(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-29
(45)【発行日】2024-02-06
(54)【発明の名称】電解合成用陽極、及び、フッ素ガス又は含フッ素化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C25B 11/04 20210101AFI20240130BHJP
C25B 1/245 20210101ALI20240130BHJP
【FI】
C25B11/04
C25B1/245
(21)【出願番号】P 2020533430
(86)(22)【出願日】2019-07-19
(86)【国際出願番号】 JP2019028482
(87)【国際公開番号】W WO2020026854
(87)【国際公開日】2020-02-06
【審査請求日】2022-04-27
(31)【優先権主張番号】P 2018146785
(32)【優先日】2018-08-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】株式会社レゾナック
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100105854
【氏名又は名称】廣瀬 一
(74)【代理人】
【識別番号】100116012
【氏名又は名称】宮坂 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100115679
【氏名又は名称】山田 勇毅
(74)【代理人】
【識別番号】100114177
【氏名又は名称】小林 龍
(74)【代理人】
【識別番号】100175259
【氏名又は名称】尾林 章
(74)【代理人】
【識別番号】100168701
【氏名又は名称】豆塚 浩二
(74)【代理人】
【識別番号】100109715
【氏名又は名称】塩谷 英明
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】福地 陽介
(72)【発明者】
【氏名】三神 克己
(72)【発明者】
【氏名】小林 浩
【審査官】祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第02534638(US,A)
【文献】米国特許第05744022(US,A)
【文献】特開2009-001877(JP,A)
【文献】特開2000-313981(JP,A)
【文献】特開昭60-221591(JP,A)
【文献】実開平04-100262(JP,U)
【文献】特開2009-215578(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 11/04
C25B 1/245
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ化水素を含有する電解液を電気分解してフッ素ガス又は含フッ素化合物を電解合成するための陽極であって、
炭素質材料で形成された陽極基体と、前記陽極基体を被覆する金属被膜と、を備え、前記金属被膜は、前記陽極基体のうち前記電解液に浸漬される部分に被覆されており、前記金属被膜を形成する金属がニッケルであ
り、
前記金属被膜を形成するニッケルの質量が、前記陽極基体の表面1cm
2
当たり0.01g以上0.1g以下である電解合成用陽極。
【請求項2】
前記金属被膜を形成するニッケルの質量が、前記電解合成に用いられる電解液の質量の0.03質量%以上0.4質量%以下である請求項1に記載の電解合成用陽極。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の電解合成用陽極を用いて、フッ化水素を含有する電解液を電気分解する、フッ素ガス又は含フッ素化合物の製造方法。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載の電解合成用陽極を用いて、フッ化水素を含有する電解液に含有される水分を電気分解する前電解工程を行った後に、前記フッ化水素を含有する電解液を電気分解する、フッ素ガス又は含フッ素化合物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フッ素ガス又は含フッ素化合物を電解合成するための陽極、及び、フッ素ガス又は含フッ素化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フッ素ガスや含フッ素化合物(例えば三フッ化窒素)は、フッ化物イオンを含有する電解液を電気分解することによって合成(電解合成)することができる。この電解合成においては、一般に陽極として炭素電極が使用されているが、炭素電極を使用すると、非常に小さな電流密度で電気分解しても、所定の電流を得るのに必要な電解槽電圧が12Vを超えるような高圧になるという問題が起こる場合があった。この現象は陽極効果と呼ばれている。
