(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-29
(45)【発行日】2024-02-06
(54)【発明の名称】振動減衰用質量デバイス及び振動減衰用質量デバイスセット
(51)【国際特許分類】
F16F 15/02 20060101AFI20240130BHJP
C10M 171/00 20060101ALI20240130BHJP
C10M 137/04 20060101ALI20240130BHJP
【FI】
F16F15/02 C
C10M171/00
C10M137/04
(21)【出願番号】P 2019186588
(22)【出願日】2019-10-10
【審査請求日】2022-08-29
(31)【優先権主張番号】P 2018194027
(32)【優先日】2018-10-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000497
【氏名又は名称】弁理士法人グランダム特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】前川 覚
(72)【発明者】
【氏名】糸魚川 文広
(72)【発明者】
【氏名】稲垣 宏紀
【審査官】松林 芳輝
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-324418(JP,A)
【文献】特開2007-039480(JP,A)
【文献】特開2010-260970(JP,A)
【文献】特開2003-194144(JP,A)
【文献】特開2008-045722(JP,A)
【文献】特開2000-097281(JP,A)
【文献】特開2002-098189(JP,A)
【文献】特開2004-123938(JP,A)
【文献】特開2003-073683(JP,A)
【文献】特開平11-050076(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16F 15/00-15/36
C10M 101/00-177/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
工作機械の振動によって振動しうる滑り面に載置され、
前記滑り面との摩擦力のみで拘束されており、前記工作機械の振動を制御する動吸振器として利用される振動減衰用質量デバイスであって、
添加物を含有する摺動面油と、凹凸部を含む凹凸面を有し、
前記凸部に形成された真実接触部が形成する面が、前記滑り面に対して、平滑に接する振動減衰面を形成し、
前記凹部が前記摺動面油を保留しえて、
すべり速度が10
-4
mm/secから1mm/secまでの速域において、前記滑り面について前記振動減衰面が有する摩擦係数に対するすべり速度が正勾配であることを特徴とする振動減衰用質量デバイス。
【請求項2】
振動減衰用質量デバイスと補助振動減衰用質量デバイスを備えており、前記補助振動減衰用質量デバイスが工作機械に固定され、前記振動減衰用質量デバイスが前記工作機械の振動によって振動しうる前記補助振動減衰用質量デバイスの滑り面に載置され、
前記滑り面との摩擦力のみで拘束されており、前記工作機械の振動を制御する動吸振器として利用される振動減衰用質量デバイスセットであって、
前記振動減衰用質量デバイスは、
凹凸部を含む凹凸面を有し、
前記凹部が摺動面油を保留しえて、
前記凸部に形成された真実接触部が形成する面が、前記滑り面に対して、平滑に接する振動減衰面を形成し、
前記補助振動減衰用質量デバイスは、
補助凹凸部を含む補助凹凸面を有し、
前記補助凸部に形成された補助真実接触部が形成する面である補助振動減衰面が、前記滑り面に該当し、
添加物を含有する摺動面油が前記凹部及び/又は前記補助凹部に保留しえて、
前記振動減衰用質量デバイスのすべり速度が10
-4
mm/secから1mm/secまでの速域において、前記補助振動減衰面について前記振動減衰面が有する摩擦係数に対するすべり速度が正勾配である振動減衰用質量デバイスセット。
【請求項3】
