(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-22
(45)【発行日】2024-01-30
(54)【発明の名称】放射性フッ素標識化合物の製造方法及び放射性医薬組成物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07B 59/00 20060101AFI20240123BHJP
C07D 233/91 20060101ALI20240123BHJP
C07D 401/14 20060101ALI20240123BHJP
C07H 19/073 20060101ALI20240123BHJP
【FI】
C07B59/00
C07D233/91
C07D401/14
C07H19/073
(21)【出願番号】P 2019151375
(22)【出願日】2019-08-21
【審査請求日】2022-08-03
(31)【優先権主張番号】P 2018155850
(32)【優先日】2018-08-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000230250
【氏名又は名称】日本メジフィジックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】弁理士法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】久下 裕司
(72)【発明者】
【氏名】阿保 憲史
(72)【発明者】
【氏名】桐生 真登
【審査官】宮田 透
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-508129(JP,A)
【文献】国際公開第2005/044758(WO,A1)
【文献】国際公開第2008/029734(WO,A1)
【文献】国際公開第2007/063940(WO,A1)
【文献】特開2015-137248(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07B、C07C、C07D、C07H
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射性フッ化物イオンを陰イオン交換カラムに保持させる保持工程と、
保持された前記放射性フッ化物イオンを、溶媒を含む溶離液を用いて前記陰イオン交換カラムから溶出させる溶出工程と、
前記放射性フッ化物イオンと標識前駆体化合物とを
前記溶媒を含む溶剤存在下に反応させる放射性フッ素化工程
とを備え、
前記放射性フッ素化工程を、前記溶剤を蒸散させながら行う、放射性フッ素標識化合物の製造方法。
【請求項2】
前記溶剤が、プロトン性溶媒と非プロトン性溶媒とを含む、請求項1に記載の放射性フッ素標識化合物の製造方法。
【請求項3】
前記放射性フッ素化工程において、反応開始時における前記溶剤中のプロトン性溶媒の含有率が、30体積%以下である、請求項2に記載の放射性フッ素標識化合物の製造方法。
【請求項4】
前記放射性フッ素化工程において、開放系で前記放射性フッ化物イオンと前記標識前駆体化合物とを反応させる、請求項1ないし3のいずれか一項に記載の放射性フッ素標識化合物の製造方法。
【請求項5】
前記放射性フッ化物イオンが、
前記陰イオン交換カラムを用いて[
18O]水から分離されたものである、請求項1ないし4のいずれか一項に記載の放射性フッ素標識化合物の製造方法。
【請求項6】
前記溶出工程において、
前記標識前駆体化合物が収容された反応容器
に前記放射性フッ化物イオンを溶出させた後、前記放射性フッ素化工程を実行する、請求項1ないし5のいずれか一項に記載の放射性フッ素標識化合物の製造方法。
【請求項7】
前記溶出工程において、前記標識前駆体化合物及び前記溶剤を含む
前記溶離液を用いて前記陰イオン交換カラムから前記放射性フッ化物イオンを溶出させた後、前記放射性フッ素化工程を実行する、請求項1ないし5のいずれか一項に記載の放射性フッ素標識化合物の製造方法。
【請求項8】
前記放射性フッ素化工程において、前記放射性フッ化物イオンと前記標識前駆体化合物と前記溶剤とを反応容器に収容して、放射性フッ化物イオンと標識前駆体化合物とを反応させ、その状態下で、
前記反応容器内に気体を導入するか、又は前記反応容器内を減圧して、蒸散した前記溶剤を前記反応容器外に排出する、請求項1ないし7のいずれか一項に記載の放射性フッ素標識化合物の製造方法。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれか一項に記載の放射性フッ素標識化合物の製造方法によって放射性フッ素標識化合物を製造し、然る後に、該放射性フッ素標識化合物又はその塩を有効成分として含有する放射性医薬組成物を調製する、放射性医薬組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射性フッ素標識化合物の製造方法及び放射性医薬組成物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
陽電子放射断層画像診断法(Positron Emission Tomography、以下、「PET」ともいう。)は、陽電子を放出する放射性核種を標識した化合物を薬剤として生体に投与し、その薬剤特異的な分布を放射能濃度分布として画像化することで、生体の生理機能に関する情報を得ることができるものである。本方法では、放射性核種として、例えばフッ素-18([18F]、半減期:109.8min)等が用いられる。
【0003】
放射性フッ素([18F])標識化合物の製造方法として、一般的に、非特許文献1に記載の製造方法が行われている。同文献には、陰イオン交換樹脂に担持させた[18F]フッ化物イオンをプロトン性溶媒を含む溶出液を用いて溶出する精製工程と、溶出液中のプロトン性溶媒を除去する第1溶媒除去工程と、[18F]フッ化物イオンを含む容器内に標識前駆体化合物溶液を添加し閉鎖系で[18F]フッ素化反応を行うフッ素化工程と、フッ素化反応後に溶媒の除去を行う第2溶媒除去工程とを備え、各工程が別個の工程として行われていることが記載されている。
【0004】
また特許文献1及び2並びに非特許文献2には、放射性フッ素標識化合物の製造時間短縮を目的として、前記第1溶媒除去工程を行わない製造方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2009/003251号パンフレット
