IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ヱスビー食品株式会社の特許一覧

特許7432999概日周期短周期化剤、概日リズム調整剤、時計遺伝子発現周期短縮剤、概日周期短周期化用飲食物
<>
  • 特許-概日周期短周期化剤、概日リズム調整剤、時計遺伝子発現周期短縮剤、概日周期短周期化用飲食物 図1
  • 特許-概日周期短周期化剤、概日リズム調整剤、時計遺伝子発現周期短縮剤、概日周期短周期化用飲食物 図2
  • 特許-概日周期短周期化剤、概日リズム調整剤、時計遺伝子発現周期短縮剤、概日周期短周期化用飲食物 図3
  • 特許-概日周期短周期化剤、概日リズム調整剤、時計遺伝子発現周期短縮剤、概日周期短周期化用飲食物 図4
  • 特許-概日周期短周期化剤、概日リズム調整剤、時計遺伝子発現周期短縮剤、概日周期短周期化用飲食物 図5
  • 特許-概日周期短周期化剤、概日リズム調整剤、時計遺伝子発現周期短縮剤、概日周期短周期化用飲食物 図6
  • 特許-概日周期短周期化剤、概日リズム調整剤、時計遺伝子発現周期短縮剤、概日周期短周期化用飲食物 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-08
(45)【発行日】2024-02-19
(54)【発明の名称】概日周期短周期化剤、概日リズム調整剤、時計遺伝子発現周期短縮剤、概日周期短周期化用飲食物
(51)【国際特許分類】
   A61K 36/758 20060101AFI20240209BHJP
   A61K 31/164 20060101ALI20240209BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20240209BHJP
   A23L 33/105 20160101ALI20240209BHJP
   A61K 127/00 20060101ALN20240209BHJP
   A61K 129/00 20060101ALN20240209BHJP
   A61K 131/00 20060101ALN20240209BHJP
   A61K 133/00 20060101ALN20240209BHJP
   A61K 125/00 20060101ALN20240209BHJP
【FI】
A61K36/758
A61K31/164
A61P25/00
A23L33/105
A61K127:00
A61K129:00
A61K131:00
A61K133:00
A61K125:00
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019129054
(22)【出願日】2019-07-11
(65)【公開番号】P2021014420
(43)【公開日】2021-02-12
【審査請求日】2022-06-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000116297
【氏名又は名称】ヱスビー食品株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100169753
【弁理士】
【氏名又は名称】竹内 幸子
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 泰司
(74)【代理人】
【識別番号】100111464
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 悦子
(72)【発明者】
【氏名】冨田 辰之介
(72)【発明者】
【氏名】河野 泰広
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 歴
(72)【発明者】
【氏名】葛西 雅博
(72)【発明者】
【氏名】恩田 浩幸
【審査官】山村 祥子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/122040(WO,A1)
【文献】特開2013-103901(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 36/758
A61K 31/164
A23L 33/105
A61P 25/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミカン科サンショウ属植物の葉、花、果実、果皮、樹皮、または幹の抽出物を有効成分として含む、概日周期短周期化剤
【請求項2】
前記ミカン科サンショウ属植物が、ブドウサンショウ、アサクラザンショウ、ヤマアサクラザンショウ、タカハラサンショウ、カホクサンショウおよびカラスサンショウからなる群から選択される1以上の植物である、請求項1記載の概日周期短周期化剤。
【請求項3】
前記抽出物は、ヒドロキシ-β-サンショオールを有効成分として含むことを特徴とする、請求項1または2記載の概日周期短周期化剤。
【請求項4】
ヒドロキシ-β-サンショオールを有効成分として含む、概日周期を短周期化することを特徴とする、概日リズム調整剤。
【請求項5】
ヒドロキシ-β-サンショオールを有効成分として含み、Per2遺伝子およびBmal1遺伝子の発現周期を短縮することを特徴とする、時計遺伝子発現周期短縮剤。
【請求項6】
眠相前進症候群、睡眠相後退症候群、非24時間睡眠覚醒症候群、時差症候群、および季節性うつ病からなる群から選択されるいずれかの疾患の予防または治療のための、請求項1~3のいずれかに記載の概日周期短周期化剤または請求項4に記載の概日リズム調整剤
