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特許7431418分離装置および固定相部材およびナノ構造体の分離方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-06
(45)【発行日】2024-02-15
(54)【発明の名称】分離装置および固定相部材およびナノ構造体の分離方法
(51)【国際特許分類】
   B01D 15/26 20060101AFI20240207BHJP
   G01N 30/92 20060101ALI20240207BHJP
   B01J 20/281 20060101ALI20240207BHJP
【FI】
B01D15/26
G01N30/92
B01J20/281 Z
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2021516145
(86)(22)【出願日】2020-04-21
(86)【国際出願番号】 JP2020017264
(87)【国際公開番号】W WO2020218313
(87)【国際公開日】2020-10-29
【審査請求日】2023-03-06
(31)【優先権主張番号】P 2019084653
(32)【優先日】2019-04-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100087723
【弁理士】
【氏名又は名称】藤谷 修
(74)【代理人】
【識別番号】100165962
【弁理士】
【氏名又は名称】一色 昭則
(74)【代理人】
【識別番号】100206357
【弁理士】
【氏名又は名称】角谷 智広
(72)【発明者】
【氏名】鳥本 司
(72)【発明者】
【氏名】亀山 達矢
(72)【発明者】
【氏名】山口 奈緒子
(72)【発明者】
【氏名】竹岡 敬和
(72)【発明者】
【氏名】秋吉 一孝
(72)【発明者】
【氏名】前田 結衣
(72)【発明者】
【氏名】坪井 泰之
(72)【発明者】
【氏名】石原 一
【審査官】宮部 裕一
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-047105(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0072493(US,A1)
【文献】国際公開第2019/059171(WO,A1)
【文献】山西 大樹 ほか,液/液界面光ピンセットを用いた半導体・金属ナノ粒子の高効率光捕捉,2018年 第79回 応用物理学会秋季学術講演会[講演予稿集],日本,公益社団法人応用物理学会
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 15/26
B01J 20/28
B82Y 40/00
C01G 5/00
C01G 7/00
G01N 30/92
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固定相を有する固定相部材と、
前記固定相部材および移動相を収容可能な展開槽と、
前記固定相部材に向けて光を照射する光照射部と、
を有し、
前記固定相は、
吸着剤と、
前記吸着剤にプラズモン構造体を配置したプラズモン構造体含有層と、を有し、
前記固定相部材は、
ナノ構造体を含む前記移動相を供給されることが可能であるとともに、
前記移動相を前記固定相に沿って移動させることが可能であること
を含む分離装置。
【請求項2】
請求項1に記載の分離装置において、
前記光照射部は、
前記プラズモン構造体に表面プラズモン共鳴を励起可能な光を照射すること
を含む分離装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の分離装置において、
前記プラズモン構造体は、
前記光照射部が光を前記固定相部材に照射している期間内に、
前記ナノ構造体を捕捉するか、または、前記移動相中の前記ナノ構造体の移動速度を減速させること
を含む分離装置。
【請求項4】
請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の分離装置において、
前記固定相は、
前記プラズモン構造体を含有せず前記吸着剤を含有する第1担体層および第2担体層を有し、
前記プラズモン構造体含有層は、
前記第1担体層と前記第2担体層との間の位置に配置されていること
を含む分離装置。
【請求項5】
請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の分離装置において、
前記プラズモン構造体は、
表面プラズモン共鳴ピークをもつ金属ナノ粒子であること
を含む分離装置。
【請求項6】
請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の分離装置において、
前記プラズモン構造体は、
表面プラズモン共鳴ピークをもつ金属化合物ナノ粒子であること
を含む分離装置。
【請求項7】
請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載の分離装置において、
前記ナノ構造体は、
無機化合物または有機化合物からなるナノ粒子であること
を含む分離装置。
【請求項8】
固定相を有する固定相部材において、
前記固定相は、
吸着剤と、
前記吸着剤にプラズモン構造体を配置したプラズモン構造体含有層と、を有し、
前記固定相部材は、
ナノ構造体を含移動相を供給されることが可能であるとともに、
前記移動相を前記固定相に沿って移動させることが可能であること
を含む固定相部材。
【請求項9】
請求項8に記載の固定相部材において、
前記プラズモン構造体は、
光を前記固定相部材に照射している期間内に、
前記ナノ構造体を捕捉するか、または、前記移動相中の前記ナノ構造体の移動速度を減速させること
を含む固定相部材。
【請求項10】
請求項8または請求項9に記載の固定相部材において、
前記固定相は、
前記プラズモン構造体を含有せず前記吸着剤を含有する第1担体層および第2担体層を有し、
前記プラズモン構造体含有層は、
前記第1担体層と前記第2担体層との間の位置に配置されていること
を含む固定相部材。
【請求項11】
請求項8から請求項10までのいずれか1項に記載の固定相部材において、
前記プラズモン構造体は、
表面プラズモン共鳴ピークをもつこと
を含む固定相部材。
【請求項12】
移動相に液体を用いるとともに固定相に固体を用いる液体クロマトグラフを用い、
表面プラズモン共鳴を励起可能なプラズモン構造体を含有する前記固定相を用い、
前記移動相としてナノ構造体を含む液体を用い、
前記プラズモン構造体に光を照射することにより前記プラズモン構造体に前記表面プラズモン共鳴を励起させ、
前記プラズモン構造体に前記ナノ構造体を捕捉させるか、または、前記移動相中の前記ナノ構造体の移動速度を減速させること
を含むナノ構造体の分離方法。
【請求項13】
請求項12に記載のナノ構造体の分離方法において、
前記プラズモン構造体に光を照射することにより前記プラズモン構造体に前記表面プラズモン共鳴を励起させて、
前記プラズモン構造体と前記ナノ構造体との間に引力を発生させること
を含むナノ構造体の分離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書の技術分野は、ナノ粒子等を分離する分離装置および固定相部材およびナノ構造体の分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
混合物から目的化合物を分離する方法として、液体クロマトグラフィーがある。液体クロマトグラフィーでは、シリカゲル等の吸着剤を固定相として、その内部に移動相を通過させる。この移動相は、目的とする化合物を含む液体である。目的化合物は固定相への吸着と脱着とを繰り返しながら、固定相の内部を通過する。ここで、目的化合物の吸着・脱着の程度や吸着力が他の夾雑物と異なっている。そのため、混合物から目的化合物を分離することができる。
【0003】
液体クロマトグラフィーを用いた種々の分離装置が開発されている。例えば、特許文献1には、移動相液体を2種類以上用いるグラディエント溶離についての技術が開示されている。複数の移動相液体が合流する合流点から試料注入点までの移動相液体流路の内容積の値を記憶し、この値から移動相液体の組成が試料注入点で変化し始めるまでの時間を計算する技術が開示されている(特許文献1の段落[0005])。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2002-014084号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このように通常の液体クロマトグラフィーでは、固定相中の吸着剤と、移動相中の化合物との間の基底状態あるいは光励起していない状態での相互作用を利用している。そして、同一固定相で一定の組成の移動相を用い、かつ、一定温度下での分析では、分離対象の化合物は、ある決まった位置に分離されるか、あるいは決まった保持時間で溶出する。そのため、通常の液体クロマトグラフィーでは、分離するターゲットとなる物質をその決まった分離位置以外の別の領域内に留めることは困難である。
