(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-24
(45)【発行日】2024-02-01
(54)【発明の名称】ノックイン細胞の作製方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20240125BHJP
C12N 15/11 20060101ALI20240125BHJP
【FI】
C12N15/09 110
C12N15/09 100
C12N15/11 Z ZNA
(21)【出願番号】P 2021512319
(86)(22)【出願日】2020-04-03
(86)【国際出願番号】 JP2020015291
(87)【国際公開番号】W WO2020204159
(87)【国際公開日】2020-10-08
【審査請求日】2022-11-17
(31)【優先権主張番号】P 2019072782
(32)【優先日】2019-04-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】真下 知士
(72)【発明者】
【氏名】吉見 一人
(72)【発明者】
【氏名】夘野 善弘
(72)【発明者】
【氏名】小谷 祐子
(72)【発明者】
【氏名】宮坂 佳樹
(72)【発明者】
【氏名】岡 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 真
【審査官】西 賢二
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2017/0198302(US,A1)
【文献】特表2016-537982(JP,A)
【文献】国際公開第2018/097257(WO,A1)
【文献】Genetics,2013年,Vol. 194,pp. 1029-1035, Supporting Information
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲノムDNA上のゲノム編集対象領域にドナー配列が挿入された細胞(ただし、ヒト生殖細胞
、ヒト胚細胞
、およびヒト個体中の細胞を除く)又は非ヒト生物の作製方法であって、部位特異的ヌクレアーゼシステム及びドナーDNAを細胞(ただし、ヒト生殖細胞
、ヒト胚細胞
、およびヒト個体中の細胞を除く)又は非ヒト生物に導入する工程を含み、
前記ドナーDNAが、5´側から、5´側ホモロジーアーム配列、ドナー配列、3´側ホモロジーアーム配列の順で配置されてなる塩基配列を含むDNAであり、
前記部位特異的ヌクレアーゼシステムが、下記A群又はB群の(i)から(iii)の配列を標的化して切断するシステムであり、A群又はB群の(i)及び(ii)の配列は、前記部位特異的ヌクレアーゼシステムを構成する同一分子が標的化し、(iii)の配列は、前記部位特異的ヌクレアーゼシステムを構成する他の分子が標的化する方法。
A群:
(i)前記5´側ホモロジーアーム配列
(ii)前記ゲノム編集対象領域における(i)の配列の対応配列
(iii)前記ゲノム編集対象領域における配列であって、前記部位特異的ヌクレアーゼシステムによる(ii)の配列の切断部位より3´側下流の配列
B群
(i)前記3´側ホモロジーアーム配列
(ii)前記ゲノム編集対象領域における(i)の配列の対応配列
(iii)前記ゲノム編集対象領域における配列であって、前記部位特異的ヌクレアーゼシステムによる(ii)の配列の切断部位より5´側上流の配列
【請求項2】
前記部位特異的ヌクレアーゼシステムが、前記A群又はB群の(i)及び(ii)の配列を標的化するガイドRNAと前記(iii)の配列を標的化するガイドRNAの組み合わせを含むCRISPR/Casシステムである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ゲノムDNA上のゲノム編集対象領域にドナー配列が挿入された細胞(ただし、ヒト生殖細胞およびヒト胚細胞を除く)又は生物の作製に用いるためのキット又は組成物であって、部位特異的ヌクレアーゼシステム及びドナーDNAを含み、
前記ドナーDNAが、5´側から、5´側ホモロジーアーム配列、ドナー配列、3´側ホモロジーアーム配列の順で配置されてなる塩基配列を含むDNAであり、
前記部位特異的ヌクレアーゼシステムが、下記A群又はB群の(i)から(iii)の配列を標的化して切断するシステムであり、A群又はB群の(i)及び(ii)の配列は、前記部位特異的ヌクレアーゼシステムを構成する同一分子が標的化し、(iii)の配列は、前記部位特異的ヌクレアーゼシステムを構成する他の分子が標的化するキット又は組成物。
A群:
(i)前記5´側ホモロジーアーム配列
(ii)前記ゲノム編集対象領域における(i)の配列の対応配列
(iii)前記ゲノム編集対象領域における配列であって、前記部位特異的ヌクレアーゼシステムによる(ii)の配列の切断部位より3´側下流の配列
B群
(i)前記3´側ホモロジーアーム配列
(ii)前記ゲノム編集対象領域における(i)の配列の対応配列
(iii)前記ゲノム編集対象領域における配列であって、前記部位特異的ヌクレアーゼシステムによる(ii)の配列の切断部位より5´側上流の配列
【請求項4】
前記部位特異的ヌクレアーゼシステムが、前記A群又はB群の(i)及び(ii)の配列を標的化するガイドRNAと前記(iii)の配列を標的化するガイドRNAの組み合わせを含むCRISPR/Casシステムである、請求項3に記載のキット又は組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、部位特異的ヌクレアーゼシステムとドナーDNAを利用したノックイン細胞又はノックイン生物の作製方法、及び当該方法に用いるためのキット又は組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ジンクフィンガーヌクレアーゼ(zinc finger nuclease; ZFN)、TALエフェクターヌクレアーゼ(transcription activator-like effector nuclease; TALEN)、CRISPR-Cas9などのゲノム編集技術は、動物や植物の細胞の中でゲノムDNA配列を特異的に切断し、内在の修復機構を利用することで、任意の配列に自由に書き換える技術である。バイオサイエンス研究だけでなく、農作物や畜産動物の品種改良、再生医療やゲノム編集治療など、急速にその利用が広がっている。
【0003】
CRISPR/Cas9(非特許文献1)をマウス受精卵に導入すると、ガイドRNAが標的DNA配列に結合し、当該ガイドRNAと複合体を形成しているCas9が標的DNAを二本鎖切断する。そして、この切断部位において非相同末端結合(non-homologous end joining; NHEJ)と呼ばれるDNA修復機構が作動する。このDNA修復機構を通じてマウス受精卵のゲノムDNAに遺伝子変異を導入することで、ノックアウトマウスが作製できる。その一方、ゲノムDNAと相同な配列を持つドナーDNAをCRISPR/Cas9とともにマウス受精卵に導入すれば、相同組換え(homologous recombination; HR)を通じて、遺伝子が組換えられたノックインマウスが作製できる。
【0004】
2013年にCRISPR/Cas9を使用して作製されたノックアウトマウス及びノックインマウスが報告された(非特許文献2、3)。現在、遺伝子のノックアウトは、非常に効率よく実施することができるが、ノックインについては、細胞や受精卵において未だその効率が低い。
【0005】
近年、従来の二本鎖DNAドナーベクターを使用した相同組換えによるノックイン以外の様々な方法が開発されてきた。例えば、一本鎖オリゴドナーDNA(ssODN)をCRISPR/Cas9とともに細胞や受精卵に注入することで、1~数十塩基のドナー配列を効率的にノックインできることが報告されている(非特許文献4、5)。また、本発明者は、標的DNA配列とドナーベクターをCas9で切断し、二つのssODNで切断箇所を結合させることで数千塩基のプラスミドや二十万塩基のBACベクターをノックインすることができる2-Hit 2-Oligo(2H2OP)法を開発した(非特許文献6)。さらに、長鎖一本鎖ドナーDNAを利用したEasi-CRISPR法(非特許文献7)、長鎖一本鎖ドナーDNAとエレクトロポレーション法を組み合わせたCLICK法(非特許文献8)により、コンディショナルマウスやGFPレポーターノックインマウスの作製が報告されている。また、二本鎖ドナーDNAを利用してノックインする方法として、Cas9タンパクと二分子のガイドRNAを利用したクローニングフリー法(非特許文献9)、マイクロホモロジーによるMMEJ修復機構を利用したPITCH法(非特許文献10)、非相同末端結合依存的にノックインするHITI法(非特許文献11)、ホモロジー配列依存的にノックインするHMEJ法(非特許文献12)やTild-CRISPR法(非特許文献13)などが報告されている。
