(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-29
(45)【発行日】2024-02-06
(54)【発明の名称】テルル化亜鉛カドミウム単結晶基板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C30B 29/48 20060101AFI20240130BHJP
C30B 11/00 20060101ALI20240130BHJP
C30B 33/02 20060101ALI20240130BHJP
【FI】
C30B29/48
C30B11/00
C30B33/02
(21)【出願番号】P 2022097535
(22)【出願日】2022-06-16
(62)【分割の表示】P 2018565901の分割
【原出願日】2018-09-14
【審査請求日】2022-06-16
(31)【優先権主張番号】P 2018021997
(32)【優先日】2018-02-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】山田 浩平
(72)【発明者】
【氏名】村上 幸司
(72)【発明者】
【氏名】井谷 賢哉
【審査官】山本 一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-241289(JP,A)
【文献】特開2016-207752(JP,A)
【文献】特開平01-264990(JP,A)
【文献】XU, Yadong et al.,Characterization of CdZnTe Crystals Grown Using a Seeded Modified Vertical Bridgman Method,IEEE TRANSACTIONS ON NUCLEAR SCIENCE,2009年10月,VOL.56, NO.5,P.2808-2813
【文献】EISEN, Y et al.,CdTe and CdZnTe materials for room-temperature X-ray and gamma ray detectors,Journal of Crystal Growth,1998年,VOL.184/185,P.1302-1312
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 29/48
C30B 11/00
C30B 33/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子の移動度寿命積(μτ積)が1.0×10
-3cm
2/V以上となる領域が全体の50%以上である主面を有し、II族元素におけるZnの割合が2.0at%~10.0at%で
あり、面積が100mm
2
以上であることを特徴とするテルル化亜鉛カドミウム(CdZnTe)単結晶基板。
【請求項2】
前記主面の面方位が{111}面であることを特徴とする請求項1に記載のテルル化亜鉛カドミウム単結晶基板。
【請求項3】
請求項1または2に記載のテルル化亜鉛カドミウム単結晶基板の製造方法であって、
テルル化亜鉛カドミウム結晶インゴットを育成すること、
前記育成したテルル化亜鉛カドミウム結晶インゴットをインゴットのまま熱処理すること、
前記熱処理後のテルル化亜鉛カドミウム結晶インゴットから所定面方位の主面を有するように単結晶基板を切り出すことを含み、
前記熱処理の温度が800℃以上1000℃以下で、かつ前記テルル化亜鉛カドミウム結晶インゴットの上端部と下端部の間の領域における最大温度と最小温度の差が20℃以内であることを特徴とするテルル化亜鉛カドミウム単結晶基板の製造方法。
【請求項4】
前記テルル化亜鉛カドミウム結晶インゴットの育成方法が、垂直温度勾配凝固(VGF)法であることを特徴とする請求項3に記載のテルル化亜鉛カドミウム単結晶基板の製造方法。
【請求項5】
前記テルル化亜鉛カドミウム結晶インゴットの熱処理を、前記テルル化亜鉛カドミウム結晶インゴットの育成後、前記テルル化亜鉛カドミウム結晶インゴットを育成した炉内で連続して行うことを特徴とする請求項3に記載のテルル化亜鉛カドミウム単結晶基板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化合物半導体であるテルル化亜鉛カドミウム(CdZnTe)単結晶とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
