(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-05
(45)【発行日】2024-01-16
(54)【発明の名称】細胞を含む試料の前処理方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/48 20060101AFI20240109BHJP
C12Q 1/04 20060101ALI20240109BHJP
C12Q 1/24 20060101ALI20240109BHJP
C12N 5/09 20100101ALN20240109BHJP
【FI】
G01N33/48 A
G01N33/48 M
C12Q1/04
C12Q1/24
C12N5/09
(21)【出願番号】P 2019173721
(22)【出願日】2019-09-25
【審査請求日】2022-08-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】畑下 瑠依
(72)【発明者】
【氏名】兜坂 健太
(72)【発明者】
【氏名】森本 篤史
【審査官】草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-060869(JP,A)
【文献】特開2016-142616(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0277852(US,A1)
【文献】特表2017-504027(JP,A)
【文献】特表2016-500008(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
G01N 1/00- 1/44
C12Q 1/04
C12Q 1/24
C12N 5/09
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)目的細胞および夾雑細胞を含む
血液から得た試料を遠心分離する工程と、
(2)(1)の工程で得た
遠心上清
の一部を除去し、
細胞の比重に依存して層を形成した目的細胞および夾雑細胞を含むペレット
状の沈殿物と、元の試料由来の遠心上清を含む試料を得る工程と、
(3)(2)の工程で得た
試料に、糖を含む等張液を一定速度で添加する工程と、
(4)(3)の工程で得た試料を、遠心分離する工程と、
(5)(4)の工程で得た
遠心上清を除去し、
夾雑細胞が除かれた目的細胞を含む懸濁液を得る工程と、
を含む、
目的細胞および夾雑細胞を含む血液由来の試料から、夾雑細胞が除かれた目的細胞を含む懸濁液を得る前処理方法であって、
前記
糖を含む等張液が、目的細胞の比重よりも小さくなるように調整された糖を含む等張液であり、
かつ前記
糖を含む等張液を一定速度で添加する工程が、前記ペレット
状の沈殿物の上層に含まれる夾雑細胞は前記
糖を含む等張液に分散させる一方、前記ペレット
状の沈殿物の下層に含まれる目的細胞は前記
糖を含む等張液に分散させない条件
であり、糖を含む等張液を添加する際に、前記(2)の工程で得た試料に含まれるペレット状の沈殿物の上層のみを懸濁する条件で、電動ピペッターを使用して一定速度で添加することで行なう、
前記方法。
【請求項2】
前記目的細胞の比重よりも小さくなるように調整された糖を
含む等張液が、目的細胞の比重よりも小さくなるように調整されたスクロース又はキシリトールを含む等張液である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記糖を含む等張液を一定速度で添加する工程が、糖がスクロースであり、かつ、電動ピペッターを使用して1mL/s以上3mL/s以下の一定速度で実施される請求項2の方法。
【請求項4】
前記糖を含む等張液を一定速度で添加する工程が、糖がスクロースであり、かつ、電動ピペッターを使用して1.5mL/sの一定速度で実施される請求項2の方法。
【請求項5】
前記糖を含む等張液を一定速度で添加する工程が、糖がキシリトールであり、かつ、電動ピペッターを使用して3.5mL/s以上7.5mL/s以下の一定速度で実施される請求項2の方法。
【請求項6】
請求項2に記載の糖を含む等張液を一定速度で添加する工程が、糖がキシリトールであり、かつ、電動ピペッターを使用して5mL/sの一定速度で実施される請求項2の方法。
【請求項7】
請求項1に記載の工程(4)の遠心分離の条件が、遠心力が200×g以上2000×g以下であり、かつ遠心時間が1分以上30分以下である条件で実施される、請求項1
から6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
以下の(I)から(IV)に示す工程を含む、試料中に含まれる目的細胞の検出方法:
(I)請求項1から
7に記載のいずれかの方法で試料の前処理を行ない、目的細胞を含む懸濁液を得る工程、
(II)(I)の工程で得た懸濁液を、保持部を有した細胞保持手段に導入する工程、
(III)誘電泳動力を利用して前記懸濁液に含まれる目的細胞を前記保持部に保持させる工程、
(IV)(III)で保持させた目的細胞を検出する工程。
【請求項9】
請求項8に記載の方法で検出した目的細胞を採取する工程をさらに含む、試料中に含まれる細胞の採取方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞を含む試料の前処理方法に関する。特に本発明は、目的細胞および夾雑細胞を含む試料から、目的細胞の取りこぼしを抑えつつ、夾雑細胞は除去する、前処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、血液などの体液や、臓器などの組織を溶液に懸濁もしくは分散して得られる組織標本試料や、細胞培養液などから細胞を選択的に分離回収し、当該分離回収した細胞を基礎研究や臨床診断、治療へ応用する研究が進められている。例えば、がん患者より採取した血液から腫瘍細胞(Circulating Tumor Cell、以下CTC)を採取し、当該細胞について形態学的分析、組織型分析や遺伝子分析を行ない、これら分析により得られた知見に基づき治療方針を判断する研究が進められている。
