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特許7429442水素検知素子、水素センサー、調光部材、及び調光窓
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-31
(45)【発行日】2024-02-08
(54)【発明の名称】水素検知素子、水素センサー、調光部材、及び調光窓
(51)【国際特許分類】
   G01N 31/00 20060101AFI20240201BHJP
   C09K 9/00 20060101ALI20240201BHJP
   G01N 21/77 20060101ALI20240201BHJP
   G01N 21/78 20060101ALI20240201BHJP
   G01N 31/22 20060101ALI20240201BHJP
   G02F 1/17 20190101ALI20240201BHJP
【FI】
G01N31/00 C
C09K9/00 Z
G01N21/77 A
G01N21/78 A
G01N21/78 Z
G01N31/22 121A
G02F1/17
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2020215043
(22)【出願日】2020-12-24
(65)【公開番号】P2022100828
(43)【公開日】2022-07-06
【審査請求日】2023-06-16
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100199691
【弁理士】
【氏名又は名称】吉水 純子
(74)【代理人】
【識別番号】100140198
【弁理士】
【氏名又は名称】江藤 保子
(74)【代理人】
【識別番号】100127513
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100158665
【弁理士】
【氏名又は名称】奥井 正樹
(74)【代理人】
【識別番号】100206829
【弁理士】
【氏名又は名称】相田 悟
(72)【発明者】
【氏名】胡 致維
(72)【発明者】
【氏名】山田 保誠
【審査官】大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/159589(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/188410(WO,A1)
【文献】特開2007-071866(JP,A)
【文献】特開2015-161860(JP,A)
【文献】特開2016-176778(JP,A)
【文献】特開2008-020586(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 31/00
G01N 31/22
G01N 21/78
G01N 21/77
G02F 1/17
C09K 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属シアノ錯体と触媒ナノ粒子とを含むガスクロミック特性を有する水素検知層を備えた水素検知素子であって、
前記金属シアノ錯体及び前記触媒ナノ粒子は疎水化されており、かつ、
前記水素検知層は、ガスと接する面の水滴との接触角が15.0°以上75.0°以下である、水素検知素子。
【請求項2】
前記金属シアノ錯体及び前記触媒ナノ粒子は、アミノ基とアルキル基を有する化合物で修飾されている、請求項1に記載の水素検知素子。
【請求項3】
前記金属シアノ錯体は、還元電位が-0.38[VvsAg/AgNO]以上であり、酸化電位が+0.46[VvsAg/AgNO]以下である、請求項1又は2に記載の水素検知素子。
【請求項4】
前記金属シアノ錯体は、還元電位が-0.38[VvsAg/AgNO]以上であり、酸化電位が+0.46[VvsAg/AgNO]以上、+2.14[VvsAg/AgNO]以下である、請求項1又は2に記載の水素検知素子。
【請求項5】
前記触媒ナノ粒子は、パラジウム、パラジウム合金、白金、及び白金合金からなる群より選択される一種以上を含む、請求項1乃至請求項4のいずれか一に記載の水素検知素子。
【請求項6】
前記触媒ナノ粒子の平均粒径が1nm以上100nm以下である、請求項1乃至請求項5のいずれか一に記載の水素検知素子。
【請求項7】
前記水素検知層は、膜厚が10nm以上2μm以下である、請求項1乃至請求項6のいずれか一に記載の水素検知素子。
【請求項8】
前記水素検知層は、前記触媒ナノ粒子が前記金属シアノ錯体中に分散されてなる、請求項1乃至請求項7のいずれか一に記載の水素検知素子。
【請求項9】
前記水素検知層は、前記金属シアノ錯体を含む層の上に、前記触媒ナノ粒子を含む層が積層されてなる、請求項1乃至請求項7のいずれか一に記載の水素検知素子。
【請求項10】
請求項1乃至請求項9のいずれか一に記載の水素検知素子を用いた水素センサーであって、前記水素検知層が基材上に形成されている、水素センサー。
【請求項11】
前記基材は、ガラス基材、金属基材、セラミック基材、又はプラスチック基材である、請求項10に記載の水素センサー。
【請求項12】
請求項1乃至請求項9のいずれか一に記載の水素検知素子を用いた調光部材であって、前記水素検知層が透明基材上に形成されている、調光部材。
【請求項13】
請求項12に記載の調光部材と、
前記調光部材の前記水素検知層側に対向して配置された他の透明基材と、
前記調光部材と前記他の透明基材との間隙の雰囲気を、水素又は水素を含むガスと、酸素、オゾン又は酸素、オゾンの一以上を含む酸化性ガスとを切り替えて給排気することによって制御する雰囲気制御手段と、
を備えた、調光窓。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスクロミック反応を示す材料を適用した水素検知素子、水素センサー、調光部材、及び調光窓に関する。
【背景技術】
【0002】
外部からの刺激を受けて光学特性が可逆的に変化する現象であるクロミック反応を示す材料は、広く知られている。クロミック反応は、主にエレクトロクロミック反応とガスクロミック反応とに分けられる。エレクトロクロミック反応は、電圧の印加による酸化還元反応を伴う。ガスクロミック反応では、雰囲気中のガス分子による還元及び酸化が起こる。
【0003】
クロミック反応を示す材料(以下、「クロミック材料」という。)の用途の1つとして、水素センサーが挙げられる。
【0004】
ガラス、鉄鋼、化学物資、燃料電池又は半導体等の製造工場においては、半導体等の製造工程で水素ガスを使用し、又は製造工程において水素ガスが発生することがある。
水素ガスの爆発範囲は、4体積%~75体積%と広い。また、水素ガスは、無味無臭で軽いことから、取り扱いが難しい。また、水素ガスを燃料とする燃料電池、燃料電池自動車も同様に、水素ガスによる爆発の危険性を有する。したがって、水素ガスの取り扱いには留意し、水素ガス漏洩を監視、検知する必要がある。
水素ガスの検知方法としては、接触燃焼式、気体熱伝導式及び半導体式などが知られている。接触燃焼式などの既存の方法は、市販の水素ガスセンサーで採用されている。しかし、既存の方法では、検知感度を上げるために加熱及び燃焼が必要であり、安全性に問題がある。また、既存の方法では、待機時のエネルギー消費が大きい。さらに、既存の方法では、水素検出素子の劣化が早いと共に特性が不安定になり易かったりするため、信頼性が十分でない。
