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特許7427921半導体インゴットのスライシング加工条件決定方法および半導体ウェーハの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-29
(45)【発行日】2024-02-06
(54)【発明の名称】半導体インゴットのスライシング加工条件決定方法および半導体ウェーハの製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 21/304 20060101AFI20240130BHJP
   B28D 5/04 20060101ALI20240130BHJP
   B28D 7/00 20060101ALI20240130BHJP
   B28D 7/02 20060101ALI20240130BHJP
   B24B 55/02 20060101ALI20240130BHJP
   B24B 27/06 20060101ALI20240130BHJP
【FI】
H01L21/304 611W
B28D5/04 C
B28D7/00
B28D7/02
B24B55/02 Z
B24B27/06 F
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2019204357
(22)【出願日】2019-11-12
(65)【公開番号】P2021077793
(43)【公開日】2021-05-20
【審査請求日】2021-11-29
(73)【特許権者】
【識別番号】302006854
【氏名又は名称】株式会社SUMCO
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】木原 誉之
(72)【発明者】
【氏名】福田 正樹
(72)【発明者】
【氏名】舟山 誠
(72)【発明者】
【氏名】中山 孝
(72)【発明者】
【氏名】中島 祐樹
(72)【発明者】
【氏名】池田 裕帆
【審査官】湯川 洋介
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第00/043162(WO,A1)
【文献】特開2014-180745(JP,A)
【文献】特開平11-156694(JP,A)
【文献】特開2002-036094(JP,A)
【文献】国際公開第2008/108051(WO,A1)
【文献】特開2008-073816(JP,A)
【文献】特開2008-078473(JP,A)
【文献】国際公開第2008/149490(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 21/304
B28D 5/04
B28D 7/00
B28D 7/02
B24B 55/02
B24B 27/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体インゴットをワイヤソーにより切断するスライシング加工の加工条件決定方法であって、
複数の候補加工条件を決定することを含み、該複数の候補加工条件の1つ以上は、スライシング加工中にワイヤソーのワイヤ速度を変化させるワイヤ速度プロファイルを含み、且つ、該ワイヤ速度プロファイルは、ワイヤ速度上昇期間を含み、
前記複数の候補加工条件について、各候補加工条件下での各フィード位置でのインゴットの温度の予測値を求めること、および
前記インゴットの温度の予測値に基づき、前記複数の候補加工条件の少なくとも1つの候補加工条件と比べてスライシング加工中に生じると予測されたインゴットの温度変化がより少ない候補加工条件を、半導体ウェーハの実製造工程において採用するスライシング加工条件として決定すること、
を更に含む、前記加工条件決定方法。
【請求項2】
前記半導体ウェーハの実製造工程において採用するスライシング加工条件として決定される候補加工条件は、スライシング加工中に供給されるスラリの温度プロファイルおよび前記スラリの流量プロファイルからなる群から選ばれる1つ以上を更に含む、請求項1に記載の加工条件決定方法。
【請求項3】
前記半導体ウェーハの実製造工程において採用するスライシング加工条件として決定される候補加工条件は、スライシング加工中に供給されるスラリの温度プロファイルを更に含み、
前記スラリの温度プロファイルは、スラリ温度上昇期間を含む、請求項に記載の加工条件決定方法。
【請求項4】
