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特許7414000繊維強化樹脂プリプレグ、成形体、繊維強化熱可塑性樹脂プリプレグ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-05
(45)【発行日】2024-01-16
(54)【発明の名称】繊維強化樹脂プリプレグ、成形体、繊維強化熱可塑性樹脂プリプレグ
(51)【国際特許分類】
   C08J 5/04 20060101AFI20240109BHJP
   B29B 11/16 20060101ALI20240109BHJP
   C08L 101/00 20060101ALI20240109BHJP
   C08K 3/04 20060101ALI20240109BHJP
【FI】
C08J5/04 CEZ
B29B11/16
C08L101/00
C08K3/04
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2020527692
(86)(22)【出願日】2019-06-28
(86)【国際出願番号】 JP2019025886
(87)【国際公開番号】W WO2020004638
(87)【国際公開日】2020-01-02
【審査請求日】2022-04-05
(31)【優先権主張番号】P 2018124472
(32)【優先日】2018-06-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100152146
【弁理士】
【氏名又は名称】伏見 俊介
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】林 崇寛
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 直樹
(72)【発明者】
【氏名】蓮池 真保
【審査官】石塚 寛和
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-048437(JP,A)
【文献】特開昭63-080411(JP,A)
【文献】特開2012-246442(JP,A)
【文献】特開2012-220839(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08J 5/04-5/10、5/24
B29B 11/16、15/08-15/14
C08L 1/00-101/14
C08K 3/00-13/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維束とマトリックス樹脂組成物とを含有するプリプレグであって、
前記炭素繊維束の電気化学的測定法(サイクリック・ボルタ・メトリー)により測定されるipa値が0.14μA/cm以上であり、
前記炭素繊維束のストランド弾性率が、250GPa以上であり、
前記マトリックス樹脂組成物が、ポリアリールケトン樹脂を含み、かつ、下記条件1を満足する樹脂組成物である、プリプレグ。
条件1:前記マトリックス樹脂組成物を下記成形条件で固化して得られるフィルムの衝撃強度が12.0kJ/m以上である。前記衝撃強度は、下記衝撃試験で計測される値である。
(成形条件)
前記マトリックス樹脂組成物を押出成形し、延伸倍率が1.1倍となるように延伸し、前記マトリックス樹脂組成物の結晶融解エンタルピーΔHmが10J/g以上の場合は(Tm-125)℃、前記マトリックス樹脂組成物の結晶融解エンタルピーΔHmが10J/g未満の場合は(Tg-30)℃に温調したロールに3秒間接触し、厚さ40~60μmのフィルムを得る。ここでTg、TmはそれぞれISO11357に準拠する示差走査熱量計(DSC)でのガラス転移温度、融点である。
(衝撃試験)
前記フィルムから縦100mm×横100mmの試験片を切り出し、前記試験片をクランプで固定し、温度23℃の条件で、直径1/2インチの撃芯を落下速度3m/秒で前記試験片の中央に落として衝撃を与え、前記試験片が破壊されるときの衝撃吸収エネルギーを計測し、前記フィルム厚さで除することによりフィルムの衝撃強度を得る。
【請求項2】
前記マトリックス樹脂組成物が熱可塑性樹脂組成物である、請求項1に記載のプリプレグ。
【請求項3】
記炭素繊維束を構成する単繊維の表面の平均凹凸度Raが1.0nm以上4.0nm以下である、請求項1または2に記載のプリプレグ。
【請求項4】
前記炭素繊維束の電気化学的測定法(サイクリック・ボルタ・メトリー)により測定されるipa値が0.14μA/cm以上0.20μA/cm以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載のプリプレグ。
【請求項5】
X線光電子分光法により測定される前記炭素繊維束の表面の酸素含有官能基量(O1S/C1S)が0.070以上0.130以下であり、窒素含有官能基量(N1S/C1S)が0.065以上0.100以下である、請求項1~4のいずれか1項に記載のプリプレグ。
【請求項6】
前記炭素繊維束のストランド強度が5600MPa以上であり、かつストランド弾性率が380GPa以下である、請求項1~5のいずれか1項に記載のプリプレグ。
【請求項7】
前記マトリックス樹脂組成物が、下記条件2を満足する、請求項1~6のいずれか1項に記載のプリプレグ。
条件2:前記衝撃強度が12.0kJ/m以上20.0kJ/m以下である。
【請求項8】
記炭素繊維束が一方向に配向している、請求項1~7のいずれか1項に記載のプリプレグ。
【請求項9】
前記マトリックス樹脂組成物が、下記条件3を満足する、請求項1~8のいずれか1項に記載のプリプレグ。
条件3:前記マトリックス樹脂組成物を延伸倍率が1.1倍となるように延伸した厚さ40~60μmのフィルムとしたときの、JIS K7128(C法)に規定される方法で測定されるMD方向とTD方向の前記フィルムの引き裂き強度がともに1200N/mm以上である。
【請求項10】
前記マトリックス樹脂組成物が分岐構造を有するポリアリールケトン樹脂を含有する、請求項1~9のいずれか1項に記載のプリプレグ。
【請求項11】
前記マトリックス樹脂組成物がISO1133に準じて測定されたメルトボリュームレート(MVR;設定温度:380℃、荷重:5kg)が1~80cm/10分であるポリアリールケトン樹脂からなる、請求項1~10のいずれか1項に記載のプリプレグ。
【請求項12】
前記マトリックス樹脂組成物がポリアリールケトン樹脂として下記式(4)で表される構造単位を有するポリエーテルエーテルケトン樹脂を含む、請求項1~11のいずれか1項に記載のプリプレグ。
【化1】
【請求項13】
請求項1~12のいずれか1項に記載のプリプレグを含む成形材料が成形された成形体。
【請求項14】
炭素繊維束とポリエーテルエーテルケトン樹脂組成物とを含有するプリプレグの製造方法であって、
下記衝撃試験における衝撃強度が12.0kJ/m以上であるポリエーテルエーテルケトン樹脂組成物からなるフィルムを、電気化学的測定法(サイクリック・ボルタ・メトリー)により測定されるipa値が0.14μA/cm以上であり、かつ、ストランド弾性率が250GPa以上である炭素繊維束が一方向に配向した炭素繊維基材に重ね、ポリエーテルエーテルケトン樹脂組成物を加熱溶融して含浸させる、プリプレグの製造方法。
(衝撃試験)
前記フィルムから縦100mm×横100mmの試験片を切り出し、前記試験片をクランプで固定し、温度23℃の条件で、直径1/2インチの撃芯を落下速度3m/秒で前記試験片の中央に落として衝撃を与え、前記試験片が破壊されるときの衝撃吸収エネルギーを計測し、前記フィルム厚さで除することによりフィルムの衝撃強度を得る。
【請求項15】
前記炭素繊維束を構成する単繊維の表面の平均凹凸度Raが1.0nm以上4.0nm以下である、請求項14に記載のプリプレグの製造方法。
【請求項16】
前記炭素繊維束の電気化学的測定法(サイクリック・ボルタ・メトリー)により測定されるipa値が0.14μA/cm 以上0.20μA/cm 以下である、請求項14または15に記載のプリプレグの製造方法。
【請求項17】
X線光電子分光法により測定される前記炭素繊維束の表面の酸素含有官能基量(O 1S /C 1S )が0.070以上0.130以下であり、窒素含有官能基量(N 1S /C 1S )が0.065以上0.100以下である、請求項14~16のいずれか1項に記載のプリプレグの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維強化樹脂プリプレグ、成形体、繊維強化熱可塑性樹脂プリプレグに関する。
本願は、2018年6月29日に、日本国に出願された特願2018-124472号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
航空機部品、電気・電子部品等の様々な分野において、炭素繊維基材に熱可塑性樹脂組成物が含浸された繊維強化熱可塑性樹脂プリプレグを用いた成形体が用いられている。例えば、炭素繊維基材にポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂が含浸された繊維強化熱可塑性樹脂プリプレグが提案されている(非特許文献1)。
【0003】
繊維強化熱可塑性樹脂プリプレグの製造方法としては、炭素繊維を一方向に引き揃えたシート状の炭素繊維基材に、熱可塑性樹脂により形成したフィルムを重ね合わせ、加熱溶融して熱可塑性樹脂を含浸させる方法が知られている(特許文献1、2、非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5233130号公報
【文献】特許第5250898号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】A.G.Gibson and J.-A.Manson、Composites Manufacturing、4、1992、223-233.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1、2、非特許文献1のような従来の繊維強化熱可塑性樹脂プリプレグは、比較的薄いシート状であるにもかかわらず十分な衝撃特性が得られにくく、優れた力学特性を有する成形体を得ることが困難であった。
【0007】
