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特許7414421金粉末及び該金粉末の製造方法並びに金ペースト
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-05
(45)【発行日】2024-01-16
(54)【発明の名称】金粉末及び該金粉末の製造方法並びに金ペースト
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/00 20220101AFI20240109BHJP
   B22F 7/08 20060101ALI20240109BHJP
   B22F 3/14 20060101ALI20240109BHJP
   B22F 1/105 20220101ALI20240109BHJP
   B22F 9/24 20060101ALI20240109BHJP
   H01B 5/00 20060101ALI20240109BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20240109BHJP
   H01B 1/00 20060101ALI20240109BHJP
   H01B 1/20 20060101ALI20240109BHJP
【FI】
B22F1/00 K
B22F7/08 C
B22F3/14 A
B22F1/105
B22F9/24 E
H01B5/00 F
H01B13/00 501Z
H01B1/00 F
H01B1/20 A
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019144018
(22)【出願日】2019-08-05
(65)【公開番号】P2021025091
(43)【公開日】2021-02-22
【審査請求日】2022-02-08
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】小柏 俊典
(72)【発明者】
【氏名】宮入 正幸
【審査官】池田 安希子
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-087398(JP,A)
【文献】特開2018-021246(JP,A)
【文献】国際公開第2012/046641(WO,A1)
【文献】特開2008-028364(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00 - 8/00
B22F 9/00 - 9/30
H01B 5/00
H01B 13/00
H01B 1/00
H01B 1/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
純度99.9質量%以上の金からなり、平均粒径0.01μm以上1.0μm以下の金粉末において、
前記金粉末は、加熱脱着法で測定したときの塩化物イオンの含有量が10ppm以上100ppm以下であると共に、加熱脱着法で測定したときのシアン化物イオンの含有量が10ppm以上1000ppm以下であり、
前記塩化物イオンの含有量と前記シアン化物イオンの含有量との合計が110ppm以上1000ppm以下であることを特徴とする金粉末。
【請求項2】
加熱脱着法で測定したときのシアン化物イオンの含有量が100ppm以上1000ppm以下である請求項1記載の金粉末。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の金粉末の製造方法であって、
湿式還元法により、純度99.9質量%以上の金からなり、平均粒径0.01μm以上1.0μm以下の金粉末を製造する工程と、
前記金粉末に、シアン化物溶液を接触させることで、塩化物イオンを低減させる工程と、を含む金粉末の製造方法。
【請求項4】
シアン化物溶液は、シアン化物イオン濃度が0.01質量%以上5質量%以下である請求項3記載の金粉末の製造方法。
【請求項5】
請求項1又は請求項2に記載の金粉末と有機溶剤とからなる金ペースト。
【請求項6】
一対の接合部材を接合する方法において、下記工程を含むことを特徴とする接合方法。
(a)一方の接合部材に、請求項1又は請求項2に記載の金粉末と有機溶剤とからなる金ペーストを塗布する工程。
(b)塗布された前記金ペーストを介して前記一方の接合部材と他方の接合部材とを重ねた後、少なくとも金ペーストを80℃以上300℃以下の温度で加熱して一対の接合部材を接合する工程。
【請求項7】
一方の接合部材と他方の接合部材とを重ねた後、加熱と共に一対の接合部材を一方向又は双方向から加圧して接合する請求項6記載の接合方法。
【請求項8】
一対の接合部材を接合する方法において、下記工程を含むことを特徴とする接合方法。
(a)一方の接合部材に、請求項1又は請求項2に記載の金粉末と有機溶剤とからなる金ペーストを塗布する工程。
(b)前記金ペーストを80~300℃の温度で焼結させて金属粉末焼結体とする工程。
(c)形成した前記金属粉末焼結体を介して前記一方の接合部材と他方の接合部材とを重ね、少なくとも金属粉末焼結体を加熱すると共に、一方向又は双方向から加圧して接合する工程。
【請求項9】
内容物が設置される基材と、前記基材に対する蓋体とを接合する封止方法において、下記工程を含むことを特徴とする封止方法。
(a)基材又は蓋体に、請求項1又は請求項2に記載の金粉末と有機溶剤とからなる金ペーストを塗布する工程。
(b)前記金ペーストを80~300℃の温度で焼結させて金属粉末焼結体とする工程。
(c)前記金属粉末焼結体を介して基材と蓋体とを重ね、少なくとも金属粉末焼結体を加熱しながら、一方向又は双方向から加圧して基材と蓋体とを接合する工程。
【請求項10】
基板材上に電極又は配線を形成する方法において、下記工程を含むことを特徴とする電極又は配線の形成方法。
(a)基板上に請求項1又は請求項2に記載の金粉末と有機溶剤とからなる金ペーストを塗布する工程。
(b)前記金ペーストを80~300℃の温度で焼結させて金属粉末焼結体からなる電極又は配線を形成する工程。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレクトロニクス分野における接合、封止、電極・配線形成等の用途に好適な金粉末及び金ペーストに関する。
【背景技術】
【0002】