【請求項7】
請求項1~のいずれかに記載の概日周期短周期化または請求項4に記載の概日リズム調整剤を含む、概日周期短周期化用食物
【請求項8】
概日リズムの乱れが引き起こす睡眠障害または時差ぼけの予防、緩和、または治療のための、請求項記載の概日周期短周期化用食物
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミカン科サンショウ属植物の抽出物を有効成分とする概日周期短周期化剤、概日リズム調整剤、時計遺伝子発現周期短縮剤、概日周期短周期化用食物に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトは、概日リズムとして知られる約24時間周期の概日時計を有し、概日リズムの変調により、睡眠時間帯の異常が持続する概日リズム睡眠障害などが発生する。また、外国との航空機移動による時差飛行(時差ぼけ)や交代勤務などによって概日リズムと環境サイクルとが人為的にずれる場合にも概日リズム障害が発生し、不眠や心身の不調の原因となる。
【0003】
ほ乳動物の概日周期は、細胞内のClock遺伝子、Bmal1遺伝子、Per遺伝子、Cry遺伝子等の時計遺伝子群で調整されている。Clock遺伝子とBmal1遺伝子が転写・翻訳されCLOCKタンパク質とBMAL1タンパク質が細胞内に蓄積および結合してヘテロ複合体(CLOCK・BMAL1ヘテロ複合体)を形成し、これがPer遺伝子、Cry遺伝子等のプロモーター領域のE-box配列に結合してそれらの転写を促進する。Per遺伝子、Cry遺伝子等の転写促進に伴い、翻訳された各タンパク質が細胞内に蓄積し、CLOCK・BMAL1ヘテロ複合体に結合し、Per遺伝子、Cry遺伝子等の転写が抑制される。E-box配列上のCLOCK・BMAL1ヘテロ複合体に結合したCLOCK、BMAL1、およびPERなどの各タンパク質は、タンパク質分解作用によって分解され、再度CLOCKタンパク質とBMAL1タンパク質との発現、細胞内への蓄積が開始し、このサイクルが約24時間で繰り返される。非特許文献1の図1には、Per遺伝子とBmal1遺伝子とがそれぞれ略サインカーブ型の発現リズムを形成すること、および両者の発現リズムは、ピークとボトムとが略対抗する位置に形成されることが示されている。
【0004】
概日リズムが時計遺伝子の発現リズムによって制御されることにちなみ、時計遺伝子に影響を及ぼす化合物を概日リズム調整剤として利用する技術がある。このような化合物として、ハルマラアルカロイドのハルミン(特許文献1)、ケイ皮酸(特許文献2)、シノブファギン類(特許文献3)等があり、その他、サンショウの果皮から抽出したサンショウエキス(特許文献4)等がある。特許文献4の実施例では、正常成人皮膚由来線維芽細胞の培養6日目にサンショウエキスを添加し、添加後2時間および16時間の細胞のPer1遺伝子の発現量を測定している。ハウスキーピング遺伝子(RPLP0遺伝子)の発現量を内部標準としてRPLP0遺伝子の発現量に対するPer1遺伝子の相対的発現量を算出したところ、投与2時間のPer1遺伝子の相対的発現量は0.23であるのに対しサンショウエキスを添加した場合は0.42であり、サンショウエキスは投与後2時間でコントロールと比較してPer1遺伝子の発現量を有意に高めると記載している。なお、山椒や花椒の果皮や果実の抽出油にはヒドロキシサンショオールが含まれること、およびヒドロキシサンショオールにはヒドロキシ-α-サンショオールとヒドロキシ-β-サンショオールとが存在することは公知である(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2011-195560号公報
【文献】特開2016-204281号公報
【文献】特開2016-204280号公報
【文献】国際公開2011/122041号
【文献】特開2013-103901号公報
【文献】特開2018-196398号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】守屋孝洋、「Period遺伝子の発現制御を介した概日時計のリセット機構に関する研究」、日薬理誌、2010年、第135巻、230~234頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
概日リズム調整の重要性に鑑みて、時計遺伝子の発現リズムを制御しうる種々の化合物が見出されているが、更に新たな化合物が求められている。というのも、前記特許文献1記載のハルミンは、Bmal1遺伝子の概日周期を約5時間延長することが記載されているが、概日リズム障害の調整には、概日周期を短縮しうる化合物の開発も重要である。
【0008】
Per遺伝子とBmal1遺伝子の発現と消失とは概日リズム形成機構に従い、非特許文献1に示すように、ピーク位置が対向する略サインカーブ型の発現サイクルを形成する。したがってPer遺伝子とBmal1遺伝子などのピーク位置が対向する時計遺伝子の双方の発現リズムの周期を共に短縮しうる化合物は、時計遺伝子の発現バランスを壊すことなく概日周期を短縮することができる。しかしながら、前記特許文献2は、ケイ皮酸がPer1遺伝子を一過性に発現誘導して概日時計をリセットでき、Per2遺伝子の概日周期を約1時間短縮できると記載するがBmal1遺伝子の概日周期に関する記載はない。同様に、特許文献3は、シノブファギン類がPer2遺伝子の発現リズムの位相を約10時間後退させ、Per2遺伝子の概日周期を約30分短縮すると記載するが、Bmal1遺伝子の概日周期に関する記載はない。多様化する消費者のニーズを満たし、特に概日リズムのバランスを損なうことなく概日周期を短縮して生体の概日リズムを調整するためにも、新たな化合物の開発が望まれる。
