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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-31
(45)【発行日】2024-02-08
(54)【発明の名称】蛍光ダイヤモンドおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09K 11/65 20060101AFI20240201BHJP
   C09K 11/66 20060101ALI20240201BHJP
   C09K 11/08 20060101ALI20240201BHJP
   C30B 29/04 20060101ALI20240201BHJP
【FI】
C09K11/65
C09K11/66
C09K11/08 B
C30B29/04 A
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2019196514
(22)【出願日】2019-10-29
(65)【公開番号】P2020076084
(43)【公開日】2020-05-21
【審査請求日】2022-09-27
(31)【優先権主張番号】P 2018206068
(32)【優先日】2018-10-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002901
【氏名又は名称】株式会社ダイセル
(73)【特許権者】
【識別番号】513106015
【氏名又は名称】株式会社長町サイエンスラボ
(73)【特許権者】
【識別番号】504174135
【氏名又は名称】国立大学法人九州工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中尾 基
(72)【発明者】
【氏名】長町 信治
(72)【発明者】
【氏名】西川 正浩
(72)【発明者】
【氏名】劉 明
【審査官】井上 恵理
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-189373(JP,A)
【文献】特開2012-041406(JP,A)
【文献】特表2010-526746(JP,A)
【文献】特開2014-095025(JP,A)
【文献】特開2005-306674(JP,A)
【文献】特開2009-046319(JP,A)
【文献】特開2016-113310(JP,A)
【文献】特開2016-117633(JP,A)
【文献】小副川裕太 ほか,イオン注入によるCVD ダイヤモンド膜へのSiV センターの導入,応用物理学会春季学術講演会講演予稿集(CD-ROM),(2015), Vol.62,ROMBUNNO.11P-C1-17
【文献】加賀美理沙 ほか,イオン注入を用いたSiV センターの作製と生成収率の エネルギー依存性評価,応用物理学会秋季学術講演会講演予稿集(CD-ROM),(2016), Vol.77,ROMBUNNO.13p-A26-15
【文献】LAGOMARSINO,S. et al.,Optical properties of silicon-vacancy color centers in diamond created by ion implantation and post-annealing,Diamond and Related Materials,(2018), Vol.84,Page.196-203
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 11/00- 11/89
C01B 32/00- 32/991
C23C 16/00- 16/56
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
MVセンターを1×1014/cm以上の濃度で含み、MはSi、Ge、Sn、Pb、Ni、Co、W又はTaから選択される金属又は半金属であり、Vは空孔を示し、導入する空孔密度は1×1016/cm~3×1021/cmであり、下記(i)~(iii)を満たす、蛍光ダイヤモンド:
(i)導入する空孔数と金属又は半金属の原子数の比(V数/M数)が0.1~10000である、
(ii)金属又は半金属(M)が0.0001~1原子%含まれる、
(iii)NVセンターの濃度が1×1017/cm以下である。
【請求項2】
金属又は半金属元素がSi、Ge又はSnである、請求項1に記載の蛍光ダイヤモンド。
【請求項3】
金属又は半金属元素がSiである、請求項1に記載の蛍光ダイヤモンド。
【請求項4】
MVセンターを構成する金属または半金属元素以外の金属または半金属元素を含む、請求項1~3の何れか1項に記載の蛍光ダイヤモンド。
【請求項5】
上記MVセンターを構成する金属または半金属元素以外の金属または半金属元素が、Fe,CoまたはNiである、請求項4記載の蛍光ダイヤモンド。
【請求項6】
