(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-31
(45)【発行日】2024-02-08
(54)【発明の名称】表面が親水化された生分解性繊維からなる骨再生用材料、及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
A61L 27/12 20060101AFI20240201BHJP
A61L 27/32 20060101ALI20240201BHJP
A61L 27/58 20060101ALI20240201BHJP
A61L 27/40 20060101ALI20240201BHJP
A61L 27/18 20060101ALI20240201BHJP
A61L 27/36 20060101ALI20240201BHJP
【FI】
A61L27/12
A61L27/32
A61L27/58
A61L27/40
A61L27/18
A61L27/36 311
(21)【出願番号】P 2020554976
(86)(22)【出願日】2019-11-01
(86)【国際出願番号】 JP2019043010
(87)【国際公開番号】W WO2020091035
(87)【国際公開日】2020-05-07
【審査請求日】2022-10-20
(32)【優先日】2018-11-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】511267996
【氏名又は名称】ORTHOREBIRTH株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126826
【氏名又は名称】二宮 克之
(72)【発明者】
【氏名】春日 敏宏
(72)【発明者】
【氏名】松原 孝至
(72)【発明者】
【氏名】渡部 将央
(72)【発明者】
【氏名】大坂 直也
【審査官】菊池 美香
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-285151(JP,A)
【文献】国際公開第2017/188435(WO,A1)
【文献】国際公開第2004/112856(WO,A1)
【文献】MUCALO, M.R. et al.,Growth of calcium phosphate on surface-modified cotton,Journal of Materials Science:Materials in Medicine,1995年,Vol.6,,pp.597-605,Abstract、第597左欄第1段落-598頁左欄第1段落
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 27/12
A61L 27/32
A61L 27/58
A61L 27/40
A61L 27/18
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面が親水化された生分解性繊維からなる骨再生用材料を製造する方法であって、
骨形成性粒子を含有する生分解性繊維の表面にバテライト相炭酸カルシウム粒子を、摩擦帯電法を用いて静電的に付着させ、
前記バテライト相炭酸カルシウム粒子が付着した前記生分解性
繊維を、前記生分解性繊維の生分解性樹脂のガラス転移点以上の温度で加熱することによって、前記生分解性繊維の表面に前記バテライト相炭酸カルシウム粒子を接着固定し、
前記バテライト相炭酸カルシウム粒子が接着固定された前記生分解性繊維を所定の濃度のリン酸イオンを含む水溶液に所定時間浸漬することによって、前記生分解性繊維の表面に接着固定された前記バテライト相炭酸カルシウム粒子を起点として、非晶質リン酸カルシウムを前記生分解性繊維の表面に沿って成長させて前記生分解性繊維の表面全体を被覆し、
前記非晶質リン酸カルシウムで表面を被覆された前記生分解性繊維からなる骨再生用材料を前記リン酸イオンを含む水溶液から取り出して乾燥させる、
前記表面が親水化された生分解性繊維からなる骨再生用材料を製造する方法。
【請求項2】
前記生分解性繊維の径は10μm~100μmである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記バテライト相炭酸カルシウム粒子の径は0.5μm~4μmである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記リン酸イオンを含む水溶液はリン酸水素二ナトリウム溶液である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記生分解性繊維は、PLGA樹脂を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
表面が親水化された生分解性繊維を製造する方法であって、
骨形成性粒子を含有する前記生分解性繊維の表面にバテライト相炭酸カルシウム粒子を、摩擦帯電法を用いて静電的に付着させ、
前記バテライト相炭酸カルシウム粒子が付着した前記生分解性繊維を、前記生分解性繊維の生分解性樹脂のガラス転移点以上の温度で加熱することによって、前記生分解性繊維の表面に前記バテライト相炭酸カルシウム粒子を接着固定し、
前記バテライト相炭酸カルシウム粒子が接着固定された前記生分解性繊維を所定の濃度のリン酸イオンを含む水溶液に所定時間浸漬することによって、前記生分解性繊維の表面に接着固定された前記バテライト相炭酸カルシウム粒子を起点として、非晶質リン酸カルシウムを前記生分解性繊維の表面に沿って成長させて前記生分解性繊維の表面全体を被覆し、
前記非晶質リン酸カルシウムで表面を被覆された前記生分解性繊維を前記リン酸イオンを含む水溶液から取り出して乾燥させる、
前記表面が親水化された生分解性繊維を製造する方法。