クロミック反応を利用すると、常温で水素ガスを検知することができる(特許文献1~4参照)。
【0005】
特許文献1には、「平板状でプロトン伝導性を有する固体電解質と、水素ガスの分子をプロトンと電子に解離させるために固体電解質の一方の主面に設けられた触媒電極と、触媒電極によって生じたプロトンと電子を固体電解質の他方の主面において再結合させるために固体電解質の他方の主面に設けられた参照電極と、触媒電極で生じた電子を参照電極へ送るための電子伝導性材料からなる導通手段とを有し、触媒電極と参照電極との間の電位差を測定することにより水素ガスを検知することを特徴とする水素センサ」が記載されている(請求項1)。
【0006】
特許文献2には、酸化シリコン又はセラミックス等の基板上に形成された酸化タングステンの薄膜からなる選択性薄膜ガスセンサであって、酸化タングステンの薄膜は、低酸素濃度(1~10%)の雰囲気中で金属タングステン・ターゲットを用いた反応性高周波スパッタリング法で付着され、WO3-δの組成(δ<0.2)を有することが記載されている(請求項1、6)。
【0007】
特許文献3には、酸化セリウム含有層と、酸化タングステン含有層と、触媒金属元素含有層とを備え、水素ガス濃度変化に応じて、光吸収特性が変化する水素ガス検知用部材であって(請求項1)、前記酸化セリウム含有層、前記酸化タングステン含有層、及び触媒金属元素含有層が、スパッタリングにより基板上に堆積させて形成されていることが記載されている(段落[0118]~[0121])
【0008】
特許文献4には、クロミック反応を示す水素吸蔵層と触媒層とを備える水素吸蔵体を、水素感知素子及び水素センサーに用いることが記載されている(請求項1、7、8)。また、前記触媒層に対して、前記水素吸蔵層とは反対側に、保護層を備えることが記載されている(請求項5)。
【0009】
また、クロミック材料は、雰囲気ガスの制御を行うことにより、調光窓等の調光部材としても利用することができる。
一般に、建物において、窓は、光・熱が出入りする割合が大きい場所になっている。例えば、冬の暖房時に、窓から光・熱が流出する割合は、建物から流出する熱全体の5割程度であり、夏の冷房時に、窓から光・熱が流入する割合は、建物に流入する熱全体の7割程度である。したがって、窓における光・熱の出入りを適切に制御することにより、膨大な省エネルギー効果を得ることができる。
【0010】
酸化タングステン(WO)薄膜をガラス基材上に形成したエレクトロクロミック調光窓は、現在ほぼ実用化段階に達しており、市販品も出されている。また、ガスクロミック調光窓は、対向電極や電圧印加手段等を要さず、調光部材と接する雰囲気のガスを切り替えるだけで、調光可能であるから、エレクトロクロミック調光ガラスに比べて、簡単な構造で、低コストで製造することが可能である。そのため、調光部材の材料や調光窓の構造について、多くの検討がなされている(非特許文献1、特許文献4~6参照)。
【0011】
非特許文献1には、透明基材に、オキシ水酸化ニッケル粒子の表面にナノパラジウム粒子が付着している混合物の層が形成されてなるガスクロミック調光素子が記載されている(Abstract)。
【0012】
前記の特許文献4には、クロミック反応を示す水素吸蔵層と触媒層とを備える水素吸蔵体をガスクロミック型調光素子に用いることも記載されている(請求項6)。
【0013】
特許文献5には、基板上に形成されたクロミック特性を有する酸化タングステン層、及び触媒層を有し、前記触媒層が二酸化ケイ素薄膜と、前記二酸化ケイ素薄膜中に分散したパラジウム粒子を含む調光素子が開示されている(請求項1、段落[0001])。
【0014】
特許文献6には、ガスクロミック特性を有するプルシアンブルー型金属錯体と、前記金属錯体の酸化還元反応を促進する触媒ナノ粒子とを含む調光層を備えた調光素子について記載されている(請求項1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【文献】特開2007-278876号公報
【文献】特公昭63-51501号公報
【文献】国際公開第2016/143385号
【文献】国際公開第2018/055946号
【文献】特開2015-161860号公報
【文献】特許6703686号公報
【非特許文献】
【0016】
【文献】Chih-Wei Hu; Yasusei Yamada; Kazuki Yoshimura, “Fabrication of nickel oxyhydroxide/palladium (NiOOH/Pd)nanocomposite for gasochromic application”, SolarEnergy Materials and Solar Cells, 2016, Issue 23, p.5390-5397
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
しかしながら、特許文献1では、エレクトロクロミック特性を利用して水素ガスを検出するために、電位計等を必要とし、水素センサーの構造が複雑となる。
【0018】
また、特許文献2及び3に記載の水素ガスセンサーの製造方法では、スパッタリングの条件に応じて、クロミック特性を示すアモルファス相のWO膜又はCeOが複合したWO膜を得ることができる。しかし、特許文献2及び3に記載の金属酸化物を用いた膜は、耐候性が弱いことが知られている。また、水素ガスセンサーとして良好な特性を示すためには、水素検出素子(WO膜)の表面に白金などの貴金属触媒を大量に使用する必要がある。
非特許文献1及び特許文献5に記載の調光素子も、金属酸化物を水素検知層としているため、耐候性に問題があることは、特許文献2、3と同様である。
【0019】
特許文献4、6には、水素検知能を有するガスクロミック材料としてプルシアンブルー型錯体が記載されている。しかし、この材料を水分が存在している環境で使用すると、水に簡単に溶けてしまうため、耐候性が十分でないという問題がある。特許文献4には、触媒層の水素吸蔵層とは反対側に水素透過性及び水に対する非透過性を有する保護層を設けることが記載されている(請求項5、段落[0047]、[0048])。しかし、水素ガスは、水相を介する透過性が大きいから、水に対する非透過性と水素透過性を両立することは困難であり、水素検知が正確に行われない惧れがある。
特許文献6には、調光層を構成するプルシアンブルー型金属錯体粒子の表面にアミノ基とアルキル基との双方を有する化合物を吸着させて有機溶媒分散性を向上させてもよいことが記載されてる(段落[0058])。しかし、このような表面処理は、調光層への水素ガスの透過を阻害するから、迅速かつ十分な調光が行われない惧れがある。
【0020】
本発明は、水及び水蒸気が多い環境中にあっても、耐候性を有し、正確な水素検知を迅速に行うことができる水素検知素子を提供することを課題とする。
また、本発明は、上記の水素検知素子を用いて、正確な水素検知を迅速に行うことができる水素センサーを提供することを課題とする。
さらに、本発明は、上記の水素検知素子を用いた感度の高い調光部材、及び前記調光部材を備えた調光窓を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明は、前記課題を解決するために、以下の手段を採用するものである。
[1]金属シアノ錯体と触媒ナノ粒子とを含むガスクロミック特性を有する水素検知層を備えた水素検知素子であって、