【0003】
しかしながら、がん患者より得られる血液試料中に含まれるCTC数は、血球細胞(赤血球や白血球、血小板)と比較して非常に少なく、前記血球細胞を除去する前処理が必須である。また血液試料中に含まれるCTC数は非常に少ないことから、CTCを高感度で検出するには、前記前処理によるCTCの取りこぼしを極力少なくする必要がある。さらに、前記前処理において夾雑物である血球細胞の残存量が多い場合、偽陽性が発生するおそれがあることから、正確にCTCを検出するには、極力血球細胞の残存量を少なくする必要がある。
【0004】
前処理によるCTCの取りこぼしを極力抑えた、CTCの検出方法として、特許文献1では、溶血剤を用いて血液試料中に含まれる赤血球を溶血し除去した後、残りのすべての細胞を解析してCTCを検出する方法が開示されている。しかしながら、前記溶血処理後の溶液には白血球などの夾雑細胞が大量に含まれており、検出時間が膨大に掛かる課題があった。また偽陽性が発生するおそれもあった。
【0005】
血液試料中に含まれるCTC以外の夾雑細胞を除去する方法として、非特許文献1では溶血剤により血液試料中に含まれる赤血球を破砕(溶血)した後、夾雑細胞である白血球に特異的に結合可能な抗体である抗CD45抗体を修飾した磁性粒子を用いて白血球を除去する方法が開示されている。非特許文献1に開示の方法は、CTCをほとんど取りこぼすことなく白血球を除去できるものの、その除去率は約80%(すなわち約20%は残存)程度に留まっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Kallergi,Galatea et al.,Cellular Physiology and Biochemistry,40,411-419(2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
目的細胞および夾雑細胞を含む試料から目的細胞を検出するには、目的細胞を取りこぼすことなく、かつ目的細胞の検出において偽陽性の原因となる夾雑細胞を除去する、前処理が必要である。本発明の課題は、前記前処理を、目的細胞および夾雑細胞を含む試料中の溶媒置換で行なう方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明者らは鋭意検討を重ねた結果、本発明に到達した。
【0010】
すなわち本発明の第一の態様は、
(1)目的細胞および夾雑細胞を含む試料を遠心分離する工程と、
(2)(1)の工程で得た上清を除去し、目的細胞および夾雑細胞を含むペレットを得る工程と、
(3)(2)の工程で得たペレットを含む溶液に置換溶媒を添加し、遠心分離する工程と、
(4)(3)の工程で得た上清を除去し、目的細胞を含む懸濁液を得る工程と、
を含む、試料の前処理方法であって、
前記目的細胞の比重は、前記夾雑細胞の比重よりも大きく、
かつ前記置換溶媒の添加を、前記ペレットに含まれる夾雑細胞は前記置換溶媒に分散させる一方、前記ペレットに含まれる目的細胞は前記置換溶媒に分散させない条件で行なう、前記方法である。
【0011】
また本発明の第二の態様は、置換溶媒の添加を一定速度で行なう、前記第一の態様に記載の方法である。
【0012】
また本発明の第三の態様は、置換溶媒が糖を含む等張液である、前記第一または第二の態様に記載の方法である。
【0013】
さらに本発明の第四の態様は、(3)の遠心分離の条件が、遠心力が200×g以上2000×g以下であり、かつ遠心時間が1分以上30分以下である、前記第一から三のいずれかに記載の方法である。
【0014】
本発明の第五の態様は、以下の(I)から(IV)に示す工程を含む、試料中に含まれる目的細胞の検出方法である:
(I)前記第一から第四の態様のいずれかに記載の方法で試料の前処理を行ない、目的細胞を含む懸濁液を得る工程、
(II)(I)の工程で得た懸濁液を、保持部を有した細胞保持手段に導入する工程、
(III)誘電泳動力を利用して前記懸濁液に含まれる目的細胞および夾雑細胞を前記保持部に保持させる工程、
(IV)(III)で保持させた目的細胞および/または夾雑細胞を検出する工程。
【0015】
さらに本発明の第六の態様は、前記第五の態様に記載の方法で検出した目的細胞および/または夾雑細胞を採取する工程をさらに含む、試料中に含まれる細胞の採取方法である。
【0016】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0017】
本発明における試料は、後述する目的細胞ならびに夾雑細胞を少なくとも含む溶液または懸濁液であればよく、具体的には、全血、希釈血液、血清、血漿、髄液、臍帯血、成分採血液などの血液試料や、尿、唾液、精液、糞便、痰、羊水、腹水などの血液由来成分を含み得る試料や、肝臓、肺、脾臓、腎臓、皮膚、腫瘍、リンパ節などの組織の一片を懸濁させた組織懸濁液や、前述した試料または組織懸濁液より分離して得られる、試料または組織由来の細胞を含む画分、などがあげられる。このうち試料または組織由来の細胞を含む画分の一例として、試料や組織懸濁液を密度勾配形成用媒体の上に重層後、密度勾配遠心することで得られる画分があげられる。