【請求項7】
前記生分解性繊維の径は10μm~100μmである、
請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記バテライト相炭酸カルシウム粒子の径は0.5μm~4μmである、
請求項6又は7に記載の方法。
【請求項9】
前記リン酸イオンを含む水溶液はリン酸水素二ナトリウム溶液である、
請求項6~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記生分解性繊維は、PLGA樹脂を含む、
請求項6~9のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は生分解性繊維の表面を非晶質リン酸カルシウム層で被覆することによって親水性を付与した生分解性繊維からなる骨再生用材料、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近時、生分解性繊維からなる骨再生用材料を生体内にインプラントして骨形成するタイプの人工骨が用いられている。生分解性繊維はリン酸カルシウム等の骨形成性粒子を含有しており、骨再生用材料が体内にインプラントされて体液に接して生分解性樹脂が加水分解されると、繊維の表面から骨形成に有効なイオンが徐放されて患部における骨形成を促進する。
【0003】
生分解性繊維はメルトスピニング法又はエレクトロスピニング法を用いて紡糸することができる。エレクトロスピニング法を用いると、樹脂を溶媒で溶かした紡糸溶液に無機粒子を含有させて紡糸することができるので、リン酸カルシウム等の骨形成性粒子を含有した生分解性繊維からなる骨再生用材料を容易に製造することができる。
【0004】
生分解性繊維のポリマー表面は撥水性、疎水性を有するため、患部に材料をインプラントする際、血液との混和の最初期に弾いてしまうので、手術中の賦形にかかる時間が伸びてしまうという問題が指摘されている。この問題に対処するために、生分解性繊維の表面を親水化する試みが提案されている。親水化処理法としては、プラズマ処理、親水性ポリマーコーティング、無機膜コーティング、リン酸カルシウム(CaP)コーティングが知られているが、CaPコーティングは生分解性繊維をリン酸イオンを含む水溶液に浸すことによって繊維表面を簡単にハイドロキシリン酸カルシウム(HA)で被覆することができるので複雑な三次元構造を有する繊維質の骨再生用材料を親水化するのに好適な方法である。
【0005】
CaPコーティングとしては、交互浸漬法とバイオミメティック法が知られている。交互浸漬法は、材料をカルシウムイオンを含む溶液とリン酸イオンを含む溶液に交互に浸漬し、表面にHAを形成させる。常温常圧下で行うことができ、また三次元構造を有する材料に対してもコーティングが可能である(非特許文献1)。バイオミメティック法は、無機イオン濃度をヒト血漿と等しくなるように調整した疑似体液(SBF)に材料を浸漬することで、材料の表面にHAを形成する。この方法は、交互浸漬法よりも容易にHAを形成可能であり、また交互浸漬法と同じく三次元構造に対してもHAをコーティング可能である(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Apatite coating on hydrophilic polymer-grafted poly(ethylene) films using an alternate soaking process, Taguchi et al. Biomaterials 22 (2001) 53-58
【文献】バイオミメティック法による有機高分子表面へのリン酸カルシウム層のコーティング 研究 棚橋他 京都大学工学部材化学教室 1993年10月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の交互浸漬法やバイオミメティック法を用いて生成される相にはHA結晶の含有量が多いので、水に接して溶解しづらい。又、これらの方法を用いて材料繊維の表面をHA被覆するためには材料を数時間から数日間溶液に浸漬しなければならないため、その間に生分解性繊維に含有された骨形成性粒子からイオンが溶液中に溶出してしまい、骨形成性粒子のイオン溶出による組織への刺激効果が弱められてしまうという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の発明者等は上記課題を解決する手段を検討した結果、生分解性繊維の表面を短時間で非晶質リン酸カルシウム層で被覆することが最善であると結論した。非晶質リン酸カルシウムは水に対する溶解性が高いので、体液又は血液に接して短時間で溶解し消滅し、骨形成性粒子の溶出を妨げることがない。またこの非晶質相はイオン性が高いので、それで被覆したポリマー繊維の表面の親水性は格段に向上する。
【0009】
上記想到に基づいて、本発明の発明者等は実験検討を重ねた結果、摩擦帯電法を用いてバテライト相炭酸カルシウム粒子を生分解性繊維の表面に付着させた状態で生分解性樹脂を加熱することで粒子を繊維表面に接着固定し、その状態で材料を所定の濃度のリン酸イオンを含む水溶液に浸漬すると、短時間のうちにバテライト相炭酸カルシウム粒子を起点として非晶質リン酸カルシウム層が成長して、繊維の表面全体を被覆できることに想到した。
【0010】
上記想到に基づき、本発明の発明者等は、表面が親水化された生分解性繊維からなる骨再生用材料を製造する方法であって、
骨形成性粒子を含有する生分解性繊維の表面にバテライト相炭酸カルシウム粒子を、摩擦帯電法を用いて静電的に付着させ、
前記バテライト相炭酸カルシウム粒子が付着した前記生分解性繊維を、前記生分解性繊維の生分解性樹脂のガラス転移点以上の温度で加熱することによって、前記生分解性繊維の表面に前記バテライト相炭酸カルシウム粒子を接着固定し、
