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特許7416145ニコチンアミドモノヌクレオチドの製造方法およびその方法に用いる形質転換体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-09
(45)【発行日】2024-01-17
(54)【発明の名称】ニコチンアミドモノヌクレオチドの製造方法およびその方法に用いる形質転換体
(51)【国際特許分類】
   C12P 19/30 20060101AFI20240110BHJP
   C12N 15/31 20060101ALI20240110BHJP
   C12N 1/15 20060101ALN20240110BHJP
   C12N 1/19 20060101ALN20240110BHJP
   C12N 1/21 20060101ALN20240110BHJP
   C12N 5/10 20060101ALN20240110BHJP
   C12N 9/12 20060101ALN20240110BHJP
   C12N 15/54 20060101ALN20240110BHJP
【FI】
C12P19/30 ZNA
C12N15/31
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12N9/12
C12N15/54
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2022130871
(22)【出願日】2022-08-19
(62)【分割の表示】P 2021100525の分割
【原出願日】2018-09-27
(65)【公開番号】P2022166242
(43)【公開日】2022-11-01
【審査請求日】2022-08-19
(31)【優先権主張番号】P 2017190028
(32)【優先日】2017-09-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【弁理士】
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【弁理士】
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(74)【代理人】
【識別番号】100162503
【弁理士】
【氏名又は名称】今野 智介
(74)【代理人】
【識別番号】100144794
【弁理士】
【氏名又は名称】大木 信人
(72)【発明者】
【氏名】秋山 卓理
【審査官】田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/069860(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/083858(WO,A2)
【文献】米国特許出願公開第2009/0246803(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第106755209(CN,A)
【文献】国際公開第2016/198948(WO,A1)
【文献】特開2013-21967(JP,A)
【文献】J. Am. Chem. Soc.,1983年,Vol.105,p.7428-7435
【文献】ACTA NATURAE,2016年,Vol.8, No.4,p.82-90
【文献】ChemBioChem,2010年,Vol.11,p.67-70
【文献】Biochemistry,2008年,47(42),11086-11096
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 19/30
C12N 15/00-15/90
C12N 9/12
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(I)(d)EC 3.5.1.42に示されるEC番号に分類される酵素をコードする遺伝子と、以下の(a)(c)(g)(h)(i)に示されるいずれか一つ以上のEC番号に分類される酵素をコードする遺伝子とが破壊または欠失され、かつ、ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ(Nampt)の発現が、バクテリア由来の前記酵素の遺伝子を導入することにより、形質転換を行う前の宿主の細胞ないし菌体よりも強化され形質転換体
(II)前記(I)の形質転換体から調製した休止菌体、膜透過性向上菌体、不活化菌体もしくは破砕菌体、または当該破砕菌体から調製した無細胞抽出物もしくは精製酵素、あるいは
(III)前記(I)の形質転換体または前記(II)の処理物に対して安定化処理を行った安定化処理物を、
少なくともニコチンアミド(NAM)およびホスホリボシルピロリン酸(PRPP)と接触させる工程を含む、NMNの製造方法。
(a)EC 3.1.3.5
(c)EC 2.4.2.1
(g)EC 3.2.2.1
(h)EC 3.2.2.3
(i)EC 3.2.2.14
【請求項2】
反応系に添加するATP、ADPおよびAMP各モル数の総和が、生成するNMNのモル数の0.5当量以下である(ただし、ADPおよび/またはAMPを添加する場合は、ATP再生系を共役させる。)、請求項1に記載のNMNの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニコチンアミドモノヌクレオチド等の核酸系化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)は、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)の合成中間体である。近年、NMNはNAD+への変換を通じて長寿遺伝子「サーチュイン」の活性をコントロールすること、NMNをマウスに投与すると抗老化作用が示されることが明らかにされた。さらに、NMNは糖尿病、アルツハイマー病、心不全などの疾患の予防や症状の改善に効果があることも報告されている。このようなNMNには、機能性食品、医薬品、化粧品等の成分としての用途が期待されており、生産性の向上を目指して、効率的な製造方法の研究開発が進められている。
【0003】
特許文献1には、ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ(Nampt)を過剰発現させた細胞(酵母、細菌等)を単離し、その細胞をニコチンアミド(NAM)の存在化で培養する、NMNの製造方法が記載されている(請求項1,13,15等)。Namptは、NAMと細胞内で生合成されるホスホリボシルピロリン酸(PRPP)とからNMNを生成する酵素である。特許文献1には、PRPPの生合成を促進するため、前記細胞にさらにホスホリボシルピロリン酸シンターゼ(Prs)を過剰発現させることも記載されている(請求項3等)。Prsは、リボース-5-リン酸(R5P)およびATPから、PRPPおよびAMPを生成する酵素である。特許文献1では、特定の酵素を過剰発現する細胞を生かした状態で、炭素源、窒素源等を含有する培地で培養させながら、生体内での酵素反応によりNMN等の目的化合物を生成させている。
【0004】
特許文献2には、反応生成物に対する感受性が弱められた(つまり、Prsにより生成するPRPPによる負のフィードバックを受けにくいため、系内へのPRPPの供給量を増加させることができる)Prs変異体を用いた、NAD前駆体の合成システムが記載されている(請求項1、段落0068等)。このPrs変異体は、組換え体において生成され、単離、精製されたものであってもよいことも記載されている(請求項6等)。特許文献2には、システムがさらにNampt、ATP、R5P、PRPPを含んでいてもよいことも記載されている(請求項10、20、21、23等)。
【0005】
一方、非特許文献1には、リボキナーゼ(Rbk、当該文献ではRKと表記されている)、Prs(同じくPPSと表記されている)およびヒポキサンチンホスホリボシルトランスフェラーゼ(8B3)の3つの酵素を用いて、リボースからイノシン一リン酸(IMP)を合成する方法が記載されている。Rbkは、リボースおよびATPからR5PおよびADPを生成する反応(i)に関与し、Prsは、R5PおよびATPからPRPPお
よびAMPを生成する反応(ii)に関与し、8B3は(iii)PRPPおよびイノシン酸
からIMPおよびピロリン酸(PPi)を生成する反応に関与する。上記の非特許文献1に記載の方法では、反応(ii)で生成するAMPから、アデニル酸キナーゼによりADPが再生される。また、その再生されたADPおよび反応(i)で生成するADPから、ホ
スホエノールピルビン酸およびピルビン酸キナーゼにより、ATPが再生される。
【0006】
特許文献3には、単独でAMPからATPを合成可能な酵素であるポリリン酸キナーゼ(Ppk)2型を、ポリリン酸およびAMPと反応させる、ATPの製造方法が記載されている。そのようなポリリン酸キナーゼ2型として、好熱菌(Thermosynechococcus elongatus等)に由来する、特定のアミノ酸配列を有するポリリン酸キナーゼが開示されてい
る。特許文献3にはさらに、ATPを利用して物質(目的化合物)を製造する方法において、上記のATPの製造方法を同時に実施することにより、目的化合物の合成反応とATPの再生反応を共役させ、AMPから再生されたATPが目的化合物の合成に利用されるようにすることも記載されている。
【0007】
特許文献4には、70℃、10分間の熱処理でも失活しない好熱菌由来のPpkの遺伝子を含む大腸菌を、大腸菌の通常の酵素が活性を失い、かつポリリン酸の細胞透過性が得られる、60~80℃で加熱して、大腸菌の細胞膜が破壊された状態で、ATPの再生反応を行う方法が記載されている。
【0008】
特許文献5には、NAM、ATPおよびリボースを原料とし、ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ、リボースリン酸ピロリン酸キナーゼおよびリボースキナーゼの触媒作用下で反応させるニコチンアミドモノヌクレオチドの製造方法が記載されている。
【0009】
非特許文献2には、好熱菌由来のPpkおよびそれによるATP再生系を利用した、グリセロール三リン酸の合成方法が記載されている。その方法では、グリセロール、ADP、ポリリン酸、グリセロールキナーゼ(GK)、Ppk等を含む緩衝液を初発反応液として用い、逐次ポリリン酸を添加しながら、反応を進行させている。
【0010】
非特許文献3には、Streptococcus sanguinis由来のグルタチオンシンターゼ(Gsh
F)と、特許文献3に記載されているものと同様の活性を有する、好熱菌Thermosynechococcus elongates BP-1由来のPpkによるATP再生系とを共役させた、カスケード反応によるグルタチオンの製造方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】国際公開2015/069860号
【文献】国際公開2016/198948号
【文献】特開2013-021967号
【文献】特開2007-143463号
【文献】国際公開2017/185549号
【非特許文献】
【0012】
【文献】Scism, Robert A. and Bachmann, Brian O. "Five‐component cascade synthesis of nucleotide analogues in an engineeredself‐immobilized enzymeaggregate." ChemBioChem 11.1 (2010): 67-70.
【文献】Restiawaty, Elvi et al. "Feasibility ofthermophilic adenosine triphosphate-regeneration system using Thermusthermophilus polyphosphate kinase." Process Biochemistry 46.9 (2011):1747-1752.
【文献】Zhang, Xing et al. "One-pot synthesis ofglutathione by a two-enzyme cascade using a thermophilic ATP regenerationsystem." Journal of Biotechnology 241 (2017): 163-169.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、特許文献1~5および非特許文献1~3に開示された方法は、NMNを効率的に製造するうえで問題があり、優れた方法とは言えない。具体的には、特許文献1では、特定の酵素を過剰発現する細胞を生かした状態で、炭素源、窒素源等を含有する培地で培養させながら、生体内での酵素反応によりNMNを生成させているが、その生成量
は300nmol-NMN/g-酵母湿菌体重量(実施例1)である。仮に、酵母乾燥菌体重量/酵母湿菌体重量の比が0.2と仮定すると、約0.5g-NMN/kg―酵母乾燥菌体重量となり、生成量が低いという問題がある。
【0014】
特許文献2には、反応生成物に対する感受性が弱められたPrs変異体を用いた、NAD前駆体の合成システムが記載されている。しかし、NMNの生成を示す実施例は記載されておらず、具体的なNMNの製造方法や生成量は示されていない。
【0015】
特許文献3には、単独でAMPからATPを合成可能な酵素であるポリリン酸キナーゼ(Ppk)2型をポリリン酸およびAMPと反応させるATPの製造方法と、目的化合物の合成反応とを共役させる、物質の製造方法が記載されている。しかし、具体的なNMNの製造方法や生成量は示されていない。
【0016】
特許文献4には、好熱菌由来のPpkの遺伝子を含む大腸菌を加熱して、大腸菌の細胞膜が破壊された状態で、ATPの再生反応を行う方法が記載されているが、具体的なNMNの製造方法や生成量は示されていない。
【0017】
特許文献5には、ニコチンアミド、ATPおよびリボースを原料とし、ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ、リボースリン酸ピロリン酸キナーゼおよびリボースキナーゼの触媒作用下で反応させるニコチンアミドモノヌクレオチドの製造方法が記載されている。しかし、特許文献5では、NMNの製造に多量のATPを使用している。具体的には、NMN製造のために反応系に添加するATPのモル数が、生成するNMNのモル数の2倍以上となっている。ATPは高価な原料であるため、コスト的に効率的な製造方法とは言えない。
【0018】
従って、これまでにも多くのNMNの製造法は示されているが、NMNの生成量およびNMNの製造ために必要となるATPの量の観点から、いずれも十分なものではなかった。
【0019】
本発明は、生産効率に優れたニコチンアミドモノヌクレオチドの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らは、Nampt、PrsおよびPpkの3酵素の発現が強化された形質転換体、前記3酵素を発現させた無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物を、R5P、NAM、ATP、およびポリリン酸と接触させて酵素反応を進行させた場合(図1参照)、従来の方法よりも効率的に、また安価にNMNを生産することができることを見出した。さらに、前記R5Pを、RbkおよびPpkの2酵素の発現が強化された形質転換体、前記2酵素を発現させた無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物を、リボース、ATP、およびポリリン酸と接触させて製造する場合は、一層効率的かつ安価にNMNを生産することができることを見出し、第一の発明群を完成させるに至った。
【0021】
また、本発明者らは、ピロホスファターゼ(PPase)の存在下で、Namptの発現が強化された形質転換体、前記酵素を発現させた無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物を、NAMおよびPRPPと接触させて酵素反応を進行させた場合、従来の方法よりも効率的にNMNを生産することができることを見出し、第二の発明群を完成させるに至った。
【0022】
さらに、本発明者らは、(d)EC 3.5.1.42に示されるEC番号に分類される酵素をコ
ードする遺伝子と、以下の(a)(c)(g)(h)(i)に示されるいずれか一つ以上