【0006】
これらの方法は細胞において効率よく数千塩基のDNAをノックインできることが報告されているが、動物受精卵においては効率が低い場合や正確にノックインできない場合がある。これは哺乳動物の細胞や受精卵においては、二本鎖DNA切断修復の際に非相同末端結合が優位に作用しており、相同組換えによる修復はまれにしか生じないことに起因している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Jinek M, et al., Science. 337(6096):816-21(2012)
【文献】Yang H, et al., Cell. 154(6):1370-9(2013)
【文献】Wang H, et al., Cell. 153(4):910-8(2013)
【文献】Sander JD, et al., Nat Biotechnol. 32(4):347-55(2014)
【文献】Yoshimi K, et al., Nat Commun. 5:4240(2014)
【文献】Yoshimi K, et al., Nat Commun. 7:10431(2016)
【文献】Quadros RM, et al., Genome Biol. 18(1):92(2017)
【文献】Miyasaka Y, et al., BMC Genomics. 19(1):318(2016)
【文献】Aida T, et al., Genome Biol. 16:87(2015)
【文献】Sakuma T, et al., Nat Protoc. 11(1):118-33(2016)
【文献】Suzuki K, et al., Nature. 540(7631):144-9(2016)
【文献】Yao X, et al., Cell Res. 27(6):801-14(2017)
【文献】Yao X, et al., Dev Cell. 45(4):526-36(2018)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、従来よりも高い効率と正確性で、長鎖のドナーDNAをゲノムに挿入することができるゲノム編集方法を提供することにある。さらなる本発明の目的は、当該ゲノム編集方法に用いるためのキット及び組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、ドナーDNAの一方のホモロジーアーム配列と当該ホモロジーアーム配列に対応するゲノム配列とを同時に標的化して切断する分子と、当該分子による切断部位の近傍ゲノム領域を標的化して切断する分子の組み合わせを含む、部位特異的ヌクレアーゼシステムを利用することにより、ゲノムDNAとドナーDNAとの間で、非相同末端結合と相同組換えの双方による修復を引き起こし、高い効率と正確性で、長鎖のドナー配列がノックインされた細胞や生物を作製することが可能となることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明は、より詳しくは、以下を提供するものである。
【0011】
[1]ゲノムDNA上のゲノム編集対象領域にドナー配列が挿入された細胞又は非ヒト生物の作製方法であって、部位特異的ヌクレアーゼシステム及びドナーDNAを細胞又は非ヒト生物に導入する工程を含み、
前記ドナーDNAが、5´側から、5´側ホモロジーアーム配列、ドナー配列、3´側ホモロジーアーム配列の順で配置されてなる塩基配列を含むDNAであり、
前記部位特異的ヌクレアーゼシステムが、下記A群又はB群の(i)から(iii)の配列を標的化して切断するシステムであり、A群又はB群の(i)及び(ii)の配列は、前記部位特異的ヌクレアーゼシステムを構成する同一分子が標的化し、(iii)の配列は、前記部位特異的ヌクレアーゼシステムを構成する他の分子が標的化する方法。
【0012】
A群:
(i)前記5´側ホモロジーアーム配列
(ii)前記ゲノム編集対象領域における(i)の配列の対応配列
(iii)前記ゲノム編集対象領域における配列であって、前記部位特異的ヌクレアーゼシステムによる(ii)の配列の切断部位より3´側下流の配列
B群
(i)前記3´側ホモロジーアーム配列
(ii)前記ゲノム編集対象領域における(i)の配列の対応配列
(iii)前記ゲノム編集対象領域における配列であって、前記部位特異的ヌクレアーゼシステムによる(ii)の配列の切断部位より5´側上流の配列
[2]前記部位特異的ヌクレアーゼシステムが、前記A群又はB群の(i)及び(ii)の配列を標的化するガイドRNAと前記(iii)の配列を標的化するガイドRNAの組み合わせを含むCRISPR/Casシステムである、[1]に記載の方法。
【0013】
[3]ゲノムDNA上のゲノム編集対象領域にドナー配列が挿入された細胞又は生物の作製に用いるためのキット又は組成物であって、部位特異的ヌクレアーゼシステム及びドナーDNAを含み、
前記ドナーDNAが、5´側から、5´側ホモロジーアーム配列、ドナー配列、3´側ホモロジーアーム配列の順で配置されてなる塩基配列を含むDNAであり、
前記部位特異的ヌクレアーゼシステムが、下記A群又はB群の(i)から(iii)の配列を標的化して切断するシステムであり、A群又はB群の(i)及び(ii)の配列は、前記部位特異的ヌクレアーゼシステムを構成する同一分子が標的化し、(iii)の配列は、前記部位特異的ヌクレアーゼシステムを構成する他の分子が標的化するキット又は組成物。
【0014】
A群:
(i)前記5´側ホモロジーアーム配列
(ii)前記ゲノム編集対象領域における(i)の配列の対応配列
(iii)前記ゲノム編集対象領域における配列であって、前記部位特異的ヌクレアーゼシステムによる(ii)の配列の切断部位より3´側下流の配列
B群:
(i)前記3´側ホモロジーアーム配列
(ii)前記ゲノム編集対象領域における(i)の配列の対応配列
(iii)前記ゲノム編集対象領域における配列であって、前記部位特異的ヌクレアーゼシステムによる(ii)の配列の切断部位より5´側上流の配列
[4]前記部位特異的ヌクレアーゼシステムが、前記A群又はB群の(i)及び(ii)の配列を標的化するガイドRNAと前記(iii)の配列を標的化するガイドRNAの組み合わせを含むCRISPR/Casシステムである、[3]に記載のキット又は組成物。
【発明の効果】
【0015】
従来法においても、一本鎖オリゴドナーDNA(ssODN)を利用することで、一から数十塩基の長さのドナー配列のゲノムへの挿入は可能であり、また、長鎖一本鎖ドナーDNAを利用すれば、数十から数百塩基のドナー配列のゲノムへの挿入は可能であった。しかしながら、数百から数万塩基の長さのドナー配列の効率的なゲノムへの挿入は、これらの方法では困難であり、一本鎖ドナーDNAが長くなるほど、ノックインの効率及び正確性が低下していた。一方、従来の二本鎖DNAドナーベクターを利用した相同組換えによるノックインでは、正確性は高いがノックイン効率が低かった。PITCH法、HITI法、及びHMEJ法は、基本的に非相同末端結合に依存するためにランダムインテグレーション、マルチコピー、欠失変異などが生じ、正確性が低下していた。
【0016】
本発明は、有意に効率の高い非相同末端結合による修復と効率は低いが正確性の高い相同組換えによる修復を組み合わせるという画期的なアイデアにより、従来法よりも高い効率と正確性でドナー配列をゲノムに挿入することを可能にした。
【0017】
部位特異的組換えシステム(Cre-loxPシステム、CreERT2-loxPシステム、FLP-FRTシステム)やプロモーターに連結した各種遺伝子など、現在最もノックインの必要性の高いドナー配列は、その多くが二千塩基以上の長さであるが、本発明によれば、ドナー配列が長鎖であっても、高い効率と正確性を示すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】非相同末端結合と相同組換えの組み合わせ修復を利用する本発明のゲノム編集システムの原理を示す図である。
