(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-06
(45)【発行日】2024-02-15
(54)【発明の名称】粉末高速度鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 33/02 20060101AFI20240207BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20240207BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20240207BHJP
C21D 9/18 20060101ALN20240207BHJP
【FI】
C22C33/02 B
C22C38/00 304
C21D9/00 M
C21D9/18
(21)【出願番号】P 2020046533
(22)【出願日】2020-03-17
【審査請求日】2023-01-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山本 隆久
(72)【発明者】
【氏名】越智 亮介
(72)【発明者】
【氏名】三浦 滉大
(72)【発明者】
【氏名】澤田 俊之
【審査官】坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-213630(JP,A)
【文献】特開平03-264166(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 33/02,38/00
C21D 9/00,9/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:1.0質量%以上1.8質量%以下
Si:0.1質量%以上1.5質量%以下
Mn:0.1質量%以上1.5質量%以下
Cr:7.0質量%以上10.0質量%以下
Mo:2.0質量%以上6.0質量%以下
V:1.0質量%以上4.0質量%以下
及び
Co:1.0質量%以上5.0質量%以下
を含有し、
さらにY、Zr、Ti及びHfからなる群から選ばれた1種又は2種以上の元素を合計で0.25質量%以上2.0質量%以下含有し、
かつ残部がFe及び不可避的不純物であり、
マトリックスと、このマトリックスに分散しておりそのアスペクト比が1.3以上である金属炭化物とを含んでおり、
金属組織における、そのアスペクト比が1.3以上である金属炭化物の面積率Psが、0.5%以上5.5%以下である、粉末高速度鋼。
【請求項2】
上記金属炭化物における、下記数式で算出される値MTが、5.0以上9.0以下である請求項1に記載の粉末高速度鋼。
MT = MA + MB
MA = 6/23・P(Cr) + 1/6・P(Mo) + P(V)
MB = 2・Pd(Y) + P(Zr) + P(Ti) + P(Hf)
(これらの数式において、P(Cr)、P(Mo)、P(V)、P(Y)、P(Zr)、P(Ti)及びP(Hf)は、それぞれ、上記金属炭化物におけるCr、Mo、V、Y、Zr、Ti及びHfの原子数比率(at%)を表す。)
【請求項3】
上記金属炭化物における、下記数式で算出される値MBが、3.0以上5.0以下である請求項1又は2に記載の粉末高速度鋼。
MB = 2・Pd(Y) + P(Zr) + P(Ti) + P(Hf)
(この数式においてP(Y)、P(Zr)、P(Ti)及びP(Hf)は、それぞれ、上記金属炭化物におけるY、Zr、Ti及びHfの原子数比率(at%)を表す。)
【請求項4】
樹脂成形のための金型の素材である請求項1から3のいずれかに記載の粉末高速度鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金型、射出成形機のスクリュー等に適した、粉末高速度鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
金型等の工具に、高速度鋼が用いられている。高速度鋼は、「高速度工具鋼」とも称されている。粉末冶金法によって得られた高速度鋼は、「粉末高速度鋼」と称されている。粉末高速度鋼は、「粉末ハイス」とも称されており、「焼結高速度鋼」とも称されている。