本発明は、力学特性に優れた成形体が得られる繊維強化樹脂プリプレグ;力学特性に優れた成形体が得られる繊維強化熱可塑性樹脂プリプレグ;及びこれらを用いた成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、プリプレグを構成する樹脂の衝撃強度と、成形時の成形体の力学特性の関係を見出し、特定の衝撃強度を有する樹脂を用いることにより、成形体の力学特性を上げることができることを見出した。より詳細に説明すると、複合材料の破壊においては、複合する材料同士の界面を起点とする破壊の頻度が高い。繊維強化樹脂プリプレグにおいては、熱可塑性樹脂のような含浸時の粘度が比較的高い樹脂を用いる場合に、炭素繊維基材に樹脂を完全に含浸することが難しい。そのため、炭素繊維と樹脂の界面には、樹脂が炭素繊維表面に濡れ拡がっていない未含浸箇所が点在し、この未含浸箇所が欠陥点として起点になり、界面の破壊が生じると考えられる。本発明者等は、特定の衝撃強度を有する亀裂が伝播しにくい樹脂組成物を用いることで、炭素繊維と樹脂の界面接着性が向上し、力学特性に優れた成形体が得られることを見出した。
加えて、表面の平均凹凸度Raが特定の範囲に制御された炭素繊維を用いることで、炭素繊維へのサイジング剤の付着量を低減でき、それによって成形体の力学特性をさらに向上させることができることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の構成を有する。
[1] 炭素繊維束とマトリックス樹脂組成物とを含有する繊維強化樹脂プリプレグであって、
前記炭素繊維束の電気化学的測定法(サイクリック・ボルタ・メトリー)により測定されるipa値が0.14μA/cm以上であり、
前記マトリックス樹脂組成物が、下記条件1を満足する樹脂組成物である、繊維強化樹脂プリプレグ。
条件1:前記マトリックス樹脂組成物を下記成形条件で固化して得られるフィルムの衝撃強度が12.0kJ/m以上である。前記衝撃強度は、下記衝撃試験で計測される値である。
(成形条件)
前記マトリックス樹脂組成物を押出成形し、延伸倍率が1.1倍となるように延伸し、前記マトリックス樹脂組成物の結晶融解エンタルピーΔHmが10J/g以上の場合は(Tm-125)℃、前記マトリックス樹脂組成物の結晶融解エンタルピーΔHmが10J/g未満の場合は(Tg-30)℃に温調したロールに3秒間接触し、厚さ40~60μmのフィルムを得る。ここでTg、TmはそれぞれISO11357に準拠する示差走査熱量計(DSC)でのガラス転移温度、融点である。
(衝撃試験)
前記フィルムから縦100mm×横100mmの試験片を切り出し、前記試験片をクランプで固定し、温度23℃の条件で、直径1/2インチの撃芯を落下速度3m/秒で前記試験片の中央に落として衝撃を与え、前記試験片が破壊されるときの衝撃吸収エネルギーを計測し、前記フィルム厚さで除することによりフィルムの衝撃強度を得る。
[2] 前記マトリックス樹脂組成物が熱可塑性樹脂組成物である、[1]の繊維強化樹脂プリプレグ。
[3] 前記炭素繊維基材に含まれる炭素繊維束を構成する単繊維の表面の平均凹凸度Raが1.0nm以上4.0nm以下である、[1]または[2]の繊維強化樹脂プリプレグ。
[4] 前記炭素繊維束の電気化学的測定法(サイクリック・ボルタ・メトリー)により測定されるipa値が0.14μA/cm以上0.20μA/cm以下である、[1]~[3]のいずれかの繊維強化樹脂プリプレグ。
[5] X線光電子分光法により測定される前記炭素繊維束の表面の酸素含有官能基量(O1S/C1S)が0.070以上0.130以下であり、窒素含有官能基量(N1S/C1S)が0.065以上0.100以下である、[1]~[4]のいずれかの繊維強化樹脂プリプレグ。
[6] 前記炭素繊維束のストランド強度が5600MPa以上であり、かつストランド弾性率が250GPa以上380GPa以下である、[1]~[5]のいずれかの繊維強化樹脂プリプレグ。
[7] 前記マトリックス樹脂組成物が、下記条件2を満足する、[1]~[6]のいずれかの繊維強化樹脂プリプレグ。
条件2:前記衝撃強度が12.0kJ/m以上20.0kJ/m以下である。
[8] 前記炭素繊維基材が、前記炭素繊維束が一方向に配向した炭素繊維基材である、[1]~[7]のいずれかの繊維強化樹脂プリプレグ。
[9] 前記マトリックス樹脂組成物が、下記条件3を満足する、[1]~[8]のいずれかの繊維強化樹脂プリプレグ。
条件3:前記マトリックス樹脂組成物を延伸倍率が1.1倍となるように延伸した厚さ40~60μmのフィルムとしたときの、JIS K7128(C法)に規定される方法で測定されるMD方向とTD方向の前記フィルムの引き裂き強度がともに1200N/mm以上である。
[10] 前記マトリックス樹脂組成物が分岐構造を有するポリアリールケトン樹脂を含有する、[1]~[9]のいずれかの繊維強化樹脂プリプレグ。
[11] 前記マトリックス樹脂組成物がISO1133に準じて測定されたメルトボリュームレート(MVR;設定温度:380℃、荷重:5kg)が1~80cm/10分であるポリアリールケトン樹脂を含有する、[1]~[10]のいずれかの繊維強化樹脂プリプレグ。
[12] 前記マトリックス樹脂組成物がポリアリールケトン樹脂を含有し、下記式(4)で表される構造単位を有するポリエーテルエーテルケトン樹脂を含む、[1]~[11]のいずれかの繊維強化樹脂プリプレグ。
【化1】
[13] [1]~[12]のいずれかの繊維強化熱可塑性樹脂プリプレグを含む成形材料が成形された成形体。
[14] 炭素繊維束とマトリックス樹脂組成物とを含有する繊維強化樹脂プリプレグであって、
前記炭素繊維束の電気化学的測定法(サイクリック・ボルタ・メトリー)により測定されるipa値が0.14μA/cm以上であり、
前記マトリックス樹脂組成物が、下記条件4を満足する樹脂組成物である、繊維強化樹脂プリプレグ。
条件4:前記マトリックス樹脂組成物を下記成形条件で固化して得られるフィルムの衝撃強度が15.2kJ/m以上である。前記衝撃強度は、下記衝撃試験で計測される値である。
(成形条件)
前記マトリックス樹脂組成物を押出成形し、延伸倍率が1.1倍となるように延伸し、前記マトリックス樹脂組成物の結晶融解エンタルピーΔHmが10J/g以上の場合は(Tm-125)℃、前記マトリックス樹脂組成物の結晶融解エンタルピーΔHmが10J/g未満の場合は(Tg-30)℃に温調したロールに3秒間接触し、厚さ40~60μmのフィルムを得る。ここでTg、TmはそれぞれISO11357に準拠する示差走査熱量計(DSC)でのガラス転移温度、融点である。
(衝撃試験)
前記フィルムから縦100mm×横100mmの試験片を切り出し、前記試験片をクランプで固定し、温度23℃の条件で、直径1/2インチの撃芯を落下速度3m/秒で前記試験片の中央に落として衝撃を与え、前記試験片が破壊されるときの衝撃吸収エネルギーを計測し、前記フィルム厚さで除することによりフィルムの衝撃強度を得る。
[15] 炭素繊維基材にマトリックス樹脂組成物が含浸され、
前記炭素繊維基材に含まれる炭素繊維束を構成する単繊維の表面の平均凹凸度Raが1.0~4.0nmであり、
前記炭素繊維束の電気化学的測定法(サイクリック・ボルタ・メトリー)により測定されるipa値が0.14~0.20μA/cmであり、
前記マトリックス樹脂組成物が、下記衝撃試験で計測される衝撃吸収エネルギーが0.7J以上の熱可塑性樹脂組成物である、繊維強化熱可塑性樹脂プリプレグ。
(衝撃試験)
前記マトリックス樹脂組成物を用いて形成した厚さ100μmのフィルムから縦100mm×横100mmの試験片を切り出し、前記試験片をクランプで固定し、温度23℃の条件で、直径1/2インチの撃芯を落下速度3m/秒で前記試験片の中央に落として衝撃を与え、前記試験片が破壊されるときの衝撃吸収エネルギーを計測する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、力学特性に優れた成形体が得られる繊維強化樹脂プリプレグ;力学特性に優れた成形体が得られる繊維強化熱可塑性樹脂プリプレグ;及びこれらを用いた成形体を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書において、数値範囲を示す「~」は、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含むことを意味する。
【0012】
[繊維強化樹脂プリプレグ]
本発明の繊維強化樹脂プリプレグ(以下、「本プリプレグ」とも記す。)は、強化繊維基材にマトリックス樹脂組成物が含浸されたシート状の繊維強化複合成形材料である。本プリプレグは、後述するように、特定の炭素繊維束と特定のマトリックス樹脂組成物とを組み合わせたものである。
【0013】
(炭素繊維基材)
炭素繊維基材の形態は、特に限定されず、炭素繊維束が一方向に配向した繊維形態、平織、綾織、朱子織等の繊維形態が適している。なかでも、炭素繊維束が一方向に配向した繊維形態の炭素繊維基材が好ましい。
炭素繊維基材の厚さは、成形時の残留応力の点から、0.015~0.7mmが好ましく、0.04~0.4mmがより好ましい。
【0014】
炭素繊維としては、特に限定されず、ポリアクリロニトリル(PAN)系、石油・石炭ピッチ系、レーヨン系、リグニン系等が挙げられる。
炭素繊維束Aとしては、工業的規模における生産性及び力学特性に優れる点から、12,000~60,000本のPAN系炭素繊維からなるトウが好ましい。
【0015】
炭素繊維基材は、後述の炭素繊維aで構成される炭素繊維束(以下、「炭素繊維束A」とも記す。)を含むシート状の基材が好ましい。
本プリプレグの炭素繊維基材は、本発明の効果を損なわない範囲であれば、炭素繊維a以外の強化繊維を含んでもよい。炭素繊維a以外の強化繊維としては、例えば、ガラス繊維、金属繊維、有機繊維のいずれかの強化繊維を用いることができる。
本プリプレグの炭素繊維基材中の炭素繊維aの割合は、強化繊維の総質量に対して、80質量%以上が好ましく、90質量%以上がより好ましく、95質量%以上がさらに好ましく、100質量%が特に好ましい。
【0016】
(炭素繊維a)
炭素繊維束Aを構成する炭素繊維a(単繊維)の表面の平均凹凸度Raは、1.0~4.0nmが好ましく、1.0~3.0nmがより好ましい。
Raが前記範囲の下限値以上であれば、マトリックス樹脂組成物の含浸性が十分となる。より詳細に説明すると、炭素繊維の表面平滑性が高いことで、サイジング剤の量を低減でき、炭素繊維同士の密着性が低下するため、炭素繊維束内で炭素繊維がばらけやすくなる。そのため、マトリックス樹脂組成物として、高温下でも比較的粘度が高い熱可塑性樹脂組成物を含浸する場合でも、炭素繊維表面への樹脂の濡れ拡がりが容易になる。これにより、炭素繊維表面において樹脂が接していない部分を低減できるため、炭素繊維と樹脂との界面接着性が高い成形体を製造できる。