【0009】
更に、概日リズムが環境サイクルに則した24時間周期を形成するには、光や食事などの1日の時刻の手掛かりとなる情報を時刻調節シグナルとして利用して外部環境に同調する必要があり、このような同調機構はリセット機構と呼ばれる(非特許文献1)。サンショウは、ミカン科サンショウ属の植物であって生薬として使用される一方、日本の食卓に季節感を演出するスパイスであり、安全性が保障された成分といえる。サンショウによる概日リズムの調整機能が確認できればサンショウに含まれる成分によって概日リズムを調整すると共に、サンショウを含む料理やサンショウを含む香辛料等を食事として摂取することで概日リズムをリセットし、例えばいわゆる時差ぼけなどの時差症候群などを予防することができる。
【0010】
更に、サンショウに含まれる概日リズムに影響を与える成分を特定できれば、食事に限定せずに概日リズム調整剤として使用することができる。
【0011】
上記現状に鑑み、本発明は、ミカン科サンショウ属植物の抽出物を有効成分として含む、概日周期短周期化剤を提供することを目的とする。
【0012】
また本発明は、概日周期短周期化剤または概日リズム調整剤を含む概日周期短周期化用食物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、前記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、サンショウの抽出物が概日周期を短縮しうること、特にサンショウに含まれるヒドロキシ-β-サンショオールが時計遺伝子の発現リズムに関与することを見出し、本発明を完成させた。
【0014】
すなわち本発明は、ミカン科サンショウ属植物の葉、花、果実、果皮、樹皮、または幹の抽出物を有効成分として含む、概日周期短周期化剤を提供するものである。
【0015】
また本発明は、前記ミカン科サンショウ属植物が、ブドウサンショウ、アサクラザンショウ、ヤマアサクラザンショウ、タカハラサンショウ、カホクサンショウおよびカラスサンショウからなる群から選択される1以上の植物である、前記概日周期短周期化剤を提供するものである。
【0016】
また本発明は、前記抽出物は、ヒドロキシ-β-サンショオールを有効成分として含むことを特徴とする、前記概日周期短周期化剤を提供するものである。
【0017】
また本発明は、ヒドロキシ-β-サンショオールを有効成分として含む、概日周期を短周期化することを特徴とする、概日リズム調整剤を提供するものである。
【0018】
また本発明は、ヒドロキシ-β-サンショオールを有効成分として含Per2遺伝子およびBmal1遺伝子の発現周期を短縮することを特徴とする、時計遺伝子発現周期短縮剤を提供するものである。
【0021】
また本発明は、睡眠相前進症候群、睡眠相後退症候群、非24時間睡眠覚醒症候群、時差症候群、および季節性うつ病からなる群から選択されるいずれかの疾患の予防または治療のための、前記概日周期短周期化剤または前記概日リズム調整剤を提供するものである。
【0022】
更に本発明は、前記概日周期短周期化剤または前記概日リズム調整剤を含む、概日周期短周期化用食物を提供するものである。
【0023】
また本発明は、概日リズムの乱れが引き起こす睡眠障害または時差ぼけなどの時差症候群の予防、緩和、または治療のための、前記概日周期短周期化用食物を提供するものである。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、ミカン科サンショウ属植物の抽出物やヒドロキシ-β-サンショオールを有効成分として含む、概日周期短周期化剤が提供される。また本発明によれば、ヒドロキシ-β-サンショオールを有効成分として含む、概日リズム調整剤が提供される。また本発明によれば、ヒドロキシ-β-サンショオールを有効成分として含む、時計遺伝子発現周期短縮剤が提供される。
【0025】
本発明で使用するサンショウ属植物抽出物には、Per2遺伝子等の時計遺伝子の発現リズムに影響を与え、当該発現リズムの周期を短縮させる成分が含まれ、概日リズム障害等の当該異常に起因する疾患の治療、改善、緩和等に使用しうる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1図1(A)は、実施例1で調製したサンショウ属植物抽出物、セージ抽出物をMEFに添加してPer2遺伝子の発現リズムを経時的に測定した結果を示す図であり、図1(B)は、Per2遺伝子の概日周期の結果を示す図である。なお、NCは、陰性対照を、PCは陽性対照であるハルミンの結果である。
図2】実施例3の結果を示す図であり、実施例1で得たサンショウ抽出物の濃度を変えてPer2遺伝子の概日周期を測定した結果を示す図である。
図3】実施例4の結果を示す図であり、実施例1で得たサンショウ抽出物を固相抽出カートリッジ(Sep-pak C18)に負荷し、30~90%メタノール、エタノールなどの溶離液で溶出した各画分のPer2遺伝子の概日周期を示す図である。90%メタノール画分に含まれる成分が、Per2遺伝子の概日周期を最も短縮している。
図4】実施例5の結果を示す図であり、実施例1で用いたサンショウとは異なる商品であるサンショウのPer2遺伝子の概日周期に与える影響を示す図である。
