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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-19
(45)【発行日】2024-02-28
(54)【発明の名称】ラクトン化合物の精製方法
(51)【国際特許分類】
   C07D 307/93 20060101AFI20240220BHJP
【FI】
C07D307/93
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020051221
(22)【出願日】2020-03-23
(65)【公開番号】P2021147374
(43)【公開日】2021-09-27
【審査請求日】2022-11-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100152146
【弁理士】
【氏名又は名称】伏見 俊介
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】城 健
(72)【発明者】
【氏名】大野 芙美
(72)【発明者】
【氏名】加門 良啓
【審査官】神谷 昌克
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-234882(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表される環状酸無水物を還元反応させて得られる反応生成物から下記式(2)で表されるラクトン化合物を、抽出溶媒により抽出して抽出液を得、
前記抽出液に、沸点が120℃以上かつ前記抽出溶媒よりも高沸点の炭化水素系溶剤を添加し濃縮して前記抽出溶媒を前記炭化水素系溶剤に置換する、ラクトン化合物の精製方法であり、
前記抽出溶媒がメチルイソブチルケトンであり、前記炭化水素系溶剤がキシレンである、ラクトン化合物の精製方法
【化1】
ただし、Xはメチレン基又はエチレン基を示す。
【請求項2】
前記炭化水素系溶剤を添加し濃縮する操作を1~6回行う、請求項1に記載のラクトン化合物の精製方法。
【請求項3】
前記抽出溶媒を前記炭化水素系溶剤に置換した後、得られた溶液にイソパラフィン系溶剤を添加し、前記ラクトン化合物を晶析させる、請求項1又は2に記載のラクトン化合物の精製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラクトン化合物の精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ラクトン構造を持つ(メタ)アクリル酸エステルは、塗料、接着剤、粘着剤、インキ用レジン、レジスト、成型材料、光学材料等の構成成分樹脂の原料モノマーとして有用である。
特許文献1には、環状酸無水物を還元してラクトン化合物を製造する工程を経由し、ラクトン構造を持つ(メタ)アクリル酸エステルを製造する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2002-234882号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1では、環状酸無水物を還元した後、反応液からラクトン化合物を抽出し、得られた抽出液から抽出溶媒を留去して固体のラクトン化合物を得、これを次工程に供している。しかし、抽出溶媒を留去したとき、全体が固まって1つの塊状になってしまい、次工程で溶解させるのに時間を要する問題があった。
抽出溶媒を留去せずに抽出液をそのまま次工程に供することも考えられるが、この場合、抽出溶媒の沸点が低いために、次工程で反応温度を高くできず、生成物の収率や生産性が悪くなるおそれがある。
【0005】