前記金属シアノ錯体及び前記触媒ナノ粒子は疎水化されており、かつ、
前記水素検知層は、ガスと接する面の水滴との接触角が15.0°以上75.0°以下である、水素検知素子。
【0022】
[2]前記金属シアノ錯体及び前記触媒ナノ粒子は、アミノ基とアルキル基を有する化合物で修飾されている、前記[1]の水素検知素子。
【0023】
[3]前記金属シアノ錯体は、還元電位が-0.38[VvsAg/AgNO]以上であり、酸化電位が+0.46[VvsAg/AgNO]以下である、前記[1]又は[2]の水素検知素子。
【0024】
[4]前記金属シアノ錯体は、還元電位が-0.38[VvsAg/AgNO]以上であり、酸化電位が+0.46[VvsAg/AgNO]以上、+2.14[VvsAg/AgNO]以下である、前記[1]又は[2]の水素検知素子。
【0025】
[5]前記触媒ナノ粒子は、パラジウム、パラジウム合金、白金、及び白金合金からなる群より選択される一種以上を含む、前記[1]~[4]のいずれか一の水素検知素子。
【0026】
[6]前記触媒ナノ粒子の平均粒径が1nm以上100nm以下である、前記[1]~[5]のいずれか一の水素検知素子。
【0027】
[7]前記水素検知層は、膜厚が10nm以上2μm以下である前記[1]~[6]のいずれか一に記載の水素検知素子。
[8]前記水素検知層は、前記触媒ナノ粒子が前記金属シアノ錯体中に分散されてなる、前記[1]~[7]のいずれか一の水素検知素子。
【0028】
[9]前記水素検知層は、前記金属シアノ錯体を含む層の上に、前記触媒ナノ粒子を含む層が積層されてなる、前記[1]~[7]のいずれか一に記載の水素検知素子。
【0029】
[10]前記[1]~[9]のいずれか一の水素検知素子を用いた水素センサーであって、前記水素検知層が基材上に形成されている、水素センサー。
【0030】
[11]前記基材は、ガラス基材、金属基材、セラミック基材、又はプラスチック基材である、前記[10]の水素センサー。
【0031】
[12]前記[1]~[9]のいずれか一の水素検知素子を用いた調光部材であって、前記水素検知層が透明基材上に形成されている、調光部材。
【0032】
[13]前記[12]の調光部材と、
前記調光部材の前記水素検知層側に対向して配置された他の透明基材と、
前記調光部材と前記他の透明基材との間隙の雰囲気を、水素又は水素を含むガスと、酸素、オゾン又は酸素、オゾンの一以上を含む酸化性ガスとを切り替えて給排気することによって制御する雰囲気制御手段と、
を備えた、調光窓。
【発明の効果】
【0033】
本発明の一態様によれば、水及び水蒸気が多い環境中にあっても、耐候性を有し、正確な水素検知を迅速に行うことができる水素検知素子を提供することができる。
また、本発明の他の態様によれば、上記の水素検知素子を用いて、正確な水素検知を迅速に行うことができる水素センサーを提供することができる。
さらに、本発明の他の態様によれば、上記の水素検知素子を用いた感度の高い調光部材、及び前記調光部材を備えた調光窓を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】本実施形態に係る水素検知層の一例(触媒ナノ粒子が金属シアノ錯体中に分散)を示す図
図2】本実施形態に係る水素検知層の他の例(金属シアノ錯体層の上に触媒ナノ粒子層が積層)を示す図
図3】本実施形態に係る水素検知素子の一例を示す図
図4】本実施形態に係る調光窓の一例を示す図
図5】実施例1に係る水素検知素子のFT-IRスペクトル
図6】実施例1に係る水素検知素子の光透過率を測定する光学装置を示す概略図
図7】実施例1に係る水素検知素子の光透過スペクトル
図8】実施例1に係る水素検知素子のガス充填空間の雰囲気の変化(水素又はオゾン)と光透過率との変化の関係を示す図
図9】実施例1に係る水素検知素子のガス充填空間の雰囲気の変化(水素又は空気)と光透過率との変化の関係を示す図
図10】実施例1に係る水素検知素子のサイクリックボルタモグラム
図11】実施例1~8及び比較例1、2に係る水素検知素子の接触角
図12】実施例1~8に係る水素検知素子のガス充填空間の雰囲気の変化と光透過率との変化の関係を示す図
図13】比較例1、2に係る水素検知素子のガス充填空間の雰囲気の変化と光透過率との変化の関係を示す図
図14】実施例9及び比較例3に係る水素検知素子のガス充填空間の雰囲気の変化と光透過率との変化の関係を示す図
図15】実施例9に係る水素検知素子の光透過スペクトル
図16】実施例1、3、6~8に係る水素検知素子のFT-IRスペクトル
図17】実施例9及び比較例1~3に係る水素検知素子のガス充填空間のFT-IRスペクトル
【発明を実施するための形態】
【0035】
次に、本発明を実施するための形態(以下、「本実施形態」という。)を説明するが、本発明の範囲を逸脱することなく、下記の実施形態に種々の変形及び置換を加えることができる。また、本明細書において、数値範囲を「~」を用いて表す場合は、特記した場合を除き、「~」の両端の数値を含む。
【0036】
[水素検知素子]
本実施形態に係る水素検知素子は、疎水化した金属シアノ錯体(以下、「疎水化金属シアノ型錯体」ともいう。)と疎水化した触媒ナノ粒子(以下、「疎水化触媒ナノ粒子」ともいう。)を含むガスクロミック特性を有する水素検知層を有する。
なお、本明細書において、「疎水化」とは、「金属シアノ錯体」及び「触媒ナノ粒子」を、水分散性ではなく、有機溶媒分散性にすることをいう。
【0037】
本実施形態に係る水素検知層10は、一例として、図1に示すように、疎水化金属シアノ型錯体10aと疎水化触媒ナノ粒子10bを混在させた構造とすることができる。水素検知層10は、雰囲気ガスとの酸化還元反応により、可逆的に光透過率が変化する、即ち、無色(透明)状態と着色状態の間で、可逆的に変化する。水素検知層が疎水化された材料からなるため、水分が多いところでも、酸化、分解を被ることなく、高い水素検知能を発揮することができる。触媒ナノ粒子10bは、金属シアノ錯体10aの酸化還元反応の触媒として機能する。この場合、図1に示すように、触媒ナノ粒子10bの一部が、水素検知層の表面に露出していてもよい。
【0038】
図2は、本実施形態に係る水素検知層10の他の例である。金属シアノ錯体層20aの表面に、触媒ナノ粒子を含む触媒ナノ粒子層20bが付着してなる積層体構造とすることもできる。
【0039】
図3は、本実施形態に係る水素検知素子130の一例を示し、図1に示す水素検知層10を基材120上に積層したものである。この場合、水素検知層10の膜厚は、10nm以上2μm以下であると好ましく、50nm以上1μm以下であるとより好ましい。水素検知層10の膜厚が10nm以上2μm以下であると、水素検知層10の色の変化を視認しやすくなる。
【0040】
図2に示す金属シアノ錯体層20aと触媒ナノ粒子層20bとを積層させた水素検知層20を用いて水素検知素子としてもよい。この場合、金属シアノ錯体層20aの厚さは、10nm以上1.9μm以下であることが好ましく、50nm以上1μm以下であることがより好ましい。触媒ナノ粒子層20bの厚さは、2nm以上100nm以下であることが好ましく、2nm以上50nm以下であることがより好ましい。
【0041】
[水素検知素子の作製方法]