【0018】
本発明において目的細胞とは、試料中に含まれる細胞のうち、本発明の前処理方法により除去される夾雑細胞の比重よりも大きい細胞のことをいう。目的細胞の一例として、血液循環腫瘍細胞(CTC)などの腫瘍細胞、循環血液内皮細胞(CEC)、循環血管内皮細胞(CEP)、循環胎児細胞(CFC)、各種幹細胞、B細胞があげられる。CTCを目的細胞とした場合、CTCの比重は1.040~1.065程度が一般的であるため、夾雑細胞の一例として、比重が前述のCTCの比重より小さい血小板(一般的な比重:1.032程度)や、好中球、好酸球、好塩基球、単球、リンパ球などの白血球(一般的な比重:1.063~1.085程度)のうち、比重が1.063~1.065程度の白血球があげられる。また前述した比重の条件である限り、目的細胞を特定の特徴を有した白血球とし、夾雑細胞を前記特徴を有さない白血球としてもよい。
【0019】
本発明における遠心分離工程は、当該工程により試料中に含まれる目的細胞が損傷を受けることのない条件で行なうと好ましい。具体的には、遠心力(相対遠心力:Relative Centrifugal force)として、200×g以上2000×g以下が好ましく、500×g以上1000×g以下がより好ましい。また遠心時間は、1分以上30分以下が好ましく、3分以上10分以下がさらに好ましい。本工程で用いる容器は、市販の遠心分離用のチューブであれば特に限定されない。前記容器の好ましい例として、50mL容量の遠心分離用チューブがあげられ、特に50mL容量のファルコンコニカルチューブ(コーニング社製、商品番号352070)に代表される市販の50mL容量のディスポーザブルコニカルチューブが好ましい。前述した容器に収容した試料を前述した条件で遠心分離することで、当該試料中に含まれる目的細胞および夾雑細胞が沈降し、前記容器底部にペレットが形成される。目的細胞の比重は夾雑細胞の比重よりも大きいため、形成されたペレットのうち、目的細胞は主に下層(底部)に存在し、夾雑細胞は主に上層に存在する。
【0020】
遠心分離により、試料(溶液または懸濁液)をペレットと上清とに分離させた後、当該上清を除去する。上清を完全に除去しようとすると、吸引手段(ピペットチップなど)がペレットに接触したり、後述する置換溶媒を添加する際、添加した溶媒がペレットに直撃するおそれがある。そのため上清を少し残した状態(以下この状態を「ペレットを含む溶液」ともいう)で除去する。具体的には、遠心分離工程で用いた容器が50mL容量のチューブである場合、上清が0.5mL以上20mL以下残存するよう上清を除去すればよく、上清の残存量を1mL以上15mL以下とすると好ましく、上清の残存量を2mL以上10mL以下とするとより好ましい。
【0021】
遠心分離によりペレットを含む溶液を得た後、置換溶媒を添加する。本発明で用いる置換溶媒は、少なくともその比重が目的細胞の比重より小さければよい。目的細胞がCTCなどの血液試料中に含まれる細胞の場合、置換溶媒として、赤血球を破砕可能な溶血剤もしくは緩衝液や、培養液や、糖を含む水溶液が例示できる。特に回収した細胞を誘電泳動を用いて操作する場合、生理的浸透圧と等張な、糖を含む水溶液(糖を含む等張液)を置換溶媒にすると好ましい。前記水溶液に含ませる糖の一例として、グルコースやガラクトースなどの単糖類、スクロースやトレハロースなどの二糖類、マンニトールやキシリトールなどの糖アルコール類、デキストランなどの多糖類があげられる。また糖を含む等張液の好ましい例として、230mM以上330mM以下のキシリトールまたはスクロース水溶液があげられる。
【0022】
なお置換溶媒を添加する前に、夾雑細胞をあらかじめ除去する処理を行なってもよい。具体的には、夾雑細胞が赤血球や白血球の場合、溶血させたり、密度勾配遠心分離に供したり、夾雑細胞と結合可能な担体(一例として夾雑細胞が白血球の場合、抗CD45抗体固定化担体)に夾雑細胞を結合させたりして、除去すればよい。なおこれら除去操作は一つのみ行なってもよく、複数組み合わせて行なってもよい。
【0023】
本発明では置換溶媒を添加する際、前記ペレットに含まれる夾雑細胞は前記置換溶媒に分散させる一方、前記ペレットに含まれる目的細胞は前記置換溶媒に分散させない条件で行なう。前述した通り、試料中に含まれる夾雑細胞の比重は同試料中に含まれる目的細胞の比重より小さいことから、前記ペレットにおいて夾雑細胞は上層に、目的細胞は下層(底部)に、それぞれ位置する。すなわち前記条件とは、置換溶媒を添加する際、前記ペレットの上層のみが解れ、当該上層に存在する夾雑細胞が前記置換溶媒に分散される条件のことをいう。具体的には、前記遠心分離工程で用いた容器を斜めに固定した後、遠心後の上清を残した状態で(ペレットを含む溶液に)、置換溶媒を前記ペレットに直撃しないよう、一定速度で添加すると好ましい。前記容器の固定角度は、チューブの開放部が真上を向いている状態を90度としたとき、20度以上70度以下が好ましく、30度以上60度以下がより好ましい。置換溶媒の添加速度は、置換溶媒の種類により適宜決定すればよいが、置換溶媒がキシリトールを含む溶液の場合、3.5mL/s以上7.5mL/s以下が好ましく、置換溶媒がスクロースを含む溶液とする場合、1mL/s以上3mL/s以下が好ましい。なお置換溶媒を添加する際、その添加速度が一定となるよう添加すると好ましいが、当該添加を電動ピペッターを用いて行なうと、正確かつ簡便に置換溶媒を一定速度で添加できる点で好ましい。さらに置換溶媒を添加する際は、遠心分離工程で用いた容器の壁面に沿って流れるように添加すると、置換溶媒の流れを安定にできる点で好ましい。置換溶媒を添加した後は、容器を再度遠心分離して目的細胞をペレット状にする。上清除去後、ペレットを残存した置換溶媒で懸濁し、目的細胞を含む懸濁液を得ればよい。なお、前記ペレットの回収(置換溶媒への懸濁)を行なう前に、前述した置換溶媒への溶液置換操作を繰り返し行なってもよい。
