(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-15
(45)【発行日】2024-01-23
(54)【発明の名称】界面構造探索方法
(51)【国際特許分類】
G01N 13/00 20060101AFI20240116BHJP
H01M 10/052 20100101ALI20240116BHJP
H01M 10/04 20060101ALI20240116BHJP
H01M 4/525 20100101ALI20240116BHJP
【FI】
G01N13/00
H01M10/052
H01M10/04 Z
H01M4/525
(21)【出願番号】P 2020166168
(22)【出願日】2020-09-30
【審査請求日】2023-05-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】吉尾 里司
【審査官】鴨志田 健太
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-210168(JP,A)
【文献】国際公開第07/072950(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/111191(WO,A1)
【文献】Yukihiro Okuno et al.,Structures, Electronic States, and Reaction at Interfaces between LiNi0.5Mn1.5O4 Cathode and Ethylene Carbonate Electrolyte: A First-Principles Study ,The Journal of Physical Chemistry C,2019年01月,Volume 123, Issue 4,2267-2277,https://doi.org/10.1021/acs.jpcc.8b10625
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 13/00
H01M 10/052
H01M 10/04
H01M 4/525
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極材料と、電解液との界面構造を探索する界面構造探索方法であって、
前記正極材料の表面に、前記電解液が含有する分子が配置され、前記電解液が含有する前記分子の配置が異なる複数の初期構造を決定する初期構造決定工程と、
複数の前記初期構造について構造緩和計算を行い、複数の前記初期構造それぞれについて安定構造のエネルギーを求めるエネルギー算出工程と、
前記エネルギー算出工程で求めたエネルギーが最も低くなる前記安定構造を前記正極材料と、前記電解液との界面構造として選択する選択工程と、を有し、
前記初期構造決定工程では、前記電解液に含まれる電解質のリチウムに配位する予め選択した原子の数が多くなる構造から順に前記初期構造として選択する、界面構造探索方法。
【請求項2】
前記初期構造決定工程では、前記電解液に含まれる前記電解質のリチウムに配位するマイナスイオンとなる原子の数が多くなる構造から順に前記初期構造として選択する、請求項1に記載の界面構造探索方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、界面構造探索方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は高電圧、高容量であるため、高出力、小型化が求められるノートパソコン、携帯電話等の携帯デバイスの二次電池として、またハイブリット自動車や電気自動車などの車載用の二次電池として普及している。
【0003】
リチウムイオン二次電池は正極、負極、電解液、セパレータなどから構成される。リチウムイオン二次電池の正極材料としては各種検討がなされており、例えばLiCoO2やLiNiO2などが用いられている。中でもLiNiO2はエネルギー密度が高いため、有望な材料である(特許文献1参照)。
【0004】
リチウムイオン二次電池に用いられている正極材料は一般に不安定であり、電解液や大気中の水分と反応し、表面変質が発生し、徐々にその電池特性が失われていくという課題があった。特に、LiNiO2はLiCoO2よりも表面変質、特性低下が生じやすく、表面変質や、特性低下の抑制が強く求められている。
【0005】
安定性を高めるために正極材料を別の材料でコートして、電解液や大気暴露から正極材料を守ることで、電池特性を維持したまま、表面変質を抑制するという手法が提案されているが、正極材料と電解液界面の構造は未だ明らかになっていない。効率的にコート方法や劣化抑制策を検討するためには正極材料と電解液界面の構造の情報は極めて重要である。