【0003】
特開2005-213630公報には、C、Si、Mn、Cr、Mo及びVを含有する粉末高速度鋼が開示されている。この高速度鋼は、アスペクト比が1.3以上であるCr系炭化物を含んでいる。この高速度鋼は、耐摩耗性及び靱性に優れる。この高速度鋼は、圧延ロールの素材に適している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
樹脂成形品の製造方法として、射出成形法が知られている。射出成形法では、シリンダー内で、樹脂組成物が溶融される。この溶融樹脂組成物は、スクリューにて金型内に射出される。溶融樹脂組成物は高温であるから、この樹脂組成物からガスが発生する。金型内は比較的低温なので、このガスに由来して、金型内で酸が発生しうる。酸として、硫酸、リン酸及びフッ酸が例示される。酸は、金型の腐食を助長する。シリンダー内でも、同様の酸が発生しうる。この酸は、スクリューの腐食を助長する。従来の粉末高速度鋼では、腐食の抑制は不十分である。
【0006】
同様の問題は、金型及びスクリュー以外の、腐食環境にさらされる種々の用途に用いられる粉末高速度鋼にも、生じている。
【0007】
本発明の目的は、耐摩耗性、靱性及び耐食性のバランスに優れた粉末高速度鋼の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る粉末高速度鋼は、
C:1.0質量%以上1.8質量%以下
Si:0.1質量%以上1.5質量%以下
Mn:0.1質量%以上1.5質量%以下
Cr:7.0質量%以上10.0質量%以下
Mo:2.0質量%以上6.0質量%以下
V:1.0質量%以上4.0質量%以下
及び
Co:1.0質量%以上5.0質量%以下
を含有する。この粉末高速度鋼はさらに、Y、Zr、Ti及びHfからなる群から選ばれた1種又は2種以上の元素を合計で0.25質量%以上2.0質量%以下含有する。残部は、Fe及び不可避的不純物である。この粉末高速度鋼は、マトリックスと、このマトリックスに分散しておりそのアスペクト比が1.3以上である金属炭化物とを含む。この金属組織における、そのアスペクト比が1.3以上である金属炭化物の面積率Psは、0.5%以上5.5%以下である。
【0009】
好ましくは、金属炭化物における、下記数式で算出される値MTは、5.0以上9.0以下である。
MT = MA + MB
MA = 6/23・P(Cr) + 1/6・P(Mo) + P(V)
MB = 2・Pd(Y) + P(Zr) + P(Ti) + P(Hf)
これらの数式において、P(Cr)、P(Mo)、P(V)、P(Y)、P(Zr)、P(Ti)及びP(Hf)は、それぞれ、金属炭化物におけるCr、Mo、V、Y、Zr、Ti及びHfの原子数比率(at%)を表す。
【0010】
好ましくは、金属炭化物における、下記数式で算出される値MBは、3.0以上5.0以下である。
MB = 2・Pd(Y) + P(Zr) + P(Ti) + P(Hf)
この数式においてP(Y)、P(Zr)、P(Ti)及びP(Hf)は、それぞれ、金属炭化物におけるY、Zr、Ti及びHfの原子数比率(at%)を表す。
【0011】
この粉末高速度鋼は、樹脂成形のための金型の素材に好適である。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る高速度鋼は、耐食性、耐摩耗性及び靱性のバランスに優れる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[組成]
本発明に係る粉末高速度鋼は、
C:1.0質量%以上1.8質量%以下
Si:0.1質量%以上1.5質量%以下
Mn:0.1質量%以上1.5質量%以下
Cr:7.0質量%以上10.0質量%以下
Mo:2.0質量%以上6.0質量%以下
V:1.0質量%以上4.0質量%以下
及び
Co:1.0質量%以上5.0質量%以下
を含有する。この粉末高速度鋼はさらに、Y、Zr、Ti及びHfからなる群から選ばれた1種又は2種以上の元素を合計で0.25質量%以上2.0質量%以下含有する。残部は、Fe及び不可避的不純物である。この高速度鋼は、マトリックスと、このマトリックスに分散する多数の金属炭化物とを含む。以下、この粉末高速度鋼における各元素の役割が、詳説される。