下記の第1段階及び第2段階
第1段階:ダイヤモンドの合成過程で適当な濃度の金属又は半金属(M)を導入して金属又は半金属(M)を含むダイヤモンドを提供すること、ここで、金属又は半金属(M)はSi、Ge、Sn、Pb、Ni、Co、W又はTaから選択され、
第2段階:金属又は半金属(M)を含むダイヤモンドに高エネルギー線を照射して1×1016/cm~3×1021/cmの空孔密度で空孔(V)を導入し、次いでアニールして蛍光を発するMVセンターを1×1014/cm以上の濃度で形成すること
を含む、下記(i)~(iii)を満たす、請求項1~3の何れかに記載の蛍光ダイヤモンドの製造方法:
(i)導入する空孔数と金属又は半金属の原子数の比(V数/M数)が0.1~10000である、
(ii)金属又は半金属(M)が0.0001~1原子%含まれる、
(iii)NVセンターの濃度が1×1017/cm以下である。
【請求項7】
上記の高エネルギー線がHeもしくはHのイオンビーム又は電子線である、請求項6に記載の蛍光ダイヤモンドの製造方法。
【請求項8】
上記の第1段階において、MVセンターを構成する金属または半金属元素以外の金属または半金属を存在させる、請求項6に記載の蛍光ダイヤモンドの製造方法。
【請求項9】
上記MVセンターを構成する金属または半金属元素以外の金属または半金属が、Fe,CoまたはNiである請求項8に記載の蛍光ダイヤモンドの製造方法。
【請求項10】
第1段階のダイヤモンド合成の方法が化学気相合成法(CVD法)である、請求項6~9の何れか1項に記載の蛍光ダイヤモンドの製造方法。
【請求項11】
第1段階のダイヤモンド合成の方法が爆轟法である、請求項6~9の何れか1項に記載の蛍光ダイヤモンドの製造方法。
【請求項12】
第1段階のダイヤモンド合成の方法が爆縮法である、請求項6~9の何れか1項に記載の蛍光ダイヤモンドの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光ダイヤモンドおよびその製造方法に関する。
【0002】
なお、本明細書において、以下の略号を用いる。
MVセンター:Metal-Vacancy Center
NVセンター:Nitrogen-Vacancy Center
SiVセンター:Silicon-Vacancy Center
【背景技術】
【0003】
ダイヤモンドの発光センターは、ナノサイズで化学的に安定な蛍光性発色団であり有機物の蛍光体に多く見られる生体内での分解、褪色、明滅を示さないために、蛍光イメージングのプローブとして期待されている。また発光センター内で励起される電子のスピンの情報を外部より計測できる場合もあることにより、ODMR(Optically Detected Magnetic Resonance;光検出磁気共鳴法)や量子ビットとしての利用も期待されている。
【0004】
現状で利用可能な発光センターはNV(Nitrogen-Vacancy)センターであり、ダイヤモンドの格子位置に存在する不純物としてのN原子とそれに隣接した格子位置を占める空孔により構成されている。NVセンターには電気的に中性であるNV0と空孔位置に電子を1個捕獲したNV-の2種類があり、ODMRや量子ビットの応用の場合にはNV-センターのみ利用できるが、蛍光イメージングのプローブとしてはどちらでも利用できる。
【0005】
NVセンター自体は天然のダイヤモンド中にはほとんど存在せず、高温高圧法あるいはプラズマCVD法で作製した人工ダイヤモンドに対して電子ビームあるいはイオンビームを照射して空孔を導入し、適当なアニール処理を施して形成する。このようにして最大で1×1018/cm3の濃度のNVセンターを形成することができるとされている。天然ダイヤモンド内に存在するNはほとんどが分子か微小な気泡状で存在し、同様な処理を施してもNVセンターよりもH3センターと呼ばれる発光センターが多く形成される。人工ダイヤモンドの場合にはNが原子状で混入し、格子位置に収まる。ダイヤモンド形成時に窒素が触媒として機能するために原料に添加する場合も多い。このようにもともと人工ダイヤモンド形成時に一定量(たとえば10ppmから数100ppm)のNが含まれ、格子位置に存在するために、NVセンターを形成するには空孔を導入し、空孔とNが出会って結合するようにアニール処理を行う。
【0006】
NVセンターの蛍光発光波長スペクトルは図1に示すようにZPL(Zero Phonon Level)と言われる鋭いピークとサブバンドと呼ばれるブロードなピークからなる。ODMRとか量子ビットの応用ではZPLしか利用できないので、発光のうち4%程度しか有効に利用できない。蛍光イメージングのプローブとして応用する場合には全部の発光が利用できるが、この場合には自家蛍光(生物の組織自体、または体液が発する蛍光)がノイズとして測定を邪魔するので、ブロードな波長分布はS/N比の劣化を招き、結果として感度が低下する。
【0007】