II族(2B族)元素であるカドミウム(Cd)とVI族(6B族)元素であるテルル(Te)とのII-VI族化合物であるテルル化カドミウム(CdTe)は、比較的大きなバンドギャップ(~1.44eV)を有する半導体材料である。また、CdTeのCdの一部を同族元素である亜鉛(Zn)で置換することで、バンドギャップをさらに大きくしたテルル化亜鉛カドミウム(CdZnTe)もCdTe同様のII-VI族半導体材料であり、その特性を活かして種々の用途に広く用いられている。
【0003】
一般的に、半導体材料に光が入射すると、半導体中の電子の一部が励起され、光のエネルギー(光子エネルギー)が半導体のバンドギャップよりも大きければ、価電子帯に存在している電子は禁制帯を超えて伝導体へ遷移し、価電子帯の方には正孔が生じることになって、移動可能な電荷(キャリア)対が生成する。このように光の入射、照射によって半導体材料中にキャリアが生成する現象を(内部)光電効果という。光電効果によって生じたキャリアは所定の時間経過後に電荷再結合等によって消滅するが、この消滅までの時間はキャリアの「寿命」と称される。
【0004】
上記のように、光電効果によって生じた移動可能なキャリアを電流として電気信号の形で取り出せば、光電効果を利用した様々な半導体デバイスとして応用が可能となる。その際、電気信号として取り出せるキャリアの収集効率の程度は、前述したキャリアの寿命(τ)と半導体材料中におけるキャリアの移動のし易さである移動度(μ)との積である移動度寿命積(μτ積)によって評価することができる。つまり、μτ積が高い半導体材料であるほど、キャリア収集効率の高い半導体材料ということができ、デバイスの性能も向上させることが可能になる。
【0005】
上述した半導体のキャリアの移動度(μ)とキャリアの寿命(τ)は、それぞれ半導体材料の結晶性や不純物に関する状態等によって大きく影響を受ける特性であるため、それらの積であるμτ積という指標は、半導体物質としての特性が複合的に反映された材料固有の指標と見ることができる。したがって、半導体材料の材料としての固有の性能を評価する指標として、このμτ積を用いることができる。
【0006】
このような観点から、CdZnTeについても、μτ積はCdZnTeの半導体物質としての性能を評価できる一つの指標となり得るものであるが、CdZnTe材料のμτ積について言及している先行技術としては、以下の特許文献等を挙げることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2013-241289号公報
【文献】特開2016-153362号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述したように、半導体材料におけるμτ積は結晶性や不純物に関する状態等に応じて変化する特性であるところ、複数種のII族元素を含むII-VI族の混晶化合物であるCdZnTeの結晶は、広い範囲で一定の均一な結晶特性を有するバルク結晶体を安定に育成すること自体が困難な結晶性物質の一つである。このようなCdZnTe結晶では、結晶育成時や育成後の処理条件が結晶の状態に敏感に作用するため、わずかな処理条件の差異があっても大きな結晶特性の差異として現れることになる。そのため、実際のCdZnTe結晶では、同一の結晶インゴットの同一固化率の領域から切り出された結晶材料であっても、局所的な結晶部位によってμτ積が異なるという問題が生じることがある。
【0009】
したがって、CdZnTe結晶においては、高μτ積の結晶を得ることのみでなく、この高μτ積が得られる結晶領域を可能な限り広くするということを同時に達成することが必要となる。仮に、切り出した結晶の表面の一部のみで局所的に所望する高μτ積の領域が得られたとしても、所望するμτ積に達しない領域が多ければ結晶の多くの部分は利用できないことになり、歩留りが著しく低くなってしまうことに繋がる。
【0010】
本発明は、上述した問題に基づいてなされたものであり、CdZnTeの単結晶材料において、高μτ積を達成すると同時に、同一の結晶材料表面において、当該高μτ積が達成されている領域の割合を高くしたCdZnTe単結晶材料を提供するという課題を解決するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上述した技術課題を解決するために、本発明者らが鋭意研究を行ったところ、CdZnTe単結晶におけるμτ積は、結晶育成時の条件に加えて、結晶育成後に行う熱処理時の熱処理温度の条件にも大きな影響を受け、これが高μτ積の領域の大小に大きく関与することを突き止め、この条件を適切かつ厳密に制御することによって、高μτ積を達成することのみならず、広範囲で高μτ積の結晶材料が得られるという知見を得て、発明を完成させた。
