(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-22
(45)【発行日】2024-01-30
(54)【発明の名称】透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法
(51)【国際特許分類】
G01N 1/06 20060101AFI20240123BHJP
G01N 1/28 20060101ALI20240123BHJP
G01N 1/32 20060101ALI20240123BHJP
H01J 37/20 20060101ALI20240123BHJP
H01J 37/305 20060101ALI20240123BHJP
H01J 37/317 20060101ALI20240123BHJP
【FI】
G01N1/06 H
G01N1/28 F
G01N1/32 B
H01J37/20 Z
H01J37/305 A
H01J37/317 D
(21)【出願番号】P 2020088528
(22)【出願日】2020-05-21
【審査請求日】2023-01-05
(31)【優先権主張番号】P 2019097761
(32)【優先日】2019-05-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(72)【発明者】
【氏名】高橋 悟
【審査官】中村 圭伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-047053(JP,A)
【文献】特開2006-098189(JP,A)
【文献】特開2013-195265(JP,A)
【文献】特開平06-132001(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0255248(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/00 - 1/44
H01J 37/00 - 37/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
透過電子顕微鏡の試料ホルダーに装填可能なシートメッシュ
を樹脂離型部材または樹脂吸収部材の上に載置した後、前記シートメッシュに設けられた穴部へ、粉体試料と樹脂とを含む組成物を充填し、前記樹脂を硬化させて硬化試料を得る工程と、
前記硬化試料のシートメッシュの側面がイオンガンに相対するようにイオンミリング加工装置へ装填する工程と、
前記シートメッシュに設けられた穴部から盛り上がった組成物へアルゴンイオン流を照射して、当該穴部から盛り上がった部分の組成物を研削する前処理工程と、
前記前処理を受けた硬化試料へアルゴンイオン流を照射して、前記組成物を透過電子顕微鏡による測定に適した厚みまでに薄片化する工程を、有することを特徴とする透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法。
【請求項2】
前記樹脂として、粉体試料との混合時に液体もしくはゲル状であり、前記シートメッシュに設けられた穴部へ充填後は、常温硬化、加熱硬化、またはUV硬化する樹脂を用いることを特徴とする請求項1に記載の透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法。
【請求項3】
前記樹脂離型部材として、フッ素樹脂またはシリコーン樹脂を用いることを特徴とする
請求項1または2に記載の透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法。
【請求項4】
前記樹脂吸収部材として、紙材を用いることを特徴とする
請求項1または2に記載の透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法。
【請求項5】
前記樹脂として、硬化後に光を透過する樹脂を用いることを特徴とする
請求項1から4のいずれかに記載の透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法。
【請求項6】
前記シートメッシュとして一穴のシートメッシュを用いることを特徴とする
請求項1から5のいずれかに記載の透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法。
【請求項7】
前記樹脂として、エポキシ樹脂を用いることを特徴とする
