(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-15
(45)【発行日】2024-01-23
(54)【発明の名称】化学強化ガラス物品およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C03C 21/00 20060101AFI20240116BHJP
C03C 3/083 20060101ALI20240116BHJP
C03C 3/085 20060101ALI20240116BHJP
C03C 3/087 20060101ALI20240116BHJP
C03C 3/091 20060101ALI20240116BHJP
C03C 3/093 20060101ALI20240116BHJP
C03C 3/095 20060101ALI20240116BHJP
C03C 3/097 20060101ALI20240116BHJP
【FI】
C03C21/00 101
C03C3/083
C03C3/085
C03C3/087
C03C3/091
C03C3/093
C03C3/095
C03C3/097
(21)【出願番号】P 2021571159
(86)(22)【出願日】2021-01-06
(86)【国際出願番号】 JP2021000250
(87)【国際公開番号】W WO2021145258
(87)【国際公開日】2021-07-22
【審査請求日】2022-06-27
(31)【優先権主張番号】P 2020003802
(32)【優先日】2020-01-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020149919
(32)【優先日】2020-09-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】金原 一樹
(72)【発明者】
【氏名】今北 健二
【審査官】永田 史泰
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/004124(WO,A1)
【文献】特表2019-517985(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0389764(US,A1)
【文献】特開2018-140932(JP,A)
【文献】特表2016-538224(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0352225(US,A1)
【文献】国際公開第2020/075708(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03C21/00
C03C1/00-14/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一の表面と、前記第一の表面に対向する第二の表面と、前記第一の表面及び前記第二の表面に接する端部と、を有する化学強化ガラス物品であって、
前記第一の表面における圧縮応力値が400MPa以上であり、
前記第一の表面からの深さを変数としてガラス内部の圧縮応力値を表すとき、
ガラスの厚さをt(μm)として、前記第一の表面からの深さが(0.05×t)~(0.15×t)μmの範囲で圧縮応力値が最大となる深さD
Bにおける圧縮応力値が、前記第一の表面から深さD
Bまでの範囲で、圧縮応力値が最小となる深さD
Aにおける圧縮応力値より大きく、
前記深さD
Aにおける圧縮応力値が-50MPa~42.9MPaであり、
前記第一の表面からの深さ(0.5×t)μmにおける引張応力値が125MPa以下であり、
圧縮応力層深さが(0.23×t)μm以上である
、リチウムアルミノシリケートガラスからなる、化学強化ガラス物品。
【請求項2】
前記深さD
Aにおける圧縮応力値が0より大きい、請求項1に記載の化学強化ガラス物品。
【請求項3】
前記第一の表面における圧縮応力値が800~1200MPaである、請求項1または2に記載の化学強化ガラス物品。
【請求項4】
前記第一の表面からの深さ80μmにおける圧縮応力値CS
80が(t×0.1)MPa以上である、請求項1~3のいずれか一項に記載の化学強化ガラス物品。
【請求項5】
前記ガラスの厚さtが200~2000μmである、請求項1~4のいずれか一項に記載の化学強化ガラス物品。
【請求項6】
厚さ方向の中央部分におけるガラス組成が酸化物基準の質量百分率表示で、
SiO
2 50~70%、
Al
2O
3 5~30%、
B
2O
3 0~10%、
P
2O
5 0~10%、
Y
2O
3 0~10%、
Li
2O 3~15%、
Na
2O 0~10%、
K
2O 0~10%、
(MgO+CaO+SrO+BaO) 0~10%、及び
(ZrO
2+TiO
2) 0~5%、
を含む請求項
1~5のいずれか1項に記載の化学強化ガラス物品。
【請求項7】
化学強化ガラス物品の製造方法であって、
リチウムアルミノシリケートガラスからなるガラス板を
380℃~500℃のナトリウム含有溶融塩に1~8時間浸漬し、
前記ナトリウム含有溶融塩は、溶融塩中の金属イオンの質量を100質量%としてナトリウムイオンを50質量%以上含有するものであり、
その後、ガラス板をリチウム含有溶融塩に浸漬し、
前記リチウム含有溶融塩は金属イオンとしてリチウムイオンとカリウムイオンを含み、
前記リチウム含有溶融塩の前記金属イオンの質量を100質量%として前記カリウムイオンを98質量%以上
99質量%以下含有する、化学強化ガラス物品の製造方法。
【請求項8】
前記リチウムアルミノシリケートガラスは、酸化物基準の質量百分率表示で
SiO
2 50~70%、
Al
2O
3 5~30%、
B
2O
3 0~10%、
P
2O
5 0~10%、
Y
2O
3 0~10%、
Li
2O 3~15%、
Na
2O 0~10%、
K
2O 0~10%、
(MgO+CaO+SrO+BaO)が0~10%、及び
(ZrO
2+TiO
2)0~5%、
を含む請求項
7に記載の化学強化ガラス物品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学強化されたガラス物品に関する。
【背景技術】
【0002】
携帯端末のカバーガラス等には、化学強化ガラスが用いられている。
化学強化ガラスは、ガラスを硝酸ナトリウムなどの溶融塩に接触させて、ガラス中に含まれるアルカリ金属イオンと、溶融塩に含まれるよりイオン半径の大きいアルカリ金属イオンとの間でイオン交換を生じさせ、ガラスの表面部分に圧縮応力層を形成したものである。化学強化ガラスの強度は、ガラス表面からの深さを変数とする圧縮応力値で表される応力プロファイルに強く依存する。
【0003】
