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特許7412753α-リノレン酸産生能が向上した微生物またはその培養物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-04
(45)【発行日】2024-01-15
(54)【発明の名称】α-リノレン酸産生能が向上した微生物またはその培養物
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/15 20060101AFI20240105BHJP
   C12P 7/6427 20220101ALI20240105BHJP
   A23L 33/10 20160101ALI20240105BHJP
   A23L 33/12 20160101ALI20240105BHJP
   A23K 10/16 20160101ALI20240105BHJP
   A23K 10/37 20160101ALI20240105BHJP
   A23K 10/28 20160101ALI20240105BHJP
   C12N 15/53 20060101ALN20240105BHJP
【FI】
C12N1/15 ZNA
C12P7/6427
A23L33/10
A23L33/12
A23K10/16
A23K10/37
A23K10/28
C12N15/53
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2020034277
(22)【出願日】2020-02-28
(65)【公開番号】P2021006020
(43)【公開日】2021-01-21
【審査請求日】2022-11-16
(31)【優先権主張番号】P 2019120570
(32)【優先日】2019-06-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】真野 潤一
(72)【発明者】
【氏名】小竹 英一
(72)【発明者】
【氏名】都築 和香子
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 聡
(72)【発明者】
【氏名】楠本 憲一
【審査官】西 賢二
(56)【参考文献】
【文献】特表2007-515951(JP,A)
【文献】特開2010-246532(JP,A)
【文献】特開2000-166547(JP,A)
【文献】国際公開第2010/101129(WO,A1)
【文献】特開2013-158289(JP,A)
【文献】Damude, H. G. et al.,"Identification of bifunctional delta12/omega3 fatty acid desaturases for improving the ratio of omega3 to omega6 fatty acids in microbes and plants",Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A.,2006年,Vol. 103,pp. 9446-9451
【文献】Database: GenPept, [online],XP_001818769,unnamed protein product [Aspergillus oryzae RIB40],2018年04月04日,Internet, [retrieved on 2023.09.11], <URL: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/XP_001818769>
【文献】Database: GenPept, [online],GAA91372.1,oleate delta-12 desaturase [Aspergillus luchuensis IFO 4308],2015年10月02日,Internet, [retrieved on 2023.09.11], <URL: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/GAA91372>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12N 1/00-7/08
C12P 1/00-41/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
糸状菌に属し、糖質代謝経路および脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を含む微生物において、宿主と同属同種の微生物由来の核酸が細胞外から少なくとも1つ導入されており、導入された核酸の少なくとも1つにより脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を高発現
微生物が、アスペルギルス属微生物であり、
高発現する脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が、配列番号2又は9のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有し、かつ脂肪酸不飽和化活性を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド配列を含む、
α-リノレン酸産生能が向上した微生物
【請求項2】
微生物が、食品安全性または飼料安全性を有するアスペルギルス属微生物である、請求項1記載の微生物
【請求項3】
アスペルギルス属微生物が、アスペルギルス・オリゼ、アスペルギルス・ニガー、アスペルギルス・リュウキュウエンシス、アスペルギルス・リュウキュウエンシス・カワチ、アスペルギルス・カワチ、アスペルギルス・ソヤ、アスペルギルス・タマリ、又はアスペルギルス・アワモリである、請求項1または2記載の微生物
【請求項4】
宿主と同属同種の微生物由来の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の発現が、宿主と同属同種の微生物由来のプロモーターで制御されている、請求項1~のいずれか一項記載の微生物
【請求項5】
プロモーターが、TEF1プロモーターである、請求項記載の微生物
【請求項6】
糸状菌に属し、糖質代謝経路および脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を含む微生物において、宿主と同属同種の微生物由来の核酸が細胞外から少なくとも1つ導入されており、導入された核酸の少なくとも1つにより脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を高発現し、
微生物が、アスペルギルス属微生物であり、
高発現する脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が、配列番号2又は9のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有し、かつ脂肪酸不飽和化活性を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド配列を含む、
α-リノレン酸産生能が向上した微生物またはその培養物の生産方法。
【請求項7】
アスペルギルス属微生物が、アスペルギルス・オリゼ、アスペルギルス・ニガー、アスペルギルス・リュウキュウエンシス、アスペルギルス・リュウキュウエンシス・カワチ、アスペルギルス・カワチ、アスペルギルス・ソヤ、アスペルギルス・タマリ、又はアスペルギルス・アワモリである、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
請求項1~のいずれか一項記載の微生物を含む、食品または飼料。
【請求項9】
請求項1~のいずれか一項記載の微生物、またはその培養物を含む、食用性物質発酵用組成物。
【請求項10】
以下を含む、α-リノレン酸を高含有量で含む食品または飼料の製造方法:
(i)食用性物質と、請求項1~のいずれか一項記載の微生物、またはその培養物あるいは請求項9記載の組成物とを接触させる工程;および
(ii)食用性物質を発酵させる工程。
【請求項11】
食用性物質が、食品またはその廃棄物である、請求項10記載の方法。
【請求項12】
食用性物質が、糖質を含む、請求項10または11記載の方法。
【請求項13】
食用性物質が、デンプンおよびラクトースの少なくともいずれかを含む、請求項10~12のいずれか一項記載の方法。
【請求項14】
食用性物質が、米飯を含む、請求項10~12のいずれか一項記載の方法。
【請求項15】
食用性物質が、ホエイを含む、請求項10~12のいずれか一項記載の方法。
【請求項16】
以下を含む、α-リノレン酸の製造方法:
(i)糖質供給源と、請求項1~のいずれか一項記載の微生物またはその培養物あるいは請求項9記載の組成物とを接触させる工程;および
(ii)糖質供給源を発酵させる工程。
【請求項17】
糖質供給源が、デンプンおよびラクトースの少なくともいずれかを含む、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
請求項8記載の飼料を動物(但し、ヒトを除く)に給与して飼育しα-リノレン酸を高含有させることを含む、畜産物または水産物の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、α-リノレン酸産生能が向上した微生物またはその培養物に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子組換え技術を利用してヤロウィア属の微生物を改良し、α-リノレン酸を生産する技術が報告されている(特許文献1)。また、アスペルギルス属微生物を用いて食品廃棄物を処理して飼料を生産する方法が報告されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第4916886号公報
【文献】特許第4671436号公報
【非特許文献】
【0004】
【文献】Djousse L et al, Hypertension. 45, 368-373, 2005.
【文献】矢澤一良 食品科学工学会誌、43、1、1231-1237、1996年
【文献】Kirubakaran A et al. Poult. Sci. 90, 1, 147-156, 2011.
