(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-11
(45)【発行日】2024-01-19
(54)【発明の名称】回転電機制御装置
(51)【国際特許分類】
H02P 25/22 20060101AFI20240112BHJP
H02P 27/06 20060101ALI20240112BHJP
H02P 29/028 20160101ALI20240112BHJP
H02M 7/48 20070101ALI20240112BHJP
【FI】
H02P25/22
H02P27/06
H02P29/028
H02M7/48 M ZHV
(21)【出願番号】P 2020105404
(22)【出願日】2020-06-18
【審査請求日】2022-09-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000000011
【氏名又は名称】株式会社アイシン
(73)【特許権者】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】弁理士法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】サハ スブラタ
(72)【発明者】
【氏名】岩井 宏起
(72)【発明者】
【氏名】小坂 卓
(72)【発明者】
【氏名】松盛 裕明
【審査官】保田 亨介
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-192950(JP,A)
【文献】特開2020-054046(JP,A)
【文献】特開2019-134590(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02M7/42-7/98
H02P4/00
21/00-25/03
25/04
25/08-31/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに独立した複数相のオープン巻線を有する回転電機を、第1インバータ及び第2インバータを介して駆動制御する回転電機制御装置であって、
前記第1インバータは、複数相の前記オープン巻線の一端側に接続されて直流と複数相の交流との間で電力を変換し、
前記第2インバータは、複数相の前記オープン巻線の他端側に接続されて直流と複数相の交流との間で電力を変換し、
前記第1インバータ及び前記第2インバータは、それぞれ交流1相分のアームが上段側スイッチング素子と下段側スイッチング素子との直列回路により構成され、
前記第1インバータと前記第2インバータとのそれぞれを、互いに独立して制御可能であり、
前記第1インバータ及び前記第2インバータの何れか一方のインバータにおいて、1つのスイッチング素子が短絡した短絡故障が生じた場合、
前記短絡故障を生じた前記インバータを故障インバータとして、
複数相の交流電流のそれぞれを積算して各相の電流積算値を演算し、それぞれの前記電流積算値の正負に基づいて、前記故障インバータの上段側アーム及び下段側アームの何れにおいて前記短絡故障が生じているかを判別する、回転電機制御装置。
【請求項2】
前記第1インバータが前記故障インバータの場合には、
複数の前記電流積算値の内の1相の前記電流積算値が正であり、他の相の前記電流積算値が負の場合に、前記故障インバータの前記上段側アームにおいて前記短絡故障が生じていると判別し、
複数の前記電流積算値の内の1相の前記電流積算値が負であり、他の相の前記電流積算値が正の場合に、前記故障インバータの前記下段側アームにおいて前記短絡故障が生じていると判別し、
前記第2インバータが前記故障インバータの場合には、
複数の前記電流積算値の内の1相の前記電流積算値が正であり、他の相の前記電流積算値が負の場合に、前記故障インバータの前記下段側アームにおいて前記短絡故障が生じていると判別し、
複数の前記電流積算値の内の1相の前記電流積算値が負であり、他の相の前記電流積算値が正の場合に、前記故障インバータの前記上段側アームにおいて前記短絡故障が生じていると判別する、請求項1に記載の回転電機制御装置。
【請求項3】
前記回転電機の回転速度が予め規定された規定回転速度以上の場合
、
前記第1インバータ及び前記第2インバータの双方の前記インバータの全ての前記スイッチング素子をオフ状態とするシャットダウン制御を実行し、
前記シャットダウン制御の実行中に、それぞれの前記電流積算値の正負に基づいて、前記故障インバータの前記上段側アーム及び前記下段側アームの何れにおいて前記短絡故障が生じているかを判別
し、
前記回転電機の回転速度が前記規定回転速度未満の場合、
予め規定された規定トルク以下のトルク指令に基づいて、前記第1インバータ及び前記第2インバータをトルク制御し、
前記トルク制御の実行中に、それぞれの前記電流積算値の正負に基づいて、前記故障インバータの前記上段側アーム及び前記下段側アームの何れにおいて前記短絡故障が生じているかを判別する、請求項1又は2に記載の回転電機制御装置。
【請求項4】
直流電圧に対する複数相の交流の線間電圧の実効値の割合である変調率が予め規定された規定変調率以上の場合、
前記第1インバータ及び前記第2インバータの双方の前記インバータの全ての前記スイッチング素子をオフ状態とするシャットダウン制御を実行し、
前記シャットダウン制御の実行中に、それぞれの前記電流積算値の正負に基づいて、前記故障インバータの前記上段側アーム及び前記下段側アームの何れにおいて前記短絡故障が生じているかを判別し、
前
記変調率が
前記規定変調率未満の場合、
予め規定された規定トルク以下のトルク指令に基づいて、前記第1インバータ及び前記第2インバータをトルク制御し、
前記トルク制御の実行中に、それぞれの前記電流積算値の正負に基づいて、前記故障インバータの前記上段側アーム及び前記下段側アームの何れにおいて前記短絡故障が生じているかを判別する、請求項1
又は2に記載の回転電機制御装置。
【請求項5】
前記第1インバータ及び前記第2インバータの内、前記故障インバータとは異なる前記インバータを正常インバータとし、前記故障インバータの前記上段側アーム及び前記下段側アームの内、前記短絡故障を生じている側を故障側アームとし、他方の側を非故障側アームとして、
前記故障インバータの前記故障側アームの前記スイッチング素子の全てをオン状態とし、前記非故障側アームの前記スイッチング素子の全てをオフ状態とするアクティブショートサーキット制御を行うと共に、前記正常インバータを介して前記回転電機を駆動するシングルインバータ駆動制御を行う、請求項1から4の何れか一項に記載の回転電機制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オープン巻線を有する回転電機を、2つのインバータを介して駆動制御する回転電機制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
3相交流型の回転電機が備える3相オープン巻線の両端にそれぞれ1つずつ備えられたインバータをスイッチング制御して回転電機を駆動制御する制御装置が知られている。特開2014-192950号公報には、そのような3相オープン巻線を駆動するインバータのスイッチング素子に故障が生じた場合であっても回転電機の駆動を継続することが可能な技術が開示されている。これによれば、2つのインバータの内の何れか一方のスイッチング素子に故障が生じた場合には、当該故障したスイッチング素子を含むインバータの上段側スイッチング素子の全て、或いは下段側スイッチング素子の全てを全てオン状態とし、他方の側のスイッチング素子の全てをオフ状態として、当該インバータを中性点化して、故障していない他方のインバータにより、回転電機を駆動する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ここで、故障したスイッチング素子の検出は、各スイッチング素子に対してセンサ等を配置することで可能である。しかし、全てのスイッチング素子に故障検出用のセンサを配置するとコストが掛かる。そこで、制御に用いられている既存のパラメータを利用して故障を検出することも考えられる。即ち、1つのスイッチング素子に故障が生じると、交流の各相電流や電圧等に変化が生じるため、各相電流や電圧等に基づいて故障の有無を検出することも可能と考えられる。しかし、オープン巻線には2つのインバータが接続されているため、何れのインバータに故障が生じた場合であってもオープン巻線に流れる電流や相間電圧に影響し、単純に故障したスイッチング素子を特定することは困難である。
【0005】
上記の文献には、故障したスイッチング素子を特定するための具体的な技術については言及されていない。また、スイッチング素子の故障には、スイッチング素子が常に導通状態となる短絡故障と、スイッチング素子が常に開放状態となるオープン故障とがあり、それぞれ故障によって生じる事象も異なり、その特定方法も異なる。しかし、上記の文献には、それらを区別して特定するための具体的な技術についての言及もない。
【0006】