携帯端末等のカバーガラスは、落下した時などの変形によって割れることがある。このような破壊、すなわち曲げモードによる破壊を防ぐためには、ガラス表面における圧縮応力を大きくすることが有効である。
また、携帯端末等のカバーガラスは、端末がアスファルトや砂の上に落下した際に、突起物との衝突によって割れることがある。このような破壊、すなわち衝撃モードによる破壊を防ぐためには、圧縮応力層深さを大きくして、ガラスのより深い部分にまで圧縮応力層を形成することが有効である。
【0004】
しかし、ガラス物品の表面部分に圧縮応力層を形成すると必然的に、ガラス物品中心部には、表面の圧縮応力に応じた引張応力が発生する。この引張応力値が大きくなりすぎると、ガラス物品が破壊する際に激しく割れて破片が飛散する。したがって化学強化ガラスは、表面の圧縮応力を大きくし、より深い部分にまで圧縮応力層を形成する一方で、表層の圧縮応力の総量が大きくなりすぎないように設計される。
【0005】
特許文献1には、リチウムを含有するアルカリアルミノホウケイ酸ガラスを用いて、2段階の化学強化を行う方法が記載されている。
その方法によれば、ガラスの表面部分にはナトリウム-カリウム交換による大きな圧縮応力を生じさせ、より深い部分は、リチウム-ナトリウム交換によるやや小さい圧縮応力を生じさせることができる。それによって、曲げモードによる破壊と衝撃モードによる破壊の双方を抑制できると考えられた。
【0006】
特許文献2には、3段階のイオン交換処理を施すことで、落下強度が高く、かつ破壊した時に破片が飛散しにくい化学強化ガラスが得られることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】日本国特表2013-536155号公報
【文献】国際公開第2019/004124号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1、2に記載された化学強化ガラスでは、強度が不十分な場合があった。
本発明は、強度に優れ、破壊時の破片の飛散も抑制された化学強化ガラス物品の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、第一の表面と、前記第一の表面に対向する第二の表面と、前記第一の表面及び前記第二の表面に接する端部と、を有する化学強化ガラス物品であって、前記第一の表面における圧縮応力値が400MPa以上であり、前記第一の表面からの深さを変数としてガラス内部の圧縮応力値を表すとき、ガラスの厚さをt(μm)として、前記第一の表面からの深さが(0.05×t)~(0.15×t)μmの範囲で圧縮応力値が最大となる深さDBにおける圧縮応力値が、前記第一の表面から深さDBまでの範囲で、圧縮応力値が最小となる深さDAにおける圧縮応力値より大きく、前記第一の表面からの深さ(0.5×t)μmにおける引張応力値が125MPa以下であり、圧縮応力層深さが(0.23×t)μm以上である、化学強化ガラス物品を提供する。
【0010】
本化学強化ガラス物品は、リチウムアルミノシリケートガラスからなることが好ましい。
【0011】
また、化学強化ガラス物品の製造方法であって、リチウムアルミノシリケートガラスからなるガラス板を380℃~500℃のナトリウム含有溶融塩に1~8時間浸漬し、前記ナトリウム含有溶融塩は、溶融塩中の金属イオンの質量を100質量%としてナトリウムイオンを50質量%以上含有するものであり、その後、ガラス板をリチウム含有溶融塩に浸漬する、化学強化ガラス物品の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、曲げモードによる破壊および衝撃モードによる破壊の双方が十分に抑制され、かつ破壊時の破片の飛散も抑制された化学強化ガラス物品が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、化学強化ガラス物品の応力プロファイルを示す図である。
【
図2】
図2は、化学強化ガラス物品の応力プロファイルを示す図である。
【
図3】
図3は、化学強化ガラス物品の応力プロファイルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本明細書において数値範囲を示す「~」とは、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含む意味で使用され、特段の定めがない限り、以下本明細書において「~」は、同様の意味で使用される。
【0015】
応力プロファイルは、光導波表面応力計と複屈折応力計とを組み合わせて用いる方法で測定できる。
光導波表面応力計を用いる方法は、短時間で正確にガラスの応力を測定できることが知られている。光導波表面応力計としては、たとえば折原製作所製FSM-6000がある。FSM-6000に付属ソフトウェアFsm-Vを組み合わせると高精度の応力測定が可能である。
しかし、光導波表面応力計は原理的に、試料表面から内部に向かって屈折率が低くなる場合にしか応力を測定できない。化学強化ガラス物品においてガラス内部のナトリウムイオンを外部のカリウムイオンで置換して得られた層は、試料表面から内部に向かって屈折率が低くなるので光導波表面応力計で応力を測定できる。しかし、ガラス物品内部のリチウムイオンを外部のナトリウムイオンで置換して得られた層の応力は、光導波表面応力計では測定できない。そのためリチウムを含有するガラス物品に対してナトリウムを含有する溶融塩を用いたイオン交換処理を行った場合、光導波表面応力計で測定される圧縮応力値がゼロとなる深さ(DK)は真の圧縮応力層深さではない。
【0016】
複屈折応力計を用いる方法は、屈折率分布に関係なく応力を測定できる。複屈折応力計としては、例えば、Cri社製複屈折イメージングシステムAbrio-IMがある。
しかし複屈折応力計で応力を測定するためにはガラス試料を薄片に加工して用いる必要があり、特にエッジ部分を精密に加工することが難しいために、ガラス表面付近の応力値を正確に求めることが困難である。
そこで、光導波表面応力計及び複屈折応力計の2種類の測定装置を組み合わせて用いることで正確な応力測定が可能になる。
【0017】
本明細書において、「化学強化ガラス」は、化学強化処理を施した後のガラスを指し、「化学強化用ガラス」は、化学強化処理を施す前のガラスを指す。
本明細書において、「化学強化ガラスの母組成」とは、化学強化用ガラスのガラス組成であり、極端なイオン交換処理がされた場合を除いて、化学強化ガラスの圧縮応力層深さDOLより深い部分のガラス組成は化学強化ガラスの母組成と同じと見做してよい。
【0018】
本明細書において、ガラス組成は、特に断らない限り酸化物基準の質量%表示で表し、質量%を単に「%」と表記する。なお、本明細書における質量%は、重量%と同義である。