前記添加物は、親水部と疎水部を有する化合物を含むことを特徴とする請求項1に記載の振動減衰用質量デバイス。
【請求項4】
前記化合物は直鎖炭化水素基及び/又は分岐炭化水素基を有する酸性リン酸エステルであることを特徴とする請求項3に記載の振動減衰用質量デバイス。
【請求項5】
前記添加物は、親水部と疎水部を有する化合物を含むことを特徴とする請求項2に記載の振動減衰用質量デバイスセット。
【請求項6】
前記化合物は直鎖炭化水素基及び/又は分岐炭化水素基を有する酸性リン酸エステルであることを特徴とする請求項5に記載の振動減衰用質量デバイスセット。
【請求項7】
工作機械の振動によって振動しうる滑り面に載置され、
前記滑り面との摩擦力のみで拘束されており、前記工作機械の振動を制御する動吸振器として利用される振動減衰用質量デバイスであって、
凹凸部を有し、この凹凸部の凸部に形成された真実接触部が、前記滑り面に対して摺動する振動減衰面を形成する樹脂製の凹凸面と、
添加物を含有し、前記凹凸部の凹部に保留された摺動面油と、
を有しており、
すべり速度が10
-4
mm/secから1mm/secまでの速域において、前記滑り面について前記振動減衰面が有する摩擦係数に対するすべり速度が正勾配であることを特徴とする振動減衰用質量デバイス。
【請求項8】
工作機械の振動によって振動しうる滑り面に載置され、
前記滑り面との摩擦力のみで拘束されており、前記工作機械の振動を制御する動吸振器として利用される振動減衰用質量デバイスであって、
凹凸部を有し、この凹凸部の凸部に形成された真実接触部が、前記滑り面に対して摺動する振動減衰面を形成する凹凸面と、
添加物を含有し、前記凹凸部の凹部に保留された摺動面油と、
を有しており、
前記滑り面が一定の曲率半径で湾曲した湾曲凹部であり、振動減衰面が前記滑り面の曲率半径と同じ曲率半径で湾曲した湾曲凸部であり、
すべり速度が10
-4
mm/secから1mm/secまでの速域において、前記滑り面について前記振動減衰面が有する摩擦係数に対するすべり速度が正勾配であることを特徴とする振動減衰用質量デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、振動減衰用質量デバイス等を用いた摩擦ダンパシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
補助質量の慣性力を利用した制振デバイスとしては、動吸振器の他に流体摩擦ダンパ(フードダンパ)、乾燥摩擦ダンパなどが存在する。それぞれ、主振動系と補助質量の間の流体の粘性抵抗によるエネルギー散逸、または乾性摩擦によるエネルギー散逸により振動の発生を抑制する。他に、磁気ダンパなどもある。
【0003】
機械構造体の振動を抑制するためには、理想的には流体摩擦ダンパを使用することが有用であるが、流体摩擦を実現するためには主振動系質量と補助質量の間の結合部にオイルを供給し続ける必要があり、設備が大きくコストがかかる。そこで、流体摩擦を乾性摩擦によるエネルギー散逸によって振動低減を実施する場合がある。しかし、乾性摩擦を用いた摩擦ダンパでは静止摩擦力と動摩擦力の差が原因となり、振幅が小さい条件ではすべりが生じない(不感帯)が存在する。また、スティックスリップなどの不安定現象が発生するなどの問題がある。
【0004】
特許文献1には、免震装置について振動を減衰させるため、摩擦抵抗力に速度依存性を持たせることが記載されている。特許文献2には、振動絶縁による振動抑制技術について、互いに摺動面で摺動接触する第一摺動部材と第二摺動部材とを組合せた摺動構造であって、第一摺動部材は合成樹脂からなるとともに摺動面に凹部を具備しており、第二摺動部材は合成樹脂被膜からなり、該第一摺動部材の摺動面の凹部と第二摺動部材の合成樹脂被膜との間には潤滑油剤が介在されているものが記載されている。
【0005】
非特許文献1には、開発した摺動性能評価装置(ピンオンリング試験機)を用いた工作機械摺動面の摩擦力について、摩擦係数の相対速度依存性の評価法が記載され、0.1μm/sから10mm/sのすべり速度にわたり摩擦力がすべり速度に対し正勾配を示す速度依存性があることが記載されている。また、特許文献2には非特許文献1と同様な評価装置を用い、試験片に添加剤が含まれた潤滑油を適用し、摩擦係数の相対速度依存性が正勾配となる場合について記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2016-023713号公報