前記半導体ウェーハの実製造工程において採用するスライシング加工条件として決定される候補加工条件は、スライシング加工中に供給されるスラリの流量プロファイルを更に含み、
前記スラリの流量プロファイルは、スラリ流量低減期間を含む、請求項またはに記載の加工条件決定方法。
【請求項5】
前記半導体ウェーハの実製造工程において採用するスライシング加工条件として決定される候補加工条件は、スライシング加工中にワイヤソーのローラ内部に供給される冷却水の温度プロファイルを更に含む、請求項1~のいずれか1項に記載の加工条件決定方法。
【請求項6】
前記半導体ウェーハの実製造工程において採用するスライシング加工条件として決定される候補加工条件は、スライシング加工中にワイヤソーのローラ内部に供給される冷却水の流量プロファイルを更に含む、請求項1~のいずれか1項に記載の加工条件決定方法。
【請求項7】
前記半導体ウェーハの実製造工程において採用するスライシング加工条件として決定される候補加工条件は、スライシング加工中にワイヤソーのワイヤ速度を変化させるワイヤ速度プロファイルを更に含む、請求項1~のいずれか1項に記載の加工条件決定方法。
【請求項8】
前記半導体ウェーハの実製造工程において採用するスライシング加工条件として決定される候補加工条件のワイヤ速度プロファイルは、ワイヤ速度上昇期間を含む、請求項に記載の加工条件決定方法。
【請求項9】
請求項1~のいずれか1項に記載の方法により半導体インゴットをワイヤソーにより切断するスライシング加工の加工条件を決定すること、および
決定された加工条件下でスライシング加工を行い半導体インゴットから半導体ウェーハを切り出すこと、
を含む、半導体ウェーハの製造方法。
【請求項10】
前記スライシング加工中、
ワイヤソーのワイヤ速度上昇期間、
スライシング加工中に供給されるスラリの温度上昇期間、および
スライシング加工中に供給されるスラリの流量低減期間、
を含む、請求項に記載の半導体ウェーハの製造方法。
【請求項11】
前記ワイヤ速度上昇期間の終了後に前記スラリの温度上昇期間および前記スラリの流量低減期間を含む、請求項10に記載の半導体ウェーハの製造方法。
【請求項12】
前記スライシング加工中、ワイヤソーのローラ内部に供給される冷却水の温度を変化させる冷却水温度変化期間を含む、請求項10または11に記載の半導体ウェーハの製造方法。
【請求項13】
前記スライシング加工中、ワイヤソーのローラ内部に供給される冷却水の流量を変化させる冷却水流量変化期間を含む、請求項1012のいずれか1項に記載の半導体ウェーハの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体インゴットのスライシング加工条件決定方法および半導体ウェーハの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体ウェーハは、半導体インゴット(以下、単に「インゴット」とも記載する。)をワイヤソーによりスライシング加工することによって製造することができる(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】WO2000/043162
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
インゴットの温度がスライシング加工中に大きく変化(上昇および/または低下)すると、インゴットの膨張(熱膨張)の程度が位置により大きく変化してしまい、インゴットとワイヤソーのワイヤとの相対的な位置が変動する現象(位置ずれ)が発生してしまう。このような位置ずれは、インゴットから半導体ウェーハを平行に切り出すことを困難にし、切り出された半導体ウェーハに反りが発生する原因となる。したがって、スライシング加工の加工条件は、反りの発生を抑制すべく、上記位置ずれを抑制可能な条件に設定することが望ましい。
【0005】
以上に鑑み本発明の一態様は、半導体インゴットのスライシング加工条件を決定するための新たな方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
WO2000/043162(特許文献1)には、スライシング加工時の反りの形状をシミュレーションで予測し、シミュレーションの結果に基づき、被加工物(具体的にはインゴット)の温度を制御できるように、スライシング加工中に温度制御媒体を供給することが提案されている(WO2000/043162の請求項1参照)。
