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特許7437056表層に角質層が形成された不死化皮膚細胞の3次元培養物、前記3次元培養物の製造方法、および前記3次元培養物を用いた被検物質の評価方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-14
(45)【発行日】2024-02-22
(54)【発明の名称】表層に角質層が形成された不死化皮膚細胞の3次元培養物、前記3次元培養物の製造方法、および前記3次元培養物を用いた被検物質の評価方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20240215BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20240215BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20240215BHJP
   C12Q 1/66 20060101ALI20240215BHJP
   C12Q 1/6897 20180101ALI20240215BHJP
【FI】
C12N5/10 ZNA
C12N15/09 Z
C12Q1/02
C12Q1/66
C12Q1/6897 Z
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021572786
(86)(22)【出願日】2021-01-21
(86)【国際出願番号】 JP2021002020
(87)【国際公開番号】W WO2021149761
(87)【国際公開日】2021-07-29
【審査請求日】2022-07-20
(31)【優先権主張番号】P 2020008607
(32)【優先日】2020-01-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100168114
【弁理士】
【氏名又は名称】山中 生太
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 泰司
(74)【代理人】
【識別番号】100177149
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 浩義
(74)【代理人】
【識別番号】100197701
【弁理士】
【氏名又は名称】長野 正
(74)【代理人】
【識別番号】100222922
【弁理士】
【氏名又は名称】和田 朋子
(72)【発明者】
【氏名】冨田 辰之介
(72)【発明者】
【氏名】中島 芳浩
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 歴
(72)【発明者】
【氏名】近江谷 克裕
【審査官】小田 浩代
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/020970(WO,A1)
【文献】特開平08-089239(JP,A)
【文献】小島 肇夫,化学物質の安全性評価に利用されるインビトロアッセイ(in vitro試験)法,生物工学会誌,2017年,Vol. 95(8),pp. 455-460
【文献】SCHAGAT, T. et al.,レポータ遺伝子アッセイの標準化:整合性と統計的有意性向上のためのアプローチと検討材料,Promega[online],2007年,インターネット:<URL:https://www.promega.co.jp/jp/prometec_J/pdf/pj23/PJ-No23-4.pdf>,[retrieved on 3/19/2021]
【文献】シリカファイバー細胞培養担体 Cellbed,Cellbed[online],2019年,インターネット:<URL:https://web.archive.org/web/20190816024238/http://www.cellbed-jp.com/qaf.html>,[retrieved on 3/19/2021]
【文献】TOMITA, T. et al.,Development of novel skin sensitizing test with human keratinocyte cell line,AATEX,2018年,Vol. 23(Supplement),p. 126:P-34
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-15/90
C12Q 1/00- 1/70
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
板状基材と前記板状基材の表面に付着するHaCaT細胞の培養積層物であって、
前記培養積層物は、表層が角質層で構成され、
前記HaCaT細胞は、定常発現プロモーターで制御される第1のルシフェラーゼの遺伝子と、皮膚感作性を評価できるプロモーターで制御される、前記第1のルシフェラーゼとシグナルが区別して検出される第2のルシフェラーゼの遺伝子とを有
前記定常発現プロモーターは、
ユビキチンC、β-2-microglobulin、GAPDH、TK、SV-40、HPRT、β-actin、G6PDH及びelongation factorからなる群から選択され、
前記皮膚感作性を評価できるプロモーターは、
IL-1beta、IL-4、IL-6、IL-8、IL-10、IL-17、IL-22、IL-12、IL-2、IFN-γ及びHO-1からなる群から選択される遺伝子のプロモーターである、
不死化皮膚細胞の3次元培養物。
【請求項2】
前記HaCaT細胞は、生理活性を評価できるプロモーターで制御される、前記第1のルシフェラーゼ及び前記第2のルシフェラーゼのいずれともシグナルが区別して検出される第3のルシフェラーゼの遺伝子をさらに有
前記生理活性を評価できるプロモーターは、
bmal1、per2、filaggrin、keratin type 10及びTNF-alphaからなる群から選択される遺伝子のプロモーターである、
請求項1記載の不死化皮膚細胞の3次元培養物。
【請求項3】
前記板状基材は、シリカ、アルミナ、ジルコニア、チタニア、ハイドロキシアパタイト、および合成樹脂からなる群から選択される1以上の基材で構成される液含浸性基材である、請求項1または2記載の不死化皮膚細胞の3次元培養物。
【請求項4】
被検物質の評価に使用される、請求項1~3のいずれかに記載の不死化皮膚細胞の3次元培養物。
【請求項5】
定常発現プロモーターで制御される第1のルシフェラーゼの遺伝子と、皮膚感作性を評価できるプロモーターで制御される、前記第1のルシフェラーゼとシグナルが区別して検出される第2のルシフェラーゼの遺伝子とを有するHaCaT細胞を、前記HaCaT細胞が積層するHaCaT細胞層の表層が乾かない程度の培養液を仕込んで3次元培養することを含
前記定常発現プロモーターは、
ユビキチンC、β-2-microglobulin、GAPDH、TK、SV-40、HPRT、β-actin、G6PDH及びelongation factorからなる群から選択され、
前記皮膚感作性を評価できるプロモーターは、
IL-1beta、IL-4、IL-6、IL-8、IL-10、IL-17、IL-22、IL-12、IL-2、IFN-γ及びHO-1からなる群から選択される遺伝子のプロモーターである、
表層に角質層が形成された不死化皮膚細胞の3次元培養物の製造方法。
【請求項6】
培養液含浸性板状基材の上面に前記HaCaT細胞を播種し、
前記HaCaT細胞層の表層が乾かない程度の培養液仕込んで前記HaCaT細胞を3次元培養する、請求項5記載の製造方法。
【請求項7】
前記培養液含浸性板状基材を底部に有する内側容器を外側容器に収納し、
前記外側容器に入れた培養液を前記底部に供給しながら、前記HaCaT細胞層の表層が乾かない程度の培養液仕込んで前記HaCaT細胞を3次元培養する、
請求項6記載の製造方法。
【請求項8】
前記HaCaT細胞を培養して3~10段の細胞層を形成した後に、前記HaCaT細胞層の表層が乾かない程度の培養液仕込んで3次元培養する、請求項5~のいずれかに記載の製造方法。
【請求項9】
