(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-05
(45)【発行日】2024-02-14
(54)【発明の名称】心不全の病態の評価のための方法、バイオマーカー、候補化合物の評価方法、医薬用組成物及び心不全の治療剤
(51)【国際特許分類】
G01N 33/50 20060101AFI20240206BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20240206BHJP
A61K 31/197 20060101ALI20240206BHJP
A61P 9/04 20060101ALI20240206BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20240206BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240206BHJP
A61K 38/43 20060101ALI20240206BHJP
【FI】
G01N33/50 E
G01N33/68
A61K31/197
A61P9/04
A61K45/00
A61P43/00 105
A61K38/43
(21)【出願番号】P 2020548000
(86)(22)【出願日】2019-06-28
(86)【国際出願番号】 JP2019025885
(87)【国際公開番号】W WO2020059242
(87)【国際公開日】2020-03-26
【審査請求日】2022-03-16
(32)【優先日】2018-09-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100162868
【氏名又は名称】伊藤 英輔
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】高田 真吾
(72)【発明者】
【氏名】前川 聡
(72)【発明者】
【氏名】横田 卓
(72)【発明者】
【氏名】白川 亮介
(72)【発明者】
【氏名】佐邊 壽孝
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-008845(JP,A)
【文献】前川聡,心不全におけるミトコンドリア機能の心筋治療法の確立に関する研究,北海道大学学位論文要旨,2019年03月25日
【文献】BEDI Kenneth C. et al.,Evidence for intramyocardial disruption of lipid metabolism and increased myocardial ketone utilizat,Circulation,2016年,Vol.133,PP.706-716
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験動物から採取された末梢血単核球のミトコンドリア複合体IIの呼吸能を測定し、
得られた測定値に基づいて、前記被験動物の心不全の発症の有無、又は心不全の重症度を
示す、心不全の病態の評価
のための方法であって、
前記被験動物が、心不全の発症が確認されており、かつ前記被験動物から採取された末梢血単核球のミトコンドリア複合体IIの呼吸能を測定し、
得られた測定値が、所定の基準値未満の場合に、前記被験動物の心不全は重症である可能性が高い
ことを示し、
前記測定値が、前記基準値以上の場合に、前記被検動物の心不全は軽症である可能性が高い
ことを示す、心不全の病態の評価
のための方法。
【請求項2】
被験動物から採取された末梢血単核球のミトコンドリア複合体IIの呼吸能を測定し、
得られた測定値に基づいて、前記被験動物の心不全の発症の有無、又は心不全の重症度を
示す、心不全の病態の評価
のための方法であって、
前記被験動物が、心不全の発症が確認されており、かつ前記被験動物から採取された末梢血単核球のミトコンドリア複合体IIの呼吸能を測定し、
得られた測定値が、前記末梢血単核球の採取時期よりも前に前記被検動物から採取された末梢血単核球のミトコンドリア複合体IIの呼吸能の測定値よりも低下している場合に、前記被検動物の心不全は重症化した可能性が高い
ことを示す、心不全の病態の評価
のための方法。
【請求項3】
被験動物から採取された末梢血単核球から放出された活性酸素種量を測定し、
得られた測定値に基づいて、前記被験動物の心不全の発症の有無、又は心不全の重症度を
示す、心不全の病態の評価
のための方法であって、
前記被験動物が、心不全の発症が確認されており、かつ前記被験動物から採取された末梢血単核球から放出された活性酸素種量を測定し、
得られた測定値が、所定の基準値超の場合に、前記被験動物の心不全は重症である可能性が高い
ことを示し、
前記測定値が、前記基準値以下の場合に、前記被検動物の心不全は軽症である可能性が高い
ことを示す、心不全の病態の評価
のための方法。
【請求項4】
被験動物から採取された末梢血単核球から放出された活性酸素種量を測定し、
得られた測定値に基づいて、前記被験動物の心不全の発症の有無、又は心不全の重症度を
示す、心不全の病態の評価
のための方法であって、
前記被験動物が、心不全の発症が確認されており、かつ前記被験動物から採取された末梢血単核球から放出された活性酸素種量を測定し、
得られた測定値が、前記末梢血単核球の採取時期よりも前に前記被検動物から採取された末梢血単核球から放出された活性酸素種量の測定値よりも増大している場合に、前記被検動物の心不全は重症化した可能性が高い
ことを示す、心不全の病態の評価
のための方法。
【請求項5】
末梢血単核球のミトコンドリア複合体IIの呼吸能、又は末梢血単核球から放出される活性酸素種量からなり、
心不全の発症の有無、又は心不全の重症度を評価するために用いられる、バイオマーカー。
【請求項6】
予めグリシン処理がなされた細胞に候補化合物を接触させて、当該細胞のスクシニルCoA量を測定し、
得られた測定値に基づいて、前記候補化合物の心不全治療用医薬としての有用性を評価する、心不全治療用医薬のための候補化合物の評価方法。
【請求項7】
前記細胞が、心筋由来の培養細胞である、請求項6に記載の心不全治療用医薬のための候補化合物の評価方法。
【請求項8】
細胞に候補化合物を接触させて、当該細胞のミトコンドリア複合体IIの呼吸能、又は当該細胞から放出された活性酸素種量を測定し、
得られた測定値に基づいて、前記候補化合物の心不全治療用医薬としての有用性を評価する、心不全治療用医薬のための候補化合物の評価方法。
【請求項9】
スクシニルCoA、5-アミノレブリン酸、5-アミノレブリン酸の誘導体、又はこれらの薬学的に許容される塩を有効成分とし、心不全の治療又は予防に使用される、医薬用組成物。
【請求項10】
スクシニルCoA、5-アミノレブリン酸、5-アミノレブリン酸の誘導体、又はこれらの薬学的に許容される塩を含む、心不全の治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心不全の病態を評価する方法、心不全治療用医薬のための候補化合物の評価方法、及び心不全の治療又は予防に使用される医薬用組成物に関する。
本願は、2018年9月20日に、米国に出願された仮出願62/733662号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
ミトコンドリアはエネルギーを産生する上で中心的な役割を担っており、酸化的リン酸化によりATPが産生される。ミトコンドリアの酸化的リン酸化は、電子伝達系を構成する複合体I、II、III、IVとATP合成酵素である複合体Vにより担われている。ミトコンドリアの酸化的リン酸化を構成する複合体の中で、複合体I、III、IVはさらなる複合体である超複合体(SCs:supercomplexes)を構成する。複合体IIは、コハク酸脱水素酵素(SDH:succinate dehydrogenase)とも呼ばれるタンパク質であり、4つのサブユニット(SDHA、SDHB、SDHC、SDHD)から構成される。複合体II は、TCAサイクルと電子伝達系の両者に関わるタンパクであり、電子伝達系を構成するタンパク質では唯一プロトンポンプとしての働きを持たない、ミトコンドリアゲノムにコードされるタンパク質を含まない等のユニークな特徴をもつタンパク質である。
【0003】
心筋梗塞は、心不全の発症をもたらし、これは心筋梗塞後の患者の主な死因である。ミトコンドリア機能不全、すなわちリモデリングに基づく左心室形状の変化及びATP産生の減少は、心筋梗塞後の心不全における心機能低下の発症に寄与する。左心室の非梗塞領域には、酸素とATPが必要であるため、心不全では、ヘムとケトン体の合成が増加すると報告されている(非特許文献1参照。)。これらの合成に必要とされる重要な酵素はスクシニルCoAである。スクシニルCoAは、TCAサイクルにおいて、ミトコンドリア複合体IIにコハク酸を提供するのに重要な役割を果たす。これまでに心不全においてスクシニルCoAが減少することは報告されているが(非特許文献1参照。)、心不全におけるスクシニルCoA及びミトコンドリア複合体IIの役割は未だ明らかではない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Bedi et al.,Circulation,2016,vol.133,p.706‐716.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、心不全の新たな作用機序に基づいて、心不全の病態を評価する方法、当該作用機序を利用して、心不全治療用医薬のための候補化合物を評価する方法、並びに、当該作用機序を利用した、心不全の治療又は予防のための医薬用組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、心筋梗塞後心不全モデルマウスにおいて、心筋ミトコンドリア機能が、ミトコンドリア複合体IIの機能依存的に低下すること、この低下には、スクシニルCoAの低下が関与していること、心不全モデルマウスの単離ミトコンドリアに対してスクシニルCoAを投与すると、ミトコンドリア機能が改善されることを見出し、本発明を完成させた。さらに、本発明者らは、慢性心不全において、軽症患者群よりも重症患者群のほうが、末梢血単核球(PBMC)のミトコンドリア複合体IIの呼吸能(酸化的リン酸化能)が低く、PBMCから放出される活性酸素種(ROS)の量が多いこと、これらを指標として心不全の重症度を評価できることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