のEC番号に分類される酵素をコードする遺伝子とが破壊または欠失され、かつ、ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ(Nampt)の発現が強化されている形質転換体またはそれらの処理物を、少なくともニコチンアミド(NAM)と接触させることで、NMNの分解を顕著に抑制しながら、効率的にNMNを生産することができることを見出し、第三の発明群を完成させるに至った。
(a)EC 3.1.3.5
(c)EC 2.4.2.1
(g)EC 3.2.2.1
(h)EC 3.2.2.3
(i)EC 3.2.2.14
【0023】
さらに、本発明者らは、単独または複数の手段の組み合わせにより、NMNの製造のために反応系に添加するATP、ADPおよびAMP各モル数の総和を、生成するNMNのモル数の0.5当量以下にすることができることを見出し、第四の発明群を完成させるに至った。
【0024】
すなわち、本発明は下記[項1]~[項17]に関する。
[項1]
ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ(Nampt)、ホスホリボシルピロリン酸シンターゼ(Prs)およびポリリン酸キナーゼ(Ppk)の3酵素の発現が強化された形質転換体、前記3酵素を発現させた無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物を、リボース-5-リン酸(R5P)、ニコチンアミド(NAM)、ATP、およびポリリン酸と接触させる工程を含む、ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)の製造方法。
[項2]
リボキナーゼ(Rbk)およびポリリン酸キナーゼ(Ppk)の2酵素の発現が強化された形質転換体、前記2酵素を発現させた無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物を、リボース、ATP、およびポリリン酸と接触させて前記R5Pを製造する工程をさらに含む、項1に記載のNMNの製造方法。
[項3]
実質的に形質転換体が増殖しない条件で行う、項1または2に記載のNMNの製造方法。
[項4]
前記Namptがバクテリア由来のものである、項1~3のいずれか一項に記載のNMNの製造方法。
[項5]
前記Ppkが、ポリリン酸キナーゼ2型ファミリーである、項1~4のいずれか一項に記載のNMNの製造方法。
[項6]
前記Ppkが、ポリリン酸キナーゼ2型ファミリーのクラス3サブファミリー(Ppk2クラス3)である、項1~5のいずれか一項に記載のNMNの製造方法。
[項7]
前記形質転換体の宿主が、大腸菌、コリネバクテリウム属細菌、ロドコッカス属細菌、または酵母である、項1~6のいずれか一項に記載のNMNの製造方法。
[項8]
ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ(Nampt)、ホスホリボシルピロリン酸シンターゼ(Prs)およびポリリン酸キナーゼ(Ppk)の3酵素の発現が強化された形質転換体。
[項9]
リボキナーゼ(Rbk)およびポリリン酸キナーゼ(Ppk)の2酵素の発現が強化さ
れた形質転換体。
[項10]
ピロホスファターゼ(PPase)の存在下で、ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ(Nampt)の発現が強化された形質転換体、前記酵素を発現させた無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物を、ニコチンアミド(NAM)およびホスホリボシルピロリン酸(PRPP)と接触させる工程を含む、ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)の製造方法。
[項11]
実質的に形質転換体が増殖しない条件で行う、項10に記載のNMNの製造方法。
[項12]
前記処理物が精製酵素である、項10または11に記載のNMNの製造方法。
[項13]
前記Namptがバクテリア由来のものである、項10~12のいずれか一項に記載のNMNの製造方法。
[項14]
(d)EC 3.5.1.42に示されるEC番号に分類される酵素をコードする遺伝子と、以下
の(a)(c)(g)(h)(i)に示されるいずれか一つ以上のEC番号に分類される酵素をコードする遺伝子とが破壊または欠失され、かつ、ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ(Nampt)の発現が強化されている形質転換体またはそれらの処理物を、少なくともニコチンアミド(NAM)と接触させる工程を含む、NMNの製造方法。
(a)EC 3.1.3.5
(c)EC 2.4.2.1
(g)EC 3.2.2.1
(h)EC 3.2.2.3
(i)EC 3.2.2.14
[項15]
反応系に添加するATP、ADPおよびAMP各モル数の総和が、生成するNMNのモル数の0.5当量以下である、項1~14のいずれか一項に記載のNMNの製造方法。
[項16]
ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ(Nampt)およびホスホリボシルピロリン酸シンターゼ(Prs)の2酵素の発現が強化された形質転換体、前記2酵素を発現させた無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物を、リボース-5-リン酸(R5P)、ニコチンアミド(NAM)およびATPと接触させる工程を含む、ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)の製造方法であって、反応系に添加するATP、ADPおよびAMP各モル数の総和が、生成するNMNのモル数の0.5当量以下である、NMNの製造方法。
[項17]
リボキナーゼ(Rbk)の発現が強化された形質転換体、前記酵素を発現させた無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物を、リボースおよびATPと接触させて前記R5Pを製造する工程をさらに含む、項16に記載のNMNの製造方法。
【発明の効果】
【0025】
本発明の第一の発明群によるNMNの製造方法を利用することにより、NMNの生産量を従来よりも飛躍的に向上させる(例えば、特許文献1に記載された生産量の10倍以上にする)ことが可能となる。また、ATP再生反応を利用する本発明の製造方法により、PRPPのように高価な中間体やATPを多量に投入せずとも、より安価なR5Pまたはリボースを原料としてNMNを生産することができるため、生産コストの抑制も可能となる。
【0026】
本発明の第二の発明群によるNMNの製造方法を利用することにより、第3反応を効率的に進行させることができる。これにより、NMNの生産量や生成速度を向上させることが可能になり、NMNの生産コストを抑制することができる。
【0027】
本発明の第三の発明群によるNMNの製造方法を利用することにより、形質転換体、形質転換体から調製した休止菌体、膜透過性向上菌体、不活化菌体、破砕菌体、破砕菌体から調製した無細胞抽出物およびこれらに対して安定化処理を行った安定化処理物を用いてNMNの生成反応を行う際、生成物であるNMNの分解を抑制することができる。これにより、安価な触媒形態である菌体や無細胞抽出物などを用いて、高い収率でNMNを生産することが可能になり、NMNの生産コストを抑制することができる。
【0028】
本発明の第四の発明群によるNMNの製造方法を利用することにより、NMNの製造のために添加するATPの量を削減することができる。ATPは高価であるため、これにより、NMNの生産コストを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1図1は、本発明のNMNの製造方法において進行する反応を示した概略図である。
図2図2は、実施例1および比較例2におけるNMNの生成濃度を表すグラフである。
図3図3は、実施例3におけるNMNの生成濃度を表すグラフである。
図4図4は、実施例4におけるNMNの生成濃度を表すグラフである。
図5図5は、実施例5におけるNMNの生成濃度を表すグラフである。
図6図6は、実施例6および比較例2におけるNMNの生成濃度を表すグラフである。
図7図7は、実施例7におけるNMNの生成濃度を表すグラフである。
図8図8は、実施例8におけるNMNの生成濃度を表すグラフである。
図9図9は、NMNの分解経路を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本明細書で用いられる略語の定義はそれぞれ次の通りである。
Nampt(Nicotinamide phosphoribosyltransferase):ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ
Prs(Phosphoribosyl pyrophosphate synthetase):ホスホリボシルピロリン酸シ
ンターゼ
Rbk(Ribokinase):リボキナーゼ
Ppk(Polyphosphate kinase):ポリリン酸キナーゼ
PPase(Pyrophosphatase):ピロホスファターゼ
NMN(Nicotinamide mononucleotide):ニコチンアミドモノヌクレオチド
PRPP(Phosphoribosyl pyrophosphate):ホスホリボシルピロリン酸
NAM(Nicotinamide):ニコチンアミド
R5P(Ribose-5-phosphate):リボース-5-リン酸
NR(Nicotinamide riboside):ニコチンアミドリボシド
NaMN(Nicotinic acid mononucleotide):ニコチン酸モノヌクレオチド
NAD(Nicotinamide adenine dinucleotide):ニコチンアミドアデニンジヌクレオ
チド
PPi(Pyrophosphate):ピロリン酸
PolyP(Polyphosphate):ポリリン酸
【0031】
-第一の発明群-
本発明のNMNの製造方法のうち、第一の発明群は、Nampt、PrsおよびPpkの3酵素の発現が強化された形質転換体、前記3酵素を発現させた無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物を、R5P、NAM、ATP、およびポリリン酸と接触させる工程を含む。好ましくは、本発明のNMNの製造方法は、前記R5Pの製造工程として、RbkおよびPpkの2酵素の発現が強化された形質転換体、前記2酵素を発現させた無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物を、リボース、ATP、およびポリリン酸を含む混合物と接触させる工程をさらに含む。つまり、本発明では、ATP再生反応を利用しながら、所定の酵素反応を進行させることによりNMNを製造する。
【0032】
このような第一の発明群のNMNの製造方法は、典型的には、下記(1)~(3)の工程(本明細書において、それぞれ第1工程、第2工程および第3工程と称する)を順次行うことにより実施される。これらの工程は、同一の者が実施してもよいし、異なる者が実施してもよい。また、これらの工程は、連続的に行ってもよいし、各工程の間に所定の期間をおいて段階的に行ってもよい。
(1)Nampt、Prs、RbkおよびPpkの各酵素をコードする遺伝子を含む形質転換体を作製して培養し、または当該各酵素をコードする遺伝子を含む無細胞タンパク質合成反応液でタンパク質合成反応を行い、当該各酵素を発現させる工程(第1工程);
(2)必要に応じ、第1工程を経た形質転換体または無細胞タンパク質合成反応液から、処理物を調製する工程(第2工程);および
(3)第1、第2工程を経た形質転換体、無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物を、各基質化合物と接触させる工程(第3工程、図1参照)。
【0033】
以下、本発明のNMNの製造方法について、第1工程、第2工程および第3工程を行う実施形態に沿って、さらに詳細に説明する。ただし、本発明のNMNの製造方法は、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、以下に具体的に記載する第1工程、第2工程および第3工程を適宜改変した実施形態で行うことも可能である。
【0034】
[第1工程]
第1工程は、Nampt、Prs、RbkおよびPpkの各酵素をコードする遺伝子を含む形質転換体を作製して培養し、または当該各酵素をコードする遺伝子を含む無細胞タンパク質合成反応液でタンパク質合成反応を行い、当該各酵素を発現させる工程である。
【0035】
(酵素)
本発明では、Nampt、PrsおよびPpkと、必要によりさらにRbkの4酵素を利用する。Nampt、Prs、PpkおよびRbkはいずれも既知の酵素であり、そのアミノ酸配列およびそれをコードする遺伝子の塩基配列は当業者であれば容易に入手可能である。上記所定の4酵素は、それぞれの目的反応を触媒することができるものであれば、天然型の酵素であってもよいし、天然型の酵素のアミノ酸配列を改変することにより作製された、好ましくは発現量や酵素活性が向上した、変異型の酵素であってもよい。また、精製の簡略化や可溶性発現の促進、抗体による検出等を目的として、各酵素には種々のタグ(タンパク質またはペプチド)が付加されていてもよい。タグの種類としては、Hisタグ(ヒスチジンタグ)、Strep(II)-tag、GSTタグ(グルタチオン‐S‐トランスフェラーゼタグ)、MBPタグ(マルトース結合タンパク質タグ)、GFPタグ(緑色蛍光タンパク質タグ)、SUMOタグ(Small Ubiquitin-related(like) Modifierタグ)FLAGタグ、HAタグ、mycタグ等が挙げられる。さらに、4酵素は、互いに融合タンパク質として発現されていてもよい。
【0036】
・Nampt
Nampt(EC number: 2.4.2.12)は、一般的にNAD(ニコチンアミドアデニンジ
ヌクレオチド)サルベージ経路に関与することが知られており、本発明において、PRPPおよびNAMからNMNを生成させる反応(第3反応)のために利用される酵素である。NamptによるPRPPとNAMからのNMN合成反応において、本来、ATPは必須ではない。しかし、NamptにはATP加水分解活性があり、ATPの加水分解によってNamptが自己リン酸化されることで、NMN生成に有利な方向に酵素学的パラメータや化学平衡が変化することが報告されている(Biochemistry 2008, 47, 11086-11096)。
【0037】
Namptとしては、例えば、ヒト(Homo sapiens)由来のもの(NP_005737)、マウ
ス(Mus musculus)由来のもの(NP_067499)、ラット(Rattus norvegicus)由来のもの(NP_808789)、ゼブラフィッシュ(Danio rerio)由来のもの(NP_997833)、Haemophilus ducreyi(AAR87771)、Deinococcus radiodurans(AE001890)、Oenococcus oeni(KZD13878)、Shewanella oneidensis(NP_717588)等バクテリア由来のものが挙げられる。本発明では、第3反応における酵素活性に優れることから、バクテリア由来のものを用いることが好ましい。ここで、バクテリアとは、核膜を有さない原核生物の一群であり、大腸菌、枯草菌、シアノバクテリアなどを含む生物群である。
【0038】
・Prs
Prs(EC number: 2.4.2.17)は、本発明において、R5PおよびATPからPRP
PおよびAMPを生成させる反応(第2反応)のために利用される酵素である。
【0039】
Prsとしては、例えば、ヒト(Homo sapiens)由来のもの(NP_002755)、枯草菌(Bacillus subtilis)由来のもの(BAA05286)、Bacillus caldolyticus由来のもの(CAA58682)、Arabidopsis thaliana由来のもの(Q680A5)、Methanocaldococcus jannaschii由来のもの(Q58761)が挙げられる。長時間にわたって、特に製造系内の基質濃度が高い場合に、第2反応によるPRPPの生成およびそれに続く第3反応によるNMNの生成を継続させる(つまり最終産物であるNMNの製造系内の濃度を上昇させ続ける)ことができるよう、特許文献2に記載されているような変異型Prsを用いることもできる。変異型Prsとしては、例えば、ヒト由来のPrsについての、Asp51His(51位のASPのHisへの置換、以下同様)、Asn113Ser、Leu128Ile、Aspl82His、Ala189Val、およびHisl92Glnなどの変異型、ならびにそれらに対応する他の生物由来のPrsにおける変異型、例えば、枯草菌由来のPrsについて、Asn120Ser(上記Asn113Serに対応)、Leu135Ile(上記Leu128Ileに対応)などの変異型が挙げられる。