一方、発光スペクトルにおいてZPLの発光が大半であるような発光センターも存在し、SiVセンター(非特許文献1)とGeVセンター(特許文献1)が該当する。SiVセンターの発光スペクトルの例を図6に示すが、発光の約70%がZPLであり、ピーク幅が小さいので自家蛍光によるノイズの影響は小さい。特にSiVセンターはZPLが738nmで、いわゆる生体の窓(励起光、蛍光が生体を透過する波長帯)に位置し、生体イメージングのプローブとしては外部励起、外部計測を可能とする理想的な発光センターである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2016-117852
【非特許文献】
【0009】
【文献】E. Neu et al. APPLIED PHYSICS LETTERS 98, 243107 (2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前述のようにNVセンターに関しては、製法はそれなりに確立され、高濃度で生成することができるようになっているが、その他の発光センター、特に有用性が期待されるSiVセンターでは高濃度の発光センターを生成する手法はまだ手探りで開発されている状態である。
【0011】
NVセンター生成の原料となる高温高圧法ダイヤモンド、プラズマCVDダイヤモンドではSiをイオン注入で導入してもSiVセンターはほとんど或いは全く形成されない。SiVセンターの生成方法として報告されているのは、熱フィラメントCVD、プラズマCVDによるダイヤモンド成膜をSi基板上で行った場合に成膜された多結晶ダイヤモンド中に形成されている例、および高純度の天然ダイヤモンド(IIa型)、あるいは高純度人工ダイヤモンド(プラズマCVD法)にSiをイオン注入で導入しアニール処理を施したものである。しかし、いずれの方法でも形成されるSiV発光センターの濃度は著しく低く、発光の効率は低いという報告がなされている。後者のようにSiイオンのような重イオンを照射する場合には、重イオンが通過する軌跡の極周辺、および最後に停止する位置の周辺に集中して高濃度で空孔が生じるために、結果として欠陥が残留、あるいは転移の形成(formation of dislocation)等をもたらし、その近傍への発光センターの形成を阻害するであろうと本発明者は推定している。
【0012】
本発明の目的は、金属または半金属Mを含むMVセンター(発光センター)を効率の良い手法により高濃度で生成する製造方法並びに発光効率に優れた蛍光ダイヤモンドを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、蛍光を発するMVセンター(Mは金属もしくは半金属)を高濃度で生成するための手法として、適切な濃度の目的の不純物Mを含むダイヤモンドを形成する第1段階、および不純物の導入を目指さず均一で適切な一定濃度をもつ空孔の導入のみを目的とするイオン注入、あるいは電子線照射などの高エネルギー線照射、およびアニールを含む第2段階により最適な発光センター生成がなされるような条件を開発した。このような2段階の工程により、高濃度の発光センターの生成が可能であることを見出した。
【0014】
本発明は、以下の蛍光ダイヤモンドおよびその製造方法を提供するものである。
〔1〕MVセンター(Mは金属又は半金属であり、Vは空孔を示す)を1×1014/cm3以上の濃度で含む、蛍光ダイヤモンド。
〔2〕下記(i)~(iii)の少なくとも1つを満たす、〔1〕に記載の蛍光ダイヤモンド。:
(i) 導入する空孔数と金属又は半金属の原子数の比(V数/M数)が0.1~10000である、
(ii) 金属又は半金属(M)が0.0001~1原子%含まれる、
(iii) NVセンターの濃度が1×1017/cm3以下である
〔3〕金属または半金属元素がSi、Ge又はSnである、〔1〕又は〔2〕に記載の蛍光ダイヤモンド。
〔4〕半金属元素がSiである、〔1〕又は〔2〕に記載の蛍光ダイヤモンド。
〔5〕MVセンターを構成する金属または半金属元素以外の金属または半金属元素を含む、〔1〕~〔4〕の何れか1項に記載の蛍光ダイヤモンド。
〔6〕上記MVセンターを構成する金属または半金属元素以外の金属または半金属元素が、Fe, CoまたはNiである、〔5〕記載の蛍光ダイヤモンド。
〔7〕下記の第1段階及び第2段階
第1段階:ダイヤモンドの合成過程で適当な濃度の金属又は半金属(M)を導入して金属又は半金属(M)を含むダイヤモンドを提供すること、
第2段階:金属又は半金属(M)を含むダイヤモンドに高エネルギー線を照射して空孔を形成し、次いでアニールして蛍光を発するMVセンターを形成すること
を含む、〔1〕~〔6〕に記載の蛍光ダイヤモンドの製造方法。
〔8〕上記の高エネルギー線がHeもしくはHのイオンビーム又は電子線である、〔7〕に記載の蛍光ダイヤモンドの製造方法。
〔9〕上記の第1段階において、MVセンターを構成する金属または半金属元素以外の金属または半金属を存在させる、〔7〕に記載の蛍光ダイヤモンドの製造方法。
