(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-18
(45)【発行日】2024-01-26
(54)【発明の名称】SiCインゴット及びSiCインゴットの製造方法
(51)【国際特許分類】
C30B 29/36 20060101AFI20240119BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20240119BHJP
C30B 23/02 20060101ALI20240119BHJP
H01L 21/203 20060101ALI20240119BHJP
【FI】
C30B29/36 A
C23C14/06 B
C30B23/02
H01L21/203 Z
(21)【出願番号】P 2017246784
(22)【出願日】2017-12-22
【審査請求日】2020-09-25
【審判番号】
【審判請求日】2023-01-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】株式会社レゾナック
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【氏名又は名称】荒 則彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100137017
【氏名又は名称】眞島 竜一郎
(72)【発明者】
【氏名】金田一 麟平
(72)【発明者】
【氏名】藤川 陽平
(72)【発明者】
【氏名】奥野 好成
【合議体】
【審判長】宮澤 尚之
【審判官】河本 充雄
【審判官】松井 裕典
(56)【参考文献】
【文献】特表2010-510946(JP,A)
【文献】特開2015-003850(JP,A)
【文献】特開2007-320814(JP,A)
【文献】米国特許第6780243(US,B1)
【文献】特開2006-248825(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 1/00-35/00
H01L21/203
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コア部と、
前記コア部の成長方向の表面のみに形成され、前記コア部の厚さよりも薄い表面層と、を備え、
前記表面層の線膨張係数は、前記コア部の線膨張係数より小さ
く、
前記表面層の窒素濃度が前記コア部の窒素濃度よりも高い、SiCインゴット。
【請求項2】
前記表面層の線膨張係数が、前記コア部の線膨張係数よりも0.1ppm/℃以上小さい、請求項1に記載のSiCインゴット。
【請求項3】
前記表面層のドーパント濃度が前記コア部のドーパント濃度の1.5倍以上である、請求項1
又は2に記載のSiCインゴット。
【請求項4】
前記表面層の厚みが0.3mm以上である、請求項1~
3のいずれか一項に記載のSiCインゴット。
【請求項5】
種結晶の一面にコア部となる単結晶を成長させる第1工程と、
前記コア部の前記種結晶と反対側の面のみに、前記第1工程より
窒素ガスの濃度が高い雰囲気で表面層を成長させ、コア部と、コア部よりも
窒素濃度が高く前記コア部の厚さよりも薄い表面層を備えたSiCインゴットを作製する第2工程と、
前記第2工程の後に、作製されたSiCインゴットを冷却する第3工程と、を有する、SiCインゴットの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、SiCインゴット及びSiCインゴットの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭化珪素(SiC)は、シリコン(Si)に比べて絶縁破壊電界が1桁大きく、バンドギャップが3倍大きい。また、炭化珪素(SiC)は、シリコン(Si)に比べて熱伝導率が3倍程度高い等の特性を有する。炭化珪素(SiC)は、パワーデバイス、高周波デバイス、高温動作デバイス等への応用が期待されている。
【0003】
半導体等のデバイスには、SiCウェハ上にエピタキシャル膜を形成したSiCエピタキシャルウェハが用いられる。SiCウェハ上に化学的気相成長法(Chemical Vapor Deposition:CVD)によって設けられたエピタキシャル膜が、SiC半導体デバイスの活性領域となる。SiCウェハは、SiCインゴットを加工して得られる。