また、炭素繊維の凸部は、構造的に破壊靱性が低く、また炭素繊維と樹脂の界面において応力が集中しやすいため、比較的小さな負荷でも破壊起点となって界面破壊が進行しやすい。しかし、Raが前記範囲の上限値以下であれば、炭素繊維の凸部を起点とする界面破壊の進行を抑制しやすい。
【0017】
単繊維である炭素繊維の表面の平均凹凸度Raは、以下の方法で測定される。
炭素繊維束を構成する炭素繊維を数本取り出して試料台上に載せ、炭素繊維の両端を固定し、さらに周囲にドータイトを塗って測定試料とする。
原子間力顕微鏡により、AFMモードにて、測定試料の炭素繊維の表面における繊維軸方向に対して垂直方向(周方向)の600nmの範囲を、繊維軸方向に長さ600nmにわたって少しずつカンチレバーをずらしながら繰り返し走査する。得られた測定画像に対し、二次元フーリエ変換にて低周波成分をカットした後、逆変換を行い、炭素繊維の曲率を除去した断面の平面画像を得る。得られた平面画像の0.6μm×0.6μmの領域において下記式(1)からRaを算出する。
【0018】
【数1】
【0019】
ただし、前記式(1)中の略号は以下の意味を示す。
f(x,y):実表面と中央面との高低差。
Lx、Ly:XY平面の大きさ。
なお、「中央面」とは、実表面との高さの偏差が最小となる平面に平行で、かつ実表面を等しい体積で2分割する平面である。
【0020】
炭素繊維aの表面凹凸の最高部と最低部の高低差(Rp-v)は、5~30nmが好ましく、5~25nmがより好ましい。高低差(Rp-v)が前記範囲内であれば、マトリックス樹脂組成物の含浸性が十分となり、炭素繊維と樹脂との界面を起点とする破壊を抑制しやすい。
なお、高低差(Rp-v)は、Raの測定における炭素繊維の曲率を除去した断面の平面画像の0.6μm×0.6μmの範囲での最高部と最低部の高低差を読み取ることで求められる。
【0021】
炭素繊維の繊維軸方向に垂直な断面の形状が真円に近いほど、繊維表面近傍の構造均一性に優れ、炭素繊維と樹脂の界面での応力集中を低減でき、炭素繊維と樹脂の接着が強固になる。この点から、炭素繊維aの長径と短径との比(長径/短径)は、1.00~1.01が好ましく、1.00~1.005がより好ましい。
【0022】
単繊維である炭素繊維における前記比(長径/短径)は、以下の方法で測定される。
内径1mmのチューブ内に測定用の炭素繊維束を通して輪切りにして試料する。次いで、前記試料を繊維断面が上を向くようにしてSEM試料台に接着し、さらにAuを10nmの厚さにスパッタリングする。走査型電子顕微鏡により、加速電圧7.00kV、作動距離31mmの条件で繊維断面を観察し、長径及び短径を測定して比(長径/短径)を算出する。
【0023】
炭素繊維aの単位長さ当たりの質量は、0.030~0.055mg/mが好ましい。炭素繊維の単位長さ当たりの質量が前記範囲内であれば、炭素繊維の繊維径が小さく、炭素繊維の製造時の焼成工程で生じる断面方向の構造不均一性が低減されやすい。
【0024】
(炭素繊維束A)
炭素繊維束Aのストランド強度は、5600MPa以上が好ましく、5700MPa以上がより好ましく、5800MPa以上がさらに好ましい。炭素繊維束Aのストランド強度が前記下限値以上であれば、優れた力学特性を有する成形体を製造できる。
【0025】
炭素繊維束Aのストランド弾性率は、250~380GPaが好ましく、280~350GPaがより好ましい。炭素繊維束のストランド弾性率が前記範囲の下限値以上であれば、十分な機械物性が発現しやすい。炭素繊維束のストランド弾性率が前記範囲の上限値以下であれば、炭素繊維の表面及び内部の黒鉛結晶サイズが小さくなり、繊維断面方向の強度及び繊維軸方向の圧縮強度の低下が抑制されやすい。これにより、引張と圧縮の性能のバランスに優れた成形体が得られやすくなる。さらに、炭素繊維の表面の黒鉛結晶サイズの拡大による不活性化が抑制され、樹脂との接着性が向上するため、成形体の力学特性が向上する。
【0026】
炭素繊維束のストランド強度及びストランド弾性率は、ASTM D4018に準拠した方法で測定される。
【0027】
ストランド弾性率が250GPa以上の炭素繊維束は、比較的高温での炭素化処理が施されて製造される。金属等の不純物は、1000℃を超える温度では、炭素と反応したり、溶融が生じたりして、炭素繊維に欠陥点を形成する要因となることがある。処理温度が高温なほど炭素繊維における欠陥点の形成が顕著になり、当該炭素繊維を用いた成形体の力学特性が低下する傾向がある。
そのため、力学特性に優れた成形体を製造しやすい点から、炭素繊維束A中の金属成分の含有量が50ppm以下であることが好ましい。金属成分としては、アルカリ金属、アルカリ土類金属、亜鉛、鉄、アルミニウム等の金属が挙げられる。
【0028】
炭素繊維束中の金属成分の含有量は、以下の方法で測定される。
炭素繊維束5gを白金るつぼに秤量して煙の発生がなくなるまでホットプレートで加熱し(予備加熱処理)、さらにマッフル炉にて600℃で炭素繊維束を灰化する(灰化処理)。灰化後、ホットプレートで加熱しながら、るつぼに濃塩酸:純水(質量比)=1:1の塩酸水溶液2mLを加えて灰化物を溶解し、さらに加熱して灰化物の溶解液を乾固寸前まで濃縮する(溶解濃縮処理)。この濃縮物を0.1mol/L塩酸水溶液で溶解し、10mLに定容したものを測定用試料とする(試料化処理)。測定用試料を用い、ICP発光分析法により各金属量を測定し、金属成分の含有量を算出する。
【0029】
炭素繊維束を製造する際には、一般に、耐炎化処理の前にシリコーンオイルを含有する油剤が前駆体繊維束に付着される。シリコーンオイルは耐熱性に優れ、また優れた離型性を付与できるため、フィラメント径が小さいフィラメントが多数集合したマルチフィラメント束を200℃以上の高温で数十分から数時間処理する際の油剤に最適である。また、耐炎化処理後に実施される炭素化処理では、シリコーンオイルの大部分は分解、飛散するため、炭素繊維束に残存するシリコーン化合物量は非常に少なくなる。しかし、炭素繊維の表層近傍にシリコーン化合物が残存すると、欠陥点が形成される要因となる。
炭素繊維の欠陥点を低減でき、炭素繊維と樹脂との界面接着性に優れ、力学特性に優れた成形体が得られやすい点では、炭素繊維束A中のSi量は、270ppm以下が好ましく、200ppm以下がより好ましい。
【0030】
炭素繊維束中のSi量は、以下の方法で測定される。
炭素繊維束試料を風袋既知の白金るつぼに入れ、マッフル炉にて600~700℃で灰化し、その質量を測定して灰分を求める。次いで、炭酸ナトリウムを規定量加え、バーナーで溶融し、DI水で溶解しながら50mLポリメスフラスコで定容して、ICP発光分析法によりSiの定量を行う。
【0031】
炭素繊維束Aの結節強度は、760N/mm以上が好ましく、800N/mm以上がより好ましく、850N/mm以上がさらに好ましい。
炭素繊維束の結節強度とは、炭素繊維束を結節したものの引張破断応力を、当該炭素繊維束の断面積で除した値である。炭素繊維束の断面積は、炭素繊維束の単位長さ当たりの質量と密度から求められる。結節強度は、炭素繊維束の繊維軸方向以外の力学特性を反映する指標となりうるものであり、特に繊維軸方向に対して垂直な方向の特性を簡易的に判断できる。
プリプレグを用いた成形体(複合材料)においては、プリプレグを擬似等方に積層することが多く、複雑な応力場が形成される。その際、繊維軸方向の引張、圧縮応力の他に、繊維軸方向と異なる方向の応力も発生している。さらに、衝撃試験のような比較的高速なひずみを付与した場合、材料内部に発生する応力の状態はかなり複雑であり、繊維軸方向と異なる方向の強度が重要となる。炭素繊維束の結節強度が前記下限値以上であれば、プリプレグを擬似等方に積層して得た成形体においても十分な力学特性が発現しやすい。
【0032】
炭素繊維束の結節強度は、以下の方法で測定される。
繊維長150mmの撚り無しの炭素繊維束の両端に、長さ25mmの掴み部を取り付けて試験体とする。前記試験体の作製の際、0.1×10-3N/デニールの荷重を掛けて炭素繊維束の形態を整える。前記試験体の中央部に結び目を1つ形成し、引張時のクロスヘッド速度を100mm/分として引張試験を実施し、引張破断応力を測定する。試験は12本の試験体について実施し、引張破断応力の最小値と最大値を取り除き、10本の試験体についての測定値の平均を引張破断応力とする。求めた引張破断応力を炭素繊維束の断面積で除して結節強度を算出する。
【0033】
炭素繊維束の密度は、JISR7603に記載されたC法(密度こう配管法)に従って測定する。密度こう配管法は、直線的な密度こう配をもつ液管中における試験片の平衡位置を読み取る方法である。
【0034】
炭素繊維束Aの表面におけるipa値は、0.14μA/cm以上が好ましく、含浸性の観点から0.16μA/cm以上がより好ましい。炭素繊維束Aの表面おけるipa値は、0.20μA/cm以下が好ましく、強度の観点から、0.19μA/cm以下がより好ましい。
ipa値は、炭素繊維束の酸素含有官能基量と、電気二重層の形成に関与する表面凹凸度Raと、微細構造の影響を受ける。特に表層のエッチングを大きく受けた炭素繊維や、アニオンが黒鉛結晶に層間に入り込んだ層間化合物を形成している炭素繊維の場合に、ipa値が大きくなる。優れた力学特性を発現する成形体において、炭素繊維と樹脂との界面は重要であり、特に適量の酸素含有官能基の存在と、小さな電気二重層を形成するような表面を有する炭素繊維が最適な界面を形成する。
ipa値が前記範囲の下限値以上であれば、酸素含有官能基量が十分となり、炭素繊維と樹脂との界面接着性が向上する。ipa値が前記範囲の上限値以下であれば、炭素繊維の表面のエッチングが適度であり、また層間化合物の形成が抑制されるため、炭素繊維の表面が脆弱になることが抑制され、炭素繊維と樹脂との界面接着性が向上する。しかし、炭素繊維のipa値が前記下限値以上であっても、衝撃強度が低い樹脂の場合、複合材料中の樹脂を起点とした破壊が発生しやすく炭素繊維と樹脂との界面接着性を十分に活かすことができない。つまり、界面接着性が高い炭素繊維に衝撃強度が高い樹脂を組み合わせると、界面接着性を十分に活かした高い強度の複合材料を得ることができる。
【0035】
炭素繊維束のipaは、以下の電気化学的測定法(サイクリック・ボルタ・メトリー)で測定される。
