(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-14
(45)【発行日】2024-02-22
(54)【発明の名称】単結晶インゴット、結晶育成用ダイ、及び単結晶の製造方法
(51)【国際特許分類】
C30B 29/16 20060101AFI20240215BHJP
C30B 15/34 20060101ALI20240215BHJP
【FI】
C30B29/16
C30B15/34
(21)【出願番号】P 2019195191
(22)【出願日】2019-10-28
【審査請求日】2022-10-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】515277942
【氏名又は名称】株式会社ノベルクリスタルテクノロジー
(73)【特許権者】
【識別番号】390005223
【氏名又は名称】株式会社タムラ製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110002583
【氏名又は名称】弁理士法人平田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 博彦
(72)【発明者】
【氏名】山岡 優
【審査官】宮崎 園子
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-013970(JP,A)
【文献】特開2013-103863(JP,A)
【文献】特開昭51-022677(JP,A)
【文献】特開昭59-184790(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 29/16
C30B 15/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ドーパントを含む金属酸化物又は擬2成分系化合物のアズグロウンの単結晶インゴットであって、
結晶引き上げ方向に平行な長さ方向に沿った側面の前記長さ方向の長さが50mm以上であり、
前記長さ方向の一方の端部から前記長さ方向に沿って延びる線状の窪みを前記側面上に有し、
前記側面に囲まれた部分における、前記長さ方向に垂直な断面のうち、前記長さ方向の前記窪みがない方の他方の端部からの前記長さ方向の距離が50mmの位置にある断面の外形は、前記断面とファセット面との交線から形成される部分以外において、理想外形からの窪みの距離の最大値である距離X
maxが
1mm以上、5mm以下であり、
前記理想外形が、前記断面の外形が内側に収まる最小面積の長方形又は四角形である、
単結晶インゴット。
【請求項2】
前記単結晶インゴットの幅が50mm以上である、
請求項1に記載の単結晶インゴット。
【請求項3】
前記断面とファセット面との交線から形成される部分を含めた、すべての部分の理想外形からの窪みの距離の最大値である距離X
maxが5mm以下である、
請求項1又は2に記載の単結晶インゴット。
【請求項4】
前記金属酸化物がGa
2O
3系半導体であり、
前記ドーパントが、Mg、Si、Ti、Fe、Co、Ni、Cu、Zr、Nb、Hf、又はTaからなる群から選ばれる1種以上である、
請求項1~3のいずれか1項に記載の単結晶インゴット。
【請求項5】
EFG法による単結晶育成に用いられる結晶育成用ダイであって、
スリットが開口する上面が平坦であり、
前記上面の縁に、又は、前記縁の近傍かつ前記スリットから離隔した位置に、前記上面からの融液の排出を促す排出促進部を有
し、
前記排出促進部が、側面上に設けられた、前記上面から下方に向かって伸びる溝である、
結晶育成用ダイ。
【請求項6】
EFG法による単結晶育成に用いられる結晶育成用ダイであって、
スリットが開口する上面が平坦であり、
前記上面の縁に、又は、前記縁の近傍かつ前記スリットから離隔した位置に、前記上面からの融液の排出を促す排出促進部を有
し、
前記排出促進部が、前記上面の前記縁の近傍の領域に開口する貫通孔である、
結晶育成用ダイ。
【請求項7】
前記排出促進部が、少なくとも前記スリットに平行な前記縁の近傍に設けられた、
請求項
5又は6に記載の結晶育成用ダイ。
【請求項8】
EFG法による、ドーパントを含む金属酸化物又は擬2成分系化合物の単結晶の製造方法であって、
結晶育成用ダイの上面と単結晶の成長界面との間の融液を、前記結晶育成用ダイの上面の縁から、又は、前記縁の近傍の部分から排出しながら、前記単結晶を引き上げる、
単結晶の製造方法。
【請求項9】
前記結晶育成用ダイとして、第1の結晶育成用ダイ、第2の結晶育成用ダイ、第3の結晶育成用ダイ、第4の結晶育成用ダイ、第5の結晶育成用ダイ、又は第6の結晶育成用ダイが用いられ、
前記第1の結晶育成用ダイは、スリットが開口する上面が平坦であり、前記上面の縁に、又は、前記縁の近傍かつ前記スリットから離隔した位置に、前記上面からの融液の排出を促す排出促進部を有し、
前記第2の結晶育成用ダイは、前記排出促進部が、少なくとも前記スリットに平行な前記縁の近傍に設けられた、前記第1の結晶育成用ダイであり、
前記第3の結晶育成用ダイは、前記排出促進部が、前記縁の少なくとも一部に設けられた面取り部、R面取り部、又は段差部である、前記第1の結晶育成用ダイ又は前記第2の結晶育成用ダイであり、
前記第4の結晶育成用ダイは、前記排出促進部が、側面の上側の一部又は全体に設けられた傾斜部である、前記第1の結晶育成用ダイ又は前記第2の結晶育成用ダイであり、
前記第5の結晶育成用ダイは、前記排出促進部が、側面上に設けられた、前記上面から下方に向かって伸びる溝である、前記第1の結晶育成用ダイ又は前記第2の結晶育成用ダイであり、
前記第6の結晶育成用ダイは、前記排出促進部が、前記上面の前記縁の近傍の領域に開口する貫通孔である、前記第1の結晶育成用ダイ又は前記第2の結晶育成用ダイである、
請求項8に記載の単結晶の製造方法。
【請求項10】
EFG法による、ドーパントを含む金属酸化物又は擬2成分系化合物の単結晶の製造方法であって、
結晶育成用ダイとして、第1の結晶育成用ダイ、第2の結晶育成用ダイ、第3の結晶育成用ダイ、第4の結晶育成用ダイ、第5の結晶育成用ダイ、又は第6の結晶育成用ダイが用いられ、
前記単結晶を引き上げる際に、前記単結晶の結晶引き上げ方向に平行な長さ方向に沿った側面に、線状の窪みが形成され、
育成された前記単結晶のインゴットにおいて、前記側面に囲まれた部分における、前記長さ方向に垂直な断面のうちの前記長さ方向の前記窪みがない方の端部からの前記長さ方向の距離が50mmの位置にある断面の面積が、前記結晶育成用ダイの上面の面積の80%以上であ
り、
前記第1の結晶育成用ダイは、スリットが開口する上面が平坦であり、前記上面の縁に、又は、前記縁の近傍かつ前記スリットから離隔した位置に、前記上面からの融液の排出を促す排出促進部を有し、