[1] 被験動物から採取された心筋細胞のスクシニルCoA量、前記被験動物から採取された末梢血単核球のミトコンドリア複合体IIの呼吸能、又は、前記被験動物から採取された末梢血単核球から放出された活性酸素種量を測定し、
得られた測定値に基づいて、前記被験動物の心不全の発症の有無、又は心不全の重症度を評価する、心不全の病態の評価方法。
[2] 前記被験動物が、心不全の発症の有無が不明であり、かつ前記被験動物から採取された心筋細胞のスクシニルCoA量を測定し、
得られた測定値が、所定の基準値未満の場合に、前記被験動物は、心不全を発症している可能性が高い、と評価する、前記[1]の心不全の病態の評価方法。
[3] 前記被験動物が、心不全の発症が確認されており、かつ前記被験動物から採取された末梢血単核球のミトコンドリア複合体IIの呼吸能を測定し、
得られた測定値が、所定の基準値未満の場合に、前記被験動物の心不全は重症である可能性が高いと評価し、
前記測定値が、前記基準値以上の場合に、前記被検動物の心不全は軽症である可能性が高いと評価する、前記[1]の心不全の病態の評価方法。
[4] 前記被験動物が、心不全の発症が確認されており、かつ前記被験動物から採取された末梢血単核球のミトコンドリア複合体IIの呼吸能を測定し、
得られた測定値が、前記末梢血単核球の採取時期よりも前に前記被検動物から採取された末梢血単核球のミトコンドリア複合体IIの呼吸能の測定値よりも低下している場合に、前記被検動物の心不全は重症化した可能性が高い、と評価する、前記[1]の心不全の病態の評価方法。
[5] 前記被験動物が、心不全の発症が確認されており、かつ前記被験動物から採取された末梢血単核球から放出された活性酸素種量を測定し、
得られた測定値が、所定の基準値超の場合に、前記被験動物の心不全は重症である可能性が高いと評価し、
前記測定値が、前記基準値以下の場合に、前記被検動物の心不全は軽症である可能性が高いと評価する、前記[1]の心不全の病態の評価方法。
[6] 前記被験動物が、心不全の発症が確認されており、かつ前記被験動物から採取された末梢血単核球から放出された活性酸素種量を測定し、
得られた測定値が、前記末梢血単核球の採取時期よりも前に前記被検動物から採取された末梢血単核球から放出された活性酸素種量の測定値よりも増大している場合に、前記被検動物の心不全は重症化した可能性が高い、と評価する、前記[1]の心不全の病態の評価方法。
[7] 前記心不全が慢性心不全である、前記[1]~[6]のいずれかの心不全の病態の評価方法。
[8] 心筋細胞のスクシニルCoA量からなり、
心不全の発症の有無、又は心不全の重症度を評価するために用いられる、バイオマーカー。
[9] 末梢血単核球のミトコンドリア複合体IIの呼吸能、又は末梢血単核球から放出される活性酸素種量からなり、
心不全の発症の有無、又は心不全の重症度を評価するために用いられる、バイオマーカー。
[10] 細胞に候補化合物を接触させて、当該細胞のスクシニルCoA量を測定し、
得られた測定値に基づいて、前記候補化合物の心不全治療用医薬としての有用性を評価する、心不全治療用医薬のための候補化合物の評価方法。
[11] 前記細胞が、心筋由来の培養細胞である、前記[10]の心不全治療用医薬のための候補化合物の評価方法。
[12] 前記細胞が、予めグリシン処理がなされた細胞である、前記[10]又は[11]の心不全治療用医薬のための候補化合物の評価方法。
[13] 細胞に候補化合物を接触させて、当該細胞のミトコンドリア複合体IIの呼吸能、又は当該細胞から放出された活性酸素種量を測定し、
得られた測定値に基づいて、前記候補化合物の心不全治療用医薬としての有用性を評価する、心不全治療用医薬のための候補化合物の評価方法。
[14] 心筋細胞におけるスクシニルCoA量を増大させる作用を有する化合物を有効成分とし、心不全の治療又は予防に使用される、医薬用組成物。
[15] 前記化合物が、スクシニルCoA、5-アミノレブリン酸、5-アミノレブリン酸の誘導体、又はこれらの薬学的に許容される塩である、前記[14]の医薬用組成物。
[16] 心不全を発症している動物に対して、心筋細胞におけるスクシニルCoA量を増大させる、心不全の治療方法。
[17] 前記動物に、スクシニルCoA、5-アミノレブリン酸、5-アミノレブリン酸の誘導体、又はこれらの薬学的に許容される塩を投与する、前記[16]の心不全の治療方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係る心不全の病態の評価方法により、被験動物の心不全の発症の有無や、心不全の重症度を評価することができる。また、本発明に係る医薬用組成物は、心不全の治療又は予防に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】参考例1において、HFモデルマウスとコントロールマウスの生存曲線を示した図である。
【
図2】参考例1において、HFモデルマウスとコントロールマウスのエコーデータを示した図である。
【
図3】参考例1において、HFモデルマウスとコントロールマウスの心筋における、ミトコンドリアタンパク質のウェスタンブロットの結果を示した図である。
【
図4】参考例1において、HFモデルマウスとコントロールマウスの心筋における、ミトコンドリアタンパク質の相対含有量の測定結果を示した図である。
【
図5】実施例1において、HFモデルマウスとコントロールマウスの、心筋繊維組織中のATP量(A)、心筋繊維組織中のミトコンドリア複合体Iとミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能(CI+II_OXPHOS)(B)、心筋繊維組織中のミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能(CII_OXPHOS)(C)、心臓から単離されたミトコンドリアにおけるミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能(CII_OXPHOS)(D)、及び心臓から単離されたミトコンドリアにおけるミトコンドリア複合体Iに関連する呼吸能(CI_OXPHOS)(E)の測定結果を示した図である。
【
図6】実施例1において、HFモデルマウスとコントロールマウスの心筋組織中の、コハク酸エステル(A)、スクシニルCoA(B)、及びα-ケトグルタル酸(C)の相対含有量の測定結果を示した図である。
【
図7】実施例1において、HFモデルマウスとコントロールマウスの心筋から単離したミトコンドリアタンパク質のウェスタンブロットの結果(A)、SUCLA2の相対含有量(B)、及びSUCLG1の相対含有量(C)の測定結果を示した図である。
【
図8】実施例1において、HFモデルマウスとコントロールマウスの心筋から単離したミトコンドリアタンパク質のウェスタンブロットの結果(A)、ミトコンドリア中のOXCT-1の相対含有量(B)、心筋のβ-OHBの相対含有量(C)、及び血漿中のβ-OHBの相対含有量(D)の測定結果を示した図である。
【
図9】実施例1において、HFモデルマウスとコントロールマウスの心筋から単離したミトコンドリアタンパク質のウェスタンブロットの結果(A)、ミトコンドリア中のALAS1の相対含有量(B)、及びミトコンドリアヘムの相対含有量(C)の測定結果を示した図である。
【
図10】実施例1において、HFモデルマウスとコントロールマウスの心筋から単離したミトコンドリアタンパク質のウェスタンブロットの結果(A)、及びミトコンドリア中のSIRT5の相対含有量の測定結果(B)を示した図である。
【
図11】実施例1において、野生型マウスの左心室から単離したミトコンドリアタンパク質を、各種濃度のスクシニルCoA存在下でインキュベートした後のタンパク質のウェスタンブロットの結果(A)、及びミトコンドリアタンパク質のスクシニル化レベル(B)の測定結果を示した図である。
【
図12】実施例1において、野生型マウスの左心室から単離したミトコンドリアのミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能の測定結果を示した図である。
【
図13】実施例1において、HFモデルマウスから単離されたミトコンドリアにスクシニルCoAを添加してインキュベートした後のタンパク質のウェスタンブロットの結果(A)、ミトコンドリアタンパク質のスクシニル化レベル(B)、及びミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能(C)の測定結果を示した図である。
【
図14】実施例1において、コントロールマウス及びHFモデルマウスから単離されたミトコンドリア、並びにHFモデルマウスから単離された後に1mMのスクシニルCoAで処理したミトコンドリアのタンパク質のウェスタンブロットの結果(A)、及びミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能(B)の測定結果を示した図である。
【
図15】実施例1において、グリシン処理又はグリシンとスクシニルCoA処理を行ったH9c2細胞のミトコンドリアタンパク質のウェスタンブロットの結果(A)、ミトコンドリアタンパク質のスクシニル化レベル(B)、及びミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能(C)の測定結果を示した図である。
【
図16】実施例2において、HFモデルマウスから単離されたミトコンドリアにALAを添加してインキュベートした後の、ミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能(A)、ミトコンドリア複合体IIの基質であるコハク酸を最大まで負荷した際のミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能(B)、ミトコンドリア複合体Iに関連する呼吸能(C)、ミトコンドリア複合体Iとミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能(D)、及びミトコンドリア複合体IVに関連する呼吸能(E)の測定結果を示した図である。