5質量%りん酸水溶液(pH3)を窒素でバブリングさせ、溶存酸素の影響を除いて電解液とする。繊維長40mmの複数のフィラメントの炭素繊維束を試料とし、前記炭素繊維束を一方の電極、充分な表面積を有する白金電極を対極、Ag/AgCl電極を参照電極として電解液に浸漬する。炭素繊維電極と白金電極の間にかける電位の走査範囲を-0.2V~+0.8V、走査速度を20.0mV/秒とし、X-Yレコーダーにより電流-電圧曲線を描く。3回以上掃引させて曲線が安定した段階で、参照電極に対して+0.4Vでの電位を基準電位として電流値Iを読み取り、下記式(2)、(3)に従ってipa値を算出する。
【0036】
【数2】
【0037】
ただし、前記式(2)、(3)中の略号は、以下の意味を示す。
A:試料である炭素繊維束の表面積(cm)。
K:試料である炭素繊維束のフィラメント数(本)。
M:試料である炭素繊維束の糸目付け(g/m)。
σ:試料である炭素繊維束の密度(g/cm)。
炭素繊維束の表面積は、炭素繊維束の繊維長と密度と糸目付けから算出した見掛けの表面積を使用できる。
【0038】
本発明では、炭素繊維束Aの表面の酸素含有官能基量(O1S/C1S)が0.070~0.130であり、窒素含有官能基量(N1S/C1S)が0.065~0.100であることが好ましく、O1S/C1Sが0.080~0.110であり、N1S/C1Sが0.070~0.085であることがより好ましい。O1S/C1S及びN1S/C1Sが前記範囲の下限値以上であれば、表面の官能基量が十分となり、炭素繊維と樹脂との界面接着性が向上する。O1S/C1S及びN1S/C1Sが前記範囲の上限値以下であれば、表面の酸化処理が過剰になりすぎず、炭素繊維表面に脆弱層が形成されにくいため、炭素繊維と樹脂との界面接着性が向上する。
【0039】
炭素繊維束の表面の酸素含有官能基量(O1S/C1S)と窒素含有官能基量(N1S/C1S)は、X線光電子分光法により測定される。
炭素繊維束をサンプル台に載せて固定した状態で常法により測定を行い、酸素濃度が538eV~524eVの範囲と、窒素濃度が393eV~407eVの範囲を積分してO1Sピーク面積及びN1Sピーク面積を求め、C1Sピーク面積に対する割合としてO1S/C1SとN1S/C1Sを算出する。
【0040】
炭素繊維束Aにおけるサイジング剤の付着量は、プリプレグを成形した際の成形体の力学特性の点から、炭素繊維束とサイジング剤の合計質量に対して、0.02~0.50質量%が好ましく、0.02~0.20質量%がより好ましい。サイジング剤の付着量が前記範囲の下限値以上であれば、炭素繊維が十分に収束し、プリプレグ製造時に毛羽が発生しにくいため、力学特性に優れた成形体が得られやすい。サイジング剤の付着量が前記範囲の上限値以下であれば、マトリックス樹脂組成物が炭素繊維基材に含浸しやすくなるため、力学特性に優れた成形体が得られやすい。
【0041】
(炭素繊維束Aの製造法)
炭素繊維束Aの製造方法は、特に限定されず、例えば、以下の工程(a)~(g)を有する方法が挙げられる。
(a)紡糸原液を紡糸して凝固させ、凝固糸を得る。
(b)凝固糸に対して洗浄及び延伸を行い、工程繊維束を得る。
(c)工程繊維束に油剤を付着させ、乾燥緻密化してアクリル前駆体繊維束を得る。
(d)アクリル前駆体繊維束を耐炎化処理し、耐炎化繊維束を得る。
(e)耐炎化繊維束を炭素化処理し、炭素繊維束を得る。
(f)炭素繊維束に表面酸化処理を施す。
(g)表面酸化処理後の炭素繊維束にサイジング剤を付着させる。
【0042】
工程(a)で用いる紡糸原液は、炭素繊維の原料を有機溶剤に溶解することで得られる。
炭素繊維の原料としては、特に限定されず、力学特性の発現の点から、アクリロニトリル系重合体が好ましい。アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルに由来する繰り返し単位を96質量%以上有する重合体であり、アクリロニトリルに由来する繰り返し単位を97質量%以上有する重合体が好ましい。
【0043】
アクリロニトリル系重合体が共重合体の場合、アクリロニトリル以外の共重合成分としては、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、アクリル酸メチル、メタクリル酸メチル等のアクリル酸誘導体、アクリルアミド、メタクリルアミド、N-メチロ-ルアクリルアミド、N、N-ジメチルアクリルアミド等のアクリルアミド誘導体、酢酸ビニル等が挙げられる。共重合成分は、1種であってもよく、2種以上であってもよい。共重合成分としては、1個以上のカルボキシル基有する単量体が好ましい。
【0044】
アクリロニトリル系重合体を製造する際の重合方法は、特に限定されず、例えば、水溶液におけるレドックス重合、不均一系における懸濁重合、分散剤を使用した乳化重合等が挙げられる。
紡糸原液に用いる有機溶剤としては、例えば、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド等が挙げられる。これらの有機溶剤は、金属成分を含まないため、得られる炭素繊維束の金属成分の含有量を下げることができる。
紡糸原液の固形分濃度は、20質量%以上が好ましい。
【0045】
紡糸方法は、湿式紡糸、乾湿紡糸のいずれでもよい。
例えば、乾湿式紡糸では、吐出孔が多数配置された紡糸口金から紡糸原液を一旦空気中に紡出した後、調温した凝固液中に浸漬して凝固させ、形成された多数のフィラメントを纏めて凝固糸として引き取る。
凝固液は、有機溶剤と水の混合溶液であり、公知のものを使用できる。
【0046】
工程(b)では、工程(a)で得た凝固糸に対して洗浄及び延伸を行い、工程繊維束とする。
洗浄方法は、凝固糸から溶剤を除去できる方法であればよく、公知の方法を採用できる。
【0047】
凝固糸を洗浄する前に、凝固液よりも溶剤濃度が低く、温度の高い延伸液が収容された延伸槽にて凝固糸を延伸することにより、緻密なフィブリル構造を形成させることができる。
【0048】
延伸液の溶剤濃度は、安定な延伸性を確保しやすい点から、30~80質量%が好ましく、30~78質量%がより好ましい。
延伸液の温度は、40~92℃が好ましい。延伸液の温度が前記範囲の下限値以上であれば、延伸性を確保しやすく、均一なフィブリル構造を形成させやすい。延伸液の温度が前記範囲の上限値以下であれば、熱による可塑化作用が大きくなりすぎず、糸条表面での脱溶剤が急速に進みにくくなり、延伸が均一になるため、後工程で得られるアクリル前駆体繊維束の品質が向上する。
【0049】
延伸槽での延伸倍率は、2~4倍が好ましい。延伸槽での延伸倍率が前記範囲の下限値以上であれば、所望のフィブリル構造を形成させやすい。延伸槽での延伸倍率が前記範囲の上限値以下であれば、フィブリル構造自体の破断が生じにくく、後工程で得られるアクリル前駆体繊維束の構造形態が疎になることを抑制しやすい。
【0050】
また、凝固糸の洗浄後に、溶剤分の無い膨潤状態にある工程繊維束を熱水中で延伸することで繊維の配向をさらに高めることができ、また若干の緩和を入れることで延伸の歪みを取ることもできる。
熱水の温度は、75~98℃が好ましい。
熱水中での延伸倍率は、1.1~2.0倍が好ましい。
【0051】
工程(c)では、工程(b)で得た工程繊維束に油剤を付着させ、乾燥緻密化してアクリル前駆体繊維束とする。
油剤としては、公知のものを使用でき、例えば、シリコーンオイル等のシリコーン系化合物からなる油剤が挙げられる。
工程繊維束への油剤の付着量は、工程繊維束と油剤の総質量に対して、0.8~1.6質量%が好ましい。
【0052】
乾燥緻密化は、油剤が付着した工程繊維束を公知の乾燥法で乾燥することにより緻密化させればよく、特に制限はない。乾燥緻密化における乾燥としては、油剤が付着した工程繊維束を複数の加熱ロールに接触させつつ通過させる方法が好ましい。
【0053】
乾燥緻密化後のアクリル前駆体繊維束は、必要に応じて、130~200℃の加圧スチームや乾熱熱媒中、あるいは加熱ロール間や加熱板上で、1.8~6.0倍延伸し、さらなる配向の向上と緻密化を行ってもよい。
【0054】
工程(d)では、工程(c)で得たアクリル前駆体繊維束を耐炎化処理し、耐炎化繊維束とする。
耐炎化処理としては、例えば、220~260℃の熱風循環型の耐炎化炉に、通過時間が30~100分間となるようにアクリル前駆体繊維束を通過させる方法が挙げられる。
耐炎化反応には、熱による環化反応と、酸素による酸化反応とがあり、この2つの反応をバランスさせること重要である。この2つの反応をバランスさせるためには、耐炎化処理時間は、30~110分が好ましく、40~100分がより好ましい。耐炎化処理時間が前記範囲の下限値以上であれば、単繊維の内側に酸化反応が生じていない部分が残存しにくいため、単繊維の断面方向に構造斑が生じにくい。そのため、均一な構造で力学特性に優れた炭素繊維束が得られやすい。耐炎化処理時間が前記範囲の上限値以下であれば、単繊維の表面に近い部分に存在する酸素量を低減でき、その後の高温での熱処理で過剰の酸素が消失して欠陥点が形成されることが抑制されるため、高強度な炭素繊維束が得られやすい。
【0055】
耐炎化処理においては、必要に応じて伸長操作を施す。耐炎化処理における適度な伸長を行うことで、繊維を形成しているフィブリル構造の配向を維持したり、向上させたりすることができ、力学特性に優れた炭素繊維束が得られやすい。
耐炎化処理における伸長率は、6%以下が好ましく、-10~3%がより好ましい。伸長率が前記範囲の下限値以上であれば、繊維を形成しているフィブリル構造の配向の維持や向上が容易になる。伸長率が前記範囲の上限値以下であれば、フィブリル構造自体の破断が生じにくく、その後の炭素繊維の構造形成を損ないにくいため、高強度な炭素繊維束が得られやすい。
【0056】
耐炎化処理後の耐炎化繊維束の密度は、1.335~1.370g/cmが好ましく、1.340~1.360g/cmがより好ましい。耐炎化繊維束の密度が前記範囲の下限値以上であれば、その後の高温での熱処理により分解反応が生じて欠陥点が形成されることを抑制できるため、高強度な炭素繊維束が得られやすい。耐炎化繊維束の密度が前記範囲の上限値以下であれば、繊維の酸素含有量を低減でき、その後の高温での熱処理で過剰の酸素が消失して欠陥点が形成されることが抑制されるため、高強度な炭素繊維束が得られやすい。
【0057】
工程(e)では、工程(d)で得た耐炎化繊維束を炭素化処理し、炭素繊維束を得る。
炭素化処理としては、例えば、窒素等の不活性雰囲気にて300℃から800℃の温度勾配の炭素化炉で加熱処理する第一炭素化処理と、窒素等の不活性雰囲気にて1000℃から1600℃の温度勾配の炭素化炉で加熱処理する第二炭素化処理とを含む処理が挙げられる。