【
図2A】本発明の方法を利用したKcnab1-ERT2-iCreERT2マウスの作製を示す図である。
【
図2B】
図2Aの方法で作製されたF0マウスを交配して得られたF1マウスにおけるゲノム編集対象領域のジェノタイピングの結果を示す写真である。
【
図3A】本発明の方法を利用したCtgf-ERT2-iCreERT2マウスの作製を示す図である。
【
図3B】
図3Aの方法で作製されたF0マウスを交配して得られたF1マウスにおけるゲノム編集対象領域のジェノタイピングの結果を示す写真である。
【
図4A】本発明の方法を利用したTp53-CAG-CFPラットの作製を示す図である。
【
図4B】
図4Aの方法で作製されたF0ラットにおけるゲノム編集対象領域のジェノタイピングの結果を示す写真である。
【
図4C】
図4Aの方法で作製されたF0ラットにおける蛍光タンパク質(CFP)の発現を検出した結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明は、ゲノムDNA上のゲノム編集対象領域にドナーDNAが挿入された細胞又は非ヒト生物の作製方法を提供する。
【0020】
本発明において「ゲノム編集対象領域」とは、ドナーDNAの5´側ホモロジーアームに対応するゲノム領域(以下、「5´側ホモロジーアーム対応ゲノム領域」と称する)とドナーDNAの3´側ホモロジーアームに対応するゲノム領域(以下、「3´側ホモロジーアーム対応ゲノム領域」と称する)、及びこれらゲノム領域に挟まれた中間領域(以下、「ゲノム中間領域」と称する)を意味する(例えば、
図4Aを参照のこと)。ゲノムDNA上の連続する2つの領域に対して、ドナーDNAの5´側ホモロジーアーム及び3´側ホモロジーアームを設定する場合には、ゲノム中間領域は存在しない(例えば、
図2A及び3Aを参照のこと)。当該ゲノム中間領域の長さは、本発明の方法によるゲノム編集が可能であれば特に制限はないが、例えば、30000塩基長以下(例えば、10000塩基長以下、5000塩基長以下、3000塩基長以下、1000塩基長以下、500塩基長以下、300塩基長以下、100塩基長以下、50塩基長以下、30塩基長以下、10塩基長以下、5塩基長以下、3塩基長以下)である。ゲノム編集対象領域としては、ゲノム編集の対象となる細胞又は生物が保持するゲノムDNA上の任意の領域を選択することができる。
【0021】
本発明の方法においては、部位特異的ヌクレアーゼシステム及びドナーDNAを細胞又は非ヒト生物に導入する工程を含む。
【0022】
本発明に用いられる「部位特異的ヌクレアーゼシステム」は、ゲノムDNA上の任意の部位を特異的に標的化して切断できるシステムであれば、特に制限はない。部位特異的ヌクレアーゼシステムは、ガイドRNA誘導型ヌクレアーゼシステムであっても、人工ヌクレアーゼシステムであってもよい。ガイドRNA誘導型ヌクレアーゼシステムは、ゲノムDNA上の任意の部位を標的化するガイドRNAとヌクレアーゼ活性を有するタンパク質を含むシステムであり、例えば、CRISPR/Casシステムが挙げられる。一方、人工ヌクレアーゼシステムは、DNA結合ドメインとヌクレアーゼドメインを含む融合タンパク質を利用するシステムであり、例えば、TALENシステム、ZFNシステム、PPRシステムが挙げられる。
【0023】
部位特異的ヌクレアーゼシステムの中でも、標的DNA配列の認識に核酸(ガイドRNA)を用いるため、標的DNA配列をより自由に選択でき、その調製も簡便であるという観点から、CRISPR/Casシステムが好ましい。CRISPR/Casシステムとしては、例えば、CRISPR/Cas9システム、CRISPR/Cpf1(Cas12a)システム、CRISPR/Cas3システムが挙げられる。
【0024】
CRISPR/Casシステムは、Casコンポーネント及びガイドRNAコンポーネントを含む。Casコンポーネントは、例えば、タンパク質の形態で、当該タンパク質をコードするmRNAの形態で、あるいは、当該タンパク質を発現するベクターの形態であり得る。また、その由来は問わない。ガイドRNAコンポーネントは、例えば、RNAの形態で、あるいは、当該RNAを発現するベクターの形態であり得る。
【0025】
Casコンポーネント及びガイドRNAコンポーネントは、公知の技術(例えば、PCR、制限酵素切断、DNA連結技術、in vitro転写・翻訳技術、リコンビナントタンパク質作製技術など)で作製することができ、又は購入することができる。Casコンポーネントのアミノ酸配列やそのコードする塩基配列は、文献や公開されたデータベース(例えば、GenBank;http://www.ncbi.nlm.nih.gov)から入手することができる。
【0026】
CRISPR/Cas9システムにおいては、Cas9タンパク質が、crRNAとtracrRNAから構成されるガイドRNAと複合体を形成し、当該複合体が標的DNA配列に標的化されて標的DNAを切断する(例えば、国際公開2014/093712号、国際公開2013/176772号、国際公開2013/142578号など)。ガイドRNAは、crRNA断片とtracrRNA断片からなる2分子の形態であっても、crRNAとtracrRNAが介在配列を介して結合された1分子の形態(sgRNA)であってもよい。CRISPR/Cpf1システムにおいては、Cpf1タンパク質が、crRNAと複合体を形成して、標的DNA配列に標的化されて標的DNAを切断する(例えば、国際公開2016/205711号など)。また、CRISPR/Cas3システムにおいては、Cas3タンパク質及びCascadeタンパク質が、crRNAと複合体を形成して、標的DNA配列に標的化されて標的DNAを切断する(例えば、国際公開2018/225858号など)。
【0027】
なお、本発明においては、CRISPR/Cas12bシステムやCRISPR/CasX(Cas12e)システムなど、新たに登場したCRISPR/Casシステムも同様に利用することができる(Strecker J, et al., Nature Communications 10:212(2019)、Liu JJ, et al., Nature 566:218-223(2019))。
【0028】
crRNAの配列のうち、標的DNAに結合する部分の配列は、標的DNA配列と、例えば、90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上、特に好ましくは100%の同一性を有する。配列の同一性は、BLAST等(例えば、デフォルトのパラメータ)を利用して算出できる。
【0029】
CRISPR/Casシステムの標的DNA配列への標的化のためには、Casタンパク質が標的DNA配列に隣接するPAM(proto-spacer adjacent motif)配列を認識する必要がある。PAM配列は、Casタンパク質の種類や由来により異なりうる。典型的なPAM配列は、例えば、S.pyogenes由来のCas9タンパク質(II型)では、「5′-NGG」であり、S.solfataricus由来のCas9タンパク質(I-A1型)では、「5′-CCN」であり、S.solfataricus由来のCas9タンパク質(I-A2型)では、「5′-TCN」であり、H.walsbyl由来のCas9タンパク質(I-B型)では、「5′-TTC」であり、E.coli由来のCas9タンパク質(I-E型)では、「5′-AWG」であり、E.coli由来のCas9タンパク質(I-F型)では、「5′-CC」であり、P.aeruginosa由来のCas9タンパク質(I-F型)では、「5′-CC」であり、S.Thermophilus由来のCas9タンパク質(II-A型)では、「5′-NNAGAA」であり、S.agalactiae由来のCas9タンパク質(II-A型)では、「5′-NGG」であり、S.aureus由来のCas9タンパク質では、「5′-NGRRT」又は「5′-NGRRN」であり、N.meningitidis由来のCas9タンパク質では、「5′-NNNNGATT」であり、T.denticola由来のCas9タンパク質では、「5′-NAAAAC」である。Cpf1では、典型的には、「5’-TTN」又は「5’-TTTN」である。Cse1(Cas8)タンパク質(I-E型のCRISPR-Cas3システムを構成するCascadeタンパク質の一種)では、典型的には、「5′-AAG」、「5′-TAG」、「5′-AAC」、「5′-GAG」、「5′-AGG」、「5′-ATG」であり、Cas5dタンパク質(I-D型のCRISPR-Cas3システムを構成するCascadeタンパク質の一種)では、典型的には、「5′-GTH」(Hは、A、C、又はT)である(国際公開2018/225858号、国際公開2019/039417号)。
