(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-05
(45)【発行日】2024-01-16
(54)【発明の名称】抗血液悪性腫瘍薬
(51)【国際特許分類】
A61K 31/7048 20060101AFI20240109BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20240109BHJP
A61P 35/02 20060101ALI20240109BHJP
【FI】
A61K31/7048
A61P35/00
A61P35/02
(21)【出願番号】P 2018211066
(22)【出願日】2018-11-09
【審査請求日】2021-10-01
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1.学会抄録集(日本内分泌学会雑誌)の発行による公開 学会名:第91回日本内分泌学会学術総会 発行者:一般社団法人日本内分泌学会事務局 発行日:平成30年4月1日 2.学会発表による公開 学会名:第91回日本内分泌学会学術総会 公開日:平成30年4月26日 開催日:平成30年4月26~28日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504145308
【氏名又は名称】国立大学法人 琉球大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000163006
【氏名又は名称】興和株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100152180
【氏名又は名称】大久保 秀人
(72)【発明者】
【氏名】益崎 裕章
(72)【発明者】
【氏名】仲地 佐和子
(72)【発明者】
【氏名】森島 聡子
(72)【発明者】
【氏名】西 由希子
(72)【発明者】
【氏名】岡本 士毅
(72)【発明者】
【氏名】野村 育美
(72)【発明者】
【氏名】與那嶺 正人
(72)【発明者】
【氏名】森近 一穂
(72)【発明者】
【氏名】玉城 啓太
【審査官】新留 素子
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-514756(JP,A)
【文献】国際公開第2018/073154(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/026673(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2011/0015141(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
A61P
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トホグリフロジン
またはトホグリフロジン水和物を有効成分として含
む、悪性リンパ腫に対する抗血液悪性腫瘍薬。
【請求項2】
トホグリフロジンまたはトホグリフロジン水和物を
有効成分として含む、白血病に対する抗血液悪性腫瘍薬。
【請求項3】
トホグリフロジンまたはトホグリフロジン水和物を有効成分として含む、成人T細胞白血病
に対する抗血液悪性腫瘍薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トホグリフロジンを有効成分として含有することを特徴とする抗血液悪性腫瘍薬に関する。
【背景技術】
【0002】
悪性腫瘍は、年間、日本人の2人に1人が罹患する疾病といわれている。そのため、悪性腫瘍の治療、管理、予防をすることが求められている。
また、種々の抗悪性腫瘍剤が、市販、開発されているが、未だ発展途上といえる。すなわち、現在の抗悪性腫瘍剤は、完治することが難しい、効果に個体差がある、副作用が大きい等の課題を有しており、さらなる抗悪性腫瘍剤の開発ないし改良が求められている。
【0003】
悪性腫瘍細胞は、増殖・転移に有利になる環境を自ら作り出し、低栄養、低酸素という劣悪な環境下でも生き延びる形質を獲得する。悪性腫瘍細胞において知られるワールブルグ効果は、悪性腫瘍細胞が有酸素環境下においてすらミトコンドリアによる酸化的リン酸化よりも解糖系によるアデノシン三リン酸(ATP)産生に依存する現象である。このワールブルグ効果は、90年以上前に提唱された分子メカニズムにも関わらず、その詳細は、未だ充分に解明されていない。