【0058】
第一炭素化処理における温度勾配は、300から800℃の直線的な勾配が好ましく、300から750℃の直線的な勾配がより好ましい。耐炎化工程の温度を考慮すると、第一炭素化処理の開始温度は300℃以上が好ましい。第一炭素化処理の最高温度が800℃以下であれば、工程糸が脆くなることを抑制しやすい。なお、温度勾配は、直線的な勾配でなくてもよい。
【0059】
第一炭素化処理の処理時間は、1.0~3.0分が好ましい。第一炭素化処理の処理時間が前記下限値以上であれば、急激な温度上昇に伴う分解反応が生じにくく、高強度な炭素繊維束が得られやすい。第一炭素化処理の処理時間が前記上限値以下であれば、工程前期の可塑化の影響が発生しにくく、結晶の配向度の低下が抑制されるため、力学特性に優れた炭素繊維束が得られやすい。
【0060】
第一炭素化処理においては、フィブリル構造の配向を維持させやすい点から、伸長操作を行うことが好ましい。
第一炭素化処理における伸長率は、2~7%が好ましく、3~5%がより好ましい。第一炭素化処理における伸長率が前記範囲の下限値以上であれば、フィブリル構造の配向を維持しやすいため、力学特性に優れた炭素繊維束が得られやすい。第一炭素化処理における伸長率が前記範囲の上限値以下であれば、フィブリル構造自体の破断が生じにくく、その後の炭素繊維の構造形成を損ないにくいため、高強度な炭素繊維束が得られやすい。
【0061】
第二炭素化処理における温度勾配は、1000℃から1600℃の直線的な勾配が好ましく、1050℃から1600℃の直線的な勾配がより好ましい。なお、第二炭素化処理における温度勾配は、直線的な勾配でなくてもよい。
第二炭素化処理における温度は、炭素繊維束に求められる所望のストランド弾性率に応じて設定できる。力学特性に優れた炭素繊維を得るためには、第二炭素化処理の最高温度は低い方が好ましい。第二炭素化処理における最高温度を低くし、処理時間を長くすることにより、ストランド弾性率が高い炭素繊維束が得られやすくなる。また、処理時間を長くなれば、温度勾配が緩やかにできるため、欠陥点の形成を抑制する効果もある。
第二炭素化処理における処理時間は、1.3~5.0分が好ましい。
【0062】
第二炭素化処理では、工程繊維は大きな収縮を伴うため、ある程度張った状態で熱処理を行うことが好ましい。第二炭素化処理においては、工程繊維を伸長させずに直線状にした状態における任意の2点間の距離に対し、その2点間の距離が0~6%の範囲で短くなる程度に工程繊維を張った状態にすることが好ましい。これよりも工程繊維を緩めると、繊維軸方向での結晶の配向が悪化する。また、第二炭素化処理において工程繊維を伸長させると、これまでに形成されてきた構造が破壊されて欠陥点が形成されやすく、得られる炭素繊維束の強度が低下する。
【0063】
第二炭素化処理後は、必要に応じて、追加で所望の温度勾配を有する第三炭素化処理を行ってもよい。
【0064】
工程(f)では、炭素繊維束に表面酸化処理を施す。
表面酸化処理方法としては、公知の方法を採用でき、例えば、電解酸化、薬剤酸化、空気酸化等が挙げられる。なかでも、より安定な表面酸化処理が可能な点から、工業的に広く実施されている電解酸化が好ましい。
【0065】
炭素繊維束のipa値を前記した好ましい範囲に調節するには、電解酸化処理を用いて、電気量を調節することが最も簡便である。電解酸化処理では、電気量が同一であっても、電解質の種類や濃度によってもipa値が変化する。
炭素繊維束を電解酸化処理する場合、炭素繊維束のipa値を前記した好ましい範囲に調節するには、pHが7より大きいアルカリ性水溶液中で、炭素繊維束を陽極として10~300クーロン/gの電気量を流して酸化処理を行うことが好ましい。界面接着性向上の観点から、60クーロン/g以上がより好ましく、90クーロン/g以上がさらに好ましい。また、製造安定性の観点から、250クーロン/g以下がより好ましく、150クーロン/g以下がさらに好ましい。
電解質としては、炭酸アンモニウム、重炭酸アンモニウム、水酸化カルシウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムが好ましい。
【0066】
工程(g)では、表面酸化処理後の炭素繊維束にサイジング剤を付着させる。
サイジング剤としては、公知のものを使用できる。サイジング剤を有機溶剤に溶解させた溶液や、乳化剤等で水に分散させたエマルジョン液を、ローラー浸漬法、ローラー接触法等によって炭素繊維束に塗布し、乾燥することでサイジング剤を付着させることができる。
【0067】
炭素繊維束へのサイジング剤の付着量の調節は、前記溶液やエマルジョン液中のサイジング剤の濃度を調節したり、塗布後の絞り量を調節したりすることで行える。
サイジング剤の塗布後の乾燥方法は、特に限定されず、例えば、熱風、熱板、加熱ローラー、各種赤外線ヒーター等を利用して行うことができる。
【0068】
(マトリックス樹脂組成物)
マトリックス樹脂組成物は、下記条件1を満足する樹脂組成物である。
条件1:マトリックス樹脂組成物を下記成形条件で固化して得られるフィルムの衝撃強度が12.0kJ/m以上である。前記衝撃強度は、下記衝撃試験で計測される値である。
(成形条件)
前記マトリックス樹脂組成物を押出成形し、延伸倍率が1.1倍となるように延伸し、前記マトリックス樹脂組成物の結晶融解エンタルピーΔHmが10J/g以上の場合は(Tm-125)℃、前記マトリックス樹脂組成物の結晶融解エンタルピーΔHmが10J/g未満の場合は(Tg-30)℃に温調したロールに3秒間接触し、厚さ40~60μmのフィルムを得る。ここでTg、TmはそれぞれISO11357に準拠する示差走査熱量計(DSC)でのガラス転移温度、融点である。
(衝撃試験)
前記フィルムから縦100mm×横100mmの試験片を切り出し、前記試験片をクランプで固定し、温度23℃の条件で、直径1/2インチの撃芯を落下速度3m/秒で前記試験片の中央に落として衝撃を与え、前記試験片が破壊されるときの衝撃吸収エネルギーを計測し、前記フィルム厚さで除することによりフィルムの衝撃強度を得る。
【0069】
マトリックス樹脂組成物としては、マトリックス樹脂組成物を用いて形成される厚さ100μmのフィルムの衝撃吸収エネルギーが0.7J以上となる樹脂組成物が好ましく、前記衝撃吸収エネルギーが1.0J以上となる樹脂組成物がより好ましい。
また、マトリックス樹脂組成物は、後述のフィルムFについて前記衝撃試験で計測した衝撃強度が12.0kJ/m以上となるマトリックス樹脂組成物が好ましく、前記衝撃強度が15.0kJ/m以上となるマトリックス樹脂組成物がより好ましく、前記衝撃強度が15.2kJ/m以上となるマトリックス樹脂組成物がさらに好ましい。衝撃強度が前記下限値以上となるマトリックス樹脂組成物であれば、炭素繊維と樹脂との界面接着性にさらに優れる。マトリックス樹脂組成物の前記衝撃強度は、30.0kJ/m以下が好ましく、20.0kJ/m以下がより好ましい。
【0070】
すなわち、マトリックス樹脂組成物は、下記条件2を満足することが好ましく、下記条件4を満足することがより好ましい。
条件2:前記衝撃強度が12.0kJ/m以上20.0kJ/m以下である。
条件4:前記衝撃強度が15.2kJ/m以上である。
【0071】
フィルムFは以下の方法で成形する。前記マトリックス樹脂組成物を押出成形し、延伸倍率が1.1倍となるように延伸し、前記マトリックス樹脂組成物の結晶融解エンタルピーΔHmが10J/g以上の場合は(Tm-125)℃、前記マトリックス樹脂組成物の結晶融解エンタルピーΔHmが10J/g未満の場合は(Tg-30)℃に温調したロールに3秒間接触し、厚さ40~60μmのフィルムを得る。ここでTgはガラス転移温度、Tmは融点である。
フィルムFのガラス転移温度Tg、及び融点TmはISO11357に準拠する示差走査熱量計(DSC)で測定することができる。
【0072】
フィルムFの衝撃試験は前記フィルムから縦100mm×横100mmの試験片を切り出し、前記試験片をクランプで固定し、温度23℃の条件で、直径1/2インチの撃芯を落下速度3m/秒で前記試験片の中央に落として衝撃を与え、前記試験片が破壊されるときの衝撃吸収エネルギーを計測し、前記フィルム厚さで除することによりフィルムの衝撃強度を得る。
【0073】
マトリックス樹脂組成物の結晶融解エンタルピーΔHmはISO11357に準拠する示差走査熱量計(DSC)で測定することができる。
【0074】
フィルムFの引裂強度は、JIS K7128(C法)に規定される方法で測定されるMD方向とTD方向の引き裂き強度がともに1200N/mm以上であることが好ましく、2300N/mm以上であることがより好ましい。
【0075】
すなわち、マトリックス樹脂組成物は、下記条件3を満足することが好ましく、下記条件5を満足することがより好ましい。
条件3:マトリックス樹脂組成物を延伸倍率が1.1倍となるように延伸した厚さ40~60μmのフィルムとしたときの、JIS K7128(C法)に規定される方法で測定されるMD方向とTD方向の前記フィルム引き裂き強度がともに1200N/mm以上である。
条件5:マトリックス樹脂組成物を延伸倍率が1.1倍となるように延伸した厚さ40~60μmのフィルムとしたときの、JIS K7128(C法)に規定される方法で測定されるMD方向とTD方向の前記フィルム引き裂き強度がともに2300N/mm以上である。
【0076】
マトリックス樹脂組成物に含まれる樹脂としては熱硬化性樹脂または熱可塑性樹脂を使用できるが、繊維直角方向(90°)曲げ強度の観点、層間破壊靭性の観点から熱可塑性樹脂が好ましい。熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリエーテルサルホン樹脂、ポリアリールケトン樹脂等が挙げられる。この中でも、機械的特性の観点から、ポリアリールケトン樹脂が好ましい。マトリックス樹脂組成物に含まれる樹脂は、1種でもよく、2種以上でもよい。
【0077】
(ポリアリールケトン樹脂)
マトリックス樹脂に含まれるポリアリールケトン樹脂は、その構造単位に芳香核結合、エーテル結合およびケトン結合を含む熱可塑性樹脂であり、その代表例としては、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトンケトン等が挙げられるが、本発明の繊維強化樹脂プリプレグにおいては、下式(4)で表される構造単位を有するポリエーテルエーテルケトンが好適に使用される。靱性の観点からは、ポリアリールケトン樹脂は分岐鎖構造を有するか、ISO1133に準じて測定されたメルトボリュームレート(MVR;設定温度:380℃、荷重:5kg)が1~80cm/10分であることが好ましい。