前記バテライト相炭酸カルシウム粒子が接着固定された前記生分解性繊維を所定の濃度のリン酸イオンを含む水溶液に所定時間浸漬することによって、前記生分解性繊維の表面に接着固定された前記バテライト相炭酸カルシウム粒子を起点として、非晶質リン酸カルシウムを前記生分解性繊維の表面に沿って成長させて前記生分解性繊維の表面全体を被覆し、
前記非晶質リン酸カルシウムで表面を被覆された前記生分解性繊維からなる骨再生用材料を前記リン酸イオンを含む水溶液から取り出して乾燥させる、
前記表面が親水化された生分解性繊維からなる骨再生用材料を製造する方法、という発明に到達した。
【0011】
本発明の発明者等はさらに、表面が親水化された生分解性繊維からなる骨再生用材料であって、
前記骨再生用材料を構成する前記生分解性繊維は骨形成性粒子を含有しており、
前記生分解性繊維の表面の全域が、実質的に結晶相を含まない非晶質リン酸カルシウム層で被覆されている、
表面が親水化された生分解性繊維からなる骨再生用材料、という発明に到達した。
【0012】
好ましくは、前記非晶質リン酸カルシウム層は、リン酸カルシウムの一部に炭酸を含有する炭酸アパタイトを含む。
【0013】
本発明の発明者等はさらに、表面が親水化された生分解性繊維を製造する方法であって、
骨形成性粒子を含有する生分解性繊維の表面にバテライト相炭酸カルシウム粒子を、摩擦帯電法を用いて静電的に付着させ、
前記バテライト相炭酸カルシウム粒子が付着した前記生分解性繊維を、前記生分解性繊維の生分解性樹脂のガラス転移点以上の温度で加熱することによって、前記生分解性繊維の表面に前記バテライト相炭酸カルシウム粒子を接着固定し、
前記バテライト相炭酸カルシウム粒子が接着固定された前記生分解性繊維を所定の濃度のリン酸イオンを含む水溶液に所定時間浸漬することによって、前記生分解性繊維の表面に接着固定された前記バテライト相炭酸カルシウム粒子を起点として、非晶質リン酸カルシウムを前記生分解性繊維の表面に沿って成長させて前記生分解性繊維の表面全体を被覆し、
前記非晶質リン酸カルシウムで表面を被覆された前記生分解性繊維からなる骨再生用材料を前記リン酸イオンを含む水溶液から取り出して乾燥させる、
前記表面が親水化された生分解性繊維を製造する方法、という発明に到達した。
【0014】
本発明の発明者等はさらに、表面が親水化された生分解性繊維であって、
前記生分解性繊維は骨形成性粒子を含有しており、
前記生分解性繊維の表面の全域が、実質的に結晶相を含まない非晶質リン酸カルシウム層で被覆されている、
前記表面が親水化された生分解性繊維、という発明に到達した。
【0015】
好ましくは、前記非晶質リン酸カルシウム層は、リン酸カルシウムの一部に結晶構造に炭酸を含有する炭酸アパタイトを含む。
【0016】
好ましくは、前記バテライト相炭酸カルシウム粒子はシロキサンを含み、シロキサンを含む前記バテライト相炭酸カルシウム粒子を起点として成長した前記非晶質リン酸カルシウム層はケイ素を含む。
【0017】
好ましくは、前記リン酸イオンを含む水溶液はリン酸水素二ナトリウム溶液であり、前記前記バテライト相炭酸カルシウム粒子を表面に接着固定した生分解性繊維からなる骨再生用材料を前記リン酸水素二ナトリウム溶液に浸漬することによって、前記非晶質リン酸カルシウム層はナトリウムを含んで形成し、繊維の表面を被覆する。
【0018】
好ましくは、前記生分解性繊維の径は10~100μmであり、前記バテライト相炭酸カルシウム粒子の径は0.5~4μmである。より好ましくは、前記生分解性繊維の径は20~60μmであり、前記バテライト相炭酸カルシウム粒子の径は0.7~2.0μmである。
【0019】
好ましくは、前記生分解性繊維の生分解性樹脂はPLGAである。
【0020】
好ましくは、前記骨形成性粒子はβ相リン酸三カルシウム粒子である。
【0021】
好ましくは、前記骨形成性粒子はケイ素溶出型バテライト相炭酸カルシウム粒子である。
【0022】
本発明の発明者等はさらに、細胞培養基材を構成する生分解性繊維の表面を親水化する方法であって、
細胞培養基材を構成する前記生分解性繊維の表面にバテライト相炭酸カルシウム粒子を、摩擦帯電法を用いて静電的に付着させ、
前記バテライト相炭酸カルシウム粒子が付着した前記生分解性繊維を前記生分解性繊維の生分解性樹脂のガラス転移点以上の温度で加熱することによって、前記生分解性繊維の表面に前記バテライト相炭酸カルシウム粒子を接着固定し、
前記バテライト相炭酸カルシウム粒子が接着固定された前記生分解性繊維を所定の濃度のリン酸イオンを含む水溶液に所定時間浸漬することによって、前記生分解性繊維の表面に接着固定された前記バテライト相炭酸カルシウム粒子を起点として、非晶質リン酸カルシウムを前記生分解性繊維の表面に沿って成長させて前記生分解性繊維の表面全体を被覆し、
前記非晶質リン酸カルシウムで表面を被覆された前記生分解性繊維を前記リン酸イオンを含む水溶液から取り出して乾燥させる、
前記細胞培養基材を構成する前記生分解性繊維の表面を親水化する方法、という発明に到達した。
【0023】
本発明の発明者等はさらに、表面が親水化された生分解性繊維からなる細胞培養基材であって、
前記細胞培養用基材を構成する前記生分解性繊維は無機フィラーを含有しており、
前記生分解性繊維の表面の実質的に全域が非晶質リン酸カルシウム層で被覆されており、
前記非晶質リン酸カルシウム層は、リン酸カルシウムの一部に結晶構造に炭酸を含有する炭酸アパタイトを含んでもよい、
前記表面が親水化された生分解性繊維からなる細胞培養基材、という発明に到達した。
【0024】
本発明の発明者等はさらに、表面が親水化された生分解性繊維であって、
前記生分解性繊維は実質的に生分解性樹脂のみからなり、
前記生分解性繊維の表面の実質的に全域が非晶質リン酸カルシウム層で被覆されており、