前記HaCaT細胞は、生理活性を評価できるプロモーターで制御される、前記第1のルシフェラーゼ及び前記第2のルシフェラーゼのいずれともシグナルが区別して検出される第3のルシフェラーゼの遺伝子をさらに有
前記生理活性を評価できるプロモーターは、
bmal1、per2、filaggrin、keratin type 10及びTNF-alphaからなる群から選択される遺伝子のプロモーターである、
請求項5~8のいずれかに記載の製造方法。
【請求項10】
請求項1記載の不死化皮膚細胞の3次元培養物に被検物質を投与し、前記第1のルシフェラーゼの遺伝子の発現量に対する前記第2のルシフェラーゼの遺伝子の発現量に基づいて前記被検物質の皮膚感作性を評価する、被検物質の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表層に角質層が形成された不死化皮膚細胞の3次元培養物、前記3次元培養物の製造方法、および前記3次元培養物を用いた被検物質の評価方法に関する。
本出願は、2020年1月22日に出願された、日本国特許出願特願2020-8607号に基づく。本明細書中に日本国特許出願特願2020-8607号の明細書、特許請求の範囲、図面全体を参照として取り込むものとする。
【背景技術】
【0002】
皮膚培養細胞は、化粧品や医薬品、医薬部外品の開発において、毒性や皮膚保護活性を持つ被検物質などのスクリーニングやそのメカニズム解明に広く用いられている。例えば、皮膚細胞を健常成人から採取し、上記スクリーニングに用いる方法が存在するが、スクリーニングのために健常者から皮膚細胞の提供を受けるのは倫理上の問題があり、皮膚提供者により皮膚の特性が変動するという問題もある。
【0003】
一方、健常者からの皮膚提供によらない皮膚モデルとして、ヒト初代線維芽細胞を用いたインビトロ完全皮膚モデルがある(特許文献1)。コラーゲンマトリックスを含む支持層、真皮同等物、基底膜、表皮同等物、前記真皮同等物を含み、真皮同等物または表皮同等物が三次元汗腺同等物を含む、インビトロ完全皮膚モデルである。初代線維芽細胞を培養して真皮同等物を製造し、初代ケラチノサイトを真皮同等物の上で培養した後、更に空気-培養液境界で培養し、3次元汗腺同等物を形成するというものである。
【0004】
同様に、ヒト繊維芽細胞を培養して培養皮膚の支持体とし、この上にメラノサイト懸濁液を添加して接着させ、更にヒト表皮角化細胞を播種して空気暴露培養して表皮層、角質層を形成する方法もある(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特表2019-514370号公報
【文献】特開2010-193822号公報
【文献】国際公開第2012/002507号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1で使用するヒト初代線維芽細胞や初代ケラチノサイトなどの初代培養細胞は、有限寿命である。特許文献2で使用する正常ヒト皮膚線維芽細胞や正常ヒト表皮ケラチノサイトも同様である。培養細胞にレポーター遺伝子を導入すると細胞内の情報を可視化することができるが(特許文献3)、初代培養細胞等の有限寿命細胞に特定のレポーター遺伝子を導入しても、長期に亘る継代培養は困難である。また、初代培養細胞は多くの場合、単一の細胞ではなく種々の細胞が混在しているため、所定期間の培養に限定しても、細胞特性の維持は保障されない。更に、ヒト初代細胞その他のヒト細胞は、その性格上倫理的な配慮が要求され、研究者自身で採取が困難な場合には海外の特定企業から購入する必要がある。
【0007】
一方、不死化された皮膚培養細胞株は継代培養が可能で、製造ロット間のばらつきが小さいなどのメリットを有する。遺伝子工学的な手法を用いて皮膚培養細胞にレポーター遺伝子を導入すれば、レポーターアッセイを行うことができる。しかしながら、生体内の表皮組織は、深部から基底層、有棘層、顆粒層、角質層で構成される3次元構造体となっている。通常in vitroの細胞培養では容器内で2次元の単層構造しか得ることができず、自発的な3次元構造体の形成は起こらない。特に、不死化された皮膚細胞株を通常のin vitro培養をしても、同じ皮膚細胞が分裂増殖するのみであり、3次元培養を行っても、培養物の表面に角質層等の異なる分化細胞で形成された3次元構造体は得られない。したがって、購入可能な不死化皮膚細胞からなり、正常な皮膚細胞組織のように層状の構造を持つ3次元構造体を形成する技術の開発が希求されている。
【0008】
また、特許文献3で使用するJurkat、U937細胞、THP-1細胞等は、いずれも免疫細胞であって皮膚細胞ではない。これら免疫細胞や他の初代培養細胞にレポーター遺伝子が導入された例はあるが、不死化皮膚細胞に導入され、かつそのレポーターの機能を保持したまま3次元構造体を作った例はない。動物愛護の観点から動物実験を行わずに各種被検物質の薬効や安全性評価等の試験を行う動物実験代替法に利用するためにも、不死化皮膚細胞にレポーター遺伝子が導入され、かつ表層に角質層が形成された3次元培養皮膚モデルの開発が望まれる。
【0009】
上記現状に鑑み、本発明は、角質層が形成された不死化皮膚細胞の3次元培養物およびその製造方法を提供することを目的とする。
【0010】
更に本発明は、前記3次元培養物としてレポーター遺伝子が導入された不死化皮膚細胞を使用し、これに被検物質を投与して、導入したレポーター遺伝子の発現に基づいて前記被検物質の皮膚感作性および/または生理活性を評価することを特徴とする、被検物質の評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、不死化皮膚細胞にストレスを負荷しつつ3次元培養すると、細胞培養物の表層に角質層が形成された不死化皮膚細胞の3次元培養物を製造しうること、このような3次元培養物は、被検物質のスクリーニングに好適に使用できることを見出し、本願発明を完成させた。
【0012】
すなわち本発明は、板状基材と前記板状基材の表面に付着するHaCaT細胞の培養積層物であって、
前記培養積層物は、表層が角質層で構成され、
前記HaCaT細胞は、定常発現プロモーターで制御される第1のルシフェラーゼの遺伝子と、皮膚感作性を評価できるプロモーターで制御される、前記第1のルシフェラーゼとシグナルが区別して検出される第2のルシフェラーゼの遺伝子とを有
前記定常発現プロモーターは、
ユビキチンC、β-2-microglobulin、GAPDH、TK、SV-40、HPRT、β-actin、G6PDH及びelongation factorからなる群から選択され、
前記皮膚感作性を評価できるプロモーターは、
IL-1beta、IL-4、IL-6、IL-8、IL-10、IL-17、IL-22、IL-12、IL-2、IFN-γ及びHO-1からなる群から選択される遺伝子のプロモーターである、
不死化皮膚細胞の3次元培養物を提供するものである。
【0014】
また、前記HaCaT細胞は、生理活性を評価できるプロモーターで制御される、前記第1のルシフェラーゼ及び前記第2のルシフェラーゼのいずれともシグナルが区別して検出される第3のルシフェラーゼの遺伝子をさらに有し、
前記生理活性を評価できるプロモーターは、
bmal1、per2、filaggrin、keratin type 10及びTNF-alphaからなる群から選択される遺伝子のプロモーターである、こととしてもよい。
【0015】
また、前記板状基材は、シリカ、アルミナ、ジルコニア、チタニア、ハイドロキシアパタイト、および合成樹脂からなる群から選択される1以上の基材で構成される液含浸性基材である、こととしてもよい。
また、前記不死化皮膚細胞の3次元培養物は、被検物質の評価に使用される、こととしてもよい。
【0016】
更に本発明は、定常発現プロモーターで制御される第1のルシフェラーゼの遺伝子と、皮膚感作性を評価できるプロモーターで制御される、前記第1のルシフェラーゼとシグナルが区別して検出される第2のルシフェラーゼの遺伝子とを有するHaCaT細胞を、前記HaCaT細胞が積層するHaCaT細胞層の表層が乾かない程度の培養液を仕込んで3次元培養することを含
前記定常発現プロモーターは、