前記第2の結晶育成用ダイは、前記排出促進部が、少なくとも前記スリットに平行な前記縁の近傍に設けられた、前記第1の結晶育成用ダイであり、
前記第3の結晶育成用ダイは、前記排出促進部が、前記縁の少なくとも一部に設けられた面取り部、R面取り部、又は段差部である、前記第1の結晶育成用ダイ又は前記第2の結晶育成用ダイであり、
前記第4の結晶育成用ダイは、前記排出促進部が、側面の上側の一部又は全体に設けられた傾斜部である、前記第1の結晶育成用ダイ又は前記第2の結晶育成用ダイであり、
前記第5の結晶育成用ダイは、前記排出促進部が、側面上に設けられた、前記上面から下方に向かって伸びる溝である、前記第1の結晶育成用ダイ又は前記第2の結晶育成用ダイであり、
前記第6の結晶育成用ダイは、前記排出促進部が、前記上面の前記縁の近傍の領域に開口する貫通孔である、前記第1の結晶育成用ダイ又は前記第2の結晶育成用ダイである、
単結晶の製造方法。
【請求項11】
前記金属酸化物がGa
2O
3系半導体であり、
前記ドーパントが、Mg、Si、Ti、Fe、Co、Ni、Cu、Zr、Nb、Hf、又はTaからなる群から選ばれる1種以上である、
請求項
8~10のいずれか1項に記載の単結晶の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単結晶インゴット、結晶育成用ダイ、及び単結晶の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の単結晶育成方法として、EFG(Edge-defined Film-fed Growth)法が知られている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1には、EFG法により平板状のβ-Ga2O3単結晶を育成する方法が開示されている。
【0003】
EFG法は、スリットが設けられたダイの下部を融液に浸漬し、スリット中を毛細管現象により上がってきた融液をダイ上に保持し、これに種となる結晶を接触させ、引き上げることにより平板状の単結晶を育成する技術である。引き上げられた単結晶の結晶引き上げ方向に垂直な断面の形状は、通常、ダイの上面の形状とほぼ等しくなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、本発明者らが、抵抗率を制御する目的でGa2O3原料に種々のドーパントを添加してEFG法による結晶成長を繰り返し試みたところ、添加するドーパントの種類によって、育成した単結晶に次に述べるような不都合(瑕疵)が生じることがわかった。
【0006】
ドーパントを添加しないGa2O3原料からの結晶成長では、結晶はダイの上面の縁のごく近傍まで広がり、上述のように、引き上げられた単結晶の結晶引き上げ方向に垂直な断面の形状が、ダイの上面の形状とほぼ等しくなる。一方、Ga2O3単結晶を半絶縁性にするために、原料にFeOを添加してEFG法で結晶成長を試みると、育成中の結晶はダイ上面の縁に向かって広がり難い傾向があり、その結果、引き上げられる単結晶の結晶引き上げ方向に沿ったアズグロウンの面上に、引き上げ方向に沿って延びる複数の線状の窪みが生じた。また、この窪みは、引き上げが進行するにしたがって広がった。
【0007】
育成する単結晶にこのような窪みが生じると、単結晶から所望の形状の基板を切り出す場合に、基板を切り出すことのできる領域が小さくなるため、基板製造の歩留まりの低下につながる。
【0008】
本発明の目的は、上述のような問題を解決するため、EFG法による単結晶の製造方法であって、育成する単結晶の結晶引き上げ方向に沿ったアズグロウンの面上に窪みが生じる場合であっても、その窪みの深さを抑えることのできる単結晶の製造方法、その製造方法に用いられる結晶育成用ダイ、及びその製造方法により製造された単結晶インゴットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様は、上記目的を達成するために、以下の[1]~[5]の単結晶インゴット、[6]~[11]の結晶育成用ダイ、[12]~[15]の単結晶の製造方法を提供する。
【0010】
[1]ドーパントを含む金属酸化物又は擬2成分系化合物のアズグロウンの単結晶インゴットであって、結晶引き上げ方向に平行な長さ方向に沿った側面の前記長さ方向の長さが50mm以上であり、前記長さ方向の一方の端部から前記長さ方向に沿って延びる線状の窪みを前記側面上に有し、前記側面に囲まれた部分における、前記長さ方向に垂直な断面のうち、前記長さ方向の前記窪みがない方の他方の端部からの前記長さ方向の距離が50mmの位置にある断面の外形は、前記断面とファセット面との交線から形成される部分以外において、理想外形からの窪みの距離の最大値である距離Xmaxが5mm以下であり、前記理想外形が、前記断面の外形が内側に収まる最小面積の長方形又は四角形である、単結晶インゴット。
[2]前記単結晶インゴットの幅が50mm以上である、上記[1]に記載の単結晶インゴット。
[3]前記断面とファセット面との交線から形成される部分を含めた、すべての部分の理想外形からの窪みの距離の最大値である距離Xmaxが5mm以下である、上記[1]又は[2]に記載の単結晶インゴット。
[4]前記金属酸化物がGa2O3系半導体であり、前記ドーパントが、Mg、Si、Ti、Fe、Co、Ni、Cu、Zr、Nb、Hf、又はTaからなる群から選ばれる1種以上である、上記[1]~[3]のいずれか1項に記載の単結晶インゴット。
[5]前記距離Xmaxが1mm以上である、上記[1]~[4]のいずれか1項に記載の単結晶インゴット。
[6]EFG法による単結晶育成に用いられる結晶育成用ダイであって、スリットが開口する上面が平坦であり、前記上面の縁に、又は、前記縁の近傍かつ前記スリットから離隔した位置に、前記上面からの融液の排出を促す排出促進部を有する、結晶育成用ダイ。
[7]前記排出促進部が、少なくとも前記スリットに平行な前記縁の近傍に設けられた、上記[6]に記載の結晶育成用ダイ。
[8]前記排出促進部が、前記縁の少なくとも一部に設けられた面取り部、R面取り部、又は段差部である、上記[6]又は[7]に記載の結晶育成用ダイ。
[9]前記排出促進部が、側面の上側の一部又は全体に設けられた傾斜部である、上記[6]又は[7]に記載の結晶育成用ダイ。
[10]前記排出促進部が、側面上に設けられた、前記上面から下方に向かって伸びる溝である、上記[6]又は[7]に記載の結晶育成用ダイ。
[11]前記排出促進部が、前記上面の前記縁の近傍の領域に開口する貫通孔である、上記[6]又は[7]に記載の結晶育成用ダイ。