悪性腫瘍細胞では、ミトコンドリアの機能低下も相俟って、エネルギー産生効率の悪い解糖系に糖代謝がシフトしている。そのため、悪性腫瘍細胞では、糖の取り込みが正常細胞よりも盛んになる。この特性を利用したFDG-PET検査が、悪性腫瘍の局在診断・転移診断に汎用されている(非特許文献1)。また、極めて難治性の高い血液悪性腫瘍である成人T細胞白血病の悪性度の階層化に、PET検査が有用であることも報告されている(非特許文献2)。
【0004】
成人T細胞白血病(Adult T-cell Leukemia。以下「ATL」とも表示する。)は、ウイルスの一種であるHTLV-1の感染によって発症する。HTLV-1感染者は、世界の中でも日本の西南部(九州・沖縄地方)に多い。日本におけるHTLV-1感染者は、西南日本沿岸部を中心に110万人ほど存在し、感染者の発症率は年間1,000人に0.6~0.7人である。HTLV-1感染は、感染から発症までの潜伏期間が長いことから、HTLV-1感染者が生涯に発症する確率は約5%程度といわれている。また、HTLV-1感染において急性型やリンパ腫型では、高カルシウム血症や免疫低下に伴う感染症により、予後が悪いのが特徴である。
【0005】
解糖系をターゲットとした悪性腫瘍治療薬の開発は、これまでにも試みが知られており、2-Deoxyglucose、Lonidamine、3-Bromopyruvate(3 BrPA)、Imatinib、Oxythiamineなど、臨床試験まで行われている薬剤もあるが(非特許文献1)、未だ実地臨床には応用されていない。
【0006】
一方、sodium-glucose cotransporter 2(以下「SGLT2」とも表示する。)阻害剤は、糖尿病治療薬であり、近位尿細管からの糖の再吸収を阻害して尿糖排泄を促進することで血糖値を低下させるメカニズムを有する。SGLT2阻害剤は、副作用が少なく、インスリン分泌に作用する薬剤とは異なる作用の治療薬である。
SGLT2阻害剤には、ある種の悪性腫瘍に対する抗腫瘍効果が知られており(非特許文献3)、ダパグリフロジン、カナグリフロジン、トホグリフロジンにおいては、がん移植モデルマウスや幾つかの悪性腫瘍細胞に対する効果が報告されている(非特許文献4から8)。
【0007】
例えば、非特許文献4では、ダパグリフロジンやカナグリフロジンに関して、すい臓がん、前立腺がんのがん移植モデルマウスにおける抗がん作用が報告されている。
非特許文献5では、ダパグリフロジンに関して、ヒト腎がん細胞株、及び腎がん細胞株由来マウスゼノグラフトモデルにおける抗がん作用が報告されている。
非特許文献6では、カナグリフロジンに関して、ヒト肝がん細胞株、及びヒト肝がん細胞株由来マウスゼノグラフトモデルにおける抗がん作用が報告されている。
非特許文献7では、カナグリフロジンに関して、ヒトの前立腺がん細胞株、肺がん細胞株、肝臓がん細胞株、乳がん細胞株における抗がん作用が報告されている。加えて、その作用は弱いが、大腸がん細胞株、卵巣がん細胞株における抗がん作用、並びに、ヒト前立腺がん細胞株由来マウスゼノグラフトモデルにおける抗がん作用についても報告されている。
非特許文献8では、トホグリフロジンに関して、糖尿病マウスにおける肝がん発生予防作用が報告されている。
これら文献には、SGLT2阻害剤が種々の癌に作用することが報告されているものの、血液悪性腫瘍に対する報告はない。
【0008】
また、SGLT2阻害剤と抗悪性腫瘍剤との併用に関して、非特許文献4には、カナグリフロジンとゲムシタビン併用によるすい臓がんへの作用が報告されている。
非特許文献7には、カナグリフロジンとドセタキセルまたは放射線治療併用による前立腺がんへの作用が報告されている。
特許文献1には、カナグリフロジンとドセタキセル、シスプラチンまたは放射線治療併用による前立腺がんや肺がんへの作用が報告されている。
特許文献2には、ダパグリフロジンとグルフォスファミドによる併用療法が報告されている。
しかしながら、これら文献には、トホグリフロジンと抗癌剤との併用に関する報告はなく、血液悪性腫瘍に関する併用療法の報告もない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】国際公開第2016/134486号パンフレット
【文献】特開2015-514756号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】Oncogene, 2006, 25, 4633-4646.