これに対し本発明者らは、反りの原因となるスライシング加工中のインゴットの温度変化を抑制するためには、温度制御媒体による制御では十分ではなく、インゴットとワイヤとの接触による摩擦熱(発熱)を制御すべきと考え検討を重ねた。この検討の中で、本発明者らは、インゴットとワイヤとの接触による発熱は、ワイヤ速度が速くなるほど大きくなり、遅くなるほど小さくなることに着目した。そして本発明者らは、スライシング加工中にワイヤ速度を一定速度に維持するのではなく変化させることによって、インゴットの温度変化を抑制することについて鋭意検討を重ねた結果、以下のスライシング加工条件決定方法を完成させるに至った。
【0007】
即ち、本発明の一態様は、
半導体インゴットをワイヤソーにより切断するスライシング加工の加工条件決定方法であって、
上記加工条件の決定は、スライシング加工中にワイヤソーのワイヤ速度を変化させるワイヤ速度プロファイルの決定を含み、
上記ワイヤ速度プロファイルの決定は、スライシング加工中の半導体インゴットの温度を予測するモデル計算を行ってスライシング加工中の半導体インゴットの温度変化が抑制されるワイヤ速度プロファイルを決定することを含む、上記加工条件決定方法(以下、「スライシング加工条件決定方法」または単に「加工条件決定方法」とも記載する。)、
に関する。
【0008】
一態様では、上記決定されるワイヤ速度プロファイルは、ワイヤ速度上昇期間を含むことができる。
【0009】
一態様では、上記加工条件の決定は、スライシング加工中に供給されるスラリの温度プロファイルの決定および上記スラリの流量プロファイルの決定からなる群から選ばれる1つ以上を更に含むことができる。
【0010】
一態様では、上記加工条件の決定は、スライシング加工中に供給されるスラリの温度プロファイルの決定を含むことができ、上記スラリの温度プロファイルは、スラリ温度上昇期間を含むことができる。
【0011】
一態様では、上記加工条件の決定は、スライシング加工中に供給されるスラリの流量プロファイルの決定を含むことができ、上記スラリの流量プロファイルは、スラリ流量低減期間を含むことができる。
【0012】
一態様では、上記加工条件の決定は、スライシング加工中にワイヤソーのローラ内部に供給される冷却水の温度プロファイルを決定することを更に含むことができる。
【0013】
一態様では、上記加工条件の決定は、スライシング加工中にワイヤソーのローラ内部に供給される冷却水の流量プロファイルを決定することを更に含むことができる。
【0014】
本発明の一態様は、
上記加工条件決定方法により半導体インゴットをワイヤソーにより切断するスライシング加工の加工条件を決定すること、および
決定された加工条件下でスライシング加工を行い半導体インゴットから半導体ウェーハを切り出すこと、
を含む、半導体ウェーハの製造方法(以下、「製造方法1」とも記載する。)、
に関する。
【0015】
本発明の一態様は、
半導体インゴットをワイヤソーにより切断するスライシング加工を行うことにより、半導体インゴットから半導体ウェーハを切り出すことを含み、
上記スライシング加工中、
ワイヤソーのワイヤ速度上昇期間、
スライシング加工中に供給されるスラリの温度上昇期間、および
スライシング加工中に供給されるスラリの流量低減期間、
を含む、半導体ウェーハの製造方法(以下、「製造方法2」とも記載する。)、
に関する。
【0016】
一態様では、製造方法1および2は、上記ワイヤ速度上昇期間の終了後にスラリの温度上昇期間およびスラリの流量低減期間を含むことができる。
【0017】
一態様では、製造方法1および2は、スライシング加工中、ワイヤソーのローラ内部に供給される冷却水の温度を変化させる冷却水温度変化期間を含むことができる。
【0018】
一態様では、製造方法1および2は、スライシング加工中、ワイヤソーのローラ内部に供給される冷却水の流量を変化させる冷却水流量変化期間を含むことができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明の一態様によれば、スライシング加工中のインゴットとワイヤソーのワイヤとの位置ずれを抑制可能な、半導体インゴットのスライシング加工条件決定方法を提供することができる。更に本発明の一態様によれば、かかる方法により決定されたスライシング加工条件下でスライシング加工が行われる半導体ウェーハの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】ワイヤソーの一例を示す模式図である。