図5】実施例1のサンショウ抽出物に含まれるヒドロキシ-β-サンショオールの構造と、ヒドロキシ-α-サンショオールの構造を示す図である。
図6】実施例7の結果を示す図であり、図6(A)は、標品ヒドロキシ-β-サンショオールおよび実施例6で得た最終画分をマウス線維芽細胞A9由来の発光細胞に添加し、Per2遺伝子の発現リズムを経時的に測定した結果を示す図である。また図6(B)は、実施例6で得た最終画分および標品ヒドロキシ-β-サンショオールを1、3または9μg/mlで添加した場合の、Per2遺伝子の発現周期を示す結果である。
図7】実施例8の結果を示す図であり、図7(A)は、標品ヒドロキシ-β-サンショオールおよび実施例6で得た最終画分をマウス線維芽細胞A9由来の発光細胞に添加し、Bmal1遺伝子の発現リズムを経時的に測定した結果を示す図である。また、図7(B)は、実施例6で得た最終画分および標品ヒドロキシ-β-サンショオールをマウス繊維芽細胞A9由来の発光細胞に1、3または9μg/mlで添加した場合の、Bmal1遺伝子の発現周期を示す結果である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の第一は、ミカン科サンショウ属植物の葉、花、果実、果皮、樹皮、幹の抽出物を有効成分とする、概日周期を短周期化することを特徴とする、概日リズム調整剤である。以下、本発明を詳細に説明する。
【0028】
(1)ミカン科サンショウ属植物
ミカン科サンショウ属植物由来の抽出物は、後記する実施例に示すようにPer2遺伝子発現リズムの周期を短縮し得ることが判明した。Per2遺伝子は、時計遺伝子の一種であり、その発現周期の短縮により生体の概日周期を短縮し得る。本発明で使用するミカン科サンショウ属植物は、葉、花、果実、果皮、樹皮、幹、根などのいずれの部位でもよい。好ましくは成木であり、その葉、花、果実、果皮、樹皮、幹などを使用することが好ましい。ミカン科サンショウ属植物は、採取後の含水物であってもよく、保存のために日光や加熱などによって含水量を低減させた乾燥物であってもよい。
【0029】
本発明で好適に使用できるミカン科サンショウ属植物としては、ブドウサンショウ、アサクラザンショウ、ヤマアサクラザンショウ、リュウジンザンショウ、フユサンショウ、イヌザンショウ、イワザンショウ、タカハラサンショウ、カホクサンショウ、カラスサンショウ、コカラスザンショウ、テリハザンショウなどがある。
【0030】
(2)サンショウ属植物抽出物
ミカン科サンショウ属植物の抽出物は、ミカン科サンショウ属植物の葉や果皮等の採集物またはその乾燥品を細切または粉砕し、抽出溶媒に浸漬し、または加圧・加熱条件で処理して調製することができる。抽出溶媒としては、水の他、メタノールやエタノール等の炭素数1~3のアルコール類、ブタンジオール等の多価アルコール類、酢酸エチルエステル等のエステル類、アセトンなどのケトン類、テトラヒドロフランやジオキサンなどの親水性エーテル類、およびこれらの混合物がある。好ましくは水、アルコール、アセトン及びこれらの混合液であり、特に好ましくは、メタノール、エタノールなどのアルコール類である。後記する実施例に示すようにエタノール抽出物は、Per2遺伝子の発現周期を短縮し得ることが判明した。
【0031】
抽出条件は、使用する溶媒やミカン科サンショウ属植物の種類、粉砕の程度等に応じて適宜選択することができる。常温・常圧でもよく、加圧、加熱条件でもよい。本発明では、上記溶媒に浸漬等した後に不溶の夾雑物を除去した後、得られた抽出物をそのまま、または溶媒を除去して概日リズム調整剤として使用することができる。更に、カラムクロマトその他の方法で分画し、得られた画分についてPer2遺伝子等の発現リズムを測定し、概日周期を短縮しうる画分を概日リズム調整剤として使用してもよい。このような精製や物質の単離は従来公知の方法を用いて行うことができる。なお、後記する実施例に示すようにサンショウのエタノール抽出物を固相抽出用担体に吸着させ、水-メタノール系の溶離液でメタノール濃度を上げつつ溶出させ、ピーク毎に分取した画分には、Per2遺伝子の発現周期を短縮しうる成分が含まれている。このような画分は、Per2遺伝子やBmal1遺伝子等の時計遺伝子の発現リズムを測定し、発現リズムに基づいて周期を算出することで選択することができる。得られた画分は、更に逆相カラム等を使用して精製してもよい。サンショウ属植物抽出物は、濃縮した濃縮物や、スプレードライやフリーズドライ等による乾燥物として使用することもできる。
【0032】
(3)ヒドロキシ-β-サンショオール
本発明で使用するサンショウ属植物抽出物には、ヒドロキシ-サンショオールが含まれている。後記する実施例に示すように、エタノール抽出により調製したサンショウ属植物抽出物を、固相抽出カートリッジに担持させた後に水-メタノール系溶媒で溶離したところ、メタノール90%画分にPer2遺伝子の発現周期を短縮させる成分が含まれ、当該画分を更にC18逆相HPLCで精製したところ、ヒドロキシ-サンショオールが含まれることが判明した。ヒドロキシ-サンショオールには、α体とβ体とが存在するが、サンショウ属植物抽出物に含まれるヒドロキシ-サンショオールは、ヒドロキシ-β-サンショオールであった。ヒドロキシ-α-サンショオールとヒドロキシ-β-サンショオールのそれぞれについてPer2遺伝子発現リズムを評価したところ、Per2遺伝子の発現周期を短縮する効果が高いのはβ体のみであり、立体異性体であるヒドロキシ-α-サンショオールには同作用が極めて弱いことも判明した。しかも、ヒドロキシ-β-サンショオールをマウス胎仔繊維芽細胞株に投与するとPer2遺伝子の発現周期を短縮させ、マウス繊維芽細胞A9のBmal1遺伝子の発現周期も短縮させることが明らかとなった。概日リズムの分子機構は時計遺伝子の転写翻訳フィードバックループに基づいており、遺伝子発現量を測定するとPer2遺伝子の発現ピーク位置とボトム位置は、Bmal1遺伝子のそれらと略対抗する。ヒドロキシ-β-サンショオールは、このような発現量が対向する関係にあるBmal1遺伝子とPer2遺伝子との双方の遺伝子の発現周期を短縮することで、遺伝子発現バランスを損なうことなく、かつ確実に概日周期を短縮していると考えられる。