【0078】
【化2】
【0079】
式(4)で表される構造単位を有するポリエーテルエーテルケトン(100質量%)に占める、式(4)で表される構造単位の割合は、70質量%~100質量%が好ましく、80質量%~100質量%がより好ましく、90質量%~100質量%が特に好ましい。
【0080】
本発明の繊維強化樹脂プリプレグに含まれる前記マトリックス樹脂(100質量%)におけるポリアリールケトン樹脂の含有割合が、75質量%以上であることが好ましく、85質量%以上であることがより好ましい。
【0081】
本発明の繊維強化樹脂プリプレグのマトリックス樹脂に含まれるポリアリールケトン樹脂は結晶融解ピーク温度が260℃以上であることが耐熱性の点から好ましい。
結晶融解ピーク温度は示差走査熱量計(DSC)により測定することができる。
【0082】
本発明の繊維強化樹脂プリプレグのマトリックス樹脂に含まれるポリアリールケトン樹脂は、上記式(4)で表される構造単位を有するポリエーテルエーテルケトン以外のポリアリールケトン樹脂を含んでいてもよい。このようなポリアリールケトン樹脂としては、ポリエーテルケトンケトン樹脂が挙げられる。たとえば、アルケマ社製、「Kepstan(登録商標)7002」等を挙げることができる。
【0083】
本発明の繊維強化樹脂プリプレグのマトリックス樹脂に含まれるポリアリールケトン樹脂としては、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0084】
マトリックス樹脂組成物には、その性質を損なわない程度であれば、熱可塑性樹脂以外の他の成分が含まれていてもよい。
他の成分としては熱安定剤、紫外線吸収剤、光安定剤、核剤、着色剤、滑剤、難燃剤等の無機充填材以外の各種添加剤が挙げられる。他の成分は、1種でもよく、2種以上でもよい。
他の成分の混合方法は、特に限定されず、公知の方法を採用できる。
【0085】
一般的に、熱可塑性樹脂の平均分子量が低く相対的に粘度が低い場合、具体的にはPEEK樹脂組成物であればISO1133で規定されるMVR(380℃、5kg)で10cm/10分以上である樹脂であれば、本プリプレグを製造しやすい。一方、平均分子量が高く相対的に粘度が高い場合、具体的にはPEEK樹脂組成物であれば前記MVRで150cm/10分以下である樹脂では、本プリプレグを用いて得た成形体の特性が優れる。
【0086】
(プリプレグ形態)
本プリプレグの厚さは、成形時の残留応力の点から、0.04~0.7mmが好ましく、0.07~0.4mmがより好ましい。
【0087】
本プリプレグの繊維体積含有率(Vf)は、高弾性及び高強度の点から、20~75体積%が好ましく、40~65体積%がより好ましい。
本プリプレグ中の樹脂の体積含有率(Vr)は、高弾性及び高強度の点から、25~80体積%が好ましく、35~60体積%がより好ましい。
本プリプレグとしては、炭素繊維束が一方向に配向した繊維形態の炭素繊維基材にマトリックス樹脂組成物が含浸されたUDプリプレグが好ましい。
【0088】
本プリプレグは、様々な成形体(複合材料)を製造するための成形材料(中間材料)として用いることができる。用途に応じて、各プリプレグの炭素繊維束の繊維軸方向を様々な角度にして積層した積層体として用いることができる。また、成形性を向上させるため、本プリプレグに切込み加工を施した切込みプリプレグとしたり、長方形もしくは平行四辺形のチョップドストランドとし、前記チョップドストランドを等方的もしくは異方的にランダムに分散させたランダムシートとしたりすることができる。
【0089】
(本プリプレグの製造方法)
本プリプレグの製造方法は、特に限定されない。マトリックス樹脂組成物を用いて形成した樹脂繊維又は樹脂粒子を炭素繊維基材に加え、加熱溶融してマトリックス樹脂組成物を含浸させ、繊維間の空気を除去する方法を用いてもよい。マトリックス樹脂組成物の樹脂繊維を用いる場合、樹脂繊維の繊維径は、5~50μmが好ましい。マトリックス樹脂組成物の樹脂粒子を用いる場合、樹脂粒子の平均粒径は、10~100μmが好ましい。その他に、マトリックス樹脂組成物を用いて形成したフィルムfを炭素繊維基材と重ね、加熱溶融してマトリックス樹脂組成物を含浸させ、繊維間の空気を除去する方法が挙げられる。
【0090】
(プリプレグ用フィルムfの形態)
マトリックス樹脂組成物のフィルムfの厚さは、10~100μmが好ましい。フィルムfは、無延伸フィルムであっても、延伸フィルムであってもよく、二次加工性に優れる点から、無延伸フィルムが好ましい。なお、無延伸フィルムには、延伸倍率が2倍未満であるフィルムを含むものとする。
【0091】
(プリプレグ用フィルムfの製造法)
プリプレグ用フィルムfの製造法は、特に限定されず、公知の方法を採用できる。例えば、マトリックス樹脂組成物に用いる材料を溶融混練した後、フィルム状に押出成形し、冷却する方法が挙げられる。
溶融混練には、単軸又は二軸押出機等の公知の混練機を用いることができる。押出成形は、例えば、Tダイ等の金型を用いることにより行える。
溶融温度は、樹脂の種類や混合比率、添加剤の有無や種類に応じて適宜調整でき、生産性に優れる点から、PEEK樹脂の場合は340~400℃が好ましく、360~390℃がより好ましい。
【0092】
冷却は、例えば、冷却されたキャストロール等の冷却機に接触させる方法が挙げられる。
冷却温度は、溶融温度よりも低温であればよく、結晶性樹脂であるPEEK樹脂の場合は、結晶化させる場合は200~230℃が好ましく、200~220℃がより好ましい。結晶化させない場合は80~160℃が好ましく、100~140℃がより好ましい。結晶化したフィルムはプリプレグ製造時の収縮が小さく、結晶化させないフィルムは生産性に優れ、これらを適宜使用できる。
【0093】
[成形体]
本発明の成形体は、本プリプレグを含む成形材料が成形された成形体である。
本発明の成形体は、本プリプレグのみを用いた成形材料が成形された成形体であることが好ましい。なお、本発明の成形体は、本プリプレグと、本プリプレグ以外の他のプリプレグを用いた成形材料が成形された成形体であってもよい。
【0094】
積層体におけるプリプレグの積層構成は、特に限定されない。本プリプレグを含む積層体としては、例えば、各プリプレグの炭素繊維束の繊維軸方向が揃えられた一方向性材料、各プリプレグの炭素繊維束の繊維軸方向が直交する直交積層材料、各プリプレグの炭素繊維束の繊維軸方向が擬似等方となる擬似等方積層材料が挙げられる。
積層体におけるプリプレグの積層枚数は、プリプレグの厚さと成形体に求められる厚さに応じて適宜設定できる。
【0095】
本発明の成形体の形状及び寸法は、用途に応じて適宜設定できる。
本発明の成形体の製造方法は、特に限定されず、本プリプレグを含む成形材料を、金型プレス法、オートクレーブ法、熱間・冷間プレス法等で成形する方法が挙げられる。プリプレグの積層方法としては、例えば、ロボットを活用した自動積層法等が挙げられる。
【0096】
以上説明したように、本発明においては、繊維束のipa値が特定の範囲の炭素繊維で構成された炭素繊維束と、フィルムFとしたときの衝撃強度が12.0kJ/m以上のマトリックス樹脂組成物を組み合わせた本プリプレグを用いる。このような本プリプレグを用いることで、力学特性に優れた成形体を得ることができる。
【実施例
【0097】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の記載によっては限定されない。
【0098】
(炭素繊維a、炭素繊維束Aの計測法)
[平均凹凸度Ra及び高低差(Rp-v)]
炭素繊維束を構成する炭素繊維を数本取り出して試料台上に載せ、炭素繊維の両端を固定し、さらに周囲にドータイトを塗って測定試料とした。
原子間力顕微鏡としてセイコーインスツルメンツ社製の「SPI3700/SPA-300」)を使用し、シリコンナイトライド製のカンチレバーを使用した。原子間力顕微鏡により、AFMモードにて、測定試料の炭素繊維の表面における繊維軸方向に対して垂直方向(周方向)の600nmの範囲を、繊維軸方向に長さ600nmにわたって少しずつカンチレバーをずらしながら繰り返し走査した。得られた測定画像に対し、二次元フーリエ変換にて低周波成分をカットした後、逆変換を行い、炭素繊維の曲率を除去した断面の平面画像を得た。得られた平面画像の0.6μm×0.6μmの領域において下記式(1)からRaを算出した。
【0099】
【数3】
【0100】
ただし、前記式(1)中の略号は以下の意味を示す。
f(x,y):実表面と中央面との高低差。
Lx、Ly:XY平面の大きさ。
【0101】
また、前記平面画像の0.6μm×0.6μmの範囲での最高部と最低部の高低差を読み取り、高低差(Rp-v)とした。
【0102】
[ipa値]
ipa値の測定は、北斗電工製のサイクリック・ボルタ・メトリー測定器HZ-3000を用いて行った。
5質量%りん酸水溶液(pH3)を窒素でバブリングさせ、溶存酸素の影響を除いて電解液とした。繊維長40mmの12000フィラメントの炭素繊維束を試料とし、前記炭素繊維束を一方の電極、充分な表面積を有する白金電極を対極、Ag/AgCl電極を参照電極として電解液に浸漬した。炭素繊維電極と白金電極の間にかける電位の走査範囲を-0.2V~+0.8V、走査速度を20.0mV/秒とし、X-Yレコーダーにより電流-電圧曲線を描いた。3回以上掃引させて曲線が安定した段階で、参照電極に対して+0.4Vでの電位を基準電位として電流値Iを読み取り、下記式(2)、(3)に従ってipa値を算出した。
【0103】
【数4】
【0104】
ただし、前記式(2)、(3)中の略号は、以下の意味を示す。
A:試料である炭素繊維束の表面積(cm)。
K:試料である炭素繊維束のフィラメント数(本)。
M:試料である炭素繊維束の糸目付け(g/m)。
σ:試料である炭素繊維束の密度(g/cm)。
炭素繊維束の表面積は、炭素繊維束の繊維長と密度と糸目付けから算出した見掛けの表面積を使用した。
【0105】
[酸素含有官能基量(O1S/C1S)及び窒素含有官能基量(N1S/C1S)]
炭素繊維束をサンプル台に載せて固定した状態でX線光電子分光法による測定を行い、酸素濃度が538eV~524eVの範囲と、窒素濃度が393eV~407eVの範囲を積分してO1Sピーク面積及びN1Sピーク面積を求め、C1Sピーク面積に対する割合としてO1S/C1SとN1S/C1Sを算出した。
【0106】
[長径/短径]