【
図17】実施例2において、ALA未投与のHFモデルマウスとALA投与されたHFモデルマウスについて、心エコー検査で得られた左室内径短縮率(%FS)の測定結果を示した図である。
【
図18】実施例2において、ALA未投与のHFモデルマウスとALA投与されたHFモデルマウスについて、運動能力(運動時間×体重)の測定結果を示した図である。
【
図19】実施例3において、軽症心不全群(NYHA I-II群)と重症心不全群(NYHA III群)について、心肺運動テスト後に採取されたPBMCのミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能を測定した結果を示した図である。
【
図20】実施例3において、軽症心不全群(NYHA I-II群)と重症心不全群(NYHA III群)について、心肺運動テスト後に採取されたPBMCから放出された過酸化水素量を測定した結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<心不全の病態の評価方法及びバイオマーカー>
心不全では、スクシニルCoAが減少し、ひいてはミトコンドリア複合体IIの機能が低下する。すなわち、心不全を発症している動物では、心不全の発症前よりも、心筋細胞のスクシニルCoA量は少ない。また、心不全の病態が重症であるほど、ミトコンドリア複合体IIの機能の低下が大きく、心筋細胞のスクシニルCoA量も少ない。このため、心筋細胞のスクシニルCoA量は、心不全の病態、具体的には、心不全の発症若しくはその可能性の有無、及び心不全の重症度若しくはその可能性等を評価するために用いられるバイオマーカーとして有用であり、これに基づいて心不全の病態を評価することができる。当該評価方法は、特に慢性心不全の評価に好適である。
【0011】
具体的には、本発明に係る心不全の病態の評価方法は、被験動物から採取された心筋細胞のスクシニルCoA量を測定し、得られた測定値に基づいて、前記被験動物の心不全の発症の有無、又は心不全の重症度を評価する方法である。例えば、被検動物が心不全の発症の有無が不明である場合であって、当該動物から採取された心筋細胞のスクシニルCoA量の測定値が、予め設定された所定の基準値未満の場合には、当該被検動物は、心不全を発症している可能性が高いと評価することができる。逆に、心筋細胞のスクシニルCoA量の測定値が予め設定された所定の基準値以上の場合には、当該被検動物は心不全を発症している可能性は低い、と評価することができる。また、被験動物が、心不全を発症していることが確認されている動物である場合であって、当該動物から採取された心筋細胞のスクシニルCoA量の測定値が、予め設定された所定の基準値未満の場合には、当該被験動物の心不全は重症である可能性が高いと評価することができる。逆に、心筋細胞のスクシニルCoA量の測定値が予め設定された所定の基準値以上の場合には、当該被検動物の心不全が重症である可能性は低い、又は軽症である可能性が高いと評価することができる。
【0012】
心筋細胞のスクシニルCoA量の測定値を評価する際に用いる基準値は、スクシニルCoA量の測定方法の種類等を考慮して、また必要な予備検査等を行うことにより、適宜設定することができる。例えば、その他の検査方法の結果から、心不全を発症していないことが確認されている被検動物から採取された心筋細胞のスクシニルCoA量の測定値と、心不全を発症していることが確認されている被検動物から採取された心筋細胞のスクシニルCoA量の測定値とを比較することにより、心不全を発症している群と発症していない群とを識別するための閾値を適宜設定し、これを基準値とすることができる。
【0013】
心筋細胞のスクシニルCoA量の測定方法としては、細胞中の有機化合物を定量的又は半定量的に測定可能な方法であれば特に限定されるものではなく、検体中の有機化合物の検出に用いられる公知の方法の中から、適宜選択して用いることができる。各方法は常法により行うことができる。例えば、まず、被験動物から採取された心筋を、極性溶媒、例えば、アルコールと水との混合溶媒でホモジナイズして、スクシニルCoAをはじめとする各種有機化合物を抽出する。得られた抽出物を、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により、スクシニルCoAとその他の有機化合物とを分離する。得られたクロマトグラフ中のスクシニルCoAのピークのピーク面積値に基づいて、常法によりスクシニルCoA量を測定することができる。
【0014】
また、ミトコンドリア機能障害と酸化ストレスは心不全の発症に重要な役割を果たしている。心不全、特に慢性心不全を発症している動物では、心不全の重症度依存的に、PBMCのミトコンドリア複合体IIの呼吸能と、PBMCから放出されるROS量が変化する。具体的には、心不全の重症度が高いほど、PBMCのミトコンドリア複合体IIの呼吸能が低下し、PBMCから放出されるROS量が増大する傾向にある。また、心不全を発症している動物では、心不全の発症前よりも、PBMCのミトコンドリア複合体IIの呼吸能が低下し、PBMCから放出されるROS量が増大する傾向にある。このため、PBMCのミトコンドリア複合体IIの呼吸能とPBMCから放出されるROS量は、心不全の病態、具体的には、心不全の発症若しくはその可能性の有無、及び心不全の重症度若しくはその可能性等を評価するために用いられるバイオマーカーとして有用であり、これに基づいて心不全の病態を評価することができる。当該評価方法は、特に慢性心不全の評価に好適である。
【0015】
具体的には、本発明に係る心不全の病態の評価方法には、被験動物から採取されたPBMCのミトコンドリア複合体IIの呼吸能又はPBMCから放出されるROS量を測定し、得られた測定値に基づいて、前記被験動物の心不全の発症の有無、又は、心不全の重症度を評価する方法も含まれる。得られた測定値は、予め設定された所定の基準値に基づいて評価できる。
【0016】
例えば、被検動物が心不全の発症の有無が不明である場合であって、当該動物から採取されたPBMCのミトコンドリア複合体IIの呼吸能の測定値が、予め設定された所定の基準値未満の場合には、当該被検動物は、心不全を発症している可能性が高いと評価することができる。逆に、PBMCのミトコンドリア複合体IIの呼吸能の測定値が予め設定された所定の基準値以上の場合には、当該被検動物は心不全を発症している可能性は低い、と評価することができる。また、被験動物が、心不全を発症していることが確認されている動物である場合であって、当該動物から採取されたPBMCのミトコンドリア複合体IIの呼吸能の測定値が、予め設定された所定の基準値未満の場合には、当該被験動物の心不全は重症である可能性が高いと評価することができる。逆に、PBMCのミトコンドリア複合体IIの呼吸能の測定値が予め設定された所定の基準値以上の場合には、当該被検動物の心不全が重症である可能性は低い、又は軽症である可能性が高いと評価することができる。
【0017】
例えば、被検動物が心不全の発症の有無が不明である場合であって、当該動物から採取されたPBMCから放出されたROS量の測定値が、予め設定された所定の基準値超の場合には、当該被検動物は、心不全を発症している可能性が高いと評価することができる。逆に、PBMCから放出されたROS量の測定値が予め設定された所定の基準値以下の場合には、当該被検動物は心不全を発症している可能性は低い、と評価することができる。また、被験動物が、心不全を発症していることが確認されている動物である場合であって、当該動物から採取されたPBMCから放出されたROS量の測定値が、予め設定された所定の基準値超の場合には、当該被験動物の心不全は重症である可能性が高いと評価することができる。逆に、PBMCから放出されたROS量の測定値が予め設定された所定の基準値以下の場合には、当該被検動物の心不全が重症である可能性は低い、又は軽症である可能性が高いと評価することができる。
【0018】
また、心不全を発症していることが確認されている被検動物に対して、経時的にPBMCのミトコンドリア複合体IIの呼吸能又はPBMCから放出されたROS量を測定することにより、心不全の重症化を評価することもできる。具体的には、被験動物から採取されたPBMCのミトコンドリア複合体IIの呼吸能の測定値が、同一の被検動物から当該PBMCの採取時期以前に採取されたPBMCのミトコンドリア複合体IIの呼吸能の測定値よりも低下している場合に、当該被検動物の心不全は重症化した可能性が高い、と評価する。同様に、被験動物から採取されたPBMCから放出されたROS量の測定値が、同一の被検動物から当該PBMCの採取時期以前に採取されたPBMCから放出されたROS量の測定値よりも増大している場合に、当該被検動物の心不全は重症化した可能性が高い、と評価する。
【0019】
PBMCのミトコンドリア複合体IIの呼吸能の測定値を評価する際に用いる基準値は、ミトコンドリア複合体IIの呼吸能の測定方法の種類等を考慮して、また必要な予備検査等を行うことにより、適宜設定することができる。同様に、PBMCから放出されたROS量の測定値を評価する際に用いる基準値は、ROS量の測定方法の種類等を考慮して、また必要な予備検査等を行うことにより、適宜設定することができる。例えば、その他の検査方法の結果から、心不全を発症していないことが確認されている被検動物から採取されたPBMCのミトコンドリア複合体IIの呼吸能又はPBMCから放出されたROS量の測定値と、心不全を発症していることが確認されている被検動物から採取されたPBMCのミトコンドリア複合体IIの呼吸能又はPBMCから放出されたROS量の測定値とを比較することにより、心不全を発症している群と発症していない群とを識別するための閾値を適宜設定し、これを基準値とすることができる。同様に、その他の検査方法の結果から、心不全は発症しているが重症ではないこと、すなわち軽症であることが確認されている被検動物から採取されたPBMCのミトコンドリア複合体IIの呼吸能又はPBMCから放出されたROS量の測定値と、重症心不全であることが確認されている被検動物から採取されたPBMCのミトコンドリア複合体IIの呼吸能又はPBMCから放出されたROS量の測定値とを比較することにより、軽症心不全群と重症心不全群とを識別するための閾値を適宜設定し、これを基準値とすることができる。