本発明は、環状酸無水物を還元反応させて得られる反応生成物からラクトン化合物を抽出した後、固体として回収する場合は容易に粉末化でき、固体として回収しない場合は次工程での反応温度を高くできるラクトン化合物の精製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、以下の態様を有する。
〔1〕下記式(1)で表される環状酸無水物を還元反応させて得られる反応生成物から下記式(2)で表されるラクトン化合物を、抽出溶媒により抽出して抽出液を得、
前記抽出液に、沸点が120℃以上かつ前記抽出溶媒よりも高沸点の炭化水素系溶剤を添加し濃縮して前記抽出溶媒を前記炭化水素系溶剤に置換する、ラクトン化合物の精製方法。
【0007】
【化1】
【0008】
ただし、Xはメチレン基又はエチレン基を示す。
〔2〕前記炭化水素系溶剤がキシレンを含む、前記〔1〕のラクトン化合物の精製方法。
〔3〕前記炭化水素系溶剤を添加し濃縮する操作を1~6回行う、前記〔1〕又は〔2〕のラクトン化合物の精製方法。
〔4〕前記抽出溶媒を前記炭化水素系溶剤に置換した後、得られた溶液にイソパラフィン系溶剤を添加し、前記ラクトン化合物を晶析させる、前記〔1〕~〔3〕のいずれかのラクトン化合物の精製方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明のラクトン化合物の精製方法によれば、環状酸無水物を還元反応させて得られる反応生成物からラクトン化合物を抽出した後、固体として回収する場合は容易に粉末化でき、固体として回収しない場合は次工程での反応温度を高くできる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明において、「沸点」は、圧力1atmのもとでの沸点を意味する。
「(メタ)アクリル酸エステル」は、アクリル酸エステル又はメタクリル酸エステルを意味する。
数値範囲を示す「~」は、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含むことを意味する。
【0011】
本発明の一態様に係るラクトン化合物の精製方法(以下「本精製方法」ともいう。)は、下記式(1)で表される環状酸無水物を還元反応させて得られる反応生成物から下記式(2)で表されるラクトン化合物を、抽出溶媒により抽出して抽出液を得る工程(以下「工程A」ともいう。)と、前記抽出液に特定の炭化水素系溶剤(以下、「炭化水素系溶剤I」ともいう。)を添加し濃縮して前記抽出溶媒を前記炭化水素系溶剤Iに置換する工程(以下「工程B」ともいう。)と、を有する。
本精製方法は、必要に応じて、工程Bの後、得られた溶液にイソパラフィン系溶剤を添加し、前記ラクトン化合物を晶析させる工程(以下「工程C」ともいう。)をさらに有していてもよい。
【0012】
【化2】
ただし、Xはメチレン基又はエチレン基を示す。
【0013】
(反応生成物)
式(1)で表される環状酸無水物を還元反応させると、式(2)で表されるラクトン化合物を反応生成物が得られる。
【0014】
出発原料である環状酸無水物は、市販のものを使用してもよく、公知の製造方法により製造したものを使用してもよい。環状酸無水物の製造方法としては、例えば、特開2002-234882号公報に記載の方法が挙げられる。
【0015】
環状酸無水物を還元反応させる方法としては、例えば、還元剤を用いる方法が挙げられる。中でも、ラクトン化合物の収率に優れる点で、ホウ素系還元剤を用いる方法が好ましい。
【0016】
ホウ素系還元剤により環状酸無水物を還元反応させるには、例えば、ホウ素系還元剤と溶媒とを含む溶液に環状酸無水物と溶媒とを含む溶液を滴下して反応させる。反応後、得られた反応液に、必要に応じて水を加えた後、酸を加えて中和、好ましくはさらに酸を加えて酸性にする。
環状酸無水物にホウ素系還元剤を作用させると、酸無水物構造がヒドロキシカルボン酸のホウ素錯体に変換される。その後、酸を加えて反応液を中性ないし酸性にすることで、ヒドロキシカルボン酸のホウ素錯体がラクトン化する。これにより、ラクトン化合物を含む反応生成物が得られる。
【0017】