【0024】
本発明の方法により試料を前処理し、目的細胞を濃縮した懸濁液は、スライドに塗布したり、顕微鏡や光学検出器などで観察したり、フローサイトメトリーを用いたりすることで当該目的細胞を検出できる。なお顕微鏡や光学検出器などで観察して目的細胞を検出する場合、前記細胞を含む懸濁液を、前記細胞を保持可能な保持部を有した細胞保持手段に導入し、前記保持部に前記細胞を保持した後、顕微鏡や光学検出器などで観察するとよい。保持部の例として、前記細胞を収納可能な孔や、前記細胞を固定可能な材料(例えば、ポリ-L-リジン)で覆われた面があげられる。なお保持部の大きさを前記細胞を一つだけ保持可能な大きさとすると、特定細胞の採取および解析(形態学的分析、組織型分析、遺伝子分析など)が容易に行なえる点で好ましい。また細胞を保持部に保持させる際、誘電泳動力を用いると、保持部に細胞を効率的に保持できる点で好ましい。誘電泳動力を用いる場合、具体的には、交流電圧を印加することで誘電泳動を発生させ、保持部内へ細胞を導入すればよい。印加する交流電圧は、保持部内の細胞の充放電が周期的に繰り返される波形を有した交流電圧であると好ましく、周波数を100kHzから3MHzの間とし、電界強度を1×105から5×105V/mの間とすると特に好ましい(WO2011/149032号および特開2012-013549号公報参照)。
【0025】
本発明の検出方法で利用可能な細胞保持装置の一例として、
図1から
図3に示す細胞保持装置があげられる。
【0026】
図1および
図3に示す細胞保持装置100は、
貫通孔111を有した平板状の絶縁膜110と、
貫通孔121を有した平板状の遮光膜120と、
導入部131および排出部132を有した平板状のスペーサ130と、
遮光膜120の下面およびスペーサー130の上面と密着するよう設けた電極141・142と、
電極141・142同士を接続する導線150と、
電極141・142に信号を印加する交流電源160と、
を備えている。絶縁膜110が有する貫通口111と遮光膜120が有する貫通孔121とは互いに同一の寸法および形状であり、かつそれぞれの貫通孔の位置が一致するよう絶縁膜110および遮光膜120を備えている。
【0027】
貫通孔111、貫通孔121および遮光膜120の下部に密着して設けた電極141により、細胞保持装置100内に細胞を保持可能な保持部170が構成され、導入部131から細胞を含む液体を導入すると保持部170へ細胞が導入される。遮光膜120は、絶縁膜110自体の自家蛍光に起因するバックグラウンドノイズや隣接する保持部170からの漏れ光に起因するクロストークノイズなどの光ノイズを低減でき、各保持部170に保持された細胞由来の光のみを高感度かつ高精度に検出できる。電極142はスペーサ130上面に密着して備えており、導入部131から導入した、目的細胞を含む試料の飛散や蒸発を防止している。
【0028】
なお、保持部170に保持した細胞の回収を容易にするため、電極142はスペーサ130から取り外し可能な構造となっている。また、電極141・142をITO(酸化インジウムスズ)などの透明電極にすると、保持部170に保持された細胞を、顕微鏡や光学検出器を用いて検出可能となるため好ましい。
【0029】
前述した細胞保持装置100のうち、電極基板については、
図1に示す装置のように絶縁膜110、遮光膜120およびスペーサ130を上下方向に挟むよう備えてもよいし、
図2に示す装置のように遮光膜120の下面のみに+極141aおよび-極141bを設けた櫛形電極の態様で電極141を備えてもよい。
【0030】
保持部170の大きさは、1個の目的細胞のみを保持可能な大きさとすると、検出工程にて標的細胞の検出が容易になる点で好ましい。なお、細胞保持装置100へ展開させる試料中に含まれる細胞数(目的細胞と夾雑細胞との和)が、細胞保持装置100に設けた保持部170の数よりも多いことが予想される場合は、適切な細胞数が展開されるように希釈したり、展開に供する試料をあらかじめ計量するとよい。
【0031】
以下、本発明の検出方法および採取方法の一例として、血液試料中に含まれる腫瘍細胞(CTC)を検出および採取する方法を用いて詳細に説明するが、本発明は本説明の内容に限定されるものではない。
【0032】
(1)がんの疑いのある患者から血液試料を採取する。なお血液試料を採取する際、クエン酸やエチレンジアミン四酢酸(EDTA)などのキレート剤に代表される抗凝固剤を添加すると好ましい。
【0033】
(2)(1)で採取した血液試料(または希釈した血液試料)に、CTCを安定化させるための保存剤であるホルムアルデヒドドナー化合物、抗血小板剤、ポリエチレングリコールを添加する。なお、(1)で抗凝固剤を添加せずに血液試料を採取した場合は抗凝固剤も添加する。前記添加の際、前記保存剤を構成する全ての物質を一度に添加してもよく、各成分を含む溶液をそれぞれ添加してもよい。
【0034】
(3)保存剤を添加した血液試料(保存処理した血液試料)に含まれる赤血球を、塩化アンモニウムを用いて破砕する(溶血させる)。塩化アンモニウムによる赤血球の破砕(溶血)は、赤血球と他の細胞とのイオン取り込み能の違いを利用した破砕(溶血)方法であり、他の細胞への損傷を抑えながら赤血球を破砕できる点で、好ましい赤血球破砕方法である。
【0035】
(4)赤血球破砕(溶血)処理後、遠心分離することで血液試料中に含まれるCTCと夾雑細胞(白血球や血小板など)をペレット状にした後、溶血剤(塩化アンモニウム)を含む上清を除去する。
