(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-24
(45)【発行日】2024-02-01
(54)【発明の名称】ゲノム編集された細胞を製造する方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20240125BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20240125BHJP
C12N 9/16 20060101ALI20240125BHJP
【FI】
C12N15/09 110
C12N5/10 ZNA
C12N9/16 Z
(21)【出願番号】P 2020556604
(86)(22)【出願日】2019-08-07
(86)【国際出願番号】 JP2019031117
(87)【国際公開番号】W WO2020100361
(87)【国際公開日】2020-05-22
【審査請求日】2022-05-27
(31)【優先権主張番号】P 2018215588
(32)【優先日】2018-11-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度国立研究開発法人日本医療研究開発機構 難治性疾患実用化研究事業「稀少免疫疾患に対する新規高精度ゲノム編集手法を用いた治療技術開発に関する研究」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中田 慎一郎
(72)【発明者】
【氏名】富田 亜希子
【審査官】菅原 洋平
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-011525(JP,A)
【文献】Cell Stem Cell,2013年,Vol. 13,pp. 659-662, Supplemental Information
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲノム編集された細胞
(ただし、ヒト体内に存在する状態の細胞、ヒト生殖細胞、およびヒト胚細胞を除く)を製造する方法であって、
相同染色体の特定の部位に相同染色体間で異なる塩基を有する細胞
(ただし、ヒト体内に存在する状態の細胞、ヒト生殖細胞、およびヒト胚細胞を除く)に、当該特定の部位の近傍DNA領域で一本鎖切断する部位特異的ニッカーゼの組み合わせを導入し、当該相同染色体の一方をレシピエントとし、他方をドナーとした相同組換えを誘導して、当該特定の部位におけるレシピエントの塩基をドナーの塩基に置換することを含み、
当該部位特異的ニッカーゼの組み合わせが、当該レシピエントの染色体においては、当該特定の部位の近傍DNA領域の複数箇所で一本鎖切断し、当該ドナーの染色体においては、レシピエントの染色体において一本鎖切断される箇所に対応する少なくとも1箇所で一本鎖切断する方法。
【請求項2】
置換されるレシピエントの塩基が変異塩基であり、ドナーの塩基が正常塩基である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
部位特異的ニッカーゼがCRISPR-Cas系である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の方法に用いるためのキットであって、
相同染色体の特定の部位に相同染色体間で異なる塩基を有する細胞
(ただし、ヒト体内に存在する状態の細胞、ヒト生殖細胞、およびヒト胚細胞を除く)において、当該特定の部位の近傍DNA領域で一本鎖切断する部位特異的ニッカーゼの組み合わせを含み、
当該部位特異的ニッカーゼの組み合わせが、当該レシピエントの染色体においては、当該特定の部位の近傍DNA領域の複数箇所で一本鎖切断し、当該ドナーの染色体においては、レシピエントの染色体において一本鎖切断される箇所に対応する少なくとも1箇所で一本鎖切断するキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゲノム編集された細胞を製造する方法に関し、主として、相同染色体間の相同組換えにより、ヘテロ変異が正常配列に置換された細胞の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
TALENsやCRISPR-Cas系などのプログラム可能なヌクレアーゼの登場により、現在、ゲノム編集技術は、急速な広まりを見せている。Casタンパク質は、ガイドRNAと複合体を形成し、この複合体が、ガイドRNAと相補的な配列を持つゲノム上の標的部位に結合して、DNA二本鎖の両方を切断する。一世代前のゲノム編集技術であるTALENsは、DNAを標的化するTALEタンパク質とDNAを切断するヌクレアーゼ(主として、FokI)との融合タンパク質であるが、CRISPR-Cas系と同様に、ゲノム上の標的部位でDNAの二本鎖切断を生じさせる。
【0003】
このDNAの二本鎖切断は、非相同末端結合により修復された場合、ヌクレオチドの挿入や欠失(insertion/deletion: indel)が生じ、フレームシフトなどにより遺伝子ノックアウトを行うことができる。一方、細胞外から、修復鋳型となるドナーDNAを導入した場合には、ゲノムとドナーDNAとの間の相同組換えにより、遺伝子ノックインを行うことができる。この遺伝子ノックインにおいては、DNAの挿入のみならず、1~数ヌクレオチドの置換や欠失を生じさせることも可能である。
【0004】
しかしながら、ゲノム恒常性の観点では、プログラム可能なヌクレアーゼを用いたゲノム編集には大きな問題がある。その一つは、DNAの二本鎖切断による目的外の遺伝子変異の発生である。体細胞では、相同組換えによる修復よりも非相同末端結合による修復が優位であるため、ゲノム編集系により二本鎖切断された標的部位では、修復鋳型によるノックインよりも、目的外の変異(indel)が生じやすい。そのため、ゲノム編集を実施した細胞集団において、目的通りのノックインを達成できた細胞や遺伝子配列の変化が全く起こらなかった細胞に加え、非相同末端結合に起因する目的外の変異が生じた細胞が少なからず含まれてしまう。また、1細胞レベルで見れば、常染色体の対立遺伝子のうち1つが計画通りにノックインされても、もう一方には目的外の変異が入る可能性がある。また、プログラム可能なヌクレアーゼは、標的配列と類似性の高いDNA配列(オフターゲット)においてもDNA二本鎖切断を発生させ、ゲノム変異を生じさせることが報告されている。
【0005】
そこで、本発明者らは、Cas9の2つのヌクレアーゼ部位のうち一方を失活させたニッカーゼ型Cas9を用い、DNAの一本鎖切断によって相同組換えを誘導することにより、従来のDNAの二本鎖切断による手法と比較して、非相同末端結合による目的外の変異(indel)の発生を抑制しうる手法を開発した。その一つは、ニッカーゼを用い、標的とするゲノムに2箇所、修復鋳型を含むドナープラスミドに1箇所のニックを入れることによる、タンデムニック法を利用したゲノム編集法である(非特許文献1、特許文献1)。また、本発明者らは、この方法をさらに発展させ、標的とするゲノムに1箇所のニックを入れ、修復鋳型を含むドナープラスミドに1箇所のニックを入れるSNGD法(a combination of single nicks in the target gene and donor plasmid)も開発した(特許文献1)。
【0006】
その一方で、ゲノム編集においては、修復鋳型として用いるドナーDNAのゲノムへのランダムな組み込みという問題もある。すなわち、細胞にDNAを多量に導入すると、DNAの一部がゲノムの任意の部位に組み込まれてしまう現象(ランダムインテグレーション)が高頻度に発生する。しかしながら、ランダムインテグレーションが生じた部位を同定することは困難であり、医療応用などを行う場合には、安全性の面で問題となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【文献】Nakajima K, et al., Genome Res. 28, 223-230, 2018
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、このような上記従来技術の有する問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、外来のドナーDNAを用いずに、特異的かつ高効率に、相同組換えによるゲノム編集を行う方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、まず、細胞外からドナーDNAを導入するのではなく、細胞に元々存在する相同染色体を修復鋳型としてゲノム編集を行うことにより、ドナーDNAのランダムインテグレーションという問題を回避することを構想した。
【0011】