本願の出願人は、従前より、高純度(99.9質量%以上)の金(Au)、銀(Ag)等で構成されたサブミクロンオーダー(1μm以下)の金属粉末のエレクトロニクス分野における有用性を開示している(例えば、特許文献1~特許文献6)。この高純度且つ微細な金属粉末は、低温で焼結が可能であるという利点を有し、電子部品、半導体デバイス、パワーデバイス、MEMS等の各種用途における接合、封止、電極(バンプ)・配線形成に有効である。
【0003】
例えば、半導体チップの基板へのダイボンディングやフリップチップ接合といった接合においては、従来のろう材(AuSn系ろう材等)による接合よりも低温での接合が可能である。この金属粉末を適用する接合方法では、一方の接合部材に、上記の金属粉末と有機溶剤とからなる金属ペーストを塗布した後、金属ペーストを所定の温度で焼結させて金属粉末焼結体とする。そして、形成した金属粉末焼結体を介して前記一方の接合部材と他方の接合部材とを重ね、加熱すると共に一方向又は双方向から加圧することで接合が完了する(特許文献1)。この接合方法において、金属ペーストを焼結することで形成される金属粉末焼結体が、従来のろう材と同様の接合媒体として作用する。この金属粉末焼結体は、比較的低温(300℃以下)で形成可能であり、接合時も加圧と共に300℃以下で加熱すれば緻密化する。よって、熱や熱応力による基板や半導体チップ等の熱損を懸念することなく接合が可能となる。尚、このような接合用途の金属ペーストについて、本願出願人は上記金属粉末と所定の有機溶剤とからなり、好適な特性を有するものを開示している(特許文献7)。
【0004】
また、上記の高純度且つ微細な金属粉末は、半導体パッケージ等を製造する際の封止にも有用である。封止においても金属粉末を金属ペーストにして、金属ペーストを封止材とする。封止は、半導体素子等が設置される基材(ベース材)と基材に対する蓋体(キャップ材)とを接合することでなされる。この封止工程において、金属ペーストを基材又は蓋体に塗布した後に、上記接合方法と同様、金属ペーストを焼結させて金属粉末焼結体とする。そして、金属粉末焼結体を介して基材と蓋材と接合することで封止が完了する(特許文献2)。基材又は蓋体に形成された金属粉末焼結体の金属粉末は、加圧により塑性変形しながら強固に結合して緻密化しバルク状態に近い接合部を形成する。この接合部によって囲まれた領域が気密封止される。かかる封止方法に関しては、封止材を形成する箇所について金属薄膜や芯材を配置することで、封止材の緻密化を促進することも提案されている(特許文献3、4)。
【0005】
更に、高純度且つ微細な金属粉末は、電極(バンプ)や配線の形成にも有効である(特許文献5)。金や銀は良好な導電体であり、これらの高純度の金属粉末は、焼結体とすることで電極・配線材料となり得る。金属粉末を電極・配線材料として利用する場合には、必要に応じてレジスト処理された基材に、金属粉末の金属ペーストを塗布し、金属粉末を焼結することで電極・配線が形成される。この金属粉末の電極・配線材料への利用態様としては、対象となる基板(被転写基板)と別の基板(転写基板)に、予め、金属粉末の焼結体(金属配線素材)を所望の形態・パターンで形成しておき、転写基板と被転写基板とを対向させて重ねて加圧することで金属配線素材を転写する方法もある(特許文献6)。
【0006】
以上のように、本願出願人が提案する高純度且つ微細な金属粉末は、エレクトロニクス分野の各種製品において、接合、封止、電極・配線形成のプロセスに有効である。このような金属粉末の製造方法としては、湿式還元法を基本とする方法が知られている。湿式還元法は、金属化合物溶液に還元剤を添加して金属粒子を析出・沈殿させる方法である。上記した金属粉末は、純度と共に粒径も重要であることから、湿式還元法において粒径制御を可能とする方法として、特許文献8記載の方法がある。この金属粉末製造方法では、金の超微粒子を核粒子として分散させた溶液に、還元剤と金化合物溶液を供給し、金超微粒子(核粒子)の表面上に金を析出させている。この方法では、核粒子の粒径と個数、及び供給する金化合物溶液の濃度や量の調整により、サブミクロンオーダーの金粉末を製造している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第4638382号明細書
【文献】特許第5065718号明細書
【文献】特開2018-182068号公報
【文献】特許5931246号明細書
【文献】特許第4360646号明細書
【文献】特許5205714号明細書
【文献】特許第5613253号明細書
【文献】特開平9-20903号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、本願出願人の知見によれば、上記したサブミクロンオーダーの金属粉末において、不純物含有量の制限への要求が高くなっている。上記のとおり、湿式還元法による金属粉末の製造工程では、金属化合物(金化合物)溶液の還元により粒径調整を行っている。金化合物としては、塩化金酸等の塩化物が使用されることが多く、製造された金粉末に塩化物イオンが残留することとなる。そして、金粉末が使用されるエレクトロニクス分野においては、塩化物イオンは忌避される不純物として知られている。そのため、これまでも湿式還元法による金属粉末の製造工程において、製造した金属粉末をアルコールや純水等の溶媒で洗浄して塩化物イオンの含有量を低減している。
【0009】
しかしながら、近年においては、これまで以上に塩化物イオンの含有量を低減することが要求されることが予測されている。これは、上述したダイボンディング、フリップチップ接合、パッケージの気密封止等において、接合温度を250℃以下とする低温実装が実施される傾向にあることが要因となっている。従来の実装条件は、比較的高温で金属粉末焼結体を加圧接合して接合部を形成していた。この条件のもとでは、多少の塩化物イオンが金属粉末に残留していたとしても、接合過程の加熱でガス化として除去される。しかし、低温実装における接合工程では、塩化物イオンが完全にガス化せずにそのまま接合部に残留する傾向がある。かかる残留塩化物イオンは、実装後の水分存在下で酸性液体となり、接合部や配線材を腐食させるおそれがある。
【0010】