[12]EFG法による、ドーパントを含む金属酸化物又は擬2成分系化合物の単結晶の製造方法であって、結晶育成用ダイの上面と単結晶の成長界面との間の融液を、前記結晶育成用ダイの上面の縁から、又は、前記縁の近傍の部分から排出しながら、前記単結晶を引き上げる、単結晶の製造方法。
[13]EFG法による、ドーパントを含む金属酸化物又は擬2成分系化合物の単結晶の製造方法であって、前記単結晶を引き上げる際に、前記単結晶の結晶引き上げ方向に平行な長さ方向に沿った側面に、線状の窪みが形成され、育成された前記単結晶のインゴットにおいて、前記側面に囲まれた部分における、前記長さ方向に垂直な断面のうちの前記長さ方向の前記窪みがない方の端部からの前記長さ方向の距離が50mmの位置にある断面の面積が、前記結晶育成用ダイの上面の面積の80%以上である、単結晶の製造方法。
[14]前記金属酸化物がGa2O3系半導体であり、前記ドーパントが、Mg、Si、Ti、Fe、Co、Ni、Cu、Zr、Nb、Hf、又はTaからなる群から選ばれる1種以上である、上記[12]又は[13]に記載の単結晶の製造方法。
[15]上記[6]~[11]のいずれか1項に記載の結晶育成用ダイを用いる、上記[12]~[14]のいずれか1項に記載の単結晶の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、EFG法による単結晶の製造方法であって、育成する単結晶の結晶引き上げ方向に沿ったアズグロウンの面上の窪みを誘発するドーパントを添加する場合であってもその窪みの深さを抑えることのできる単結晶の製造方法、その製造方法に用いられる結晶育成用ダイ、及びその製造方法により製造された単結晶インゴットを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、本発明の第1の実施の形態に係るEFG法単結晶育成装置の一部を示す垂直断面図である。
【
図2】
図2(a)、(b)は、従来の装置を用いたEFG法による単結晶育成における、結晶成長界面近傍の状態を示す模式図である。
【
図3】
図3(a)、(b)は、ある純物質の温度とその純物質に添加されるドーパントの濃度に関する状態図である。
【
図4】
図4(a)は、比較例としての、従来の装置を用いたEFG法により育成された単結晶インゴットの外観図である。
図4(b)は、その単結晶インゴットを結晶引き上げ方向に垂直な方向に切断したときの断面図である。
【
図5】
図5は、本発明の第1の実施の形態に係る結晶育成用ダイを用いたEFG法による単結晶育成における、結晶成長界面近傍の状態を示す模式図である。
【
図6】
図6(a)、(b)は、結晶育成用ダイの変形例を用いた場合のEFG法単結晶育成装置の部分的な断面図である。
【
図7】
図7(a)~(c)は、本発明の第1の実施の形態に係る結晶育成用ダイの排出促進部の構成例を示す斜視図である。
【
図8】
図8は、面取り部を上面の縁の一部に設けた場合の結晶育成用ダイの斜視図である。
【
図9】
図9(a)~(c)は、本発明の第1の実施の形態に係る結晶育成用ダイの排出促進部の他の構成例を示す斜視図である。
【
図10】
図10は、面取り部を上面のすべての縁に設けた場合の結晶育成用ダイの斜視図である。
【
図11】
図11(a)は、本発明の第1の実施の形態に係る単結晶インゴットの外観図である。
図11(b)、(c)は、単結晶インゴットの側面に囲まれた部分における、長さ方向に垂直な断面のうちの長さ方向の窪みがない方の端部からの長さ方向の距離が50mmの位置にある断面の例を示す。
【
図12】
図12は、AO成分とBO成分を含む複合酸化物の温度と組成に関する状態図である。
【
図13】
図13は、Ga
2O
3単結晶インゴットを結晶引き上げ方向と垂直に切断して切り出した25mm×15mmの板材と、濃度測定の測定位置を示す平面図である。
【
図14】
図14(a)、(b)は、測定されたGa
2O
3単結晶板材中のFeの濃度分布を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
〔第1の実施の形態〕
本実施の形態では、主に、育成する金属酸化物の単結晶の一例としてGa2O3系半導体の単結晶を用いて説明を行うが、本発明に係る金属酸化物の単結晶はこれに限定されるものではない。
【0014】
(EFG法単結晶育成装置の構成)
図1は、本発明の第1実施の形態に係るEFG法単結晶育成装置10の一部を示す垂直断面図である。
【0015】
EFG法単結晶育成装置10は、Ga2O3系化合物とFeOなどのドーパント原料の融液である融液20を収容する坩堝11と、この坩堝11内に設置された結晶育成用ダイ12と、結晶育成用ダイ12の上面120を露出させるように坩堝11の開口面を閉塞する蓋13と、Ga2O3系化合物の単結晶からなる平板状の種結晶21を保持する種結晶保持具14と、種結晶保持具14を昇降可能に支持するシャフト15とを有する。
【0016】
坩堝11は、Ga2O3系化合物の粉末あるいはグラニュー、ペレットなどの焼結体を融解させて得られた融液20を収容する。坩堝11は、Ga2O3系化合物の融液である融液20を収容しうる耐熱性を有するイリジウム等の材料からなる。
【0017】
結晶育成用ダイ12は、坩堝11内の融液20を毛細管現象により上面120まで上昇させるためのスリット121を有する。なお、結晶育成用ダイ12は、従来にない新規な構成として、上面120の縁近傍の融液20の上面120からの排出を促進する排出促進部を有する。その排出促進部については後述する。
【0018】
蓋13は、坩堝11から高温の融液20が蒸発することを防止し、さらに結晶育成用ダイ12の上面120以外の部分に融液20の蒸気が凝縮した固化物が付着することを防ぐ。
【0019】
EFG法単結晶育成装置10においては、種結晶21を下降させて、融液20が供給された結晶育成用ダイ12の上面120に接触させ、融液20と接触した種結晶21を引き上げることにより、平板状の育成結晶22を育成する。育成結晶22の結晶方位は種結晶21の結晶方位と等しく、育成結晶22の結晶方位を制御するためには、例えば、種結晶21の底面の面方位及び水平面内の角度を調整する。
【0020】
種結晶21及び育成結晶22は、Ga2O3系化合物の単結晶からなる。Ga2O3系化合物は、Ga2O3、又は、Al、In等の元素が添加されたGa2O3であり、例えば、(InxAlyGaz)2O3(x+y+z=1、x≧0、y≧0、z>0)で表される組成を有する。また、種結晶21及び育成結晶22を構成するGa2O3系化合物、又は育成結晶22を構成するGa2O3系化合物は、Ga2O3の融点近傍での揮発性が低いMg、Si、Ti、Fe、Co、Ni、Cu、Zr、Nb、Hf、Taなどをドーパントとして含む。このドーパントについては後述する。
【0021】
(EFG法による単結晶育成の問題点)
図2(a)、(b)は、従来の装置を用いたEFG法による単結晶育成における、結晶成長界面近傍の状態を示す模式図である。