細胞内の染色体にヘテロ接合体変異あるいは複合ヘテロ接合体変異が存在する場合、一方のアリル(これを「アリルA」と称する)に存在する遺伝子変異は、もう一方のアリル(これを「アリルB」と称する)には存在しない。ここで、仮に、アリルAとアリルBとの間で相同組換えを誘導することができれば、アリルBを修復鋳型としてアリルAの変異を正常配列に修復したり、逆に、アリルAを鋳型としてアリルBの正常配列に変異を導入することが可能である。この場合、既存法において鋳型として用いていた外来のドナーDNA(人工合成DNA鎖やプラスミドなど)は不要となる。しかしながら、体細胞において相同組換え修復が起こるのは姉妹染色分体間であり、相同染色体間での相同組換えは非常に起こりにくい。
【0012】
そこで、本発明者らは、相同染色体の標的部位周辺にDNA切断を導入することによる、相同染色体間の相同組換えの誘導を試みた。様々な切断様式を検討した結果、レシピエントとなる染色体上の修正対象とするヌクレオチドの近傍DNA領域の複数箇所にニックを生じさせ、かつ、ドナーとなる染色体上では、レシピエントの染色体においてニックを生させる箇所に対応する箇所の少なくとも1箇所にニックを生じさせることにより、非相同末端結合を顕著に抑制し、標的部位における相同染色体間での組換えを特異的に誘導することに成功した(ニックの導入の例を
図1A~Hに示す)。そして、これにより、目的外の変異を生じさせずに、高効率で標的の変異を修復することに成功した。さらに、本発明者らは、この方法の原理によれば、広く、相同染色体間で異なる塩基を標的として、いずれかの塩基に統一することが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
本発明は、相同染色体間の相同組換えを利用したゲノム編集に関するものであり、より詳しくは、以下を提供するものである。
【0014】
(1)ゲノム編集された細胞を製造する方法であって、
相同染色体の特定の部位に相同染色体間で異なる塩基を有する細胞に、当該特定の部位の近傍DNA領域で一本鎖切断する部位特異的ニッカーゼの組み合わせを導入し、当該相同染色体の一方をレシピエントとし、他方をドナーとした相同組換えを誘導して、当該特定の部位におけるレシピエントの塩基をドナーの塩基に置換することを含み、
当該部位特異的ニッカーゼの組み合わせが、当該レシピエントの染色体においては、当該特定の部位の近傍DNA領域の複数箇所で一本鎖切断し、当該ドナーの染色体においては、レシピエントの染色体において一本鎖切断される箇所に対応する箇所の少なくとも1箇所で一本鎖切断する方法。
【0015】
(2)置換されるレシピエントの塩基が変異塩基であり、ドナーの塩基が正常塩基である、(1)に記載の方法。
【0016】
(3)部位特異的ニッカーゼがCRISPR-Cas系である、(1)又は(2)に記載の方法。
【0017】
(4)(1)から(3)のいずれかに記載の方法に用いるためのキットであって、
相同染色体の特定の部位に相同染色体間で異なる塩基を有する細胞において、当該特定の部位の近傍DNA領域で一本鎖切断する部位特異的ニッカーゼの組み合わせを含み、
当該部位特異的ニッカーゼの組み合わせが、当該レシピエントの染色体においては、当該特定の部位の近傍DNA領域の複数箇所で一本鎖切断し、当該ドナーの染色体においては、レシピエントの染色体において一本鎖切断される箇所に対応する箇所の少なくとも1箇所で一本鎖切断するキット。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、非相同末端結合による目的外の変異の発生を顕著に抑制しながら、相同染色体間の相同組換えによって、特異的かつ高効率にゲノム編集を行うことができる。また、相同組換えに外来のドナーDNAを利用ぜず、ドナーDNAのランダムインテグレーションという問題も生じないことから、遺伝子治療などの医療応用を行った場合でも、高い安全性でゲノム編集を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1A】
図1Aは、本発明の方法における、部位特異的ニッカーゼによる相同染色体の一本鎖切断のパターンの例を示す。
【
図2A】
図2Aは、相同組換えのドナーとした染色体のサイミジンキナーゼ1遺伝子における、本実施例で設計したcrRNA(sgRNAの5′側領域に相当)の標的部位を示す。大文字がエクソンを、小文字がイントロンを示す。四角で囲んだ塩基配列はPAM配列である(以下、
図2B~Hについても同様)。アンダーラインは、上から順に、TSCER2_TK1(ex4)-322sの標的部位、TSCER2_TK1(ex4)21s、TSCER2_TK1(ex4)29sの標的部位を示す。
【
図2B】
図2Bは、相同組換えのレシピエントとした染色体のサイミジンキナーゼ1遺伝子における、本実施例で設計したcrRNA(sgRNAの5’側領域に相当)の標的部位を示す。アンダーラインは、上から順に、TSCER2_TK1(ex4)-322sの標的部位、TSCER2_TK1(ex4)21sの標的部位、TSCER2_TK1(ex4)20s、TSCER2_TK1(ex4)29sの標的部位を示す。
【
図2C】
図2Cは、相同組換えのレシピエントとした染色体のサイミジンキナーゼ1遺伝子における、本実施例で設計したcrRNA(sgRNAの5’側領域に相当)の標的部位を示す。アンダーラインは、それぞれ、TSCER2_TK1(ex4)-S1(上図)及びTSCER2_TK1(ex4)-S2(下図)のcrRNAの標的部位を示す。
【
図2D】
図2Dは、相同組換えのレシピエントとした染色体のサイミジンキナーゼ1遺伝子における、本実施例で設計したcrRNA(sgRNAの5’側領域に相当)の標的部位を示す。アンダーラインは、それぞれ、TSCER2_TK1(ex4)-S3(上図)及びTSCER2_TK1(ex4)-S4(下図)のcrRNAの標的部位を示す。
【
図2E】
図2Eは、相同組換えのレシピエントとした染色体のサイミジンキナーゼ1遺伝子における、本実施例で設計したcrRNA(sgRNAの5’側領域に相当)の標的部位を示す。アンダーラインは、それぞれ、TSCER2_TK1(ex4)-S5(上図)及びTSCER2_TK1(ex4)-S6(下図)のcrRNAの標的部位を示す。
【
図2F】
図2Fは、相同組換えのレシピエントとした染色体のサイミジンキナーゼ1遺伝子における、本実施例で設計したcrRNA(sgRNAの5’側領域に相当)の標的部位を示す。アンダーラインは、それぞれ、TSCER2_TK1(ex4)-S7(上図)及びTSCER2_TK1(ex4)-S8(下図)のcrRNAの標的部位を示す。
【
図2G】
図2Gは、相同組換えのレシピエントとした染色体のサイミジンキナーゼ1遺伝子における、本実施例で設計したcrRNA(sgRNAの5’側領域に相当)の標的部位を示す。アンダーラインは、それぞれ、TSCER2_TK1(ex4)-S9(上図)及びTSCER2_TK1(ex4)-S10(下図)のcrRNAの標的部位を示す。
【
図2H】
図2Hは、相同組換えのレシピエントとした染色体のサイミジンキナーゼ1遺伝子における、本実施例で設計したcrRNA(sgRNAの5’側領域に相当)の標的部位を示す。アンダーラインは、それぞれ、TSCER2_TK1(ex4)-S11(上図)及びTSCER2_TK1(ex4)-S12(下図)のcrRNAの標的部位を示す。
【
図2I】
図2Iは、crRNAとして、TSCER2_TK1(ex4)-322sとTSCER2_TK1(ex4)20sの組み合わせを用いた場合における、標的部位の一本鎖切断を示す。
【
図3】
図3は、本実施例の各サンプルにおいて、DNAの一本鎖切断又は二本鎖切断が入る位置を示す。
【
図4A】
図4Aは、
図3に示した本実施例のサンプルにおいて、サイミジンキナーゼ活性の回復を指標にゲノム編集が生じた細胞を検出した結果を示す。図下は、図上のサンプル#1~6のグラフを拡大したものである。
【
図4B】
図4Bは、
図3に示した本実施例のサンプルにおいて、サイミジンキナーゼ活性の回復を指標にゲノム編集が生じた細胞を検出した結果を示す。
図4Aとは、ニッカーゼ型CRISPR-Cas系を発現するプラスミドを細胞へ導入する際のエレクトロポレーションの条件が異なる。
【
図5】
図5は、
図3及び4に示した本実施例のサンプル#2及び#7において、ゲノム編集後の標的部位の塩基配列を解析した結果を示す。
【
図6】
図6は、
図7に示した本実施例のサンプルにおける、DNAの一本鎖切断が入る位置(図上)及び、サイミジンキナーゼ活性の回復を指標にゲノム編集が生じた細胞を検出した結果(図下)を示す。
【
図7】
図7は、本実施例の各サンプルにおいて、DNAの一本鎖切断が入る位置を示す。
【
図8】
図8は、
図6及び7に示した本実施例のサンプルS3/20s及びS12/20sにおいて、ゲノム編集後の標的部位の塩基配列を解析した結果を示す。
【
図9】
図9は、
図10に示した本実施例の各サンプルにおける、DNAの一本鎖切断が入る位置(図上)及び、サイミジンキナーゼ活性の回復を指標にゲノム編集が生じた細胞を検出した結果(図下)を示す。