【0006】
本明細書の技術が解決しようとする課題は、光照射によって、移動相中に存在する分離ターゲットであるナノ構造体の移動速度を減速し、または移動相中のナノ構造体を固定相中のある領域内に留めることにより、目的とするナノ構造体を分離することができる分離装置および固定相部材およびナノ構造体の分離方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第1の態様における分離装置は、固定相を有する固定相部材と、固定相部材および移動相を収容可能な展開槽と、固定相部材に向けて光を照射する光照射部と、を有する。固定相は、吸着剤と、吸着剤にプラズモン構造体を配置したプラズモン構造体含有層と、を有する。固定相部材は、ナノ構造体を含む移動相を供給されることが可能であるとともに、移動相を固定相に沿って移動させることが可能である。
【0008】
この分離装置は、光を照射することによりプラズモン構造体に表面プラズモン共鳴を励起させることができる。これにより、プラズモン構造体と移動相中のナノ構造体との間に引力が発生する。このため、分離装置は、移動相の液体中でナノ構造体の移動速度を減速させるか、または、ある領域内に留めることによりナノ構造体を捕捉して分離することができる。そのため、この分離装置を試験装置に用いることができる。また、この分離装置をナノ構造体の製造に用いることができる。
【発明の効果】
【0009】
本明細書では、光照射によって、移動相中に存在する分離ターゲットであるナノ構造体の移動速度を減速し、または移動相中のナノ構造体を固定相中のある領域内に留めることにより、目的とするナノ構造体を分離することができる分離装置および固定相部材およびナノ構造体の分離方法が提供されている。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】第1の実施形態の分離装置の概略構成を示す図である。
図2】第1の実施形態の固定相部材の構造を説明するための図である。
図3】第1の実施形態のプラズモン構造体含有層の内部を概念的に示す図である。
図4】第1の実施形態の分離装置における移動相の流れを示す図である。
図5】従来の薄層クロマトグラフィーを説明する図である。
図6】第1の実施形態の表面プラズモン共鳴を説明するための概念的な図である。
図7】第1の実施形態の分離装置においてプラズモン構造体含有層の金ナノ粒子が移動相中の無機ナノ粒子を捕捉している様子を示す図である。
図8】第1の実施形態の固定相部材(金ナノ粒子を担持させたシリカゲル粒子層)の拡散反射スペクトル(縦軸:クベルカ-ムンク関数)である。
図9】第1の実施形態の変形例における固定相部材を示す図である。
図10】第2の実施形態の固定相部材の構造を説明するための図である。
図11】ライス形状ZAISナノ粒子を示すTEM画像である。
図12】金ナノ粒子含有層を有する固定相部材に光を照射しながらZAISナノ粒子を展開した後の固定相部材の写真である。
図13】金ナノ粒子含有層を有する固定相部材に光を照射せずにZAISナノ粒子を展開した後の固定相部材の写真である。
図14】金ナノ粒子含有層を有さない固定相部材に光を照射しながらZAISナノ粒子を展開した後の固定相部材の写真である。
図15】金ナノ粒子含有層を有さない固定相部材に光を照射せずにZAISナノ粒子を展開した後の固定相部材の写真である。
図16】粒子径と量子ドットの到達位置(Rf値)との関係を示すグラフである。
図17】粒子径が19nmのZAISナノ粒子に対して波長610nmの単色光を光強度を変えて固定相部材に展開した場合を示す写真である。
図18】粒子径が12nmのZAISナノ粒子に対して波長610nmの単色光を光強度を変えて固定相部材に展開した場合を示す写真である。
図19】金ナノ粒子含有層に照射する単色光(波長610nm)の光強度とZAISナノ粒子の到達位置(Rf値)との関係を示すグラフである。
図20】楕円球形ZAISナノ粒子とダンベル形状ZAISナノ粒子との混合状態を示す顕微鏡写真である。
図21】楕円球形ZAISナノ粒子およびダンベル形状ZAISナノ粒子の粒子径分布を示すグラフである。
図22】(a)金ナノ粒子含有層を有する固定相部材に単色光(波長610nm)を照射しながら複数の粒子形状をもつZAISナノ粒子を展開した後の固定相部材の写真、(b)金ナノ粒子含有層に捕捉されなかったZAISナノ粒子の粒子径分布のグラフ、(c)光照射によって金ナノ粒子含有層に捕捉されたZAISナノ粒子の粒子径分布のグラフである。
図23】金ナノ粒子の拡散反射スペクトル(縦軸:クベルカ-ムンク関数)と赤色LED光(610nm)およびバンドパスフィルターで単色光化したXeランプ光の近赤外光(820nm)の波長分布との関係を示すグラフである。
図24】赤色LED光(波長610nm)およびバンドパスフィルターで単色光したXeランプ光の近赤外光(波長820nm)のスペクトルを示すグラフである。
図25】金ナノ粒子含有層に波長820nmの単色光を照射しながら粒子径19nmのZAISナノ粒子を展開した場合における照射光強度とRf値との関係を示すグラフである。
図26】異なる密度で金ナノ粒子を担持させたプラズモン構造体含有層の拡散反射スペクトル(縦軸:クベルカ-ムンク関数)と担持させた金ナノ粒子の粒子数密度(図中の数値)との関係を示すグラフである。
図27】波長610nmのLED光を照射してライス形状ZAISナノ粒子(19nm)を展開したときのRf値と照射光強度との関係および金ナノ粒子の粒子数密度の依存性を示すグラフである。
図28】プラズモン構造体含有層である金ナノ粒子含有層中の金ナノ粒子の粒子数密度と金ナノ粒子含有層中にライス形状ZAISナノ粒子(粒子径19nm)を捕捉可能な最小の照射光強度(波長610nm)との関係を示すグラフである。
図29】プラズモン構造体として用いる金ナノ粒子の電子顕微鏡写真である。
図30】大きさおよび形状の異なる金ナノ粒子を担持させた際のプラズモン構造体含有層に含まれる金原子数と粒子密度とをまとめた表である。
図31図30の種々の形状の金ナノ粒子を担持させたプラズモン構造体含有層を用いて波長610nmのLED光を照射してライス形状ZAISナノ粒子(19nm)を展開したときのRf値と照射光強度との関係を示すグラフである。
図32】銀ナノ粒子を担持させたプラズモン構造体含有層の拡散反射スペクトル(縦軸:クベルカ-ムンク関数)を示すグラフである。
図33】銀ナノ粒子を担持させたプラズモン構造体含有層に波長460nmの青色LED光を種々の光強度で照射しながらライス形状ZAISナノ粒子(19nm)を展開した後の固定相担持プレートの写真である。
図34図33における波長460nmの単色光強度とライス形状ZAISナノ粒子(19nm)のRf値との関係を示すグラフである。
図35】プラズモン構造体含有層である銀ナノ粒子含有層に照射する単色光強度と銀ナノ粒子含有層でのライス形状ZAISナノ粒子(19nm)の捕捉に必要な最小の照射光強度との関係を示すグラフである。
図36】プラズモン構造体として銀ナノ粒子を用いて波長460nmの単色光を照射しながら種々の粒子径の量子ドットを展開した場合の量子ドットの粒子径とRf値との関係を示すグラフである。
図37】ITO粒子を担持させた固定相担持プレートの拡散反射スペクトル(縦軸:クベルカ-ムンク)を示すグラフである。
図38】ITO粒子を担持させたプラズモン構造体含有層に波長820nmの単色光を照射しながらライス形状ZAISナノ粒子(19nm)を展開したときの固定相担持プレートの写真である。
図39】ITO粒子を担持させたプラズモン構造体含有層に波長820nmの単色光を照射しながらライス形状ZAISナノ粒子(19nm)を展開したときの照射光強度とRf値との関係を示すグラフである
図40】金ナノ粒子含有層に波長610nmの単色光を照射しながらナノ構造体としてポリスチレンビーズを展開した後の固定相担持プレートの写真である。
図41図40におけるポリスチレンビーズの原点からの移動距離(cm)と照射光強度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、具体的な実施形態について、分離装置および固定相部材およびナノ構造体の分離方法を例に挙げて図を参照しつつ説明する。本明細書において、プラズモン構造体は、表面プラズモン共鳴を励起可能な材料である。プラズモン構造体は、金(Au)ナノ粒子や銀(Ag)ナノ粒子などの表面プラズモン共鳴ピークをもつ金属ナノ粒子、または酸化インジウムスズ(ITO)や硫化銅などの表面プラズモン共鳴ピークをもつ金属化合物ナノ粒子である。本明細書において、ナノ構造体は、無機化合物または有機化合物からなるナノ粒子または分子である。また、本明細書における粒子の大きさは、走査型電子顕微鏡または透過型電子顕微鏡等の電子顕微鏡による観察により測定することとする。粒子の大きさは、粒子の立体形状を仮想的に横切る場合における最も長い線分の長さである。ただし、八面体粒子の大きさは、八面体の一辺の長さを粒子の大きさとする。