【文献】特表2013-529186号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】K.Hamacherら、J.Nucl.Med.、1986年、第27巻、第2号、p.235-238
【文献】Kim HWら、Appl. Radiat. Isot.、2004年、第61巻、p.1241-1246
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
放射性フッ素は、その半減期が短いので、目的の標識化合物の収量を向上させるため、製造時間の更なる短縮が望まれている。上述した特許文献1及び2並びに非特許文献2に記載の製造方法は、標識化合物の製造時間を短縮することが可能であったが、用いる標識前駆体化合物の種類によっては、[18F]フッ素化率が顕著に低下し、結果として従来法と比較して収量が顕著に低下する場合があった。
【0008】
したがって、本発明の課題は、従来法と同等以上の[18F]フッ素化率を達成しつつ、製造時間の短縮を実現可能とする放射性フッ素標識化合物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、放射性フッ化物イオンと標識前駆体化合物とを溶剤存在下に反応させる放射性フッ素化工程を備え、
前記放射性フッ素化工程を、前記溶剤を蒸散させながら行う、放射性フッ素標識化合物の製造方法を提供するものである。
【0010】
また本発明は、前記放射性フッ素標識化合物の製造方法によって放射性フッ素標識化合物を製造し、然る後に、該放射性フッ素標識化合物又はその塩を有効成分として含有する放射性医薬組成物を調製する、放射性医薬組成物の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、従来法と同等以上の[18F]フッ素化率を達成しつつ、従来法よりも製造時間を短縮して、放射性フッ素標識化合物及び該化合物を有効成分とする放射性医薬組成物を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、実施例1並びに比較例1及び2の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の放射性フッ素標識化合物の製造方法を、その好ましい実施形態に基づき説明する。以下の説明において、「放射性フッ素」はフッ素の放射性同位体を示し、具体的にはフッ素-18(以下、これを[18F]ともいう。)を示す。
【0014】
本発明の製造方法は、放射性フッ化物イオンと標識前駆体化合物とを溶剤存在下に反応させる放射性フッ素化工程を備えている。本工程は、放射性フッ化物イオンと標識前駆体化合物とが反応可能であれば、これらの添加順序は問わず、いずれか一方に他方を添加して溶剤存在下に反応させてもよく、これらを同時に混合して溶剤存在下に反応させてもよい。
【0015】
まず、放射性フッ素化工程に用いる放射性フッ化物イオンを得るために、放射性フッ素([18F])を生成させる。放射性フッ素を生成させる方法は公知の方法を採用することができ、例えばサイクロトロンによって加速させた重陽子をネオンガスに照射する方法や、サイクロトロンによって加速させた陽子を[18O]水(H2
18O)に照射する方法等が挙げられる。これらのうち、高い比放射能を有する放射性フッ化物イオンを効率的に得る観点から、陽子を[18O]水に照射する方法を採用することが好ましい。以下の説明では、[18O]水を用いる方法を例にとり説明する。
【0016】
次いで、上述の方法によって生成された放射性フッ素を含む[18O]水溶液を精製して放射性フッ化物イオン([18F]イオン)を得る。この[18O]水溶液には、生成した放射性フッ素が放射性フッ化物イオンの状態で含まれているので、該イオンを分離する操作を行うことによって、放射性フッ化物イオンと[18O]水とを容易に分離することができる。
【0017】
精製時間の短縮を図るとともに、精製した放射性フッ化物イオンを次の工程に持ち込みやすくする観点から、放射性フッ化物イオンは、陰イオン交換カラムを用いて[18O]水から分離されたものであることが好ましい。陰イオン交換カラムとしては、例えば第4級アンモニウム基等の塩基性官能基を有する樹脂を備えるカラム等の公知のカラムを用いることができる。
【0018】
陰イオン交換カラムを用いた放射性フッ化物イオンの精製方法は、例えば以下のとおりである。すなわち、放射性フッ化物イオンを含む[18O]水溶液を陰イオン交換カラムに通液して、放射性フッ化物イオンをカラム内の樹脂に保持させる(保持工程)。その後、放射性フッ化物イオンをカラムから溶出させるための溶離液を該カラムに通液して、保持された放射性フッ化物イオンをカラムから溶出させて(溶出工程)、放射性フッ化物イオンを含む溶出液(以下、単にこれを[18F]イオン溶出液ともいう。)を得る。
【0019】
溶離液は、放射性フッ化物イオンを溶出可能であり且つ次の工程に持ち込み可能な組成であれば特に制限されず、例えばプロトン性溶媒を単独で又は複数組み合わせて用いてもよく、プロトン性溶媒と非プロトン性溶媒との混合溶媒を用いてもよい。放射性フッ化物イオンの溶出性を高める観点から、溶離液は、例えばアルカリ金属及び第四級アンモニウムの炭酸塩又は炭酸水素塩等の塩基を含むことが好ましい。アルカリ金属の炭酸塩又は炭酸水素塩としては、例えば炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム等が挙げられる。また第四級アンモニウムの炭酸塩又は炭酸水素塩としては、例えばテトラメチルアンモニウム、テトラエチルアンモニウム、テトラプロピルアンモニウム、テトラブチルアンモニウム、テトラペンチルアンモニウム、テトラヘキシルアンモニウム等の炭素数が1以上6以下であり且つ直鎖又は分枝鎖のテトラアルキルアンモニウムの炭酸塩もしくは炭酸水素塩等が挙げられる。溶離液には、標識前駆体化合物を含んでいてもよい。プロトン性溶媒及び非プロトン性溶媒の詳細は後述する。
【0020】