〔10〕上記MVセンターを構成する金属または半金属元素以外の金属または半金属が、Fe, CoまたはNiである〔9〕に記載の蛍光ダイヤモンドの製造方法。
〔11〕第1段階のダイヤモンド合成の方法が化学気相合成法(CVD法)である、〔7〕~〔10〕の何れか1項に記載の蛍光ダイヤモンドの製造方法。
〔12〕第1段階のダイヤモンド合成の方法が爆轟法である、〔7〕~〔10〕の何れか1項に記載の蛍光ダイヤモンドの製造方法。
〔13〕第1段階のダイヤモンド合成の方法が爆縮法である、〔7〕~〔10〕の何れか1項に記載の蛍光ダイヤモンドの製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本開示によれば、発光効率が高い蛍光ダイヤモンドを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】NVセンターの発光スペクトル例(励起波長488nm)
図2】熱フィラメントCVD装置概念図
図3】実施例1におけるダイヤモンド成膜直後の試料表面の光学顕微鏡写真。100μm×100μmの領域を示す。
図4】実施例1におけるダイヤモンド成膜直後のラマン散乱スペクトル。
図5】実施例1におけるダイヤモンド成膜直後のPL(photoluminescence)測定結果。
図6】実施例1におけるダイヤモンド膜のイオン照射、アニール処理終了後のPL測定結果。
図7】実施例2におけるダイヤモンド成膜直後の試料表面(Ni蒸着場所)の光学顕微鏡写真。100μm×100μmの領域を示す。
図8】実施例2におけるダイヤモンド成膜直後のラマン散乱スペクトル。
図9】実施例2におけるダイヤモンド成膜直後のPL測定結果。
図10】実施例2におけるダイヤモンド膜のイオン照射、アニール処理終了後のPL測定結果。(縦軸は減光フィルター使用のために1/10になっている。)
図11】実施例3におけるダイヤモンド成膜直後の試料表面(Ni蒸着場所)の光学顕微鏡写真。100μm×100μmの領域を示す。
図12】実施例3におけるダイヤモンド成膜直後のラマン散乱スペクトル。
図13】実施例3におけるダイヤモンド成膜直後のPL測定結果。
図14】実施例3におけるダイヤモンド膜のイオン照射、アニール処理終了後のPL測定結果。
【発明を実施するための形態】
【0017】
一般にダイヤモンド中のMVセンター、SiVセンター、NVセンターなどの発光センターの濃度を求めるには、EPR(電子常磁性共鳴法)、吸光係数法、および直接蛍光発光強度を評価する方法が知られている。EPR法は基底状態の発光センター準位にある不対電子の濃度を求める方法であり、吸光係数法は発光センターの基底状態から励起状態に遷移する電子の濃度を求めるものであり、どちらの手法で求めた発光センター濃度とも蛍光発光強度に対応するものではなく、それらの濃度に蛍光量子効率(発光センターの置かれた環境等により限りなくゼロに近い値から1に近い値まで広くとることが知られている)を乗じて初めて蛍光発光強度に対応する発光センター濃度が得られる。本発明で述べる発光センター濃度は、直接蛍光発光強度を評価する手法、あるいは他手法で得られた発光センター濃度に蛍光量子収率を乗じて得られた蛍光発光センター濃度のことを言う。
【0018】
直接蛍光発光強度を評価する方法は、例えば株式会社堀場製作所製の顕微レーザーラマン分光装置(LabRAM HR)を用いて実施することができる。簡易的な評価方法であるが、発光センター(たとえばNVセンター)濃度が既知である試料と、MVセンターを含有する試料を全く同じ装置、同じ条件で蛍光発光強度の測定を行うとき、測定した発光強度は、測定体積内の発光センター密度、蛍光量子収率、励起光の吸収断面積に比例する。この時の比例定数(励起光の光子数、測定系の検出立体角等共通な部分を反映する)を、発光センター濃度が既知である試料(NVセンターは発光センター濃度が限定された試料が市販されている)の測定結果を用いて算出できる。この比例定数を用いてMVセンターの蛍光量子収率、吸収断面積は文献値を仮定することにより、MVセンターの濃度の評価を行うことができる。
【0019】
(1)蛍光ダイヤモンド
蛍光ダイヤモンドは、MVセンター(Mは金属または半金属)、M原子及び空孔(V)を含む。
【0020】
Mで表される金属としては、例えば、周期表の3族元素(スカンジウム、ランタノイド元素、アクチノイド元素)、4族元素(Ti、Zr、Hf)、5族元素(V、Nb、Ta)、6族元素(Cr、Mo、W)、7族元素(Mn)、8族元素(Fe、Ru、Os)、9族元素(Co、Rh、Ir)、10族元素(Ni、Pd、Pt)、11族元素(Cu、Ag、Au)、12族元素(Zn、Cd、Hg)、13族元素(Al、Ga、In)、14族元素(Pb)が挙げられ、半金属としては、B、Si、Ge、Sn、P、As、Sb、Bi、Se、Teが挙げられる。好ましいMはSi、Ge、Snであり、特にSi、Geである。Mは1種単独でもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。2種以上の場合、2種以上の金属が含まれていてもよく、2種以上の半金属が含まれていてもよく、1種以上の金属と1種以上の半金属が含まれていてもよい。
