った7種類のレクチンが選択された。これら7つのレクチンで比較した結果、Mタンパク質であるgp33及びgp36に最も強い反応性を示すのはJacalinであることを明らかにした。
【0102】
感染性のあるDane粒子を濃縮するために、HBs抗原タンパク質群のうちMタンパク質への選択的な反応性を示すレクチンJacalinでHBV粒子の回収を試みた。
HBV遺伝子型Cに感染した患者血清を用いて、Jacalin反応性HBV粒子の回収系を構築した。Biotin 標識化済Jacalin (Vector Laboratories社)、5 μg,10 μgをストレプトアビジン結合磁気ビーズ(Dynabeads MyOne Streptavidin T1; Life Technologies 社)、100 μL に結合した後、血清試料を加え、4℃で一晩撹拌反応させた。反応後、上清をJacalin非結合画分(-)として回収した後、HBV粒子を含むJacalin結合磁気ビーズに競合糖(1M methyl-α-D-galactopyranoside)を加え、4℃で一晩撹拌反応させた。得られた競合糖溶出液をJacalin結合画分(+)として非加熱的に回収した。この一連の系では、Jacalin 非結合磁気ビーズ (Jacalin, 0 μg)も用意し、反応系におけるコントロールとした。患者血清、0.625 μL を用いてJacalin非結合画分(-)とJacalin結合画分(+)に分画した後、QIAamp viral DNA Mini Kit(QIAGEN 社)を用いて両画分からHBV DNAを精製した。リアルタイム定量PCR(Light Cycler 480; Roche Diagnostics 社)とTaq ポリメラーゼ(Eagle Taq Master Mix with ROX; Roche Life Science)を用いてHBV DNA量を定量した。サーマルサイクルは95℃, 10分間でDNAを熱変性させた後、45回の増幅サイクル(95℃, 15秒間; 60℃, 1分間)にて測定を行った。
標的配列はS-HBs抗原内でHBV-SF2(5′-CTTCATCCTGCTGCTATGCCT-3′)(配列番号18)とHBV-SR2(5′-AAAGCCCAGGATGATGGGAT-3′) (配列番号19)を用いて増幅させた後、TaqManプローブ, HBV-SP2(FAM-ATGTTGCCCGTTTGTCCTCTAATTCCAG-TAMRA)(配列番号20)を用いて蛍光検出した。また、患者血清2.5 μLを用いて、同様にJacalinと反応させた後、非加熱的に得た両画分中に存在するHBs抗原量をCLIA法(HBsAg QT; Abbott Laboratories 社)にて測定した(図5)。
【0103】
[JacalinレクチンによるHBVの分離(HBV DNA)(図5)]
図5は、HBs抗原タンパク質群のうちMタンパク質への選択的な反応性を示すJacalinを固定した担体で、HBV感染患者血清成分を親和性クロマトグラフィーを行い、HBV粒子を結合画分(+)、および非結合画分(-)のそれぞれに分離分画し、それぞれの画分に含まれるHBV粒子を免疫沈降により取得し、それらの性状を調べた結果を示す。興味深いことに、主として感染力のあるDane粒子が保有する粒子内包HBV DNAはJacalin結合画分に含まれるが(B)、Jacalinに結合するHBsAgは血清成分中HBsAg総量のうちの5%程度に過ぎないことがわかった(C)。これはJacalin分画によってDane粒子をエンリッチすることができること、感染性のある粒子の総量を見積もることが可能になることを意味している。
【0104】
ワクチンや感染性のあるHBV粒子を認識する抗体を作製するために、HBV粒子上の糖鎖構造及び糖鎖付加位置を、質量分析器を用いたグライコプロテオミクス解析法によって以下の通り同定した。
HBV感染患者血清より調製したHBV粒子(subviral particle fraction)をSDS-ゲル電気泳動法で分離し、銀染色法で検出後、S、M、L型HBsをN型糖鎖付加数ごとに切り分けた(S;p25, gp28, M;gp33,gp36, L; p39, gp42、図2)。それぞれのバンドのゲル片に対し、還元アルキル化処理後、トリプシンをしみ込ませ、ゲル内でタンパク質を消化し、生じたペプチドを抽出した。これを親水性相互作用クラマトグラフィー(HILIC:アミド80カラム使用)に供し、結合画分(N型糖ペプチド)とスルー画分に分離し、前者の一部を、安定同位体18Oで標識した水(緩衝液)中でPNGaseF(ペプチドNグリカナーゼF)処理し、糖鎖を切除すると同時に、糖鎖付加部位を標識した(IGOT処理)。それぞれ、LC/MS分析した。S-HBs gp28から遊離された糖鎖を完全メチル化処理後、MALDI-TOF MS(マトリックス支援LASER脱離イオン化-飛行時間型質量分析法)で糖鎖の組成分析を行った(図6)。
[HBs抗原上の糖鎖(MSと構造)(図6)]
図6は、HBs抗原タンパク質上の糖鎖構造や修飾を詳細に解析するために、質量分析装置を用いた解析の結果を示す。
HBV感染患者血清より調製したHBV粒子(subviral particle fraction)を変性、還元アルキル化ののち、トリプシンで消化した。この消化物よりHILICにより捕集した糖ペプチド画分を、IGOT処理し、これを液体クロマトグラフィー/質量分析(LC/MS)で分析し、N型糖鎖付加部位を同定した。また、同様にゲル電気泳動法で分離、分取した各バンドの糖ペプチドについても、IGOT処理後、LC/MS分析で同定した。
N型糖鎖の主要な構造(図6)とN型糖鎖の付加位置(表3)が明らかになり、S-HBs上の糖鎖に加えPreS1やPreS2上のN型糖鎖を確認した。以下に示されるように、PreS1、PreS2及びS領域のアミノ酸配列(配列番号14)において、位置15、123及び320のアミノ酸AsnにN結合型糖鎖が結合していることが明らかとなった。
【0105】
[表3]
N型糖鎖付加位置
【0106】
HBs抗原からリリースされた糖鎖を質量分析装置で測定し、同定されたピークの質量と類推される糖鎖構造を図6に示す。
【0107】
図4図5の結果を基に、HBV試料タンパク質のトリプシン消化物を、レクチン(Jacalin)固定化カラムに供して得られた糖ペプチドをLC/MS分析した。選択イオンのフラグメント化法として、衝突誘起解離(CID)法と電子移動解離(ETD)法を利用してMS/MSスペクトルを得、糖鎖の組成および結合位置を同定した。同様に、タイプ別に切り出して調製したペプチド抽出物のHILIC未吸着画分をLC/MS分析し当該糖ペプチドを検出した(図7)。
[HBs抗原上のO型糖鎖と位置(図7)]
Jacalinが結合するO型糖鎖の付加位置を明らかにするために、質量分析装置を用いて解析を行った。既知のアミノ酸配列との比較からPreS2領域に存在する1つあるいは2つのスレオニン(Thr, T)にO型糖鎖が存在することが示された(図7)。
PreS2領域の糖ペプチドについて質量分析装置でMs/Ms解析を行い同定されたピークの質量と類推されるO型糖鎖構造を図7に示す。
【0108】
HBV感染者の血清中に存在するHBs抗原をプロテアーゼ消化後、LC/MS分析法を用いて分析した。得られたMS/MSスペクトルについて、様々なgenotypeのHBsの既報アミノ酸配列を含むよう作成したタンパク質配列データベースを用い、データベース検索エンジン(Mascot)を用いて、検索した。(図8
[同定されたHBs抗原の配列(genotype C)(図8)]
図8は、HBV感染者の血清中に存在するHBs抗原を抽出し、ペプチダーゼ処理して質量分析装置を用いて同定したHBs抗原の配列、および糖鎖の付加位置と構造(糖鎖組成)である。同定されたペプチドについてHBVのデータベースにあるgenotype C のHBs抗原に対してマッピングした結果を示す。
本解析においてHBs抗原を質量分析装置で解析・同定された配列を図8に示す。
【0109】
[抗原リスト(S, M, L, PreS2, PreS2+O)(図9)]
現在ワクチンとして使用されている、酵母で作製されたリコンビナントS-HBs抗原は、糖鎖修飾されていない。しかしながら、HBV上のHBs抗原には糖鎖が存在しており、JacalinでHBV粒子を濃縮できる可能性が示された。次に感染性のあるHBV粒子を認識する抗体を誘導あるいは作製するためには、天然のHBVに近いHBs抗原タンパク質を大量に合成する必要がある。質量分析の結果を基に糖鎖付きHBs抗原を作製した。我々は出芽酵母株を用いてN型糖鎖を有するL-HBs抗原(Glyco-L)を調製することに成功した。M-HBs抗原は肝がん細胞であるHuh7細胞で発現し、N型糖鎖とO型糖鎖を有している。さらにHBV上のJacalin認識部位である、O型糖鎖とその結合ペプチドを作製し抗原として用いた(図9)。
本開発において用いたワクチン候補(抗原)の模式図を図9に示す。従来ワクチンの抗原(S (-Gly))は糖鎖の無いS-HBs抗原(黒)で、酵母で発現・調製されている。Huh7細胞で発現・調製したM-HBs抗原(PreS2(グレー)+S)は糖鎖を有している(M (+Gly))。出芽酵母株を用いて作製したL-HBs抗原(PreS1(白)+PreS2+S)にはN型糖鎖が結合している(L (+Gly))。PreS2ペプチドは化学合成した。O型糖鎖付きPreS2ペプチドは化学合成した後に糖転移酵素によって糖鎖修飾を加え作製した(PreS2+O)。
【0110】
