(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-09
(45)【発行日】2024-01-17
(54)【発明の名称】ヒ酸銅化合物、太陽電池材料用ヒ酸銅化合物、およびヒ酸銅化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01G 28/02 20060101AFI20240110BHJP
【FI】
C01G28/02
(21)【出願番号】P 2019043850
(22)【出願日】2019-03-11
【審査請求日】2021-10-25
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】小俣 孝久
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 一誓
(72)【発明者】
【氏名】浅野 聡
【審査官】▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-242221(JP,A)
【文献】特開平04-238816(JP,A)
【文献】特開2015-063434(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0078584(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2010/0175509(US,A1)
【文献】米国特許第05126116(US,A)
【文献】特開2009-079237(JP,A)
【文献】Physica B,1991年,Vol.172,pp.324-328
【文献】Vacuum,2018年,Vol.156,pp.78-90,<https://doi.org/10.1016/j.vacuum.2018.06.067>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 28/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学式:Cu
3AsO
4で表されるヒ酸銅化合物。
【請求項2】
化学式:Cu
3AsO
4で表される太陽電池材料用ヒ酸銅化合物。
【請求項3】
銅(I)化合物を含む水溶液とヒ酸イオンを含む水溶液とを混合し、混合溶液を調製する混合工程と、
前記混合溶液内に生成した沈殿物を分離、回収する回収工程と、
を有
し、
前記銅(I)化合物を含む水溶液として、ハロゲン化銅(I)と、錯形成剤とを含む水溶液を、
前記ヒ酸イオンを含む水溶液として、アルカリの正塩を含む水溶液を用い、
前記ハロゲン化銅(I)が、塩化銅(I)、臭化銅(I)、ヨウ化銅(I)から選択された1種類以上であり、
前記錯形成剤が、ハロゲン化アルカリであり、
前記アルカリの正塩がヒ酸カリウムである、化学式:Cu
3AsO
4で表されるヒ酸銅化合物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒ酸銅化合物、太陽電池材料用ヒ酸銅化合物、およびヒ酸銅化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
銅、亜鉛、鉛、ニッケル、コバルトなどの硫化鉱の製錬においては、毒性が高く、環境負荷が高い複数の元素が副産物として分離回収される。その中でもヒ素については従来は農薬、ガラスの脱色剤、顔料、防腐剤など産出量に見合う大きな用途、市場があったが、近年ではその強い毒性により、いずれの市場も縮小しており、ヒ酸鉄やヒ酸カルシウムなどの不溶性化合物として保管するか、ガラス質のスラグ中に安定化させ、埋設またはコンクリートの骨材などに利用されるか、最終処分されている状況である。
【0003】
しかしながら、いずれの方法においても処理に多くの費用を必要とし、また、保管、埋設においては場所の制限があることから恒久的な対策とは言えなかった。
【0004】
前記課題を解決するため、製錬副産物であるヒ素を含有する新規な機能性材料の開発が求められており、ヒ素を含有する材料についてこれまでも検討がなされていた。
【0005】
例えば、非特許文献1では、複数の化合物について単接合太陽電池の理論限界変換効率について示されている。この中でヒ素を含有するCu3AsS4(Enargite)は、太陽電池材料として広く知られているSi、CdTe、CuInSe2、GaAsと比較しても同等の変換効率を示し、太陽電池材料として有望であることを示している。太陽電池は半導体材料の中でも市場規模が大きく、ヒ素の工業的な応用分野として有望な用途である。
【0006】