【文献】特開2001-132757号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】則久孝志、糸魚川文広ら、トライボロジスト、第52巻 第9号(2007)679~686
【文献】則久孝志、糸魚川文広ら、トライボロジスト、第53巻 第10号(2008)682~688
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記文献には摩擦係数の相対速度依存性が正勾配となることを、動吸振器による制振技術の観点から記載したものではないといった問題があった。本発明では、上記問題を解決し、潤滑油による滑り面の潤滑によって、すべり速度が非常に小さい領域の摩擦力を極小化させて、静止摩擦力を極小化させる。すなわち静止摩擦力と動摩擦力の差をなくし、このことにより、摩擦係数の相対速度依存性を正勾配とすることによって、不感帯がなく振動の大小に関係がない安定な摩擦ダンパを提案する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)添加物を含有する摺動面油と、凹凸部を含む凹凸面を有し、前記凸部に形成された真実接触部が形成する面が、振動源の振動しうる滑り面に対して、平滑に接する振動減衰面を形成し、前記凹部が前記摺動面油を保留しえて、前記滑り面について前記振動減衰面が有する摩擦係数に対するすべり速度が正勾配であることを特徴とする振動減衰用質量デバイスである。
振動減衰面が有する摩擦係数に対するすべり速度が正勾配であることとは、例えば非特許文献1、2に記載の試験方法によって、すべり速度を変化させて摩擦係数を計測したときに、摩擦係数がすべり速度の増加にともない増加する結果を示す場合のことを言う。
(2)振動減衰用質量デバイスと補助振動減衰用質量デバイスを備える振動減衰用質量デバイスセットであって、前記振動減衰用質量デバイスは凹凸部を含む凹凸面を有し、前記凹部が摺動面油を保留しえて、前記凸部に形成された真実接触部が形成する面が、振動源の振動しうる滑り面に対して、平滑に接する振動減衰面を形成し、前記補助振動減衰用質量デバイスは、補助凹凸部を含む補助凹凸面を有し、前記補助凸部に形成された補助真実接触部が形成する面である補助振動減衰面が、前記振動しうる滑り面に該当し、添加物を含有する摺動面油が前記凹部及び/又は前記補助凹部に保留しえて、前記補助振動減衰面について前記振動減衰面が有する摩擦係数に対するすべり速度が正勾配である振動減衰用質量デバイスセットである。
(3)前記添加物は、親水部と疎水部を有する化合物を含むことを特徴とする(1)に記載の振動減衰用質量デバイスである。添加物は表面に密に吸着することが望まれるという観点から、極性を有して親水部と疎水部を有する化合物を含むことが好ましい。
(4)前記化合物は直鎖炭化水素基及び/又は分岐炭化水素基を有する酸性リン酸エステルであることを特徴とする(1)に記載の振動減衰用質量デバイスである。
直鎖炭化水素基の炭素数は、表面に強固な吸着膜を形成するという観点から10以上であることが好ましく、分岐炭化水素基の炭素数も同様である。
(5)前記添加物は、親水部と疎水部を有する化合物を含むことを特徴とする(2)に記載の振動減衰用質量デバイスセットである。
(6)前記化合物は直鎖炭化水素基及び/又は分岐炭化水素基を有する酸性リン酸エステルであることを特徴とする(2)に記載の振動減衰用質量デバイスセットである。
(7)凹凸部を有し、この凹凸部の凸部に形成された真実接触部が、振動源の振動によって振動する滑り面に対して摺動する振動減衰面を形成する樹脂製の凹凸面と、添加物を含有し、前記凹凸部の凹部に保留された摺動面油と、を有しており、前記滑り面について前記振動減衰面の摩擦係数に対するすべり速度が正勾配であることを特徴とする振動減衰用質量デバイスである。