【0014】
[炭素(C)]
Cは、焼入れによってマトリックスに固溶する。Cは、焼戻しによってマトリックスから析出する。さらにCは、他の元素と結合して炭化物を形成する。従ってCは、高速度鋼の耐摩耗性、高温強度及び軟化抵抗性に寄与しうる。これらの観点から、Cの含有率は1.0質量%以上が好ましく、1.1質量%以上がより好ましく、1.2質量%以上が特に好ましい。過剰のCは過大な炭化物の析出を招来し、靱性を阻害する。この観点から、Cの含有率は1.8質量%以下が好ましく、1.7質量%以下がより好ましく、1.6質量%以下が特に好ましい。
【0015】
[ケイ素(Si)]
Siは、製鋼工程での脱酸に寄与する。Siはさらに、固溶強化にも寄与する。これらの観点から、Siの含有率は0.1質量%以上が好ましく、0.3質量%以上がより好ましく、0.4質量%以上が特に好ましい。過剰のSiは、高速度鋼の加工性を阻害する。加工性の観点から、Siの含有率は1.5質量%以下が好ましく、1.4質量%以下がより好ましく、1.3質量%以下が特に好ましい。
【0016】
[マンガン(Mn)]
Mnは、製鋼工程での脱酸に寄与する。Mnはさらに、熱処理特性を高める。これらの観点から、Mnの含有率は0.1質量%以上が好ましく、0.2質量%以上がより好ましく、0.3質量%以上が特に好ましい。過剰のMnは、高速度鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Mnの含有率は1.5質量%以下が好ましく、1.3質量%以下がより好ましく、1.1質量%以下が特に好ましい。
【0017】
[クロム(Cr)]
Crは、炭化物を形成する。この炭化物は、高速度鋼の耐摩耗性に寄与する。さらにCrは、高速度鋼の耐食性にも寄与する。これらの観点から、Crの含有率は7.0質量%以上が好ましく、7.3質量%以上がより好ましく、7.5質量%以上が特に好ましい。過剰のCrは過大な炭化物の析出を招来し、高速度鋼の靱性を阻害する。この観点から、Crの含有率は10.0質量%以下が好ましく、9.5質量%以下がより好ましく、9.0質量%以下が特に好ましい。
【0018】
[モリブデン(Mo)]
Moは、高速度鋼において微細な炭化物として存在する。この炭化物は、高速度鋼の強度及び耐摩耗性に寄与する。これらの観点から、Moの含有率は2.0質量%以上が好ましく、2.5質量%以上がより好ましく、3.0質量%以上が特に好ましい。過剰のMoは過大な炭化物の析出を招来し、高速度鋼の靱性を阻害する。この観点から、Moの含有率は6.0質量%以下が好ましく、5.0質量%以下がより好ましく、4.5質量%以下が特に好ましい。
【0019】
[バナジウム(V)]
Vは、焼入れ時の結晶粒の粗大化を抑制する。さらにVは、高速度鋼において微細な炭化物として存在する。この炭化物は、高速度鋼の高温強度、軟化抵抗性及び耐摩耗性に寄与する。これらの観点から、Vの含有率は1.0質量%以上が好ましく、1.5質量%以上がより好ましく、2.0質量%以上が特に好ましい。過剰のVは過大な炭化物の析出を招来し、高速度鋼の靱性を阻害する。この観点から、Vの含有率は4.0質量%以下が好ましく、3.7質量%以下がより好ましく、3.5質量%以下が特に好ましい。
【0020】
[コバルト(Co)]
Coは、マトリックスの高硬度に寄与する。Coはさらに、高速度鋼の耐食性にも寄与する。これらの観点から、Coの含有率は1.0質量%以上が好ましく、1.3質量%以上がより好ましく、1.5質量%以上が特に好ましい。低コストの観点から、Coの含有率は5.0質量%以下が好ましく、4.5質量%以下がより好ましく、4.0質量%以下が特に好ましい。
【0021】
[イットリウム(Y)]
Yは、高速度鋼において、炭化物を構成する元素の一部として存在しうる。炭化物に入り込んだYの影響を受けて、炭化物形成元素であるCr、Mo及びVの一部が、炭化物を形成することなく、マトリックスに固溶する。固溶したCr、Mo又はVは、不動態皮膜を形成しうる。この不動態皮膜は、耐食性に寄与しうる。この不動態皮膜は特に、硫酸、リン酸及びフッ酸に対する耐食性に寄与しうる。