本開発に用いたPreS2の配列はgenotype C由来のものであり、V17からR48までのペプチドのN’末にシステイン残基を付加している。さらに抗体誘導ペプチド(抗原候補)として、genotype A-DのPreS2及びPreS1についても合成した。
表4に、合成ペプチドリスト(PreS1,PreS2)を示す。
【0111】







[表4]
合成ペプチドリスト(PreS1、PreS2)
【0112】
上記genotype CのPreS2ペプチド及び糖ペプチドの合成方法を示す。固相担体(H-Arg(Pbf)-HMPB-ChemMatrix)を用いて、Fmoc法による固相合成によりペプチドを合成した。膨潤させた固相担体と、該当するFmocアミノ酸 (5当量)もしくはFmoc糖アミノ酸 (1.5当量)、縮合剤COMU (Fmocアミノ酸もしくはFmoc糖アミノ酸に対して1当量)、塩基DIEA (Fmocアミノ酸もしくはFmoc糖アミノ酸に対して2当量)をDMF 0.8ml (糖アミノ酸縮合反応の時は0.5ml)中、室温にて30分間 (糖アミノ酸の時は3時間)撹拌した後、DMFで洗浄した。次に、13mM HOBt / (Ac2O/DIEA/DMF) (4.75/2.25/93.0 v/v/v)を用いてアセチルキャッピング反応を室温にて2分間行い、DMFで洗浄した。引き続き、20%ピペリジン/ DMF溶液を加えて室温にて5分間撹拌しFmoc基を脱保護後、DMFで洗浄した。この作業を繰り返し、順次ペプチド鎖を伸長した。得られたペプチジルレジンを塩化メチレンで洗浄し、乾燥後、cleavage cocktail (TFA/H2O/EDT/TIS=94/2.5/2.5/1)を加えて室温にて2時間撹拌し、担体からの切り出しと側鎖の脱保護を行った。ろ液を回収後、氷冷エーテルを加え、沈殿として粗ペプチドを得た。HPLCにより精製して得られた化合物をメタノールに溶解し、1N NaOHを加えて糖部分のアセチル基を脱保護した。反応液を中和し濃縮後、HPLCにより再度精製し、目的物を得た(図10)。
COMU: (1-シアノ-2-エトキシ-2-オキソエチリデンアミノオキシ)ジメチルアミノ-モルホリノ-カルベニウムヘキサフルオロリン酸塩
HOBt: 1-ヒドロキシベンゾトリアゾール
DIEA: N,N-ジイソプロピルエチルアミン
DMF: N,N-ジメチルホルムアミド
TFA: トリフルオロ酢酸
EDT: 1,2-エタンジチオール
TIS: トリイソプロピルシラン
【0113】
[Glyco-PreS2の化学合成(図10)]
図10に、表4で示したPreS2(PreS2 (Cys+V17-R48(配列番号31))、上段)とPreS2+O(PreS2 (Cys+V17-R48, T37+GalNAc)、下段)の化学式を示す。
Glyco-PreS2糖ペプチド作製のために、PreS2 (Cys+V17-R48, T37+GalNAc)を合成し、糖鎖伸長は糖転移酵素を用いて行った。伸長反応に用いた糖転移酵素(ショウジョウバエ由来のGal転移酵素[dro C1GalT1]とシアル酸[Sia]転移酵素[ST3Gal1])はHEK293T細胞を用いて生産した。それぞれの糖転移酵素発現ベクターをトランスフェクションしたHEK293T細胞の培養上清より、抗DDDDK-tag抗体(MBL、#M185-7、クローン:FLA-1)を用いて酵素タンパク質を精製した。精製タンパク質の一部をSDS-PAGEにより展開した後、HRP標識された抗DDDDK-tag抗体(MBL)を用いて、ウエスタンブロット解析を行った。検出されたバンドは、予想される分子量で酵素(dro C1GalT1とST3Gal1)が生産できている事を確認した。T37+GalNAc上のGalの付加は、dro C1GalT1と基質(UDP-Gal)を用い、さらにSiaの付加はST3Gal1と基質(CMP-Sia)を用い後述に従って行った。T37+GalNAc上へのGalの付加反応は、dro C1GalT酵素とドナー基質としてUDP-Gal(ヤマサ醤油株式会社, YM7213)を用いて、25mM HEPES (pH7.0), 10 mM MnCl2, UDP-Gal, T37+GalNAcペプチド, dro C1GalTを含む反応溶液中で37℃、一晩行った。反応後、反応溶液の一部をMALDI-TOF-MS (Ultrafrex, BRUKER社)で解析し、付加反応が100%進行していることを確認した。続いて、反応溶液にST3SiaI酵素とCMP-NeuAc(ヤマサ醤油株式会社, YM7215)を加え、37℃でさらに一晩反応させた。最終生成物はCOSMOSIL 5C18-AR-II Packed Column (半井テスク, 38145)を用いて分離精製し、MALDI-TOF-MSで質量を確認した(図11)。
【0114】
[Glyco-PreS2の糖鎖修飾(図11)]
A)糖鎖伸長反応のスキームを示す。GalNAc-PreS2ペプチドを基質とし、dro C1GalT1を用いてGalの付加、ST3Gal1を用いてSiaの付加を行った。四角はGalNAc、丸はGal、菱形はSiaを表す。B)伸長反応に用いた糖転移酵素はHEK293T細胞を用いて生産した。それぞれの糖転移酵素発現ベクターをトランスフェクションしたHEK293T細胞の培養上清より、抗DDDDK-tag抗体(抗FLAGタグ抗体)を用いて酵素タンパク質を精製した。一部の精製タンパク質をSDS-PAGEにより展開した後、抗DDDDK-tag抗体のウエスタンブロットにより予想される分子量で酵素が生産できている事を確認した。C)質量分析装置による反応生成物の確認。酵素反応の生成物はHPLCでの精製の後、それぞれ質量分析装置で質量を測定した。
【0115】
質量分析の結果、患者由来のL-HBs抗原には複数のN型糖鎖が結合していることが示唆された。そこで、ワクチン候補として糖鎖を有したL-HBs抗原(L (+Gly))を出芽酵母株に発現させて調製した。
Genotype C(C_JPNAT)のHBs抗原をコードするアミノ酸配列情報を[配列番号14]に示した。このアミノ酸配列情報を基に、出芽酵母で使用頻度の高いコドンを使用するように遺伝子配列を設計し、遺伝子配列の全合成を行なった。シグナル配列は出芽酵母のαファクターのプレプロ配列を用い、その直後にHBs抗原のL領域(preS1+preS2+S領域)をつないだ遺伝子配列[配列番号64]とした。なお遺伝子合成は外注で行なった。
得られた合成遺伝子をEcoRIとSalIで切断、YEp352GAPIIベクターは市販のEcoRIとSalIで切断後、それぞれアガロースゲル電気泳動を行い、それぞれの断片に相当するバンドをゲルから切り出した。切り出したゲルからプロメガ社のWizard SV DNA and PCR Clean-Up Systemを用いてDNA断片を抽出、精製した。NanoDrop Lite(Thermo Fisher Scientific社)でDNA濃度を測定後、それぞれの断片50 ngずつを混合しH2Oで7.5 μLとし、3.75 μLのLigation High Ver.2(TOYOBO社)を加え、16℃、30分間反応した。うち2 μLを用いて、大腸菌Competent E. coli. DH5αを形質転換した。50 μg/mLのアンピシリンを含むLB寒天培地で37℃、16時間培養し、形質転換体を得た。
得られたコロニーを、50 ug/mLのアンピシリンを含むLB液体培地で37℃、16時間培養を行った。菌体よりプロメガ社のWizard Plus SV Minipreps DNA Purification Systemを用いてYEpHBVC2ベクター(図12)を精製した。シークエンス解析を行い、塩基配列に間違いがないことを確認した。
このベクター(YEpHBVC2)を用いて常法に従い出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)W303-1B株(MATα ura3-52 trp1Δ2 leu2-3_112 his3-11 ade2-1 can1-100)の形質転換を行なった。
形質転換後の菌液をカザミノ酸-Ura寒天培地(0.67% 酵母ニトロゲンベースw/oアミノ酸、1%カザミノ酸、2%グルコース、40 μg/ml トリプトファン、40 μg/ml アデニン1/2硫酸塩、2% Agar)に塗布し、30℃で2日間培養することで形質転換体のコロニーを得た。コロニーをプレートから掻きとり、PCR反応液に懸濁する簡易PCR法にて染色体上への組み込みを確認し、この酵母をHBV L-HBs(Glyco-L)発現出芽酵母とした。
Glyco-L発現酵母を前培養後、1Lの1xカザミノ酸-Ura培地(0.67% 酵母ニトロゲンベースw/oアミノ酸、1%カザミノ酸、2%グルコース、40 μg/ml トリプトファン、40 μg/ml アデニン1/2硫酸塩)に植菌し、120 rpm、30℃、120時間培養を行なった。遠心により菌体を分離後、その上清の一部をSDS-PAGEに供し、PVDF膜に転写後、ウエスタンブロット解析により発現の確認を行なった。一次抗体としては市販の抗HBs抗体(抗PreS1モノクローナル抗体(マウス);特殊免疫研究所、またはHepatitis B surface Antigen A, Goat Antibody; PROSPEC)を用い、二次抗体は抗マウスIgG抗体-ペルオキシダーゼ、または抗ヤギIg抗体-ペルオキシダーゼを使用した。検出はECL Western Blotting Detection Reagents(GE)を用いイメージアナライザー(GE LAS-1000)で行なった。