図2(a)は、ドーパントを含まない融液210aからドーパントを含まない育成結晶212aを育成する場合の模式図である。
図2(b)は、ドーパントを含む融液210bからドーパントを含む育成結晶212bを育成する場合の模式図である。以下、
図2(a)、(b)を用いて、本発明者らが見出した、EFG法による単結晶育成の問題点について説明する。
【0022】
図2(a)、(b)に示されるように、EFG法では、結晶成長に直接関わる融液210の体積が、結晶成長界面211と結晶育成用ダイ200の上面201との隙間の体積に限定され、また、この隙間に結晶育成用ダイ200のスリット202から継続的に融液210a、210bが供給される。
図2(a)、(b)中の矢印Aは、融液210a、210bの流れを示し、矢印Pは、結晶引き上げ方向を示す。
【0023】
融液210b中では、ドーパントは酸化物として存在する(例えば、FeはFeOなどとしてGa
2O
3融液中に存在する)。このため、育成結晶212bを育成する場合、
図2(b)に示されるように、隙間内の融液210bのスリット202から遠い部分のドーパントの酸化物の濃度が偏析によって高まる。
図2(b)における融液210b及び育成結晶212bの濃淡は、ドーパントの酸化物の濃度の分布を模式的に表すものであり、濃淡が濃いほど濃度が高いことを表している。
図2(b)中の矢印Bは、育成結晶212bに取り込まれずに融液210b中に残留するドーパントの酸化物の流れを示す。ドーパントの酸化物の濃度が高まると融液210bの凝固温度が下がるため、融液のスリット202から遠い部分からの結晶の成長が阻害される。
【0024】
このため、育成結晶212bの外周部近傍に成長不良が生じ、結晶引き上げ方向Pに沿ったアズグロウン面である側面上に、結晶引き上げ方向Pに沿って延びる複数の線状の窪みが形成される。一方で、ドーパントを含まない育成結晶212aを育成する場合、融液210aにドーパントが含まれないため、
図2(a)に示されるように、結晶成長界面211と結晶育成用ダイ200の上面201との隙間における融液210aは均質である。そのため、育成結晶212aにおいては、上述の融液中のドーパントの酸化物の偏析に起因する線状の窪みが形成されることはない。
【0025】
なお、チョクラルスキー法、ブリッジマン法、Kyropoulos法、熱交換法(HEM)等の融液からの結晶成長においても原料中のドーパントの偏析は起こるが、結晶成長に関わる融液の体積がEFG法のように小さくないため、ドーパントの酸化物の偏析によって結晶成長が阻害されて育成結晶の表面に窪みが形成されることはない。
【0026】
本発明者らは、結晶成長工学の見地からの検討により、ドーパントとしてFeが添加されたGa2O3単結晶を育成する場合の窪みが発生する具体的なメカニズムについて、以下のように分析判断した。
【0027】
(1)Ga2O3へのFeのドープは、Ga2O3原料へのドーパント原料としてのFe酸化物、例えばFeOあるいはFe2O3などの酸化物の添加(仕込み)によってなされる。
【0028】
(2)Ga2O3へのFeとしての仕込み量に対する、成長結晶へのFeとしての取り込み量の比は0.2前後である。これは、Ga2O3に対するFeの偏析係数といえる。
【0029】
(3)Ga2O3の融液中において、FeはFeOなどの酸化物として存在すると考えられる。ダイの中央付近に設けられたスリット中を坩堝内から毛細管現象で上がってきた融液は、スリット直上で結晶化するとき、融液に含まれるFe酸化物は仕込み量に対して0.2前後の比率で結晶中に取り込まれ、0.8前後の比率で融液中に残留する。
【0030】
(4)スリット中を上がってきた融液は、結晶側に結晶化を進めながら、結晶成長界面とダイの上面との隙間をダイ上面の縁(上面と側面の間の稜)に向かって流れる。
【0031】
(5)上記(3)及び(4)から、結晶成長界面とダイの上面との隙間をダイ上面の縁に向かって流れる融液のFe酸化物の濃度は、ダイの上面の縁に近づくにつれて増加する。
【0032】
(6)結晶の引上げが進行すると、結晶成長界面とダイの上面との隙間内の融液に残留するFe酸化物が蓄積されるため、ダイの上面の縁近傍における融液中のFe酸化物の濃度はさらに高まり、凝固温度が下がる(融点が下がる)。
【0033】
(7)上記(6)の結果、結晶成長界面とダイの上面との隙間内の融液において、Fe酸化物の濃度が仕込み濃度よりも高められたダイの上面の縁近傍の部分の結晶化温度(凝固温度)は、Fe酸化物の濃度が仕込み濃度とほぼ等しいダイのスリット直上の部分の結晶化温度(凝固温度)よりも低いため、結晶化し難く、結晶の外周部が台の上面の縁から後退する。その結果、育成結晶の結晶引き上げ方向に沿ったアズグロウン面上に、結晶引き上げ方向に沿って延びる複数の線状の窪みが形成される。
【0034】
また、本発明者らは、Snをドーパントとするため、Fe酸化物の代わりにSn酸化物をドーパント原料として用いた場合には、上述の育成結晶に線状の窪みが形成される問題が生じないことを確認した。これは、Fe酸化物を用いた場合と同様に、融液のダイの上面の縁近傍の部分においてSn酸化物の濃度は高まるものの、Ga2O3の融点近傍でのSnの揮発性が高いために、ダイの上面の縁からSnが揮発して結晶化温度(凝固温度)の低下がほとんど生じなかったためと考えられる。
【0035】
この理由から、Ga2O3の融点近傍での揮発性が低いMg、Si、Ti、Fe、Co、Ni、Cu、Zr、Nb、Hf、又はTaからなる群から選ばれる1種以上をドーパントとして用いる場合も、Feを用いる場合と同様に、ドーパントの酸化物の偏析が生じ、上述の育成結晶に線状の窪みが形成される問題が生じると推測される。
【0036】
また、Ga2O3以外の金属酸化物の単結晶を育成する場合も、その金属酸化物の融点近傍での揮発性が低いドーパントを添加する場合には、Ga2O3単結晶の育成においてFeを用いる場合と同様に、ドーパントの酸化物の偏析が生じ、上述の育成結晶に線状の窪みが形成される問題が生じると推測される。
【0037】
なお、融液から結晶が析出する過程における融液中のドーパント濃度と融液の凝固温度の変化は、状態図を用いて理解できる。
【0038】
図3(a)、(b)は、ある純物質の温度とその純物質に添加されるドーパントの濃度に関する状態図である。
【0039】
純物質の融液中のドーパントの仕込み濃度をC
L0とする。まず、融液の温度を下げると、
図3(a)に示されるように、液相線に到達する温度T
0における固相線の組成の初晶が析出する。ドーパントの仕込み濃度(液相組成C
L0)と初晶中の濃度(固相濃度C
S0)には、k=C
S0/C
L0の関係があり、kを偏析係数と呼ぶ。
【0040】
液相中のドーパントの拡散が十分な場合、原料の固化が進行すると、