図2】伝熱解析においてインゴットの各表面に設定される熱フラックスの説明図である。
図3】伝熱解析における実測パラメータ項目および設定範囲の説明図である。
図4】3種の異なる加工条件(加工条件1、2、3)のワイヤ速度プロファイル、スラリの温度プロファイルおよびスラリの流量プロファイルを示す。
図5図4に示す各加工条件でのスライシング加工について、各フィード位置でのインゴットの温度の予測値算出結果を示す。
図6】加工条件1~3の変形例のローラ内部に供給される冷却水の温度プロファイルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
[スライシング加工条件決定方法]
本発明の一態様は、半導体インゴットをワイヤソーにより切断するスライシング加工の加工条件決定方法に関する。上記加工条件の決定は、スライシング加工中にワイヤソーのワイヤ速度を変化させるワイヤ速度プロファイルの決定を含み、上記ワイヤ速度プロファイルの決定は、スライシング加工中の半導体インゴットの温度を予測するモデル計算を行ってスライシング加工中の半導体インゴットの温度変化が抑制されるワイヤ速度プロファイルを決定することを含む。
以下、上記加工条件決定方法について、更に詳細に説明する。
【0022】
<半導体インゴット>
スライシング加工に供される半導体インゴットとしては、シリコンインゴット(好ましくは単結晶シリコンインゴット)等の各種半導体インゴットを挙げることができる。例えば、単結晶シリコンインゴットは、公知の方法、例えばCZ法(Czochralski法)またはFZ法(Floating Zone法)によって作製することができる。本発明および本明細書において、スライシング加工に供される半導体インゴットには、公知の方法によって作製されたインゴットから所定長さにカットされたブロックの形態のものも包含されるものとする。
【0023】
<スライシング加工>
半導体インゴットのスライシング加工は、半導体インゴットをワイヤソーにより切断することによって行われる。
以下に、図1を参照し、ワイヤソーの構成について説明する。
図1は、ワイヤソーの一例を示す模式図である。
図1に示すワイヤソー1は、メインローラ(以下、単に「ローラ」とも記載する。)2を合計3個備えている。詳しくは、同一水平面上に2個、これら2個の中間の下方に1個配置された、合計3個のメインローラ2を備えている。これら3個のメインローラ2の周りにワイヤ8が螺旋状に巻き付けられることで、図1の紙面直交方向に並ぶワイヤ列81が形成されている。メインローラは、内部に冷却水配管(図示せず)を備え、スライシング加工中、メインローラの温度上昇を抑制するために、メインローラ内部に冷却水が供給される。
ワイヤ8は、一般に、高張力メッキ鋼線により構成されている。ワイヤ8の両端側は、それぞれ複数ずつ(図1では、1個ずつ図示)のガイドローラ31およびテンションローラ32を介して、ワイヤ8を送り出したり巻き取ったりする2個のボビン41に固定されている。また、テンションローラ32とボビン41との間には、それぞれトラバーサ42が設けられている。トラバーサ42は、ワイヤ8の送り位置、巻取り位置を調整する機能を有している。
さらに、上側の2個のメインローラ2(以下、上側メインローラ21と称す)の上方には、スラリGを供給するノズル5が2つ設けられている。
また、ノズル5の上方には、半導体インゴットMを保持する保持手段6と、この保持手段6を昇降させる昇降手段7とが設けられている。
スライシング加工では、ワイヤソー1は、例えば、メインローラ2を回転させることで、ワイヤ列81を一方向E1に走行させるとともに、ワイヤ列81の張力が所定値となるように、テンションローラ32の上下方向の位置を調整し、2個の上側メインローラ21間にスラリGを供給する。
その後、スラリGを供給しながらワイヤ列81を走行させ、保持手段6を下降させて走行中のワイヤ列81にインゴットMを押し当てることにより、インゴットが切断される。
スライシング加工が終了した時点では、インゴットMは、図1中二点鎖線で示すように、上側メインローラ21間に架け渡されたワイヤ列81の下方に位置する。次いで、ワイヤソー1は、ワイヤ列81をE1とは反対の方向E2に走行させるとともに、保持手段6を上昇させる。これによりインゴットMがワイヤ列81から引き抜かれ、切断された複数の半導体ウェーハが得られる。
または、スライシング加工中、ワイヤ列81をE1方向とE2方向とに往復走行させることもできる。
【0024】
<モデル計算、加工条件の決定>