【0040】
・Rbk
Rbk(EC number: 2.7.1.15)は、本発明において、リボースおよびATPからR5
PおよびADPを生成させる反応(第1反応)のために利用される酵素である。Rbkとしては、各種の生物に由来する天然型Rbk、またはそのアミノ酸配列を改変して作製された変異型Rbkを用いることができ、例えば、ヒト(Homo sapiens)由来のもの(NP_002755)、酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来のもの(P25332)、枯草菌(Bacillus subtilis)由来のもの(P36945)、大腸菌(Escherichia coli)由来のもの(AAA51476)、Haemophilus influenzae由来のもの(P44331)が挙げられる。
【0041】
・Ppk
Ppk(EC number: 2.7.4.1)は、本発明において、第1反応で生成するADPまたは第2反応で生成するAMPと、ポリリン酸とから、ATPを再生する反応(ATP再生反応)のために利用される酵素である。
【0042】
Ppkはアミノ酸配列およびキネティクスの違いにより2つのファミリー、ポリリン酸
キナーゼ1型ファミリー(Ppk1)およびポリリン酸キナーゼ2型ファミリー(Ppk2)に分類することができる。ポリリン酸を基質としてATPを再生する活性としては、Ppk1よりもPpk2のほうが高い。従って、本発明におけるPpkとしては、Ppk2を用いることが好ましい。
【0043】
Ppk2はさらに、3つのサブファミリー、クラス1、クラス2およびクラス3に分類することができる。クラス1およびクラス2のPpk2はそれぞれ、ADPをリン酸化してATPを生成する反応、およびAMPをリン酸化してADPを生成する反応を触媒する。これに対してクラス3のPpk2は、AMPのリン酸化反応およびADPのリン酸化反応の両方を触媒することができるため、単独でAMPからATPを生成することができる。
【0044】
本発明におけるPpkとしては、ADPからATPを再生するためのPpk2クラス1と、AMPからのADPを再生するためのPpk2クラス2の組み合わせを用いることができる。または、AMPからのADPを再生するためにアデニル酸キナーゼ(AMP+ATP→2ADPという反応を触媒する)を併用する場合は、ADPからATPを再生するためのPpk2クラス1またはPpk1のみを本発明におけるPpkとして用いることも可能である。しかし、ADPからのATPの再生と、AMPからのATPの再生の、両方の反応を単独で触媒することができるという効率性の良さから、Ppk2クラス3を用いることが好ましい。このようなPpKを用いる場合は、第1反応のPpkと第2反応のPpkを共通化することができる。
【0045】
Ppk2クラス3としては、例えば、Deinococcus radiodurans由来のもの(NP_293858)、Paenarthrobacter aurescens由来のもの(ABM08865)、Meiothermus rube由来のもの(ADD29239)、Deinococcus geothermalis由来のもの(WP_011531362)、Thermosynechococcus elongatus由来のもの(NP_682498)が挙げられる。一方、Ppk2クラス1としては、例えばRhodobacter sphaeroides由来のもの(CS253628)、Sinorhizobium meliloti
由来のもの(NP_384613)、Pseudomonas aeruginosa由来のPA0141(NP_248831)、Pseudomonas aeruginosa由来のPA2428(NP_251118)、Francisella tularensis由来のもの(AJI69883)が挙げられる。Ppk2クラス2としては、例えばPseudomonas aeruginosa由来
のPA3455(NP_252145)が挙げられる。また、アデニル酸キナーゼとしては、例えばBacillus cereus由来のもの(AAP07232)が挙げられる。
【0046】
(形質転換体)
本発明で用いられる形質転換体は、形質転換を行う前の(野生型の)細胞ないし菌体と比較して、所定の各酵素の発現が強化されたものである。「発現が強化された」とは、各酵素の発現量がどの程度強化されたかを意味するかは一概に決定されるものではなく、後述するように各酵素の反応溶媒中(製造系内)の濃度が適切な範囲となるよう、形質転換体における発現量は調節することができるが、少なくとも、人為的な操作によって、形質転換を行う前の(野生型の)細胞ないし菌体よりも発現が強化されていればよい。人為的な操作としては、特に限定されず、次に述べるように発現ベクターを利用する、ゲノム上に所定の酵素をコードする遺伝子発現ユニットを多コピー導入する、元々ゲノム上に存在する所定の酵素をコードする遺伝子のプロモーターを強力なものに置き換える等の操作が挙げられる。
【0047】
本発明で用いられる形質転換体は、(i)所定の各酵素をコードする遺伝子の全てを含
む形質転換体のみから構成されていてもよいし、(ii)所定の各酵素をコードする遺伝子を別個に含む形質転換体同士の組み合わせとして、例えば、NamptとPrsの発現が強化された形質転換体およびPpkの発現が強化された形質転換体からなる組み合わせによって、構成されていてもよい。
【0048】
形質転換体の宿主は、発現ベクター等を利用したタンパク質発現システムによって所定の酵素を発現することができる細胞であれば特に限定されるものではない。例えば、大腸菌(Escherichia coli)、枯草菌(Bacillus subtilis)、放線菌(例えばロドコッカス
属(Rhodococcus)、コリネバクテリウム属(Corynebacterium))などの細菌;酵母(例えばサッカロマイセス属(Saccharomyces)、キャンディダ属(Candida)、ピキア属(Pichia));糸状菌;植物細胞;昆虫細胞、哺乳類細胞などの動物細胞が挙げられる。これらの中でも、大腸菌、コリネバクテリウム属細菌およびロドコッカス属細菌、ならびにサッカロマイセス属酵母、キャンディダ属酵母およびピキア属酵母が好ましく、大腸菌がより好ましい。
【0049】
大腸菌としては、例えば、大腸菌K12株およびB株、ならびにそれらの野生株由来の派生株であるW3110株、JM109株、XL1-Blue株(例えば、XL1-BlueMRF')、K802株、C600株、BL21株、BL21(DE3)株等が挙げ
られる。
【0050】
発現ベクターを用いる場合は、本発明で用いる所定の各酵素の遺伝子を発現可能な状態で含むものであれば特に限定されず、それぞれの宿主に適したベクターを用いることができる。発現ベクターの構成の詳細については後述する。
【0051】
宿主への発現ベクターの導入方法は、宿主に適した方法であれば特に限定されるものではない。利用可能な方法としては、例えば、エレクトロポレーション法、カルシウムイオンを用いる方法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法が挙げられる。
【0052】
発現ベクターが導入された形質転換体は、宿主として用いた細胞(菌体)に適した方法で培養して、所定の各酵素を発現させればよい。前述したように、所定の各酵素をコードする遺伝子を別個に含む形質転換体同士を組み合わせる場合、例えば、NamptとPrsの発現が強化された形質転換体とPpkの発現が強化された形質転換体を作製して組みあわせる場合は、それぞれの形質転換体を同一の培地で培養してもよいし、別々の培地で培養した後に混合してもよい。
【0053】
形質転換体、形質転換体から調製した休止菌体、膜透過性向上菌体、不活化菌体、破砕菌体、破砕菌体から調製した無細胞抽出物およびこれらに対して安定化処理を行った安定化処理物(詳細は後記第2工程に関する事項を参照)を用いてNMNの生成反応を行う場合、反応物(基質)であるリボースやNAM、生成物であるNMNの分解または副反応が起き、NMNが効率的に製造できないことがある。その場合、分解や副反応の原因となる遺伝子を破壊または欠失させた宿主を用いることができる。具体的には、以下の(a)~(i)に示されるいずれか一つ以上のEC番号に分類される酵素をコードする遺伝子が、欠損または破壊されている宿主を用いることができる。
(a)EC 3.1.3.5
(b)EC 3.5.1.19
(c)EC 2.4.2.1
(d)EC 3.5.1.42
(e)EC 1.17.2.1
(f)EC 1.17.1.5
(g)EC 3.2.2.1
(h)EC 3.2.2.3
(i)EC 3.2.2.14
【0054】
(a)EC 3.1.3.5に分類される酵素は、5'-nucleotidaseであり、NMNを加水分解し
てニコチンアミドリボシド(NR)とリン酸を生成する反応を触媒する酵素を含む。5'-nucleotidaseをコードする遺伝子としては、例えば、大腸菌のushA、surE、yr
fG、yjjG等が挙げられる。例えば、Enzyme and Microbial Technology, 58-59(2014), 75-79には、大腸菌におけるNAD分解の主要な役割を担う酵素として、5'-nucleotidaseであるUshAが報告されており、同酵素がNMN分解活性を有することが開示されている。本発明において破壊または欠失させる5'-nucleotidaseとしては、特にushA
またはそのホモログ遺伝子が好ましい。
【0055】
(b)EC 3.5.1.19に分類される酵素は、nicotinamidaseであり、NAMの分解に関与
する。nicotinamidaseをコードする遺伝子としては、例えば、大腸菌のpncAが挙げられる。
【0056】
(c)EC 2.4.2.1に分類される酵素は、purine-nucleoside phosphorylaseであり、N
Rを加リン酸分解して、NAMとリボース-1-リン酸(R1P)とを生成する反応を触媒する酵素を含む。purine-nucleoside phosphorylaseをコードする遺伝子としては、例
えば、大腸菌のdeoDが挙げられる。Molecular and General Genetics, 104(1969), 351-359には、ヌクレオシドの代謝に関する遺伝子群の一つとして、deoDが開示されている。本発明において破壊または欠失させるpurine-nucleoside phosphorylaseとしては
、deoDまたはそのホモログ遺伝子が好ましい。
【0057】
(d)EC 3.5.1.42に分類される酵素は、nicotinamide mononucleotide
deamidaseであり、NMNを加水分解して、NaMNとアンモニアを生成する酵素である
。nicotinamide mononucleotide deamidaseをコードする遺伝子としては、例えば、大腸
菌のpncCが挙げられる。THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY, 286(2011), 40365-40375には、Shewanella oneidensisおよび大腸菌のpncCに関する知見が開示されている。本発明において破壊または欠失させるnicotinamide mononucleotide deamidaseとし
ては、pncCまたはそのホモログ遺伝子が好ましい。
【0058】
(e)EC 1.17.2.1および(f)EC 1.17.1.5に分類される酵素は、nicotinate dehydrogenaseであり、NAMからのヒドロキシニコチン酸の副生に関与する可能性が考えられる。
【0059】
(g)EC 3.2.2.1に分類される酵素は、purine nucleosidaseであり、NRを加水分解
して、NAMとリボースを生成する反応を触媒する酵素を含む。purine nucleosidaseを
コードする遺伝子としては、例えば、Ochrobactrum anthropiのPu-Nが挙げられる(Applied and Environmental Microbiology, 67(2001), 1783-1787)。本発明において破壊または欠失させるpurine nucleosidaseとしては、Pu-Nまたはそのホモログ遺伝子が
好ましい。
【0060】
(h)EC 3.2.2.3に分類される酵素は、uridine nucleosidaseであり、NRを加水分解して、NAMとリボースを生成する反応を触媒しうる酵素を含む。uridine nucleosidaseをコードする遺伝子としては、例えば、Arabidopsis thalianaのURH1が挙げられる(Plant Cell, 21(2009), 876-91)。本発明において破壊または欠失させるuridine nucleosidaseとしては、URH1またはそのホモログ遺伝子が好ましい。
【0061】
(i)EC 3.2.2.14に分類される酵素は、NMN nucleosidaseであり、NMNを加水分解
して、NAMとR5Pを生成する反応を触媒する酵素である。Biochem. Biophys. Res. Commun., 49(1972), 264-9には、大腸菌のNMN nucleosidase活性が開示されている。本発
明においては、NMN nucleosidase活性を有する酵素をコードする遺伝子を破壊または欠失
させることが好ましい。
【0062】
欠損または破壊されるのは、(d)に示されるEC番号に分類される酵素をコードする遺伝子と、(a)(c)(g)(h)(i)に示されるいずれか一つ以上のEC番号に分類される酵素をコードする遺伝子とであることが好ましく、(d)に示されるEC番号に分類される酵素をコードする遺伝子と、(a)に示されるEC番号に分類される酵素をコードする遺伝子とであることがより好ましい。詳細は、後述する第三の発明群の説明に記載する。
遺伝子を破壊または欠失させる方法は、特段限定されるものではなく、公知の遺伝子破壊または欠失方法で行うことができる。例えば、線状にした遺伝子破壊または欠失用断片を用いる方法、複製起点を含まない環状の遺伝子破壊または欠失プラスミドを用いる方法、グループIIイントロンを用いる方法、Red-ET相同組換え法、ZFN、TALEN、CRISPR/Cas9等のゲノム編集を用いる方法などが挙げられる。
【0063】
(発現ベクター)
本発明で用いられる、所定の各酵素をコードする遺伝子は、典型的には、発現ベクターに含まれた状態で形質転換体の宿主に導入される。一つの形質転換体において2つ以上の酵素を発現させる場合、1つの発現ベクターに、発現させる各酵素をコードする遺伝子の全てが含まれていてもよいし、宿主内で共存可能な2以上の発現ベクターに、発現させる各酵素をコードする遺伝子が適宜振り分けられて含まれていてもよい。例えば、Nampt、PrsおよびPpkの発現が強化された形質転換体を作製する場合、Nampt、PrsおよびPpkをコードする遺伝子全てが含まれる1つの発現ベクターを用いてもよいし、NamptとPrsをコードする遺伝子を含む発現ベクターとPpkをコードする遺伝子を含む発現ベクターの2つのベクターの組み合わせによって構成されていてもよい。
【0064】
本発明で用いられる発現ベクターは、公知の手法により作製することができる。一般的には、所定の酵素をコードする遺伝子の上流に転写プロモーター、場合によっては下流にターミネーターを挿入して発現カセットを構築し、このカセットを発現ベクターに挿入すればよい。あるいは、発現ベクターに転写プロモーターおよび/またはターミネーターがすでに存在する場合には、発現カセットを構築することなく、そのベクターの転写プロモーターおよび/またはターミネーターを利用して、その間に所定の酵素をコードする遺伝子を挿入すればよい。上述したように、1つの発現ベクターに2つ以上の酵素をコードする遺伝子を含める場合、それらの遺伝子は全て同一のプロモーター下に挿入されていてもよいし、異なるプロモーター下に挿入されていてもよい。プロモーターの種類は宿主において適切な発現を可能にするものであれば特に限定されるものではないが、例えば、大腸菌宿主において利用できるのものとしては、T7プロモーター、trpプロモーター、lacプロモーター、ラムダファージ由来PLプロモーター及びPRプロモーター、tacプロモーター、trcプロモーターが挙げられる。