内径1mmの塩化ビニル樹脂製のチューブ内に測定用の炭素繊維束を通した後、これをナイフで輪切りにして試料を準備した。次いで、前記試料を繊維断面が上を向くようにしてSEM試料台に接着し、さらにAuを約10nmの厚さにスパッタリングしてから、走査型電子顕微鏡(フィリップス社製、製品名:XL20)により、加速電圧7.00kV、作動距離31mmの条件で繊維断面を観察した。炭素繊維(単繊維)の繊維断面の長径及び短径を測定し、長径/短径での比率を算出した。
【0107】
[ストランド強度及びストランド弾性率]
炭素繊維束のストランド強度及びストランド弾性率は、ASTM D4018に準拠した方法で測定した。
ストランド試験体の調製は、JIS R7601に準拠して作製した。熱硬化エポキシ樹脂の処方及び条件は、付属書Aの表A.1の“1)”を用い、また樹脂含浸装置は、付属書Bの図B.1のAタイプを使用した。
【0108】
[金属成分の含有量]
炭素繊維束5gを白金製るつぼに秤量し、前記白金製るつぼをホットプレートに載置して煙の発生がなくなるまで加熱した。次いで、白金製るつぼをマッフル炉に入れ、600℃で炭素繊維束を灰化した。灰化後、白金製るつぼをホットプレートに載置して加熱しながら、濃塩酸:純水(質量比)=1:1の塩酸水溶液2mLを加えて灰化物を溶解し、さらに加熱して灰化物の溶解液を乾固寸前まで濃縮した。この濃縮物を0.1mol/L塩酸水溶液で溶解し、10mLに定容したものを測定用試料とした。測定用試料を用い、ICP発光分析法により金属成分の含有量を測定した。ICP発光分析には、ICP発光分析装置(サーモエレクトロン社製、IRIS-AP advantage)を用いた。
【0109】
[Si量]
炭素繊維束試料を風袋既知の白金るつぼに入れ、マッフル炉にて600~700℃で炭素繊維束を灰化し、その質量を測定して灰分を求めた。次いで、炭酸ナトリウムを規定量加え、バーナーで溶融し、DI水で溶解しながら50mLポリメスフラスコで定容した後、ICP発光分析法によりSiの定量を行った。ICP発光分析には、ICP発光分析装置(サーモエレクトロン社製、IRIS-AP advantage)を用いた。
【0110】
[密度]
炭素繊維束の密度は、JISR7603に記載されたC法(密度こう配管法)に従って測定した。密度こう配を有する浸漬液は、キシレンと1,2-ジブロモエタンを用いて作製した。
【0111】
[結節強度]
繊維長150mmの撚り無しの炭素繊維束の両端に、長さ25mmの掴み部を取り付けて試験体とした。前記試験体の作製の際、0.1×10-3N/デニールの荷重を掛けて炭素繊維束の形態を整えた。前記試験体の中央部に結び目を1つ形成し、引張時のクロスヘッド速度を100mm/分として引張試験を実施し、引張破断応力を測定した。試験は12本の試験体について実施し、引張破断応力の最小値と最大値を取り除き、10本の試験体についての測定値の平均を引張破断応力とした。求めた引張破断応力を炭素繊維束の断面積で除して結節強度を算出した。炭素繊維束の断面積は、炭素繊維束の単位長さ当たりの質量と密度から求めた。
【0112】
[製造例1]
アクリロニトリルとメタクリル酸を質量比98:2で混合した単量体混合物を重合して得たアクリロニトリル系重合体を、濃度が23.5質量%となるようにジメチルホルムアミドに溶解して紡糸原液を調製した。
直径0.15mmの吐出孔が2000個形成された紡糸口金から前記紡糸原液を一旦空気中に紡出し、約5mmの空間を通過させた後、10℃に調温した79.0質量%ジメチルホルムアミド水溶液(凝固液)中に浸漬して凝固させ、2000本のフィラメントを纏めて凝固糸として引き取った。
【0113】
次いで、空気中で凝固糸を1.1倍延伸した後、60℃の35質量%ジメチルホルムアミド水溶液中で2.5倍延伸した。さらに、凝固糸を清浄な水で洗浄して溶剤を除去した後、95℃の熱水中で1.4倍の延伸を行った。次いで、延伸後の工程繊維束にアミノ変性シリコーンを主成分とする水系繊維油剤を1.1質量%となるよう付与し、乾燥緻密化した。
水系繊維油剤の配合は、アミノ変性シリコーン(信越化学工業社製、KF-865、1級側鎖タイプ、粘度:110cSt(25℃)、アミノ当量:5,000g/mol)85質量%、乳化剤(日光ケミカルズ社製、NIKKOL BL-9EX、POE(9)ラウリルエーテル)15質量%とした。
【0114】
乾燥緻密化後の繊維束を、加熱ロール間で2.6倍延伸して、さらなる配向の向上と緻密化を行った後、巻き取ってアクリル前駆体繊維束を得た。アクリル前駆体繊維束の単繊維繊度は、1.0dtexであった。また、アクリル前駆体繊維束を6本合糸して、12,000本から成るアクリル前駆体繊維束とした。
【0115】
次いで、複数のアクリル前駆体繊維束を並行して搬送しながら耐炎化炉に導入し、220~280℃に加熱された空気をアクリル前駆体繊維束に吹き付けることにより、耐炎化して密度1.345g/cmの耐炎化繊維束を得た。温度勾配は直線的になるように設定した。耐炎化処理における伸長率は6%とし、耐炎化処理時間は70分とした。
次いで、窒素雰囲気中で300~700℃の温度勾配を有する第一炭素化炉に耐炎化繊維束を導入し、4.5%の伸長を加えながら通過させた。温度勾配は直線的になるように設定した。処理時間は2.0分とした。さらに、窒素雰囲気中で1000~1350℃の直線的な温度勾配の第二炭素化炉に導入し、炭素繊維束を得た。第二炭素化炉での伸長率は-4.0%、処理時間は1.5分とした。
【0116】
次いで、炭素繊維束を重炭酸アンモニウム10質量%水溶液中で走行させ、炭素繊維束を陽極として、炭素繊維束1g当たり100クーロンの電気量となるように対極との間で通電処理を行った後、90℃の温水で洗浄して乾燥した。次いで、サイジング剤を含む水分散液を0.2質量%となるように付着させ、炭素繊維束a-1をボビンに巻き取った。
サイジング剤を含む水分散液は、主剤としてジャパンエポキシレジン社製「エピコート828」の80質量部と、乳化剤として旭電化社製「プルロニックF88」の20質量部とを混合し、転相乳化により調製した。
得られた炭素繊維a-1の諸特性と炭素繊維a-1から成る炭素繊維束A-1を後述の計測法による諸特性を表1に示す。平均凹凸度Raが1.9nm、高低差(Rp-v)が13nmと繊維表面が平滑であり、ipa値が0.18μA/cmと高い値を示した。酸素含有官能基量(O1S/C1S)が窒素含有官能基量(N1S/C1S)もそれぞれ、0.09、0.08と高い値を示した。炭素繊維a-1の長径/短径比は1.005であり、密度は1.81g/cm、単繊維繊度は0.048mg/m。炭素繊維束A-1のストランド強度は5800MPa、ストランド弾性率は285GPa、結節強度は800N/mm2、金属成分の含有量は40ppmであり、Si量は200ppmであった。
【0117】
[製造例2]
アクリロニトリルとメタクリル酸を質量比98:2で混合した単量体混合物を重合して得たアクリロニトリル系重合体を、濃度が23.5質量%となるようにジメチルホルムアミドに溶解して紡糸原液を調製した。
直径0.15mmの吐出孔が2000個形成された紡糸口金から前記紡糸原液を一旦空気中に紡出し、約5mmの空間を通過させた後、8℃に調温した79.5質量%ジメチルホルムアミド水溶液(凝固液)中に浸漬して凝固させ、2000本のフィラメントを纏めて凝固糸として引き取った。
【0118】
次いで、空気中で凝固糸を1.1倍延伸した後、80℃の55質量%ジメチルホルムアミド水溶液中で2.9倍延伸した。さらに、凝固糸を清浄な水で洗浄して溶剤を除去した後、95℃の熱水中で0.98倍の延伸を行った。次いで、延伸後の工程繊維束にアミノ変性シリコーンを主成分とする水系繊維油剤を1.1質量%となるよう付与し、乾燥緻密化した。ここで、水系繊維油剤は製造例1と同じものを用いた。
【0119】
乾燥緻密化後の繊維束を、スチームで加熱した延伸設備にて4.0倍延伸して、さらなる配向の向上と緻密化を行った後、巻き取ってアクリル前駆体繊維束を得た。アクリル前駆体繊維束の単繊維繊度は、0.84dtexであった。また、アクリル前駆体繊維束を9本合糸して、18,000本から成るアクリル前駆体繊維束とした。
【0120】
複数のアクリル前駆体繊維束を並行して搬送しながら耐炎化炉に導入し、220~280℃に加熱された空気をアクリル前駆体繊維束に吹き付けることにより、耐炎化して密度1.345g/cmの耐炎化繊維束を得た。温度勾配は直線的になるように設定した。耐炎化処理における伸長率は6%とし、耐炎化処理時間は70分とした。
次いで、窒素雰囲気中で300~700℃の温度勾配を有する第一炭素化炉に耐炎化繊維束を導入し、4.0%の伸長を加えながら通過させた。温度勾配は直線的になるように設定した。処理時間は2.0分とした。さらに、窒素雰囲気中で1000~1400℃の直線的な温度勾配の第二炭素化炉に導入し、炭素繊維束を得た。第二炭素化炉での伸長率は-4.0%、処理時間は1.5分とした。
【0121】
次いで、炭素繊維束を重炭酸アンモニウム8質量%水溶液中で走行させ、炭素繊維束を陽極として、炭素繊維束1g当たり40クーロンの電気量となるように対極との間で通電処理を行った後、90℃の温水で洗浄して乾燥した。次いで、サイジング剤を含む水分散液を0.2質量%となるように付着させ、炭素繊維束a-2をボビンに巻き取った。
サイジング剤を含む水分散液は製造例1と同じものを用いた。
【0122】
得られた炭素繊維a-2の諸特性と炭素繊維a-2から成る炭素繊維束A-2の諸特性を表1に示す。
平均凹凸度Raが2.2nmと繊維表面が平滑であり、ipa値が0.14μA/cmと高い値を示した。酸素含有官能基量(O1S/C1S)が窒素含有官能基量(N1S/C1S)もそれぞれ、0.08、0.10と高い値を示した。炭素繊維a-2の長径/短径比は1.005であり、密度は1.82g/cm、単繊維繊度は0.044mg/m、炭素繊維束A-2のストランド強度は6100MPa、ストランド弾性率は285GPaであった。
【0123】
[製造例3]
アクリロニトリル、メタクリル酸とアクリルアミドを質量比97:1:2で混合した単量体混合物を重合して得たアクリロニトリル系重合体を、濃度が21質量%となるようにジメチルホルムアミドに溶解して紡糸原液を調製した。直径60μmの吐出孔が24000個形成された紡糸口金から前記紡糸原液を、38℃に調温した66質量%のジメチルアセトアミドを含有する水溶液を満たした凝固液中に吐出し凝固させ、24000本のフィラメントを纏めて凝固糸として引き取った。
次いで、空気中で凝固糸を1.1倍延伸した後、湯水洗と同時に4.6倍の延伸を行った。次に、95℃の熱水中で0.98倍の延伸を行った。