上記加工条件決定方法により決定されるスライシング加工の加工条件には、少なくとも、ワイヤ速度プロファイルが含まれる。このワイヤ速度プロファイルでは、スライシング加工中にワイヤ速度を変化させる。これは、先に記載したように、ワイヤ速度がスライシング加工中のインゴットの温度変化に影響するためである。スライシング加工中にワイヤ速度を変化させることによって、スライシング加工中のインゴットの温度変化を抑制することが可能になる。これにより、スライシング加工中、インゴットとワイヤソーのワイヤとの位置ずれを抑制することができる。こうして位置ずれを抑制できることは、半導体インゴットから切り出される半導体ウェーハに反りが発生することを抑制することにつながるため好ましい。
【0025】
上記加工条件決定方法では、スライシング加工中の半導体インゴットの温度を予測するモデル計算を行ってスライシング加工中の半導体インゴットの温度変化が抑制されるワイヤ速度プロファイルを決定する。モデル計算は、公知の解析手法によって行うことができる。解析手法としては、例えば有限要素法を挙げることができる。以下では、汎用有限要素法ソフトABAQUSを用いたモデル計算について説明する。ただし以下に説明する態様は例示であって、かかる例示に本発明は限定されるものではない。
【0026】
以下のモデル計算では、伝熱解析によりインゴット温度を計算する。メッシュ形状として、ワイヤのフィード位置に応じて切削された領域(切断面でのカーフロスの領域)を考慮した要素を作成する。伝熱解析については、各フィード位置での定常計算モデルとする。温度境界条件として、切断面を発熱面と仮定し、熱フラックス(入熱)を与える。また、切断面を含めたインゴット表面に抜熱の温度境界条件を与えると共に、インゴットを保持している保持部材(例えば、図1中の符号6)への伝熱を考慮する。
以下に、伝熱解析における温度境界条件の設定方法および加工条件により変動するパラメータとの関係について説明する。
【0027】
図2は、伝熱解析において、インゴットMの各表面に設定した熱フラックスを示している。発熱に関しては、ワイヤのフィード位置に応じて切削された領域(切断面でのカーフロスの領域)を発熱面と仮定し、熱フラックスQを与える。具体的には 下記(1)式に示すように、ワイヤとインゴットの構成材料(例えばシリコンインゴットであればシリコン)との摩擦によって生じる発熱量として設定する。
Q=μpv (1)
上記(1)式中、Qは単位時間かつ単位面積当たりの発熱量(J/s・m)、μは摩擦係数、pは接触部の圧力(N/m)、vはワイヤ8のワイヤ速度(m/s)である。
【0028】
次に、インゴットの各表面について、q、q2、3、の熱フラックスを設定する。qは切断された内部面の熱フラックス、qはインゴット側面(切断部)の熱フラックス、qはインゴット側面(未切断部)の熱フラックス、qはインゴットを保持している保持部材6へ流れる熱フラックスを表す。q、q2、3、をまとめてqとも表記する。各qは、単位時間かつ単位面積当たりに通過する熱量であり、下記(2)式で表すことができる。
q=α(t-t) (2)
上記(2)式中、αは熱伝達係数(W/m/K)、tはインゴット表面温度、tは雰囲気温度である。tで表されるインゴット表面温度とは、qについては切断内部面の温度、qについては側面(切断部)の温度、qについては側面(未切断部)の温度、qについてはビーム(保持部材)との接着面の温度である。
【0029】
上記(2)式中の熱伝達係数αは、Nu:平均ヌセルト数、l:インゴットの長さ(m)、k:熱伝導率(W/m/K)を用いて、下記(3)式で表すことができる。
α=Nu・k/l (3)
更に、平均ヌセルト数Nuは、Re:レイノルズ数、Pr:プラントル数を用いて、インゴット表面とスラリとの間の熱伝達を強制対流における等温板の層流熱伝達と仮定し、下記(4)式で表すことができる。
Nu=0.664Re1/2Pr1/3 (4)
また、レイノルズ数Reおよびプラントル数Prは、それぞれ下記(5)式、(6)式で表すことができる。
Re=u・l/ν (5)
Pr=ν・c・ρ/k (6)
上記式中、uは表面を流れるスラリの速度(m/s)、νはスラリの動粘性係数(m/s)、cはスラリの定圧比熱(J/kg/K)、ρはスラリの比重(kg/m)である。
【0030】