ユビキチンC、β-2-microglobulin、GAPDH、TK、SV-40、HPRT、β-actin、G6PDH及びelongation factorからなる群から選択され、
前記皮膚感作性を評価できるプロモーターは、
IL-1beta、IL-4、IL-6、IL-8、IL-10、IL-17、IL-22、IL-12、IL-2、IFN-γ及びHO-1からなる群から選択される遺伝子のプロモーターである、
表層に角質層が形成された不死化皮膚細胞の3次元培養物の製造方法を提供するものである。
【0017】
また、前記製造方法では、
培養液含浸性板状基材の上面に前記HaCaT細胞を播種し、
前記HaCaT細胞層の表層が乾かない程度の培養液仕込んで前記HaCaT細胞を3次元培養する、こととしてもよい。
【0018】
また、前記製造方法では、
前記培養液含浸性板状基材を底部に有する内側容器を外側容器に収納し、
前記外側容器に入れた培養液を前記底部に供給しながら、前記HaCaT細胞層の表層が乾かない程度の培養液仕込んで前記HaCaT細胞を3次元培養する、こととしてもよい。
【0019】
また、前記製造方法では、前記HaCaT細胞を培養して3~10段の細胞層を形成した後に、前記HaCaT細胞層の表層が乾かない程度の培養液仕込んで3次元培養する、こととしてもよい。
【0021】
前記HaCaT細胞は、生理活性を評価できるプロモーターで制御される、前記第1のルシフェラーゼ及び前記第2のルシフェラーゼのいずれともシグナルが区別して検出される第3のルシフェラーゼの遺伝子をさらに有
前記生理活性を評価できるプロモーターは、
bmal1、per2、filaggrin、keratin type 10及びTNF-alphaからなる群から選択される遺伝子のプロモーターである、こととしてもよい。
【0022】
更に本発明は、前記不死化皮膚細胞の3次元培養物に被検物質を投与し、前記第1のルシフェラーゼの遺伝子の発現量に対する前記第2のルシフェラーゼの遺伝子の発現量に基づいて前記被検物質の皮膚感作性を評価する、被検物質の評価方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、不死化皮膚細胞の3次元培養物が得られる。この培養物は、表層が角質層で構成されるため、実験動物の代替品として皮膚感作性や皮膚の健康を維持する生理活性物質の評価に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の不死化皮膚細胞の3次元培養物を説明する図であり、板状基材の表面に付着した、表層が角質層で構成される3次元培養物の縦断面図の一例を示す図である。
図2】実施例1の工程を説明する図であり、Alvetex社製、スキャホールドウェルインサートディープペトリ皿に、セルベッドを載置したウェルインサートを3つ収納した状態、および操作手順を示す図である。
図3】実施例1を説明する図であり、培養時のペトリ皿、ウェルインサートの底、セルベッド、不死化皮膚細胞、培養液の関係を説明する図である。
図4】実施例2の培養細胞を経時的に観察した結果を示す図である。
図5】実施例2の培養で得たHaCaTの3次元培養物のK2の免疫染色および核のヘキスト染色および明視野の結果を示す図である。
図6】実施例2の培養で得たHaCaTの3次元培養物のK10の免疫染色および核のヘキスト染色および明視野の結果を示す図である。
図7】実施例2の培養で得たHaCaTの3次元培養物のK14、インボルクリンの免疫染色、核のヘキスト染色および明視野の結果を示す図である。
図8】比較例2および実施例4の結果を示す図であり、2次元培養物および3次元培養物の培養細胞リアルタイム発光モニタリングシステムによる、赤色発光ルシフェラーゼ(IL-8プロモーター導入)と緑色発光ルシフェラーゼ(UBCプロモーター導入)の多色発光測定の結果を示す図である。図8(A)は赤色発光ルシフェラーゼ(IL-8プロモーター導入)による発色を示し、図8(B)は緑色発光ルシフェラーゼ(UBCプロモーター導入)による発色を示す。
図9】実施例5のヒドロキノン(HQ)の結果を示す図であり、培養細胞リアルタイム発光モニタリングシステムにより赤色発光ルシフェラーゼおよび緑色発光ルシフェラーゼの発光を72時間測定した結果を示す図である。
図10】実施例5のHQの結果を示す図であり、緑色発光ルシフェラーゼに対する赤色発光ルシフェラーゼの発光比を示す図である。
図11】実施例6の結果を示す図であり、実施例5で培養細胞リアルタイム発光モニタリングシステムにより発光を72時間測定した後の3次元培養物の切片を示す図である。
図12】実施例7のジブチルアニリン(DA)およびヘキリルサリシレート(HS)の結果を示す図であり、培養細胞リアルタイム発光モニタリングシステムにより赤色発光ルシフェラーゼおよび緑色発光ルシフェラーゼの発光を48時間測定した結果を示す図である。
図13】実施例7のDAおよびHSの結果を示す図であり、緑色発光ルシフェラーゼに対する赤色発光ルシフェラーゼの発光比を示す図である。
図14】実施例8で、培養細胞リアルタイム発光モニタリングシステムにより赤色発光ルシフェラーゼおよび緑色発光ルシフェラーゼの発光を72時間測定した結果を示す図である。
図15】実施例8の結果を示す図であり、緑色発光ルシフェラーゼに対する赤色発光ルシフェラーゼの発光比を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の第1は、板状基材と前記板状基材の表面に付着する不死化皮膚細胞の培養積層物であって、前記培養積層物の表層が角質層で構成されることを特徴とする3次元培養物である。図1に、板状基材1とその表面に不死化皮膚細胞2が付着し、不死化皮膚細胞2の培養積層物の表層3が角質層である3次元培養物10の好ましい態様の一例を示す。生体の皮膚表皮の構造と類似するため、動物実験に代わる皮膚組織として皮膚感作性物質等の様々な物質のスクリーニングに使用することができる。なお、本開示において、角質層とは角質細胞が層状に積層された表層を意味し、角質細胞とは少なくともケラチノサイト2を発現する細胞を意味する。
【0026】
本発明の不死化皮膚細胞の3次元培養物は、単なる細胞培養積層物ではなく、後記する実施例に示すようにサイトケラチンマーカーが層ごとに異なり、サイトケラチン10は細胞の表層近傍に、サイトケラチン14は細胞下層に特に発現が多く、サイトケラチン2は細胞全域に存在した。サイトケラチン2は正常細胞では角質層に発現するマーカーである。本発明の3次元培養物は少なくとも表層がサイトケラチン2を発現する角質層であるため、脂溶性化合物などの従来の2次元培養物では不可能だった物質のスクリーニングが可能となった。しかも、本発明の3次元培養物10は、不死化皮膚細胞2が板状基材1に付着しているため、板状基材を取り扱うことで培養積層物の移動を容易に行うことができる。特に、板状基材層を確認することで、何れが3次元培養物の表層であるか、容易に判別することができる。
【0027】
本発明の3次元培養物において、板状基材は、シリカ、アルミナ、ジルコニア、チタニア、ハイドロキシアパタイト、および合成樹脂からなる群から選択される1以上の基材で構成される液含浸性基材であることが好ましい。合成樹脂としては、ポリエチレンテレフタレート、ウレタン、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリスチレン、ポリ化プロラクトン、ポリ-L乳酸などがある。本発明において、「液含浸性」とは、培養液を含浸および保持し得る特性を意味する。例えば、シリカ、アルミナ、ジルコニア、チタニア、ハイドロキシアパタイト、合成樹脂を繊維状に加工したものの不織布状担体、メッシュ状担体や、多孔を形成した多孔板状物などは液含浸性である。板状基材に不死化皮膚細胞の培養積層物が付着するために、板状基材は細胞培養の足場であることが好ましい。このような足場として好適な環境を付与するために、板状基材に細胞を播種して培養できる空隙率を有することが好ましい。板状基材は、更に、ヒアルロン酸、コラーゲン、エラスチン、ラミニン、フィブロネクチン、ポリ-L又はD-リジンなどの細胞外マトリックス成分を含んでいてもよい。なお、板状基材の厚さは、100~600μm、より好ましくは200~300μmである。この範囲であれば、取扱いが容易である。このような板状基材として、日本バイリーン社のシリカファイバー製のセルベッドなどを好適に使用することができる。