また、本明細書において「実質的に含有しない」とは、原材料等に含まれる不純物レベル以下である、つまり意図的に含有させたものではないことをいう。具体的には、たとえば0.1%未満である。
【0019】
<化学強化ガラス物品>
本発明の化学強化ガラス物品(以下、「本強化ガラス」又は「本強化ガラス物品」ということがある。)は第一の表面と、第一の表面に対向する第二の表面と、第一の表面及び第二の表面それぞれに接する端部とを有する。本強化ガラス物品は、通常は平坦な板状であるが、曲面状でもよい。
【0020】
本強化ガラスにおいて、第一の表面における圧縮応力値(CS0)は400MPa以上であり、700MPa以上が好ましく、800MPa以上がより好ましく、900MPa以上がさらに好ましく、950MPa以上がよりさらに好ましく、1000MPa以上が特に好ましい。CS0が大きいほど「曲げモードによる破壊」を防止できる。
一方、表面の圧縮応力値が大きすぎると、化学強化後に端部が欠けることがある。この現象は遅れチッピングと呼ばれることがある。これを防止する観点からは、CS0は1300MPa以下が好ましく、1200MPa以下がより好ましく、1000MPa以下がさらに好ましい。
【0021】
本強化ガラス物品の板厚(t)は100μm以上が好ましく、200μm以上がより好ましく、400μm以上がさらに好ましく、600μm以上がよりさらに好ましく、700μm以上が特に好ましい。tが大きいほど割れにくい。携帯端末等に用いる場合は、重量を軽くするために、tは2000μm以下が好ましく、1000μm以下がより好ましい。
【0022】
本発明者等の経験によれば、一般的な方法で得られる化学強化ガラス板の圧縮応力層深さ(DOL)は(0.21×t)μm以下である。これは圧縮応力と引張応力の総量がガラス板全体で釣り合うようになるためである。
しかし、本発明者等は以下の考察及び実験から、衝撃モードによる破壊を抑制するためには、第一の表面からの深さ80μm付近の圧縮応力値が高く、圧縮応力の入っている領域が(0.23×t)μm以上のプロファイルが有効であると考えた。なお、この際のガラスの厚さtは200μm以上であることを前提としている。ガラスの厚さtは好ましくは300μm以上、より好ましくは350μm以上である。
【0023】
ガラス物品がアスファルト舗装道路や砂の上に落下した際には、砂等の突起物との衝突によってクラックが発生する。このとき発生するクラックの長さは、ガラス物品が衝突した突起物の大きさによって異なるが、おおよそ80μm程度のクラックが発生することが分かっている。従って、深さ80μm付近に大きな圧縮応力値が形成されている応力プロファイルであれば、比較的大きい突起物に当たって破砕する衝撃モードによる破壊を防げると考えた。
また、大きな突起物に当たっても破壊しないためには、圧縮応力層深さ(DOL)が大きいことが重要であると考えた。
【0024】
本強化ガラス物品は、DOLが従来の化学強化ガラスより大きいことを特徴とし、落下した際に傷が発生しにくい。本強化ガラス物品の圧縮応力層深さ(DOL)は(t×0.23)μm以上が好ましく、より好ましくは(t×0.235)μm以上、さらに好ましくは(t×0.24)μm以上である。tに対するDOLが大きいことで、化学強化の効果が大きくなる。
一方、tに対してDOLが大きすぎると内部引張応力(CT)が大きくなって破壊時に破片が飛散しやすくなる。tが350μm以上の場合、DOLは(t×0.26)μm以下が好ましく、(t×0.255)μm以下がより好ましい。tが400μm以上の場合、DOLは(t×0.25)μm以下がさらに好ましい。
また、DOLは、80μm以上が好ましい。ガラス物品が少し粗いアスファルト舗装道路に落下した際にもDOLが80μm以上であると、衝突時の衝撃による割れが抑制できる。
【0025】
本強化ガラス物品において、光導波表面応力計で測定される圧縮応力値がゼロとなる点の、第一の表面からの深さをDKとする。また、第一の表面からの深さDBにおける圧縮応力値が0超であり、かつ、第一の表面からの深さDAにおける圧縮応力値が0未満である場合、第一の表面から深さDBまでの範囲で、光導波表面応力計で測定される圧縮応力値がゼロとなる深さが2点存在する。この場合の深さ(DK)とは、その2点のうち浅い方の、第一の表面からの深さをいう。
深さ(DK)は、3μm以上であると曲げモードによる破壊を抑制できるので好ましい。DKは、より好ましくは4μm以上、さらに好ましくは5μm以上である。DKは、大きすぎると、CTが大きくなるおそれがあるので20μm以下が好ましく、15μm以下がより好ましく、10μm以下がさらに好ましい。
なお、DKとDOLとの間には通常正の相関があり、DKが大きいほどDOLが大きい傾向がある。
【0026】
本強化ガラス物品は、
図2に示すように、板厚(t)に対し、第一の表面からの深さが(0.05×t)~(0.15×t)μmの範囲でガラスの応力が最大となる深さをD
Bとし、深さD
Bにおける圧縮応力値をCS
Bとする。また、ガラスの第一の表面からの深さがD
B以下の範囲で、圧縮応力値が最小となる深さをD
Aとし、深さD
Aにおける圧縮応力値をCS
Aとする。このとき、両圧縮応力値は下記関係を満たす。
CS
B>CS
A
【0027】
たとえば、特許文献1に記載された従来の典型的な応力プロファイルでは、
図1に示すように、ガラス表面から板厚中心までの全範囲で、深さが大きくなるほど圧縮応力値(CS)が小さくなる。したがって、ガラスの第一の表面からの深さを変数としてガラス内部の圧縮応力値を表すとき、かかる深さが(0.05×t)~(0.15×t)μmの範囲でガラスの圧縮応力値が最大となる深さ(D
Bに相当する深さ)は(0.05×t)μmである。また、ガラスの第一の表面からの深さがD
B以下の範囲で、圧縮応力値が最小となる深さ(D
Aに相当する深さ)も(0.05×t)μmである。この場合は当然、CS
B=CS
Aである。
【0028】
本強化ガラス物品の応力プロファイルは、
図3に示すように、第一の表面からの深さが5μm以上DOL以下の範囲に、圧縮応力値が極大となる点を有することが好ましい。その場合、その極大となる点の第一の表面からの深さがD
Bとなる。また、第一の表面からの深さが0以上D
B以下の範囲に圧縮応力値が極小となる点を有し、その極小となる点の第一の表面からの深さがD
Aである。このように、応力プロファイルに極大点と極小点があるためにCS
B>CS
Aとなる。
【0029】
また、本強化ガラスにおいては、CSAが-50MPa以上であることが好ましく、0MPa超がより好ましい。本発明者等の研究によれば、「曲げモードによる破壊」を防止するためには、第一の表面からの深さが比較的浅い領域における圧縮応力値が大きいことが重要であり、CSAが小さすぎないことで曲げモードによる破壊が有効に抑制される。一方、CSAが高すぎるとガラスが割れた時にガラスの破砕数が増える。そのためCSAは200MPa以下が好ましい。