前記表面が親水化された生分解性繊維、という発明に到達した。
【0025】
好ましくは、前記非晶質リン酸カルシウム層は、リン酸カルシウムの一部に結晶構造に炭酸を含有する炭酸アパタイトを含む。
【0026】
好ましくは、前記バテライト相炭酸カルシウム粒子はシロキサンを含み、シロキサンを含む前記バテライト相炭酸カルシウム粒子を起点として成長した前記非晶質リン酸カルシウム層はケイ素を含む。
【0027】
好ましくは、前記リン酸イオンを含む水溶液はリン酸水素二ナトリウム溶液であり、前記前記バテライト相炭酸カルシウム粒子を表面に付着固定した生分解性繊維からなる骨再生用材料を前記リン酸水素二ナトリウム溶液に浸漬することによって、前記非晶質リン酸カルシウム層はナトリウムを含んで形成し、繊維の表面を被覆する。
【0028】
好ましくは、前記生分解性繊維の径は10~100μmであり、前記バテライト相炭酸カルシウム粒子の径は0.5~4μmである。より好ましくは、前記生分解性繊維の径は20~60μmであり、前記バテライト相炭酸カルシウム粒子の径は0.7~2.0μmである。
【0029】
好ましくは、前記生分解性繊維の生分解性樹脂はPLGAである。
【発明の効果】
【0030】
本発明の一つの実施態様において、生分解性繊維の表面に固定されたバテライト相炭酸カルシウム粒子がリン酸イオンを含む水溶液に浸漬されて急速に溶解されて炭酸イオンを供給して、リン酸カルシウム層を繊維表面に短時間で形成することができる。このようにして形成されたリン酸カルシウム層は実質的に全て非晶質相で占められており、結晶構造を有しない(
図6参照)。
【0031】
本発明の一つの実施態様において、生分解性繊維の表面を被覆成長する過程で、繊維の表面に固定された炭酸カルシウム粒子から炭酸イオンが大量に供給されて溶解度の高い非晶質相リン酸カルシウムを作り、その一部には溶解性の炭酸含有アパタイトが形成される場合もある。
【0032】
本発明の一つの実施態様において、生分解性繊維の表面を被覆する非晶質リン酸カルシウムは生体吸収性がありまた、その層は極めて薄いので、材料を生体内にインプラントした後、短時間で吸収分解されて、繊維表面から消失する。その結果、生分解性繊維に含有された骨形成性粒子からのイオンの溶出が非晶質リン酸カルシウム層の存在によって妨げられる恐れがない。
【0033】
本発明の一つの実施態様において、生分解性繊維表面を被覆したリン酸カルシウム相は比表面積が大きく、尚且つイオン性が高いので、多くのタンパク質を吸着できる。その結果、骨再生用材料を体内にインプラントした時に高い細胞の初期接着性が得られる。
【0034】
本発明の一つの実施態様において、繊維の表面に固定されたバテライト相炭酸カルシウム粒子にケイ素が担持されており、リン酸処理によってバテライト相炭酸カルシウムが溶解する過程でケイ素が溶出されて、繊維の表面に形成される非晶質リン酸カルシウム層に取り込まれている。本発明の骨再生用材料を体内にインプラントすると、非晶質リン酸カルシウム層に含有されたケイ素が溶出して、骨芽細胞を刺激して骨形成を促進する。
【0035】
本発明の一つの実施態様では、リン酸処理にはリン酸水素二ナトリウム溶液を用い、リン酸処理によって繊維の表面に非晶質リン酸カルシウム層が形成される過程でナトリウムが非晶質リン酸カルシウム層中に取り込まれる。
【0036】
本発明の一つの実施態様は、表面が親水化された生分解性繊維からなる細胞培養用基材である。非晶質リン酸カルシウムで被覆された生分解性繊維は高いタンパク質吸着性能を有し、良好な細胞初期接着性能を有する。
【0037】
本発明の一つの実施態様は、表面が親水化された生分解性繊維であり、前記
生分解性繊維は実質的に生分解性樹脂のみからなり、無機粒子を含有していない。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【
図1】
図1は本発明の摩擦帯電法を用いてポリマー繊維表面への炭酸カルシウム粒子を付着させる方法を示す。
【
図2】
図2は、本発明の摩擦帯電法を用いてポリマー繊維表面に付着させた炭酸カルシウム粒子を、繊維の残留応力を利用して埋め込む方法を示す。
【
図3】
図3は、綿状の骨再生材料をリン酸イオンを含む水溶液に浸漬してリン酸処理を施す方法を示す。
【
図4】
図4(A)は、本発明の摩擦帯電法を用いてポリマー繊維表面に炭酸カルシウム粒子を付着させた生分解性繊維を濃度0.02Mのリン酸水素二ナトリウム溶液に浸漬してリン酸処理を施した後の繊維の表面の状態を示す。
図4(B)は、本発明の摩擦帯電法を用いてポリマー繊維表面に炭酸カルシウム粒子を付着させた生分解性繊維を濃度0.2Mのリン酸水素二ナトリウム溶液に浸漬してリン酸処理を施した後の繊維の表面の状態を示す。
図4(C)は、本発明の摩擦帯電法を用いてポリマー繊維表面に炭酸カルシウム粒子を付着させた生分解性繊維を濃度2.0Mのリン酸水素二ナトリウム溶液に浸漬してリン酸処理を施した後の繊維の表面の状態を示す。
【
図5】
図5は、リン酸処理をした綿形状の骨再生用材料の親水性を示す。
【
図6】
図6は、リン酸処理をした綿形状の骨再生用材料のSTEM観察をした結果を示す。左下図aの全体にぼんやりした影像から、リン酸カルシウムの層が実質的に全て非晶質相で占められていることがわかる。
【
図7】
図7(A)は、非晶質リン酸カルシウムコーティング実験のサンプルを5分間19.2mMの濃度のリン酸水素二ナトリウム溶液に浸漬して非晶質リン酸カルシウム層を成長させた生分解性繊維の表面を示す。
図7(B)は、非晶質リン酸カルシウムコーティング実験のサンプルを10分間19.2mMの濃度のリン酸水素二ナトリウム溶液に浸漬して非晶質リン酸カルシウム層を成長させた生分解性繊維の表面を示す。
【
図8】