【0028】
不死化皮膚細胞としては、板状基材上で生存できる不死化皮膚細胞を広く対象とすることができる。たとえば、HaCaT、NHEK/SVTERT3-5(ヒト皮膚ケラチノサイト)、SIK(自発的な不死化による不死化表皮角化細胞)、不死化ヒト表皮角化細胞-SV40、不死化ヒトメラノサイト-hTERT、または不死化ヒトメラノサイト-hTERT/SV40のいずれであってもよい。好ましくはHaCaTである。本発明の3次元培養物を容器に収納したものは板状基材に含浸させた培養液によって長期生存が可能である。
【0029】
不死化皮膚細胞は、更に、定常発現プロモーターで制御される第1レポーター遺伝子と、皮膚感作性を評価できるプロモーターで制御される第2レポーター遺伝子、および/または生理活性を評価できるプロモーターで制御される第3レポーター遺伝子とを有するものであってもよい。本発明の3次元培養物は、動物実験に代わる皮膚組織として様々な物質のスクリーニングに使用することができるが、第1レポーター遺伝子、第2レポーター遺伝子、第3レポーター遺伝子としてルシフェラーゼ遺伝子などを導入することで、スクリーニングの効果を可視化することができる。その際、定常発現プロモーターによって制御される第1レポーター遺伝子の発現量を内部標準に用いると、第2レポーター遺伝子や第3レポーター遺伝子の発現量の増減を相対的に評価することができる。
【0030】
定常発現プロモーターとしては、不死化皮膚細胞が本来有するプロモーターを使用してもよく、別個に調製して使用してもよい。定常発現プロモーターとしては、UBC(ユビキチンC)、B2M(β-2-microglobulin)、GAPDH、TK、SV-40、HPRT、β-actin、G6PDH、EF(elongation factor)などがある。本発明では、定常発現プロモーターとして、UBC、β-actin、GAPDHを使用することが好ましい。なお、定常発現プロモーターの導入数は1に限定されず、2以上を細胞に導入してもよい。
【0031】
皮膚感作性を評価できるプロモーターとしては、炎症亢進に関与するIL-1beta、IL-4、IL-6、IL-8、逆に抑制に関与するIL-10、慢性の皮膚炎症疾患に特に著明に上昇するIL-17やIL-22、T細胞のTh1への細胞の分化を促進するIL-12、IL-2やIL-12によって誘導され炎症への調節作用を有するIFN-γ、およびサイトカインや酸化ストレスによって誘導されるHO-1などの遺伝子のプロモーターがある。皮膚感作性を評価できるプロモーターの導入数も1に限定されず、2以上を細胞に導入してもよく、いずれを導入するかは、不死化皮膚細胞の種類によって適宜選択することができる。例えば、HaCaTには、IL-6、IL-8、IL-10などが好ましい。不死化皮膚細胞と被検物質とを接触させたときに、被検物質非接触時と比べて、IL-8、IL-6のmRNAもしくはタンパク質の発現量が増加(特に有意に増加)した場合、この被検物質は皮膚感作性を増感したと判断できる一方、IL-8、IL-6の発現量が低下した場合には、被検物質は皮膚感作性を抑制したと判定することができる。これとは逆にIL-10については、不死化皮膚細胞と被検物質とを接触させたときに、被検物質非接触時と比べて、IL-10のmRNAもしくはタンパク質の発現量が増加した場合、この被検物質は皮膚感作性を抑制したと判断でき、発現量が低下した場合には、被検物質は皮膚感作性を増感したと判定することができる。
【0032】
生理活性を評価できるプロモーターとしては、時計遺伝子であるbmal1やper2、皮膚健常性を維持するfilaggrinやkeratin type10、腫瘍壊死因子TNF-alphaなどがある。生理活性を評価できるプロモーターの導入数は1に限定されず、2以上を細胞に導入してもよく、いずれを導入するかは、不死化皮膚細胞の種類によって適宜選択することができる。HaCaTについてはbmal1、per2、filaggrin、keratin10などがあり、per2、filaggrinが好ましい。不死化皮膚細胞と被検物質とを接触させたときに、被検物質非接触時と比べて、keratin10、filaggrinのmRNAもしくはタンパク質の発現量が増加(特に有意に増加)した場合、この被検物質は生理活性を賦活化したと判断することができる。一方、keratin10、filaggrinの発現量が低下した場合には、被検物質は生理活性を抑制したと判定することができる。
【0033】
このような皮膚感作性と生理活性を同時に評価できるプロモーターの組み合わせとして、例えば、HaCaTの場合は、IL-8とTNF-alphaの組合せ、IL-6とTNF-alphaの組合せが挙げられる。NHEK/SVTERT3-5細胞についてもIL-8とTNF-alphaの組合せ、IL-6とTNF-alphaの組合せが好ましく例示される。またSIKについてもIL-8とTNF-alphaの組合せ、IL-6とTNF-alphaの組合せが好ましく例示される。
【0034】
本発明で使用する第1レポーター遺伝子、第2レポーター遺伝子および第3レポーター遺伝子としては、ルシフェラーゼ遺伝子、蛍光タンパク質遺伝子、着色タンパク質遺伝子などがあり、何れを使用してもよい。例えば、第1レポーター遺伝子としてルシフェラーゼ遺伝子を使用し、第2レポーター遺伝子として蛍光タンパク質遺伝子を使用し、第3レポーター遺伝子として着色タンパク質遺伝子を使用することができる。一方、例えば第1レポーター遺伝子、第2レポーター遺伝子および第3レポーター遺伝子としてルシフェラーゼ遺伝子を使用することもできる。この場合は、何れのレポーター遺伝子によって発現されたものであるかのシグナルを区別して検出すればよい。例えば、ルシフェラーゼ遺伝子には、鉄道虫由来の赤色ルシフェラーゼ、緑色ルシフェラーゼ、イリオモテボタル由来の橙色ルシフェラーゼ、緑色ルシフェラーゼなどが存在する。第1レポーター遺伝子として鉄道虫由来の赤色ルシフェラーゼを使用し、第2レポーター遺伝子として鉄道虫由来の緑色ルシフェラーゼを使用し、第3レポーター遺伝子としてイリオモテボタル由来の橙色ルシフェラーゼを使用し、適宜、フィルター(カラーフィルター、バンドパスフィルターなど)を用いると、各発光波長の発光量を別個に測定することができる。
【0035】
ルシフェラーゼ遺伝子を使用する場合は、pHなどの測定条件で変動せず、かつカラーフィルター等で相互に分別可能な発光波長の光を発するルシフェラーゼを使用することが好ましい。なお、「測定条件で変動しない」とは、pH、温度、濃度などが変化しても、最大発光波長の変動が3nm以下であることを意味する。例えば、鉄道虫由来の赤色、緑色ルシフェラーゼ、イリオモテボタル由来の橙色、緑色ルシフェラーゼなどは、フィルターを使用することにより、緑色同士を除き、相互の光の発光量の比率を測定してもよい。例えば、最大発光波長が20nm以上、好ましくは30nm以上、より好ましくは40nm以上、特に好ましくは50nm以上離れていると、各最大波長間のフィルターを使用し、フィルターの前後での各発光の透過率を測定して換算することで、各発光の発光量を同時に定量することができる。本発明で使用するルシフェラーゼとしては、鉄道虫由来の緑~赤(最大発光波長:535~635nm)のルシフェラーゼ、ヒカリコメツキムシのオレンジ~緑(最大発光波長:530~600nm)のルシフェラーゼ、イリオモテボタルのオレンジ~緑(最大発光波長:550~590nm)のルシフェラーゼなどがある。
【0036】
本発明で使用するルシフェラーゼ遺伝子としては、各レポーター遺伝子の発現によって発生するルシフェラーゼが同じ発光基質で発光することが好ましい。複数のルシフェラーゼに由来する発光量の同時定量が可能であり、各プロモーターの発現量の比を正確に測定することができるからである。例えば、最大発光波長がある程度離れている複数のルシフェラーゼを有する鉄道虫、イリオモテボタルなどに由来するルシフェラーゼを使用する場合は、1つの発光基質(例えば鉄道虫、イリオモテボタル、ヒカリコメツキムシ由来のルシフェラーゼではホタルルシフェリンを使用できる)を使用して、共発現させた複数のルシフェラーゼに由来する発光量の同時定量が可能である。
【0037】
