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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-12
(45)【発行日】2024-01-22
(54)【発明の名称】膵癌治療剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/7068 20060101AFI20240115BHJP
   A61K 31/337 20060101ALI20240115BHJP
   A61K 31/436 20060101ALI20240115BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20240115BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240115BHJP
【FI】
A61K31/7068
A61K31/337
A61K31/436
A61P35/00
A61P43/00 121
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020100937
(22)【出願日】2020-06-10
(65)【公開番号】P2021195309
(43)【公開日】2021-12-27
【審査請求日】2023-05-24
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504174180
【氏名又は名称】国立大学法人高知大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】谷内 恵介
【審査官】篭島 福太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-206516(JP,A)
【文献】Biotechnology and Applied Biochemistry,2018年,Vol.65, Issue 5,p.665-671
【文献】笹平 直樹,課題番号:22590756 膵発癌におけるPI3Kシグナル活性化の役割,科学研究費助成事業(科学研究費補助金)研究成果報告書,2013年,p.1-5
【文献】橋本 大輔,課題番号:24890172 通常型膵癌におけるオートファジーの機能解析と新しい膵癌治療法への応用,科学研究費助成事業 研究成果報告書,2014年,p.1-5
【文献】Current Therapy,2015年,Vol.33, No.11,p.74
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/7068
A61K 31/436
A61K 31/337
A61P 35/00
A61P 43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シロリムス、ゲムシタビン、およびパクリタキセルを有効成分として含有し、患者に投与するものであることを特徴とする膵癌治療剤。
【請求項2】
上記シロリムスを1日あたり1mg以上、10mg以下、上記ゲムシタビンを1日あたり且つ上記患者の体表面積あたり500mg/m 2 以上、2000mg/m 2 以下、上記パクリタキセルを1日あたり且つ上記患者の体表面積あたり50mg/m 2 以上、200mg/m 2 以下投与するためのものである請求項1に記載の膵癌治療剤。
【請求項3】
上記パクリタキセルがナブパクリタキセルである請求項1または2に記載の膵癌治療剤。
【請求項4】
上記シロリムスを含む経口製剤、および上記ゲムシタビンを含む注射用製剤を含有する請求項1~3のいずれかに記載の膵癌治療剤。
【請求項5】
上記パクリタキセルを含む注射用製剤を含有する請求項1~のいずれかに記載の膵癌治療剤。
【請求項6】
上記シロリムス、上記ゲムシタビン、および/または上記パクリタキセルを、同時に、または時間をおいて別々に投与する請求項1~5のいずれかに記載の膵癌治療剤。
【請求項7】
上記シロリムスを含む製剤を、上記ゲムシタビンおよび/または上記パクリタキセルを含む製剤と、同時に、または時間をおいて別々に投与する請求項6のいずれかに記載の膵癌治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膵癌を有効に治療するための薬剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