【0036】
(5)(4)の残液をピペッティングなどの撹拌操作により、CTCと夾雑細胞を含むペレットを解して細胞を懸濁させた後、塩化ナトリウムを少なくとも含む溶液を添加し、再度懸濁させる。塩化ナトリウムを少なくとも含む溶液としては、生理食塩水やPBS(リン酸緩衝生理食塩水)が例示できるが、生理的pHの維持が容易なPBSを用いるとよい。なお前記溶液に、親水性高分子を結合したタンパク質(例えば、ポリエチレングリコールを結合したBSA)を含ませると、CTCの回収効率が向上するため好ましい。親水性高分子を結合したタンパク質の濃度は、再懸濁液における当該タンパク質の終濃度として、0.01%(w/v)以上25%(w/v)以下であればよく、0.02%(w/v)以上5%(w/v)以下であれば好ましく、0.05%(w/v)以上2%(w/v)以下であればより好ましい。また前記タンパク質を前記溶液に添加することで、CTCに対する、白血球と結合可能な結合部位を修飾した担体との非特異吸着を抑制することも可能となる。
【0037】
(6)(5)で調製したCTCを含む懸濁液を再度遠心分離し、CTCと夾雑細胞を含むペレットを回収する。本操作は懸濁液内の細胞の懸濁濃度を向上させ、夾雑細胞である白血球と、白血球と結合可能な担体との反応性を高めることを目的に行なう操作である。
【0038】
(7)夾雑細胞の一部である白血球と結合可能な担体として、抗CD45抗体を結合した磁性粒子を添加する。磁性粒子との反応時間や反応温度は、使用した抗体の特性に応じて適時変更すればよい。
【0039】
(8)前記磁性粒子と白血球とを結合させた後、添加した前記磁性粒子を磁石を用いて取り除く(磁気分離)。CTCと前記磁気分離により除去しきれず残存した夾雑細胞を含む上清を回収し、適時好ましい置換溶媒に添加し、懸濁させる。前記置換溶媒としては、CTCより比重が小さい等張液であれば特に限定されないが、回収した細胞を誘電泳動を用いて細胞を操作する場合、キシリトールやスクロース、マンニトールなどの糖を含む溶液を用いるとよい。なお懸濁に用いる容器としては、遠心分離用のチューブであれば特に限定されず、例えば市販の50mLディスポーザブルコニカルチューブを使用すればよい。
【0040】
(9)(8)で得られた懸濁液を遠心分離後、上清を除去し、懸濁液に含まれるCTCおよび夾雑細胞を含むペレットを得る。なお遠心分離条件として、目的細胞が遠心により損傷を受けることのない遠心強度とすることが好ましい。遠心強度としては200×g以上2000×g以下が好ましく、500×g以上1000×g以下がより好ましい。遠心時間としては1分以上30分以下が好ましく、3分以上10分以下がより好ましい。また、上清除去の際は、上清の残液量が0.5mL以上20mL以下となるように除去すればよいが、残液量を1mL以上15mL以下とすると好ましく、2mL以上10mL以下とするとより好ましい。
【0041】
(10)(9)で得られたCTCおよび夾雑細胞を含むペレットと上清除去後の残液とが入った(ペレットを含む溶液が入った)容器を斜めに固定した後、置換溶媒を一定速度で添加する。なお容器を固定する角度は、容器の開放部が真上を向いている状態を90度としたとき、20度以上70度以下が好ましく、30度以上60度以下がより好ましい。また、CTCの比重と比較し夾雑細胞の比重は小さいため、前記ペレット中において、比重の大きいCTCはペレット下層(底部)に存在し、CTCより比重の小さい夾雑細胞がペレット上層に存在する。したがって置換溶媒を、前記ペレットの上層のみが解れる速度、すなわち上層に存在する夾雑細胞が当該置換溶媒に分散される速度で添加すればよい。前記添加速度は置換溶媒の種類により適宜決定すればよいが、キシリトールを含む溶液とする場合、3.5mL/s以上7.5mL/s以下の添加速度にすると好ましく、スクロースを含む溶液とする場合、1mL/s以上3mL/s以下の添加速度にすると好ましい。なお、置換溶媒の添加方法は前記添加速度が一定となれば特に限定しないが、電動ピペッターを用いると正確かつ簡便に一定速度で液を添加できるため好ましい。さらに置換溶媒を添加する際は、液が容器の壁面に沿って流れるように添加すると、液の流れを安定化できるため好ましい。
【0042】
(11)(10)の操作後の容器を再度遠心分離し、CTCおよび(10)の操作で残存した夾雑細胞をペレット状にし、上清を除去後、当該ペレットを残存上清で懸濁することで、CTCを含む懸濁液として回収する。なお、前記懸濁液の回収を行なう前に(10)の工程を繰り返し、溶媒置換を行なってもよい。
【0043】
(12)(11)で得られたCTCを含む細胞懸濁液を、細胞を保持可能な保持部を有した細胞保持装置(例えば、
図1および
図2に示す装置)に導入し、前記保持部に前記細胞を保持した後、顕微鏡や光学検出器などで観察することで血液試料中に含まれるCTCおよび/または夾雑細胞(例えば、白血球などの血液成分)を検出する。CTCの検出は、例えば、明視野像によるCTCと夾雑細胞との大きさや形状の違いに基づき検出してもよく、サイトケラチンやEpCAM(Epithelial Cell Adhesion Molecule)などCTCで発現するタンパク質に対する標識抗体および/または夾雑細胞で発現するタンパク質(夾雑細胞が白血球の場合はCD45など)に対する標識抗体で細胞を染色し当該染色結果に基づき検出してもよい。
【0044】
(13)(12)で検出したCTCおよび/または夾雑細胞を採取手段で採取する。採取手段の一例として、ノズルによる吸引吐出により採取する手段があげられ、具体例として特開2016-142616号に開示の装置があげられる。