【0004】
SiCインゴットは、種結晶に昇華再結晶法等の方法で結晶成長を行うことで得られる。特許文献1には、表面の窒素濃度が低いSiCインゴットが記載されている。単結晶と表面層の応力を適正化することで、クラックの発生を抑制できることが特許文献1に記載されている。
【0005】
また特許文献2には、インゴット内部に異種元素含有層を有するSiCインゴットが記載されている。異種元素含有層を設けることで、SiC単結晶のポリタイプを制御できることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2006-248825号公報
【文献】特開2003-104799号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
SiCウェハのキラー欠陥の一つとして、基底面転位(BPD)がある。SiCウェハのBPDの一部はSiCエピタキシャルウェハにも引き継がれ、デバイスの順方向に電流を流した際の順方向特性の低下の要因となる。BPDは、基底面において生じるすべりが発生の原因の一つであると考えられている欠陥である。特許文献1及び2にSiCインゴットは、BPDが十分抑制されていない。
【0008】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、原子配列面の湾曲方向の異方性が緩和されたSiCインゴット及びその製造方法で作製されたSiCインゴットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述のようにBPDは、基底面において生じるすべりが発生の原因の一つである。BPDの発生を抑制するためには、原子配列面(格子面)に無理な応力が加わらないことが重要である。そこで、SiCインゴットに加わる応力を制御できる方法を見出した。SiCインゴットに加わる応力を制御することで、原子配列面の湾曲方向の異方性を緩和できることを見出した。
すなわち、本発明は、上記課題を解決するために、以下の手段を提供する。
【0010】
(1)第1の態様にかかるSiCインゴットは、コア部と、前記コア部の成長方向の表面に形成された表面層と、を備え、前記表面層の線膨張係数は、前記コア部の線膨張係数より小さい。
【0011】
(2)上記態様にかかるSiCインゴットは、前記表面層の線膨張係数が、前記コア部の線膨張係数よりも0.1ppm/℃以上小さくてもよい。
【0012】
(3)上記態様にかかるSiCインゴットは、前記表面層のドーパント濃度が前記コア部のドーパント濃度よりも高くてもよい。
【0013】
(4)上記態様にかかるSiCインゴットは、前記表面層のドーパント濃度が前記コア部のドーパント濃度の1.5倍以上であってもよい。
【0014】
(5)上記態様にかかるSiCインゴットにおいて、前記表面層及び前記コア部にドーパントされた元素が窒素又はアルミニウムであってもよい。
【0015】
(6)上記態様にかかるSiCインゴットにおいて、前記表面層の厚みが0.3mm以上であってもよい。
【0016】
(7)第2の態様にかかるSiCインゴットの製造方法は、種結晶の一面にコア部となる単結晶を成長させる第1工程と、前記コア部の前記種結晶と反対側の面に、前記第1工程よりドーパントガスの濃度が高い雰囲気で表面層を成長する第2工程と、前記第2工程の後に、作製されたSiCインゴットを冷却する第3工程と、を有する。
【発明の効果】
【0017】
上記態様にかかるSiC単結晶の製造方法によれば、原子配列面の湾曲方向が等方的になる。原子配列面の湾曲方向が等方的になると、BPD密度を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本実施形態にかかるSiCインゴットの製造方法の断面模式図である。
【
図2】表面層が形成されたSiCインゴットの断面模式図である。
【
図3】表面層を有するSiCインゴットの径方向における応力分布のシミュレーションの結果である。
【