【0012】
(第1の実施形態)
1.分離装置
図1は、第1の実施形態の分離装置1000の概略構成を示す図である。図1に示すように、分離装置1000は、固定相部材100を用いてナノ粒子を分離する。図1に示すように、分離装置1000は、光照射部1100と、展開槽1200と、を有する。
【0013】
光照射部1100は、展開槽1200の内部に配置された固定相部材100に向けて光を照射するためのものである。光照射部1100が発する光は、固定相部材100における固定された材料(プラズモン構造体)に表面プラズモン共鳴を励起可能な光を照射する。表面プラズモン共鳴を励起するために必要なエネルギーは、材料および表面プラズモン共鳴ピーク波長によって異なっている。光照射部1100が発する光は、プラズモン構造体の表面プラズモン共鳴を光励起できればよく、単色光であってもよい。光照射部1100は、例えば、LED光源、バンドパスフィルターを通して単色光化したXeランプ光源である。もちろん、その他の光源であってもよい。
【0014】
展開槽1200は、固定相部材100および移動相である液体L1を収容可能なものである。展開槽1200は、透明材料からなるとよい。光照射部1100からの光を透過し、固定相部材100に光を照射するためである。展開槽1200の材質は、例えば、ガラスである。もちろん、その他の透明材料であってもよい。液体L1は、移動相である溶媒である。液体L1は、分離ターゲットであるナノ構造体として、無機ナノ粒子を含有してもよい。
【0015】
2.固定相部材(固定相担持プレート)
図2は、第1の実施形態の固定相部材100の構造を説明するための図である。固定相部材100は、液体クロマトグラフの固定相を有する部材である。図2に示すように、固定相部材100は、基材110と、担体層120と、プラズモン構造体含有層130と、担体層140と、を有する。固定相部材100は、プラズモン構造体含有層130を除いて、薄層クロマトグラフィーの薄層板(プレート)とほぼ同様の構造を有する。そのため、担体層120、140と、プラズモン構造体含有層130とは、いずれも、基材110の上でクロマトグラフにおける固定相として働く。固定相部材100の固定相は、後述する分離ターゲットである無機ナノ粒子を含む液体を供給されることが可能であるとともに、移動相を固定相に沿って移動させるものである。
【0016】
基材110は、担体層120、140と、プラズモン構造体含有層130と、を支持するためのものである。基材110は、液体L1を吸収せず、液体L1を浸透させない。基材110は、例えば、ガラス板である。
【0017】
担体層120は、移動相である液体L1を浸透させることができる層である。担体層120は、プラズモン構造体を含有せず吸着剤を含有する第1担体層である。吸着剤の材質として、例えば、シリカゲル、アルミナ、活性炭、珪藻土、濾紙、セルロース、ゼオライト、有機高分子などが挙げられる。または、その他の吸着性の高い材料であるとよい。担体層120は、固体である。
【0018】
プラズモン構造体含有層130は、混合物中にある目的とする無機ナノ粒子を捕捉するための層である。プラズモン構造体含有層130は、担体層120と担体層140との間にこれらに挟まれた位置に配置されている。プラズモン構造体含有層130は、固体である。プラズモン構造体含有層130は、移動相である液体L1を浸透させることができる。プラズモン構造体含有層130は、吸着剤とプラズモン構造体(金属ナノ粒子)とを含有する。
【0019】
プラズモン構造体含有層130では、シリカゲルなどの吸着剤粒子上に、金属ナノ粒子が十分に離散的に固定されて配置されている。金属ナノ粒子は、一つ一つが分離されていてもよいし、ある程度の凝集体を形成していてもよい。ここで用いる金属ナノ粒子は、表面プラズモン共鳴ピークを示すものであればどのような材料でもよく、例えば、金ナノ粒子、銀ナノ粒子、銅ナノ粒子あるいはそれらを含む合金ナノ粒子である。
【0020】
金属ナノ粒子は、光照射部1100から光を照射されることによりその表面プラズモン共鳴ピークを励起可能なプラズモン構造体である。プラズモン構造体含有層130は、プラズモン構造体を含有する。
【0021】
担体層140は、移動相である液体L1を浸透させることができる層である。担体層140は、プラズモン構造体を含有せず吸着剤を含有する第2担体層である。吸着剤の材質として、例えば、シリカゲル、アルミナ、活性炭、珪藻土、濾紙、セルロース、ゼオライト、有機高分子などが挙げられる。または、その他の吸着性の高い材料であるとよい。担体層140は、固体である。
【0022】
担体層120、プラズモン構造体含有層130、担体層140は、移動相である液体L1をその内部に移動させることのできる固定相である。つまり、移動相である液体L1は、担体層120、プラズモン構造体含有層130、担体層140の内部を固定相に沿って移動することができる。
【0023】
図3は、プラズモン構造体含有層130の内部を概念的に示す図である。プラズモン構造体として、例えば、粒径が1nm以上500nm以下の金属ナノ粒子P1が挙げられる。金属ナノ粒子P1は、数個から数百個程度で凝集しながら吸着剤上で離散的に配置されていればよい。または、金属ナノ粒子P1が吸着剤上で一つ一つ完全に離散して均一に分散して固定されていてもよい。吸着剤中には、数百μmレベル以下で金属ナノ粒子P1がまばらに配置されている。
【0024】
3.液体(移動相)
液体L1は、固定相に対して移動する移動相である。分離の目的とするナノ構造体は、移動相と固定相との間を固定相に吸着と脱着とを繰り返しながら、移動相とともに固定相中を移動する。ナノ構造体は、例えば、無機ナノ粒子である。したがって、用いる液体L1は、分離対象となる無機ナノ粒子を均一に分散あるいは溶解させる能力をわずかでも有していればよい。目的とする無機ナノ粒子を含む混合物は、液体L1にはじめから分散させておく必要はない。
【0025】
図4は、第1の実施形態の分離装置1000における移動相の流れを示す図である。図4に示すように、液体L1は矢印J1の向きに固定相の内部に浸入する。移動相である液体L1は、固定相である担体層120、プラズモン構造体含有層130、担体層140の内部を移動するが、基材110の内部を移動することはできない。これは、薄層クロマトグラフィーと同様である。
【0026】
4.無機ナノ粒子(ナノ構造体)
無機ナノ粒子は、プラズモン構造体が捕捉もしくは移動速度を減速させるための標的となるナノ構造体である。無機ナノ粒子の大きさは、例えば、0.5nm以上100nm以下である。無機ナノ粒子は、薄層クロマトグラフィーと同様に、担体層120のごく一部に点状に予め担持させておくとよい。この場合には、移動相(液体L1)が矢印J1の向きに固定相の内部に浸入する際に無機ナノ粒子は移動相に供給される。あるいは、無機ナノ粒子が分散された液体L1を固定相部材100の担体層120に供給してもよい。ここで、無機ナノ粒子として、例えば、金属、合金、半導体、金属酸化物などのナノ粒子が挙げられる。
【0027】
無機ナノ粒子を形成する元素として、例えば、Mg、Zn、Cd、Hg、Al、Ga、In、Ti、Zr、Si、Ge、Sn、Pb、Fe、Ru、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、V、Ta、Nb、Cr、Mo、W、Mn、Re、Cu、Ag、Au、Sb、Bi、S、Se、Te、F、Cl、Br、Iが挙げられる。また、上記以外の元素であってもよい。
【0028】
5.薄層クロマトグラフィー(TLC)
図5は、従来の薄層クロマトグラフィーを説明する図である。本実施形態の分離装置1000は、薄層クロマトグラフィーとは異なっている。しかし、分離装置1000は、薄層クロマトグラフィーと共通する部分がある。そのため、薄層クロマトグラフィーについて簡単に説明する。
【0029】
TLCプレートC1は、例えば、ガラスの表面にシリカゲル粒子を固定相として数百μmの厚みで担持したものである。TLCプレートC1の原点(K1)の位置に試料S1を点状に滴下し、乾燥させて担持させる。そして、TLCプレートC1の下部(K1側)を展開溶媒に浸すと、毛細管現象によって、展開溶媒は矢印J2に平行な向きに移動する。ここで、TLCプレートC1のシリカゲルは固定相であり、展開溶媒は移動相である。
【0030】
試料S1は、矢印J2の向きに移動する。しかし、試料S1は実際には担体であるシリカゲルへの吸着と脱着とを繰り返しながら矢印J2の向きに上昇する。そのため、例えば、展開溶媒が位置K1から位置K3まで達したときに、試料S1は、位置K1から位置K2まで達する。このように、展開溶媒の到達位置と試料S1の到達位置とに差が生じる。移動相自体の移動距離と、移動相中の目的化合物の移動距離とに差が生じるのである。
【0031】
ここで、Rf値を下記のように定義することができる。
Rf = W2/W1