【0065】
所定の各酵素をコードする遺伝子(核酸)は、例えば、(i)塩基配列情報に従い、プ
ライマーを作製し、ゲノム等を鋳型として増幅することによって得ることもできるし、(ii)酵素のアミノ酸配列情報に従い、有機合成的にDNAを合成することによって得ることもできる。形質転換体の宿主となる細胞に応じて、遺伝子は最適化されていてもよい。
【0066】
発現ベクターに所定の酵素をコードする遺伝子を挿入するには、制限酵素を用いる方法、トポイソメラーゼを用いる方法等を利用することができる。挿入の際に必要であれば、適当なリンカーを付加してもよい。また、アミノ酸への翻訳にとって重要な塩基配列として、SD配列やKozak配列などのリボソーム結合配列が知られており、これらの配列を遺伝子の上流に挿入してもよい。挿入にともない、遺伝子がコードするアミノ酸配列の一部を置換してもよい。また、ベクターには目的とする形質転換体を選別するための因子
(選択マーカー)が含めることが好ましい。選択マーカーとしては、薬剤耐性遺伝子や栄養要求性相補遺伝子、資化性付与遺伝子などが挙げられ、目的や宿主に応じて選択されうる。大腸菌で選択マーカーとして用いられる薬剤耐性遺伝子としては、例えばアンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン遺伝子、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子が挙げられる。
【0067】
発現ベクターは、宿主に応じて、プラスミドDNA、バクテリオファージDNA、レトロトランスポゾンDNA、人工染色体DNAなどから選ばれる適切なものを用いればよい。例えば、大腸菌を宿主とする場合には、pTrc99A(GEヘルスケア バイオサイエンス)、pACYC184(ニッポンジーン)、pMW118(ニッポンジーン)、pETシリーズベクター(Novagen)などを挙げることができる。また2以上の挿入箇所を有するベクターとしてはpETDuet-1(Novagen)等を挙げることができる。必要に応じて、これらのベクターを改変したものを用いることもできる。
【0068】
所定の酵素の発現を強化する方法としては、上述のような発現ベクターを用いる方法が典型的であるが、それ以外の方法を利用することもできる。例えば、所定の酵素をコードする遺伝子に、適切なプロモーターやターミネーター、マーカー遺伝子等を連結させた発現カセットを宿主のゲノム上に挿入することで、所定の酵素の発現を強化することができる。発現カセットがゲノム上に挿入された形質転換体を取得する方法としては、公知の方法を用いることができる。例えば、相同組換えにより発現カセットをゲノム上に挿入する場合は、所定の酵素の発現カセットと任意のゲノム領域の配列を有し、宿主内で複製不可能なプラスミドを用いて形質転換を行うことで、当該プラスミド全体または発現カセットが挿入された形質転換体を得ることができる。その際、SacB遺伝子(レバンスクラーゼをコード)等のネガティブ選択マーカーを搭載したプラスミドや、複製機構が温度感受性(ts)のプラスミドを用いることで、2回の相同組換えにより発現カセットのみがゲノム上にされた形質転換体を効率的に取得することもできる。また、発現カセットのみから成るDNA断片を用いて形質転換を行うことで、ゲノム上のランダムな位置に発現カセットが挿入された形質転換体を得ることもできる。
【0069】
また、所定の酵素として宿主がゲノム上に元々有する酵素(内因性酵素)を利用する場合は、ゲノム上の当該酵素遺伝子のプロモーターを強力なものに置換することで、その発現を強化することもできる。プロモーターとしては、上述した発現ベクターにおいて用いるプロモーターを同様に利用することができる。
【0070】
(無細胞タンパク質合成反応液)
無細胞タンパク質合成系は、生きた微生物や細胞等ではなく、種々の生物から抽出した無細胞抽出物に、アミノ酸、ATP等のエネルギー分子、エネルギー再生系、マグネシウムイオン等の塩類、そして、発現させたいタンパク質をコードする遺伝子(DNAあるいはRNA)を添加した無細胞タンパク質合成反応液により、タンパク質を試験管内(in
vitro)で合成するシステムである。無細胞抽出物には、リボソーム、tRNA、アミノアシル化tRNA合成酵素、翻訳開始因子、翻訳伸長因子、翻訳終結因子などの翻訳成分が含まれる。本明細書中では、無細胞タンパク質合成系によるタンパク質合成反応を行うための溶液を、反応の前後を含めて、無細胞タンパク質合成反応液と呼ぶ。
【0071】
本発明で用いる無細胞タンパク質合成系としては、所定の各酵素が本来の機能を有する状態で発現することができるものであればいかなる系でもよいが、例えば、コムギ胚芽由来合成系、大腸菌由来合成系、ウサギ網状赤血球由来系、昆虫細胞由来合成系、ヒト細胞由来合成系を用いることができる。また、必要な可溶性タンパク質因子を組換えタンパク質として調製するPURE(Protein synthesis Using Recombinant Elements) System等を用いてもよい。無細胞系での
タンパク質合成反応プロセスとしては、バッチ法、CFCF(Continuous-Flow Cell-Free)法、CECF(Continuous Exchange
Cell-Free)法、重層法等を用いることができる。また、発現させる酵素遺伝子の鋳型としては、RNAでもDNAでもよい。鋳型としてRNAを用いる場合は、Total RNA、mRNA、in vitro転写産物などを用いることができる。
【0072】
[第2工程]
第2工程は、必要に応じ、第1工程を経た形質転換体または無細胞タンパク質合成反応液から処理物を調製する工程である。形質転換体の処理物としては、形質転換体から調製した休止菌体、膜透過性向上菌体、不活化菌体、破砕菌体等が挙げられる。また、破砕菌体から調製した無細胞抽出物および精製酵素も本発明の処理物に含まれる。無細胞タンパク質合成反応液の処理物としては、無細胞タンパク質合成反応液から調製した精製酵素が挙げられる。さらには、形質転換体、無細胞タンパク質合成反応液およびこれら処理物に対して安定化処理を行った安定化処理物も、本発明の処理物に含まれる。
【0073】
休止菌体の調製は、公知の方法を用いて行うことができる。休止菌体とは、その増殖が実質的に停止した状態に置かれた菌体を意味する。具体的には、培養により増殖させた形質転換体を培地から回収した後、形質転換体が容易に利用可能な炭素源等を含まない緩衝液等に懸濁したり、回収した形質転換体を凍結させたり、乾燥させて粉末化したりすることにより調製することができる。形質転換体を培地から回収する方法は如何なる方法でもよく、例えば、遠心分離を用いた方法、膜ろ過を用いた方法等が挙げられる。遠心分離は、形質転換体を沈降させる遠心力が供給できるものであれば特に限定されることはなく、円筒型や分離板型などを利用することができる。遠心力としては、例えば、500G~20,000G程度で行うことができる。膜ろ過は、形質転換体を培地から回収することができれば、精密ろ過(MF)膜、限外ろ過(UF)膜いずれを用いて行ってもよい。形質転換体を懸濁する緩衝液としては、形質転換体の増殖が実質的に停止し、かつ、所定の各酵素の機能が保たれるものであれば如何なるものでもよく、例えば、リン酸緩衝液、アクリル酸緩衝液、トリス(トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン)‐塩酸緩衝液、HEPES(2-(4-(2-Hydroxyethyl)-1-piperazinyl)ethanesulfonic acid)やその他グッドの緩衝液(Good’s buffers)等を用いることができる。形質転換体を凍結する場合は、上記の遠心分離等の操作により大半の水分を除去した状態、または適当な緩衝液に懸濁された状態で凍結すればよい。凍結する温度は、形質転換体を懸濁する緩衝液の成分によっても異なるが、実質的に形質転換体が凍結する温度であれば如何なる温度でもよく、例えば、-210℃~0℃等の範囲で行えばよい。また、形質転換体を乾燥する場合、その乾燥方法としては、形質転換体の増殖が実質的に停止し、かつ、所定の各酵素の機能が保たれる方法であれば如何なる方法でもよく、凍結乾燥法や噴霧乾燥法等が挙げられる。
【0074】
膜透過性向上菌体の調製は、公知の方法を用いて行うことができる。例えば、有機溶媒や界面活性剤で形質転換体を処理することにより、基質や生成物が、形質転換体の細胞膜や細胞壁を通過しやすくなる。使用する有機溶媒や界面活性剤の種類としては、膜透過性が向上し、かつ、所定の各酵素の機能が保たれるものであれば特段限定されることはなく、有機溶媒であればトルエンやメタノール等、界面活性剤であればTriton‐X 100や塩化ベンゼトニウム等が挙げられる。
【0075】
不活化菌体の調製は、公知の手法を用いて行うことができる。例えば薬剤処理や加熱処理により行うことができる。薬剤による処理は、例えば、塩化ベンゼトニウム、塩化セチルピリジニウム、塩化メチルステアロイル、臭化セチルトリメチルアンモニウム等の陽イオン系界面活性剤、塩酸アルキルジアミノエチルグリシンなどの両性イオン系界面活性剤などを用いることができる。また、エタノール等のアルコール類、2-メルカプトエタノ
ール等のチオール類、エチレンジアミン等のアミン類、システイン、オルニチン、シトルリン等のアミノ酸類なども挙げられる。加熱による処理は、目的の酵素が失活しない温度と時間で熱処理を行えばよい。
【0076】
破砕菌体の調製は、公知の手法を用いて行うことができる。例えば、超音波処理、フレンチプレスやホモジナイザーによる高圧処理、ビーズミルによる磨砕処理、衝撃破砕装置による衝突処理、リゾチーム、セルラーゼ、ペクチナーゼ等を用いる酵素処理、凍結融解処理、低張液処理、ファージによる溶菌誘導処理等が挙げられ、いずれかの方法を単独または必要に応じ組み合わせて利用することができる。工業的規模で細胞の破砕を行う場合は、操作性、回収率、コスト等を勘案し、例えば、高圧処理や磨砕処理、衝突処理あるいはこれら処理に酵素処理等を組み合わせた処理を行うことが好ましい。
【0077】
ビーズミルによる磨砕処理を行う場合、用いられるビーズは、例えば、密度2.5~6.0g/cm、サイズ0.1~1.0mmのものを通常80~85%程度充填することにより破砕を行うことができ、運転方式としては回分式、連続式いずれをも採用することができる。
【0078】
高圧処理を行う場合、処理圧力は、細胞からの目的タンパク質回収率が十分高いものであれば特段限定されないが、例えば、40~200MPa程度、好ましくは60~150MPa程度、より好ましくは80~120MPa程度の圧力で破砕を行うことができる。必要に応じて、装置を直列に配置したり、複数ステージ構造の装置を用いたりすることにより、多段階処理を行い、破砕および操作効率を向上させることも可能である。通常、処理圧力10MPaあたり2~3℃の温度上昇が生じることから、必要に応じて冷却処理を行うことが好ましい。
【0079】
衝突処理の場合、例えば、細胞スラリーを予め噴霧急速凍結処理(凍結速度:例えば1分間当たり数千℃)等によって凍結微細粒子(例えば50μm以下)にしておき、これを高速(例えば約300m/s)の搬送ガスによって衝突板に衝突させることで効率的に細胞を破砕することができる。
【0080】
無細胞抽出物は、破砕菌体から破砕残渣(細胞膜や細胞壁等を含む不溶性画分)を除去することによって調製することができる。破砕残渣の除去は、公知の手法により行うことができ、例えば、遠心分離や膜ろ過、ろ布ろ過等を利用することができる。遠心分離操作は、上述したように行うことができるが、形質転換体の破砕残渣が微細であり、容易に沈降し難い場合は、必要に応じて凝集剤等を使用して残渣沈殿効率を上げることもできる。膜ろ過も、上述のように行うことができるが、形質転換体の破砕残渣が微細である場合には、特に限外ろ過(UF)膜を使用することができる。ろ布ろ過を行う場合には、ろ過助剤や凝集剤を併用して行うことができる。ろ過助剤としては、珪藻土やセルロースパウダー、活性炭などが挙げられる。凝集剤としては、カチオン系凝集剤、アニオン系凝集剤、両性系凝集剤、ノニオン系凝集剤等が挙げられる。上記いずれかの操作により、菌体が存在しない上清を回収し、無細胞化する(セルフリーにする)ことで、所定の各酵素を含む無細胞抽出物を調製することができる。
【0081】
精製酵素の調製は、一般的な生化学的方法、例えば硫酸アンモニウム沈殿、各種クロマトグラフィー(例えば、ゲル濾過クロマトグラフィー(Sephadexカラム等)、イオン交換クロマトグラフィー(DEAE-Toyopearl等)、アフィニティークロマトグラフィー(TALON Metal Affinity Resin等)、疎水性クロマトグラフィー(butyl Toyopearl等)、陰イオンクロマトグラフィー(MonoQカラム等))、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動等を、単独でまたは適宜組み合わせて用いることにより行うことができる。
【0082】
本発明においては、上述した形質転換体、無細胞タンパク質合成反応液、およびそれらの処理物に対して、安定化処理を行ったもの(安定化処理物)を用いることもできる。安定化処理は、未処理の状態よりも、環境因子(温度、pH、化学物質濃度等)に対する所定の各酵素の安定性、あるいは保存時の安定性が向上する処理であればいかなる処理でもよい。例えばアクリルアミド等のゲルへの包含、グルタルアルデヒド等のアルデヒド類による処理(CLEA:Cross-linked enzyme aggregateを含む)、無機担体(アルミナ、シリカ、ゼオライト、珪藻土等)への担持処理等が挙げられる。
【0083】
本発明で用いる基質や生成物は、極性が比較的高く、細胞膜や細胞壁が物質移動の律速となる可能性がある。従って、基質や生成物の透過性の観点から、本発明では、特に、破砕菌体、無細胞抽出物、精製酵素、またはそれらの安定化処理物を用いることが好ましい。
【0084】
上述した形質転換体、無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物は、その酵素活性が保持される限り、如何なる条件で保存することもできる。所望により適切な条件下で(例えば-80℃~-20℃、1日~1年)それらの溶液を凍結し、使用時(第3工程の実施時)まで保存するようにしてもよい。
【0085】
前述したように、所定の各酵素をコードする遺伝子を別個に含む形質転換体同士を組み合わせる場合、例えば、NamptとPrsの発現が強化された形質転換体およびPpkの発現が強化された形質転換体を作製して組み合わせる場合は、(i)それぞれの形質転
換体について別々に各処理を行ったのち、それらの処理物を混合するようにしてもよいし、(ii)それらの形質転換体を混合した後、一括して当該各処理を行ってもよい。
【0086】
[第3工程]
第3工程は、第1工程を経た形質転換体または無細胞タンパク質合成反応液、または必要に応じてさらに第2工程を経たそれらの処理物を、酵素反応の各種原料となる基質と接触させる工程である。この工程においては、Prsによる第2反応とNamptによる第3反応がPpkによるATP再生反応と共役して行われる。Prsによる第2反応では、ATPをリン酸源として基質がリン酸化されるため、また、Namptによる第3反応では、Nampt自身が有するATP加水分解活性により自己リン酸化されるため、ATPが消費される。従って、両反応をATP再生反応と共役して行うことで、消費されたATPを補いながら効率的に反応を進行させることができる。また、Prsによる第2反応の生成物であるホスホリボシルピロリン酸(PRPP)は比較的不安定な化合物であるため、第2反応と第3反応を同一系内で行うことで、PRPP生成後、速やかにNamptによる第3反応を行うことができる。本発明においては、ATP再生反応によりADPおよび/またはAMPからATPが再生されるので、ATPは枯渇することはないが、反応中に維持したいATP濃度に応じて、適度な量のATPを反応溶媒中に添加することが必要となる。この際、必要に応じて、ATPの代わりに、ADPまたはAMPを反応溶媒中に添加してもよい。添加したADPやAMPは、ATP再生系によって系内ですぐにATPに再生されるため、実質的に、適度な量のATPを添加したのと同じ状態になるためである。また、これらを任意の割合で含有する混合物を添加してもよい。
【0087】
第2反応および第3反応は、必要に応じて、PpkによるATP再生反応を共役させたRbkによる第1反応と組み合わせてもよい。両者を組み合わせる場合、Rbkによる第1反応をまず行い、その反応液を原料として、Prsによる第2反応とNamptによる第3反応を行ってもよいし、Rbkによる第1反応と、Prsによる第2反応およびNamptによる第3反応を同じ反応系で行ってもよい。