上記背景に鑑みて、オープン巻線の両端にそれぞれ備えられた2つのインバータを構成するスイッチング素子の内の1つが、短絡故障を生じた場合に、障箇所を特定する技術の提供が望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記に鑑みた、互いに独立した複数相のオープン巻線を有する回転電機を、第1インバータ及び第2インバータを介して駆動制御する回転電機制御装置は、前記第1インバータは、複数相の前記オープン巻線の一端側に接続されて直流と複数相の交流との間で電力を変換し、前記第2インバータは、複数相の前記オープン巻線の他端側に接続されて直流と複数相の交流との間で電力を変換し、前記第1インバータ及び前記第2インバータは、それぞれ交流1相分のアームが上段側スイッチング素子と下段側スイッチング素子との直列回路により構成され、前記第1インバータと前記第2インバータとのそれぞれを、互いに独立して制御可能であり、前記第1インバータ及び前記第2インバータの何れか一方のインバータにおいて、1つのスイッチング素子が短絡した短絡故障が生じた場合、前記短絡故障を生じた前記インバータを故障インバータとして、複数相の交流電流のそれぞれを積算して各相の電流積算値を演算し、それぞれの前記電流積算値の正負に基づいて、前記故障インバータの上段側アーム及び下段側アームの何れにおいて前記短絡故障が生じているかを判別する。
【0008】
発明者らによる実験やシミュレーションによれば、2つのインバータの内の何れか一方にスイッチング素子の短絡故障が生じた場合、3相電流波形が非対称で歪んだ波形となることが確認された。例えば、ある相の交流電流の波形は、正側に大きく偏向し、またある相の交流電流の波形は、負側に大きく偏向する。そして、交流電流を所定時間に亘って積算すると、この偏向の傾向がより顕著に現れる。偏向の方向は、短絡故障したスイッチング素子の位置によって異なる。従って、電流積算値の正負に基づけば、短絡故障が故障インバータの上段側アーム及び下段側アームの何れにおいて生じているかを判別することができる。故障箇所を特定することで、当該故障箇所の影響を受けないように、2つのインバータを制御して、回転電機の駆動を継続することもできる。このように、本構成によれば、オープン巻線の両端にそれぞれ備えられた2つのインバータを構成するスイッチング素子の内の1つが、短絡故障を生じた場合に、故障箇所を特定することができる。
【0009】
回転電機制御装置のさらなる特徴と利点は、図面を参照して説明する実施形態についての以下の記載から明確となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図3】直
交ベクトル空間における回転電機の模式的電圧ベクトル図
【
図5】短絡故障が検出されてからフェールセーフ制御によって回転電機を駆動するまでの動作点の一例を示す図
【
図6】短絡故障が検出されてシャットダウン制御を実行中の電流の流れの一例を示す図
【
図7】1インバータシステムにおいて短絡故障が検出されてシャットダウン制御を実行中の電流の流れの一例を示す図
【
図8】短絡故障発生後のトルク指令及び回転速度の遷移、並びに3相電流波形の一例を示す図
【
図9】短絡故障発生後のトルク指令の遷移の他の例を示す図
【
図10】短絡故障が発生した箇所を特定する手順の一例を示すフローチャート
【
図15】1インバータシステムの回転電機の制御領域の一例を示す図
【
図16】1インバータシステムにおける短絡故障発生後のトルク指令及び回転速度の遷移の一例を示す図
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、互いに独立した複数相のオープン巻線を有する回転電機を、2つのインバータを介して駆動制御する回転電機制御装置の実施形態を図面に基づいて説明する。
図1は、回転電機制御装置1(MG-CTRL)を含む回転電機駆動システムの模式的ブロック図である。回転電機80は、例えば、電気自動車やハイブリッド自動車などの車両において車輪の駆動力源となるものである。回転電機80は、互いに独立した複数相(本実施形態では3相)のステータコイル8(オープン巻線)を有するオープン巻線型の回転電機である。ステータコイル8の両端には、それぞれ独立して制御されて直流と複数相(ここでは3相)の交流との間で電力を変換するインバータ10が1つずつ接続されている。つまり、ステータコイル8の一端側には第1インバータ11(INV1)が接続され、ステータコイル8の他端側には第2インバータ12(INV2)が接続されている。以下、第1インバータ11と第2インバータ12とを区別する必要がない場合には単にインバータ10と称して説明する。
【0012】
インバータ10は、複数のスイッチング素子3を有して構成される。スイッチング素子3には、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)やパワーMOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)が用いられる。
図1には、スイッチング素子3としてIGBTが用いられる形態を例示している。本実施形態では、第1インバータ11と第2インバータ12とは、同じ種類のスイッチング素子3を用いた同じ回路構成のインバータ10である。
【0013】
2つのインバータ10は、それぞれ交流1相分のアーム3Aが上段側スイッチング素子3Hと下段側スイッチング素子3Lとの直列回路により構成されている。各スイッチング素子3には、負極FGから正極Pへ向かう方向(下段側から上段側へ向かう方向)を順方向として、並列にフリーホイールダイオード35が備えられている。尚、複数相のアーム3Aにおいて、上段側スイッチング素子3Hを含む側を上段側アームと称し、下段側スイッチング素子3Lを含む側を下段側アームと称する。
【0014】
また、本実施形態では、2つのインバータ10はそれぞれ独立した直流電源6に接続されている。つまり第1インバータ11の負極FGである第1フローティンググラウンドFG1と第2インバータ12の負極FGである第2フローティンググラウンドFG2とは、互いに独立している。また、インバータ10と直流電源6との間には、それぞれ直流電圧を平滑化する直流リンクコンデンサ4(平滑コンデンサ)が備えられている。
【0015】
具体的には、交流1相分のアーム3Aが第1上段側スイッチング素子31Hと第1下段側スイッチング素子31Lとの直列回路により構成された第1インバータ11は、直流側に第1直流リンクコンデンサ41(第1平滑コンデンサ)が接続されると共に、直流側が第1直流電源61に接続され、交流側が複数相のステータコイル8の一端側に接続されて、直流と複数相の交流との間で電力を変換する。交流1相分のアーム3Aが第2上段側スイッチング素子32Hと第2下段側スイッチング素子32Lとの直列回路により構成された第2インバータ12は、直流側に第2直流リンクコンデンサ42(第2平滑コンデンサ)が接続されると共に、直流側が第2直流電源62に接続され、交流側が複数相のステータコイル8の他端側に接続されて、直流と複数相の交流との間で電力を変換する。
【0016】
本実施形態では、第1直流電源61及び第2直流電源62は、電圧などの定格が同等の直流電源であり、第1直流リンクコンデンサ41及び第2直流リンクコンデンサも、容量などの定格が同等のコンデンサである。直流電源6の定格電圧は、48ボルトから400ボルト程度である。直流電源6は、例えば、ニッケル水素電池やリチウムイオン電池などの二次電池(バッテリ)や、電気二重層キャパシタなどの蓄電素子により構成されている。回転電機80は、電動機としても発電機としても機能することができる。回転電機80は、インバータ10を介して直流電源6からの電力を動力に変換する(力行)。或いは、回転電機80は、車輪等から伝達される回転駆動力を電力に変換し、インバータ10を介して直流電源6を充電する(回生)。
【0017】
図1に示すように、インバータ10は、回転電機制御装置1により制御される。回転電機制御装置1は、第1インバータ11と第2インバータ12とのそれぞれを、互いに独立した制御方式で制御可能である(制御方式の詳細については後述する)。回転電機制御装置1は、マイクロコンピュータ等の論理回路を中核部材として構築されている。例えば、回転電機制御装置1は、不図示の車両制御装置等の他の制御装置等から提供される回転電機80の目標トルク(トルク指令)に基づいて、ベクトル制御法を用いた電流フィードバック制御を行って、インバータ10を介して回転電機80を制御する。
【0018】
回転電機80の各相のステータコイル8を流れる実電流は電流センサ15により検出され、回転電機80のロータの各時点での磁極位置は、レゾルバなどの回転センサ13により検出される。回転電機制御装置1は、電流センサ15及び回転センサ13の検出結果を用いて、電流フィードバック制御を実行する。回転電機制御装置1は、電流フィードバック制御のために種々の機能部を有して構成されており、各機能部は、マイクロコンピュータ等のハードウェアとソフトウェア(プログラム)との協働により実現される。
【0019】
図2のブロック図は、回転電機制御装置1の一部の機能部を簡易的に示している。ベクトル制御法では、回転電機80に流れる実電流(U相電流Iu,V相電流Iv,W相電流Iw)を、回転電機80のロータに配置された永久磁石が発生する磁界(磁束)の方向であるd軸と、d軸に直交する方向(磁界の向きに対して電気角でπ/2進んだ方向)のq軸とのベクトル成分(d軸電流Id,q軸電流Iq)に座標変換してフィードバック制御を行う。回転電機制御装置1は、回転センサ13の検出結果(θ:磁極位置、電気角)に基づいて、3相2相座標変換部55で座標変換を行う。
【0020】
電流フィードバック制御部5(FB)は、dq軸直交ベクトル座標系において、回転電機80のトルク指令に基づく電流指令(d軸電流指令Id*,q軸電流指令Iq*)と、実電流(d軸電流Id,q軸電流Iq)との偏差に基づいて回転電機80をフィードバック制御して、電圧指令(d軸電圧指令Vd*,q軸電圧指令Vq*)を演算する。回転電機80は、第1インバータ11と第2インバータ12との2つのインバータ10を介して駆動される。このため、d軸電圧指令Vd*及びq軸電圧指令Vq*は、それぞれ分配部53(DIV)において、第1インバータ11用の第1d軸電圧指令Vd1*及び第1q軸電圧指令Vq1*、第2インバータ12用の第2d軸電圧指令Vd2*及び第2q軸電圧指令Vq2*に分配される。