図4】SiCインゴットを平面視中心を通る第1の方向に延在する直線に沿って切断した切断面の模式図である。
【
図5】原子配列面の形状を模式的に示した図である。
【
図6】原子配列面の形状を模式的に示した図である。
【
図7】SiCインゴットの表面層の厚みと、コア部の線膨張率に対する表面層の線膨張率の差と、を変更した場合に、外周部の中央部に対する収縮度合いの変化を求めた結果である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本実施形態について、図を適宜参照しながら詳細に説明する。以下の説明で用いる図面は、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などは実際とは異なっていることがある。以下の説明において例示される材質、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0020】
本実施形態にかかるSiCインゴットは、第1工程、第2工程及び第3工程の3つの工程に大別される。第1工程では、種結晶上にコア部となる単結晶を成長させる。第2工程では、単結晶の一面に表面層を成長させる。最後に、第3工程では、作製したSiCインゴットを冷却する。以下各工程について具体的に説明する。
【0021】
図1は、本実施形態にかかるSiCインゴットの製造方法の断面模式図である。
図1では、理解を容易にするために、原料G、種結晶S及び単結晶Cを同時に図示している。
図1に示すSiCインゴットの製造装置100は、坩堝10とコイル20とチャンバー30とを備える。
【0022】
坩堝10は内部に空間を有する。坩堝10の内底面には、原料Gが充填される。坩堝10に充填される原料Gと対向する位置には、台座11が設置されている。台座11は、種結晶Sが設置される部分である。例えば台座11は、原料G側から見て中央の位置に、円柱状に原料Gに向かって突出している。台座11には、黒鉛等の炭素材料を用いることができる。
【0023】
コイル20は、坩堝10の外周を覆っている。コイル20の内部に電流を通電すると、コイル20は坩堝10を加熱する。
【0024】
チャンバー30は、坩堝10の周囲を覆う。チャンバー30は、ガス導入口31とガス排出口32とを備える。ガス導入口31は、アルゴンガスやドーパントガス等をチャンバー30内に供給する。ガス排出口32は、チャンバー30内からこれらのガスを排出する。チャンバー30には、石英、ステンレス等の高真空度を保つことができる材料を用いることができる。
【0025】
SiCインゴットの製造方法について、
図1に例示した製造装置100を用いて具体的に説明する。
【0026】
第1工程では、種結晶S上にコア部となる単結晶Cを成長させる。単結晶Cは公知の昇華法等を用いて作製する。チャンバー30内のガスをガス排出口32から排出し、ガス導入口31からアルゴンガスをチャンバー内に供給する。これと同時にコイル20に電流を流す。コイル20は坩堝10を加熱する。坩堝10内には、原料Gから種結晶Sに向けて温度勾配が形成される。加熱により坩堝10内の原料Gの温度は2400℃~2600℃程度になる。原料Gから昇華した昇華ガスは、温度勾配に従って種結晶Sの表面で再結晶化し、単結晶Cが得られる。単結晶Cの成長時に、ガス導入口31からドーパントガスを同時に供給してもよい。例えば、ガス導入口31から窒素ガスを供給すると、窒素ガスの一部は坩堝10内に侵入し、単結晶Cに取り込まれる。この場合、単結晶Cはn型のSiCインゴットとなる。
【0027】
次いで第2工程では、単結晶Cの原料G側の面に表面層を形成する。表面層は、例えばチャンバー30内のドーパントガスの濃度を高くすることで得られる。チャンバー30内のドーパントガスの濃度を高めると、坩堝10内に侵入するガス量が増え、結晶に取り込まれるドーパント量が増える。
【0028】
表面層に添加するドーパント元素として、例えば窒素、ボロン、アルミニウム、等を用いることができる。ドーパント元素が窒素の場合は、ガス量の制御でドーパント濃度を調整できる。ドーパント元素がアルミニウムの場合は、アルミニウムは固体原料として坩堝10内に導入されるため、アルミニウムと単結晶Cとの距離を変動させる。例えば、原料Gの中央部に上下方向に可動できる可動部を設け、その可動部の上にアルミニウムを設置する。