【0030】
また、本発明者等の研究によれば、衝撃モードによる破壊を抑制するためには、第一の表面からの深さが50μm~80μmにおける圧縮応力値が大きいことが有効である。本発明者等は、第一の表面からの深さが10μm以上50μm未満の領域における圧縮応力値は、破壊の抑制にあまり寄与しないと考えた。したがって第一の表面からの深さが10μm以上50μm未満の範囲内に圧縮応力値の極小点を形成することが圧縮応力を無駄なく利用するために有益であると考えた。
したがって本強化ガラスにおいて、極小点の深さDAは、10μm以上50μm未満が好ましい。DAは15μm以上がより好ましく、18μm以上がさらに好ましい。また、深さDAは30μm未満がより好ましく、25μm以下がさらに好ましく、20μm以下がよりさらに好ましい。なお、この際のガラスの厚みtは200μm以上であることを前提としている。
【0031】
本強化ガラス物品において、第一の表面から80μmの深さにおける圧縮応力値CS8
0は50MPa以上であると、衝撃モードによる破壊を抑制できるので好ましい。より好ましくは60MPa以上である。一方、ガラス内部に大きな圧縮応力層を形成すると必然的に、ガラス中心部には、表面の圧縮応力に応じた引張応力が大きくなる。この引張応力値が大きくなりすぎると、ガラス物品が破壊する際に激しく割れて破片が飛散する。したがって圧縮応力値CS80は200MPa以下が好ましく、150MPa以下がより好ましい。なお、ここでの圧縮応力値は複屈折応力計で測定される値である。また、ガラスの厚みtは200μm以上であることを前提としている。
【0032】
本強化ガラス物品において、ガラス物品の第一の表面から80μmの深さにおける圧縮応力値CS80は、ガラスの厚みtμmに対して、(t×0.1)MPa以上が好ましい。衝撃モードによる破壊を抑制するためにはCS80が大きい程よい。曲げモードによる破壊も抑制しながら破壊時の破砕を防止するためには、厚みtに応じたバランスを考慮することが好ましい。なお、ガラスの厚みtは200μm以上であることを前提としている。
【0033】
本強化ガラス物品において、ガラス物品の第一の表面からの深さ(0.5×t)μmにおける引張応力値CTは125MPa以下であり、これにより、激しい破砕が生じにくい。ここで、深さ(0.5×t)μmとは、ガラスの厚み方向の中心部に相当し、かかる深さでの引張応力値とはガラス内部の引張応力値を意味する。
引張応力値は110MPa以下が好ましく、100MPa以下がより好ましい。また、落下時に割れにくくなる十分な強化を入れるためには、引張応力値は50MPa以上が好ましく、75MPa以上がより好ましい。
【0034】
本強化ガラス物品は、リチウムアルミノシリケートガラスからなることが好ましい。
リチウムアルミノシリケートガラスは、ガラスの表面部分にはナトリウム-カリウム交換による大きな圧縮応力を生じさせ、より深い部分は、リチウム-ナトリウム交換によるやや小さい圧縮応力を生じさせることができる。したがって、曲げモードによる破壊と突起物との衝突による衝突モードによる破壊の双方を抑制できるとされている。
【0035】
本強化ガラス物品は、厚さ方向の中央部分におけるガラス組成、すなわち化学強化ガラスの母組成が質量%表示で、
SiO2を50%以上、Al2O3を5%以上含有し、
Li2O、Na2OおよびK2Oの合計の含有量が5%以上であり、
Li2Oの含有量と、Li2O、Na2OおよびK2Oの合計の含有量とのモル比(Li2O/(Li2O+Na2O+K2O))が0.5以上であることが好ましい。
【0036】
厚さ方向の中央部分におけるガラス組成は、以下であることがより好ましい。
SiO2 50~70%、
Al2O3 5~30%、
B2O3 0~10%、
P2O3 0~10%、
Y2O3 0~10%、
Li2O 3~15%、
Na2O 0~10%、
K2O 0~10%、
(MgO+CaO+SrO+BaO) 0~10%、及び
(ZrO2+TiO2) 0~5%。
厚さ方向の中央部分におけるガラス組成は、化学強化用ガラスの組成と同じと見做せるので、この好ましいガラス組成の詳細については、化学強化用ガラスの項で説明する。
【0037】
本発明の化学強化ガラス物品は、携帯電話、スマートフォン等のモバイル機器等に用いられるカバーガラスとして、特に有用である。さらに、携帯を目的としない、テレビ、パーソナルコンピュータ、タッチパネル等のディスプレイ装置のカバーガラス、エレベータ壁面、家屋やビル等の建築物の壁面(全面ディスプレイ)にも有用である。また、窓ガラス等の建築用資材、テーブルトップ、自動車や飛行機等の内装等やそれらのカバーガラスとして、また曲面形状を有する筺体等の用途にも有用である。
【0038】
<化学強化ガラス物品の製造方法>
本強化ガラス物品は、後述の化学強化用ガラス物品にイオン交換処理を施して製造できる。
化学強化用ガラスは、たとえば以下のような、一般的なガラス製造方法を用いて製造できる。
【0039】
好ましい組成のガラスが得られるように、ガラス原料を適宜調合し、ガラス溶融窯で加熱溶融する。その後、バブリング、撹拌、清澄剤の添加等によりガラスを均質化し、所定の厚さのガラス板に成形し、徐冷する。またはブロック状に成形して徐冷した後に切断する方法で板状に成形してもよい。
【0040】
板状に成形する方法としては、例えば、フロート法、プレス法、フュージョン法及びダウンドロー法が挙げられる。特に、大型のガラス板を製造する場合は、フロート法が好ましい。また、フロート法以外の連続成形法、たとえば、フュージョン法及びダウンドロー法も好ましい。
【0041】
成形して得られたガラスリボンを必要に応じて研削及び研磨処理して、ガラス板を形成する。なお、ガラス板を所定の形状及びサイズに切断したり、ガラス板の面取り加工を行う場合、後述する化学強化処理を施す前に、ガラス板の切断や面取り加工を行えば、化学強化処理によって端面にも圧縮応力層が形成されるため、好ましい。
そして、形成したガラス板に化学強化処理を施した後、洗浄及び乾燥することにより、化学強化ガラスが得られる。
【0042】
化学強化処理は、大きなイオン半径の金属イオン(典型的には、ナトリウムイオンまたはカリウムイオン)を含む金属塩(例えば、硝酸カリウム)の融液に浸漬する等の方法で、ガラスを金属塩に接触させ、ガラス中の小さなイオン半径の金属イオン(典型的には、リチウムイオンまたはナトリウムイオン)と金属塩中の大きなイオン半径の金属イオン(典型的には、リチウムイオンに対してはナトリウムイオンまたはカリウムイオンであり、ナトリウムイオンに対してはカリウムイオン)とを置換させる処理である。ただし、本発明ではガラス中の大きなイオン半径の金属イオン(カリウムイオン)と金属塩中の小さなイオン半径の金属イオン(ナトリウムイオン)とを交換処理する作用も利用する。
