(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-15
(45)【発行日】2024-01-23
(54)【発明の名称】硫酸化アルギン酸類遷移金属塩
(51)【国際特許分類】
C08B 37/04 20060101AFI20240116BHJP
【FI】
C08B37/04
(21)【出願番号】P 2019235944
(22)【出願日】2019-12-26
【審査請求日】2022-11-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】井上 洋
(72)【発明者】
【氏名】東郷 英一
【審査官】柳本 航佑
(56)【参考文献】
【文献】特開昭63-012718(JP,A)
【文献】特開2008-027767(JP,A)
【文献】国際公開第2021/177134(WO,A1)
【文献】特開2006-307204(JP,A)
【文献】特開2001-261704(JP,A)
【文献】米国特許第10196675(US,B2)
【文献】特開平07-196702(JP,A)
【文献】特開2013-173863(JP,A)
【文献】特開昭60-139703(JP,A)
【文献】大石安佐子 ほか,置換型アルギン酸系バインダーを用いた5V級スピネルの電気化学特性,電気化学会第87回大会講演要旨集,日本,公益社団法人電気化学会,2020年03月03日
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08B 37/00-37/18
C08J 3/00- 3/28
C08J 5/00- 5/24
H01M 8/00- 8/2495
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫酸基を有するアルギン酸類と遷移金属イオンとからなる硫酸化アルギン酸類遷移金属塩であり、
前記アルギン酸類が、アルギン酸、アルギン酸アルカリ金属塩及びアルギン酸エステルより選ばれる少なくとも一種類であり、前記硫酸
基を有するアルギン酸類に導入された硫酸基が1~6mmol/gであり、該硫酸基のプロトンの10~100%がマンガン、ニッケル及びコバルトより選ばれる少なくとも一種類の遷移金属のイオンで置換されて
おり、前記硫酸基を有するアルギン酸類の重量平均分子量が30,000~1,000,000であることを特徴とする、硫酸化アルギン酸類遷移金属塩。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫酸化アルギン酸類遷移金属塩に関するものであり、更に詳しくは硫酸基のプロトンが特定の遷移金属イオンにイオン交換された、硫酸化アルギン酸類遷移金属塩に関するものである。
【背景技術】
【0002】
硫酸化アルギン酸類は強酸性陽イオン交換基を有しているため、カルボキシル基等の弱酸性陽イオン交換基のみを有するアルギン酸類とは異なり、pHが中性域であっても陽イオンの捕捉が可能であり、イオンの捕捉速度も速く、この優れたイオン交換特性を利用して、硫酸化アルギン酸類はイオン交換樹脂やイオン交換膜として純水・超純水製造装置や電気透析装置、糖類の精製や異性化、クロマト充填剤、触媒、燃料電池等幅広い分野への応用が検討されている。これらの分野で硫酸化アルギン酸類を適用していくためには、硫酸化アルギン酸類を架橋し、水中であってもその形状を維持できる機械的特性に優れたハイドロゲルや、乾燥状態でも強靭な成形体が形成可能であることが必要である。
【0003】
従来のアルギン酸類は、Caイオンでイオン架橋しハイドロゲルを形成することが知られているが、得られたハイドロゲルの機械的特性は、アルギン酸類を構成するマンヌロン酸(M)とグルロン酸(G)の比率(M/G比率)に大きく依存することも知られている。M/G比率は原料の海藻の種類や産地で決まるため、自由にコントロールすることは困難で、M/G比率の低い硬くて脆いハイドロゲル、もしくは、M/G比率の高い柔軟だが強度の低いハイドロゲルといった特性に偏りのあるハイドロゲルしか得られていなかった。これらCa架橋アルギン酸類は、シート状のハイドロゲルを乾燥させることでシートやフィルムに加工できるが、脆い成形体しか得られなかった。
【0004】
また、Caイオンに代えて、Feイオンを用いてアルギン酸類を架橋する方法が提案されているが、この方法で得られたハイドロゲルについては機械的特性に関する記載がない(特許文献1参照)。
【0005】