【0030】
なお、Casタンパク質を改変すること(例えば、変異の導入)により、PAM認識を改変することも可能である(Benjamin,P. et al., Nature 523,481-485(2015)、Hirano,S. et al., Molecular Cell 61, 886-894(2016)、国際公開2018/221685号)。また、Casタンパク質においては、ヌクレアーゼ活性の一部又は全部を失わせた変異体(nCas、dCas)が知られているが、それら変異体を用いる場合には、他のヌクレアーゼ活性を持つタンパク質(例えば、FokIなど)を融合し、融合タンパク質として標的に作用させることにより、標的を切断することができる。なお、CRISPR-Cas3系においては、Cas3に代えて、Cascadeと他のヌクレアーゼ(FokI)の融合タンパク質を利用する態様も知られている(国際公開2013/098244号)。このような人工ヌクレアーゼを用いた場合、本発明の部位特異的ヌクレアーゼシステムは、「ガイドRNA誘導型人工ヌクレアーゼシステム」(ガイドRNA誘導型ヌクレアーゼシステムの一態様)として構築される。
【0031】
また、Casタンパク質は、本発明の目的を損なわない限りにおいて、他の変異を有していたり、他のペプチドが付加されていてもよい。他の変異としては、例えば、ヘリカーゼ活性を減弱又は喪失させるための変異が挙げられ、また、付加される他のペプチドとしては、例えば、シグナル配列(例えば、核移行シグナル、ミトコンドリア移行シグナル、葉緑体移行シグナルなど)、標識タンパク質(例えば、蛍光タンパク質など)、タグ(例えば、Hisタグなど)が挙げられる。
【0032】
一方、人工ヌクレアーゼシステムを構成する人工ヌクレアーゼは、典型的には、DNA結合ドメインとヌクレアーゼドメインを含む融合タンパク質である。融合タンパク質コンポーネントは、例えば、タンパク質の形態で、当該タンパク質をコードするmRNAの形態で、あるいは、当該タンパク質を発現するベクターの形態であり得る。
【0033】
TALENシステムは、転写活性化因子様(TAL)エフェクターのDNA結合ドメインとヌクレアーゼドメインを含む融合タンパク質である(例えば、国際公開2012/104729号、国際公開2011/072246号、国際公開2015/019672号など)。また、ZFNシステムは、ジンクフィンガーアレイを含むDNA結合ドメインとヌクレアーゼドメインを含む融合タンパク質である(例えば、国際公開2003/087341号など)。また、PPRシステムは、PPR(pentatricopeptiderepeat)ドメインとヌクレアーゼドメインを含む融合タンパク質である(Nakamura et al., Plant Cell Physiol 53:1171-1179(2012)、国際公開2014/175284号)。これら人工ヌクレアーゼシステムにおけるヌクレアーゼドメインとしては、代表的なものとしては、例えば、FokIが挙げられるが、DNAを切断できる限り、これに制限されない。ヌクレアーゼドメインは、二量体を形成することにより標的DNAを切断するものであってもよく、この場合、一つのDNA切断において、2つの融合タンパク質が用いられる。ヌクレアーゼドメインは、DNA結合ドメインのC末端側に結合していてもよく、N末端側に結合していてもよい(Beurdeley M, et al., Nat Commun. 2013;4:1762. doi:10.1038)。
【0034】
これら融合タンパク質は、特定の塩基(あるいは特定の塩基配列)を認識するモジュール(ペプチド)を連結することにより構築されたDNA結合ドメインにより、標的DNA配列に標的化され、当該DNA結合ドメインに融合されたヌクレアーゼドメインにより、標的DNAを切断する。融合タンパク質におけるDNA結合ドメインとヌクレアーゼドメインの間には、適当なスペーサーペプチドが導入されていてもよい。融合タンパク質は、本発明の目的を損なわない限りにおいて、変異が導入されていたり、他のペプチドが付加されていてもよい。変異としては、例えば、ヘテロダイマーを形成するためのヌクレアーゼドメイン(例えば、FokI)における変異が挙げられ、また、付加される他のペプチドとしては、例えば、シグナル配列(例えば、核移行シグナル、ミトコンドリア移行シグナル、葉緑体移行シグナル)、標識タンパク質(例えば、蛍光タンパク質など)、タグ(例えば、Hisタグなど)が挙げられる。
【0035】
部位特異的ヌクレアーゼシステムの構成要素として、発現ベクターの形態を採用する場合には、発現させるべきDNAに作動的に結合している1つ以上の調節エレメントを含む。発現させるべきDNAは、宿主細胞内での発現に適した塩基配列に改変されていてもよい。
【0036】
ここで、「作動可能に結合している」とは、調節エレメントに上記DNAが発現可能に結合していることを意味する。「調節エレメント」としては、プロモーター、エンハンサー、内部リボソーム進入部位(IRES)、及び他の発現制御エレメント(例えば、転写終結シグナル、ポリアデニル化シグナルなど)が挙げられる。調節エレメントとしては、目的に応じて、例えば、多様な宿主細胞中でのDNAの構成的発現を指向するものであっても、特定の細胞、組織、あるいは器官でのみDNAの発現を指向するものであってもよい。また、特定の時期にのみDNAの発現を指向するものであっても、人為的に誘導可能なDNAの発現を指向するものであってもよい。プロモーターとしては、例えば、polIIIプロモーター(例えば、U6及びH1プロモーターなど)、polIIプロモーター(例えば、レトロウイルスのラウス肉腫ウイルス(RSV)LTRプロモーター、サイトメガロウイルス(CMV)プロモーター、SV40プロモーター、ジヒドロ葉酸レダクターゼプロモーター、β-アクチンプロモーター、ホスホグリセロールキナーゼ(PGK)プロモーター、EF1αプロモーターなど)、polIプロモーター、又はそれらの組み合わせが挙げられる。当業者であれば、導入する細胞の種類などに応じて、適切な発現ベクターを選択することができる。
【0037】
本発明に用いられる「ドナーDNA」は、5´側から、5´側ホモロジーアーム配列、ドナー配列、3´側ホモロジーアーム配列の順で配置された塩基配列を含む。本発明の方法の目的を損なわない限りにおいて、ドナーDNAには、その他の塩基配列が含まれていてもよい。
【0038】
ゲノム編集対象領域のセンス鎖に基づいて設計する場合、5´側ホモロジーアーム配列は、ゲノム編集対象領域センス鎖の5´外側の塩基配列と同一性を有する塩基配列であり、3´側ホモロジーアーム配列は、ゲノム編集対象領域センス鎖の3´外側の塩基配列と同一性を有する塩基配列である。一方、ゲノム対象領域のアンチセンス鎖に基づいて設計する場合、5´側ホモロジーアーム配列は、ゲノム編集対象領域のアンチセンス鎖の5´外側の塩基配列と同一性を有する塩基配列であり、3´側ホモロジーアーム配列は、ゲノム編集対象領域のアンチセンス鎖の3´外側の塩基配列と同一性を有する塩基配列である。
【0039】
ドナーDNAのホモロジーアーム配列とゲノムDNA上の対応配列の塩基配列の同一性は、例えば、80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、よりさらに好ましくは97%以上、よりさらに好ましくは98%以上、よりさらに好ましくは99%以上、よりさらに好ましくは100%である。配列の同一性は、BLAST等(例えば、デフォルトのパラメータ)を利用して算出できる。
【0040】
ホモロジーアーム配列の長さは、特に制限はないが、例えば、10塩基長以上(例えば、30塩基長以上、50塩基長以上、100塩基長以上)であり、2000塩基長以下(例えば、1000塩基長以下、500塩基長以下)である。
【0041】