未知の構造を明らかにする方法として、第一原理計算による安定構造探索が有用であることが知られている。しかしながら、正極材料と電解液界面の構造は固体-液体の界面であり、数多くの局所安定構造が存在するため、第一原理計算による探索は困難である。そのため、正極材料と電解液との界面構造は未だ明らかになっていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで上記従来技術が有する問題に鑑み、本発明の一側面では、正極材料と電解液との界面構造を探索できる界面構造探索方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため本発明の一態様によれば、
正極材料と、電解液との界面構造を探索する界面構造探索方法であって、
前記正極材料の表面に、前記電解液が含有する分子が配置され、前記電解液が含有する前記分子の配置が異なる複数の初期構造を決定する初期構造決定工程と、
複数の前記初期構造について構造緩和計算を行い、複数の前記初期構造それぞれについて安定構造のエネルギーを求めるエネルギー算出工程と、
前記エネルギー算出工程で求めたエネルギーが最も低くなる前記安定構造を前記正極材料と、前記電解液との界面構造として選択する選択工程と、を有し、
前記初期構造決定工程では、前記電解液に含まれる電解質のリチウムに配位する予め選択した原子の数が多くなる構造から順に前記初期構造として選択する、界面構造探索方法を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、正極材料と電解液との界面構造を探索できる界面構造探索方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を実施するための形態について説明するが、本発明は、下記の実施形態に制限されることはなく、本発明の範囲を逸脱することなく、下記の実施形態に種々の変形および置換を加えることができる。
[界面構造探索方法]
本実施形態の界面構造探索方法について説明する。
【0012】
本実施形態の界面構造探索方法は、正極材料と、電解液との界面構造を探索する界面構造探索方法であって、以下の工程を有することができる。
【0013】
正極材料の表面に、電解液が含有する分子が配置され、電解液が含有する分子の配置が異なる複数の初期構造を決定する初期構造決定工程。
【0014】
複数の初期構造について構造緩和計算を行い、複数の初期構造それぞれについて安定構造のエネルギーを求めるエネルギー算出工程。
【0015】
エネルギー算出工程で求めたエネルギーが最も低くなる安定構造を正極材料と、電解液との界面構造として選択する選択工程。
【0016】
初期構造決定工程では、電解液に含まれる電解質のリチウムに配位する予め選択した原子の数が多くなる構造から順に初期構造として選択できる。
【0017】
以下、各工程について説明する。
(初期構造決定工程)
初期構造決定工程では、正極材料の表面に電解液が含有する分子が配置され、電解液が含有する分子の配置が異なる複数の初期構造を決定できる。すなわち、初期構造としては正極材料の構造と、電解液の構造とを含み、電解液が含有する分子の配置が異なる複数の構造を決定できる。
【0018】
なお、初期構造決定工程を開始する前に、正極材料の構造、具体的には電解液と接する側の表面構造を決定できる。正極材料は固体であるため、例えば正極材料の結晶構造を表面構造とすることができる。また、初期構造決定工程を開始する前に、電解液の種類、例えば電解液が含有する成分、分子種の種類を決定し、該電解液が含有する分子数、すなわち初期構造内に配置する電解液が含有する分子の個数を決定できる。例えば電解液が含有する各成分の物質量の比に応じて、初期構造内に配置する電解液が含有する各成分の分子の個数を決定できる。上記正極材料の表面構造の決定や、電解液が含有する分子種の種類や、電解液が含有する分子数は初期構造決定工程内で決定することもできる。
【0019】
本発明の発明者は、正極材料と、電解液との界面構造(以下、単に「界面構造」とも記載する)を容易に探索できる界面構造探索方法について検討を行った。その結果、電解液を正極材料の表面上に配置した初期構造について、構造緩和計算を行うことで、効率的、かつ容易に界面構造を探索できることを見出した。
【0020】
具体的には、正極材料の表面構造、および系に含まれる電解液を決めた後、正極材料の表面構造に電解液が含有する分子を配置した複数の構造を初期構造として構造緩和計算を行うことが、界面構造の探索に最も優れた方法であることを見出した。
【0021】
