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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-15
(45)【発行日】2024-01-23
(54)【発明の名称】電子ビーム式蒸着ユニット
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/30 20060101AFI20240116BHJP
   C23C 14/24 20060101ALI20240116BHJP
【FI】
C23C14/30 A
C23C14/24 A
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2023112141
(22)【出願日】2023-07-07
【審査請求日】2023-07-10
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000231464
【氏名又は名称】株式会社アルバック
(74)【代理人】
【識別番号】110000305
【氏名又は名称】弁理士法人青莪
(72)【発明者】
【氏名】磯野 堅一
(72)【発明者】
【氏名】後田 以誠
(72)【発明者】
【氏名】西新 貴人
(72)【発明者】
【氏名】大橋 童吾
(72)【発明者】
【氏名】矢島 太郎
【審査官】大西 美和
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/123293(WO,A1)
【文献】特表2022-520307(JP,A)
【文献】特開2002-038256(JP,A)
【文献】米国特許第04983806(US,A)
【文献】中国実用新案第210683927(CN,U)
【文献】実開昭60-49150(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/30
C23C 14/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
同一円周上に位置させて上面に蒸着材料の収容凹部を複数備えるハースと、電子ビームを生成する電子ビーム生成源と、電子ビームを成形偏向する成形偏向手段とを備え、成形偏向された電子ビームを収容凹部の蒸着材料に照射して蒸着材料を蒸発させる電子ビーム式蒸着ユニットであって、
収容凹部のうち何れかが径方向で電子ビーム生成源の直近位置に位相決めされるハースの位置を照射位置として、照射位置に存する収容凹部の露出を可能とする開口部を有してハースの上方を覆うハースカバーを備えるものにおいて、
ハースの上方を覆う閉姿勢と全ての収容凹部を露出させる開姿勢との間でハースカバーを可動にする可動部と、開口部と収容凹部とが上下方向で合致するハースカバーの位置を正規位置として、ハースカバーを開姿勢から閉姿勢に戻したときに、ハースカバーの自重でハースカバーを正規位置に案内する案内部とを更に備え、
可動部及び案内部は、前記ハースの中心を挟んで前記開口部と径方向反対側の上方を覆うハースカバーの端部に設けられて、揺動自在に支持するヒンジ機構で構成され、
ハースカバー内に、冷媒を循環させてハースカバーを冷却する循環通路が形成され、循環通路の流入口と流出口とを、ヒンジ機構を設けたハースカバーの端部側に位置させ、循環通路の流入口に流入する冷媒と循環通路の流出口に流出する冷媒によってヒンジ機構の支持軸が冷却されるように構成したことを特徴とする電子ビーム式蒸着ユニット。
【請求項2】
同一円周上に位置させて上面に蒸着材料の収容凹部を複数備えるハースと、電子ビームを生成する電子ビーム生成源と、電子ビームを成形偏向する成形偏向手段とを備え、成形偏向された電子ビームを収容凹部の蒸着材料に照射して蒸着材料を蒸発させる電子ビーム式蒸着ユニットであって、
収容凹部のうち何れかが径方向で電子ビーム生成源の直近位置に位相決めされるハースの位置を照射位置として、照射位置に存する収容凹部の露出を可能とする開口部を有してハースの上方を覆うハースカバーを備え、