次に精製を行った。培養した菌体1 gを7.5 Mの尿素および0.1 M のジチオスレイトールを含むY-PER? Plus Dialyzable Yeast Protein Extraction Reagent (Thermo Ficher Scientific社)5 mLに懸濁し、室温、20分で抽出を行った。この抽出を行った後に2,000 x g、4℃、5分遠心して残渣を除いた後、さらに12,000 x gで遠心、4℃、5分遠心して得られた沈殿物を回収した。この沈殿物を7.5 M尿素、15 mM EDTAを含む0.1 M リン酸バッファー(pH 7.2)3 mLで溶解し、Glyco-Lの粗抽出液とした。
次に4.55 mLの10-40%の臭化カリウム(Kbr)による密度勾配を設定し、0.45 mLの粗抽出液を最上層に添加し、Beckman SW 55 Tiローターで73,000×g、4℃、16時間超遠心を行なった。チューブの上層から溶液を0.3 mlずつ回収し、各フラクションについて抗PreS1抗体を用いたウエスタンブロット解析を行った。夾雑タンパク質が比較的多い(KBr密度の軽い)画分を除き、抗体反応陽性のフラクションを回収した。この溶液をPEG沈し、この沈殿物を7.5 M尿素、15 mM EDTAを含む0.1 M リン酸バッファー(pH 7.2)で溶解して次の超遠心に供した。
次のステップとして、4.8 mLの5-50%のシュクロース密度勾配を設定し、0.48 mLのサンプルを最上層に添加し、上記と同条件で超遠心を行なった。チューブの上層から溶液を0.3 mlずつ回収し、各フラクションについてSDS-PAGEを行い、Oriole染色(Bio-Rad社)と抗PreS1抗体を用いたウエスタンブロット解析を行った。抗体反応陽性のフラクションを回収し、蒸留水に対して透析後、凍結乾燥を行なった。
凍結乾燥サンプル(Glyco-L)は電子顕微鏡で観察するために、PBSを添加後ソニケーター処理し融解した。30Kのアミコンウルトラ0.5 mL遠心式フィルター(Millipore)で簡易精製した。0.1 mg/mL濃度サンプルを載せた電験観察用グリッド上で2.5万倍、5万倍、10万倍で観察し撮影した。
出芽酵母でgenotype_C由来の全長のHBs抗原を発現させるために、コドンを最適化し全合成してクローニングし、発現ベクター(YEpHBVC2)を構築した(図12)。出芽酵母株W303-1BをYEpHBVC2で形質転換し、L (+Gly)を発現するクローンをスクリーニングした。一部培養物をウエスタンブロット解析により発現の確認を行なったところ、菌体内、培養液中のいずれからもシグナルが確認された。培養上清中に発現が確認されたGlyco-Lの分子量は約60 kDaであり、予想される分子量の約45 kDaよりもかなり大きかったため、Endo-Hfによる糖鎖切断を行い、糖鎖付加の有無を確認した。その結果、Endo-Hf処理後のGlyco-Lの分子量は約50 kDaとなり、N-型糖鎖が少なくとも1本以上付加されていることが示唆された。またこの培養上清に発現したGlyco-Lは抗pre-S1抗体でも検出されたことから、L領域のN末端を含む形で発現していることが確認された。形質転換し120時間培養後に集菌し、7.5 M Urea存在下で溶菌、臭化カリウムおよびシュクロースでの密度勾配遠心、透析して精製した画分をGlyco-Lとした(図13)。Glyco-Lの構造を確認するために電子顕微鏡で観察した。糖鎖の付いていないL-HBs抗原同様に粒子を形成していることが確認された。また、精製したGlyco-Lを5-20%グラジエントゲルでSDS-PAGE後、Oriole 蛍光ゲルステインを行ない単バンドであることを確認した(図14)。
【0116】
[Glyco-Lの酵母発現用ベクターの作製(図12)]
GAPDH:出芽酵母グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ、aF-PP:出芽酵母α-ファクターのプレプロ配列をコードする遺伝子、C_JPNAT:HBV Genotype_Cをコードする合成遺伝子を図12に示す。
【0117】
[Glyco-Lの作製法・精製方法(酵母)(図13)]
出芽酵母株W303-1BをYEpHBVC2で形質転換し、L (+Gly)を発現するクローンをスクリーニングした。120時間培養後に集菌し、7.5 M Urea存在下で溶菌、臭化カリウムおよびシュクロースでの密度勾配遠心、透析して精製した画分をGlyco-Lとした。図13に、培養方法、宿主、精製方法のプロトコールを示す。
【0118】
[酵母で発現したGlyco-Lの推定構造(図14)]
L (+Gly)を酵母で発現・精製した。調製した画分(Glyco-L)が粒子を作ることを電子顕微鏡で確認した(図14左下)。Glyco-Lを5-20%グラジエントゲルにてSDS-PAGE後、Oriole 蛍光ゲルステインを行なった(図14右下)。
Glyco-L:L (+Gly)を電子顕微鏡で観察したところ、粒子を形成していることが明らかとなった。さらにL (+Gly)をSDS-PAGEで展開し分子量を確認したところ、糖鎖の付いていないL-HBs抗原(Beacle社)よりも大きく約65 kDaほどであり、酵素処理によりL (+Gly)にはN型糖鎖が結合していることも確認した(M:分子量マーカー、G-L:精製したGlyco-L)。
【0119】
[抗HBs抗体の作製]
(HBsタンパク質のマウスへの免疫)
市販のリコンビナントHBsタンパク質(S-HBs: ビームゲン)あるいは我々が作製した糖鎖付きリコンビナントHBsタンパク質(Glyco-LやGlyco-M)をマウス(Balb/cマウス、8週齢のメス)に免疫した。各種ペプチド抗原については、キーホールリンペットヘモシアニン(KLH)とコンジュゲートしたものを使用した。各種抗原ペプチド 0.2 mg 分を、ThermoFischer社 Imject Maleimide Activated mcKLH Spin Kit (#77666) を使用して、KLH に結合(コンジュゲート)させた。生理食塩水に溶解した、これら各種HBsタンパク質(KLHコンジュゲート・ペプチド)を完全フロイント アジュバント(PIERCE, Imject Alum Adjuvantでも使用可能)と混合し、これを初日(Day 0)に1μg分、Day 4に0.5μg分、Day10に0.5μg分、を腹腔注射して免疫した。マウスの眼窩採血を定期的に行い、血清中の抗原に対する抗体価の上昇をモニタリングしながら免疫を行った。また、抗体価の上昇が期待できることから、血清および免疫B細胞の回収を行う2~7日前に尾静脈への免疫原(糖ペプチドあるいは糖タンパク質)投与(0.1 -1 ug程度)によるブーストを行った。
【0120】
抗体価が十分に上昇したことを確認した免疫マウスから抗体産生細胞を採取した。採取は、最終免疫の日から2~5日後がより好ましいため、3日後に採取した。抗体産生細胞としては、脾細胞、リンパ節細胞、末梢血細胞等が挙げられるが、脾細胞又は局所リンパ節細胞が好ましい。マウスからの抗体産生細胞の採取方法は、当該分野で公知の技術に従って行えばよい。具体的には、通常脾細胞を採取し、後述[0140]に記載のある融合作業を行うことで抗体産生ハイブリドーマ細胞を取得できる。また、後述の[0143]記載の方法によりリコンビナント抗体タンパク質を取得することも出来る。
【0121】
[本発明で得られた抗HBs抗体を用いた抗体-抗体 ELISA測定系]
(抗体-抗体 ELISA測定系による総HBs分子の検出)
上述のようにして免疫されたマウスから得られた、各種HBs抗原に対する抗血清(免疫原に対する抗体が含まれている)を使用して、各種HBs抗原に対する反応性(結合性)について、ELISA測定系による検出を行った。各種HBs抗原をそれぞれELISAプレートに固相化し、検出側には抗血清あるいは市販の抗HBs抗体を用いてELISA測定系での検討を行った。
【0122】
まず、各HBs抗原(市販のリコンビナントHBsタンパク質(酵母由来S-HBs: MyBioSource、酵母由来L-HBs: Beacle社、大腸菌由来PreS1 ペプチド: Beacle社、大腸菌由来PreS2 ペプチド: Beacle社)あるいは我々が作製したリコンビナントHBsタンパク質(糖鎖付きPreS1ペプチド、PreS2ペプチド及びL-HBsやM-HBs))をPBSで0.5μg/mLとなるように希釈し、ELISA用マイクロプレート(ThermoFischer社 Immobilizer Amino)に100uL/ウェルずつ添加しアミノ基を介して共有結合させた。4℃で一晩各抗体をプレートに吸着(固相化)させた後、溶液を廃棄して、ウェルをPBS-T (PBS, 0.05% Tween-20)で洗浄した。次に、抗血清の希釈系列溶液100μLを各ウェルに添加した。37℃で2時間反応させた後、ウェル中の溶液を廃棄し、PBS-Tにて洗浄した後、4000倍希釈した西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識抗マウスIgG抗体(Jackson社、115-035-062)を室温で1時間反応させた。その後、反応液を廃棄、洗浄した後、1StepUltra TMB基質液(Pierce社)による発色を450nmの吸光度で測定した(図15)。
【0123】
表4に記載の糖鎖付きPreS2ペプチド及びL-HBsやM-HBsをBalb/cマウスに免疫し、各種抗原(L-HBs, M-HBs, S-HBs, PreS1ペプチド, PreS2ペプチド)に対する反応性を抗S-HBs抗体と比較解析した結果、抗原反応性の異なるマウス血清を得た。