【文献】Nakachi S et al. Hematology 22:536,2017
【文献】Pharmacol. Ther., 2017, 170, 148-165.
【文献】Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2015, 112, E4111-E4119.
【文献】Med. Sci. Monit., 2017, 23, 3737-3745.
【文献】International Journal of Cancer、 2018, 142, 1712-1722.
【文献】Molecular Metabolism, 2016, 5, 1048-1056.
【文献】ObaraK,et al.Oncotarget.2017i8:58353
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、血液悪性腫瘍に対する予防・治療効果を有する新たな薬剤の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、鋭意検討を行った結果、トホグリフロジンが、血液悪性腫瘍細胞に関し、細胞増殖を抑制する効果を発揮することを明らかとし、トホグリフロジンが血液悪性腫瘍の予防・治療に有用なことを見出し、本発明を完成させたものである。
【0013】
すなわち、本発明は、
(1)トホグリフロジンを有効成分として含有することを特徴とする抗血液悪性腫瘍薬、
(2)トホグリフロジン水和物を含有することを特徴とする抗血液悪性腫瘍薬、
(3)血液悪性腫瘍が、悪性リンパ腫、白血病及び多発性骨髄腫からなる群より選ばれる(1)又は(2)に記載の抗血液悪性腫瘍薬、
(4)血液悪性腫瘍が、成人T細胞白血病である(1)又は(2)に記載の抗血液悪性腫瘍薬、
である。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、血液悪性腫瘍に対する予防・治療効果を有する新たな薬剤の提供が可能となった。
トホグリフロジンは血液悪性腫瘍細胞の増殖を抑制することができる。トホグリフロジンを血液悪性腫瘍の予防及び/又は治療に用いることで、がん治療の選択の幅を広げることが可能となる。
さらに、従来から用いられている抗がん剤とトホグリフロジンを併用することで、治療効果を増強させることが可能となり、新たな治療方法を提供可能な点で、非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】試験例1における培養液中のグルコース濃度がATL細胞株(MT-2)の増殖に与える影響を示したグラフである。
【
図2】試験例2におけるSGLT2mRNA発現を示したグラフである。
【
図3】試験例3におけるトホグリフロジン50μMまたは100μMでのATL細胞株の細胞生存率を経時的に示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の抗血液悪性腫瘍薬は、トホグリフロジンを含有することを特徴とする。
トホグリフロジンは、化学名を(1S,3'R,4'S,5'S,6'R)-6-[(4-Ethylphenyl)methyl]-6'-(hydroxymethyl)-3',4',5',6'-tetrahydro-3H-spiro [2-benzofuran-1,2'-pyran]-3',4',5'-triolとするものであり、本発明の抗血液悪性腫瘍薬に含有されるトホグリフロジンは、フリー体でもよく、薬理学的に許容な塩の形態でもよく、また溶媒和物等の種々の形態のものを用いることができる。本発明の抗血液悪性腫瘍薬においては、例えば、トホグリフロジンのフリー体、トホグリフロジン水和物を用いるのが好ましい。
【0017】