【
図10】
図10は、本実施例の各サンプルにおいて、DNAの一本鎖切断が入る位置を示す。
【
図11】
図11は、
図12に示した本実施例の各サンプルにおける、DNAの一本鎖切断が入る位置(図上)及び、サイミジンキナーゼ活性の回復を指標にゲノム編集が生じた細胞を検出した結果(図下)を示す。
【
図12】
図12は、本実施例の各サンプルにおいて、DNAの一本鎖切断が入る位置を示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明におけるゲノム編集された細胞を製造する方法は、部位特異的ニッカーゼによる一本鎖切断により誘導された相同染色体間の相同組換えを利用して、相同染色体間で異なる塩基を、いずれかの塩基に統一することを原理とする。
【0021】
具体的には、相同染色体の特定の部位に相同染色体間で異なる塩基を有する細胞に、当該特定の部位の近傍DNA領域で一本鎖切断する部位特異的ニッカーゼの組み合わせを導入し、当該相同染色体の一方をレシピエントとし、他方をドナーとした相同組換えを誘導して、当該特定の部位におけるレシピエントの塩基をドナーの塩基に置換する。
【0022】
本発明におけるゲノム編集の対象となる「細胞」としては、相同染色体を有する限り、特に制限はなく、様々な真核細胞を対象とすることができる。「真核細胞」としては、例えば、動物細胞、植物細胞、藻細胞、真菌細胞が挙げられる。また動物細胞としては、例えば、哺乳動物細胞の他、魚類、鳥類、爬虫類、両生類、昆虫類の細胞が挙げられる。
【0023】
「動物細胞」には、例えば、動物の個体を構成している細胞、動物から摘出された器官・組織を構成する細胞、動物の組織に由来する培養細胞などが含まれる。具体的には、例えば、各段階の胚の胚細胞(例えば、1細胞期胚、2細胞期胚、4細胞期胚、8細胞期胚、16細胞期胚、桑実期胚など);誘導多能性幹(iPS)細胞、胚性幹(ES)細胞、造血幹細胞などの幹細胞;線維芽細胞、造血細胞、ニューロン、筋細胞、骨細胞、肝細胞、膵臓細胞、脳細胞、腎細胞などの体細胞などが挙げられる。ゲノム編集動物の作成には、受精後の卵母細胞、すなわち受精卵を用いることができる。特に好ましくは、受精卵は前核期胚のものである。受精前の卵母細胞には、凍結保存されたものを解凍して用いることができる。
【0024】
本発明において「哺乳動物」とは、ヒト及び非ヒト哺乳動物を包含する概念である。非ヒト哺乳動物の例としては、ウシ、イノシシ、ブタ、ヒツジ、ヤギなどの偶蹄類、ウマなどの奇蹄類、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、リスなどの齧歯類、ウサギなどのウサギ目、イヌ、ネコ、フェレットなどの食肉類などが挙げられる。上記の非ヒト哺乳動物は、家畜又はコンパニオンアニマル(愛玩動物)であってもよく、野生動物であってもよい。
【0025】
「植物細胞」としては、例えば、穀物類、油料作物、飼料作物、果物、野菜類の細胞が挙げられる。「植物細胞」には、例えば、植物の個体を構成している細胞、植物から分離した器官や組織を構成する細胞、植物の組織に由来する培養細胞などが含まれる。植物の器官や組織としては、例えば、葉、茎、茎頂(生長点)、根、塊茎、塊根、種子、カルスなどが挙げられる。植物の例としては、イネ、トウモロコシ、バナナ、ピーナツ、ヒマワリ、トマト、アブラナ、タバコ、コムギ、オオムギ、ジャガイモ、ダイズ、ワタ、カーネーションなどが挙げられる。
【0026】
相同染色体の特定の部位における「相同染色体間で異なる塩基」は、一つの塩基であっても、複数の塩基(塩基配列)であってもよい。また、変異であっても、多型であってもよい。変異としては、例えば、置換、欠失、挿入、又はこれらの組み合わせが挙げられ、多型には、例えば、一塩基多型やマイクロサテライト多型が挙げられる。
【0027】
本発明においては、相同染色体のうち、特定部位に変異や多型を持つ染色体を、相同組換えにおけるレシピエントとすることも、ドナーとすることもできる。すなわち、本発明におけるゲノム編集により、相同染色体を構成する2つの染色体の特定部位の塩基を、双方とも正常配列にすることもでき、また、双方とも特定の変異配列や多型配列にすることもできる。例えば、HLAにおいては、ヘテロ接合体のHLAをホモ接合体HLAにすることもできる。
【0028】
医療上の有用性の観点からの典型的な本発明の利用態様は、ヘテロ接合体変異に起因するヒトの疾患を治療又は予防するために、ヒト細胞における当該変異を正常配列へと修復することである。ここで「ヘテロ接合体変異に起因する疾患」としては、当該ヘテロ変異により直接的に生じる疾患(優性遺伝疾患)の他、2種の異なる変異の組み合わせ(複合ヘテロ接合体)により生じる疾患(劣性遺伝疾患)も含む意である。対象疾患としては、例えば、先天性免疫不全症におけるOAS1異常症などの常染色体優性遺伝形式をとる常染色体ヘテロ接合体変異により発症する疾患、ADA欠損症などの常染色体劣性遺伝形式をとる遺伝性疾患、及び女性の第VIII因子・第IX因子欠損の血友病などの女性でX連鎖性伴性遺伝形式で発症する疾患が挙げられるが、これらに制限されない。
【0029】
本発明に用いる「部位特異的ニッカーゼ」としては、ゲノム上の部位特異的にDNAを一本鎖切断できるものであれば制限はないが、ニッカーゼ型Casタンパク質を構成要素とするCRISPR-Cas系が好ましい。Casタンパク質は、通常、標的鎖の切断に関与するドメイン(RuvCドメイン)及び非標的鎖の切断に関与するドメイン(HNHドメイン)を含むが、ニッカーゼ型Casタンパク質は、典型的には、これら2つのドメインのいずれかのドメインの変異により、その切断活性が喪失している。このような変異としては、spCas9タンパク質(S.pyogenes由来のCas9タンパク質)の場合には、例えば、N末端から10番目のアミノ酸(アスパラギン酸)のアラニンへの変異(D10A:RuvCドメイン内の変異)、N末端から840番目のアミノ酸(ヒスチジン)のアラニンへの変異(H840A:HNHドメイン内の変異)、N末端から863番目のアミノ酸(アスパラギン)のアラニンへの変異(N863A:HNHドメイン内の変異)、N末端から762番目のアミノ酸(グルタミン酸)のアラニンへの変異(E762A:RuvCIIドメイン内の変異)、N末端から986番目のアミノ酸(アスパラギン酸)のアラニンへの変異(D986A:RuvCIIIドメイン内の変異)が挙げられる。その他、種々の由来のCas9タンパク質が公知であり(例えば、WO2014/131833)、それらのニッカーゼ型を利用することができる。なお、Cas9タンパク質のアミノ酸配列及び塩基配列は公開されたデータベース、例えば、GenBank(http://www.ncbi.nlm.nih.gov)に登録されており(例えば、アクセッション番号:Q99ZW2.1等)、本発明においてはこれらを利用することができる。
【0030】
また、本発明においては、Cas9以外のCasタンパク質、例えば、Cpf1(Cas12a)、Cas12b、CasX(Cas12e)、Cas14などを利用することもできる。ニッカーゼ型Cpf1タンパク質における変異としては、例えば、AsCpf1(Cas12)では、N末端から1226番目のアミノ酸(アルギニン)のアラニンへの変異(R1226A:Nucドメイン内の変異)が挙げられる。Cpf1のアミノ酸配列は公開されたデータベース、例えば、GenBank(http://www.ncbi.nlm.nih.gov)に登録されている(例えば、アクセッション番号:WP_021736722、WP_035635841など)。
【0031】
CRISPR-Cas系を構成するタンパク質としては、核移行シグナルを付加したものを用いてもよい。
【0032】
ニッカーゼ型Casタンパク質を構成要素とするCRISPR-Cas系においては、ニッカーゼ型Casタンパク質がガイドRNAと結合して複合体を形成し、標的DNA配列に標的化されてDNAを一本鎖切断する。CRISPR-Cas9系においては、ガイドRNAは、crRNA及びtracrRNAを含むが、CRISPR-Cpf1系においては、tracrRNAは不要である。CRISPR-Cas9系におけるガイドRNAは、crRNA及びtracrRNAを含む一分子ガイドRNAでも、crRNA断片とtracrRNA断片とからなる二分子ガイドRNAであってもよい。
【0033】
crRNAは、標的DNA配列に対して相補的な塩基配列を含む。標的DNA配列は、通常、12~50塩基、好ましくは、17~30塩基、より好ましくは17~25塩基からなる塩基配列であり、PAM(proto-spacer adjacent motif)配列と隣接する領域より選択されることが好ましい。典型的には、DNAの部位特異的切断は、crRNAと標的DNA配列の間の塩基対形成の相補性と、それに隣接して存在するPAMの両方によって決定される位置で生じる。