ホウ素系還元剤としては、ボラン・ジメチルスルフィド等のホウ素水素錯化合物;水素化ホウ素ナトリウム、水素化ホウ素リチウム、水素化ホウ素カリウム、水素化ホウ素亜鉛、水素化トリ-s-ブチルホウ素リチウム、水素化トリ-s-ブチルホウ素カリウム、水素化トリエチルホウ素リチウム等のホウ素水素化物が挙げられる。これらのホウ素系還元剤は1種を単独で用いても2種以上を併用してもよい。ホウ素系還元剤としては、入手と取扱いが容易で、反応条件が穏和であることから、水素化ホウ素ナトリウムが好ましい。
【0018】
ホウ素系還元剤の使用量は、環状酸無水物1モルに対して、0.5~1.5モルが好ましい。ホウ素系還元剤の使用量が前記下限値以上であれば、反応が進行しやすく、前記上限値以下であれば、反応が過剰に進行してジオールまで還元されることを抑制できる。したがって、ホウ素系還元剤の使用量が前記範囲内であれば、ラクトン化合物の収率に優れる。
【0019】
溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール等のアルコール系溶剤;ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジメトキシエタン、ジグライム、トリグライム等のエーテル系溶剤;酢酸エチル、γ-ブチロラクトン等のエステル系溶剤;アセトニトリル等のニトリル系溶剤;N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N-メチルピロリドン等のアミド系溶剤;トルエン、ヘキサン等の炭化水素系溶剤;ジメチルスルホキシドが挙げられる。これらの溶媒は1種を単独用いても2種以上を併用してもよい。溶媒としては、反応速度を高くできる点、ホウ素系還元剤及び環状酸無水物の溶解性が高い点で、ジグライム、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N-メチルピロリドンが好ましく、ラクトン化合物の収率に優れる点で、N,N-ジメチルホルムアミドが特に好ましい。
【0020】
溶媒の使用量は、特に限定されないが、例えば、ホウ素系還元剤100質量部に対して500~2500質量部である。
【0021】
還元反応の反応温度は、十分な反応速度を得る観点から、-20℃以上が好ましく、0℃以上がより好ましい。また、反応時の発熱を抑制する観点から、60℃以下が好ましく、40℃以下がより好ましく、20℃以下がさらに好ましい。
反応時間は、反応温度によっても異なるが、例えば2~20時間である。
【0022】
反応後、反応液を中性ないし酸性にするのに使用する酸としては、例えば、塩酸、硫酸、硝酸、リン酸等の一般的な鉱酸類や、酸性イオン交換樹脂等を用いることができる。これらの酸は1種を単独で用いても2種以上を併用してもよい。酸としては、後の酸の除去を考えると、塩酸又は酸性イオン交換樹脂を用いることが好ましく、大量合成の際の取扱いやすさ等を考慮すると、硫酸を用いることが好ましい。
酸の添加後の反応液のpHは2~7が好ましい。
【0023】
(工程A)
工程Aでは、上記反応生成物からラクトン化合物を、抽出溶媒により抽出する。これにより、ラクトン化合物と抽出溶媒とを含む抽出液が得られる。
【0024】
抽出溶媒としては、例えば、メチル-n-プロピルケトン、メチル-n-ブチルケトン、メチルイソブチルケトン(以下「MIBK」ともいう。)等のケトン系溶剤;ジエチルエーテル、メチル-tert-ブチルエーテル、ジイソプロピルエーテル等のエーテル系溶剤;トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素系溶剤;酢酸エチル等のエステル系溶剤等が挙げられる。これらは1種を単独で用いても2種以上を混合して用いてもよい。抽出溶媒としては、ラクトン化合物の回収率、二液層の分離性に優れる点で、ケトン系溶剤が好ましく、MIBKが特に好ましい。
【0025】
抽出溶媒の使用量は、特に限定されないが、環状酸無水物の仕込み量100質量部に対して120~240質量部が好ましく、150~210質量部がより好ましい。