(8)凹凸部を有し、この凹凸部の凸部に形成された真実接触部が、振動源の振動によって振動する滑り面に対して摺動する振動減衰面を形成する凹凸面と、添加物を含有し、前記凹凸部の凹部に保留された摺動面油と、を有しており、前記滑り面及び前記凹凸面の一方が一定の曲率半径で湾曲した湾曲凹部であり、他方が前記湾曲凹部の曲率半径と同じ曲率半径で湾曲して前記湾曲凹部に摺動する湾曲した湾曲凸部であり、前記滑り面について前記振動減衰面の摩擦係数に対するすべり速度が正勾配であることを特徴とする振動減衰用質量デバイスである。
【発明の効果】
【0010】
本発明による振動減衰用質量デバイスと振動減衰用質量デバイスセットは、静止摩擦力と動摩擦力の差をなくし、摩擦係数の相対速度依存性を正勾配とすることによって、不感帯がなく振動の大小に関係がない安定な摩擦ダンパとなる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の一つの実施態様である振動減衰用質量デバイスを模式的に示した図である。
【
図2】振動減衰用質量デバイスと補助振動減衰用質量デバイスを組み合わせる振動減衰用質量デバイスセットを模式的に示した図である。
【
図3】振動源の滑り面に固定した補助振動減衰用質量デバイスに振動減衰用質量デバイスを組み合わせた振動減衰用質量デバイスセットを、模式的に示した図である。
【
図4】摩擦ダンパのモデル試験機について(a)平面図、(b)側面図をそれぞれ示した図である。
【
図5】摩擦ダンパのモデル試験機の力学モデルを示した図である。
【
図6】無潤滑の場合における主質量の振動応答曲線であり、黒丸は補助質量がない場合、他はなじみ時間を0時間、2時間、8時間とした場合の結果を示したグラフである。
【
図7】試験油Aを用いた場合における主質量の振動応答曲線であり、黒丸は補助質量がない場合、他はなじみ時間を0時間、8時間、16時間とした場合の結果を示したグラフである。
【
図8】試験油Bを用いた場合における主質量の振動応答曲線であり、黒丸は補助質量がない場合、他はなじみ時間を0時間、16時間、83時間とした場合の結果を示したグラフである。
【
図9】振動減衰用質量デバイスなし、振動減衰用質量デバイスを用いた場合における無潤滑、鉱油(試験油A)、鉱油(試験油B)での周波数と無次元振幅A/A0との関係を示したグラフである。
【
図10】鉱油(VG68)およびオレイル酸性リン酸エステル(OLAP)を添加した(VG68(added OLAP 1.0%))2種類の試験油における摩擦係数の相対速度依存性を示したグラフである。
【
図11】本発明の他の実施態様である振動減衰用質量デバイスを模式的に示した図である。
【
図12】本発明の他の実施態様である振動減衰用質量デバイスの摩擦係数の相対速度依存性を示したグラフである。
【
図13】本発明の他の実施態様である振動減衰用質量デバイスの振動減衰能を示すグラフである。
【
図14】実施例2の振動減衰用質量デバイスと摺動面を示す側面図である。
【
図15】実施例2の摺動減衰用質量デバイスを下方から見た底面図である。
【
図16】実施例2の減衰面を上方から平面図である。
【
図17】実施例2の摺動減衰用質量デバイスの振動減衰能を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、変更、修正、改良を加え得るものである。
【0013】
図1に示すように、本発明の第1の振動減衰用質量デバイス1は、添加物を含有する摺動面油6と、凹凸部を含む凹凸面を有し、凸部2に形成された真実接触部4が形成する面が、振動源(図示せず)の振動しうる滑り面40に対して、平滑に接する振動減衰面5を形成し、凹部3が摺動面油6を保留しえて、振動減衰面5が有する摩擦係数に対するすべり速度が正勾配となる。
振動減衰面5は、真実接触部4が形成する面である。振動減衰面5は滑り面40に平滑に接する形状であって、滑り面40が緩やかな曲面であれば、それに応じて緩やかな曲面である。多くの場合滑り面40は平面であるから、振動減衰面5は水平面であることが好ましい。滑り面とは、例えば振動源がNC旋盤のような工作機械であれば、NC旋盤におけるワークテーブル,工具ホルダー部,その他の構造部品に形成された平面を言う(振動減衰用質量デバイスと補助振動減衰用質量デバイスとを備えた振動減衰用質量デバイスセット(