【0034】
多くのCRISPR-Cas系においては、crRNAは、さらに、tracrRNA断片と相互作用(ハイブリダイズ)が可能な塩基配列を3’側に含む。一方、tracrRNAは、crRNAの一部の塩基配列と相互作用(ハイブリダイズ)が可能な塩基配列を5’側に含む。これら塩基配列の相互作用によりcrRNA/tracrRNA(一分子又は二分子)が二重鎖RNAを形成し、形成された二重鎖RNAは、Casタンパク質と相互作用する。
【0035】
PAMは、Casタンパク質の種類や由来により異なる。典型的なPAM配列は、例えば、S.pyogenes由来のCas9タンパク質(II型)では、「5′-NGG」であり、S.solfataricus由来のCas9タンパク質(I-A1型)では、「5′-CCN」であり、S.solfataricus由来のCas9タンパク質(I-A2型)では、「5′-TCN」であり、H.walsbyl由来のCas9タンパク質(I-B型)では、「5′-TTC」であり、E.coli由来のCas9タンパク質(I-E型)では、「5′-AWG」であり、E.coli由来のCas9タンパク質(I-F型)では、「5′-CC」であり、P.aeruginosa由来のCas9タンパク質(I-F型)では、「5′-CC」であり、S.Thermophilus由来のCas9タンパク質(II-A型)では、「5′-NNAGAA」であり、S.agalactiae由来のCas9タンパク質(II-A型)では、「5′-NGG」であり、S.aureus由来のCas9タンパク質では、「5′-NGRRT」又は「5′-NGRRN」であり、N.meningitidis由来のCas9タンパク質では、「5′-NNNNGATT」であり、T.denticola由来のCas9タンパク質では、「5′-NAAAAC」である。Cpf1では、典型的には、「5’-TTN」又は「5’-TTTN」である。なお、タンパク質を改変すること(例えば、変異の導入)により、PAM認識を改変することも可能である(Benjamin,P.ら、Nature 523,481-485(2015)、Hirano,S.ら、Molecular Cell 61, 886-894(2016))。
【0036】
本発明においては、CRISPR-Cas系以外の部位特異的ニッカーゼを利用することもできる。このような部位特異的ニッカーゼとしては、例えば、ニッカーゼ活性を持つ酵素と融合された人工ヌクレアーゼが挙げられる。人工ヌクレアーゼとしては、例えば、TALE(transcription activator-like effector)、ZF(zinc finger)、PPR(pentatricopeptide repeat)を利用することができる。これら人工ヌクレアーゼとの融合により、ニッカーゼ活性を発揮し得る酵素としては、例えば、TevIが挙げられる(Nat Commun. 2013;4:1762. doi: 10.1038/ ncomms2782)。これら人工ヌクレアーゼは、特定の塩基(あるいは特定の塩基配列)を認識するモジュール(ペプチド)を連結することにより構築されたDNA結合ドメインにより、標的DNA配列に標的化され、当該DNA結合ドメインに融合されたニッカーゼにより、DNAを一本鎖切断する。人工ヌクレアーゼにおけるDNA結合ドメインとニッカーゼの間には、適当なスペーサーペプチドが導入されていてもよい。
【0037】
本発明においては、レシピエントの染色体においては、上記特定の部位(相同染色体間で異なる塩基)の近傍DNA領域の複数箇所で一本鎖切断し、ドナーの染色体においては、レシピエントの染色体において一本鎖切断される箇所に対応する箇所の少なくとも1箇所で一本鎖切断する部位特異的ニッカーゼの組み合わせを利用する。
【0038】
ここで「近傍DNA領域」とは、特定の部位から、通常、100000塩基以内、10000塩基以内、5000塩基以内、2000塩基以内、好ましくは1000塩基以内(例えば、500塩基以内、400塩基以内、300塩基以内、200塩基以内、100塩基以内、50塩基以内、20塩基以内、10塩基以内)の領域である。また、「近傍DNA領域の複数箇所」は、同一のDNA鎖状であっても、異なるDNA鎖上であってもよい。
【0039】
具体的な態様の例としては、上記特定の部位の5′側近傍DNA領域と3′側近傍DNA領域に1箇所ずつ(
図1Aのパターン1とパターン2、
図1Cのパターン1′と2(a)′、
図1Dのパターン2(b)′)、上記特定の部位の5′側近傍DNA領域に2箇所(
図1Bのパターン3(a)、パターン4(a)、
図1Dのパターン3(a)′、
図1Eのパターン4(a)′)、上記特定の部位の3′側近傍DNA領域に2箇所(
図1Bのパターン3(b)、パターン4(b)、
図1Eのパターン3(b)′、
図1Fのパターン4(b)′)、及び上記特定の部位の5′側近傍DNA領域と3′側近傍DNA領域に少なくとも1箇所ずつで計3箇所(
図1Gのパターン5とパターン6)が挙げられる。切断される箇所は、4箇所以上であってもよい。また、1つの特定の部位の近傍DNA領域には、他の特定の部位(相同染色体間で異なる塩基)が存在していてもよい(
図1Hのパターン7)。
【0040】
ドナーの染色体とレシピエントの染色体において一本鎖切断される箇所の全てが対応している態様(
図1Aのパターン1、
図1Bのパターン3、
図1Cのパターン1′、
図1Dのパターン3(a)′、
図1Eのパターン3(b)′、
図1Gのパターン6、
図1Hのパターン7(d))においては、レシピエントの染色体の標的DNA配列に結合する部位特異的ニッカーゼが、ドナーの染色体の対応DNA配列にも結合するように設計すればよい。この場合、レシピエントの染色体の標的DNA配列とドナーの染色体の対応DNA配列は、典型的には、同一のDNA配列である。
【0041】
一方、ドナーの染色体とレシピエントの染色体において一本鎖切断される箇所の一部が対応していない態様(
図1Aのパターン2、
図1Bのパターン4、
図1Cのパターン2(a)′、
図1Dのパターン2(b)′、
図1Eのパターン4(a)′、
図1Fのパターン4(b)′、
図1Gのパターン5、
図1Hのパターン7(a)~(c))においては、レシピエントの染色体の標的DNA配列に結合する部位特異的ニッカーゼの組み合わせの一部を、ドナーの染色体の対応DNA配列には結合しないように設計することができる。この場合、レシピエントの染色体の標的DNA配列とドナーの染色体の対応DNA配列は、異なるDNA配列である。例えば、ゲノム編集により置換を行う塩基(相同染色体間で異なる塩基)を含むように、部位特異的ニッカーゼの標的DNA配列を設定すれば、レシピエントの染色体の標的DNA配列とドナーの染色体の対応DNA配列は、異なるDNA配列となる。部位特異的ニッカーゼがCRISPR-Cas系である場合には、レシピエントの標的DNA配列に結合特異性を持つようにガイドRNAを設計すればよい。また、部位特異的ニッカーゼがニッカーゼ活性を持つ酵素と融合された人工ヌクレアーゼの場合には、レシピエントの標的DNA配列に結合特異性を持つようにDNA結合ドメインを設計すればよい。この態様においては、部位特異的ニッカーゼの設計上、一本鎖切断される部位は、上記特定の部位(相同染色体間で異なる塩基)から、通常、約100塩基位内、より好ましくは50塩基以内(例えば、40塩基以内、30塩基以内、20塩基以内、10塩基以内)である。
【0042】
本発明において、異なるDNA鎖上で一本鎖切断を行う場合には、一本鎖切断の距離が近すぎると二本鎖切断が生じうる。従って、異なるDNA鎖上にある一本鎖切断箇所の距離は、通常、100塩基以上、好ましくは200塩基以上であり、かつ、通常、2000塩基以内、好ましくは1000塩基以内、さらに好ましくは500塩基以内である。
【0043】
本発明においては、上記部位特異的ニッカーゼの組み合わせを細胞に導入する。細胞に導入される「部位特異的ニッカーゼ」は、CRISPR-Cas系の場合には、例えば、ガイドRNAとCasタンパク質の組み合わせの形態であっても、ガイドRNAとCasタンパク質に翻訳されるメッセンジャーRNAとの組み合わせの形態であっても、それらを発現するベクターの組み合わせであってもよい。ガイドRNAは、分解を抑制するための修飾(化学修飾など)が行われていてもよい。ニッカーゼ活性を持つ酵素と融合された人工ヌクレアーゼである場合には、例えば、タンパク質の形態であっても、当該タンパク質に翻訳されるメッセンジャーRNAであっても、当該タンパク質を発現するベクターの形態であってもよい。
【0044】