【0021】
1つの好ましい実施形態において、MVセンターを構成する金属または半金属元素以外の金属または半金属元素を含むことが蛍光強度の増大のために好ましい場合がある。MVセンターを構成する金属または半金属元素以外の金属または半金属元素を含む場合、ダイヤモンド成膜時に触媒的にMVセンターを構成する金属または半金属元素をダイヤモンドに取り込み、条件が整うときにはMVセンターそのものを形成するものと考えられる。
【0022】
MVセンターを構成する金属または半金属元素以外の金属または半金属元素は、Fe, CoまたはNiが好ましく、より好ましくはNiである。本発明の1つの好ましい実施形態において、MVセンターを構成する金属または半金属元素以外の金属または半金属元素は、例えば蛍光ダイヤモンド内部においてMVセンターの近隣でなければMVセンターを構成する金属または半金属元素と共存してもよく、蛍光ダイヤモンドの表面又はその近傍に存在してもよい。
【0023】
本発明の1つの好ましい実施形態において、実施例2,3に示されるように、MVセンターを構成する金属または半金属元素以外の金属または半金属元素をMVセンターを構成する金属または半金属元素を含む基板上に蒸着させ、その上にCVD法等でMVセンターを構成する金属または半金属元素を含むダイヤモンド膜を形成する。
【0024】
蛍光ダイヤモンドは、発光センター(蛍光性発色団)としてMVセンターを有する。MVセンターはM(金属または半金属)とV(空孔)から構成され、蛍光を発することができる。MVセンターには、通常1個のMと1個あるいは複数個(例えば2個、3個又は4個、好ましくは2個又は3個)のVが隣接して存在する。例えば、SiVセンター、GeVセンター、SnVセンター等は1個のMと2個のVで構成される。NVセンターは、隣接する2個の炭素原子を窒素原子と原子空孔のペアが置き換えた構造を有し、1個のNと1個のVが隣接して存在する。イオン注入等で導入する空孔の濃度はシミュレーションにより容易に評価することができる。
【0025】
本発明の好ましい1つの実施形態の蛍光ダイヤモンドのMVセンターの濃度は、好ましくは1×1014/cm3以上、例えば2×1014~1×1019/cm3である。同じ種類のMVセンターにおいては、蛍光強度はMVセンターの濃度に比例する。また、MVセンター濃度には最適値が存在する。発光強度は発光センター濃度に励起光の吸収断面積、量子収率等を乗じたものとなり、吸収断面積は発光センターの種類により差が大きいために、種類の異なる発光センターの発光量の比較は濃度からだけではできない。
【0026】
本発明の好ましい1つの実施形態の蛍光ダイヤモンドに導入する空孔密度は、好ましくは1×1016/cm3~3×1021/cm3、より好ましくは1×1018/cm3~1×1021/cm3である。空孔密度が高すぎると、ダイヤモンド自体が破壊されてしまいMVセンターの形成ができなくなり、空孔密度が低すぎると(アニールにより空孔が拡散し、Mと遭遇、結合することにより)MVセンターを形成するためのVが不足するためにMVセンター濃度が低下する。
【0027】
蛍光ダイヤモンドに導入する空孔数がM数に対して少な過ぎると、上記のとおりMVセンターの濃度が低下し、このために発光強度が低下する。本発明の好ましい1つの実施形態の蛍光ダイヤモンドの空孔数とM数の比(V数/M数)は、0.1~10000、好ましくは1~10000、より好ましくは1~1000である。
【0028】
本発明の好ましい1つの実施形態の蛍光ダイヤモンドのM(金属又は半金属)濃度は、好ましくは0.0001~1原子%、より好ましくは0.0005~0.1原子%である。M濃度が高いとMVセンター濃度も高くなる傾向にあるが、M濃度が高すぎると蛍光強度が低下する傾向にあるので、M濃度には最適値が存在する。
【0029】
本発明の好ましい1つの実施形態の蛍光ダイヤモンド中に含まれるNVセンター濃度は、好ましくは1×1017/cm3以下、より好ましくは1×1016/cm3以下である。NVセンターはMVセンターに対し、バックグラウンドの蛍光を高める結果となるので、NVセンター濃度が低いことが望ましい。
【0030】
本発明の好ましい1つの実施形態の蛍光ダイヤモンドの蛍光波長は、生体イメージングのプローブとして用いる場合には650~950nm、好ましくは700~900nmである。蛍光波長が可視の赤色又は近赤外領域にあることで深部の細胞を蛍光標識した場合であっても蛍光が皮膚や体内の組織を透過しやすいので好ましい。細胞レベルでの観察や量子応用など、生体イメージング以外の用途に用いる場合には蛍光波長の範囲は特に限定しないが、観察の容易さなどから可視光から近赤外領域に蛍光波長があることが好ましい。
【0031】