次いで、放射性フッ化物イオンと標識前駆体化合物とを溶剤存在下に反応させて、放射性フッ素化反応([18F]化反応)を行う(放射性フッ素化工程)。反応を開始させる方法としては、例えば反応容器に収容した放射性フッ化物イオンを含む溶出液を濃縮した後、標識前駆体化合物の溶解液又は分散液を添加して反応させる方法(以下、これを「方法1」ともいう。)や、バイアルやチューブ等の反応容器内に固体の標識前駆体化合物を予め収容しておき、これに放射性フッ化物イオンを含む溶出液を添加して反応させる方法(以下、これを「方法2」ともいう。)、放射性フッ化物イオンを含む溶出液と標識前駆体化合物の溶解液又は分散液とを反応容器内に収容して反応させる方法(以下、これを「方法3」ともいう。)、標識前駆体化合物を含む溶離液を用いて陰イオン交換カラムから放射性フッ化物イオンを溶出させ、その後、得られた放射性フッ化物イオン及び標識前駆体化合物を含む溶出液を反応容器に収容して反応させる方法(以下、これを「方法4」ともいう。)等が挙げられる。これらのうち、前記方法2、前記方法3及び前記方法4を採用することが、より短時間で放射性フッ素化反応を行うことができ、かつ操作性も簡便である点で好ましく、特に前記方法2及び前記方法4を採用することが、合成装置の装置構成を簡略化できる点で更に好ましい。
【0021】
なお、前記方法1の場合、溶解液又は分散液に用いた溶媒が本工程における溶剤となる。前記方法2及び前記方法4の場合、溶離液に用いた溶媒が本工程における溶剤となる。前記方法3の場合、溶離液に用いた溶媒と溶解液又は分散液に用いた溶媒との混合溶媒が本工程における溶剤となる。これらの溶媒に加えて、更にプロトン性溶媒及び非プロトン性溶媒を添加して、本工程における溶剤としてもよい。
【0022】
上述の放射性フッ素化工程においては、反応系に存在する溶剤を蒸散させながら行う。このような条件で反応を行うことによって、短時間で放射性フッ素化反応を行うことができ、また反応生成物を高い収率で得ることができる。本発明においては、特に溶剤の蒸散を促進させることが好ましい。蒸散の促進手段としては、反応系の加熱、反応系の減圧、反応系内への気体のバブリング、及び反応液表面への気体の吹き付け等が挙げられる。本明細書における蒸散とは、溶剤を気化させて反応系外へ除去することを指す。
【0023】
溶剤を蒸散させながら放射性フッ素化反応を行うことによって、短時間且つ高収率の反応を達成できることについて、本発明者は以下のように考えている。放射性フッ素化反応は、放射性フッ化物イオンが有する求核性によって進行する。一般的に、放射性フッ化物イオンの溶出にはプロトン性溶媒を含む溶出液が用いられるので、該溶出液が放射性フッ素化工程における溶剤に混入する場合には、放射性フッ化物イオンとプロトン性溶媒との競合によって放射性フッ化物イオンの求核性が低下し、目的とする放射性フッ素化反応が進行しにくくなる。このような不具合を防ぐために、例えば非特許文献1に記載の方法では、放射性フッ素化反応系に存在するプロトン性溶媒量を少なくするために、放射性フッ化物イオンの溶出に用いたプロトン性溶媒を事前に除去して、然る後に、放射性フッ素化反応を行っている。しかし、非特許文献1に記載の方法では、製造時間の短縮や高収率の達成が容易でない。
【0024】
この点に関して、本発明の製造方法では、溶剤を蒸散させながら行うことによって、反応系にプロトン性溶媒が存在していたり、溶剤量が多かったりする場合でも放射性フッ素化反応を進行させることができる。特に、前記方法2及び前記方法3のように、プロトン性溶媒を含む溶出液をそのまま放射性フッ素化反応に用いる場合に好適である。本発明の製造方法における反応初期では、溶剤中のプロトン性溶媒によって放射性フッ化物イオンが溶剤中に略均一に分散した状態となっている。この状態で溶剤が蒸散するにつれて、溶剤中のプロトン性溶媒の濃度が低下し、これに伴って、放射性フッ化物イオンによる求核反応の反応速度が増大し、該反応が進行する。そして反応後期では、反応系に存在する溶剤量が少なくなることによって濃縮が起こり、放射性フッ化物イオン及び標識前駆体化合物のモル濃度が上昇する。その結果、放射性フッ化物イオンによる求核反応の反応速度が更に増大し、放射性フッ素化反応がより一層進行するようになる。したがって、本発明の製造方法によれば、従来の方法のように、溶媒除去工程及び放射性フッ素化反応工程をそれぞれ別個で行う必要がなく、これらの工程を統合して一度で行うことができるので、製造工程を簡略化することができる。その結果、放射性フッ素標識化合物の製造時間を短縮することができ、また、高収率が達成できる。更に、製造時間の短縮に起因して、作業者の被ばくを低減できるという利点も奏される。
【0025】
溶剤中の放射性フッ化物イオン及び標識前駆体化合物の分散性を高めて、放射性フッ素化反応を効率的に進行させる観点から、放射性フッ素化工程における溶剤は、プロトン性溶媒と非プロトン性溶媒とを含むことが好ましい。本発明に用いられるプロトン性溶媒は、例えば水、メタノール及びエタノール等が挙げられる。また、本発明に用いられる非プロトン性溶媒は、例えばジメチルホルミアミド、アセトニトリル(MeCN)、テトラヒドロフラン、ジメチルスルホキシド及び酢酸エチル等が挙げられる。
【0026】
溶剤の蒸散効率を高めて放射性フッ素化反応の反応速度を高める観点から、溶剤がプロトン性溶媒と非プロトン性溶媒とを含む場合、該溶剤が共沸点を有する組成であることが好ましい。つまり、溶剤は、共沸混合物であることが好ましい。このような溶媒の組み合わせとしては、例えば水及びアセトニトリル、水及び酢酸エチル、メタノール及びアセトニトリル、メタノール及び酢酸エチル、メタノール及びテトラヒドロフラン、エタノール及びアセトニトリル、エタノール及び酢酸エチル等が挙げられる。
【0027】
溶剤中での放射性フッ化物イオンと標識前駆体化合物との分散性を維持しつつ、放射性フッ素化反応を進行させやすくする観点から、溶剤中のプロトン性溶媒の含有率が、該溶剤の全体積に対して、30体積%以下であることが好ましく、20体積%以下であることがより好ましく、15体積%以下であることが更に好ましく、10体積%以下であることが一層好ましい。なお、上述した溶剤中のプロトン性溶媒の含有率は、反応開始時における溶剤中の含有率を指す。
【0028】
特に、上述の利点に加えて、本工程における取扱いを容易なものとする観点から、放射性フッ素化工程における溶剤は、プロトン性溶媒と非プロトン性溶媒との組み合わせとして、水とアセトニトリルとの混合溶媒であることが一層好ましい。この場合、溶剤中の水の含有率は、該溶剤の全体積に対して、30体積%以下であることが好ましく、20体積%以下であることがより好ましく、15体積%以下であることが更に好ましく、10体積%以下であることが一層好ましい。
【0029】