ルシフェラーゼの組み合わせとしては、第1レポーター遺伝子を鉄道虫赤色ルシフェラーゼ、第2レポーター遺伝子をイリオモテボタル橙色又は緑色ルシフェラーゼでモニターする方法がある。第2レポーター遺伝子、および第3レポーター遺伝子としてイリオモテボタル緑色および橙色ルシフェラーゼでモニターすることによって、3つのプロモーター活性を同時に測定することが可能である。赤色、橙色、緑色ルシフェラーゼについては、互いに入れ替えることも可能である。
【0038】
導入遺伝子は、ベクターに組み込んで不死化皮膚細胞に導入することが好ましい。皮膚感作性を評価できるプロモーターで制御される第2レポーター遺伝子や生理活性を評価できるプロモーターで制御される第3レポーター遺伝子を組み込んだベクターは、市販品を使用することもできる。更に、導入遺伝子には、各レポーター遺伝子、その上流側のプロモーターに加え、翻訳を効率化するエレメント、mRNAの安定化エレメント、エンハンサ、IRES、SV40pA、薬剤耐性遺伝子(Neorなど)を含むものであってもよい。
【0039】
湿疹やかぶれ等の皮膚炎を誘発する皮膚感作性のスクリーニングに使用する本発明の3次元培養物としては、例えば、定常発現プロモーターとしてUBCを、第1レポーター遺伝子として緑色発光ルシフェラーゼ遺伝子を導入し、皮膚感作性を評価するプロモーターとしてIL-8を、第2レポーター遺伝子として赤色発光ルシフェラーゼ遺伝子を導入したHaCaTの3次元培養物を好ましく用いることができる。
【0040】
また、体内時計や角質の健常性維持などの生理活性のスクリーニングに使用する3次元培養物としては、定常発現プロモーターとしてbmal1を、第1レポーター遺伝子として緑色発光ルシフェラーゼ遺伝子を導入し、健常性維持機能を評価するプロモーターとしてfilaggrinを、第2レポーター遺伝子として赤色発光ルシフェラーゼ遺伝子を導入した不死化皮膚細胞HaCaTの3次元培養物を好ましく用いることができる。
【0041】
本発明の第2は、不死化皮膚細胞にストレスを負荷しつつ3次元培養することを特徴とする、表層に角質層が形成された不死化皮膚細胞の3次元培養物の製造方法である。本発明において「3次元培養」とは、足場を使用して細胞の凝集塊を形成することを意味し、「3次元培養物」とは、高さ方向に厚みを有する培養積層物を意味する。
【0042】
本発明で使用する不死化皮膚細胞において、「不死化」の獲得は、細胞株によって異なる。例えば、HaCaTは、通常の培養条件とは異なるCa2+濃度と温度条件にて樹立された不死化ヒト表皮角化細胞株であり、NHEK/SVTERT3-5は、hTERTおよびSV40によって不死化されたヒト皮膚ケラチノサイトである。また、SIKは、自発的な不死化による不死化表皮角化細胞であり、不死化ヒト表皮角化細胞-SV40は、ヒト皮膚より単離された表皮角化細胞を連続継代し、SV40ラージT抗原をレンチウイルス技術で導入して不死化したヒト表皮角化細胞株である。皮膚の発がんをはじめとする皮膚化学に焦点を当てた研究において有用である。また、不死化ヒトメラノサイト-hTERTは、ヒト皮膚より単離されたメラノサイトを連続継代し、hTERT遺伝子をレンチウイルス技術で導入することにより不死化した、不死化メラノサイトである。色素沈着(メラニン形成)や黒色腫(メラノーマ)などの皮膚疾患の研究に使用することができる。更に、不死化ヒトメラノサイト-hTERT/SV40は、ヒト皮膚より単離されたメラノサイトを連続継代し、SV40ラージT抗原およびhTERT遺伝子をレンチウイルス技術で導入することにより不死化した細胞株である。色素沈着(メラニン形成)や黒色腫(メラノーマ)などの皮膚疾患の研究に使用することができる。しかしながら、上記不死化細胞は、「分化」が抑制され継続培養が可能となった単一クローン細胞である点で共通する。しかしながら、本願発明者は、板状基材に載置した不死化皮膚細胞を3次元培養する際に、前記不死化皮膚細胞が積層する不死化皮膚細胞層の表層にストレスを負荷しつつ3次元培養すること、より具体的には、板状基材周辺の細胞に十分量の培養液を付与し、かつ培養細胞層の上面に培養液をごく少量付与したところ、表層に存在する培養液量の相違によって表層細胞にストレスが負荷され表層が角質層に分化した3次元培養物となることを見出した。
【0043】
上記不死化皮膚細胞層の表層にストレスを負荷しつつ行う3次元培養としては、不死化皮膚細胞層の表層に栄養量の相違を与えつつ培養する貧栄養培養、供給酸素量の相違を与えつつ培養する貧酸素培養、供給二酸化炭素量の相違を与えつつ培養する貧二酸化炭素培養、供給湿度の相違を与えつつ培養する貧湿度培養、および供給栄養量と供給湿度量に相違を与えつつ培養する、表層細胞が乾かない程度の培養液を仕込む培養などがある。
【0044】
例えば、足場として培養液含浸性板状基材を使用し、その上面に不死化皮膚細胞を播種し、不死化皮膚細胞層の表層にストレスを負荷しつつ3次元培養するものであってもよい。より具体的には、底部が培養液含浸性の内側容器の底部に不死化皮膚細胞を播種し、この内側容器を外側容器に収納して培養する方法がある。内側容器の底部を培養液が通過できるメッシュ構造とし、メッシュの上に培養液含浸性板状基材を載置して、内側容器として使用してもよい。培養液含浸性板状基材に予め培養液を含浸させ、その上面に不死化皮膚細胞を播種する。不死化皮膚細胞を収納した内側容器を外側容器に収納し、外側容器に培養液を仕込んで培養する。この状態で培養すると、培養液含浸性板状基材が足場となり、内側容器内に不死化皮膚細胞が層状に増殖した培養積層物を形成する。本発明では、培養積層物を形成する際に、外側容器の培養液量を、内側容器の不死化皮膚細胞層の表層が乾かない程度の培養液量に調整する。培養液含浸性板状基材およびその近傍の不死化皮膚細胞には潤沢に培養液が供給されるが、表層にある不死化皮膚細胞には十分量の栄養液が供給されず貧栄養状態で培養する。この貧栄養がストレスとなり、本来分化が抑制された不死化皮膚細胞が角質層に分化する。なお、不死化皮膚細胞を培養して3~10段の細胞層を形成した後に、表層にストレスを負荷して、表層に角質層を形成してもよい。
【0045】
培養液は、不死化皮膚細胞の2次元培養に適するものの中から適宜、選択して使用することができる。培養液として、D-MEM、KBM基本培地(Lonza社)、Kerationocyte Basal Medium 2 (TaKaRa)、ヒトEpivita増殖培地-基本培地(東洋紡)などを好ましく使用することができる。これらにインシュリン、脳下垂体抽出物(bovine pituitary extract)、ヒト上皮成長因子(human epidermal growth factor)、アドレナリン、トランスフェリン、ヒドロコルチゾン、コレラトキシン、ウシ胎児血清(Fetal bovine serum)、CaClなどのCaイオンなどを含むものであってもよい。例えば、ストレスが貧栄養培養の場合には、上記した培養液量の変更の他に、外側容器に2次元培養で使用する培養液を仕込み、細胞表層から与える培養液として、この培養液の1以上の成分の濃度を低くしたものを使用して培養してもよい。外側容器に2次元用培養液をそのまま使用した場合には、例えばこれを2~5倍に希釈したものを表層から与えて培養する。また、供給酸素量の相違を与えつつ培養する貧酸素培養の場合は、外側容器に通常量の酸素を供給し、内側容器を外側容器に供給した酸素量の10~50%の低酸素濃度の気相とする。供給二酸化炭素量の相違を与えつつ培養する貧二酸化炭素培養の場合も同様であり、外側容器に供給する二酸化炭素量の10~50%濃度の二酸化炭素を内側容器の気相とする。供給湿度の相違を与えつつ培養する貧湿度培養の場合は、内側容器の細胞表面に、外側容器の湿度の5~50%の雰囲気を内側容器の細胞表面に供給する方法を例示することができる。本発明では、これらを組み合わせた培養方法であってもよい。
【0046】
培養は、ストレスの負荷方法によって相違するが、通常、30~40℃で、5~40日、より好ましくは18~23日である。また、板状基材は、ポアの直径がおよそ5~20μm程度であることが望ましい。これにより本来の皮膚構造体に近い状態の3次元培養物を製造することができる。特に、得られる3次元培養物は、少なくとも表層がサイトケラチン2を発現する角質層またはこれに近似する細胞層であるため、これまでの2次元培養では不可能だった非水溶性物質の評価も可能となる。