請求項1から6のいずれかに記載の透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法。
【請求項8】
前記粉体試料を、樹脂に対して体積比で1:1以上混合することを特徴とする
請求項1から7のいずれかに記載の透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法。
【請求項9】
前記シートメッシュとして、厚さが10μm以上50μm以下のものを用いることを特徴とする
請求項1から8のいずれかに記載の透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は透過電子顕微鏡(本発明において「TEM」と記載する場合がある。)にて粉末の断面を観察する際に用いられる透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
エレクトロニクス産業の発達により、当該分野で使用される各種の材料粉末についてもその物性、変化の状態等について精密な情報が求められるようになった。こうした情報を得る手段としてTEMによる観察は有効な手段であると考えられている。
ここで、各種の粉末試料をTEMにより観察する際には、当該粉末試料をTEM観察用試料とすることが求められる。
具体的には、当該粉末試料と適宜な樹脂(エポキシ樹脂等が好ましい。)とを混練し、硬化させて成形体を得る。そして当該成形体を、集束イオンビーム加工装置(本発明において「FIB」と記載する場合がある。)またはイオンミリング加工装置(本発明において「IM」と記載する場合がある。)を用いて薄片化し、TEM観察用試料を作製する。
例えば、特許文献1によれば、TEMで観察出来る視野が10μm幅程度になるTEM観察用試料を作製することが出来る。また、特許文献2には、粉末試料とエポキシ樹脂とを混練した混錬物をシリコン基板で挟み込み硬化させて硬化物を得る。そして当該硬化物を研磨した後、IMで加工してTEM観察用試料を作製する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2007-47053号公報
【文献】特許第4594156号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
TEM観察において、粉末試料を構成する多数の粉末粒子を観察対象としたい場合、広い観察視野を確保することが求められる。このような場合、上述した特許文献1に記載のTEM観察用試料の作製方法では、1回の操作で加工出来る面積が小さい為(通常、IMで加工出来る薄片試料の幅は0.5mmである。)、加工を繰り返すことが求められる。
また、エレクトロニクス産業の発達により、当該粉末粒子の物性、変化の状態等について、より精密な情報が求められるようになり、より膜厚の薄いTEM観察用試料が求められるようになっている。このような場合、上述した特許文献2に記載のTEM観察用試料の作製方法では、研磨による成形体を例えば0.1mmの厚さとするには熟練を必要とし、誰もが実施することが難しい。さらに、シリコン基板は、粗い研磨により割れが生じ成形体が破損し易いといった課題があった。
【0005】
さらに、特許文献1に記載のTEM観察用試料の作製方法では、粉末試料と樹脂との混合組成物が充填されたシートメッシュを、当該混合組成物の硬化組成物の断面を出す様に切断する工程を含むものである。そして、当該切断工程はナイフ等を用いて、試料に対してダメージを与えないように切断する旨、が記載されている。
しかしながら、混合組成物とシートメッシュとでは、硬度、脆性等の機械的性状が異なる。この為、当該切断工程は、実際には難度の高い工程であって生産性が低い上に、試料に対して機械的ダメージを与えてしまう場合があった。
【0006】
本発明は当該状況の下で為されたものであり、その解決しようとする課題は、透過電子顕微鏡にて粉末の断面を観察する際に用いられる、透過電子顕微鏡へ容易に装着出来、透過電子顕微鏡による測定に適した厚みと、視野面積とを有する薄片試料を簡便に作製出来る、透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述の課題を解決する為、本発明者らは研究を行った。そして、観察試料をTEMへ装填させる為に用いるシートメッシュへ、粉体試料と混練用樹脂とを混合し混錬して得た組成物を充填し、前記混練用樹脂を硬化させて硬化試料を得る、当該シートメッシュと硬化試料とが一体化したものへアルゴンイオン流を照射し、当該シートメッシュに遮蔽板の作用を代替させながら、当該組成物を透過電子顕微鏡による測定に適した厚みまでに薄片化する構成に想到して本発明を完成した。