ハースの上方を覆う閉姿勢と全ての収容凹部を露出させる開姿勢との間でハースカバーを可動にする可動部と、開口部と収容凹部とが上下方向で合致するハースカバーの位置を正規位置として、ハースカバーを開姿勢から閉姿勢に戻したときに、ハースカバーの自重でハースカバーを正規位置に案内する案内部とを更に備え、
可動部及び前記案内部は、前記ハースの中心を挟んで前記開口部と径方向反対側の上方を覆うハースカバーの部分に設けられて、揺動自在に支持するヒンジ機構で構成され、
ハースカバー内に、冷媒を循環させてハースカバーを冷却する循環通路が形成され、
ヒンジ機構が、ハースが設置されるベースプレートに夫々設けられる一対の支持体と、各支持体に夫々固定の支持軸とを有して、各支持軸に軸受を介してハースカバーが揺動自在に取り付けられ、
各支持軸に冷媒の通過を許容する内部通路が形成され、各内部通路を循環通路の流入口と流出口とに夫々連通させたことを特徴とする電子ビーム式蒸着ユニット。
【請求項3】
前記ハースカバーの下面に、前記開口部の周囲に位置させて環状の突壁部が設けられ、
前記ハースカバーを揺動させて開姿勢から閉姿勢に戻したときに突壁部によって前記収容凹部の周囲に環状のシール構造が形成されることを特徴とする請求項1または2記載の電子ビーム式蒸着ユニット。
【請求項4】
前記ハースカバーの下面に上方への押圧力を加えて、ハースの回転を許容する回転許容位置にハースカバーを揺動させる押圧手段を更に備えることを特徴とする請求項3記載の電子ビーム式蒸着ユニット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子ビーム式蒸着ユニットに関し、より詳しくは、同一円周上に位置させて上面に蒸着材料の収容凹部を複数備えるハースと、電子ビームを生成する電子ビーム生成源と、電子ビームを成形偏向する成形偏向手段とを備え、成形偏向された電子ビームを収容凹部の蒸着材料に照射して蒸着材料を蒸発させるものに関する。
【背景技術】
【0002】
この種の電子ビーム式蒸着ユニットとして例えば特許文献1に記載のものが知られている。このものは、収容凹部のうち何れかが径方向で電子ビーム生成源の直近位置に位相決めされるハースの位置を照射位置として、照射位置に存する収容凹部(以下、これを「第1の収容凹部」という)の露出を可能とする開口部を有してハースの上方を上下方向の隙間を存して覆うハースカバーを備える。そして、電子ビームの照射による蒸着材料の蒸発中には、各収容凹部に収容される蒸着材料のコンタミネーションが抑制されるようにしている。なお、上記従来例のものでは、ハースカバー内に冷却水を循環する循環通路を設けて、ハースカバーが所定温度に冷却される。そして、ハースカバーの下方に組み付けた磁気回路により第1の収容凹部内の蒸着材料に電子ビームを照射したときに生ずる所謂反射電子がハースカバーで捕捉されるようにしている。
【0003】
電子ビーム式蒸着ユニットを真空チャンバ内に設置して被処理基板に対して蒸着(成膜)する場合には、各収容凹部に顆粒状やインゴット状の蒸着材料を夫々充填した後、ハースをその中心回りに回転させて第1の収容凹部を照射位置に位相決めする。この状態では、第1の収容凹部と開口部とが上下方向で合致し、第1の収容凹部、ひいては、そこに充填される蒸着材料のみが露出した状態となる。そして、真空雰囲気の真空チャンバ内で電子ビームを生成し、この生成された電子ビームを成形偏向させながら、第1の収容凹部の蒸着材料に照射して蒸着材料を蒸発させることで、真空チャンバ内に設置される被処理基板の表面に蒸着される。蒸着材料が所定量だけ蒸発(消耗)した場合や、蒸着材料を変更する場合には、電子ビームの照射を停止した状態でハースが回転され、例えば、第1の収容凹部に隣接する他の収容凹部が照射位置に位相決めされる。この状態で、上記同様に他の収容凹部の蒸着材料に電子ビームを照射して蒸着材料を蒸発させることで、被処理基板に蒸着される。この操作を繰り返して、各収容凹部の蒸着材料を蒸発させて被処理基板への蒸着が順次実施される。
【0004】