【0124】
免疫抗原としてL-HBs抗原(産総研作製 Yeast由来 Glycosylated L-HBs)、S-HBs抗原(ビームゲン)、あるいは PBSのみ(免疫抗原無し)をマウスに免疫して得られた抗血清で、L-HBs抗原に対する反応性を検討した。
【0125】
[抗体価の推移の比較(Glyco-LとS-HBsビームゲン)(図15)]
図15は、糖鎖有りのL-HBs抗原(Glyco-L)を免疫したマウス(YL-1 からYL-4)、S-HBs抗原(ビームゲン)を免疫したマウス(B1とB2)、コントロールマウス(N1+N2)からの継時血清(day0, 21, 28, 35)および市販抗PreS1抗体(BCL-002)を用いたL-HBsに対するELISAの結果(A)、及び同様に、Day35血清を希釈(1/1000, 1/3000, 1/9000, 1/27000)して得られたELISAの結果(B)を示す。
【0126】
図15(A)に示す通り、L-HBs抗原(Glyco-L)を免疫したマウス(YL)ではS-HBs抗原(ビームゲン)を免疫したマウス(B)と比較して早い段階(免疫後経過日数が少ないDay21時点)から抗体価が上昇していることが確認された。一方、S-HBs抗原の免疫では、Day28まで低くDay35で抗体価の上昇が認められた。また、得られたDay35血清を希釈してELISAを行い、抗体価の検討を行った結果、多くのL-HBs抗血清群では1/27000希釈率で反応性が落ちていることを確認出来るが、S-HBs抗血清では既に1/9000希釈で反応性が著しく落ちていることが分かった (図15(B))。これらのことは、L-HBs抗原の方が免疫原として優れており、且つ、L-HBs抗原とS-HBs抗原の免疫により上昇する抗体価や抗体群の違いから、接種法の改良によって少ない回数で広範囲の抗体を獲得することが出来るという可能性が示されていると考えられる。
【0127】
以上の結果はGlyco-L-HBs抗原はS-HBs抗原よりも免疫性が高いことを示しているが、抗原として用いている部位以外への反応性の違いは不明である。そこで、Glyco-L-HBs抗原を免疫して得られた抗血清(Glyco-L-HBs抗血清)と市販の抗体について、それぞれの抗原に対する相互反応性をELISA法やウエスタンブロット解析によって比較した。糖鎖無しL-HBs抗原を免疫した抗血清も、糖鎖有りのL-HBs抗原(Glyco-L-HBs)を免疫した抗血清でも、糖鎖無しL-HBs抗原に対する反応性はほぼ同等に示していたが、一方で糖鎖無しL-HBs抗原を免疫した抗血清では、糖鎖有りのL-HBs抗原(Glyco-L-HBs)に対する反応性の減少が認められた。このことから、糖鎖無しの抗原を免疫して得られる抗血清(抗体)では、糖鎖有りの抗原に対する認識(反応性)が異なることが示唆される。また、Glyco-L-HBs抗血清は、S領域に比べPreS1やPreS2領域に対する反応性が高いことが示され、図15同様に、L-HBs抗原の免疫性の高さはPreS1やPre-S領域に帰属すると考えられる。
【0128】
各種HBs抗原を免疫されたマウスから得られたマウス抗血清(Glyco-L-HBs抗血清、L-HBs抗血清)、あるいは、前述の様にして得られるハイブリドーマ由来の市販抗HBs抗体(抗PreS1抗体: Beacle社・BCL-AB-002、抗PreS2抗体: 特殊免疫研究所・Hyb-5520、抗S抗体:特殊免疫研究所・Hyb-824)を使用して、各HBs抗原(糖鎖有りのL-HBs抗原: Glyco-L-HBs、糖鎖無しL-HBs抗原、PreS1ペプチド、PreS2ペプチド、S-HBs抗原: ビームゲン)をコートしたプレートで上述と同様にELISA測定を行った。当該分子のウエスタンブロット法は一般的な方法に従った。まず、PreS1ペプチド(大腸菌で生産)、PreS2ペプチド(大腸菌で生産)、S-HBs抗原(酵母で生産)、Glyco-M-HBs抗原(HEK293で生産)、L-HBs抗原(酵母で生産)、HBs抗原(患者血清)をSDS-PAGE還元条件下で12.5%ポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動し、PVDF膜に転写した。5%スキムミルク含有PBSでブロッキング後、HBs抗原免疫後の血清(S-HBs 抗原を免疫した抗血清、Glyco-L-HBs抗原を免疫した抗血清、S-HBs 抗原とGlyco-L-HBs抗原を同時に免疫した抗血清)と室温にて1時間反応させた。PVDF膜の洗浄後、二次抗体(0.5 μg/mLのHRPラベル化抗マウスIgG抗体)と室温で1時間反応させた。これらのPVDF膜を洗浄後ウエスタンブロッティング検出試薬(Perkin Elmer社)により化学発光にて検出した(図16)。ELISAの結果は、Glyco-L-HBs抗血清がS領域に比べPreS1やPreS2領域に対する抗体を多く含んでいることを示しており、同様の結果がウエスタンブロッティングによっても確認された。一方、S-HBs抗原を免疫した場合、S領域に対する抗体のみしか誘導されない。そこで、Glyco-L-HBs抗原とS-HBs抗原を同時に免疫して得られた抗血清を用いてウエスタンブロッティングを行った結果、S領域、PreS1領域やPreS2領域の全てを認識する抗体群が誘導されることが確認できた(図16下段)。
【0129】
[ELISAとWestern blot(血清、L- & S-HBs mix)(図16)]
図16上段は、得られた抗血清(Glyco-L-HBs抗血清、L-HBs抗血清)および市販抗HBs抗体(抗PreS1抗体: Beacle社・BCL-AB-002、抗PreS2抗体: 特殊免疫研究所・Hyb-5520、抗S抗体: 特殊免疫研究所・Hyb-824)を使用して、各HBs抗原(糖鎖有りのL-HBs抗原: Glyco-L-HBs、糖鎖無しL-HBs抗原、PreS1ペプチド、PreS2ペプチド、S-HBs抗原: ビームゲン)に対する反応性の確認結果を示す。
図16下段は、S-HBs 抗原を免疫した抗血清(左)、Glyco-L-HBs抗原を免疫した抗血清(中央)、S-HBs 抗原とGlyco-L-HBs抗原を同時に免疫した抗血清(右)を用いて、ウエスタンブロッティングを実施した。PreS1ペプチド(大腸菌)、PreS2ペプチド(大腸菌)、S-HBs抗原(酵母)、Glyco-M-HBs抗原(HEK293)、L-HBs抗原(酵母)、HBs抗原(患者血清)をSDS-PAGEで展開し、それぞれの抗血清の反応性を比較した結果を示す。
従来のワクチン(S-HBs 抗原)免疫後の抗血清ではS-HBs 抗原を認識するが他のHBs抗原の成分との反応性は低い。一方Glyco-L-HBs抗原を免疫した抗血清はS-HBs 抗原以外の成分への反応性に優れていた。S-HBs 抗原とGlyco-L-HBs抗原を同時に免疫した抗血清は、上記の主な成分全てを認識しており、混合免疫することのワクチンとしての有効性が示唆された。
【0130】
以上の結果から、L-HBs抗原はS-HBs抗原の抗体よりもPreS1, PreS2の抗体を誘導し、S-とL-HBs抗原の共免疫することにより広範囲をカバーする抗体が一度に獲得されることが示唆された。このことは言い換えれば、PreS1, PreS2領域の方がS領域よりも抗原性(免疫原性)が高いということを示唆しており、従来主要に用いられているS領域ワクチンよりも有効であることが明らかとなった。すなわち、ユニバーサルワクチン化への解決すべき課題(3回接種による費用、ノンレスポンダー、糖鎖付加によるエスケープミュータントの出現など)に備えるために次世代ワクチンの開発を進める必要があるが、ワクチン接種法の改良として、L-HBs抗原とS-HBs抗原の両者の併用や混合ワクチンの開発が可能である。
【0131】
免疫抗原としてO-glycosylated PreS2ペプチド(産総研作製 KLH-conjugated Glyco-PreS2, Genotype C)あるいはL-HBs抗原(産総研作製 Yeast由来 Glyco-L-HBs)をマウスに免疫して得られた抗血清(免疫後49日後血清)を用いて、各種HBs抗原(Glyco-PreS2ペプチド、PreS2ペプチド、PreS1ペプチド、S-HBs抗原)に対する反応性を検討した。
各HBs抗原(Glyco-PreS2ペプチド、PreS2ペプチド(大腸菌で生産)、PreS1ペプチド(大腸菌で生産)、S-HBs抗原(adr、酵母で生産)をPBSで0.5 μg/mLとなるように希釈し、ELISA用マイクロプレート(ThermoFischer社 Immobilizer Amino)に100uL/ウェルずつ添加しアミノ基を介して共有結合させた。4℃で一晩各抗体をプレートに吸着(固相化)させた後、溶液を廃棄して、ウェルをPBS-T (PBS, 0.05% Tween-20)洗浄した。次に、抗血清(Glyco-PreS2免疫F1マウス 0日、同49日、Glyco-L-HBs免疫YL3マウス35日)や抗体(抗PreS1抗体 (Anti-PreS1)、抗PreS2抗体 (Anti-PreS2)、抗S抗体 (Anti-S (a))の希釈系列溶液100 μLを各ウェルに添加した。37℃で2時間反応させた後、ウェル中の溶液を廃棄し、PBS-Tにて洗浄した後、4000倍希釈した西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識抗マウスIgG抗体(Jackson社、115-035-062)を室温で1時間反応させた。その後、反応液を廃棄、洗浄した後、1StepUltra TMB基質液(Pierce社)による発色を450nmの吸光度で測定した(図17)。