【0088】
Prsによる第2反応とNamptによる第3反応は、Nampt、PrsおよびPpkの3酵素の発現が強化された形質転換体、前記3酵素を発現させた無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物を、R5P、NAM、ATP、およびポリリン酸と接触させることにより行われる。
【0089】
Rbkによる第1反応は、RbkおよびPpkの2酵素の発現が強化された形質転換体、前記2酵素を発現させた無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物を、リボース、ATP、およびポリリン酸と接触させることにより行われる。
【0090】
第3工程で用いる上記原料は、一般的な供給業者から購入したものを用いることもできるし、自ら反応を行って合成したものを用いることもできる。例えば、R5Pは、市販品を用いることもできるが、原料コストの観点から、Rbkによる第1反応、すなわち、RbkおよびPpkの2酵素の発現が強化された形質転換体、前記2酵素を発現させた無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物を、リボースおよびポリリン酸と接触させることにより合成したものを用いることが好ましい。
【0091】
上記原料の一つであるポリリン酸は、種々の鎖長のものが知られている。本発明において使用するポリリン酸の鎖長は、ATP再生反応が効率的に行えるものであれば如何なる鎖長のものでもよいが、溶解した際の溶液の粘度やコストの観点から、鎖長は3~100程度が好ましく、3~30程度がさらに好ましい。
【0092】
第3工程では、必要に応じて、上記原料以外の化合物を、所定の各酵素の発現が強化された形質転換体、所定の各酵素を発現させた無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物と接触させ、あるいは反応溶媒中(製造系内)に含めるようにしてもよい。例えば、各酵素が機能を発揮するための成分として、マグネシウムイオン等の金属イオンを含めることが適切である。また、バッファー成分を含めることも好ましい。
【0093】
用いる形質転換体が実質的に生きている場合、すなわち、細胞増殖能を維持している場合、実質的に形質転換体が増殖しない条件で反応を行うことが好ましい。そのような条件で反応を行うことにより、本反応における基質や生成物が、形質転換体の増殖に利用されたり、分解されたりすることなく、高い収率で目的生成物として生産されることが期待できる。実質的に形質転換体が増殖しない条件とは、実質的に反応系内の形質転換体の数が増加しない条件であれば如何なる条件でもよい。例えば、形質転換体が容易に利用可能な炭素源(グルコース等)を含まない溶液中で反応を行うことが挙げられる。
【0094】
反応溶媒中(製造系内)に含まれる、所定の各酵素の発現が強化された形質転換体、所定の各酵素を発現させた無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物の量、すなわち、より具体的にはNampt、Prs、RbkおよびPpkそれぞれの量は、適宜調節することができる。同様に、反応媒体中に含まれる、R5P、NAM、ATP、ポリリン酸、リボース、さらに必要に応じて用いられるその他の原料の量も、適宜調節することができる。反応溶媒中(製造系内)の上記各物質の濃度は次の通りである。
【0095】
Namptの濃度は、例えば1μg/L~10g/Lである。Prsの濃度は、例えば1μg/L~10g/Lである。Rbkの濃度は、例えば1μg/L~10g/Lである。Ppkの濃度は、例えば1μg/L~10g/Lである。所定の各酵素の発現が強化された形質転換体、所定の各酵素を発現させた無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物の反応溶媒への添加量を適宜調整することにより、各酵素の反応溶媒中の濃度を上記の範囲に調節することが可能である。
【0096】
R5Pの濃度は、例えば1μg/L~100g/Lである。リボースの濃度は、例えば1μg/L~100g/Lである。NAMの濃度は、例えば1μg/L~500g/Lである。ATPの濃度は、例えば1μg/L~100g/Lである。ポリリン酸の濃度は、例えば1μg/L~200g/Lである。これらの原料の反応溶媒への添加量などの調整により、各原料の反応溶媒中の濃度を上記範囲に調節することが可能である。反応溶媒への添加は、原料に応じて、第3工程の最初に一括で所定量を仕込むようにしてもよいし、第3工程の最初および/または途中の適切な段階で、順次所定量を添加するようにしてもよい。
【0097】
上述したような各物質の濃度以外の、酵素反応を進行させるための条件、例えば温度、時間なども、適宜調節することができる。反応温度は、各酵素の触媒効率が最適となる範囲で調節することが好ましい。反応時間は、目的化合物であるNMNの生成量が所定の量に到達するまでとすることができる。
【0098】
生成したNMNは、常法に従い、製造系から回収し、適宜濃縮、精製することができる。回収・精製の方法は、NMNの純度を向上させることができ、かつ効率的にNMNを回収することができる方法であれば、如何なる方法を用いることもできるが、例えば、以下のような方法が挙げられる。NMN合成反応後、菌体を用いて反応を行った場合は、遠心分離や膜ろ過等の手段により、菌体を除去することができる。あるいは、無細胞抽出物や精製酵素を用いて反応を行った場合は、限外ろ過膜によるろ過や、過塩素酸等を添加して沈殿させた後に遠心分離を行うこと等によってタンパク質等を除去することができる。過塩素酸による処理を行った場合は、水酸化カリウムなどによりpHを弱酸性に戻し、生じた過塩素酸カリウムの沈殿を再度遠心分離により除去する。菌体またはタンパク質を除去した後、必要に応じて、活性炭吸着による洗浄処理を行うことができる。NMNを含む水溶液を活性炭と接触させ、NMNを吸着させる。ろ紙等を用いてNMNが吸着した活性炭をろ過した後、イソアミルアルコール等の溶媒で洗浄することで、一定の不純物を除去することができる。続いて、陰イオン交換樹脂により処理することで、さらに精製を行うことができる。NMNを含む溶液をDowex等の陰イオン交換樹脂に通し、吸着されたNMNを水で溶出することができる。さらに、得られたNMN水溶液のpHを酸性にし、大量のアセトンを加えることで、NMNを沈殿として得ることができる。この沈殿を乾燥することで、精製されたNMNを得ることができる。
【0099】
本発明は、反応系に添加するATP、ADPおよびAMP各モル数の総和が、生成するNMNのモル数の0.5当量以下となるように行うことができる。これを行うための手段としては、結果として、NMN製造のために添加するATP等の使用量を削減することができれば、如何なる方法を用いることもできるが、例えば、以下に示す手段を単独でまたは適宜組み合わせて、実施することができる。これら手段の詳細は、後述する第四の発明群の説明に記載する。
(1)ATP再生系の共役
(2)PPaseの共存
(3)バクテリア由来Namptの利用
(4)不要遺伝子を破壊または欠失させた宿主の利用
(5)適切な基質濃度
【0100】
-第二の発明群-
本発明のNMNの製造方法のうち、第二の発明群は、PPaseの存在下で、Namptの発現が強化された形質転換体、前記酵素を発現させた無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物を、NAMおよびPRPPと接触させる工程を含む。
【0101】
第二の発明群によるNMNの製造方法は、以下の点を除き、第一の発明群と同様に、第
1工程、第2工程および第3工程を順次行うことにより実施される。すなわち、第1工程および第2工程は、少なくともNamptの発現が強化された形質転換体、当該酵素を発現させた無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物を調製するとともに、PPaseの発現が強化された形質転換体乃至は特段発現は強化されていないが内在性酵素としてPPaseを発現している微生物等、当該酵素を発現させた無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物を調製するための工程とし、第3工程において、そのような第1工程および第2工程を経た形質転換体、無細胞タンパク質合成反応液またはそれらの処理物を、少なくともNAMおよびPRPPと接触させればよい点である。
【0102】
・PPase
PPase(EC number: 3.6.1.1)は、ピロリン酸を2分子のリン酸に加水分解する酵素である。本発明のNMNの製造方法のうち、第二の発明群では、PPaseの存在下で、第3反応を行うことにより、第3反応を極めて効率的に進行させることができる。
【0103】
Namptによる第3反応では、NMNとともにピロリン酸が副生する。一般的な酵素反応の見地からは、第3反応系にPPaseを加えることで、副生物であるピロリン酸がリン酸に分解され、NMN生成方向の反応が促進されることは予測される。しかし、Namptの場合、必ずしもそれは自明ではない。なぜならば、ピロリン酸を分解してしまうと、Nampt反応が継続的に進行しない可能性があるからである。Namptは、ATPを加水分解して、自己リン酸化によって活性化されることが知られている。Namptによる第3反応が継続するためには、反応毎に自己リン酸化されたNamptの脱リン酸化が必要であり、ピロリン酸は、その脱リン酸化のトリガー物質であるとされている(Biochemistry 47, 11086-11096(2008))。従って、PPaseによりピロリン酸を除去してしまうと、Namptの脱リン酸化が起きず、反応が継続しない可能性が十分に考えられる。しかし、第二の発明群では、第3反応をPPaseの存在下で行うことにより、顕著に第3反応を促進することができる。
【0104】
PPaseとしては、例えば、酵母由来のもの(P00817)、大腸菌由来のもの(NP_418647)、枯草菌由来のもの(P37487)、Thermus thermophilus由来のもの(P38576)、Streptococcus gordonii由来のもの(P95765)、Streptococcus mutans(O68579)などが挙
げられる。
【0105】
PPaseは、第3反応系に加えることが可能であればいかなる形態でもよく、またいかなる方法で調製してもよい。具体的には、まず、第一の発明群における第1工程と同様に、PPaseをコードする遺伝子を含む形質転換体を作製して培養し、または当該各酵素をコードする遺伝子を含む無細胞タンパク質合成反応液でタンパク質合成反応を行い、当該各酵素を発現させる。また、PPaseは、通常の微生物等においては、生存に必要な酵素として一定量発現しているため、特段発現が強化されていない微生物等を培養して、そのまま用いることができる。続いて、第一の発明群における第2工程と同様に、第1工程を経た形質転換体、特段発現が強化されていない微生物等または無細胞タンパク質合成反応液から処理物を調製することができる。あるいは、処理物の一態様として市販のPPase精製酵素を利用することもできる。市販のPPase精製酵素としては、シグマ・アルドリッチ社の酵母由来PPase精製酵素(製品番号10108987001)などが挙げら
れる。
【0106】
上記のようにして得られたPPaseの存在下で、Namptの発現が強化された形質転換体、前記酵素を発現させた無細胞タンパク質合成反応液、またはそれらの処理物を、NAMおよびPRPPと接触させることで、第二の発明群によるNMNの製造方法を実施することができる。第二の発明群により、第3反応を極めて効率的に進行させることができ、NMNを効率的に製造することができる。第二の発明群による第3反応は、第3反応
単独で行うこともできるが、第1反応、第2反応およびATP再生反応の一つ以上の反応と組み合わせて、同一の反応系で行うこともできる。換言すれば、本発明の第一の発明群における第3反応の実施形態を、本発明の第二の発明群で規定する第3反応とすることにより、第一の発明群および第二の発明群を統合したNMNの製造方法を実施することも可能である。
【0107】
用いる形質転換体が実質的に生きている場合、すなわち、細胞増殖能を維持している場合、実質的に形質転換体が増殖しない条件で反応を行うことが好ましい。そのような条件で反応を行うことにより、本反応における基質や生成物が、形質転換体の増殖に利用されたり、分解されたりすることなく、高い収率で目的生成物として生産されることが期待できる。実質的に形質転換体が増殖しない条件とは、実質的に反応系内の形質転換体の数が増加しない条件であれば如何なる条件でもよい。例えば、形質転換体が容易に利用可能な炭素源(グルコース等)を含まない溶液中で反応を行うことが挙げられる。
【0108】
本発明における第2工程の形態としては、特に処理物が精製酵素であることが好ましい。精製酵素を用いることで、反応物(基質)や生成物の分解または副反応が抑制できるため、本発明による第3反応の促進効果をより享受することができる。
【0109】
-第三の発明群-
本発明のNMNの製造方法のうち、第三の発明群は、(d)EC 3.5.1.42に示されるE
C番号に分類される酵素をコードする遺伝子と、以下の(a)(c)(g)(h)(i)に示されるいずれか一つ以上のEC番号に分類される酵素をコードする遺伝子とが破壊または欠失され、かつ、ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ(Nampt)の発現が強化されている形質転換体またはそれらの処理物を、少なくともニコチンアミド(NAM)と接触させる工程を含む。
(a)EC 3.1.3.5
(c)EC 2.4.2.1
(g)EC 3.2.2.1
(h)EC 3.2.2.3
(i)EC 3.2.2.14
【0110】
第三の発明群によるNMNの製造方法は、以下の点を除き、第一の発明群と同様に、第1工程、第2工程および第3工程を順次行うことにより実施される。すなわち、第1工程および第2工程は、各種EC番号に分類される酵素をコードする遺伝子が破壊または欠失され、かつ、ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ(Nampt)の発現が強化されている形質転換体またはそれらの処理物を調製するための工程とし、第3工程において、そのような第1工程および第2工程を経た形質転換体またはそれらの処理物を、少なくともNAMと接触させればよい点である。
【0111】
各種EC番号に分類される酵素については、前述の通りである。大腸菌等の形質転換体またはそれらの処理物を用いてNMNを合成する場合、これらの酵素は、生成したNMNを分解し、結果としてNMNの生産量を低下させる要因となる。宿主が有するNMNの分解経路としては、NAMを生じる分解経路と、ニコチン酸モノヌクレオチド(NaMN)を生じる分解経路の2つが知られている(図9)。本発明者らは、両方の経路を弱化する(経路上にある一つ以上の酵素をコードする遺伝子を破壊または欠失する)ことで、片方の経路を弱化するよりも、NMNの分解を飛躍的に抑制できることを見出し、第三の発明群を完成させた。
【0112】
NMNからNaMNを生じる分解経路を弱化するためには、図9に示すように、(d)EC
3.5.1.42に示されるEC番号に分類される酵素をコードする遺伝子を破壊または欠失さ
せればよい。
【0113】
NMNからNAMを生じる分解経路を弱化するためには、図9に示すように、以下の(a)(c)(g)(h)(i)に示されるいずれか一つ以上のEC番号に分類される酵素をコードする遺伝子を破壊または欠失させればよい。
(a)EC 3.1.3.5
(c)EC 2.4.2.1
(g)EC 3.2.2.1
(h)EC 3.2.2.3
(i)EC 3.2.2.14
【0114】
NMNの分解に直接的に関わる酵素であることから、(a)EC 3.1.3.5または(i)EC
3.2.2.14に示されるEC番号に分類される酵素をコードする遺伝子を破壊または欠失さ
せることが好ましく、(a)EC 3.1.3.5に示されるEC番号に分類される酵素をコードする遺伝子を破壊または欠失させることがより好ましい。
【0115】
遺伝子を破壊または欠失させる方法は、特段限定されるものではなく、第一の発明群の説明に記載した通りである。本発明の第三の発明群は、本発明の第一および第二の発明群の一方または両方に統合して、NMNの製造方法を実施することも可能である。
【0116】
-第四の発明群-