【0020】
被検動物からのPBMCの採取は、採血された血液から密度勾配遠心法等の常法により行うことができる。採取されたPBMCのミトコンドリア複合体IIの呼吸能の測定は、高解像度呼吸測定法等の常法により行うことができる。高解像度呼吸測定法によるPBMCのミトコンドリア複合体IIの呼吸能の測定には、ミトコンドリア酸素活性/細胞代謝エネルギー分析装置等の装置を用いることが好ましい。また、PBMCから放出されたROS量の測定は、蛍光分光法等の常法により行うことができる。
【0021】
心筋細胞のスクシニルCoA量、PBMCのミトコンドリア複合体IIの呼吸能、又はPBMCから放出されたROS量を、心不全の病態を評価するための診断マーカーとして用いる対象の被検動物としては、特に限定されるものではなく、ヒトであってもよく、ヒト以外の動物であってもよい。非ヒト動物としては、ウシ、ブタ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等の哺乳動物や、ニワトリ、ウズラ、カモ等の鳥類等が挙げられる。
【0022】
<医薬用組成物及び心不全の治療方法>
心不全において、心筋細胞のスクシニルCoA量を増大させることにより、ミトコンドリア複合体IIの機能が改善し、心不全の病態が改善する。すなわち、本発明に係る心不全の治療方法は、心不全を発症している動物に対して、心筋細胞におけるスクシニルCoA量を増大させる方法である。例えば、心不全を発症している動物に対して、心筋細胞におけるスクシニルCoA量を増大させる作用を有する化合物を有効量投与することにより、当該動物の心不全の病態を改善することができる。また、心不全を発症する可能性のある動物に対して、心筋細胞におけるスクシニルCoA量を増大させる作用を有する化合物を有効量投与することにより、当該動物が心不全を発症することを予防することができる。
【0023】
心筋細胞におけるスクシニルCoA量を増大させる作用を有する化合物は、心不全の治療又は予防に使用される医薬用組成物の有効成分として有用である。当該化合物としては、心筋細胞のスクシニルCoA量を、投与前の当該細胞のスクシニルCoA量を100%とした場合に、110%以上に増大させられるものが好ましく、120%以上に増大させられるものがより好ましく、150%以上に増大させられるものがさらに好ましい。
【0024】
心筋細胞におけるスクシニルCoA量を増大させる作用を有する化合物としては、例えば、スクシニルCoA、5-アミノレブリン酸(ALA)、ALAの誘導体、又はこれらの薬学的に許容される塩が挙げられる。ALAの薬学的に許容される塩、ALAの誘導体、及びALAの誘導体の薬学的に許容される塩としては、例えば、国際公開第2010/050179号に記載のものを用いることができる。
【0025】
心筋細胞におけるスクシニルCoA量を増大させる作用を有する化合物を有効成分とし、心不全の治療又は予防に使用される医薬用組成物(以下、「心不全治療用医薬用組成物」ということがある。)の投与経路は特に限定されるものではない。例えば、当該医薬用組成物の投与経路としては、経口投与、経皮投与、経鼻投与、経静脈投与、腹腔内投与、注腸投与等が挙げられる。
【0026】
当該心不全治療用医薬用組成物は、通常の方法によって、散剤、顆粒剤、カプセル剤、錠剤、チュアブル剤、徐放剤などの固形剤、溶液剤、シロップ剤などの液剤、注射剤、スプレー剤、貼付剤、軟膏剤などに製剤化することができる。当該医薬用組成物としては、経口投与可能な固形剤であることが好ましい。
【0027】
心不全治療用医薬用組成物は、有効成分である心筋細胞におけるスクシニルCoA量を増大させる作用を有する化合物に、製剤上の必要に応じて、賦形剤、結合剤、滑沢剤、崩壊剤、流動化剤、溶剤、溶解補助剤、緩衝剤、懸濁化剤、乳化剤、等張化剤、安定化剤、防腐剤、抗酸化剤、矯味矯臭剤、着色剤等を配合して製剤化される。
【0028】
賦形剤としては、乳糖、ブドウ糖、D-マンニトールなどの糖類、デンプン、結晶セルロースなどのセルロース類、エリスリトール、ソルビトール、キシリトールなどの糖アルコール類、リン酸二カルシウム、炭酸カルシウム、カオリンなどが挙げられる。結合剤としては、α化デンプン、ゼラチン、アラビアゴム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、結晶セルロース、D-マンニトール、トレハロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコールなどが挙げられる。滑沢剤としては、ステアリン酸、ステアリン酸カルシウム、タルク、ショ糖脂肪酸エステル、ポリエチレングリコールなどが挙げられる。崩壊剤としては、クロスポビドン(架橋ポリビニルピロリドン)、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、デンプン、アルギン酸、アルギン酸ナトリウムなどが挙げられる。流動化剤としては、ケイ酸、無水ケイ酸、ケイ酸アルミニウム、ケイ酸カルシウム、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム化合物、酸化アルミニウム、水酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、水酸化マグネシウムなどが挙げられる。溶剤としては、精製水、生理的食塩水などが挙げられる。溶解補助剤としては、デキストラン、ポリビニルピロリドン、安息香酸ナトリウム、エチレンジアミン、サリチル酸アミド、ニコチン酸アミド、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油誘導体などが挙げられる。緩衝剤としては、例えば、クエン酸ナトリウム水和物、酢酸ナトリウム水和物、炭酸水素ナトリウム、トロメタモール、ホウ酸、ホウ砂、リン酸水素ナトリウム水和物、リン酸二水素ナトリウムなどが挙げられる。懸濁化剤あるいは乳化剤としては、ラウリル硫酸ナトリウム、アラビアゴム、ゼラチン、レシチン、モノステアリン酸グリセリン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウムなどのセルロース類、ポリソルベート類、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油などが挙げられる。等張化剤としては、乳糖、ブドウ糖、D-マンニトールなどの糖類、塩化ナトリウム、塩化カリウム、グリセリン、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、尿素などが挙げられる。安定化剤としては、ポリエチレングリコール、デキストラン硫酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウムなどが挙げられる。防腐剤としては、パラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、クロロクレゾール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸などが挙げられる。抗酸化剤としては、亜硫酸塩、アスコルビン酸などが挙げられる。矯味矯臭剤としては、医薬及び食品分野において通常に使用される甘味料、香料などが挙げられる。着色剤としては、医薬及び食品分野において通常に使用される着色料が挙げられる。
【0029】
当該医薬用組成物は、心筋細胞に対するスクシニルCoA量の増量作用を損なわない限り、その他の有効成分を含有していてもよい。その他の有効成分としては、例えば、心筋細胞に対するスクシニルCoA量以外を標的とする心不全治療剤等のように、心不全に対する治療効果が期待される物質が挙げられる。
【0030】
心不全治療用医薬用組成物により心不全を治療又は予防する対象の被検動物としては、特に限定されるものではなく、ヒトであってもよく、ヒト以外の動物であってもよい。非ヒト動物としては、前記で挙げられた動物と同様の動物が挙げられる。
【0031】
心不全治療用医薬用組成物(これを製剤化したものも含む。)の投与量は、投与された動物の心筋細胞のスクシニルCoA量を投与前よりも増大させるために充分な量であればよく、投与対象の生物種、性別、年齢、体重、食餌、投与の形態、その他の疾患の有無等によって異なる。例えば、成人(体重60kgとして)に対する心不全治療用医薬用組成物の1日当たりの投与量は、有効成分である心筋細胞におけるスクシニルCoA量を増大させる作用を有する化合物として0.01~5000mgが好ましく、0.1~3000mgがより好ましく、1~1000mgがさらに好ましい。このような投与量を1回又は数回に分けて投与することができる。
【0032】
<心不全治療用医薬のための候補化合物の評価方法>
細胞のスクシニルCoA量の増大、細胞のミトコンドリア複合体IIの呼吸能の増大、又は、細胞から放出されたROS量の低下を指標として、心不全の治療又は予防に使用される医薬(心不全治療用医薬)の有効成分をスクリーニングすることができる。すなわち、本発明に係る心不全治療用医薬のための候補化合物の評価方法は、細胞に候補化合物を接触させて、当該細胞のスクシニルCoA量、当該細胞のミトコンドリア複合体IIの呼吸能、又は当該細胞から放出されたROS量を測定し、得られた測定値に基づいて、前記候補化合物の心不全治療用医薬としての有用性を評価する方法である。細胞のスクシニルCoA量、細胞のミトコンドリア複合体IIの呼吸能、又は細胞から放出されたROS量は、前記の動物から採取された心筋細胞のスクシニルCoA量、細胞のミトコンドリア複合体IIの呼吸能、又は細胞から放出されたROS量の測定と同様にして測定することができる。
【0033】