本発明は、以上のような背景のもとになされたものであり、金からなるサブミクロンオーダーの金属粉末に関して、不純物となる塩化物イオンの含有量を最適化しつつ、接合、封止、電極・配線形成の各種プロセスへの適応性にすぐれた金粉末を提供する。また、そのように不純物量が最適化された金粉末の製造方法についても明らかにする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、上記課題を解決すべく、湿式還元法にて製造した金粉末について、塩化物イオンの更なる低減の可否について検討した。この検討において、本発明者等は、イオン交換樹脂の適用や従来の溶媒による洗浄回数の増大等の手段を講じた。その結果、塩化物イオンの含有量低減そのものは、前記各種手段で実現可能であることを確認した。但し、前記の各種手段で清浄化された金粉末は、接合等への使用段階において問題が生じる場合があることも見出された。
【0012】
この問題を具体的に説明すると、金粉末を接合等の各種用途に供する際には、金粉末を溶媒に分散させて金ペーストにすることが必要となる。本発明者等の検討によると、塩化物イオンを従来以上に低減して清浄化した金粉末をペースト化したとき、金粉末の凝集性が強く、分散性の低下や使用前の沈殿が生じる場合があることが確認された。
【0013】
塩化物イオン除去に伴い清浄化された金粉末の凝集性の増大の要因について、本発明者等が考察するに、塩化物イオン等の不純物には、金粉末の凝集防止のための保護剤に類似した作用があると考えた。本発明が対象とする金粉末は純度が高く、表面が高活性な状態にあると予測される。そのような高純度の金粉末同士が近接・接触すると容易に結合して凝集が生じる。本発明者等は、従来の金粉末では、表面に塩化物イオンが存在することで、金粉末同士の結合と凝集を抑制していると考察する。
【0014】
以上の考察から、金粉末における塩化物イオンは、低温実装の阻害要因となる一方、金粉末の凝集防止作用を有する有用な不純物となる。もっとも、金粉末の凝集防止作用は、塩化物イオンのみが具備する作用ではないと考えられる。金粉末の表面に存在し、金粉末同士の接触・接合を阻止することは他のイオンや元素でも可能であると推定される。
【0015】
そこで、本発明者等は、塩化物イオンと同等の金粉末の凝集抑制を有しながら、塩化物イオンと異なり低温実装の妨げになり難いイオン・元素を特定すると共に、当該イオン・元素及び塩化物イオンの適正な含有量について検討した。そして、この検討結果から、塩化物イオンを所定量以下に低減しつつ、シアン化物イオン(CN)を含む金粒子において、好適な特性を発揮し得るとして本発明に想到した。
【0016】
即ち、本発明は、純度99.9質量%以上の金からなり、平均粒径0.01μm以上1.0μm以下の金粉末において、塩化物イオンの含有量が100ppm以下であると共に、シアン化物イオンの含有量が10ppm以上1000ppm以下であることを特徴とする金粉末である。
【0017】
上記の通り、本発明は、高純度でありサブミクロンオーダーの粒径を有する金粉末に対し、塩化物イオン濃度を一定量以下に低減すると共に、シアン化物イオンを含むことを特徴とする。よって、金粉末そのものの構成に関しては、従来の金粉末と同様である。以下、本発明に係る金粉末及びこれを適用した金属ペースト、更に、本発明の金粉末の各種使用について詳細に説明する。
【0018】
(A)本発明に係る金粉末
(i)金粉末の純度及び平均粒径
本発明に係る金粉末は、純度(金濃度)99.9質量%以上の金からなり、平均粒径0.01μm以上1.0μm以下の金粉末である。金粉末の純度について99.9質量%以上の高純度を要求するのは、金粉末が接合材料や封止材料として有効に作用できるようにするためである。上述のとおり、本発明の金粉末による接合等においては、金粉末の焼結体を形成した後に、更に加圧圧縮して緻密な接合部とする。このとき、純度が低い金は硬度が高く、加圧による塑性変形が生じ難くなって金粉末間の結合力が低下する。そのため、金粉末の純度を高くして接合時の塑性変形を促進させて緻密な接合部が形成できるようにしている。
【0019】
また、金粉末の平均粒径を0.01μm以上1.0μm以下としたのは、1.0μmを超える粒径の金粉末では、焼結温度が高くなり低温での接合が困難となるからである。また、0.01μmを下限とするのはこの粒径未満の粒径では、ペーストとしたときに凝集しやすくなるからである。
【0020】
尚、金粉末の平均粒径の測定に関しては、顕微鏡(光学顕微鏡、電子顕微鏡(SEM、TEM)等)により金粉末を観察及び撮影し、その写真・画像中の複数の金粉末をについて粒径を測定し、それらの平均値を平均粒径とすることができる。粒径の測定では、個々の粒子の長径及び短径を測定し、二軸法にて粒径を算出するのが好ましい。また、適宜に画像解析ソフトウェア等の計算機ソフトウェアを使用しても良い。
【0021】
(ii)塩化物イオンの含有量
本発明に係る金粉末においては、塩化物イオンの含有量が100ppm以下に制限される。塩化物イオンの影響については既に説明するとおりであり、本発明では塩化物イオンの含有量の低減が必須となる。塩化物イオンの含有量の上限を100ppmとするのは、本発明の金粉末を用いた低温実装を考慮したときの許容上限と想定されるからである。塩化物イオンの含有量の下限値は、現実的には0ppmとするのは難しく、10ppm程度まで低減することが好ましい。
【0022】
本発明における塩化物イオンの含有量とは、金粉末の質量を基準とする。個々の金粉末の特定の部分(表面部、中心部等)ではなく、適宜に秤量した金粉末の全体の質量に対する塩化物イオン量を対象とする。塩化物イオンの含有量の測定については、例えば、加熱脱着法が好ましい。加熱脱着法は、金粉末を加熱して塩化物イオンをガス化及び脱着させ、適宜の吸収液で捕集し、ガスクロマトグラフや質量分析装置等で定量分析する方法である。
【0023】
(iii)シアン化物イオンの含有量
そして、本発明においては、金粉末に所定量のシアン化物イオンを付与する。上述のとおり、塩化物イオン等のあらゆる不純物が除去された金粉末には、ペースト化したときの凝集性が増大する。そこで、本発明では、シアン化物イオンという不純物を敢えて凝集抑制のための保護剤として金粉末に付加する。シアン化物イオンを保護剤とするのは、塩化物イオンと同様に凝集抑制作用を有しながら、塩化物イオンよりも低温で金粉末から脱着・ガス化できるからである。つまり、シアン化物イオンを適切に金粉末に付加することで、ペースト化の際には凝集し難くなり、その後の接合等の際にシアン化物は除去され、不純物としての影響を残さない。このシアン化物イオンの除去は、ペーストの塗布後の乾燥段階から開始し、金粉末の焼結段階及び接合等の加熱で完了する。このとき、低温実装の条件を適用してもシアン化物イオンは除去可能である。
【0024】