【0021】
上述したように、回転電機制御装置1は、第1インバータ11と第2インバータ12とのそれぞれを、互いに独立した制御方式で制御可能であり、3相電圧指令演算部73及び変調部74(MOD)を備えた電圧制御部7を2つ備えている。即ち、回転電機制御装置1は、第1インバータ11のU相、V相、W相それぞれのスイッチング制御信号(Su1,Sv1,Sw1)を生成する第1電圧制御部71と、第2インバータ12のU相、V相、W相それぞれのスイッチング制御信号(Su2,Sv2,Sw2)を生成する第2電圧制御部72とを備えている。第1インバータ11の電圧指令(Vu1**,Vv1**、Vw1**)と、第2インバータ12の電圧指令(Vu2**,Vv2**、Vw2**)との位相は“π”異なっている。このため、第2電圧制御部72には、回転センサ13の検出結果(θ)から“π”を減算した値が入力されている。
【0022】
尚、後述するように、変調方式には、回転電機80の回転に同期した同期変調と、回転電機80の回転とは独立した非同期変調とがある。一般的に、同期変調によるスイッチング制御信号の生成ブロック(ソフトウェアの場合は生成フロー)と、非同期変調によるスイッチング制御信号の生成ブロックとは異なっている。上述した電圧制御部7は、電圧指令と、回転電機80の回転に同期しないキャリアとに基づいてスイッチング制御信号を生成するものであるが、本実施形態では、説明を簡略化するために、同期変調によるスイッチング制御信号(例えば後述する矩形波制御の場合のスイッチング制御信号)も電圧制御部7にて生成されるものとして説明する。
【0023】
尚、インバータ10のそれぞれのアーム3Aは、上述したように、上段側スイッチング素子3Hと下段側スイッチング素子3Lとの直列回路により構成されている。
図2では、区別していないが、各相のスイッチング制御信号は、上段用スイッチング制御信号と、下段用スイッチング制御信号との2種類として出力される。尚、それぞれのアーム3Aを構成する上段側スイッチング素子3Hと下段側スイッチング素子3Lとが同時にオン状態となると当該アーム3Aが短絡状態となる。これを防ぐために、それぞれのアーム3Aに対する上段側スイッチング制御信号と、下段側スイッチング制御信号とが共に非有効状態となるデッドタイムが設けられている。このデッドタイムも、電圧制御部7において付加される。
【0024】
図1に示すように、インバータ10を構成する各スイッチング素子3の制御端子(IGBTやFETの場合はゲート端子)は、ドライブ回路2(DRV)を介して回転電機制御装置1に接続されており、それぞれ個別にスイッチング制御される。インバータ10などの回転電機80を駆動するための高圧系回路(直流電源6に接続された系統)と、マイクロコンピュータなどを中核とする回転電機制御装置1などの低圧系回路(3.3ボルトから5ボルト程度の動作電圧の系統)とは、動作電圧(回路の電源電圧)が大きく異なる。ドライブ回路2は、各スイッチング素子3に対する駆動信号(スイッチング制御信号)の駆動能力(例えば電圧振幅や出力電流など、後段の回路を動作させる能力)をそれぞれ高めて中継する。第1ドライブ回路21は第1インバータ11にスイッチング制御信号を中継し、第2ドライブ回路22は第2インバータ12にスイッチング制御信号を中継する。
【0025】
尚、インバータ10には、インバータ10の異常、例えば、スイッチング素子の温度や、過電流発生の有無等を検出する回路が備えられており、当該情報はドライブ回路2を介して回転電機制御装置1に提供される。これらの情報は、特定のスイッチング素子3を特定していなくてもよく、例えば第1インバータ11における異常、第2インバータ12における異常を検出可能な程度でよい。
【0026】
回転電機制御装置1は、第1インバータ11及び第2インバータ12を構成するスイッチング素子3のスイッチングパターンの形態(電圧波形制御の形態)として、例えば電気角の一周期においてパターンの異なる複数のパルスが出力されるパルス幅変調(PWM:Pulse Width Modulation)制御と、電気角の一周期において1つのパルスが出力される矩形波制御(1パルス制御(1-Pulse))との2つを実行することができる。即ち、回転電機制御装置1は、第1インバータ11及び第2インバータ12の制御方式として、パルス幅変調制御と、矩形波制御とを実行することができる。尚、上述したように、回転電機制御装置1は、第1インバータ11と第2インバータ12とのそれぞれを、互いに独立した制御方式で制御可能である。
【0027】
また、パルス幅変調には、正弦波パルス幅変調(SPWM : Sinusoidal PWM)や空間ベクトルパルス幅変調(SVPWM : Space Vector PWM)などの連続パルス幅変調(CPWM:Continuous PWM)や、不連続パルス幅変調(DPWM:Discontinuous PWM)などの方式がある。従って、回転電機制御装置1が実行可能なパルス幅変調制御には、制御方式として、連続パルス幅変調制御と、不連続パルス幅変調とが含まれる。
【0028】
連続パルス幅変調は、複数相のアーム3Aの全てについて連続的にパルス幅変調を行う変調方式であり、不連続パルス幅変調は、複数相の一部のアーム3Aについてスイッチング素子をオン状態又はオフ状態に固定する期間を含んでパルス幅変調を行う変調方式である。具体的には、不連続パルス幅変調では、例えば3相の交流電力の内の1相に対応するインバータのスイッチング制御信号の信号レベルを順次固定して、他の2相に対応するスイッチング制御信号の信号レベルを変動させる。連続パルス幅変調では、このように何れかの相に対応するスイッチング制御信号が固定されることなく、全ての相が変調される。これらの変調方式は、回転電機80に求められる回転速度やトルクなどの動作条件、そして、その動作条件を満足するために必要な変調率(直流電圧に対する3相交流の線間電圧の実効値の割合)に応じて決定される。
【0029】
パルス幅変調では、電圧指令としての交流波形の振幅と三角波(鋸波を含む)状のキャリア(CA)の波形の振幅との大小関係に基づいてパルスが生成される。キャリアとの比較によらずにデジタル演算により直接PWM波形を生成する場合もあるが、その場合でも、指令値としての交流波形の振幅と仮想的なキャリア波形の振幅とは相関関係を有する。
【0030】
デジタル演算によるパルス幅変調において、キャリアは例えばマイクロコンピュータの演算周期や電子回路の動作周期など、回転電機制御装置1の制御周期に応じて定まる。つまり、複数相の交流電力が交流の回転電機80の駆動に利用される場合であっても、キャリアは回転電機80の回転速度や回転角度(電気角)には拘束されない周期(同期しない周期)を有している。従って、キャリアも、キャリアに基づいて生成される各パルスも、回転電機80の回転には同期していない。従って、正弦波パルス幅変調、空間ベクトルパルス幅変調などの変調方式は、非同期変調(asynchronous modulation)と称される場合がある。これに対して、回転電機80の回転に同期してパルスが生成される変調方式は、同期変調(synchronous modulation)と称される。例えば矩形波制御(矩形波変調)では、回転電機80の電気角1周期に付き1つのパルスが出力されるため、矩形波変調は同期変調である。
【0031】
上述したように、直流電圧から交流電圧への変換率を示す指標として、直流電圧に対する複数相の交流電圧の線間電圧の実効値の割合を示す変調率がある。一般的に、正弦波パルス幅変調の最大変調率は約0.61(≒0.612)、空間ベクトルパルス幅変調制御の最大変調率は約0.71(≒0.707)である。約0.71を越える変調率を有する変調方式は、通常よりも変調率を高くした変調方式として、“過変調パルス幅変調”と称される。“過変調パルス幅変調”の最大変調率は、約0.78である。この変調率0.78は、直流から交流への電力変換における物理的(数学的)な限界値である。過変調パルス幅変調において、変調率が0.78に達すると、電気角の1周期において1つのパルスが出力される矩形波変調(1パルス変調)となる。矩形波変調では、変調率は物理的な限界値である約0.78に固定されることになる。尚、ここで例示した変調率の値は、デッドタイムを考慮していない物理的(数学的)な値である。
【0032】
変調率が0.78未満の過変調パルス幅変調は、同期変調方式、非同期変調方式の何れの原理を用いても実現することができる。過変調パルス幅変調の代表的な変調方式は、不連続パルス幅変調である。不連続パルス幅変調は、同期変調方式、非同期変調方式の何れの原理を用いても実現することができる。例えば、同期変調方式を用いる場合、矩形波変調では、電気角の1周期において1つのパルスが出力されるが、不連続パルス幅変調では、電気角の1周期において複数のパルスが出力される。電気角の1周期に複数のパルスが存在すると、パルスの有効期間がその分減少するため、変調率は低下する。従って、約0.78に固定された変調率に限らず、0.78未満の任意の変調率を同期変調方式によって実現することができる。例えば、電気角の1周期において、9パルスを出力する9パルス変調(9-Pulses)、5パルスを出力する5パルス変調(5-Pulses)などの複数パルス変調(Multi-Pulses)とすることも可能である。
【0033】