【文献】Corino C et al. Meat Sci. 98, 4, 679-688, 2014.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、国際的に環境問題への関心が高まっており、資源循環型社会の実現に期待が寄せられている。日本国内では、食品廃棄物が年間2800万トン発生しているとされ、その有効利用技術の開発が求められている。特に、米飯などのデンプンを含む食品廃棄物の有効活用が必要である。また、オメガ3脂肪酸の健康機能性が注目されており、その一つであるα-リノレン酸を多く含む食品の生産が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、食品または飼料として安全に使用することができるアスペルギルス属の微生物が元来もつα-リノレン酸生産能力をセルフクローニングで大幅に高められることを明らかにした。セルフクローニングとは、宿主と同属同種の微生物のDNAをそのまま、もしくは、複数を組み合わせて、宿主の細胞に導入することである。セルフクローニングで改良した微生物は、遺伝子組換えに関する安全性審査を受ける必要はないことから、費用をかけることなく速やかに産業利用することが可能である。このアスペルギルス属微生物のセルフクローニング株を食品廃棄物を用いて培養することで、食品廃棄物を有効活用し、かつ、α-リノレン酸を多く含む微生物菌体またはその培養物を生産することができる。α-リノレン酸を多く含む微生物菌体またはその培養物を飼料として用いることで、α-リノレン酸を多く含む健康機能性の高い畜産物または水産物を生産することができる。また、α-リノレン酸を多く含む微生物菌体またはその培養物を直接、健康機能性の高い食品として利用することもできる。
【0007】
すなわち、本発明は以下を包含する。
〔1〕糸状菌に属し、糖質代謝経路および脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を含む微生物において、宿主と同属同種の微生物由来の核酸が細胞外から少なくとも1つ導入されており、導入された核酸の少なくとも1つにより脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を高発現する、α-リノレン酸産生能が向上した微生物またはその培養物。
〔2〕微生物が、食品安全性または飼料安全性を有する微生物である、〔1〕の微生物またはその培養物。
〔3〕微生物が、アスペルギルス属微生物である、〔1〕または〔2〕の微生物またはその培養物。
〔4〕 高発現する脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が、配列番号2のアミノ酸配列に対して70%以上の同一性を有し、かつ脂肪酸不飽和化活性を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド配列を含む、〔1〕~〔3〕のいずれかの微生物またはその培養物。
〔5〕 高発現する脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が、配列番号9のアミノ酸配列に対して70%以上の同一性を有し、かつ脂肪酸不飽和化活性を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド配列を含む、〔1〕~〔3〕のいずれかの微生物またはその培養物。
〔6〕宿主と同属同種の微生物由来の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の発現が、宿主と同属同種の微生物由来のプロモーターで制御されている、〔1〕~〔5〕のいずれかの微生物またはその培養物。
〔7〕プロモーターが、TEF1プロモーターである、〔6〕の微生物またはその培養物。
〔8〕〔1〕~〔7〕のいずれかの微生物またはその培養物を含む、食品または飼料。
〔9〕〔1〕~〔7〕のいずれかの微生物またはその培養物を含む、食用性物質発酵用組成物。
〔10〕以下を含む、α-リノレン酸を高含有量で含む食品または飼料の製造方法:
(i)食用性物質と、〔1〕~〔7〕のいずれかの微生物またはその培養物あるいは〔9〕の組成物とを接触させる工程;および
(ii)食用性物質を発酵させる工程。
〔11〕食用性物質が、食品またはその廃棄物である、〔10〕の方法。
〔12〕食用性物質が、糖質を含む、〔10〕または〔11〕の方法。
〔13〕食用性物質が、デンプンおよびラクトースの少なくともいずれかを含む、〔10〕~〔12〕のいずれかの方法。
〔14〕食用性物質が、米飯を含む、〔10〕~〔12〕のいずれかの方法。
〔15〕食用性物質が、ホエイを含む、〔10〕~〔12〕のいずれかの方法。
〔16〕以下を含む、α-リノレン酸の製造方法:
(i)糖質供給源と、〔1〕~〔7〕のいずれかの微生物またはその培養物あるいは〔9〕の組成物とを接触させる工程;および
(ii)糖質供給源を発酵させる工程。
〔17〕糖質供給源が、デンプンおよびラクトースの少なくともいずれかを含む、〔16〕の方法。
〔18〕〔8〕の飼料を動物(但し、ヒトを除く)に給与して飼育しα-リノレン酸を高含有させることを含む、畜産物または水産物の生産方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、食品または飼料として安全に使用できるα-リノレン酸高含有微生物菌体またはその培養物を製造することができる。デンプンもしくはそれを含む食品廃棄物からα-リノレン酸高含有微生物菌体を生産し、食品や飼料として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、配列番号1の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の塩基配列と相同性が認められた塩基配列のリストで、上から相同性が高い順にリストアップされている。相同性は、「Query Cover」欄および「Per. Ident」欄に示される。
図2図2は、配列番号2の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子のアミノ酸配列と相同性が認められたアミノ酸配列のリストで、上から相同性が高い順にリストアップされている。相同性は、「Query Cover」欄および「Per. Ident」欄に示される。
図3図3は、アスペルギルス・オリゼRIB40株と脂肪酸不飽和化酵素遺伝子セルフクローニング株の菌体の脂肪酸組成を分析したガスクロマトグラフである。
図4図4は、配列番号9の脂肪酸不飽和化酵素のアミノ酸配列と相同性が認められたアミノ酸配列のリストで、上から相同性が高い順にリストアップされている。相同性は、「Query Cover」欄および「Per. Ident」欄に示される。
図5図5は、アスペルギルス・カワチ株とその脂肪酸不飽和化酵素遺伝子導入株の菌体の脂肪酸組成を分析したガスクロマトグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0011】
本発明は、α-リノレン酸産生能が向上した、糸状菌に属する微生物またはその培養物に関する。このような微生物を培養すると、α-リノレン酸の含有量が多い微生物菌体を製造することができる。より具体的には、本発明の微生物またはその培養物は、糸状菌に属し、糖質代謝経路および脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を含む微生物において、細胞外から少なくとも1つの核酸が導入されており、導入された核酸の少なくとも1つにより脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の発現量が導入前(野生株)と比較して高められている微生物またはその培養物である。導入される核酸は、特に限定されないが、例えば、宿主と同属同種の微生物由来の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子(例、その微生物のゲノム中に存在する脂肪酸不飽和化酵素遺伝子)、プロモーター、転写因子、微生物のα-リノレン酸の産生、蓄積、分泌に関わるその他の宿主と同属同種の微生物由来の核酸が挙げられる。微生物に導入される、同属同種の微生物由来の核酸は、微生物から直接抽出した核酸でもよいし、他の微生物(例、大腸菌)に、同属同種の微生物由来の核酸を生産させて得られる核酸等の、遺伝子工学の分野で既知の手法により人工的に合成された核酸でもよい。
【0012】
本発明において、α-リノレン酸を生産するために用いる微生物は、糸状菌に属する微生物である。本発明において、α-リノレン酸を生産するために用いる微生物は、食品安全性または飼料安全性を有する微生物であることが好ましい。食品安全性または飼料安全性を有する微生物としては、例えば、食品製造や飼料として使用された経験がある微生物が挙げられる。このような微生物のうち、アスペルギルス属の微生物として、より具体的には例えば、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス・リュウキュウエンシス(Aspergillus luchuensis)、アスペルギルス・リュウキュウエンシス・カワチ(Aspergillus luchuensis var kawachii)、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)、アスペルギルス・ソヤ(Aspergillus sojae)、アスペルギルス・タマリ(Aspergillus tamari)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・グラウカス(Aspergillus glaucus)が挙げられる。これらのうち、アスペルギルス・オリゼ(例、アスペルギルス・オリゼ RIB40株)およびアスペルギルス・カワチ(例、アスペルギルス・カワチ NBRC4308株)が好ましい。