図2)では補助振動減衰面15が滑り面40に該当することになる。一方、
図4では符号41で示された平面である)。なお、
図3において摺動面油6は凹部3の一箇所のみ記載されているが、その他の凹部3に保留されないことを示すものではなく、滑り面(振動源)の振動を減衰させる観点からその他の凹部3に保留されることが好ましい。
【0014】
凹部3の形状については、摺動面油を保留しうる形状であれば様々な形状でよいが、摩耗粉の埋没や摩耗による凹部の消失を回避する観点から、深さは数μm程度以上,幅は数十μm程度以上の大きさが好ましい。
【0015】
凸部2の形状についてはその頂部に真実接触部4が形成されるように、凹部3に対応した形状であれば良いが、真実接触部4に十分な潤滑油を供給が可能である必要性があるという観点から、複数の凸部2があり,間隔は例えば数十μ程度以上が好ましい。一方、真実接触部4の形状については、複数の真実接触部4の形状が全体として、振動減衰面5を形成するような形状であって、例えば、振動減衰面5が平面ならば、各々の真実接触部4の形状は平面である。
【0016】
振動源の滑り面に振動減衰用質量デバイス1が載置されると、振動源が有する質量に振動減衰用質量デバイス1の質量が加わることによって、振動源に発生していた振動周波数はより小さい振動周波数となる。
振動源と振動減衰用質量デバイス1の質量比は、大きな振動減衰能力を得られることが望ましいという観点から、0.1以上の範囲が好ましく、構造上,コスト上に許されるのであれば可能な限り大きくすることが好ましい。
【0017】
図11に示すように、本発明の第2の振動減衰用質量デバイス101は、金属製の本体部101Aと、本体部101Aに貼り付けられ凹凸面が形成された摺動部101Bとを備えている。摺動部101Bは銅充填フッ素系樹脂で形成されている。つまり、凹凸面は樹脂で形成されている。凹凸面を構成する凹凸部の形状、真実接触部4、振動減衰面5、及び摺動面油6は、第1の振動減衰用質量デバイス1と同じである。
【0018】
図12に示すように、摺動部101Bが銅充填フッ素系樹脂で形成されたもの(PTFE with Copper Particle)はフッ素系樹脂で形成されたもの(PTFE)に比べて摺動速度に対する摩擦係数が小さく、フッ素系樹脂で形成されたものは銅で形成されたもの(Copper)に比べて摺動速度に対する摩擦係数が小さい。これら摺動部を備えた振動減衰用質量デバイスはいずれも滑り面について振動減衰面の摩擦係数に対するすべり速度が正勾配である。
【0019】
図13に示すように、この振動減衰用質量デバイス101は、なじみ運転の時間が長い程、振動周波数に対する振幅が小さくなる。特に、振動周波数が約48Hz~約55Hz時間の範囲においてその傾向がみられる。なじみ運転は、後述する試験油Bを保留した振動減衰用質量デバイス101を製作し、この振動減衰用質量デバイス101を振動した滑り面40上で摺動させる。なじみ運転を1時間、2時間、8時間、16時間の間行った振動減衰用質量デバイス101の夫々は、質量デバイスを用いない場合に比べて、振動周波数が約48Hz~約55Hzにおいて、振幅が大きく、約55Hz以上において振幅が小さくなる。
【0020】
図2示すように、振動減衰用質量デバイスセット20は、振動減衰用質量デバイス1と補助振動減衰用質量デバイス11を備える振動減衰用質量デバイスセットであって、振動減衰用質量デバイス1は凹凸部を含む凹凸面を有し、凹部3が摺動面油6を保留しえて、凸部2に形成された真実接触部4が形成する面が、振動しうる滑り面に対して、平滑に接する振動減衰面5を形成し、補助振動減衰用質量デバイス11は、補助凹凸部を含む補助凹凸面を有し、補助凸部12に形成された補助真実接触部14が形成する面である補助振動減衰面15が、振動しうる滑り面に該当し、添加物を含有する摺動面油6が凹部3及び/又は補助凹部13に保留しえて、補助振動減衰面15について振動減衰面5が有する摩擦係数に対するすべり速度が正勾配である。