日本における膵癌による死亡数は増加の一途を辿っており、国立がん研究センターのがん登録・統計によれば、2018年には年間4万人が罹患し、35,000人が死亡しており、臓器別死亡者数では第4位となっている。Stage IV期の5年生存率は1.4%であり、Stage III期でも6.4%、全Stageでは9%と、膵癌の予後は非常に悪い。その理由の一つとして、膵臓周囲の後腹膜などへの直接浸潤や、肝臓・肺・リンパ節への転移を有する症例が多いため、手術適応となる症例が全体の約30%に過ぎないことが挙げられる。また、分子標的薬など有効性の高い新規治療薬の開発が遅れていることも、膵癌の予後が悪い理由の一つである。
【0003】
膵癌に対する化学療法は、切除不能例に対する治療と、術後補助療法の2つに分類できる。切除不能例に対する治療では、オキサリプラチン+イリノテカン+フルオロウラシル+レボホリナートカルシウムを用いるFOLFIRINOX療法と、ゲムシタビン(GEM)+ナブパクリタキセル併用療法が第一選択である。手術の補助療法としては、TS-1(テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤)による単独治療が第一選択となっている。
【0004】
膵癌取り扱い規約によれば、遠隔転移は無いが切除不能である局所進行膵癌の一次化学療法としては、ゲムシタビンの単独療法、TS1の単独療法、FOLFIRINOX療法、およびゲムシタビン+ナブパクリタキセル併用療法が弱い推奨レベルCで提案されており、遠隔転移のある進行膵癌に推奨される一次化学療法としては、FOLFIRINOX療法、およびゲムシタビン+ナブパクリタキセル併用療法が強い推奨レベルAで推奨されている。しかしながら、ゲムシタビン単独療法の生存期間の中央値5.7ヶ月を基準とすると、TS1単独療法では9.7ヶ月(ハザード比0.96)、FOLFIRINOX療法では11.1ヶ月(ハザード比0.57)、ゲムシタビン+ナブパクリタキセル併用療法では8.7ヶ月(ハザード比0.72)と、比較的長い。生存期間の延長の観点ではFOLFIRINOX療法が最も優れているが、発熱性好中球減少症をはじめとした強い血液毒性が日本人で多く認められることを考慮すると、益のアウトカムと害のアウトカムは伯仲している。結論として、現状ではゲムシタビン+ナブパクリタキセル併用療法とFOLFIRINOX療法の間に優劣はつけられない。
【0005】
消化器癌の中でも、胃癌・大腸癌・肝臓癌に対する新規治療薬の治験が欧米を中心にして行われているが、膵癌に対する治験は少ない。ゲムシタビン+ナブパクリタキセル併用療法とFOLFIRINOX療法との間に優劣はつけられない問題を解決するために、副作用の頻度を増やすことなく有効性に優れた新たな療法を早急に臨床の現場に実用化することが重要である。
【0006】
上記の通り、膵癌の予後が悪い理由として、膵癌細胞の浸潤転移性が高いことが挙げられる。そこで本発明者は、膵癌細胞において、ヒトインスリン様成長因子2mRNA結合タンパク質3(IGF2BP3)がmRNAと複合体を形成し、カイネシンモータータンパク質であるKIF20Aにより膵癌細胞の運動性や浸潤性に必須である葉状仮足まで運搬され、mRNAの局所翻訳に関与することを見出し、IGF2BP3の一部のペプチドを膵癌細胞浸潤転移抑制ワクチンとして開発している(特許文献1)。また、本発明者は、IGF2BP3に対するsiRNAを膵癌細胞浸潤転移阻害剤として開発している(特許文献2)。更に本発明者は、ERK1/2阻害薬および/またはmTOR阻害剤を有効成分として含有する膵癌細胞の浸潤転移抑制剤を開発している(特許文献3)。また、本発明者らは、低分子二本鎖RNA(siRNA)を用いてmTORの発現を抑制することにより、膵癌細胞の後腹膜浸潤、腹膜播種、および肺への転移が抑制されることを明らかにしている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2015-227292号公報
【文献】国際公開第2016/002844号パンフレット