距離W1は、展開溶媒の移動距離である。距離W2は、試料S1の移動距離である。展開溶媒の組成、温度、担体、スポット量を管理すれば、Rf値は再現性を備えている。そのため、試料S1の分離および同定に薄層クロマトグラフィーを用いることができる。
【0032】
このように薄層クロマトグラフィーを用いると、展開溶媒を用いて混合物試料から目的とする化合物を分離することもできる。しかし、ナノ粒子を試料S1として、この方法によって分離および同定しようとする場合に、目的ナノ粒子が停止する到達位置K2は、夾雑物の到達位置に対して十分に分離しているとは限らない。また、分離しようとするナノ粒子が必ずしも色彩を備えているとは限らない。
【0033】
6.粒子を分離する原理
第1の実施形態では、対象物を含む無機ナノ粒子混合物を液体L1により展開し、プラズモン構造体含有層130の金属ナノ粒子の表面プラズモン共鳴を光励起する。これにより無機ナノ粒子に選択的に働く力を利用して、目的とする無機ナノ粒子を選択的に捕捉する。または、目的とする無機ナノ粒子の移動速度を選択的に減速させる。これにより、サンプルとして用いた混合物中に存在する夾雑物から目的とするナノ粒子を分離する。
【0034】
6-1.表面プラズモン共鳴
図6は、第1の実施形態の局所的な表面プラズモン共鳴を説明するための概念的な図である。図6の横軸は光の波の進行方向を表している。図6の縦軸は光の電場強度を表している。図6には、表面プラズモン共鳴を示す金属ナノ粒子、例えば、金ナノ粒子P1a、P1b、P1cが描かれている。金ナノ粒子P1a、P1b、P1cは、異なる位置にある3個の粒子とみなしてもよい。また、金ナノ粒子P1a、P1b、P1cは、1個の金ナノ粒子P1の異なる時刻における様子を示しているものと考えてもよい。
【0035】
光は、振動する電場と磁場とを形成しながら伝播する。人が肉眼で認識できる程度の大きさの物体は、光の波長に比べて十分に大きい。そのため、光の電場の影響が現象として現れることは稀である。しかし、光の波長程度以下のサイズのナノ粒子は、光が形成する局所的な電場の影響を受ける。
【0036】
金ナノ粒子P1aは、光が形成する上向きの電場を受けている。そのため、金ナノ粒子P1aの電子は、図中の下側に集まる。金ナノ粒子P1bは、光が形成する下向きの電場を受けている。そのため、金ナノ粒子P1bの電子は、図中の上側に集まる。金ナノ粒子P1cは、光が形成する上向きの電場を受けている。そのため、金ナノ粒子P1cの電子は、図中の下側に集まる。
【0037】
そのため、金ナノ粒子P1の電子は、光の電場を受けて振動する。つまり、電子の集団振動現象が生じる。このようにして、表面プラズモン共鳴が光励起される。後述するように、この表面プラズモン共鳴は、金属ナノ粒子近傍に強い強度の局所電場を形成し、その局所電場がナノ粒子を捕捉するために重要な役割を果たす。
【0038】
6-2.移動相中の無機ナノ粒子に働く力
上記のようにプラズモン励起された金ナノ粒子P1の周囲には、光の電場強度に応じた局所電場が発生する。金ナノ粒子P1は、固定相に固定されている。そして、移動相中のナノ粒子は、光の電場および固定相中の金ナノ粒子P1が形成する電場の中を移動する。しかし、目的とする無機ナノ粒子が感じる光の電場は非常に弱く、移動相中のナノ粒子が感じる電場は、より強度の大きい金ナノ粒子P1が形成する局在電場で近似してよい。
【0039】
そこで、移動相中のナノ粒子は、次式で示される引力Fを受ける。
F = (1/2)・α・∇E2
F:移動相中のナノ粒子に働く引力
α:移動相中のナノ粒子の分極率
E:金ナノ粒子が形成する局所的な電場
【0040】
図7は、第1の実施形態の分離装置1000においてプラズモン構造体含有層130の金ナノ粒子P1が移動相中の無機ナノ粒子N1を捕捉している様子を示す図である。このように、光照射部1100が固定相部材100に向けて光を照射し続けている間には、光励起された金ナノ粒子P1が、局所的な電場Eを形成し続ける。移動相中の無機ナノ粒子N1は、局所的な電場Eによる引力により減速される。局所的な電場Eが強い場合には、移動相中の無機ナノ粒子N1は、金ナノ粒子P1に捕捉される。つまり、光照射部1100が固定相部材100に向けて光を照射し続けている間には、固定相中の金ナノ粒子P1は移動相中の無機ナノ粒子N1の移動速度を選択的に減速するか、あるいは無機ナノ粒子N1を完全に捕捉し続ける。
【0041】
なお、無機ナノ粒子N1は、それぞれ異なる大きさを備えている。大きさの異なるそれぞれの無機ナノ粒子N1は、それぞれ異なる分極率を有する。つまり、粒子径の異なる無機ナノ粒子N1に対して、異なる力が働くこととなる。
【0042】
このように、プラズモン構造体含有層130のプラズモン構造体(金属ナノ粒子)は、表面プラズモンを励起することによって移動相中の無機ナノ粒子N1に引力を作用させる。そのため、プラズモン構造体含有層130は、光を照射されている期間内に移動相中の無機ナノ粒子N1を捕捉するか、または移動相中の無機ナノ粒子N1の移動速度を減速させる。
【0043】
6-3.光照射部の波長
分離装置1000の光照射部1100が照射する光の出力が大きいほど、形成される電場は大きくなる傾向がある。また、プラズモン構造体(金ナノ粒子P1)をプラズモン励起するために、好適な光の波長領域が存在する。
【0044】
図8は、プラズモン構造体として金ナノ粒子P1を用いるとともに固定相としてシリカゲル粒子を用いた第1の実施形態の固定相部材100の拡散反射スペクトルである。図8の横軸は光の波長である。図8の縦軸はクベルカ-ムンク関数である。ここで、固定相部材100のプラズモン構造体含有層130は、金ナノ粒子(粒子径:12nm)を有している。図8に示すように、プラズモン構造体含有層130を有する固定相部材100に対して、500nm以上の波長領域でブロードな表面プラズモン共鳴ピークが観察される。特に、600nm以上900nm以下の波長領域でクベルカ-ムンク関数が大きい。つまり、この波長領域で固定相部材100の光の吸収および散乱が大きいことを示している。
【0045】
そのため、この金ナノ粒子に対しては、光照射部1100が発する光は、この波長領域の光であるとよい。光照射部1100がこの波長領域の光を固定相部材100に向けて照射すると、照射された光のエネルギーは固定相部材100のプラズモン構造体含有層130の表面プラズモン励起に利用される。
【0046】
第1の実施形態では、光照射部1100は、例えば、波長610nmの赤色光を固定相部材100に向けて照射する。そのため、プラズモン構造体含有層130においては、金ナノ粒子P1が比較的強いプラズモン励起を起こす。
【0047】
7.移動相中のナノ粒子の分離方法
7-1.展開槽収容工程
まず、固定相部材100の下部で、薄層クロマトグラフィーの薄層板(プレート)のときと同様(図5のK1の位置)に、目的とする無機ナノ粒子を含むサンプル溶液を少量滴下し、乾燥させて担持する。この際、サンプルの固定位置は、プラズモン構造体含有層130よりも外側の担体層120の領域である。この固定相部材100を、展開槽1200の内部に収容する。これにより、プラズモン構造体含有層130を有する固定相が展開槽1200の内部に収容される。また、液体L1を展開槽1200の内部に収容する。このときに固定相部材100に担持させたサンプルの位置が、液体L1の液面よりも高い位置になるように、液体L1の量を調節する。
【0048】
7-2.光照射工程
展開槽1200の内部に固定相部材100および液体L1(移動相)を収容するとすぐに、毛細管現象によって移動相は固定相に沿って上昇し始める。この後すぐに、光照射部1100から展開槽1200の固定相部材100に光を照射する。光照射部1100は、特に、プラズモン構造体含有層130に光を照射するとよい。
【0049】
このように、固定相部材100に向けて光を照射することにより、プラズモン構造体含有層130中の金ナノ粒子P1には表面プラズモンが励起される。液体L1の移動相は、固定相部材100の担体層120からプラズモン構造体含有層130に向けて移動する。プラズモン構造体含有層130では、金ナノ粒子P1が離散的に配置されており、その表面プラズモン共鳴が励起されることにより局在電場が生じる。目的とする無機ナノ粒子N1は移動相である液体L1とともに固定相との吸着と脱着とを繰り返しながら、固定相部材100を上昇する。このとき、移動相が金ナノ粒子P1の箇所を通過する際には金ナノ粒子P1近傍に生じた表面プラズモンによる局在電場によって、プラズモン構造体である金ナノ粒子P1と移動相中の無機ナノ粒子N1との間で引力が働き、移動相中の無機ナノ粒子N1の移動速度が減速する。または移動相中の無機ナノ粒子N1が金ナノ粒子P1の近傍に完全に捕捉される。
【0050】
そして、液体L1の移動相はプラズモン構造体含有層130より上の担体層140にまで達する。一方、しかし、光照射部1100が固定相部材100に光を照射している期間内には、プラズモン構造体含有層130の金ナノ粒子P1と移動相中の無機ナノ粒子N1との間で引力が働いている状態が持続される。そのため、プラズモン構造体含有層130の中で無機ナノ粒子N1の移動速度が減速するか、あるいは、無機ナノ粒子N1はプラズモン構造体である金ナノ粒子P1の近傍に完全に捕捉され、サンプル中に存在した夾雑物から分離される。