補助振動減衰面15は、補助真実接触部14が形成する面である補助振動減衰面15は振動減衰面5に平滑に接する形状であって、滑り面が緩やかな曲面であれば、それに応じて緩やかな曲面である。多くの場合滑り面は平面であるから、振動減衰面5は水平面であることが好ましい。なお、
図2、3において示された摺動面油6の記載については、
図3における摺動面油6の記載と同様である。
【0021】
補助凸部12と補助凹部13の形状については、それぞれ凸部2と凹部3の形状に準ずる。また、補助真実接触部14の形状については、真実接触部4の形状に準ずる。
【0022】
図3では、補助振動減衰用質量デバイス11が、ビス30によって、工作機械におけるワークテーブルなどの滑り面42に固定され、振動減衰用質量デバイス1が、補助振動減衰用質量デバイス11に載置され、補助振動減衰面15が振動減衰面5に平滑に接する。すなわち補助振動減衰面15と振動減衰面5が一致している振動減衰用質量デバイスセットを示している。補助振動減衰用質量デバイス11が固定された工作機械におけるワークテーブルなどの滑り面42は、滑り面として振動減衰の作用に寄与しない。補助振動減衰用質量デバイス11の固定は、ビス30以外にボルト,溶接,圧入ピン等公知の方法を用いることができる。
【0023】
振動源と振動減衰用質量デバイス1に補助振動減衰用質量デバイス11を加えたものの質量比は、大きな振動減衰能力を得られることが望ましいという観点から、0.1以上の範囲が好ましく、構造上,コスト上に許されるのであれば可能な限り大きくすることが好ましい。
【0024】
振動減衰用質量デバイス1と補助振動減衰用質量デバイス11の材質としては、金属や合成樹脂など一般的な工作機械の滑り面で使用されている材料の中から組み合わせることができる。摩擦係数の正勾配が得られやすいことが望ましいとの観点から、先述の凹凸面を機械加工によって加工しやすい材料であることが好ましい。
【0025】
<実施例1>
補助質量を3個用意し、それらを用いてなじみ運転を行い、なじみ運転後の補助質量を振動減衰用質量デバイス、質量デバイス1、及び質量デバイス2として評価した。
図4に示すように、モデル試験機はL字のアンクルに平行板バネ50を介して主質量51を取り付けた。主質量51が、主振動系及び振動源である。主質量51の上面すなわち滑り面41に補助質量53を乗せた。補助質量53は、主質量51との摩擦力のみで拘束されており、慣性力が静止摩擦力を上回る場合では接触平面内を移動した。
図5は同試験機の力学モデルである。加振力は、主質量51の側面に押し付けられたピエゾアクチュエータによって発生させた。主質量51と補助質量53に加速度計55を取り付けてそれぞれの振動振幅を取得した。なお、両質量の材質はともにSS400であった。
【0026】
補助質量53の接触面(補助質量53を主質量51の上面に乗せた際に主質量51の上面に対向する面)に市販の研磨紙(#240)を用いて粗さを施した。この粗さが凹凸部を形成する。初期の表面粗さは全ての試験でRa=1.0μm程度であり、面圧は0.126MPaとした。次に、主質量51の上面に試験油を塗布し、その上に補助質量53を設置した。
【0027】
なじみ運転で使用した潤滑状態は、下記の3通りであった。試験油Bを使用して十分なじみ運転を行い、凹部3に試験油Bを保留した振動減衰用質量デバイス(実施例1)を製作した。一方、試験油Bの代わりに試験油Aを使用して十分なじみ運転を行い、凹部3に試験油Aを保留した質量デバイス1(比較例1)を製作した。また、試験油を使用しないでなじみ運転を行い、凹部3に潤滑油が保留されていない質量デバイス2(比較例2)を製作した。
無潤滑:潤滑油無塗布(DRY)
試験油A:無添加鉱油(ISO VG68、以下「鉱油」と略する場合がある)
試験油B:市販の摺動面油(ISO VG68、 added OLAP(オレイル酸性リン酸エステル))、市販の摺動面油としてはシェルトナ(シェル ルブリカンツ ジャパン株式会社の商品名)を用いた。
【0028】