非特許文献2では、Enargiteの類似化合物であるCuSbS2 (Chalcostibite)、Ag5SbS4 (Stephanite)、PbCuSbS3 (Bournonite)、Pb4FeSb6S14 (Jamesonite)、Pb9As4S15 (Gratonite)が、非特許文献3では、同様に、Enargiteの類似化合物であるCu3SbSe4-Cu3SbS4が開示されており、それぞれの直接遷移から判断し、太陽電池用の半導体として利用可能であることが示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Adv.Mter.Optics Electronics, Vol.5, Issue 6, p.289 (1995)
【文献】Conference Record of the IEEE Photovoltaic Specialists Conference, p.2774 (2016)
【文献】Appl. Phys. Lett. Vol.98, Issue 26, p.261911 (2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記非特許文献1~3に開示された材料は、いずれも硫化物、セレン化物あるいはその複塩であり、安定性が低かった。このため、例えば太陽電池材料として用い、該太陽電池を長期間自然環境下で使用して経年劣化した場合や、外力による破壊を受けた場合、また該太陽電池をリサイクル工程に供した場合等に、分解し、長期間に渡って使用できなかったり、リサイクル等において取り扱い上の留意が必要であった。
【0009】
そして、長期間に渡って継続して使用できるように、安定な材料であることが求められるため、化学的に安定なヒ素含有化合物が求められていた。
【0010】
上記従来技術の問題に鑑み、本発明の一側面では、化学的に安定なヒ素含有化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため本発明の一側面では、
化学式:Cu3AsO4で表されるヒ酸銅化合物を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の一側面によれば、化学的に安定なヒ素含有化合物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】Cu
3AsS
4のバンド図、状態密度を表す図である。
【
図2】Cu
3AsO
4のバンド図、状態密度を表す図である。
【
図3】Cu
3AsO
4、Cu
3AsS
4の光吸収スペクトルを表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本開示の一実施形態(以下「本実施形態」と記す)に係るヒ酸銅化合物について、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
[ヒ酸銅化合物]
以下、本実施形態のヒ酸銅化合物の一構成例について説明する。
【0015】
本実施形態のヒ酸銅化合物は、化学式:Cu3AsO4で表される。
【0016】
本実施形態のヒ酸銅化合物は、上述のように化学式:Cu3AsO4で表すことができる。本実施形態のヒ酸銅化合物は、係る化学式から明らかなように、成分として、硫化物イオン、セレン化物イオン、テルル化物イオン、ヒ化物イオン(As3-)等の酸化による分解、溶出のリスクがある成分を含有していない。すなわち、耐酸化性が高く、仮に酸化されたとしても成分の一部が分解、溶出等しない安定な物質である。このため、ヒ素を含有する化合物でありながら、化学的に安定な化合物であり、例えば屋外で長期間使用する太陽電池材料として適した化学的特性を有する。
【0017】
上述のように、本実施形態のヒ酸銅化合物は、太陽電池材料の用途に用いた場合に特に高い性能を発揮し、化学式:Cu3AsO4で表される太陽電池材料用ヒ酸銅化合物とすることができる。すなわち、太陽電池材料用のヒ酸銅化合物として好適に用いることができる。
【0018】
本実施形態の上記ヒ酸銅化合物の結晶構造は特に限定されないが、例えばEnargite型構造を有することができる。
【0019】
ここで、太陽電池材料として重要なバンド構造を評価するため、第一原理計算により既存のCu3AsS4と、本実施形態のヒ酸銅化合物であるCu3AsO4それぞれについてバンド図を作成し、比較評価を行った。
【0020】
図1(A)~
図1(C)に、Cu
3AsS
4のバンド図、状態密度を表す図を示す。
図1(A)がバンド構造を示しており、
図1(B)は全状態密度、および各原子の部分状態密度を、