本実施形態に係る水素検知素子は、金属シアノ錯体10aと触媒ナノ粒子10bとを含む分散液を調製し、湿式塗布法によって、水素検知層10を基材120上に形成して作製することができる。分散液の調製のために用いられる溶媒としては、有機溶剤であれば特に限定されないが、ヘキサン、ベンゼン、ジエチルエーテル、エタノール、ブタノール、クロロホルム、酢酸エチル、トルエン、無極性有機溶剤等が挙げられる。中でも、トルエンが好ましい。
【0042】
湿式塗布法としては、特に限定されないが、スピンコート法、スプレーコート法、ディップコート法、ドロップコート法、ロール・ツー・ロール法等が挙げられる。湿式塗布法を採用することにより、表面積が大きい水素検知層10を高速で形成することができる。また、高価な真空装置等を用いないため、従来の無機材料や金属を用いる場合に比べて、非常に低コストで、水素検知素子130を製造することが可能となる。
【0043】
水素検知素子は、金属シアノ錯体を含む分散液及び触媒ナノ粒子を含む分散液をそれぞれ調製して、順に基材に湿式塗布することにより作製してもよい。分散液の調製のために用いられる溶媒としては、特に限定されず、上記と同様のものが挙げられ、中でも、トルエンが好ましい。
【0044】
[基材]
基材120を構成する材料としては、特に限定されない。ガラス基材、金属基材、セラミック基材、プラスチック基材等が挙げられる。ガラス基材、例えば、石英、サファイア、ニオブ酸リチウム等の酸化物等が挙げられる。ガラス基材の代わりに、プラスチック基材等の透明基材を用いてもよい。
【0045】
金属基材としては、特に限定されず、例えば、アルミニウム、タンタル、ニッケル、銅、チタン、ニオブおよび鉄等の金属、ならびにステンレス、ジュラルミン等の合金が挙げられる。セラミック基材としては、特に限定されず、例えば、誘電体セラミック材料、フェライト材料、半導体セラミック材料、圧電セラミック材料であってよい。例えば、BaTiO、CaTiO、SrTiO、CaZrO、SrFeO、Ni-Zn系フェライト、Mn-Zn系フェライト、Ni-Zn-Cu系フェライト、Mn-Zn-Cu系フェライト、Mn-Zn-Ni系フェライト、スピネル系セラミック、チタン酸ジルコン酸鉛系セラミック等が挙げられる。セラミック基材は、所望する製品の特性に応じて、上記セラミック材料を主成分として、例えば、Mn化合物、Mg化合物、Si化合物、Fe化合物、Cr化合物、Co化合物、Ni化合物、希土類化合物等の副成分をさらに含んでいてもよい。プラスチック基材を構成する材料としては、特に限定されないが、ポリエチレンテレフタレート(PET)、アクリル樹脂等が挙げられる。プラスチック基材として、セロハンテープ等を用いてもよい。基材の形状としては、特に限定されないが、板状、シート状等が挙げられる。
【0046】
[ガスクロミック特性]
本実施形態に係るガスクロミック特性は、酸化状態にある場合には無色(透明)であり、還元状態にある場合には着色されるものであってよい。また、還元状態にある場合に無色となり、酸化状態にある場合に着色されるものであってもよい。本実施形態においては、金属シアノ錯体が、波長400~870nmの範囲で光の透過率が変化し、無色(透明)状態と着色状態との間で変化し得るので、例えば波長700nmの光の透過率を測定することにより、無色(透明)状態と着色状態とを評価することができる。
【0047】
金属シアノ錯体に色変化を起こさせる雰囲気ガスは、水素、酸素、オゾン等を含むガスとすることができる。雰囲気ガスとしては、少なくとも2つのガスの組合せ、すなわち金属シアノ錯体の還元を促すガスと、金属シアノ錯体の酸化を促すガスとの組合せを使用することができる。例えば、還元ガスとして水素を含むガスと、酸化性ガスとして酸素を含むガスとを組み合わせて使用することができる。また、還元ガスとして水素を含むガスと、酸化性ガスとしてオゾンを含むガスとの組合せを使用することができる。上記酸化性ガスとしては、酸素及びオゾンを含むガスを使用することもでき、また空気を使用することもできる。
【0048】
具体的には、水素検知層10の金属シアノ錯体としてプルシアンブルーを用いた場合には、酸化性ガスを水素を含むガスに切り替えると、青色から無色に変化する。また、金属シアノ錯体としてプルシアンブルーと同様の構成であって、ニッケルと鉄を含む錯体を用いた場合には黄色から無色に変化し、銅と鉄を含む錯体を用いた場合には茶色から無色に変化する。
【0049】
本実施形態においては、金属シアノ錯体10aの還元電位が-0.38[VvsAg/AgNO]以上に存在し、酸化電位が+2.14[VvsAg/AgNO]以下に存在していると好ましい。これにより、後述の特定の雰囲気ガスに対するガスクロミック特性を有することができる。さらに、酸化電位が+0.46[VvsAg/AgNO]以下に存在している場合には、後述のように、酸化力がより低いガスを雰囲気ガスの酸化性ガスとして用いることができる。なお、上記電位[VvsAg/AgNO]は、有機溶媒用の銀-硝酸銀電極を基準にして測定された標準電位である。
金属シアノ錯体の電気化学的特性は、所与の金属シアノ錯体の還元ピーク電位及び酸化ピーク電位をサイクリックボルタンメトリー(CV)により測定することができる。
【0050】
還元電位が-0.38[VvsAg/AgNO]以上である金属シアノ錯体を備えた水素検知層10を、水素を含む雰囲気に曝すと、水素検知層10の中に存在している触媒ナノ粒子10b(図1)、又は金属シアノ錯体層20aの上に積層されている触媒ナノ粒子層20b(図2)の触媒作用により、金属シアノ錯体10a又は金属シアノ錯体層20aが還元されて、波長が400~870nmの範囲で光の透過率が変化し、金属シアノ錯体10a又は金属シアノ錯体層20aの色が変化する。
【0051】
このとき、水素を含む雰囲気と、水素検知層10とにより、以下の反応が起こる。すなわち、金属シアノ錯体10a又は金属シアノ錯体層20aが、その中や表面に付着している触媒ナノ粒子10b又は触媒ナノ粒子層20bの触媒作用によって、以下の式(1)のように水素と反応する。
【0052】
→2H+2e(E=-0.38[VvsAg/AgNO])…(1)
ここで、Eは、酸化還元電位である。水素を含む雰囲気は、-0.38[VvsAg/AgNO]の還元能力を有するといえる。よって、金属シアノ錯体の還元電位が-0.38[VvsAg/AgNO]以上であれば、水素と良好に反応することができる。よって、還元ガスとして、水素を含むガスを用いることで、水素検知素子10に色変化を生じさせることができる。
【0053】
一方、水素検知層10を、空気等の酸素を含む雰囲気に曝すと、酸素と水素検知素子層10とにより、以下の式(2)反応が起こる。
+2HO+4e→4OH(E=+0.46[VvsAg/AgNO])…(2)
すなわち、酸素は、+0.46[VvsAg/AgCl]の酸化能力を有するといえる。そのため、金属シアノ錯体の酸化電位が+0.46[VvsAg/AgCl]以下であれば、酸素と良好に反応することができる。よって、酸化性ガスとして酸素を含むガスを用いることで、水素検知層10に色変化を生じさせることができる。
【0054】
また、水素検知層10を、オゾンを含む雰囲気に曝すと、オゾンと水素検知層10とにより、以下の式(3)の反応が起こる。
+2H+2e=O+HO (E=+2.14[VvsAg/AgNO])…(3)
すなわち、オゾンは、+2.14[VvsAg/AgNO]という酸素より強い酸化能力を有するといえる。そのため、金属シアノ錯体の酸化電位が+0.46[VvsAg/AgNO]以上であっても、+2.14[VvsAg/AgNO3]以下であれば、オゾンと良好に反応することができる。よって、酸化性ガスとして、オゾンを含むガスを用いることで、水素検知層10に色変化を生じさせることができる。