【発明の効果】
【0045】
本発明は、目的細胞および夾雑細胞を含む懸濁液を遠心分離する工程と、前記遠心分離で得た上清を除去し目的細胞および夾雑細胞を含むペレットを得る工程と、前記上清除去後に得たペレットを含む溶液に置換溶媒を添加し遠心分離する工程と、前記遠心分離後の上清を除去し目的細胞を含む懸濁液を得る工程とを含む、試料の前処理方法において、前記目的細胞の比重が前記夾雑細胞の比重よりも大きく、かつ前記置換溶媒の添加を前記ペレットに含まれる夾雑細胞は前記置換溶媒に分散させる一方、前記ペレットに含まれる目的細胞は前記置換溶媒に分散させない条件で行なうことを特徴とする。
【0046】
本発明により、試料中に含まれる目的細胞数が夾雑細胞数に対して非常に少ない場合であっても、試料中に含まれる夾雑細胞を除去し、目的細胞を濃縮できる。つまり試料中に含まれる目的細胞を検出する際に、目的細胞以外の夾雑細胞数を減らせるため、夾雑細胞を目的細胞として誤検出する頻度(偽陽性数)を大幅に減らせる。したがって、より高精度に目的細胞を検出できる。また本発明の方法は、検出対象となる細胞の総数を減らせるため、細胞検出時間の短縮にも繋がる。
【0047】
一例として、本発明を血液中に含まれる腫瘍細胞(CTC)の検出に適用する場合、本発明の方法を用いることで高精度にCTCを検出できる。また、がんの診断をCTCの存在により行なう場合、CTCの有無の判断結果に対する信頼性が向上するため、精度高くがんを診断できる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【
図1】本発明の検出方法で利用可能な、細胞保持装置の一例を示す図である。
【
図2】本発明の検出方法で利用可能な、細胞保持装置の別の態様を示す図である。
【
図3】
図1に示す装置を用いた、細胞の保持および検出を示した図である。
【実施例】
【0049】
以下、実施例および比較例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら例に限定されるものではない。なお参考例は本発明を構成しない。
【0050】
実施例1
(1)一方の末端がメトキシ基であり、もう一方の末端がN-ヒドロオキシスクシンイミドエステル基である、分子量5000のポリエチレングリコール(mPEG-NHS)と、ウシ血清アルブミン(BSA)(300mg、0.3mmol)とを、炭酸水素ナトリウム緩衝液(0.1M、15mL)に溶解させ、当該溶液を25℃近傍で3時間撹拌することでポリエチレングリコールを結合したBSA(PEG-BSA)を調製した。なお調製する際、mPEG-NHSとBSAとのモル比(mPEG-NHS/BSA)を2となるようにした。調製後、分画分子量10000の透析膜を用いて、純水への溶液置換を3日間行なった。
【0051】
(2)イミダゾリジニル尿素(保存剤)2.3g、分子量2000のポリエチレングリコール(PEG)2.3g、チロフィバン(抗血小板剤)1.2mgおよびエチレンジアミン四酢酸(EDTA)(抗凝固剤)30mgを、溶液として30mLになるよう、超純水で溶解した。
【0052】
(3)ヒト肺がん細胞(PC9細胞)を、5%CO2環境下、10%FBS(ウシ胎児血清)を含むRPMI-1640培地を用いて37℃で24から96時間培養後、0.25%トリプシン/1mM EDTAを用いて培地から細胞を剥離し、マイクロチューブに回収した。1000rpmで5分間遠心分離を行なって上清を除去し、ペレットを培地1mLに再懸濁することで洗浄した。前記PC9細胞を本実施例での目的細胞とした。
【0053】
(4)インフォームドコンセントを得た健常人から血液をEDTA-2K採血管(VP-DK050K、テルモ社製)に3mL採血後、前記採血管に(2)で調製した溶液0.45mLおよび(3)で調製したPC9細胞約100個を添加し、希釈血液試料を調製した。
【0054】
(5)(4)で調製した希釈血液試料3.45mLに、0.9%(w/v)塩化アンモニウムと0.1%(w/v)炭酸水素カリウムとを含む水溶液を、総量90mLとなるまで添加後、室温で5分間静置することで赤血球を破砕(溶血)した。溶血処理後、900×gで5分間、25℃で遠心分離した。
【0055】
(6)遠心分離後の上清を88mL除去後、ピペッティングによりPC9細胞と夾雑細胞(白血球や血小板など)を含むペレットを上清残液に懸濁させた。
【0056】
(7)(1)で調製したPEG-BSA(BSAとして0.1%(w/v))および2%(w/v)BSAを含むPBS(リン酸緩衝生理食塩水)を、総量30mLとなるまで(6)の懸濁液に添加後、600×gで5分間、25℃で遠心分離した。得られた上清を29mL除去し、ピペッティングによりペレットを上清残液に再懸濁させた。
【0057】
(8)抗CD45抗体修飾磁性粒子懸濁液(Dynabeads CD45、Thermo Fisher Scientific社製)100μLと抗CD15抗体修飾磁性粒子懸濁液(Dynabeads CD15、Thermo Fisher Scientific社製)100μLとを混合後、磁石を用いて分散媒を除去し磁性粒子を濃縮した。濃縮した磁性粒子と(7)で得られた細胞懸濁液全量とを混合させた後、室温で5分間回転撹拌し、磁性粒子に結合した白血球を磁石を用いて除去した。
【0058】
(9)(8)で白血球を除去した細胞懸濁液(一部の白血球と血小板は夾雑細胞として残存)を50mL容量のファルコンコニカルチューブ(コーニング社製、商品番号352070)に全量移し、PEG-BSA(BSAとして0.1%(w/v))および280mMキシリトールを含む水溶液(置換溶媒とする)を、総量30mLとなるまで添加後、600×gで5分間、25℃で遠心分離した。なお当該操作は、溶液中の塩濃度を低下させ、目的とするPC9細胞を濃縮するための操作である。