図8(A)は、非晶質リン酸カルシウムコーティング実験のサンプルを5分間192mMの濃度のリン酸水素二ナトリウム溶液に浸漬して非晶質リン酸カルシウム層を成長させた生分解性繊維の表面を示す。
図8(B)は、非晶質リン酸カルシウムコーティング実験のサンプルを10分間192mMの濃度のリン酸水素二ナトリウム溶液に浸漬して非晶質リン酸カルシウム層を成長させた生分解性繊維の表面を示す。
【
図9】
図9(A)は、非晶質リン酸カルシウムコーティング実験のサンプルを5分間1.92Mの濃度のリン酸水素二ナトリウム溶液に浸漬して非晶質リン酸カルシウム層を成長させた生分解性繊維の表面を示す。
図9(B)は、非晶質リン酸カルシウムコーティング実験のサンプルを10分間1.92Mの濃度のリン酸水素二ナトリウム溶液に浸漬して非晶質リン酸カルシウム層を成長させた生分解性繊維の表面を示す。
【
図10】
図10(A)は、サンプル(19.2mM)を20 mgを取り分けて試験管に入れ、重り(56.5 mg)を載せ2 min.プレスした。その後、重りを外し、Rhodamine Bを蒸留水に溶かした赤色溶液を試料に5 μl滴下し、5分間経過した時点で、赤色溶液がサンプルに浸透した状態を示す。
図10(B)は、サンプル(19.2mM)を20 mgを取り分けて試験管に入れ、重り(56.5 mg)を載せ2 min.プレスした。その後、重りを外し、Rhodamine Bを蒸留水に溶かした赤色溶液を試料に5 μl滴下し、10分間経過した時点で、赤色溶液がサンプルに浸透した状態を示す。
【
図11】
図11(A)は、サンプル(192mM)を20 mgを取り分けて試験管に入れ、重り(56.5 mg)を載せ2 min.プレスした。その後、重りを外し、Rhodamine Bを蒸留水に溶かした赤色溶液を試料に5 μl滴下し、5分間経過した時点で、赤色溶液がサンプルに浸透した状態を示す。
図11(B)は、サンプル(192mM)を20 mgを取り分けて試験管に入れ、重り(56.5 mg)を載せ2 min.プレスした。その後、重りを外し、Rhodamine Bを蒸留水に溶かした赤色溶液を試料に5 μl滴下し、10分間経過した時点で、赤色溶液がサンプルに浸透した状態を示す。
【
図12】
図12(A)は、サンプル(1.92M)を20 mgを取り分けて試験管に入れ、重り(56.5 mg)を載せ2 min.プレスした。その後、重りを外し、Rhodamine Bを蒸留水に溶かした赤色溶液を試料に5 μl滴下し、5分間経過した時点で、赤色溶液がサンプルに浸透した状態を示す。
図12(B)は、サンプル(1.92M)を20 mgを取り分けて試験管に入れ、重り(56.5 mg)を載せ2 min.プレスした。その後、重りを外し、Rhodamine Bを蒸留水に溶かした赤色溶液を試料に5 μl滴下し、10分間経過した時点で、赤色溶液がサンプルに浸透した状態を示す。
【
図13】
図13は、本発明の非晶質リン酸カルシウムコーティングをした生分解性繊維の表面に対する牛血清アルブミン(BSA)の吸着試験の結果を示す。
【
図14】
図14は、本発明の非晶質リン酸カルシウムコーティングをした生分解性繊維からなる骨再生用材料について細胞の接着・増殖性を評価した評価方法を示す。
【
図15】
図15は、Alamar Blueによる細胞の代謝活性値の図を示す。
【
図16】
図16は、FE-SEMによる繊維表面の形態と、細胞が増殖した後の様子を示す。線で囲った部分が細胞が存在する部分である。
【
図17】
図17は、FE-SEMによる繊維表面の形態と、24時間培養後の繊維表面の強拡大により、CaP相の確認を行っている様子を示す。
【
図18】
図18は、ICP-AESにより測定したサンプルからのイオンの溶出挙動を示す。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下、本発明の好ましい実施形態について図面を参照しながら説明する。
<生分解性繊維>
本発明の骨再生用材料は、エレクトロスピニング法又はメルトスピニング法によって紡糸された生分解性繊維から構成される。本発明で用いる生分解性繊維にはリン酸カルシウム等の骨形成性粒子を含有し、材料が体内にインプラントされて生分解樹脂が分解されるとその過程で繊維に含有されている骨形成性粒子からイオンが溶出し、患部における骨形成を促進する。紡糸された生分解性繊維を綿状又は不織布状に回収することで、繊維質の骨再生用材料が形成される。
【0040】
本発明に用いる生分解性繊維の太さは径10μm~100μmが好ましく、より好ましくは径20~60μmである。本発明において、生分解性繊維の表面には1~数μm程度の径の無機粒子をまんべんなく分布させて付着・固定させる必要があるので、生分解性繊維の径は、10μm以上であることが好ましい。繊維の径が10μm以下だと、繊維の表面にまんべんなく粒子を分布して固着させるのが難しくなる。
【0041】
径10μm以上の生分解性繊維はメルトスピニング法を用いれば容易に紡糸することが可能である。しかし、メルトスピニング法では、溶融した樹脂に混合させることができる無機粒子の量には限界があるので、5重量%を超える量の骨形成性粒子を含有させるのは困難である。これに対して、エレクトロスピニング法は樹脂又は樹脂と無機粒子の複合体を溶剤で溶かして紡糸溶液を調製するので、より多くの量の骨形成性粒子を含有させることが可能である。本発明の発明者等は熱混錬法を併せて用いることで、無機粒子を70重量%含有する生分解性繊維を紡糸することに成功した(日本特許番号6251462号)。
しかし、エレクトロスピニング法は装置のノズルから繊維状に出射された紡糸溶液がコレクターに到達する前の飛行中に飛行軌道が不安定化(bending instability)して巻回する過程で溶剤が揮発すると共に極細繊維化する現象を利用するものであるため、それで紡糸される繊維の径は通常数十nm~数μmであり、10μm以上の径にするのは困難である。本発明の発明者等は、口径が大きいノズルを下向きに設置し、シリンジに充填した紡糸溶液をノズルの出射口に速い速度で送り出して紡糸溶液を垂直下方に出射することによって、10μm以上の径の生分解性繊維を安定して紡糸することに成功している(特願2019-73453)。