本発明の方法により、両側のホモロジーアーム対応ゲノム配列の間に、ドナー配列が挿入される。ドナー配列としては、所望のDNA配列を選択することができ、例えば、変異が導入されたゲノム配列や外来遺伝子配列を利用することができる。所望のDNA中に、事後的に除去したい塩基配列が存在する場合には、当該塩基配列の両端に、例えば、組換え酵素の認識配列(例えば、loxP配列やFRT配列)を付加することもできる。組換え酵素の認識配列に挟まれた塩基配列は、対応する組換え酵素(例えば、Cre組換え酵素、FLP組換え酵素)や活性誘導型組換え酵素(例えば、CreERT2など)を作用させることにより、除去することができる。また、ノックインの成功を確認するためなどの目的で、例えば、選択マーカー配列(例えば、蛍光タンパク質、薬剤耐性遺伝子、ネガティブ選択マーカー遺伝子など)を所望のDNA中に組み込むこともできる。所望のDNAに、遺伝子が含まれる場合には、プロモーターや他の制御配列を作動可能に連結することができる。プロモーターとしては、例えば、構成的プロモーター、組織特異的プロモーター、時期特異的プロモーター、誘導性プロモーター、CMVプロモーターが挙げられる。その他、例えば、ターミネーター配列などの要素を適宜付加することができる。
【0042】
ドナー配列の長さは、ドナーDNAの構築を妨げない範囲であれば特に制限はない。例えば、3塩基長以上(例えば、5塩基長以上、10塩基長以上、30塩基長以上)であり、30000塩基長以下(例えば、10000塩基長以下、5000塩基長以下、3000塩基長以下)である。
【0043】
ドナーDNAの形態としては、二本鎖環状DNAが好ましい。二本鎖環状DNAは、公知の技術(例えば、PCR、制限酵素切断、DNA連結技術など)で作製することができ、又は購入することができる。
【0044】
本発明の方法において、非相同末端結合と相同組換えの組み合わせ修復によりドナー配列のノックインを生じさせる目的において、部位特異的ヌクレアーゼシステムは、下記A群又はB群の(i)から(iii)の配列を標的化して切断する。
【0045】
A群:
(i)5´側ホモロジーアーム配列
(ii)5´側ホモロジーアーム対応ゲノム領域の配列(以下、「5´側ホモロジーアーム対応ゲノム配列」と称する)
(iii)部位特異的ヌクレアーゼシステムによる(ii)の配列の切断部位より3´側下流の配列(以下、「3´側下流ゲノム配列」と称する)
B群
(i)3´側ホモロジーアーム配列
(ii)3´側ホモロジーアーム対応ゲノム領域の配列(以下、「3´側ホモロジーアーム対応ゲノム配列」と称する)
(iii) ゲノム編集対象領域における配列であって、前記部位特異的ヌクレアーゼシステムによる(ii)の配列の切断部位より5´側上流の配列(以下、「5´側上流ゲノム配列」と称する)
ここで、A群の「5´側ホモロジーアーム配列」と「5´側ホモロジーアーム対応ゲノム配列」は相同な塩基配列を有するため、一方を標的化する部位特異的ヌクレアーゼシステムを構築すれば、当該システムは他方をも標的化することになる。すなわち、部位特異的ヌクレアーゼシステムを構成する同一分子が標的化する。一方、「3´側下流ゲノム配列」は、部位特異的ヌクレアーゼシステムを構成する他の分子が標的化する。「3´側下流ゲノム配列」は、具体的には、5´側ホモロジーアーム対応ゲノム配列中の切断部位より3´側下流の配列、ゲノム中間領域の配列(存在する場合)、及び3´側ホモロジーアーム対応ゲノム配列である。
【0046】
同様に、B群の「3´側ホモロジーアーム配列」と「3´側ホモロジーアーム対応ゲノム配列」は、部位特異的ヌクレアーゼシステムを構成する同一分子が標的化し、「5´側上流ゲノム配列」は、部位特異的ヌクレアーゼシステムを構成する他の分子が標的化する。「5´側上流ゲノム配列」は、具体的には、5´側ホモロジーアーム対応ゲノム配列、ゲノム中間領域の配列(存在する場合)、及び3´側ホモロジーアーム対応ゲノム配列中の切断部位より5´側上流の配列である。
【0047】
例えば、部位特異的ヌクレアーゼシステムがCRISPR/Casシステムである場合、以下の(a)又は(b)のCRISPR/Casシステムを本発明の方法に用いることができる。
【0048】
(a)「5´側ホモロジーアーム配列/5´側ホモロジーアーム対応ゲノム配列」を標的化するガイドRNA(以下、「ガイドRNA1」と称する)と「3´側下流ゲノム配列」を標的化するガイドRNA(以下、「ガイドRNA2」と称する)との組み合わせを含むCRISPR/Casシステム
(b)「3´側ホモロジーアーム配列/3´側ホモロジーアーム対応ゲノム配列」を標的化するガイドRNA(以下、「ガイドRNA1´」と称する)と「5´側上流ゲノム配列」を標的化するガイドRNA(以下、「ガイドRNA2´」と称する)との組み合わせを含むCRISPR/Casシステム
また、部位特異的ヌクレアーゼシステムが人工ヌクレアーゼシステムである場合、以下の(a)又は(b)の人工ヌクレアーゼシステムを本発明の方法に用いることができる。
【0049】
(a)「5´側ホモロジーアーム配列/5´側ホモロジーアーム対応ゲノム配列」を標的化するDNA結合ドメインとヌクレアーゼドメインを含む融合タンパク質(以下、「融合タンパク質1」と称する)と「3´側下流ゲノム配列」を標的化するDNA結合ドメインとヌクレアーゼドメインを含む融合タンパク質(以下、「融合タンパク質2」と称する)の組み合わせを含む人工ヌクレアーゼシステム
(b)「3´側ホモロジーアーム配列/3´側ホモロジーアーム対応ゲノム配列」を標的化するDNA結合ドメインとヌクレアーゼドメインを含む融合タンパク質(以下、「融合タンパク質1´」と称する)と「5´側上流ゲノム配列」を標的化するDNA結合ドメインとヌクレアーゼドメインを含む融合タンパク質(以下、「融合タンパク質2´」と称する)の組み合わせを含む人工ヌクレアーゼシステム
人工ヌクレアーゼは、そのヌクレアーゼドメイン(例えば、FokIなど)が二量体化することにより、標的を切断するものであってもよく、この場合、一つの切断を生じさせるために2つの融合タンパク質を利用する。このような融合タンパク質の設計の手法は、公知である(例えば、国際公開2011/072246号など)。
【0050】
「3´側下流ゲノム配列」を標的化して切断する部位特異的ヌクレアーゼは、ゲノム編集対象領域におけるゲノム中間領域と3´側ホモロジーアーム対応ゲノム領域の境界領域(境界を含む塩基配列)を標的化するものであることが好ましい(
図4Aを参照のこと)。ドナーDNAは、ゲノム中間領域の配列を有しないことから、この態様における部位特異的ヌクレアーゼはドナーDNAを標的化できず、「3´側下流ゲノム配列」を特異的に標的化する。なお、ゲノム編集対象領域においてゲノム中間領域が存在しない場合には、部位特異的ヌクレアーゼは、ゲノム編集対象領域における5´側ホモロジーアーム対応ゲノム領域と3´側ホモロジーアーム対応ゲノム領域の境界領域を標的化するものであることが好ましい(
図2A、3Aを参照のこと)。ドナーDNAは、5´側ホモロジーアーム配列と3´側ホモロジーアーム配列の間にドナー配列を有することから、この態様における部位特異的ヌクレアーゼはドナーDNAを標的化できず、「3´側下流ゲノム配列」を特異的に標的化して切断する。
【0051】
同様の原理で、「5´側上流ゲノム配列」を標的化して切断する部位特異的ヌクレアーゼは、ゲノム編集対象領域における5´側ホモロジーアーム対応ゲノム領域とゲノム中間領域の境界領域を標的化するものであることが好ましい。ドナーDNAは、ゲノム中間領域の配列を有しないことから、この態様における部位特異的ヌクレアーゼはドナーDNAを標的化できず、「5´側上流ゲノム配列」を特異的に標的化する。なお、ゲノム編集対象領域においてゲノム中間領域が存在しない場合には、部位特異的ヌクレアーゼは、ゲノム編集対象領域における5´側ホモロジーアーム対応ゲノム領域と3´側ホモロジーアーム対応ゲノム領域の境界領域を標的化するものであることが好ましい。ドナーDNAは、5´側ホモロジーアーム配列と3´側ホモロジーアーム配列の間にドナー配列を有することから、この態様における部位特異的ヌクレアーゼはドナーDNAを標的化できず、「5´側上流ゲノム配列」を特異的に標的化して切断する。
【0052】