シアン化物イオンの含有量は、10ppm以上1000ppm以下とする。塩化物イオンの含有量が低減された金粉末では、シアン化物イオンの含有量が10ppm未満では保護剤としての効果が薄く、凝集性の低下が望めない。一方、シアン化物の含有量の上限は1000ppmとする。シアン化物イオンは、比較的低温で脱着できるが、不純物である点においては塩化物イオンと同等である。過剰のシアン化物イオンの付加は、金粉末から形成された接合部・封止部への残留のおそれに繋がる。金粉末から形成された接合部・封止部にシアン化物イオンが残留すると、塩化物イオンと同様の影響が生じる。この点を考慮して、シアン化物の含有量の上限は1000ppmとした。
【0025】
本発明におけるシアン化物イオンの含有量は、塩化物イオンの含有量と同様に金粉末の全体の質量に対するシアン化物イオン量である。また、シアン化物イオンの含有量の測定も、加熱脱着法が好ましい。
【0026】
(iv)塩化物イオンの含有量とシアン化物イオンの含有量との関係
上記したとおり、塩化物イオンとシアン化物イオンは、いずれも金粉末の凝集抑制の作用を有する。従って、本発明で制限された範囲内(100ppm以下)の塩化物イオンも、シアン化物イオンと共に保護剤として作用する。かかる観点から、本発明では、塩化物イオンの含有量とシアン化物イオンの含有量との合計が110ppm以上1000ppm以下であることが好ましい。塩化物イオン含有量が上限(100ppm)付近にあるときは、シアン化物イオンの含有量を低減しても有効となる。尚、塩化物イオンの含有量とシアン化物イオンの含有量との合計の下限値に関しては、保護剤としての作用のみを重視する場合には、120ppmとするのが好ましい。接合部や封止部の純度を重視する場合では、110ppmを下限とするのが好ましい。また、塩化物イオンの含有量とシアン化物イオンの含有量との合計の上限値は、500ppmがより好ましく、300ppmが更に好ましい。
【0027】
一方、本発明では、塩化物イオン含有量が極力低減された金粉末が好ましい。塩化物イオンは、保護剤としての作用よりも、金粉末から形成される接合部への残留を忌避すべきだからである。そのような金粉末においては、シアン化物イオンの役割がより重要となる。上記のとおり、塩化物イオン含有量の下限値は10ppm程度が好ましい。よって、上述の塩化物イオンの含有量とシアン化物イオンの含有量の合計量の好適範囲を考慮すると、シアン化物イオンの含有量を100ppm以上とすることが好ましい。即ち、本発明においてシアン化物イオンの含有量は、100ppm以上1000ppm以下が好ましい。
【0028】
(v)他の不純物元素
本発明に係る金粉末は、塩化物イオン及びシアン化物イオン以外の不可避不純物元素を含むことがある。具体的な不可避不純物元素は、Na、Al、Fe、Cu、Se、Sn、Ta、Pt、Bi、Pd、S、Ag、Br、Siである。不可避不純物元素の合計量は、500ppm以下が好ましく、300ppm以下が更に好ましい。尚、これらの不可避不純物は、金粉末表面に吸着・付着した状態で存在する場合の他、金粉末と反応・合金化した状態で存在し得る。
【0029】
(B)本発明に係る金粉末の製造方法
以上のとおり、本発明に係る金粉末は、塩化物イオンの含有量を抑制する一方で、所定範囲のシアン化物イオンを含有する。この金粉末は、従来の金粉末の製造方法に対して、シアン化物溶液で処理する工程を付与することで製造できる。即ち、本発明に係る金粉末の製造方法は、湿式還元法により、純度99.9質量%以上の金からなり、平均粒径0.01μm以上1.0μm以下の金粉末を製造する工程と、前記金粉末に、シアン化物溶液を接触させることで、塩化物イオンを低減させる工程と、を含む。
【0030】
既に述べたとおり、湿式還元法とは、金属(金)の化合物溶液に還元剤を添加することで金属(金)を析出させる工程を基礎とする方法である。本発明に係る金粉末は、平均粒径0.01μm以上1.0μm以下のサブミクロンオーダーの金粒子であることが前提となり、この粒径範囲に調整できる方法が好ましい。そこで、金の超微粒子を核粒子として分散させた溶液に、還元剤と金化合物溶液を供給し、核粒子の表面上に金を析出させて粒径を調整する工程を含む湿式還元法(特許文献8)で金粉末を製造することが好ましい。この湿式還元法で使用される金化合物溶液としては塩化金酸溶液が好ましい。工業的に安価で且つ安定しているからである。この金化合物溶液は塩化物イオンを含む。この湿式還元法による金粉末の製造工程については、従来の条件、工程が適用され、本発明により限定される事項はない。尚、湿式還元法によって製造された金粉末について、予め適宜の溶媒で洗浄し、塩化物イオン等の不純物の含有量をある程度低減させても良い。
【0031】
そして、製造した金粉末とシアン化物溶液とを接触させることで、塩化物イオンを低減させる。この処理において、シアン化物溶液は金粉末の表面を溶解し、極微量の金と共に塩化物イオンを除去すると共に、金粉末にシアン物イオンを添加する。この処理において、シアン化物溶液は、シアン化カリウム、シアン化ナトリウム等の溶液が挙げられる。これらのシアン化物溶液のシアン化物イオン濃度は、0.01質量%以上5質量%以下が好ましい。0.01質量%未満では金粉末表面の溶解を進行させることが困難となり、塩化物イオンの低減に時間がかかることとなる。また、5質量%を超えると金粉末の溶解速度が高くなり過ぎ、所望の粒径範囲の金粉末とするのが困難となる。
【0032】
また、本発明では、シアン化物イオンの含有量を所定範囲にすることを要する。シアン化物イオンの含有量は、シアン化物溶液のシアン化物イオン濃度と処理時間によって調整される。シアン化物溶液による処理時間は、金粉末の量によるが、上記したシアン化物イオン濃度の溶液では、1分以上1時間以下とするのが好ましい。
【0033】
上記シアン化物溶液による金粉末への処理によって、本発明に係る金粉末が製造される。尚、シアン化物溶液の処理後の金粉末を洗浄しても良い。洗浄は、水、アルコール等の溶媒が使用できる。
【0034】
(C)本発明に係る金粉末を適用する金ペースト
本発明に係る金粉末を接合・封止・電極形成等の用途に供するときには、金粉末をペースト化するのが通常である。この金ペーストは、上記金粉末を有機溶剤に分散することで形成される。
【0035】
(i)金ペーストの溶媒
金粉末を分散させる溶媒は、有機溶媒である。有機溶媒は、加熱により容易に揮発・消失することから、接合部をクリーンな状態にすることができる。有機溶媒として好ましいのは、沸点200~400℃(大気圧下)のものである。有機溶剤の沸点が200℃未満であると、蒸発速度が速すぎて金属粒子が凝集する可能性があり、また、ペースト塗布の段階から揮発する可能性があり取り扱いが難しくなる。一方、沸点が400℃を超える有機溶剤は、加熱後であっても接合部に残留する可能性がある。