【0055】
[金属シアノ錯体]
本実施形態に係る金属シアノ錯体は、金属原子M及び金属原子Mの間をシアノ基(CN)が架橋してなる結晶である。本明細書において、金属シアノ錯体には、プルシアンブルー及びプルシアンブルーと同様の構造を有する類似物が含まれる。
【0056】
使用する金属シアノ錯体としては、基本の組成式が、
[M(CN)y・zHO…(4)
として表されるものであればよい。式(4)中、Aは陽イオンであり、M、Mはそれぞれ金属原子である。上式では、シアノ基(CN)の一部がヒドロキシル基、アミノ基、ニトロ基、ニトロソ基、水等で置換されていてもよい。
【0057】
式(4)中、金属原子Mは、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、ルテニウム、コバルト、ロジウム、ニッケル、パラジウム、白金、銅、銀、亜鉛、ランタン、ユーロピウム、ガドリニウム、ルテチウム、バリウム、ストロンチウム、及びカルシウムからなる群より選ばれる一種又は二種以上の金属である。金属原子Mとしては鉄、コバルト、ニッケル、バナジウム、銅、マンガン、又は亜鉛が好ましく、鉄、銅、又はニッケルがより好ましい。金属原子Mに二種の金属の組み合わせを利用する場合には、鉄とニッケルとの組み合わせ、鉄と銅との組み合わせ、又はニッケルと銅との組み合わせが好ましく、鉄とニッケルとの組み合わせがより好ましい。
【0058】
式(4)中、金属原子Mは、バナジウム、クロム、モリブデン、タングステン、マンガン、鉄、ルテニウム、コバルト、ニッケル、白金、及び銅からなる群より選ばれる一種又は二種以上の金属原子である。中でも金属原子Mとしては鉄、クロム、若しくはコバルトが好ましく、鉄が特に好ましい。金属原子Mについては、鉄とクロムとの組み合わせ、鉄とコバルトとの組み合わせ、又はクロムとコバルトとの組み合わせが好ましく、鉄とクロムとの組み合わせがより好ましい。
【0059】
式(4)中、陽イオンAは必ずしも含有する必要はなく、含有している場合は、カリウム、ナトリウム、セシウム、ルビジウム、水素、アンモニアなどが挙げられるが、それらに制限されるものではない。また、陰イオンなど他の材料を含有していてもよい。また、水(HO)も必ずしも含有する必要はない。また、半分以上がこの組成式で表される構造を保っていれば、別の錯体等と混合していてもよい。例えば、光学応答性、触媒活性、分散性、基材への吸着性等の向上のために金属イオン、有機分子、別の金属錯体等を吸着させる場合もあるが、このような場合でも、色変化する部分の主たる構造が上記組成式であればよい。
【0060】
式(4)中、xは0~3の数であり、0~1の数であることが好ましい。yは0.3~1.5の数であり、0.5~1の数であることが好ましい。zは0~30の数であり、5~15の数であることが好ましい。
【0061】
上述のように金属シアノ錯体は、金属原子M及び金属原子Mの間をシアノ基(CN)が架橋してなる結晶であるが、この結晶の周囲には、金属原子Mの陽イオン及び/又は金属原子Mを中心金属とする金属シアノ錯体陰イオンを結合させたものが配置されていてもよい。金属原子Mは、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、ルテニウム、コバルト、ロジウム、ニッケル、パラジウム、白金、銅、銀、亜鉛、ランタン、ユーロピウム、ガドリニウム、ルテチウム、バリウム、ストロンチウム、及びカルシウムからなる群より選ばれる一種又は二種以上の金属原子であってよい。また、金属原子Mは、バナジウム、クロム、モリブデン、タングステン、マンガン、鉄、ルテニウム、コバルト、ニッケル、白金、及び銅からなる群より選ばれる一種又は二種以上の金属原子であってよい。
【0062】
[金属シアノ錯体の疎水化]
本実施形態は、金属シアノ錯体を疎水化する、すなわち、有機溶媒分散性を高めることを特徴とする。その手段としては、金属シアノ錯体粒子の表面に、疎水性を向上させるための修飾分子を吸着させることが好ましい。かかる観点から、金属シアノ錯体に、アミノ基を有する化合物を共存させることが好ましい。アミノ基を有する化合物はイオンの状態であってもよい。
【0063】
トルエン、ベンゼン又はブタノール等のアルコールを利用して金属シアノ錯体を分散する場合は、有機溶媒分散性を向上させるために、アミノ基とアルキル基(好ましくは炭素数3~100、より好ましくは3~30であり、さらに好ましくは炭素数3~18)の双方を有するアミン化合物であることが好ましく、上記のアミン化合物と、フェロシアン化物イオン又はフェリシアン化物イオンとを組み合わせることがさらに好ましい。アミン化合物は、具体的には、オレイルアミン、ステアリルアミン、プロピルアミン、ヘキシルアミン等が好ましく、特にオレイルアミン、ヘキシルアミン、プロピルアミンが好ましい。フェロシアン化物イオン又はフェリシアン化物イオンと組み合わせる場合は、特にオレイルアミン、プロピルアミンが好ましい。アミン化合物の濃度は金属シアノ錯体に対して0.5当量(モル)から3当量までが好ましい。
【0064】
分散液における疎水化金属シアノ錯体粒子の濃度は特に限定されないが、良好な塗布及び製膜性を考慮すると、塗布法によって適当な濃度に調整する必要がある。例えば、スピンコート法によって塗布を行う場合には、1質量%以上50質量%以下であることが好ましく、スプレー法を利用する場合には、0.1質量%以上15質量%以下が好ましい。
【0065】
疎水化金属シアノ錯体の粒径としては、溶媒に均一に分散するために平均粒径500nm以下が好ましく、さらには平均粒径200nm以下が好ましい。平均粒径の下限は特にないが、製法上3nm以上であることが実際的である。なお、本明細書における平均粒径は、動的光散乱法(光子相関法)によって求められた粒度分布の平均粒径である。
【0066】
[触媒ナノ粒子]
触媒ナノ粒子を構成する材料としては、用いられる金属シアノ錯体の酸化還元反応の触媒として機能すれば、特に限定されないが、パラジウム、パラジウム合金、白金、白金合金等が挙げられ、二種以上併用してもよい。
【0067】
触媒ナノ粒子の粒径をナノサイズとすることにより、単位体積当たりの表面積が増加することから、例えばミクロンオーダーの粒子と比較して触媒能を向上させることができる。触媒ナノ粒子の平均粒径は、1nm以上100nm以下であることが好ましく、1nm以上30nm以下であるとより好ましい。
【0068】
[触媒ナノ粒子の疎水化]
本実施形態に係る疎水化触媒ナノ粒子は、アミノ基又はチオール基を有する化合物等による保護層が粒子表面に形成されていることが好ましい。保護層は、有機溶媒分散性を高めると共に、水の影響を避け、触媒粒子の粒径の増大を抑制するために設けられる。
【0069】
アミノ基又はチオール基を有する化合物としては、特に限定されないが、例えば、下記一般式(5)
-NH …(5)
[式中、Rは炭素数2~20の一価の基で、飽和炭化水素基又は不飽和炭化水素基を示す。]
で表されるアミンを挙げることができ、アミン基の具体例としては下記式(6)で表されるドデシルアミンを挙げることができる。
【0070】
【化1】
【0071】
疎水化触媒ナノ粒子は、例えば、室温の反応槽中に、主成分としての白金を含む金属化合物のトルエン有機溶液、保護層を構成するドデシルアミンのトルエン溶液、及び水素化ホウ素ナトリウム還元剤(NaBH)を反応させることにより、白金を含む疎水化触媒ナノ粒子を合成することができる。