なじみ運転での条件は表1のようであった。表1において、m1は主質量、m2は補助質量、k1は平行ばねのばね定数、Nは加振力の振幅をそれぞれ表し、加振力は0.9N、加振周波数は55Hzであった。
【0029】
【0030】
振動減衰用質量デバイス(実施例1)の凹凸部の形状について、凸部は、凸部に形成された真実接触部が形成する面が振動した滑り面41に対して平滑に接する振動減衰面を形成していた。また、凹部は摺動面油を保留するために相応しいものとなっていた。そのことは、摩擦係数の相対速度依存性が正勾配であったことによって確認できた(
図10参照)。なお、凹凸部の形状の寸法は、概ね深さは数μm程度以上,幅は数十μm程度以上であり凸部の先端部はすべて平滑で有り,その高さはすべて均一であった。
【0031】
一方、質量デバイス1(比較例1)の凹凸部の形状について、凸部は、それぞれで高さが異なり,凸部の先端部は平滑ではない状態であった。また、凹部は凸部に十分な摺動面油を供給できない状態であった。そのことは、摩擦係数の相対速度依存性が正勾配とはならなかったことによって確認できた。なお、凹凸部の形状の寸法は、概ね凸部の高さのばらつきが数μ程度であった。
また、質量デバイス2(比較例2)の凹凸部は、激しい摩耗が起きたことによって凹部がなくなってしまっていた。凹部がない質量デバイス2は摺動面油6を保留することができなかった。
【0032】
振動減衰用質量デバイス(実施例1)及び質量デバイス1、2(比較例1、2)について、主質量51の振動応答曲線(振幅の周波数依存性)を取得した。なお、振動応答曲線は、加振周波数を一定間隔で増加させ、各周波数での加速度信号を取得した。なお、主質量51の振動応答曲線はなじみ運転から継続することによって取得した。
【0033】
図6~8は、振動減衰用質量デバイス(実施例1)及び質量デバイス1、2(比較例1、2)を用いた場合における主質量51の振動応答曲線であり、黒丸は補助質量(振動減衰用質量デバイス、質量デバイス1、質量デバイス2)がない場合、他はなじみ時間を0時間、2時間、8時間、16時間、83時間のいずれかにした場合の結果である。
図6より、質量デバイス2(比較例2)では、周波数応答曲線のピーク周波数は低下するものの、そのピーク値は減少しないことがわかる。これは、Dry(重滑油無塗布)条件では、高い静止摩擦力により主質量と補助質量の間で相対すべりがないことに起因する。(主質量51と質量デバイスが固着した一つの等価質点を有する1自由度振動系となっている。)したがって、Dry条件では摩擦ダンパ効果は発現しなかった。
【0034】
次に
図7より、質量デバイス1(比較例1)では、周波数応答曲線のピーク値は、
図6と比較して大きく減少していたことがわかる。これは、鉱油(無添加鉱油)の塗布によって静止摩擦力が減少して、主質量と質量デバイス1の間で相対すべり(エネルギー散逸)が生じたことに起因した。また、ピーク値はなじみの進行とともに増大している様子がわかる。これは、粗さ突起頂部の平滑化による真実接触面積の増大により、摩擦力が増加した(すべり量が減少した)ことに起因すると考えられる。
【0035】
OLAPが添加された振動減衰用質量デバイス(実施例1)の結果(
図8)を見ると、周波数応答曲線のピーク値は
図7の場合よりもさらに低くなっている。同条件においては、なじみの進行にともない、ピーク値は減少している。添加剤塗布によって、真実接触部におけるせん断強度が減少して、大きなすべり量(エネルギー散逸)が実現されたと考えられる。以上、潤滑油の塗布や添加剤の配合の有無により摩擦ダンパの振動減衰効果は大きく変化することを明らかにした。
【0036】
図9より、シェルトナ(シェル ルブリカンツ ジャパン株式会社の商品名)を用いた振動減衰用質量デバイス(実施例1)は、50~65Hzの周波数の範囲において、無次元振幅A/A0が、おもり(振動減衰用質量デバイス)無、DRY(比較例2)、鉱油(比較例1)と比較して、周波数応答曲線のピークのピーク値が大きく減少した。なお、Aは主振動系(m
1)の振動振幅(単位:m)m
1に取り付けた加速度計で計測した加速度、A0は静的なたわみ量で、加振力の振幅(0.9N)を平行ばねのばね定数(41300N/m)で割った値(単位:m)であった。