【0013】
糸状菌に属する微生物、特に、アスペルギルス属微生物は、一般的にα-リノレン酸生産能力が高い種類の微生物ではないので、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が存在していても、その発現量は一般的に低い。そこで、導入される核酸の組み合わせとして、好ましくは、宿主と同属同種の微生物に由来する脂肪酸不飽和化酵素遺伝子と共に、斯かる遺伝子の発現が高まるプロモーターが挙げられる。これにより、微生物が元来もつα-リノレン酸生産能力が大幅に高められる。プロモーターとしては、宿主と同属同種の微生物由来のプロモーターを用いることが好ましい。このことにより、改変微生物は、遺伝子組換えに関する安全性審査を受ける必要がなく、食品または飼料の用途に用いることができる。同属同種の微生物由来のゲノム領域(例、プロモーター、コード領域、3’非翻訳領域)での微生物の改変を「セルフクローニング」と呼ぶことがある。
【0014】
本発明におけるセルフクローニングとは、宿主(組換えDNA技術において、DNAが移入される生細胞をいう。以下同じ。)と分類学上同一の種に属する微生物のDNAのみを用いて宿主の性質を変化させることである。遺伝子組換え生物の食品や飼料としての利用や環境放出に関する安全性審査のためには、入念かつ大量に実験データを用意する必要があるとともに、審査に長期間を要することから、莫大なコストが必要である。しかし、法令等〔(1)組換えDNA技術応用食品及び添加物の安全性審査の手続(抄)(平成12年厚生省告示第233号)https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/1_11.pdf、(2)飼料及び飼料添加物の成分規格等に関する省令http://www.famic.go.jp/ffis/feed/hourei/sub1_seibunkikaku.html、(3)遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律施行規則(平成15年財務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、環境省令第1号)http://www.env.go.jp/press/files/jp/108458.pdf〕に示されているように、セルフクローニングで改良された微生物は、遺伝子組換え生物の安全性審査を受けることなく、産業利用することが可能であり、安全性審査のためのコストを必要としない。また、遺伝子組換え微生物を産業利用する場合には、培養後に入念に滅菌処理を行う必要があり、そのために多大なコストを要する。一方、セルフクローニングで改良された微生物は、非遺伝子組換えの微生物として扱うことができるため、滅菌処理のコストを必要としない。
【0015】
セルフクローニングとしては、例えば、微生物ゲノム上の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子のプロモーター領域の、宿主と同属同種の微生物に由来するプロモーターでの置換または挿入、微生物ゲノム上のプロモーター下流領域への、宿主と同属同種の微生物に由来する脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の置換または挿入、宿主と同属同種の微生物に由来するプロモーターと宿主と同属同種の微生物に由来する脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を組み合わせた遺伝子発現カセット(選抜マーカー遺伝子が結合されていてもよい)の微生物への導入が挙げられる。セルフクローニングの手段としては、例えば、相同組換え、ゲノム編集(例、CRISPR-Cas9、TALEN)、ベクター導入が挙げられる。
【0016】
高発現する脂肪酸不飽和化酵素遺伝子としては、例えば、FAD3、D15D等のω-3デサチュラーゼ等をコードする遺伝子が挙げられる。脂肪酸不飽和化酵素遺伝子としては、例えば、配列番号2のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド配列、または、配列番号2のアミノ酸配列に対して70%以上の同一性を有し、かつ脂肪酸不飽和化活性を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド配列を含む遺伝子が挙げられる。また、配列番号9のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド配列、または、配列番号9のアミノ酸配列に対して70%以上の同一性を有し、かつ脂肪酸不飽和化活性を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド配列を含む遺伝子が挙げられる。このような同一性は、例えば、70%以上、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.5%以上が挙げられる。脂肪酸不飽和化酵素遺伝子は、用いる微生物の種に対応する脂肪酸不飽和化酵素(例、FAD3タンパク質)をコードする遺伝子であってもよい。脂肪酸不飽和化活性としては、例えば、ω-3デサチュラーゼ活性が挙げられ、具体的には例えば、リノール酸(C18:2)をα-リノレン酸(C18:3)に変換する活性が挙げられる。
【0017】
脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の導入においては、既知の遺伝子工学的手法を用いてα-リノレン酸のより効率的な生産のための改変を行ってもよい。例えば、ヤロウィア属酵母にエイコサペンタエン酸を生産させる際の複数コピーの導入によって高い生産量を得ている(Xue Z et al、Nature Biotechnology、31、8、734-740、2013)。
【0018】
プロモーターは、目的に応じて選択すればよく、例えば、高発現プロモーター、すなわち発現量の多いプロモーターを選択できる。高発現プロモーターを用いることにより、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の発現量を向上させることができる。プロモーターの他の例としては、特定の条件下で特異的に発現するプロモーターも挙げられる。これにより、α-リノレン酸を生産するタイミングや条件を厳密に制御することができる。プロモーターとしては、具体的には例えば、以下を挙げることができるが、これらに限定されない:TEF1プロモーター;α-アミラーゼ遺伝子やグルコアミラーゼ遺伝子のプロモーター(秦洋二ら、醸協、93、12、922-931、1998年、峰時俊貴、化学と生物、38、12、831-838、2000年);スーパーオキシドデスムターゼ遺伝子、チトクロームP-450遺伝子、カタラーゼ遺伝子、ATPase遺伝子、又はヒストン遺伝子のプロモーター(特許第3792467号公報);麹菌が本来有しているregionIIIと呼ばれる塩基配列を重複させた人工プロモーター(峰時俊貴、化学と生物、38、12、831-838、2000年)。
【0019】
本発明におけるセルフクローニングによる改良は、例えば、宿主と同属同種の微生物に由来するプロモーターと脂肪酸不飽和化酵素遺伝子とを組み合わせた遺伝子発現カセットを細胞内に存在させることで達成することができる。例えば、発現プロモーターは、アスペルギルス属の場合、TEF1プロモーターを使用してもよい。発現カセットが細胞内に導入された株を選抜するために、高発現プロモーターと脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の発現カセットとともに宿主と同属同種の生物に由来するマーカー遺伝子を接続して、宿主に導入してもよい。例えば、マーカー遺伝子には、ピリチアミン耐性遺伝子やオロチジン5’-リン酸デカルボキシラーゼ遺伝子(URA3遺伝子)を用いてもよい。また、アスペルギルス属以外に由来するマーカー遺伝子を用いる場合には、高発現プロモーターと脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の発現カセットとともに宿主に導入したのちに、相同組換えやCreリコンビナーゼによって導入したマーカー遺伝子をゲノムから除去してもよい。
【0020】
本発明においては、例えば以下のように脂肪族不飽和化酵素遺伝子以外の核酸を導入する等の既知の遺伝子工学的手法により微生物のα-リノレン酸産生能をより向上させてもよい。
糖質から脂肪酸に至る生合成経路上の遺伝子の発現量を高めることで、脂質の生産量が増加することが知られている。ヤロウィア属酵母の場合、アセチルCoAアシルトランスフェラーゼ遺伝子とジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ遺伝子の発現量を高めることで脂質生産量が高まることが報告されている(Tai M et al、Metabolic Engineering、15、1-9、2013)。アスペルギルス属菌の場合でも、アセチルCoAアシルトランスフェラーゼ遺伝子、パルミトイルACPチオエステラーゼ、アセチルCoAクエン酸リアーゼ、脂肪酸合成酵素遺伝子の発現量を高めることで、脂質の生合成が高まることが報告されている(Tamano K et al、Applied Microbiology and Biotechnology、97、269-281、2013)。こうした遺伝子の発現強化を組み合わせることで、α-リノレン酸の生産量をより高めることができる。
【0021】
脂肪酸の生合成には、大量のNADPHが必要である。このため、NADPHを供給するペントースリン酸回路の遺伝子の発現量を高めることで、脂質の生産量が高まることが報告されている(Tamano K et al、Bioscience Biotechnology and Biochemistry、80、9、1829-1835、2016)。