【0008】
即ち、上述の課題を解決する為の第1の発明は、
透過電子顕微鏡の試料ホルダーに装填可能なシートメッシュに設けられた穴部へ、粉体試料と樹脂とを含む組成物を充填し、前記樹脂を硬化させて硬化試料を得る工程と、
前記硬化試料のシートメッシュの側面がイオンガンに相対するようにイオンミリング加工装置へ装填する工程と、
前記シートメッシュに設けられた穴部から盛り上がった組成物へアルゴンイオン流を照射して、当該穴部から盛り上がった部分の組成物を研削する前処理工程と、
前記前処理を受けた硬化試料へアルゴンイオン流を照射して、前記組成物を透過電子顕微鏡による測定に適した厚みまでに薄片化する工程を、有することを特徴とする透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法である。
第2の発明は、
前記樹脂として、粉体試料との混合時に液体もしくはゲル状であり、前記シートメッシュに設けられた穴部へ充填後は、常温硬化、加熱硬化、またはUV硬化する樹脂を用いることを特徴とする第1の発明に記載の透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法である。
第3の発明は、
前記シートメッシュを、樹脂離型部材または樹脂吸収部材の上に載置した後、前記シートメッシュに設けられた穴部へ、粉体試料と樹脂とを含む組成物を充填することを特徴とする第1または第2の発明に記載の透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法である。
第4の発明は、
前記樹脂離型部材として、フッ素樹脂またはシリコーン樹脂を用いることを特徴とする第3の発明に記載の透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法である。
第5の発明は、
前記樹脂吸収部材として、紙材を用いることを特徴とする第3の発明に記載の透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法である。
第6の発明は、
前記樹脂として、硬化後に光を透過する樹脂を用いることを特徴とする第1から第5の発明のいずれかに記載の透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法である。
第7の発明は、
前記シートメッシュとして一穴のシートメッシュを用いることを特徴とする第1から第6の発明のいずれかに記載の透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法である。
第8の発明は、
前記樹脂として、エポキシ樹脂を用いることを特徴とする第1から第7の発明のいずれかに記載の透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法である。
第9の発明は、
前記粉体試料を、樹脂に対して体積比で1:1以上混合することを特徴とする第1から第8の発明のいずれかに記載の透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法である。
第10の発明は、
前記シートメッシュとして、厚さが10μm以上50μm以下のものを用いることを特徴とする第1から第9の発明のいずれかに記載の透過電子顕微鏡観察用試料の作製方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、TEMへ容易に装着出来、過電子顕微鏡による測定に適した厚みと、視野面積とを有する薄片試料を簡便に作製出来る。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図2】硬化試料の(a)斜視図および(b)断面図である。
【
図3】硬化試料へ前処理に係るアルゴンイオン流を照射している際の(a)斜視図および(b)断面図である。
【
図4】前処理後の硬化試料へアルゴンイオン流を照射している際の(a)斜視図および(b)断面図である。
【
図5】アルゴンイオン流照射後における硬化試料の(a)斜視図および(b)断面図である。
【