【0042】
本発明に用いる生分解性繊維の樹脂は、PLA、PLGA、PCL等の生分解性樹脂を用いることができる。アモルファス性樹脂であり、ガラス転移点が40℃前後であるPLGAを特に好適に用いる。本発明に用いる生分解性繊維には、リン酸カルシウム、ケイ素溶出型炭酸カルシウム等の骨形成性粒子である無機粒子を相当量含有しており、生体内にインプラントされた骨再生用材料が体液に接して、生分解性樹脂が分解されると、その過程で含有していた骨形成性粒子が溶出されて骨形成を促進する。
【0043】
<骨再生用材料>
本発明において骨再生用材料とは、生分解性繊維を不織布状又は綿状に回収したインプラント材料を含む。本発明の骨再生用材料の好ましい使用方法として、術者は、骨再生用材料をそのまま骨欠損部に充填するか、又はあらかじめ材料を血液と混和したうえで骨欠損部に埋め込む(
図19参照)。
【0044】
<骨形成性粒子>
本発明において、骨形成性粒子とは、骨再生用材料に含有されて、それと共に人体にインプラントされることで、体液又は血液と接して骨形成を促進するイオンを溶出する無機粒子をいう。骨形成性粒子には、リン酸三カルシウム、ハイドロキシアパタイト、炭酸カルシウム等が含まれるが、これらに限定されない。
【0045】
<バテライト相炭酸カルシウム粒子>
本発明において、摩擦帯電法を用いて生分解性繊維の表面に付着固定させる無機粒子としては、バテライト相炭酸カルシウム粒子を好適に用いる。炭酸カルシウムには、常温常圧で最安定なカルサイト相、準安定相であるアラゴナイト相、準安定なバテライト相が存在するが、リン酸イオンを含む水溶液に浸漬して粒子を起点としてリン酸カルシウム相を生成させるためには、水に対する溶解性が高いバテライト相が最も適している。
【0046】
本発明で用いるバテライト相炭酸カルシウム粒子の径は0.5μm~4.0μmが好ましい。
粒子形状で回収するバテライト相炭酸カルシウムの粒径の範囲は、粒子を付着させる対象である生分解性繊維の太さよりも小さいことが重要である。さらに、粒径は、大きいよりも小さい方がリン酸イオンを含む水溶液との反応が速くなるので好ましい。
【0047】
バテライト相炭酸カルシウム粒子の表面にはカーボネーションプロセスによってシロキサンを担持させることが可能である(日本特許番号5131724)。カーボネーションプロセスによってバテライト相炭酸カルシウム粒子の表面に担持させるシロキサンの量を増やすと、それにつれて粒子の径は増加していき、最大粒径4μmまで大きくなる。そのレヴェルからさらにシロキサンの量を増やすとバテライト相炭酸カルシウムを粒子として回収することが難しくなる。
【0048】
<摩擦帯電法>
本発明において摩擦帯電法とは、ポリマー繊維の表面に無機粒子を付着固定させるための方法をいう。具体的には、無機粒子の粉体と繊維材料とをプラスチック製の袋等の容器に収容して、その状態で収容物を容器ごと高速で上下又は前後左右に振動させると、無機粒子と繊維の樹脂表面とがこすれて静電気が発生し、発生した静電引力によって無機粒子が繊維材料の表面全体にまんべんなく付着される(
図1参照)。または、材料をボールミルに投入し、ボールを加えず(ポットのみで)回転させることにて均一に付着させることができる。
【0049】
摩擦帯電法を用いて無機粒子を表面に付着した繊維材料を樹脂のガラス転移点以上の温度で加熱することによって、繊維の表面に静電引力で付着した無機粒子を固定することができる。生分解性繊維は、エレクトロスピニングではスピニングの飛行中に、メルトスピニングでは、繊維は回転ドラムで巻き取られる際に引っ張られて繊維内部に残留応力が発生しているので、それで紡糸回収した繊維に対して熱をかけると、繊維が長手方向に収縮し、その縮小する過程でポリマー表面に付着した無機粒子が繊維との接触部分において内部に埋め込まれて、その位置においてしっかりと固定される(
図2参照)。
【0050】
<リン酸処理>
無機粒子を表面に付着固定した繊維材料をリン酸イオンを含む水溶液に浸漬し、一定の時間、所定の温度条件下で静置する。その後、繊維材料をリン酸イオンを含む水溶液から取り出して、乾燥させる(
図3参照)。
【0051】
本発明のリン酸処理に用いるリン酸イオンを含む水溶液としては、リン酸水素二ナトリウム水溶液、リン酸水素二アンモニウム水溶液等のリン酸イオンを含む水溶液が好ましい。リン酸水素二ナトリウム水溶液を用いることによって、繊維表面に生成するリン酸カルシウム相にナトリウム(Na)を含有させることが可能である。
【0052】
濃度0.02M,0.2M,2.0Mのリン酸水素二ナトリウム水溶液に5分間浸漬して乾燥させた材料の繊維表面を観察すると、濃度0.02Mではリン酸カルシウムはバテライト相炭酸カルシウム粒子の近辺に生成しており、濃度0.2Mではリン酸カルシウムは繊維表面全体に生成していた。2.0Mでは繊維の表面に固定されている粒子が脱落して小孔が形成されていた(
図4(A),(B),(C))。リン酸カルシウムが繊維表面全体をくまなく覆うようにするには、材料を浸漬するリン酸イオンを含む水溶液を適当な濃度に調整することが重要である。
【0053】
<非晶質リン酸カルシウム層>
本発明において非晶質リン酸カルシウムには、炭酸アパタイト(Ca10-x(HPO4, CO3)x(PO4)6-x(OH, CO3)2-x・nH2O)及び/又はカルシウム欠損リン酸カルシウム(Ca10-x(HPO4)x(PO4)6-x(OH)2-x・nH2Oが含まれてもよい。非晶質リン酸カルシウムは、中性付近のpHで溶解性が高く、水と接すると短時間で溶解する。