【文献】特開2019-206516号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】TANIUCHI Keisukeら,Oncotarget,2019,10,2869-2886
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、予後の悪い膵癌を有効に治療可能な手段が切望されている。そこで本発明は、膵癌を有効に治療するための薬剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、特定の有効成分を組み合わせることにより、膵癌を有効に治療できることを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
【0011】
[1] シロリムス、およびゲムシタビンまたはTS-1を有効成分として含有することを特徴とする膵癌治療剤。
[2] 上記ゲムシタビンを含有し、更にパクリタキセルを有効成分として含有する上記[1]に記載の膵癌治療剤。
[3] 上記パクリタキセルがナブパクリタキセルである上記[2]に記載の膵癌治療剤。
[4] シロリムスを含む経口製剤、およびゲムシタビンを含む注射用製剤またはTS-1を含む経口製剤を含有する上記[1]~[3]のいずれかに記載の膵癌治療剤。
[5] 上記ゲムシタビンを含む注射用製剤を含有し、更にパクリタキセルを含む注射用製剤を含有する上記[4]に記載の膵癌治療剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る膵癌治療剤は、膵癌細胞の運動性と浸潤性を効果的に抑制し、結果として膵癌細胞の浸潤転移を効果的に抑制することができる。よって、例えば膵癌の手術による除去後、除去しきれなかった膵癌細胞を腹腔内に封じ込めることが可能になると考えられる。また、膵癌細胞の増殖も抑制することができる。実際、本発明に係る膵癌治療剤が、既存の治療剤に比べて膵癌細胞の増殖を有意に抑制することができるのみならず、膵癌細胞を壊死させ得ることが動物実験にて実証されている。よって本発明は、膵癌に対する実用的で新たな治療手段として非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、ヒト膵癌細胞のmTOR活性の指標であるリボゾームタンパク質S6のリン酸化酵素p70S6Kのリン酸化に対するシロリムスの効果を示すウエスタンブロットの結果を示す写真である。
図2図2は、ヒト膵癌細胞の培養液中にシロリムスを添加した場合としない場合の細胞増殖試験の結果を示すグラフである。
図3図3は、ヒト膵癌細胞の培養液中にシロリムスを添加した場合としない場合のマトリゲル浸潤アッセイの結果を示すグラフである。
図4図4は、ゲムシタビン+パクリタキセルを投与したマウス群、およびゲムシタビン+パクリタキセル+シロリムスを投与したマウス群の、ヒト膵癌細胞を皮下移植されてからの腫瘍体積の経時的変化を示すグラフである。
図5図5は、ゲムシタビン+パクリタキセルを投与したマウス群、およびゲムシタビン+パクリタキセル+シロリムスを投与したマウス群の、ヒト膵癌細胞を皮下移植されてから9週間後の膵癌組織の拡大染色写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係る膵癌治療剤は、シロリムス、およびゲムシタビンまたはTS-1を有効成分として含有する。なお、本開示において「有効成分として含有する」とは、成分がその効果を示すに十分な量で含まれることを意味する。
【0015】
シロリムスは下記構造を有する化合物であり、その化学名は(1R,9S,12S,15R,16E,18R,19R,21R,23S,24E,26E,28E,30S,32S,35R)-1,18-ジヒドロキシ-12{-(1R)-2[-(1S,3R,4R)-4-ヒドロキシ-3-メトキシシクロヘキシル]-1-メチルエチル}-19,30-ジメトキシ-15,17,21,23,29,35-ヘキサメチル-11,36-ジオキサ-4-アザトリシクロ[30.3.1.04,9]ヘキサトリアコンタ-16,24,26,28-テトラエン-2,3,10,14,20-ペンタオンである。シロリムスは、細胞の分裂、増殖、生存などを調節する哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mTOR:mammalian target of rapamycin)の作用を阻害し、免疫抑制作用も有し、日本ではリンパ脈管筋腫症の治療剤の有効成分として承認されている。