【0051】
このように、担体層120、140の内部では、移動相および無機ナノ粒子N1は、通常の移動速度で移動する。前述のように、無機ナノ粒子N1の移動速度は、移動相の移動速度よりも遅い。一方、光照射中のプラズモン構造体含有層130の内部では、移動相は通常の移動速度で移動し、無機ナノ粒子N1は、さらに減速されるか、捕捉される。
【0052】
7-3.その他の工程
その後、目的とするナノ粒子が移動しないように固定相部材100を乾燥させ、移動相を除去する。そして、プラズモン構造体含有層130ごと基材110から剥がし、目的とする無機ナノ粒子N1を溶媒により抽出することができる。プラズモン構造体含有層130を剥がすときには、移動相が無い状態なので光照射を行う必要は無い。目的とする無機ナノ粒子N1はこのようにして分離される。例えば、このように採取した無機ナノ粒子N1を検査にまわしてもよい。
【0053】
このように第1の実施形態の技術は、移動相に液体を用いるとともに固定相に固体を用いる液体クロマトグラフの一種といえる。また、第1の実施形態では、表面プラズモン共鳴を光励起可能なプラズモン構造体を含有する固定相を用い、移動相としてナノ構造体を含む液体を用いる。プラズモン構造体含有層130に光を照射することによりプラズモン構造体に表面プラズモン共鳴を励起させて、固定相中のプラズモン構造体(金ナノ粒子P1)と移動相中のナノ構造体(無機ナノ粒子N1)との間に引力を発生させる。これにより、プラズモン構造体にナノ構造体を捕捉させるか、または、移動相中のナノ構造体の移動速度を減速させる。
【0054】
8.第1の実施形態の効果
分離装置1000は、混合物から目的とする無機ナノ粒子N1を分離することができる。その際に、光ピンセット技術のような高出力なレーザーを必要としない。また、プラズモン構造体含有層130に光を照射している期間内には、プラズモン構造体含有層130は液体L1における移動相の無機ナノ粒子N1の移動速度が減速するか、あるいは無機ナノ粒子N1を捕捉している状態を維持する。
【0055】
そのため、この分離装置1000は、ナノ粒子を分離するための検査装置に用いることができる。また、分離装置1000は、ナノ粒子を分離して量産する製造装置として用いることもできる。
【0056】
9.変形例
9-1.複数層のプラズモン構造体含有層
図9は、第1の実施形態の変形例における固定相部材200を示す図である。固定相部材200は、基材110と、担持層120と、第1プラズモン構造体含有層230と、担持層140と、第2プラズモン構造体含有層250と、担持層160と、を有する。第1プラズモン構造体含有層230と、第2プラズモン構造体含有層250とは、異なるプラズモン波長を示すプラズモン構造体を有する。例えば、一方が金ナノ粒子を含有し、他方が銀ナノ粒子を含有する。そのため、第1プラズモン構造体含有層230が混合物中の第1無機ナノ粒子を捕捉し、第2プラズモン構造体含有層250が混合物中の第2無機ナノ粒子を捕捉することができる。このように固定相部材は、複数のプラズモン構造体含有層を含んでもよい。
【0057】
9-2.製造工程
分離後の無機ナノ粒子N1については検査に用いることができる。しかし、分離された無機ナノ粒子N1をその後の加工工程にまわしてもよい。これにより、無機ナノ粒子N1を原料とする材料が製造される。
【0058】
9-3.光の波長
光照射部1100が発する光の波長はプラズモン構造体含有層130のプラズモン構造体の表面プラズモン共鳴を光励起することができればよく、可視光波長あるいは近赤外線波長程度である。光の波長は、例えば、400nm以上1000nm以下の程度である。しかし、この波長領域よりも短い波長または長い波長を用いてもよい。
【0059】
9-4.光を照射するタイミング
固定相部材100を展開槽1200の内部に配置する前から、光照射部1100が展開槽1200に向けて光を照射してもよい。
【0060】
9-5.溶媒への浸漬
固定相部材100を予め溶媒に浸漬してもよい。これにより、無機ナノ粒子N1を含む移動相が固定相部材100のより上側の位置に上がりやすくなる場合があるからである。溶媒として例えば、クロロホルム、トルエン、オレイルアミンが挙げられる。もちろん、上記以外の溶媒を用いてもよい。
【0061】
9-6.基材
固定相部材100は基材110を有する。担体層120とプラズモン構造体含有層130と担体層140とが自立することができ、固定相部材100の固定相の特性が満たされていれば、基材110はなくてもよい。
【0062】
9-7.組み合わせ
上記の変形例を自由に組み合わせてもよい。
【0063】
(第2の実施形態)
第2の実施形態について説明する。第2の実施形態の固定相部材が、第1の実施形態の固定相部材と異なっている。そのため、固定相部材について説明する。
【0064】
1.固定相部材
図10は、第2の実施形態の固定相部材300の構造を説明するための図である。固定相部材300は、基材110と、担体層120と、プラズモン構造体含有層330と、担体層140と、を有する。固定相部材300は、吸着剤と、吸着剤にプラズモン構造体を配置したプラズモン構造体含有層330と、を有する。固定相部材300は、ナノ構造体を含む移動相を供給されることが可能であるとともに、移動相を固定相に沿って移動させることが可能である。
【0065】
固定相に固定されたプラズモン構造体として表面プラズモン共鳴を励起可能な金属化合物ナノ粒子を用いることができる。この金属化合物ナノ粒子は、表面プラズモン共鳴を励起可能な大きさと、表面プラズモン共鳴ピークと、を有する。表面プラズモン共鳴を励起可能な大きさとして、例えば、粒径が1nm以上500nm以下の粒子が挙げられる。
【0066】
プラズモン構造体の材質として、例えば、金属酸化物等の金属化合物、導電性金属複合酸化物等が挙げられる。金属酸化物として、例えば、酸化モリブデン、酸化レニウム、酸化タングステンなどが挙げられる。その他の金属化合物として、例えば、硫化銅、硫化銀などが挙げられる。導電性金属複合酸化物として、例えば、ITO(Indium Tin Oxide)、IZO(Indium Zinc Oxide)、IGZO(Indium Gallium Zinc Oxide)等が挙げられる。
【0067】
2.第2の実施形態の効果
固定相部材300のプラズモン構造体含有層は、光照射部1100が光を固定相部材に照射している期間内に、表面プラズモン共鳴を励起させる。これにより、プラズモン構造体は、無機ナノ粒子N1を捕捉し、または、移動相中の無機ナノ粒子N1の移動速度を減速させる。
【0068】
(第3の実施形態)
第3の実施形態について説明する。第3の実施形態のナノ構造体が、第1の実施形態のナノ構造体と異なっている。そのため、分離対象となるナノ構造体について説明する。
【0069】
1.ナノ構造体
移動相の液体L1は、ナノ構造体を含有しても含有しなくともよい。ナノ構造体とは、大きさが0.5nm以上100nm以下の構造体をいう。
【0070】
ナノ構造体として、例えば、有機化合物が挙げられる。有機化合物として、例えば、ポリエチレン、ポリスチレンなどの有機高分子、あるいは、デンドリマー、π共役分子などの巨大有機分子、さらには、DNA、たんぱく質、ペプチド、抗原、抗体、エクソソーム、ウイルス、細胞などの生体分子や生体関連物質が挙げられる。また、有機化合物は、ミセル、ベシクル等の有機分子のナノサイズの集合体であってもよい。これらは例示であり、これ以外の化合物であってもよい。
【0071】
3.第3の実施形態の効果
固定相のプラズモン構造体含有層は、光照射部1100が光を固定相部材に照射している期間内に、表面プラズモン共鳴を励起させる。これにより、プラズモン構造体は、ナノ構造体を捕捉し、または、移動相中のナノ構造体の移動速度を減速させる。
【0072】
(実施形態の組み合わせ)
第1の実施形態およびその変形例と、第2の実施形態と、第3の実施形態とを自由に組み合わせてもよい。
【0073】
(実験)
A.金ナノ粒子(プラズモン構造体)
1.実験方法
1-1.固定相部材(固定相担持プレート)
2種類の固定相担持プレートを準備した。1種類目の固定相担持プレートは、通常のTLCプレートにプラズモン構造体含有層を形成したものである。ここで、プラズモン構造体は、金ナノ粒子である。この1種類目の固定相担持プレートは、第1の実施形態の固定相部材100に該当する。2種類目の固定相担持プレートは、通常のTLCプレートである。
【0074】
ガラス板の上にシリカゲル粒子を塗布し固定してその表面を化学処理したオクタデシル基修飾逆相シリカゲルTLCプレート(Analtech社製、Uniplate P50031)を用いた。移動相の流れる向き(矢印J1)に直交する向きに帯状に位置する領域に、クエン酸で表面が修飾された親水性金ナノ粒子(粒子径:12nm)を塗布し乾燥し、プラズモン構造体含有層を形成した。この粒子はクロロホルムなどの有機溶媒には分散しない。なお、金ナノ粒子を固定する領域は、最終的に移動相による展開が終了した後に、Rf値が0.20から0.375となる領域である。