【0012】
上述した知見に基づき、本開示は以下の発明を提供するものである。
(1)電子の移動度寿命積(μτ積)が1.0×10-3cm2/V以上となる領域が全体の50%以上である主面を有し、II族元素におけるZnの割合が2.0at%~10.0at%であることを特徴とするテルル化亜鉛カドミウム(CdZnTe)単結晶基板。
(2)前記主面の面方位が{111}面であることを特徴とする(1)に記載のテルル化亜鉛カドミウム単結晶基板。
(3)(1)または(2)に記載のテルル化亜鉛カドミウム単結晶基板の製造方法であって、
テルル化亜鉛カドミウム結晶インゴットを育成すること、
前記育成したテルル化亜鉛カドミウム結晶インゴットをインゴットのまま熱処理すること、
前記熱処理後のテルル化亜鉛カドミウム結晶インゴットから所定面方位の主面を有するように単結晶基板を切り出すことを含み、
前記熱処理の温度が800℃以上1000℃以下で、かつ前記テルル化亜鉛カドミウム結晶インゴットの上端部と下端部の間の領域における最大温度と最小温度の差が20℃以内であることを特徴とするテルル化亜鉛カドミウム単結晶基板の製造方法。
(4)前記テルル化亜鉛カドミウム結晶インゴットの育成方法が、垂直温度勾配凝固(VGF)法であることを特徴とする(3)に記載のテルル化亜鉛カドミウム単結晶基板の製造方法。
(5)前記テルル化亜鉛カドミウム結晶インゴットの熱処理を、前記テルル化亜鉛カドミウム結晶インゴットの育成後、前記テルル化亜鉛カドミウム結晶インゴットを育成した炉内で連続して行うことを特徴とする(3)に記載のテルル化亜鉛カドミウム単結晶基板の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本開示の技術によれば、CdZnTe単結晶材料においてμτ積を高くするとともに、同一表面内における高μτ積の領域の割合を大きくすることを両立できるため、同一の結晶表面から高μτ積の単結晶基板を多数採取することができたり、大面積の高μτ積の単結晶基板として用いることができたりする。そのため、CdZnTe単結晶を利用したデバイス製品の製造効率と製品歩留まりを向上することができ、製品コストの低減を図ることも可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明で用いるCdZnTe結晶育成炉の例を表す図である。
【
図2】熱処理時における温度分布の例を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本開示のCdZnTe単結晶は、少なくともカドミウム(Cd)、亜鉛(Zn)、テルル(Te)を構成元素として含む単結晶材料であり、必要に応じてこれら以外のドーパント元素を含むものであっても良い。単結晶材料の形状については特段制限されるものではないが、少なくとも1つの主面を備えている。このような結晶形状として、所定厚さ(例えば、500μm以上、ただしこれに制限されるものでない)の厚みを有する板状の基板またはウエハの形態が挙げられる。なお、本開示において「主面」とは、結晶材料において表出し、かつ平面として認識できる面のうち最大の面積を有する面を指していうものである。
【0016】
本開示のCdZnTe単結晶は、主面の面積が少なくとも100mm2以上であり、かつμτ積が1.0×10-3cm2/V以上となる領域が該主面全体の50%以上であるという特徴を有している。CdZnTe単結晶における主面の面積が微小であれば、1.0×10-3cm2/V以上というような高μτ積の領域の割合を100%かそれに近い割合とすることも特段技術的に困難なことではない。しかしながら、ある程度大きな主面を有するCdZnTe単結晶体において、その主面の広範囲にわたって前記の水準の高μτ積の領域の割合を高くすることに技術的な困難性を伴うことは、技術常識に照らして明らかである。
【0017】
本開示では、そのような主面の大きさの基準として100mm2以上という範囲を設定している。基準となる主面の大きさは、態様に応じて、400mm2以上、または1000mm2以上、さらには10000mm2以上であってもよい。この基準となる主面の面積下限値が大きいほど、1.0×10-3cm2/V以上というような高μτ積の領域の割合を高くすることに技術的困難性を伴うようになることは容易に推察できる事項である。
【0018】
また、本開示では、CdZnTe単結晶材料において「高μτ積」であることの指標として、CdZnTe単結晶材料における技術水準等も考慮して、1.0×10-3cm2/V以上という範囲を設定している。本開示のCdZnTe単結晶は、この「高μτ積」といえる1.0×10-3cm2/V以上のμτ積を有する領域が、主面の面積全体に対して50%以上の面積割合となるものである。この面積割合が高いほど好ましいことになるが、これも態様に応じて、60%以上、または70%以上となるものであっても良い。