発現ベクターの形態を採用する場合には、発現させるべきDNAに作動的に結合している1つ以上の調節エレメントを含む。ここで、「作動可能に結合している」とは、調節エレメントに上記DNAが発現可能に結合していることを意味する。「調節エレメント」としては、プロモーター、エンハンサー、内部リボソーム進入部位(IRES)、及び他の発現制御エレメント(例えば、転写終結シグナル、例えば、ポリアデニル化シグナル及びポリU配列)が挙げられる。調節エレメントとしては、目的に応じて、例えば、多様な宿主細胞中でのDNAの構成的発現を指向するものであっても、特定の細胞、組織、あるいは器官でのみDNAの発現を指向するものであってもよい。また、特定の時期にのみDNAの発現を指向するものであっても、人為的に誘導可能なDNAの発現を指向するものであってもよい。プロモーターとしては、例えば、polIIIプロモーター(例えば、U6及びH1プロモーター)、polIIプロモーター(例えば、レトロウイルスのラウス肉腫ウイルス(RSV)LTRプロモーター、サイトメガロウイルス(CMV)プロモーター、SV40プロモーター、ジヒドロ葉酸レダクターゼプロモーター、β-アクチンプロモーター、ホスホグリセロールキナーゼ(PGK)プロモーター、及びEF1αプロモーター)、polIプロモーター、又はそれらの組合せが挙げられる。当業者であれば、導入する細胞の種類などに応じて、適切な発現ベクターを選択することができる。
【0045】
部位特異的ニッカーゼの細胞への導入は、例えば、エレクトロポレーション、マイクロインジェクション、DEAE-デキストラン法、リポフェクション法、ナノ粒子媒介性トランスフェクション法、ウイルス媒介性核酸送達法などの公知の方法で行うことができる。
【0046】
細胞への導入後、部位特異的ニッカーゼの組み合わせが、レシピエントの染色体においては、標的塩基の近傍DNA領域で複数箇所一本鎖切断し、ドナーの染色体においては、レシピエントの染色体において一本鎖切断される箇所に対応する箇所の少なくとも1箇所で一本鎖切断する。これにより非相同末端結合による目的外の変異の発生を顕著に抑制しながら、相同染色体間での相同組換えが誘導され、特異的かつ高効率に、標的塩基がドナーにおける対応する塩基に置換される。本発明によれば、非相同末端結合による目的外の変異の発生を90%以上、好ましくは95%以上(例えば、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、100%)抑制することができる。
【0047】
また、本発明は、上記本発明の方法に用いるためのキットであって、上記部位特異的ニッカーゼの組み合わせを含むキットを提供する。当該のキットは、一つ又は複数の追加の試薬をさらに含む場合があり、追加の試薬としては、例えば、希釈緩衝液、再構成溶液、洗浄緩衝液、核酸導入試薬、タンパク質導入試薬、対照試薬(例えば、対照のガイドRNA)が挙げられるが、これらに制限されない。当該キットは、本発明の方法を実施するための使用説明書を含んでいてもよい。
【実施例】
【0048】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0049】
[実施例1]複数ニック法の有効性
A.材料
(1)TSCER2細胞
Thymidine Kinase 1遺伝子(TK1)のヘテロ接合体変異をもつlymphoblastTK6細胞(exon 4に1ヌクレオチド挿入。フレームシフト)由来細胞である。健常アリルのintoron 4に31塩基対の挿入(これ自体はTK1遺伝子機能の喪失とは関係ない)とexon 5に変異を入れ、複合ヘテロ接合体変異に改変し、TK1遺伝子の機能を喪失させている。サイミジンキナーゼに依存したDNA合成salvage経路が機能しないため、aminopterinによりDNA de novo合成経路を遮断すると、2-deoxycytidine、hypoxanthine、及びthymidineを供給しても細胞増殖することができない。ゲノム編集によりサイミジンキナーゼ活性が回復した場合、CHAT培地(10μM 2-deoxycytidine[Sigma]、200μM hypoxanthine[Sigma], 100nM aminopterin[Sigma]、及び17.5μM thymidine[Sigma])中でも細胞増殖可能となる。
【0050】
(2)ニッカーゼ型CRISPR-Cas9系と標的領域の構造
ドナーとなる野生型の標的領域(TK1 Intron3~Exon4~Intron4の配列)を
図2A(配列番号:1)に示す。大文字がエクソンを、小文字がイントロンを示す。四角で囲んだ塩基配列はPAM配列である。アンダーラインは、上から順に、TSCER2_TK1(ex4)-322sの標的部位、TSCER2_TK1(ex4)21sの標的部位、TSCER2_TK1(ex4)29sの標的部位を示す。
【0051】
また、レシピエントとなる変異型の標的領域を
図2B(配列番号:2)に示す。大文字がエクソンを、小文字がイントロンを示す。四角で囲んだ塩基配列はPAM配列である。アンダーラインは、上から順に、TSCER2_TK1(ex4)-322sの標的部位、TSCER2_TK1(ex4)21sの標的部位、TSCER2_TK1(ex4)20s、TSCER2_TK1(ex4)29sの標的部位を示す。
【0052】
また、S1~S12の標的領域を
図2C~2H(配列番号:3~14)に示す。大文字はエクソン、小文字はその他の配列を示す。四角で囲んだ塩基配列はPAM配列である。標的配列部位をアンダーラインで示した。
【0053】
sgRNAのうちcrRNAに相当する配列は、以下の通りである。なお、下線はPAMに対する配列である。
TSCER2_TK1(ex4)20s
CGTCTCGGAGCAGGCAGGCG
GGG(配列番号:15)
TSCER2_TK1(ex4)21s
ACGTCTCGGAGCAGGCAGGC
GGG(配列番号:16)
TSCER2_TK1(ex4)-322s
CCTCAGCCACAAGAGTAGCT
GGG(配列番号:17)
TSCER2_TK1(ex4)29s
CCTGGGCCACGTCTCGGAGC
AGG(配列番号:18)
TSCER2_TK1_S1
ACCTCTAGACCATGGATCTG
AGG(配列番号:19)
TSCER2_TK1_S2
CTGACAAAGAGCTCCTTCAC
TGG(配列番号:20)
TSCER2_TK1_S3
ATTCAAGGGAGGAGCACCCC
AGG(配列番号:21)
TSCER2_TK1_S4
CTTGTGATTTTCCACTGGAC
AGG(配列番号:22)
TSCER2_TK1_S5
GAAGTTGTACTTCCAACAGC
TGG(配列番号:23)
TSCER2_TK1_S6
CAGACTAGGCCAACTTCATC
AGG(配列番号:24)
TSCER2_TK1_S7
GATAACTTCCAAGTCAGCGA
GGG(配列番号:25)
TSCER2_TK1_S8
AGCTTCCCATCTATACCTCC
TGG(配列番号:26)
TSCER2_TK1_S9
CAACCGGCCTGGAACCACGT
AGG(配列番号:27)
TSCER2_TK1_S10
GATCTAGAACTGCTTGCAAT
GGG(配列番号:28)
TSCER2_TK1_S11
TCAATCATATCACTCTTAGC
TGG(配列番号:29)
TSCER2_TK1_S12
GGAGCTGTCCATGAGACCCAGGG(配列番号:30)
TSCER2_TK1(ex4)20sを用いた場合は、[CCCCGC]と[CTGCCTGCTCCGAGACG]との間に、TSCER2_TK1(ex4)21sを用いた場合は、[CCCGCC]と[TGCCTGCTCCGAGACGT]との間に、TSCER2_TK1(ex4)-322sを用いた場合は、[cccagc]と[tactcttgtggctgagg]との間に、TSCER2_TK1(ex4)29sを用いた場合は、[CCTGCT]と[CCGAGACGTGGCCCAGG]との間に、TSCER2_TK1_S1を用いた場合は、[CCTCAG]と[ATCCATGGTCTAGAGGT]との間に、TSCER2_TK1_S2を用いた場合は、[CCAGTG]と[AAGGAGCTCTTTGTCAG]との間に、TSCER2_TK1_S3を用いた場合は、[CCTGGG]と[GTGCTCCTCCCTTGAAT]との間に、TSCER2_TK1_S4を用いた場合は、[CCTGTC]と[CAGTGGAAAATCACAAG]との間に、TSCER2_TK1_S5を用いた場合は、[CCAGCT]と[GTTGGAAGTACAACTTC]との間に、TSCER2_TK1_S6を用いた場合は、[CCTGAT]と[GAAGTTGGCCTAGTCTG]との間に、TSCER2_TK1_S7を用いた場合は、[CCCTCG]と[CTGACTTGGAAGTTATC]との間に、TSCER2_TK1_S8を用いた場合は、[CCAGGA]と[GGTATAGATGGGAAGCT]との間に、TSCER2_TK1_S9を用いた場合は、[CCTACG]と[TGGTTCCAGGCCGGTTG]との間に、TSCER2_TK1_S10を用いた場合は、[CCCATT]と[GCAAGCAGTTCTAGATC]との間に、TSCER2_TK1_S11を用いた場合は、[CCAGCT]と[AAGAGTGATATGATTGA]との間に、TSCER2_TK1_S12を用いた場合は、[CCCTGG]と[GTCTCATGGACAGCTCC]との間に、それぞれDNA二本鎖切断あるいはニックが生じると予想されている(