【0132】
[抗体価の推移の比較(Glyco-PreS2, ELISA)(図17)]
Glyco-PreS2ペプチドあるいはGlyco-L-HBs抗原をマウスに免疫して得られた抗血清(F1あるいはYL3)について、A) O-glycosylated PreS2ペプチド、B)PreS2ペプチド、C)PreS1ペプチド、D) S-HBs抗原に対する反応性をELISA法で解析した。ELISAプレートの固相化に用いたタンパク質を認識する抗体をコントロールとして測定した。
図17(A)に示す通り、Glyco-PreS2ペプチドを免疫したマウス抗血清F1(希釈系列)で免疫原に対する反応性(抗体価の上昇)を確認した。一方、同血清では、図17(B)~(D)に示す通り、免疫原以外の抗原(PreS2ペプチド、PreS1ペプチド、S-HBs抗原)に対する反応性は認められなかった。このことから、糖鎖付きのPreS2抗原に対する特異的な活性が確認された。
また、L-HBs免疫抗血清(YL3)ではPreS2ペプチド、PreS1ペプチドに対する反応性が認められたが、S領域(S-HBs抗原)に対してはあまり活性が認められなかった。このことから、免疫原としてはPreS1領域よりもPreS2領域の方が高免疫原性であることが再度示唆された。
【0133】
得られた抗血清(Glyco-PreS2抗血清)および市販抗HBsモノクローナル抗体(抗PreS1抗体: Beacle社・anti-PreS1 mAb-2・Cat No. BCL-AB-002、抗PreS2抗体: 特殊免疫研究所・Hyb-5520、抗S-HBs抗体: 特殊免疫研究所・Hyb-824)を使用して、各HBs抗原(O-glycosylated PreS2ペプチド、PreS2ペプチド、PreS1ペプチド、S-HBs抗原(adr、My BioSource社)、糖鎖無しL-HBs抗原(Beacle社)に対する反応性を比較した(図18上)。
また、糖鎖の有無の違いによって誘導される抗体の違いを確認するために、PreS2抗血清とGlyco-PreS2抗血清によるウエスタンブロッティングを実施した。
Glyco-PreS2抗血清および市販抗HBsモノクローナル抗体(抗PreS1抗体: Beacle社・anti-PreS1 mAb-2・Cat No. BCL-AB-002、抗PreS2抗体: 特殊免疫研究所・Hyb-5520、抗S-HBs抗体: 特殊免疫研究所・Hyb-824)を使用して、各HBs抗原(O-glycosylated PreS2ペプチド、PreS1ペプチド(大腸菌)、PreS2ペプチド(大腸菌で生産)、S-HBs抗原(酵母で生産、adr、My BioSource社)、糖鎖無しL-HBs抗原(酵母、Beacle社)に対する反応性を上述のELISA法にて比較した。ウエスタンブロット法についても上述の図16同様に行った。PreS1ペプチド(大腸菌で生産)、PreS2ペプチド(大腸菌で生産)、S-HBs抗原(酵母で生産)、Glyco-M-HBs抗原(HEK293で生産)、L-HBs抗原(酵母で生産)、HBs抗原(患者血清)をSDS-PAGE還元条件下で12.5%ポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動し、PVDF膜に転写した。5%スキムミルク含有PBSでブロッキング後、HBs抗原免疫後の血清(S-HBs 抗原を免疫した抗血清、Glyco-L-HBs抗原を免疫した抗血清、S-HBs 抗原とGlyco-L-HBs抗原を同時に免疫した抗血清)と室温にて1時間反応させた。PVDF膜の洗浄後、二次抗体(0.5 μg/mLのHRPラベル化抗マウスIgG抗体)と室温で1時間反応させた。これらのPVDF膜を洗浄後ウエスタンブロッティング検出試薬(Perkin Elmer社)により化学発光にて検出した(図18)。
Glyco-PreS2抗血清は、糖鎖付加されたGlyco-PreS2ペプチドに対してのみ、特異的な反応を示していた。一方で市販抗HBs抗体(抗PreS1抗体、抗PreS2抗体)では、それぞれの領域のペプチドに対しては反応性が認められたが、糖鎖付加されたO-glycosylated PreS2抗原に対してはほとんど反応が認められなかった。
【0134】
また、糖鎖の有無の違いによって誘導される抗体の違いを確認するために、PreS2抗血清とGlyco-PreS2抗血清によるウエスタンブロッティングを実施した。PreS2抗血清は、糖鎖付加されたPreS2抗原を含むGlyco-Mと患者由来HBs抗原に対する反応が見られなかった。一方、Glyco-PreS2抗血清はこれらの糖鎖を含まないPreS2(他のGenotypeに対するPreS2も含む)やL-HBsとの反応性は低いが、Glyco-Mと患者由来HBs抗原に強く反応することが確認された。これらのことから、糖鎖付加の有無が得られる抗体(抗血清)の抗原認識(反応性)に影響を与えることが示唆された。
【0135】
[ELISAとウエスタンブロット解析(血清、Glyco-PreS2, PreS2)(図18)]
図18上段は、得られた抗血清(Glyco-L-HBs抗血清、L-HBs抗血清)および市販抗HBs抗体(抗PreS1抗体、抗PreS2抗体、抗S抗体)を使用して、各HBs抗原(O-glycosylated PreS2,PreS1ペプチド(大腸菌)、PreS2ペプチド(大腸菌)、S-HBs抗原(酵母)、L-HBs抗原(酵母)に対する反応性をELISA法にて確認した結果を示す。
図18下段はPreS1ペプチド(大腸菌)、PreS2ペプチド(大腸菌)、S-HBs抗原(酵母)、Glyco-M-HBs抗原(HEK293)、L-HBs抗原(酵母)、HBs抗原(患者血清)をSDS-PAGEで展開し、PreS2抗血清(左)とGlyco-PreS2抗血清(右)によるウエスタンブロッティングを行った結果を示す。
Glyco-PreS2抗血清は糖鎖の付いていないPreS2ペプチド(大腸菌)を認識せず、Glyco-M-HBs抗原(HEK293)を認識することが示された。また、HBs抗原(患者血清)においてPreS2抗血清よりもGlyco-PreS2抗血清によって強く認識するGlyco-M-HBs抗原が存在することが明らかとなった。
【0136】
再現性の確認も含めて、免疫の検討を改めて行った。免疫抗原としてO-glycosylated PreS2ペプチドをマウスに免疫して得られた抗血清(免疫後43日後血清)を用いて、免疫抗原(O-glycosylated PreS2ペプチド)に対する反応性を検討した。
HBs抗原(Glyco-PreS2ペプチド)をPBSで0.5 μg/mLとなるように希釈し、ELISA用マイクロプレート(Thermo Fisher Scientific社 Immobilizer Amino)に100 uL/ウェルずつ添加しアミノ基を介して共有結合させた。4℃で一晩各抗体をプレートに吸着(固相化)させた後、溶液を廃棄して、ウェルをPBS-T (PBS, 0.05% Tween-20)洗浄した。次に、Glyco-PreS2を免疫した抗血清(F1, F2, F3マウス0日と49日)の希釈系列溶液100 μLを各ウェルに添加した。37℃で2時間反応させた後、ウェル中の溶液を廃棄し、PBS-Tにて洗浄した後、4000倍希釈した西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識抗マウスIgG抗体(Jackson社、115-035-062)を室温で1時間反応させた。その後、反応液を廃棄、洗浄した後、1StepUltra TMB基質液(Pierce社)による発色を450nmの吸光度で測定した(図19)。
図19に示す通り、O-glycosylated PreS2 ペプチドを免疫した複数のマウスの抗血清(希釈系列)で免疫原O-glycosylated PreS2 ペプチドに対する反応性(抗体価の上昇)を確認した。
【0137】
[免疫マウスによるELISAの違い(血清、Glyco-PreS2)(図19)]
O-glycosylated PreS2ペプチドを免疫後43日後の血清(F3, F4, F5)を用いてO-glycosylated PreS2 ペプチドに対する反応性をELISA法にて解析した。O-glycosylated PreS2 ペプチドを免疫した抗血清(F3, F4, F5)には、抗体価に差が見られるものの、全てが糖鎖付加されたO-glycosylated PreS2 ペプチドに対して反応を示していた。糖鎖付加されたPreS2抗原を免疫して得られる抗体(抗血清)には、抗原認識(反応性)を含めて再現性があることが示唆された。
【0138】
これらのマウス血清中における抗体価の上昇をELISA法により確認した結果から、HBs抗原のほぼ全域を認識する血清群の獲得に成功したことを確認した。また各種抗原の免疫によって得られる抗体の抗原認識について表5にまとめた。
【0139】
[表5]
【0140】
Glyco-L-HBsとS-HBs抗原の共免疫により広範囲な領域を認識する抗体の獲得が可能となる。また、PreS2糖ペプチドによりM-HBs抗原を特異的に認識する抗体の獲得が可能で、以上により全てのHBs成分を認識する抗体が取得可能となることが示された。