本発明では、骨再生用材料をリン酸イオンを含む水溶液に浸漬すると、摩擦帯電法で繊維の表面に固定したバテライト相炭酸カルシウム粒子を起点として非晶質リン酸カルシウム層が繊維の表面に沿って生成し、繊維の表面全体を覆う。
【0054】
図6は、本発明の方法を用いて、繊維表面に接着固定するバテライト相炭酸カルシウムとしてSiV(ケイ素溶出型炭酸カルシウム)粒子を用い、リン酸イオンを含む水溶液としてリン酸水素二ナトリウム(濃度0.2M/L)を用いてリン酸カルシウム被覆した生分解性繊維の表面のSTEM観察画像を示す。Na、Siの存在が同定された。尚、生分解性繊維の樹脂表面とは化学的に反応しておらず、繊維の表面に埋め込まれたバテライト相CaCO
3粒子を介して固定されている。
【0055】
<細胞培養基材>
本発明において、細胞培養基材とは、エレクトロスピニング法によって紡糸された生分解性繊維からなる不織布によって構成される。細胞培養基材を構成する生分解性繊維の表面を非晶質リン酸カルシウムによって被覆することによって繊維表面に対するタンパク質吸着が向上するので、高い細胞初期接着を得ることができる。
【実施例】
【0056】
非晶質リン酸カルシウムコーティング実験
実験に用いるサンプルは以下に示す材料を用いて作製した。
・ReBOSSIS(登録商標)(外径10~60 μmの生分解性繊維からなる綿状骨再生用材料。 販売元ORTHOREBIRTH Co., LTD)ReBOSSIS(登録商標)の組成:PLGA30wt%/β-TCP40 wt%/SiV30 wt%)
・PLLA: PGA (85:15) Evonik社LG855S (D体を含まない)
・β-TCP:太平化学産業(株)β-TCPー100 粒径1.7mmのものを4μm程度に粉砕したβ-TCP粉砕品を用いた。
・SiV(ケイ素溶出型バテライト相炭酸カルシウム):水酸化カルシウム(試薬特級純度96%以上 和光純薬工業(株))、メタノール(試薬特級純度99.8%以上 和光純薬(株))、γ-アミノプロピルトリエトシシラン(SILQUEST A-1100 純度98.5%以上 モメンティブ・パーフォーマンス・マテリアルズ・ジャパン合同会社)、炭酸ガス(高純度液化炭酸ガス純度99.9% 大洋化学工業(株))を用いてSi含有量2.9重量%のバテライト相炭酸カルシウムを調製した。SiVの粒子径:1~1.5μm。SiVの製造方法の詳細は、特開平2008-100878(ケイ素溶出型炭酸カルシウム、及びその製造方法)に開示されている。
【0057】
1.ReBOSSIS(登録商標)を構成する生分解性繊維へのSiV粒子の接着
ステップ1.繊維表面にSiV粒子を接着
SiV粉末1.0 gとReBOSSIS(登録商標)0.1 gをガラスボトル(5 cmφ×10 cm)に入れて回転 (264 rpm, 2 min.)させて仮接着、熱処理した(60℃, 10 min.)。その後、試料表面に存在する静電的に付着していないSiV粒子をコンプレッサーにて除去して、サンプルを調製した。
ステップ2.サンプルをリン酸イオンを含む水溶液に浸漬
サンプル(SiV粉末を接着したReBOSSIS(登録商標))を37 ℃の条件下で異なる濃度 (19.2, 192 mM, 1.92 M)のリン酸水素二ナトリウム水溶液50 mlに5, 10 minそれぞれ浸漬した。
ステップ3.乾燥
サンプルをリン酸水素二ナトリウム水溶液から取り出し、その後乾燥機で乾燥させた (50℃, 2 h)。その結果得られたサンプルの繊維の表面のSEM画像をリン酸水素二ナトリウム水溶液の濃度ごとに、サンプル(19.2mM)、サンプル(192mM)、サンプル(1.92M)としてそれぞれ、
図7(A)(B)、
図8(A)(B)、
図9(A)(B)に示す。
【0058】
2.親水性の評価
サンプル(19.2mM)、サンプル(192mM)、サンプル(1.92M)をそれぞれ20 mgを取り分けて試験管に入れ、重り(56.5 mg)を載せ2 min.プレスした。その後、重りを外し、Rhodamine Bを蒸留水に溶かした赤色溶液を試料に5 μl滴下し、親水性を評価した。その結果をそれぞれ
図10(A)(B)、
図11(A)(B)、
図12(A)(B)に示す。
【0059】
2.親水性の評価結果
(1)全体を通して、リン酸溶液の濃度を上昇させるにつれて赤色溶液が染み込むまでの時間が短くなる様子が観察された。
(2)全体を通して、リン酸イオンを含む水溶液に浸漬した時間が5分よりも10分のサンプルの方が赤色溶液が染み込むまでの時間が短くなる様子が観察された。
(3)19.2 mMでリン酸処理したサンプルに関しては、部分的にリン酸カルシウムあるいは他のリン酸カルシウム塩が生成してはいるが、付着量が不均一であったため赤色溶液が染み込むまでに時間を要したと思われる。処理時間を長くするにつれて染み込むまでの時間は短くなった。
(4)1.92 Mでリン酸処理した試料に関しては、繊維表面に孔が生成する様子が観察された。この孔は、SiV粒子が埋め込まれていた部分と考えられる。1.92 Mの高濃度で処理することで、PLGAが浸食されSiV粒子が脱落したと考えられる。1.92 Mでリン酸処理した試料に関しては、試料が一部崩れ、形状を維持できない様子が観察された。これは、ReBOSSIS(登録商標)の繊維がリン酸水素二ナトリウム水溶液(アルカリ性)によって侵食されたことを示していると考えられる。
【0060】
上記実験と同じ条件で、但しSiV粉末1.0 gとReBOSSIS登録商標0.5 gをガラスボトル(5 cmφ×10 cm)に入れて回転 (264 rpm, 2 min.)させて粒子を繊維表面に接着固定し、熱処理した場合の実験でも同様の結果が得られた。
【0061】