図6】TEMの試料ホルダーに設置したアルゴンイオン流照射後の硬化試料の正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明を実施する為の形態について、1.被測定対象である粉体試料、2.混練用樹脂、3.シートメッシュ、4.硬化試料の作製および加工、5.組成物の盛り上がりに対する前処理、6.IMによる加工、7.TEMへの装填および分析の順に、図面を参照しながら説明する。
【0012】
1.被測定対象である粉体試料
本発明は、金属酸化物、金属水酸化物、金属炭酸塩、金属窒化物、複合酸化物、複合水酸化物、複合炭酸塩、複合窒化物、各種セラミック粉、等、多様な粉体試料へ適用可能である。
【0013】
2.混練用樹脂
被測定対象である粉体試料と混練する樹脂としては、混合時に液体もしくはゲル状であり、粉体試料と混合出来る状態の物であれば良い。従って、粉体試料を混合する雰囲気下において液体もしくはゲル状である常温硬化、加熱硬化型の樹脂や接着剤、UV照射により硬化するUV樹脂等が好ましく使用出来る。これらの樹脂や接着剤の種類は特に限定されず、TEM観察において支障がない強度を有し、粉体試料へ化学的な作用を及ぼさないものであれば良い。中でも、作業の容易性から加熱硬化型樹脂であるエポキシ樹脂が好ましい。
また、後述する「5.組成物の盛り上がりに対する前処理」工程における便宜から、当該樹脂は硬化時に、光を透過するものであることが好ましい。
【0014】
3.シートメッシュ
シートメッシュは、本来、透過電子顕微鏡で観察する試料を載せる小さな円形の金網である。材質や網目の形について様々なものが市販されている。本発明ではシートメッシュに設けられた穴の数は任意であるが、
図1に示す一穴を有するシートメッシュ11を用いることが好ましい。尚、本発明において「穴」という語を、「孔」という語と同義なものとして用いている。
【0015】
シートメッシュ11の材質に関しては銅がもっとも普通であるが、ニッケル、金、モリブデン、銅、等の金属の他、炭素、高分子材料、等、でもつくられている。材質は、後述するTEMによる分析の際、被測定対象である粉末試料が有するX線のスペクトルと重複しないスペクトルを有するものを選択すること以外は、特に制限はない。
シートメッシュ11のサイズとしては、外径3mmφのものが、後述するTEMの試料ホルダーに装填する観点から便宜である。当該シートメッシュ11の中央部に設けられた穴の径は0.3~0.8mmφ、さらには1mmφであることが、後述するTEMによる分析の際の視野確保、加工のし易さ等の観点から便宜である。また、シートメッシュ11の厚みは10μm以上30μm未満であると機械的強度が担保出来ると共に、後述するIMによる加工へそのまま適用出来ることから好ましい。
【0016】
4.硬化試料の作製
被測定対象である粉体試料と樹脂とを混合し混錬して、粉体試料と樹脂とを含む組成物21を得る。当該組成物21の組成は、粉末試料を樹脂に対して体積比で1:1以上、5:1以下、好ましくは2:1以上、4:1以下で混合する。TEM観察の際、より多くの粒子を観察出来る為である。
図2における硬化試料の(a)斜視図および(b)断面図に示すように、組成物21をシートメッシュ11に設けられた穴部へ充填し、硬化させて硬化試料31を得る。組成物21をシートメッシュ11に設けられた穴部へ充填する際、組成物21がシートメッシュ11の面より多く盛り上がらないよう、シートメッシュ11を、シート状またはフィルム状の、樹脂離型部材または樹脂吸収部材の上に置くことが好ましい。
【0017】
ここで、樹脂離型部材とは、前記粉体試料と樹脂との混錬物に対して、付着しないか、または、付着しにくい性質を有し、離型し易い部材である。具体例としては、フッ素樹脂シート、フッ素樹脂フィルム、シリコーン樹脂シート、および、シリコーン樹脂フィルム、等があげられる。
一方、樹脂吸収部材とは、前記粉体試料と樹脂との混錬物に対して、若干の樹脂を吸収しながらも、樹脂が硬化した後の硬化試料31から容易に分離可能な部材である。具体例としては、薬包紙のような紙材があげられる。
そして、樹脂離型部材または樹脂吸収部材の、いずれの吸収部材を用いた場合も、当該吸収部材に接触していた側は、シートメッシュ11に設けられた穴部からの盛り上がりが殆どない組成物22とすることが出来る。
【0018】
シートメッシュ11を、シート状またはフィルム状の樹脂離型部材の上に置いて、粉体試料と樹脂との混錬物を穴部へ充填することにより、当該穴部からの混錬物のはみ出しを抑制することが出来る。さらに、樹脂が硬化した後の硬化試料31より、樹脂離型部材を分離することは容易である。