また、回転電機制御装置1は、インバータ10や回転電機80に異常が検出されたような場合のフェールセーフ制御として、シャットダウン制御(SDN)やアクティブショートサーキット制御(ASC)を実行することができる。シャットダウン制御は、インバータ10を構成する全てのスイッチング素子3へのスイッチング制御信号を非アクティブ状態にしてインバータ10をオフ状態にする制御である。アクティブショートサーキット制御は、複数相全てのアーム3Aの上段側スイッチング素子3H或いは複数相全てのアーム3Aの下段側スイッチング素子3Lの何れか一方側をオン状態とし、他方側をオフ状態とする制御である。尚、複数相全てのアーム3Aの上段側スイッチング素子3Hをオン状態とし、複数相全てのアーム3Aの下段側スイッチング素子3Lをオフ状態とする場合を上段側アクティブショートサーキット制御と称する。また、複数相全てのアーム3Aの下段側スイッチング素子3Lをオン状態とし、複数相全てのアーム3Aの上段側スイッチング素子3Hをオフ状態とする場合を下段側アクティブショートサーキット制御と称する。
【0034】
本実施形態のように、ステータコイル8の両端にそれぞれインバータ10が接続されている場合、一方のインバータ10をアクティブショートサーキット制御によって短絡させると、複数相のステータコイル8が当該一方のインバータ10において短絡される。つまり、当該一方のインバータ10が中性点となって、ステータコイル8がY型結線されることになる。このため、回転電機制御装置1は、2つのインバータ10を介してオープン巻線型の回転電機80を制御する形態と、1つのインバータ10(アクティブショートサーキット制御されていない側のインバータ10)を介してY型結線の回転電機80を制御する形態とを実現することができる。
【0035】
図3は、回転電機80のdq軸ベクトル座標系での1つの動作点におけるベクトル図を例示している。図中、“V1”は第1インバータ11による電圧を示す第1電圧ベクトル、“V2”は第2インバータ12による電圧を示す第2電圧ベクトルを示す。2つのインバータ10を介してオープン巻線であるステータコイル8に現れる電圧は、第1電圧ベクトルV1と第2電圧ベクトルV2との差“V1-V2”に相当する。図中の“Va”は、ステータコイル8に現れる合成電圧ベクトルを示している。また、“Ia”は、回転電機80のステータコイル8を流れる電流を示している。
図3に示すように、第1電圧ベクトルV1と第2電圧ベクトルV2とのベクトルの向きが180度異なるように、第1インバータ11及び第2インバータ12が制御されると、合成電圧ベクトルVaは、第1電圧ベクトルV1の向きに第2電圧ベクトルV2の大きさを加算したベクトルとなる。
【0036】
本実施形態では、回転電機80の動作条件に応じた複数の制御領域R(
図4等参照)が設定され、回転電機制御装置1は、それぞれの制御領域Rに応じた制御方式でインバータ10を制御している。
図4は、回転電機80の回転速度とトルクとの関係の一例を示している。例えば、
図4に示すように、回転電機80の制御領域Rとして、第1速度域VR1と、同じトルクTにおける回転電機80の回転速度が第1速度域VR1よりも高い第2速度域VR2と、同じトルクTにおける回転電機80の回転速度が第2速度域VR2よりも高い第3速度域VR3とが設定される。
【0037】
例えば、下記の表1に示すように、回転電機制御装置1は、第1速度域VR1において、第1インバータ11及び第2インバータ12の双方のインバータ10を連続パルス幅変調制御(CPWM)により制御する。また、回転電機制御装置1は、第2速度域VR2において、第1インバータ11及び第2インバータ12の双方のインバータ10を不連続パルス幅変調制御(DPWM)により制御する。また、回転電機制御装置1は、第3速度域VR3において、第1インバータ11及び第2インバータ12の双方のインバータ10を矩形波制御により制御する。表中のMi_sys、Mi_inv1、Mi_inv2については後述する。
【0038】
【0039】
それぞれの制御領域Rの境界(第1速度域VR1と第2速度域VR2と第3速度域VR3との境界)は、回転電機80のトルクに応じた回転電機80の回転速度と、直流電圧に対する複数相の交流電圧の線間電圧の実効値(指令値であっても出力電圧からの換算値でもよい)の割合との少なくとも一方に応じて設定されていると好適である。
【0040】
回転電機80の動作条件は、
図4に例示するように、しばしば回転速度とトルクとの関係で定義される。制御領域Rが、1つのパラメータである回転速度に基づいて、設定されていると良い。ここで、制御領域Rの境界を規定する回転速度を、トルクに関わらず一定に設定することも可能であるが、制御領域Rの境界を規定する回転速度が、トルクに応じて異なる値となるように設定されているとさらに好適である。このようにすることにより、回転電機80の動作条件に応じて高い効率で回転電機80を駆動制御することができる。
【0041】
また、例えば、回転電機80に高い出力(速い回転速度や高いトルク)が要求される場合、電圧型のインバータでは、直流電圧を高くすることや、直流電圧が交流電圧に変換される割合を高くすることで当該要求が実現される。直流電圧が一定の場合には、直流電圧が交流電圧に変換される割合を高くすることで当該要求を実現することができる。この割合は、直流電力に対する3相交流電力の実効値の割合(電圧型のインバータの場合には、直流電圧に対する3相交流電圧の実効値の割合と等価)として示すことができる。上述したように、インバータ10を制御する制御方式には、この割合が低いものから高いものまで種々の方式が存在する。
【0042】
表1に示すように、制御領域Rが、回転電機80に対する要求に応じて定まる直流電力に対する3相交流電力の実効値の割合(変調率)に基づいて設定されていると、回転電機80の動作条件に応じて高い効率で回転電機80を駆動制御することができる。尚、表中において、“Mi_inv1”は第1インバータ11の変調率、“Mi_inv2”は第2インバータ12の変調率、“Mi_sys”はシステム全体の変調率を示している。
【0043】
上記、表1には、それぞれの制御領域Rに対応する変調率を例示している。本実施形態では、第1直流電源61の端子間電圧“E1”と第2直流電源62の端子間電圧“E2”は同じである(共に電圧“E”)。第1インバータ11の交流側の実効値を“Va_inv1”、第2インバータ12の交流側の実効値を“Va_inv2”とすると、第1インバータ11の変調率“Mi_inv1”、及び第2インバータ12の変調率“Mi_inv2”は下記式(1)、(2)のようになる。また、システム全体の変調率“Mi_sys”は、下記式(3)のようになる。
【0044】
Mi_inv1=Va_inv1/E1=Va_inv1/E ・・・(1)
Mi_inv2=Va_inv2/E2=Va_inv2/E ・・・(2)
Mi_sys =(Va_inv1+Va_inv2)/(E1+E2)
=(Va_inv1+Va_inv2)/2E ・・・(3)
【0045】
電圧の瞬時値については、瞬時におけるベクトルを考慮する必要があるが、単純に変調率だけを考えると、式(1)~(3)より、システム全体の変調率“Mi_sys”は、“(Mi_inv1+Mi_inv2)/2”となる。尚、表1では、定格値としてそれぞれの制御領域Rに対応する変調率を示している。このため、実際の制御に際しては、制御領域Rで制御方式が変わる場合のハンチング等を考慮して、それぞれの制御領域Rに対応する変調率に重複する範囲が含まれていてもよい。
【0046】
尚、変調率“X”は、連続パルス幅変調(空間ベクトルパルス幅変調)による変調率の理論上の上限値(概ね0.707)に基づき、さらに、デッドタイムを考慮して設定される。変調率“X”は、実験やシミュレーション等に基づいて、適宜設定される(例えば、0.3以下)。
【0047】
ところで、インバータ10を構成するスイッチング素子3は、スイッチング素子3が常にオン状態となる短絡故障や、スイッチング素子3が常にオフ状態となるオープン故障を生じる場合がある。例えば、
図7に示すように、Y字結線型のステータコイル8Bを備えた回転電機80Bが1つのインバータ10Bによって駆動される場合には、短絡故障やオープン故障が生じると、インバータ10Bの全てのスイッチング素子3Bをオフ状態とするシャットダウン制御や、複数相全てのアーム3Aの上段側スイッチング素子3Hをオン状態とする又は複数相全てのアーム3Aの下段側スイッチング素子3Lをオン状態とするアクティブショートサーキット制御が実行され、車両は停止することになる。
【0048】
しかし、本実施形態のように、ステータコイル8として互いに独立した複数相のオープン巻線を有する回転電機80を、第1インバータ11及び第2インバータ12を介して駆動制御する場合には、第1インバータ11及び第2インバータ12の内の1つのインバータ10を介して回転電機80を駆動制御することが可能である。上述したように、一方のインバータ10をアクティブショートサーキット制御によって短絡させると、複数相のステータコイル8が当該一方のインバータ10において短絡され、当該一方のインバータ10が中性点となって、ステータコイル8がY型結線されることになる。このため、回転電機制御装置1は、1つのインバータ10(アクティブショートサーキット制御されていない側のインバータ10)を介してY型結線の回転電機80を制御する形態を実現することができる。
【0049】
回転電機80Bが1つのインバータ10Bによって駆動される場合には、短絡故障やオープン故障が生じると、回転電機80Bを駆動力源とする車両を停止させる必要がある。しかし、本実施形態のように、回転電機80が2つのインバータ10によって駆動される場合には、短絡故障やオープン故障が生じても、回転電機80を駆動力源とする車両を停止させることなく、一定の制限の範囲で車両の走行を継続することができる。例えば、自宅や整備工場などの当面の目的地までの走行を可能とすることができる。
【0050】