蛍光ダイヤモンドの形状は特に限定されず、シート状、膜状もしくはフィルム状、柱状(円柱、角柱)、粒状(球体、楕円体、直方体、立方体、多面体)などの任意の形状であってもよい。シート状もしくはフィルム状の厚さは、好ましくは0.5~5μm程度である。柱状、粒状などの径は、好ましくは2~500nm程度である。蛍光ダイヤモンドのMVセンターは試料全体にMVセンターが存在することが好ましい場合が多いが、表面近傍の一部に存在することが好ましい場合もある。
【0032】
(2)蛍光ダイヤモンド製造方法
蛍光ダイヤモンドは、金属又は半金属(M)を含むダイヤモンドを原料として用い、このダイヤモンド原料に高エネルギー線を照射して空孔を形成する工程、空孔を形成したダイヤモンドをアニールしてMVセンターを形成する工程を含む方法により製造することができる。
【0033】
原料となるダイヤモンドのM濃度は、上記に記載の蛍光ダイヤモンドと同等である。
【0034】
原料の金属又は半金属(M)を含むダイヤモンドは公知の方法により製造することができ、例えば以下の(I)~(IV)の方法により製造することができる。
(I) 導入したい金属又は半金属元素(M)を含む基板をダイヤモンド合成に用いる、
(II) 導入したい金属又は半金属元素(M)を含む基板上に他の金属等を全面あるいは部分的に蒸着し、ダイヤモンド合成に用いる、
(III) 導入したい金属又は半金属元素(M)を含む気体を原料気体に添加する、
(IV) 導入したい金属又は半金属元素(M)の蒸発源、スパッタ源を基板の近傍に配置し、ダイヤモンド成膜中に導入したい元素をダイヤモンド膜に供給する。
【0035】
上記の(I)~(IV)の方法は、熱フィラメントCVD法、プラズマCVD法などのCVD法で実施することができるがこれらに限定されない。また、爆轟(爆ごう)法、爆縮法(衝撃圧縮法)、高温高圧法などでダイヤモンド原料を製造する場合には、金属又は半金属を含む化合物の存在下でダイヤモンドを製造することで、金属又は半金属(M)を含むダイヤモンド原料を製造することができる。
【0036】
金属又は半金属(M)を含むダイヤモンド原料にイオンビーム照射、電子ビーム照射により導入する空孔密度は、上限はダイヤモンドが破壊されてしまう濃度(>1×1021/cm3の空孔濃度)により限定されるが、下限に関しては例えば1×1016/cm3以上、さらに1×1018/cm3以上である。このダイヤモンド原料に高エネルギー線を照射する高エネルギー線としては、イオンビーム、電子線などが挙げられ、好ましくはイオンビームである。イオンビームは、好ましくは水素(H)又はヘリウム(He)のイオンビームである。例えば、水素のイオンビームのエネルギーは、好ましくは10~1500 keVであり、ヘリウムのイオンビームのエネルギーは、好ましくは20~2000 keVである。電子線のエネルギーは、好ましくは500~5000 keVである。
【0037】
空孔濃度を目的の値(分布)にするためにはあらかじめシミュレーションにより、多段注入と言われる複数のエネルギーに対して適当な注入量を設定して任意の深さ方向の濃度分布を得る手法を用いることができる。Heイオンビームの場合、360 keVのエネルギーでダイヤモンドにおいて800 nmの深さまで空孔の導入が可能である。Hイオンビームの場合には180 keVのエネルギーでダイヤモンドに対して800 nmの深さまで空孔の導入が可能である。
【0038】
H、He以外の重イオンを照射して空孔を導入することもできるが、空孔を導入できる深さを同等に保つためには原子番号にほぼ比例したエネルギーが必要で非常にコストのかかる照射になるうえ、イオンの軌跡の極近傍および停止する位置の近傍に空孔が集中して存在するために局所的に空孔濃度が大きくなり、結局ダイヤモンドの構造そのものに損傷を与えて発光を阻害する場合が多いものと考えられるので、空孔を導入するには不適当な手法であると考えられる。
【0039】
電子線照射の場合には、イオンビームよりも透過性は顕著で、たとえば500 keVの電子線でもダイヤモンド中で約500μmの深さまで到達する。ダイヤモンドに対してはおよそ400 keV以上のエネルギーがあれば空孔が生じることは知られている。しかしその生成される効率についてはイオン注入よりも小さいので、照射量は十分な空孔が形成されるように当業者であれば適宜決定できる。
【0040】
高エネルギー照射により空孔を導入したダイヤモンドは、アニール処理を行うことで空孔を拡散させMVセンターを形成させて蛍光発光させることができる。アニール温度は、好ましくは600℃以上、より好ましくは700~1600℃、さらに好ましくは750~900℃である。アニール時間は好ましくは5~60分、より好ましくは10~30分である。
【0041】
蛍光ダイヤモンドが単結晶あるいは多結晶で厚さが数μm程度以下の場合、それを砕くことで蛍光ナノダイヤモンドにすることができる。
【0042】