ここで、上記従来例のものでは、ハースカバーが、電子ビーム生成源やハースが設置されるベースプレートに締結手段を介して固定されている。そのため、各収容凹部に蒸着材料を充填(または補充)する場合、ハースを順次回転させながら、照射位置にある各収容凹部に蒸着材料を充填していく必要があり、その作業性が著しく悪い。また、蒸発時、蒸着材料が、上面に向けてテーパ状に拡径する開口部分を含む収容凹部の壁面などにも付着、堆積する。このとき、収容凹部の開口部分に蒸着材料が堆積すると、例えば、ハースの円滑な回転が阻害させる虞があるため、これを除去する(メンテナンス)作業も必要になるが、ハースカバーをいちいち取り外す等の作業で対処するのでは、その作業性も著しく悪い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第6195662号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、以上の点に鑑み、蒸着材料の充填作業やハースに対するメンテナンス作業を容易に実施できる構造を持つ電子ビーム式蒸着ユニットを提供することをその課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、同一円周上に位置させて上面に蒸着材料の収容凹部を複数備えるハースと、電子ビームを生成する電子ビーム生成源と、電子ビームを成形偏向する成形偏向手段とを備え、成形偏向された電子ビームを収容凹部の蒸着材料に照射して蒸着材料を蒸発させる本発明の電子ビーム式蒸着ユニットは、収容凹部のうち何れかが径方向で電子ビーム生成源の直近位置に位相決めされるハースの位置を照射位置として、照射位置に存する収容凹部の露出を可能とする開口部を有してハースの上方を覆うハースカバーを備え、ハースの上方を覆う閉姿勢と全ての収容凹部を露出させる開姿勢との間でハースカバーを可動にする可動部と、開口部と収容凹部とが上下方向で合致するハースカバーの位置を正規位置として、ハースカバーを開姿勢から閉姿勢に戻したときに、その自重でハースカバーを正規位置に案内する案内部とを更に備えることを特徴とする。
【0008】
本発明によれば、ハースカバーの開姿勢では、全ての収容凹部が露出するため、ハースを殊更回転させ、または、ハースカバーをいちいち取り外すことなく、蒸着材料の充填作業やハースに対するメンテナンス作業を容易に実施でき、その作業性を著しく向上できる。しかも、案内部を備えることで、ハースカバーを開姿勢から閉姿勢に戻すだけで、蒸着材料の充填作業やハースに対するメンテナンス作業を完了させることができる。
【0009】
本発明において、前記可動部及び前記案内部は、前記ハースの中心を挟んで前記開口部と径方向反対側の上方を覆うハースカバーの部分に設けられて、揺動自在に支持するヒンジ機構で構成されることが好ましい。これによれば、他の部品に干渉することなく、閉姿勢と開姿勢との間でハースカバーを可動及び案内にする構成を簡単に実現することができる。このとき、ハースカバーが上下方向に起立する姿勢で保持されるようにしておけば、ハースカバーを開姿勢にするための退避スペースを確保しておく必要がなく、有利である。
【0010】
また、本発明において、前記ハースカバーの下面に、前記開口部の周囲に位置させて環状の突壁部が設けられ、前記ハースカバーを揺動させて開姿勢から閉姿勢に戻したときに突壁部によって前記収容凹部の周囲に環状のシール構造が形成される構成を採用してもよい。このとき、突壁部の下面が収容凹部の周囲に位置するハースの上面部分に当接または近接するようにすればよい。この飛散防止用のシール構造により、電子ビームの照射により照射位置に存する収容凹部内の蒸着材料を蒸発させたときに、この蒸着したものがハースとハースカバーとの間の隙間を通して他の収容凹部へと回り込むことが可及的に抑制され、結果として、蒸着材料のコンタミネーションをより一層抑制できる。この場合、収容凹部の周囲に、ハースカバーを揺動させて開姿勢から閉姿勢に戻したときに突壁部を受け入れる環状の受入溝を設け、ハースカバーの閉姿勢では、突壁部が受入溝に侵入してラビリンスシール構造や、または、突壁部の受入溝への接触が許容される場合にはラビリンスを付与しないシール構造を形成するようにしてもよい。なお、ハースカバーの下面に環状の突壁部を設ける場合には、ハースカバーの下面に上方への押圧力を加えて、ハースの回転を許容する回転許容位置にハースカバーを揺動させる押圧手段を更に備えることが好ましい。