放射性フッ素化反応を促進する観点から、放射性フッ素化工程において、前記放射性フッ化物イオンと標識前駆体化合物と溶剤とを反応容器に収容して、放射性フッ化物イオンと標識前駆体化合物とを反応させている状態で、溶剤の蒸散を促進させて、蒸散した溶剤を反応容器外に流出させるか、又は排出できるようになっていることが好ましく、これらを組み合わせて行うことが更に好ましい。このような構成を備えていることによって、溶剤の気液平衡を気体側に傾けることができ、その結果、溶剤の濃縮効率を一層高め、放射性フッ素化反応を促進することができる。
【0030】
蒸散した気体状の溶剤を反応容器外に流出させる方法として、開放系で放射性フッ化物イオンと標識前駆体化合物とを反応させることが好ましい。開放系とは、非密閉状態のことであり、気化した溶剤が反応容器外に流出可能な状態を指す。具体的には、反応容器の開口部をふたやフィルム等の部材で覆っていない状態であるか、又は反応容器内外の気体を流通可能な貫通孔を備えた部材で反応容器の開口部を覆っている状態とすることができる。このような構成となっていることによって、放射性フッ素化工程における反応容器内圧の過度な上昇を抑制することができ、その結果、反応容器の破損やこれに起因する放射性物質の飛散を抑制することができる。また、反応容器の耐圧性を考慮することなく、放射性フッ素化反応を行うことができる。
【0031】
蒸散した気体状の溶剤を反応容器外に排出する方法として、反応容器内に気体を導入するか、又は反応容器内を減圧した状態で、放射性フッ化物イオンと標識前駆体化合物とを反応させることが好ましい。具体的には、反応容器内に気体を導入する態様としては、ボンベやポンプを用いて気体を反応容器に供給して、反応容器内の溶剤をバブリングさせたり、反応容器内の溶剤の液面に気体を吹き付けたりすることができる。また、反応容器内を減圧する態様としては、吸引ポンプと反応容器とを接続して反応容器内を減圧して、気体状の溶剤を反応容器外に排出することができる。導入する気体としては、空気等の活性ガスや、窒素やアルゴン等の不活性ガスが挙げられる。
【0032】
溶剤の蒸散を促進させる観点から、放射性フッ素化工程は加熱して行うことが好ましい。本工程における加熱温度は、溶剤の総液量や組成によって適宜変更可能であるが、溶剤の共沸点又は沸点以上であることが好ましく、100℃以上であることがより好ましい。加熱温度の上限は、標識前駆体化合物が分解しない温度であればよく、例えば150℃以下であることが好ましく、120℃以下であることが更に好ましい。同様に、本工程における加熱時間は、少なくとも反応容器中の溶剤が全て蒸散したことを目視で確認できるまで行えばよく、例えば上述の加熱温度であることを前提として、3分(min)以上20分(min)以下とすることができる。
【0033】
また、溶剤中での放射性フッ化物イオンの遊離を促進させて、高収率の放射性フッ素標識化合物を得る観点から、本工程は、上述した炭酸カリウム及び炭酸水素カリウム等の塩基の存在下に行うことが好ましく、また、4,7,13,16,21,24-ヘキサオキサ-1,10-ジアザビシクロ[8.8.8]-ヘキサコサン(商品名:クリプトフィックス222)等の各種相関移動触媒存在下に行うことも好ましい。同様の観点から、反応液中における標識前駆体化合物と塩基とのモル比は、塩基のモル数(B)に対する標識前駆体化合物のモル数(P)の比(P/B比)で表して、1.0以上であることが好ましく、1.5以上であることがより好ましく、2.0以上であることが更に好ましい。
【0034】
放射性フッ素化工程の開始時における反応液量は特に限定されないが、製造工程における実用性の観点から、1μL以上5mL以下が現実的である。また同様の観点から、放射性フッ素化工程の開始時において、溶剤1mL当たりの標識前駆体化合物の濃度は0.1μmol/mL以上100μmol/mL以下であることが現実的である。本発明の方法によれば、反応容器中の溶剤の蒸散によって、放射性フッ素化工程中に反応液量を減少させることができ、これに伴って、標識前駆体化合物のモル濃度を上昇させることができるので、上述した反応液量や標識前駆体化合物の濃度であっても、放射性フッ素化反応の反応速度を十分に高めることができる。その結果、短時間且つ高収率の放射性フッ素化反応を達成することができる。
【0035】
上述した放射性フッ素化工程は、反応容器中の溶剤が全て蒸散した時点で終了することができる。このようにして、放射性フッ素が標識前駆体化合物に導入された[18F]化中間体を得ることができる。この後、必要に応じて、先に用いたものと同一又は異なる溶剤を反応容器中に更に入れて、放射性フッ素化反応を再度行ってもよく、反応生成物である[18F]化中間体を分散可能であり且つ先に用いたものと同一又は異なる溶剤を加えて分散液とし、該分散液を以後の工程に供してもよい。
【0036】
放射性フッ素化工程によって得られた[18F]化中間体は、これをそのまま放射性フッ素標識化合物として用いてもよく、これに代えて、[18F]化中間体中の保護基を脱離させる工程(脱保護工程)を更に行うことによって、目的とする放射性フッ素標識化合物を得ることもできる。脱保護工程では、例えば[18F]化中間体の溶液に塩酸等の酸性水溶液又は水酸化ナトリウム等を含む塩基性水溶液を添加し加熱して、加水分解を行う。
【0037】
未反応の放射性フッ素及び標識前駆体化合物や沈殿物を取り除いて純度を高める観点から、放射性フッ素標識化合物の製造工程終了後に、メンブランフィルター、種々の充填剤を充填したカラム、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)等を用いて生成物を精製することが好ましい。
【0038】
本発明に用いられる標識前駆体化合物は、目的とする放射性フッ素標識化合物を製造可能な化合物であって、水等のプロトン溶媒に安定な化合物であれば特に制限なく用いることができる。例えば、「PET用放射性薬剤の製造および品質管理-合成と臨床使用へのてびき(PET化学ワークショップ編)-第4版(平成23年改定版)」に記載の種々の放射性フッ素標識化合物([18F]フルオロデオキシグルコース([18F]FDG)、O-(2-[18F]フルオロエチル-L-チロシン([18F]FET)、3’-デオキシ-3’-[18F]フルオロチミジン([18F]FLT)、16α-[18F]フルオロ-17β-エストラジオール([18F]FES)、[18F]AV-45、[18F]フルオロミソニダゾール([18F]FMISO)、[18F]FRP-170、[18F]フルオロアゾマイシンアラビノシド([18F]FAZA))の標識前駆体化合物や、国際公開第2007/063824号パンフレットに記載されたanti-1-アミノ-3-[18F]フルオロシクロブタン-1-カルボン酸([18F]FACBC)の標識前駆体化合物、国際公開第2013/042668号パンフレットに記載された放射性フッ素標識化合物の標識前駆体化合物、国際公開第2015/199205号パンフレットに記載された放射性フッ素標識化合物の標識前駆体化合物、国際公開第2017/054907号パンフレットに記載された放射性フッ素標識化合物(例えば、[18F]PSMA-1007)の標識前駆体化合物などが挙げられる。