図2A~H及び配列番号:1~14を参照のこと)。
【0054】
変異アリル上の[CCCCGCCTGCCTGCTCCGAGACG]配列(アンダーラインは、1ヌクレオチド挿入変異)が、健常アリルの野生型配列を鋳型として相同染色体間組換えにより修正され、[CCCGCCTGCCTGCTCCGAGACG]と修正された場合に、サイミジンキナーゼ活性が回復する。また、[CCCCGCTGCCTGCTCCGAGACG]、[CCCCGCCGCCTGCTCCGAGACG]といった、Cas9によるDNA切断部位周辺での1ヌクレオチド欠失(ヌクレオチド欠失型)でもサイミジンキナーゼ活性は回復する(非特許文献1)。
【0055】
Cas9とsgRNAの両者を発現するベクターを用いて、Cas9とsgRNAを発現させた。利用したベクターを以下に示す。
V1: PX461(Cas9D10A-P2A-GFP)-TSCER2_TK1(ex4)20s
V2: PX461(Cas9D10A-P2A-GFP)-TSCER2_TK1(ex4)21s
V3: PX461(Cas9D10A-P2A-GFP)-empty
V4: PX462(Cas9D10A-P2A-PuroR)-TSCER2_TK1(ex4)-322s
V5: PX462(Cas9D10A-P2A-PuroR)-empty
V6: PX462(Cas9D10A-P2A-PuroR)-empty
V7: PX458(Cas9-P2A-GFP)-TSCER2_TK1(ex4)20s
V8: PX458(Cas9-P2A-GFP)-empty
V9: PX459(Cas9-P2A-PuroR)-empty
上記のベクターを、以下の通り、組み合わせ、TSCER2細胞に導入した。
サンプル#1: V1+V5
サンプル#2: V1+V4
サンプル#3: V2+V5
サンプル#4: V2+V4
サンプル#5: V3+V4
サンプル#6: V3+V5
サンプル#7: V7+V9
サンプル#8: V8+V9
各サンプルにおいてニックあるいはDNA二本鎖切断が入る位置を
図3に示した。
【0056】
B.方法と結果
2種類のプラスミドをそれぞれ8μg、600x104個のTSCER2細胞を120μLのR buffer(Invitrogen Neon Transfection Kit)中で混合し、このうちの100μLを1350V 10ms 3回の条件でNeon Transfection Systemによりエレクトロポレーションを行った(エレクトロポレーション条件1)。別の方法として、細胞濃度及びプラスミド濃度は維持したまま、10μLを1300V 20ms 2回の条件でNeon Transfection Systemによりエレクトロポレーションを行った(エレクトロポレーション条件2)。10% 馬血清/RPMI1640培地中で37℃ 5%CO2にてオーバーナイト培養し、その後、EGFP陽性細胞(PX461もしくはPX458ベクターのトランスフェクションに成功した細胞)をFACSAriaIIもしくはFACSAriaIIIを用いてソートした。ソート後の細胞は10% 馬血清/RPMI1640培地中で1日、5% 馬血清/RPMI1640培地中で5日間培養した。エレクトロポレーションから1週間後、細胞の一部をCHAT培地(10μM 2-deoxycytidine[Sigma]、200μM hypoxanthine[Sigma]、100nM aminopterin[Sigma]、及び17.5μM thymidine[Sigma]))に移し、96プレートに1 wellあたり10、20、100、又は200細胞となるように分注し、培養を続けた。また、プレーティング効率測定のため、5% 馬血清-RPMI1640培地中の細胞を、96プレートに1 wellあたり0.5、又は1細胞となるように分注し、培養した。2週間後、コロニーを形成したwellの割合を測定した。
【0057】
CHAT培地中で、1 wellあたりA個の細胞をまいた場合に、コロニーができたwellの割合(%)をBとし、通常培地中で1 wellあたりC個の細胞をまいた場合に、コロニーができたwellの割合(%)をDとしたとき、編集成功率を下記のように算出した。
(B/A)/(D/C)x100 (%)
結果を
図4A(エレクトロポレーション条件1)及び
図4B(エレクトロポレーション条件2)に示す。標的遺伝子をCas9もしくはCas9ニッカーゼにより認識させない場合、ゲノム編集は起こらなかった(
図3,4A,4B、サンプル#6,#8)。修正対象とするヌクレオチド付近にDNA二本鎖切断を発生させた場合、サイミジンキナーゼ活性を回復する細胞の割合は、5.43±0.77%に達するが、このうち相同染色体間組換えによるものは3.66%にとどまり、96.3%はヌクレオチド欠失が原因となっていた(
図3,4A、サンプル#7及び表1)。
【0058】
【0059】
一方、変異アリルの修正対象とするヌクレオチド付近(部位A)と離れた部位(部位B)の2箇所及び健常アリルの部位Bの1箇所にニックを発生させると0.460±0.050%の割合で細胞のサイミジンキナーゼ活性が回復した(
図3,4A、サンプル#2)。エレクトロポレーションの条件を変えると、この割合は1.04±0.105%に向上した(
図4B)。これらは、変異アリルの部位Aに1箇所ニックを入れた場合(0.0502±0.0113%、
図3,4A、サンプル#1)よりも修正効率が高かった。変異アリル、健常アリルともに、部位A及び部位Bの2箇所にニックを発生させた場合にも0.522±0.035%の割合で遺伝子修正が行われた(
図3,4A、サンプル#4)。
【0060】
次に、Sample#2及び#7において、コロニーを形成した細胞におけるTK1遺伝子のIntron3~Intron4領域のDNA断片をdirect PCRにより増幅させた。Direct PCRにはMightyAmp DNA Polymerase Ver.2(タカラバイオ)を用いた。プライマーとして[TCCTGAACAGTGGAAGAGTTTTTAG(配列番号:31)][AACTTACAAACTGCCCCTCGTC(配列番号:32)]を用いた。PCR断片は[TGAACACTGAGCCTGCTT(配列番号:33)]をプライマーとしてサンガーシーケンス法によるDNA配列解析を行った。編集前のDNAシーケンス結果を
図5A、相同染色体間組換えによる修正が行われた細胞でのDNAシーケンス結果を
図5B、ヌクレオチド欠失となったDNAシーケンスの例を
図5C,Dに示した。変異アリルが野生型に修正された細胞の割合は、サンプル#2では100%(111クローン/111クローン)であった(表1)。
【0061】
[実施例2]ニック間の距離がゲノム編集効率に与える影響の検証
A.材料
本実施例で利用したベクターを以下に示す。
VN1: PX461(Cas9D10A-P2A-GFP)-TSCER2_TK1(ex4)20s
VN2: PX462(Cas9D10A-P2A-PuroR)-TSCER2_TK1(ex4)20s
VN3: PX462(Cas9D10A-P2A-PuroR)-TSCER2_TK1(ex4)-322s
VN4: PX461(Cas9D10A-P2A-GFP)-empty
VN5: PX462(Cas9D10A-P2A-PuroR)-empty
VS1: PX462(Cas9D10A-P2A-PuroR)-TSCER2_TK1-S1
VS2: PX462(Cas9D10A-P2A-PuroR)-TSCER2_TK1-S2
VS3: PX462(Cas9D10A-P2A-PuroR)-TSCER2_TK1-S3
VS4: PX462(Cas9D10A-P2A-PuroR)-TSCER2_TK1-S4
VS5: PX462(Cas9D10A-P2A-PuroR)-TSCER2_TK1-S5
VS6: PX462(Cas9D10A-P2A-PuroR)-TSCER2_TK1-S6
VS7: PX462(Cas9D10A-P2A-PuroR)-TSCER2_TK1-S7
VS8: PX462(Cas9D10A-P2A-PuroR)-TSCER2_TK1-S8
VS9: PX462(Cas9D10A-P2A-PuroR)-TSCER2_TK1-S9
VS10: PX462(Cas9D10A-P2A-PuroR)-TSCER2_TK1-S10
VS11: PX462(Cas9D10A-P2A-PuroR)-TSCER2_TK1-S11
VS12: PX462(Cas9D10A-P2A-PuroR)-TSCER2_TK1-S12
上記のベクターを、以下の通り、組み合わせ、TSCER2細胞に導入した。
-322s/20s:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VN3(3.0μg)