以上のように切断面での発熱量またはインゴット表面から放出される抜熱量は、各加工条件、スラリ、ワイヤ等の資材の物性値を入力することにより設定できる。しかし、摩擦係数μや表面を流れるスラリの速度uは、通常、未知のパラメータであり、理論に基づく設定は困難である。この点を考慮すると、発熱量Qおよび抜熱量に関わる各領域の熱フラックスq、q、q3、を実験パラメータとして扱い、インゴット温度の実測結果に基づき決定することが好ましい。以下に、上記実験パラメータの決定方法の一態様を説明する。
【0031】
図3に、伝熱解析における実測パラメータ項目と設定範囲を示す。実測パラメータとして、マル1:発熱面の熱フラックス、マル2:切断内部面での熱フラックス、マル3:側面切断部の熱フラックス、マル4:側面未切断部の熱フラックス、マル5:保持部材との接着面での熱フラックスについて、実測温度を用いて設定する。実測温度は、例えば熱電対によって測定することができる。
【0032】
例えば、あるフィード位置での切断方向の温度勾配(実測結果)から、マル3およびマル4の側面の熱フラックスならびにマル5の保持部材接着面での熱フラックスを決定し、実測温度と合うように、マル1の発熱面の熱フラックスおよびマル2の切断内部面での熱フラックスを調整する。次に異なる複数のフィード位置で上記パラメータを用いて計算し、計算値と実測値との差異を補正するために、マル3およびマル4により調整を行う。マル1の発熱面での熱フラックスは、各フィード位置での切断面の変化に応じて範囲を変更して設定する。マル2~マル5の熱フラックスについては、先に示した(2)式(q=α(t-t))の温度の項には実測温度が使用されるため、モデル計算により熱伝達係数αが決定される。
【0033】
熱伝達係数αの決定後、基準加工条件について、先に示した式を用いてQ、q、q、qおよびqを算出する。この基準加工条件は、ワイヤソーのワイヤ速度、スライシング加工中に供給されるスラリの温度および流量等のすべての加工条件を、スライシング加工中変化させない一定の値とする加工条件である。こうして基準加工条件でのQ、q、q、qおよびqを算出した後、スライシング加工中のワイヤ速度の変化が半導体インゴットの温度変化に与える影響を、先に示した式を用いて算出する。一例として、ワイヤ速度を基準加工条件のワイヤ速度の2倍にすると、(1)式から、Qは基準加工条件でのQの2倍に増加する。また、例えばインゴット表面温度と雰囲気温度(具体的にはスラリ温度)との温度差を基準加工条件の1/2(即ち50%)にすると、(4)式および(5)式から、インゴット側面の熱フラックスは基準加工条件での値の50%に減少する。こうして、基準加工条件からの変化がQ、q、q、qおよびqに与える影響を、(1)式~(6)式のいずれか1つ以上を用いて算出することができる。このように各加工条件の変化が発熱および抜熱に与える影響を求めることができる。
以上のモデル計算により、様々な加工条件下での各フィード位置でのインゴットの温度の予測値を求めることができる。こうしてインゴットの温度の予測値に基づき、スライシング加工中のインゴットの温度変化が抑制される加工条件を、半導体ウェーハの実製造工程において採用するスライシング加工条件として決定することができる。決定される加工条件は、少なくともスライシング加工中にワイヤソーのワイヤ速度を変化させる期間を含み、ワイヤ速度を上昇させる期間を含むことが好ましい。ここで、「ワイヤ速度」とは、スライシング加工中にワイヤを一方向のみに走行させる態様では、この走行時のワイヤ走行方向へのワイヤ速度であり、スライシング加工中にワイヤを2方向(例えば図1中のE1方向とE2方向)に往復走行させる態様では、往復走行中のワイヤの最高速度または平均速度であることができる。また、一態様では、決定される加工条件は、位置ずれをより一層抑制する観点からは、スライシング加工中に供給されるスラリの温度および/または流量を変化させる期間を含むことが好ましい。スライシング加工中のスラリの温度プロファイルはスラリ温度上昇期間を含むことがより好ましく、スラリの流量プロファイルはスラリ流量低減期間を含むことがより好ましい。
【0034】
具体例として、図4に、3種の異なる加工条件(加工条件1~3)について、ワイヤ速度プロファイル、スラリの温度プロファイルおよびスラリの流量プロファイルを示す。各プロファイルを示すグラフ中、縦軸の単位は任意単位であり、縦軸上、下方から上方に向かって各加工条件の値は大きくなる。例えば、ワイヤ速度プロファイル(図4中、中央のグラフ)では、縦軸上、下方から上方に向かってワイヤ速度の値は大きくなる。加工条件1(比較例)は、スライシング加工中、ワイヤ速度を変化させない加工条件である。これに対し、加工条件2および3(実施例)は、ワイヤ速度プロファイルに、ワイヤ速度が変化する期間(詳しくはワイヤ速度上昇期間)が含まれている。また、加工条件1~3には、スラリ温度プロファイルに温度上昇期間が含まれ、スラリ流量プロファイルに流量低減期間が含まれている。