図1(C)はCu、As、Sの軌道の部分状態密度をそれぞれ示している。
【0021】
また、
図2(A)~
図2(C)に、Cu
3AsO
4のバンド図、状態密度を表す図を示す。
図2(A)がバンド構造を示しており、
図2(B)は全状態密度、および各原子の部分状態密度を、
図2(C)はCu、As、Oの軌道の部分状態密度をそれぞれ示している。なお、Cu
3AsS
4およびCu
3AsO
4は、Enargite型構造として計算を行っている。
【0022】
バンド構造評価の結果、Cu3AsO4の伝導帯の底部のバンドは、主にCu 4s軌道からなり、そのエネルギーは0eV以上3eV以下の範囲にあり分散が大きく、電子の有効質量(me*/m0)は0.50と小さい。このような特徴は、酸化亜鉛(ZnO;me*/m0=0.2)や、酸化錫(SnO2;me*/m0=0.3)などのd10s0電子配置のp-block元素の陽イオンからなる酸化物半導体と同様であり、Cu3AsO4はn型半導体として有望な化合物であることが分かる。
【0023】
既存半導体であるCu3AsS4の伝導帯底部のバンドは、主にS 3p軌道からなり、Cu 4s軌道や、As 4s軌道の寄与はほとんどなく、エネルギーは0eV以上1eV以下の狭い範囲にあり分散は小さい。この特徴は、ZnOやSnO2のそれとは全く異なり、n型伝導性のCu3AsS4が報告されていない事実をよく裏付けている。
【0024】
一方、Cu3AsO4の価電子帯の上部は主にCu 3d軌道からなり、分散はそれほど大きくなく、正孔の有効質量(mh*/m0)は2.5であった。これは、同様に価電子帯上部がCu 3d軌道から成る1価のCuを含むCu2O(mh*/m0=0.69)と比較するとCu3AsO4の正孔の有効質量は小さくないが、p型伝導性を呈するα-CuGaO2(mh*/m0=0.4~1.4)や、β-CuGaO4(mh*/m0=1.7~5.1)、Cu3AsS4(mh*/m0=1.1)と同程度であることを確認できた。このことから、価電子帯に正孔を注入した場合に伝導性を発現する可能性が高いことを確認できた。
【0025】
以上の第一原理計算の結果から、Cu3AsO4がn型、p型双方の伝導性を発現できる物質であることがいえ、Cu3AsO4のみからなるホモp-n接合を形成できる半導体材料であるといえる。すなわち、Cu3AsO4が半導体材料として好適に用いられることを確認できた。
【0026】
上記計算によって求められたCu3AsO4のEg(バンドギャップ)は0.125eVであるが、本計算で用いたGGA(Generalized Gradient Approximation)法を使用した計算では通常Egは小さく見積もられる。
【0027】
計算によって求められたCu3AsS4のEgが0.162eVで、実験的に求められたCu3AsS4のEgが1.28eVであることに基づくと、実際のCu3AsO4のEgは1eV前後と推定される。
【0028】
Cu3AsO4の価電子帯の頂上は逆格子空間のX点にあり、伝導帯の最下端はΓ点にあるので、Cu3AsO4は間接遷移型の半導体である。一般には、間接遷移型半導体のバンドギャップのエネルギー近傍での光吸収はそれほど強くないが、Cu3AsO4は価電子帯の状態密度が大きいこと,直接ギャップ(価電子帯Γ点-伝導帯Γ点)と間接ギャップ(価電子帯X点-伝導帯Γ点)の差が約300meVと小さいことから、バンドギャップ近傍での光吸収は、直接遷移型半導体と同程度に強いと思われる。
【0029】
図3はCu
3AsO
4、Cu
3AsS
4の光吸収スペクトルを計算上で比較した結果である。Cu
3AsO
4のバンド端付近の吸収の立ち上がりは、間接遷移型半導体であるSi(図中のx-Si)よりも急峻であり、吸収係数はCdTeやGaAsなど既存の薄膜太陽電池材料である直接遷移型半導体のそれと同程度に大きいことが確認できる。このことから、化学式:Cu
3AsO
4で表されるヒ酸銅化合物を用いた半導体は、薄膜太陽電池の光吸収層として、すなわち太陽電池材料として好適に使用できることを確認できた。
[ヒ酸銅化合物の製造方法]
次に本実施形態のヒ酸銅化合物の製造方法について説明する。なお、本実施形態のヒ酸銅化合物の製造方法により、既述のヒ酸銅化合物を製造することができるため、既に説明した事項の一部は説明を省略する。
【0030】
本実施形態のヒ酸銅化合物の製造方法は、化学式:Cu3AsO4で表されるヒ酸銅化合物の製造方法に関し、以下の工程を有することができる。
銅(I)化合物を含む水溶液とヒ酸イオンを含む水溶液とを混合し、混合溶液を調製する混合工程。
混合溶液内に生成した沈殿物を分離、回収する回収工程。
【0031】