【0019】
本開示におけるCdZnTe単結晶は、CdTeのCdの一部を同族(II族)元素のZnで置換したものであるが、その置換割合、すなわち以下の(1)式で表されるII族元素中のZnの原子数割合が、2.0at%~10.0at%の範囲にあるものとすることができる。この範囲とすることで、光電効果を利用した有用なデバイス、特に、X線をはじめとする放射線の検出器等への応用に適したバンドギャップに調整することができる。II族元素中のZnの原子数割合の下限は、態様に応じて3.0at%、4.0at%とすることができ、上限についても7.0at%、6.0at%とすることができる。なお、本開示のCdZnTe単結晶材料では、CdおよびZnの濃度(単位領域当たりの原子数)を近赤外(NIR)分光法によって分析し、II族元素中のZnの原子数割合を算出できる。
{Zn/(Cd+Zn)}×100 (at%) (1)
(Cd、Znは、それぞれ、CdZnTe単結晶中のCd、Znの原子数)
【0020】
CdZnTe単結晶の主面の面方位は、用途や求められる特性に応じて設定できるが、本開示においては、例えば{111}といった面に設定できる。このような面方位に設定することにより、汎用性のある半導体基板として使用することができる他、放射線検出器等の用途において好ましい特性を発揮できることもある。
【0021】
本発明のCdZnTe単結晶は、少なくとも、面積が100mm2以上であり、かつ移動度寿命積(μτ積)が1.0×10-3cm2/V以上となる領域が全体の50%以上である主面を有するという物としての構造、特性によって特定されるものであり、その製造方法は、上記の特性が得られるものであれば特に制限されるものでない。ただ、CdZnTe結晶の育成後に所定の熱処理を行うことを含む製造方法によってCdZnTe単結晶を製造する場合には、この熱処理の条件がCdZnTe単結晶のμτ積に大きな影響を及ぼすため、この条件を適切に制御することが本発明のCdZnTe単結晶を効果的に得る上で好ましい。
【0022】
具体的には、所定の方法によりCdZnTe結晶のインゴットを育成した後、インゴットの状態のままCdZnTe結晶の熱処理を行うが、その際、熱処理の温度が800℃以上1000℃以下で、かつCdZnTe結晶インゴットの上端部と下端部の間の領域における最大温度と最小温度の差が20℃以内となるように制御することで、本開示のCdZnTe単結晶を効果的に製造することができる。熱処理温度は900℃以上であってもよい。
【0023】
CdZnTe結晶の育成後に熱処理を行うこと自体は従来から行われている既知の技術である。通常、CdZnTeに限らず、バルク状の結晶インゴットの育成時には、僅かな温度変化が育成される結晶体の結晶性等の特性に敏感に反映されるため、厳密な温度管理がなされている。しかし、結晶育成後の熱処理に関しては、結晶欠陥の改善や不純物分布の均一化等を目的として行われることが多く、必要な格子振動の励起、あるいは不純物の拡散が促進され、結晶構成元素の解離や結晶材料の融解が生じない程度の温度域で行われれば問題がないと考えられてきた。
【0024】
実際、800~1000℃といった高温域で、結晶インゴットの育成後に熱処理を行うような環境下において、結晶インゴット全体に対して温度差が数℃~20℃程度となるような厳密な温度制御を行うことは、それを行うために要する装置設備の改修や投資、結晶体の製造効率、製造コスト等を考慮すれば、一般的には現実的でないと考えられる。しかしながら、本発明者らが詳細な分析と検討を重ねた結果、この結晶インゴットの育成後に行う熱処理条件の僅かな差異が、CdZnTe単結晶の製造においては得られる単結晶における高μτ積領域の割合に大きく寄与していることが判明した。
【0025】
熱処理時に、結晶インゴット全体における温度差を20℃以下の範囲に保つことで高μτ積領域の割合を高くできる理由の詳細は必ずしも明らかではないが、結晶内温度差が小さな条件での熱処理によって、CdZnTe結晶成長時のTeの析出やZnの偏りによって結晶内に局所的に生じる元素濃度の不均一性の改善の度合いを大きく向上できることが要因の一つとして考えられる。
【0026】