本発明の部位特異的ヌクレアーゼシステムにおいて、ホモロジーアーム対応ゲノム領域及びゲノム中間領域は、以下の方法で設定することができる。例えば、所望のDNA切断が生じるように、ゲノムDNA上に標的化分子(例えば、ガイドRNA2、融合タンパク質2)の標的DNA配列を設定し、当該標的DNA配列内部の特定の塩基(例えば、CRISPR-Cas9システムのガイドRNA2の場合、標的DNA配列内部に存在する切断部位の3´側の塩基)から下流の塩基配列に対して3´側ホモロジーアームを設定することにより、ゲノム中間領域と3´側ホモロジーアーム対応ゲノム領域の境界領域を当該標的化分子に標的化させることができる。同様に、所望のDNA切断が生じるように、ゲノムDNA上に標的化分子(例えば、ガイドRNA2´、融合タンパク質2´)の標的DNA配列を設定し、当該標的DNA配列内部の特定の塩基(例えば、CRISPR-Cas9システムのガイドRNA2´の場合、標的DNA配列内部に存在する切断部位の5´側の塩基)から上流の塩基配列に対して5´側ホモロジーアームを設定することにより、5´側ホモロジーアーム対応ゲノム領域とゲノム中間領域との境界領域を当該標的化分子に標的化させることができる。なお、ゲノム編集対象領域においてゲノム中間領域が存在しない場合には、所望のDNA切断が生じるように、ゲノムDNA上に標的化分子(例えば、ガイドRNA2、ガイドRNA2´、融合タンパク質2、融合タンパク質2´)の標的DNA配列を設定し、当該標的DNA配列内部の特定の塩基から5´側上流の塩基配列に対して5´側ホモロジーアームを設定し、かつ、5´側ホモロジーアームを設定した塩基配列に連続するように、その3´側下流の塩基配列に対して3´側ホモロジーアームを設定することにより、5´側ホモロジーアーム対応ゲノム領域と3´側ホモロジーアーム対応ゲノム領域の境界領域を当該標的化分子に標的化させることができる。
【0053】
本発明の部位特異的ヌクレアーゼシステムがガイドRNA誘導型ヌクレアーゼシステムである場合には、通常、二本鎖切断される部位は、標的DNA配列の内部あるいは標的DNA配列の外側近傍であり、部位特異的ヌクレアーゼシステムが人工ヌクレアーゼシステムである場合には、通常、二本鎖切断される部位は、標的DNA配列の外側である。
【0054】
部位特異的ヌクレアーゼシステムが境界領域を標的化する場合、当該システムの設計上、境界領域は、上記境界から、通常、50塩基以内、好ましくは40塩基以内(例えば、30塩基以内、20塩基以内)である。この場合、二本鎖切断される部位は、上記境界から、通常、100塩基位内、好ましくは50塩基以内(例えば、40塩基以内、30塩基以内、20塩基以内、10塩基以内、5塩基以内、3塩基以内)である。
【0055】
ゲノム編集対象領域においてゲノム中間領域が存在する場合には、部位特異的ヌクレアーゼは、当該ゲノム中間領域(あるいは、ゲノム中間領域と非相同末端結合が生じるホモロジーアーム対応ゲノム領域の境界領域)を標的化することもできる。ドナーDNAは、ゲノム中間領域の配列を有しないことから、この態様における部位特異的ヌクレアーゼは、ドナーDNAを標的化できず、ゲノム中間領域(あるいは、ゲノム中間領域と非相同末端結合が生じるホモロジーアーム対応ゲノム領域の境界領域)を特異的に標的化する。
【0056】
例えば、所望のDNA切断が生じるように標的化分子(例えば、ガイドRNA2、融合タンパク質2)を設定し、当該標的化分子の標的DNA配列よりも下流の塩基配列に対して3´側ホモロジーアームを設定することにより、当該標的化分子にゲノム中間領域を標的化させることができる。同様に、所望のDNA切断が生じるように標的化分子(例えば、ガイドRNA2´、融合タンパク質2´)を設定し、当該標的化分子の標的DNA配列よりも上流の塩基配列に対して5´側ホモロジーアームを設定することにより、当該標的化分子にゲノム中間領域を標的化させることができる。
【0057】
なお、部位特異的ヌクレアーゼによる切断後に、相同組換えに寄与する側のホモロジーアーム対応ゲノム領域に対して、長鎖のゲノム中間領域が切断されずに残存している場合には、相同組換えの効率を低下させる可能性があることから、部位特異的ヌクレアーゼによる切断によって当該残存するゲノム中間領域が短くなるように、当該ゲノム中間領域上に標的DNA配列を設定することが好ましい。
【0058】
部位特異的ヌクレアーゼシステムを導入する細胞及び生物としては、当該部位特異的ヌクレアーゼシステムが機能する細胞及び生物である限り、特に制限はない。細胞は、動物細胞、植物細胞、藻細胞、真菌細胞などの真核生物細胞であっても、細菌や古細菌などの原核生物細胞であってもよい。「細胞」には、例えば、個体を構成している細胞、個体から摘出された器官・組織を構成する細胞、個体の組織に由来する培養細胞などが含まれる。
【0059】
動物細胞としては、例えば、血液細胞、造血幹細胞・前駆細胞、配偶子(精子、卵子)、受精卵、各段階の胚の胚細胞(例えば、1細胞期胚、2細胞期胚、4細胞期胚、8細胞期胚、16細胞期胚、桑実期胚など)、線維芽細胞、上皮細胞、血管内皮細胞、神経細胞、肝細胞、骨細胞、ケラチン生成細胞、筋細胞、表皮細胞、内分泌細胞、ES細胞、iPS細胞、組織幹細胞、がん細胞等が挙げられる。
【0060】
動物細胞の由来する動物としては、例えば、哺乳類(例えば、ヒト、サル、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ブタ、ウシ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコ、ウサギなど)、魚類(例えば、トラフグ、マグロ、マダイ、サバ、ゼブラフィッシュ、金魚、メダカなど)、鳥類(例えば、ニワトリ、ウズラ、シチメンチョウ、アヒル、ガチョウ、オナガドリ、チャボ、ハト、ダチョウ、キジ、ホロホロチョウなど)、爬虫類(例えば、ヘビ、トカゲなど)、両生類(例えば、カエル、サンショウウオなど)、昆虫(例えば、ハエ、カイコなど)などが挙げられる。モデル動物としてのノックイン動物を作製する場合、動物は、好ましくは、マウス、ラット、モルモット、ハムスターなどの齧歯類であり、特に好ましくはマウス又はラットである。
【0061】
植物細胞の由来する植物としては、例えば、穀物類、油料作物、飼料作物、果物、野菜類が挙げられる。具体的な植物としては、例えば、シロイヌナズナ、トマト、ダイズ、イネ、コムギ、オオムギ、トウモロコシ、ナタネ、タバコ、バナナ、ピーナツ、ヒマワリ、ジャガイモ、ワタ、カーネーションなどが挙げられる。
【0062】
ノックイン動物の作製においては、生殖細胞や多能性幹細胞を用いることができる。例えば、部位特異的ヌクレアーゼシステムを卵母細胞に導入して調製した卵母細胞を偽妊娠動物の卵管や子宮に移植することにより、ドナー配列がゲノムに挿入された産仔を得ることができる。得られた個体からは、その子孫やクローンを得ることもできる。
【0063】
ここで、組換え酵素(例えば、Cre、CreERT2、FLPなど)の発現カセットを含む受精卵を用い、当該組換え酵素の認識配列(例えば、loxP配列、FRT配列など)で挟み込んだ所望の遺伝子をドナー配列として、本発明の方法により、当該受精卵のゲノムにドナー配列を挿入すれば、効率的に、コンディショナルノックアウト動物を作製することができる。組換え酵素(例えば、Cre、CreERT2、FLPなど)の発現カセットを含まない受精卵を用いた場合には、本発明により得られた個体(組換え酵素の認識配列で挟み込んだ所望の遺伝子を保持する個体)を、組換え酵素発現個体と交配することにより、コンディショナルノックアウト動物を作製することができる。このようなコンディショナルノックアウト技術は、例えば、疾患モデルの作製において有用である。
【0064】
一方、植物においては、古くから、その体細胞が分化全能性を有していることが知られており、様々な植物において、植物細胞から植物体を再生する方法が確立されている。従って、例えば、部位特異的ヌクレアーゼシステムを植物細胞に導入し、得られた植物細胞から植物体を再生することにより、ドナー配列がゲノムに挿入された植物体を得ることができる。得られた植物体からは、子孫、クローン、又は繁殖材料(例えば、塊茎、塊根、種子など)を得ることもできる。組織培養により植物の組織を再分化させて個体を得る方法としては、本技術分野において確立された方法を利用することができる(形質転換プロトコール[植物編] 田部井豊・編 化学同人 pp.340-347(2012))。
【0065】