既述のヒ酸銅化合物は、化学的に安定な化合物であることから半導体用途等の各種用途に使用できることが期待され、特に太陽電池用の化合物半導体として好適な特性を示すことから、本発明の発明者らは、その製造方法について検討を行った。
【0032】
銅のヒ酸塩としてはCu(II)化合物であるCu3(AsO4)2が広く知られている。この化合物の構成成分であるCu2+、AsO4
3-のいずれもCu、Asの最高価数のイオンであり、相互で酸化還元反応が進行することはないため、CuOおよびAs2O5の高温直接反応であっても、Cu2+、AsO4
3-を含む化合物の水溶液から合成しても容易かつ定量的に反応を進行させることが可能である。
【0033】
しかしながら、化学式:Cu3AsO4で表されるヒ酸銅化合物では、還元型のCu+と酸化型のAsO4
3-とからなる化合物であるため、Cu2OおよびAs2O5を混合して加熱すると相互で酸化還元反応が進行し、CuOとAs2O3が生成するため、目的物質を合成することが困難である。
【0034】
そこで、本発明の発明者らは鋭意検討を行ったところ、上述のように、銅(I)化合物を含む水溶液とヒ酸イオンを含む水溶液とを混合し、湿式合成することで、化学式:Cu3AsO4で表されるヒ酸銅化合物が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0035】
以下、本実施形態のヒ酸銅化合物の製造方法の各工程について説明する。
(混合工程)
混合工程では、銅(I)化合物を含む水溶液と、ヒ酸イオンを含む水溶液とを混合することで混合溶液とし、銅イオンと、ヒ酸イオンとを反応させ、ヒ酸銅化合物の沈殿物を得ることができる。
【0036】
このように、混合工程において、銅(I)化合物と、ヒ酸イオンとを反応させることで、原料として使用する銅(I)化合物の銅の酸化や、ヒ酸の還元を抑制し、目的物質であるヒ酸銅化合物をより確実に得ることが可能になる。
【0037】
混合工程に供する銅(I)化合物を含む水溶液は、目的とするヒ酸銅化合物における銅の価数と同じ、すなわち1価の銅の化合物である銅(I)化合物を含有することが好ましい。該銅(I)化合物を含む水溶液として、例えばハロゲン化銅(I)と、錯形成剤とを含む水溶液を用いることが好ましい。
【0038】
これは、通常ハロゲン化銅(I)は化学的に安定ではあるが、水には溶解しにくいことから、錯形成剤をあわせて添加することで、銅(I)化合物を含む水溶液を調製することができるからである。
【0039】
ハロゲン化銅(I)としてはフッ化銅(I)、塩化銅(I)、臭化銅(I)、ヨウ化銅(I)が挙げられるが、フッ化銅(I)は特に溶解度が低く、錯形成しにくい。このため、ハロゲン化銅(I)は、塩化銅(I)、臭化銅(I)、ヨウ化銅(I)から選択された1種類以上であることがより好ましく、特に塩化銅(I)が入手しやすく、酸化還元反応も受けにくいため、ハロゲン化銅(I)は、塩化銅(I)であることがさらに好ましい。
【0040】
また、錯形成剤としては、ハロゲン化銅(I)と錯形成反応を起こし、ハロゲン化銅(I)の溶解度を上昇可能な化合物を好適に用いることができる。このような錯形成剤として、例えばハロゲン化アルカリ、アンモニア水、シアン化物、水溶性アミン類、EDTAやカルボン酸を始めとする有機錯形成剤等を挙げることができる。ただし、錯体が過度に安定である場合は、ヒ酸イオンとの反応性が低くなる恐れがあるため、ハロゲン化銅の溶解度の上昇は可能だが、錯安定度定数が低い錯体を形成させる錯形成剤を用いることが好ましい。また、ヒ酸イオンと反応して沈殿物を形成しない錯形成剤であることが好ましい。
【0041】
係る観点から、錯形成剤としては、ハロゲン化アルカリを好ましく用いることができる。ハロゲン化アルカリの中でも入手の容易さを重視すると塩化リチウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化アンモニウム等から選択された1種類以上をより好ましく用いることができ、塩化ナトリウムをさらに好ましく用いることができる。
【0042】
上述のように銅(I)化合物を含む水溶液を、ハロゲン化銅(I)と、錯形成剤とを含む水溶液として調製する場合、ハロゲン化銅(I)と十分に錯形成反応を進行させ、溶解させるため、錯形成剤の添加量、濃度を調整することが好ましい。この場合、十分に錯形成反応を進行させる観点から、錯形成剤の濃度は、1mol/L以上であることが好ましく、3mol/L以上であることがより好ましい。錯形成剤の濃度の上限は特に限定されないが、錯形成剤としてハロゲン化アルカリを用いる場合、その溶解度の観点から、例えば10mol/L以下とすることができる。
【0043】