【0075】
1-2.ライス形状ZAISナノ粒子(量子ドット)
文献(ACS Appl. Mater. Interfaces 8 (2016) 27151-27161)の方法を用いて、ライス形状ZAISナノ粒子を作製した。ここで、ZAISとは、ZnSとAgInS2 との間の固溶体半導体を示し、その組成は、(AgIn)x Zn2(1-x)2 で表される。
【0076】
金属源として、酢酸銀と酢酸インジウムと酢酸亜鉛を用い、それぞれの比がAg(OAc):In(OAc)3 :Zn(OAc)2 =x:x:2(1-x)となるようにした。これらの混合物を、硫黄化合物とともにオレイルアミン中で150℃から250℃で熱分解することにより、ライス形状ZAISナノ粒子を得た。
【0077】
仕込み比xを0.50および0.90とすることにより、それぞれ、平均粒子径19nmおよび12nmのZAISナノ粒子が得られた。ここで、粒子径とは、粒子における最も長い長さのことである。粒子径を測定するために、透過型電子顕微鏡(TEM)により観察を行った。
【0078】
図11は、上記方法により得られたライス形状ZAISナノ粒子(平均粒子径19nm)を示すTEM画像である。
【0079】
なお、製造条件を変えることにより、ZAISナノ粒子の粒子径を変えることができる。
【0080】
1-3.光照射部
光照射部として赤色LED光源を用いた。赤色LED光源は、ピーク波長610nmの単色光を照射することができる。
【0081】
1-4.手順
ZAISナノ粒子を含有するクロロホルム溶液を固定相部材(固定相担持プレート)の担体層120の領域の中央の位置に滴下した。そして、サンプル溶液を乾燥させ、光捕捉のためのターゲットとなる無機ナノ粒子としてZAISナノ粒子を固定相担持プレートの固定相に点状に担持させた。
【0082】
ZAISナノ粒子を担持させた固定相担持プレートを展開槽に配置した。次に、展開槽に展開溶媒(オレイルアミンおよびクロロホルムの混合溶液)を入れるとともに固定相担持プレートに波長610nmの単色光を照射した。そして、その後の様子を観察した。
【0083】
2.実験結果
2-1.プラズモン構造体含有層の有無
図12は、金ナノ粒子含有層を有する固定相部材に波長610nmの単色光を照射しながら移動相を供給した後の固定相部材の写真である。図12の中央下の矢印に示すように、無機ナノ粒子(量子ドット:QD)は、金ナノ粒子含有層の領域内に捕捉されている。
【0084】
図13は、金ナノ粒子含有層を有する固定相部材に光を照射せずに移動相を供給した後の固定相部材の写真である。図13の上部付近の矢印に示すように、ZAISナノ粒子(量子ドット)は、金ナノ粒子含有層の領域を超えた上方の位置に存在する。
【0085】
図14は、金ナノ粒子含有層を有さない固定相部材に波長610nmの単色光を照射しながら移動相を供給した後の固定相部材の写真である。光照射は、図12の金ナノ粒子含有層を有する固定相部材と同じ位置に行った。図14に示すように、ZAISナノ粒子(量子ドット)は、固定相部材の上部の矢印の付近に存在する。この位置は、図13のZAISナノ粒子の位置とほぼ同じであった。
【0086】
図15は、金ナノ粒子含有層を有さない固定相部材に光を照射せずに移動相を供給した後の固定相部材の写真である。図15に示すように、ZAISナノ粒子(量子ドット)は、固定相部材の上部の矢印の付近に存在する。この位置は、図13および図14のZAISナノ粒子の位置とほぼ同じであった。
【0087】
表1は、上記の結果をまとめた表である。表1に示すように、第1の実施形態の固定相部材100に光を照射した場合のみ、固定相部材100はZAISナノ粒子(量子ドット)を金ナノ粒子含有層(プラズモン構造体含有層)に捕捉することができる。
【0088】
[表1]
サンプル 金ナノ粒子含有層 光 捕捉
サンプル1 有り 有り ○
サンプル2 有り 無し ×
サンプル3 無し 有り ×
サンプル4 無し 無し ×
【0089】
2-2.分離ターゲットである量子ドットの粒子径依存性
粒子径が、7.7nm、12nm、19nmのライス形状ZAISナノ粒子は、文献(ACS Appl. Mater. Interfaces 8 (2016) 27151-27161)の方法を基に反応条件を変更して作製した。粒子径が3.0nm、4.5nm、6.0nmの球状AgInGaSナノ粒子は、文献(ACS Appl. Mater. Interfaces 10 (2018) 42844-42855 )の方法を改良して作製した。これらの粒子を量子ドットとして用いた。
【0090】
図16は、粒子径と量子ドットの到達位置との関係を示すグラフである。図16の横軸は量子ドットの粒子径である。図16の縦軸は量子ドットの固定相部材における到達位置のRf値である。なお、金ナノ粒子含有層の領域は、移動相の展開後にRf値が0.20から0.375となる領域である。金ナノ粒子含有層領域に0.89W/cm2 の出力で波長610nmのLED光を照射して、量子ドットを移動相により展開した。
【0091】
図16に示すように、光照射を行っても、粒子径が約8nm以下の無機ナノ粒子は金ナノ粒子含有層の領域を透過してしまう。一方、光照射を行うことにより、粒子径が約8nmより大きい無機ナノ粒子は金ナノ粒子含有層で捕捉される。このように、分離装置1000は、粒子径が大きい無機ナノ粒子ほど捕捉しやすい傾向にある。
【0092】
2-3.光強度依存性
図17は、粒子径が19nmのライス形状ZAISナノ粒子を移動相により展開する際に照射光強度を変えて金ナノ粒子含有層の固定相部材に光照射した後の固定相部材の写真である。図17に示すように、粒子径が19nmの場合には、0.63W/cm2 以上の出力で波長610nmのLED光を固定相部材に照射すると、金ナノ粒子含有層は無機ナノ粒子を捕捉することができた。
【0093】
図18は、粒子径が12nmのライス形状ZAISナノ粒子を移動相により展開する際に光強度を変えて金ナノ粒子含有層の固定相部材に光照射した後の固定相部材の写真である。図18に示すように、粒子径が12nmの場合には、0.76W/cm2 以上の出力で波長610nmのLED光を固定相部材に照射すると、金ナノ粒子含有層は無機ナノ粒子を捕捉することができた。
【0094】
図19は、金ナノ粒子含有層に照射する波長610nmの単色光の強度とライス形状ZAISナノ粒子の到達位置との関係を示すグラフである。図19の横軸は金ナノ粒子含有層に照射する単色光の強度である。図19の縦軸は無機ナノ粒子の固定相部材における到達位置のRf値である。図19は、図17および図18の結果をまとめたグラフである。
【0095】
図19に示すように、粒子径によらず、光強度を増加させれば、金ナノ粒子含有層は、無機ナノ粒子を好適に捕捉することができる。また、光強度が無機ナノ粒子の捕捉に十分でない場合であっても、ナノ粒子の到達位置のRf値は光を照射しない場合に比べて小さくなった。このことは、金ナノ粒子含有層への光照射によって、移動相中の無機ナノ粒子の移動速度を減速できることを示す。
【0096】
2-4.粒子径の異なる量子ドット混合物の分離
図20は、楕円球形ZAISナノ粒子とダンベル形状ZAISナノ粒子とからなる量子ドット混合物の透過型電子顕微鏡写真である。ダンベル形状ZAISナノ粒子は、文献(J. Phys. Chem. C. 122, 25, (2018) 13705-13715 )の方法を用いて作製した。図20の左側の丸印の中には楕円球形ZAISナノ粒子が存在する。図20の右側の丸印の中にはダンベル形状ZAISナノ粒子が存在する。
【0097】
図21は、量子ドット混合物中に含まれる楕円球形ZAISナノ粒子およびダンベル形状ZAISナノ粒子の粒子径とその割合とを示す粒子径分布である。図21の横軸はZAISナノ粒子の粒子径である。図21の縦軸はその粒子径のZAISナノ粒子の出現頻度である。
【0098】
図22(a)は、量子ドット混合物に波長610nmのLED光(光強度:0.63W/cm2 )を照射しながら移動相で展開した後の固定相部材の写真である。プラズモン構造体含有層である金ナノ粒子含有層で捕捉された量子ドットと、それよりも上部にまで展開された量子ドットと、に分離されたことが分かる。
【0099】
図22(b)は、金ナノ粒子含有層より上の位置におけるZAISナノ粒子の粒子径分布を示すグラフである。図22(c)は、金ナノ粒子含有層の位置におけるZAISナノ粒子の粒子径分布を示すグラフである。
【0100】
図22(b)(c)に示すように、金ナノ粒子含有層は粒子径が約8nmより大きいZAISナノ粒子を選択的に捕捉し、粒径が8nm以下のより小さいZAISナノ粒子を捕捉しなかった。このように、分離装置は、粒子径の異なるナノ粒子をその粒子径に応じて分離することができる。
【0101】
2-5.照射光の波長の影響