上記実験と同じ条件で、但しSiV粉末5.0 gとReBOSSIS登録商標0.5 gをガラスボトル(5 cmφ×10 cm)に入れて回転 (264 rpm, 2 min.)させて粒子を繊維表面に接着固定し、熱処理した場合の実験でも同様の結果が得られた。
【0062】
上記実験と同じ条件で、但しリン酸水素二ナトリウムの溶液濃度を100 mM/L, 150 mM/Lとして5分間浸漬して繊維の表面にリン酸カルシウム層を形成したところ、リン酸水素二ナトリウムの溶液濃度が100 mM/Lでは、赤色溶液のしみこみかたが瞬時でなかったが、150 mM/Lでは瞬時に水がしみ込んだ。瞬時に水がしみこむための最適なリン酸水素二ナトリウム水溶液の濃度として100mM/Lよりも150 mM/Lの方が適していると考えられる。
バテライト相炭酸カルシウムからリン酸カルシウムを析出させるという目的のためにはリン酸水素二ナトリウムの濃度は高い方が良い(例えば192 mM/L)が、濃度が高すぎるとPLGAが侵されてSiV粒子が脱落する可能性がある。
【0063】
上記実験と同じ条件で、但しリン酸水素二ナトリウム水溶液に浸漬した後、乾燥機で乾燥させる温度を37℃にして乾燥してみたところ、繊維が細かく破壊してしまう現象が見られた。
その原因は、37℃で乾燥すると、4時間経っても十分に乾燥できず、リン酸液が付いたまま4時間も放置されることとなった結果、反応が進み、繊維の亀裂部分に高濃度のリン酸液がしみこみそこにリン酸カルシウムが析出してくるため、それが破壊の原因となったと考えられる。
このような現象を避けるためには、リン酸水素二ナトリウム水溶液に浸漬した後は50℃以上でできるだけ早く乾燥させる必要があると考えられる。温度の上限は110℃で限定できる可能性があるが、60℃以上の場合、析出したリン酸カルシウム相が再度PLGAに埋もれてしまう点から、50~60℃が最適と考えられる。
【0064】
非晶質リン酸カルシウムを被覆した骨再生用材料に対するタンパク質吸着測定
本発明の非晶質リン酸カルシウム被覆のタンパク質吸着に対して及ぼす影響を見るために、非晶質リン酸カルシウムで被覆したサンプル(192mM)に対するBSA吸着量とリン酸カルシウム被覆していないサンプルに対するBSA吸着量とを比較した。
図13にその結果を示す。
【0065】
上記BSA吸着実験の結果から以下の考察が得られた。
(1)非晶質リン酸カルシウム被覆によって親水化したサンプルは、比表面積が大きいため、タンパク質の吸着量が大きくなったと考えられる。
(2)リン酸カルシウム被覆をしていないサンプルでは、繊維中に含まれる骨形成性粒子のSiVが表面付近にも存在するため、BSA分子のCOO-と静電相互作用によって吸着したと考えられる。
(3)非晶質リン酸カルシウム被覆で親水化したサンプルでは、繊維表面に存在する非晶質リン酸カルシウム表面のCa2+、SiV中のNH4+とBSA分子のCOO- が静電相互作用によって吸着に寄与していると考えられる。
(4)一定時間経過後に吸着量がほぼ一定になったのは、吸着サイトがなくなったためであると考えられる。
【0066】
非晶質リン酸カルシウムをコーティングした骨再生用材料を用いた細胞増殖試験
骨芽細胞様細胞MC3T3-E1株を使用して培養試験を行った。
図14にその概要を示す。24ウェルプレート一穴あたり骨再生用材料を80 mg投入し、α-MEM培地を2 mL注入した後、細胞を播種し、37℃, 5 % CO
2存在下で培養試験を行った。細胞播種密度は90,000 cells/mLで、培養タイムポイントはそれぞれ3 hr, 24 hr, 72 hrとした。ICP-AESによる培地中のイオン量の評価を行った後、未使用のウェルプレートに溶液を移してAlamar Blueを4時間反応させることによる代謝活性評価を行い、細胞が増殖した後の骨再生用材料についてはFE-SEMによる試料表面の形態観察を行った。
【0067】
代謝活性は対照群であるガラスプレート単体の試料よりも骨再生用材料を投入したもののほうが有意に高く、未処理の複合体よりも親水化した複合体の方が有意に高かった。また、3 hrよりも24 hr、24 hrよりも72 hrの方が代謝活性はそれぞれの試料において高くなっていた。
図15にその結果を示す。
FE-SEMによる試料表面の形態観察からは、親水化した複合体は未処理の複合体に比べて凹凸が大きい粗な表面であることがわかった。細胞の被覆は親水化した複合体の方が多く、繊維表面を全体的に細胞が覆っていた。
図16にその結果を示す。24時間の培養後の繊維表面は未処理の複合体も親水化した複合体もCaP相が生成されており、後者においてはCaP相の生成が進行していた。未処理の複合体でCaP相が部分的に生成されていたが、これはバイオミメティック法と同様の機序に拠るものと考えられる。
図17にその結果を示す。
【0068】
本発明のリン酸カルシウム被覆をされた生分解性繊維からのイオン溶出挙動について、Caイオン、Pイオンの溶出は親水化した複合体と未処理の複合体でほぼ差は無かったが、Siイオンの溶出のみ、24時間、72時間のタイムポイントにおいて親水化した複合体の方が少なくなる傾向にあった。リン酸処理において溶液に浸漬させた際にSiVからSiの溶出が起こったこと、および、非晶質リン酸カルシウム層による被覆によることと考えられる。なお、3時間のタイムポイントでは同等の溶出量であった。これは、親水化した繊維表面のSiV粒子/非晶質相からの溶出に起因すると考えられる。
図18にその結果を示す。
【0069】
以上、本発明を骨形成性粒子を含有する生分解性繊維を用いた骨再生用材料の実施例に即して説明したが、本発明はその実施例に限定されるものではなく、骨再生用材料を構成する生分解性繊維を含み、さらに、無機粒子を含有しない生分解性繊維及び/又はそのような生分解性繊維を用いた細胞培養基材についても、非晶質リン酸カルシウム層による被覆がされた材料である限り、同様に適用可能である。