【0022】
[ジルコニウム(Zr)]
Zrは、高速度鋼において、炭化物を構成する元素の一部として存在しうる。炭化物に入り込んだZrの影響を受けて、炭化物形成元素であるCr、Mo及びVの一部が、炭化物を形成することなく、マトリックスに固溶する。固溶したCr、Mo又はVは、不動態皮膜を形成しうる。この不動態皮膜は、耐食性に寄与しうる。この不動態皮膜は特に、硫酸、リン酸及びフッ酸に対する耐食性に寄与しうる。
【0023】
[チタン(Ti)]
Tiは、高速度鋼において、炭化物を構成する元素の一部として存在しうる。炭化物に入り込んだTiの影響を受けて、炭化物形成元素であるCr、Mo及びVの一部が、炭化物を形成することなく、マトリックスに固溶する。固溶したCr、Mo又はVは、不動態皮膜を形成しうる。この不動態皮膜は、耐食性に寄与しうる。この不動態皮膜は特に、硫酸、リン酸及びフッ酸に対する耐食性に寄与しうる。
【0024】
[ハフニウム(Hf)]
Hfは、高速度鋼において、炭化物を構成する元素の一部として存在しうる。炭化物に入り込んだHfの影響を受けて、炭化物形成元素であるCr、Mo及びVの一部が、炭化物を形成することなく、マトリックスに固溶する。固溶したCr、Mo又はVは、不動態皮膜を形成しうる。この不動態皮膜は、耐食性に寄与しうる。この不動態皮膜は特に、硫酸、リン酸及びフッ酸に対する耐食性に寄与しうる。
【0025】
[Y、Zr、Ti及びHf]
粉末高速度鋼は、Y、Zr、Ti及びHfのうちの1種を含みうる。粉末高速度鋼が、Y、Zr、Ti及びHfの2種以上を含んでもよい。Cr、Mo又はVの不動態皮膜による耐食性の観点から、Y、Zr、Ti及びHfの合計含有率は0.25質量%以上が好ましく、0.35質量%以上がより好ましく、0.40質量%以上が特に好ましい。過剰のY、Zr、Ti及びHfは、高速度鋼の耐摩耗性を阻害する。この観点から、この合計含有率は2.0質量%以下が好ましく、1.8質量%以下がより好ましく、1.7質量%以下が特に好ましい。
【0026】
[Fe]
粉末高速度鋼は、Fe系合金である。粉末高速度鋼は、靱性に優れる。靱性の観点から、Feの含有率は60質量%以上が好ましく、70質量%以上がより好ましく、75質量%以上が特に好ましい。
【0027】
[不純物]
粉末高速度鋼は、不可避的不純物を含む。代表的な不純物として、Nが挙げられる。Nは、炭化物及び窒化物の粗大化を招く。粗大な炭化物及び窒化物は、高速度鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Nの含有量(質量基準)は300ppm以下が好ましく、200ppm以下が特に好ましい。
【0028】
他の代表的な不純物として、Oが挙げられる。Oは、介在物(酸化物)の生成の原因となる。介在物は、破壊の基点となり得る。破壊の抑制の観点から、Oの含有量(質量基準)は300ppm以下が好ましく、200ppm以下が特に好ましい。
【0029】
[金属組織]
前述の通り、粉末高速度鋼の金属組織は、マトリックスと、このマトリックスに分散する多数の金属炭化物とを含んでいる。マトリックスのベースは、Feである。マトリックスでは、Feに他の元素が固溶している。金属炭化物は、Cと他の元素との化合物である。金属炭化物として、M7C3、M6C及びMCが例示される。ここでMは、CrxMoyV(1-x-y)である。さらに金属炭化物は、一部のCr、Mo又はVが、Y、Zr、Ti又はHfで置換された構造を有しうる。なお、本発明では、Cの単層は炭化物の概念に含まれない。
【0030】
[アスペクト比]
この金属組織は、アスペクト比が1.3未満である金属炭化物を含みうる。アスペクト比が1.3未満である金属炭化物の形状は、球に近い。この金属組織は、アスペクト比が1.3以上である金属炭化物を含みうる。アスペクト比が1.3以上である金属炭化物は、扁平である。
【0031】