【0035】
上記3種の加工条件について、先に詳述したモデル計算により、各フィード位置でのインゴットの温度の予測値を算出した。算出結果を図5に示す。図5に示す結果から、ワイヤ速度プロファイルにワイヤ速度が変化する期間(詳しくはワイヤ速度上昇期間)が含まれている加工条件2、3によれば、加工条件1でのスライシング加工と比べてインゴットの温度変化(詳しくは温度上昇)を抑制可能であることが予測できる。スライシング加工中のインゴットの温度変化を抑制できれば、スライシング加工中、インゴットとワイヤソーのワイヤとの位置ずれを抑制することが可能となる。そして、位置ずれの抑制は、スライシング加工により切り出される半導体ウェーハに反りが発生することを抑制することに寄与する。加工条件1~3によるスライシング加工によって切り出される半導体ウェーハの反り量を、汎用有限要素法による構造解析によって算出した。ここで、「反り量」とは、SEMI(Semiconductor Equipment and Materials International)MF1390またはMF657により定義されているワープ(WARP)を意味する。算出結果を表1に示す。加工条件2、3によれば、加工条件1と比べて反りの低減が可能である。
【0036】
【表1】
【0037】
以上説明したように、スライシング加工中の半導体インゴットの温度変化が抑制されるように、ワイヤソーのワイヤ速度、スラリ温度、スラリ流量等のプロファイルを決定することにより、スライシング加工によって半導体インゴットから切り出されるウェーハの反りを低減することができる。これは、半導体インゴットの温度変化の抑制により、スライシング加工中に半導体インゴットの膨張(熱膨張)の程度が位置により変化することを抑制できるからである。
ところで、加工条件1~3では、スライシング加工中、ワイヤソーのローラ内部に供給される冷却水の温度および流量は一定(不変)に維持される。これに対し、ワイヤソーのローラ内部に供給される冷却水の温度および/または流量を変化させる期間をスライシング加工中に含めることも、スライシング加工によって半導体インゴットから切り出されるウェーハの反り低減の観点から好ましい。ワイヤソーのローラ内部に供給される冷却水の温度および/または流量を変化させることによって、ワイヤソーのワイヤが巻き付けられるローラの温度変化によるローラの膨張(熱膨張)の程度を制御することができるからである。これにより、スライシング加工中、ローラの熱膨張の程度を、インゴットの温度変化によるインゴットの熱膨張の程度と合わせ易くなり、スライシング加工により切り出される半導体ウェーハの反りを、より効果的に低減できる。ワイヤソーのローラ内部に供給される冷却水の温度が高いほど、ローラの熱膨張の程度は大きくなる。また、ワイヤソーのローラ内部に供給される冷却水の流量を少なくするほど、ローラの熱膨張の程度は大きくなる。
【0038】
具体例として、スライシング加工中、ローラに供給する冷却水の温度を変化させる期間を含む冷却水温度プロファイルを、加工条件1~3のそれぞれの変形例として決定した。こうして決定された冷却水温度プロファイルを、図6に示す。図6に示す各プロファイルは、加工条件1~3(冷却水の温度は不変)について予測される各フィード位置でのインゴットの熱膨張にローラの熱膨張が追従するように、ローラ温度を制御可能な冷却水温度プロファイルであり、ローラ構成材料の熱膨張特性から公知の方法により決定した。図6に示す温度プロファイルにおいて、縦軸は、フィード位置0mmでの冷却水温度を基準温度として各フィード位置での冷却水温度を任意単位で示している。縦軸上、下方から上方に向かって冷却水温度は高くなる。尚、実製造工程では、設備上の制約等により、スライシング加工中にローラ内部に供給される冷却水の温度を大きく変化させることは容易ではない。そのため、ローラ内部に供給される冷却水の温度を制御するのみで、スライシング加工により切り出される半導体ウェーハの反りを十分効果的に低減することは、実製造工程においては困難である。これに対し、上記加工条件決定方法によれば、ワイヤ速度の制御等によって、スライシング加工により切り出される半導体ウェーハの反りを低減でき、更に、ワイヤソーのローラ内部に供給される冷却水の温度も制御することにより、より一層効果的に反りを低減することができる。