【0036】
本発明で利用可能な有機溶剤の具体例としては、分岐鎖状飽和脂肪族2価アルコール類、モノテルペンアルコール類が好ましい。より具体的には、分岐鎖状飽和脂肪族2価アルコールとしては、プロピレングリコール、1,2-ブタンジオール、1,3-ブタンジオール、1,2-ペンタンジオール、1,3-ペンタンジオール、1,4-ペンタンジオール、1,5-ペンタンジオール、2,3-ペンタンジオール、2,4-ペンタンジオール、1,2-ヘキサンジオール、1,3-ヘキサンジオール、1,4-ヘキサンジオール、1,5-ヘキサンジオール、1,6-ヘキサンジオール、及び、2,4-ジエチル-1,5-ペンタンジオールといったこれらの誘導体等が用いられる。また、モノテルペンアルコールとしては、シトロネロール、ゲラニオール、ネロール、メントール、テルピネオール(α、β)、カルベオール、ツイルアルコール、ピノカンフェオール、β-フェンチルアルコール、ジメチルオクタノール、ヒドロキシシトロネロール、2,4-ジエチル-1,5-ペンタンジオール、トリメチルペンタンジオールモノイソブチレート、及び、これらの誘導体等が用いられる。また、一価のカルボン酸と多価アルコールとの縮合反応より得られる化合物も有効であり、例えば、トリエチレングリコール・ジ-2-エチルヘキサノエート、トリエチレングリコール・ジ-2-エチルプタノエートがある。尚、有機溶媒の沸点は、その炭素数に依存する傾向があるため、適用する溶媒はそれぞれ炭素数5~20であるものが好ましい。この観点から、芳香族炭化水素でも良く、例えばアルキルベンゼンも機能的に問題ない。
【0037】
有機溶媒は、1種類の有機溶媒を適用しても良いが、沸点の相違する2種以上の有機溶剤を混合したものを適用しても良い。有機溶剤を低沸点と高沸点の溶剤で構成することで、金属粒子の含有率調整の処理において、低沸点側の有機溶剤を揮発除去させて、調整を容易なものとすることができるからである。
【0038】
(ii)金ペースト中の金粉末の含有量
金ペースト中における金粉末の含有量は、質量基準(ペースト全体の質量を基準とする)で80~99質量%であることが好ましい。80質量%未満であると、昇温中にボイドが発生することで好適な結合状態の接合部が得難くなる。また、99質量%を超えると金粉末の凝集が生じる場合がある。金粉末の含有量は、82~98質量%がより好ましい。
【0039】
(iii)金ペーストの好適な物性
尚、上記した先行技術(特許文献7)が述べるように、金属ペーストの塗布性を判定する基準のひとつとして、チクソトロピー指数値(TI値)が挙げられる。TI値は、TI値は、せん断速度が異なる2種の回転速度により測定される粘度の比を用いて算出される。本発明においては、測定温度23℃における回転粘度計によるシェアレート40/sの粘度(V40)と、シェアレート4/sの粘度(V)との比(V/V40)から算出されるTI値が、6.0以上であることが好ましい。このTI値は、金属ペースト中における金粉末の含有量により制御することができ、金粉末の含有量を上記の好適範囲とすることで、この好適なTI値を得ることができる。
【0040】
(iv)金ペーストの他の構成
また、金属ペーストは添加剤を含んでいても良い。添加剤としては、アクリル系樹脂、セルロース系樹脂、アルキッド樹脂から選択される一種以上を含有することがある。これらの樹脂等を更に加えるとペースト中の金粉末の凝集が防止されてより均質な接合部が形成できる。尚、アクリル系樹脂としては、メタクリル酸メチル重合体を、セルロース系樹脂としては、エチルセルロースを、アルキッド樹脂としては、無水フタル酸樹脂を、それぞれ挙げることができる。そして、これらの中でも特にエチルセルロースが好ましい。
【0041】
(D)本発明に係る金粉末の各種用途
上述のとおり、本発明に係る金粉末は、電器・電子分野等における接合、封止、電極・配線形成の各種用途に有効である。本発明に係る金粉末をこれらの用途に供するとき、上記した金ペーストの状態で接合等の対象物に塗布される。そして、その用途に応じて金ペーストを加熱して金粉末焼結体を形成する。この金粉末焼結体が、接合・封止のための媒体や電極・配線を構成する。以下に本発明に係る金粉末が有効に作用し得る用途の具体例について説明する。
【0042】
(D-1)接合用途
本発明に係る金粉末及び金ペーストは、一対の接合部材を接合する方法において有用である。この接合方法では、塗布後の金ペーストをそのまま接合媒体として利用する態様と、金ペーストを金属粉末焼結体とし、これを接合媒体として利用する態様とがある。
【0043】
塗布後の金ペーストをそのまま接合媒体とする接合方法は、一対の接合部材を接合する方法において、下記工程を含むことを特徴とする接合方法である。
【0044】
(a)一方の接合部材に、上記した本発明に係る金粉末と有機溶剤とからなる金ペーストを塗布する工程。
(b)塗布された前記金属ペーストを介して前記一方の接合部材と他方の接合部材とを重ねた後、少なくとも金属ペーストを80℃以上300℃以下の温度で加熱して一対の接合部材を接合する工程。
【0045】
一方、金属粉末焼結体を接合媒体とする接合方法は、一対の接合部材を接合する方法において、下記工程を含むことを特徴とする接合方法である。
【0046】
(a)一方の接合部材に、上記した本発明に係る金粉末と有機溶剤とからなる金ペーストを塗布する工程。
(b)前記金ペーストを80~300℃の温度で焼結させて金属粉末焼結体とする工程。
(c)形成した前記金属粉末焼結体を介して前記一方の接合部材と他方の接合部材とを重ね、少なくとも金属粉末焼結体を加熱すると共に、一方向又は双方向から加圧して接合する工程。
【0047】
(D-2)封止用途
本発明に係る金粉末及び金ペーストは、封止方法においても有用である。この封止方法では、塗布後の金ペーストを金属粉末焼結体とし、これを封止媒体として利用する。本発明に係る金粉末による封止方法とは、内容物が設置される基材と、前記基材に対する蓋体とを接合する封止方法において、下記工程を含むことを特徴とする方法である。
【0048】
(a)基材又は蓋体に、本発明に係る金金粉末と有機溶剤とからなる金属ペーストを塗布する工程。
(b)前記金属ペーストを80~300℃の温度で焼結させて金属粉末焼結体とする工程。
(c)前記金属粉末焼結体を介して基材と蓋体とを重ね、少なくとも金属粉末焼結体を加熱しながら、一方向又は双方向から加圧して基材と蓋体とを接合する工程。