【0043】
ガラス中のリチウムイオンをナトリウムイオンと交換する「Li-Na交換」を利用する方法は、化学強化処理速度が速いので好ましい。またイオン交換により大きな圧縮応力を形成するためには、ガラス中のナトリウムイオンをカリウムイオンと交換する「Na-K交換」を利用する方法が好ましい。また、第一の表面からの深さ10~80μmの領域に正の傾きを持つ応力プロファイルを作るために、一度ガラス中に入れたナトリウムイオンを再度溶融塩中のリチウムイオンと交換させる「Na-Li交換」を利用することが好ましい。なお、第一の表面からの深さ10~80μmの領域に正の傾きを持つ応力プロファイルとは、先述したCSB>CSAの関係を満たすことと同義である。
【0044】
化学強化処理を行うための溶融塩としては、硝酸塩、硫酸塩、炭酸塩、塩化物などが挙げられる。このうち硝酸塩としては、例えば、硝酸リチウム、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硝酸セシウム、硝酸銀などが挙げられる。硫酸塩としては、例えば、硫酸リチウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸セシウム、硫酸銀などが挙げられる。炭酸塩としては、例えば、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウムなどが挙げられる。塩化物としては、例えば、塩化リチウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化セシウム、塩化銀などが挙げられる。これらの溶融塩は単独で用いてもよいし、複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0045】
より具体的には、本強化ガラス物品は、以下に説明する強化処理方法(以下、「本強化処理方法」という。)によって製造できる。
本強化処理方法は、ガラス板をナトリウム含有強化溶融塩(以下、ナトリウム含有強化塩とも称する。)に浸漬する工程を有する。この工程を経ることで、ガラスの深層部分に高い圧縮応力層を形成できる。また、第一の表面付近に形成される圧縮応力と、対向する第二の表面付近に形成される圧縮応力とは、概ね同程度になる。
ナトリウム含有強化塩は、該強化塩に含まれる金属イオンの質量を100質量%として、ナトリウムイオンを50質量%以上含有することが好ましく、75質量%以上含有することがより好ましい。ナトリウム含有強化塩はリチウムイオンを含有してもよいが、十分な圧縮応力を得るためには、リチウムイオンは1質量%以下が好ましく、0.5質量%以下がより好ましい。
また、落下衝撃時に発生するガラスの曲げ応力を十分抑制するためには、ナトリウム含有強化塩はカリウムイオンを含有することが好ましい。ナトリウム含有強化塩としては、沸点や危険性などの扱いやすさの観点から、ナトリウム含有硝酸塩が好ましい。
【0046】
本強化処理方法は、次に、ガラス板をリチウム含有溶融塩(以下、リチウム含有強化塩とも称する。)に浸漬する工程を有する。この工程を経ることで、第一の表面からの深さ10~80μmの領域に正の傾きを持つ応力プロファイルを作ることができる。
リチウム含有強化塩は、該強化塩に含まれる金属イオンの質量を100質量%として、リチウムイオンを0.5質量%以上含有する塩が好ましく、1質量%以上含有するものがより好ましい。一方、強化塩中のリチウムイオンが量が多すぎるとガラスに十分な化学強化応力が入らない。そのため、リチウムイオンの含有量は15質量%以下が好ましく、10質量%以下がより好ましい。
リチウム含有強化塩は、硝酸ナトリウムを含有することが好ましく、硝酸ナトリウム以外の成分として、硝酸カリウムや硝酸マグネシウムや硝酸リチウムなど、アルカリ金属やアルカリ土類金属の硝酸塩が含まれてもよい。
リチウム含有強化塩は、ナトリウムを含まない場合には、カリウムを含有することが好ましく、硝酸カリウムを含有することがより好ましい。具体的にはカリウムイオンを80質量%以上含有する塩が好ましく、85質量%以上含有する塩がより好ましく、90質量%以上含有する塩がさらに好ましい。リチウム含有強化塩がカリウムを80質量%以上含有する場合は、後述のカリウム含有溶融塩(以下、カリウム含有強化塩とも称する。)に浸漬する工程を省略できることがある。
【0047】
本強化処理方法においては、ガラス板を380℃~500℃のナトリウム含有強化塩に浸漬することが好ましい。ナトリウム含有強化塩の温度が380℃以上であると、イオン交換が進行しやすく好ましい。より好ましくは、400℃以上である。また、ナトリウム含有強化塩の温度が500℃以下であると過剰な表層の応力緩和を抑制できるため、好ましい。より好ましくは、480℃以下である。
【0048】
また、ナトリウム含有強化塩にガラス板を浸漬する時間は、1時間以上であると表面圧縮応力が大きくなるので好ましい。浸漬時間は、より好ましくは2時間以上、さらに好ましくは3時間以上である。浸漬時間が長すぎると、生産性が下がるだけでなく、緩和現象により圧縮応力が低下する場合がある。圧縮応力を大きくするためには8時間以下が好ましく、より好ましくは6時間以下、さらに好ましくは4時間以下である。
【0049】
本強化処理方法においては、次いでガラス板を、350℃~500℃のリチウム含有強化塩に浸漬することが好ましい。リチウム含有強化塩の温度が350℃以上であると、処理時間を短縮できるという点から好ましい。より好ましくは360℃以上であり、さらに好ましくは380℃以上である。また、リチウム含有強化塩の温度が500℃以下であると熱による圧縮応力の緩和を抑制できるため好ましい。より好ましくは450℃以下であり、さらに好ましくは425℃以下である。
【0050】
また、リチウム含有強化塩にガラス板を浸漬する時間は、10分以上であると十分に表層から10~50μmの領域の応力を低下させ、高強度なガラスを作ることができるので好ましい。浸漬時間は、より好ましくは20分以上、さらに好ましくは30分以上である。浸漬時間が長すぎると、表層から50μm以上の重要な応力が減ってしまい、十分な落下強度が得られない場合がある。十分な落下強度を得るためには、浸漬する時間は120分以下が好ましく、より好ましくは90分以下、さらに好ましくは60分以下である。
【0051】
本強化処理方法は、さらにガラス板をカリウム含有強化塩に浸漬する工程を有してもよく、または、再度ナトリウム含有強化塩に浸漬する工程を有してもよい。カリウム含有強化塩としては、該強化塩に含まれる金属イオンの質量を100質量%として、カリウムイオンを50質量%以上含有する塩が好ましく、75質量%以上含有するものがより好ましい。ナトリウム含有強化塩としては、先述のナトリウム含有強化塩と同様のものを用いることが好ましい。