【0033】
(4)概日リズム調整剤および予防・治療薬
概日時計は略全ての生物が有し、哺乳類では各組織の概日時計は階層的な構造を有し、視床下部の視交叉上核の時計機構は中枢時計と呼ばれ、肝臓や腎臓など末梢組織に存在する時計は末梢時計と呼ばれている。本発明の概日リズム調整剤は、サンショウ属植物抽出物やヒドロキシ-β-サンショオールを有効成分とし、すくなくとも細胞内の時計遺伝子の発現周期を短縮することで時計遺伝子の転写翻訳フィードバックループに影響を与え、概日時計の概日周期を短縮し、概日リズムを調整することができる。
【0034】
概日リズム障害に起因する疾患としては、睡眠相前進症候群、睡眠相後退症候群、非24時間睡眠覚醒症候群、および季節性うつ病などがある。また、時差飛行によって生じる時差症候群、交代勤務などシフトワークによって生じるリズム変調にも有効である。本発明の概日リズム調整剤は、これら疾患の治療薬や予防薬として使用することができる。したがって、本発明の概日リズム調整剤は、概日リズム障害に起因する疾患の予防薬や治療薬ということもできる。
【0035】
本発明の概日リズム調整剤や、概日リズム障害に起因する疾患の予防または治療薬の投与方法に限定はないが、好ましくは経口投与である。前記したように、ほ乳類は、視交叉上核の中枢時計と末梢組織の末梢時計とを有する。例えばヒトの場合は、本来約25時間の概日リズムを示すが、24時間の環境サイクルと25時間の体内リズムのズレを光などの環境因子によって同調させ、概日時計の時刻を調節している。例えば、夜明け前の光は視交叉上核に作用して生体時計の時刻(位相)を前進させ、日没後の光は位相を後退させる。このような光シグナルの他にも食事、温度、音なども生体時計システムの時刻調節シグナルとして機能することが知られている。サンショウ属植物抽出物は辛味としびれを有し、ヒドロキシ-β-サンショオールは不飽和アミド酸であり独特の芳香を有し、これら味覚や臭覚に影響を与える成分は時刻調節シグナルとして機能しうる。したがって、本発明の概日リズム調整剤の摂取は、時刻調節シグナルとして機能し、生体時計の位相を調節する可能性がある。このような位相シフトを概日リズムのリセットと称すれば、本発明の概日リズム調整剤は、摂取のタイミングにより概日リズムを環境サイクルに合わせてリセットすることができる。例えば、本発明の概日リズム調整剤を毎朝食時に服用することで概日リズムをリセットして「朝」の時刻に調整することができる。同時に、サンショウ属植物抽出物やヒドロキシ-β-サンショオールの時計遺伝子発現リズム調整機能に基づき、概日周期を短縮させることができる。
【0036】
なお、時差症候群は、3時間以上時差のある国に渡航した際に生じる心身の不調といわれ、概日リズム睡眠障害に該当する。体内リズムと環境サイクルの時刻が同期できない状態であり、このような状態は、夜勤などを伴うシフトワークの従事者にも発生する。上記したように、環境サイクルへの同期には食事等による時刻調節シグナルによる概日リズムのリセットが有効である。したがって、現地到着前に現地時間に合わせて本発明の概日リズム調整剤を摂取することで概日リズムを調整し、時差症候群を回避しうる。なお、夜勤などのシフトワークの従事者への投与も同様である。本発明の概日リズム調整剤を摂取し、概日リズムをリセットして一日の始まりを認識させ、環境サイクルの時刻と同調させ、または環境サイクルとは別個の睡眠時間等を確保するなどの調整を行うことができる。
【0037】
本発明の概日リズム調整剤は、サンショウ属植物抽出物やヒドロキシ-β-サンショオールを有効成分とし、さらに薬理学上許容される担体、例えば、賦形剤、希釈剤、等張化剤、矯味矯臭剤、増量剤、崩壊剤、緩衝剤、コーティング剤、滑沢剤、着色剤、甘味剤、またはその他の添加剤を適宜配合することができる。これら配合剤を使用し、公知の製剤学的方法により、カプセル剤、錠剤、丸剤、液剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、フィルムコーティング剤、ペレット剤等に調製することができる。サンショウ属植物抽出物やヒドロキシ-β-サンショオールの摂取は時刻調節シグナルとして機能し、概日リズムをリセットし得るが、これら添加剤の使用により時刻調節シグナルの強度を適宜調整することができる。
【0038】
(5)飲食用組成物
視交叉上核を有する動物では、時計遺伝子等によって形成された概日リズムが、光や食事など刺激によってリセットされる。本発明のサンショウ属植物抽出物やヒドロキシ-β-サンショオールを含む概日リズム調整剤を摂取すると、サンショウ属植物抽出物やヒドロキシ-β-サンショオールの味覚や臭覚や摂取行為が時刻調節シグナルとして機能し、かつ概日周期短縮作用によって、概日リズムの乱れが引き起こす睡眠障害または時差ぼけの予防、緩和、または治療のための飲食用組成物として使用することができる。