一方、アルギン酸類に硫酸基を導入した硫酸化アルギン酸を、グルタルアルデヒドで架橋することが先行文献に開示されている(特許文献2参照)。この方法によれば、膜状ハイドロゲルが作成できている点でまずまずの機械的特性を有することが推測されるが、製造方法が煩雑なうえ、ハイドロゲルの機械的特性に関する具体的な記載はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2009-11215号公報
【文献】特開2008-27767号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、従来技術では困難であった強靭なハイドロゲルや乾燥成形体を形成可能な硫酸化アルギン酸類遷移金属塩を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った結果、硫酸化アルギン酸類中の硫酸基のプロトンが特定の遷移金属イオンにイオン交換された硫酸化アルギン酸類が強靭なハイドロゲルや乾燥成形体を形成することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の各態様は、以下に示す[1]~[3]に係るものである。
[1]硫酸基を有するアルギン酸類と遷移金属イオンとからなる硫酸化アルギン酸類遷移金属塩であり、硫酸化アルギン酸類に導入された硫酸基が1~6mmol/gであり、該硫酸基のプロトンの10~100%がマンガン、ニッケル及びコバルトより選ばれる少なくとも一種類の遷移金属のイオンで置換されていることを特徴とする、硫酸化アルギン酸類遷移金属塩。
[2]アルギン酸類が、アルギン酸、アルギン酸アルカリ金属塩及びアルギン酸エステルより選ばれる少なくとも一種類であることを特徴とする、[1]に記載の硫酸化アルギン酸類遷移金属塩。
[3]硫酸基を有するアルギン酸類の重量平均分子量が30,000~1,000,000であることを特徴とする、[1]又は[2]に記載の硫酸化アルギン酸類遷移金属塩。
【0010】
以下、詳細に説明する。
【0011】
本発明の硫酸化アルギン酸類遷移金属塩に含まれる硫酸化アルギン酸類とは、硫酸基を有するアルギン酸類であり、アルギン酸類に含まれる水酸基の水素がSO3Hに置換されたものである。硫酸基導入量は1~6mmol/gであり、1~5mmol/gであることが好ましい。硫酸基導入量が1mmol/g未満であると架橋点が減少し、ハイドロゲルや乾燥成形体の強度が低下してしまうため好ましくなく、一方、硫酸基導入量が6meq/gを超えしまうと水に対する親和性が高くなりすぎ、ハイドロゲル中の含水率が増大しすぎて強度が低下してしまうため好ましくない。
【0012】
アルギン酸類としては、マンヌロン酸とグルロン酸からなる多糖類が挙げられ、アルギン酸、アルギン酸アルカリ金属塩、アルギン酸エステルが好適に用いられる。アルギン酸の構成成分であるマンヌロン酸とグルロン酸の比率は任意であり、柔軟なゲルを生成するマンヌロン酸比率の高いアルギン酸、剛直なゲルが得られるグルロン酸比率の高いアルギン酸、いずれも用いることができる。
【0013】
硫酸化アルギン酸類の分子量は、重量平均分子量で10,000~1,000,000であることが好ましく、さらに30,000~1,000,000であることが好ましい。重量平均分子量が10,000以上であるとハイドロゲルが脆くなく、機械的特性に優れるため好ましく、一方、重量平均分子量が1,000,000以下であれば、硫酸基導入反応の際に系の粘性が大きくなりすぎず、反応が進行しやすく好ましい。
【0014】
遷移金属のイオンは、マンガン、ニッケル及びコバルトより選ばれる少なくとも一種類の遷移金属のイオンであり、該イオンは価数が1価~6価の陽イオンである。遷移金属のイオンによる硫酸基のプロトンの置換率は10~100%であり、20~80%が好ましい。置換率が10%に満たないと、ハイドロゲルや乾燥成形体が脆くなり、機械的特性に劣るため好ましくない。
【0015】
硫酸化アルギン酸類の製造方法に特に制約はないが、非プロトン極性溶媒中、アルギン酸類と硫酸化試薬を反応させる際に、アルギン酸類の構成単位である単糖に対し硫酸化試薬を1~5倍モル用いて反応させることが好ましい。
【0016】