【0037】
図10には、ピンオンリング試験機(非特許文献1、2)を用いて、鉱油(VG68)及びオレイル酸性リン酸エステル(OLAP)を添加した(VG68 (added OLAP 1.0%))2種類の試験油における摩擦係数の相対速度依存性を示したものである。
図10より、振動減衰用質量デバイス(実施例1)は摩擦係数の相対速度依存性が正勾配であったことが確認できた。
なお、
図10中、Pin-on-Ring(Rz=3.0~3.5μm)のPin-on-RingとRzは、それぞれピンオンリング試験機での結果,最大高さ粗さを示す。
【0038】
摩擦係数の速度依存性の定式化は、摩擦ダンパ設計式の導出(振動減衰能の定量化)に向けて非常に重要である。通常の摩擦特性では、静摩擦係数と動摩擦係数が不連続であり、摩擦ダンパモデルの理論解を導出することはできない。一方、図12の摩擦係数の速度依存性は両対数グラフにおいて直線近似できる。すなわち、負の相対速度から正の相対速度にわたる広い速度範囲を一つの冪関数として定式化できるため、設計式の導出が容易となる。
【0039】
<実施例2>
実施例2の振動減衰用質量デバイス201は、
図14~
図16に示すように、質量デバイス本体203と、凹凸面が形成された摺動部205とを有している。摺動部205は銅充填フッ素系樹脂で形成されている。つまり、凹凸面は樹脂で形成されている。質量デバイス本体203は、円盤形状であり、下面203Aが一定の曲率半径で湾曲している。質量デバイス本体203は、
図15に示すように、下方から見た底面視において、外形が円形状である。8個の摺動部205が質量デバイス本体203の下面203Aの同一円周上に等間隔に離れている。これら摺動部205は、薄板状であり、下面が凹凸部を形成し、上面が質量デバイス本体の下面に貼り付けられている。
【0040】
この凹凸部の凸部に形成された真実接触部が振動源の振動によって振動する滑り面240に対して摺動する振動減衰面を形成している。摺動減衰面は、各凹凸面の真実接触部が主質量250に形成された滑り面240に対して摺動する面であり、後述するように滑り面240が一定の曲率半径で湾曲した湾曲凹部であるため、滑り面240と同じ曲率半径で湾曲した湾曲凸部を形成している。摺動減衰面が滑り面240と同じ曲率半径であるとは、湾曲凹部に形成された滑り面240の曲率半径に対して、同一の曲率半径、若しくは僅かに小さい曲率半径も含む。主質量250に形成された滑り面240は一定の曲率半径で湾曲した湾曲凹部である。湾曲凹部は上方から見た平面視において外形が円形状である。
【0041】
実施例2の振動減衰用質量デバイス201は、図
14に示すように、摺動部205の凹凸部に上述した試験油Bを塗布し、湾曲凹部に形成された滑り面240に、摺動部205の凹凸部の凸部が当接するように配置した。振動減衰用デバイス201の質量は0.32120Kgであり、摺動面が形成された主質量250の質量は3.0064Kgである。
図17に示すように、振動減衰用質量デバイス201がない場合に比べて、加振力0.921N、0.460N、0.230Nでこの主質量250を振動させたいずれの場合においても、この振動減衰用質量デバイス201を配置した方が最大振幅倍率を低く抑えることができる。特に、振動周波数が約59Hz以上の領域において、この振動減衰用質量デバイス201を配置した方が振動減衰用質量デバイス201がない場合に比べて振幅倍率を低く抑えることができる。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明の振動減衰用質量デバイス、振動減衰用質量デバイスセットは振動源が例えばNC旋盤のような工作機械の振動を制御する動吸振器として利用することができる。
【符号の説明】
【0043】
1:振動減衰用質量デバイス
2:凸部
3:凹部
4:真実接触部
5:振動減衰面
6:摺動面油
11:補助振動減衰用質量デバイス
12:補助凸部
13:補助凹部
14:補助真実接触部
15:補助振動減衰面
20:振動減衰用質量デバイスセット
30:ビス
40、41,240:滑り面