【0022】
脂肪酸は、一般的に、パルミチン酸が脂肪酸合成酵素によって合成された後、それが鎖長延長酵素によってステアリン酸に変換される。ステアリン酸はΔ9不飽和化酵素による反応を受け、オレイン酸によって変換される。オレイン酸は、Δ12不飽和化酵素による反応を受け、リノール酸に変換される。リノール酸は、Δ15(もしくはオメガ3)不飽和化酵素による反応を受け、α-リノレン酸に変換される。例えば、Xue Z et al、Nature Biotechnology、31、8、734-741、2013では、エイコサペンタエン酸を合成する経路にある鎖長延長酵素と不飽和化酵素の発現量を高めることで、エイコサペンタエン酸を大量に合成できることが報告されている。このように、α-リノレン酸の生合成に必要な鎖長延長酵素、Δ9不飽和化酵素、Δ12不飽和化酵素の遺伝子の発現量を高めることによっても、α-リノレン酸の生産量をより高めることができる。
【0023】
生合成された脂肪酸は、一般的にトリアシルグリセロールとして菌体内に蓄積されるが、特定の遺伝子の破壊によって菌体外に分泌生産させることができる。アスペルギルス属菌の場合、アシルCoA合成酵素遺伝子の破壊によって菌体外に脂肪酸が分泌されることが報告されている(Tamano K et al、Bioscience Biotechnology and Biochemistry、80、9、1829-1835、2016)。こうした遺伝子破壊を組み合わせることで、α-リノレン酸を菌体外に分泌生産させ、生産量をより高めることができる。
【0024】
生体内に蓄積された脂肪酸は、β-酸化と呼ばれる代謝経路によってアセチルCoAまで分解されることが知られている。ヤロウィア属酵母の場合、脂肪酸の分解に関与するアシルCoA酸化酵素の遺伝子やβ-酸化の場となるペルオキシソームの制御に関与するPEX10遺伝子などの破壊によって、脂肪酸の分解が抑制され、より多くの脂質を生産可能になることが報告されている(Ledesma-Amaro R et al、Progress in Lipid Research、61、40-50、2016)。このため、脂肪酸の分解に関与する遺伝子の破壊、もしくは、発現量の低減によって、α-リノレン酸の生産量をより高めることができる。
【0025】
アスペルギルス属菌が食用性物質を栄養源として生育する場合、アミラーゼ、グルコアミラーゼ、β-ガラクトシダーゼ、プロテアーゼなどをはじめとする様々な分解酵素を菌体外に分泌して、食用性物質を分解する。このため、こうした分解酵素の遺伝子の発現量を高めることで、栄養源の分解が早く進み、所定の時間で生産されるα-リノレン酸の生産量をより高めることができる。
【0026】
本発明におけるα-リノレン酸とは、9,12,15-オクタデカトリエン酸のことであり、細胞内に含まれる形態は、トリアシルグリセロールやリン脂質に含まれるエステル体、もしくは、遊離脂肪酸であってもよい。
【0027】
本発明の微生物は、糖質代謝経路および脂肪酸合成経路を含むので、デンプン、ラクトース等の糖質を含む物質の存在下で培養することにより、デンプン、ラクトース等の糖質を代謝して、α-リノレン酸の前駆物質であるC18脂肪酸(例、リノール酸(C18:2))を産生する。そして、セルフクローニングにより強化された脂肪酸不飽和化酵素の作用により、リノール酸(C18:2)がα-リノレン酸(C18:3)に変換され、α‐リノレン酸が微生物またはその培養物中に高含有量で蓄積される。
本明細書において糖質とは、微生物が資化できる糖であればよく、その分子量は特に限定されない。三糖以上の場合直鎖でも分岐鎖でもよい。例えば、単糖(例、キシロース、アラビノース、グルコース、ガラクトース)、二糖(例、ラクトース、スクロース、マルトース、トレハロース、セロビオース)、オリゴ糖(例、マルトオリゴ糖、イソマルトオリゴ糖)、多糖(例、デンプン、セルロース、アガロース、カラギーナン、ペクチン、グルコマンナン、アミロース、アミロペクチン、グリコーゲン)、糖アルコール(例、エリスリトール、ラクチトール、マルチトール、マンニトール、ソルビトール、キシリトール)、プロテオグリカン(例、グリコサミノグルカン、ガラクトサミノグリカン)、糖タンパク質、糖脂質が挙げられる。これらのうち、デンプン、ラクトースが好ましい。
【0028】
本発明の微生物を培養することで、α-リノレン酸の含量が高い微生物菌体を調製することができる。特に、食品廃棄物、より好ましくは、デンプン、ラクトース等の糖質を含む食品廃棄物からα-リノレン酸の含量が多い微生物菌体を調製することができる。
【0029】
本発明においてセルフクローニングで改良されたアスペルギルス属微生物は、好ましくは、菌体に含まれる総脂肪酸のうちα-リノレン酸が10%以上を占めることができる。より好ましくは、菌体に含まれる総脂肪酸のうちα-リノレン酸が15%以上を占めることができる。さらに好ましくは、菌体に含まれる総脂肪酸のうちα-リノレン酸が20%以上を占めることができる。
【0030】
本発明の微生物が、アスペルギルス属微生物である場合、アスペルギルス属微生物の菌株は、アスペルギルス属微生物の公知の培養条件に従って培養することができる。また、栄養源として、糖質を含む廃棄物を用いることができる。例えば、米飯(残飯)などのデンプンを含む食品廃棄物を栄養源として培養することができる。また、ラクトースを含むホエイなどの、ラクトースを含む食品廃棄物も栄養源として培養することができる。培養にあたり、培地は液体であっても固体であってもよい。
【0031】
α-リノレン酸を生産する目的でアスペルギルス属微生物を培養するために用いる培地は、炭素源を含む。炭素源としては、以下に限定されないが、上段で定義した糖質(例、デンプン、グルコース、スクロース、ラクトース、セロビオース、アラビノース、マルトース、グリセロール、トリアシルグリセロール)、遊離脂肪酸が挙げられる。また、デンプン、ラクトース等の糖質もしくはそれを含む食品廃棄物を、直接、もしくは、ほかの物質と混合することで培地として利用することができる。
【0032】
上記培地は、炭素源に加えて、通常は窒素源及び無機塩類を含み、さらに必要に応じてビタミン類、アミノ酸、微量元素等を含んでもよい。無機塩類としては、例えば、ナトリウム塩、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩、マンガン塩等を使用することができる。好ましい一実施形態では、上記培地は、可溶性デンプン、硝酸ナトリウム、塩化カリウム、リン酸二水素カリウム、硫酸マグネシウム7水和物を少なくとも含む。但し培地組成は、微生物の培養に適切なものであれば特に限定されない。
【0033】
培養は、本発明の微生物で通常用いられる培養条件で行うことができる。例えば、アスペルギルス属微生物は、4℃~40℃、好ましくは20℃~37℃で培養することができる。アスペルギルス属微生物を培養する培地のpHは3~10が好ましい。
【0034】
α-リノレン酸の生産のためには、本発明の微生物の培養は、糖質(例、デンプン、ラクトース)を含む培地で通気攪拌しながら培養することが好ましく、典型的には数時間~10日、好ましくは24時間以上である。
【0035】
上記のようにして本発明の微生物を培養することにより、上記α-リノレン酸が生成され菌体中に蓄積される。また、本発明の微生物を培養することにより、微生物が分泌したα-リノレン酸を含む培養物を得ることもできる。
【0036】
本発明はまた、上述した微生物またはその培養物を含む、食品または飼料を提供する。本発明の食品または飼料の種類は、特に限定されず、α-リノレン酸の高含有化による付加価値を付与したい食品または飼料を広く対象とすることができる。
【0037】
本発明はまた、上述した微生物またはその培養物を含む、食用性物質発酵用組成物を提供する。本発明の食用性物質発酵用組成物を食用性物質に適用させて発酵することにより、α-リノレン酸を多く含む食品または飼料を製造することができる。
食用性物質発酵用組成物は、いわゆる麹であり、上述した微生物またはその培養物を含めばよく、任意成分(例えば、保存剤、発酵促進剤等)をさらに含んでもよい。食用性物質発酵用組成物の製造方法は、特に限定されないが、従来の麹の製造方法によればよい。
食用性物質は、微生物の発酵原料となり得るものであればよく、例えば、食品または飼料、それらの原料(いわゆる食材)、廃棄物であり、特に限定されない。食用性物質は、糖質を含むことが好ましい。中でも、デンプン系食品(例えば、米飯類、パン類、麺類、豆類、その他のデンプンを含む食材の加工品)、デンプン系飼料、それらの原料、廃棄物(例、残飯、製造時の副産物)がより好ましい。ラクトース系食品(例えば、牛乳、スキムミルク、ホエイ、チーズ、ヨーグルト、バター、その他の乳製品等、ラクトースを含む加工食品)、ラクトース系飼料、それらの原料、廃棄物(例、残飯、製造時の副産物)もより好ましい。飼料を製造する場合、食用性物質は食品又はその原料の廃棄物でもよく、澱粉系食品の廃棄物、ラクトース系食品の廃棄物が好ましい。
【0038】
本発明はまた、α-リノレン酸を高含有量で含む食品または飼料の製造方法を提供する。このような方法は、以下を含む:
(i)食用性物質と、上述した微生物またはその培養物とを接触させる工程;および
(ii)食用性物質を発酵させる工程。
【0039】
工程(i)は、工程(ii)で行う発酵を行うための環境を準備する工程である。食用性物質と、上述した微生物またはその培養物とを接触させる方法としては、例えば、食用性物質と微生物またはその培養物とを容器に同時に又は順次添加し、必要に応じて撹拌、混合する方法が挙げられるが、特に限定されない。食用性物質については上述のとおりである。食用性物質と微生物またはその培養物のそれぞれの使用量は、発酵が可能な量であればよく、特に限定されない。食用性物質は、1種類の食用性物質でもよいし、2種以上の食用性物質の組み合わせでもよい。
【0040】