保護層を形成するアミン化合物の濃度は、触媒ナノ粒子に対してモル量で10倍から30倍が好ましい。
【0072】
[水濡れ性の増加処理]
本実施形態においては、水素検知層への水素ガスの浸透が迅速に行われるように、水素検知層のガスと接する面の水濡れ性の増加処理を行う。この処理には、UVオゾンクリーナー装置を使用することが好ましい。UVオゾンクリーナー装置から照射される184.9nmの波長の紫外線は、有機物の炭素-炭素結合を分解するとともに、酸素分子を分解して酸素原子を生成し、酸素原子は空気中の酸素分子Oと結合して、オゾンOを生成する。同時に照射される253.7nmの波長の紫外線は、オゾンを分解して活性酸素Oを生成し、活性酸素は有機物の分解炭素と結合して揮発ガスとなり、疎水基を除去することができる。したがって、UVオゾンクリーナー装置によるUV照射を制御することにより、水素検知層表面の疎水基の減少(水濡れ性の増加)を制御することができる。また、水素検知層表面の水濡れ性は、表面と水滴との接触角θを測定して評価することができる。
水素検知層の表面の水濡れ性が増加することによって、水素ガスの浸透が迅速に起こり、ガスクロミック効果が向上する。
【0073】
なお、水濡れ性の増加処理は、熱処理、真空プラズマ処理、大気圧プラズマ処理等によっても行える。例えば、熱処理する場合の温度は、50℃以上150℃以下であることが好ましく、70℃以上145℃以下であるとより好ましい、90℃以上135℃以下であるとより好ましい。
【0074】
本実施形態において、接触角θの測定は、協和界面科学株式会社製、モデルECA-1を使用し、液滴法で測定する。具体的には、事前に乾燥炉(温度95度、30分)で乾燥した水素検知層10の表面に水滴を接触させて着滴したとき、着滴0.3秒後におけるパソコンに取得した画像を解析して水滴と水素検知層10表面とのなす角度を算出する。本明細書に記載された接触角θは、同一表面上の三ヶ所を測定し、その三つの数値の平均値を示す。接触角θは、15.0°以上75.0°以下であることが好ましく、20.0°以上60.0°以下であることがより好ましい、25.0°以上45.0°以下であることがより好ましい。
【0075】
[水素センサー]
本実施形態に係る水素検知素子130は、図3に示す水素検知素子130の構成をそのまま採用し、水素センサーとして使用することができる。この水素センサーは、電子式水素検知センサーと異なり、電子機器や電流を外部から導入する必要がない。そのため、電子式水素検知センサーと比較し、大きな構造の自由度が生じる。なお、酸化還元を誘起するガスが適切に触媒に到達し、触媒と金属シアノ錯体とがある程度接近して設置されていれば、本実施形態は図3に示す構成に限定されない。例えば、金属シアノ錯体を不織布などに担持し、さらに触媒ナノ粒子をその中に担持した構造等も挙げられる。また、図3の例では基材120の形状は平らな板状であるが、基材は別の形状、例えば球状であってもよい。
【0076】
[調光部材]
本実施形態に係る水素検知素子130は、水素検知層10が透明なガラス等の基材120上に形成される場合、調光部材として用いることができる。
前記調光部材は、図4に例示する調光窓70として用いることができる。調光窓70は、前記水素検知素子(以下、「調光部材」ともいう。)130と、前記水素検知層(以下、「調光層」ともいう。)10側に対向して配置された他の透明基材60と、前記透明基材間の開口部を封止するシール部材40により形成されるガス充填室Sを備える。
【0077】
ガス充填室Sには、予めアルゴンガスが封入されており、雰囲気制御器50により、水素と、酸素又は空気を切り替えて給排気することができる。例えば、雰囲気制御器50は、水を電気分解して水素又は酸素をガス充填室Sに給気し、真空ポンプを用いて、ガス充填室Sから水素又は酸素を排気することができる。
【0078】
水素又は水素を含む気体がガス充填室Sに給気されると、調光層10が還元されて、色が変化する。また、酸素又は空気等の酸素を含む気体がガス充填室Sに給気されると、調光層10が酸化されて、元の状態になる。
【0079】
したがって、ガス充填室Sの雰囲気を雰囲気制御器50により制御することにより、調光層10は、還元状態と酸化状態との間で可逆的に光の透過性を制御することができる。また、雰囲気制御器50による給排気を中断すると、還元状態又は酸化状態を保つことができる。これにより、ガスクロミック方式で調光することが可能な調光窓70が得られる。
【0080】
現在、新築の家では、複層ガラスを使うことが主流になりつつあるから、複層ガラスの内側に金属シアノ錯体を用いた調光層を備えることで、内部の空間をスイッチング用のガス充填室Sとして利用することができる。
【実施例
【0081】
以下に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれにより限定して解釈されるものではない。
【0082】
<調製1:疎水化金属シアノ錯体粒子の合成>
フェロシアン化ナトリウム・10水和物14.5gを水60mLに溶解した水溶液に、硝酸鉄・9水和物16.2gを水に溶解した水溶液30mLを混合し、5分間攪拌した。析出した青色の沈殿物を遠心分離し、これを水で3回、続いてメタノールで1回洗浄し、減圧下で乾燥した。収量は11.0gであり、収率はFe[Fe(CN)・15HOとして、97.4%であった。
得られた金属シアノ錯体の凝集体5.0gを水10mLとトルエン75mLに懸濁させた。この懸濁液に、オレイルアミン4.0mLを加え、一週間攪拌したところ真青透明溶液ないし分散液へと変化した。その後、硫酸ナトリウム10.0gを加え、三日間攪拌して水分を除去し、遠心分離で上層部液体と下層部沈殿物に分離し、上層部から疎水化金属シアノ錯体粒子のトルエン分散液(A1)を得た。
【0083】
<調製2:疎水化触媒ナノ粒子の合成>
塩化白金(IV)(HPtCl)104mg、水10mL、テトラ(デシル)アンモニウムブロミド(C0H84BrN)330mg、及びトルエン30mLを撹拌しながら混合した後、室温で2時間反応させたところ、白金成分が水相から有機相に転移した。さらに、ドデシルアミン(C1227N)690mgを入れて撹拌したところ、溶液は白色になった。還元剤として水素化ホウ素ナトリウム(NaBH)125mgを入れて撹拌し、ナノ白金粒子のトルエン分散液を得た。このとき反応前の溶液は、薄い黄色を呈していたが、疎水化ナノ白金粒子が生成すると、液は濃い茶色に変化した。還元反応式は以下のとおりである。
2Pt4+ + BH - + 4HO → 2Pt + B(OH) +8H (2)
【0084】
得られた分散液を分液ロートで水400mLと混合し、上層のトルエンを収集した。上層トルエンとエタノール400mLを混合し、-18℃の冷凍庫に24時間保存し、これにより、疎水化ナノ白金粒子の沈殿を得た。この疎水化ナノ白金粒子をトルエンに分散させ、0.5wt%の分散液(B1)を得た。粒径分布分析装置(Photal ELSZ-1000、大塚電子社製)を用いて、動的光散乱法手法によって、ナノ白金粒子の平均粒径を測定したところ、2.6nmであった。
【0085】
<調製3:疎水化金属シアノ錯体粒子と疎水化触媒ナノ粒子との混合液の調製>
調製例1で調製した疎水化金属シアノ錯体粒子分散液(A1)6.0mLと、調製例2の疎水化触媒ナノ白金粒子の分散液(B1)3.0mLとを2時間撹拌し、混合液(C1)を得た。