【0039】
本発明における飲食用組成物の製造は、当該技術分野に公知の製造技術により実施することができる。当該飲食用組成物においては、概日リズム障害等の改善又は予防に有効な、1種又は2種以上の成分あるいは他の機能性食品を添加してもよい。また、当該改善等以外の機能を発揮する他の成分あるいは他の機能性食品と組み合わせることによって、多機能性の飲食用組成物としてもよい。特に他の機能性食品との組み合わせにおいては、サフランや、クロシンやサフラナール等の睡眠の導入を促す機能を持った、機能性食品や成分との組み合わせなどが好ましい。
【0040】
本発明の飲食用組成物を使用し、例えば、健康食品、機能性食品、特定保健用食品、機能性表示食品、栄養補助食品、病者用食品、食品添加物、動物用飼料等の用途の飲食物を調製することができる。飲食物の形態としては、清涼飲料、スープ、ゼリー状飲料、機能性飲料等の液状食品、キャンディー、ガム、グミ、その他の和洋菓子類、カレー、あんかけ、中華スープ、即席スープ、即席みそ汁等の調理済食品、ドレッシング、マヨネーズ、マーガリン、味噌、醤油等の調味料、ハム、ソーセージ等の畜産加工食品、かまぼこ等の水産加工食品、漬物等の野菜加工食品等、従来の飲食物にサンショウ属植物抽出物を添加したものを例示することができる。更に、サンショウ属植物抽出物やヒドロキシ-β-サンショオールに賦形剤等の添加物を加え、顆粒状や粉末状に加工し、調理や食事の際に添加する飲食用添加物として使用してもよい。
【0041】
(6)被投与対象
本発明の概日リズム調整剤や飲食用組成物は、動物、植物のいずれにも投与することができる。好ましくは視交叉上核を有する動物である。ヒトの他、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギなどの家畜、ニワトリ、ダチョウ、アヒルなどの家禽、イヌ、ネコなどのペット動物、ウサギ、ハムスター、マウス、ラット、サルなどの実験用動物等を対象とすることができる。
【0042】
(7)投与量
本発明の概日リズム調整剤、概日リズム障害に起因する疾患の予防または治療薬、飲食用組成物の投与量は、被投与者の年齢、体重、症状、健康状態、ヒドロキシ-β-サンショオールの含有量等に応じて、適宜選択することができる。ヒトに投与する場合には、1日に1~数回に分け、ヒドロキシ-β-サンショオールに換算して、1μg~1000mg、より好ましくは1~100mg含むように投与する。本発明の概日リズム調整剤、概日リズム障害に起因する疾患の予防または治療薬、飲食用組成物は、投与の際の味覚や臭覚を介し概日リズムをリセットしうるため、リセット希望時に摂取することが好ましい。例えば、毎朝食時に摂取することで概日周期を調整して睡眠相前進症候群、睡眠相後退症候群、非24時間睡眠覚醒症候群、および季節性うつ病の発症を予防しまたは治療し、または症状を緩和することができる。また、シフトワークの従事者には出勤時に摂取したり、時差症候群を予防するには、現地時間を勘案して概日リズムをリセットするに適するときに摂取する。
【0043】
(8)時計遺伝子発現周期短縮剤
概日時計は略全ての生物が有し、培養細胞にも存在する。概日時計は時計遺伝子で調整されるため、概日時計を有する細胞には時計遺伝子が含まれている。前記したように、ヒドロキシ-β-サンショオールは、Per2遺伝子およびBmal1遺伝子の発現リズムの周期を短縮し、時計遺伝子発現周期短縮剤として使用することができる。なお、本発明において時計遺伝子の発現とは、転写レベルでのPer2遺伝子やBmal1遺伝子などの時計遺伝子の発現を意味する。これら遺伝子の発現量の変化に対応して翻訳物であるPERタンパク質やBMAL1タンパク質等の発現量も変化し、転写翻訳フィードバックループに基づく概日周期が調整される。時計遺伝子には、Clock遺伝子、Bmal1遺伝子、Per遺伝子、Cry遺伝子等があるが、本発明において発現周期を短縮し得る時計遺伝子はこれらに限定されるものではない。
【0044】
本発明の時計遺伝子発現周期短縮剤は、少なくともPer2遺伝子およびBmal1遺伝子の発現リズムの周期を短縮させることができ、遺伝子発現バランスを壊すことなく、概日周期を短縮することができる。
【0045】
本発明の時計遺伝子発現周期短縮剤は、有効成分としてヒドロキシ-β-サンショオールを含み、薬理学上許容される担体、例えば、滅菌水や生理食塩水、溶剤、界面活性剤、粘稠剤、溶解補助剤、賦形剤、その他の添加剤を含むものであってもよい。
【0046】
本発明の時計遺伝子発現周期短縮剤の被投与対象は、概日時計を有する細胞、組織、臓器、生体を広く対象とすることができる。ヒドロキシ-β-サンショオールは、ほ乳類には、味覚や臭覚に影響を与える時刻調節シグナルとして機能すると考えられるが、培養細胞や組織等において時刻調節シグナルとして機能するかは不明である。したがって、視交叉上核の有無に関わらず、動物界であるか植物界であるかを問わず、概日時計を有する培養細胞、細胞で構成される組織や臓器を広く対象とすることができる。投与方法は、被投与対象に応じて適宜選択することができる。培養細胞や組織、臓器などは培地や処理液に時計遺伝子発現周期短縮剤を添加して投与することができ、生体にはスプレイ、軟膏、貼付その他の剤型により経皮投与し、生体の一部に局所投与することができる。
【実施例
【0047】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0048】
(実施例1)