【0047】
本発明の製造方法により、不死化皮膚細胞の培養積層物が層ごとに異なるサイトケラチンマーカーを発現する理由や、少なくとも表層にサイトケラチン2を発現し、角質層または角質層に近似する細胞に分化する理由は不明である。しかしながら、後記する実施例に示すように、得られた3次元培養物を使用して、親油性物質を感作させると、溶媒対照に比して大きな感作結果を示し、親油性物質に親和性を有する培養積層物となっていた。これに対し、不死化皮膚細胞をカバーグラス上で培養して得た2次元培養物は、サイトケラチン2の発現は確認できなかった。
【0048】
不死化皮膚細胞は、定常発現プロモーターで制御される第1レポーター遺伝子、皮膚感作性を評価できるプロモーターで制御される第2レポーター遺伝子、および/または生理活性を評価できるプロモーターで制御される第3レポーター遺伝子とを有するものであってもよい。本発明の製造方法で使用する定常発現プロモーターで制御される第1レポーター遺伝子、第2レポーター遺伝子、および第3レポーター遺伝子は、前記した不死化皮膚細胞の3次元培養物に記載したと同様のものを使用することができる。これら各レポーター遺伝子としては、ルシフェラーゼ遺伝子、蛍光タンパク質遺伝子、着色タンパク質遺伝子があるが、2種以上、好ましくは3種以上のレポーター遺伝子のシグナルを区別して検出することができる点でルシフェラーゼ遺伝子が好ましい。本発明で製造される、レポーター遺伝子が導入された不死化皮膚細胞の3次元培養物は、全ての細胞にレポーター遺伝子が導入されて増殖したものである。特に、表層が角質層であるため、動物実験の代替品として被検物質のスクリーニングの際にレポーターアッセイに使用することができる。
【0049】
本発明の第3は、定常発現プロモーターで制御される第1レポーター遺伝子と、皮膚感作性を評価できるプロモーターで制御される第2レポーター遺伝子、および/または生理活性を評価できるプロモーターで制御される第3レポーター遺伝子とを導入された不死化皮膚細胞の3次元培養物に被検物質を投与し、前記第1レポーター遺伝子の発現量に対する前記第2レポーター遺伝子および/または第3レポーター遺伝子の発現量に基づいて前記被検物質の皮膚感作性および/または生理活性を評価することを特徴とする、被検物質の評価方法である。
【0050】
使用する3次元培養物は、板状基材の表面に不死化皮膚細胞の培養積層物が付着しているため、これを培養容器に収納して通常3~8時間、より好ましくは4~6時間、前培養する。その後、所定時間、被検物質を3次元培養物に添加しまたは接触させた後に、そのまま3次元培養物を培養しながら経時的に第1レポーター遺伝子の発現量、第2レポーター遺伝子および/または第3レポーター遺伝子の発現量を測定する。各レポーター遺伝子の発現量は、培養細胞リアルタイム発光モニタリングシステムなどにより、所定時間、経時的に各レポーター遺伝子による発光や蛍光などを計測することで実施することができる。
【0051】
不死化皮膚細胞に、定常発現プロモーターで制御される第1レポーター遺伝子と、皮膚感作性および/または生理活性を評価できるプロモーターで制御される第2レポーター遺伝子および/または第3レポーター遺伝子とを導入すると、第1レポーター遺伝子の発現量を内部標準として相対比を算出することで、第2レポーター遺伝子および/または第3レポーター遺伝子の発現量に影響を与える皮膚感作性および/または生理活性を簡便かつ正確に評価することができる。皮膚感作性に関与するプロモーターで制御される第2レポーター遺伝子と、皮膚の健康状態を維持させる効果を有する生理活性に関するプロモーターで制御される第3レポーター遺伝子とが導入された不死化皮膚細胞を使用すると、被検物質の皮膚感作性と生理活性とを同時に評価することができる。
【0052】
被検物質の評価に際しては、被検物質処理後に第2被検物質による追加刺激を加え、その後に各レポーター遺伝子の発現を評価してもよい。このような第2被検物質としては、PMA、Ionomycin、LPS、活性酸素産生阻害剤(N-acetyl-cysteine)などがある。この評価法により、デキサメサゾン、シクロスポリンなどの免疫抑制薬剤、ディーゼルエンジン排気微粒子、ホルマリンなどの環境汚染物質、initrochlorobenzen、ニッケルなど感作性物質の皮膚感作性をハイスループットに評価することができる。
【実施例
【0053】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0054】
(実施例1)
セルベッド24ウェルキャリア(日本バイリーン社:シリカファイバー製)を、24ウェルプレート(日本バイリーン社)の各ウェルに1枚ずつ入れ、PBSで親水化処理を行った。その後、各ウェルにHaCaTのD-MEM懸濁液(10%FBS及び抗生物質を含有、細胞濃度:1×10cells/mL)を500μLずつ入れ、37℃、5%CO、湿度100%雰囲気下で3時間培養した。
【0055】
上記HaCaT細胞の培養物が付着するセルベッドを、D-MEMを出来る限り持ち込まないようにして、Alvetex社製、スキャホールドウェルインサートタイプ(12ウェル用)のスキャホールドの上に、細胞が付着する面を上に載置した。載置の際にはスキャホールドとセルベッドとの間に気泡が入らないようにした。図2に示すように、Alvetex社製、スキャホールドウェルインサートディープペトリ皿に、セルベッドを載置したウェルインサートを3つ収納し、ペトリ皿にKGM Gold培養液(Lonza社)を37mL加えた。ペトリ皿に収納した各セルベッドの上面に、更にKGM Goldを50μLずつ添加し、37℃、5%CO、湿度100%雰囲気下で3次元培養を行った。この際、インサートタイプのスキャホールドの底面は完全に培養液中に沈むが、セルベッドは培養液に沈まず、その上面が培養液で湿る状態を維持できるように、培養液50~150μLをペトリ皿に添加した。セルベッドの上面に1mm未満のHaCaT細胞の培養液の層ができる状態であった。ペトリ皿内の培養液を2~3日おきに18.5mLずつ交換し、25日間培養を継続した。なお、培養液交換の度に、セルベッドが培養液に沈まず、HaCaT細胞が付着しているセルベッドの上面が培養液で湿る状態であることを確認した。この培養時の縦端面を模式的に図3に示す。HaCaT細胞は周囲に培養液が存在するが培養液に浸らないという、ストレス環境下での培養であった。
【0056】
培養開始1日目から21日目までの細胞増殖を観察するため、ニュートラルレッドによる染色を行った。セルベッド上の3次元培養細胞をPBSで一回リンスしたのち、ニュートラルレッド溶液に5分間浸して染色した。染色後3回PBSでリンスしたのち、4%パラフォルムアルデヒド/PBSに一晩浸して固定化をした。固定化した細胞をOTCコンパウンドで包埋し、クライオスタットで20μmの幅に縦に切断して切片を得て検鏡した。3次元培養開始1日目から経時的に21日まで培養した培養物を上記方法で検鏡した結果を図4に示す。ニュートラルレッドは可溶性の色素であり、生細胞のみ細胞内に取り込むことが出来る。図4に示すように、淡色で示されるセルベッドに付着する暗色の不死化皮膚細胞は、3次元培養により経時的に層状に増殖し、3次元培養物となった。
【0057】
(実施例2)
実施例1と同様にしてHaCaT細胞を25日間培養し、HaCaT細胞の3次元培養物を得た。この3次元培養物は、セルベッドを板状基材とし、これにHaCaTの培養積層物が層状に付着するものである。この3次元培養物を3回PBSでリンスしたのち、4%パラフォルムアルデヒド/PBSに一晩浸して固定化を行った。固定化した細胞をリトリービングバッファーで脱パラフォルムアルデヒド処理した後、OTCコンパウンドで包埋し、クライオスタットで5μmの幅で縦に切断した。次いで得られた切片について、免疫染色およびヘキスト染色を行った。免疫染色は1次抗体に抗サイトケラチン2ウサギ抗体、抗サイトケラチン10ウサギ抗体、抗サイトケラチン14ウサギ抗体、二次抗体にAlexa488をコンジュゲートした抗ウサギ抗体を用いた。また得られた切片について抗イルボクリン(involcurin)マウス抗体で染色し、二次抗体にAlexa568をコンジュゲートした抗マウス抗体を用いてイルボクリンを検出した。また、ヘキスト染色はテルモ社のNucBlue reagentを用いて行い、核を検出した。染色切片にそれぞれの励起光を当てて検鏡した。結果を図5図6図7の各上段に示す。図5図7において、暗色の細胞の下層にある淡色層は、板状基材に該当するセルベッドである。