本発明のNMNの製造方法のうち、第四の発明群では、NMNの製造のために反応系に添加するATP、ADPおよびAMP各モル数の総和を、生成するNMNのモル数の0.5当量以下にすることができる。
【0117】
これまで述べてきた第1反応、第2反応および第3反応によるNMNの製造においてはATPが必要となる。すなわち、第1反応では、リボースからのR5Pの生成に伴い、ATPがADPに変換されるため、1モルのR5Pの生成につき、1モルのATPが使用される。第2反応では、R5PからのPRPPの生成に伴い、ATPがAMPに変換されるため、1モルのPRPPの生成につき、1モルのATPが使用される。第3反応では、PRPPからのNMNの生成に際し、その反応自体にATPは必須ではない。しかし、先述のように、NamptにはATP加水分解活性があり、ATPの加水分解によってNamptが自己リン酸化され、NMN生成に有利な方向に酵素学的パラメータや化学平衡が変化する。従って、第3反応系内にATPが十分に存在する場合は、PRPPからのNMNの生成に伴い、実質的に、1モルのPRPPの生成につき、1モル以上のATPが使用されることになる。すなわち、R5Pを原料とした第2反応および第3反応によるNMNの製造においては、1モルのNMNの生成につき、計2モル以上のATPが、リボースを原料とした第1反応、第2反応および第3反応によるNMNの製造においては、1モルのNMNの生成につき、計3モル以上のATPが使用されることになる。
【0118】
ATPは高価な化合物であるため、NMNを安価に製造しようとする場合、その使用量はできるだけ少ないほうが望ましい。本発明のNMNの製造方法のうち、第四の発明群を利用することで、NMNの製造のために反応系に添加するATP、ADPおよびAMP各モル数の総和を、生成するNMNのモル数の0.5当量以下にすることができる。
【0119】
第四の発明群によるNMNの製造方法は、NMN製造のために添加するATP等の使用量を削減することができれば、如何なる方法を用いて行うこともできるが、例えば、以下に示す手段を、単独でまたは適宜組み合わせて、実施することができる。
【0120】
(1)ATP再生系の共役
副生したADPまたはAMPをATPに再生することができる系を、少なくとも、第2反応および第3反応を含むNMN生成反応系と共役させることで、NMN製造のために反応系に添加するATP、ADPおよびAMP各モル数の総和を削減することができる。ATP再生系としては、AMPおよびADPからATPを再生できる系であればいかなる系でもよく、例えば、ポリリン酸をリン酸源としてPpkを用いる系、ホスホエノールピルビン酸をリン酸源としてピルビン酸キナーゼを用いる系、クレアチンリン酸をリン酸源としてクレアチンリン酸キナーゼを用いる系等が挙げられるが、リン酸源のコストの観点からは、ポリリン酸をリン酸源としてPpkを用いる系が好ましい。ポリリン酸とPpkを用いたATP再生系を共役させたNMN生成反応は、具体的には、第一の発明群における第3工程に記載されたように実施することができる。
【0121】
(2)PPaseの共存
NMN生成反応系にPPaseを共存させることにより、副生物であるピロリン酸がリン酸に分解され、NMN生成方向の反応が促進されることで、結果として、NMN製造のために反応系に添加するATP、ADPおよびAMP各モル数の総和を削減することができる。PPaseを共存させたNMN生成反応は、具体的には、第二の発明群に記載されたように実施することができる。
【0122】
(3)バクテリア由来Namptの利用
第3反応を触媒する酵素Namptとして、バクテリア由来のNamptを用いることにより、NMNの生成が効率的に進行し、結果として、NMN製造のために反応系に添加するATP、ADPおよびAMP各モル数の総和を削減することができる。バクテリア由来のNamptとしては、第一の発明群における第1工程に記載されたものを利用することができる。
【0123】
(4)不要遺伝子を破壊または欠失させた宿主の利用
形質転換体、形質転換体から調製した休止菌体、膜透過性向上菌体、不活化菌体、破砕菌体、破砕菌体から調製した無細胞抽出物およびこれらに対して安定化処理を行った安定化処理物を用いてNMNの生成反応を行う場合、反応物(基質)や生成物の分解、あるいは副反応の原因となる遺伝子を破壊または欠失させた宿主を用いることができる。具体的には、第一の発明群における第1工程に記載された遺伝子のいずれか一つ以上を、破壊または欠失させた宿主を用いることができる。好ましくは、第三の発明群に記載された遺伝子破壊または欠失させた宿主を用いることができる。
【0124】
(5)適切な基質濃度
化学平衡や酵素の基質親和性の観点から、反応系内のリボースやNAM濃度を高めることによって、NMN生成速度や生成量の向上が期待でき、結果として、NMN製造のために反応系に添加するATP、ADPおよびAMP各モル数の総和を削減することができる。一方、ATPも、反応系内の濃度を高めることによって、同様の効果は期待できるが、必要以上にATPを添加しても、それに見合ったNMN生成量の増加がなければ、NMNを1モル生成させるために用いるATPのモル数は増加してしまう。すなわち、適切な量のATPを反応系に添加することで、効率的にNMNを製造することができる。反応系に添加するATPのモル数は、生成するNMNのモル数の1当量以下が好ましく、0.5当量以下がより好ましく、0.1当量以下がさらに好ましい。
【0125】
本発明の第四の発明群は、本発明の第一、第二および第三の発明群の一つまたは二つ以上に統合して、NMNの製造方法を実施することも可能である。
【実施例
【0126】
[実施例1]<ATP再生系を利用したリボースからのNMN合成>
本実施例では、所定の各酵素として下記のものを用いた。
Nampt:Haemophilus ducreyi由来(AAR87771)
Prs:Bacillus subtilis由来(BAA05286)、Homo sapiens由来(NP_002755)
Ppk(Ppk2クラス3):Deinococcus radiodurans由来(NP_293858)
Rbk:Saccharomyces cerevisiae由来(P25332)
【0127】
(1)発現プラスミドの作製
各酵素の発現プラスミドを以下のように作製した。表1の「由来」に記載された生物種由来の各酵素について、同表中の「アミノ酸配列」に記載された各配列番号で示されるアミノ酸配列から成る各酵素タンパク質をコードするDNA(表1の「塩基配列」に記載された各配列番号で示される塩基配列から成る)を合成し、それぞれ発現ベクターpET-26b(+)(Novagen)のNdeI-XhoIサイトにクローニングした(遺伝子合成はジェンスクリプトジャパンで実施、大腸菌発現用にコドンを最適化)。得られた各プラスミドを、表1の「発現プラスミド」に示されるように命名した。
【0128】
【表1】
【0129】
(2)各酵素の発現が強化された形質転換体の作製
大腸菌(E. coli)BL21(DE3)株のコンピテントセル(Zip Compet
ent Cell BL21 (DE3)、フナコシ)を氷上で融解し、(1)で作製した各プラスミドDNA溶液を混合して氷上で10分間静置した。42℃で45秒間ヒートショックを加えた後、再度氷冷し、SOC培地を添加した。37℃で1時間振とう培養を行った後、LB寒天培地(カナマイシン硫酸塩50mg/L含有)に塗布し、37℃で一晩静置培養を行った。得られたコロニーを各酵素の発現が強化された組換え体とした。
【0130】
(3)組換え体の培養
各酵素の発現が強化された組換え体のコロニーを、Overnight Express Autoinduction system 1(Merck)を添付プロトコールに従って添加したLB培地(カナマイシン硫酸塩50mg/Lを含む)2mlに植菌した。温度37℃、振とう回転数200rpmで3時間培養を行った後、温度17℃、回転振とう数200rpmに変更して、さらに18時間培養を行った。
【0131】
(4)無細胞抽出物の調製
(3)で得られた培養液を遠心分離(5,000×g、10分間)し、上清を廃棄した。沈殿した菌体に、50mM HEPES-NaOHバッファー(pH 7.5)を添加し、波長630nmの濁度が10となるように調整した。ただし、Prs発現菌体については、50mM リン酸カリウムバッファー(pH7.5)を用いて行った。バッファー菌体懸濁液0.5mlをBioruptor(コスモバイオ)で15分間破砕した。破砕
液を遠心分離(5,000×g、10分間)し、得られた上清を無細胞抽出物とした。無細胞抽出物のタンパク質濃度は、BSA(牛血清アルブミン、バイオラッド)を標準タンパク質として、Bio-Rad protein assay(バイオラッド)を用いて測定した。
【0132】
(5)NMN合成反応
(4)で調製した無細胞抽出物を用いてNMN合成反応を行った。反応液量を100μLとし、表2(No.1-2、1-4)に示す組成で各反応液を調製し、37℃で静置反応を行った。
【0133】
【表2】
【0134】
反応開始直後(0時間後)、3時間後および6時間後に、反応液10μLずつをサンプリングした。サンプリングした反応液を(6)に記載するHPLC移動相90μLと混合し、すぐに氷冷することで反応を停止した。希釈液を限外ろ過膜(セントリカット超ミニ、分画分子量10,000、クラボウ)でろ過し(5,000×g、10分間)、ろ液をHPLCで分析した。
【0135】
(6)NMNの分析
NMN合成反応サンプルの分析は、HPLCにより以下の条件で行った。
カラム:SUPELCOSIL LC-18-T(シグマ・アルドリッチ)
移動相:0.05M KHPO/KHPO(pH 7)
流速:1ml/min
検出:UV261nm
カラム温度:30℃
【0136】
(7)実験結果
実験結果を図2に示す。Ppkを添加したサンプルNo.1-2とNo.1-4では、それぞれ0.5mM、0.6mMのNMNの生成が認められた。添加したATPのモル数(0.01μmol)は、生成したNMNのモル数(0.05μmol、0.06μmol)のそれぞれ0.2当量、0.17当量であった。また、Prsは、Bacillus subtili
s由来(BsPrs)、Homo sapiens由来(HsPrs)のいずれでもNMNが生成する
ことが確認された。以上の結果から、ATP再生酵素であるPpkを共存させることで、リボースから効率的にNMNを合成することが可能であることが示された。
【0137】
[比較例1]<ATP再生系を利用しないリボースからのNMN合成>
(1)組換え体の作製・培養および無細胞抽出物の調製
本比較例では、実施例1(2)~(4)と同様の操作により、各酵素の無細胞抽出物を調製した。
【0138】
(2)NMN合成反応、NMNの分析
(1)で得られた無細胞抽出物を用いて、NMN合成反応および分析を行った。反応液量を100μLとし、表2(No.1-1、1-3)に示す組成で各反応液を調製すること以外は、実施例1(5)および(6)と同様に行った。
【0139】
(3)実験結果
実験結果を図2に示す。Ppkを添加しなかったサンプルNo.1-1およびNo.1-3では、NMNの生成は検出限界以下であった。
【0140】
[実施例2]<冷凍保存した無細胞抽出物によるNMNの合成>
(1)組換え体の作製・培養および無細胞抽出物の調製
本実施例では、PrsとしてBacillus subtilis由来(BsPrs)のみを用いること
以外は、実施例1(2)~(4)と同様の操作により、各酵素の無細胞抽出物を調製した。調製直後に、(2)で後述するNMN合成反応を行った。また、得られた各無細胞抽出物を-20℃で保存した。1か月間後、保存しておいた無細胞抽出物を用いて、再度NMN合成反応を行った。
【0141】
(2)NMN合成反応、NMNの分析
(1)で得られた調製直後および1か月間保存後(-20℃保存)の無細胞抽出物を用いて、NMN合成反応および分析を行った。各反応液を表3に示す組成で調製すること、および反応開始後6時間でサンプリングすること以外は、実施例1(5)および(6)と同様に行った。
【0142】
【表3】
【0143】
(3)実験結果
無細胞抽出物を-20℃で保存したNo.2-2は、無細胞抽出物調製直後のサンプルNo.2-1と同様、反応6時間後で0.5mMのNMN生成が認められた。添加したATPのモル数(0.01μmol)は、生成したNMNのモル数(0.05μmol)の0.2当量であった。従って、凍結保存することで、NMN合成能を有した状態で、無細胞抽出物が保存可能であることが示された。
【0144】
[実施例3]<Prs変異体を利用したNMNの合成>
本実施例では、所定の各酵素として下記のものを用いた。
Nampt:Haemophilus ducreyi由来(AAR87771)
Prs:Bacillus subtilis由来(BAA05286)Asn120Ser変異体(BsPrs
N120S)およびLeu135Ile変異体(BsPrsL135I)
Ppk(Ppk2クラス3):Deinococcus radiodurans由来(NP_293858)
Rbk:Saccharomyces cerevisiae由来(P25332)
BsPrsN120SおよびBsPrsL135Iは、120番目のアスパラギンがセリンに、135番目にロイシンがイソロイシンにそれぞれ置換されている。両変異体の生物種由来、アミノ酸配列を示す配列番号、DNAの塩基配列を示す配列番号、発現プラスミド名をそれぞれ表4に示す。
【0145】
【表4】
【0146】
(1)Prs変異体発現プラスミドの作製
Prs変異体を発現するプラスミドを以下のように作製した。表1に記載したpEBsPrs
を鋳型として、変異導入PCR反応を行った。変異導入用プライマー名およびその塩基配列を示す配列番号、Prs変異体名を表5に示す。
【0147】
【表5】
【0148】
変異導入PCR反応は、表6に示す反応液組成および表7に示す反応条件にて行った。
【0149】
【表6】
【0150】
【表7】
【0151】
PCR反応終了後、QIAquick PCR Purification Kit(キアゲン)を用い、添付プロトコールに従ってPCR産物を精製した。生成したPCR産物をDpnI(New England Biolabs)で消化した反応液を用いて、大腸菌HST08(タカラバイオ)を形質転換した。出現したコロニーからプラスミド抽出を行い、プライマーT7-PP(配列番号19)およびT7-TP(配列番号20)を用いて塩基配列の確認を行った。正しく変異が導入された各プラスミドを表4に記載した各変異体Prs発現プラスミドとした。
【0152】
(2)組換え体の作製・培養および無細胞抽出物の調製
Prsとして、BsPrsN120SおよびBsPrsL135Iを用いること以外は、実施例1(2)~(4)と同様の操作により、各酵素の無細胞抽出物を調製した。
【0153】
(3)NMN合成反応、NMNの分析
(1)で得られた無細胞抽出物を用いて、NMN合成反応および分析を行った。各反応液を表8に示す組成で調製すること以外は、実施例1(5)および(6)と同様に行った。
【0154】
【表8】
【0155】
(4)実験結果
実験結果を図3に示す。BsPrsN120SおよびBsPrsL135Iを用いた場合、反応6時間後には野生型よりも高いNMN生成量を示した。Prsを添加しない場合、NMNの生成は認められなかった。以上の結果から、Prs変異体を用いることで、効率的にNMNを合成できることが示された。
【0156】
[実施例4]<基質濃度の検討>
(1)組換え体の作製・培養および無細胞抽出物の調製
本実施例では、Prsとして、実施例3記載のBsPrsN120Sを用いること以外は、実施例1(2)~(4)と同様の操作により、各酵素の無細胞抽出物を調製した。
【0157】
(2)NMN合成反応、NMNの分析
(1)で得られた無細胞抽出物を用いて、NMN合成反応および分析を行った。各反応液を表9に示す組成で調製すること、および反応開始後18時間でサンプリングすること以外は、実施例1(5)および(6)と同様に行った。
【0158】
【表9】
【0159】
(3)実験結果
実験結果を図4に示す。ポリリン酸(Poly-P)濃度は10mMよりも5mMとしたほうが、全体的にNMNの生成量が多いことが確認された。ポリリン酸濃度が5mMで、基質リボース濃度が30mMの場合、もう一つの基質であるニコチンアミド濃度は6mMの場合(サンプルNo.4-1、4-4)よりも20mMの場合(サンプルNo.4-2、4-5)のほうが、NMN生成量は1.7倍以上高くなることが確認された。ただし、マグネシウム濃度による影響はほとんど見られなかった。一方、両基質を同じ比率で2倍濃度とした場合(サンプルNo.4-3、4-6)、マグネシウム濃度10mM(サンプルNo.4-3)ではNMN生成量は微増に留まったが、マグネシウム濃度20mM(サンプルNo.4-6)では、NMN生成量が増加し、2.6mM生成した。サンプルNo.4-6では、添加したATPのモル数(0.1μmol)は、生成したNMNのモル数(0.26μmol)の0.38当量であった。以上の結果から、NMNの効率的な生成には、リボース、ニコチンアミド、ポリリン酸、マグネシウムの濃度を適切に設定することが重要であることが示された。