当該評価方法に使用する細胞としては、初代継代培養であってもよいが、評価方法の安定性の点から、培養細胞であることが好ましい。細胞のスクシニルCoA量の増大を指標とする場合には、当該培養細胞としては、心筋由来の培養細胞であることが好ましく、哺乳動物の心筋由来の培養細胞であることがより好ましく、ヒトの心筋由来の培養細胞であることがさらに好ましい。細胞のミトコンドリア複合体IIの呼吸能の増大又は細胞から放出されたROS量の低下を指標とする場合には、当該培養細胞としては、PBMCを含む血球系細胞由来の培養細胞であることが好ましく、哺乳動物の血球系細胞由来の培養細胞であることがより好ましく、ヒトの血球系細胞由来の培養細胞であることがさらに好ましい。
【0034】
細胞のスクシニルCoA量の増大を指標とする場合には、当該評価方法に使用する細胞としては、ミトコンドリア複合体IIの機能が低下している細胞が好ましい。ミトコンドリア複合体IIの機能が低下している細胞は、例えば、評価に用いる細胞を予めグリシン処理された細胞が挙げられる。グリシン処理により、心不全と同様に、ミトコンドリアのスクシニル化レベルが低下し、ミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能が低下する。グリシン処理は、グリシンを含有する培地中で培養することにより行うことができる。
【0035】
当該評価方法において、候補化合物を細胞に接触させる方法は、特に限定されるものではない。例えば、細胞の培養培地に候補化合物を添加させることにより、候補化合物を細胞に接触させることができる。
【0036】
細胞のスクシニルCoA量の増大を指標とする場合には、候補化合物で処理した細胞のスクシニルCoA量の測定値が、予め設定された所定の基準値以上の場合には、当該候補化合物は、心不全治療用医薬の有効成分として有用であると評価することができる。逆に、候補化合物で処理した細胞のスクシニルCoA量の測定値が予め設定された所定の基準値未満の場合には、当該候補化合物は、心不全治療用医薬の有効成分としては有用ではない、と評価することができる。
【0037】
候補化合物の評価方法において候補化合物を評価する際に用いる基準値は、細胞のスクシニルCoA量の増大を指標とする場合には、スクシニルCoA量の測定方法の種類、使用する細胞の種類等を考慮して、また必要な予備検査等を行うことにより、適宜設定することができる。例えば、その他の検査方法の結果から細胞のスクシニルCoA量を増大させる作用を有することが確認されている化合物によって処理された細胞のスクシニルCoA量の測定値と、当該化合物による処理前の細胞のスクシニルCoA量の測定値とを比較し、当該化合物で処理した細胞群と未処理の細胞群とを識別するための閾値を適宜設定し、これを基準値とすることができる。細胞のスクシニルCoA量を増大させる作用を有することが確認されている化合物としては、スクシニルCoA、ALA、ALA誘導体、又はこれらの薬学的に許容される塩が挙げられる。
【0038】
細胞のミトコンドリア複合体IIの呼吸能の増大を指標とする場合には、候補化合物で処理した細胞のミトコンドリア複合体IIの呼吸能の測定値が、予め設定された所定の基準値以上の場合には、当該候補化合物は、心不全治療用医薬の有効成分として有用であると評価することができる。逆に、候補化合物で処理した細胞のミトコンドリア複合体IIの呼吸能の測定値が予め設定された所定の基準値未満の場合には、当該候補化合物は、心不全治療用医薬の有効成分としては有用ではない、と評価することができる。
【0039】
細胞から放出されたROS量の低下を指標とする場合には、候補化合物で処理した細胞から放出されたROS量の測定値が、予め設定された所定の基準値以下の場合には、当該候補化合物は、心不全治療用医薬の有効成分として有用であると評価することができる。逆に、候補化合物で処理した細胞から放出されたROS量の測定値が予め設定された所定の基準値超の場合には、当該候補化合物は、心不全治療用医薬の有効成分としては有用ではない、と評価することができる。
【0040】
細胞のミトコンドリア複合体IIの呼吸能の増大を指標とする場合に、候補化合物の評価方法において候補化合物を評価する際に用いる基準値は、ミトコンドリア複合体IIの呼吸能の測定方法の種類等を考慮して、また必要な予備検査等を行うことにより、適宜設定することができる。例えば、その他の検査方法の結果から細胞のミトコンドリア複合体IIの呼吸能を増大させる作用を有することが確認されている化合物によって処理された細胞のミトコンドリア複合体IIの呼吸能の測定値と、当該化合物による処理前の細胞のミトコンドリア複合体IIの呼吸能の測定値とを比較し、当該化合物で処理した細胞群と未処理の細胞群とを識別するための閾値を適宜設定し、これを基準値とすることができる。
【0041】
細胞から放出されたROS量の低下を指標とする場合に、候補化合物の評価方法において候補化合物を評価する際に用いる基準値は、ROS量の測定方法の種類等を考慮して、また必要な予備検査等を行うことにより、適宜設定することができる。例えば、その他の検査方法の結果から細胞のROS量を低下させる作用を有することが確認されている化合物によって処理された細胞のROS量の測定値と、当該化合物による処理前の細胞のROS量の測定値とを比較し、当該化合物で処理した細胞群と未処理の細胞群とを識別するための閾値を適宜設定し、これを基準値とすることができる。
【実施例】
【0042】
次に実施例等を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0043】
<心エコー検査>
心エコー検査は、短時間作用型であり心抑制の少ない麻酔下(アバーチン8μL/gBW、腹腔内投与)にて行った。検査台に臥位で四肢と尾をテープで固定し、除毛クリームでマウスの前胸壁を除毛した。超音波診断装置及び12MHzリニアプローブを用いて、2D胸骨傍短軸像乳頭筋レベルで最適な像を描出した。Mモード法に切り替え、記録紙スピード40mm/秒で記録の上、心拍数、左室拡張末期径、左室収縮末期径、左室前壁壁厚、左室後壁壁厚、左室内径短縮率を計測した。
【0044】
<ミトコンドリア単離>
マウスからのミトコンドリア単離は、次の通りにして行った。
まず、麻酔下でマウスを屠殺して摘出した心臓(左心室)を組織保存溶液であるBIOPS(2.77mM CaK2EGTA、7.23mM K2EGTA、5.77mM Na2ATP、6.56mM MgCl2/6H2O、20mM Taurine、15mM Na2 phosphocreatine、20mM Imidazole、0.5mM Dithiothreitol、50mM MES hydrate、pH7.1)に浸漬させた後、組織用アイソレーションバッファー(100mM Sucrose、100mM KCl、50mM Tris-HCl、1mM KH2PO4、0.1mM EGTA、0.2%bovine serum albumin、pH7.4)中で細断した。この細断物に、プロテアーゼを添加して酵素反応を行った後、ホモジナイズした。得られたホモジナイズ溶液を、遠心分離して上清を除去し、沈殿物を、組織用アイソレーションバッファーで2回洗浄した。洗浄後の沈殿物にサスペンションバッファー(225mM Mannitol、75mM Sucrose、10mM Tris-HCl、0.1mM EDTA、pH7.4)を加えて溶解させた。
【0045】
<ミトコンドリアタンパク質の濃度測定>
単離されたミトコンドリアのタンパク質濃度は、BCAタンパク質アッセイキット(Pierce社製)を用いて測定した。検量線は、アルブミンを標準物質として作製した。タンパク濃度測定は、n=2で行い、2つの測定値の平均値を採用した。
【0046】
<心筋線維組織の細胞膜透過処理>
マウスから採取された心筋線維組織の細胞膜透過処理は、次の通りにして行った。
安楽死後のマウスから取り出された心筋を、直ちに氷冷したBIOPSに浸漬させた後、BIOPS内で周辺組織を可及的に除去した。次いで、BIOPS内で18ゲージの注射針2本を用いて心筋線維をほぐした後、サポニン(界面活性剤)を含むBIOPS溶液内で30分間振蕩し、細胞膜透過処理を行った。細胞膜透過処理後の心筋線維は、MiR05バッファー(0.5mM EGTA、3mM MgCl2、20mMTaurine、10mM KH2PO4、20mM HEPES、110mM Sucrose、60mM Pottasium lactobionate、1g/L BSA)で10分間浸漬させた後に上清を除去する洗浄処理を2回行った。
【0047】
<ミトコンドリア呼吸能の測定>
ミトコンドリア呼吸能(酸化的リン酸化能:OXPHOS)は、高解像度呼吸測定法により測定した。具体的には、単離ミトコンドリア(50~100μg)又は細胞膜透過処理後の心筋線維組織(1.5~3mg)を供試サンプルとして用いて、ミトコンドリア酸素活性/細胞代謝エネルギー分析装置(製品名:「OROBOROS Oxygraph-2k」、Innsbruck社製)(以下、「ミトコンドリア呼吸能測定装置」ということがある。)を使用し、37℃の環境下で、以下のプロトコルに従って測定した。酸素消費量は、Datlab softwareを用いて計算し、その際に、組織重量当たり又はミトコンドリア当たりの補正を行った。
【0048】
(1) 2mL容のチャンバーに、MiR05バッファーで満たし、蓋をして空気を追い出した。次いで、供試サンプルを当該チャンバー内に投入し、さらに、塩化マグネシウム 3mmol/LとADP 10mmol/Lを加えた。
(2) ミトコンドリア複合体Iに関連する基質であるグルタミン酸 10mmol/Lとリンゴ酸 2mmol/Lとピルビン酸 5mmol/Lとを加え、酸素消費量を測定した(CI_OXPHOS)。
(3) ミトコンドリア複合体IIに関連する基質であるコハク酸 10mmol/Lを加え、酸素消費量を測定した(CI+II_OXPHOS)。
(4) ミトコンドリア複合体II単独のOXPHOSの呼吸を観察するため、ミトコンドリア複合体Iの阻害剤であるロテノン(rotenone) 0.5μmol/Lを加え、酸素消費量を測定した(CII_OXPHOS)。
(5) ADP非依存的なリーク状態の呼吸を観察するため、ATPaseの阻害薬であるオリゴマイシン 2.5μmol/Lを加え、酸素消費量を測定した(CII_LEAK)。