陽極効果が発生する原因は、以下の通りである。電解液の電気分解を行うと、陽極の表面で発生したフッ素ガスが、陽極を形成する炭素と反応するため、陽極の表面に、共有結合性の炭素-フッ素結合を有する被膜が形成される。この被膜は絶縁性で電解液との濡れ性も悪いため、陽極に電流が流れにくくなり、陽極効果が発生する。そして、陽極効果が進行すると、継続した電気分解が不可能になる場合がある。表面が絶縁性の被膜で覆われた陽極を、電解合成に使用可能とするためには、表面を研磨して被膜を除去する必要がある。
【0003】
非特許文献1には、フッ化水素を含有する電解液にフッ化リチウム、フッ化アルミニウムを添加することや、ニッケル電極を用いて前電解(conditioning)を行って電解液中の水分量を低下させることによって、陽極効果を抑制する技術が開示されている。
また、特許文献1には、導電性炭素質材料からなる導電性基体と、導電性基体の一部に被覆されたダイヤモンド構造を有する導電性炭素質被膜と、導電性基体の他部に被覆された(CF)nからなる炭素質被膜と、を有する電解用陽極が開示されている。
電解液中に水分が多い場合は、電解中に水分と非ダイヤモンド構造の炭素質材料部分とが反応して酸化グラファイトが生成し、この酸化グラファイトがフッ素ガスと容易に反応して、(CF)nからなる炭素質被膜が生成する。ダイヤモンド構造を有する導電性炭素質被膜は、非ダイヤモンド構造の炭素電極とは異なり、共有結合性の炭素-フッ素結合が生成しないため、表面に絶縁性の被膜が生成しにくい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】”インダストリアル・アンド・エンジニアリング・ケミストリー”,(米国),1947年,第39巻,p.259-262
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、非特許文献1に開示の技術では、前電解を行った後にニッケル電極を炭素電極に切り替える必要があるため、電解合成の工程が煩雑になるという問題があった。また、特許文献1に開示の電解用陽極は、ダイヤモンド構造を有する導電性炭素という特殊な材質で被膜を形成する必要があるため、高価であるという問題があった。
本発明は、陽極効果の発生を抑制しつつ簡易な工程で且つ安価にフッ素ガス又は含フッ素化合物を電解合成することができる電解合成用陽極、及び、フッ素ガス又は含フッ素化合物の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため、本発明の一態様は以下の[1]~[5]の通りである。
[1] フッ素ガス又は含フッ素化合物を電解合成するための陽極であって、
炭素質材料で形成された陽極基体と、前記陽極基体を被覆する金属被膜と、を備え、前記金属被膜を形成する金属がニッケルである電解合成用陽極。
[2] 前記金属被膜を形成するニッケルの質量が、前記電解合成に用いられる電解液の質量の0.03質量%以上0.4質量%以下である[1]に記載の電解合成用陽極。
[3] 前記金属被膜を形成するニッケルの質量が、前記陽極基体の表面1cm2当たり0.01g以上0.1g以下である[1]又は[2]に記載の電解合成用陽極。
【0008】
[4] [1]~[3]のいずれか一項に記載の電解合成用陽極を用いて、フッ化水素を含有する電解液を電気分解する、フッ素ガス又は含フッ素化合物の製造方法。
[5] [1]~[3]のいずれか一項に記載の電解合成用陽極を用いて、フッ化水素を含有する電解液に含有される水分を電気分解する前電解工程を行った後に、前記フッ化水素を含有する電解液を電気分解する、フッ素ガス又は含フッ素化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、陽極効果の発生を抑制しつつ、簡易な工程で且つ安価にフッ素ガス又は含フッ素化合物を電解合成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の一実施形態に係る電解合成用陽極を備える電解装置の構造を説明する断面図である。
【
図2】
図1の電解装置を、
図1とは異なる平面で仮想的に切断して示した断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の一実施形態について以下に説明する。なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。また、本実施形態には種々の変更又は改良を加えることが可能であり、その様な変更又は改良を加えた形態も本発明に含まれ得る。
【0012】
本実施形態に係る電解合成用陽極を備える電解装置の構造を、
図1及び
図2を参照しながら説明する。なお、
図1は、電解装置の電解合成用陽極3及び電解合成用陰極5の板面に直交し且つ鉛直方向に平行な平面で、電解装置を仮想的に切断して示した断面図である。また、
図2は、電解装置の電解合成用陽極3及び電解合成用陰極5の板面に平行で且つ鉛直方向に平行な平面で、電解装置を仮想的に切断して示した断面図である。
【0013】
図1、2に示す電解装置は、電解液10が貯留される電解槽1と、電解槽1内に配されて電解液10に浸漬される電解合成用陽極3及び電解合成用陰極5と、を備えている。電解槽1の内部は、電解槽1の蓋1aから鉛直方向下方に延びる筒状の隔壁7によって陽極室12と陰極室14に区画されている。すなわち、筒状の隔壁7に囲まれた内側の領域が陽極室12であり、筒状の隔壁7の外側の領域が陰極室14である。