S1/20s:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VS1(3.0μg)
S2/20s:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VS2(3.0μg)
S3/20s:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VS3(3.0μg)
S4/20s:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VS4(3.0μg)
S5/20s:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VS5(3.0μg)
S6/20s:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VS6(3.0μg)
S7/20s:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VS7(3.0μg)
S8/20s:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VS8(3.0μg)
S9/20s:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VS9(3.0μg)
S10/20s:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VS10(3.0μg)
S11/20s:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VS11(3.0μg)
S12/20s:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VS12(3.0μg)
20s/emp:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VN5(3.0μg)
emp/emp:VN4(1.5μg)+VN5(4.5μg)
なお、各ベクター由来のガイドRNA(gRNA)が標的とするゲノム上の位置を
図6に示した。また、各サンプルにおいてニックが入る位置を
図7に示した。各サンプルにおいて、予想されるニック間の距離(
図7における部位Aと部位Bとの間の距離)及び切断パターン(
図1A~H参照)は以下の通りである。
-322s/20s:341nt、パターン2(a)
S1/20s:8173nt、パターン2(a)
S2/20s:5678nt、パターン2(a)
S3/20s:3964nt、パターン2(a)
S4/20s:2369nt、パターン2(a)
S5/20s:1367nt、パターン2(a)
S6/20s:608nt、パターン2(a)
S7/20s:136nt、パターン4(b)
S8/20s:1004nt、パターン4(b)
S9/20s:2353nt、パターン4(b)
S10/20s:4041nt、パターン4(b)
S11/20s:6333nt、パターン4(b)
S12/20s:8612nt、パターン4(b)、パターン7(a)
20s/emp.:ニックは一箇所のみ
emp./emp.:ニックは発生しない
B.方法と結果
上記リスト中に示した量の各プラスミドと、150x10
4個のTSCER2細胞を30μLのR buffer(Invitrogen Neon Transfection Kit)中で混合し、このうちの10μLを1300V 20ms 2回の条件でNeon Transfection Systemによりエレクトロポレーションを行った(エレクトロポレーション条件2)。10% 馬血清/RPMI1640培地中で37℃ 5%CO2にてオーバーナイト培養し、その後、EGFP陽性細胞(PX461ベクターのトランスフェクションに成功した細胞)をFACSAriaIIもしくはFACSAriaIIIを用いてソートした。ソート後の細胞は10% 馬血清/RPMI1640培地中で1日、その後、5% 馬血清/RPMI1640培地中で培養した。エレクトロポレーションから1-2週間後、細胞の一部をCHAT培地(10μM 2-deoxycytidine[Sigma]、200μM hypoxanthine[Sigma]、100nM aminopterin[Sigma]、及び17.5μM thymidine[Sigma]))に移し、96プレートに1 wellあたり40、又は100細胞となるように分注し、培養を続けた。また、プレーティング効率測定のため、5% 馬血清-RPMI1640培地中の細胞を、96プレートに1 wellあたり1細胞となるように分注し、培養した。2-3週間後、コロニーを形成したwellの割合を測定した。
【0062】
結果を
図6に示す。標的遺伝子をCas9ニッカーゼにより認識させない場合、ゲノム編集は起こらなかった(
図6及び7のサンプル emp/emp)。変異アリルの修正対象とするヌクレオチド付近(部位A)と離れた部位(部位B)の2箇所及び健常アリルの部位Bの1箇所にニックを発生させると0.294±0.098%~2.82±0.010%の割合で細胞のサイミジンキナーゼ活性が回復し(
図6及び7のサンプル -322s/20s、S1/20s、S2/20s、S3/20s、S4/20s、S5/20s、S6/20s、S7/20s、S8/20s、S9/20s、S10/20s、S11/20s、S12/20s)、すべてのサンプルにおいて、変異アリルの修正対象とするヌクレオチド付近(部位A)にのみニックを発生させた場合(
図6及び7のサンプル 20s/emp:0.0916±0.0498%の割合で細胞のサイミジンキナーゼ活性が回復)よりも修正効率が高かった。
【0063】
次に、Sample S3/20s及びS12/20sにおいて、コロニーを形成した細胞におけるTK1遺伝子のIntron3~Intron4領域のDNA断片及びIntron4~Intron5領域のDNA断片をdirect PCRもしくは抽出したゲノムDNAをテンプレートとしたPCRにより増幅させた。ゲノムDNA抽出には、カネカ簡易DNA抽出キット Version 2(Kaneka)を用いた。Direct PCRにはMightyAmp DNA Polymerase Ver.2(タカラバイオ)を用いた。ゲノムDNAをテンプレートとしたPCRには、KOD plus neo(TOYOBO)を用いた。Intron3~Intron4領域用のプライマーとして[TCCTGAACAGTGGAAGAGTTTTTAG(配列番号:31)][AACTTACAAACTGCCCCTCGTC(配列番号:32)]を用いた。Intron4~Intron5領域用のプライマーとして[AGTTGTGGATGTACCTGTCGTCT(配列番号:34)][ATGCCCGGCTCTGTCCCTTT(配列番号:35)]を用いた。Intron3~Intron4領域のPCR断片は[TGAACACTGAGCCTGCTT(配列番号:33)]を、Intron4~Intron5領域のPCR断片は[TAACCCTGTGGTGGCTGA(配列番号:36)]をプライマーとして、サンガーシーケンス法によるDNA配列解析を行った。Intron4~Intron5領域の編集前のDNAシーケンス結果を
図8(a)、相同染色体間組換えにより、両アリルが野生型となった細胞でのDNAシーケンス結果を
図8(b)に示した。
【0064】
サンプルS3/20s、S12/20sともに、Exon4及びExon5にゲノム編集に伴う新たな変異の発生は認められなかった。サンプルS3/20sでは、Exon4は98.9%、Exon5は1.06%が修正された。Exon4、Exon5がともに修正された細胞はなかった。サンプルS12/20sではExon4は83.2%、Exon5は30.5%が修正された。Exon4、Exon5がともに修正された細胞は13.7%であった(表2)。Exon5が修正されたすべての細胞において、Intron4に存在する31ヌクレオチドの挿入変異も修正されていた。
【0065】
【0066】
S12/20sのようなパターン(パターン7(a))により、Exon4の1ヌクレオチド挿入、Intron4の31ヌクレオチド挿入、Exon5の1塩基置換と3箇所の変異を同時に修正することが可能であった。
【0067】
[実施例3]追加の一本鎖切断の導入によるゲノム編集効率への影響の検証
A.材料
本実施例で利用したベクターを以下に示す。本実施例では、ベクターを、以下の通り、組み合わせ、TSCER2細胞に導入した。
S3/20s/S8:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VS3(3.0μg)+VS8(3.0μg)
S3/20s/S11:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VS3(3.0μg)+VS11(3.0μg)