【0016】
【化1】
【0017】
シロリムスの投与量は、患者の重篤度、体重、症状、性別、年齢などに応じて適宜調整すればよいが、例えば、1日あたり1mg以上、10mg以下とすることができる。当該投与量は、2mg/日以上が好ましく、また、8mg/日以下が好ましく、6mg/日以下または4mg/日以下がより好ましい。かかる観点から、1製剤、例えば1錠剤あたりのシロリムスの含有量は0.5mg以上、2mg以下とすることが好ましく、1±0.01mgとすることがより好ましい。投与頻度も同様に適宜調整すればよく、例えば3日に1回から1日に2回とすることができ、1日に1回が好ましい。また、休薬日や休薬期間を設けてもよい。
【0018】
ゲムシタビンは下記構造を有する化合物であり、その化学名は(+)-2’-デオキシ-2’,2’-ジフルオロシチジン一塩酸塩、または2’-デオキシ-2’,2’-ジフルオロ-シチジン一塩酸塩である。ゲムシタビンは、細胞内に取り込まれた後にリン酸化され、DNA合成を阻害することにより抗腫瘍効果を発揮する。
【0019】
【化2】
【0020】
ゲムシタビンの投与量は、患者の重篤度、症状、体重、性別、年齢などに応じて適宜調整すればよいが、例えば、患者の体表面積あたりの投与量として、1日あたり500mg/m2以上、2000mg/m2以下とすることができ、通常は1000±10mg/m2、手術不能の場合には1250±12.5mg/m2が好ましい。かかる観点から、1製剤、例えば1注射用製剤あたりのゲムシタビンの含有量は100mg以上、2g以下とすることが好ましく、200±2mgや1000±10mgとすることがより好ましい。投与頻度も同様に適宜調整すればよく、例えば0.5回/週以上、2回/週以下とすることができ、1回/週が好ましい。また、2週間以上、4週間以下投与した後、1週間休薬してもよく、かかるサイクルを繰り返してもよい。
【0021】
TS-1は、テガフール、ギメラシルおよびオテラシルカリウムを含有する製剤である。テガフールは下記構造を有する化合物であり、その化学名は5-フルオロ-1-[(2RS)-テトラヒドロフラン-2-イル]ウラシルである。ギメラシルは下記構造を有する化合物であり、その化学名は5-クロロ-2,4-ジヒドロキシピリジンである。オテラシルカリウムは下記構造を有する化合物であり、その化学名は1,2,3,4-テトラヒドロ-2,4-ジオキソ-1,3,5-トリアジン-6-カルボン酸モノカリウム塩である。
【0022】
【化3】
【0023】
TS-1の抗腫瘍効果は、テガフール由来の5-フルオロウラシルに基づく。ギメラシルは、主に肝に多く分布する5-FU異化代謝酵素DPDを選択的に阻害することによって、テガフールから生ずる5-フルオロウラシルの濃度低下を抑制する。その結果、腫瘍内における5-フルオロウラシルのリン酸化代謝物である5-フルオロヌクレオチドが高濃度で持続し、抗腫瘍効果が増強される。オテラシルカリウムは、消化管組織においてオロト酸ホスホリボシルトランスフェラーゼを選択的に拮抗阻害して、5-フルオロウラシルから5-フルオロヌクレオチドへの生成を選択的に抑制することにより、消化器毒性を軽減すると考えられる。
【0024】
TS-1製剤におけるテガフール、ギメラシルおよびオテラシルカリウムの割合は適宜調整すればよいが、例えば、テガフールに対するギメラシルの割合を0.2質量倍以上、0.4質量倍とすることができ、0.3±0.003質量倍とすることが好ましく、テガフールに対するオテラシルカリウムの割合を0.5質量倍以上、1.5質量倍以下とすることができ、1±0.01質量倍とすることが好ましい。
【0025】
TS-1の投与量は、患者の重篤度、症状、体重、性別、年齢などに応じて適宜調整すればよいが、例えば、TS-1に含まれるテガフールの量として、1回あたり20mg以上、80mg以下とすることができ、40mg以上、75mg以下が好ましい。かかる観点から、1製剤、例えばTS-1製剤あたりのテガフールの含有量は10mg以上、50mg以下とすることが好ましく、20±0.2mgや25±0.25mgとすることがより好ましい。投与頻度も同様に適宜調整すればよく、例えば1回/日以上、4回/日週以下とすることができ、2回/日が好ましい。また、20日以上、40日以下、好ましくは28±1日投与した後、10日以上、20日間、好ましくは14±1日休薬してもよく、かかるサイクルを繰り返してもよい。