図23は、プラズモン構造体含有層である金ナノ粒子含有層の拡散反射スペクトル(縦軸:クベルカ-ムンク関数)と赤色LED光(波長:610nm)およびXeランプ光をバンドパスフィルターを通すことにより単色化した近赤外光(波長:820nm)の波長領域との関係を示すグラフである。図23の横軸は波長である。波長610nmの赤色光の波長領域および波長820nmの近赤外光の波長領域のいずれも、金ナノ粒子のブロードな表面プラズモン共鳴ピークに重なっている。このため、表面プラズモン共鳴を効果的に光励起できる。
【0102】
図24は、赤色LED光(波長:610nm)およびXeランプ光をバンドパスフィルターに通すことにより単色光化した近赤外光(波長:820nm)のスペクトルを示すグラフである。図24の横軸は光の波長である。図24の縦軸は光の強度である。なお、縦軸はそれぞれの光スペクトルの最大ピーク強度の値で規格化されている。
【0103】
粒子径が19nmのライス形状ZAISナノ粒子を移動相により展開する際に、照射光波長を変えて金ナノ粒子含有層の固定相部材に光を照射した。
【0104】
図25は、図24のスペクトルをもつ波長820nmの単色光を照射した場合の光の強度とRf値との間の関係を示すグラフである。図25の横軸は光の強度である。図25の縦軸はRf値である。波長610nmの単色光を照射しながら粒子径19nmのライス形状ZAISナノ粒子を展開した場合(図19)と比較すると、波長820nmの光を照射した場合(図25)においても、Rf値の光強度依存性に大きな差はみられなかった。
【0105】
プラズモン構造体含有層である金ナノ粒子含有層の拡散反射スペクトル(図23)では、波長610nmおよび波長820nmでのクベルカ-ムンク関数の値がほとんど同じである。このため、同じ光強度で固定相部材に光を照射した場合には、波長610nmおよび波長820nmにおける表面プラズモン共鳴の励起効率はほとんど同じである。したがって、Rf値にほとんど差が生じない。
【0106】
2-6.担持された金ナノ粒子の粒子数密度の影響
金ナノ粒子の粒子数密度を変えてプラズモン構造体含有層を作製した。
【0107】
図26は、金ナノ粒子含有層の拡散反射スペクトルと金ナノ粒子の粒子数密度との関係を示すグラフである。図26の横軸は光の波長である。図26の縦軸はクベルカ-ムンク関数の値である。図26に示すように、プラズモン構造体である金ナノ粒子の粒子数密度が高いほどクベルカ-ムンク関数の値が大きい。
【0108】
図26のプラズモン構造体含有層として金ナノ粒子含有層を有する固定相部材を用いて、粒子径が19nmのライス形状ZAISナノ粒子を移動相により展開し、その際に照射光強度を変えて波長610nmのLED光を照射した。
【0109】
図27は、光強度とZAISナノ粒子のRf値との関係および金ナノ粒子の粒子数密度の依存性を示すグラフである。図27の横軸は光の強度である。図27の縦軸はRf値である。図27中の数字は担持した金ナノ粒子の粒子数密度である。図27に示すように、プラズモン構造体である金ナノ粒子の粒子数密度が高いほど、弱い照射光強度でZAISナノ粒子を捕捉することができる。
【0110】
図28は、プラズモン構造体含有層中の金ナノ粒子の粒子数密度と金ナノ粒子含有層中にライス形状ZAISナノ粒子(粒子径19nm)を捕捉可能な最小の照射光強度(Imin)(照射光波長:610nm)との関係を示すグラフである。図28の横軸は金ナノ粒子の粒子数密度である。図28の縦軸は照射光の強度である。図28に示すように、金ナノ粒子の粒子数密度が高いほど、弱い強度の光で粒径19nmのZAISナノ粒子を捕捉することができる。
【0111】
2-7.プラズモン構造体として用いる金ナノ粒子の形状依存性
図29は、プラズモン構造体として用いる金ナノ粒子の電子顕微鏡写真である。図29に示すように、粒径が12nmの球形の金ナノ粒子と、粒径が75nmの八面体形状の金ナノ粒子と、粒径が82nmの球形の金ナノ粒子と、をプラズモン構造体に用いた。なお、八面体形状の粒径とは、八面体の一辺の長さである。
【0112】
図29の金ナノ粒子をプラズモン構造体含有層に用いた。
【0113】
図30は、金ナノ粒子含有層中の金原子数と金ナノ粒子の粒子密度とをまとめた表である。
【0114】
図31は、図30の種々の形状の金ナノ粒子含有層をプラズモン構造体含有層として用いて波長610nmのLED光を照射したライス形状ZAISナノ粒子(粒子径19nm)を展開したときのRf値と照射光強度との関係を示すグラフである。図31の横軸は光の強度である。図31の縦軸はRf値である。
【0115】
図31に示すように、粒子径が75nmの八面体形状の金ナノ粒子と粒子径が82nmの球形の金ナノ粒子とで光強度依存性に大きな差はみられなかった。いずれの粒子を用いた場合でも約1W/cm2 以上の光強度においてZAISナノ粒子は金ナノ粒子含有層に捕捉された。一方、より小さな粒子径である12nmの球形の金ナノ粒子を用いた場合には、いずれの光強度においても、ZAISナノ粒子は金ナノ粒子含有層に捕捉されなかった。ZAISナノ粒子の捕捉の成否には、プラズモン構造体の大きさが大きく関わっていることが示唆される。
【0116】
B.銀ナノ粒子(プラズモン構造体)
1.実験方法
1-1.銀ナノ粒子の製造
2mMのNaBH4 と2mMのクエン酸三ナトリウムとを含む水溶液を4.8mL準備した。この水溶液を60℃で30分保持した後、1.17mMのAgNO3 水溶液0.2mLを加えた。この混合溶液を90℃まで昇温し、0.01MのNaOH水溶液を添加して20分加熱した。NaOH水溶液のpHは10.5であった。こうして粒径10nmの銀ナノ粒子を得た。
【0117】
そして、前述のオクタデシル基修飾逆相シリカゲルTLCプレートに銀ナノ粒子を塗布して乾燥させた。
【0118】
2.実験結果
2-1.光強度依存性
図32は、銀ナノ粒子を用いたプラズモン構造体含有層の拡散反射スペクトルを示すグラフである。図32の横軸は光の波長である。図32の縦軸はクベルカ-ムンク関数の値である。表面プラズモン共鳴ピークが約400nmから600nmの間に観察された。この表面プラズモン共鳴ピークを光励起するために、ピーク波長460nmの単色光を照射できる青色LEDを光照射部として用いた。
【0119】
図33は、プラズモン構造体として銀ナノ粒子を用いてその部分に波長460nmの青色LED光を種々の光強度で照射しながらライス形状ZAISナノ粒子(19nm)を展開した後の固定相部材の写真である。図33に示すように、光の強度を増加させるほど、ZAISナノ粒子の移動距離が小さくなり、ZAISナノ粒子を効果的に捕捉することができる。
【0120】
図34は、図33における照射光強度とライス形状ZAISナノ粒子のRf値との関係を示すグラフである。図34の横軸は波長460nmの青色LED光の強度である。図34の縦軸はRf値である。図34に示すように、光の強度を0.30W/cm2 以上にすると、プラズモン構造体である銀ナノ粒子含有層はZAISナノ粒子を捕捉することができる。
【0121】
2-2.照射光の波長依存性
図35は、プラズモン構造体含有層である銀ナノ粒子含有層に照射する単色光の波長(λirrad)と銀ナノ粒子含有層におけるライス形状ZAISナノ粒子(19nm)の捕捉に必要な最小の光強度(Imin)との関係を示すグラフである。図35の横軸は光の波長である。図35の縦軸は金ナノ粒子含有層にZAISナノ粒子を捕捉するために必要な最小の光強度である。図35に示すように、プラズモン構造体として銀ナノ粒子を用いた場合には、照射光の波長が820nmから460nmへと短くなるにつれてZAISナノ粒子の捕捉に必要な最小の光強度は小さくなる。
【0122】
図32の銀ナノ粒子含有層の拡散反射スペクトルでは、波長820nmから460nmへと短波長になるにつれてクベルカ-ムンク関数の値は大きくなる。これらのことから、表面プラズモン共鳴をより効果的に光励起することができる波長の短い照射光を用いると、より小さい光の強度でZAISナノ粒子を捕捉することができる。すなわち、表面プラズモン共鳴のピークの裾の付近でクベルカ-ムンク関数の値が小さい波長領域である820nmの光を照射した場合には、光の強度が十分に大きくなければZAISナノ粒子を捕捉することができない。
【0123】
2-3.分離ターゲットであるナノ構造体の粒子径依存性
プラズモン構造体含有層として銀ナノ粒子含有層を用いる場合において、種々の粒子径の量子ドット(ZAISナノ粒子またはAgInGaSナノ粒子)を展開し、分離ターゲットである量子ドットの粒子径と捕捉効率との関係を調べた。用いるZAISナノ粒子およびAgInGaSナノ粒子は、プラズモン構造体含有層として金ナノ粒子を用いた場合と同様に作製した。
【0124】
プラズモン構造体として銀ナノ粒子を用い、波長460nmの青色LED光を照射しながら種々のサイズの量子ドットを展開した。
【0125】
図36は、用いた量子ドットの粒子径とRf値との関係を示すグラフである。図36の横軸は分離ターゲットである量子ドットの粒子径である。図36の縦軸はRf値である。図36に示すように、粒子径が7.8nm以上の場合には、プラズモン構造体はZAISナノ粒子またはAgInGaSナノ粒子を捕捉することができる。
【0126】
C.ITO粒子(プラズモン構造体)