混合工程に供するヒ酸イオンを含む水溶液としては、H+を含まない塩であるヒ酸塩の正塩を含む水溶液であることが好ましい。ヒ酸塩の正塩を用いることでヒ酸水素塩などの副生物の発生を抑制し、定量的にヒ酸銅(I)化合物を生成することが可能になる。ヒ酸塩の正塩としては、水への溶解性を考慮すると、アルカリの正塩であることがより好ましい。ヒ酸塩のアルカリの正塩としては、例えばヒ酸ナトリウム、ヒ酸カリウム、ヒ酸リチウム、ヒ酸ルビジウム、ヒ酸セシウム等から選択された1種類以上を好ましく用いることができる。特に水への溶解度の高さや、入手の容易さの観点から、ヒ酸塩のアルカリの正塩としては、ヒ酸ナトリウム、ヒ酸カリウムから選択された1種類以上をより好ましく用いることができ、特に溶解度の高さからヒ酸カリウムをさらに好ましく用いることができる。
【0044】
混合工程に供する銅化合物を含む水溶液と、ヒ酸イオンを含む水溶液との、それぞれの濃度は特に限定されない。ただし、高濃度で高速に混合するほど生成物は微細化し、低濃度で徐々にまたは連続的に混合した場合は粗大化させることが可能である。このため、生成物に求められる粒度等に応じて選択することができる。
(回収工程)
回収工程では、混合溶液内に生成した沈殿物であるヒ酸銅化合物を分離、回収することができる。
【0045】
混合溶液内からヒ酸銅化合物を分離する方法は特に限定されず、例えば吸引濾過機や、フィルタープレス等の各種固液分離手段を用いて分離することができる。また、必要に応じて、回収した沈殿物を純水で洗浄することもできる。
【0046】
回収工程で回収した沈殿物は、水分を含んでいることから、本実施形態のヒ酸銅化合物の製造方法は、必要に応じて回収した沈殿物を乾燥し、含水率を低減する乾燥工程をさらに有することもできる。
【実施例】
【0047】
以下に具体的な実施例を挙げて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
(混合工程)
錯形成剤としてハロゲン化アルカリである塩化ナトリウム400gに水を加えて1000mLとした水溶液(Cl:6.8mol/L)中に、ハロゲン化銅(I)である塩化銅(I)50g(0.5mol)を添加し、1時間撹拌、混合して溶解した。残渣は濾過除去して銅(I)化合物を含む水溶液を調製した。
【0048】
次いで、アルカリの正塩であるヒ酸カリウム・12水和物80g(0.17mol)に水を加えて500mLとし、ヒ酸イオンを含む水溶液を別途調製した。
【0049】
そして、上記銅(I)化合物を含む水溶液に、上記ヒ酸イオンを含む水溶液を10分間かけて徐々に滴下し、1時間撹拌し、混合溶液を調製した。
(回収工程)
混合溶液内に生成した沈殿物を濾過することで分離、回収した。
(洗浄工程、乾燥工程)
回収した沈殿物は300mLの脱イオン水で2回吸引洗浄後、真空デシケーター中で乾燥し、乾燥物として53.4gの白色沈澱を回収した。
【0050】
なお、試薬としては、いずれも富士フイルム和光純薬工業株式会社製の試薬特級を使用した。
【0051】
回収後、洗浄、乾燥した沈殿物をエックス線解析装置(株式会社リガク製 型式:RINT2500)で分析した結果、ほぼ純粋なEnargite型構造のCu3AsO4であることを確認した。
【0052】
得られた沈殿物を大気中に数日間放置したが、XRDパターンに変化はなく、安定な材料であることが確認できた。
【0053】
また、上記沈殿物の粉末の拡散反射スペクトルを分光光度計(株式会社日立製作所製 型式:U4000)で分析した結果、Eg(バンドギャップ)は1.02eVという数値が得られた。
【0054】
さらに、沈殿物を100MPaの圧力で一軸加圧成形した圧粉体の熱起電力を測定した結果(自作装置)、ゼーベック係数は正で、沈殿粉末はp型伝導性を呈していた。これらの結果から、Cu3AsO4が太陽電池用の化合物半導体として優れた特性を有することが確認された。
[比較例1]
酸化銅(I)21.5mg(Cu2O、0.15mmol、99.5%品、富士フイルム和光純薬工業(株)製)と、五酸化二ヒ素11.5mg(As2O5、0.05mmol、99.9%品、Strem社製)とを窒素を充填したグローブボックス内で混合し、原料混合物を得た。
【0055】
次いで、石英ガラス製チューブへ上記原料混合物を脱気封入したサンプルを3本製造し、それぞれ600℃、800℃、1000℃で6時間焼成した。
【0056】
焼成後に得られた生成物をエックス線解析装置(株式会社リガク製 型式:RINT2500)で分析した結果、原料のCu2Oの他、Cu3(AsO4)2、As2O3のピークのみが認められ、Cu(I)とAs(V)との間で酸化還元反応が進行し、目的のCu3AsO4は生成しないことが確認された。