【0058】
図5の上段は、サイトケラチン2(K2)、核、および明視野観察の結果、図6の上段はサイトケラチン10(K10)、核、および明視野観察の結果、図7の上段は、サイトケラチン14(K14)、イルボクリン、核、および明視野観察の結果である。
【0059】
図5上段に示す明視野の組織は、ヘキスト染色による多数の核で構成され、3次元培養物が細胞の積層物であることが確認された。この細胞は免疫染色によりK2を発現することが判明した。また、図6上段に示すように特に表層部分に免疫染色によるK10の発現が確認され、図7上段に示すように免疫染色によりK14、およびイルボクリンを発現することが確認された。K2は正常皮膚組織では角質を含む全ての上皮細胞に、K10は有棘層に、K14は基底細胞に、インボルクリンは有棘層から表層にかけて発現するとされる。実施例1で得た3次元培養物は、K2が構造体全体に発現し、K14は上層から下層にかけて広く発現するが、特に最下層で強く発現している。K10は表面上層に強く発現し、細胞が角質へ分化していると考えられた。なお、インボルクリンは全体に発現しているが下層で密に発現することが確認された。実施例1で得た3次元培養物は不死化皮膚細胞であるHaCaTの培養物であるが、正常細胞にみられる各種ケラチノサイトを含み、かつ下層にインボルクリンを多く含むなど、表皮細胞層に近似する細胞積層物であった。
【0060】
(比較例1)
カバーガラスに実施例1で使用したD-MEM1mlを滴下し、これに7×10個のHaCaTを播種し、温度37℃、5%CO、湿度100%雰囲気下で培養を行った。説明の便宜のため、3日間の培養により得られた培養物を2次元培養物と称する。培養3日後の2次元培養物をパラフォルムアルデヒドで固定し、免疫染色およびヘキスト染色を行った。結果を図5図6図7の各下段に示す。図5の下段は、サイトケラチン2(K2)、核、および明視野観察の結果、図6の下段はサイトケラチン10(K10)、核、および明視野観察の結果、図7の下段は、サイトケラチン14(K14)、イルボクリン、核、および明視野観察の結果である。
図5下段に示すように、表層に発現するサイトケラチン2(K2)は確認することができなかった。図6下段に示すように、有棘層に発現するK10は疎らに発現するが、図7下段に示すように、同じく有棘層から表層に発現するインボルクリンはほとんど発現していなかった。一方で基底層に発現するK14は良く発現していた。これらの発現プロフィールを実施例2の3次元培養物と比較すると、3次元培養物を構成する細胞は角質層に特徴的なサイトケラチン2を発現し、分化が進んで表面が角化し、正常皮膚組織の特性を備えていることが示されていた。
【0061】
(実施例3)
常法に従い、マウス人工染色体ベクターを保持するCHO-K1細胞からマウス人工染色体ベクターを含む微小核を単離した。この微小核をポリエチレングリコールを用いてHaCaT細胞に導入して微小核細胞融合させ、次いで、マウス人工染色体ベクターが導入されたHaCaT細胞をハイグロマイシンを用いて選択した。また、定法に従い、IL-8プロモーター配列と赤色発光ルシフェラーゼ配列、配列番号1に示すユビキチンCプロモーター配列と緑色発光ルシフェラーゼ配列の両カセットの上流・下流および連結部にHS4インスレーター配列を配置したベクターを作製した。これをリポフェクション法により、前記したマウス人工染色体ベクターを保持するHaCaT細胞に導入した。レポーターベクター導入細胞はG418を用いた選択培養により選択した。配列番号1は、ユビキチンCプロモーター(NCBI sequence ID NG_027722)の第4891から第5491の601塩基配列である。また、使用したIL-8プロモーター配列は、配列番号2に示すNCBI sequence ID NG_029889.1の、第8から第5202の塩基配列部位である。これにより、IL-8プロモーターで制御される赤色発光ルシフェラーゼ遺伝子と、ユビキチンCプロモーターで制御される緑色発光ルシフェラーゼ遺伝子とを有するHaCaTを得た。
【0062】
このようにして得られたHaCaTを用いて、実施例1と同様の方法で3次元培養物を得た。3次元培養物は、実施例1と同様にセルベッドを板状基材とし、これにHaCaTの培養積層物が付着する3次元培養物であり、3次元培養物の表層は角質層であった。
【0063】
(実施例4)
壁面が黒色で底面が無色透明の細胞培養用24ウェルプレートの3つに実施例3で得た3次元培養物を1枚ずつ入れ、そこに10%FBS、抗生物質[ペニシリン(100U/mL)/ストレプトマイシン(0.1mg/mL)]0.2mMルシフェリンカリウム塩を含むD-MEMを1mL入れた。
3次元構造体の発光強度を評価するため、このウェルプレートの周囲にプラスチックパラフィンフィルムをまき、培養細胞リアルタイム発光モニタリングシステム クロノスHT(アトー株式会社製)で発光を測定した。測定は特許文献3に示す色分離法を用いて、赤色と緑色を分離するため光学フィルター有・無しで各々10秒間の測定を各ウェルで72時間継続した。多色発光測定の結果を示す図8に示す。図8(A)は赤色発光ルシフェラーゼ(IL-8プロモーター)による発色を示し、図8(B)は緑色発光ルシフェラーゼ(UBCプロモーター)による発色を示す。なお、図8には、比較例2の結果も併せて記載する。図8において3Dで示す曲線が実施例4(3次元培養物)の結果であり、2Dで示す曲線は比較例2(2次元培養物)の結果である。
【0064】
(比較例2)
実施例3で調製したIL-8プロモーターで制御される赤色発光ルシフェラーゼ遺伝子と、ユビキチンCプロモーターで制御される緑色発光ルシフェラーゼ遺伝子とを有するHaCaTを、壁面が黒色で底面が無色透明の細胞培養用24ウェルプレートの3つにそれぞれ細胞2×10個入れ、そこに10%FBS、抗生物質[ペニシリン(100U/mL)/ストレプトマイシン(0.1mg/mL)]0.2mMルシフェリンカリウム塩を含むD-MEMを1mL入れた。
実施例4と同様に、このウェルプレートの周囲にプラスチックパラフィンフィルムをまき、培養細胞リアルタイム発光モニタリングシステム クロノスHT(アトー株式会社製)で発光を測定した。測定は光学フィルター有・無しで各々10秒間の測定を各ウェルで72時間継続した。多色発光測定の結果を示す図8に示す。
【0065】
(結果)
実施例4と比較例2とにより、24ウェルプレートの底全面に2次元培養の細胞が存在する場合と3次元培養構造体が存在する場合の赤色発光ルシフェラーゼ(IL-8プロモーター)と緑色発光ルシフェラーゼ(ユビキチンCプロモーター)の発光強度を比較することができる。図8に示すように、3次元培養物(3D)は2次元培養物(2D)よりも、赤色発光ルシフェラーゼ(IL-8プロモーター)および緑色発光ルシフェラーゼ(ユビキチンCプロモーター)の発光強度が高い結果となった。特に感作性物質の影響で発光する赤色発光ルシフェラーゼ(IL-8プロモーター)は3Dのほうが2Dより発光強度が強く、細胞が層状に積層することで細胞の機能的な変化が生じて発光が増加したことを示唆するものと考えられた。
【0066】
(実施例5)
実施例3で得た3次元培養物を使用して、親水性の感作性物質としてヒドロキノン(HQ)に対する応答を評価した。
壁面が黒色で底面が無色透明の細胞培養用24ウェルプレートのウェルに、24ウェル用の無色透明、底面が孔径0.4μmのPETメンブレンで構成されたセルカルチャーインサート(Falconカルチャーインサート #353095)を挿入し、カルチャーインサートの底面に3次元培養物を細胞が上面になるように入れ、カルチャーインサートの外側のウェルに0.2mMルシフェリンカリウム塩を含むKGM-goldを0.8mL入れた。感作性評価のために、インサートの内側にある3次元培養物の上から被検物質を負荷した。HQは200μM,800μM、2mMとなるようにKGM培地に溶解し、その溶解液30μLを3次元培養物の上部からのみ負荷した。また、溶媒対照としてはKGM培地を3次元培養物の上部から30μL加えた。このウェルプレートの周囲にプラスチックパラフィンフィルムをまき、培養細胞リアルタイム発光モニタリングシステムクロノスHT(アトー株式会社製)で0~72時間発光を測定した。測定は1分おきにそれぞれの色で10秒間行い、0~72時間継続した。