上述した熱処理に供するCdZnTe結晶インゴットの育成は、垂直温度勾配凝固(VGF)法、垂直ブリッジマン(VB)法、カイロポーラス法等、任意の公知の方法によって行うことができる。これらの中でも、結晶インゴットの育成後に、上述した熱処理を効率的に適用できる方法として、VGF法によってCdZnTe結晶インゴットを育成することが好適である。なお、VGF法によるCdZnTe結晶インゴットの具体的な育成方法、育成条件等に関しては、特許文献1、2等に開示されているように公知であり、本開示の技術においてもこれら公知技術に準じた方法、手段でCdZnTe結晶インゴットの育成を行えば良い。
【0027】
また、上述した熱処理は、CdZnTe結晶インゴットの育成後、この結晶インゴットを育成した炉内でそのまま連続して行うことができる。そうすることで、CdZnTe結晶インゴットの育成後から熱処理開始までに結晶インゴットが受ける温度変化を最小化でき、短時間で効率良く単結晶製造プロセスを進めることもできる。
【0028】
なお、上述した事項以外にも、本開示における技術課題を解決できる範囲において、種々の技術的事項の付加や改変を適宜行っても良いことはいうまでもない。それらの付加、改変を行ったものであっても、請求の範囲における本質的な事項を満たすものであれば、当然に本発明の技術的範囲に含まれるものとなる。
【実施例】
【0029】
以下、本発明を実施例、比較例等に基づいて具体的に説明する。以下の具体例の記載は、あくまで本発明の技術的内容の理解を容易とするためのものであり、本発明の技術的範囲はこれらの具体例によって制限されるものでない。
【0030】
(実施例1)
まず、VGF法によりCdZnTe結晶インゴットの育成を行った。
図1に示した結晶育成炉を用い、成長容器となる石英アンプルの結晶成長部に配置した内径5インチ(約127mm)のpBN製のルツボ内に、原子数比で組成がCd
0.95Zn
0.05Te(II族元素中のZn:5at%)となるように原料を充填した。また、石英アンプルのリザーバ部には、雰囲気蒸気圧制御用のCdを別途配置した上で、石英アンプルを真空封止した。この石英アンプルを結晶育成炉の内部へ装着し、
図1に示すような温度勾配を設定して炉内の加熱を行った。ルツボ内の原料が融解した状態で、融液の温度勾配を1.3℃/cmに維持した状態を保ちつつルツボの温度を徐々に低下させることにより、融液表面から下方に向かって成長が進むようにCdZnTe結晶インゴットの育成を行った。
【0031】
ルツボの底部が固化する温度に達した後、引き続いて、CdZnTe結晶インゴットを育成した炉内で、CdZnTe結晶インゴットの熱処理を行った。このときの炉内の結晶インゴット近傍の結晶成長方向に沿った温度分布は
図2の実線に示すとおりである。結晶インゴットが存在している領域内における温度の最大値は969.0℃、最小値は952.7℃であり、その差は16.3℃であった。この状態で1200分間の熱処理を行った後、結晶インゴットを50℃/hrの降温速度で室温まで徐冷し、得られたCdZnTe結晶インゴットを取り出した。
【0032】
得られた結晶インゴットの外周を円周研削後、結晶成長方向に対して垂直な{111}面で円板ウエハ状に切り出し、表面研削、研磨を行った。続いて、ウエハ状の結晶から多結晶化している部分等を除いて単結晶のみからなるウエハとした。この状態の単結晶ウエハのウエハ面が本開示のCdZnTe単結晶の主面に相当する面となる。この状態のCdZnTe単結晶ウエハに対してダイシングを行い、複数のCdZnTe単結晶基板を得た。
【0033】
上記において得られた複数のCdZnTe単結晶基板のそれぞれについて、以下のようにμτ積の測定を行った。具体的には、特許文献2に開示されているように、各サンプルを用いて構成した放射線検出器を用いて2段階の異なるバイアス電圧(250V、500V、700V、900V)を印加したときのコバルト(Co-57)の放射線スペクトルを計測した。そして、各スペクトルのピーク位置を測定し、所定の計算式を用いて電子のμτ積を求めた。その結果、複数のCdZnTe単結晶基板表面の総面積1485mm2に対し、μτ積が1.0×10-3cm2/V以上である基板表面の総面積は810mm2であった。すなわち、ダイシング前の状態のCdZnTe単結晶ウエハにおいては、ウエハ面のうち54.5%の面積領域でμτ積が1.0×10-3cm2/V以上となっていることになる。なお、このウエハにおけるII族元素中のZn濃度の平均値は5.2at%であった。
【0034】
(実施例2)
実施例1と同様の条件でCdZnTe結晶インゴットを育成し、続けて同一の炉内で、CdZnTe結晶インゴットの熱処理を行った。実施例2では、結晶インゴットが存在している領域内における熱処理時の温度の最大値は968.8℃、最小値は952.0℃であり、その差は16.8℃であった。この状態で1200分間の熱処理を行った後、実施例1と同様に結晶インゴットを室温まで徐冷して取り出し、{111}面で円板ウエハ状に切り出して、表面研削、研磨を行った。続いて、ウエハ状の結晶から多結晶化している部分等を除いて単結晶のみからなるウエハとした。