【0026】
抽出溶媒による抽出方法は公知の方法であってよい。例えば、反応生成物が溶媒を含む場合、反応生成物と抽出溶媒とを混合し、静置して二液層(溶媒を含む層と、ラクトン化合物及び抽出溶媒を含む層)に層分離させ、抽出溶媒の層を回収することで、抽出液が得られる。この場合、抽出溶媒としては、反応生成物の溶媒と非相溶かつこの溶媒よりもラクトン化合物の溶解度が高いものが用いられる。
【0027】
抽出の回数は、1回でも2回以上でもよい。
抽出の後、必要に応じて、得られた抽出液を水等で洗浄してもよい。また、必要に応じて、抽出溶媒の一部を除去して抽出液を濃縮してもよい。
【0028】
(工程B)
工程Bでは、工程Aで得た抽出液に炭化水素系溶剤Iを添加し濃縮して、抽出液の抽出溶媒を炭化水素系溶剤Iに置換する。これにより、抽出液の抽出溶媒が炭化水素系溶剤Iに置換された、ラクトン化合物と炭化水素系溶剤Iとを含む溶液が得られる。
【0029】
炭化水素系溶剤Iの沸点は、120℃以上であり、130℃以上が好ましく、140℃以上がより好ましい。沸点が前記下限値以上であれば、ラクトン化合物を固体として回収しない場合(例えば工程Bで得た溶液をそのまま(メタ)アクリル酸エステルの製造に用いる場合)に、次工程での反応温度を高くできる。
炭化水素系溶剤Iの沸点は、220℃以下が好ましく、200℃以下がより好ましい。沸点が前記上限値以下であれば、炭化水素系溶剤Iを濃縮して除く際の負荷が大きくならず、好ましい。
また、炭化水素系溶剤Iは、抽出溶媒よりも高沸点である。炭化水素系溶剤Iの沸点と抽出溶媒の沸点との差(炭化水素系溶剤Iの沸点-抽出溶媒の沸点)は、抽出溶媒の炭化水素系溶剤Iへの置換しやすさの点で、5℃以上が好ましく、10℃以上がより好ましい。
【0030】
炭化水素系溶剤Iの具体例としては、キシレン、エチルベンゼン、クメン、アニソール、クレゾール、メトキシトルエン等の芳香族炭化水素系溶剤;オクタン、ノナン、デカン、ドデカン等の飽和炭化水素系溶剤が挙げられる。これらは1種を単独で用いても2種以上を混合して用いてもよい。
【0031】
炭化水素系溶剤Iとしては、上記の中でも、ラクトン化合物の溶解度や取り扱い性の点で、キシレンが好ましい。
キシレンは、о-キシレン(沸点144℃)、m-キシレン(沸点139℃)、p-キシレン(沸点138℃)、及びそれらの混合物のいずれであってもよい。
キシレンと他の炭化水素系溶剤Iとを併用してもよい。
炭化水素系溶剤Iの総質量に対するキシレンの質量割合は、60質量%以上が好ましく、80質量%以上がより好ましい。
【0032】
炭化水素系溶剤Iの添加量は、炭化水素系溶剤Iを添加し濃縮する操作の1回当たり、環状酸無水物の仕込み量100質量部に対し、100~200質量部が好ましく、120~180質量部がより好ましい。
【0033】
濃縮方法として、例えば、エバポレーター等を用い、減圧下で加熱する方法が挙げられる。このときの加熱温度は、40℃以上が好ましく、60℃以上がより好ましい。また120℃以下が好ましく、100℃以下がより好ましい。
濃縮は、溶液が固化する前に停止する。
【0034】
炭化水素系溶剤Iを添加し濃縮する操作の回数は、1~6回が好ましく、2~4回がより好ましい。6回以下、特に4回以下であれば、作業性が良好である。また、2回以上であれば、抽出溶媒の置換効率が良好である。
【0035】
溶液は抽出溶媒を含まないことが好ましいが、溶液中に抽出溶媒の一部が残存していてもよい。溶液中の抽出溶媒の含有量は、溶液の総質量に対し、5質量%以下が好ましい。溶液中の抽出溶媒の含有量は、ガスクロマトグラフにより測定できる。
【0036】
(工程C)
工程Cでは、工程Bで得られた溶液にイソパラフィン系溶剤を添加し、ラクトン化合物を晶析させる。これにより、粉末状のラクトン化合物が得られる。