【0086】
(実施例1)
<作製手順1:疎水化金属シアノ錯体と疎水化触媒ナノ白金粒子の混合液のスピンコート製膜>
スピンコーターに縦3.0cm、横3.0cm、厚さ1.1mmのガラス基板120を設置し、調製3で得られた混合液(C1)を0.15mL滴下し、500rpmでの回転で10秒、続いて750rpmでの回転で10秒間、スピンコートを行った。これを30分間、約25℃の大気中で静置して、基材120上に疎水化金属シアノ錯体粒子10aと疎水化触媒ナノ白金粒子10bを含む水素検知層10を形成した。なお、基板上に形成された水素検知層10の膜厚は、約300nmであった。
【0087】
<作製手順2:水濡れ性の増加処理>
前記水素検知層10を形成した基板を、前記水素検知層が紫外線ランプから5cmのところに対面するようにUVオゾンクリーナー装置(Filgen製UV253V16)内に設置し、酸素を3分間導入した後、184.9nmと253.7nmの二種類の波長のUV照射を同時に60分間行い、実施例1に係る水素検知素子130を作製した。
【0088】
<水素検知素子のFT-IRスペクトル>
実施例1に係る水素検知素子130の水素検知層10は、空気中で青色の均一な膜となった。上記水素検知層10のFT-IRスペクトルを、FT-IRフーリエ変換近赤外/中赤外/遠赤外分光分析装置として、パーキンエルマージャパン社製、Frontier(商標)を用いて測定した。
図5に示すように、実施例1に係る水素検知素子130における水素検知層10のFT-IRスペクトルには、金属シアノ錯体のシアノ基に起因する吸収ピーク(2088cm-1)とオレイルアミンのアルキル基に起因する吸収ピーク(2855と2925cm-1)が観測された。
【0089】
<水素検知層の水滴との接触角θ>
実施例1に係る水素検知素子130の水素検知層10の水滴との接触角θを、前述の条件で接触角測定装置により測定したところ、51.7°であった。
【0090】
<水素検知素子の光学特性の測定>
実施例1に係る水素検知素子130の光学特性を、基材120として、シリカガラス基板を用い、図6に示す光学装置を用いて測定した。
前記光学装置は、図4に示す調光窓70と類似の構成を有し、かつ、ガス充填室Sが光源80と分光光度計90との間に配置されるように構成されている。
雰囲気制御器50における水素の供給は、HORIBA製、モデルOPGU-7200を用いて、100%水素の流量:60SCCMで行った。
空気又はオゾンの供給は、マルコー社製SoecV350を用いて、空気の給気は、風量5L/minの条件で、オゾンの給気は、オゾン出力200mg/h、風量5L/minの条件で行った。
分光器90としては、USB4000(Ocean optics社製)を用いた。
【0091】
図7に、実施例1に係る水素検知素子の光透過スペクトルを示す。図7において、酸化状態及び還元状態における光透過スペクトルは、それぞれ空気と、水素の含有量が100%である雰囲気(以下、水素雰囲気という)とを、上記の条件でガス充填室Sに室温で5分間給気した後、室温で測定したものである。
【0092】
図7より、実施例1に係る水素検知素子は、酸化状態及び還元状態で、波長が700nmの光の透過率が大きく変化しており(透過率変化55.2%)、高性能なガスクロミック特性を有することが分かる。
【0093】
次に、ガス充填室Sに水素雰囲気を上記の条件で120秒間給気した後、水素雰囲気の給気を30秒間停止し、上記の条件でオゾンの給気を行い、これを1サイクルとする水素雰囲気の給気制御を5回繰り返し、その間1秒毎に、波長が700nmの光の透過率を測定した。
【0094】
図8に、ガス充填室Sの雰囲気の変化と700nmの光透過率の変化との関係を示す。図8より、1回目の水素雰囲気の給気制御では、水素の給気によって、波長が700nmの光の透過率が30.0%から97.4%に変化することが分かる。また、2~4回目の水素雰囲気の給気制御では、水素の給気を停止してオゾンを流入させることによって、波長が700nmの光の透過率が97.3%から26.2%に変化することが分かる。図8より、実施例1に係る水素検知素子は、水素とオゾンの給気を切り替えることによって、色変化を繰り返すことができるので、水素検知能がオゾン処理により可逆的に回復することが分かる。
【0095】
次に、ガス充填室Sに上記の条件で水素雰囲気を120秒間給気した後、水素雰囲気の給気を停止し、上記の条件で空気の給気を行った。図9より、実施例1に係る水素検知素子は、空気導入によって、波長が700nmにおける透過率が84.2%から45.0%に変化し、その後、また水素を導入すると透明になったことが分かる。したがって、オゾンを使用しない場合でも、繰り返し水素センサー又は調光部材として使用することができることが分かる。
【0096】
<水素検知素子の電気化学特性>
実施例1に係る水素検知素子の電気化学特性を測定するために、調製例3で得られた疎水化金属シアノ錯体粒子と疎水化触媒ナノ白金粒子との混合液(C1)150μLを3cm×3cmの導電ITO膜付きガラス基板の上にスピンコートし、UV照射を60分間行って、水素検知層が積層された作用電極とした。
【0097】
この作用電極に対して、Ag/AgNO電極を参照電極とし、白金線を対極とした三極式セルで、0.1Mのカリウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(KTFSI)を電解質とし、アセトニトリル溶液中で、サイクリックボルタンメトリー(CV)を実施した。
【0098】
図10に、上記の実施例1に係る水素検知素子のサイクリックボルタモグラムを示す(掃引速度:10mV/s)。図10では、波形が表面吸着波となっており、水素検知層がアセトニトリル溶液中で溶解せず、安定に存在していることが示唆されている。また、酸化ピーク電位が、少なくとも+0.05V周辺[VvsAg/AgNO]、及び-0.16V[VvsAg/AgNO]に存在していることが分かる。一方、還元ピーク電位が、少なくとも-0.05[VvsAg/AgNO]、及び-0.36[VvsAg/AgNO]に存在している。したがって、実施例1に係る水素検知素子に用いる金属シアノ錯体は、少なくとも2つの酸化還元対を有し、還元電位が-0.38[VvsAg/AgNO]以上に存在し、酸化電位が+0.46[VvsAg/AgNO]以下に存在することが分かった。
【0099】
(実施例2~実施例8、比較例1、2)
作製手順1により得られた基板上のスピンコート製膜を9枚用意し、それぞれに以下の時間のUV照射処理を行い、実施例2~実施例8、及び比較例1、2に係る水素検知層を有する水素検知素子を作製した。実施例2:20分、実施例3:30分、実施例4:45分、実施例5:75分、実施例6:90分、実施例7:100分、実施例8:120分、比較例1:0分、比較例120分。
【0100】
図11に、実施例1(UV照射処理60分)と、実施例2~実施例8、及び比較例1、2に係る水素検知層の表面の水滴との接触角θを示す。図11より、実施例1と実施例2~実施例8の接触角θはいずれも15.0°以上、75.0°以下であることが分かる。これに対して、比較例1、比較例2の接触角θは、それぞれ84.9°、5.2°である。
【0101】
実施例2~実施例8、及び比較例1、比較例2について、実施例1と同様の光学装置を用い、同様の手法で光透過特性を測定した。
【0102】