そのような強化塩を用いることでガラスの表層に高圧縮応力層を形成することができるため「曲げによるガラス破壊モード」を抑制することができる。カリウム含有強化塩としては、沸点や危険性などの扱いやすさの観点から、カリウム含有硝酸塩が好ましい。
カリウム含有強化塩又はナトリウム含有強化塩へガラス板を浸漬する時間は、高圧縮応力層を形成する観点から、1分以上が好ましく、2分以上がより好ましく、3分以上がさらに好ましい。また、深層部応力の拡散を防ぐ観点から、浸漬する時間は10分以下が好ましく、8分以下がより好ましく、6分以下がさらに好ましい。
【0052】
ガラス板をナトリウムやリチウム含有強化塩、及び所望によりカリウム含有強化塩又はナトリウム含有強化塩に浸漬した後は、300℃以下の温度に保つのが好ましい。300℃超の高温になるとイオン交換処理によって発生した圧縮応力が緩和現象によって低下するからである。ガラス板をリチウム含有強化塩又はカリウム含有強化塩に浸漬した後の保持温度は、より好ましくは250℃以下、さらに好ましくは200℃以下である。
【0053】
<化学強化用ガラス>
本発明における化学強化用ガラス(以下、本強化用ガラスということがある。)は、リチウムアルミノシリケートガラスが好ましい。より具体的には、
SiO2を50%以上、Al2O3を5%以上含有し、
Li2O、Na2OおよびK2Oの合計の含有量が5%以上であり、
Li2Oの含有量と、Li2O、Na2OおよびK2Oの合計の含有量とのモル比(Li2O/(Li2O+Na2O+K2O))が0.5以上であることが好ましい。
【0054】
本強化用ガラスは、酸化物基準の質量%表示で、
SiO2 50~70%、
Al2O3 5~30%、
B2O3 0~10%、
P2O3 0~10%、
Y2O3 0~10%、
Li2O 3~15%、
Na2O 0~10%、
K2O 0~10%、
(MgO+CaO+SrO+BaO) 0~10%、及び
(ZrO2+TiO2) 0~5%を含むことがより好ましい。
上記組成のガラスは、化学強化処理によって好ましい応力プロファイルを形成しやすい。以下、この好ましいガラス組成について説明する。
【0055】
SiO2はガラスネットワークを構成する成分である。また、化学的耐久性を上げる成分であり、ガラス表面に傷がついた場合のクラックの発生を低減する成分である。SiO2の含有量は50%以上が好ましく、55%以上がより好ましく、58%以上がさらに好ましく、60%以上がよりさらに好ましい。
また、ガラスの溶融性を高くするためにSiO2の含有量は80%以下が好ましく、75%以下がより好ましく、70%以下がさらに好ましい。
【0056】
Al2O3は化学強化の際のイオン交換性を向上させ、強化後の表面圧縮応力を大きくするために有効な成分であり、ガラス転移温度(Tg)を高くし、ヤング率を高くする成分でもある。Al2O3の含有量は5%以上が好ましく、7%以上がより好ましく、13%以上がさらに好ましい。
また、Al2O3の含有量は、溶融性を高くするために、好ましくは30%以下、より好ましくは25%以下、さらに好ましくは23%以下、よりさらに好ましくは20%以下である。
【0057】
Li2Oは、イオン交換により表面圧縮応力を形成させる成分であり、リチウムアルミノシリケートガラスの必須成分である。リチウムアルミノシリケートガラスを化学強化することにより、好ましい応力プロファイルを有する化学強化ガラスが得られる。Li2Oの含有量は、圧縮応力層深さDOLを大きくするために、好ましくは2%以上、より好ましくは3%以上、さらに好ましくは5%以上である。
また、ガラスを製造する際または曲げ加工を行う際に、失透が生じるのを抑制するためには、Li2Oの含有量は15%以下が好ましく、より好ましくは10%以下、さらに好ましくは8%以下である。
【0058】
K2Oはガラスの溶融性を向上させる成分であり、ガラスの加工性を良好にする成分でもある。K2Oは含有しなくてもよいが、含有する場合の含有量は好ましくは0.5%以上、より好ましくは1%以上である。
K2Oの含有量が多すぎると、イオン交換処理によって引張応力が生じ、クラックが発生するおそれがある。クラックを防止するためには、好ましくは10%以下、より好ましくは8%以下、さらに好ましくは6%以下、特に好ましくは5%以下である。
【0059】
Na2Oはカリウムを含有する溶融塩を利用したイオン交換により表面圧縮応力層を形成する成分であり、またガラスの溶融性を向上させる成分である。Na2Oは含有しなくてもよいが、含有する場合の含有量は0.5%以上が好ましく、1%以上がより好ましく、1.5%以上がさらに好ましい。
また、Na2Oの含有量は、好ましくは10%以下であり、より好ましくは8%以下、さらに好ましくは6%以下である。
【0060】
Li2O、Na2OおよびK2O等のアルカリ金属酸化物(以下において、R2Oと表記することがある)は、いずれもガラスの溶解温度を低下させる成分であり、合計で5%以上含有することが好ましい。Li2O、Na2O、K2Oの含有量の合計(Li2O+Na2O+K2O)は、5%以上が好ましく、7%以上がより好ましく、8%以上がさらに好ましい。
(Li2O+Na2O+K2O)は、ガラスの強度を維持するために20%以下が好ましく、18%以下がより好ましい。
【0061】
Li2Oと、Li2O、Na2OおよびK2Oの合計とのモル比[Li2O]/([Li2O]+[Na2O]+[K2O])は0.5以上であると化学強化時にガラスに高い圧縮応力を入れることができるため、好ましい。より好ましくは0.6以上である。
【0062】
MgO、CaO、SrO、BaOは、いずれもガラスの溶融性を高める成分であるが、イオン交換性能を低下させる傾向がある。
MgO、CaO、SrO、BaOの含有量の合計(MgO+CaO+SrO+BaO)は15%以下が好ましく、10%以下がより好ましく、5%以下がさらに好ましい。
【0063】
MgO、CaO、SrO及びBaOは含有しなくともよいが、これらのうち少なくとも一種を含有する場合の合計の含有量(MgO+CaO+SrO+BaO)は、0.1%以上が好ましく、0.5%以上がより好ましい。これらのうちいずれかを含有する場合は、化学強化ガラスの強度を高くするためにMgOを含有することが好ましい。
MgOを含有する場合の含有量は0.1%以上が好ましく0.5%以上がより好ましい。
またイオン交換性能を高くするためにMgOの含有量は10%以下が好ましく、8%以下がより好ましい。
【0064】
CaOを含有させる場合の含有量は、好ましくは0.5%以上であり、より好ましくは1%以上である。イオン交換性能を高くするためにCaOの含有量は5%以下が好ましく、3%以下がより好ましい。