部位特異的ヌクレアーゼシステム及びドナーDNAを細胞及び生物に導入する方法は、特に制限されず、対象細胞又は生物の種類、材料の種類(核酸であるのか、タンパク質であるのか等)に応じて、適宜選択することができる。例えば、エレクトロポレーション、マイクロインジェクション、DEAE-デキストラン処理、リポフェクション、ナノ粒子媒介性トランスフェクション、ウイルス媒介性核酸送達などが挙げられるが、これらに制限されない。部位特異的ヌクレアーゼシステムを構成する各分子は、同時に、又は、別々に導入することができる。
【0066】
こうして部位特異的ヌクレアーゼシステム及びドナーDNAが導入された細胞及び生物においては、2つのDNA修復機構、すなわち、非相同末端結合と相同組換えの組み合わせ修復を介して、ゲノムDNA上のゲノム編集対象領域にドナー配列が挿入される。
【0067】
本発明の方法の典型的な原理(一例として、5´ホモロジーアーム対応ゲノム領域とゲノム中間領域を部位特異的ヌクレアーゼシステムの標的とする場合)を
図1に示す。まず、部位特異的ヌクレアーゼシステムの作用により、ゲノムDNA上の5'ホモロジーアーム対応ゲノム領域に生じる切断端の一方(ゲノム中間領域を含まない側)とドナーDNA上の5´ホモロジーアームの切断端の一方(ドナー配列を含む側)は、非相同末端結合修復により結合する。この修復において、切断部位に塩基の変異(例えば、付加、欠失など)が生じると、部位特異的ヌクレアーゼシステムが標的化できなくなり、もはや、再切断は生じなくなる。次いで、非相同末端結合を介した修復により、ゲノムDNAに係留されたドナーDNAにおける3´ホモロジーアームと、ゲノム中間領域の切断端の近傍の3´ホモロジーアーム対応ゲノム領域との間で、相同組換えを介した修復が誘導される。その結果、ゲノムDNAにドナー配列が挿入される。
【0068】
本発明の方法は、非相同末端結合の「頻度の高さ」という利点と相同組換えの「高い正確性」という利点を兼ね備えた方法であり、ゲノムDNA上のゲノム編集対象領域において、高い効率と正確性でドナー配列の挿入を行うことができる。
【0069】
また、本発明は、ゲノムDNA上のゲノム編集対象領域にドナー配列が挿入された細胞又は生物の作製に用いるためキット又は組成物であって、上記部位特異的ヌクレアーゼシステム及びドナーDNAを含むキット又は組成物を提供する。
【0070】
本発明のキットにおいて、部位特異的ヌクレアーゼシステムとドナーDNAは、別々であっても、一体となっていてもよい。部位特異的ヌクレアーゼシステムを構成する各要素も、別々であっても、一体となっていてもよい。本発明のキットを構成する標品には、必要に応じてさらに他の成分を含んでいてもよい。他の成分としては、例えば、基剤、担体、溶剤、分散剤、乳化剤、緩衝剤、安定剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、増粘剤、保湿剤、着色料、香料、キレート剤等が挙げられるが、これらに制限されない。当該キットは、さらに追加の要素を含むことができる。追加の要素としては、例えば、希釈緩衝液、再構成溶液、洗浄緩衝液、核酸導入試薬、タンパク質導入試薬、対照試薬(例えば、対照のガイドRNAなど)が挙げられるが、これらに制限されない。当該キットは、本発明の方法を実施するための使用説明書を含んでいてもよい。
【0071】
本発明の組成物は、部位特異的ヌクレアーゼシステムとドナーDNAを一体として含む。本発明の組成物には、必要に応じてさらに他の成分を含んでいてもよい。他の成分としては、例えば、基剤、担体、溶剤、分散剤、乳化剤、緩衝剤、安定剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、増粘剤、保湿剤、着色料、香料、キレート剤等が挙げられるが、これらに制限されない。本発明の組成物は、本発明のキットを構成する標品にもなり得る。
【実施例】
【0072】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0073】
[実施例1] ゲノム編集試験1(野生型マウス、Kcnab1遺伝子、マイクロインジェクション)
マウスKcnab1(Potassium Voltage-Gated Channel Subfamily A Member Regulatory Beta Subunit 1)遺伝子のエクソン14の終止コドン周辺配列をゲノム編集の標的DNA配列として、3983塩基のドナー配列を組み込んだ(
図2A)。
【0074】
(1)Cas9 mRNAの調製
Cas9コード配列の下流にポリAテールが付加された配列を含むプラスミド(T7-NLS-hCas9-polyA、RIKEN BRC #RDB13130)を線状化したものを鋳型DNAとして、in vitro転写キット(MEGAshortscript T7 Transcription Kit、Life Technologies社製)を用いて合成し、精製キット(MEGAClear kit、Life Technologies社製)を用いて精製した。
【0075】
(2)gRNAの調製
gRNAのデザインは、設計支援ツール(http://crispor.tefor.net/)を用いて行った。一方のゲノム編集の標的DNA配列とドナーDNAの5´ホモロジーアームをどちらも切断するgRNA1(GTATAAATGACTGCTTAATGTGG/配列番号:19、下線はPAM)、もう一方のゲノム編集の標的DNA配列を切断するgRNA2(AAAGGACTATAGATCATAAGG/配列番号:20、下線はPAM)を、gRNA in vitro合成キット(GeneArt(登録商標)Precision gRNA Synthesis Kit、Life Technologies社製)を用いて合成した。
【0076】
なお、gRNA2は、ゲノムDNA上で、5´ホモロジーアームに対応するゲノム配列と3´ホモロジーアームに対応するゲノム配列に跨って設定されている。ドナーDNAでは、両ホモロジー配列の間にドナー配列が存在するため、gRNA2は、ドナーDNAを標的化できない。
【0077】
(3)ドナーDNAの調製
ドナーDNAとしての二本鎖環状DNAは、PCR、制限酵素切断、DNA連結技術等の遺伝子工学的手法により作製した。両側ホモロジーアームは、増幅鋳型としてC57BL/6J系統マウスゲノムを利用して調製した。P2A配列は、PCRにおけるプライマーダイマーの形成を利用して調製した。ERT2及びiCre配列は、増幅鋳型として既存のプラスミド(Addgene#13777及び#51904)を利用して調製した。得られた断片をpGEM-Tベクター(プロメガ社製)に繋ぎ合わせ、ドナーベクター「intron-Ctgf-P2A-ERT2iCreERT2-pGEM」及び「Kcnab1-P2A-ERT2iCreERT2-stop-3UTR2polyA-pGEM」を作製した。
【0078】
(4)受精卵への導入及びジェノタイピング
C57BL/6J Jcl 前核期凍結胚(日本クレア製)を融解し、KSOM培地(アークリソース社製)中で恒温培養した。上記(2)で調製したgRNA(25ng/μL)、Cas9 mRNA(50ng/μL)、及びドナーDNA(1ng/μL)を、マイクロマニピュレーター(ナリシゲ社製)を用いて胚中の雄性前核にマイクロインジェクションした。胚を恒温培養し、翌日二細胞期胚を偽妊娠雌マウスへ経卵管的に移植した。生まれてきたマウス(F0マウス)の尾部からキット(KAPA Express Extract DNA Extraction Kit、Kapa Biosystems社製)を用いてゲノムDNAを抽出し、ホモロジーアーム相当配列の外側と挿入配列の内側(表1の「上流繋がり確認」及び「下流繋がり確認」)、又は挿入配列の内側同士(表1の「インサート確認」)に設計されたプライマーセットを用いたPCRスクリーニングを行った。得られたPCR断片のシークエンシングにより、ジェノタイピングを行った。プライマーセットは表1に示した。
【0079】
【0080】
(5)結果
本実施例の結果を表2に示す。生まれたマウスの33.3%で、ゲノム編集の標的DNA配列へERT2-iCre-ERT2配列が挿入されたアレルを有するF0マウス(すなわち、目的のゲノム編集が成功したマウス)が得られた(表2、「Kcnab1-ERT2iCreERT2」の「Combi」)。同じ配列の挿入を目指し異なる方法で行なった実験ではゲノム編集が成功したマウスは得られなかった(表2、「Kcnab1-ERT2iCreERT2」の「lssDNA」)。なお、lssDNAを用いた方法は、文献(Miyasaka, Y. et al. BMC Genomics. 2018;19(1):318)で報告された方法を利用した。