界面構造の安定な構造を求める方法として、1つの初期構造をもとに、安定構造まで進化させる方法も考えられる。しかし、安定構造まで進化させる過程で電解液に含まれるC-H構造などが破壊されるため、正極材料と電解液との界面を求めるプロセスとしては好ましくない。このため、上述のように複数の初期構造を設定し、構造緩和計算を行うことが好ましい。
【0022】
ただし、複数の初期構造を設定する際に、指標なく初期構造を作成すると、計算量が増える恐れがある。
【0023】
そこで、本発明の発明者がさらなる検討を行ったところ、界面構造のエネルギーに対して、電解液に含まれる電解質中のリチウムの配位構造が支配的であることを見出した。すなわち、短時間でより安定な構造を見出すためには初期構造として、リチウムに他の原子が適切に配位されている構造を選択することが好ましいことを見出した。
【0024】
そこで、初期構造決定工程では、電解液に含まれる電解質のリチウムに配位する予め選択した原子の数が多くなる構造から順に、すなわち優先的に初期構造として選択することが好ましい。特に、初期構造決定工程では、電解液に含まれる電解質のリチウムに配位するマイナスイオンとなる原子の数が多くなる構造から順に初期構造として選択することがより好ましい。すなわち、初期構造を選択する際に指標となる、リチウムに配位する予め選択した原子の数を求める際に用いる原子は、マイナスイオンとなる原子であることが好ましい。これは、リチウムは電解液中でプラスイオンとして存在しており、リチウムに配位するマイナスイオンとなる原子の数が多くなる構造の方が、リチウム周辺の電荷が安定し、安定した構造にできるからである。
【0025】
ここでいうマイナスイオンとなる原子としては、酸素や、ハロゲン等が挙げられ、特に酸素であることが好ましい。
【0026】
リチウムに配位する原子の数は、例えばリチウムからの距離が予め定めた範囲内にある原子の数とすることができる。リチウムに原子が配位していると判定する、リチウムと原子との間の距離は特に限定されないが、例えば2.6Å以下であることが好ましく、2.0Å以下であることがより好ましい。なお、リチウムと原子との間の距離は、リチウム原子の中心と、配位する原子の中心との間の距離を意味する。
【0027】
初期構造決定工程では特に、電解液に含まれる電解質のリチウムに配位する予め選択した原子の数が予め定めた値以上となる構造を初期構造とすることが好ましい。この場合、電解液に含まれる電解質のリチウムに配位するマイナスイオンとなる原子の数が予め定めた値以上となる構造を初期構造とすることがより好ましい。
【0028】
例えば電解液に含まれる電解質のリチウムに配位する予め選択した原子の数が3個以上である構造を初期構造とすることが好ましく、電解液に含まれる電解質のリチウムに配位するマイナスイオンとなる原子の数が3個以上である構造を初期構造とすることがより好ましい。
【0029】
なお、初期構造に含まれる正極材料の具体的な組成は特に限定されず、リチウムイオンをドープおよび脱ドープすることができる、すなわちリチウムイオンを吸蔵・脱離できる、各種正極材料を用いることができる。正極材料としては、例えばスピネル型構造を有するリチウム金属複合酸化物や、層状構造を有するリチウム金属複合酸化物、オリビン型構造を有するリチウム金属複合酸化物等から選択された1種類以上を用いることができる。
【0030】
また、液相の電解液としては、例えば電解質である支持塩としてのリチウム塩を有機溶媒に溶解したものを用いることができる。また、電解液として、イオン液体にリチウム塩が溶解したものを用いてもよい。なお、イオン液体とは、リチウムイオン以外のカチオンおよびアニオンから構成され、常温でも液体状の塩をいう。
【0031】
有機溶媒としては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ブチレンカーボネートおよびトリフルオロプロピレンカーボネートなどの環状カーボネートや、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート、エチルメチルカーボネートおよびジプロピルカーボネートなどの鎖状カーボネート、さらにテトラヒドロフラン、2-メチルテトラヒドロフランおよびジメトキシエタンなどのエーテル化合物、エチルメチルスルホン、ブタンスルトンなどの硫黄化合物、リン酸トリエチル、リン酸トリオクチルなどのリン化合物等から選ばれる1種類を単独で用いてもよく、2種類以上を混合して用いることもできる。
【0032】
電解質である支持塩としては、LiPF6、LiBF4、LiClO4、LiAsF6、LiN(CF3SO2)2、およびそれらの複合塩などを用いることができる。さらに、電解液は、ラジカル捕捉剤、界面活性剤および難燃剤などを含んでいてもよい。
(エネルギー算出工程)
エネルギー算出工程では、複数の初期構造について構造緩和計算を行い、複数の初期構造それぞれについて安定構造のエネルギーを求める。