例えば、一方のインバータ10において短絡故障が生じた場合、上段側アーム及び下段側アームの内、短絡故障したスイッチング素子3を含む側のアームの全てのスイッチング素子3をオン状態とし、他方の側のアームの全てのスイッチング素子3をオフ状態としてアクティブショートサーキット制御を実行するとよい。短絡故障したスイッチング素子3を含む側のアームの全てのスイッチング素子3をオン状態とすることで、短絡故障したスイッチング素子3を故障していないスイッチング素子3として用いることができる。
【0051】
また、一方のインバータ10においてオープン故障が生じた場合、上段側アーム及び下段側アームの内、オープン故障したスイッチング素子3を含まない側のアームの全てのスイッチング素子3をオン状態とし、オープン故障したスイッチング素子3を含む側のアームの全てのスイッチング素子3をオフ状態としてアクティブショートサーキット制御を実行するとよい。オープン故障したスイッチング素子3を含む側のアームの全てのスイッチング素子3をオフ状態とすることで、オープン故障したスイッチング素子3を故障していないスイッチング素子3として用いることができる。
【0052】
このため、少なくとも、故障したスイッチング素子3が、第1インバータ11及び第2インバータ12の何れに属し、且つ、上段側アーム及び下段側アームの何れに属するかを特定する必要がある。より好ましくは、故障したスイッチング素子3が、複数相の内の何れの相であるかまで特定できるとよい。
【0053】
以下、第1インバータ11及び第2インバータ12を構成するスイッチング素子3の内の何れか1つに短絡故障が生じた場合(1相短絡故障が生じた場合)に、短絡故障したスイッチング素子3を特定し、特定後に車両の走行を継続できるように、回転電機80をフェールセーフ制御により駆動する形態について説明する。
【0054】
図5は、短絡故障が検出されてから、フェールセーフ制御によって回転電機80を駆動するまでの動作点の一例を回転電機80の制御領域に示したものである。また、
図5における制御領域“Rs”は、1つのインバータ10によって回転電機80を制御する場合のシングルインバータ制御領域Rsを示し、制御領域の全体を示す“Rd”は、2つのインバータ10によって回転電機80を制御する場合のデュアルインバータ制御領域Rdを示している。“K”は、本実施形態におけるシングルインバータ制御領域Rsと、デュアルインバータ制御領域Rdとの模式的な境界を示している。ここで、“K”を規定する回転速度は、トルクに関わらず一定に設定されることも可能であるが、
図5に例示するように、“K”を規定する回転速度が、トルクに応じて異なる値となるように設定されているとさらに好適である。また、当然ながら、これらの制御領域は、回転電機80が駆動される限界領域を示すものではない。従って、境界“K”も、シングルインバータによる制御の限界を示すものではなく、シングルインバータにより回転電機80を駆動可能な領域としてシングルインバータ制御領域Rsを設定するために適宜設定される境界である。
【0055】
図6は、例えば第1インバータ11のU相アーム3uの上段側スイッチング素子3H(31H)が短絡故障している状態で、第1インバータ11及び第2インバータ12の全てのスイッチング素子3をオフ状態とするシャットダウン制御を実行している場合の電流の流れを例示している。
図7は、1つのインバータ10Bを介してY字結線されたステータコイル8Bを備えた回転電機80Bを駆動するシステム(1インバータシステム)において、U相アーム3uの上段側スイッチング素子3Hが短絡故障している状態で、インバータ10Bの全てのスイッチング素子3をオフ状態とするシャットダウン制御を実行している場合の電流の流れを例示している。
【0056】
例えば、
図5に示す第1動作点Q1において短絡故障が生じた場合を考える。尚、短絡故障が生じた場合、短絡故障が生じたインバータ10には、過電流が流れるため、過電流検出回路によって、当該インバータ10において短絡故障が生じた可能性があることが、ドライブ回路2を介して回転電機制御装置1に伝達される。この際、短絡故障した可能性のあるスイッチング素子3については特定されていなくてよい。第1インバータ11及び第2インバータ12の何れにおいて短絡故障が発生したかということだけが特定されていればよい。
【0057】
図5に示すように、第1動作点Q1は、相対的に高い回転速度の動作点である。従って、短絡故障が検出されて、第1インバータ11及び第2インバータ12がシャットダウン制御された場合にも、回転電機80は慣性力によって回転を続け、その回転によって大きな逆起電圧(BEMF)を生じる。この逆起電力が、インバータ10の直流側の電圧(直流リンク電圧Vdc)を超えると、回転電機80から直流電源6の側に電流が流れる。
【0058】
上述したように、
図6は、第1インバータ11のU相アーム3uの上段側スイッチング素子3H(31H)が短絡故障し、シャットダウン制御されている状態を示している。第2インバータ12の各アーム3Aは、フリーホイールダイオード35による経路でのみ電流を流すことが可能である。従って、第2インバータ12の直流リンク電圧Vdc(第2直流電源62の端子間電圧)を逆起電圧が超える場合にのみ、第2直流電源62に電流が流れ込んで電流ループを形成することができ、第1インバータ11及び第2インバータ12に電流を流すことができる。詳細は、後述するが、電流ループが形成できる場合には、相電流(ここでは3相電流Iu,Iv,Iw)に基づいて、短絡故障したスイッチング素子3を特定することができる。
【0059】
一方、例えば、
図5に示すように、第1動作点Q1が、より回転速度が低い「Q1’」の場合には、逆起電圧が直流リンク電圧Vdcを超えない場合がある。逆起電圧が第2インバータ12の直流リンク電圧Vdc(第2直流電源62の端子間電圧)を超えない場合には、第2インバータ12の側で電流ループを形成することができず、第1インバータ11及び第2インバータ12に電流を流すことができない。
【0060】
尚、
図7に示すように、1インバータシステムでは、U相アーム3uの上段側スイッチング素子3H(31H)が短絡故障していることによって、電流ループを形成することができる。従って、少しでも逆起電圧が生じていれば、インバータ10Bに電流を流すことができる。
【0061】
上述したように、第1動作点Q1が「Q1’」の場合には、逆起電圧が直流リンク電圧Vdcを超えず、電流ループが形成されないため、相電流(ここでは3相電流Iu,Iv,Iw)に基づいて、短絡故障したスイッチング素子3を特定することができない。そこで、詳細は後述するが、動作点をシングルインバータ制御領域Rsまで移動させる。例えば、
図5に示す第4動作点Q4まで移動させる。そして、回転電機制御装置1は、シャットダウン制御ではなく、トルク指令を与えたトルク制御モードによって回転電機80を駆動制御することによって電流ループを形成し、相電流(ここでは3相電流Iu,Iv,Iw)に基づいて、短絡故障したスイッチング素子3を特定する。
【0062】
図8は、この場合のトルク指令、回転速度の遷移、並びに3相電流波形を例示している。回転電機80は、第1トルク指令T1に基づき、第1回転速度RS1で回転している時刻t1において短絡故障の発生を検出している(第1動作点Q1(Q1’):
図5参照)。時刻t3より回転電機80の減速を開始し、時刻t5に回転速度が第2回転速度RS2まで低下している。この際、例えばシャットダウン制御によって回転電機80の回転速度を低下させると好適である。尚、
図8に示すように、ここでトルク指令を“ゼロ”まで低下させてもよい。この場合、動作点は、第1動作点Q1(Q1’)から第2動作点Q2(Q2’)を経て第3動作点Q3へ移る。回転速度が第2回転速度RS2まで低下すると、回転電機制御装置1は、第1トルク指令T1よりも小さい第2トルク指令T2により回転電機80をトルク制御する(時刻t7~時刻t9)。これにより、動作点は、第3動作点Q3から第4動作点Q4へ移る。
【0063】
時刻t7~時刻t9に実行されるトルク制御における3相電流(Iu,Iv,Iw)の波形は、
図8に示すように非対称で歪んだ波形となっている。回転電機制御装置1は、時刻t7~時刻t9における3相電流(Iu,Iv,Iw)に基づいて、短絡故障を生じているスイッチング素子3を特定する。詳細は、後述するが、逆起電圧が直流リンク電圧Vdcを超える場合にも、3相電流(Iu,Iv,Iw)の波形は、同様に非対称で歪んだ波形となる。従って、回転電機制御装置1は、逆起電圧が直流リンク電圧Vdcを超える場合にも、3相電流(Iu,Iv,Iw)に基づいて、短絡故障を生じているスイッチング素子3を特定する。
【0064】
短絡故障を生じているスイッチング素子3が特定されると、回転電機制御装置1は、シングルインバータ制御領域Rsにおいて、回転電機80を駆動制御し、車両を走行させる。例えば、動作点を第4動作点Q4から第5動作点Q5に移動させる。第5動作点Q5におけるトルク指令は、第1動作点Q1におけるトルク指令と同じ第1トルク指令T1である。従って、回転電機80の回転速度は低下するものの、短絡故障の前と同様のトルクを出力させて回転電機80を駆動し、車両の走行を継続させることができる。
【0065】
尚、
図8においては、第2トルク指令T2から第1トルク指令T1へトルク指令を変化させる形態を例示しているが、
図9に例示するように、第2トルク指令T2から一度、トルク指令を“ゼロ”とした後、ゼロから第1トルク指令T1へトルク指令を変化させてもよい。
【0066】
図10のフローチャートは、短絡故障が発生した箇所を特定する手順の一例を示している。電流検出回路等によって、第1インバータ11又は第2インバータ12に短絡故障が発生したことが検出されると、回転電機制御装置1は、1相短絡故障が生じたと判定する(#1)。上述したように、回転電機制御装置1は、第1インバータ11及び第2インバータ12の何れのインバータ10において短絡故障が生じたかを認識しており、まず、短絡故障を生じているインバータ10である故障インバータ(inv(fail))をシャットダウン制御する(#2)。回転電機制御装置1は、次に、短絡故障していないインバータ10である正常インバータ(inv(normal))も、シャットダウン制御する(#3)。