【0039】
具体的には、目的とする放射性フッ素標識化合物が[18F]FMISOであれば、標識前駆体化合物として1-(2’-ニトロ-1’-イミダゾリル)-2-O-テトラヒドロプロパニル-3-O-オシル-プロパンジオール(NITTP)を用いることができる。また、目的とする放射性フッ素標識化合物が、1-(2,2-ジヒドロキシメチル-3-[18F]フルオロプロピル)-2-ニトロイミダゾール([18F]DiFA)であれば、標識前駆体化合物として2,2-ジメチル-5-[(2-ニトロ-1H-イミダゾール-1-イル)メチル]-5-(p-トルエンスルホニルオキシメチル)-1,3-ジオキサンを用いることができる。また、目的とする放射性フッ素標識化合物が、6-クロロ-5-フルオロ-1-(2-[18F]フルオロエチル)-2-[5-(イミダゾール-1-イルメチル)ピリジン-3-イル]ベンゾイミダゾール([18F]CDP2230)であれば、標識前駆体化合物として6-クロロ-5-フルオロ-2-[5-(イミダゾール-1-イルメチル)ピリジン-3-イル]-1-[2-(p-トルエンスルホニルオキシ)エチル]ベンゾイミダゾールを用いることができる。また、目的とする放射性フッ素標識化合物が[18F]FLTであれば、標識前駆体化合物として5’-O-(4,4’-ジメトキシトリチル)-2,3’-アンヒドロチミジン、又は3-N-Boc-5’-O-ジメトキシトリチル-3’-O-ノシル-チミジン及び5’-O-(ベンゾイル)-2,3’-アンヒドロチミジンを用いることができる。
【0040】
以上に説明した放射性フッ素標識化合物の製造方法は、例えば人手で行ってもよく、又は反応容器を備えた合成装置で行うことができる。被ばく低減の観点から、本製造方法は、作業者と製造場所との間に鉛などの遮蔽体を配して実施することが好ましく、全ての工程が自動化された自動合成装置を用いて人手による作業を可能な限り少なくすることも好ましい。
【0041】
このようにして製造された放射性フッ素標識化合物は、該化合物をそのままで、又は該化合物の塩を有効成分として含有する放射性医薬組成物を調製することもできる。放射性医薬組成物とは、放射性フッ素標識化合物又はその塩を含み、生体内への投与に適した形態で含む処方物を指す。放射性医薬組成物は、例えば上述の方法によって放射性フッ素標識化合物を製造し、然る後に、得られた放射性フッ素標識化合物と、目的とする放射性医薬組成物に配合すべき成分とを混合して調製することによって製造することができる。配合すべき成分としては、例えば生体内への投与に適しており且つ放射性フッ素標識化合物を溶解可能な溶媒や、後述する他の成分等が挙げられる。このような溶媒としては、水を主体とする溶媒等が挙げられる。
【0042】
放射性医薬組成物は、経口的または非経口的(例えば、静脈内、皮下、筋肉内、髄腔内、局所的、経直腸的、経皮的、経鼻的または経肺的)に投与することができる。経口投与のための投与形態としては、例えば、錠剤、カプセル剤、丸剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、液剤、シロップ剤、懸濁剤などの剤形が挙げられる。また、非経口投与のための投与形態としては、例えば、注射用水性剤、注射用油性剤、坐剤、経鼻剤、経皮吸収剤(ローション剤、乳液剤、軟膏剤、クリーム剤、ゼリー剤、ゲル剤、貼付剤(テープ剤、経皮パッチ製剤、湿布剤等)、外用散剤等)等などの形態が挙げられる。これらのうち、放射能の減衰に起因する診断能の低下を抑制する観点から、非経口的に投与されることが好ましく、注射によって生体内に投与することが更に好ましい。この場合、放射性医薬組成物は水溶液の形態であることが好ましい。
【0043】
放射性医薬組成物は、必要に応じて、放射性フッ素標識化合物又はその塩と反応しない物質であって、薬学的に許容される他の成分を含んでいてもよい。他の成分としては、例えば薬学的に許容される塩、賦形剤、結合剤、滑沢剤、安定剤、崩壊剤、緩衝剤、溶解補助剤、等張化剤、溶解補助剤、pH調節剤、界面活性剤、乳化剤、懸濁化剤、分散剤、沈殿防止剤、増粘剤、粘度調節剤、ゲル化剤、無痛化剤、保存剤、可塑剤、経皮吸収促進剤、老化防止剤、保湿剤、防腐剤、香料等の他の成分を用いることができる。これらの他の成分は、単独で又は二種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0044】
放射性フッ素標識化合物を放射性医薬組成物として用いる場合、他の成分の添加に起因する沈殿物を取り除く観点から、メンブランフィルター、種々の充填剤を充填したカラム、HPLC等を用いて該組成物を更に精製することも好ましい。
【0045】
放射性フッ素標識化合物又はその塩を含む放射性医薬組成物は、これを生物体内に導入し、次いで生物体内から発せられる放射線を、放射能検出器、シングルフォトン断層撮影スキャナー、陽電子放射断層撮影スキャナー、シンチグラフィー等の検出装置を用いて生物体外から非侵襲的に検出することによって、その放射線の分布を画像化することができる。つまり、放射性フッ素標識化合物又はその塩を含む放射性医薬組成物は、シングルフォトン断層撮影や陽電子放出断層撮影等の核医学検査用の画像診断剤として用いることができ、好ましくは陽電子放出断層撮影用の画像診断剤として用いることができる。
【0046】
詳細には、放射性フッ素標識化合物又はその塩を含む放射性医薬組成物は、これを生物体内に導入すると、該化合物が有する特異的な集積能に応じた診断能を発現させることができる。例えば、放射性フッ素標識化合物として[18F]FMISO又は[18F]DiFAを含む放射性医薬組成物とした場合、これらの化合物は、低酸素状態の組織及び病変に集積する。そのため、この医薬組成物は、陽電子放出断層撮影法(PET)を用いることによって、低酸素状態の組織の広がりや低酸素状態の程度を、検出された放射線の分布に応じて画像化することができる。
【0047】
また、放射性フッ素標識化合物として[18F]CDP2230を含む放射性医薬組成物とした場合、該化合物は、アルドステロン合成酵素(CYP11B2)の発現部位に集積する。そのため、この医薬組成物は、PETを用いることによって、アルドステロン産生腫瘍の検出及び診断を行うことができる。