【0014】
電解合成用陽極3は、形状において限定されるものではなく例えば円柱状でもよいが、本例では板状をなしており、その板面が鉛直方向に平行をなすように陽極室12内に配されている。また、電解合成用陰極5は、形状において限定されるものではなく例えば円柱状でもよいが、本例では板状をなしており、その板面が電解合成用陽極3の板面と平行をなし且つ2つの電解合成用陰極5、5で電解合成用陽極3を挟むように、陰極室14内に配されている。
【0015】
さらに、電解合成用陰極5、5の表裏両板面のうち、電解合成用陽極3に対向する板面とは反対側の板面には、電解合成用陰極5、5や電解液10を冷却するための冷却器が装着されている。
図1、2に示す電解装置の例では、冷却用流体が流れる冷却管16が、冷却器として電解合成用陰極5、5に装着されている。
【0016】
電解合成用陽極3としては、以下のような構成の電極を用いることができる。すなわち、炭素質材料で形成された陽極基体と、陽極基体を被覆する金属被膜と、を備え、金属被膜を形成する金属がニッケルである電極である。具体例としては、ニッケルで形成された金属被膜で炭素電極板の両板面が被覆された電極を挙げることができる。
【0017】
電解合成用陰極5としては、金属製電極を用いることができ、例えば、ニッケル板からなる電極を用いることができる。
電解液10としては、溶融塩を用いることができ、例えば、フッ化水素(HF)を含有する溶融フッ化カリウム(KF)を用いることができる。
【0018】
例えばフッ化水素とフッ化カリウムの混合溶融塩を電解液として用いて、電解合成用陽極3と電解合成用陰極5との間に電流を供給すると、電解合成用陽極3においてフッ素ガス(F2)を主成分とする陽極ガスが生成され、電解合成用陰極5において水素ガス(H2)を主成分とする陰極ガスが副生される。なお、後述のように、電解液10の種類を適宜選択することにより、電解合成用陽極3において三フッ化窒素(NF3)等の含フッ素化合物を電解合成することができる。
【0019】
陽極ガスは、陽極室12内の電解液10の液面上の空間に溜まり、陰極ガスは、陰極室14内の電解液10の液面上の空間に溜まる。電解液10の液面上の空間は、隔壁7によって陽極室12内の空間と陰極室14内の空間に区画されているので、陽極ガスと陰極ガスは混合しないようになっている。
一方、電解液10は、隔壁7の下端よりも上方側の部分については隔壁7によって区画されているが、隔壁7の下端よりも下方側の部分については隔壁7によって区画されておらず連続している。
【0020】
また、陽極室12には、電解合成用陽極3にて生成された陽極ガスを陽極室12内から電解槽1の外部に排出する排気口21が設けられており、陰極室14には、電解合成用陰極5、5にて生成された陰極ガスを陰極室14内から電解槽1の外部に排出する排気口23が設けられている。
上記のように、本実施形態の電解合成用陽極3は、炭素質材料で形成された陽極基体と、陽極基体を被覆する金属被膜と、を備えている。そして、金属被膜がニッケルで形成されている。
【0021】
陽極基体が金属被膜で被覆されているので、電解合成の際に電解合成用陽極3で生成したフッ素ガスと、陽極基体を形成する炭素質材料との反応が生じにくい。そのため、共有結合性の炭素-フッ素結合を有する被膜が電解合成用陽極3の表面に形成されることが抑制されるので、陽極効果が発生しにくい。
【0022】
また、本実施形態の電解合成用陽極3であれば、前電解と電解合成の両方を行うことができるので、前電解を行った後に電解合成を行う際に、前電解用の陽極から電解合成用の陽極に切り換える必要はなく、前電解と電解合成を連続して行うことができる。よって、本実施形態の電解合成用陽極3を用いれば、フッ素ガス又は含フッ素化合物の電解合成を簡易な工程で行うことができる。
【0023】
さらに、ニッケルで形成される金属被膜は、ダイヤモンド被膜のように高価ではなく安価であるので、本実施形態の電解合成用陽極3を用いれば、フッ素ガス又は含フッ素化合物を安価に電解合成することができる。
以上のように、本実施形態の電解合成用陽極3を用いて電解液の電気分解を行えば、陽極効果の発生を抑制しつつ簡易な工程で且つ安価にフッ素ガス又は含フッ素化合物(例えば三フッ化窒素)を電解合成することができる。
【0024】
また、電解合成したフッ素ガスを出発原料として、六フッ化ウラン(UF6)、六フッ化硫黄(SF6)、四フッ化炭素(CF4)、三フッ化窒素等の含フッ素化合物を、化学合成することもできる。フッ素ガスや、六フッ化ウラン、六フッ化硫黄、四フッ化炭素、三フッ化窒素等の含フッ素化合物は、原子力産業分野、半導体産業分野、医農薬品分野、民生用分野等において有用である。
【0025】
以下、本実施形態に係る電解合成用陽極と、これを用いたフッ素ガス又は含フッ素化合物の製造方法について、さらに詳細に説明する。
(1)電解槽
電解合成を行う電解槽の材質は特に限定されるものではないが、耐食性の点から、銅、軟鋼、モネル(商標)等のニッケル合金、フッ素樹脂等を使用することが好ましい。
電解合成用陽極で電解合成されたフッ素ガス又は含フッ素化合物と、電解合成用陰極で生成した水素ガスとの混合を防止するために、電解合成用陽極が配された陽極室と電解合成用陰極が配された陰極室は、