【0067】
続いて、回転電機制御装置1は、逆起電圧(BEMF)が直流リンク電圧Vdcを超えているか否かを判定する(#4)。逆起電圧は、回転電機80の回転速度との間で線形性があるため、回転電機制御装置1は、回転電機80の回転速度に基づいてこの判定を行ってもよい。つまり、回転電機制御装置1は、回転電機80の回転速度が、予め規定された規定回転速度以上であるか否かを判定してもよい。回転電機制御装置1は、回転速度が規定回転速度以上の場合に、逆起電圧(BEMF)が直流リンク電圧Vdcを超えていると判定することができる。尚、この判定は、変調率を基準として実行されてもよい。例えば、回転電機制御装置1は、変調率が規定変調率以上の場合に、逆起電圧(BEMF)が直流リンク電圧Vdcを超えていると判定することができる。
【0068】
逆起電圧(BEMF)が直流リンク電圧Vdcを超えている場合、
図6を参照して上述したように、回転電機制御装置1は、3相電流(Iu,Iv,Iw)に基づいて短絡故障しているスイッチング素子3が上段側アームであるか下段側アームであるかを判別する。つまり、回転電機制御装置1は、故障段判別処理を実行する(#5)。また、回転電機制御装置1は、故障
段判別処理(#5)の後、シャットダウン制御により回転電機80の回転速度を低下させ減速処理を実行する(#50)。尚、ここでは、ステップ#2及びステップ#3において、第1インバータ11及び第2インバータ12の双方のインバータ10がシャットダウンされているため、ステップ#50はシャットダウン制御が継続されることと同意である。
【0069】
逆起電圧(BEMF)が直流リンク電圧Vdcを超えていない場合、或いは、ステップ#5の故障段判別処理の実行後、回転電機制御装置1は、現在の動作点がシングルインバータ制御領域Rsであるか否かを判定する。つまり、1つのインバータ10によって回転電機80を駆動可能であるか否かを判定する(#6)。1インバータ駆動が可能では無い場合には、減速処理#50が継続されて、回転電機80の回転速度が減速される。これにより、動作点がシングルインバータ制御領域Rs外であっても、ステップ#6、ステップ#50を繰り返す内に回転電機80の回転速度は低下し、ステップ#6の判定条件を満たすようになる。
【0070】
回転電機80の動作点がシングルインバータ制御領域Rsの中である場合、回転電機制御装置1は、故障段が既に特定済みであるか否かを判定する(#7)。ステップ#5を経て故障段が特定済みであれば、後述するステップ#10へ進む。一方、ステップ#5を経ていない場合や、ステップ#5を経ても故障段が特定されなかった場合には、ステップ#8に進む。
【0071】
ステップ#8は、例えば上述した第3動作点Q3で実行され、トルク指令として第2トルク指令T2が設定される。続いて、回転電機制御装置1は、例えば第4動作点Q4において、3相電流(Iu,Iv,Iw)に基づいて短絡故障しているスイッチング素子3が上段側アームであるか下段側アームであるかを判別する。つまり、回転電機制御装置1は、故障段判別処理を実行する(#9)。
【0072】
ステップ#7又はステップ#9に続くステップ#10では、故障段が上段であるか否かが判定される。ステップ#10に至るまでに、ステップ#5又はステップ#9において、3相電流(Iu,Iv,Iw)に基づいて短絡故障しているスイッチング素子3が上段側アームであるか下段側アームであるかが判別されている。従って、それらの判別結果に基づいて、回転電機制御装置1は、故障段が上段であるか、下段であるかを判定する。
【0073】
故障段が上段の場合、回転電機制御装置1は、故障インバータ(inv(fail))に対して上段側アクティブショートサーキット制御(ASC-H)を実行し、正常インバータ(inv(normal))に対してパルス幅変調制御(PWM)を実行する(#11H(#11))。また、故障段が下段の場合、回転電機制御装置1は、故障インバータ(inv(fail))に対して下段側アクティブショートサーキット制御(ASC-L)を実行し、正常インバータ(inv(normal))に対してパルス幅変調制御(PWM)を実行する(#11L(#11))。これらステップ#11は、
図5における第5動作点Q5で実行される。
【0074】
また、回転電機制御装置1は、不図示の上位の制御装置などに、短絡故障を生じている故障段の情報を出力する(#12)。具体的には、故障インバータの情報(第1インバータ11又は第2インバータ12)と、その上段側アームであるか下段側アームであるかの情報を出力する。さらに、複数相の何れの相であるかの情報が出力されてもよい。
【0075】
尚、
図10を参照して上述した形態では、ステップ#1で短絡故障が検出された場合に、回転電機制御装置1が、双方のインバータ10をシャットダウン制御した後に、ステップ#5において故障
段判別処理を実行する例を示した。しかし、シャットダウン制御を行うことなく、故障段判別処理(#5)が実行されてもよい。
【0076】
また、
図10を参照して上述した形態では、動作点がシングルインバータ制御領域Rsの中に到達するまで回転電機80の回転速度を低下させる例を示した。しかし、動作点がシングルインバータ制御領域Rsの外の状態で故障段判別処理(#9)が実行され、その後に動作点がシングルインバータ制御領域Rsの中に到達するまで回転電機80の回転速度を低下させることを妨げるものではない。
【0077】
また、
図10を参照して上述した形態では、回転電機制御装置1は、逆起電圧(BEMF)が直流リンク電圧Vdcを超えていない場合に、動作点がシングルインバータ制御領域Rsの中に到達するまで回転電機80の回転速度を低下させ、その後、故障段判別処理(#9)が実行される形態を示した。しかし、逆起電圧(BEMF)が直流リンク電圧Vdcを超えていても、回転電機制御装置1が、シングルインバータ制御領域Rsの中に動作点が到達するまで回転電機80の回転速度を低下させた後、ステップ#8にてトルク指令を設定して故障段判別処理(#9)を実行することを妨げるものではない。
【0078】
以下、
図11~
図14を参照して、短絡故障したスイッチング素子3を特定する原理を説明する。
図11及び
図12は、
図10におけるステップ#9の故障段判別処理における判別原理を説明する図である。
図11は、第1インバータ11のU相の上段側スイッチング素子3Hが短絡故障した場合を示し、
図12は、第1インバータ11のU相の下段側スイッチング素子3Lが短絡故障した場合を示している。
図13及び
図14は、
図10におけるステップ#5の故障段判別処理における判別原理を説明する図である。
図13は、第1インバータ11のU相の上段側スイッチング素子3Hが短絡故障した場合を示し、
図14は、第1インバータ11のU相の下段側スイッチング素子3Lが短絡故障した場合を示している。
【0079】
回転電機制御装置1は、短絡故障を生じたインバータを故障インバータとして、複数相の交流電流のそれぞれを積算して各相の電流積算値を演算し、それぞれの電流積算値の正負に基づいて、故障インバータの上段側アーム及び下段側アームの何れにおいて短絡故障が生じているかを判別する。ここでは、故障インバータは、第1インバータ11である。また、複数相の交流電流は、3相電流(U相電流Iu、V相電流Iv、W相電流Iw)である。また、各相の電流積算値は、U相積算電流ΣIu、V相積算電流ΣIv、W相積算電流ΣIwである。
【0080】
図8に例示したように、第1インバータ11のU相の上段側スイッチング素子3Hが短絡故障した状態でトルク制御(パルス幅変調制御)が実行されると、3相電流波形は非対称で歪んだ波形となる。
図8及び
図11に示すように、U相電流Iuは、正側に大きく偏向し、V相電流Iv及びW相電流Iwは、負側に大きく偏向した波形となる。ここで、回転電機制御装置1は、3相電流(U相電流Iu、V相電流Iv、W相電流Iw)を所定時間(例えば200[ms])に亘って積算する。正側に大きく偏向したU相電流Iuが積算されたU相積算電流ΣIuは、
図11に示すように、正側に増加していく(波形は上昇していく)。また、負側に大きく偏向したV相電流Iv及びW相電流Iwを積算したV相積算電流ΣIv及びW相積算電流ΣIwは、負側に増加していく(値は減少し、波形は下降していく)。
【0081】
回転電機制御装置1は、正側及び負側に予め規定された積算閾値を設定し、当該積算閾値を正側或いは負側に超えた場合に、短絡故障が発生していると判定するとともに、短絡故障の発生パターンを特定することができる。ここで、正側の積算閾値を“Ith+”とし、負側の
積算閾値を“Ith-”とする。
図11に例示した形態では、以下のような条件が成立するときに、短絡故障の発生が判定される。この条件を第1パターンとする。
【0082】
(ΣIu>Ith+)&&(ΣIv<Ith-)&&(ΣIw<Ith-)
【0083】
尚、この条件は、第1インバータ11のU相の上段側スイッチング素子3Hが短絡故障した場合に加えて、第2インバータ12のU相の下段側スイッチング素子3Lが短絡故障した場合にも成立する。
【0084】
また、第1インバータ11のU相の下段側スイッチング素子3Lが短絡故障した状態でトルク制御(パルス幅変調制御)が実行された場合も、
図12の下段に示すように、3相電流波形は非対称で歪んだ波形となる。
図12に示すように、U相電流Iuは、負側に大きく偏向し、V相電流Iv及びW相電流Iwは、正側に大きく偏向した波形となる。負側に大きく偏向したU相電流Iuが積算されたU相積算電流ΣIuは、