【0026】
本発明においてゲムシタビンを用いる場合には、パクリタキセルを併用することが好ましい。パクリタキセルは下記構造を有する化合物であり、その化学名は(-)-(1S,2S,3R,4S,5R,7S,8S,10R,13S)-4,10-ジアセトキシ-2-ベンゾイルオキシ-5,20-エポキシ-1,7-ジヒドロキシ-9-オキソタクス-11-エン-13-イル(2R,3S)-3-ベンゾイルアミノ-2-ヒドロキシ-3-フェニルプロピオン酸である。パクリタキセルは、微小管タンパク質の重合を促進して微小管の安定化と過剰形成を引き起こし、紡錘体の機能を障害することにより細胞分裂を阻害して、抗腫瘍活性を発揮する。
【0027】
【化4】
【0028】
パクリタキセルの投与量は、患者の重篤度、症状、体重、性別、年齢などに応じて適宜調整すればよいが、例えば、患者の体表面積あたりの投与量として、1日あたり50mg/m2以上、200mg/m2以下とすることができ、125±1.25mg/m2が好ましい。かかる観点から、1製剤、例えば1注射用製剤あたりのパクリタキセルの含有量は50mg以上、200mg以下とすることが好ましく、100±1mgとすることがより好ましい。投与頻度も同様に適宜調整すればよく、例えば0.5回/週以上、2回/週以下とすることができ、1回/週が好ましい。また、2週間以上、5週間以下投与した後、1週間休薬してもよく、かかるサイクルを繰り返してもよい。
【0029】
パクリタキセルとしては、ナブパクリタキセルを用いてもよい。ナブパクリタキセルは、血清アルブミンにパクリタキセルを結合させナノ粒子化したものであり、パクリタキセル自体の水溶性は比較的低いのに対して、溶媒として水を用いることができる。血清アルブミンの含有量は適宜調整すればよいが、例えば、パクリタキセルに対する血清アルブミンの割合を5質量倍以上、10質量倍以下とすることができ、8±0.1質量倍とすることが好ましい。ナブパクリタキセルの平均粒子径としては、130±10nmとすることができる。
【0030】
本発明に係る膵癌治療剤は、1製剤中に全ての有効成分が含まれるものであってもよいが、投与態様を有効成分ごとに調整できるようにするために、2以上の製剤からなり、各製剤に1以上の有効成分が含まれることが好ましい。各製剤には、その剤形に応じた添加成分を配合してもよい。添加成分としては、例えば、基材、賦形剤、着色剤、滑沢剤、矯味剤、乳化剤、増粘剤、湿潤剤、安定剤、保存剤、溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、抗酸化剤、佐薬、緩衝剤、pH調整剤、甘味料、香料などが挙げられる。
【0031】
例えばシロリムスは、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤などの有効成分とすることが好ましく、錠剤の有効成分にすることが好ましい。シロリムス以外の錠剤の添加物としては、例えば、カルナウバロウ、結晶セルロース、酸化チタン、ステアリン酸マグネシウム、白糖、セラック、タルク、トコフェロール、乳糖水和物、ポビドン、ポリエチレングリコール、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール、物オレイン酸グリセリン、硫酸カルシウム等が挙げられる。また、錠剤は糖でコーティングしてもよい。
【0032】
ゲムシタビンは、注射用製剤、特に静脈注射用製剤の有効成分とすることが好ましい。注射用製剤として、例えば、有効成分であるゲムシタビンに加えて、D-マンニトール、酢酸ナトリウム水和物、pH調整剤などの添加物を含む凍結乾燥製剤であって、使用時に生理食塩水に溶解するものとすることができる。
【0033】
TS-1は、有効成分としてテガフール、ギメラシルおよびオテラシルカリウムを含有する、カプセル剤、散剤、顆粒剤、錠剤などの経口製剤とすることが好ましい。例えば、有効成分であるテガフール、ギメラシルおよびオテラシルカリウムに加えて、乳糖水和物、ステアリン酸マグネシウム、ゼラチン、ラウリル硫酸ナトリウム、酸化チタン、D-マンニトール、ヒドロキシプロピルセルロース等の添加剤を含む経口製剤とすることができる。
【0034】