図1、2に示す電解装置のように、隔壁、隔膜等によって、その全部又は一部が区画されていることが好ましい。
【0026】
(2)電解液
フッ素ガスを電解合成する場合に用いる電解液の一例について説明する。フッ素ガスを電解合成する場合には、フッ化水素とフッ化カリウムの混合溶融塩を、電解液として用いることができる。電解液中のフッ化水素とフッ化カリウムのモル比は、(フッ化水素のモル数)/(フッ化カリウムのモル数)の値として、好ましくは1.8以上2.2以下であり、より好ましくは1.9以上2.1以下であり、例えば2:1とすることができる。
【0027】
次に、含フッ素化合物を電解合成する場合に用いる電解液の一例について説明する。含フッ素化合物を電解合成する場合には、合成したい含フッ素化合物のフッ素化前の化学構造を有する化合物と、フッ化水素と、フッ化カリウムとの混合溶融塩を、電解液として用いることができる。フッ素化前の化学構造を有する化合物を気体状にして、フッ化水素とフッ化カリウムの混合溶融塩に吹き込みながら電解合成を行ってもよいし、フッ素化前の化学構造を有する化合物をフッ化水素とフッ化カリウムの混合溶融塩に溶解させた電解液を用いて、電解合成を行ってもよい。フッ素化前の化学構造を有する化合物は、電解合成用陽極における反応で生成したフッ素ガスと反応し、含フッ素化合物となる。
【0028】
例えば三フッ化窒素を電解合成する場合には、フッ化水素とフッ化アンモニウム(NH4F)の混合溶融塩、又は、フッ化水素とフッ化カリウムとフッ化アンモニウムの混合溶融塩を、電解液として用いることができる。あるいは、フッ化水素とフッ化セシウム(CsF)の混合溶融塩や、フッ化水素とフッ化カリウムとフッ化セシウムの混合溶融塩も、フッ化アンモニウムを添加することで三フッ化窒素合成用の電解液として用いることができる。
【0029】
フッ化水素とフッ化アンモニウムの混合溶融塩の場合、電解液中のフッ化水素とフッ化アンモニウムのモル比は、(フッ化水素のモル数)/(フッ化アンモニウムのモル数)の値として、好ましくは1.8以上2.2以下であり、より好ましくは1.9以上2.1以下であり、例えば2:1とすることができる。
フッ化水素とフッ化カリウムとフッ化アンモニウムの混合溶融塩の場合、電解液中のフッ化水素と、フッ化カリウム及びフッ化アンモニウムの合計のモル比は、(フッ化水素のモル数)/(フッ化カリウム及びフッ化アンモニウムの合計のモル数)の値として、好ましくは1.8以上2.2以下であり、より好ましくは1.9以上2.1以下であり、例えば2:1とすることができる。この場合、フッ化カリウムとフッ化アンモニウムのモル比は、(フッ化カリウムのモル数)/(フッ化アンモニウムのモル数)の値として、1/9以上1/1以下である。
【0030】
これらフッ化セシウムを含有する電解液の組成は、以下のようにしてもよい。すなわち、電解液中のフッ化セシウムとフッ化水素のモル比は、1:1.0~4.0としてもよい。また、電解液中のフッ化セシウムとフッ化水素とフッ化カリウムのモル比は、1:1.5~4.0:0.01~1.0としてもよい。
【0031】
フッ化水素を含有する電解液には、一般に0.1質量%以上5質量%以下の水分が含有されている。フッ化水素を含有する電解液に含有されている水分が3質量%よりも多い場合は、例えば特開平7-2515号公報に記載の方法によって、フッ化水素を含有する電解液に含有されている水分を3質量%以下に低下させた上で、電解液に使用してもよい。一般に、フッ化水素を含有する電解液中の水分量を簡便に低下させることは難しいので、フッ素ガス又は含フッ素化合物を工業的に電解合成する場合には、コスト面から、水分の含有量が3質量%以下の電解液を使用することが好ましい。
【0032】
(3)電解合成用陰極
前述したように、電解合成用陰極として金属製電極を用いることができる。金属製電極を形成する金属の種類としては、例えば、鉄、銅、ニッケル合金があげられる。
(4)電解合成用陽極
本実施形態の電解合成用陽極について、フッ素ガスを電解合成する際に好適な電解合成用陽極を例にして、詳細に説明する。
水分を含有する溶融塩からなる電解液中で、黒鉛や無定形カーボンのような炭素質材料からなる従来の電解合成用陽極を用いて電解合成を行った場合は、陽極においてフッ素ガスが発生する一方で、電解液に含有される水分が電解されて酸素ガスが発生する。
【0033】
酸素ガスはフッ素ガスと同様に気体状で回収されるが、一部の酸素ガスは、回収される前に陽極の表面の炭素質材料と反応する。そして、炭素質材料と反応した酸素はフッ素と置き換わり、酸素ガスとして回収される。この反応の結果、炭素質材料の表面には、共有結合性の炭素-フッ素結合を有する絶縁性の被膜が形成されることとなり、陽極効果が発生する。
【0034】
これに対して、本実施形態の電解合成用陽極は、炭素質材料で形成された部分がニッケルからなる金属被膜で被覆されているが、酸素ガスは炭素質材料ほどは金属と反応せず、仮に反応したとしても続いてフッ素ガスと反応するので、酸素ガスとして回収される。一方、電解合成用陽極の金属被膜は、電解合成を継続するにつれ金属フッ化物となる。そして、生成した金属フッ化物は、電解合成用陽極の表面から脱離する。
【0035】