【0065】
SrOを含有させる場合の含有量は、好ましくは0.5%以上であり、より好ましくは1%以上である。イオン交換性能を高くするためにSrOの含有量は5%以下が好ましく、3%以下がより好ましい。
BaOを含有させる場合の含有量は、好ましくは0.5%以上であり、より好ましくは1%以上である。イオン交換性能を高くするためにBaOの含有量は5%以下が好ましく、1%以下がより好ましく、実質的に含有しないことがさらに好ましい。
【0066】
ZnOはガラスの溶融性を向上させる成分であり、含有させてもよい。ZnOを含有させる場合の含有量は、好ましくは0.2%以上であり、より好ましくは0.5%以上である。ガラスの耐候性を高くするために、ZnOの含有量は5%以下が好ましく、3%以下がより好ましい。
【0067】
TiO2は、イオン交換による表面圧縮応力を増大させる成分であり、含有させてもよい。TiO2を含有させる場合の含有量は、好ましくは0.1%以上である。TiO2の含有量は、溶融時の失透を抑制するために5%以下が好ましく、1%以下がより好ましく、実質的に含有しないことがさらに好ましい。
【0068】
ZrO2は、イオン交換による表面圧縮応力を増大させる成分であり、含有させてもよい。ZrO2を含有させる場合の含有量は、好ましくは0.5%以上であり、より好ましくは1%以上である。また溶融時の失透を抑制するために5%以下が好ましく、3%以下がより好ましい。
【0069】
また、TiO2とZrO2の合計の含有量(TiO2+ZrO2)は、5%以下が好ましく、3%以下がより好ましい。また、TiO2及びZrO2は共に含まなくてもよいが、含有する場合の合計の含有量は1%以上が好ましい。
【0070】
Y2O3はガラスの強度を向上させる成分であり、含有させてもよい。Y2O3を含有させる場合の含有量は、好ましくは0.2%以上であり、より好ましくは0.5%以上であり、さらに好ましくは1%以上、よりさらに好ましくは1.5%以上、特に好ましくは2%以上である。溶融時にガラスが失透しにくくなり化学強化ガラスの品質が低下するのを防ぐためには、Y2O3の含有量は10%以下が好ましく、8%以下がより好ましく、7%以下がさらに好ましく、6%以下がよりさらに好ましく、5%以下がことさらに好ましく、4%以下が特に好ましく、3%以下が最も好ましい。
【0071】
La2O3およびNb2O5は、化学強化された場合にガラス物品の破砕を抑制する成分であり、含有させてもよい。これらの成分を含有させる場合のそれぞれの含有量は、好ましくは0.5%以上であり、より好ましくは1%以上、さらに好ましくは1.5%以上、特に好ましくは2%以上である。
【0072】
Y2O3、La2O3およびNb2O5の含有量は合計で10%以下が好ましく、9%以下がより好ましく、8%以下がさらに好ましい。これにより、溶融時にガラスが失透しにくくなり化学強化ガラスの品質が低下するのを防ぐことができる。またLa2O3およびNb2O5の含有量はそれぞれ、10%以下が好ましく、7%以下がより好ましく、さらに好ましくは6%以下、よりさらに好ましくは5%以下、特に好ましくは4%以下、最も好ましくは3%以下である。
【0073】
Ta2O5、Gd2O3も、化学強化ガラスの破砕を抑制するために少量含有してもよいが、屈折率や反射率が高くなるので、それぞれ1%以下が好ましく、0.5%以下がより好ましく、実質的に含有しないことがさらに好ましい。
【0074】
B2O3は、ガラス製造時の溶融性を向上させる等のために加えることができる。化学強化ガラスの表面付近における応力プロファイルの傾きを小さくするためには、B2O3の含有量は好ましくは0.5%以上、より好ましくは1%以上、さらに好ましくは2%以上である。
B2O3は、化学強化後の応力緩和を生じやすくする成分なので、応力緩和による表面圧縮応力の低下を防止するために、10%以下が好ましく、より好ましくは8%以下、さらに好ましくは5%以下、最も好ましくは3%以下である。
【0075】
P2O5は、イオン交換性能を向上させるために含有してもよい。P2O5を含有させる場合の含有量は、好ましくは0.5%以上であり、より好ましくは1%以上である。化学的耐久性を高くするためにはP2O5の含有量は10%以下が好ましく、5%以下がより好ましく、3%以下がさらに好ましい。
【0076】
ガラスを着色する場合は、所望の化学強化特性の達成を阻害しない範囲において着色成分を添加してもよい。着色成分としては、例えば、Co3O4、MnO2、Fe2O3、NiO、CuO、Cr2O3、V2O5、Bi2O3、SeO2、CeO2、Er2O3、Nd2O3が挙げられる。これらは単独で用いてもよく、組み合わせて用いてもよい。
【0077】
着色成分の含有量は、合計で7%以下が好ましい。それによって、ガラスの失透を抑制できる。着色成分の含有量は、より好ましくは5%以下であり、さらに好ましくは3%以下であり、特に好ましくは1%以下である。ガラスの可視光透過率を高くしたい場合は、これらの成分は実質的に含有しないことが好ましい。
【0078】
また、ガラス溶融の際の清澄剤等として、SO3、塩化物、フッ化物などを適宜含有してもよい。As2O3は実質的に含有しないことが好ましい。Sb2O3を含有する場合は、0.3%以下が好ましく、0.1%以下がより好ましく、実質的に含有しないことが最も好ましい。
【0079】
本強化用ガラスのガラス転移温度(Tg)は、化学強化時の応力緩和を抑制するために480℃以上が好ましい。Tgは、応力緩和を抑制して大きな圧縮応力が得られるために、500℃以上がより好ましく、520℃以上がさらに好ましい。
またTgは、化学強化時にイオン拡散速度が速くなるために、700℃以下が好ましい。深いDOLを得やすいために、Tgは650℃以下がより好ましく、600℃以下がさらに好ましい。
【0080】
本強化用ガラスのヤング率は、70GPa以上が好ましい。ヤング率が高いほど、強化ガラスが破壊した時に破片が飛散しにくくなる傾向がある。そのためヤング率は75GPa以上がより好ましく、80GPa以上がさらに好ましい。一方、ヤング率が高すぎると、化学強化時にイオンの拡散が遅く、深いDOLを得ることが困難になる傾向がある。そこでヤング率は110GPa以下が好ましく、100GPa以下がより好ましく、90GPa以下がさらに好ましい。なお、ヤング率は超音波法により測定できる。
【0081】
本強化用ガラスのビッカース硬度は575以上が好ましい。化学強化用ガラスのビッカース硬度が大きいほど化学強化後のビッカース硬度が大きくなりやすく、化学強化ガラスが落下したときにも傷がつきにくい。そこで化学強化用ガラスのビッカース硬度は、より好ましくは600以上、さらに好ましくは625以上である。
なお、化学強化後のビッカース硬度は600以上が好ましく、625以上がより好ましく、650以上がさらに好ましい。