【0048】
また、放射性フッ素標識化合物として[18F]FLTを含む放射性医薬組成物とした場合、該化合物は、DNA合成が盛んな部位に集積する。そのため、この医薬組成物は、PETを用いることによって、例えばがん等のDNA合成が盛んな部位の検出及び診断を行うことができる。
【0049】
以上、本発明をその好ましい実施形態に基づき説明したが、本発明は上述した実施形態に限定されない。例えば、放射性フッ化物イオンの溶出は、相関移動触媒及び標識前駆体化合物を含まない溶出液で行ったが、これに代えて、相関移動触媒及び標識前駆体化合物の少なくとも一方を含む溶出液で放射性フッ化物イオンを陰イオン交換カラムから溶出し、該溶出液中の放射性フッ化物イオンと標識前駆体化合物とを溶剤中で反応させてもよい。この方法であっても、本発明の効果は十分に奏される。
【実施例】
【0050】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。以下の表中、「-」欄は、実施していないか、又は添加していないことを示す。
【0051】
<実験1.放射性フッ素化反応の収率の経時的変化>
〔実施例1〕
サイクロトロンを用いて陽子を[18O]水に対して照射して、[18F]イオン含有[18O]水(放射能量:1.6GBq)を得た。次いで、予め炭酸フォームとなっている陰イオン交換カラム(Sep-Pak(登録商標) Accell Plus QMA Carbonate Plus Light、日本ウォーターズ社製)に[18F]イオン含有[18O]水を通液し、[18F]イオンを該カラムに吸着捕集した。次いで、前記炭酸カリウムとクリプトフィックス222とを含むアセトニトリル50体積%含有水溶液0.5mLを該カラムに通液して、[18F]イオンを溶出し、[18F]イオン溶出液を得た。
【0052】
得られた[18F]イオン溶出液0.02mL(35.9~38.3MBq)をガラスバイアルに入れ、標識前駆体化合物としてNITTPのアセトニトリル溶液0.02mL(0.34mg、0.8μmol相当;ABX社製)、アセトニトリル(含水率2.85%)0.96mLとを該溶出液に添加して、反応溶液の総液量を1mL(含水率2.85体積%)として[18F]化反応を開始した。本反応は、反応容器内に窒素の導入を反応液表面へ窒素を吹き付けるように行いながら、開放系(非密閉状態)で行った。反応時間は、3,4,5,6,7,10分とし、加熱温度は100℃とした。これらの反応はそれぞれ独立して3回ずつ行った。その他の反応条件は、いずれも以下の表1のとおりとした。
【0053】
所定時間反応後、反応容器を直ちに氷冷して[18F]化反応を停止した。次いで、アセトニトリル50体積%含有水溶液を0.1mL添加した。この溶液を、高速液体クロマトグラフィーに導入し、溶液中の[18F]化中間体の存在割合を以下の条件1で分析した。
【0054】
(高速液体クロマトグラフィー条件1)
装置:LC-20AD(島津製作所製)
検出器1(紫外可視光(UV-vis)検出):SPD-20A(島津製作所製)、測定波長210nm及び325nm
検出器2(ガンマ線(RI)検出):RLC-700(アロカ製)
カラム:XBridge C18 (内径4.6mm×長さ150mm、5μm;日本ウォーターズ社製)
カラム温度:室温
溶離液組成(移動相):10mM(NH4)2HPO4及びMeCN
(0~1.5minでは、10mM(NH4)2HPO4:MeCN=88体積%:12体積%で一定とし、1.5~10minでは、10mM(NH4)2HPO4及びMeCN=88体積%:12体積%~30体積%:70体積%のグラジエント分析とした。)
溶離液流速:1.0mL/min
注入量:10μL
【0055】
[
18F]化中間体の収率(%)は、「100×[[
18F]化中間体の放射能(カウント)]/[検出された全放射能(カウント)]」として、各反応時間ごとに算出した。[
18F]化中間体の収率は、ガンマ線検出器において7.6min付近に検出されたピークを対象として算出した。これらの結果を、平均値±標準誤差(以下、これを「mean±SE」ともいう。)として
図1及び表2に示す。
【0056】
〔比較例1〕
本比較例では、水が反応系に存在しない条件(非水条件)で、且つ密閉状態で[18F]化反応を行った。詳細には、実施例1と同様に炭酸カリウム及びクリプトフィックス222を含むアセトニトリル50体積%含有水溶液を通液して[18F]イオン溶出液を得たあと、これを窒素ガス導入下で100℃、5分間加熱して水を蒸発させ、[18F]含有乾固物を得た。この乾固物(2GBq)に、アセトニトリルを添加し[18F]含有乾固物を溶液化した。溶液化した[18F]含有溶液(含水率0体積%)20μL(16.1~19.9MBq)に、NITTP(0.34mg)を含むアセトニトリル溶液20μL(含水率0体積%)及びアセトニトリル960μL(含水率0体積%)を添加して、反応溶液の総液量を1mL(含水率0体積%)として[18F]化反応を開始した。本反応は、密閉状態で行った。反応時間は、3,5,7,10分とし、これらの反応はそれぞれ独立して3回ずつ行った。その他の反応条件は、いずれも以下の表1のとおりとした。
【0057】
反応後、実施例1と同様に反応を停止して、反応溶液を上述の条件で高速液体クロマトグラフィーに導入し、溶液中の[
18F]化中間体の存在割合を分析し、収率を算出した。これらの結果を、平均値±標準誤差として
図1及び表2に示す。
【0058】
〔比較例2〕
本比較例では、水が反応系に存在する条件(含水条件)で、且つ密閉状態で[
18F]化反応を行った。詳細には、実施例と同様に[
18F]イオン溶出液を得た。次いで、[
18F]イオン溶出液20μL(28.3~34.5MBq)NITTP(0.34mg)を含むアセトニトリル溶液20μL(含水率0体積%)及びアセトニトリル960μL(含水率0体積%)を添加して、反応溶液の総液量を1mL(含水率2.85体積%)として、[
18F]化反応を開始した。本反応は、密閉状態で行った。反応時間は10分とし、独立して3回ずつ行った。その他の反応条件は、以下の表1のとおりとした。この結果を、平均値±標準誤差として
図1及び表2に示す。
【0059】
【0060】
【0061】
図1及び表2に示すように、含水条件且つ開放系で実施した実施例1の[
18F]化反応は、非水条件且つ密閉状態で実施した比較例1と比較して、6分以降で同等の収率を達成できることが判る。また、含水条件且つ密閉状態で実施した比較例2の[