このような工程を通じて、電解液中に含有されていた水分は分解され、電解合成用陽極において酸素ガスとして回収され、電解合成用陰極において水素ガスとして回収されるので、電解液から除去される。この間、本実施形態の電解合成用陽極の金属被膜に絶縁性の被膜が形成されることはなく、金属被膜が剥離していく。このようにしてフッ素ガスの電解合成を継続していくと、金属被膜が十分に剥離し、下層の炭素質材料が表面に現れる(この工程は、非特許文献1に記載の前電解に相当する)。そして、この段階においては、電解液中の水分量は十分に低下している。すなわち、本実施形態の電解合成用陽極を用いて前電解を行えば、上記のような簡便な操作で、電解液中の水分量を十分に低下させることができる。
【0036】
電解液中の水分量が十分に低いので、電解合成を継続した際に、本実施形態の電解合成用陽極の表面に新たに出現した炭素質材料の表面でフッ素ガスの生成が始まっても、大きな陽極効果が発生することは無い。よって、電圧が上昇するような問題は発生せず、フッ素ガスの電解合成を効率良く続けることができる。また、前電解と電解合成との間で電解合成用陽極を取り換えるような煩雑な操作は必要なく、1つの電解合成用陽極で前電解とフッ素ガスの電解合成の両方を行うことができる。
【0037】
このような作用効果を得るためには、フッ素ガスと反応しても不働態を作らず電解合成用陽極から脱離する性質を有する金属で、金属被膜を形成することが好ましい。このような金属としては、ニッケルが効果的である。金属被膜を形成する金属としては、ニッケルを単独で用いてもよいし、ニッケルに他種の金属を加えた2種以上を併用してもよい。2種以上の金属を併用する場合には、それらの金属の合金で金属被膜を形成してもよいし、各金属で形成された金属被膜をそれぞれ電解合成用陽極の陽極基体の表面に被覆してもよい。また、ニッケルに遷移元素を含有させた合金で金属被膜を形成してもよい。遷移元素の添加により、電解合成用陽極の消耗を抑制することができる。
【0038】
本実施形態の電解合成用陽極を製造する際には、炭素質材料で形成された陽極基体の表面上に金属被膜を形成するが、金属被膜の形成方法は特に限定されるものではなく、電解メッキ、無電解メッキ、電気溶線式溶射、溶線式フレーム溶射に加え、蒸着法、スパッタリング法などの真空成膜法を使用することができる。これらの方法の中では、電解メッキ、無電解メッキが簡便なため好ましい。
金属被膜は、陽極基体の炭素質材料で形成された部分の少なくとも一部分を被覆するように形成することが好ましく、炭素質材料で形成された部分の全部を被覆するように形成することがより好ましい。
【0039】
電力を受け取る給電部にまで電解合成用陽極が存在すれば、接触抵抗を防ぐ効果も期待できる。電解合成用陽極の表面のうち電解液に接触する部分で、金属被膜が存在しない部分がある場合は、電解の進行に伴い、炭素質材料で形成された部分に(CF)nからなる炭素質被膜が生成し、絶縁状態となる。これに対して、金属被膜が形成されていれば、金属被膜が形成されている部分は通電するため、電解は進行する。その結果、電解液中の水分量が低下した頃に金属被膜は剥離し、下層の炭素質材料が表面に現れる。そして、新たに出現した炭素質材料の表面で電解合成が進行するため、問題なく電解合成を続けることができる。
【0040】
陽極基体に用いる炭素質材料としては、通常電解に使用されるグラファイト、アモルファスカーボン、カーボンナノチューブ、グラフェン、導電性単結晶ダイヤモンド、導電性多結晶ダイヤモンド、導電性ダイヤモンドライクカーボン等が使用できる。炭素質材料の形状は特に限定されないが、給電部の取り付けが容易なため、板状であることが好ましい。
炭素質材料からなる部分が金属被膜の下層に存在していれば、陽極基体において炭素質材料からなる部分のさらに下層に抵抗の少ない材質からなる部分があってもよいし、強度を持たせるための他の材質からなる部分があってもよい。
【0041】
金属被膜を形成する金属であるニッケルの質量は、陽極基体の炭素質材料で形成された表面1cm2当たり0.01g以上0.1g以下であることが好ましい。ニッケルの質量が上記の範囲内であれば、電解液中の水分を前電解する前にニッケルが溶解して下地の炭素質材料が現れるということがないため、炭素質材料の表面に陽極酸化現象や陽極分極の原因となる共有結合性の炭素-フッ素結合が形成されにくい。また、溶解するニッケル量が多くなり過ぎて、溶解したニッケルが陰極で還元されフッ化物のスラッジとして電解槽内に堆積してしまうおそれも低減される。このためには、ニッケルの質量は、陽極基体の炭素質材料で形成された表面1cm2当たり0.03g以上0.07g以下であることがより好ましい。
【0042】
また、金属被膜を形成する金属であるニッケルの質量は、電解合成に用いられる電解液の質量の0.03質量%以上0.4質量%以下であることが好ましい。ニッケルの質量が上記の範囲内であれば、電解液中の水分を前電解する前にニッケルが溶解して下地の炭素質材料が現れるということがないため、炭素質材料の表面に陽極酸化現象や陽極分極の原因となる共有結合性の炭素-フッ素結合が形成されにくい。また、溶解するニッケル量が多くなり過ぎて、溶解したニッケルが陰極で還元されフッ化物のスラッジとして電解槽内に堆積してしまうおそれも低減される。このためには、ニッケルの質量は、0.1質量%以上0.2質量%以下であることがより好ましい。