図3(b)に示されるように、液相中のドーパント濃度は高まり、凝固温度は液相線に沿って下がる。また、これに並行して、結晶中に取り込まれるドーパントの濃度も上昇する。液相中のドーパント濃度がC
L0からC
L1まで増加すると、結晶中に取り込まれるドーパントの濃度はC
S0からC
S1に増加する。そして、最終的に、共晶点において、ドーパント濃度C
Eで混合物として結晶化する。
【0041】
図4(a)は、比較例としての、従来の装置を用いたEFG法により育成された単結晶インゴット100の外観図である。
図4(b)は、単結晶インゴット100を結晶引き上げ方向Pに垂直な方向に切断したときの断面図である。単結晶インゴット100は、引き上げられたままの状態の未加工の育成結晶、すなわちアズグロウンの育成結晶である。
【0042】
単結晶インゴット100は、結晶引き上げ方向Pに沿ったアズグロウンの側面(外周面)101上に、結晶引き上げ方向Pに沿って延びる複数の線状の窪み102を有する。窪み102は、上述の理由により、結晶の引き上げがある程度進行すると発生し、進行とともに大きくなる。このため、窪み102は、種結晶21から離れるほどに大きくなる。また、窪み102は、単結晶インゴット100を結晶引き上げ方向Pから見たときの四隅に近いところから発生し始める傾向がある。
【0043】
(単結晶の製造方法)
以下に、上述のEFG法による単結晶育成の問題点を鑑みて生み出された本実施の形態に係る単結晶の製造方法について説明する。
【0044】
図5は、本発明の第1の実施の形態に係る結晶育成用ダイ12を用いたEFG法による単結晶育成における、結晶成長界面220近傍の状態を示す模式図である。
図5における融液20及び育成結晶22の濃淡は、ドーパントの酸化物の濃度の分布を模式的に表すものであり、濃淡が濃いほど濃度が高いことを表している。
【0045】
結晶育成用ダイ12は、スリット121が開口する上面120が平坦であり、上面120の縁(上面120と側面122の間の稜)、又は縁近傍の、スリット121から離隔した(スリット121に接触しない)位置に、上面120からの融液20の排出を促す排出促進部123を有する。
【0046】
上述のように、融液20の上面120の縁に近い部分は、凝固温度が低くなっているため、粘度が低下している。このため、表面張力により結晶成長界面220と上面120との隙間内に留まっている融液20は、排出促進部123に到達すると、排出促進部123を伝って側面122に流れる。このようにして、排出促進部123により、上面120の縁近傍のドーパントの酸化物の濃度の高い融液20の上面120からの排出を効果的に促すことができる。
【0047】
また、
図1に示されるように、本実施の形態に係るEFG法単結晶育成装置10においては、結晶育成用ダイ12の上面120から坩堝11の内部への融液20の流路が確保されており、上面120から排出された融液20は、側面122を伝って坩堝11内へ戻ることができる。このため、排出した融液20を無駄にすることなく、単結晶育成に再利用できる。
【0048】
図6(a)、(b)は、結晶育成用ダイ12の変形例である結晶育成用ダイ12a、結晶育成用ダイ12bを用いた場合のEFG法単結晶育成装置10の部分的な断面図である。結晶育成用ダイ12aには、側面に段差がない。結晶育成用ダイ12bは、上面120を含む上部の幅が他の部分の幅よりも大きい。結晶育成用ダイ12a、結晶育成用ダイ12bを用いる場合も、結晶育成用ダイ12の上面120から坩堝11の内部への融液20の流路が確保される。
【0049】
本実施の形態においては、排出促進部123を用いて、結晶育成用ダイ12の上面120と結晶成長界面220との間の融液の、上面120の縁近傍のドーパントの酸化物の濃度の高い部分を排出しながら、育成結晶22を成長させることにより、育成結晶22の外周部における成長不良を抑えることができる。
【0050】
これにより、育成により得られる単結晶インゴットにおいて、結晶引き上げ方向に沿ったアズグロウンの面上に生じた結晶引き上げ方向に沿って延びる複数の線状の窪みの深さを抑えることができる。
【0051】
なお、結晶育成用ダイ12の上面120が平坦であることと、排出促進部123がスリット121から離隔した位置に設けられることは、スリット121が側方に開口することによりスリット121内に側方から空気が入り込むことを防ぐための条件である。結晶成長中にスリット121内に側方から空気が入り込むと、融液が上がらなくなり、その空気が入り込んだ部分からは結晶が成長しないため、育成結晶22に窪みが生じてしまう。
【0052】
図7(a)~(c)は、結晶育成用ダイ12(12a、12b)の排出促進部123の構成例を示す斜視図である。
【0053】
図7(a)に示される面取り部123aは、排出促進部123の一形態であり、上面120と側面122の間の稜を面取りすることにより形成される傾斜面である。面取り部123aは、C面取り(角度が45°の面取り)に限られない。
【0054】
図7(b)に示されるR面取り部123bは、排出促進部123の一形態であり、上面120と側面122の間の稜をR面取りすることにより形成される曲面である。
【0055】
図7(c)に示される段差部123cは、排出促進部123の一形態であり、上面120の縁を階段状に加工することにより形成される段差である。段差部123cは、複数の段差により構成されてもよい。
【0056】
面取り部123a、R面取り部123b、段差部123cの幅Wは、0.1mm以上、2mm以下の範囲内にあることが好ましい。幅Wが0.1mm以上のときに、融液20の排出効果が効果的に発揮される。一方、幅Wが2mmを超えると排出効果にほとんど変化がないため、幅Wを2mm以下とすることにより、融液20の排出効果を十分に発揮しつつ、結晶育成用ダイ12の大型化を避けることができる。
【0057】
また、段差部123cの高さHは、融液20の排出効果が効果的に発揮するため、0.1mm以上、1mm以下の範囲内にあることが好ましい。
【0058】
図8は、面取り部123aを上面120の縁の一部に設けた場合の結晶育成用ダイ12(12a、12b)の斜視図である。R面取り部123bや段差部123cも、同様に上面120の縁の一部に設けることができる。
【0059】
この場合の面取り部123a、R面取り部123b、段差部123cの幅Wも、0.1mm以上、2mm以下の範囲内にあることが好ましい。幅Wが0.1mm以上のときには、融液20の排出効果が効果的に発揮される。また、幅Wを2mm以下とすることにより、面取り部123a、R面取り部123b、段差部123cの存在が育成結晶22の結晶引き上げ方向Pに沿ったアズグロウンの面上の窪みの発生の原因となる可能性が低くなる。
【0060】