【0035】
さらに実施例1と同様に、CdZnTe単結晶ウエハに対してダイシングを行い、複数のCdZnTe単結晶基板を得て、それぞれのCdZnTe単結晶基板について、μτ積の測定を行った。その結果、実施例2では、複数のCdZnTe単結晶基板表面の総面積496mm2に対し、μτ積が1.0×10-3cm2/V以上である基板表面の総面積は336mm2であった。すなわち、ダイシング前の状態のCdZnTe単結晶ウエハにおいては、ウエハ面のうち67.7%の面積領域でμτ積が1.0×10-3cm2/V以上となっていることになる。なお、このウエハにおけるII族元素中のZn濃度の平均値は5.1at%であった。
【0036】
(実施例3)
実施例1と同様の条件でCdZnTe結晶インゴットを育成し、続けて同一の炉内で、CdZnTe結晶インゴットの熱処理を行った。実施例3では、結晶インゴットが存在している領域内における熱処理時の温度の最大値は961.0℃、最小値は946.0℃であり、その差は15.0℃であった。この状態で1200分間の熱処理を行った後、実施例1と同様に結晶インゴットを室温まで徐冷して取り出し、{111}面で円板ウエハ状に切り出して、表面研削、研磨を行った。続いて、ウエハ状の結晶から多結晶化している部分等を除いて単結晶のみからなるウエハとした。
【0037】
さらに実施例1と同様に、CdZnTe単結晶ウエハに対してダイシングを行い、複数のCdZnTe単結晶基板を得て、それぞれのCdZnTe単結晶基板について、μτ積の測定を行った。その結果、実施例3では、複数のCdZnTe単結晶基板表面の総面積112mm2に対し、μτ積が1.0×10-3cm2/V以上である基板表面の総面積は80mm2であった。すなわち、ダイシング前の状態のCdZnTe単結晶ウエハにおいては、ウエハ面のうち71.4%の面積領域でμτ積が1.0×10-3cm2/V以上となっていることになる。なお、このウエハにおけるII族元素中のZn濃度の平均値は5.2at%であった。
【0038】
(比較例1)
実施例1と同様の条件でCdZnTe結晶インゴットを育成し、続けて同一の炉内で、CdZnTe結晶インゴットの熱処理を行った。このときの炉内の結晶インゴット近傍の結晶成長方向に沿った温度分布は
図2の破線に示すとおりである。比較例1では、結晶インゴットが存在している領域内における熱処理時の温度の最大値は999.8℃、最小値は943.2℃であり、その差は56.6℃であった。比較のため、この比較例1における炉内の結晶インゴット近傍の結晶成長方向に沿った温度分布も併せて
図2に示す。この状態で1200分間の熱処理を行った後、実施例1と同様に結晶インゴットを室温まで徐冷して取り出し、{111}面で円板ウエハ状に切り出して、表面研削、研磨を行った。続いて、ウエハ状の結晶から多結晶化している部分等を除いて単結晶のみからなるウエハとした。
【0039】
さらに実施例1と同様に、CdZnTe単結晶ウエハに対してダイシングを行い、複数のCdZnTe単結晶基板を得て、それぞれのCdZnTe単結晶基板について、μτ積の測定を行った。その結果、比較例1では、複数のCdZnTe単結晶基板表面の総面積256mm2に対し、μτ積が1.0×10-3cm2/V以上である基板表面の総面積は16mm2であった。すなわち、この比較例1のダイシング前の状態のCdZnTe単結晶ウエハでは、ウエハ面のわずか6.3%の面積領域でしか1.0×10-3cm2/V以上のμτ積を達成できていない。なお、このウエハにおけるII族元素中のZn濃度の平均値は5.2at%であった。
【0040】
【産業上の利用可能性】
【0041】
本開示は、広範囲の面積で高μτ積を実現したCdZnTe単結晶、ならびにその効果的な製造方法を提供するものである。本開示の技術は、CdZnTe単結晶の特性を利用して作製される各種半導体デバイス、例えば、高μτ積によって高い電荷収集効率が得られる光電効果を利用したX線検出器等の放射線検出器、赤外線検出器をはじめ、太陽電池、電気光学変調器、光学素子等も含めた多くの半導体産業の分野において、製品性能の向上、製品製造効率と歩留りの向上を可能にできる点で多大な貢献を果たすものである。
【符号の説明】
【0042】
100 CdZnTe結晶育成炉
101 pBNルツボ
102 原料融液(育成結晶)
103 リザーバ用Cd
110 成長容器(石英アンプル)
111 結晶成長部
112 リザーバ部
130 加熱装置