【0029】
最後に第3工程として、表面層が形成された単結晶Cを冷却する。冷却は、コイル20への通電を止めることで行われる。コイル20への通電時の坩堝10の温度は2000℃を超えるため、通電を止めるだけで坩堝10内の単結晶Cは冷却される。
【0030】
図2は、表面層が形成されたSiCインゴットの断面模式図である。
図2において上方向が結晶成長方向であり、
図1における単結晶Cと上下方向が反転している。SiCインゴット1は、コア部C(単結晶C)と表面層C1とを備える。コア部Cと表面層C1はポリタイプが同一であり、いずれも4Hであることが好ましい。
【0031】
表面層C1は、コア部Cよりドーパント濃度が高い。ドーパント濃度の高い表面層C1は、コア部Cより線膨張係数が小さい。線膨張係数の小さい表面層C1を備えるSiCインゴット1は、冷却時(第3工程時)に外周が優先的に収縮する。
【0032】
図3は、表面層を有するSiCインゴットの径方向における応力分布のシミュレーションの結果である。
図3におけるy方向が結晶成長方向であり、左端がSiCインゴットの中央に対応する。
図3に示す結果は、ANSYS Mechanicalを用い、有限要素法により算出した。SiCインゴットのコア部Cは直径160mm、高さ30mmとし、表面層C1の厚みを1mmとした。そしてSiCインゴットを2000℃から室温まで冷却したものとして、x方向に加わる垂直応力(MPa)を求めた。冷却前のSiCインゴット内の温度は、x方向で均一とした。この結果を基に応力分布図を作製した。このシミュレーションは、SiCインゴットの中央部と外周部の温度差がないものとして行った。中央部と外周部の温度差とは、インゴットの中心とインゴットの外周端の間の温度差である。
【0033】
インゴットを冷却する第3工程では、クラックの発生を抑制する為に、外周部と中央部の温度差を形成しないように冷却する。温度差を形成しないとは、中央部と外周部の温度差を±20℃以下とすることである。第3工程では、中央部が外周部より高温にならないようにすることが好ましく、中央部に対する外周部の温度差は0℃以上であることが好ましい。また、中央部に対する外周部の温度差は20℃以下であることが好ましく、10℃以下であることがより好ましく、5℃以下であることがさらに好ましい。冷却時に中央部と外周部との温度差が大きいと、温度差による影響が加わり、各部分に加わる応力が複雑化する。
【0034】
図3に示すように、線膨張係数が小さい表面層C1には圧縮応力が加わっている。これに反発する形で、コア部Cの大部分(図視一点鎖線で囲まれる領域R1)には引っ張り応力が加わっている。一方でコア部Cの外周部(図視二点鎖線で囲まれる領域R2)には圧縮応力が加わっている。つまり、SiCインゴット1の中央部は表面層C1の影響により収縮が妨げられている(引張応力が加わる)のに対し、SiCインゴット1の外周部は表面層C1の影響をあまり受けず収縮している(圧縮応力が加わる)。
【0035】
冷却時にSiCインゴット1の中央部に引張り応力が発生し、外周部に圧縮応力が発生すると、SiCインゴット1の外周部は中央部より相対的に収縮する。冷却時にSiCインゴット1の外周部が中央部より相対的に収縮すると、原子配列面の湾曲方向が等方的になる。この理由について説明する。
【0036】
まず原子配列面について説明する。
図4は、SiCインゴット1を平面視中心を通る第1の方向に延在する直線に沿って切断した切断面の模式図である。
図4では、第1の方向を[1-100]としている。
図4に示すように、SiC単結晶の切断面をミクロに見ると、複数の原子Aが配列した原子配列面2が形成されている。切断面における原子配列面2は、切断面に沿って配列する原子Aを繋いで得られる切断方向と略平行な方向に延在する線として表記される。
【0037】
原子配列面2の形状は、SiCインゴット1の最表面の形状によらず、切断面の方向によって異なる場合がある。
図5及び
図6は、原子配列面2の形状を模式的に示した図である。
図5に示す原子配列面2は、原子配列面2は、[1-100]方向と[1-100]方向に直交する[11-20]方向とで湾曲方向が一致しており、原子配列面の湾曲方向が等方的である。これに対し、