【0160】
[実施例5]<バクテリア由来およびヒト由来Nampt精製酵素を用いたNMN合成>
本実施例では、所定の各酵素として下記のものを用いた。
Nampt:Haemophilus ducreyi由来(AAR87771)NamptにHisタグを付加し
たもの(HdNampt-His)、Deinococcus radiodurans由来(AE001890)Nam
ptにHisタグを付加したもの(DrNampt-His)、Shewanella oneidensis
由来(NP_717588)NamptにHisタグを付加したもの(SoNampt-His)
およびヒト(Homo sapiens)由来(NP_005737)NamptにHisタグを付加したもの
(HsNampt-His)
Prs:Bacillus subtilis由来(BAA05286)PrsのAsn120Ser変異体(B
sPrsN120S)
Ppk(Ppk2クラス3):Deinococcus radiodurans由来(NP_293858)Ppk
Rbk:Saccharomyces cerevisiae由来(P25332)Rbk
【0161】
(1)Hisタグ付加Nampt発現プラスミドの作製
バクテリア由来の各種NamptにHisタグが付加されたタンパク質を発現するプラスミドを以下のように作製した。まず、Deinococcus radiodurans由来(AE001890)およ
びShewanella oneidensis由来(NP_717588)の各酵素について、表10中の「アミノ酸配列」に記載された各配列番号で示されるアミノ酸配列から成る各酵素タンパク質をコードするDNA(表10の「塩基配列」に記載された各配列番号で示される塩基配列から成る)を合成し、それぞれ発現ベクターpET-26b(+)(Novagen)のNdeI-XhoIサイトにクローニングした(遺伝子合成はジェンスクリプトジャパンで実施)。得られた各プラスミドを、表10の「発現プラスミド」に示されるように命名した。
【0162】
【表10】
【0163】
続いて、作成したpEDrNampt、pESoNamptおよびpEHdNampt(実施例1記載)を鋳型とし
て、NamptにHisタグを付加するための変異導入PCR反応を行った。鋳型プラスミド名、変異導入用プライマー名およびその塩基配列を示す配列番号、Hisタグ付加Nampt発現プラスミド名を表11に示す。
【0164】
【表11】
【0165】
Hisタグ付加Nampt発現プラスミドの作製は、表11に示す各種鋳型プラスミドと変異導入プライマーを用いる以外は、実施例3(1)と同様の操作により、変異導入PCR反応から塩基配列確認までを行った。正しくHisタグが付加されたプラスミドを表11に記載した各プラスミドとした。
【0166】
(2)組換え体の作製・培養および無細胞抽出物の調製
実施例4(1)と同様の操作により、各酵素を発現する組換え体の作製、培養および無細胞抽出物の調製を行った。ただし、バクテリア由来Namptについては、(1)で作製したHisタグ付加発現プラスミドを用いて組換え体の作製および培養を行い、Hisタグ付加Namptを含む無細胞抽出物を調製した。その際、菌体を懸濁するバッファー
としては、50mM HEPES-NaOHバッファー(pH 8.0)を用いた。
【0167】
(3)Nampt精製酵素の調製
(2)で調製したバクテリア由来Hisタグ付加Namptを含む無細胞抽出物を用いて、固定化金属アフィニティークロマトグラフィーにより、Hisタグ付加Namptの精製を行った。TALON Metal Affinity Resin(タカラバイオ)200μLを1.5mlチューブに採取し、遠心分離(5000g、2分間)により樹脂を沈殿させた。上清を捨て、蒸留水1mlを加えて懸濁した後、再度遠心分離を行った。この一連の洗浄操作を計2回行った後、50mM HEPES-NaOHバッファー(pH 8.0)を用いて同様に、2回洗浄を行った。洗浄後の樹脂に、各バクテリア由来Hisタグ付加Namptの無細胞抽出物1mlを添加し、4℃で1時間穏やかに振とうした。遠心分離により無細胞抽出物を除いた後、Washバッファー(50mM リン酸ナトリウム、300mM 塩化ナトリウム、pH7.0)を用いて2回洗浄を行った。遠心分離によりWashバッファーを除いた後、Elutionバッファー(50mM リン酸ナトリウム、300mM 塩化ナトリウム、150mM イミダゾール、pH7.0)を100μL添加した。遠心分離により上清を回収した後、再度、Elutionバッファーを100μL添加した。この一連の操作を3回行い、得られた溶出液を混合した。混合した溶出液を、煮沸洗浄した透析チューブ(三光純薬)に入れ、50mM HEPES-NaOHバッファー(pH 7.5)を用いて透析を行った。透析後の溶液を回収し、各バクテリア由来Hisタグ付加Namptの精製酵素溶液とした。
【0168】
(4)NMN合成反応、NMNの分析
(2)で得られたNampt以外の各酵素の無細胞抽出物と、Nampt精製酵素を用いてNMN合成反応および分析を行った。バクテリア由来のNampt精製酵素としては、(3)で調製した3種のHisタグ付加Nampt精製酵素を用いた。ヒト由来Nampt精製酵素(HsNampt-His)としては、市販されているヒト由来Hisタグ付加Nampt精製酵素(CY-E1251、MBL)を用いた。各反応液を表12に示す組成で調製すること、反応開始後12時間にサンプリングすること以外は、実施例1(5)および(6)と同様に行った。
【0169】
【表12】
【0170】
(5)実験結果
実験結果を図5に示す。バクテリア由来Nampt(HdNampt-His、DrNampt-His、SoNampt-His)を用いた場合、1.4mMから2.4mMのNMNが生成した。添加したATPのモル数(0.01μmol)は、生成したNMNのモル数(0.14~0.24μmol)の0.042~0.071当量であった。一方、ヒト由来Nampt(HsNampt-His)を用いた場合、NMNの生成量は0.6mMであった。添加したATPのモル数(0.01μmol)は、生成したNMNのモル数(0.06μmol)の0.17当量であった。以上の結果から、バクテリア由来、ヒト由来いずれのNamptでもNMNの合成は可能であるが、特にバクテリア由来Namptを用いることで、効率的にNMNを合成することが可能であることが示された。
【0171】
[実施例6]<ATP再生系を利用したR5PからのNMN合成>
(1)組換え体の作製・培養および無細胞抽出物の調製
本実施例では、実施例1(2)~(4)と同様の操作により、各酵素の無細胞抽出物を調製した。
【0172】
(2)NMN合成反応、NMNの分析
(1)で得られた無細胞抽出物を用いて、NMN合成反応および分析を行った。反応液量を100μLとし、表13(No.6-2)に示す組成で各反応液を調製すること、およびサンプリングを反応開始直後(0時間後)と6時間後に行うこと以外は、実施例1(5)および(6)と同様に行った。
【0173】
【表13】
【0174】
(3)実験結果
実験結果を図6に示す。Ppkを添加したサンプルNo.6-2では、2.4mMのNMNの生成が認められた。添加したATPのモル数(0.01μmol)は、生成したNMNのモル数(0.24μmol)の0.042当量であった。以上の結果から、ATP再生酵素であるPpkを共存させることで、R5Pから効率的にNMNを合成することが可能であることが示された。
【0175】
[比較例2]<ATP再生系を利用しないR5PからのNMN合成>
(1)組換え体の作製・培養および無細胞抽出物の調製
本比較例では、実施例1(2)~(4)と同様の操作により、各酵素の無細胞抽出物を調製した。
【0176】
(2)NMN合成反応、NMNの分析
(1)で得られた無細胞抽出物を用いて、NMN合成反応および分析を行った。反応は、反応液量を100μLとし、表13(No.6-1)に示す組成で各反応液を調製すること、およびサンプリングを反応開始直後(0時間後)と6時間後に行うこと以外は、実施例1(5)および(6)と同様に行った。
【0177】
(3)実験結果
実験結果を図6に示す。Ppkを添加しなかったサンプルNo.6-1では、NMNの生成は検出限界以下であった。
【0178】
[実施例7]<不要遺伝子破壊宿主で調製した無細胞抽出液を用いたNMN合成>
(1)不要遺伝子破壊宿主の作製
反応物(基質)であるNAM、および生成物であるNMNの分解または副反応を抑制するため、分解や副反応の原因となる各酵素をコードする遺伝子を破壊した表14の宿主を作製した。
【0179】
【表14】
【0180】
不要遺伝子破壊宿主の作製は、TargeTron Gene Knockout System(シグマ・アルドリッチ)を用い、基本的に添付プロトコールに従って行った。
【0181】
・BN1株の作製
最初に、大腸菌BL21(DE3)を宿主としてushA遺伝子が破壊された、BN1株を以下のように作成した。まず、配列番号31(IBSプライマー)、配列番号32(EBS1dプライマー)および配列番号33(EBS2プライマー)に示す各プライマー、およびTargeTron Gene Knockout System添付のEBS
Universalプライマーを用い、表15に示す反応液組成および表16に示す反応条件にてPCRを行った。
【0182】
【表15】
【0183】
【表16】
【0184】
PCR反応終了後、反応液の3μLを、4%アガロースゲルにて電気泳動を行い、約350bpDNA断片の増幅を確認した。残りのPCR反応液を、QIAquick PCR Purification Kit(Qiagen)により精製した。精製したPCR反応液8μLに、103Restriction Enzyme Buffer(キット添付) 2μL、HindIII 1μL、BsrGI 1μL、滅菌水8μLを加えた。37℃で30分間、続いて60℃で30分間消化を行った後、80℃で10分間処理を行った。得られた消化産物3μLを60℃で30秒間熱処理した後、氷上で1分間冷却した。pACD4K-C Linear Vector(キット添付)1μL、DNA Ligation Kit <Mighty Mix>(タカラバイオ)4μLを加えて混合した後、16℃で1時間、ライゲーション反応を行った。ライゲーション反応液5μLを、大腸菌JM109コンピテントセル(タカラバイオ)50μLと混合し、氷上で30分間静置した。42℃で45秒間インキュベートした後、再び氷上で5分間静置した。SOC培地を500μL加え、37℃で1時間、200rpmで振とう培養を行った後、LB寒天培地(クロラムフェニコール25μg/mL含有)に適量を塗布した。37℃で一晩培養を行った後、生育したコロニーをLB液体培地(クロラムフェニコール25μg/mL含有)に植菌し、37℃で16時間、200rpmで振とう培養を行った。培養液を遠心して菌体を回収し、QIAprep Spin Miniprep Kit(Qiagen)を用い、添付プロトコールに従ってプラスミド抽出を行った。得られたプラスミドDNAをHindIIIで消化後、1%アガロースゲルにて電気泳動を行い、約7.7kbpのバンドが確認されたプラスミドを、pACD4K-C-ushAとした。
【0185】
続いて、カナマイシン耐性遺伝子を含まないushA遺伝子破壊用プラスミドを作製するため、pACD4K-C-ushAを鋳型として、配列番号34(pACD4K-C-dKm-F2)および配列番号35(pACD4K-C-dKm-R)に示すプライマーを用いて、表17に示す反応液組成および表18に示す反応条件にて、PCR反応を行った。なお、配列番号34に示すプライマーは、5’末端にリン酸化修飾がされたものを用
いた。
【0186】
【表17】
【0187】
【表18】
【0188】
PCR反応終了後、反応液に1μLのDpnI(タカラバイオ)を添加し、37℃で1時間反応を行った。QIAquick PCR Purification Kit(Qiagen)により精製した反応液2μLに、DNA Ligation Kit <Mighty Mix>(タカラバイオ)2μLを加えて混合した後、16℃で1時間、ライゲーション反応を行った。ライゲーション反応液を、大腸菌JM109コンピテントセル(タカラバイオ)40μLと混合し、氷上で30分間静置した。42℃で45秒間インキュベートした後、再び氷上で5分間静置した。SOC培地を500μL加え、37℃で1時間、200rpmで振とう培養を行った後、LB寒天培地(クロラムフェニコール25μg/mL含有)に適量を塗布した。37℃で一晩培養を行った後、生育したコロニーをLB液体培地(クロラムフェニコール25μg/mL含有)に植菌し、37℃で16時間、200rpmで振とう培養を行った。培養液を遠心して菌体を回収し、QIAprep Spin Miniprep Kit(Qiagen)を用い、添付プロトコールに従ってプラスミド抽出を行った。得られたプラスミドDNAをMluIで消化後、1%アガロースゲルにて電気泳動を行い、約6.3kbpのバンドが確認されたプラスミドを、pACD4K-C-ushAΔKmとした。
【0189】
1μLのpACD4K-C-ushAΔKmプラスミド溶液を、大腸菌BL21(DE3)コンピテントセル(バイオダイナミクス研究所)50μLに添加し、氷上で10分間静置した。42℃で45秒間ヒートショックを行い、再び氷上で5分間静置した。室温にしたSOC培地450 μLを添加し、37℃で1時間、200rpmで振とう培養を行った。振とう後の培養液100μLを、3mLのLB液体培地(1%グルコース、25μg/mlクロラムフェニコール含有)に添加し、37℃で一晩、200rpmで振とう培養を行った。得られた培養液40μLを、2mLのLB液体培地(1%グルコース、25μg/mlクロラムフェニコール含有)に添加し、OD600が約0.2になるまで37℃で培養を継続した。OD600が約0.2になった後、10μLの100mM IPT
G溶液を培養液に添加し、30℃で30分間、200rpmで振とう培養を行った。その後、マイクロ遠心機を用いて最大速度で1分間遠心分離を行い、菌体を1mLのLB液体培地(1%グルコース含有、クロラムフェニコール非含有)に再懸濁した。30℃で1時間、20rpmで振とう培養を行った後、100μLの培養液を、予め100μLの100mM IPTG溶液を塗布しておいたLB寒天プレートに塗布し、30℃で3日間、培養を行った。出現した複数のコロニーに対し、Forwardプライマー(配列番号36)およびReverseプライマー(配列番号37)を用いて、コロニーPCRを行った。反応液組成は表19、反応条件は表18とした。元の宿主(BL21(DE3))では約1.1kbpのバンドが増幅するのに対し、約1.8kbpのバンドが増幅したクローンが得られた。このクローンを、ushA遺伝子が破壊された宿主としてBN1株とした。E.coli Transformation Kit, Mix & Go(ZYMO RESEARCH)を用い、添付プロトコールに従って、BN1株のコンピテントセルを作製した。
【0190】
【表19】
【0191】
・BN3株の作製
続いて、BN1株を宿主としてpncA遺伝子が破壊された、BN3株を以下のように作成した。配列番号38(IBSプライマー)、配列番号39(EBS1dプライマー)および配列番号40(EBS2プライマー)に示す各プライマー、およびTargeTron Gene Knockout System添付のEBS Universalプライマーを用い、表15に示す反応液組成および表16に示す反応条件にてPCRを行った。BN1株作製時と同様に、PCR反応液の精製、HindIIIとBsrGIによる制限酵素処理、ベクターpACD4K-Cとのライゲーション反応、大腸菌JM109の形質転換およびプラスミド抽出を行った。得られたプラスミドDNAをHindIIIで消化後、1%アガロースゲルにて電気泳動を行い、約7.7kbpのバンドが確認されたプラスミドを、pACD4K-C-pncAとした。
【0192】
カナマイシン耐性遺伝子を含まないpncA遺伝子破壊用プラスミドを作製した。PCR反応時のテンプレートとしてpACD4K-C-pncAを用いること以外は、pACD4K-C-ushAΔKm作製時と同様の操作により行った。得られたプラスミドをpACD4K-C-pncAΔKmとした。