【0011】
更に、本発明においては、前記ハースカバー内に、冷媒を循環させてハースカバーを冷却する循環通路が形成されているような場合、前記ヒンジ機構が、前記ハースが設置されるベースプレートに夫々設けられる一対の支持体と、各支持体に夫々固定の支持軸とを有して、各支持軸に軸受を介してハースカバーが揺動自在に取り付けられ、各支持軸に冷媒の通過を許容する内部通路が形成され、各内部通路を循環通路の流入口と流出口とに夫々連通させた構成を採用することができる。これによれば、一方の支持軸に冷媒(冷却水)を供給する外部配管(例えば、可撓性を持つ金属製のホース)を接続し、他方の支持軸に冷媒を排出する外部配管(例えば、可撓性を持つ金属製のホース)を接続するだけで、ハースカバー内の循環通路に冷媒を循環させる構成が実現できる。このとき、ヒンジ機構は、ハースカバーを開姿勢から閉姿勢に戻したときにその自重でハースカバーを正規位置に案内する案内部としての役割及び、ハースカバーと外部配管とを相対的に揺動自在とする役割を果たす。これにより、ハースカバーを揺動させても、外部配管には何らの応力が加わらないため、ハースカバーの繰り返し揺動で外部配管が破損するといった不具合も生じない。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本実施形態の電子ビーム式蒸着ユニットをハースカバーの閉姿勢で示す斜視図。
図2】本実施形態の電子ビーム式蒸着ユニットをハースカバーの開姿勢で示す斜視図。
図3図1に示す電子ビーム式蒸着ユニットの側面図。
図4】ヒンジ機構及びハースカバーを説明する部分拡大断面図。
図5】(a)は、図1のVa-Va線に沿う部分拡大断面図、(b)は、ハースカバーを回転許容位置に揺動させたときの部分拡大断面図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照して、真空蒸着装置の真空チャンバ内に設置されて、蒸着材料Emを蒸発させて被処理基板に蒸着(成膜)するための本発明の電子ビーム式蒸着ユニットEBの実施形態を説明する。以下では、後述のベースプレート1の面内で互いに直交する方向をX軸方向及びY軸方向とし、また、「上」や「下」といった方向を示す用語を真空チャンバ(図示せず)への設置姿勢で示す図1を基準に説明する。
【0014】
図1図3を参照して、電子ビーム式蒸着ユニットEBは、X軸方向に長手で矩形の輪郭を持つベースブレート1を備える。ベースブレート1には、ハース2と電子ビーム生成源3とがX軸方向前後に並設されている。以降、X軸方向にて電子ビーム生成源3側を「前」、ハース2側を「後」とする。ハース2は、銅などの熱伝導性の良い円柱状部材で構成され、その上面には、同一円周上に位置させて蒸着材料Emの収容凹部21を複数備える。ハース2は、ベースブレート1に設けたハース軸22を介して支持され、大気中に設置される図外のモータを介してハース2がその回転軸線回りに所定の回転角ずつ回転できる。以降、収容凹部21のうち何れかがハース2の中心を通るX軸方向(径方向)で電子ビーム生成源3の直近位置に位相決めされるハース2の位置を照射位置とし、この位置にあるものを第1の収容凹部21aとする。また、ハース2には、特に図示して説明しないが、冷媒(冷却水)の循環路が設けられ、蒸着時には、配管2aを介して冷媒を循環させることでハース2が冷却されるようにしている。
【0015】
電子ビーム生成源3は、フィラメント31とアース電位のアノード板32とを備える。そして、フィラメント31への通電により熱電子が放出され、アノード板32との電位差で熱電子が加速されて電子ビーム(図示せず)が生成されて上方へと引き出される。この引き出された電子ビームは、成形偏向手段4によって所定形状に成形偏向されて、例えばスポット状に成形された電子ビームが第1の収容凹部21aの蒸着材料Emに照射される。成形偏向手段4は、フィラメント31の上方に設けられるポールピース41と、X軸方向前方からその後方への電子ビームの軌道を挟むようにY軸方向に間隔を存して設置される一対のヨーク42を有する。なお、電子ビーム生成源3及び成形偏向手段4としては、公知のものが利用されるため、これ以上の詳細な説明は省略する。ハース2の上面には、例えば銅製で板状のハースカバー5が設けられている。