図12に、実施例1と実施例2~実施例8に係る水素検知素子の波長700nmの光の透過率とガス充填室Sの雰囲気の変化との関係を示す。図13に、比較例1、2に係る水素検知素子の上記の関係を示す。光の透過率は最初に空気状態で測定し、およそ25秒後にガス充填室Sに水素雰囲気を275秒間(実施例1~8)、又は325秒間(比較例1~2)給気して、この期間内の0.1秒毎に、光の透過率を測定した。実施例1と実施例2~実施例8に係る水素検知素子は、波長700nmの光の透過率が短時間で大きく変化し、特に実施例6~8では、1秒から25秒間で、迅速な透過率の変化が見られたが、比較例1、2では、透過率変化がほとんど見られなかった。
【0103】
表1は、実施例1~8及び比較例1,2に係る水素検知素子のガスクロミック特性を示す。酸化状態(空気状態)及び還元状態(水素導入後)における透過率は、それぞれガス充填室Sが空気状態であるときの値と、水素雰囲気の給気に切り替えてから275秒後(実施例1~8)、又は325秒後(比較例1、2)の値を室温で測定したものである。
【0104】
【表1】
【0105】
表1より、実施例1~8に係る水素検知素子は、水素検知層表面の水滴との接触角θが70.4°と27.5°の間の適度な表面水濡れ性を有し、酸化状態及び還元状態で、波長が700nmの光の透過率変化が46%を超え、目視で色変化を確認することができる優れたガスクロミック特性を有することが分かる。
これに対して、UV照射がされず、前記接触角θが84.9°と大きい比較例1に係る水素検知素子は、700nmの光の透過率変化が9.7%と小さかった。UV照射が200分であって、前記接触角θが5.2°と小さい比較例2に係る水素検知素子は、700nmの光の透過率変化が2.0%であった。したがって、比較例1、2では、いずれも酸化状態及び還元状態での色変化を目視することがいずれも困難であった。
【0106】
(実施例9、比較例3)
作製手順1により基材上に製膜したスピンコート膜を、130℃の乾燥炉(YAMATO製DX402)中で24時間熱処理して、実施例9に係る水素検知素子を作製した。水素検知層の水滴と接する接触角は、58.9°であった。
また、熱処理時間を30分にした以外は、実施例9と同様にして、比較例3に係る水素検知素子を作製した。水素検知層の水滴と接する接触角は、78.4°であった。
【0107】
図14は、実施例1と同じく、図6に示す光学装置を用いて、実施例9及び比較例3に係る水素検知素子の空気中の波長700nmの光の透過率を測定した後、およそ25秒後にガス充填室Sに水素雰囲気を600秒間給気し、光の透過率の時間変化を測定したグラフである。実施例9に係る水素検知素子は、空気状態での波長700nmの光の透過率は24.4%、水素ガスを600秒導入した後の透過率は62.5%であり、透過率変化は38.1%であった。これに対して、比較例3に係る水素検知素子は、空気状態での700nmの透過率が28.3%、水素ガスを600秒導入した後の透過率が50.3%であり、水素導入により透過率は22.0%しか変化しなかった。
【0108】
また、図15に、空気状態と、水素ガスを1500秒(25分)導入した後の実施例9に係る水素検知素子の光透過スペクトルを示す。水素導入後の波長650nmの透過率変化は、41.9%と大きかったから、実施例9に係る水素検知素子は、ゆっくりと透過率が変化することが望ましい用途に向いていることが分かる。
【0109】
<FT-IRスペクトル>
図16に、実施例1、3、6~8のFT-IRスペクトルを示す。FT-IRスペクトル測定によって、シアノ基に起因する吸収ピーク範囲(2150―2000cm-1)とアルキル官能基に起因する吸収ピーク範囲(3000―2800cm-1)が観測されていることから、金属シアノ錯体のシアノ基、及びアミノ化合物の疎水性アルキル官能基の存在が分かる。
水素検知層の表面に存在する疎水性アルキル官能基は、水素ガスと水素検知層の接触を妨害し水素ガスの浸透及び水素検知層との迅速な反応を妨げる。
実施例3においては、UV照射時間が30分と実施例1より短く、シアノ基及びアルキル官能基のピークが高い。図12に示すように水素の浸透による透過率は300秒(5分)程度かけて変化するので、実施例1より色変化が緩慢に起こるが、金属シアノ錯体構造の破壊が少ないので透過率の変化は大きい。
UV照射時間が90~120分と実施例1より長い実施例6~8においては、水素ガスの浸透を妨げるアルキル官能基のピークがほぼ消えており、図12に示すように透過率変化は25秒以内に完了している。したがって、より迅速に透過率が変化することが望ましい用途に向いている。
【0110】
図17に、比較例1~3と実施例9に係る水素検知素子のFT-IRスペクトルを示す。UV照射がされなかった比較例1に係る水素検知素子では、アルキル官能基に起因するピークが高いから、表面の疎水性が維持され、水素ガスが水素検知層に接触しにくく、図13に示すようにガスクロミック効果が発揮されにくい。また、UV照射処理時間が過度である比較例2に係る水素検知素子では、アルキル官能基のピークは消失したが、シアノ基に起因するピーク高さも大きく減少しているから、ガスクロミック特性を有する金属シアノ錯体構造が破壊され、ガスクロミック特性が消失してしまったと考えられる。
熱処理時間が30分の比較例3に係る水素検知素子は、比較例1よりはアルキル官能基が減少しているが、十分な表面水濡れ性を有するほどではないため、図14に示すように、ガスクロミック反応速度が遅く、性能が低かったと考えられる。
一方、熱処理時間が24時間の実施例9に係る水素検知素子は、水素検知層の表面のアルキル官能基が比較例3よりさらに減少し、かつ、シアノ基がある程度残存しているから、比較例3より水素ガスが浸透しやすくなる。したがって、実施例1~8におけるよりは緩慢であるが、比較例3よりは迅速な十分なクロミック反応が行える。
【産業上の利用可能性】
【0111】
以上、詳述したように、本発明に係る水素検知素子は、疎水化された金属シアノ錯体及び疎水化された触媒ナノ粒子を含む水素検知層を備え、前記水素検知層の表面の水濡れ性を増加しているから、水及び水蒸気が多い環境中にあっても、耐候性を有し、ガスクロミック特性による正確な水素検知を迅速に行うことができる。
また、本発明に係る水素検知素子は高価な触媒ナノ粒子の使用が少量で足りるため、低コストで作製することが可能である。さらに、本発明に係る水素検知素子は、簡便なプロセスで作製することができ、構造も簡単である。
したがって、本発明は、優れたガスクロミック特性を有し、かつ安価な水素検知素子、水素センサー、調光部材、及び調光窓等に利用することができる。
【符号の説明】
【0112】
10a 金属シアノ錯体
10b 触媒ナノ粒子
10 水素検知層(調光層)
20a 金属シアノ錯体層
20b 触媒ナノ粒子層
120 基材
130 水素検知素子(調光部材)
40 シール部材
50 雰囲気制御器
60 透明基材
70 調光窓
80 光源
90 分光光度計
S ガス充填室
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
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図10
図11
図12
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図14
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図16
図17