イソパラフィン系溶剤は、キシレン等の炭化水素系溶剤Iよりもラクトン化合物の溶解度が低い。溶液にイソパラフィン系溶剤を添加すると、炭化水素系溶剤Iとイソパラフィン系溶剤とが混和し、溶媒全体でのラクトン化合物の溶解度が低下する。これにより、ラクトン化合物を晶析させやすくなる。
【0037】
イソパラフィン系溶剤は、1種以上のイソパラフィン炭化水素を含む。イソパラフィン炭化水素とは、分岐を1つ以上有している鎖状飽和炭化水素化合物のことを指す。イソパラフィン炭化水素の炭素数は、例えば6~18である。
イソパラフィン系溶剤の沸点は、例えば60℃~350℃であり、幅があってもよい。イソパラフィン系溶剤が2種以上のイソパラフィン炭化水素を含む混合物の場合は通常、沸点に幅がある。
イソパラフィン系溶剤の密度は通常1より小さく、例えば0.9以下である。
イソパラフィン系溶剤は、ラクトン化合物を純度よく得るために、イソパラフィン炭化水素の純度が95体積%以上であることが好ましい。
【0038】
イソパラフィン系溶剤としては、市販のものを使用でき、例えば、出光昭和シェル社製のIPクリーン(LPクリーンLX等)、IPソルベント1016、IPソルベント1620、IPソルベント2028、IPソルベント2835、IPクリーンLX等が挙げられる。これらの中でも、高純度である点で、IPクリーンLXが好ましい。
【0039】
イソパラフィン系溶剤の添加量は、工程Bで得られた溶液(炭化水素系溶剤Iを添加し濃縮した後の濃縮液)100質量部に対し、100~500質量部が好ましく、200~400質量部がより好ましい。イソパラフィン系溶剤の添加量が前記下限値以上であれば、ラクトン化合物を晶析させやすく、前記上限値以下であれば、溶媒添加時の析出を防止し、安定的に晶析させることができる。
【0040】
ラクトン化合物を晶析させる方法としては、例えば、イソパラフィン系溶剤が添加された溶液を冷却する方法が挙げられる。これにより、溶液中に粉末状のラクトン化合物が析出する。
溶液の冷却方法は特に限定されず、例えば公知の晶析装置を用いる方法が挙げられる。
溶液の冷却速度は、1~12℃/時間(hour)が好ましく、2~10℃/時間がより好ましい。冷却速度が前記下限値以上であれば、操作にかかる時間が短縮され操作性が良好であり、前記上限値以下であれば、結晶が塊状に析出することを防止することができる。
冷却前の温度は、例えば35~65℃程度である。冷却後の温度は、例えば10~30℃程度である。
【0041】
その後、溶液中に析出した析出物(粉末状のラクトン化合物)を回収する。
析出物の回収方法としては、ろ過等の公知の固液分離方法を用いることができる。必要に応じて、回収した析出物を乾燥してもよい。
【0042】
(作用効果)
反応生成物からのラクトン化合物の抽出に用いる抽出溶媒は、ラクトン化合物の溶解度が高い。そのため、抽出溶媒の存在下では、ラクトン化合物を晶析させることが困難である。例えば抽出液を濃縮し冷却すると、ラクトン化合物が析出することなく濃縮液全体が固化する。
また、従来用いられている抽出溶媒は沸点が低い。そのため、抽出液からラクトン化合物を回収せず、抽出液をそのまま(メタ)アクリル酸エステルの製造に用いると、抽出液を用いる工程では、反応温度を抽出液の沸点以上にはできず、目的化合物の収率や生産性が悪くなる。
一方、本精製方法で用いる炭化水素系溶剤Iは、抽出溶媒に比べてラクトン化合物の溶解度が低い。そのため、抽出溶媒を炭化水素系溶剤Iで置換することで、ラクトン化合物を晶析させ、粉末として回収することが可能となる。粉末のラクトン化合物は、取り扱い性に優れる。例えば(メタ)アクリル酸エステルの製造に用いるときに、溶媒への溶解が容易である。
ラクトン化合物を晶析させず、工程Bで得られた溶液をそのまま、(メタ)アクリル酸エステルの製造等に用いることもできる。この場合には、炭化水素系溶剤Iが10℃以上かつ抽出溶媒よりも高い沸点を有するので、抽出液を用いる工程の反応温度を高くできる。反応温度を高くすることで、反応が進みやすくなり、目的化合物の収率や生産性を向上できる。
【0043】
(用途)