(6) 最大の呼吸機能を見るため、脱共役剤であるFCCP(carbonyl cyanide-p-trifluoromethoxyphenylhydrazone) 1μmol/Lを加え、酸素消費量を測定した(CII_ETS)。
(7) ミトコンドリア複合体IIの阻害薬であるアンチマイシンA 2.5μmol/Lを加えて、ミトコンドリアに関係する呼吸を停止させた(ROX)。
(8) ミトコンドリア複合体IVの基質であるアスコルビン酸 2mmol/LとTMPD(N,N,N',N'-tetramethyl-p- phenylendiamine) 0.5mmol/Lを加えた時の呼吸能を測定した。次に、阻害剤であるアジ化ナトリウム 100mmol/Lを加えた時の呼吸能を測定し、その差分を計算した(CIV_OXPHOS)。
【0049】
<液体クロマトグラフィー質量分析による、心筋からの代謝産物の解析>
マウスから採取された心筋線維組織の代謝産物の解析は、次の通りにして行った。
まず、液体窒素で凍結した心筋組織(70~90mg)を、金属小片でMultiBeads Shockerを用いて2,000rpm、10秒間で破砕した。破砕したサンプルに、溶解用バッファー(70% メタノール、10mg/mL MES(2-(N-Morpholino)-ethanesulfonic acid))を混合し、超音波破砕処理を用いて溶解した(30秒間超音波処理した後、30秒間冷却を5セット繰り返した)。得られた溶解物を、21,500gで5分間遠心分離処理し、上清を回収して、液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)用のサンプルとした。
【0050】
5μLのLC-MS用サンプルを、ACQUITY BEHカラム(Waters社製)にアプライして分離し、高速液体クロマトグラフ-トリプル四重極型質量分析装置(LCMS-8040、島津製作所製)を使用して分析した。移動相は、溶離液A(15mM 酢酸、10mM トリブチルアミン、3% メタノール)と溶離液B(100% メタノール)とした。グラジエント溶離は、次のように溶離液Bの割合を徐々に上げた:0~6分は溶離液B濃度は0%とし、6~26分で溶離液B濃度を0%から90%までリニアに増大させ、次いで、26~41分は溶離液B濃度0%に低下させた。流速は、0.3 mL/分、カラムオーブン温度は40℃、エレクトロスプレーイオン化に関するパラメータは以下の通りとした:ドライイングガス流速 15L/分;ネブライザーガス流速 3L/分;ヒーティングガス 10L/分;脱溶媒管(Desolvation line)温度 250℃;ヒートブロック温度 400℃;衝突ガス 230kPa。データ解析は、Labsolutions software (島津製作所製)を使用し、シグナル強度はMESシグナルを標準とした。
【0051】
<ケトン体(β-OHB)の測定>
心筋のβ-OHBは、beta HB Assay kit(ab83390、Abcam社製)を使用して測定した。
具体的には、マウスから採取した心筋(15~20mg)と200μLのbeta HB Assay Bufferをガラス製のホモジナイザーに入れ、15回ホモジナイズした後、20,000gで5分間遠心分離処理し、上清を回収した。回収した上清100μLに対して、6M 過塩素酸(PCA)を20μL加え、氷上で5分間インキュベートした後、13,000gで2分間遠心分離処理して上清を回収した。回収した上清に、pH6.5~8.0となるように2M KOHを加えた後、13,000gで15分間遠心分離処理して上清を回収した。この回収した上清を測定用サンプルとした。
96ウェルプレートのウェルに、50μLの測定用サンプルと50μLのReaction Mix(beta HB Assay Buffer 46μL、Enzyme Mix 2μL、Substrate Mix 2μLの混合液)を添加し、遮光して30分間室温でインキュベートした後、マイクロプレートリーダーで450nm波長の吸光度を計測した。キット添付のスタンダードの吸光度から得られる検量線を元にして、計測された吸光度からサンプルのβ-OHB量を算出した。
【0052】
<ミトコンドリアヘムの測定>
心筋のミトコンドリアヘムは、QuantiChrom(登録商標) Heme Assay Kit(DIHM-250、BioAssay Systems社製)を使用して測定した。
具体的には、まず、マウスから採取した心筋からミトコンドリアを単離し、タンパク質濃度が100μg/50μLのサンプル溶液を調製した。
次いで、96ウェルプレートのウェルに、50μLのサンプル溶液と200μLのReagentを添加し、マイクロプレートリーダーで400nm波長の吸光度を計測した。コントロールとして、キット添付のCalibratorを用い、同様にして吸光度を測定した。コントロールのヘム濃度を62.5μMとし、吸光度の測定値を元にしてサンプルのミトコンドリアヘム濃度を算出した。
【0053】
<ミトコンドリアタンパク質のスクシニル化アッセイ>
ミトコンドリアタンパク質のスクシニル化アッセイは、次の通りにして行った。
組織又は細胞から単離したミトコンドリアに、スクシニルCoA(0、0.3、1、3、又は10mM)を加えて、30℃で15分間静置した。その後、ミトコンドリアタンパク質のスクシニル化レベルを、ウェスタンブロット法(WB)により測定した。
【0054】
<ミトコンドリアタンパク質の脱スクシニル化アッセイ>
ミトコンドリアタンパク質の脱スクシニル化アッセイは、スクシニル化されるタンパク質を添加し、当該タンパク質のスクシニル化レベルを測定することにより行った。タンパク質のスクシニル化レベルは、LC/MS/MSにより測定した。
【0055】
リジンを用いる場合には、マウスの心筋から単離したミトコンドリアに、リジン(1.0又は10mM)を加えて、15分間インキュベートした。リジンを加えることによるpH変化の影響を考慮して、HClを加えてpHを調製した。その後、ミトコンドリアタンパク質のスクシニル化レベルを、WBにより測定した。
【0056】
SIRT5を用いる場合には、マウスの心筋から単離したミトコンドリアに、リコンビナントSIRT5(20μg)とNAD(5mM)を加えて、さらにスクシニルCoA(0、3、又は10mM)を加えて、37℃で60分間静置した。その後、ミトコンドリアタンパク質のスクシニル化レベルを、WBにより測定した。
【0057】
グリシンを用いる場合には、培養細胞H9c2細胞の培地に、グリシンを100mMとなるように加え、6時間培養した。培養後に細胞を回収し、ミトコンドリアを単離した。その後、ミトコンドリアタンパク質のスクシニル化レベルを、WBにより測定した。
【0058】
<統計学的解析>
統計処理は、GraphPad Prism 7 software(Graphpad Software社製)を用いて行った。データは、平均値±標準誤差で示した。2群間の平均値の差の検定は、スチューデントのt検定で行った。多群間の平均値の差の検定は、一元配置分散分析を用いて行い、有意差がみられた場合にTukey法又はDunnett法による多重比較検定を行った。P値<0.05をもって、統計学的に有意と判定した。
なお、図面中、アスタリスクが付されている値は、統計学的に有意であることを示す。
【0059】
[参考例1]心不全(HF)モデルマウスの作製
以降の実験で使用したHFモデルマウスは、次の通りにして作製した。
雄10~12週齢のC57BL/6Jマウス(体重23~26g)の心臓の左前下行冠状動脈を結紮して心筋梗塞(MI)を引き起こした。術前にマウスの体重を測定し、塩酸メデトメジン0.3mg/kgBW、ミダゾラム4.0mg/kgBW、酒石酸ブトルファノール5.0mg/kgBWの3種混合麻酔薬を腹腔内投与し、十分な麻酔深度になったことを確認した。マウスを、手術台に臥位で四肢と尾をテープで固定し、気管挿管のために切歯を絹糸で牽引し頸部を進展位で固定した。頸部正中より皮膚切開の後に、顎下腺と気管前筋を展開し、気管の直線形状を保ちながら23ゲージのポリエチレンチューブが半透明の気管軟骨を通過することを直視下で確認した。その後、従量式実験動物人工呼吸器に接続し、毎回110回、1回換気量0.4mLで人工呼吸を開始し、送気時に前胸部が良好に挙上していることを確認した。
【0060】
70% アルコールで消毒を行い、手術は、実体顕微鏡下で行った。左前胸部を皮切した後に、大胸筋と小胸筋を牽引して温存し、肋間筋を露出した。第4肋間で肋間筋を切開した後に開胸器で視野を展開して心臓を確認した。心膜を切開した後に心臓を半時計方向に旋回させて左冠動脈の走行を確認し、左心耳下縁から0.5mm程度遠位で8-0シルク縫合糸を使用して器械結びを行った。冠動脈結紮後に結紮部遠位の心筋が赤から白色へ色調変化を確認することで、MIの作成を確認した。その後、4-0シルク縫合糸で閉創し、手術を終了した。
コントロール群のマウスにはSham手術を施した。これは上記一連の手技から左冠動脈結紮術を除いた処置を行った。
【0061】
術後は、麻酔からの回復が得られるまで、37℃の保温パッドで保温を継続しながら待機した。抜管までの時間は、十分に覚醒して自発呼吸が安定して再開し、術後の急性期死亡が少ない4時間とした。手術時間は10~15分間、開胸時間は5分間前後であった。
MIを作製したマウスを心不全(HF)群とし、sham手術を施行したマウスをコントロール(control)群として、以降の実験を行った。
【0062】
手術後28日目のHFモデルマウスとコントロールマウスに対して心エコー検査を行い、心拍数(HR:bpm)、左室拡張末期径(LVDd:mm)、左室収縮末期径(LVDs:mm)、左室前壁壁厚(LVAWT:mm)、左室後壁壁厚(LVPWT:mm)、左室内径短縮率(%FS)を計測した。結果を表1に示す。また、HFモデルマウスではコントロールマウスと比較して、心機能が有意に低下し、心臓と肺の重量が有意に増加していた。
【0063】
【0064】
また、HFモデルマウスとコントロールマウスの生存曲線を
図1に示す。心筋梗塞3~4週間後のHFモデルマウス群の生存率(%)は、コントロールマウス群と比較して有意に低下し、およそ50%であった。また、