【0193】
BN1株を宿主として、pncA遺伝子が破壊されたBN3株を作製した。遺伝子破壊プラスミドとしてpACD4K-C-pncAΔKmを用いること、およびコンピテントセルとしてBN1株コンピテントセルを用いること以外は、上述のBN1株の作製と同様の操作により作製した。出現した複数のコロニーに対し、Forwardプライマー(配列番号41)およびReverseプライマー(配列番号42)を用いて、コロニーPCRを行った。反応液組成は表19、反応条件は表18とした。
【0194】
元の宿主(BL21(DE3))では約2.2kbpのバンドが増幅するのに対し、約2.9kbpのバンドが増幅したクローンが得られた。このクローンを、ushA遺伝子
とpncA遺伝子が破壊された宿主として、BN3株とした。E.coli Transformation Kit, Mix & Go(ZYMO RESEARCH)を用い、添付プロトコールに従って、BN3株のコンピテントセルを作製した。
【0195】
・BN6株の作製
続いて、BN3株を宿主としてpncC遺伝子が破壊された、BN6株を以下のように作成した。配列番号43(IBSプライマー)、配列番号44(EBS1dプライマー)および配列番号45(EBS2プライマー)に示す各プライマー、およびTargeTron Gene Knockout System添付のEBS Universalプライマーを用い、表15に示す反応液組成および表16に示す反応条件にてPCRを行った。BN1株作製時と同様に、PCR反応液の精製、HindIIIとBsrGIによる制限酵素処理、ベクターpACD4K-Cとのライゲーション反応、大腸菌JM109の形質転換およびプラスミド抽出を行った。得られたプラスミドDNAをHindIIIで消化後、1%アガロースゲルにて電気泳動を行い、約7.7kbpのバンドが確認されたプラスミドを、pACD4K-C-pncCとした。
【0196】
カナマイシン耐性遺伝子を含まないpncC遺伝子破壊用プラスミドを作製した。PCR反応時のテンプレートとしてpACD4K-C-pncCを用いること以外は、pACD4K-C-ushAΔKm作製時と同様の操作により行った。得られたプラスミドをpACD4K-C-pncCΔKmとした。
【0197】
BN3株を宿主として、pncC遺伝子が破壊されたBN6株を作製した。遺伝子破壊プラスミドとしてpACD4K-C-pncCΔKmを用いること以外は、上述のBN1株の作製と同様の操作により作製した。出現した複数のコロニーに対し、Forwardプライマー(配列番号46)およびReverseプライマー(配列番号47)を用いて、コロニーPCRを行った。反応液組成は表19、反応条件は表18とした。
【0198】
元の宿主(BL21(DE3))では約0.5kbpのバンドが増幅するのに対し、約1.2kbpのバンドが増幅したクローンが得られた。このクローンを、ushA遺伝子、pncA遺伝子およびpncC遺伝子が破壊された宿主として、BN6株とした。E.coli Transformation Kit, Mix & Go(ZYMO RESEARCH)を用い、添付プロトコールに従って、BN6株のコンピテントセルを作製した。
【0199】
・BN8株の作製
続いて、BN6株を宿主としてyrfG遺伝子が破壊された、BN8株を以下のように作成した。配列番号48(IBSプライマー)、配列番号49(EBS1dプライマー)および配列番号50(EBS2プライマー)に示す各プライマー、およびTargeTron Gene Knockout System添付のEBS Universalプライマーを用い、表15に示す反応液組成および表16に示す反応条件にてPCRを行った。BN1株作製時と同様に、PCR反応液の精製、HindIIIとBsrGIによる制限酵素処理、ベクターpACD4K-Cとのライゲーション反応、大腸菌JM109の形質転換およびプラスミド抽出を行った。得られたプラスミドDNAをHindIIIで消化後、1%アガロースゲルにて電気泳動を行い、約7.7kbpのバンドが確認されたプラスミドを、pACD4K-C-yrfGとした。
【0200】
カナマイシン耐性遺伝子を含まないyrfG遺伝子破壊用プラスミドを作製した。PCR反応時のテンプレートとしてpACD4K-C-yrfGを用いること以外は、pACD4K-C-ushAΔKm作製時と同様の操作により行った。得られたプラスミドをpACD4K-C-yrfGΔKmとした。
【0201】
BN6株を宿主として、yrfG遺伝子が破壊されたBN8株を作製した。遺伝子破壊プラスミドとしてpACD4K-C-yrfGΔKmを用いること、およびコンピテントセルとしてBN6株コンピテントセルを用いること以外は、上述のBN1株の作製と同様の操作により作製した。出現した複数のコロニーに対し、Forwardプライマー(配列番号51)およびReverseプライマー(配列番号52)を用いて、コロニーPCRを行った。反応液組成は表19、反応条件は表18とした。
【0202】
元の宿主(BL21(DE3))では約0.4kbpのバンドが増幅するのに対し、約1.1kbpのバンドが増幅したクローンが得られた。このクローンを、ushA遺伝子、pncA遺伝子、pncC遺伝子およびyrfG遺伝子が破壊された宿主として、BN8株とした。E.coli Transformation Kit, Mix & Go(ZYMO RESEARCH)を用い、添付プロトコールに従って、BN8株のコンピテントセルを作製した。
【0203】
(2)組換え体の作製・培養および無細胞抽出物の調製
本実施例では、Prsとして、実施例3記載のBsPrsN120Sを用いること、および酵素発現の宿主として、本実施例(1)記載のBN3株およびBN8株を用いること以外は、実施例1(2)~(4)と同様の操作により、各酵素の無細胞抽出物を調製した。
【0204】
(3)NMN合成反応、NMNの分析
(1)で得られた無細胞抽出物を用いて、NMN合成反応および分析を行った。各反応液を表20に示す組成で調製すること、およびサンプリングを反応開始直後(0時間後)、6時間後、および24時間後に行うこと以外は、実施例1(5)および(6)と同様に行った。
【0205】
【表20】
【0206】
(4)実験結果
実験結果を図7に示す。反応6時間時点では、通常のBL21(DE3)を宿主として調製した無細胞抽出液を用いた場合(サンプルNo.7-1)、1.9mMのNMNの生成が認められた。添加したATPのモル数(0.01μmol)は、生成したNMNのモル数(0.19μmol)の0.052当量であった。一方、ushA遺伝子およびpn
cA遺伝子を破壊したBN3株を宿主として調製した無細胞抽出液を用いた場合(サンプルNo.7-2)、2.3mMのNMNの生成が認められた。添加したATPのモル数(0.01μmol)は、生成したNMNのモル数(0.23μmol)の0.043当量であった。ushA遺伝子、pncA遺伝子、pncC遺伝子およびyrfG遺伝子を破壊したBN8株を宿主として調製した無細胞抽出液を用いた場合も(サンプルNo.7-3)、同様に2.3mMのNMNの生成が認められた。添加したATPのモル数(0.01μmol)は、生成したNMNのモル数(0.23μmol)の0.043当量であった。すなわち、NMNの生成が進行する段階では、BN3株およびBN8株を宿主として調製した無細胞抽出液を用いる方が、BL21(DE3)を宿主として調製した無細胞抽出液を用いるよりも、NMNの生産量が高くなることがわかった。
【0207】
さらに、反応24時間時点では、BL21(DE3)およびBN3株を宿主として調製した無細胞抽出液を用いた場合(サンプルNo.7-1、No.7-2)、NMNが検出できなかった。BN8株を宿主として調製した無細胞抽出液を用いた場合(サンプルNo.7-3)、2.0mMのNMNが残存していた。すなわち、NMNが一定量生成した後の段階では、BL21(DE3)およびBN3株を宿主として調製した無細胞抽出液よりも、BN8を宿主として調製した無細胞抽出液を用いる方が、生成したNMNの分解が格段に抑えられることがわかった。ただし、NMNの分解が進行する前の時点(例えば6時間)で、生成したNMNを適切に回収する工程を行えば、いずれの宿主由来の無細胞抽出液を用いた場合でも、生成したNMNを適切に取得することができる。
【0208】
[実施例8]<PPaseを用いた精製酵素によるNMN合成>
本実施例では、所定の各酵素として下記のものを用いた。
Nampt:Haemophilus ducreyi由来(AAR87771)NamptにHisタグを付加し
たもの(HdNampt-His)
Prs:Bacillus subtilis由来(BAA05286)PrsのAsn120Ser変異体にH
isタグを付加したもの(BsPrsN120S-His)
Ppk(Ppk2クラス3):Deinococcus radiodurans由来(NP_293858)PpkにHisタグを付加したもの(DrPpk-His)
Rbk:Saccharomyces cerevisiae由来(P25332)RbkにHisタグを付加したもの(ScRbk-His)
【0209】
(1)Hisタグ付加Prs、PpkおよびRbk発現プラスミドの作製
Prs、PpkおよびRbkにHisタグが付加されたタンパク質を発現するプラスミドを以下のように作製した。実施例3で作製したpEBsPrsN120S、実施例1で作製したpEDrPpkおよびpEScRbkを鋳型として、各酵素にHisタグを付加するための変異導入PCR反応を行った。鋳型プラスミド名、変異導入用プライマー名およびその塩基配列を示す配列番号、Hisタグ付加酵素発現プラスミド名を表21に示す。
【0210】
【表21】
【0211】
Hisタグ付加酵素発現プラスミドの作製は、表21に示す各種鋳型プラスミドと変異導入プライマーを用いる以外は、実施例3(1)と同様の操作により、変異導入PCR反応から塩基配列確認までを行った。正しくHisタグが付加されたプラスミドを表21に記載した各プラスミドとした。
【0212】
(2)組換え体の作製・培養および無細胞抽出物の調製
上記(1)でHisタグ付加酵素発現プラスミドを用い、実施例4(1)と同様の操作により、組換え体の作製、培養および無細胞抽出物の調製を行った。その際、菌体を懸濁するバッファーとしては、BsPrsN120S-His以外は、50mM HEPES-NaOHバッファー(pH 8.0)を用いた。ただし、BsPrsN120S-Hisについては、50mM リン酸カリウムバッファー(pH7.5)を用いて行った。
【0213】
(3)精製酵素の調製
(2)で調製したHisタグ付加酵素を含む無細胞抽出物を用いて、実施例5(3)と同様に、固定化金属アフィニティークロマトグラフィーにより、各Hisタグ付加酵素の精製を行った。ただし、BsPrsN120S-Hisについては、50mM リン酸カリウムバッファー(pH7.5)を用いて用透析を行った。
【0214】
(4)NMN合成反応、NMNの分析
(3)で得られた各種精製酵素を用い、PPase(酵母由来、シグマ・アルドリッチ社、製品番号10108987001)の存在下または非存在下で、NMN合成反応および分析を行
った。各反応液を表22に示す組成で調製すること、サンプリングを反応開始直後(0時間後)、6時間後、24時間後および48時間後に行うこと以外は、実施例1(5)および(6)と同様に行った。
【0215】
【表22】
【0216】
(5)実験結果
実験結果を図8に示す。第3反応のみの場合、PPaseを添加した場合(サンプルNo.8-1)では、反応48時間で4.0mMのNMNが生成した。添加したATPのモル数(0.1μmol)は、生成したNMNのモル数(0.40μmol)の0.25当量であった。一方、PPaseを添加しなかった場合(サンプルNo.8-2)、0.52mMのNMNが生成した。添加したATPのモル数(0.1μmol)は、生成したNMNのモル数(0.052μmol)の1.9当量であった。第2反応+第3反応の場合、PPaseを添加した場合(サンプルNo.8-3)では、反応48時間で4.1mMのNMNが生成した。添加したATPのモル数(0.1μmol)は、生成したNMNのモル数(0.41μmol)の0.24当量であった。一方、PPaseを添加しなかった場合(サンプルNo.8-4)、0.34mMのNMNが生成した。添加したATPのモル数(0.1μmol)は、生成したNMNのモル数(0.034μmol)の2.9当量であった。さらに、第1反応+第2反応+第3反応の場合、PPaseを添加した場合(サンプルNo.8-5)では、反応48時間で3.6mMのNMNが生成した。添加したATPのモル数(0.1μmol)は、生成したNMNのモル数(0.36μmol)の0.28当量であった。一方、PPaseを添加しなかった場合(サンプルNo.8-6)、0.25mMのNMNが生成した。添加したATPのモル数(0.1μmol)は、生成したNMNのモル数(0.025μmol)の4.0当量であった。以上の結果から、精製酵素反応系にPPaseを添加することで、効率的にNMNを合成することが可能であることが示された。
【配列表フリーテキスト】
【0217】
配列番号15:Prs変異体BsPrsN120Sの変異導入用プライマー(フォワード)
配列番号16:Prs変異体BsPrsN120Sの変異導入用プライマー(リバース)
配列番号17:Prs変異体BsPrsL135Iの変異導入用プライマー(フォワード)
配列番号18:Prs変異体BsPrsL135Iの変異導入用プライマー(リバース)
配列番号19:プライマーT7-PP
配列番号20:プライマーT7-TP
配列番号25:Hisタグ付加Nampt発現プラスミドpEHdNampt-Hisの変異導入用プライマー
(フォワード)
配列番号26:Hisタグ付加Nampt発現プラスミドpEHdNampt-Hisの変異導入用プライマー
(リバース)
配列番号27:Hisタグ付加Nampt発現プラスミドpEDrNampt-Hisの変異導入用プライマー
(フォワード)
配列番号28:Hisタグ付加Nampt発現プラスミドpEDrNampt-Hisの変異導入用プライマー
(リバース)
配列番号29:Hisタグ付加Nampt発現プラスミドpESoNampt-Hisの変異導入用プライマー
(フォワード)
配列番号30:Hisタグ付加Nampt発現プラスミドpESoNampt-Hisの変異導入用プライマー
(リバース)
配列番号31:ushA用IBSプライマー
配列番号32:ushA用EBS1dプライマー
配列番号33:ushA用EBS2プライマー
配列番号34:pACD4K-C-ushAΔKm調製用プライマー(フォワード)
配列番号35:pACD4K-C-ushAΔKm調製用プライマー(リバース)
配列番号36:ushA遺伝子破壊検出用プライマー(フォワード)
配列番号37:ushA遺伝子破壊検出用プライマー(リバース)
配列番号38:pncA用IBSプライマー
配列番号39:pncA用EBS1dプライマー
配列番号40:pncA用EBS2プライマー
配列番号41:pncA遺伝子破壊検出用プライマー(フォワード)
配列番号42:pncA遺伝子破壊検出用プライマー(リバース)
配列番号43:pncC用IBSプライマー
配列番号44:pncC用EBS1dプライマー
配列番号45:pncC用EBS2プライマー
配列番号46:pncC遺伝子破壊検出用プライマー(フォワード)
配列番号47:pncC遺伝子破壊検出用プライマー(リバース)
配列番号48:yrfG用IBSプライマー
配列番号49:yrfG用EBS1dプライマー
配列番号50:yrfG用EBS2プライマー
配列番号51:yrfG遺伝子破壊検出用プライマー(フォワード)
配列番号52:yrfG遺伝子破壊検出用プライマー(リバース)
配列番号53:Hisタグ付加Nampt発現プラスミドpEBsPrsN120S-Hisの変異導入用プライマー(フォワード)
配列番号54:Hisタグ付加Nampt発現プラスミドpEBsPrsN120S-Hisの変異導入用プライマー(リバース)
配列番号55:Hisタグ付加Nampt発現プラスミドpEDrPpk-Hisの変異導入用プライマー(
フォワード)
配列番号56:Hisタグ付加Nampt発現プラスミドpEDrPpk-Hisの変異導入用プライマー(
リバース)
配列番号57:Hisタグ付加Nampt発現プラスミドpEScRbk-Hisの変異導入用プライマー(
フォワード)
配列番号58:Hisタグ付加Nampt発現プラスミドpEScRbk-Hisの変異導入用プライマー(
リバース)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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