【0016】
図4も参照して、ハースカバー5には、第1の収容凹部21aのみの露出を可能とする開口部51が開設されている。そして、ハース2の上方を覆う閉姿勢と全ての収容凹部21を露出させる開姿勢との間でハースカバー5を可動にするために、ハース2の中心(回転軸線)を挟んで開口部51と径方向反対側にハース2の上方を覆うハースカバー5のX軸方向後端部分には、本実施形態の可動部及び案内部を兼用するヒンジ機構6が設けられている。ここで、全ての収容凹部21を露出させる開姿勢とは、全ての収容凹部21の上方にハースカバー5が存在しないことを指す。典型的には、図2におけるハースカバー5の開姿勢は後述する起立姿勢であり、ヒンジ機構6が閉姿勢から開姿勢に至る略90度の姿勢変化を許容するように構成されている。これにより、ハースカバー5に最も近い収容凹部21のメンテナンス性も向上させることができる。ヒンジ機構6は、ベースプレート1の後端側に立設した一対の支持体61を有しても良い。各支持体61の上端には、これを貫通してY軸方向にのびるように支持軸62が夫々固定または公知の手法で着脱自在に設置されている。支持軸62は、耐腐食性や真空雰囲気側の放出ガス低減のため、例えばステンレス製である。支持軸62の支持体61への固定方法としては、ねじ止めや、クランプ、ファスナーまたはクリップ(固定に手工具を必要としない方法)を用いることができ、また、接着剤や溶接を用いることもできる。
【0017】
後端側に位置するハースカバー5のY軸方向両側面には、その内方に向けて凹入する凹部63が形成され、凹部63には、支持体61よりハースカバー5のY軸方向中心側に位置する支持軸62の先端部分がシール部材64を介して嵌合している。本実施形態では、シール部材64として2個のOリングを用いているが、これに限定されるものではなく、シリコンまたはフッ素樹脂製のリップシールなどの接触式シールを用いることもできる。なお、必要に応じてOリングまたはリップシールと凹部63との接触面に真空グリスが塗布され、または、2個のOリング間に充填されていても良い。ハースカバー5のY軸方向両側面には、支持軸62を軸支する軸受(転がり軸受)65aを有する軸受箱65が取り付けられ、各支持軸62に軸受65aを介してハースカバー5が揺動自在に取り付けられている。この場合、凹部63内に位置する支持軸62がハースカバー5を揺動させるときの摺動面ともなる場合があるが、摺動面がシール部材64より先端側領域から始まるようにしてもよい。このようにヒンジ機構6は、ハースカバー5を開姿勢から閉姿勢に戻したときにその自重でハースカバー5を正規位置に案内する案内部としての役割及び、ハースカバー5と後述の外部配管とを相対的に揺動自在とする役割を果たす。
【0018】
ハースカバー5が銅製であり、冷媒が介在しても潤滑に問題がある場合には、支持軸62の表面に例えばフッ素樹脂含浸ニッケルメッキが施されていても良い。滑り接触の場合、接触面は長い方が面圧低下するため、これを考慮して支持軸62の長さを定寸すれば良い。なお、面圧がすべり軸受を構成するに十分であれば、前述した支持軸62を軸支する軸受65aおよび軸受箱65の機能(転がり軸受としての機能)は、凹部63と支持軸62とで構成されるすべり軸受に代えることもできる。この場合、ハースカバー5の上面の軸受箱65による突出部が存在しなくなるために、更にメンテナンス性の良い構成とできる。これに加えて、主に面圧を受ける部位をシール部材64よりハースカバー5のY軸方向中心側に位置させる構成とすれば、すべり軸受部で発生した摩耗粉は冷媒側の循環系統によって回収されるようになり、これにより、摩耗粉は外部に漏洩せず、かつすべり面が洗浄されることで軸受としての寿命も向上できる構成とすることができる。
【0019】