【0039】
以上説明したように、上記加工条件決定方法によれば、スライシング加工によって半導体インゴットから切り出される半導体ウェーハにおける反りの発生を抑制することができる。
【0040】
[半導体ウェーハの製造方法]
製造方法1は、上記加工条件決定方法により半導体インゴットをワイヤソーにより切断するスライシング加工の加工条件を決定すること、および決定された加工条件下でスライシング加工を行い半導体インゴットから半導体ウェーハを切り出すことを含む半導体ウェーハの製造方法である。
【0041】
製造方法2は、半導体インゴットをワイヤソーにより切断するスライシング加工を行うことにより、半導体インゴットから半導体ウェーハを切り出すことを含み、上記スライシング加工中、ワイヤソーのワイヤ速度上昇期間、スライシング加工中に供給されるスラリの温度上昇期間およびスライシング加工中に供給されるスラリの流量低減期間を含む半導体ウェーハの製造方法である。
【0042】
製造方法1では、本発明の一態様にかかる加工条件決定方法によって決定された加工条件を採用してスライシング加工を行うことにより、半導体インゴットから切り出される半導体ウェーハにおける反りの発生を抑制することができる。
【0043】
製造方法2には、スライシング加工中、ワイヤソーのワイヤ速度上昇期間、スライシング加工中に供給されるスラリの温度上昇期間およびスライシング加工中に供給されるスラリの流量低減期間が含まれる。製造方法2では、このように各種加工条件を変化させる期間を含むことにより、スライシング加工中の半導体インゴットの温度変化を抑制することができ、その結果、半導体インゴットから切り出される半導体ウェーハにおける反りの発生を抑制することができる。
【0044】
製造方法2において、ワイヤソーのワイヤ速度上昇期間、スライシング加工中に供給されるスラリの温度上昇期間およびスライシング加工中に供給されるスラリの流量低減期間は、スライシング加工中にそれぞれ別々の期間として含まれてもよく、2つ以上の期間の一部または全部がスライシング加工中の同じ期間内に含まれていてもよい。一態様では、ワイヤ速度上昇期間は、スライシング加工中の一部の期間として含まれることができる。即ち、ワイヤ速度上昇期間の前および/または後に、ワイヤ速度を一定に維持する(ワイヤ速度が不変の)期間が含まれ得る。この場合、ワイヤ速度上昇期間の終了後には、インゴットの温度が低下し易い傾向があるため、インゴットの温度低下を抑制できるようにワイヤ速度以外の加工条件を制御することが好ましい。この点に関して、スラリ温度を上昇させることは、インゴットの温度低下を抑制することに寄与し得る。また、スラリ流量を低減することも、インゴットの温度低下を抑制することに寄与し得る。したがって、一態様では、スライシング加工中、ワイヤ速度上昇期間の終了後にスラリの温度上昇期間およびスラリの流量低減期間が含まれることが好ましい。
一態様では、上記の点は、製造方法1においても好ましい。
【0045】
更に、製造方法1および2は、スライシング加工中、ワイヤソーのローラ内部に供給される冷却水の温度を変化させる冷却水温度変化期間を含むことができ、ワイヤソーのローラ内部に供給される冷却水の流量を変化させる冷却水流量変化期間を含むこともできる。この点について、詳細は先に説明した通りである。
【0046】
製造方法1および2のその他詳細については、半導体ウェーハの製造に関する公知技術を提供することができる。例えば、インゴットから切り出された半導体ウェーハに各種加工を施すことにより、製品として出荷される半導体ウェーハを作製することができる。上記加工としては、面取り加工、平坦化加工(ラップ、研削、研磨)等、エッチング、洗浄等を挙げることができる。また、各種加工を経た半導体ウェーハは、製品として出荷される前に一種以上の検査に付される場合もある。製造方法1および2により得られる半導体ウェーハは、反り量が少ないか、または反りのない良品ウェーハであることができる。
【0047】
上記では、本発明について、具体的態様に基づき説明した。ただし、説明した態様は例示であって、本発明は例示した態様に限定されるものではない。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、シリコンウェーハ等の各種半導体ウェーハの製造分野において有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6