【0049】
(D-3)電極又は配線の形成用途
更に、本発明に係る金粉末及び金ペーストは、基板材上に電極又は配線を形成する方法にも有用である。この電極・配線形成方法では、塗布後の金ペーストを金属粉末焼結体とし、これを製造目的である電極・配線の構成とする。本発明に係る金粉末による電極又は配線の形成方法は、基板材上に電極又は配線を形成する方法において、下記工程を含むことを特徴とする方法である。
【0050】
(a)基板上に本発明に係る金金粉末と有機溶剤とからなる金属ペーストを塗布する工程。
(b)前記金属ペーストを80~300℃の温度で焼結させて金属粉末焼結体からなる電極又は配線を形成する工程。
【0051】
以上のとおり、本発明に係る金粉末の各使用においては、金粉末を含む金ペーストの塗布後の焼結工程の有無によって区別できる。そこで、本発明の各使用の詳細な説明について、焼結工程を含まない使用(接合方法)と、焼結工程を含む使用(接合方法、封止方法、電極・配線の形成方法)に分けて説明する。
【0052】
(I)焼結工程を含まない使用(接合方法)
(I-i)金ペーストの塗布工程
この接合方法における、金ペーストの塗布工程では、塗布の対象物である接合部材の形状、寸法、構造は、その目的に応じたものが適用され特に制限されることはない。金ペーストの塗布方法としては、特に限られるものはなく、例えば、スピンコート法、スクリーン印刷法、インクジェット法、ペーストを滴下後にヘラ等で広げる方法等、対象物のサイズや形状等に対応させて種々の方法を用いることができる。尚、接合部材の表面上に金又は他の金属からなる薄膜が形成されていても良い。
【0053】
(I-ii)接合工程
上記塗布工程後、塗布された金属ペーストを介して一方の接合部材と他方の接合部材とを重ね、加熱することで接合がなされる。この加熱は、金ペースト中の溶剤を揮発辞去すると共に、金粉末を焼結させて強固な接合部を形成するための処理である。加熱処理は、80℃以上300℃以下の温度で、少なくとも金属ペーストを加熱する。このとき、両接合部材の一部又は全体を加熱しても良い。
【0054】
また、上記接合工程においては加熱と共に接合部材を加圧しても良い。一方の接合部材と他方の接合部材とを重ねた後、一対の接合部材を一方向又は双方向から加圧して接合することができる。加圧により金粉末は塑性変形しながら強固に結合して緻密化し、接合強度を高めることができる。この加圧の圧力は、接合界面と金粒子の接触状態を改善する目的であれば1MPa~10MPa、接合部の緻密化のためであれば20MPa以上100MPa以下が好ましい。
【0055】
(II)焼結工程を含まない使用(接合方法、封止方法、電極・配線の形成方法)
(II-i)金ペーストの塗布工程
焼結工程を含む場合であっても、金ペーストの塗布工程は、焼結工程のない接合方法と同様の内容となる。塗布の対象物である接合部材、基材、蓋体、基板の形状、寸法、構造は、その目的に応じたものが適用され特に制限されることはない。基材・基板上に金又は他の金属からなる薄膜が形成されていても良い。また、電極・配線パターンを形成するためのレジストが塗布された状態であっても良い。金ペーストの塗布方法としては、特に限られるものはなく、例えば、スピンコート法、スクリーン印刷法、インクジェット法、ペーストを滴下後にヘラ等で広げる方法等、対象物のサイズや形状等に対応させて種々の方法を用いることができる。
【0056】
金ペーストの塗布後は、必要に応じて乾燥処理を行っても良い。後述の焼結工程前に予め乾燥処理を行って、塗布された金ペーストから有機溶剤を揮発・除去し金粒子の含有率を高めることで、好適に焼結の進行を図ることができる。乾燥処理は、金ペーストを加熱して揮発させる方法が挙げられる。このとき、加熱温度としては、室温以上80℃未満で1分以上60分以下加熱するのが好ましい。また、有機溶剤の揮発性を利用して、金ペーストを減圧雰囲気に置くことで乾燥処理をすることもできる。このときの、雰囲気圧力は0.1kPa~70kPaにし、保持時間を1~60分間とするのが好ましい。但し、乾燥工程は必須の工程ではなく、ペースト塗布後に直ちに焼結工程を行っても良い。
【0057】
(ii)金ペーストの焼結工程
塗布された金ペーストを加熱して金粉末を焼結させて金属粉末焼結体とする。この工程における加熱温度は、80~300℃とする。80℃未満では金属粒子同士の点接触・結合が弱くなるからであり、300℃を超える温度とすると、金属粒子同士の結合が過度に進行し金粉末間のネッキングが生じて強固に結合し、硬すぎる状態となるからである。また、300℃を超える加熱は、基材や基板等の変形や熱影響が生じる恐れがある。焼結工程における加熱時間は、10分間以上120分間以下とするのが好ましい。尚、焼結工程における雰囲気は、大気中でも良いが、真空雰囲気や不活性ガス雰囲気でも良い。また、この焼結工程は、無加圧で行う。
【0058】
以上の焼結工程により、金粉末同士が結合した金属粉末焼結体が形成される。電極(バンプ)・配線の形成においては、この金属粉末焼結体を電極(バンプ)・配線とすることができる。また、接合方法や封止方法においては、金属粉末焼結体を媒体として接合、封止が実施される。
【0059】
(iii)金属粉末焼結体の加圧工程(接合方法、封止方法)
加圧工程は、接合界面と金属粉末焼結体を構成する金粒子との接触状態を改善しつつ接合するための工程である。また、加圧により金粒子同士を塑性変形させながら強固に結合して緻密化して接合することもできる。どの程度まで加圧するかは、接合部に要求される接合強度や封止特性に応じて設定される。これらの作用により、強固な接合部や気密性に優れた封止部が形成される。加圧工程は、金ペーストが塗布された接合部材や基材等と、他方の接合部材、基材等とを重ねて加圧する。加圧の圧力は、1MPa以上100MPa以下とするのが好ましい。特に、接合界面と金粒子との接触状態を改善する目的であれば1MPa以上10MPa以下、接合部の緻密化のためであれば20MPa以上100MPaとするのが好ましい。また、この加圧は、いずれかの接合部材から一方向で行っても良いし、双方向から行っても良い。
【0060】
加圧工程の際には、金属粉末焼結体を加熱しながら加圧することが必要である。加熱しない場合、接合部の緻密化が不十分となり、接合強度が不足するからである。このときの加熱温度は、80~300℃とする。80℃未満では接合が弱くなるからであり、300℃を超えると冷却時の熱歪の影響が大きくなるからである。また、低温実装を考慮したとき、より好ましい温度として、250℃以下とするのが好ましく、200℃以下がより好ましい。このような加圧工程により、金ペースト中の金属粒子の移動及び結合が生じ、強固な接合部・封止部が形成される。