また、支持体61には、特に図示して説明しないが、ハース2等への干渉を回避するために、ハースカバー5の揺動範囲を規制するストッパが設けられ、開姿勢では、ハースカバー5が上下方向に起立する姿勢で保持されるようにしている。各支持軸62には、その全長に亘って冷媒としての冷却水の通過を許容する内部通路62aが形成されている。この場合、ハースカバー5内に形成された略V字状の循環通路52が形成され、凹部63内に位置する内部通路62aの部分が循環通路52の流入口52aと流出口52bとに夫々連通している。なお、ストッパによるハースカバー5の開姿勢は、ハース2の複数の収容凹部21の上方に位置しない姿勢であれば良く、前述した起立姿勢以外であっても不都合はなく、干渉を回避する必要がない条件下であれば、ハースカバー5が反転する姿勢(閉姿勢を略0度姿勢とすれば、略180度程度に開いた姿勢)まで揺動させ保持させてもよい。このようにすれば、図2の状態における後側から作業員がメンテナンスする際であっても容易に実施できる。
【0020】
支持体61からY軸方向外方に突出する各支持軸62の端部にはナット部材62bが設けられている。そして、図外のチラーユニットからのびる図示省略の外部配管を、ナット部材62bを介して各支持体61に夫々接続することで、循環通路52内を循環する冷却水によりハースカバー5を冷却することができる。外部配管の接続の固定方法はこれに限られず、ホースバンドやコネクタ方式を採用しても良い。外部配管としては、蒸着時の周辺温度を考慮して、例えば、可撓性を持つ金属製のホースが用いられるが、これに限定されるものではない。いずれの固定方法、外部配管であってもヒンジ機構6によってハースカバー5の揺動に伴うねじれ応力が加わらず(支持体61へ固定されている際は、当該接続部は回転しない)、冷媒の漏洩を伴う故障の発生確率は低下しており、交換頻度や点検頻度の面でメンテナンス性の向上が実現されている。また、循環通路52が存するハースカバー5の下面部分には、軟磁性材料製の磁性板71と磁性板71のY軸方向両側に取り付けられる磁石72とを備える磁気回路7が配置されている。これにより、照射位置に存する第1の収容凹部21a内の蒸着材料Emに電子ビームを照射したときに生ずる所謂反射電子をハースカバー5で捕捉できる。なお、冷媒による冷却の効果は反射電子の効率的補足だけでなく、磁石72が熱によって減磁することを防止する効果もある。
【0021】
図5も参照して、ハースカバー5の前側下面には、開口部51の周囲に位置させて環状の突壁部53が設けられている。これに対応させて、ハース2の前側上面には、第1の収容凹部21aの周囲に位置させて突壁部53を受け入れる環状の受入溝23が形成されている。そして、開口部51と収容凹部21aとが上下方向で合致するハースカバー5の位置を正規位置として、ハースカバー5を揺動させて開姿勢から閉姿勢に戻したときにその自重で突壁部53が受入溝23内に没入する(受け入れられる)ことで、飛散防止用のシール構造を形成している。この自重で突壁部53が受入溝23内に没入する構成を案内部とする場合は、壁および溝の接触部を斜面となるような断面形状として案内させても良い。これにより、ハース2に対するハースカバー5の位置精度を向上させることができる。本実施形態では、突壁部53の高さは、例えば、閉姿勢にてその下端部が受入溝23の底部に当接するように設定されているが、その下端部が受入溝23に当接せずに、ラビリンスシール構造を形成するようにしてもよい。なお、図1及び図5(a)で説明されるハースカバー5の閉姿勢は、可動部および案内部であるヒンジ機構6とハースカバー5の自重とハース2の受入溝23の底部からの反力で構成され、静止状態である。ラビリンスシール構造を形成する場合は、後述する押圧ロッドがその反力を受け、また、受圧部材81をラビリンスに必要な距離が保たれる位置で静止状態となるように構成すれば良い。
【0022】
ところで、上記のように突壁部53が受入溝23に侵入するようにした場合、突壁部53が受入溝23に干渉してハース2を回転させることができない。本実施形態では、ハースカバー5の下面に上方への押圧力を加えて、ハース2の回転を許容する回転許容位置にハースカバー5を揺動させる押圧手段8を設けている(図3参照)。押圧手段8は、ハースカバー5の前側下面に取り付けた受圧部材81と、受圧部材81に対して上方への押圧力を加えるエアシリンダ82とで構成される。そして、図5(a)に示すハースカバー5の閉姿勢から、エアシリンダ82の押圧ロッドにより受圧部材81を介してハースカバー5の前側を押し上げると、図5(b)に示す突壁部53が受入溝23から脱離した回転許容位置にハースカバー5が揺動する。