図6に示す原子配列面2は、所定の切断面では凹形状、異なる切断面では凸形状の鞍型である。つまり、
図6に示す原子配列面2は、[1-100]方向と[1-100]方向に直交する[11-20]方向とで湾曲方向が異なり、原子配列面の湾曲方向に異方性がある。
【0038】
図6に示す様に[1-100]方向原子配列面と[11-20]方向原子配列面とが異なる方向に湾曲すると、原子配列面2が歪む。原子配列面2が歪むと、温度変化が生じた際に複数の方向に応力が発生し、原子配列面2にひずみが生じやすくなる。BPDは、原子配列面に沿って原子がすべることにより生じる。原子配列面2のひずみは、結晶面の滑りを誘起し、BPDの原因となりうると考えられる。一方、
図5に示す様に[1-100]方向原子配列面と[11-20]方向原子配列面とがいずれも同一方向に湾曲したSiC単結晶1を用いると、温度変化が生じても応力は一様であり、そのSiC単結晶1上に結晶成長した結晶成長部におけるBPD密度は高くなりにくい。
【0039】
言い換えると原子配列面の湾曲方向に異方性があると、原子配列面に無理な応力が加わる。原子配列面の湾曲方向に異方性があると、様々な方向に原子のすべりが起きる可能性が高まる。つまり、結晶成長時にいずれかの方向に僅かな応力が生じただけで、BPDが発生してしまう。
【0040】
原子配列面2の湾曲方向が等方的となるか異方的となるかは、SiCインゴット1の冷却時の収縮状態によって決まる。冷却前のSiCインゴット1の外周部の温度が中央部より高温の場合、外周部が中央部より相対的に大きく収縮する。原子配列面2は、中央部の収縮量と外周部の収縮量の違いを緩和する方向に歪む。外周部が中央部より相対的に大きく収縮すると、原子配列面2が平坦だとした場合の規定円4の円周より原子配列面2の外周3の円周は短くなる(
図5参照)。つまり、原子配列面2が規定円4に対して凸方向又は凹方向に等方的に湾曲する。
【0041】
これに対し、冷却前のSiCインゴット1の中央部の温度が外周部より高温の場合、中央部が外周部より相対的に大きく収縮する。原子配列面2は、中央部の収縮量と外周部の収縮量の違いを緩和する方向に歪む。中央部が外周部より相対的に大きく収縮すると、原子配列面2が平坦だとした場合の規定円4の円周より原子配列面2の外周3の円周は長くなる(
図6参照)。つまり、原子配列面2が規定円4に対して異方性をもって湾曲する。
【0042】
上述のように、本実施形態にかかるSiCインゴット1は表面層C1を備えるため、外周部は中央部より相対的に収縮する。すなわち、表面層C1が存在すると、原子配列面2が等方的に湾曲する方向に応力が加わる。つまり、冷却前のSiCインゴット1の中央部の温度が外周部より高温の場合でも、原子配列面2の湾曲方向の異方性が緩和される。
【0043】
図7は、SiCインゴット1の表面層C1の厚みと、コア部Cの線膨張率に対する表面層の線膨張率の差と、を変更した場合に、外周部の中央部に対する収縮度合いの変化を求めた結果である。
図7の結果は、ANSYS Mechanicalを用い、有限要素法により算出した。検討の条件は、
図3において応力分布を測定した際と同様とした。
【0044】
図7の横軸は表面層C1の厚みであり、
図7の縦軸のαは収縮度合いの指標である。SiCインゴット1に応力が生じない場合は、αは1となる。αが1より大きくなるほど、外周部が中央部より相対的に収縮する。また
図7に示す線膨張係数差(ppm/℃)は、コア部Cの線膨張率から表面層C1の線膨張率を引いた値である。
【0045】
αは、以下の関係式(1)で表される。
α=(Δr
1/r
1)/(Δr
2/r
2) ・・・(1)
ここでΔr
1はSiCインゴット1の中央部の収縮変位であり、r
1はSiCインゴット1の中央部の測定点とSiCインゴット1の中心軸との距離であり、Δr
2はSiCインゴット1の外周部の収縮変位であり、r
2はSiCインゴット1の外周部の測定点とSiCインゴット1の中心軸との距離である。
図7では、中央部の測定点を中心軸から2mmの位置とし、外周部の測定点を中心軸から80mmの位置とした。
【0046】