【0082】
ビッカース硬度は大きいほど傷つきにくくなるので好ましいが、通常は本強化用ガラスのビッカース硬度は850以下である。ビッカース硬度が大きすぎるガラスでは十分なイオン交換性を得るのが難しい傾向がある。そのため、ビッカース硬度は800以下が好ましく、750以下がより好ましい。
【0083】
本強化用ガラスの破壊靱性値は0.7MPa・m1/2以上が好ましい。破壊靱性値が大きいほど、化学強化ガラスの破壊時に破片の飛散が抑制される傾向がある。破壊靱性値は、より好ましくは0.75MPa・m1/2以上、さらに好ましくは0.8MPa・m1/2以上である。
破壊靱性値は、通常は1.0MPa・m1/2以下である。なお、破壊靱性値はDCDC法(Acta metall.mater.Vol.43、pp.3453-3458、1995)で測定できる。
【0084】
本強化用ガラスの50℃から350℃における平均熱膨張係数(α)は、100×10-7/℃以下が好ましい。平均熱膨張係数(α)が小さいと、ガラスの成型時や化学強化後の冷却時にガラス板が反りにくい。平均熱膨張係数(α)は95×10-7/℃以下がより好ましく、90×10-7/℃以下がさらに好ましい。
化学強化ガラス板の反りを抑制するためには、平均熱膨張係数(α)は小さい程好ましいが、通常は60×10-7/℃以上である。
【0085】
本強化用ガラスにおいて、粘度が102dPa・sとなる温度(T2)は、1750℃以下が好ましく、1700℃以下がより好ましく、1680℃以下がさらに好ましい。T2は通常は1400℃以上である。
【0086】
本強化用ガラスにおいて、粘度が104dPa・sとなる温度(T4)は、1350℃以下が好ましく、1300℃以下がより好ましく、1250℃以下がさらに好ましい。T4は通常は1000℃以上である。
【実施例】
【0087】
以下、本発明を実施例によって説明するが、本発明はこれに限定されない。
表1に酸化物基準の質量百分率表示で示したガラスG1~ガラスG4の組成となるようにガラス原料を調合し、ガラスとして400gになるように秤量した。ついで、混合した原料を白金るつぼに入れ、1500~1700℃の電気炉に投入して3時間程度溶融し、脱泡し、均質化した。
表2は、これらのガラス組成をモル%表示で表したものである。
【0088】
【0089】
【0090】
得られた溶融ガラスを金属型に流し込み、ガラス転移点より50℃程度高い温度に1時間保持した後、0.5℃/分の速度で室温まで冷却し、ガラスブロックを得た。得られたガラスブロックを切断、研削し、最後に両面を鏡面研磨して、厚さが600μm又は800μmのガラス板を得た。
ガラスG1~ガラスG3を用いて、表3に記載した2段階の強化処理を施し、以下の例1~例9の化学強化ガラスを作製した。また、ガラスG4を用いて、表3に記載した3段階の強化処理を施し、以下の例10の化学強化ガラスを作製した。すなわち表3のナトリウム含有溶融塩欄に示した、溶融塩中の金属イオンの割合(質量%)となる硝酸塩を用い、温度1欄に示した温度において保持時間1欄に示した時間保持し、1回目の強化処理を行った。その後、リチウム含有溶融塩欄に示した、溶融塩中の金属イオンの割合(質量%)となる硝酸塩を用い、温度2欄に示した温度において、保持時間2欄に示した時間保持し、2回目の強化処理を行うことにより、例1~例9の化学強化ガラスを得た。また、上記2回目の強化処理の後さらに、ナトリウム含有溶融塩欄に示した、溶融塩中の金属イオンの割合(質量%)となる硝酸塩を用い、温度3欄に示した温度において、保持時間3欄に示した時間保持し、3回目の強化処理を行うことにより、例10の化学強化ガラスを得た。例1~例5及び例10が実施例であり、例6~例9は比較例である。
【0091】
[応力プロファイル]
折原製作所社製の光導波表面応力計FSM-6000及び複屈折応力計Abrioを用いて各応力値及び深さを測定した。表3中、CS0は第一の表面における圧縮応力値であり、CSAは第一の表面からの深さDAにおける圧縮応力値であり、DAは第一の表面から深さDBまでの範囲、圧縮応力値が最小となる深さであり、CSBは第一の表面からの深さDBにおける圧縮応力値であり、DBは第一の表面からの深さ(0.05×t)~(0.15×t)μmの範囲で圧縮応力値が最大となる深さであり、DOLは圧縮応力層深さであり、CS80は第一の表面からの深さ80μmにおける圧縮応力値である。このうちCS0は光導波表面応力計を用いて測定された値であり、CSA、DA、CSB、DB、DOL、CS80は複屈折応力計による値である。また、CTとは第一の表面からの深さ(0.5×t)μmにおける引張応力値であり、複屈折応力計により測定された値である。
なお、表3中の例7及び例8の空欄は、CSAとCSBが一致していることを示す。また、例9の空欄は、応力の測定が不可能であり未測定であることを示す。
【0092】
[落下試験]
落下試験は、得られた120×60×0.6mmtのガラス板を現在使用されている一般的なスマートフォンのサイズに質量と剛性を調節した構造体にはめ込み、疑似スマートフォンを用意した上で#80SiCサンドペーパーの上に自由落下させた。落下高さは、5cmの高さから落下させて、割れなかった場合は5cm高さを上げて再度落下させる作業を割れるまで繰り返し、初めて割れたときの高さの10枚の平均値を落下高さとして表3に示す。表3中の例10の空欄は、落下試験を行っていないことを示す。
【0093】
[破砕数]
破砕数は30mm四方のガラス板に対して90度の圧子を打ち込み、ガラス板を破砕させた際の破砕数を計測した結果を表3に示す。なお、破砕数が10個を超えていた場合はCT-Limitを超えていると判断する。また、表3中の例10の空欄は、破砕数を計測していないことを示す。
【0094】
[表面割れ]
化学強化処理を行った直後、ガラス表面の状態を光学顕微鏡にて観察し、表面に割れが発生していないかの確認を行った。結果を表3に示す。
【0095】
【0096】
例6、7は落下高さが高く高強度ではあるが、破砕時の破砕数が10個を超えており、破砕した際に危険である。
例8は、第一の表面からの深さDAと深さDBとが一致してしまっており、落下強度が低い。
例9は2回目の化学強化後のガラス板にクラックが発生していた。また、これが原因で落下強度が低く、応力の測定も加工時にガラスが飛び散り不可能であった。
【0097】
本発明を詳細に、また特定の実施態様を参照して説明したが、本発明の精神と範囲を逸脱することなく様々な変更や修正を加えることができることは当業者にとって明らかである。本出願は2020年1月14日出願の日本特許出願(特願2020-003802)及び2020年9月7日出願の日本特許出願(特願2020-149919)に基づくものであり、その内容はここに参照として取り込まれる。