これにより、ハース2の回転が可能になる。なお、ハースカバー5が閉姿勢及び回転許容位置にあることを夫々検知できるように、検知手段として2個のマイクロスイッチMsを配置している。なお、ハースカバー5はヒンジ機構6にて確定される回転軸を中心として揺動し、案内部としての機能により閉姿勢における開口部51と収容凹部21との相対位置関係が保たれると共に、軸受および接触式シールが用いられていることから、このハース2の回転毎に発生する揺動に伴うねじれ応力は外部配管系統へ伝達されない。つまり、生産運転に起因した冷媒の漏洩を伴う故障の発生確率は低下するため、交換頻度や点検頻度の面でメンテナンス性の向上が実現される。
【0023】
以上の実施形態によれば、閉姿勢と開姿勢との間でハースカバー5を可動にする構成が実現され、ハースカバー5の開姿勢では、全ての収容凹部21が露出するため、ハース2を殊更回転させ、または、ハースカバー5をいちいち取り外すことなく、蒸着材料Emの充填作業やハース2に対するメンテナンス作業を容易に実施でき、その作業性を著しく向上できる。しかも、案内部と検知手段により、ハースカバー5を開姿勢から閉姿勢に戻すだけで、蒸着材料Emの充填作業やハースに対するメンテナンス作業の完了を確認できる。また、ハースカバー5の閉姿勢にて突壁部53と受入溝23とでシール構造を形成することで、電子ビームの照射によって、第1の収容凹部21a内の蒸着材料Emを蒸発させたときに、この蒸着したものがハース2とハースカバー5との間の隙間を通して他の収容凹部21へと回り込むことが可及的に抑制される。その結果、蒸着材料Emのコンタミネーションをより一層抑制することができる。しかも、ハースカバー5の揺動時、支持軸62に接続される外部配管には何らの応力が加わることがないため、ハースカバー5の繰り返し揺動で外部配管が破損(冷媒が漏洩する)するといった不具合も生じない。
【0024】
以上、本発明の実施形態について図面を参照して説明したが、本発明の技術思想の範囲を逸脱しない限り、種々の変形が可能である。上記実施形態では、可動部及び案内部としてハースカバー5を揺動させるヒンジ機構6を例に説明したが、開姿勢と閉姿勢との間でハースカバー5を移動できるものであれば、可動部がこれに限定されるものではない。例えば、公知の機構を用いてハースカバー5をその同一平面内で平行移動できるように構成してもよい。他方、案内部としては、開姿勢から閉姿勢に戻したときにハースカバー5を正規位置に案内できるものであれば、特に制限はなく、例えば、ガイドピン、インローや磁気手段といったもので構成することもできる。また、特に図示して説明しないが、閉姿勢へとハースカバー5を揺動させるときに、突壁部53と受入溝23とを係合させ、または、受圧部材81とエアシリンダ82の駆動軸とが係合することで案内部が構成されるようにしてもよい。この場合、案内部がハース2の上面より重力方向で下に存在するため、摺動粉が蒸着材料に混入する確率が下がる効果がある。なお、受入溝23の溝の底面は、隣接する夫々の収容凹部21の受入溝23に至る底面を持つ溝形状が含まれても良い。つまり、収容凹部21の周囲に凸部のみを有する形状も受入溝23の技術的思想に含まれる。
【0025】
また、可動部または案内部としてのヒンジ機構6は、一対の支持体61を有して支持軸62が夫々固定あるいは公知の手法で着脱自在に設置されるとしたが、案内部としての機能を保持できるのであれば、これに限らず、支持軸62の支持体61への固定方法としてハースカバー5の自重のみによって設置(固定)される方法が採用されても良い。自重を用いて支持軸62と支持体61との相互位置関係を保持する方法(案内部として機能する方法)としては、前述したガイドピン、インローや磁気手段、これらに加えてくさび効果を併用した設置手段といったもので構成することが例として挙げられる。当然ではあるが、押圧手段によってハースカバー5の下面に上方への押圧力が加えられた際(回転許容位置に至る区間でのハースカバー5の揺動動作)にて、可動部及び案内部として機能する程度以上のハースカバー5の自重を有しているとする。