【0061】
以上説明した本発明に係る金粉末の使用(接合方法、封止方法、電極・配線形成方法)は、各用途における基本的な条件を示すものである。金ペーストの塗布工程、焼結工程、加圧工程において、上記した必須となる条件以外の条件は適宜に設定できる。また、本発明は、上述の従来の金粉末の各種の使用(特許文献1~特許文献6)に応用可能であり、接合部材や封止部材の形状を適宜に設定することができ、また、転写用基板の製造にも対応できる。
【発明の効果】
【0062】
以上説明したように、本発明に係る金からなるサブミクロンオーダーの金粉末は、不純物(塩化物イオン)の含有量を単純に低減するのではなく、不純物の保護剤的な作用を認識しつつ、シアン化物イオンという好適な不純物を選定しつつ好適含有量を設定している。これにより、金粉末をペースト化したときの凝集を抑制しつつ、接合条件を低温に設定したときの不純物による影響を回避している。本発明に係る金粉末によれば、低温実装を考慮した接合、封止、電極形成を実施することができる。
【発明を実施するための形態】
【0063】
第1実施形態:以下、本発明の実施形態について説明する。本実施形態では、塩化物イオンとシアン化物イオンそれぞれの含有量を調節した金粉末を製造した。そして、各金粉末の凝集性を検討しつつ、好適な不純物の含有量について検討を行った。本実施形態の金粉末の製造は、湿式還元法により金粉末を製造した後、シアン化物溶液で金粉末を処理した。
【0064】
[金粉末の製造]
純水1Lをビーカーに採り、ホットプレート上で81℃になるまで加熱した。純水が81℃になったところで、アルキルアミン酢酸3gを加え、温度を保持しながら溶液が透明になるまで攪拌した。攪拌後の溶液に塩化ヒドロキシルアンモニウム0.2gを添加して1分間攪拌後、塩化金酸溶液(金0.04g相当)を加え、溶液を80±2℃に保持しながら1時間攪拌して紫色透明の金コロイド溶液を得た。この金の核微粒子を透過型電子顕微鏡により観察したところ、その平均粒径は10nm~50nmの範囲内にあった。
【0065】
上記の金コロイド溶液に、粒径を調整するための塩化金酸溶液2Lを添加した。この塩化金酸溶液は、99.99質量%以上の純度の金地金200gを王水で溶解したものである。そして、塩化金酸溶液の添加後、更に、還元剤として塩化ヒドロキシルアンモニウム200gを加え、溶液を80±2℃に保持しながら0.5時間攪拌して金粉末200gを作製した。この金粉末を濾別し、1Lのイソプロピルアルコール(IPA)に浸漬し30分攪拌して洗浄した。
【0066】
上記の湿式還元法により製造した高純度の金粉末(純度99.99質量%)をシアン化物溶液で処理した。洗浄後の金粉末200gを、シアン化カリウム0.5~5gを純水1Lに溶解したシアン化物溶液に移し、室温下で1分~30分攪拌した後に金粉末を沈降させて上澄みを汲み取り、金粉末から塩化物イオンを除去すると共にシアン化物イオンを付与した。
【0067】
シアン化物溶液による処理後、1LのIPAに浸漬し攪拌する洗浄を複数回行い、本実施形態に係る金粉末を製造した。製造した金粉末は走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察して(5000倍)、平均粒径を計測した。本実施形態の金粉末の平均粒径は0.3μmであった。
【0068】
本実施形態においては、シアン化物溶液による処理の際、溶液のシアン化物濃度と攪拌時間を調整し、塩化物イオン濃度とシアン化物イオンの含有量が相違する複数種の金粉末を製造した。また、一部の金粉末について、シアン化物溶液による処理の後の洗浄回数を増やしてシアン化物イオンの含有量を調整した金粉末も製造した。
【0069】
[塩化物イオン含有量の測定]
以上のように製造した本実施形態に係る金粉末について、塩化物イオンの含有量を測定した。塩化物イオン含有量の測定は、加熱脱着法で行った。金粉末を採取・秤量し、燃焼管中で900℃に加熱して発生したガスを吸着液(過酸化水素水25mLと超純水15mLとの混合液)に吸収させた。そして、吸収液をイオンクロマトグラフで分析し、塩素量(μg)を測定し、採取した金粉末(g)に対する単位質量当たりの塩素量(μg/g(ppm))を、金粉末の塩化物イオン含有量とした。定量下限値は10μg/gである。この塩化物イオン含有量の測定は、上記製造工程のシアン化物溶液の処理前の金粉末(湿式還元直後の洗浄後の金粉末)と、製造後の金粉末(最後の洗浄後の金粉末)について行った。また、シアン化溶液の処理を行わない金粉末も測定対象とした。
【0070】
[シアン化物イオン含有量の測定]
シアン化物溶液の処理後の製造された各金粉末について、シアン化物イオン含有量の測定を行った。シアン化物イオン含有量の測定も加熱脱着法で行った。その操作は、上記と略同様であるが、シアン化物イオンに関しては加熱温度を300℃4時間として加熱しガスを発生させた。また、吸収液中のシアン化物イオンの定量をイオンクロマトグラフ・ポストカラム吸光光度法で測定した。そして、吸収液中のシアン量(μg)から、採取した金粉末(g)に対する単位質量辺りのシアン量(μg/g(ppm))を、金粉末のシアン化物イオン含有量とした。定量下限値は5μg/gである
【0071】
本実施形態で製造した各種金粉末の粒径、塩化物イオン含有量、シアン化物イオン含有量は下記のとおりであった。
【0072】
【表1】
【0073】
次に、製造した金粉末について、その凝集性を評価した。この検討は、金粉末10gを100mLのIPAに投入し、超音波洗浄機でビーカーに超音波振動を付与して均質な懸濁液を生成する。このとき赤茶色の懸濁液なり、均質であることが確認されてから超音波洗浄機を停止する。これにより金粉末が沈降し、懸濁液の上層から色が薄くなる。本実施形態では、ビーカーの25mL標線に沈降した沈殿が積層するまでの時間(これを沈降時間と称する)を計測した。凝集性が高い金粉末は、凝集により見掛けの粒径が粗大となるので沈降速度が速く、沈降時間が短くなるのでこれを凝集性の指標とした。この沈降時間の測定結果を表2に示す。
【0074】
【表2】
【0075】