また、この場合の面取り部123a、R面取り部123b、段差部123cの長さLは、0.1mm以上であることが好ましい。長さLが0.1mm以上のときに、融液20の排出効果が効果的に発揮される。
【0061】
また、上面120の縁の一部に設けられる面取り部123a、R面取り部123b、段差部123cを、縁に沿って複数設けることにより、融液20の排出効果を向上させることができる。
【0062】
図9(a)~(c)は、結晶育成用ダイ12(12a、12b)の排出促進部123の他の構成例を示す斜視図である。
【0063】
図9(a)に示される傾斜部123dは、排出促進部123の一形態であり、側面122の上側の一部又は全体に設けられた傾斜面である。傾斜部123dの傾斜角度(上面120と傾斜部123dの成す角度)θは、100°以上であることが好ましい。傾斜角度θが100°以上のときには、融液20の排出効果が効果的に発揮される。一方、傾斜角度θが150°を超えると排出効果にほとんど変化はない。
【0064】
図9(b)に示される溝123eは、排出促進部123の一形態であり、側面122上に設けられた、上面120から結晶育成用ダイ12の下方に向かって伸びる線状の溝である。また、融液20の排出効果を向上させるため、溝123eは、上面120の縁に沿って複数設けられることが好ましい。
【0065】
溝123eの深さDpは、0.1mm以上、2mm以下の範囲内にあることが好ましい。深さDpが0.1mm以上のときには、融液20の排出効果が効果的に発揮される。また、深さDpを2mm以下とすることにより、溝123eの存在が育成結晶22の結晶引き上げ方向Pに沿ったアズグロウンの面上の窪みの発生の原因となる可能性が低くなる。
【0066】
図9(c)に示される貫通孔123fは、排出促進部123の一形態であり、上面120の上面120の縁の近傍の領域に開口する貫通孔である。典型的には、
図9(c)に示されるように、貫通孔123fは、結晶育成用ダイ12bの幅の広い上部の上面120から下面124まで貫通する。この場合、坩堝11内の融液20が貫通孔123fを通って毛細管現象により上がってくることを防ぐため、下面124は坩堝11内の融液20の液面から離れていることが必要である。なお、貫通孔123fを上面120から側面122まで貫通させる場合は、側面122の開口部を、坩堝11内の融液20の液面より高い所に設ければ、結晶育成用ダイ12、12a、12bのいずれに適用してもよい。また、融液20の排出効果を向上させるため、貫通孔123fは、上面120の縁に沿って複数設けられることが好ましい。
【0067】
貫通孔123fの直径は、0.1mm以上、2mm以下の範囲内にあることが好ましい。直径が0.1mm以上のときには、融液20の排出効果が効果的に発揮される。また、直径を2mm以下とすることにより、上面120の縁からある程度離れた位置にあるドーパントの酸化物の濃度が比較的低い部分の融液20まで排出してしまい、結晶成長に支障をきたす可能性が低くなる。
【0068】
また、貫通孔123fのスリット121に最も近い部分の上面120の縁からの距離Dは、2mm以下であることが好ましい。距離Dが2mmを超えると、上面120の縁からある程度離れた位置にあるドーパントの酸化物の濃度が比較的低い部分の融液20まで排出してしまい、結晶成長に支障をきたすおそれがある。
【0069】
上面120の形状が長方形又は正方形である場合、上記の各種の排出促進部123は、
図7(a)~(c)、
図8、
図9(a)~(c)に示されるように、上面120の縁のうちの、少なくともスリット121に平行な縁の近傍に設けられていることが好ましい。これは、スリット121に平行な縁のスリット121からの距離が大きいため、スリット121に平行な縁の近傍の融液20のドーパントの酸化物の濃度が高くなり、これを排出促進部123により効果的に排出するためである。
【0070】
そして、ドーパントの酸化物の濃度が高まった部分の融液20をより効果的に排出し、育成結晶22の結晶引き上げ方向Pに沿ったアズグロウンの面上の窪みの深さをより効果的に抑えるためには、上面120のすべての縁の近傍に排出促進部123が設けられることが好ましい。
【0071】
図10は、面取り部123aを上面120のすべての縁に設けた場合の結晶育成用ダイ12の斜視図である。R面取り部123b、段差部123c、傾斜部123d、溝123e、貫通孔123fも、同様に上面120のすべての縁又は縁の近傍に設けられることが好ましい。
【0072】
なお、結晶育成用ダイ12の上面120の形状は、長方形や正方形に限定されるものではなく、例えば、円形であってもよい。
【0073】
(単結晶の特徴)
図11(a)は、本発明の第1の実施の形態に係る単結晶インゴット1の外観図である。単結晶インゴット1は、引き上げられたままの状態の未加工の育成結晶22、すなわちアズグロウンの育成結晶22である。このため、単結晶インゴット1は、例えば、Ga
2O
3系化合物の単結晶のインゴットであり、Ga
2O
3の融点近傍での揮発性が低いMg、Si、Ti、Fe、Co、Ni、Cu、Zr、Nb、Hf、又はTaからなる群から選ばれる1種以上をドーパントとして含む。
【0074】
結晶引き上げ方向Pに平行な長さ方向に沿った側面(外周面)221はアズグロウン面であり、単結晶インゴット1の側面221に囲まれた部分(成長初期の肩拡げ部分223を含まない部分)の長さLは、50mm以上である。長さLが50mm以上であれば、例えば、単結晶インゴット1の幅(長さLに直交し、ダイ12のスリット121の幅方向ではない、辺の長さ)を、いずれの位置においても50mm以上とすることにより、直径が約2インチの基板を単結晶インゴット1から切り出すことができる。なお、単結晶インゴット1の長さLや幅は、60mm以上が好ましく、70mm以上が更に好ましい。
【0075】
単結晶インゴット1の厚さ(結晶育成時のスリット121の幅方向で、辺の長さ)は、いずれの位置においても10mm以上であることが好ましい。なお、単結晶インゴット1の厚さは、15mm以上であることが更に好ましい。育成結晶22が薄すぎると、結晶育成時に育成結晶22が引き上げ速度についていけずに結晶育成用ダイ12から離れ、結晶育成が中断されるという現象が起こるおそれがある。
【0076】
なお、単結晶インゴット1が薄い場合に育成結晶22が結晶育成用ダイ12から離れてしまうのは、次のような理由によると考えられる。(1)結晶育成用ダイ12の上面120と結晶成長界面220の間の融液20において、ドーパントの酸化物の濃度の水平方向の勾配ができにくく、育成が進むと全体的にドーパントの酸化物の濃度が高まる。このため、結晶育成用ダイ12の上面120と結晶成長界面220の間の融液20の全体において融点が下がり、結晶成長の維持が困難になる。(2)ドーパントの酸化物の濃度が高まると、結晶育成用ダイ12の上面120と結晶成長界面220の間の融液20が共晶組成になる(例えば、Feをドーパントとして含むGa2O3単結晶のインゴットを単結晶インゴット1として得ようとする場合、融液20がFeを含むGa2O3というよりもGa2O3/Fe2O3系の定比化合物となる)。