イオン注入、電子ビーム照射における空孔の形成は同時に格子位置を外れて格子間に移動したC原子の形成をも意味する。このような格子間のC原子も空孔の拡散条件とほぼ同様な条件で拡散し、表面に達してアモルファス層、あるいはグラファイト層を形成することがある。これらの層の存在は励起光の吸収、蛍光の吸収をもたらすために除去することが望ましい。アモルファス層、あるいはグラファイト層の除去は、気相酸化、あるいは液相酸化により行うことができる。
【実施例
【0043】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0044】
(1)実施例1
市販品のシリコン基板を約2cm角に劈開(cleavage)した試料を基板として用いる。市販品のナノダイヤモンド分散液(たとえばMicrodiamant製MSY0-0.5GAF)をシリコン基板上にスポイドで1、2滴を滴下し綿棒により基板表面に擦り付ける。これはシリコン基板表面に微小な傷を生じさせてのちに成長するダイヤモンド膜の付着の起点とすると同時に、基板上に残留するナノダイヤモンドをダイヤモンド成長の核とすることを意図したものである。このようにして前処理を行ったシリコン基板を熱フィラメントCVD装置に導入した。
【0045】
熱フィラメントCVD装置の概念図を図2に示す。ステンレス製真空チェンバー内に、Taフィラメント、フィラメントを支持する電極、基板ホルダーを持ち、フィラメントには真空チェンバー外よりフィラメント電源(直流電源)が接続されている。真空チェンバーには原料ガス(CH4、H2)の供給系と高真空ポンプ(ターボ部分子ポンプ)と低真空ポンプ(ロータリーポンプ)、および真空計からなる真空系が接続されている。フィラメントは通常タンタル線が用いられるが、タングステン線、ニオブ線等の高融点金属線を使用することもできる。
【0046】
熱フィラメントCVDは、基板ホルダー上に前処理したシリコン基板を設置したのち、フィラメントを基板より約7mmの位置に固定し、真空系により1×10-3Pa以下を基準に真空引きをし、高真空ポンプを停止したのち原料ガスをCH4が3sccm、H2が200sccmで流し、真空チェンバー内圧力が約10kPaで安定したのち、フィラメントに電力を投入した。成膜はフィラメント電力250Wで2時間行った。
【0047】
成膜済の多結晶ダイヤモンド膜は膜厚が1.5μm程度であった。基板の中央部(フィラメントに近い場所)における結晶粒は2μm程度のサイズで、周辺に行くほど小さくなり端部では1μm以下となる。図3に中央部と周辺部の中間におけるダイヤモンド膜の光学顕微鏡写真を示す。試料のこの部分で測定したラマン散乱スペクトルを図4に示す。測定に用いたのはHORIBA製顕微ラマン測定装置LabRAM HRで励起光の波長は488nmである。ダイヤモンドの特徴である1332/cmのピークが明瞭に認められ、質の良いダイヤモンドが形成されていることを示している。この状態で同じ装置(LabRAM HR)でPL測定した結果を図5に示す。738nmの位置にSiVセンターの発光ピークが認められる。このスペクトルは熱フィラメント法により成膜直後の多結晶ダイヤモンド試料に見られる典型的なものであり、HORIBA製顕微ラマン測定装置LabRAM HRで測定された蛍光発光強度に基づき求められたSiVセンターの濃度は推定で(本明細書内では同じ手法で推定したダイヤモンド中の濃度を示すがあくまで参考値である)6×1012/cm3程度であると考えられる。600~630nmにピークを持つ幅の広い発光はNVセンターの発光に波長的には近いが、NVセンターの発光スペクトルにおける特徴を持たないためにNVセンターの発光ではなく、ダイヤモンドの粒界に生成された有機物の発光であると考えられる。
【0048】
ダイヤモンド試料はその後、2MeVのHeビームを6×1013/cm2から6×1015/cm2の範囲(空孔濃度では1×1018から1×1020/cm3)で照射し、続いて真空中で800℃10分アニール、引き続き大気中で470℃2時間の大気中酸化を行った。このようにしてイオン照射、熱処理を終えた試料はラマン散乱スペクトルの測定に用いた装置によりPL測定を行った。図6に2×1015/cm2条件でイオン照射した試料のアニール後のPL測定の結果を示す。SiVセンターの発光強度は成膜直後と比較して30倍程度(SiVセンターの濃度はおよそ1.8×1014/cm3)となっている。短波長側の幅の広い発光は強度が少し増しているが、NVセンターの発光に特有な特徴は認められず、NVセンターの混入はないものと考えられ、「NVセンターの濃度が1×1017/cm3以下」の要件を満たす。
【0049】
(2)実施例2
シリコン基板片の前処理はシリコン基板上に粉体状の市販ナノダイヤモンド(たとえばMicrodiamont製MSY0-0.5)を少量乗せ、綿棒を用いてシリコン基板表面に擦り付けた。このようにして前処理を行った基板をマグネトロンスパッタ装置を用いて試料表面のおよそ半分の面積部分に膜厚約50nmのニッケルを蒸着した。この基板を用いて実施例1と同様に図2に示す熱フィラメントCVD装置を用いてダイヤモンドの成膜を行った。