1.実験方法
前述のオクタデシル基修飾逆相シリカゲルTLCプレートにプラズモン構造体含有層としてITO粒子(Aldrich社製)を塗布して乾燥させた固定相担持プレートを製作した。ITO粒子の粒子径は100nmであった。プラズモン構造体含有層中のITO粒子の個数密度は1.1×1013個/cm3 であった。分離ターゲットであるナノ構造体として粒子径19nmのライス形状ZAISナノ粒子を用いた。
【0127】
図37は、ITO粒子含有層の拡散反射スペクトルを示すグラフである。図37の横軸は光の波長である。図37の縦軸はクベルカ-ムンク関数である。図37に示すように、ブロードな表面プラズモン共鳴ピークが600nm以上の近赤外領域に存在する。また、波長820nmでは、表面プラズモン共鳴ピークの裾野である。しかし、図37の820nmでのクベルカ-ムンク関数の値は図23および図32における照射波長でのクベルカ-ムンク関数の値と同程度である。このため、波長820nmの近赤外単色光を照射することによりITO粒子の表面プラズモン共鳴は十分効果的に光励起される。
【0128】
2.実験結果
図38は、プラズモン構造体としてITO粒子を担持させたプラズモン構造体含有層を用いてXeランプ光より取り出した820nmの単色光を照射しながらライス形状ZAISナノ粒子(粒子径:19nm)を展開した後の固定相担持プレートの写真である。図38に示すように、光を照射していない場合には、ZAISナノ粒子はITO粒子含有層にほとんど捕捉されることなく固定相担持プレートの上部にまで移動した。ただし、光の強度が0.31W/cm2 の場合には、光を照射しなかった場合に比べて、ZAISナノ粒子の移動距離が短くなった。光の強度が0.45W/cm2 以上の場合には、固定相担持プレートのITO粒子含有層部分において、ライス形状ZAISナノ粒子が捕捉された。
【0129】
図39は、プラズモン構造体としてITO粒子を用いて820nmの単色光を照射しながらライス形状ZAISナノ粒子(粒子径19nm)を展開したときの光の強度とRf値との関係を示すグラフである。図39の横軸は光の強度である。図39の縦軸はライス形状ZAISナノ粒子のRf値である。図39に示すように、0.45W/cm2 程度以上の強度の光を固定相担持プレートに照射すれば、ITO粒子含有層部分でライス形状ZAISナノ粒子を捕捉することができる。このように、金属ナノ粒子に限らず、金属酸化物等の金属化合物からなるナノ粒子をプラズモン構造体として用いることができる。
【0130】
D.分離ターゲットであるナノ構造体として有機化合物を用いる場合の光捕捉
1.実験方法
前述のオクタデシル基修飾逆相シリカゲルTLCプレートにプラズモン構造体含有層として金ナノ粒子を担持させた固定相担持プレートを製作した。金ナノ粒子の粒子径は12nmであった。金ナノ粒子の個数密度は3.5×1013個/cm3 であった。ターゲットであるナノ構造体として粒子径47nmの蛍光ポリスチレンビーズ(Thermo SCIENTIFIC社製)を用いた。展開溶媒はメタノールであった。
【0131】
2.実験結果
図40は、波長610nmのLED光を種々の光強度で照射しながらナノ構造体としてポリスチレンビーズをメタノールで展開した後の固定相担持プレートの写真である。図40に示すように、光の強度を上げると金ナノ粒子含有層はポリスチレンビーズを捕捉することができる。光の強度が0.63W/cm2 の場合には、金ナノ粒子含有層の上部において大部分のポリスチレンビーズを捕捉することができた。光の強度が0.88W/cm2 の場合には、金ナノ粒子含有層の中央部においてすべてのポリスチレンビーズを捕捉することができた。
【0132】
図41は、TLC上にポリスチレンビーズを滴下固定した位置(原点)からメタノールで展開した際のポリスチレンビーズの移動距離と照射光強度との関係を示すグラフである。図41の横軸は光の強度である。図41の縦軸はポリスチレンビーズの原点からの移動距離(cm)である。図41に示すように、十分な強度の光を固定相担持プレートに照射すれば、プラズモン構造体はポリスチレンビーズを捕捉することができる。
【0133】
E.実験のまとめ
プラズモン構造体である金ナノ粒子含有層の表面プラズモン共鳴を励起できる波長で十分な強度の光を照射することにより、金ナノ粒子含有層は、移動相中の無機ナノ粒子(量子ドット)を捕捉することができた。光強度が大きいほど、金ナノ粒子含有層が無機ナノ粒子を捕捉する力が強まる傾向がある。また、無機ナノ粒子の粒子径が小さいほど、金ナノ粒子含有層が無機ナノ粒子を捕捉することは困難な傾向がある。
【0134】
また、光の強度が無機ナノ粒子の捕捉に十分でない場合であっても、移動相中の無機ナノ粒子の移動速度を減速させることができた。これにより、無機ナノ粒子の停止位置が、光を照射しない場合に比べて小さなRf値になった。
【0135】
プラズモン構造体は金属ナノ粒子に限らない。プラズモン構造体は金ナノ粒子、銀ナノ粒子、ITO粒子等、表面プラズモン共鳴を励起可能な粒子であれば特に材料を限定されない。
【0136】
捕捉ターゲットまたは分離ターゲットであるナノ構造体は、無機化合物、有機化合物のいずれであってもよい。例えば、導電体、半導体、絶縁体のいずれであってもよい。ポリスチレンビーズのように絶縁性の高い材料であっても、プラズモン構造体が発生する微視的な局在電場を受けて、プラズモン構造体とナノ構造体との間に引力が発生する。
【0137】
(付記)
第1の態様における分離装置は、固定相を有する固定相部材と、固定相部材および移動相を収容可能な展開槽と、固定相部材に向けて光を照射する光照射部と、を有する。固定相は、吸着剤と、吸着剤にプラズモン構造体を配置したプラズモン構造体含有層と、を有する。固定相部材は、ナノ構造体を含む移動相を供給されることが可能であるとともに、移動相を固定相に沿って移動させることが可能である。
【0138】
第2の態様における分離装置においては、光照射部は、プラズモン構造体に表面プラズモン共鳴を励起可能な光を照射する。
【0139】
第3の態様における分離装置においては、プラズモン構造体は、光照射部が光を固定相部材に照射している期間内に、ナノ構造体を捕捉するか、または、移動相中のナノ構造体の移動速度を減速させる。
【0140】
第4の態様における分離装置においては、固定相は、プラズモン構造体を含有せず吸着剤を含有する第1担体層および第2担体層を有する。プラズモン構造体含有層は、第1担体層と第2担体層との間の位置に配置されている。
【0141】
第5の態様における分離装置においては、プラズモン構造体は、表面プラズモン共鳴ピークをもつ金属ナノ粒子である。
【0142】
第6の態様における分離装置においては、プラズモン構造体は、表面プラズモン共鳴ピークをもつ金属化合物ナノ粒子である。
【0143】
第7の態様における分離装置においては、ナノ構造体は、無機化合物または有機化合物からなるナノ粒子である。
【0144】
第8の態様における固定相部材は、固定相を有する。固定相は、吸着剤と、吸着剤にプラズモン構造体を配置したプラズモン構造体含有層と、を有する。固定相部材は、ナノ構造体を含む移動相を供給されることが可能であるとともに、移動相を固定相に沿って移動させることが可能である。
【0145】
第9の態様における固定相部材においては、プラズモン構造体は、光を固定相部材に照射している期間内に、ナノ構造体を捕捉するか、または、移動相中のナノ構造体の移動速度を減速させる。
【0146】
第10の態様における固定相部材においては、固定相は、プラズモン構造体を含有せず吸着剤を含有する第1担体層および第2担体層を有する。プラズモン構造体含有層は、第1担体層と第2担体層との間の位置に配置されている。
【0147】
第11の態様における固定相部材においては、プラズモン構造体は、表面プラズモン共鳴ピークをもつ。
【0148】
第12の態様におけるナノ構造体の分離方法においては、移動相に液体を用いるとともに固定相に固体を用いる液体クロマトグラフを用いる。表面プラズモン共鳴を励起可能なプラズモン構造体を含有する固定相を用いる。移動相としてナノ構造体を含む液体を用いる。プラズモン構造体に光を照射することによりプラズモン構造体に表面プラズモン共鳴を励起させる。プラズモン構造体にナノ構造体を捕捉させるか、または、移動相中のナノ構造体の移動速度を減速させる。
【0149】
第13の態様におけるナノ構造体の分離方法においては、プラズモン構造体に光を照射することによりプラズモン構造体に表面プラズモン共鳴を励起させて、プラズモン構造体とナノ構造体との間に引力を発生させる。
【符号の説明】
【0150】
1000…分離装置
1100…光照射部
1200…展開槽
100…固定相部材
110…基材
120、140…担体層
130…プラズモン構造体含有層
L1…液体
P1…金ナノ粒子
N1…無機ナノ粒子
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
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