工程(ii)は、工程(i)で準備した発酵環境の下、発酵を行う工程である。発酵条件は、特に限定されないが、使用する微生物が発酵を行いα-リノレン酸を生産できる条件が好ましい。工程(ii)における発酵後、発酵産物にはα-リノレン酸が含まれているので、必要に応じて精製、その他最終製品として必要な加工を施し、所望のα-リノレン酸を含む食品または飼料を得ることができる。
【0041】
本発明はまた、α-リノレン酸の製造方法を提供する。このような方法は、以下を含む:
(i)糖質供給源(例、デンプン供給源もしくはラクトース供給源)と、上述した微生物またはその培養物とを接触させる工程;および
(ii)糖質供給源(例、デンプン供給源もしくはラクトース供給源)を発酵させる工程。
【0042】
(i)、(ii)とも、食用性物質の代わりに糖質供給源(例、デンプン供給源もしくはラクトース供給源)を用いること、生産物がα-リノレン酸であることのほかは、上述の食品または飼料の製造方法と同様である。糖質供給源とは、糖質を含む物質であればよく、好ましくはデンプンおよびラクトースの少なくともいずれかを含む。糖質供給源としては、上述した食用性物質が好ましい。工程(ii)における発酵後、発酵産物にはα-リノレン酸が含まれているので、必要に応じて精製、その他最終製品として必要な加工を施し、所望の純度のα-リノレン酸を得ることができる。
【0043】
本発明の方法では、好ましくは、このようにして生成されたアスペルギルスの菌体を遠心分離やろ過によって回収し、それを食品や飼料として利用することができる。例えば、アスペルギルス・オリゼは、日本酒やみそ、しょうゆの製造に利用されており、食品として利用できる安全な微生物である。上記のセルフクローニングで改良されたアスペルギルス属微生物もこのように食品の一部として利用することができる。また、アスペルギルス・リュウキュウエンシスは泡盛の製造に利用されており、食品廃棄物を分解して飼料を生産するためにも利用されている(特許文献2)。さらに、アスペルギルス・カワチは、焼酎の製造に利用されており、食品として利用できる安全な微生物である。上記のセルフクローニングで改良されたアスペルギルス属微生物も、このように飼料として利用することができる。
【0044】
アスペルギルス属菌体内のα-リノレン酸は菌体から抽出して使用してもよい。また、培養物(例、培養液)から菌体を分離することなく、培養物全体を食品や飼料として利用することもできる。
【0045】
α-リノレン酸を含む食品を摂取することで、高血圧の抑制効果が期待できる(非特許文献1)。また、α-リノレン酸を人が食品として摂取した場合、エイコサペンタエン酸やドコサヘキサエン酸の前駆体として働くことから、これらの脂肪酸の健康効果として知られている血中の中性脂肪の低減効果なども期待できる(非特許文献2)。また、α-リノレン酸を多く含む飼料を動物に与えることで、畜産物にα-リノレン酸が蓄積されることが明らかとなっている(非特許文献3、4)。すでに、α-リノレン酸を飼料として用いて動物を生育させることで、α-リノレン酸高含有畜産物が実際に生産され販売されている。これと同様に、上記のセルフクローニングで改良されたアスペルギルス属微生物を飼料として利用することで、α-リノレン酸が動物の組織内に移行し、健康機能性が高い畜産物、水産物(畜産・水産利用品(加工肉、乳製品)を含む)を生産することができる。
【実施例
【0046】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0047】
[実施例1]α-リノレン酸の生産に関与する脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の選定
アスペルギルス属微生物としてAspergillus oryzae RIB40株(NBRC100959株)を使用した。RIB40株のゲノムはGenbankに多数登録されている。この情報の中には、複数の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が登録されていたが、α-リノレン酸の生合成に直接関与することを意味する「delta-15 desaturase」等として登録されているものは存在しなかった。そこで、RIB40株のゲノム内に存在する複数の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子のうち、「SC010」のLocus tag AO090010000714として登録されている遺伝子(配列番号1の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子)をα-リノレン酸の生産に関与するものであると仮定し研究を行うこととした。
【0048】
National Center for Biotechnology Informationが提供するBasic Local Alignment Search Tool(BLAST)を用いて、配列番号1をGenbankのnrデータベースに登録されているアミノ酸配列と相同性検索を行ったところ、配列番号1と高い相同性を示した登録配列は図1のリストに示したとおりとなった。Query coverおよびPer. Identがともに100%で配列番号1と完全に一致する配列はRIB40株の配列そのもののみであった。また、RIB40株の配列そのもの以外で配列番号1と最も高い相同性を示した塩基配列は、α-リノレン酸の生産に関与しない「delta-12 desaturase」として登録されているものであったことから、配列番号1の遺伝子がα-リノレン酸の生産に関与することを容易に推定することはできなかった。
【0049】
配列番号1の遺伝子がコードするアミノ酸配列が配列番号2である。配列番号2をGenebankのnrデータベースとBLAST検索を行ったが、図2に示すとおり、Query coverおよびPer. Identがともに100%で完全に一致する配列はRIB40株の配列そのもののみであった。また、α-リノレン酸の生産に寄与しない「delta-12 desaturase」として登録されている配列と90%以上のアミノ酸配列の一致(Query cover 100%かつPer.Ident 90%以上)が確認され、α-リノレン酸の生産に関与する「delta-15 desaturase」として登録されている配列との相同性は見られなかった。このことから、配列番号2のタンパク質がα-リノレン酸の生産に関与することを容易に推定することはできなかった。
【0050】
[実施例2]脂肪酸不飽和化酵素遺伝子発現カセットを含むDNA断片の調製
(アスペルギルス属微生物培養用培地の組成)
酵母エキス(粉末;Difco Laboratories)1%、ペプトン(Difco Laboratories)2%、D-グルコース(和光純薬工業)2%を純水に溶かしたものをYPD培地(YPD液体培地)とし、以降の実施例で用いた。
【0051】
(アスペルギルス属微生物由来プロモーターおよび脂肪酸不飽和化酵素遺伝子ゲノムDNA断片の調製)
YPD液体培地をプラスチックチューブに添加し、RIB40株を培養し、得られた菌体からゲノムDNAを抽出した。ゲノムDNAの抽出には、ISOPLANT(株式会社ニッポンジーン)を使用した。得られたゲノムDNAを鋳型として配列番号4および5のヌクレオチド配列からなるプライマーでPCRを行い、アスペルギルス・オリゼの高発現プロモーターとして報告されているTEF1プロモーター領域を増幅してPCR断片を得た(Kitamoto N et al. Appl. Microbiol. Biotechnol 50, 85-92 (1998))。
【0052】
同様に、ゲノムDNAを鋳型として配列番号6および7のヌクレオチド配列からなるプライマーでPCRを行い、配列番号1の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子とその3’非翻訳領域を増幅してPCR断片を得た。
【0053】
これらのPCR断片をアガロースゲルで電気泳動後、DNA断片をゲルから切り出して、QIAEX II Gel extraction kit(株式会社キアゲン)を用いてDNA断片を精製した。これらの精製DNA断片を、それぞれ「TEF1プロモーター精製断片」および「脂肪酸不飽和化酵素遺伝子/3’非翻訳領域精製断片」とした。
【0054】
(ベクター断片の調製)
また、アスペルギルス属用形質転換ベクターにはpPTRI(タカラバイオ株式会社)を用いた。pPTRIを制限酵素NdeI(株式会社ニッポンジーン)で切断した。この切断断片をアガロースゲルで電気泳動後、DNA断片をゲルから切り出して、QIAEX II Gel extraction kitを用いてDNA断片を精製した。これを、pPTRIベクター精製断片とした。
【0055】
(発現カセット作成用培地の組成)
トリプトン1%、酵母エキス0.5%、塩化ナトリウム1%含む培地をLB液体培地とし、これに寒天を培地1リットルあたり15gとアンピシリンナトリウムを加え、アンピシリンナトリウムを100μg/mLで含むアンピシリン入りLB寒天培地を調製し、それぞれ、以降の実施例で用いた。
【0056】
(発現カセットを含むDNA断片の作成)
TEF1プロモーター精製断片、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子/3’非翻訳領域精製断片、pPTRIベクター精製断片の3つをGibson Assembly Master mix(ニュー・イングランド・バイオラボ・ジャパン株式会社)と混合し、50℃で30分間反応させた。この反応液を形質転換用大腸菌(NEB 5-alpha Competent E. coli (High Efficiency);ニュー・イングランド・バイオラボ・ジャパン株式会社)と混合し、マニュアルに従い、形質転換処理を行った。
【0057】