【0050】
成膜条件は実施例1とほぼ同様で、フィラメントを基板より約7mmの位置に固定し、真空系により1×10-3Pa以下を基準に真空引きをし、高真空ポンプを停止したのち原料ガスをCH4が3sccm、H2が200sccmで流し、真空チェンバー内圧力が約10kPaで安定したのち、フィラメントに電力を投入した。成膜はフィラメント電力250Wで2時間行った。その結果、基板全体にダイヤモンド膜は成長し、実施例1とほぼ同様な粒子径、膜厚の分布が得られた。このうち、ニッケル蒸着領域における試料表面の光学顕微鏡写真を図7に、周辺領域で測定したラマン散乱スペクトルを図8に、またPL測定結果を図9に示す。ラマン散乱測定において明瞭な1332/cmのダイヤモンドピークが見えており、実施例1と同様に質の良いダイヤモンドが形成されていることを示している。PL測定の結果は実施例1よりも5倍程度の高濃度(同様な濃度評価法によれば3×1013/cm3)のSiVセンターが成膜直後に形成されていることを示している。
【0051】
この試料に対して、同様にHeビームによるイオン注入とアニール処理を施した。最も高濃度のSiVセンターが得られたのは、注入条件が6×1015/cm2の時でPL測定の結果を図10に示す。ここで得られたSiVセンターの発光強度から求められたSiVセンター濃度を推定すると7×1014/cm3である。この濃度はCVD成膜後に自然に生成されるSiVセンターの濃度からは程遠く、またSiイオン注入でこの濃度のSiを導入しようとするとダイヤモンドに対して修復が不可能な損傷を与えてしまう濃度であり、本発明の手法により初めて可能となる濃度であると考えられる。
【0052】
実施例1と同様にNVセンターの発光に特有な特徴は認められず、NVセンターの混入はないものと考えられ、「NVセンターの濃度が1×1017/cm3以下」の要件を満たす。
【0053】
ダイヤモンド成膜前に部分的にニッケルを成膜するとどのようなメカニズムによりSiVセンターの生成濃度が増大するのか、明確な解析ができているわけではないが、ダイヤモンド中、あるいは表面のニッケル、シリコンが蒸着領域の境界を超えて分布していることより、どちらの元素もダイヤモンド成膜時に触媒として機能しながら成長とともにミキシングしていき、ニッケルがない時と比較してニッケルが存在するとよりミキシングの効果が大きくなり、結果としてダイヤモンド中へのシリコン原子の取り込みが大きくなるためではないかと考えている。
【0054】
(3)実施例3
実施例2と同様にシリコン基板に市販のナノダイヤモンドを用いて前処理をおこなったのちに、マグネトロンスパッタ装置を用いて試料表面の約半分の面積にコバルトの成膜を行った。コバルトの膜厚は約50nmであった。この基板を用いて実施例1、2と同様に図2に示す熱フィラメントCVD装置を用いてダイヤモンドの成膜を行った。成膜条件は実施例1、2とほぼ同様で、フィラメントを基板より約7mmの位置に固定し、真空系により1×10-3Pa以下を基準に真空引きをし、高真空ポンプを停止したのち原料ガスをCH4が3sccm、H2が200sccmで流し、真空チェンバー内圧力が約10kPaで安定したのち、フィラメントに電力を投入した。成膜はフィラメント電力250Wで2時間行った。その結果、基板全体にダイヤモンド膜は成長し、実施例1、2とほぼ同様な粒子径、膜厚の分布が得られた。このうち、コバルト蒸着領域における試料表面の光学顕微鏡写真を図11に、周辺領域で測定したラマン散乱スペクトルを図12に、またPL測定結果を図13に示す。それらの結果は実施例1、2と同様にラマン散乱測定において明瞭な1332/cmのダイヤモンドピークが見えており、質の良いダイヤモンドが形成されていることを示している。PL測定の結果は実施例1の3倍程度、実施例2の約0.6倍程度であり、金属スパッタリングなしの場合とニッケル膜が存在する場合の間に位置する濃度(同様な濃度評価法によれば1.8×1013/cm3)のSiVセンターが成膜直後に形成されていることを示している。
【0055】
この試料に対して、同様にHeビームによるイオン注入とアニール処理を施した。最も高濃度のSiVセンターが得られたのは、注入条件が6×1014/cm2の時でPL測定の結果を図14に示す。ここで得られたSiVセンターの発光強度は実施例2に示すニッケル膜を成膜した試料で得られた結果の約半分であり、濃度を推定するとおよそ3.5×1014/cm3となる。このようにニッケル膜を使用した実施例2には及ばないものの、金属蒸着によるSiVセンター濃度が増大する効果が見えており、鉄など他の遷移金属も同様な効果を持つものと推測している。
【0056】
実施例1と同様にNVセンターの発光に特有な特徴は認められず、NVセンターの混入はないものと考えられ、「NVセンターの濃度が1×1017/cm3以下」の要件を満たす。
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