反応溶媒としては非プロトン極性溶媒が好ましく、具体的にはジメチルスルホキシド、ホルムアミド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、N-メチル-2-ピロリドン、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン、アセトニトリル、ヘキサメチルリン酸トリアミド、テトラメチル尿素、N,N’-ジメチルプロピレン尿素、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ピリジン、ビピリジン、フェナントロリン等が挙げられる。
【0017】
硫酸化試薬とは、水酸基と反応して硫酸基を導入できる試薬であり、具体例としては、濃硫酸、クロロスルホン酸、三酸化硫黄ピリジン錯体、三酸化硫黄トリメチルアミン錯体、三酸化硫黄ジメチルホルムアミド錯体、三酸化硫黄ジメチルスルホキシド錯体、三酸化硫黄ジオキサン錯体等が挙げられる。これら硫酸化試薬のうち、アルギン酸類の分子量低下が少ない試薬が本発明では好ましく用いられる。好ましい硫酸化試薬としては、三酸化硫黄錯体が挙げられ、特に好ましい硫酸化試薬としては、三酸化硫黄ピリジン錯体、三酸化硫黄ジメチルホルムアミド錯体が挙げられる。
【0018】
これら硫酸化試薬の使用量は、アルギン酸類の構成単位である単糖に対し1~5倍モルである。硫酸化試薬をこの範囲で用いると、硫酸基導入量が大きく、高分子量の硫酸化アルギン酸類が得られるため好ましい。硫酸化試薬使用量がアルギン酸類の構成単位である単糖に対し1倍モル未満であると、硫酸基導入量が少なくなるため好ましくない。一方、硫酸化試薬使用量がアルギン酸類の構成単位である単糖に対し5モルを超えると、アルギン酸類の分解反応が顕著となり、低分子量化が進行するため好ましくない。
【0019】
その他の反応条件は任意に設定可能であり、反応温度は0℃~100℃、反応時間は30分~12時間、反応中の多糖類の濃度は0.1~40%の範囲から選択できる。
【0020】
反応終了後の反応液から硫酸化アルギン酸類を単離する方法についても特に制限はなく、溶媒を加熱除去し硫酸化アルギン酸類を単離する方法や、貧溶媒中に反応溶液を滴下して硫酸化アルギン酸類を沈殿させ、ろ過回収する方法等が採用可能である。
【0021】
硫酸化アルギン酸中の硫酸基のプロトンを遷移金属イオンにイオン交換する方法としては、通常のイオン交換方法が利用可能であり、特に限定されない。硫酸化アルギン酸水溶液を遷移金属塩水溶液と接触させ、両者を十分に混合してイオン交換反応を進行させた後、透析チューブに移し、過剰の塩類を除去した後、凍結乾燥等により乾燥させ単離する方法等が挙げられる。なお、用いる遷移金属塩の量が硫酸基導入量と同等もしくは少ない場合は、透析は不要である。イオン交換反応時間にも特に制約はなく、10分~5時間の範囲内で適宜選択可能である。また、イオン交換反応に用いられる遷移金属塩としては、水溶性であることが必要である。遷移金属塩の若干の例としては、塩化マンガン、塩化ニッケル、塩化コバルト、臭化マンガン、臭化ニッケル、臭化コバルト、ヨウ化マンガン、ヨウ化ニッケル、ヨウ化コバルト、硫酸マンガン、硫酸ニッケル、硫酸コバルト、硝酸マンガン、硝酸ニッケル、硝酸コバルト等が挙げられる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、機械的特性に優れた強靭なハイドロゲルや乾燥成形体を形成する硫酸化アルギン酸類遷移金属塩を提供することができる。
【0023】
本発明の硫酸化アルギン酸類遷移金属塩は、機械的特性に優れた強靭なハイドロゲルや乾燥成形体を形成できるため、緩衝材や衝撃吸収材、接着剤や粘着剤、バリア性フィルム等幅広い分野に応用できる可能性があり、実用性に優れたものである。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の参考例1における、硫酸化反応前後のFT-IRスペクトルの比較である。
【
図2】本発明の参考例2における、硫酸化反応前後のFT-IRスペクトルの比較である。
【実施例】
【0025】
以下に、本発明を更に詳細に実施例に基づき説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0026】
参考例1;硫酸化アルギン酸の製造
ジメチルスルホキシド(以下DMSOと略す)150mlにアルギン酸ナトリウム(株式会社キミカ製、キミカアルギンI-3G)3.0g(単糖ユニットとして17mmol)を撹拌下少量ずつ添加し、均一分散させた。次いで、三酸化硫黄ピリジン錯体6.00g(37.8mmol)を撹拌下添加し、昇温して40℃で5時間反応させた。反応終了後、反応液をエタノールに滴下し、析出した生成物をガラスフィルターで捕集し、更にエタノールで洗浄した後、室温で減圧乾燥し生成物を単離した。単離収量は3.6g、元素分析で求めた硫黄含有量は6.9%、ゲルパーミエション・クロマトグラフィー(GPC)で測定した重量平均分子量は310,000であった。出発物質と生成物をFT-IRで解析したところ、生成物のスペクトル中に出発物質には存在しなかった新たな吸収ピークが1200cm