延伸後の工程繊維束にアミノ変性シリコーンを主成分とする水系繊維油剤を1.1質量%となるよう付与し、乾燥緻密化した。ここで、水系繊維油剤は製造例1と同じものを用いた。乾燥緻密化後の繊維束を、スチームで加熱した延伸設備にて3.0倍延伸することによりさらなる配向の向上と緻密化を行った後、巻き取ってアクリル前駆体繊維束を得た。アクリル前駆体繊維束の単繊維繊度は、0.77dtexであった。
【0124】
複数のアクリル前駆体繊維束を並行して搬送しながら耐炎化炉に導入し、220~280℃に加熱された空気をアクリル前駆体繊維束に吹き付けることにより、耐炎化して密度1.345g/cmの耐炎化繊維束を得た。温度勾配は直線的になるように設定した。耐炎化処理における伸長率は-4.0%とし、耐炎化処理時間は70分とした。
次いで、窒素雰囲気中で300~700℃の温度勾配を有する第一炭素化炉に耐炎化繊維束を導入し、4.5%の伸長を加えながら通過させた。温度勾配は直線的になるように設定した。処理時間は1.5分とした。さらに、窒素雰囲気中で1000~1450℃の直線的な温度勾配の第二炭素化炉に導入し、炭素繊維束を得た。第二炭素化炉での伸長率は-4.5%、処理時間は1.5分とした。
【0125】
次いで、炭素繊維束を重炭酸アンモニウム8質量%水溶液中で走行させ、炭素繊維束を陽極として、炭素繊維束1g当たり30クーロンの電気量となるように対極との間で通電処理を行った後、90℃の温水で洗浄して乾燥した。次いで、サイジング剤を含む水分散液を0.4質量%となるように付着させ、炭素繊維束a-2をボビンに巻き取った。
サイジング剤を含む水分散液は製造例1と同じものを用いた。
【0126】
得られた炭素繊維a-3の諸特性と炭素繊維a-3から成る炭素繊維束A-3の諸特性を表1に示す。平均凹凸度Raが6.0nm、高低差(Rp-v)が44nmと繊維表面の凹凸が大きく、ipa値が0.12μA/cmと低い値を示した。酸素含有官能基量(O1S/C1S)が窒素含有官能基量(N1S/C1S)もそれぞれ、0.07、0.06と低い値を示した。炭素繊維a-3の密度は1.81g/cm、単繊維繊度は0.040mg/m。炭素繊維束A-3のストランド強度は5300MPa、弾性率は285GPaであった。
【0127】
【表1】
【0128】
(マトリックス樹脂組成物Bの計測法)
[フィルムFの衝撃強度]
直径40mmの単軸押出機にて380℃で熱可塑性樹脂を混練した後、Tダイを用いてフィルム状に押出成形し、延伸倍率が1.1倍となるようにMD方向に一軸延伸し、約210℃に温調したキャストロールにて冷却して厚さ約50μmのフィルムを製造した。前記フィルムから縦100mm×横100mmの試験片を切り出した。ハイドロショット高速衝撃試験機「HTM-1型」(株式会社島津製作所製)を用い、前記試験片をクランプで固定した。温度23℃の条件で、直径1/2インチの撃芯を落下速度3m/秒で前記試験片の中央に落として衝撃を与え、前記試験片が破壊されるときの衝撃吸収エネルギーを計測し、前記フィルム厚さで除することによりフィルムの衝撃強度を得た。
【0129】
[フィルムFの引裂強度]
直径40mmの単軸押出機にて380℃で熱可塑性樹脂を混練した後、Tダイを用いてフィルム状に押出成形し、延伸倍率が1.1倍となるようにMD方向に一軸延伸し、約210℃のキャストロールにて冷却して厚さ約50μmのフィルムを製造した。得られたフィルムに対し、JIS K7128(C法)で規定される方法により、MD方向及びTD方向の引裂強度を測定した。
【0130】
[フィルムFの融点]
DSC装置(パーキンエルマー社製、Pyris1)を用いて走査速度10℃/分の条件で融点を測定した。
【0131】
[マトリックス樹脂組成物B]
下記樹脂B-1~B-5を使用しフィルムFを得た。前述の計測法により諸特性を測定した。
フィルムの衝撃強度は表2に示す。各樹脂の融点はいずれも335℃であった。
【0132】
樹脂B-1:PEEK樹脂(ダイセルエボニック社製、商品名「ベスタキープ 3300G」、MD方向の引裂強度:2420N/mm、TD方向の引裂強度:2600N/mm、MVR(メルトボリュームレート):17cm/10分(設定温度380℃、荷重5kg))、結晶融解エンタルピー:41J/g。
樹脂B-2:樹脂B-1/PEI樹脂(サビック社製、商品名「ウルテム CRS5011」=90/10(質量%)、MD方向の引裂強度:2330N/mm、TD方向の引裂強度:2720N/mm)、結晶融解エンタルピー:39J/g。
樹脂B-3:PEEK樹脂(ソルベイ社製、商品名「キータスパイア KT-880NT」)MD方向の引裂強度:2410N/mm、TD方向の引裂強度:2600N/mm、MVR:66cm/10分(設定温度380℃、荷重5kg))、結晶融解エンタルピー:42J/g。
樹脂B-4:PEEK樹脂(ビクトレックス社製、商品名「381G」)MD方向の引裂強度:2550N/mm、TD方向の引裂強度:2560N/mm、MVR:12cm/10分(設定温度380℃、荷重5kg))、結晶融解エンタルピー:45J/g。
樹脂B-5:PEEK樹脂(ダイセルエボニック社製、商品名「ベスタキープJ ZV7402」、MD方向の引裂強度:2700N/mm、TD方向の引裂強度:2800N/mm、MVR:55cm/10分(設定温度380℃、荷重5kg))、結晶融解エンタルピー:35J/g。
【0133】
(繊維強化樹脂プリプレグ成形板の計測法)
[ボイド率]
成形板を厚み方向に、切断面が炭素繊維束の繊維軸方向に直角するように切断し、切断面をデジタルマイクロスコープ(キーエンス社製 VHXシリーズ)により200倍で観察した。約2mm×3mmの範囲を画像解析ソフト(Image J、US National Institutes ofHealth製)を用いて解析し、成形板のボイド率を面積比から算出した。
ボイド率が1%未満であれば、成形板の力学特性に問題ないと言える。
【0134】
[90°曲げ強度]
成形板に対し、ASTM D790に準拠した測定方法にて3点曲げ試験を行い、室温(23℃)における、炭素繊維束の繊維軸方向に垂直な方向での90°曲げ強度F90を測定した。試験機には万能試験機(インストロン社製、4465型)を用いた。
【0135】
[モードI層間破壊靭性値]
成形板に対し、ASTM D5528に準拠した測定方法にてモードI層間破壊靭性試験を行い、室温(23℃)における、破壊靭性値G1cを測定した。試験機には万能試験機(インストロン社製、4465型)を用いた。
【0136】
[モードII層間破壊靭性値]
成形板に対し、BMS8-276に準拠した測定方法にてモードII層間破壊靭性試験を行い、室温(23℃)における、破壊靭性値G2cを測定した。試験機には万能試験機(インストロン社製、4465型)を用いた。
【0137】
[実施例1]
樹脂B-1を、直径40mmの単軸押出機にて350℃で混練した後、Tダイを用いてフィルム状に押出成形し、約160℃のキャストロールにて冷却して、厚さ15μmのフィルムfを得た。
製造例1で得た炭素繊維a-1を一方向に配向させた炭素繊維目付75g/mのシート状の炭素繊維基材の両面に15μmのフィルムfを重ね、前記フィルムを加熱溶融して炭素繊維基材に含浸させて繊維強化樹脂プリプレグを作製した。得られたプリプレグの厚さは0.07~0.08mmであり、繊維体積分率は58体積%であった。
【0138】
得られた炭素繊維樹脂プリプレグを所定の大きさにカットした後、鋼材製の金型内で、各プリプレグの繊維軸方向が一方向に揃うように積層した。前記積層体が配置された金型を加熱冷却二段プレス(神藤金属工業所製、50トンプレス)にて380℃、5MPaの30分間圧縮し、数分で200℃まで降温し、厚さが約2mm及び約3mmの成形板を得た。
【0139】
得られた成形板のボイド率は0.2%と残留欠陥が極めて少なく、その機械特性はF90、G1c、G2cともに十分に高い値を示した。
【0140】
[実施例2]
樹脂B-2を、実施例1と同方法にて厚さ約25μmのフィルムfを得た。製造例1で得た炭素繊維a-1を一方向に配向させた炭素繊維目付190g/mのシート状の炭素繊維基材の内面に25μmのフィルムを重ね、前記フィルムを加熱溶融して炭素繊維基材に含浸させて繊維強化樹脂プリプレグを作製した。得られたプリプレグの厚さは0.18~0.19mmであった。実施例1と同条件で作製した成形板の機械特性はF90、G1c、G2cともに十分に高い値を示した。
【0141】
[実施例3、4]
実施例2と同方法にて炭素繊維a-1及び樹脂B-3または樹脂B-4を使用した成形板の機械特性はF90、G1c、G2cともに十分に高い値を示した。
【0142】
[実施例5]
実施例2と同方法にて炭素繊維a-2及び樹脂B-1を使用した成形板の機械特性はF90が十分に高い値を示し、G1c、G2cは一般的な値を示した。
【0143】
[実施例6]
実施例2と同方法にて炭素繊維a-2及び樹脂B-2を使用した成形板の機械特性はF90、G1c、G2cは一般的な値を示したが、ASTM D7028準拠によるDMA(動的粘弾性測定)で測定できるDMA-Tgが165℃と高い耐熱性を示した。
【0144】
[比較例1]
PEEK樹脂B-5を用いる以外は、実施例1と同様の方法でプリプレグを作製し、成形板を得た。成形板のボイド率は0.12%と残留欠陥が極めて少ないが、その機械特性はG1c、G2cは一般的な値を示すものの、F90が低い値を示した。
【0145】
[比較例2、3]
実施例2と同方法にて炭素繊維a-3及び樹脂B-1またはB-2を使用した成形板を得た。その機械特性はF90が低い値を示した。
【0146】
[比較例4]
プリプレグとして、TenCate Advanced Composite社製PEEKプリプレグ(商品名、Cetex1200、炭素繊維IM7、炭素繊維目付145g/m)を使用し、積層体の圧縮時間を10分間に変更した以外は、実施例1と同様の方法で成形板を得た。成形板のボイド率は0.1%以下であり極めて残留欠陥が少なく、機械特性のF90は122MPaであった。またASTM D7028準拠によるDMA(動的粘弾性測定)で測定できるDMA-Tgが145℃を示した。
【0147】
各例の条件及び評価結果を表2、表3、表4に示す。
【0148】
【表2】
【0149】
【表3】
【0150】
【表4】
【0151】
表2に示すように、本発明の条件を満たすプリプレグを用いた実施例1~6では、条件を満たさないプリプレグを用いた比較例1~5に比べて90°曲げ強度F90が高く、層間破壊靭性値であるG1cやG2cの力学特性に優れていた。