トホグリフロジンは、ナトリウム-グルコース共輸送体-2(sodium-glucose cotransporter 2:SGLT2)における、ナトリウムとグルコースの交換を阻害して、血中の過剰なグルコースを尿中に排泄することで血糖値を低下させ、血液中のグルコース濃度の増大を抑制する薬剤(SGLT2阻害剤)である。SGLT2阻害剤としてグリフロジン系化合物が知られており、トホグリフロジンをはじめとして、イプラグリフロジン、ダパグリフロジン、カナグリフロジン、エンパグリフロジンなどが知られている。本発明の抗血液悪性腫瘍薬には、トホグリフロジン以外のSGLT2阻害剤を含有せしめることができる。
【0018】
本発明の抗血液悪性腫瘍薬は、トホグリフロジンがSGLT2を阻害し、血液悪性腫瘍細胞の増殖抑制をはじめとする抗血液悪性腫瘍作用を発揮することにより、血液悪性腫瘍の予防ないし治療の効果を示すものと推測される。
また、本発明の抗血液悪性腫瘍薬は、任意の血液悪性腫瘍に用いることができるが、成人T細胞白血病(ATL)または急性リンパ性白血病(ALL)における血液悪性腫瘍細胞においてより好ましい効果を発揮するものであり、その中でも特に成人T細胞白血病における血液悪性腫瘍細胞において好ましい効果を発揮するものである。
加えて、本発明の抗血液悪性腫瘍薬は、血液悪性腫瘍細胞の増殖抑制剤としても機能し得るものである。
【0019】
本発明の抗血液悪性腫瘍薬は、トホグリフロジンに加えて、他の抗がん剤を組み合わせてもよい。トホグリフロジンと、他の1種又は複数種の抗がん剤を組み合わせることにより、血液悪性腫瘍の予防ないし治療効果を、より向上させる効果を期待することができる。
本発明においてトホグリフロジンと抗がん剤とを組み合わせる場合、期待する治療効果に従って、投与の時期や投与経路は適宜検討して決定することができる。投与のタイミングとしては、同時または異時に投与することが挙げられ、投与の経路としては、いずれも経口投与であったり、いずれか一方を経口投与して、他方を静脈内投与するといった種々の手法で行うことができる。このような手法として、例えば、トホグリフロジンと抗がん剤を組み合わせた単一の製剤(配合剤)にすることや、別々に製剤化したものを同時又は異時に投与することや、投与時にトホグリフロジンと抗がん剤を配合(用時調製)して投与することなどが挙げられる。また、トホグリフロジンと抗がん剤を連続的に投与したり、トホグリフロジンを経口による継続的投与を行いながら抗がん剤を単回投与することもできる。
トホグリフロジン及び抗がん剤は、通常行われる手段に従って、錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤、乳剤、懸濁剤、シロップ剤などの経口投与製剤に、あるいは無菌性溶液、懸濁液剤などの注射剤といった静脈内投与製剤に、テープ剤、パップ剤などの経皮投与製剤などに製剤化することができる。これら有効成分を別々に製剤化して得られる2種の製剤とした場合には、それぞれの製剤を同時に投与してもよいし、異時に投与してもよい。
本発明において2種以上の製剤とする場合は、従来の使用方法とは異なるなどの理由から、例えば、市販されている医薬の添付文書や販売パンフレット等の文書に、それぞれを併用する旨を記載することが好ましい。
【0020】
本発明において抗がん剤は、トホグリフロジンとの組み合わせにより血液悪性腫瘍の予防及び/又は治療効果等を向上させるものであれば特に限定する必要はなく、あらゆる抗がん剤を用いることができる。このような抗がん剤として、化学療法剤、分子標的治療剤、ホルモン療法剤、免疫療法剤などが挙げられる。
また、血液悪性腫瘍に特に好適に用いられる抗がん剤として化学療法剤が挙げられ、例えば、アルキル化薬、白金化合物、代謝拮抗薬、トポイソメラーゼ阻害剤、微小管阻害剤、抗生物質などが挙げられる。このような抗がん剤として、例えば、シクロホスファミド、シタラビン、メルカプトプリン、メトトレキサート、塩酸エピルビシン、エトポシド、ビンクリスチン、インターフェロンα、イマチニブ、ダサチニブ、ニロチニブ、オファツムマブ、レチノイン、レブラミド、モガリズマブ等が挙げられる。これらのうち、悪性腫瘍細胞の増殖スピードの早い白血病や悪性リンパ腫を対象とした観点から、DNA合成阻害作用をもつ殺細胞性抗がん剤であるシクロホスファミド、シタラビン、塩酸エピルビシン、エトポシド、ビンクリスチンが好ましく、併用頻度が高く、単剤でもある程度の抗腫瘍効果を認めるという観点で最も優れているという理由からエトポシドが好ましい。