【0043】
さらに、ニッケルからなる金属被膜が被覆された陽極のうち、電解合成において電流が流れる部分の表面積(採寸で決まる見かけの表面積)は、電解液の容量1Lに対して20cm2以上100cm2以下であることが好ましい。電流が流れる部分の表面積が上記の範囲内であれば、電解液中の水分を前電解により脱水するまでの時間が長くならず、経済性が低下するおそれも軽減される。また、電解合成用陽極と電解合成用陰極との間の距離を適度に保つことができ、電流効率や経済性の低下も招きにくい。
【0044】
電解槽に設置する電解合成用陽極としては、表面全体をニッケルで被覆した電極を設置することが好ましい。ただし、電解槽の構造によっては、ニッケル被覆した電極とニッケル被覆していない電極とを設置し、前電解が終わるまではニッケル被覆していない電極には通電せずに待機して、前電解が終了してからニッケル被覆していない電極に通電する方法をとってもよい。
【0045】
前電解においては、電流密度0.001A/cm2以上5A/cm2以下で電気分解を行ってもよい。これにより、電解液中の水分が除去される。電解液中の水分の除去の完了は、発生するフッ素ガス中の酸素ガスの量を測定することで知ることができる。また、金属被膜が剥離し、炭素質材料の表面に置き換わるにつれ、電解電圧が変化することでも知ることができる。金属被膜を形成する金属であるニッケルが消耗し炭素質材料が表面に現れると、電解電圧が低下する。
【実施例】
【0046】
以下に実施例及び比較例を示して、本発明をより具体的に説明する。
〔比較例1〕
図1、2に示す電解装置と同様の構成の電解装置を用意した。ただし、陽極には、2枚の炭素電極板を用いた。この炭素電極板の寸法は、縦45cm、横28cm、厚さ7cmである。陽極と電解槽の蓋とは電気的に絶縁されている。また、電解槽の本体とモネル製の金属板とが陰極とされ、両者は導通している(図示せず)。さらに、電解槽の本体と蓋とは電気的に絶縁されている。モネル製の金属板には冷却管が溶接されており、また、電解槽の本体の内側の底面からの水素の発生を防止するために、底面にはテフロン(登録商標)板が敷かれている。さらに、陽極のうち電流が流れる部分の面積は、2800cm
2(25cm×28cm×4)である。電解によって電解液中のフッ化水素が消費されるので、電解液の液レベルが一定になるように電解槽に電解液が供給されるようになっている。このとき、供給される電解液の水分量を低いレベルに制御することによって、系内の水分量をほとんど増加させないことができる。
【0047】
電解液としては、フッ化カリウムとフッ化水素の混合溶融塩(KF・2HF)58L(111kg)を用いた。電解液中の水分量はカールフィッシャー法によって測定され、2.4質量%(2.66kg)である。電解槽に電解液を入れ、外部ヒーターによる加熱と、65℃の温水が流通される冷却管による冷却とによって、電解液の温度を90℃に制御した。
【0048】
陽極室内の電解液の液面上の空間に露出している炭素電極板の上に、フッ素化された炭化水素ポリマーであるバイトン(商標)製のシート(縦1cm、横2cm、厚さ0.5cm)を、試験片として載置した。このシートの状態の変化によって、発生するガスの組成を推定することができる。つまり、電解温度雰囲気において、十分なフッ素ガスと適当量の酸素ガスとが共存しているときにはシートは焼失し、フッ素ガスが少ない場合や十分なフッ素ガスが存在していても酸素ガスがほとんど存在していない場合にはシートは変化しないことが経験的に分かっている。
【0049】
電解装置に28A(電流密度0.01A/cm2)の直流電流を通じると、2V近辺の槽電圧をしばらく示した後に5Vまで槽電圧が上昇したので、そのまま1時間通電した。次いで、直流電流を56A(電流密度0.02A/cm2)に増加して1時間通電したところ槽電圧は8Vまで上昇し、直流電流を84A(電流密度0.03A/cm2)に増加して1時間通電したところ槽電圧は10Vまで上昇した。さらに、直流電流を112A(0.04A/cm2)に増加すると槽電圧が12Vを超える値を示すようになったので、通電を停止した。直流電流を84Aに低下させ槽電圧が12Vを超えないようにして、100時間の通電を行った。
【0050】
8579Ahの通電後に電解槽の蓋を開放したところ、炭素電極板上に載せていた試験片は焼失しており、陽極においてフッ素ガス、酸素ガス、水素ガスの混合ガス(十分なフッ素ガスと適当量の酸素ガスとが共存)が生成され、着火、燃焼したものと推測された。なお、水素ガスは、陰極で生成し隔壁を乗り越えて陽極側に混入したものと思われる。電解液中の水分量を測定したところ1.22kg減少して1.44kgとなったので、通電量の50%が水分の電気分解に使用されたことが分かった。
【0051】
〔比較例2〕
導電性ダイヤモンド被膜で表面を被覆した炭素電極板を陽極として用いた点以外は、比較例1と同様にして前電解を行った。
まず、電解装置に280A(電流密度0.1A/cm2)の直流電流を通じたが、槽電圧は12Vを超えることはなかったので、31時間電解を継続し8680Ahの通電を行った。
【0052】