アスペクト比が1.3以上である金属炭化物の面積率Psは、0.5%以上が好ましい。一般的には、アスペクト比が大きい金属炭化物は、靱性を阻害する傾向がある。本発明者が鋭意開発を進めた結果、アスペクト比が1.3以上である炭化物が適度に含まれる粉末高速度鋼では、意外にも、衝撃が加わったときの歪みエネルギーが緩和されることが判明した。換言すれば、アスペクト比が1.3以上である金属炭化物の面積率Psが0.5%以上である粉末高速度鋼は、靱性に優れる。この観点から、この面積率Psは1.0%以上がより好ましく、1.5%以上が特に好ましい。過剰の金属炭化物は、靱性を阻害する。靱性の観点から、この面積率Psは5.5%以下が好ましく、5.2%以下がより好ましく、4.8%以下が特に好ましい。本発明者が鋭意開発を進めた結果、Y、Zr、Ti及びHfのうちの1種又は2種以上を含むことが、アスペクト比が1.3以上である金属炭化物を適度に析出させる手段であることが分かった。
【0032】
面積率Psは、粉末高速度鋼の断面が顕微鏡で観察されることで算出される。顕微鏡の視野内に存在する、アスペクト比が1.3以上である金属炭化物の合計面積が、視野の面積で除されることで、面積率Psが算出される。
【0033】
[値MT]
本発明では、下記数式により、値MTが算出される。
MT = MA + MB
MA = 6/23・P(Cr) + 1/6・P(Mo) + P(V)
MB = 2・Pd(Y) + P(Zr) + P(Ti) + P(Hf)
P(Cr):全金属炭化物における、総原子数に対するCr原子の数の百分率
P(Mo):全金属炭化物における、総原子数に対するMo原子の数の百分率
P(V):全金属炭化物における、総原子数に対するV原子の数の百分率
P(Y):全金属炭化物における、総原子数に対するY原子の数の百分率
P(Zr):全金属炭化物における、総原子数に対するZr原子の数の百分率
P(Ti):全金属炭化物における、総原子数に対するTi原子の数の百分率
P(Hf):全金属炭化物における、総原子数に対するHf原子の数の百分率
P(Cr)、P(Mo)、P(V)、Pd(Y)、P(Zr)、P(Ti)及びP(Hf)は、エネルギー分散型X線分析法によって測定されうる。
【0034】
値MTは、5.0以上9.0以下が好ましい。値MTがこの範囲内である粉末高速度鋼では、微細すぎる金属炭化物が少ない。この粉末高速度鋼は、耐摩耗性に優れる。この観点から、値MTは5.5以上がより好ましく、6.0以上が特に好ましい。MTは、8.5以下がより好ましく、8.0以下が特に好ましい。
【0035】
値MTは、組成及び熱処理条件の工夫によって調整されうる。例えば、所定の組成を有する母材の、所定温度及び所定時間の焼なましによって、上記範囲内の値MTが達成されうる。
【0036】
値MBは、3.0以上5.0以下が好ましい。値MBが3.0以上である粉末高速度鋼では、Cr、Mo又はVの不動態皮膜が十分に形成されうる。この観点から、値MBは3.5以上がより好ましく、3.7以上が特に好ましい。値MBが5.0以下である粉末高速度鋼は、靱性に優れる。この観点から、値MBは4.5以下がより好ましく、4.2以下が特に好ましい。
【0037】
値MBは、組成及び熱処理条件の工夫によって調整されうる。例えば、所定の組成を有する母材の、所定温度及び所定時間の焼なましによって、上記範囲内の値MBが達成されうる。
【0038】
[粉末冶金法]
本発明に係る高速度鋼は、粉末冶金法によって得られうる。粉末冶金法ではまず、ガスアトマイズ法、水アトマイズ法、ディスクアトマイズ法、粉砕法等により、金属粉末が製作される。この金属粉末が高温雰囲気で加圧されて固化し、成形体が得られる。好ましい加圧方法として、熱間等方圧加圧法が挙げられる、熱間等方加圧法では、摂氏数百度から2000度の高温下で、数十MPaから200MPaの等方的な圧力で粉末が加圧される。好ましくは、加圧媒体として、アルゴンガス、ヘリウムガス等の不活性ガスが用いられる。不活性ガスの使用により、金属粉末の酸化が抑制される。
【0039】
この成形体に、熱間加工が施される。さらにこの成形体に熱処理が施され、粉末高速度鋼が得られる。典型的な熱処理は、「焼なまし-焼入れ-焼もどし」である。これらの熱処理により、好ましい金属炭化物が析出する。
【0040】
本発明は、金型にも向けられる。本発明に係る金型の材質は、粉末高速度鋼である。この粉末高速度鋼は、