図2に、HFモデルマウスとコントロールマウスの、手術後28日目におけるエコーデータを示す。HFモデルマウスでは、左室前壁は菲薄化しており、後壁は代償的に肥大していた。また、拡張末期径(EDD)も大きくなっていた。
【0065】
HFモデルマウスとコントロールマウスの心筋繊維組織中のミトコンドリアタンパク質のうち、Aconitase 2、VDAC(電位依存性陰イオンチャネル)、MTCO1、Tom20、及びCOX IV(シトクロムcオキシダーゼ複合体IV)の含有量をイムノブロッティングにより比較した。イムノブロッティングは、ウサギ抗Aconitase2ポリクローナル抗体(1:1,000、ab71440、Abcam社製)、ウサギ抗VDACポリクローナル抗体(1:1,000、#4866、CST社製)、マウス抗MTCO1モノクローナル抗体(1:1,000、ab14705、Abcam社製)、ウサギ抗Tom20モノクローナル抗体(1:1,000、ab186734、Abcam社製)、及びウサギ抗COX IVポリクローナル抗体(1:2,000、ab16056、Abcam社製)を用いウェスタンブロッティングにより行った。
【0066】
図3に、各ミトコンドリアタンパク質のウェスタンブロットの結果を示す。また、
図4に、
図3のウェスタンブロットにおけるバンド強度に基づいて算出された各ミトコンドリアタンパク質の相対含有量(コントロールマウスの含有量を1とする。)の測定結果を示す。HFモデルマウスの心筋では、いずれのミトコンドリアタンパク質の含有量も低下しており、HFモデルマウスの心筋ではミトコンドリア量が低下していることが確認された。
【0067】
[実施例1]
HFモデルマウスを解析し、心不全の病態とミトコンドリア複合体の機能の関係について調べた。
【0068】
まず、HFモデルマウスとコントロールマウスから心筋繊維組織を採取し、心筋繊維組織中のATP量、ミトコンドリア複合体Iとミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能(CI+II_OXPHOS)、及びミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能(CII_OXPHOS)、並びに、心臓から単離されたミトコンドリアにおけるミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能(CII_OXPHOS)及びミトコンドリア複合体Iに関連する呼吸能(CI_OXPHOS)を測定した。さらに、コントロールマウスの心筋組織について、ミトコンドリア複合体Iに関連する呼吸能とミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能を比較した。結果を
図5に示す。HFモデルマウスでは、心筋のATP量が低下しており(
図5(A))、ミトコンドリア複合体Iとミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能(CI+II_OXPHOS)も低下していた(
図5(B))。ミトコンドリア複合体Iに関連する呼吸能は、HFモデルマウスとコントロールマウスでは差はなかったが(
図5(E))、ミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能は、HFモデルマウスではコントロールマウスよりも低下していた(
図5(C)及び(D))。例えば、CII_OXPHOSは、コントロールマウス群は4,724pmol/s/mgであったのに対して、HFモデルマウス群は4,306pmol/s/mgであった(P<0.05、
図5(C))。さらに、もともと心筋においては、ミトコンドリア機能はミトコンドリア複合体Iよりもミトコンドリア複合体IIの方が高かった(
図5(F))。このため、心筋ATP量の低下は、ミトコンドリア複合体II機能の低下によるものと示唆された。
【0069】
次いで、各マウスの心筋繊維組織のコハク酸エステル、スクシニルCoA、及びα-ケトグルタル酸の含有量を、液体クロマトグラフィー質量分析により測定した。各成分のコントロールマウスの含有量を1とした相対含有量の結果を
図6に示す(n=6)。この結果、コハク酸エステル量及びα-ケトグルタル酸の量は、HFマウスとコントロールマウスにおいて差はなかったが、スクシニルCoAの量は、HFマウスはコントロールマウスよりも有意に低下していた。スクシニルCoAは、ミトコンドリア複合体IIにコハク酸を提供しており、このため、コハク酸塩(ミトコンドリア複合体IIの基質)が飽和している条件での高解像度呼吸測定法によって測定された複合体II関連呼吸は、HFモデルマウスにおいて有意に低下した(
図1(C)及び(D))と推察された。
【0070】
コハク酸エステル量の減少の原因を調べるために、各マウスの心筋から単離したミトコンドリア中のSUCLA2及びSUCLG1の量を調べた。SUCLA2及びSUCLG1は、TCAサイクルでスクシニルCoAをコハク酸とCoAに変換する酵素である。
具体的には、各マウスの心筋から単離したミトコンドリアのタンパク質を電気泳動した後、PVDF膜に転写し、ウサギ抗SUCLA2モノクローナル抗体 (1:1,000、ab202582、Abcam社製)及びウサギ抗SUCLG1ポリクローナル抗体(1:1,000、ab204432、Abcam社製)を用いてウェスタンブロッティングを行い、各タンパク質のバンドの染色強度に基づいて濃度を測定し、SUCLA2及びSUCLG1のコントロールマウスの含有量を1とした相対含有量を算出した。測定結果を
図7に示す(n=6)。これらのスクシニルCoA合成酵素の発現量は、HFモデルマウスでは減少しており、HFモデルマウスにおけるコハク酸エステル量の低下は、これらの酵素の増大によるものではないことが確認された。
【0071】
ケトン代謝では、3ケト酸コエンザイムAトランスフェラーゼ(OXCT-1)がアセトアセテートからアセトアセチルCoAを産生する際に、CoAの供給源としてスクシニルCoAをコハク酸エステルに変換する。そこで、各マウスの心筋から単離したミトコンドリア中のOXCT-1の量と、心筋及び血漿中のβ-OHB量を調べ、コントロールマウスの含有量を1とした相対含有量を求めた。測定結果を
図8に示す(n=4~12)。HFモデルマウスではコントロールマウスと比べて、OXCT-1のミトコンドリア当たりの発現量は有意に増加していた。また、HFモデルマウスのβ-OHB量は、心筋組織で減少し、血中で増加していた。ケトン合成の重要なタンパク質であるOXCT-1の発現量が増大していたことから、HFモデルマウスではケトン代謝が亢進しており、これによりスクシニルCoAが低下した可能性が示唆された。
【0072】
スクシニルCoAはヘム合成にも関与している。ヘム合成の初期段階の反応はミトコンドリア内で起こり、5-アミノレブリン酸合成酵素(ALAS)によってグリシンとスクシニルCoAからALAが合成される。そこで、各マウスの心筋のALAS量及びミトコンドリアヘム量を調べ、コントロールマウスの含有量を1とした相対含有量を求めた。測定結果を
図9に示す(n=6)。HFモデルマウスではコントロールマウスと比べて、ALASの発現量やミトコンドリアヘム量は有意に増加していた。ヘム合成の重要なタンパク質であるALASの発現量が増大していたことから、HFモデルマウスでは、スクシニルCoAはケトン代謝やヘム合成の亢進により消費されて減少している可能性が示唆された。
【0073】
また、スクシニル化はタンパク質翻訳後修飾の1つであり、sirtuin 5(SIRT5)という脱スクシニル化に働くタンパク質とスクシニルCoAにより制御されていると考えられている。スクシニルCoAは、リジン残基へのスクシニル基のドナーとなり、一方でSIRT5により脱スクシニル化される。そこで、各マウスの心筋のSIRT5量を調べ、コントロールマウスの含有量を1とした相対含有量を求めた。測定結果を
図10に示す(n=3~10)。HFモデルマウスとコントロールマウスでは、SIRT5の発現量には有意差はなかった。これらの結果から、HFモデルマウスにおけるスクシニル化の低下はSIRT5の機能亢進によるものではなく、スクシニルCoAの低下によるものであると考えられた。
【0074】
次いで、スクシニルCoAを補充することにより、ミトコンドリアタンパク質のスクシニル化やミトコンドリア複合体IIの機能を改善できるかを調べた。
具体的には、まず、野生型マウス(C57BL/6J)の左心室から採取したミトコンドリアに、スクシニルCoA(0、1、3、又は10mM)を加えてスクシニル化アッセイを行い、ミトコンドリアタンパク質のスクシニル化レベル(スクシニルCoA無添加(0mM)のスクシニル化タンパク質量を1とする相対量)を調べた。結果を
図11に示す(n=3~19)。この結果、マウスの心筋から単離したミトコンドリアにスクシニルCoAを加えることによって、ミトコンドリアタンパク質のスクシニル化を増加させることが明らかになった。
【0075】
また、野生型マウスから単離したミトコンドリアに、スクシニルCoA(0、1、3、又は10mM)を加えてスクシニル化アッセイを行い、ミトコンドリアに関連する呼吸能を調べた。結果を
図12に示す(n=3~19)。興味深いことに、ミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能は、ミトコンドリアに10mMのスクシニルCoAを加えた場合には有意に低下したのに対し、1mMのスクシニルCoAを加えた場合には逆に増加する傾向だった。このことから、スクシニルCoAの添加によるスクシニル化とミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能は二峰性を示し、過剰なスクシニル化はタンパク質の機能を低下させるが、適度なスクシニルCoAを加えた場合のスクシニル化は、タンパク質が正常に機能するためには必要な修飾である可能性が考えられた。
【0076】
HFモデルマウスから単離されたミトコンドリアに、0.1mMのスクシニルCoAを添加してスクシニル化アッセイを行い、スクシニル化レベルとミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能を調べた。対照としてコントロールマウスにも同様の実験を行った。結果を