8680Ahの通電後に電解槽の蓋を開放したところ、炭素電極板上に載せていた試験片は焼失しており、陽極においてフッ素ガス、酸素ガス、水素ガスの混合ガスが生成され、着火、燃焼したものと推測された。電解液中の水分量を測定したところ1.22kg減少して1.44kgとなったので、通電量の49%が水分の電気分解に使用されたことが分かった。
比較例1に比べて前電解の時間を短縮することはできたが、電解初期に発生する燃焼性の高いガス組成(十分なフッ素ガスと適当量の酸素ガスとが共存)は変わらず、異常反応を抑えることはできなかった。
【0053】
〔比較例3〕
ニッケル板を陽極として用いた点以外は、比較例1と同様にして前電解を行った。極間の距離は、炭素電極板の場合と同じになるようにした。
まず、電解装置に280A(電流密度0.1A/cm2)の直流電流を通じたが、槽電圧は12Vを超えることはなかったので、31時間電解を継続し8680Ahの通電を行った。
【0054】
8680Ahの通電後に電解槽の蓋を開放したところ、ニッケル電極板上に載せていた試験片には変化がなかった。電解液中の水分量を測定したところ2.00kg減少して0.66kgとなったので、通電量の68%が水分の電気分解に使用されたことが分かり、ニッケル電極板を用いた前電解が効果的であることが分かった。
【0055】
陽極をニッケル板から新品の炭素電極板に交換し、試験片を炭素電極板上に載せた。そして、電解装置に280A(電流密度0.1A/cm2)の直流電流を通じて再度電解を行ったところ、500kAhの通電を行ったところで槽電圧が12V以上になったので、通電を停止した。500kAhの通電後に電解槽の蓋を開放したところ、炭素電極板上に載せていた試験片は焼失しており、陽極の交換作業によって水分が混入してしまったものと推測された。
【0056】
〔実施例1〕
ニッケルにより形成された金属被膜で表面を被覆した炭素電極板を陽極として用いた点以外は、比較例1と同様にして前電解を行った。なお、金属被膜は、炭素電極板のうち電解液に接触する部分(すなわち、電解液に浸漬される部分)のみに被覆した。金属被膜はニッケル電解メッキにより炭素電極板に被覆し、ニッケル電解メッキを行った後に水洗して十分に乾燥したものを電極として用いた。
【0057】
1枚の炭素電極板には100gのニッケルが被覆されており、有効な電極面積は2800cm2であるので、メッキ量は1cm2当たり約0.07gである。炭素電極板は2枚であるので、炭素電極板にメッキされたニッケルの総量は200gであり、電解液の質量の0.18質量%に当たる。
【0058】
まず、電解装置に280A(電流密度0.1A/cm2)の直流電流を通じたが、槽電圧は12Vを超えることはなかったので、31時間電解を継続し8680Ahの通電を行った。電解槽の蓋を開放することなくサンプリング口から電解液をサンプリングして、電解液中の水分量を測定したところ、2.00kg減少して0.66kgとなったので、通電量の68%が水分の電気分解に使用されたことが分かった。
【0059】
引き続き電解装置に280A(電流密度0.1A/cm2)の直流電流を通じて電解を継続したところ、2000kAh通電しても槽電圧は12V以下であった。また、電解中に陽極にて生成される陽極ガスを分析したところ、陽極ガスはほとんどがフッ素ガスであり、陽極ガス中の酸素の濃度は0.05体積%以下であった。また、フッ素ガス発生の電流効率は90%であることが分かった。このとき、通電を一旦停止し電解槽の蓋を開放して試験片の状態を確認したが変化は見られず、ニッケルにより形成された金属被膜は溶解していた。
【0060】
金属被膜が溶解した後は、炭素電極板による電解によって十分なフッ素ガスが発生したが、金属被膜が溶解する以前に発生していた酸素ガスは、電解装置の系外へほとんど排出されたため、陽極室内の電解液の液面上の空間には酸素ガスがほとんど存在しなかったと推測される。
【0061】
なお、陽極ガスの分析方法は、以下の通りである。陽極ガス中のフッ素ガスをヨウ化カリウム水溶液に吸収させ、遊離したヨウ素(I2)をチオ硫酸ナトリウム(Na2S2O3)溶液を用いて滴定することにより、フッ素ガスの同定と生成量の測定を行った。また、陽極ガスをフッ化ナトリウム充填塔に通して陽極ガス中のフッ化水素を除去した後に、塩化ナトリウムによってフッ素ガスを塩素ガスに変換し、得られたガス中の塩素ガスを吸着剤(NaOH)で除去した。そして、残存ガスをガスクロマトグラフィーで分析して、陽極ガス中の酸素ガスの濃度を算出した。
【0062】
〔実施例2〕
陽極である炭素電極板を製造する際に行うニッケル電解メッキの条件が異なる点以外は、実施例1と同様にして前電解を行った。
2枚の炭素電極板の有効面積部位には33gのニッケルが被覆されており、有効な電極面積は2800cm2であるので、メッキ量は1cm2当たり約0.01gである。炭素電極板にメッキされたニッケルの総量は33gであり、電解液の質量の0.03質量%に当たる。
【0063】
まず、電解装置に280A(電流密度0.1A/cm2)の直流電流を通じたが、槽電圧は12Vを超えることはなかったので、31時間電解を継続し8680Ahの通電を行った。電解槽の蓋を開放することなくサンプリング口から電解液をサンプリングして電解液中の水分量を測定したところ、1.77kg減少して0.89kgとなったので、通電量の61%が水分の電気分解に使用されたことが分かった。