パクリタキセルは、注射用製剤、特に静脈注射用製剤の有効成分とすることが好ましい。注射用製剤として、例えば、有効成分であるパクリタキセルに加えて、血清アルブミンなどの添加物を含む凍結乾燥製剤であって、使用時に生理食塩水に溶解または懸濁するものとすることができる。
【0035】
本発明に係る膵癌治療剤が2以上の製剤からなるものである場合、各製剤を同時に投与してもよいが、各製剤における有効成分の投与量や投与頻度に応じて、時間をおいて別々に投与することが好ましい。
【0036】
本発明に係る膵癌治療剤の投与対象は膵癌患者であるが、膵癌の更なる浸潤転移を抑制するために、膵癌細胞がリンパ節や他の臓器に転移した患者に投与してもよい。
【実施例
【0037】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0038】
実施例1: 膵癌細胞に対するシロリムスの効果
(1)mTORに対する阻害作用
6ウェルプレートの各ウェルにダルベッコ改変イーグル培地(DMEM,Gibco-BRL社製)を2mLずつ加え、ヒト膵癌細胞株S2-013を3.0×105cells/wellの割合で播種し、37℃で48時間前培養した。次いで、シロリムスを20nMまたは200nMの濃度で添加するか、或いは添加せずに、37℃で18時間培養した。
培養後、細胞ペレットを、20mM Hepes(pH7.4)、100mM塩化カリウム、2mM塩化マグネシウム、0.5%Triton(R) X-100、「Protease Inhibitor Cocktail」(Roche社製)、および「ホスファターゼ阻害剤カクテル」(ナカライテスク社製)を含むライシスバッファーに再懸濁し、細胞溶解物を得た。次いで、ビシンコニン酸(BCA)アッセイ法を用い、各細胞溶解物に含まれるタンパク質濃度を求めた。具体的には、各細胞溶解物を、総タンパク質量の最終濃度が1~2μg/μLとなるようにサンプルバッファー(50mM Tris,2%ドデシル硫酸ナトリウム(SDS),0.1%ブロモフェノールブルー、および10%グリセロールを含有)に懸濁し、抗リン酸化p70S6K抗体(Cell Sinnaling社製)、抗p70S6K抗体(Cell Sinnaling社製)、および4-20%グラジエントゲル(Bio-Rad社製)を用い、SDS-PAGEとウェスタンブロッティングにより分析した。結果を図1に示す。
図1に示される結果の通り、培地への20nMおよび200nMの濃度のシロリムス添加により、膵癌細胞のp70S6Kの活性は濃度依存性に低下したことから、膵癌細胞のmTOR活性に対するシロリムスの阻害効果が認められた。
【0039】
(2)生膵癌細胞数の測定
6ウェルプレートの各ウェルにダルベッコ改変イーグル培地(DMEM,Gibco-BRL社製)を2mLずつ加え、ヒト膵癌細胞株S2-013を3.0×105cells/wellの割合で播種し、37℃で48時間前培養した。次いで、シロリムスを20nMまたは200nMの濃度で添加するか、或いは添加せずに、37℃で18時間培養した。
次いで、MTT[3-(4,5-ジメチルチアゾール-2-イル)-2,5-ジフェニルテトラゾリウムブロミド]アッセイによって、生細胞数を測定した。MTTは、生細胞内に取り込まれ、ミトコンドリアにある脱水素酵素により還元され、ホルマザン色素が生じる。色素量は代謝活性のある生細胞数と相関するため、吸光度測定により、生細胞数や生細胞率を評価することができる。具体的には、MTTアッセイキット(「Cell Counting Kit-8」同仁化学研究所社製)に附属のCell Counting Kit-8溶液(200μL)を各ウェルに加え、37℃で3時間インキュベートした。次に、Microplate Reader 550(Bio-Rad社製)を用いて、450nmでの吸光度を測定した。結果を図2に示す。
図2に示される結果の通り、シロリムスはヒト膵癌細胞の増殖を抑制しなかった。
本発明者はmTOR阻害剤であるエベロリムスがヒト膵癌細胞の増殖を有意に抑制することを実験的に明らかにしているが(特開2019-206516号公報)、本実験により、同じくmTOR阻害剤であるシロリムスはヒト膵癌細胞の増殖を阻害しないことが示された。
【0040】
(3)マトリゲル浸潤アッセイ