【0021】
本発明における血液悪性腫瘍とは、トホグリフロジンが抗血液悪性腫瘍作用を発揮しうる限り特に限定する必要はなく、種々の血液悪性腫瘍を対象とすることができる。このような血液悪性腫瘍として、例えば、白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などが挙げられ、白血病としては、その経過や血液悪性腫瘍細胞の由来から、急性骨髄性白血病(AML)、急性リンパ性白血病(ALL)、慢性骨髄性白血病(CML)、慢性リンパ性白血病(CLL)などが挙げられる。
本発明における血液悪性腫瘍において、難治性が高く新たな治療戦略が望まれるという観点から、リンパ性の悪性腫瘍を対象とすることが好ましく、より好ましくは成人T細胞白血病または急性リンパ性白血病であり、さらに好ましくは成人T細胞白血病である。
成人T細胞白血病(ATL)は、ウイルスの一種であるHTLV-1(human T-lymphotropic virus type-I)が、白血球であるT細胞に感染し、悪性腫瘍化した細胞(ATL細胞)が無制限に増殖することで発症する。ATLは、血液悪性腫瘍のうち、リンパ性の白血病または非ホジキンリンパ腫の悪性リンパ腫に分類される。ATL細胞は血液中だけではなくリンパ節でも増殖するため、多くはリンパ節の腫れが認められるが、病変の広がりは全身性である。病型は、急性型、リンパ腫型、慢性型、くすぶり型に分類されるが、本発明において、特に限定はされない。
【0022】
本発明において血液悪性腫瘍の予防及び/又は治療とは、典型的には、悪性腫瘍細胞の消滅、増殖抑制、活動性低下、機能停止などが挙げられるがこれらに限定されるものではない。すなわち、血液悪性腫瘍細胞に直接的又は間接的に発揮される様々な効果を含むものであり、例えば、治療剤や治療補助剤の用量低減、投与期間の短縮、投与回数の低減、悪性腫瘍に起因する種々の症状の抑制及び安定化、発症・再発・進行の抑制、副作用の低減、患者の生存延長、患者の生活の質の向上などが挙げられる。
発症の抑制とは、ウイルス感染等の外部因子により発症する場合に事前に発症を抑制すること、再発の抑制とは、治療又は切除により悪性腫瘍細胞あるいは病変が消失した患者における再発を事前に抑制すること、進行の抑制とは、進行を遅延、後退させることを意味する。
【0023】
本発明の抗血液悪性腫瘍薬は、血液悪性腫瘍における予防ないし治療効果を発揮しうる限り特に限定する必要はなく、様々な方法により投与を行うことができる。本発明の抗血液悪性腫瘍薬の投与量については、年齢、体重、症状、治療効果、投与方法、処理時間等を勘案して、適切な投与量とすればよい。
【0024】
本発明の抗血液悪性腫瘍薬の有効成分であるトホグリフロジンの投与量は、投与対象、投与方法などを勘案して設定することができ、例えば経口投与の場合は、患者(60kg)に対して、1日にトホグリフロジンとして0.1~60mg、好ましくは0.5~40mg、さらに好ましくは0.5~20mgとなるように投与することができる。投与するに際して、1日1回でもよく、また複数回に分けて投与してもよい。
これに対し、トホグリフロジンと組み合わせる抗がん剤の1日の投与量は、例をあげて説明すると、エトポシド(経口剤)の場合は、患者(60kg)に対して、1日に1~200mg投与することができるが、骨髄抑制など副作用の理由から好ましくは10~100mg投与し、さらに悪性リンパ腫では1クールで3週間連日内服することが多い理由から好ましくは25~50mg投与することが好ましい。また、エトポシド(注射剤)の場合は、患者の体表面積(1m2)に対して、1日量1~150mg投与することができるが、骨髄抑制など副作用の理由から好ましくは10~100mg、さらに他の抗がん剤と併用することが多い理由から好ましくは10~60mg投与すればよい。