粉末サンショウ(エスビー食品株式会社製、セレクトスパイススペシャルサンショウ(パウダー)1kg入り)500.667gにエタノールを2000mL加えよく撹拌し24時間放置した後、その上清を減圧下乾固した。これをサンショウ抽出物残渣と称する。サンショウ抽出物残渣の重量を測定し、10mg/mLになるようにエタノールを加えよく撹拌し、これをサンショウ抽出物とした。粉末サンショウに代えて粉末セージ(エスビー食品株式会社製、セレクトスパイスセージ(パウダー))を使用し、粉末サンショウと同様に処理し、セージ抽出物を調製した。
【0049】
(実施例2)
Per2プロモーターにより転写されるルシフェラーゼ遺伝子を有するマウス(MOUSE STRAIN 006852、ジャクソン研究所)から胎仔線維芽細胞を採取し、定期的に継代培養して不死化したマウス胎仔繊維芽細胞株(MEF)を得た。35mm培養ディッシュにMEFを1×10個を播種し、10%FBS、抗菌剤を添加したDMEM培地で、37℃、5%COにて一晩培養した。翌日、デキサメサゾンを100nMとなるように各ディッシュに添加して2時間培養し、MEFの概日リズムをリセットした。
新たな培地に、HEPES/KOH(pH7.4)が25mMとなるように、発光基質ルシフェリンが0.2mMとなるように、および実施例1で得たサンショウ抽出物が10μg/mlとなるようにMEFに添加した。サンショウ抽出物に代えて実施例1で得たセージ抽出物を使用し、上記と同様にMEFに添加した。
サンショウ抽出物またはセージ抽出物を添加したMEFを120時間培養し、リアルタイム生物発光測定法により経時的にルシフェラーゼ遺伝子による生物発光を測定し、発光強度をPer2プロモーターの活性として評価した。なお、発光強度は10分毎に1分間測定した。なお、抽出物に代えて同量のエタノールを添加したものを陰性対照とし、25uMのハルミンを添加したものを陽性対照とし、それぞれの発光強度を経時的に測定した。図1(A)に、陰性対照(NC)、陽性対照(PC)、サンショウ抽出物(S1)およびセージ抽出物(S2)の発光強度の経時変化を示す。また、発光強度の変化をPer2遺伝子の発現リズムとして評価し、発現リズムの周期をPer2遺伝子の概日周期として算出した。周期長の算出は、得られた波形について、プログラムgnuplotを用い、最小二乗法で周期関数f(x)=M+A*cos(2*pi/P*(x-T))[ここにxは経過時間(hr)、piは円周率、Mは水準(Mesor)、Aは振幅、Tは頂点位相、Pは周期長を示す]に近似し、周期長であるPを求めた。図1(B)に、陰性対照(NC)、陽性対照(PC)、サンショウ抽出物(S1)およびセージ抽出物(S2)のPer2遺伝子の周期を示す。図1(B)に示すように、セージ抽出物(S2)は、陰性対照と略同等の概日周期であったが、サンショウ抽出物(S1)は陰性対照と比較してPer2遺伝子の概日周期を約1時間短縮させるものであった。
【0050】
(実施例3)
実施例1で調製したサンショウ抽出物残渣のエタノール溶液(残渣の濃度として10mg/mL)を1/10、1/7.5、1/5、2/5、3/5、4/5倍に希釈し、各希釈液を使用して実施例2と同様に処理し、Per2遺伝子の概日周期を測定した。図2に、各試料のPer2遺伝子の概日周期を示す。サンショウ抽出物残渣のエタノール溶液は、1/10倍希釈(1mg/mL)濃度の添加では概日周期に対する影響が少ないが、1/7.5倍希釈(0.13mg/ml)でPer2遺伝子の概日周期を約1時間短縮させ、1/5~4/5倍希釈(0.2~0.8mg/ml)の範囲でPer2遺伝子の概日周期を約2時間短縮させた。サンショウ抽出物による、Per2遺伝子の概日周期を短縮する効果はサンショウ抽出物のMEFへの添加量によって相違すること、および、0.2~0.8mg/mlの範囲でPer2遺伝子の概日周期を濃度依存的に短縮させることが判明した。
【0051】
(実施例4)
実施例1で得たサンショウ抽出物残渣をメタノールに溶解し、固相抽出カートリッジ(Sep-pak C18)に負荷した。カートリッジに、溶離液としてメタノールの30%、50%、70%、90%、100%、およびエタノール100%を順次添加し、それぞれの溶離液でカートリッジに吸着した成分を溶出させ、それぞれの画分を得た。得られた画分を減圧下乾固し、乾固物の重量を測定した後にそれぞれ10mg/mLの濃度になるようにエタノールに溶解した。このように調製した溶液を用い、実施例2と同様に操作してPer2遺伝子の概日周期を測定した。結果を図3に示す。サンショウ抽出物残渣の90%メタノール画分のPer2遺伝子の概日周期は21.5時間と最も短く、この画分に概日周期を短縮する主要成分が含まれると推測された。
【0052】
(実施例5)
実施例1で得たサンショウ抽出物とは異なる商品の市販サンショウパウダー(エスビー食品株式会社製、セレクトスパイス国産山椒(パウダー)100g入り)およびブドウサンショウの実(和歌山県産ブドウサンショウの生果実をすりつぶした後にエタノール抽出し、および乾固したもの)を使用して抽出物を得た。市販サンショウパウダー由来の抽出物を抽出物1とし、ブドウサンショウの実由来の抽出物を抽出物2とする。これら抽出物を使用し、実施例2と同様に操作して発光強度を経時的に測定した。抽出物に代えて同量のエタノールを使用して同様に処理したものを陰性対照(NC)とし、実施例4で用いた90%メタノール同様に処理したものを陽性対照(PC)とした。結果を図4に示す。図4に示す発現リズムに基づいて、各抽出物の概日周期を算出したところ、抽出物1の概日周期は21.573時間であり、抽出物2の概日周期は21.674時間であり、陰性対照(NC)の概日周期は22.961時間であった。また、陽性対照(PC)の概日周期は約22.010時間であった。いずれのサンショウ抽出物1、2、およびPCも、陰性対照(NC)よりPer2遺伝子の概日周期を短縮させることが判明した。