-1と750cm
-1に観察された。これらの吸収はS=O伸縮振動とS-O伸縮振動に帰属されることから、硫酸基の導入が確認された(
図1参照)。また、アルギン酸由来のカルボキシル基の吸収も1595cm
-1から1735cm
-1にシフトしており、反応前アルギン酸Naであったものが本反応条件下でNaが外れ、H形のアルギン酸に変化したことも明らかとなった。なお、元素分析より得られた硫黄含有量から算出した硫酸基導入量は、2.2mmol/gであった。
【0027】
参考例2;硫酸化アルギン酸の製造
アルギン酸ナトリウムに代えてH形アルギン酸(株式会社キミカ製、キミカアシッドSA)を用いたことと三酸化硫黄ピリジン錯体添加量を6.75g(42.5mmol)とした以外は参考例1と同様の方法で硫酸化アルギン酸を製造した。単離収量は5.0g、元素分析で求めた硫黄含有量は10.1wt%、GPCで測定した重量平均分子量は48,000であった。出発物質と生成物をFT-IRで解析したところ、生成物のスペクトル中に出発物質には存在しなかった新たな吸収ピークが1200cm
-1と750cm
-1に観察された。これらの吸収はS=O伸縮振動とS-O伸縮振動に帰属されることから、硫酸基の導入が確認された(
図2参照)。なお、元素分析より得られた硫黄含有量から算出した硫酸基導入量は、3.2mmol/gであった。
【0028】
実施例1
塩化マンガン(II)四水和物2.5gを純水50mlに溶解させ、塩化マンガン水溶液を調製した。一方、参考例1で製造した硫酸化アルギン酸を0.1g秤量し、純水10mlに溶解させ水溶液とし、上記塩化マンガン水溶液と混合した。室温にて1時間撹拌後、水溶液を透析チューブに移し、3日透析した後凍結乾燥して硫酸化アルギン酸マンガン塩を得た。元素分析で求めたマンガン含有量は16wt%であり、硫酸基およびカルボキシル基がマンガン塩になっていることを確認した。一方、透析後の水溶液を一部サンプリングしPETフィルム上にキャスト、80℃で乾燥させてフィルムを作製した。得られたフィルムは強靭であり、折り曲げても割れることはなかった。
【0029】
実施例2
硫酸化アルギン酸として参考例2で製造した硫酸化アルギン酸を用いたこと以外は実施例1と同様の方法で硫酸化アルギン酸マンガン塩を製造した。元素分析で求めたマンガン含有量は15%であり、硫酸基およびカルボキシル基がマンガン塩になっていることを確認した。実施例1と同様の方法で作成したフィルムは強靭であり、折り曲げても割れることはなかった。
【0030】
実施例3
塩化マンガン(II)四水和物2.5gに代えて塩化コバルト(II)六水和物3.0gを用いたこと以外は実施例1と同様の方法で硫酸化アルギン酸コバルト塩を製造した。元素分析で求めたコバルト含有量は17wt%であり、硫酸基およびカルボキシル基がコバルト塩になっていることを確認した。実施例1と同様の方法で作成したフィルムは強靭であり、折り曲げても割れることはなかった。
【0031】
実施例4
塩化マンガン(II)四水和物2.5gに代えて硫酸ニッケル(II)六水和物3.5gを用いたこと以外は実施例1と同様の方法で硫酸化アルギン酸ニッケル塩を製造した。元素分析で求めたニッケル含有量は17wt%であり、硫酸基およびカルボキシル基がニッケル塩になっていることを確認した。実施例1と同様の方法で作成したフィルムは強靭であり、折り曲げても割れることはなかった。
【0032】
比較例1
塩化マンガン(II)四水和物2.5gに代えて塩化カルシウム3.0gを用いたこと以外は実施例1と同様の方法で硫酸化アルギン酸カルシウム塩を製造した。元素分析で求めたカルシウム含有量は12wt%であり、硫酸基およびカルボキシル基がカルシウム塩になっていることを確認した。実施例1と同様の方法でフィルムを作成したが、得られたフィルムを脆く、折り曲げると割れた。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明の硫酸化アルギン酸類遷移金属塩は、機械的特性に優れた強靭なハイドロゲルや乾燥成形体を形成できるため、緩衝材や衝撃吸収材、接着剤や粘着剤、バリア性フィルム等幅広い分野に応用できる可能性があり、実用性に優れたものである。