この量は、医師用添付文書で指示される量若しくは当該用量より少ない量であるが、少ない量でも効果を期待できる理由は多剤併用が可能であることと、用量依存性ではなく、時間依存性に効果を発揮することが推測できるからである。
そのため、エトポシド以外の抗がん剤に関しても、前記エトポシドと同様に、医師用添付文書で指示される量若しくは当該用量より少ない量でも効果を期待できる。
これより、本発明は、抗がん剤の量として通常使用される用量よりも少ない量で効果を発揮でき、医師用添付文書で指示される量より少ない、例えばエトポシド25~50mgでも効果を期待できる。ひいては、抗がん剤に由来する副作用の軽減にもつながり得る。
【0025】
本発明において、トホグリフロジンと抗がん剤の配合比は、薬剤の種類、投与対象、投与方法等により適宜検討して設定すればよく、例えば、本発明の抗血液悪性腫瘍薬をヒトに投与する場合には、トホグリフロジン1質量部に対して抗がん剤を3.0×10-5~8.0×10-3質量部の割合で組み合わせた場合に、個々の薬剤を投与する場合よりも優れた抗血液悪性腫瘍作用を得ることが可能である。
特に抗がん剤がエトポシドの場合、トホグリフロジン1質量部に対してエトポシドが3.3×10-3~4.0×10-3質量部の割合で組み合わせることが好ましい。これにより、それぞれの薬剤を単独で投与した場合よりも少量で、充分な効果を得ることが期待できる。また、副作用の少ない医薬とすることが可能である。
【0026】
本発明の抗血液悪性腫瘍薬は、血液悪性腫瘍の予防及び/又は治療のために、さらに他の薬剤(トホグリフロジン以外のイプラグリフロジン、ダパグリフロジン、カナグリフロジン、エンパグリフロジン等の他のSGLT阻害剤または抗がん剤を含む。)とともに組み合わせて使用してもよいし、他の治療(放射線治療等)とともに組み合わせて使用してもよい。
【実施例】
【0027】
以下に、実施例等を挙げ、本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例等に何ら限定されるものではない。
【0028】
<<試験例1.ATL細胞株での培地グルコース濃度の差異による細胞増殖能の評価>>
ATL細胞株を用いて、培地におけるグルコース濃度を変化させ、細胞増殖能に変化がみられるかを調べることを目的に検討を行った。
【0029】
<実験方法>
1.ATL細胞株MT-2(琉球大学医学部保健学科血液免疫検査学分野 福島卓也先生より分譲)について、グルコース濃度の異なる2種類の培地で培養を行った(培地:RPMI1640、RPMI1640 Hybri-Max、培養条件:37℃、5%CO2 T25-フラスコを用いた、細胞数:3.9×102)。それぞれのグルコース濃度については、通常濃度が11mM、高濃度が25mMのグルコース濃度に調整して、72時間、培養を行った。
2.培養後24時間、48時間、72時間において細胞数の計測(WST-8法、Cell counting kit-8、同仁化学研究所、CK04)を行った。細胞数の計測については、マイクロプレートリーダー(TEKAN、Spark(登録商標))を用いて、450nmの吸光度を測定することにより行った。
【0030】
<実験結果>
1.結果を
図1に示す。
(1) グルコースの通常濃度(normal)、高濃度(high)、いずれにおいても細胞数は経時的に増加していた。
(2) また、いずれの時間点においても、高濃度の方が、通常濃度と比較して、細胞数が大きく増加しており、その差は有意であった。
2.これらの結果から、グルコース高濃度下で、ATL細胞の増殖が促進されることが示された。
【0031】
<<試験例2.ATL細胞株等における、SGLT2mRNA発現の評価>>
ATL細胞株ならびにATL患者の末梢血等を試料として、RT-PCRを用いて、SGLT2mRNAの発現を調べることを目的として検討を行った。
【0032】
<実験方法>