18F]化反応は全く進行せず、[
18F]化中間体が全く得られないことも判る。
【0062】
特に、
図1に示すように、実施例1の3~6分における反応速度と、比較例1の3~5分における反応速度とを比較すると、実施例1では32.5%/minであり、20.0%/minであった。したがって、実施例1では、比較例1と比較して、溶剤の蒸散に起因した反応速度の上昇が観察でき、またその反応速度が1.6倍程度高いことも判る。
【0063】
<実験2.含水率の違いによるフッ素化反応の収率変化>
〔実施例2〕
本実施例では、[18F]化反応における総液量を40μLとして、[18F]化反応における反応溶液中の含水率を2.85体積%、10.0体積%、15.0体積%及び20.0体積%に調整した他は、実施例1と同様の方法で開放系で[18F]化反応を3回ずつ行い、得られた[18F]化中間体の収率をそれぞれ算出した。反応条件はいずれも、塩基(炭酸カリウム;K2CO3)に対する標識前駆体化合物(NITTP)のモル比(P/B比)を2.0とし、反応温度及び時間を100℃、10分とした。これらの結果を、平均値±標準誤差として表3に示す。
【0064】
〔実施例3〕
本実施例では、[18F]化反応における総液量を1mLとして、[18F]化反応における反応溶液中の含水率を2.85体積%、6.0体積%、10.0体積%及び15.0体積%に調整した他は、実施例2と同様の方法で開放系で[18F]化反応を3回ずつ行い、得られた[18F]化中間体の収率をそれぞれ算出した。これらの結果を、平均値±標準誤差として表3に示す。
【0065】
【0066】
表3に示すように、含水条件且つ開放系で実施した実施例2及び3は、いずれも[18F]化反応が進行し、[18F]化中間体が得られることが判る。特に、反応溶液の総液量が少ない実施例2では、含水率が20体積%であっても反応が十分に進行することも判る。
【0067】
<実験3.放射性フッ素標識化合物の合成時間及び収率の比較>
〔実施例4〕
本実施例では、自動合成装置(COSMiC-Compact 2424、NMPビジネスサポート社製)を用いて、放射性フッ素標識化合物の合成を含水条件且つ開放系で行った。詳細には、実施例1と同様に混合した反応溶液1mLをポリプロピレンチューブ中で[18F]化反応を行って、[18F]化中間体を得た。この反応における反応条件は、115℃、12分間とした。次いで、該チューブ内に1mol/L塩酸を0.3mL添加して、110℃、3分間反応させて[18F]化中間体の脱保護反応を行った。この反応を経て、目的とする放射性フッ素標識化合物として[18F]FMISOを得た。[18F]FMISOの合成は、独立して3回行った。
【0068】
[18F]FMISOの放射化学的純度は、HPLCを用いて以下の条件2で測定した。[18F]FMISOの放射化学的純度(%)は、[18F]FMISOとしてガンマ線検出器における4.0min付近のピークを用いて、「100×([18F]FMISOの放射能(カウント))/(検出された全放射能(カウント))」の式から算出した。また、得られた[18F]FMISOの総放射能量(GBq)は、ドーズメーター(Capintec社製、型番:CRC-55t PET Dose Calibrator)を用いて測定した。更に、合成開始時刻を基準として減衰補正を行ったときの放射化学的収率(End of bombardment:EOB、単位:%)と、減衰補正を行わないときの放射化学的収率(End of synthesis:EOS、単位:%)とをそれぞれ算出した。これらの結果を、平均値±標準誤差として表4に示す。
【0069】
(高速液体クロマトグラフィー条件2)
装置:LC-20AD(島津製作所製)
検出器1(紫外可視光(UV-vis)検出):SPD-20A(島津製作所製)、測定波長210nm及び325nm
検出器2(ガンマ線(RI)検出):RLC-700(アロカ製)
カラム:XBridge C18 (内径4.6mm×長さ150mm、5μm;日本ウォーターズ社製)
カラム温度:室温
溶離液組成(移動相):10mM(NH4)2HPO4及びMeCN
(0~1.5minでは、10mM(NH4)2HPO4:MeCN=88体積%:12体積%で一定とし、1.5~10minでは、10mM(NH4)2HPO4及びMeCN=88体積%:12体積%~30体積%:70体積%のグラジエント分析とした。)
溶離液流速:1.0mL/min
注入量:10μL
【0070】
〔比較例3〕
本比較例では、自動合成装置を用いて、放射性フッ素標識化合物の合成を非水条件且つ密閉状態で行った。詳細には、比較例1と同様に混合した反応溶液1mLをガラスバイアル中で[18F]化反応を行って、[18F]化中間体を得た。この反応における反応条件は、115℃、10分間とした。次いで、該バイアル内に1mol/L塩酸を0.3mL添加して、110℃、3分間反応させて[18F]化中間体の脱保護反応を行った。この反応を経て、目的とする放射性フッ素標識化合物として[18F]FMISOを得た。[18F]FMISOの合成は、独立して3回行った。[18F]FMISOの放射化学的純度、放射能量及び収率は実施例4と同様に測定及び算出した。結果を以下の表4に示す。
【0071】
【0072】
表4に示すように、含水条件且つ開放系で行った実施例4は、非水条件且つ密閉系で行った比較例3と比較して、総合成時間が短く、且つ放射化学的収率も高いものであることが判る。
【0073】
<実験4.各種標識前駆体化合物を用いた放射性フッ素化の検討>
〔実施例5〕
本実施例では、標識前駆体化合物AとしてNITTPを用いて、開放系で[18F]FMISOの[18F]化中間体を製造した。[18F]の仕込み量は37.1~39.6MBqとし、塩基としてK2CO3を用い、反応条件を表5に示す条件で行った他は、実施例1と同様に行った。独立して3回製造した[18F]化中間体の収率(%)を、平均値±標準偏差(mean±SD)として表5に示す。
【0074】
〔実施例6〕
本実施例では、標識前駆体化合物Bとして2,2-ジメチル-5-[(2-ニトロ-1H-イミダゾール-1-イル)メチル]-5-(p-トルエンスルホニルオキシメチル)-1,3-ジオキサンを用いて、[18F]DiFAの[18F]化中間体を開放系で製造した。詳細には、[18F]イオン含有[18O]水を、予め炭酸フォームになっている陰イオン交換カラムに通液し、[18F]イオンを該カラムに吸着捕集した。次いで、前記炭酸水素カリウム・クリプトフィックス222溶液0.5mLを該カラムに通液して、[18F]イオンを溶出し、[18F]イオン溶出液を得た。