図12に示すように、負側に増加していく(値は減少し、波形は下降していく)。また、正側に大きく偏向したV相電流Iv及びW相電流Iwを積算したV相積算電流ΣIv及びW相積算電流ΣIwは、正側に増加していく(波形は上昇していく)。
図12に例示した形態では、以下のような条件が成立するときに、短絡故障の発生が判定される。この条件を第2パターンとする。
【0085】
(ΣIu<Ith-)&&(ΣIv>Ith+)&&(ΣIw>Ith+)
【0086】
尚、この条件は、第1インバータ11のU相の下段側スイッチング素子3Lが短絡故障した場合に加えて、第2インバータ12のU相の上段側スイッチング素子3Hが短絡故障した場合にも成立する。
【0087】
第1インバータ11及び第2インバータ12を構成する12個のスイッチング素子3が短絡故障した場合に成立する条件は下記の表2に示すように、第1パターンから第6パターンまでの6種類ある。以下の説明において、それぞれのスイッチング素子3は、3相の識別記号(U,V,W)、第1インバータ11及び第2インバータ12の識別番号(1,2)、上段側スイッチング素子3H及び下段側スイッチング素子3Lの識別記号(H,L)を用いて、例えば、第1インバータ11のU相の上段側スイッチング素子3Hであれば“U1H”、第2インバータ12のW相の下段側スイッチング素子3Lであれば“W2L”と表記する。
【0088】
【0089】
上述したように、
図10のステップ#1では、第1インバータ11及び第2インバータ12の何れのインバータ10において短絡故障が生じているかは判明している。従って、
図10のステップ#9において、成立する条件が、第1パターンから第6パターンの何れであるかが判定されると、どのインバータ10の上段側アーム又は下段側アームにおいて短絡故障が生じたのかを判別することができる。例えば、第1インバータ11で短絡故障が生じており、第4パターンの条件を満たしている場合には、第1インバータ11の下段側アームにおいて短絡故障が生じていることと判別される。本実施形態では、さらに下段側アームの内のどのスイッチング素子3が短絡故障しているかも判別される。この例では、第1インバータ11のV相の下段側スイッチング素子3L(V1L)が短絡故障していることが判別される。
【0090】
上述したように、ステップ#9は、回転電機80の回転速度が規定回転速度未満(又は規定変調率未満)の場合に実行される。回転電機制御装置1は、予め規定された規定トルク(例えば
図5及び
図8に示す第2トルク指令T2)以下のトルク指令に基づいて、第1インバータ11及び第2インバータ12をトルク制御する。そして、回転電機制御装置1は、トルク制御の実行中に、それぞれの電流積算値(U相積算電流ΣIu、V相積算電流ΣIv、W相積算電流ΣIw)の正負に基づいて、故障インバータの上段側アーム及び下段側アームの何れにおいて短絡故障が生じているかを判別する。
【0091】
このように、第1インバータ11が故障インバータの場合には、複数の電流積算値(U相積算電流ΣIu、V相積算電流ΣIv、W相積算電流ΣIw)の内の1相の電流積算値が正であり、他の相の電流積算値が負の場合に、故障インバータの上段側アームにおいて短絡故障が生じていると判別し(表2:パターン1,3,5)、複数の電流積算値の内の1相の電流積算値が負であり、他の相の電流積算値が正の場合に、故障インバータの下段側アームにおいて短絡故障が生じていると判別する(表2:パターン2,4,6)。また、第2インバータが故障インバータの場合には、複数の電流積算値の内の1相の電流積算値が正であり、他の相の電流積算値が負の場合に、故障インバータの下段側アームにおいて短絡故障が生じていると判別し(表2:パターン1,3,5)、複数の電流積算値の内の1相の電流積算値が負であり、他の相の電流積算値が正の場合に、故障インバータの上段側アームにおいて短絡故障が生じていると判別する(表2:パターン2,4,6)。
【0092】
回転電機80の回転速度が規定回転速度以上(又は規定変調率以上)の場合も同様である。回転電機制御装置1は、回転電機80の回転速度が規定回転速度以上の場合、第1インバータ11及び第2インバータ12の双方のインバータ10の全てのスイッチング素子3をオフ状態とするシャットダウン制御を実行する。そして、回転電機制御装置1は、シャットダウン制御の実行中に、それぞれの電流積算値の正負に基づいて、故障インバータの上段側アーム及び下段側アームの何れにおいて短絡故障が生じているかを判別する。
【0093】
第1インバータ11のU相の上段側スイッチング素子3H(U1H)が短絡故障し、シャットダウン制御が実行され、回転電機80の回転速度が規定回転速度以上の場合にも、3相電流波形は非対称で歪んだ波形となる。
図13に示すように、U相電流Iuは、正側に大きく偏向し、V相電流Iv及びW相電流Iwは、負側に大きく偏向した波形となる。正側に大きく偏向したU相電流Iuが積算されたU相積算電流ΣIuは、
図13に示すように、正側に増加していく(波形は上昇していく)。また、負側に大きく偏向したV相電流Iv及びW相電流Iwを積算したV相積算電流ΣIv及びW相積算電流ΣIwは、負側に増加していく(値は減少し、波形は下降していく)。この傾向は、
図11に示した形態と同様である。
図13に例示した形態では、以下のような条件が成立するときに、短絡故障の発生が判定される。この条件は、上記表2に示した第1パターンと同様である。
【0094】
(ΣIu>Ith+)&&(ΣIv<Ith-)&&(ΣIw<Ith-)
【0095】
上記と同様に、この条件は、第1インバータ11のU相の上段側スイッチング素子3H(U1H)が短絡故障した場合に加えて、第2インバータ12のU相の下段側スイッチング素子3L(U2L)が短絡故障した場合にも成立する。
【0096】
また、第1インバータ11のU相の下段側スイッチング素子3L(U1L)が短絡故障した状態でシャットダウン制御が実行された場合も、
図14の下段に示すように、3相電流波形は非対称で歪んだ波形となる。
図14に示すように、U相電流Iuは、負側に大きく偏向し、V相電流Iv及びW相電流Iwは、正側に大きく偏向した波形となる。負側に大きく偏向したU相電流Iuが積算されたU相積算電流ΣIuは、
図14に示すように、負側に増加していく(値は減少し、波形は下降していく)。また、正側に大きく偏向したV相電流Iv及びW相電流Iwを積算したV相積算電流ΣIv及びW相積算電流ΣIwは、正側に増加していく(波形は上昇していく)。この傾向は、
図12に示した形態と同様である。
図14に例示した形態でも、以下のような条件が成立するときに、短絡故障の発生が判定される。この条件は、上記表2に示した第2パターンと同様である。
【0097】
(ΣIu<Ith-)&&(ΣIv>Ith+)&&(ΣIw>Ith+)
【0098】
上記と同様に、この条件は、第1インバータ11のU相の下段側スイッチング素子3L(U1L)が短絡故障した場合に加えて、第2インバータ12のU相の上段側スイッチング素子3H(U2H)が短絡故障した場合にも成立する。
【0099】
このように、回転電機80の回転速度が規定回転速度以上の場合も同様に、ステップ#5において、上記表2の条件に従って短絡故障したスイッチング素子3を特定することができる。
【0100】
以上、説明したように、本実施形態によれば、オープン巻線の両端にそれぞれ備えられた2つのインバータ10を構成するスイッチング素子3の内の1つが、短絡故障を生じた場合に、故障したスイッチング素子3を特定することができる。そして、故障したスイッチング素子3を用いずに、回転電機80の制御を継続することができる。
【0101】
ここで、第1インバータ11及び第2インバータ12の内、故障インバータとは異なるインバータ10を正常インバータとし、故障インバータの上段側アーム及び下段側アームの内、短絡故障を生じている側を故障側アームとし、他方の側を非故障側アームとする。回転電機制御装置1は、故障インバータの故障側アームのスイッチング素子3の全てをオン状態とし、非故障側アームのスイッチング素子3の全てをオフ状態とするアクティブショートサーキット制御を行うと共に、正常インバータを介して回転電機80を駆動するシングルインバータ駆動制御を行う。
【0102】
例えば、上述したように、第1インバータ11のU相の上段側スイッチング素子3H(31H)が短絡故障した場合、第1インバータ11が故障インバータであり、第2インバータ12が正常インバータである。そして、第1インバータ11の上段側アームが故障側アームであり、第1インバータ11の下段側アームが非故障側アームである。回転電機制御装置1は、第1インバータ11の上段側アームのスイッチング素子3の全てをオン状態とし、第1インバータ11の下段側アームのスイッチング素子3の全てをオフ状態とする上段側アクティブショートサーキット制御(ASC-H)を行うと共に、第2インバータ12を介して回転電機80を駆動するシングルインバータ駆動制御を行う。
【0103】
図15は、比較例として、1インバータシステムの回転電機80Bの制御領域の一例を示している。また、
図16は、1インバータシステムにおける短絡故障発生後のトルク指令及び回転電機80Bの回転速度を示している。回転電機80Bが第1動作点Q1で動作中の時刻tfに短絡故障が生じると、短絡検知により時刻t0において直ちにシャットダウン制御が実行される。シャットダウン制御の実行により流れる大電流に対応するため、時刻t1において直ちにアクティブショートサーキット制御が実行される。アクティブショートサーキット制御によって回転電機80