S6/20s/S8:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VS6(3.0μg)+VS8(3.0μg)
S6/20s/S11:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VS6(3.0μg)+VS11(3.0μg)
S3/20s/emp:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VS3(3.0μg)+VN5(3.0μg)
S6/20s/emp:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VS6(3.0μg)+VN5(3.0μg)
20s/S8/emp:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VS8(3.0μg)+VN5(3.0μg)
20s/S11/emp:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VS11(3.0μg)+VN5(3.0μg)
20s/emp/emp:VN1(1.5μg)+VN2(1.5μg)+VN5(6.0μg)
emp/emp/emp:VN4(1.5μg)+VN5(7.5μg)
なお、各ベクター由来のガイドRNA(gRNA)が標的とするゲノム上の位置を
図9に示した。また、各サンプルにおいてニックが入る位置を
図10に示した。各サンプルにおける切断パターン(
図1A~H参照)は以下の通りである。
S3/20s/S8:パターン5
S3/20s/S11:パターン5
S6/20s/S8:パターン5
S6/20s/S11:パターン5
S3/20s/emp:パターン2(a)
S6/20s/emp:パターン2(a)
20s/S8/emp:パターン4(b)
20s/S11/emp:パターン4(b)
20s/emp/emp:ニックが一箇所のみ
emp/emp/emp:ニックが発生しない
B.方法と結果
上記リスト中に示した量の各プラスミドと、150x10
4個のTSCER2細胞を30μLのR buffer(Invitrogen Neon Transfection Kit)中で混合し、このうちの10μLを1300V 20ms 2回の条件でNeon Transfection Systemによりエレクトロポレーションを行った(エレクトロポレーション条件2)。10% 馬血清/RPMI1640培地中で37℃ 5%CO2にてオーバーナイト培養し、その後、EGFP陽性細胞(PX461ベクターのトランスフェクションに成功した細胞)をFACSAriaIIもしくはFACSAriaIIIを用いてソートした。ソート後の細胞は10% 馬血清/RPMI1640培地中で1日、その後、5% 馬血清/RPMI1640培地中で5日間培養した。エレクトロポレーションから1-2週間後、細胞の一部をCHAT培地(10μM 2-deoxycytidine[Sigma]、200μM hypoxanthine[Sigma]、100nM aminopterin[Sigma]、及び17.5μM thymidine[Sigma]))に移し、96プレートに1 wellあたり20、又は200細胞となるように分注し、培養を続けた。また、プレーティング効率測定のため、5% 馬血清-RPMI1640培地中の細胞を、96プレートに1 wellあたり1細胞となるように分注し、培養した。2-3週間後、コロニーを形成したwellの割合を測定した。
【0068】
結果を
図9に示した。レシピエントアリルに2箇所、ドナーアリルに1箇所ニックが入るサンプルS3/20s/emp(2.68±0.37%)、サンプル20s/S8/emp(2.59±0.17%)と比較し、レシピエントアリルに3箇所、ドナーアリルに2箇所ニックが入るサンプルS3/20s/S8では、サイミジンキナーゼ活性を回復する細胞の割合が5.07±1.47%と高効率であった。サンプルS3/20s/S11においてサイミジンキナーゼ活性を回復する細胞の割合もサンプルS3/20s/emp及びサンプル20s/S11/empよりも高く、サンプルS6/20s/S8においてサイミジンキナーゼ活性を回復する細胞の割合もサンプルS6/20s/emp及びサンプル20s/S8/empよりも高く、また、サンプルS6/20s/S11においてサイミジンキナーゼ活性を回復する細胞の割合もサンプルS6/20s/emp及びサンプル20s/S11/empよりも高いことが示された。
【0069】
[実施例4]外来性DNAを利用しない複数ニック法によるゲノム編集効率の検証
A.材料
図11に示した領域(S3、20s、29s、S8)を標的とするsgRNAもしくはヒトゲノム中には標的配列が存在しないsgRNA(no)を、以下の通り組み合わせ、Cas9D10A mRNAとともにTSCER2細胞に導入した。
S3/20s/S8:それぞれ100μMを0.3μLずつ
S3/29s/S8:それぞれ100μMを0.3μLずつ
S3/20s:それぞれ100μMを0.45μLずつ
20s/S8:それぞれ100μMを0.45μLずつ
S3/S8:それぞれ100μMを0.45μLずつ
S3:100μMを0.9μL
20s:100μMを0.9μL
29s:100μMを0.9μL
S8:100μMを0.9μL
no:100μMを0.9μL
また、各サンプルにおいてニックが入る位置を
図12に示した。各サンプルにおける切断パターン(
図1A~H参照)は以下の通りである。
S3/20s/S8: パターン5
S3/29s/S8: パターン6
S3/20s: パターン2(a)
20s/S8: パターン4(b)
S3/S8: パターン1
S3:ニックは、ドナーアリルの塩基とレシピエントアリルの対応塩基に各一か所
20s: ニックは一か所のみ
29s: ニックは、ドナーアリルの塩基とレシピエントアリルの対応塩基に各一か所
S8:ニックは、ドナーアリルの塩基とレシピエントアリルの対応塩基に各一か所
no: ニックは発生しない
B.方法と結果
sgRNAをそれぞれ上記リスト中に示した量、Cas9 mRNA(500ng/μL)を1.8μL、70x10
4個のTSCER2細胞にR buffer(Invitrogen Neon Transfection Kit)を加え、全体量を14μLとした。このうちの10μLを1500V 10ms 3回の条件でNeon Transfection Systemによりエレクトロポレーションを行った(エレクトロポレーション条件3)。10% 馬血清/RPMI1640培地中で37℃ 5%CO2にてオーバーナイト培養し、その後、5% 馬血清/RPMI1640培地中で間培養した。エレクトロポレーションから1週間後、細胞の一部をCHAT培地(10μM 2-deoxycytidine[Sigma]、200μM hypoxanthine[Sigma]、100nM aminopterin[Sigma]、及び17.5μM thymidine[Sigma]))に移し、96プレートに1 wellあたり10、30、100又は200細胞となるように分注し、培養を続けた。また、プレーティング効率測定のため、5% 馬血清-RPMI1640培地中の細胞を、96プレートに1 wellあたり1細胞となるように分注し、培養した。2-3週間後、コロニーを形成したwellの割合を測定した。
【0070】
結果を
図11に示した。外来性DNAを一切用いず、また、セルソーターによる細胞選択を行わない条件下で、レシピエントアリルに3箇所、ドナーアリルに2箇所ニックが入るサンプルS3/20s/S8(
図1Gパターン5)において、3.46±0.34%と高い効率でサイミジンキナーゼ活性が回復した。レシピエントアリルに3箇所、ドナーアリルに3箇所ニックが入るサンプルS3/29s/S8(
図1Gパターン6)においても、2.64±0.58%の細胞でサイミジンキナーゼ活性が回復した。また、ニックが標的ヌクレオチドから1000bp以上離れた位置に、レシピエントアリルに2箇所、ドナーアリルに2箇所ニックが入るサンプルS3/S8(
図1Aパターン1)では、1.54±0.40%と、レシピエントアリルに1箇所、ドナーアリルに1箇所ニックが入るサンプルS3(0.133±0.026%)、29s(0.844±0.305%)、S8(0.773±0.221%)、レシピエントアリルに1箇所入り、ドナーアリルにニックが入らないサンプル20s(0.147±0.022%)よりも高い効率でサイミジンキナーゼ活性が回復した。
【産業上の利用可能性】
【0071】
以上説明したように、本発明によれば、部位特異的ニッカーゼによる一本鎖切断により誘導された相同染色体間の相同組換えを利用して、相同染色体間で異なる塩基を、いずれかの塩基に統一することが可能である。外来のドナーDNAを用いない本発明は、その安全性の高さから、特に、ヘテロ変異に起因する疾患の遺伝子治療に大きく貢献し得る。
【配列表フリーテキスト】
【0072】
配列番号:15~36
・人工的な配列
【配列表】