形質転換処理された大腸菌を、アンピシリン入りLB寒天培地で約18時間培養して、生育したコロニーを得た。このコロニーから抽出したDNAをPCRの鋳型として用い、TEF1プロモーター、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子、3’非翻訳領域からなる発現カセットがpPTRIベクターの中に挿入されていることを確認した。このコロニーをLB液体培地で培養し、得られた大腸菌菌体からQIAprep Spin Miniprep Kit(株式会社キアゲン)を用いてベクターDNAを精製した。このベクターDNAに導入したTEF1プロモーター、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子、3’非翻訳領域からなる発現カセットの配列が所望の配列になっていることを塩基配列解析及びPCRにより確認した。さらに、制限酵素MfeI(ニュー・イングランド・バイオラボ・ジャパン株式会社)を用いて、TEF1プロモーター、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子、3’非翻訳領域からなる発現カセットとベクター上にもともと存在するピリチアミン耐性マーカー遺伝子とを含むDNA断片を切断した。この試料をアガロースゲルで電気泳動し、DNA断片をゲルから切り出して、QIAEX II Gel extraction kitを用いてDNA断片を精製し、発現カセットを含む精製DNA断片を得た。発現カセットを含むDNA断片の塩基配列は配列番号3である。
【0058】
配列番号3に含まれるTEF1プロモーター、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子、3’非翻訳領域をそれぞれ、BLASTを用いてアスペルギルス・オリゼのゲノムDNAと相同性検索を行った。その結果、各構成要素はすべてアスペルギルス・オリゼ由来の登録塩基配列と完全に一致し、いずれもアスペルギルス・オリゼ由来であることが確認された。なお、配列番号3に含まれるピリチアミン耐性遺伝子は、アスペルギルス・オリゼのピリチアミン耐性突然変異株から取得されたものであり(特開2000-308491)、アスペルギルス・オリゼ由来の塩基配列であることが確認された。
【0059】
[実施例3]アスペルギルス属微生物ゲノムへの発現カセットの導入
(アスペルギルス属微生物用培地の組成)
純水1リットルあたり、硝酸ナトリウム6.0g、塩化カリウム0.52g、リン酸二水素カリウム1.52g、グルコース10g、硫酸マグネシウム7水和物0.49g、硫酸鉄七水和物0.001g、硫酸亜鉛七水和物0.0088g、硫酸銅五水和物0.0004g、四ほう酸ナトリウム十水和物0.0001g、七モリブデン酸六アンモニウム四水和物0.00005gを含むpH6.5の培地をCzapek-Dox(CD)培地とし、CD培地1リットルあたりに寒天20gを加えて調製したものをCD寒天培地とし、それぞれ以降の実施例で用いた。
【0060】
(アスペルギルス属微生物の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子セルフクローニング株の作成)
pPTRI(タカラバイオ株式会社)のマニュアルに従い、宿主となるRIB40株のプロトプラストを調製し、実施例2に記載した発現カセットを含む精製DNA断片をRIB40株に導入した。DNA断片導入処理されたRIB40株を、ピリチアミンを0.1μg/mlの終濃度で含有するCD寒天培地で培養した。このピリチアミン含有CD寒天培地で生育が見られたコロニーをYPD培地で培養した。続いて、培養菌体を遠心分離で回収し、ISOPLANTでゲノムDNAを抽出して、ピリチアミン耐性遺伝子とTEF1プロモーター、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子、3’非翻訳領域を含む発現カセットがゲノム内に導入されていることをPCRで確認した。導入したDNAを構成する塩基配列は、すべて宿主と同じアスペルギルス・オリゼ由来のものであることから、この遺伝的改変はセルフクローニングとみなすことができる。得られたRIB40株を、「脂肪酸不飽和化酵素遺伝子セルフクローニング株」(以下「セルフクローニング株」)と呼ぶ。
【0061】
[実施例4]脂肪酸不飽和化酵素遺伝子セルフクローニング株のデンプンからの培養
上記CD培地のグルコース10gの代わりに可溶性デンプン30gを加えた培地を、デンプンCD培地とし、以降の実施例で用いた。CD寒天培地でRIB40株を培養し、滅菌綿棒で胞子を回収して、胞子懸濁液を調製した。また、ピリチアミン含有CD寒天培地でセルフクローニング株を培養し、同様に滅菌綿棒で胞子を回収し、胞子懸濁液を回収した。デンプンCD培地50mLを300mL容の羽根つきフラスコに調製した。上記の胞子懸濁液のOD600を測定し、吸光度が0.05になるようにデンプンCD培地に接種した。30℃、120r.p.mで4日間振とう培養し、十分量の菌体を回収した。
【0062】
[実施例5]デンプンで培養した脂肪酸不飽和化酵素遺伝子セルフクローニング株の脂質含量の測定
実施例4に記載の菌体から脂質を抽出した。菌体を水で洗浄後、乳鉢と乳棒で摩砕した。摩砕物を凍結乾燥して、乾燥重量を測定した。この乾燥物に、水2ml、クロロホルム2.5mL、メタノール5mLを添加して、2時間振とうした。さらに、クロロホルムを2.5mL、水を1mL添加して、遠心してクロロホルム・メタノール層を回収した。このクロロホルム・メタノール層から溶媒を留去し、残った脂質の重量を測定した。その結果、脂質含量は、表1に示すとおり、RIB40株とセルフクローニング株でほぼ同等であった。
【0063】
【表1】
【0064】
[実施例6]デンプンで培養した脂肪酸不飽和化酵素遺伝子セルフクローニング株の脂肪酸組成
実施例4で残った菌体をビーズとともにプラスチックチューブに入れ、ビーズ破砕装置FastPrep(Thermo Electron社)で処理を行い、破砕した。遠心エバポレーターを用いて60℃で1時間処理し、水分を除去し、脂肪酸組成分析試料とした。これに、ヘプタデカン酸メチルエステルのヘキサン溶液(2g/L)を内部標準として50μL添加し、その後、直ちに、0.5Nの水酸化ナトリウムメタノール溶液を500μL添加して、均一に混合後、1200r.p.mで1時間攪拌した。さらに、硫酸を40μL添加してpHを調整した後、ヘキサンを500μL添加して、30分間攪拌した。ヘキサン層を回収し、ガスクロマトグラフ分析装置で分析を行った。ガスクロマトグラフ分析装置には、水素炎イオン化検出器を備えた株式会社島津製作所製GC-2010 plusを用いた。サンプルは、スプリットレスモードで1μLを注入した。気化室は60℃で分析を開始し、100℃/分で温度を上げ、240℃で保持した。カラムにはDB-225(30m、0.25mm、0.25μm、アジレント・テクノロジー株式会社)を使用し、カラムオーブンは50℃で開始し、30℃/分で上昇させ、200℃で保持した。ヘリウムをキャリアガスとして線速度33cm/分で流し、20分間で分析を完了した。検出器は、240℃、25Hzで使用した。水素は40ml/分、空気は400mL/分で流し、メイクアップガスはヘリウムを30mL/分で使用した。
【0065】
RIB40株菌体とセルフクローニング株のガスクロマトグラフは図4に示したとおりとなった。標品との比較から、いずれも主要な脂肪酸はパルミチン酸(C16:0)、ステアリン酸(C18:0)、オレイン酸(C18:1)、リノール酸(C18:2)、α‐リノレン酸(C18:3)であることが確認された。各脂肪酸のピーク面積を、AOCS Official Method Ce 1j-07に記載の補正係数であるtheoretical correction factorsを用いて補正し、RIB40株菌体と脂肪酸不飽和化酵素遺伝子高発現株のα‐リノレン酸の含有比率が表2に示されるとおりであることが確認された。この結果から、セルフクローニング株は、総脂肪酸に対するα‐リノレン酸の比率が、RIB40株に比べて約11倍増加していることが分かった。また、セルフクローニング株の乾燥菌体重量のうち、α-リノレン酸が占める割合はRIB40株の約10倍に増加していることが明らかとなった(表3)。
【0066】
【表2】
【0067】
【表3】
【0068】
[実施例7]脂肪酸不飽和化酵素遺伝子セルフクローニング株のラクトースからの培養
上記CD培地のグルコース10gの代わりにラクトース30gを加えた培地を、ラクトースCD培地とし、以降の実施例で用いた。CD寒天培地でRIB40株を培養し、滅菌綿棒で胞子を回収して、胞子懸濁液を調製した。また、ピリチアミン含有CD寒天培地でセルフクローニング株を培養し、同様に滅菌綿棒で胞子を回収し、胞子懸濁液を回収した。ラクトースCD培地50mLを300mL容の羽根つきフラスコに調製した。上記の胞子懸濁液のOD600を測定し、吸光度が0.05になるようにラクトースCD培地に接種した。30℃、90r.p.mで4日間振とう培養し、十分量の菌体を回収した。
【0069】
[実施例8]ラクトースで培養した脂肪酸不飽和化酵素遺伝子セルフクローニング株の脂肪酸組成
実施例7で得た菌体をビーズとともにプラスチックチューブに入れ、ビーズ破砕装置FastPrep(Thermo Electron社)で処理を行い、破砕した。遠心エバポレーターを用いて60℃で1時間処理し、水分を除去し、脂肪酸組成分析試料とした。これに、ヘプタデカン酸メチルエステルのヘキサン溶液(2g/L)を内部標準として50μL添加し、その後、直ちに、0.5Nの水酸化ナトリウムメタノール溶液を500μL添加して、均一に混合後、1200r.p.mで1時間攪拌した。さらに、硫酸を40μL添加してpHを調整した後、ヘキサンを500μL添加して、30分間攪拌した。ヘキサン層を回収し、ガスクロマトグラフ分析装置で分析を行った。ガスクロマトグラフ分析装置には、水素炎イオン化検出器を備えた株式会社島津製作所製GC-2010 plusを用いた。サンプルは、スプリットレスモードで1μLを注入した。気化室は60℃で分析を開始し、100℃/分で温度を上げ、240℃で保持した。カラムにはDB-225(30m、0.25mm、0.25μm、アジレント・テクノロジー株式会社)を使用し、カラムオーブンは50℃で開始し、30℃/分で上昇させ、200℃で保持した。ヘリウムをキャリアガスとして線速度33cm/分で流し、20分間で分析を完了した。検出器は、240℃、25Hzで使用した。水素は40ml/分、空気は400mL/分で流し、メイクアップガスはヘリウムを30mL/分で使用した。