【0077】
単結晶インゴット1は、側面221上に囲まれた部分において、長さ方向に沿って延びる複数の線状の窪み222を有する。窪み222は、種結晶21から離れるほどに大きくなる。すなわち、窪み222は、側面221上に囲まれた部分において、種結晶21側とは反対側に位置する一方の端部から開始して、結晶引き上げ方向の長さ方向に沿って延びている。
【0078】
図11(b)、(c)は、単結晶インゴット1の側面221に囲まれた部分における、長さ方向に垂直な断面のうちの長さ方向の窪み222がない方である、他方の端部(種結晶21側の端部)からの長さ方向の距離が50mmの位置にある断面の例を示す。
図11(b)は、単結晶インゴット1がファセット面を有しない場合の断面の例を示し、
図11(c)は、単結晶インゴット1がファセット面230を有する場合の断面の例を示す。なお、ファセット面とは、結晶がファセット成長することにより結晶の表面に現れる平坦な面をいう。EFG法においても、上述の融液20中のドーパントの酸化物の濃度、成長進行によるドーパントの酸化物の濃度の高まり、温度条件などにより側面221に囲まれた面においてファセット成長が起こり、ファセット面230が表出する場合がある。ファセット面230と断面との交線から形成される部分は理想外形30より内側に離れるが、窪み222と異なり、平坦な線で構成されるので判別されうる。
【0079】
図11(b)、(c)に示されるような、単結晶インゴット1の他方の端部からの長さ方向の距離が50mmの位置にある断面の外形は、断面とファセット面230との交線から形成される部分以外において、理想外形30からの窪み222の距離Xの最大値(以下X
maxとする)が5mm以下であり、4mm以下であることが好ましく、3mm以下であることがより好ましい。また、単結晶インゴット1の他方の端部からの長さ方向の距離が80mmの位置にある断面の外形においても、理想外形30からの窪み222の距離X
maxが5mm以下であることが好ましい。従来の装置を用いたEFG法により育成された単結晶インゴット100においては、X
maxが5mm以下となることはない。X
maxが小さければ、例えば、単結晶インゴット1の幅が50mm以上である場合に、直径が約2インチの基板を単結晶インゴット1から切り出すことができる領域の窪み222が小さいため、切り出せる基板の枚数が多くなる。
【0080】
ここで、理想外形30とは、上記長さ方向の窪み222がない方の端部からの長さ方向の距離が50mmの位置にある断面の外形が内側に収まる最小面積の長方形又は四角形である。単結晶インゴット1の理想外形30は、結晶育成用ダイ12の上面120の外形とほぼ同じである。上面120が長方形である場合は理想外形30が長方形となり、上面120が正方形である場合は、理想外形30もほぼ正方形となる。
【0081】
従来の装置を用いたEFG法により育成されたドーパントを含む単結晶インゴット100においては、Xmaxが5mm以下となることはない。単結晶インゴット100を薄くすれば、Xmaxが小さくなる可能性があるが、単結晶インゴット100を薄くしていくと、Xmaxが5mmに達する前に、結晶育成時に育成結晶212が引き上げ速度についていけずに結晶育成用ダイ200から離れ、結晶育成が中断される可能性が高い。
【0082】
なお、従来の装置を用いたEFG法により育成されたドーパントを含む単結晶インゴット100は、大きな窪み102を全周に渡って有するため、理想外形30が結晶育成用ダイの上面の外形と一致しない場合がある。また、そのような場合であっても、単結晶インゴット100の断面とファセット面との交線から形成される部分以外において、理想外形30からの距離Xの最大値Xmaxが5mm以下となることはない。結晶の全周に渡って均等に窪み102が生じることはないためである。
【0083】
また、ドーパントを含まない単結晶インゴットは、従来の装置を用いてEFG法により育成されたものであっても、側面に窪みを有しないため、結晶引き上げ方向に垂直な断面の外形が結晶育成用ダイの上面の外形とほぼ一致する。
【0084】
上述の本実施の形態に係る単結晶の製造方法によれば、単結晶インゴット1の窪み222の大きさを抑えることができる。一方で、本実施の形態に係る方法を用いても、距離Xmaxが1mmより小さくなることはほとんどない。このため、多くの場合、距離Xmaxは1mm以上である。
【0085】
ドーパントの濃度が高くなると、結晶成長が融液成長よりも溶液成長に近くなり、上述のようにファセット面230が現れることがある。ファセット面230の発生も単結晶インゴット1の断面積を小さくする原因となるため、長さ方向に垂直な断面のうちの長さ方向の窪み222がない方の端部からの長さ方向の距離が50mmの位置にある断面の外形は、断面とファセット面230との交線から形成される部分を含めた、すべての部分の理想外形30からの窪み222の距離Xの最大値である距離Xmaxが5mm以下であることが好ましく、4mm以下であることがより好ましく、3mm以下であることがさらに好ましい。上述の本実施の形態に係る単結晶の製造方法によれば、結晶育成用ダイ12の上面120の縁近傍のドーパントの酸化物の濃度の高い部分の融液20を排出しながら結晶を育成できるため、ファセット面230の発生を抑えることもできる。
【0086】
また、上述の本実施の形態に係る単結晶の製造方法によれば、窪み222の大きさを抑えることにより、単結晶インゴット1の側面221に囲まれた部分における長さ方向に垂直な断面のうち、長さ方向の窪み222がない方の端部(種結晶21側の端部)からの長さ方向の距離が50mmの位置にある断面の面積を、結晶育成用ダイ12の上面120の面積の80%以上、好ましくは90%以上とすることができる。
【0087】
また、上述のように、結晶成長界面220と結晶育成用ダイ12の上面120との隙間の融液20のドーパントの酸化物の濃度は、スリット121から離れるほど高くなる。このため、上面120上における上面120の縁とスリット121の距離において、スリット幅方向の距離Z
1(
図7~10を参照)をスリット方向(スリット121の開口面の長さ方向)の距離Z
2(
図7~10を参照)よりも大きく取る場合は、スリット幅方向の融液20の方が、上面120の縁近傍におけるドーパントの酸化物の濃度が高くなる。したがって、この場合、Z