6ウェルプレートの各ウェルにダルベッコ改変イーグル培地(DMEM,Gibco-BRL社製)を2mLずつ加え、ヒト膵癌細胞株S2-013を3.0×105cells/wellの割合で播種し、37℃で48時間前培養した。次いで、シロリムスを20nMまたは200nMの濃度で添加するか、或いは添加せずに、37℃で18時間培養した。無血清培地に懸濁した4.0×104個の細胞を、「Matrigel Invasion Chamber」Becton Dickinson製(孔径:8μm)の上部チャンバーのウェルに播種し、下部チャンバーには、化学誘引物質が含まれている5%FCSを添加した。20時間のインキュベーション後、顕微鏡観察を用い、独立した4視野を調べ、下部チャンバーに移動した細胞を計数した。結果を図3に示す。なお、図3中の「*」は、t-テストにおいてコントロールに対してp<0.05で有意差があることを示す。
図3に示される結果の通り、ヒト膵癌細胞の浸潤は、シロリムスの添加により濃度依存的に有意に抑制された。
本発明者はmTOR阻害剤であるエベロリムスがヒト膵癌細胞の浸潤を抑制することを実験的に明らかにしているが(特開2019-206516号公報)、同じくmTOR阻害剤であるシロリムスによるヒト膵癌細胞の浸潤抑制効果は、エベロリムスに比べて明らかに強かった。
【0041】
実施例2: 動物実験
ヒト膵癌細胞株S2-013、ヒト臍帯静脈内皮細胞、およびヒト間葉系幹細胞を共培養して、大きさが約500μmのヒト膵癌オルガノイドを形成させた。ヒト膵癌オルガノイドをヌードマウスの背部皮下に移植すると、1週後には数ミリの腫瘍を確認できた。ヒト膵癌オルガノイド移植マウスから摘出した腫瘍組織では癌間質が豊富に存在し、腺腔構造・微小乳頭状構造を呈する部分が混在している。これらの所見は膵癌症例から手術摘出した臨床的膵癌の組織構造に類似しており、大きい腫瘍では浸潤性腺癌像を示すことから、ヒト膵癌オルガノイドは薬効評価に適したモデルであるといえる。
ヒト膵癌オルガノイド移植モデルマウスに、ゲムシタビン+パクリタキセル、またはゲムシタビン+パクリタキセル+シロリムスを投与してそれぞれの薬効を評価した。具体的には、ヌードマウス24匹を、8匹ずつ任意に、投薬を行わないコントロール群、ゲムシタビン+パクリタキセル投与群と、ゲムシタビン+パクリタキセル+シロリムス投与群とに分け、第1日目にヒト膵癌オルガノイドの移植手術を行った。
ゲムシタビン+パクリタキセル投与群には、移植後3週目から9週目まで、50mg/kgのゲムシタビンと0.5mg/kgのナブパクリタキセルを、1日/週の頻度で3週連続腹腔内注射投与して1週休薬し更に3週連続投与した。ゲムシタビン+パクリタキセル+シロリムス投与群には、移植後3週目から9週目まで、前記のゲムシタビンとナブパクリタキセルの腹腔内注射投与に加えて、8mg/kgのシロリムスを5日/週の頻度で腹腔内注射投与した。
ヒト膵癌オルガノイドの移植から、ノギスを使って、腫瘍の長径と短径を毎週定期的に計測し、計測値に基づいて、式:長径×長径×短径/2により腫瘍体積を求めた。結果を図4に示す。図4中、「Control」は投薬を行わないコントロール群の結果を示し、「GnP」はゲムシタビン+パクリタキセル群の結果を示し、「GnP+Lapa」はゲムシタビン+パクリタキセル+シロリムス投与群の結果を示し、「*」はゲムシタビン+パクリタキセル投与群に対してp<0.05で有意差があることを示す。
また、ヒト膵癌オルガノイドの移植から9週間後、腫瘍を摘出し、ホルマリンを使って固定した後、ヘマトキシリン-エオシンで染色した観察した。結果を図5に示す。
図4に示される結果の通り、ゲムシタビン+パクリタキセル群でもコントロール群に比較して腫瘍体積が低減されたが、ゲムシタビン+パクリタキセル+シロリムス投与群では、ゲムシタビン+パクリタキセル投与群に対しても腫瘍体積が有意に低減され、強い腫瘍増大抑制効果が認められた。
また、図5に示される結果の通り、ゲムシタビン+パクリタキセル+シロリムス投与群では腫瘍内は壊死しており、腫瘍細胞の集簇が分断し、腫瘍量が明らかに減少していた。ゲムシタビン+パクリタキセル投与群では、シロリムスを併用した群に比べて、壊死傾向が顕著ではなく腫瘍組織の分断は見られなかった。
以上の結果の通り、ゲムシタビンとパクリタキセルに加えてシロリムスを併用することにより、膵癌細胞の増殖を抑制できるのみならず、膵癌を治療できることが実証された。
図1
図2
図3
図4
図5