【0067】
72時間までのHQの測定結果を図9に示す。図9においてIL-8は、HQの各濃度を投与した検体および対照の赤色発光ルシフェラーゼの発光を、UBCは緑色発光ルシフェラーゼ(ユビキチンCプロモーター)の結果を示す。赤色発光ルシフェラーゼの発光は、被検物質による皮膚感作の応答を直接示す指標となり、ユビキチンCプロモーターはハウスキーピング遺伝子として選択したものであり、細胞の生存率を反映した指標となる。図10に測定72時間までの、被検物質の各濃度を投与した検体および対照の緑色発光ルシフェラーゼ(ユビキチンCプロモーター)に対する赤色発光ルシフェラーゼ(IL-8プロモーター)の発光比を示す(それぞれn=3で各点mean+/-SDでプロット)。発光比は、毒性による細胞死などによる影響を補正した数値として評価することができる。
【0068】
図10に示すように、親水性の感作性物質であるHQは、濃度200μMから2mMの範囲で濃度依存的に発光比が増加した。しかも、実施例5の方法は、3次元培養物の上面から被検物質を負荷するという方法である。これは、例えば、生体のアレルギー反応を評価する感作性試験と近似する方法である。本発明の3次元培養物は、親水性の感作性物質について、生体表面に被検物質を負荷する方法と近似する方法で、被検物質の感作性等を評価し得ることが判明した。
【0069】
(実施例6)
実施例5で、多色発光を72時間測定した後の3次元培養物を回収した。この3次元培養物について、実施例1と同様にニュートラルレッドで染色し、縦に切断して切片を得た。これを図11に示す。多色発光測定後も、3次元培養物を維持していることを確認できた。
【0070】
(実施例7)
実施例3で得た3次元培養物を使用して、親油性の感作性物質としてジブチルアニリン(DA)およびヘキリルサリシレート(HS)に対する応答を評価した。
実施例5と同様に、壁面が黒色で底面が無色透明の細胞培養用24ウェルプレートのウェルに、24ウェル用の無色透明、底面が孔径0.4μmのPETメンブレンで構成されたセルカルチャーインサート(Falconカルチャーインサート #353095)を挿入し、カルチャーインサートの底面に3次元培養物を細胞が上面になるように入れ、カルチャーインサートの外側のウェルに0.2mMルシフェリンカリウム塩を含むKGM-goldを0.8mL入れた。感作性評価のために、インサートの内側にある3次元培養物の上から被検物質を負荷した。DAは、濃度12.5%(v/v)、25%(v/v)となるようにオリーブオイルで希釈して、その溶解液30μLを3次元培養物の上部から負荷した。またHSは、濃度12.5%(v/v)となるようにオリーブオイルで希釈して、その溶解液30μLを3次元培養物の上部から負荷した。また、溶媒対照としてオリーブオイルを3次元培養物の上部から30μL加えた。このウェルプレートの周囲にプラスチックパラフィンフィルムをまき、培養細胞リアルタイム発光モニタリングシステムクロノスHT(アトー株式会社製)で0~72時間発光を測定した。測定は1分おきにそれぞれの色で10秒間行い、0~72時間継続した。
【0071】
図12に48時間までの溶媒対照、ジブチルアニリン、およびヘキリルサリシレートの各濃度を負荷した検体および対照の赤色発光ルシフェラーゼ(IL-8プロモーター)の発光および緑色発光ルシフェラーゼ(ユビキチンCプロモーター)の結果を示し、図13に、被検物質の各濃度を投与した検体および対照の緑色発光ルシフェラーゼ(ユビキチンCプロモーター)に対する赤色発光ルシフェラーゼ(IL-8プロモーター)の発光比を示す(それぞれn=3で各点mean+/-SDでプロット)。図13に示すように、何れの被検物質も24時間までに溶媒対照よりもIL-8/UBC比が増加し、感作性物質による影響が定常状態より顕著に表れることが判明した。また、DAの発光強度には、濃度依存性が観察された。本発明の3次元培養物は表層が角質層で構成されるため、短時間で親油性物質の感作性を評価できる。しかも実施例5と同様に、3次元培養物の上面から被検物質を負荷するという方法であり、生体のアレルギー反応を評価する感作性試験と近似する方法である。本発明の3次元培養物は、親油性についても、生体表面に被検物質を負荷する方法と近似する方法で、感作性評価に利用する事が出来ることが判明した。
【0072】
(実施例8)
実施例3で得た3次元培養物を使用して、3次元培養物の下面および上面からヒドロキノンを負荷して、ヒドロキノンに対する応答を評価した。
壁面が黒色で底面が無色透明の細胞培養用24ウェルプレートのウェルに、24ウェル用の無色透明、底面が孔径0.4μmのPETメンブレンで構成されたセルカルチャーインサート(Falconカルチャーインサート #353095)を挿入し、カルチャーインサートの底面に実施例3で得た3次元培養物を細胞が上面になるように入れた。0.2mMルシフェリンカリウム塩および25mMのHEPES-KOH(pH7.5)を含むKGM-goldを調製し、そこに最終濃度が20μM、100μM、200μMとなるようにヒドロキノンを加えた培地をそれぞれ5mLずつ調製した。この培地をカルチャーインサートの外側に0.8mL入れ、ついで、30μLを3次元培養物の上部から負荷した。溶媒対照としてウェルに0.2mMルシフェリンカリウム塩および25mMのHEPES-KOH(pH7.5)を含むKGM培地を0.8mL加え、3次元培養物の上部から0.2mMルシフェリンカリウム塩および25mMのHEPES-KOH(pH7.5)を含むKGM培地を30μL負荷した。これにより、3次元培養物の上面および下面からヒドロキノンが添加された。
【0073】
このウェルプレートの周囲にプラスチックパラフィンフィルムをまき、培養細胞リアルタイム発光モニタリングシステムクロノスHT(アトー株式会社製)で0~72時間発光を測定した。この3次元培養物について実施例5と同様にそれぞれのルシフェラーゼの発色を測定した。HQの各濃度を負荷した検体および対照の赤色発光ルシフェラーゼ(IL-8プロモーター)の発光および緑色発光ルシフェラーゼ(ユビキチンCプロモーター)の結果を図14に示す。また、図15に、被検物質の各濃度を負荷した検体および対照の緑色発光ルシフェラーゼ(ユビキチンCプロモーター)に対する赤色発光ルシフェラーゼ(IL-8プロモーター)の発光比を示す(それぞれn=3で各点mean+/-SDでプロット)。
【0074】
図15に示すように、HQの濃度依存的に発光比が増加した。また、3次元培養物の上面からのみ被検物質を投与した図10と、3次元培養物にウェル底面と上面の双方から被検物質を投与した図15とを比較すると、ウェル底面と上面との双方から被検物質を投与すると低濃度でも感作性を検出できることが判明した。
【0075】
本発明は、本発明の広義の精神と範囲を逸脱することなく、様々な実施の形態及び変形が可能とされるものである。また、上述した実施の形態は、この発明を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。すなわち、本発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等の発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、この発明の範囲内とみなされる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
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図14
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【配列表】
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