当該観点より、樹脂離型部材を用いる方法は作業性向上への効果が大きい。
【0019】
一方、シートメッシュ11を、シート状またはフィルム状の樹脂吸収部材の上に置いて、粉体試料と樹脂との混錬物を穴部へ充填することにより、当該穴部からの混錬物のはみ出しは、若干生じる。そして、この若干のはみ出しにより、フィルム状の樹脂吸収部材による前記混錬物のコンタミネーションが発生したとしても、前記混錬物本体のコンタミネーションは回避すること出来る。また、前記混錬物において粉体試料の割合が多く、樹脂の割合が少ない場合、シートメッシュ11の穴部と硬化試料31との接着力が不足して、硬化試料31が穴部より抜け落ちてしまう場合があるが、当該穴部からの混錬物のはみ出しがアンカー効果を発揮して、当該抜け落ちを回避することが出来る場合がある。
当該観点より、樹脂吸収部材を用いる方法は精密な測定作業への効果が大きい。
【0020】
5.組成物の盛り上がりに対する前処理
上述したように、実際の操作においては組成物21がシートメッシュ11の面より盛り上がる場合がある。そして、組成物21がシートメッシュ11の面より盛り上がった結果、
図2(b)に示すように、シートメッシュ11の表側と裏側とにおいて、組成物21と組成物22との盛り上がりの程度が異なってしまう場合がある。
【0021】
この場合に限られず、シートメッシュ11の表側と裏側とにおいて、組成物21と組成物22との盛り上がりの程度が異なる場合、後述する「6.IMによる加工」工程においてアルゴンイオン流を照射した場合、当該盛り上がりの程度が異なることに起因して、詳細は後述するが、当該組成物21と組成物22とを透過電子顕微鏡による測定に適した厚みまでに薄片化する際に、盛り上がりの大きな側と殆どない側とで研削のバランスが損なわれる場合がある。
【0022】
当該組成物21と組成物22とを薄片化する際における研削のバランスが失われると、TEM測定の誤差につながる場合がある。
従って、シートメッシュ11の表側においても、組成物21の盛り上がりが殆どないことが求められる。しかし、組成物21の物性によっては、組成物21の盛り上がりを抑制することが困難な場合がある。
【0023】
充填時の操作では組成物21の盛り上がりを抑制することが困難な場合、IMのイオン流を用いた前処理を施すことにより組成物21の盛り上がりを研削し、シートメッシュ11の表裏両面における組成物21の盛り上がりを殆どなくすことが出来る。
【0024】
ここで前処理の方法について、当該前処理における硬化試料の状態を示す
図3における硬化試料31の(a)斜視図および(b)断面図を用いて説明する。
硬化試料31をIMに装填する。その際、硬化試料31におけるシートメッシュ11の側面がイオンガンに相対するようにIMへ装填する。一方、IMに装備されている遮蔽板は使用しない。
尚、本発明において「シートメッシュ11の側面」とは、シートメッシュ11の外形を円柱形と見なしたとき、当該円柱形の側面部にあたる部分のことである。
そして、シートメッシュ11の穴部から盛り上がった部分の組成物21に対して、イオンガンを前後に傾斜させながらアルゴンイオン流41を照射し、当該盛り上がった部分を研削する。
【0025】
以上説明した前処理を実施し、シートメッシュ11の穴部から盛り上がった部分の組成物21を、前処理後の組成物23(後述する
図4(B)参照)とする。
【0026】
アルゴンイオン流41の照射の終点の確認は、アルゴンイオン流41照射中における組成物21の厚みを適宜な方法で計測し、組成物21の盛り上がりが研削されたことを確認した時点で、アルゴンイオン流41の照射の終点とすれば良い。
【0027】
アルゴンイオン流41照射中の組成物21の厚みを計測する方法は、特に限定されない。例えば、組成物21を構成する樹脂として既知の光の透過率を有する樹脂を用い、組成物21の厚みと、組成物21の光の透過率との関係を予め求めておく。そして、アルゴンイオン流41の照射により組成物21を研削しながら、組成物21の光の透過率を測定して組成物21の厚みを把握し、組成物21の盛り上がりが研削され終わった時点を、アルゴンイオン流41照射の終点と確認する方法が便宜である。
また例えば、適宜な光学系または光学装置を用いて組成物21の研削状態を観察し、盛り上がりが殆どなくなった時点を見極めて、アルゴンイオン流41照射の終点と確認する方法も便宜である。勿論、複数の確認方法を併用することも好ましい構成である。