【0064】
引き続き電解装置に280A(電流密度0.1A/cm2)の直流電流を通じて電解を継続したところ、2000kAh通電しても槽電圧は12V以下であった。また、電解中に陽極にて生成される陽極ガスを分析したところ、陽極ガスはほとんどがフッ素ガスであり、陽極ガス中の酸素の濃度は0.05体積%以下であった。また、フッ素ガス発生の電流効率は90%であることが分かった。このとき、通電を一旦停止し電解槽の蓋を開放して試験片の状態を確認したが変化は見られず、ニッケルにより形成された金属被膜は溶解していた。
【0065】
〔実施例3〕
陽極である炭素電極板を製造する際に行うニッケル電解メッキの条件が異なる点以外は、実施例1と同様にして前電解を行った。
1枚の炭素電極板の有効面積部位には10gのニッケルが被覆されており、有効な電極面積は2800cm2であるので、メッキ量は1cm2当たり約0.007gである。炭素電極板は2枚であるので、炭素電極板にメッキされたニッケルの総量は20gであり、電解液の質量の0.018質量%に当たる。
【0066】
実施例1と同様に、まず、電解装置に280A(電流密度0.1A/cm2)の直流電流を通じたが、電解を10時間継続した段階で槽電圧が徐々に上昇を始め、11Vを超えたため電解を一旦中断した。通電量は2800Ahであった。電流値を200A(電流密度0.07A/cm2)に低下させて、槽電圧が12Vを超えないようにして29時間電解を継続し、5800Ahの通電を行った。合計8600Ahの通電を行った。電解液をサンプリングして電解液中の水分量を測定したところ、1.66kg減少して1.00kgとなったので、通電量の57%が水分の電気分解に使用されたことが分かった。
【0067】
引き続き電解装置に280A(電流密度0.1A/cm2)の直流電流を通じて電解を継続したところ、槽電圧は11Vを超えたが12V以下であったので、500kAhの通電を実施した。また、電解中に陽極にて生成される陽極ガスを分析したところ、陽極ガスはほとんどがフッ素ガスであり、陽極ガス中の酸素の濃度は0.05体積%以下であった。また、フッ素ガス発生の電流効率は90%であることが分かった。このとき、通電を一旦停止し電解槽の蓋を開放して試験片の状態を確認したが変化は見られず、ニッケルにより形成された金属被膜は溶解していた。
【0068】
〔実施例4〕
陽極である炭素電極板を製造する際に行うニッケル電解メッキの条件が異なる点以外は、実施例1と同様にして前電解を行った。
2枚の炭素電極板の有効面積部位には500gのニッケルが被覆されており、有効な電極面積は2800cm2であるので、メッキ量は1cm2当たり約0.18gである。炭素電極板にメッキされたニッケルの総量は500gであり、電解液の質量の0.45質量%に当たる。
【0069】
まず、電解装置に280A(電流密度0.1A/cm2)の直流電流を通じたが、槽電圧は12Vを超えることはなかったので、31時間電解を継続し8680Ahの通電を行った。電解槽の蓋を開放することなくサンプリング口から電解液をサンプリングして電解液中の水分量を測定したところ、2.00kg減少して0.66kgとなったので、通電量の68%が水分の電気分解に使用されたことが分かった。
【0070】
引き続き電解装置に280A(電流密度0.1A/cm2)の直流電流を通じて電解を継続したところ、2000kAh通電しても槽電圧は12V以下であった。また、電解中に陽極にて生成される陽極ガスを分析したところ、陽極ガスはほとんどがフッ素ガスであり、陽極ガス中の酸素の濃度は0.05体積%以下であった。また、フッ素ガス発生の電流効率は90%であることが分かった。このとき、通電を一旦停止し電解槽の蓋を開放して試験片の状態を確認したが変化は見られず、ニッケルにより形成された金属被膜は溶解していたが、電解槽の底部にニッケルのフッ化物の沈殿が堆積していた。堆積物が陽極や陰極と接触するようなことはなかったが、堆積量が増加して陽極と陰極とに接触するようになれば、短絡電流が流れ電解の電流効率が悪化することが推測された。
【0071】
〔比較例4〕
陽極である炭素電極板を製造する際に行うニッケル電解メッキの条件が異なる点以外は、実施例1と同様にして前電解を行った。
1枚の炭素電極板には10gのニッケルが被覆されており、有効な電極面積は2800cm2であるので、メッキ量は1cm2当たり約0.007gである。炭素電極板は2枚であるので、炭素電極板にメッキされたニッケルの総量は20gであり、電解液の質量の0.018質量%に当たる。
【0072】
実施例1と同様に、電解装置に280A(電流密度0.1A/cm2)の直流電流を通じたが、電解を10時間継続した段階で槽電圧が徐々に上昇を始めて12Vを超えたため、電解を中断した。これは、陽極効果が発生したものと推測される。通電量は2800Ahであった。
電解液をサンプリングして、電解液中の水分量を測定したところ1.8質量%であったので、通電量の70%が水分の電気分解に使用されたことが分かった。引き続いて電解装置に280Aの直流電流を通じて電解を試みたが、槽電圧が12Vを超えるため電解を継続することはできなかった。
【符号の説明】
【0073】
1 電解槽
3 電解合成用陽極
5 電解合成用陰極
10 電解液