図13に示す(n=3~10)。HFモデルマウスでは、スクシニルCoAの低下とともに、ミトコンドリアタンパク質のスクシニル化とミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能は、いずれも有意に低下した。このスクシニル化レベルとミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能の低下は、スクシニルCoAの添加により改善した。HFモデルマウスから単離したミトコンドリアを0.1mM スクシニルCoAと共に15分間インキュベートすることによって、ミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能は、3,291pmol/s/mgから4,037pmol/s/mgにまで改善された(P<0.05、
図13(C))。
【0077】
これらの結果から、ミトコンドリアタンパク質のスクシニル化は心不全で低下し、スクシニルCoA投与により、スクシニル化レベルと共にミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能が改善することが確認された。そして、スクシニルCoAの補給は、HFモデルマウスの心臓におけるミトコンドリア複合体II機能の低下を改善できることから、スクシニルCoAは、心不全患者におけるミトコンドリア機能不全に対する潜在的な治療標的となることがわかった。
【0078】
これまでの結果から、ミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能は、ミトコンドリア当たりのミトコンドリア複合体II発現量により制御され得ることが明らかとなった。そこで、コントロールマウス及びHFモデルマウスから単離されたミトコンドリア、並びにHFモデルマウスから単離された後に1mMのスクシニルCoAで処理したミトコンドリアについて、ミトコンドリア当たりのミトコンドリア複合体IIの発現量を、ブルーネイティブ法でマウス抗SDHAモノクローナル抗体(1:1,000、ab14715、Abcam社製)を使用して評価した。結果を
図14に示す(n=6)。ミトコンドリア当たりのミトコンドリア複合体IIの発現量は、HFモデルマウスで有意に低下した。HFモデルマウスのミトコンドリアにスクシニルCoAを加えても、ミトコンドリア複合体IIの量は低下したままであった。これらの結果から、HFモデルマウスにおけるミトコンドリア複合体IIの機能低下の原因は、ミトコンドリア複合体IIの会合ではないことがわかった。
【0079】
また、ヘム合成の過程でグリシンとスクシニルCoAが反応してALAが合成される。そこで、この反応工程と心不全におけるスクシニルCoA量低下の関係を調べた。スクシニル化レベルと、ミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能を調べた。結果を
図15に示す(n=4~8)。H9c2細胞をグリシン処理することにより、HFモデルマウスと同様に、ミトコンドリアタンパク質のスクシニル化レベルが低下した。また、グリシン処理と共にスクシニルCoAを添加することによって、スクシニル化レベルとミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能の両方が改善された。これらの結果から、スクシニル化の低下がミトコンドリア複合体IIの機能低下に関与することが示唆された。
【0080】
[実施例2]
ヘム合成過程の初期反応に、グリシンとスクシニルCoAが反応してALAを合成する反応がある。そこで、ALAを補給することによる、HFモデルマウスの心筋ミトコンドリア機能に対する影響を調べた。
【0081】
具体的には、HFモデルマウスに対して、左冠動脈結紮手術後から、ALA(≧98%、Sigma Aldrich社製)の水溶液(50mg/L)を強制飲水により投与し(6~8mg/kg/day)、手術後28日目に、心エコー検査と、ミトコンドリア呼吸能測定装置によるミトコンドリア機能の測定を行った。対照として、ALAを投与せずに飼育したコントロールマウスに対しても、同様に心エコー検査とミトコンドリア機能測定を行った。
【0082】
ミトコンドリア機能測定は、各マウスから採取された心筋繊維組織から単離したミトコンドリアに対して行った。ミトコンドリア機能測定の結果を
図16に示す。
図16(A)はミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能の測定結果を、
図16(B)はミトコンドリア複合体IIの基質であるコハク酸を最大まで負荷した際のミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能の測定結果を、
図16(C)はミトコンドリア複合体Iに関連する呼吸能の測定結果を、
図16(D)はミトコンドリア複合体Iとミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能の測定結果を、
図16(E)はミトコンドリア複合体IVに関連する呼吸能の測定結果を、それぞれ示す。この結果、HFモデルマウスのミトコンドリアでは、ミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能、ミトコンドリア複合体Iとミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能、及びミトコンドリア複合体IVに関連する呼吸能が、ALA投与により改善することが確認された。
【0083】
また、ALA未投与のHFモデルマウスとALA投与されたHFモデルマウスについて、心エコー検査で得られた左室内径短縮率(%FS)の測定結果を
図17に示す。この結果、HFモデルマウスでは、ALA投与により左室内径短縮率が顕著に改善しており、心機能が改善することが確認された。
【0084】
また、ALA未投与のHFモデルマウスとALA投与されたHFモデルマウスについて、運動能力を調べた。運動能力は、運動時間と体重の積で表した。運動時間は、小動物用トレッドミルを用いて、安静10分間、w-up10分間の後(6m/分、傾斜10度)、漸増負荷(2m/2分)により、マウスが疲労困憊になるまで走らせて測定した。結果を
図18に示す。この結果、HFモデルマウスでは、ALA投与により運動能力が顕著に改善していた。これは、ALA投与により心機能が改善したためである。
【0085】
HFモデルマウスにALAを投与することによって心筋のミトコンドリアの呼吸能が改善され、ひいては心機能が改善することから、ALA又はこの誘導体が心不全の有効な治療薬となることがわかった。
【0086】
[実施例3]
慢性HF患者において、PBMCから放出されたミトコンドリアROS量、及びPBMCにおけるミトコンドリアの酸化ストレスを調べ、HFの重症度及び運動不耐性に対する影響を調べた。
【0087】
36名の慢性HF患者(62±13歳)を、ニューヨーク心臓協会(NYHA)の機能クラスI~IIの患者からなる軽症心不全群(NYHA I-II群:n=17)及びNYHAの機能クラスIIIの患者からなる重症心不全群(NYHA III群:n=19)の2つのグループに分けた。各患者群の情報を表2に示す。
【0088】
【0089】
これらの患者に対して、運動能力を評価するために、自転車エルゴメーターを用いた心肺運動テストを実施し、PBMCを採取した。各患者から採取されたPBMCを細胞膜透過処理した後、ミトコンドリア呼吸能と放出されたROS量を測定した。ROS量は、蛍光分光法を用いて測定した。
【0090】
各群のPBMCにおけるミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能の測定結果を
図19に、PBMCから放出された過酸化水素量の測定結果を
図20に、それぞれ示す。
図19及び
図20中のバーは平均値±SDを、アスタリスクはP値<0.05であることを示す。また、図の酸素消費量はミトコンドリア複合体IIに関連する最大呼吸能(前記の「CII_ETS」に相当)である。
【0091】
図19及び20に示すように、酸化ストレス後のPBMCのミトコンドリア複合体Iに関連する呼吸能、ミトコンドリア複合体I+IIに関連する呼吸能、及びミトコンドリア複合体IVに関連する呼吸能は、軽症心不全群と重症心不全群で同等であったが、ミトコンドリア複合体IIに関連する最大呼吸能は、重症心不全群では軽症心不全群よりも有意に低かった。また、重症心不全群では、PBMCのミトコンドリアから放出される過酸化水素の量(ROS量)が非常に多かった。
【0092】
また、HFの重症度のバイオマーカーであるB型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)の血漿レベルは、重症心不全群では286.0±251.0pg/mLであり、軽症心不全群では93.4±101.2pg/mLであり、重症心不全群は軽症心不全群よりも明らかに高かった(P<0.01)。また、ピーク酸素摂取量(VO2)は、重症心不全群では14.4±4.1mL/kg/分であり、軽症心不全群では19.7±4.5mL/kg/分であり、重症心不全群は軽症心不全群よりも明らかに低かった(P<0.01)。
【0093】
PBMCにおけるミトコンドリア複合体IIに関連する最大呼吸能は、低下したピークVO2と関連して、重症心不全群において有意に減少した。特に、重症心不全群では、PBMCから放出されたミトコンドリアROS(過酸化水素)の量が非常に多量であり、かつこの放出されたROS量は、血漿BNPレベルの増加及びピークVO2の低下と、それぞれ密接に相関していた。
【0094】
これらの結果から、PBMCから放出されたミトコンドリアROS量の増加を特徴とするミトコンドリア酸化ストレスの増強は、慢性HF患者におけるHFの重症度及び運動不耐性と関連していることがわかった。また、HF患者においても、HFモデルマウスと同様に、ミトコンドリア複合体IIに関連する呼吸能が低下しており、このミトコンドリア複合体IIの機能低下が共通することから、心不全一般において、ミトコンドリア複合体IIの機能が低下していることが示唆された。