【0059】
(10)遠心分離後の上清を25mL除去した後、前記コニカルチューブを傾斜スタンドを用いて斜め45度に固定した。100mLビーカーに入れた置換溶媒を、2.5mL/s、3mL/s、5mL/s、10mL/sのうち、いずれかの添加速度で、当該溶媒がチューブの壁面に沿って流れるよう、デカントで添加した。総量30mLとなるまで添加した後、600×gで5分間、25℃で遠心分離した。
【0060】
(11)(10)と同様の操作を再度実施した。
【0061】
(12)遠心分離後の上清を除去し残液量を850μLとした後、ピペッティングによりPC9と残存した夾雑細胞を含むペレットを再懸濁し、細胞懸濁液とした。前記懸濁液を以下に示す方法で
図1および
図3に示す細胞保持装置100に保持した後、目的細胞を検出した。なお、細胞保持装置100には、直径φ30μm、深さ40μmの保持部170を設けている。
(12-1)導入部131から、細胞懸濁液を導入した後、交流電源160から各電極141・142に交流電圧(電圧20Vpp、周波数1MHz、矩形波)を印加し、誘電泳動力により前記細胞を保持部170に保持させた。
(12-2)導入部131から、0.01%(w/v)ポリ-L-リジンを含む280mMキシリトール水溶液を、前記交流電圧を印加しながら導入し、3分間静置後、前記交流電圧の印加を停止し、排出部132から前記水溶液を吸引除去した。
(12-3)導入部131から、1%HCHOを含むPBS溶液を導入し、10分間静置することで細胞を固定後、排出部132から前記試薬を吸引除去した。その後、導入部131から、0.05%(w/v)Tween20(商品名)を含むPBS溶液(以下PBS-T)を導入することで、残留した前記試薬を洗浄した。
(12-4)導入部131から、95%(v/v)エタノールを含む水溶液を導入し、10分間静置することで細胞を膜透過後、排出部132から前記試薬を吸引除去した。その後、導入部131から、PBS-Tを導入することで、残留した前記試薬を洗浄した。
(12-5)導入部131から、10%(v/v)Goat Serum(ヤギ血清)および3%(w/v)BSAを含むPBS溶液を導入し、10分間静置することで細胞をブロッキング後、排出部132から前記試薬を吸引除去した。
(12-6)導入部131から、抗サイトケラチンマウス抗体(Miltenyi Biotec社製)、10%(v/v)Goat Serumおよび3%(w/v)BSAを混合した細胞標識試薬を導入し、30分間静置することでPC9細胞を標識した後、排出部132から前記試薬を吸引除去した。その後、導入部131から、PBS-Tを導入することで、残留した前記試薬を洗浄した。
(12-7)導入部131から、Alexa Fluor 488標識抗マウスIgG1抗体(Thermo Fisher Scientific社製)、PE(フィコエリスリン)標識抗CD45抗体(Miltenyi Biotec社製)、DAPI(4’,6-DiAmidino-2-PhenylIndole)(同仁化学研究所社製)、10%(v/v)Goat Serumおよび3%(w/v)BSAを混合した細胞染色試薬を導入し、20分静置することで細胞を染色した。その後、排出口22から細胞染色試薬を吸引除去した。その後、導入部131から、PBS-Tを導入することで、残留した前記試薬を洗浄した。
(12-8)保持部170に保持された全ての細胞を観察するために、コンピューター制御式電動ステージおよびCMOSカメラ(浜松ホトニクス社製ORCA-Flash4.0)を備えた蛍光顕微鏡(Olympus社製IX71)を用いて全ての保持部の明視野像および蛍光画像を撮影した。
(12-9)(12-8)で撮影した画像を解析ソフトウェアLabVIEW(National Instruments社製)を用いて解析を行ない、DAPIで染色され(細胞核を有し)、Alexa Fluor 488で染色され(サイトケラチンを発現し)、かつPEでは染色されない(CD45を発現しない)細胞を検出した。
(12-10)(12-9)で検出した細胞のうち、目的細胞であるPC9細胞数を計測し、これを検出数とした。前記検出数を(4)で添加したPC9細胞数で除することでがん細胞検出率を算出した。
(12-11)(12-9)で検出した細胞のうち、明らかにPC9細胞より小さく白血球と同程度の大きさ(約10μm)の細胞を、誤検出された夾雑細胞(偽陽性)と判断し、偽陽性数を計測した。
【0062】
がん細胞検出率と偽陽性数の結果を表1に示す。表1において偽陽性数とは、夾雑細胞のうちCD45の発現が弱い白血球や血小板に対してがん細胞マーカー(サイトケラチン)標識抗体が非特異吸着したものが目的細胞として誤判定した細胞数のことを指す。添加速度5mL/sの条件では、がん細胞の検出率を比較的維持(60%以上70%未満)しながら、偽陽性の発生数は比較的抑えている(10個以上30個未満)ことがわかる。したがって添加速度5mL/sの条件では、(10)および(11)に示す工程を、ペレットに含まれる夾雑細胞(血小板や白血球など)は置換溶媒に分散させる一方、ペレットに含まれる目的細胞(がん細胞)は置換溶媒に分散されない条件で行なっていることがわかる。一方、添加速度5mL/sの条件よりも遅い速度条件(添加速度2.5mL/sおよび3mL/sの条件)で置換溶媒を添加すると、がん細胞の検出率は高い(70%以上)ものの、偽陽性の発生数も増大(30個以上)した。また添加速度5mL/sの条件よりも速い速度条件(添加速度10mL/sの条件)で置換溶媒を添加すると、偽陽性の発生数は少ない(10個未満)ものの、がん細胞の検出率も減少(60%未満)した。