【0033】
構造緩和計算の方法は特に限定されないが、密度汎関数理論(DFT:Density Functional Theory)に基づく平面波基底第一原理計算を用いることが好ましい。
【0034】
密度汎関数理論における汎関数としては、GGA-PBE(Generalized Gradient Approximation-Perdew,Burke,Ernzerhof)、またはより高精度な汎関数を用いることが好ましい。また、平面波のカットオフやk点のサンプリングはエネルギーが十分に収束するように、具体的には収束残差が1.0×10-5eV以下になるように選択し、構造緩和は少なくとも原子に加わる力が0.02eV/Å以下になるまで行うことが好ましい。そして、構造緩和計算で求めた安定構造のエネルギーを求められる。
【0035】
なお、エネルギー算出工程では、例えば一部の構造についてのみ第一原理計算によりエネルギーを算出し、その他の構造については機械学習によりエネルギーを推定する方法や、計算負荷の低い半経験的手法を用いるなどの方法を採用することもできる。
(選択工程)
選択工程では、エネルギー算出工程で求めたエネルギーが最も低くなる安定構造を正極材料と、電解液との界面構造として選択する。
【0036】
以上の工程により正極材料と、電解液との界面構造を探索できる。既述のように初期構造決定工程において、電解液に含まれる電解質のリチウムに配位する原子の数が多くなる構造を初期構造として選択することで、初期構造の数を絞り、効率的かつ容易に安定な界面構造を探索できる。
【実施例】
【0037】
以下に具体的な実施例を挙げて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
以下の手順により界面構造の探索を行った。
(初期構造決定工程)
初期構造決定工程では、正極材料の表面に、電解液が含有する分子が配置され、電解液が含有する分子の配置が異なる複数の初期構造を決定した。
【0038】
なお、初期構造を作成する際、ユニットセル内に、正極材料としてはLiNiO2を、電解液としては、溶媒であるエチルメチルカーボネートを4分子と、エチレンカーボネート4分子と、電解質であるLiPF6を2分子含む構造を作成した。
【0039】
初期構造として、例えば
図1に示すような初期構造を作成した。
図1中正極材料10と、電解液20とが配置されている。
図1中、同じハッチングは同じ種類の元素を意味しており、リチウム11、酸素12、ニッケル13、リン14、フッ素15、炭素16、水素17の原子が配置されている。初期構造は、電解質であるLiPF
621のリチウム11に配位する酸素12の数が多くなる構造から順に選択して作成し、電解質であるLiPF
621のリチウム11に電解液の酸素12が3個以上配位する構造を全て初期構造とした。なお、リチウム11から2.6Å以下の範囲にある酸素12をリチウム11に配位しているものとした。
(エネルギー算出工程)
初期構造作成工程で作成した初期構造について、構造緩和計算を行い、安定構造のエネルギーを求めた。
【0040】
構造緩和計算、およびエネルギーの算出は、密度汎関数理論に基づく平面波基底第一原理計算を利用して行った。
【0041】
第一原理計算は平面波基底第一原理計算ソフトであるVASP(Vienna Ab initio Simulation Package)を用いて行った。
【0042】
また、第一原理計算は、密度汎関数理論(DFT:Density Functional Theory)の範疇で行った。平面波基底のカットオフエネルギーは500eVとし、k点を1×1×1とした。なお、計算は基底状態で行っている。
(選択工程)
エネルギー算出工程で求めた安定構造のうち、エネルギーが最も低くなる安定構造を正極材料と、電解液との界面構造として選択した。具体的にはエネルギーが-1200.10eVの構造が安定構造として得られた。
[比較例1]
図2に示した、正極材料10と電解液20との構造を初期構造として選択した。なお、
図2中の各元素は
図1と同様にリチウム11、酸素12、ニッケル13、リン14、フッ素15、炭素16、水素17を示している。
【0043】
初期構造を作成する際、電解液20に含まれる電解質のLiPF6は任意の配置とした。
【0044】
そして、実施例1の場合と同様に構造緩和計算を行い、安定構造を探索したところ、-1187.01eVの構造が得られた。
【0045】
比較例1において、任意の初期構造から安定構造は求められるものの、実施例1の場合よりもエネルギーが高い構造となっており、より安定な構造を求めるためにはさらなる計算を行う必要があることを確認できた。従って、実施例1の場合の方がより容易かつ効率的に安定構造を探索できているといえる。