図7に示すように、表面層C1の厚みが同一の場合、線膨張係数の差が大きいほどαの値は大きくなる。また線膨張係数が同一の場合、表面層C1の厚みが厚いほどαの値は大きくなる。すなわち、線膨張係数差が大きく、表面層C1の厚みが厚いほど、原子配列面2の湾曲方向の異方性は解消される。
【0047】
表面層C1とコア部Cとの線膨張係数差は、冷却時の温度域(室温から2000℃程度)の最大値として、0.1ppm/℃以上であることが好ましく、0.2ppm/℃以上であることがより好ましい。
【0048】
また表面層C1の厚みは、0.3mm以上が好ましく、0.5mm以上であることがより好ましい。なお表面層C1の厚みは、SiCインゴット1の中心軸から外周方向に等間隔に5点測定した結果の平均値である。
【0049】
表面層C1のドーパント濃度はコア部Cのドーパント濃度の1.5倍以上であることが好ましい。また表面層C1のドーパント濃度は、1×1019/cm3以上であることが好ましく、コア部Cのドーパント濃度は、1×1019/cm3未満であることが好ましい。
【0050】
以上、本発明の好ましい実施の形態について詳述したが、本発明は特定の実施の形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲内に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
【0051】
例えば、上述のSiCインゴットの製造方法は、昇華法の場合を例に説明したが、昇華法以外のガス法、溶液法を用いてSiCインゴットを作製してもよい。ガス法の場合は、昇華法と同様にドーパントガスの濃度を変化させることで、表面層を作製できる。溶液法の場合は、雰囲気圧力を増加させることで、表面層を作製できる。
【実施例】
【0052】
(実施例1)
直径160mmのSiCインゴットを作製するために、種結晶を準備した。まず種結晶の原子配列面の湾曲量を直交する2方向([1-100]方向と[11-20]方向)で測定した。原子配列面の湾曲量d1は、原子配列面の成長方向における上端と下端との距離である(
図4参照)。原子配列面の湾曲量は、X線回折(XRD)により測定した。測定する面は測定する方向に応じて決定され、測定方向[hkil]に対して、測定面は(mh mk mi n)の関係を満たす。
【0053】
次いで、
図1に示す製造装置と同様の装置を用いて、種結晶上にコア部となる単結晶を成長させた。ガス導入口からは、アルゴンガス中に窒素を16%混合した混合ガスを供給した。全成長時間の最後の3%の時間を、アルゴンガス中における窒素濃度を55%とした。そして、成長量30mm、直径6インチのコア部と、その表面に1mm厚で形成された表面層と、を有するSiCインゴットが得られた。
【0054】
SiCインゴットの原子配列面の湾曲量を直交する2方向([1-100]方向と[11-20]方向)で測定した。第1の方向における湾曲量と、第2の方向における湾曲量の差は14μmであった。これらの湾曲量の差は、種結晶で測定した結果から7μm小さくなった。すなわち、原子配列面の湾曲方向の異方性が小さくなった。
【0055】
(比較例1)
比較例1は、成長時間の最後の5時間において、アルゴンガス中における窒素濃度を変更しなかった点が実施例1と異なる。つまり、コア部の表面には表面層は形成されていない。
【0056】
そして実施例1と同様に、SiCインゴットの原子配列面の湾曲量を直交する2方向([1-100]方向と[11-20]方向)で測定した。第1の方向における湾曲量と、第2の方向における湾曲量の差は33μmであった。これらの湾曲量の差は、種結晶で測定した結果から15μm大きくなった。すなわち、原子配列面の湾曲方向の異方性が大きくなった。
【0057】
実施例1および比較例1で得られたインゴットをスライスし、基板加工を実施した。それぞれのインゴットから取得した基板について、溶融KOHエッチングを実施し、転位密度を計測した。BPDの数密度は、実施例1の基板では520/cm2、比較例1の基板では1665/cm2となった。
【符号の説明】
【0058】
1 SiCインゴット
3 外周
4 規定円
10 坩堝
11 台座
20 コイル
30 チャンバー
31 ガス導入口
32 ガス排出口
100 製造装置
C 単結晶
C1 表面層
S 種結晶
G 原料
R1、R2 領域