【0075】
得られた[18F]イオン溶出液20μL(9.5~26.8MBq)を反応容器(ポリプロピレンチューブ)に入れ、次いで、前記標識前駆体化合物Bのアセトニトリル溶液20μL(0.2mg、0.47μmol相当)及びアセトニトリル960μL(含水率2.9体積%又は10.0体積%)を添加して、反応溶液の総液量を1mL(含水率2.9体積%又は10.0体積%)として[18F]化反応を開始した。本反応は、反応容器内に窒素の導入を反応液表面へ窒素を吹き付けるように行いながら、開放系(非密閉状態)で行った。反応時間は、13分又は15分とした。その他の反応条件は以下の表5のとおりとした。
【0076】
所定時間反応後、反応容器を直ちに氷冷して[18F]化反応を停止した。次いで、アセトニトリル50体積%含有水溶液を0.1mL添加し、反応容器内に存在する化合物を溶解した。この溶液を、高速液体クロマトグラフィーに導入し、溶液中の[18F]化中間体の存在割合を以下の条件3で分析した。ガンマ線検出器における7.4min付近のピークに基づいて算出した本実施例の[18F]化中間体の収率(%)を、独立して3回製造した収率の平均値±標準偏差として表5に示す。
【0077】
(高速液体クロマトグラフィー条件3)
装置:LC-20AD(島津製作所製)
検出器1(紫外可視光(UV-vis)検出):SPD-20A(島津製作所製)、測定波長210nm及び325nm
検出器2(ガンマ線(RI)検出):RLC-700(アロカ製)
カラム:XBridge C18 (内径4.6mm×長さ150mm、5μm;日本ウォーターズ社製)
カラム温度:室温
溶離液組成(移動相):10mM(NH4)2HPO4及びMeCN
(0~1.5minでは、10mM(NH4)2HPO4:MeCN=88体積%:12体積%で一定とし、1.5~10minでは、10mM(NH4)2HPO4及びMeCN=88体積%:12体積%~30体積%:70体積%のグラジエント分析とした。)
溶離液流速:1.0mL/min
注入量:10μL
【0078】
〔実施例7〕
本実施例では、標識前駆体化合物Cとして6-クロロ-5-フルオロ-2-[5-(イミダゾール-1-イルメチル)ピリジン-3-イル]-1-[2-(p-トルエンスルホニルオキシ)エチル]ベンゾイミダゾールを用いて、[18F]CDP2230の[18F]化中間体を開放系で製造した。詳細には、[18F]イオン液0.5mL(284~681MBq)を前記陰イオン交換カラムに保持したのち、注射用水2.0mLでカラム内を洗浄した。次いで、20μmol/mL炭酸水素カリウムと、25μmol/mL(1.0mg、10.0μmol相当;富士フイルム和光純薬社製)クリプトフィックス222(4.7mg、12.5μmol相当;メルク社製)とをそれぞれ含むアセトニトリル90体積%含有水溶液0.5mLを用いて、前記カラムからガラスバイアルに[18F]イオンを溶出した。次いで、同バイアルに前記標識前駆体化合物Cのアセトニトリル溶液1.0mL(10.5mg、20μmol相当)とを該溶出液に添加して、反応溶液の総液量を1.5mL(含水率16.7体積%)として[18F]化反応を開始した。本反応は、反応容器内に空気の導入を反応液表面へ空気を吹き付けるように行いながら、開放系(非密閉状態)で行った。その他の反応条件は以下の表5のとおりとした。
【0079】
所定時間反応後、反応容器を直ちに氷冷して[18F]化反応を停止した。次いで、エタノール50体積%含有水溶液を1.0mL添加した。この溶液を、薄層クロマトグラフィー(TLC)で分析し、溶液中の[18F]化中間体の存在割合を以下の条件で分析した。TLCスキャナによって検出されたRf=0.5付近のピークに基づいて算出した本実施例の[18F]化中間体の収率(%)を、独立して3回製造した収率の平均値±標準偏差として表5に示す。
【0080】
(薄層クロマトグラフィー条件)
TLCプレート:シリカゲル60F254(メルク社製)
展開溶媒:アセトニトリル・水・ジエチルアミン混合溶液(アセトニトリル:水:ジエチルアミン=10:1:1)
TLCスキャナ:Gita star:PS(raytest社製)
【0081】
〔実施例8〕
本実施例では、標識前駆体化合物Dとして3-N-Boc-5‘-O-ジメトキシトリチル-3’-O-ノシル-チミジンを用いて、[18F]FLTの[18F]化中間体を開放系で製造した。詳細には、実施例5と同様の方法で得た[18F]イオン溶出液(284~681MBq相当)をポリプロピレンチューブに20μL入れ、次いで、前記標識前駆体化合物Dのアセトニトリル溶液20μL(45.9mM)及びアセトニトリル960μL(含水率3体積%)を添加して、反応溶液の総液量をアセトニトリルで1mL(含水率3.0体積%)として[18F]化反応を開始した。本反応は、反応容器内に窒素の導入を反応液表面へ窒素を吹き付けるように行いながら、開放系(非密閉状態)で行った。その他の反応条件は以下の表5のとおりとした。
【0082】
所定時間反応後、反応容器を直ちに氷冷して[18F]化反応を停止した。次いで、アセトニトリル50体積%含有水溶液を0.1mL添加した。この溶液を、高速液体クロマトグラフィーに導入し、溶液中の[18F]化中間体の存在割合を以下の条件4で分析した。ガンマ線検出器における4.0min付近のピークに基づいて算出した本実施例の[18F]化中間体の収率(%)を、平均値±標準偏差として表5に示す。
【0083】
(高速液体クロマトグラフィー条件4)
装置:LC-20AD(島津製作所製)
検出器1(紫外可視光(UV-vis)検出):SPD-20A(島津製作所製)、測定波長210nm及び225nm
検出器2(ガンマ線(RI)検出):RLC-700(アロカ製)
カラム:XBridge C18 (内径4.6mm×長さ150mm、5μm;日本ウォーターズ社製)
カラム温度:室温
溶離液組成(移動相):MeCN:H2O=88体積%:12体積%
保持時間:4分
溶離液流速:1.0mL/min
注入量:10μL
【0084】
【0085】
表5に示すように、含水条件且つ開放系で行った実施例5ないし8は、いずれの標識前駆体化合物を用いた場合でも、放射性フッ素化反応が進行し、またその収率も高いものであることが判る。
【0086】
したがって、本発明の放射性フッ素標識化合物の製造方法は、従来の方法と比較して、製造時間が短縮し、合成収率が高い方法である。また、本方法は、種々の標識前駆体化合物であっても放射性フッ素化反応が進行し、利便性の高い方法である。