Bの回転速度は低下し、時刻tzにおいて回転電機80Bの回転速度は“ゼロ”となって回転電機80Bは停止する。つまり、動作点が第2動作点Q2を経て原点Q0へ向かうように、回転電機80Bが制御される。このように、1インバータシステムでは、短絡故障が生じた場合には、回転電機80Bの駆動を継続することができず、車両の走行を継続することもできない。
【0104】
しかし、本実施形態によれば、上述したように、オープン巻線の両端にそれぞれ備えられた2つのインバータ10を構成するスイッチング素子3の内の1つが、短絡故障を生じた場合に、故障箇所を特定することができる。
【0105】
〔実施形態の概要〕
以下、上記において説明した回転電機制御装置(1)の概要について簡単に説明する。
【0106】
1つの態様として、互いに独立した複数相のオープン巻線(8)を有する回転電機(80)を、第1インバータ(11)及び第2インバータ(12)を介して駆動制御する回転電機制御装置(1)は、前記第1インバータ(11)は、複数相の前記オープン巻線(8)の一端側に接続されて直流と複数相の交流との間で電力を変換し、前記第2インバータ(12)は、複数相の前記オープン巻線(8)の他端側に接続されて直流と複数相の交流との間で電力を変換し、前記第1インバータ(11)及び前記第2インバータ(12)は、それぞれ交流1相分のアーム(3A)が上段側スイッチング素子(3H)と下段側スイッチング素子(3L)との直列回路により構成され、前記第1インバータ(11)と前記第2インバータ(12)とのそれぞれを、互いに独立して制御可能であり、前記第1インバータ(11)及び前記第2インバータ(12)の何れか一方のインバータ(10)において、1つのスイッチング素子(3)が短絡した短絡故障が生じた場合、前記短絡故障を生じた前記インバータ(10)を故障インバータとして、複数相の交流電流(Iu,Iv,Iw)のそれぞれを積算して各相の電流積算値(ΣIu,ΣIv,ΣIw)を演算し、それぞれの前記電流積算値(ΣIu,ΣIv,ΣIw)の正負に基づいて、前記故障インバータの上段側アーム及び下段側アームの何れにおいて前記短絡故障が生じているかを判別する。
【0107】
発明者らによる実験やシミュレーションによれば、2つのインバータ(10)の内の何れか一方にスイッチング素子(3)の短絡故障が生じた場合、3相電流波形が非対称で歪んだ波形となることが確認された。例えば、ある相の交流電流の波形は、正側に大きく偏向し、またある相の交流電流の波形は、負側に大きく偏向する。そして、交流電流(Iu,Iv,Iw)を所定時間に亘って積算すると、この偏向の傾向がより顕著に現れる。偏向の方向は、短絡故障したスイッチング素子(3)の位置によって異なる。従って、電流積算値(ΣIu,ΣIv,ΣIw)の正負に基づけば、短絡故障が故障インバータの上段側アーム及び下段側アームの何れにおいて生じているかを判別することができる。故障箇所を特定することで、当該故障箇所の影響を受けないように、2つのインバータ(10)を制御して、回転電機(80)の駆動を継続することもできる。このように、本構成によれば、オープン巻線(8)の両端にそれぞれ備えられた2つのインバータ(10)を構成するスイッチング素子(3)の内の1つが、短絡故障を生じた場合に、故障箇所を特定することができる。
【0108】
また、回転電機制御装置(1)は、前記第1インバータ(11)が前記故障インバータの場合には、複数の前記電流積算値(ΣIu,ΣIv,ΣIw)の内の1相の前記電流積算値が正であり、他の相の前記電流積算値が負の場合に、前記故障インバータの前記上段側アームにおいて前記短絡故障が生じていると判別し、複数の前記電流積算値(ΣIu,ΣIv,ΣIw)の内の1相の前記電流積算値が負であり、他の相の前記電流積算値が正の場合に、前記故障インバータの前記下段側アームにおいて前記短絡故障が生じていると判別し、前記第2インバータ(12)が前記故障インバータの場合には、複数の前記電流積算値(ΣIu,ΣIv,ΣIw)の内の1相の前記電流積算値が正であり、他の相の前記電流積算値が負の場合に、前記故障インバータの前記下段側アームにおいて前記短絡故障が生じていると判別し、複数の前記電流積算値(ΣIu,ΣIv,ΣIw)の内の1相の前記電流積算値が負であり、他の相の前記電流積算値が正の場合に、前記故障インバータの前記上段側アームにおいて前記短絡故障が生じていると判別すると好適である。
【0109】
発明者らの実験やシミュレーションにより、短絡故障したスイッチング素子(3)を含む相の交流電流は、他の相の交流電流とは異なる傾向で偏向することが確認された。従って、上述したような偏向の傾向に基づいて、故障箇所を特定することができる。
【0110】
また、回転電機制御装置(1)は、前記回転電機(80)の回転速度が予め規定された規定回転速度以上の場合、又は、直流電圧に対する複数相の交流の線間電圧の実効値の割合である変調率が予め規定された規定変調率以上の場合、前記第1インバータ(11)及び前記第2インバータ(12)の双方の前記インバータ(10)の全ての前記スイッチング素子(3)をオフ状態とするシャットダウン制御を実行し、前記シャットダウン制御の実行中に、それぞれの前記電流積算値(ΣIu,ΣIv,ΣIw)の正負に基づいて、前記故障インバータの前記上段側アーム及び前記下段側アームの何れにおいて前記短絡故障が生じているかを判別すると好適である。
【0111】
オープン巻線(8)の両端に第1インバータ(11)及び第2インバータ(12)がそれぞれ接続された形態では、故障していない方のインバータ(10)の全てのスイッチング素子(3)が非導通状態となった場合には、負極から正極へ向かう方向にしか電流を流すことができなくなる。しかし、インバータ(10)の直流側の電圧(Vdc)よりも逆起電力(BEMF)の方が大きくなると、インバータ(10)に接続されている直流電源(6)を介して、全てのスイッチング素子(3)が非導通状態となっているインバータ(10)にも電流の流通経路を形成することができる。逆起電圧(BEMF)は、回転電機(80)の回転速度との間で線形性があるため、回転電機(80)の回転速度が規定回転速度以上の場合には、上記のように迅速に故障箇所を判別することができる。また、変調率が高い場合も、回転電機(80)の出力が大きくなり、回転速度も高くなる傾向があるため、上記のように迅速に故障箇所を判別することができる。
【0112】
また、回転電機制御装置(1)は、前記回転電機(80)の回転速度が予め規定された規定回転速度未満の場合、又は、直流電圧に対する複数相の交流の線間電圧の実効値の割合である変調率が予め規定された規定変調率未満の場合、予め規定された規定トルク(T2)以下のトルク指令に基づいて、前記第1インバータ(11)及び前記第2インバータ(12)をトルク制御し、前記トルク制御の実行中に、それぞれの前記電流積算値(ΣIu,ΣIv,ΣIw)の正負に基づいて、前記故障インバータの前記上段側アーム及び前記下段側アームの何れにおいて前記短絡故障が生じているかを判別すると好適である。
【0113】
オープン巻線(8)の両端に第1インバータ(11)及び第2インバータ(12)がそれぞれ接続された形態では、インバータ(10)の直流側の電圧(Vdc)よりも逆起電力(BEMF)の方が小さい場合、故障していない方のインバータ(10)の全てのスイッチング素子(3)が非導通状態となった場合、負極から正極へ向かう方向にしか電流を流すことができなくなる。従って、短絡故障が検出された場合にシャットダウン制御を行うと、故障箇所の判別ができなくなる。本構成によれば、相対的に消費電流が少なくなる低いトルクの規定トルク(T2)によって2つのインバータ(10)を駆動することによって、インバータ(10)に電流を流すことができる。従って、短絡故障を生じている状態で、インバータ(10)やオープン巻線(8)への負荷を抑制しつつ、故障箇所の判別を行うことができる。
【0114】
また、回転電機制御装置(1)は、前記第1インバータ(11)及び前記第2インバータ(12)の内、前記故障インバータとは異なる前記インバータ(10)を正常インバータとし、前記故障インバータの前記上段側アーム及び前記下段側アームの内、前記短絡故障を生じている側を故障側アームとし、他方の側を非故障側アームとして、前記故障インバータの前記故障側アームの前記スイッチング素子(3)の全てをオン状態とし、前記非故障側アームの前記スイッチング素子(3)の全てをオフ状態とするアクティブショートサーキット制御を行うと共に、前記正常インバータを介して前記回転電機(80)を駆動するシングルインバータ駆動制御を行うと好適である。
【0115】
オープン巻線(8)の両端にそれぞれインバータ(10)が接続されている場合、故障インバータをアクティブショートサーキット制御によって短絡させると、複数相のオープン巻線(8)が故障インバータにおいて短絡される。つまり、故障インバータが中性点となって、オープン巻線(8)がY型結線されることになる。故障インバータの上段側アームと下段側アームとの内、短絡故障したスイッチング素子(3)を含む故障側アームが短絡されてアクティブショートサーキット制御されるため、短絡故障しているスイッチング素子(3)は短絡故障していない状態と等価となる。従って、回転電機制御装置1は、正常インバータを介してY型結線されたオープン巻線(8)を備えた回転電機(80)を適切に駆動制御することができる。
【符号の説明】
【0116】
1 :回転電機制御装置
3 :スイッチング素子
3A :アーム
3H :上段側スイッチング素子
3L :下段側スイッチング素子
8 :ステータコイル(オープン巻線)
10 :インバータ
11 :第1インバータ
12 :第2インバータ
80 :回転電機
Iu :U相電流(交流電流)
Iv :V相電流(交流電流)
Iw :W相電流(交流電流)
T2 :第2トルク指令(規定トルク)
ΣIu :U相積算電流(電流積算値)
ΣIv :V相積算電流(電流積算値)
ΣIw :W相積算電流(電流積算値)