このようにハースカバー5の自重のみによって設置する構成とすれば、作業員はメンテナンス時にハースカバー5へ自重程度の力を及ぼすのみで自在に開姿勢とする(加えて、開姿勢に至る自由度が、支持体61に固定されたヒンジ機構6に基づくことなく決定できる姿勢となることも利点となる)ことで全ての収容凹部21を容易に露出できると共に、ヒンジ機構6により外部配管へはねじれ応力を付与させずにハースカバー5を開姿勢とできることで、よりメンテナンス性を向上させた構成とすることができる。この構成の場合、ハースカバー5が閉姿勢(正規の状態)であることを検知する手段であるマイクロスイッチMsは、第1の収容凹部21aの蒸着材料Emに照射する電子ビームのインターロック信号としても活用され、メンテナンス時におけるヒューマンエラーを防止可能な構成とすることができる。なお、ハースカバー5の自重とは、作業員のメンテナンス性を阻害しない範囲で、機構や磁力などで自重を増加させた構成も含まれる。
【0026】
上記実施形態では、ハース2に受入溝23を設けると共に、ハースカバー5に突壁部53を設けてなる飛散防止用のシール構造によって蒸着材料Emのコンタミネーションを抑制しているが、これに限定されるものではない。例えば、ハース2またはハースカバー5に突壁部53のみを設け、閉姿勢では、ハース2またはハースカバー5に設けた突壁部53が、これに対面するハース2の上面またはハースカバー5の下面に当接または近接させるようにしてもよい。この場合、ハース2の上面に存する収容凹部21の周囲の突壁部53の高さ(上方方向距離)は図5(a)の状態においてハースカバー5の突壁部53が直視不能となる相対高さ以上とすることが好ましい。具体例としては、収容凹部21の突壁部53の高さを図5(a)のハースカバー5の開口部51の下面方向に存する円筒部の上方位置と同程度の高さとすることで、ハースカバー5の下面からの相対高さを確保すれば良い。これにより、蒸着材料Emを蒸発させたときに、この蒸着したものがシール構造へと回り込むことが可及的により抑制される。また、閉姿勢や回転許容姿勢を検知するためにマイクロスイッチMsを設けたものを例に説明したが、これに限定されるものではなく、他の公知の検出手段を用いることもできる。
【0027】
上記実施形態では、ハースカバー5を揺動自在に支持するヒンジ機構6として、支持体61と支持軸62とを持つものを例に説明したが、これに限定されるものではない。例えば、支持体61が、ハースカバー5を支持する剛性を持つ冷却水用配管で構成されていてもよい。また、上記実施形態では、全ての収容凹部21を露出させる開姿勢を全ての収容凹部21の上方にハースカバー5を存在させないことでメンテナンス性を向上させることができるとしたが、ハース2の脱着作業が必要なメンテナンス作業にも本構成は効果を奏する。これは、一般的にハース2の脱着作業時に上下方向の作業スペースを必要とすると共に、水平方向は障害物が存在しているためである。この目的を兼ねる場合は、ハースカバー5の開姿勢はハース2との干渉を避ける目的で、ハース2の上方にハースカバー5を存在させない状態が可能な構成であることが好ましい。
【符号の説明】
【0028】
EB…電子ビーム式蒸着ユニット、Em…蒸着材料、1…ベースプレート、2…ハース、21…収容凹部、3…電子生成源、4…成形偏向手段、5…ハースカバー、52…循環通路、51…開口部、52a…流入口、52b…流出口、6…ヒンジ機構(可動部及び案内部)、61…支持体、62…支持軸、62a…内部通路、65a…軸受、53…突壁部(シール構造を形成する要素)、8…押圧手段。



【要約】
【課題】蒸着材料Emの収容凹部21を複数備えるハース2と電子ビーム生成源3と電子ビームの成形偏向手段4とハースカバー5とを備える電子ビーム式蒸着ユニットにて、蒸着材料Emの充填作業やハース2に対するメンテナンス作業を容易に実施できるようにする。
【解決手段】ハースの上方を覆う閉姿勢と全ての収容凹部を露出させる開姿勢との間でハースカバーを可動にする可動部6と、ハースカバーを開姿勢から閉姿勢に戻したときに、ハースカバーの開口部51と何れかの収容凹部21とが上下方向で合致する正規位置にその自重でハースカバー案内する案内部6とを更に備える。
【選択図】図3

図1
図2
図3
図4
図5