Glyco-L-HBs、S-HBs抗原やPreS2糖ペプチドの免疫による抗血清にHBV感染阻害活性を確認した。特にGlyco-L-HBs抗原やPreS2糖ペプチドでHBV感染を阻害する中和抗体が誘導されることから、糖鎖付きの抗原が従来の糖鎖の無い抗原に比較して、HBV感染を阻害する中和抗体を効率良く誘導させることが分かった。
[ハイブリドーマの作製]
抗体価の上昇が認められたマウス個体から、種々の方法により抗HBs抗原抗体を産生する抗体産生細胞を取得することが出来る。
抗体産生細胞と骨髄腫(ミエローマ)細胞との細胞融合を行うことで、抗HBs抗原モノクローナル抗体を生産するハイブリドーマを作製することができる。免疫マウス由来脾細胞とマウス骨髄腫細胞(P3U1細胞)を使用して、常法(後述)に従い、それぞれの細胞をRPMI培地で洗浄した後に混合し、細胞融合促進剤(PEG1500)による細胞融合作業を行う。脾細胞とマウス骨髄腫細胞(P3U1)の混合比率は8:1にて行うのが好ましいが、免疫抗原によっても条件が異なるので、それぞれ適当な予備検討で決められた比率で行うことがより良い。細胞融合後、選択培地としてHAT培地(RPMI1640培地に100単位/mLペニシリン、100 μg/mLストレプトマイシン及び10% 牛胎児血清(FBS)、10-4Mヒポキサンチン、1.5×10-5Mチミジン及び4×10-7Mアミノプテリンを加えた培地)にて培養を行い、融合細胞のみが生存するように選択的な培養を行う。選択培地で培養開始後約10日以降に生育してくる細胞をハイブリドーマとして選択するため、次に限界希釈法によって、モノクローンの細胞を得る。具体的には、96穴培養プレートに細胞溶液(濃度)を濃いものから薄いものへと希釈系列を作製するようにして播種し、数の限定された細胞由来のハイブリドーマ細胞群を選択するとともに、後述のスクリーニングによって各種HBs抗原に対する抗体を産生するクローン(を含む96ウェルプレートの陽性ウェル)を選択する。
【0141】
[スクリーニング方法]
増殖してきたハイブリドーマの培養上清中に、目的とする抗HBs抗原モノクローナル抗体が含まれる否かを酵素免疫測定法(ELISA法)によりスクリーニングした。ハイブリドーマを培養したウェル中に含まれる培養上清の一部を採取し、免疫原として使用したHBsリコンビナントタンパク質に対する結合活性(および陰性コントロールとしての免疫抗原以外の抗原、本来非結合性である抗原に対する結合活性)を指標とする。各種HBs抗原を96ウェルプレートに固相化(1 μg/mLで100 μL/well)し、ブロッキング後、培養上清を100 μL入れて37℃にて1時間反応させた。ELISAによるスクリーニングと限界希釈法(具体的には、96穴培養プレートに1ウェルあたり0.3個程度の細胞が含まれる濃度にて播種する)にて、陽性のクローンを選択する。一次スクリーニング時に得られる陽性ウェルを取得し、これをさらに限界希釈法にて展開してさらに細胞を絞り込む方が良い。この二次スクリーニング以降、状況に合わせてスクリーニングを繰り返し、最終的に単一の抗HBsモノクローナル抗体産生細胞であるハイブリドーマのクローンを選抜することで、目的のHBs抗原に対するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ細胞を取得することが出来る。
【0142】
[ハイブリドーマからの産生抗体の回収]
これらのハイブリドーマ細胞株は、RPMI1640に10%FBSを添加した培地を用いて37℃で好適に培養することができる。得られたハイブリドーマ細胞の培養上清(100 mL~1 L程度、必要量に応じて適宣)から抗体を精製して取得する。
抗HBs抗原モノクローナル抗体は、慣用的技術によって回収可能であり、抗体の精製が必要な場合には、イオン交換クロマトグラフィー法、プロテインA又はプロテインG等によるアフィニティークロマトグラフィー法、ゲルクロマトグラフィー法、硫酸アンモニウム塩析法等公知の方法を用いて精製することができる。
【0143】
[リコンビナント抗HBs抗原抗体の作製:抗体産生B細胞の取得]
抗体の取得を行う方法としてはハイブリドーマの作製を行うことが一般的ではあるが、抗体の取得方法は複数の手段があり、ここでは抗原に対する結合性を有する抗体の遺伝子を直接取得する方法を用いることとした。抗体cDNAを獲得するために、抗体価の上昇が認められたマウス個体から、脾臓を摘出し約1x107のB細胞群を免疫抗原で刺激し、ウェルに播種し抗原と反応する抗体が蛍光顕微鏡下で検出されるウェルからB 細胞を回収した(参考文献Jin et al. Nat. Med.(2009)15: 1088-1092.)。それぞれの細胞のRNAを調製し、抗体遺伝子(IgG 重鎖と軽鎖)特異的なプライマーを用いてreverse transcription PCR (RT-PCR)を行った。可変領域を含むcDNAが増幅された。相同な配列を含むプラスミドDNAを導入して大腸菌を形質転換し、抗体産生プラスミドを作製した。得られた抗体産生プラスミドをHEK293T細胞などにトランスフェクションし、抗体を含む培養上清を用いて再度抗原との反応性を確認した。抗原反応性を有するプラスミドDNAについてのみ配列を確認し、それぞれの確定抗体cDNAとした。
プラスミドDNAの配列決定は、BigDye Terminator v3.1 (Thermo Fisher Scientific)とCMVプロモーター用プライマーを用いサーマルサイクラー(BioRad)にて反応、未反応試薬をFastGene Dye Terminator Removal Kit(日本ジェネティクス)で除去した後に、キャピラリーシーケンサー(Thermo Fisher Scientific社製)で行なった。得られたDNA配列はホモロジー検索を行い既存のDNA配列との比較を行った。
Glyco-L-HBs抗原を免疫した結果、PreS1領域を認識するB細胞9個から抗体cDNAの獲得に成功した(図20A、B)。
【0144】
[抗体cDNAの可変領域配列(PreS1)(図20A、B)]
図20は、PreS1を認識する抗体:IgG 重鎖のアミノ酸配列(A)、IgG軽鎖のアミノ酸配列(B)を示す。可変領域のアミノ酸配列の比較から3種のグループに分けられた。なお、図20Aの06G-aa.seqを配列番号5、14g-aa.seqを配列番号7、25g-aa.seqを配列番号9として示す。また、図20Bの06k-aa.seqを配列番号6、14k-aa.seqを配列番号8、25k-aa.seqを配列番号10として示す。
【0145】
Glyco-PreS2ペプチドを免疫したマウス脾臓細胞から同様に抗体産生B細胞を回収しRNAを調製した。免疫源と反応する抗体産生プラスミドは1種(F5クローン#4)のみが獲得された。そこで同時期に免疫した別個体マウス(F3)の脾臓細胞からmRNAを調製し、ホールトランスクリプトーム解析を実施した。
Glyco-PreS2ペプチドを免疫したマウス(F3)脾臓細胞(約1x107細胞)を遠心しPBSで洗浄後に回収した。トータルRNAをRNeasy Plus Mini Kit (Qiagen)を用いて調製し、NanoDrop (Thermo Fisher Scientific)を用いて濃度を測定した。Dynabeads mRNA DIRECT Kit (Thermo Fisher Scientific)を用いてmRNAを精製し、Agilent 2100 バイオアナライザを用いて定量した。ホールトランスクリプトーム用のライブラリーは、Ion Total RNA-Seq Kit v2 (Thermo Fisher Scientific)を用いて調製した。ライブラリーはIon OneTouch 2.0 システムおよびIonPGM (Thermo Fisher Scientific)を用いて増幅解析して配列を得た。配列データはCLC Genomics Workbench (Qiagen) を用いて解析し、F5#4クローンと相同性のある配列を抽出し、共通配列を得た(図21)。
【0146】
[抗体cDNAの可変領域配列(Glyco-PreS2, NGS)(図21A、B)]
図21は、(A)Glyco-PreS2を免疫しB細胞の迅速スクリーニングの結果得られたF5クローン#4のIgG 重鎖のcDNA配列(配列番号1)とアミノ酸配列(配列番号3)を示す(F5#4)。別個体マウス(F3)の脾臓細胞のRNA-seq中からF5クローン#4との相同アミノ酸配列を示す(F3 RNA, F3 RNA2)。(B)F5クローン#4のIgG 軽鎖のcDNA配列(配列番号2)とアミノ酸配列(配列番号4)を示す。
F5クローン#4とマップした結果、F3mRNA中にも相同性の高い配列が確認されたことから、F3血清のELISA法で確認された活性はF5クローン#4と類似の抗体と考えられる(図21A、B)。
【0147】
発現ベクターに組み込まれた抗体cDNA(重鎖(G)と軽鎖(K))は、GenElute? HP Endotoxin-Free Plasmid Maxiprep Kit(Sigma-Aldrich)で調製し、Lipofectamine LTX Reagent (Thermo Fisher Scientific)を用いてHEK293T細胞にトランスフェクションした。タンパク質フリーの培地に交換して3日後の培養液から抗体を精製した。マウスIgG抗体はProGビーズを用いて回収し、0.1 M グリシン (pH2.5) にて溶出し、3M Tris-Cl(pH8.5)で中和後にPBSにバッファー交換した。精製した抗体は、12.5%SDS-PAGEで展開し上述のように銀染色法によって確認した(図22)。
【0148】
[精製抗体の泳動図(抗体量の定量)(図22)]