【0053】
(実施例6)
実施例4で得た90%メタノール画分をC18逆相HPLCで分離した。C18MG-IIカラム(20mm×250mm)を使用し、70%メタノールを3.0ml/minの条件で溶離し、UV254nmで検出した。溶出ピーク毎に画分を分取し、各画分について実施例2と同様に処理してPer2遺伝子の概日周期を測定した。最も概日周期を短縮させる画分を選択した。これを最終画分と称する。得られた最終画分について逆相HPLCで確認したところ、当該画分に含まれる成分は単一ピークであった。よってこの画分を精密質量分析に供した。
精密質量分析の結果、当該画分に含まれる成分は、m/zがポジティブモードで264.1963、ネガティブモードで262.1808で、組成式はC1625NOと推定され、最終的に当該画分に含まれる成分をヒドロキシサンショオールであると同定した。なお、ヒドロキシサンショオールには、図5に示すようにα体(Hydroxy alpha sanshool)とβ体(Hydroxy beta sanshool)の2種の構造異性体が存在する。逆相HPLCの保持時間で評価したところ、サンショウ抽出物に由来する当該画分に含まれる成分は、β体、すなわち、ヒドロキシ-β-サンショオールであった。
【0054】
(実施例7)
特許文献6(特開2018-196398号公報)の記載に準じて、時計遺伝子Bmal1のプロモーターの下流に不安定化赤色発光ルシフェラーゼ(SLR-PEST、東洋紡)および時計遺伝子Per2のプロモーターの下流に不安定化緑色ルシフェラーゼ(SLG-PEST、東洋紡)を配したレポーターベクターをマウス線維芽細胞A9内のMI-MACベクターに挿入し、ブラストシジンによる選択でA9発光細胞を樹立した。このA9発光細胞を35mm培養ディッシュに播種し、1晩培養してコンフルエントに到達した段階で100nMデキサメタゾンで2時間処理し、A9発光細胞の概日リズムをリセットした。
発光基質であるD-luciferin(100μM)を含むDMEM培地に交換し、緑色の発光強度を測定して、Per2遺伝子の発現リズムに与えるヒドロキシ-β-サンショオールの効果を検討した。
なお、ヒドロキシ-β-サンショオールとして、市販の標品ヒドロキシ-β-サンショオール(Chendgu Biopurity Phytochemicals Ltd.社製)の9μg/mlのエタノール溶液と、サンショウ由来試料として実施例6で得た最終画分(ヒドロキシ-β-サンショオール含有量9μg/ml)を使用した。この結果を図6(A)に示す。図6(A)において、NCは陰性対照、精製は実施例6の最終画分、標品は標品ヒドロキシ-β-サンショオールのデータである。また、得られた結果からそれぞれの概日周期を測定したが、実施例6で得た最終画分は、標品ヒドロキシ-β-サンショオールとほぼ同じ概日周期を示した。
更に、実施例6で得た最終画分(ヒドロキシ-β-サンショオール含有量9μg/ml)、および標品ヒドロキシ-β-サンショオールの1μg/ml、3μg/ml、および9μg/mlのエタノール溶液を調製し、Per2遺伝子の概日周期を測定した。結果を図6(B)に示す。図6(B)のNCは陰性対照、精製は実施例6で得た最終画分(ヒドロキシ-β-サンショオール含有量9μg/ml)のエタノール溶液である。図6(B)に示すように、標品ヒドロキシ-β-サンショオールは1~9μg/mlの範囲で容量依存的に概日周期を短縮し、9μg/mlの投与、および実施例6で得た最終画分は、Per2遺伝子の概日周期を陰性対照より2時間短縮した。
なお、ヒドロキシ-α-サンショオールを使用し、ヒドロキシ-β-サンショオールと同様に概日周期を測定したが、ヒドロキシ-α-サンショオールによる概日周期短縮効果は極めて軽微であった(図示せず)。立体構造により概日周期に対する作用が大きく異なることが判明した。
【0055】
(実施例8)
実施例7で使用したA9発光細胞を使用し、赤色の発光強度を測定する以外は実施例7と同様に操作して、Bmal1遺伝子の発現リズムに与える実施例6で得た最終画分、および標品ヒドロキシ-β-サンショオールの効果を検討した。結果を図7(A)に示す。図7(A)において、NCは陰性対照、精製は実施例6の最終画分、標品は標品ヒドロキシ-β-サンショオールのデータである。得られた結果からそれぞれのBmal1遺伝子の概日周期を測定したが、実施例6で得た最終画分は、標品ヒドロキシ-β-サンショオールと同じ概日周期を示した。
更に、実施例7と同様に、実施例6で得た最終画分(9μg/mlのエタノール溶液)、および標品ヒドロキシ-β-サンショオールの1μg/ml、3μg/ml、および9μg/mlのエタノール溶液を調製し、Bmal1遺伝子の概日周期を測定した。結果を図7(B)に示す。図7(B)のNCは陰性対照、精製は実施例6で得た最終画分(ヒドロキシ-β-サンショオール含有量9μg/ml)である。標品ヒドロキシ-β-サンショオールは、容量依存的にBmal1遺伝子の概日周期を短縮し、3μg/ml以上の濃度、および実施例6で得た最終画分は、Bmal1遺伝子の概日周期を陰性対照に比べて2時間短縮した。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7