以上、説明した前処理方法を実施することにより、組成物21の盛り上がりを殆どなくし、前処理後の組成物23(後述する
図4(B)参照)の状態とすることが出来る。
【0028】
6.IMによる加工
上述した前処理によって、シートメッシュ11の表側と裏側とにおいて組成物の盛り上がりが殆どなくなったら、イオンガンをシートメッシュ11の側面に対して前後に傾斜させながら、シートメッシュ11へアルゴンイオン流を照射する。
【0029】
そして、
図4における前処理後の硬化試料へアルゴンイオン流を照射している際の(a)斜視図および(b)断面図に示すように、イオンガンからアルゴンイオン流42を、前処理後の組成物23、シートメッシュ11の裏側の組成物22、およびシートメッシュ11へ照射する。
このとき、前処理後の組成物23とシートメッシュ11の裏側の組成物22とは盛り上がりが殆どないことから、両側ともバランス良く研削される。さらに、シートメッシュ11のイオンガン側の符号12で示す部分および組成物22、組成物23がアルゴンイオン流42により研削され、薄片化される。このとき、当該シートメッシュ11のイオンガン側の符号12で示す部分が、遮蔽板の機能を代替する。
【0030】
アルゴンイオン流による薄片化が完了した時点における硬化試料31の斜視図を
図5(a)に、側面図を
図5(b)に示す。
前記
図5にて説明したアルゴンイオン流42の照射によるによる侵食を受けた、透過電子顕微鏡の試料ホルダーに装填可能なシートメッシュ11と、当該シートメッシュの穴部に充填された、粉体試料を含む硬化樹脂からなる組成物22、組成物23とを、備える硬化試料31において、シートメッシュのアルゴンイオン流照射に対向した側13の厚さは、
図5(b)に示すように、アルゴンイオン流照射前の前記シートメッシュの厚さに比べて薄い。
さらに、
図5(b)に示すように、前記シートメッシュのアルゴンイオン流照射に対向した側13の厚さは、アルゴン照射側の穴部内壁14の厚さに比べて薄くなった。
【0031】
一方、
図5(a)に示すように、アルゴンイオン流照射による浸食により、シートメッシュの穴部に充填された組成物22、組成物23と、アルゴンイオン流照射側部分の前記シートメッシュの穴部内壁14とで囲まれた空隙24が形成された。そして、前記空隙24を形成している前記組成物のアルゴンイオン流照射側の薄片化した先端部分25が薄片化されていた。
前記組成物の薄片化された先端部分25の厚さは、
図5(b)に示すように、前記アルゴンイオン流照射側の穴部内壁14の厚さに比べて薄くなっており、且つ、前記透過電子顕微鏡による測定に適した厚さである0.01~0.1μmにまで薄片化され、TEM観察用試料として適した厚みとなり、且つ、0.5×1mm程度の領域を有しTEM観察用試料として十分な視野面積を提供できた。
【0032】
この結果、硬化試料31へ、ナイフによる切断等の機械的加工を加えることなく、IMによる加工を実施したので、作業が容易で生産性が高く、且つ、組成物22、組成物23に対して機械的ダメージを与える可能性を回避できた。
一方、組成物の薄片化された先端部分25は、アルゴンイオン流42の照射を受けて非常に脆化する。しかし、当該部分はシートメッシュ11に設けられた穴部内に形成されるので、当該部分に殆ど機械的衝撃を与えることなく、硬化試料31を容易に取り扱うことが出来る。
【0033】
7.TEMへの装填および分析
図6に係るTEMの試料ホルダーに設置したアルゴンイオン流照射後の硬化試料の正面図に示すように、IMによる加工が完了した硬化試料31を、透過電子顕微鏡観察用試料としてTEMの試料ホルダー51に装填する。
組成物の薄片化された先端部分25は、シートメッシュ11に周囲を囲まれているので、当該部分に殆ど機械的衝撃を与えることなく、硬化試料31は、このままの状態でTEMの試料ホルダー51に装填され透過電子顕微鏡観察用試料となる。
尚、アルゴンイオン流によって薄片化されたシートメッシュ11のイオンガン側の部分から蒸発した金属元素が、組成物の薄片化された先端部分25に付着していることも考えられる。そこで、シートメッシュ11の材質として、被測定対象である粉末試料が有するX線のスペクトルと重複しないスペクトルを有するものを選択しておくことで、この問題を回避することが出来る。
【0034】