C:1.0質量%以上1.8質量%以下
Si:0.1質量%以上1.5質量%以下
Mn:0.1質量%以上1.5質量%以下
Cr:7.0質量%以上10.0質量%以下
Mo:2.0質量%以上6.0質量%以下
V:1.0質量%以上4.0質量%以下
及び
Co:1.0質量%以上5.0質量%以下
を含有する。この粉末高速度鋼はさらに、Y、Zr、Ti及びHfからなる群から選ばれた1種又は2種以上の元素を合計で0.25質量%以上2.0質量%以下含有する。残部は、Fe及び不可避的不純物である。この粉末高速度鋼は、マトリックスと、このマトリックスに分散しておりそのアスペクト比が1.3以上である金属炭化物とを含む。この金属組織における、そのアスペクト比が1.3以上である金属炭化物の面積率Psは、0.5%以上5.5%以下である。
【実施例】
【0041】
以下、実施例によって本発明の効果が明らかにされるが、この実施例の記載に基づいて本発明が限定的に解釈されるべきではない。
【0042】
[実施例1]
溶湯にアトマイズを施して、粉末を得た。この粉末を、円筒状のスチール缶に充填した。このスチール缶に真空脱気を施し、さらにこのスチール缶を密閉した。アルゴンガス雰囲気にて、圧力が200MPaであり温度が950℃である条件で、熱間等方加圧を行って、成形体を得た。この成形体に鍛造、圧延、熱間押出及び焼なましを施して、直径が50mmである丸棒を得た。この丸棒から、摩耗試験用試験片及び衝撃試験用試験片を切り出した。これらの試験片に約1100℃の焼入れを施し、さらに3時間の焼もどしを施して、実施例1に係る粉末高速度鋼からなる試験片を得た。粉末高速度鋼の硬度が64HRC以上65HRC以下となるよう、焼もどし温度を調整した。この粉末高速度鋼の組成が、下記の表1に示されている。この粉末高速度鋼は、表1に示された元素以外に、不可避的不純物を含んでいる。
【0043】
[実施例2-20及び比較例1-10]
下記の表1及び2に示される通りの組成とした他は実施例1と同様にして、実施例2-20及び比較例1-10の粉末高速度鋼を得た。
【0044】
[比較例11-20]
下記の表2に示される通りの組成とした他は実施例1と同様にして、丸棒を得た。この丸棒には、鍛造に起因する割れが発生していた。この丸棒からの、試験片の切り出しは行わなかった。但し、値MTの測定の目的で、丸棒から顕微鏡観察用の試料を採取し、これに熱処理を施した。
【0045】
[浸漬試験]
硫酸水溶液、リン酸水溶液及びフッ酸水溶液に粉末高速度鋼を浸漬し、腐食減量を測定した。条件は、以下の通りであった。
水溶液濃度:1N(水素イオン濃度が1mol/L)
温度:25℃
時間:1時間
この結果が、下記の表3及び4に示されている。
【0046】
[摩耗量]
縦が10mmであり、横が25mmであり、長さが50mmである試験片を、大越式摩耗試験機にセットし、比摩耗量を測定した。この結果が、下記の表3及び4に示されている。
【0047】
[衝撃値]
縦が10mmであり、横が10mmであり、長さが50mmである試験片を用意した。この試験片は、ノッチを有する。ノッチのサイズは「10R、2mmC」である。この試験片に、「JIS Z 2242:2005」の規定に準拠してシャルピー衝撃試験を施し、衝撃値を測定した。この結果が、下記の表3及び4に示されている。
【0048】
[総合評価]
下記の基準に基づいて、各粉末高速度鋼を格付けした。
A:浸漬試験の総合評価がAであり、かつ、摩耗量が0.27mm3/Nmm以下であ る。
B:浸漬試験の総合評価がAであり、かつ、摩耗量が0.27mm3/Nmmより大き い。
F:浸漬試験の総合評価がBであるか、または評価不能である。
この結果が、下記の表3及び4に示されている。
【0049】
【0050】
【0051】
【0052】
【0053】
表3及び4に示されるように、各実施例の粉末高速度鋼は、全ての評価項目において優れている。以上の評価結果から、本発明の優位性は明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明に係る粉末高速度鋼は、金型、射出成形機、口金、パンチ、手工具、機械工具、刃物等の、種々の用途に用いられうる。