湿式還元法による製造後に1回洗浄した金粉末(No.1)では、塩化物イオン含有量が200ppmであった。この金粉末は、高い塩化物イオン含有量に基づき沈降時間が長く凝集性の低い金粉末である。この金粉末を再度洗浄して塩化物イオン含有量を100ppm以下にした金粉末(No.2)は、沈降速度が格段に短くなり、凝集性が増大していることが確認された。塩化物イオン含有量を低減しつつシアン化物イオンを付加したNo.3~No.9の金粉末は、いずれもNo.2の金粉末よりも沈降速度が長くなっており、シアン化物イオンによる凝集性抑制の効果が確認できる。但し、シアン化物イオンの含有量が10ppm未満の金粉末(No.3)に関しては、No.2の金粉末の沈降速度と大差はなく、10ppm程度のシアン化物イオンの添加は必須であると考えられる。また、特に効果的な金粉末は、塩化物イオン含有量とシアン化物イオン含有量との合計において110ppm以上であるもの(No.4~No.9)であると考えられる。
【0076】
第2実施形態(接合方法):本実施形態では、第1実施形態で製造した金粉末で金ペーストを製造した。そして、製造した金ペーストによる電子部材の接合プロセスを実証試験した。
【0077】
金ペーストは、第1実施形態のNo.1、No.4、No.6の3種の金粉末(純度99.99重量%、平均粒径:0.3μm)を使用した。これらの金粉末と、有機溶剤であるエステルアルコール(2,2,4-トリメチル-3-ヒドロキシペンタイソブチレート(C1224))と混合して金ペーストを調整した。有機溶剤の配合割合は、5重量%とした。
【0078】
本実施形態では電子部材として半導体(Si)チップにNi板を接合した。半導体チップには、Au(0.3μm)/Pt(0.1μm)/Ti(0.05μm)が蒸着法で膜形成されている。また、Ni基板には、Au(1μm)/Pd(1μm)がめっき法で膜形成されている。
【0079】
まず、半導体チップ上に金ペーストを塗布した(塗布面積4mm)。塗布後、上記のNi板を半導体チップの上に載置後、200℃に加熱、無加圧で20分間保持して接合した。
【0080】
以上の接合工程を各種金粉末(金ペースト)毎に行い、それぞれの半導体チップの接合部の健全性を評価した。この評価試験では、半導体チップを真空中で200℃に加熱し、加熱炉からの排気を吸収液に接触させて塩素、シアンの検出の有無を確認した。塩素、シアンの検出があれば、接合部から不純物ガスの放出があったこととなる。
【0081】
この試験の結果、No.4(塩化物イオン含有量90ppm、シアン化物イオン含有量20ppm)、No.6(塩化物イオン含有量20ppm、シアン化物イオン含有量500ppm)の金粉末で形成した接合部に関しては不純物ガスの放出はないことが確認された。一方、No.1(塩化物イオン含有量200ppm、シアン化物イオン含有量0ppm)の金粉末については、極僅かであったが塩素の検出が確認された。本実施形態の接合試験の接合温度は、200℃と比較的低い温度で設定されている。No.1の金粉末の場合、この接合温度では塩化物イオンが接合部に残留していると考えられる。一方、No.4、No.6の金粉末の場合、塩化物イオン含有量が低減されているので、その残留のおそれがなくなっている。No.6の金粉末では、シアン化物イオン含有量が高いが、金ペースト塗布後の乾燥、焼結の過程でシアン化物イオンの多くが放出され、接合工程ではその影響が薄くなっていると考えられる。
【0082】
第3実施形態(封止方法):本実施形態では、第1実施形態で製造した金粉末(No.6)と製造条件を変更して製造した金粉末から金ペーストを製造した。そして、製造した金ペーストにより、電子部品用パッケージの気密封止を行った。
【0083】
ここで使用した金粉末は、第1実施形態のNo.6と、第1実施形態の製造条件の一部を変更して製造した粒径の異なる2種の金粉末の合計3種の金粉末である。本実施形態で製造した金粉末は、第1実施形態の湿式還元法において、核微粒子である金コロイドの溶液に添加する塩化金酸溶液の量を1/10又は10倍にして製造された。そして、No.6の金粉末と同様の条件でシアン化物溶液の処理を行った。これらの金粉末(No.10、No.11)の平均粒径は、0.1μm(No.10)、0.5μm(No.11)であった。これらの金粉末については、第1実施形態と同様にして、塩化物イオン含有量とシアン化物イオン含有量を測定した(結果は後述する)。
【0084】
本実施形態では、第2実施形態と同様の溶媒、条件で金ペーストを製造してパッケージの気密封止を試行した。このパッケージは、圧電素子パッケージ等で使用されるパッケージであり、アルミナセラミックス製のベース部材(寸法:2.5mm×2.0mm)と、コバール製のキャップ部材(蓋部材)とで構成される。いずれも、Au(1μm)/Pd(1μm)/Ni(1μm)めっき膜が形成されている。
【0085】
封止作業は、まず、フォトレジスト法により、キャップ部材の四辺に沿った幅20μmの枠状領域に金ペーストを塗布した。金ペーストの塗布後、レジストを除去して、キャップ部材を電気炉にて、230℃で30分加熱して金ペーストを焼結し、封止材となる金属粉末焼結体を形成した。
【0086】
次に、ベース部材に焼結工程後のキャップ部材を載置して接合した。キャップ部材の接合は、パッケージを真空雰囲気下(1×10-1Pa)にあるヒートステージに載置し、ステージからの伝熱でパッケージが設定した接合温度(200℃)となるようにしつつ、キャップ部材から荷重10N(100MPa)をかけて行った。この封止工程での加熱及び加圧時間は、10分間とした。
【0087】
そして、封止工程後のパッケージについて、ヘリウムリークテスト(ベルジャー法)を行い、封止部の健全性を確認した。この評価は、ヘリウムリークレートが10-9Pa・m/s以下を合格とした。この試験結果を表3に示す。
【0088】
【表3】
【0089】
表3から、本実施形態で使用した金粉末は、パッケージ封止にも有用であることが確認できた。本実施形態の金粉末は、シアン化物イオン含有量は比較的高いものの、その影響はないことが分かった。そして、封止時の接合温度を200℃としても、本実施形態の金粉末は有効な封止部を形成できる。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明に係る金粉末は、塩化物イオンによる悪影響を低減しつつ、ペースト化したときの凝集が抑制されている。本発明は、金粉末に含有される不純物の保護剤的な作用を認識し、好適な不純物としてシアン化物イオンを特定してその好適な含有量を設定している。本発明に係る金粉末は、低温実装に対応可能であり、電子部品、半導体デバイス、パワーデバイス、MEMS等の各種用途における接合、封止、電極・配線形成の用途に有効である。