上述したように、組成物の薄片化された先端部分25の膜厚はTEM観察用試料として適したものであり、且つ、十分な視野を提供出来る領域を有している。従って、所望により十分な観察を精密に行うことが出来る。
【実施例】
【0035】
実施例を参照しながら本発明を具体的に説明する。但し、本発明は当該具体例に限定される訳ではない。
(実施例1)
1.被測定対象である粉体試料
被測定対象である粉体試料として遷移金属の酸化物粉末であって、粒径が0.5~10μmのものを準備した。
2.混練用樹脂
混練用樹脂として、GATAN社製エポキシ樹脂(G2)を準備した。この樹脂の硬化物は光を透過するものである。
3.シートメッシュ
シートメッシュとして応研商事製(#09-1043)を準備した。これは、被測定対象である粉体試料とEDSスペクトルが重複しない、モリブデン(Mo)製の一穴(0.8mmφ)を有するシートメッシュである。
【0036】
4.硬化試料の作製
粉体試料と混練用樹脂とを体積比3:1の割合で混合し混錬して、粉体試料と樹脂とを含む組成物を得た。当該組成物をシートメッシュに設けられた一穴部に塗布して充填した。このとき、薬包紙の上にシートメッシュを載置し、組成物がシートメッシュの裏側から突出するのを抑制した。一方、組成物がシートメッシュの表側から突出することも抑制しながら、シートメッシュに設けられた一穴部に塗布して充填した。
シートメッシュへの組成物の充填が完了したら120℃で10分間、ホットプレートで加熱して組成物中の樹脂を硬化させて硬化試料を得た。
【0037】
5.組成物の盛り上がりに対する前処理
硬化試料をイオンミリング加工装置(日本電子製、イオンスライサIB09060CIS)に設置した。このとき装置に付属の遮蔽板は使用せず、シートメッシュのイオンガンに対向している部分に遮蔽板の作用を代替させた。
イオンガンを、シートメッシュの組成物の盛り上がりが大きい側面に対して、前後に傾斜させながらアルゴンイオン流を照射した。
アルゴンイオンの照射条件は、6~7kVの条件でアルゴンイオン流を照射した。
【0038】
アルゴンイオン流照射の終点の確認は、予め求めておいた、本発明に係る組成物の厚みと光の透過率との関係式を用い、組成物の厚みを把握しながら、アルゴンイオン流の照射により組成物を研削した。そして、組成物の盛り上がりが研削され終わったと判断される時点をもって前処理を終了した。
【0039】
6.IMによる加工
上述した前処理に続いて、イオンガンより硬化試料へアルゴンイオン流を照射した。
このとき、シートメッシュの側面に対して、イオンガンを前後に傾斜させて、硬化試料における一穴部にある組成物の両側の中央部へアルゴンイオン流を照射した。
アルゴンイオンの照射条件は、硬化試料の片面毎に、7kVの条件で2.5時間アルゴンイオン流を照射した。次にアルゴンイオン流を、硬化試料の両面へ、それぞれ6kV、5kV、4kV、3kV、2kVの条件で、段階的に0.5時間ずつ照射した。
【0040】
この結果、前記シートメッシュのアルゴンイオン流照射側部分の厚さは、アルゴンイオン流照射前の前記シートメッシュの厚さに比べて薄くなり、アルゴンイオン流照射側により近かった前記シートメッシュ端部の厚さは、アルゴン照射側の穴部内壁の厚さに比べて薄くなった。
そして、前記シートメッシュの穴部に充填された組成物と、アルゴンイオン流照射側部分の前記シートメッシュの穴部内壁部分とで囲まれた空隙が形成された。当該空隙を形成している前記組成物のアルゴンイオン流照射側の薄片化した先端部分は薄片化され、その厚さは、前記アルゴンイオン流照射側の穴部内壁14の厚さに比べて薄くなっており、且つ、前記透過電子顕微鏡による測定に適した厚さである0.01~0.1μmにまで薄片化された。
【0041】
7.TEMへの装填および分析
アルゴンイオン流による薄片化が完了した硬化試料をTEMの試料ホルダーに装填し、TEM(日本電子製、JEM-ARM200F)に設置した。
アルゴンイオン流による薄片化を受けた組成物の膜厚は、TEM観察用試料として適したものであり、且つ、十分な視野を提供出来る領域を有していたので、多くの粉末試料を対象として精密な観察を行うことが出来た。
【符号の説明】
【0042】
11:シートメッシュ
12:シートメッシュのイオンガン側の部分
13:シートメッシュのアルゴンイオン流照射に対向した側
21:組成物
22:組成物
23:前処理後の組成物
24:空隙
25:組成物の薄片化された先端部分
31:硬化試料
41:前処理に係るアルゴンイオン流
42:アルゴンイオン流
51:TEMの試料ホルダー