図22は、抗体cDNAを発現させて調製した抗体についてSDS-PAGEでの展開及び銀染色法により得られた結果を示す。Glyco-PreS2免疫によって獲得されたクローン(F5#4)、Glyco-L-HBs抗原免疫によって獲得されたクローン(S1#14)、市販マウスIgG(mIgG) をコントロールとして泳動した。
【0149】
[各抗体クローンの認識する抗原エピトープ領域の解析]
ウエスタンブロット法は上述の図16同様に行った。PreS1ペプチド(大腸菌)、PreS2ペプチド(大腸菌)、S-HBs抗原(酵母)、Glyco-M-HBs抗原(HEK293)、L-HBs抗原(酵母)、HBs抗原(患者血清)をSDS-PAGE還元条件下で12.5%ポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動し、PVDF膜に転写した。10%スキムミルク含有PBSでブロッキング後、一次抗体(抗HBs抗原抗体の各クローン)と室温にて1時間反応させた。PVDF膜の洗浄後、二次抗体(0.5μg/mLのHRPラベル化抗マウスIgG抗体)と室温で1時間反応させた。これらのPVDF膜を洗浄後ウエスタンブロッティング検出試薬(Perkin Elmer社)により化学発光にて検出した(図23)。
【0150】
[Western Blot(精製抗体、anti-PreS1, anti-Glyco-PreS2)(図23)]
図22で示したGlyco-L-HBs抗原免疫によって獲得された抗体(S1#14)とGlyco-PreS2免疫によって獲得された抗体(F5#4)は、それぞれPreS1領域(白色)と糖鎖のついたPreS2領域(灰色)を認識し、S領域(黒色)は認識しないと考えられる。これらの抗体について、タグ付きPreS1(大腸菌)、タグ付きPreS2(大腸菌)、S-HBs抗原(酵母)、Glyco-M-HBs抗原(HEK293T)、L-HBs抗原(酵母)、患者血清由来HBs抗原に対する反応性をウエスタンブロッティング法にて検出した。
【0151】
S1#14は、PreS1およびL-HBs抗原(酵母)を強く認識し、患者由来HBs抗原はわずかであった。一方、F5#4はGlyco-M-HBs抗原と患者由来HBs抗原を強く認識し、PreS2やL-HBs抗原(酵母)は全く認識しないことが明らかとなった。免疫後血清を用いた結果(図16および図18)と若干異なる結果であり、これはモノクローナル抗体であることに起因するためと考えられる。
【0152】
genotype CのHBs抗原を肝がん細胞で発現させるために、S-HBs, M-HBs, L-HBsをコードするDNAを、発現ベクターpFLAG-CMV3(Sigma-Aldrich)に挿入した。これにより発現するHBs抗原はN末端にFLAGタグを結合しており、抗FLAG抗体での精製、検出が可能となった。構築したS-HBs, M-HBs, L-HBsの発現プラスミドを肝がん細胞株HuH7とPLC/PRF/5細胞にLipofectamine 2000(Thermo Fisher Scientific)を用いてそれぞれトランスフェクションし、48時間後に培養上清を回収した。培養上清に含まれるHBs抗原は、抗FLAG M2抗体(Sigma-Aldrich)を用いて精製した。精製したHBs抗原に対するF5#4抗体の反応性を確認するため、精製したHBs抗原をSDS-PAGE還元条件下で12.5%ポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動し、PVDF膜に転写した。10%スキムミルク含有PBSでブロッキング後、F5#4抗体とコントロールとして抗FLAG抗体と室温にて1時間反応させた。PVDF膜の洗浄後、二次抗体(0.5 μg/mLのHRPラベル化抗マウスIgG抗体)と室温で1時間反応させた。これらのPVDF膜を洗浄後ウエスタンブロッティング検出試薬(Perkin Elmer社)により化学発光にて検出した(図24)。
[Western Blot(精製F5#4抗体、S, M, L expressed in cells)(図24)]
genotypeCのHBs抗原(S-, M-, L-)にFlagタグを付けて肝がん細胞(HuH7細胞、PLC/PRF/5細胞)で発現させた。PreS1領域(白色)、PreS2領域(灰色)、S領域(黒色)にはそれぞれN型糖鎖が結合し、M-HBs抗原のPreS2領域にはO型糖鎖が主に結合している(図24の上模式図、表3及び図7を参照)。抗Flag抗体による検出はS-, M-, L-HBs抗原がほぼ同量回収されていることを示している(図24下左)。一方、精製したF5#4抗体は、M-HBs抗原を強く認識し、L-HBs抗原を弱く認識している。ただしS-HBs抗原は認識していない(図24下右)。
【0153】
患者血清中のL-HBs抗原中ではわずかなPreS2でのみO型糖鎖の修飾が観察されており、HuH7細胞とPLC/PRF/5細胞で差が見られることから、それぞれの細胞で発現している糖鎖遺伝子の発現量による差であると考えられる。
【0154】
O型糖鎖のないgenotype CのM-HBsを発現させるために、O型糖鎖付加が結合するスレオニン37をアラニンに変換した変異体を作製した。スレオニンのコドン(ACT)のアデニンをグアニン(GCT)に変更したプライマーを設計し、PCRにて変異を導入した。また、genotype AのM-HBsをコードするDNAを発現ベクターpFLAG-CMV3に挿入しネガティブコントロールとして用いた。HEK293細胞のシアル酸欠損細胞(-SLC35A1)、ガラクトース欠損細胞(-SLC35A2)は、GeneArt CRISPR Nuclease Vector Kit(Thermo Fisher Scientific)を用いたゲノム編集によりCMP-シアル酸トランスポーター遺伝子(SLC35A1)とUDP-ガラクトーストランスポーター遺伝子(SLC35A2)にそれぞれ不活性型変異を導入することにより作製した。変異の導入のための標的配列(SLC35A1: 5’-TGAACAGCATACACTAACGAgtttt-3’(配列番号39), SLC35A2: 5’-GCGTGTCCACATACTGCACCgtttt-3’(配列番号40))をGeneArt CRISPR Nuclease CD4 Vectorにクローニングしたプラスミドを構築し、Lipofectamine 2000 (Thermo Fisher Scientific)を用いてHEK293細胞にトランスフェクションした。24-48時間後、CD4 Enrichment Kit(Thermo Fisher Scientific)を用いて、プラスミドが導入された細胞を選別し、限界希釈法により複数のシングルクローンを単離した。単離したシングルクローン株を用いてシアル酸を認識するSNA, MALIIレクチンでFACS解析を行い、レクチンシグナルが減少している株を選別した。それらの細胞よりゲノムDNAを抽出し標的部位周辺の配列をPCRで増幅し、ダイレクトシークエンスを行い、目的の位置でゲノム編集が起こっていることを確認した。これらの細胞にgenotype CのM-HBs、O型糖鎖のないgenotype CのM-HBs、genotype AのM-HBsを上述の方法でトランスフェクションし、上述の図24の通り培養上清よりそれぞれのM-HBsを精製し、ウエスタンブロット解析した(図25)。
[Western Blot(精製F5#4抗体、Glyco-M expressed in cells)(図25)]
図25の上模式図は、genotypeCおよびgenotypeAのM-HBs抗原にFlagタグを付けてHEK293細胞、シアル酸欠損細胞(-SLC35A1)、ガラクトース欠損細胞(-SLC35A2)で発現させたことを示す。genotypeC のPreS2領域(灰色)にはO型糖鎖が結合しているが、genotypeA のPreS2領域にはO型糖鎖は結合していない。図25の結果は2つのスレオニン(T37とT38)にO型糖鎖が結合していることを示しており、T37をアラニンに変異させたM-HBs抗原も発現させた(T37A)。genotypeC(C)及びT37A変異(C-O)M-HBs抗原は、ほぼ同量回収された(抗Flag抗体による検出、図25下左)。精製したF5#4抗体は、HEK293細胞とシアル酸欠損細胞(- Sialic acid)で発現したCとC-Oを同様に検出した。一方、ガラクトース欠損細胞(- Galactose)で発現したCとC-Oでは検出量に差があることから、F5#4抗体の抗原認識にはO型糖鎖中のガラクトースが含まれていると考えられる(図25下右)。
【0155】
[本発明で得られた抗HBs抗体を用いた抗体-抗体 ELISA測定系]
(抗体-抗体 ELISA測定系による総HBs分子の検出)
抗HBsモノクローナル抗体を使用して、HBs抗原の抗体-抗体 ELISA測定系による検出を行うこともできる。樹立した抗HBsモノクローナル抗体をそれぞれELISAプレートに固相化し、検出側には同一の、あるいは別の抗HBs抗体を用いてELISA測定系への利用の可否についての検討を行うことができる。抗体の組み合わせは一般的にELISAプレート固相化側でも検出側(液相側)でも、どちらに使用しても良く、感度が高くなる抗体の組み合わせにて検出系の構築を行う。一般的には感度が高く、バックグラウンドとなるノイズが少なくなる組み合わせにて検出系の構築を行う。
【0156】