1.各細胞(MT-2、ATL急性型及びB-ALLの細胞数:1~6×106、PBMLは末梢血40mlからFicollを用いて分離した。ヒト大腸癌RNAはOriGene Technologiesより購入し、使用した。)からRNA抽出を行い、RT-PCR(Applied Biosystems StepOne Plusを用いて、95℃10分→40サイクル(95℃・15秒→60℃,1分))により、核酸増幅を行った。
2.なお、SGLT2mRNAは、それぞれの細胞における内在性コントロールとしてβ-actinの核酸増幅を併せて行い、これで割ることにより算出した。
【0033】
<実験結果>
1.結果を
図2(陽性コントロールを1とした図、RQ=relative quantification)に示す。
図2において、MT-2がATL細胞株、PBMLが末梢血由来健常人単核球細胞(陰性コントロール)、human colon cancerがヒト大腸がん細胞(陽性コントロール)、ATL急性型が末梢血ATL細胞、B-ALLが急性リンパ性白血病細胞(末梢血)を示す。
(1) 陰性コントロールであるPBMLでは、SGLT2mRNAの発現増加は認められなかった。陽性コントロールであるhuman colon cancerでは、SGLT2mRNA発現量の明らかな増加が認められた(positive controlとしてヒト大腸癌で発現を認め、negative controlであるPBMLでは発現が低い。)。
(2) 一方、MT-2、ATL急性型、B-ALLでは、SGLT2mRNAの明らかな増加が認められた(Negative controlに対してATL急性型、B-ALL、MT-2での発現を認めた。)。
2.これらの結果から、下記のことが考えられた。
(1) ATL検体等では、SGLT2により細胞内へのグルコースの取り込みが促進されることが推測される。
(2) 試験例1の結果と合わると、ATLでは、細胞内へのグルコースの取り込み促進により、細胞増殖がより盛んになると考察できる。
【0034】
<<試験例3.SGLT2阻害剤による細胞増殖抑制効果>>
ATL細胞株において、トホグリフロジンの存在下、細胞増殖にどのような影響を及ぼすかを調べることを目的に検討を行った。
【0035】
<実験方法>
1.各濃度のトホグリフロジン存在下、試験例1と同じ条件の11mMのグルコース濃度に調整した培地のみを使って、その他は試験例1と同じ条件でATL細胞株MT-2の培養を行った。
2.各時間点(24時間、48時間、72時間)における細胞数の計測(WST-8法、Cell counting kit-8、同仁化学研究所、CK04)を、試験例1と同様に行った。
【0036】
<実験結果>
1.結果を、
図3に示す。
図3は、トホグリフロジンの濃度が50μM、100μMにおいて、各時間点における細胞生存率を、トホグリフロジン非存在下のものと比較して表した図である。
(1) トホグリフロジン非存在下においては、検討を行ったいずれにおいても細胞生存率は、ほぼ100%であった。
(2) これに対し、トホグリフロジン存在下においては、いずれの時間点においても、トホグリフロジン非存在下のものと比較して、細胞生存率は有意に低下しており、その低下は濃度依存的であった。
(3) 加えて、トホグリフロジン存在下においては、時間の経過とともに、細胞生存率が低下していた。
【0037】
2.これらの結果から、SGLT2阻害剤添加によるATL細胞の増殖抑制が認められた。
この増殖抑制については、次のメカニズムが考えられる。
(1) ATL細胞におけるSGLT2mRNA発現上昇。
(2) SGLT2阻害剤によるグルコース取り込み抑制。
(3) SGLT2阻害剤による細胞内ATP産生低下。
(4) SGLT2阻害剤によるATL細胞増殖抑制。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明により、新たな抗血液悪性腫瘍薬を提供でき、適切な治療、生存期間の延長、生活の質の向上等に有用な薬剤として利用可能である。