1の最大値(距離Zとする)が大きいほど、上面120の縁近傍の融液20のドーパントの酸化物の最大濃度が高まり、窪み222の最大深さ(複数の窪みの中で、理想外形の辺から窪みの辺に垂直な線を引いた場合の最も長い線)が大きくなる。すなわち、距離Zと窪み222の深さには相関関係がある。上述の本実施の形態に係る単結晶の製造方法によれば、単結晶インゴット1の側面221に囲まれた部分における、長さ方向の窪み222がない方の端部(種結晶21側の端部)からの長さ方向の距離が50mmの位置の、窪み222の最大深さをZ×0.3以下に抑えることができる。
【0088】
また、上述のように、窪み222を有する単結晶インゴット1は、母材料である金属酸化物の融点近傍での揮発性が低いドーパントを含む。例えば、金属酸化物がGa2O3系半導体である場合は、Mg、Si、Ti、Fe、Co、Ni、Cu、Zr、Nb、Hf、又はTaからなる群から選ばれる1種以上をドーパントとして含む。
【0089】
単結晶インゴット1のドーパントの濃度は、特に限定されない。これは、単結晶インゴット1のドーパントの濃度(中心部のドーパント濃度)がたとえppmオーダーであったとしても、結晶育成中の結晶育成用ダイ12の上面120の縁近傍の融液20のドーパント濃度は窪み222が生じ得る高さまで高まるからである。すなわち、極めて微量であっても、母材料である金属酸化物の融点近傍での揮発性が低いドーパント原料が融液20に含まれていれば、窪み222が生じ得る。なお、単結晶インゴット1がFeを含む半絶縁性のGa2O3単結晶のインゴットである場合の典型的なFeの濃度は15~30ppm(重量)で、融液20中のFeOは偏析を考慮すると100~200ppm(重量)が必要となるが、より低濃度であっても窪み222は生じる。
【0090】
〔第2の実施の形態〕
第1の実施の形態では、母材料である金属酸化物の融点近傍での揮発性が低いドーパントを含む単結晶を育成する場合について説明したが、窪み222が発生するという問題は、同様のメカニズムにより、複合酸化物のような擬2成分系化合物の単結晶を育成する場合にも起こり得る。
【0091】
複合酸化物のような擬2成分系化合物は、例えば、Li2OとNb2O5の2種類の金属酸化物の複合体と考えられるLiNbO3や、Y3Al5O12、PbMoO4などである。
【0092】
複合酸化物のような擬2成分系化合物の原料組成に僅かなずれがあると、結晶化する組成と結晶界面近傍の組成に差が生じて、ドーパントの酸化物が偏析する場合と同様に、結晶育成用ダイ12の上面120の縁近傍の部分の融液20の凝固温度が低下する。以下に、複合酸化物ABO2の単結晶を育成する場合の例について説明する。
【0093】
図12は、AO成分とBO成分を含む複合酸化物の温度と組成に関する状態図である。ここで、融液中のAO成分の量が、ABO
2中のAO成分から僅かにずれたC
L0であるとする。この場合、
図12に示されるように、結晶成長進行とともに組成のずれが拡大して、融点降下(凝固温度の低下)が起こる。
【0094】
すなわち、複合酸化物のような擬2成分系化合物の原料組成に僅かなずれがあると、結晶育成用ダイ12の上面120のスリット121の直上から縁に近づくにつれて、融液中の組成のずれが大きくなり、凝固温度が低下する。
【0095】
上述のように、本発明の第1の実施の形態に係る単結晶の製造方法によれば、結晶育成用ダイ12の上面120の縁近傍の融液20を排出しながら結晶を育成できる。このため、この方法を複合酸化物のような擬2成分系化合物の単結晶を育成する本実施の形態に適用すれば、上面120の縁近傍の、組成のズレが大きく、凝固温度が低下した融液20を排出しながら結晶を育成できるため、窪み222の大きさを抑えることができる。
【0096】
(実施の形態の効果)
上記実施の形態によれば、EFG法による単結晶の製造方法であって、育成する単結晶の結晶引き上げ方向に沿ったアズグロウンの面上に窪みが生じる場合であっても、その窪みの深さを抑えることのできる単結晶の製造方法、その製造方法に用いられる結晶育成用ダイ、及びその製造方法により製造された単結晶インゴットを提供できる。
【実施例】
【0097】
ドーパントとしてFeを含むGa2O3単結晶を従来のEFG法により育成し、単結晶中のFeの濃度分布をレーザーアブレーションICP-MS法により測定した。
【0098】
図13は、Ga
2O
3単結晶インゴットを結晶引き上げ方向と垂直に切断して切り出した25mm×15mmの板材23と、濃度測定の測定位置(M1~M6)を示す平面図である。
【0099】
図13に示されるGa
2O
3単結晶板材は、結晶引き上げ方向と垂直な断面の大きさが30mm×30mmであるGa
2O
3単結晶インゴットの窪み222を除いた領域(
図13の点線で表される領域)から切り出した。Ga
2O
3単結晶板材の表面を研磨した後、Feの濃度分布を測定した。
【0100】
図14(a)、(b)は、測定されたGa
2O
3単結晶板材中のFeの濃度分布を示すグラフである。
図14(a)、(b)の各データの番号(M1~M6)は、
図13に示される測定位置の番号(M1~M6)に対応している。
図14(a)、(b)の横軸は測定開始位置を基準とした位置であり、縦軸は質量分析のシグナルの
71Gaに対する
56Feの強度比である。
【0101】
図14(a)、(b)によれば、Ga
2O
3単結晶板材のFe濃度はGa
2O
3単結晶板材の外周に向かって高くなり、特に外周付近では急激に高まっている。このことは、結晶育成用ダイの上面と結晶成長界面の間の融液中のFe濃度が、ダイの上面の縁に近づくにつれて急激に高まり、それによって凝固温度が低下している可能性を示している。
【0102】
また、本発明者らの観察によれば、結晶成長後のダイの上面の結晶側面の後退が見られた部分(窪みが発生した部分)に、高濃度Fe酸化物の残滓があった。このことからも、結晶育成用ダイの縁近傍においてFeの濃度が高まり、凝固温度が下がることにより、結晶育成用ダイの縁への結晶の広がりが阻害されたことが推測される。
【0103】
以上、本発明の実施の形態及び実施例を説明したが、本発明は、上記実施の形態及び実施例に限定されず、発明の主旨を逸脱しない範囲内において種々変形実施が可能である。
【0104】
また、上記に記載した実施の形態及び実施例は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態及び実施例の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【符号の説明】
【0105】
1 単結晶インゴット
10 EFG法単結晶育成装置
12 結晶成長用ダイ
20 融液
22 育成結晶
30 理想外形
120 上面
121 スリット
122 側面
123 排出促進部
123a 面取り部
123b R面取り部
123c 段差部
123d 傾斜部
123e 溝
123f 貫通孔
220 結晶成長界面
221 側面
222 窪み