【0070】
ガスクロマトグラフの結果から、いずれも主要な脂肪酸はパルミチン酸(C16:0)、ステアリン酸(C18:0)、オレイン酸(C18:1)、リノール酸(C18:2)、α‐リノレン酸(C18:3)であることが確認された。各脂肪酸のピーク面積を、AOCS Official Method Ce 1j-07に記載の補正係数であるtheoretical correction factorsを用いて補正し、RIB40株菌体と脂肪酸不飽和化酵素遺伝子高発現株のα-リノレン酸の含有比率が表4に示されるとおりであることが確認された。この結果から、セルフクローニング株は、総脂肪酸に対するα-リノレン酸の比率が、RIB40株に比べて約58倍に増加していることが分かった。
【0071】
【表4】
【0072】
[実施例9]アスペルギルス・カワチ株においてα-リノレン酸の生産に関与する脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の選定
アスペルギルス属微生物としてAspergillus kawachii NBRC4308株(Aspergillus luchuensis mut. kawachiiと呼ばれることもある。以下カワチ株とする)を使用した。カワチ株のゲノムはGenbankに多数登録されている。この情報の中には、複数の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が登録されていたが、α-リノレン酸の生合成に直接関与することを意味する「delta-15 desaturase」等として登録されているものは存在しなかった。そこで、カワチ株のゲノム内に存在する複数の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子のうちGenbank Accession No. DF126480 「Aspergillus kawachii IFO 4308 DNA, contig: scaffold00034, whole genome shotgun sequence」のLocus Tag AKAW_09486として登録されている遺伝子(配列番号8の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子)をα-リノレン酸の生産に関与するものであると仮定し研究を行うこととした。
【0073】
配列番号8の遺伝子がコードするアミノ酸配列(配列番号9)はGenbank Accession No. GAA91372「oleate delta-12 desaturase」としてデータベースに登録されていた。また、National Center for Biotechnology Informationが提供するBasic Local Alignment Search Tool(BLAST)を用いて、配列番号9をGenbankのnrデータベースに登録されているアミノ酸配列と相同性検索を行ったところ、配列番号9と高い相同性を示した登録配列は図4のリストに示したとおりとなった。機能が推定されているアミノ酸配列はいずれもα-リノレン酸の生産に直接関与しない「delta-12 desaturase」として登録されているものであった。このことから、配列番号8の遺伝子、配列番号9のアミノ酸配列がα‐リノレン酸の生産に直接関与することを容易に推定することはできなかった。
【0074】
[実施例10]脂肪酸不飽和化酵素遺伝子発現カセットを含むDNA断片の調製
(アスペルギルス属微生物由来プロモーターおよび脂肪酸不飽和化酵素遺伝子ゲノムDNA断片の調製)
YPD液体培地をプラスチックチューブに添加し、カワチ株を培養し、得られた菌体からゲノムDNAを抽出した。ゲノムDNAの抽出には、ISOPLANT(株式会社ニッポンジーン)を使用した。得られたゲノムDNAを鋳型として配列番号10および11のヌクレオチド配列からなるプライマーでPCRを行い、アスペルギルス・カワチの高発現プロモーターとして配列番号12のTEF1プロモーター領域を増幅してPCR断片を得た。
【0075】
同様に、ゲノムDNAを鋳型として配列番号13および14のヌクレオチド配列からなるプライマーでPCRを行い、配列番号8の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子とその3’非翻訳領域を増幅してPCR断片を得た。
【0076】
これらのPCR断片をアガロースゲルで電気泳動後、DNA断片をゲルから切り出して、QIAEX II Gel extraction kit(株式会社キアゲン)を用いてDNA断片を精製した。これらの精製DNA断片を、それぞれ「TEF1プロモーター精製断片」および「脂肪酸不飽和化酵素遺伝子/3’非翻訳領域精製断片」とした。
【0077】
(ベクター断片の調製)
また、アスペルギルス属用形質転換ベクターにはpPTRI(タカラバイオ株式会社)を用いた。pPTRIを制限酵素NdeI(株式会社ニッポンジーン)で切断した。この切断断片をアガロースゲルで電気泳動後、DNA断片をゲルから切り出して、QIAEX II Gel extraction kitを用いてDNA断片を精製した。これを、pPTRIベクター精製断片とした。
【0078】
(発現カセットを含むDNA断片の作成)
TEF1プロモーター精製断片、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子/3’非翻訳領域精製断片、pPTRIベクター精製断片の3つをGibson Assembly Master mix(ニュー・イングランド・バイオラボ・ジャパン株式会社)と混合し、50℃で30分間反応させた。この反応液を形質転換用大腸菌(NEB 5-alpha Competent E. coli (High Efficiency);ニュー・イングランド・バイオラボ・ジャパン株式会社)と混合し、マニュアルに従い、形質転換処理を行った。
【0079】
形質転換処理された大腸菌を、アンピシリン入りLB寒天培地で約18時間培養して、生育したコロニーを得た。このコロニーから抽出したDNAをPCRの鋳型として用い、TEF1プロモーター、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子、3’非翻訳領域からなる発現カセットがpPTRIベクターの中に挿入されていることを確認した。このコロニーをLB液体培地で培養し、得られた大腸菌菌体からQIAprep Spin Miniprep Kit(株式会社キアゲン)を用いてベクターDNAを精製した。このベクターDNAに導入したTEF1プロモーター、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子、3’非翻訳領域からなる発現カセットの配列が所望の配列になっていることを塩基配列解析及びPCRにより確認した。さらに、制限酵素MfeI(ニュー・イングランド・バイオラボ・ジャパン株式会社)を用いて、TEF1プロモーター、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子、3’非翻訳領域からなる発現カセットとベクター上にもともと存在するピリチアミン耐性マーカー遺伝子とを含むDNA断片を切断した。この試料をアガロースゲルで電気泳動し、DNA断片をゲルから切り出して、QIAEX II Gel extraction kitを用いてDNA断片を精製し、発現カセットを含む精製DNA断片を得た。発現カセットを含むDNA断片の塩基配列は配列番号15である。
【0080】
[実施例11]アスペルギルス・カワチ株のゲノムへの発現カセットの導入
(アスペルギルス・カワチ株の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子導入株の作成)
宿主となるカワチ株のプロトプラストを調製し、実施例10に記載した発現カセットを含む精製DNA断片をカワチ株に導入した。DNA断片導入処理されたカワチ株を、ピリチアミンを0.2μg/mlの終濃度で含有するCD寒天培地で培養した。このピリチアミン含有CD寒天培地で生育が見られたコロニーをYPD培地で培養した。続いて、培養菌体を遠心分離で回収し、ISOPLANTでゲノムDNAを抽出して、ピリチアミン耐性遺伝子とTEF1プロモーター、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子、3’非翻訳領域を含む発現カセットがゲノム内に導入されていることをPCRで確認した。得られたカワチ株を、「遺伝子導入カワチ株」と呼ぶ。
【0081】
[実施例12]脂肪酸不飽和化酵素遺伝子導入カワチ株のデンプンからの培養
CD寒天培地で通常のカワチ株を培養し、滅菌綿棒で胞子を回収して、胞子懸濁液を調製した。また、ピリチアミン含有CD寒天培地で遺伝子導入カワチ株を培養し、同様に滅菌綿棒で胞子を回収し、胞子懸濁液を回収した。デンプンCD培地100mLを500mL容の羽根つきフラスコに調製した。上記の胞子懸濁液のOD600を測定し、吸光度が0.05になるようにデンプンCD培地に接種した。30℃、90r.p.mで4日間振とう培養し、十分量の菌体を回収した。
【0082】
[実施例13]デンプンで培養した脂肪酸不飽和化酵素遺伝子導入株の脂肪酸組成