【0081】
【0082】
また、このF0マウスをC57BL/6J Jclマウスと掛け合わせ、得られたF1マウスについてもジェノタイピングを行った結果、目的のゲノム編集がなされたアレルが生殖細胞系列伝達することが確認された(
図2B)。また挿入したiCreがリコンビナーゼとして望まれた機能を有することは、F1マウスを組換え依存的にtdTomatoレポーターを発現するAi14マウス(Jackson Laboratory Stock No:007914)と掛け合わせて確認した。即ち、交配で得られた産仔に対し、生後2日目にタモキシフェンを投与した後、生後5日目に脳組織を取り出してビブラトーム切片を作製して観察した結果、tdTomato陽性の細胞が大脳皮質の想定した領域に認められた。
【0083】
[実施例2]ゲノム編集試験2(野生型マウス、Ctgf遺伝子、マイクロインジェクション)
マウスCtgf(connective tissue growth factor)遺伝子のエクソン5の終止コドン周辺配列をゲノム編集の標的DNA配列として、3556塩基のドナー配列を組み込んだ(
図3A)。Cas9 mRNAの調製、gRNAの調製、ドナーDNAの調製、受精卵への導入、及びジェノタイピングは実施例1と同様の方法で行なった。使用したgRNA配列はそれぞれ以下の通りである。また、使用したプライマーセットは表1に示した。
gRNA1:GACATAGGGCTAGTCTACAA
AGG/配列番号:21、下線はPAM
gRNA2:CGGAGACATGGCGTAAAGCC
AGG/配列番号:22、下線はPAM
なお、gRNA2は、ゲノムDNA上で、5´ホモロジーアームに対応するゲノム配列と3´ホモロジーアームに対応するゲノム配列に跨って設定されている。ドナーDNAでは、両ホモロジー配列の間にドナー配列が存在するため、gRNA2は、ドナーDNAを標的化できない。
【0084】
本実施例の結果を表2に示す。生まれたマウスの16.7%で、ゲノム編集の標的DNA配列へP2A-ERT2-iCre-ERT2配列が挿入されたアレルを有するF0マウス(すなわち、目的のゲノム編集が成功したマウス)が得られた(表2、「Ctgf-ERT2iCreERT2」の「Combi」)。同じ配列の挿入を目指し異なる方法で行なった実験ではゲノム編集が成功したマウスは得られなかった(表2、「Ctgf-ERT2iCreERT2」の「lssDNA」)。
【0085】
また、このF0マウスをC57BL/6J Jclマウスと掛け合わせ、得られたF1マウスについてもジェノタイピングを行った結果、目的のゲノム編集がなされたアレルが生殖細胞系列伝達することが確認された(
図3B)。
【0086】
また、挿入したiCreがリコンビナーゼとして所望の機能を有することは、F1マウスを、組換え依存的にtdTomatoレポーターを発現するAi14マウス(Jackson Laboratory Stock No:007914)と掛け合わせることにより確認した。具体的には、交配で得られた産仔に対し、生後2日目にタモキシフェンを投与した後、生後5日目に脳組織を取り出してビブラトーム切片を作製して観察した。その結果、tdTomato陽性の細胞が大脳皮質の想定した領域に認められた。
【0087】
[実施例3]ゲノム編集試験3(野生型ラット、Tp53遺伝子、マイクロインジェクション)
ラットTp53(tumor protein p53)遺伝子のエクソン2及びエクソン4周辺配列をゲノム編集の標的DNA配列として、4513塩基のドナー配列を組み込んだ(
図4A)。
【0088】
(1)Cas9タンパク質-gRNA複合体溶液及びドナーDNAの調製
exon2内のゲノム編集の標的DNA配列とドナーDNAの5’ホモロジーアームをどちらも切断するgRNA(CCCTGCCAGATAGTCCACCTTCT/配列番号:23、下線はPAM)とexon4内のゲノム編集の標的DNA配列を切断するgRNA(CCACAGCGACAGGGTCACCTAAT/配列番号:24、下線はPAM)を使用した。gRNAのデザインは、設計支援ツール(http://crispor.tefor.net/)を用いて行った。
【0089】
なお、gRNA2は、ゲノムDNA上で、3´ホモロジーアームに対応するゲノム配列とその上流に位置するゲノム配列(exon4の5'端部分)に跨って設定されている。ドナーDNAには、exon4の5'端部分に対応する配列が存在しないため、gRNA2は、ドナーDNAを標的化できない。
【0090】
100μMに調製したcrRNA及びtracrRNA(Alt-R(登録商標) CRISPR/Cas9 System、IntegratedDNATechnologies社製)の各1.75μLと同梱のbinding buffer 1.5μLとを混和した。これを95℃で5分加熱後に徐冷し、相補的に結合させ、gRNAとした。上記gRNA 1250ngと精製済みCas9タンパク質(Alt-R(登録商標) S.p. Cas9 Nuclease 3NLS、Integrated DNA Technologies社製)5000ngを混和し、Cas9タンパク質/gRNA複合体(ribonucleoprotein)を形成させた。ドナーDNAとしては、ラットTp53のexon2及びexon4とその周辺配列から5’側及び3’側ホモロジーアームを設定する領域を選択し、これらホモロジーアームでCAGプロモーター及び蛍光タンパク質(CFP)遺伝子を挟み込んだ塩基配列を設計した。上記ドナーDNA配列を含むプラスミドの構築には人工遺伝子合成サービス(GeneArt(登録商標) Gene Synthesis、Life Technologies社製)を利用した。マイクロインジェクション溶液中の終濃度は、Cas9タンパク質が100ng/μL、各gRNAが25ng/μL、ドナーDNAが1ng/μLである。
【0091】
(2)受精卵への導入、及びジェノタイピング
Jcl:SD雌ラットを、150U/kgの妊馬血清性性腺刺激ホルモン(あすか製薬社製)と、それに続く75U/kgのヒト絨毛性ゴナドトロピン(あすか製薬社製)の腹腔内注射により過排卵状態にし、Jcl:SD雄ラットと交配した。翌日、交配成立を確認できた雌ラットより前核期胚を採取し、ラットKSOM培地(アークリソース社製)中で恒温培養した。上記で調製したCas9タンパク質を100ng/μL、各gRNAを25ng/μL、ドナーDNAを1ng/μL含むインジェクション溶液をマイクロマニピュレーター(ナリシゲ社製)を用いて胚中の雄性前核にマイクロインジェクションした。胚を恒温培養し、二細胞期胚を偽妊娠雌ラットへ経卵管的に移植した。生まれてきたラット(F0ラット)の尾部からゲノムDNAを抽出して、ホモロジーアーム相当配列の外側と挿入配列の内側、又は挿入配列の内側同士に設計されたプライマーセットを用いたPCRスクリーニングを行った。得られたPCR断片のシークエンシングにより、ジェノタイピングを行った。プライマーセットは表1に示した。
上流繋ぎ目には欠失が見られた(
図4B)。また、下流繋ぎ目はPCRでは未検出であったが、組織片を蛍光顕微鏡観察したところ蛍光が確認できた(
図4C)。
【0092】
(3)結果
本実施例の結果を表2に示す。生まれたラットの16.6%で、ゲノム編集の標的DNA配列へCFP配列が挿入されたアレルを有するF0ラットが得られた(表2、「Tp53-CFP」の「Combi」)。同じ配列の挿入を目指し異なる方法で行なった実験ではゲノム編集が成功したラットは得られなかった(表2、「Tp53-CFP」の「3H2OP」)。なお、3H3OP法については、文献(Yoshimi, K.et al, Nat Commun. 2016;7:10431)で報告された方法を利用した。
【産業上の利用可能性】
【0093】
本発明によれば、高い効率と正確性で、ゲノム上にドナー配列が挿入された細胞や生物を作製することができる。本発明は、例えば、医薬品、農作物、加工食品、畜産物、水産物、工業製品、実験動物などの製造や、生命科学分野の基礎研究に利用することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0094】
配列番号1~19
<223> プライマー配列
配列番号20~24
<223> ガイドRNA配列
【配列表】