まず、各抗体(固相化用)をPBSで4μg/mLとなるように希釈し、ELISA用マイクロプレートに100uL/ウェルずつ添加した。4℃で一晩各抗体をプレートに吸着させた後、溶液を廃棄して、ウェルをPBS-T (PBS, 0.05% Tween-20)洗浄した。次に、ブロッキング液(PBS with 3% BSA)を300μL/ウェルで加えて、ブロッキングをした。前記ブロッキング液を廃棄し、洗浄した後、サンプル(各種HBs抗原、HBVウイルス粒子)の溶液100μLを各ウェルに添加した。37℃で2時間反応させた後、ウェル中の溶液を廃棄し、PBS-Tにて洗浄した後、ビオチン標識抗HBs抗体(R&D biotinylated anti-HBs pAb Cat#BAF329)を2μg/mLに調製して、室温で1時間反応させた.その後、溶液を廃棄して洗浄後、西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識ストレプトアビジン(Jackson社)溶液を1ウェルに100μL加えて1時間室温にて反応させた。反応液を廃棄、洗浄した後、1StepUltra TMB基質液(Pierce社)による発色を450nmの吸光度で測定する。モノクローナル抗体-ポリクローナル抗体(あるいは抗血清)を使用したELISA系による検出の他、他の組み合わせとしてポリクローナル抗体の他にモノクローナル抗体を用いても良い。その場合は、検出が可能な組み合わせにて行い、より感度の高い組み合わせを選択することが望ましい。
【0157】
参考文献(Hamada-Tsutsumi et al. PLoS ONE (2015) 10: e0118062.)に従い、本発明で開発された抗体のHBV感染阻害を確認した。
HBVの肝細胞への感染実験は、一般にヒト肝がん細胞やマウス肝細胞を用いた実験では成立しない。ヒト肝細胞の一次細胞あるいはヒト肝キメラマウス由来の細胞(PXB細胞, フェニックスバイオ社)を培養し、HBVを培養液に添加することによってHBV感染を誘導した。感染阻害実験のためには、抗体あるいは抗原で誘導した血清とHBVをまず混和してHBVに抗体を吸着させた後に細胞に添加した。ネガティブコントロールとして、マウス血清やIgG、ポジティブコントロールとして現行のワクチンで誘導したマウス抗体や血清あるいはヒト血液から精製された抗HBs抗体(HBIG)などを用いた。
[HBV感染阻害実験プロトコール(図26)]
図26は、抗体や抗血清によるHBV感染阻害実験のプロトコールを示す。ヒト肝キメラマウス由来の細胞(PXB細胞)、抗体や抗血清、感染源としてマウスの中で増幅したgenotype CのHBVを用いた。5 genome/細胞となるようにHBVを用意し、抗体や抗血清と2時間混合した後にPXB細胞の培養液に添加した。次の2日間にわたり細胞を洗浄し、Day 8, 13, 18, 23後に上清を回収して、HBV DNAの測定やHBs抗原量を測定した。
図26の下図:HBV感染阻害実験のイメージ図。肝細胞を培養しHBVを添加する。加えるHBVには空粒子であるSVPも含まれている(図26左)。SVPにはS-HBs抗原が発現しており、ワクチンで誘導された抗体(anti-S)はSVPにも反応する。一方本発明での抗体(anti-PreS2)はSVPよりもHBVに主に反応し感染を効率的に阻害する。なお、空粒子のほとんどが、S-HBs抗原のみからなることが明らかとなっている。
【0158】
図26に示した方法で、本発明によるGlyco-PreS2によるF5抗体のHBV感染阻害活性を市販のHBIG(S抗原接種者からの精製抗体)と比較した。
2つの抗体(F5抗体及びHBIG)をSDS-PAGEで展開し、銀染色して抗体の純度及び濃度を解析した。同じ量の抗体を用いてHBV(genotype C)のPXB細胞への感染阻害実験を行った。96 ウェルコラーゲンコートプレート上に播種されたPXB細胞(7x104 cells/well)に対し、HBVを5GEq/cell (3.5x105 copies/well)で感作させた。F5抗体あるいはHBIG(0-1000 ng)とHBVを37℃、2時間プレインキュベートした。その後、PEGを用いずにPXB細胞に感染させ、各抗体の感染阻害効果を比較した。37℃で48時間感染後、HBV-抗体を含む培養上清を取り除き、新しい培地に置換、図26に示した時間軸に沿って培養した。感染後8日目と13日目の培養上清を回収し、感染PXB細胞から放出されたHBVが存在する培養上清、100 μL中のHBV DNAを精製した(JacalinレクチンによるHBVの分離と同手法)。図5B.と同様にリアルタイム定量PCRによって培養上清中のHBV DNA量を定量した。
[HBV感染阻害実験(HBV DNA)(図27)]
図27は、PXB細胞とgenotype CのHBVを用いたHBV感染実験の結果を示す。HBVをF5抗体あるいはHBIG(0-1000 ng)とインキュベーションして吸着させ、感染阻害効果を比較した。感染後に肝細胞から放出されたHBVは、HBV DNAをreal time PCRで測定することによって定量した。
F5抗体は100 ngでも十分にHBV感染阻害を示したが、HBIG 100 ngではHBV感染阻害は不十分であった(図27)。この結果は、母子感染や針刺し事故の際に用いられている血液製剤のHBIGよりF5抗体の方が同程度以上の阻害効果を有していることを示唆している。すなわち、本抗体を誘導することができる糖ペプチドのワクチンとしての効果が期待できる。
【0159】
以上、本発明は、現在解決が求められる上記の事例を広くカバーできるように、糖鎖が付加された抗原を認識できる検査系、あるいは糖鎖が付加された抗原を認識できる抗体を誘導できるようなワクチン、糖鎖が付加された抗原を認識し感染阻害効果を示す中和抗体、を獲得するための技術及び生成物を提供するものである。
【0160】
なお、本発明における実験手法につき、個別に説明を行う。
【0161】
[HBV(HBs抗原)の糖鎖解析]
HBVのエンベロープタンパク質(L-, M-, S-HBs抗原)における、糖鎖の有無や他の翻訳後修飾を解析するために、血清より得られた精製HBs抗原を用いて質量分析器を用いたグライコプロテオミクス解析法を検討し、精製HBs抗原上の糖鎖付加位置決定を行った。さらに、糖鎖構造の決定をMS/MS法により解析した。
【0162】
[新規なHBs抗原測定系の構築]
体内のHBVは、感染性の無い(核酸を含まない)空の粒子が、感染性のある(核酸を含む)ウイルス粒子(Dane粒子をいう)よりも遙かに多い割合で存在しており、現在のHBs抗原測定系では感染性のあるDane粒子のみを正確に測定することは出来ない。また、HBV表面上のHBs抗原を解析したところ、既存ワクチン接種後に樹立された抗体群では糖鎖が付加されたHBs抗原には反応しにくいことが示唆されており、オカルトインフェクションとの関連性がうかがえる。そこで、ワクチン接種により誘導されたB細胞クローンに由来するヒト抗HBs抗原抗体の精製HBs抗原に対するウエスタンブロットの結果との比較から、糖鎖を認識するレクチンと抗体の組み合わせによる新規HBs抗原の検出法を検討した。本発明において、Dane粒子の特定やS-HBs抗原上の糖鎖に影響を受けない新たな検出系の構築が可能である。
【0163】
[新規なHBV DNA測定系の構築]
献血の安全性は核酸検査(NAT)によるスクリーニングを実施して確保されているが、HBVは検出限界以下の低コピーで感染が成立してしまうため、HCVやHIVに比べ輸血による感染事故が絶えない。すなわち、Dane粒子を濃縮する技術はHBV検出の精度を上げるために不可欠である。治療履歴やHBV DNAのコピー数、genotypeの違いなど背景肝の異なるHBV感染患者の血清を用い、Dane粒子の糖鎖に特異的なプローブレクチンを使用することで、Dane粒子量を測定するための系を構築した。このレクチンプローブを用いたDane粒子の選別・濃縮と微量検出系の有効性が示された。また、本発明で開発した新規抗体を用いてDane粒子量を濃縮・測定する系の開発が可能である。
【0164】
[糖鎖修飾を受けたHBs抗原の合成・大量精製]
現在S-HBs抗原がワクチンとして用いられており、糖鎖修飾はされていない。ワクチンとして適したペプチドあるいはHBs抗原を決定するために、まず、PreS1, PreS2及びS上の糖鎖付加部位や糖鎖構造の詳細な解析を進め、ワクチン開発の基礎情報を取得した。糖鎖付きのHBs抗原(酵母)やペプチド(トランスグライコシレーション法や酵素法)を調製した(糖鎖付きL-HBs, 糖鎖付きM-HBs、PreS1ペプチド, PreS2ペプチド, 糖鎖付きPreS2ペプチド等)。これらをマウスに接種(免疫)し、経過時間毎に採血して抗体価の上昇をELISA法により確認した結果、HBs抗原のほぼ全域を認識する血清群の獲得に成功した。また、これらの抗原が抗体価を上昇させるワクチン(抗原)として有効であることが確認できた。
【0165】
[誘導抗HBs抗体による感染阻害効果]
阻害効果も確認出来たことから、新規ワクチンの開発へとつながることが期待される。また、L-HBs抗原とS-HBs抗原の免疫により上昇する抗体価や抗体群の違いから、接種法の改良により少ない回数で広範囲の抗体を獲得する結果が得られた。さらに、マウス脾細胞中よりB細胞の迅速スクリーニングを進め幾つかの抗体cDNAのクローニングに成功したことから、混合モノクローナル抗体を、あるいは中和抗体としてHBIGの代替品として使用することも可能となる(感染事故直後の緊急措置として使用される薬)。
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