実施例12で残った菌体をビーズとともにプラスチックチューブに入れ、ビーズ破砕装置FastPrep(Thermo Electron社)で処理を行い、破砕した。遠心エバポレーターを用いて60℃で1時間処理し、水分を除去し、脂肪酸組成分析試料とした。これに、ヘプタデカン酸メチルエステルのヘキサン溶液(2g/L)を内部標準として50μL添加し、その後、直ちに、0.5Nの水酸化ナトリウムメタノール溶液を500μL添加して、均一に混合後、1200r.p.mで1時間攪拌した。さらに、硫酸を40μL添加してpHを調整した後、ヘキサンを500μL添加して、30分間攪拌した。ヘキサン層を回収し、ガスクロマトグラフ分析装置で分析を行った。ガスクロマトグラフ分析装置には、水素炎イオン化検出器を備えた株式会社島津製作所製GC-2010 plusを用いた。サンプルは、スプリットレスモードで1μLを注入した。気化室は60℃で分析を開始し、100℃/分で温度を上げ、240℃で保持した。カラムにはDB-225(30m、0.25mm、0.25μm、アジレント・テクノロジー株式会社)を使用し、カラムオーブンは50℃で開始し、30℃/分で上昇させ、200℃で保持した。ヘリウムをキャリアガスとして線速度33cm/分で流し、20分間で分析を完了した。検出器は、240℃、25Hzで使用した。水素は40ml/分、空気は400mL/分で流し、メイクアップガスはヘリウムを30mL/分で使用した。
【0083】
カワチ株菌体と遺伝子導入カワチ株のガスクロマトグラフは図5に示したとおりとなった。標品との比較から、いずれも主要な脂肪酸はパルミチン酸(C16:0)、ステアリン酸(C18:0)、オレイン酸(C18:1)、リノール酸(C18:2)、α‐リノレン酸(C18:3)であることが確認された。各脂肪酸のピーク面積を、AOCS Official Method Ce 1j-07に記載の補正係数であるtheoretical correction factorsを用いて補正し、カワチ株菌体と遺伝子導入株のα-リノレン酸の含有比率が表5に示されるとおりであることが確認された。この結果から、遺伝子導入カワチ株は、総脂肪酸に対するα-リノレン酸の比率が、カワチ株に比べて約5倍増加していることが分かった。また、遺伝子導入カワチ株の乾燥菌体重量のうち、α-リノレン酸が占める割合はカワチ株の約5倍に増加していることが明らかとなった(表5)。
【0084】
【表5】
【0085】
[実施例14]脂肪酸不飽和化酵素遺伝子導入カワチ株のラクトースからの培養
CD寒天培地でカワチ株を培養し、滅菌綿棒で胞子を回収して、胞子懸濁液を調製した。また、ピリチアミン含有CD寒天培地で遺伝子導入株を培養し、同様に滅菌綿棒で胞子を回収し、胞子懸濁液を回収した。ラクトースCD培地100mLを500mL容の羽根つきフラスコに調製した。上記の胞子懸濁液のOD600を測定し、吸光度が0.05になるようにラクトースCD培地に接種した。30℃、90r.p.mで4日間振とう培養し、十分量の菌体を回収した。
【0086】
[実施例15]ラクトースで培養した脂肪酸不飽和化酵素遺伝子導入カワチ株の脂肪酸組成
実施例14で得た菌体をビーズとともにプラスチックチューブに入れ、ビーズ破砕装置FastPrep(Thermo Electron社)で処理を行い、破砕した。遠心エバポレーターを用いて60℃で1時間処理し、水分を除去し、脂肪酸組成分析試料とした。これに、ヘプタデカン酸メチルエステルのヘキサン溶液(2g/L)を内部標準として50μL添加し、その後、直ちに、0.5Nの水酸化ナトリウムメタノール溶液を500μL添加して、均一に混合後、1200r.p.mで1時間攪拌した。さらに、硫酸を40μL添加してpHを調整した後、ヘキサンを500μL添加して、30分間攪拌した。ヘキサン層を回収し、ガスクロマトグラフ分析装置で分析を行った。ガスクロマトグラフ分析装置には、水素炎イオン化検出器を備えた株式会社島津製作所製GC-2010 plusを用いた。サンプルは、スプリットレスモードで1μLを注入した。気化室は60℃で分析を開始し、100℃/分で温度を上げ、240℃で保持した。カラムにはDB-225(30m、0.25mm、0.25μm、アジレント・テクノロジー株式会社)を使用し、カラムオーブンは50℃で開始し、30℃/分で上昇させ、200℃で保持した。ヘリウムをキャリアガスとして線速度33cm/分で流し、20分間で分析を完了した。検出器は、240℃、25Hzで使用した。水素は40ml/分、空気は400mL/分で流し、メイクアップガスはヘリウムを30mL/分で使用した。
【0087】
カワチ株と遺伝子導入カワチ株のガスクロマトグラフの結果から、いずれも主要な脂肪酸はパルミチン酸(C16:0)、ステアリン酸(C18:0)、オレイン酸(C18:1)、リノール酸(C18:2)、α-リノレン酸(C18:3)であることが確認された。各脂肪酸のピーク面積を、AOCS Official Method Ce 1j-07に記載の補正係数であるtheoretical correction factorsを用いて補正し、カワチ株菌体と遺伝子導入カワチ株のα-リノレン酸の含有比率が表6に示されるとおりであることが確認された。この結果から、遺伝子導入カワチ株は、総脂肪酸に対するα-リノレン酸の比率が、通常のカワチ株に比べて約23倍に増加していることが分かった。
【0088】
【表6】
【0089】
[実施例16]アミノ酸配列の同一性の評価
実施例1~8において、Aspergillus oryzae RIB40株の配列番号2の酵素がα-リノレン酸の生産に寄与する酵素であることが確認された。この配列番号2の酵素と同株のもつ類似酵素のアミノ酸配列を比較した。評価には、アライメント作成プログラムのCrustal omegaを用いた。比較する2つの配列のアライメントを作成し、完全に一致するアミノ酸残基の数を算出し、それをアライメント全体の長さで除して求められる百分率をアミノ酸の同一性とした。まず、Genbankに登録されているRIB40株の情報からBLAST検索を行い、配列番号2の酵素とアミノ酸配列の相同性が高いRIB40株の5つのタンパク質を見出した。続いて、これらのタンパク質と配列番号2の酵素とのアミノ酸の同一性を算出した(表7)。
【0090】
【表7】
【0091】
また、実施例9~15において、Aspergillus kawachii株の配列番号9の酵素α-リノレン酸の生産に寄与する酵素であることが確認された。この配列番号9の酵素と同株のもつ類似酵素のアミノ酸配列を比較した。まず、Genbankに登録されているカワチ株の情報からBLAST検索を行い、配列番号9の酵素と相同性の高いカワチ株の4つのタンパク質を見出した。次に、これらのタンパク質とのアミノ酸の同一性を評価した(表8)。
【0092】
【表8】
【0093】
今回α-リノレン酸の生産に寄与することが確認されたAspergillus oryzae RIB40株の酵素(配列番号2)とAspergillus kawachii株の酵素(配列番号9)は、各菌株内の他の酵素とアミノ酸の同一性は40%未満であった。他方で、配列番号2と配列番号9のアミノ酸配列は、同一性が78%であった。このことから、配列番号2もしくは配列番号9とアミノ酸配列の同一性が例えば70%を超えるアスペルギルス属のタンパク質は、α-リノレン酸の生産に寄与する酵素であると推定することができる。Genbankなどのデータベースを用いて配列番号2もしくは配列番号9とアミノ酸配列の相同性が高い酵素の遺伝子を検索し、高発現させることで、アスペルギルス属の様々な菌株においてα-リノレン酸の生産量を高めることができる。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明は、食品や飼料として安全に利用できるα-リノレン酸高含有微生物菌体の生産に用いることができる。
【配列表フリーテキスト】
【0095】
配列番号1:アスペルギルス・オリゼRIB40株の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子のヌクレオチド配列。
配列番号2:アスペルギルス・オリゼRIB40株の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子がコードするアミノ酸配列。
配列番号3:ピリチアミン耐性遺伝子及びTEF1プロモーター、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子、および3’非翻訳領域を含む遺伝子発現カセット。
配列番号4および5:アスペルギルス・オリゼTEF1プロモーター領域を増幅するためのプライマー。
配列番号6および7:アスペルギルス・オリゼ脂肪酸不飽和化酵素遺伝子とその3’非翻訳領域を増幅するためのプライマー。
配列番号8:アスペルギルス・カワチ株の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子のヌクレオチド配列。
配列番号9:アスペルギルス・カワチ株の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子がコードするアミノ酸配列。
配列番号10および11:アスペルギルス・カワチ株TEF1プロモーター領域を増幅するためのプライマー。
配列番号12:アスペルギルス・カワチ株TEF1プロモーター領域。
配列番号13および14:アスペルギルス・カワチ株脂肪酸不飽和化酵素遺伝子とその3’非翻訳領域を増幅するためのプライマー。
配列番号15:アスペルギルス・カワチ株に導入したピリチアミン耐性遺伝子及びTEF1プロモーター、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子、および3’非翻訳領域を含む遺伝子発現カセット。
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
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