【0063】
本実施例において、目的細胞である、がん細胞の比重は1.040から1.065程度と、夾雑細胞である血小板(1.032程度)の比重より大きい。また同じく夾雑細胞である白血球の比重は1.063から1.085程度であり、その一部はがん細胞よりも比重が小さい。目的細胞(がん細胞)および夾雑細胞(血小板や白血球など)を含む細胞懸濁液を遠心分離すると、当該遠心分離後に得られたペレット中において、血小板および一部の比重の小さい白血球ががん細胞(下層)の上に蓄積した状態(上層)となる。上清除去後に置換溶媒を添加する際、当該溶媒の添加によりペレットに衝撃を加えることでペレット上部を解し、細胞を置換溶媒に分散させることで夾雑細胞を上清とともに除去できる。したがって、置換溶媒の添加速度が遅いほどペレットへの衝撃が小さくなるためペレットが解れにくく(すなわち置換溶媒への分散量が少なく)なり、添加速度が速いほどペレットへの衝撃が大きくなるためペレットが解れやすく(すなわち置換溶媒への分散量が多く)なる。以上より、置換溶媒の添加操作を、ペレット上層に主に含まれる夾雑細胞は前記置換溶媒に分散させる一方、ペレット下層(底部)に主に含まれる目的細胞は前記置換溶媒に分散させない条件(本実施例では添加速度5mL/sの条件)で行なうことで、目的細胞(がん細胞)を取りこぼすことなく、ペレット上層に含まれる夾雑細胞のみ分散させることができ、結果、がん細胞検出率は維持したまま偽陽性の低減が可能となる。
【0064】
【0065】
参考例1
実施例1(10)および(11)において、置換溶媒の添加速度を5mL/sとし、異なる2人の作業者(作業者Aおよび作業者B)で行なった他は、実施例1と同様な方法でがん細胞検出率と偽陽性数を算出した。
【0066】
実施例2
実施例1(10)および(11)において、置換溶媒の添加速度を5mL/sとし、置換溶媒の添加に電動ピペッターを用い、異なる2人の作業者(作業者Aおよび作業者B)で行なった他は、実施例1と同様な方法でがん細胞検出率と偽陽性数を算出した。
【0067】
比較例1
実施例1(10)および(11)において、置換溶媒の添加速度1.5mL/sまたは10mL/sとし、置換溶媒の添加に電動ピペッターを用いた他は、実施例1と同様な方法でがん細胞検出率と偽陽性数を算出した。
【0068】
参考例1、実施例2および比較例1における、がん細胞検出率と偽陽性数の結果をまとめて表2に示す。実施例1および参考例1(作業者B)では、がん細胞の検出率を比較的維持(60%以上70%未満)しながら、偽陽性の発生数を比較的抑えて(10個以上30個未満)いたが、参考例1(作業者A)では偽陽性の発生数が増大(30個以上)していた。したがって、本発明の前処理方法における置換溶媒の添加を、デカントで行なおうとした場合、作業者によるばらつきが発生するおそれがあることがわかる。置換溶媒の添加に電動ピペッターを用いた場合(実施例2)、デカントで行なった場合(実施例1)と比較して、がん細胞検出率が向上(70%以上)し、偽陽性数も低減(10個未満)した。さらにデカントによる置換溶媒の添加(参考例1)で発生した、作業者間でのばらつきもみられず、安定した結果が得られることが確認された。これは、デカントでは手振れなどにより安定して液を添加することが困難である一方、電動ピペッターであれば容易に一定速度で安定して液を添加可能であるためと考えられる。
【0069】
なお置換溶媒の添加に電動ピペッターを用いても、添加速度が1.5mL/sでは高いがん細胞検出率は維持(70%以上)できるものの偽陽性数は増大(30個以上)し、添加速度が10mL/sでは偽陽性数は低減(10個未満)できるもののがん細胞検出率は低下(60%未満)した(比較例1)。このことから、置換溶媒にキシリトール溶液を使用した場合、添加速度を3.5mL/s以上7.5mL/s以下とすると、高いがん細胞検出率を維持したまま偽陽性数が低減できるため、好ましいといえる。
【0070】
【0071】
比較例2
実施例1(9)から(11)で用いる置換溶媒を280mMスクロース水溶液とし、実施例1(10)および(11)における置換溶媒の添加を電動ピペッターを用いて添加速度0.5mL/sまたは5mL/sで添加した他は、実施例1と同様な方法でがん細胞検出率と偽陽性数を算出した。
【0072】
実施例3
実施例1(10)および(11)において置換溶媒の添加速度を1.5mL/sとした他は、比較例2と同様な方法でがん細胞検出率と偽陽性数を算出した。
【0073】
比較例2および実施例3における、がん細胞検出率と偽陽性数の結果をまとめて表3に示す。置換溶媒の添加速度を0.5mL/sとすると高いがん細胞検出率は維持できる(70%以上)ものの、偽陽性数が増大(30個以上)し、5mL/sとすると偽陽性数は低減(10個未満)できるものの、がん細胞検出率が低下(60%未満)した(比較例3)。一方、添加速度を1.5mL/sとすると、高いがん細胞検出率(70%以上)を維持しながら偽陽性数が低減(10個未満)した(実施例3)。このことから置換溶媒にスクロース溶液を使用した場合、添加速度を1mL/s以上3mL/s以下の添加速度とすると、高いがん細胞検出率を維持したまま偽陽性数が低減できるため、好ましいといえる。
【0074】
【符号の説明】
【0075】
100:細胞保持装置
110:絶縁膜
120:遮光膜
111・121:貫通孔
130:スペーサ
131:導入部
132:排出部
141・142:電極
141a:+極
141b:-極
150:導線
160:交流電源
170:保持部
200:検出部
300:細胞
400:誘電泳動力
500:光