本精製方法で精製されたラクトン化合物(工程Cで得た粉末、又は工程Bで得た溶液)は、例えば、(メタ)アクリル酸エステルの製造に用いることができる。
【0044】
ラクトン化合物を用いて(メタ)アクリル酸エステルを製造する方法としては、例えば、ラクトン化合物にギ酸を付加して下記式(3)で表されるギ酸エステルを得、前記ギ酸エステルから下記式(4)で表される(メタ)アクリル酸エステルを得る方法が挙げられる。
【0045】
【化3】
ただし、Xはメチレン基又はエチレン基を示し、Rは水素原子又はメチル基を示す。
【0046】
ラクトン化合物にギ酸を付加する方法としては、例えば、酸触媒の存在下で、ラクトン化合物とギ酸とを反応させる方法が挙げられる。
【0047】
酸触媒としては、過塩素酸、p-トルエンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、酸性イオン交換樹脂、ヘテロポリ酸等が挙げられる。これらの酸触媒は1種を単独で用いても2種以上を併用してもよい。中でも、収率、経済性の点から、トリフルオロメタンスルホン酸が好ましい。
【0048】
酸触媒の使用量は、ラクトン化合物に対し、モル換算で0.01倍以上であることが好ましい。酸触媒の使用量の上限は特に限定されないが、例えば、ラクトン化合物に対し、モル換算で0.2倍以下である。
【0049】
ギ酸の使用量は、ラクトン化合物に対し、モル換算で2倍以上であることが好ましい。ギ酸の使用量の上限は特に限定されないが、例えば、ラクトン化合物に対し、モル換算で6倍以下である。
【0050】
反応温度は、80℃以上であることが好ましい。また、140℃以下であることが好ましい。
反応時間は、反応温度によっても異なるが、例えば4~16時間である。
ラクトン化合物、ギ酸及び酸触媒は一括に仕込んでもよいが、反応収率を重視する場合は、酸触媒及びギ酸を予め混合しておき、そこにラクトン化合物を滴下する方法、又はラクトン化合物及びギ酸を予め混合しておき、そこに酸触媒を滴下する方法が好ましい。
【0051】
上記のようにして、ギ酸エステルを含む反応液が得られる。ギ酸エステルは、ホルミルオキシ基の置換位置が互いに異なる異性体の混合物であってもよい。
反応後、必要に応じて、反応液から過剰のギ酸を留去し、ギ酸エステルを精製してもよい。精製方法としては、カラムクロマトグラフィー、蒸留等が挙げられる。溶媒、微量金属等の不純物が低減できる点から、単蒸留、薄膜蒸留等の減圧蒸留が好ましい。
【0052】
ギ酸エステルから(メタ)アクリル酸エステルを得る方法としては、例えば、以下の方法(a)又は(b)が挙げられる。
(a)ギ酸エステルを水和し、得られたアルコールを(メタ)アクリル酸エステル化する方法。
(b)ギ酸エステルと(メタ)アクリル酸エステルとをエステル交換させる方法。
方法(b)は、ギ酸エステルから1工程で(メタ)アクリル酸エステルが得られる点で好ましい。
【0053】
方法(a)において、ギ酸エステルを水和すると、ギ酸エステルのホルミルオキシ基が水酸基となったアルコールが得られる。
ギ酸エステルの水和、アルコールの(メタ)アクリル酸エステル化はそれぞれ、特開2002-234882号公報に記載の方法により実施できる。
【0054】
方法(b)において、ギ酸エステルとエステル交換させる(メタ)アクリル酸エステル(以下、「原料(メタ)アクリル酸エステル」とも記す。)は、下記式(5)で表すことができる。
CH=CR-C(=O)-O-Z (5)
ただし、Rは水素原子又はメチル基であり、Zは任意の置換基である。
【0055】
Zとしては、例えば、炭素数1~3のアルキル基、炭素数2~3のアルケニル基が挙げられる。具体例としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、ビニル基が挙げられる。これらのうち、反応性が高い点ではメチル基又はビニル基が好ましく、副生成物が少ない点ではイソプロピル基が好ましい。
【0056】
ギ酸エステルと原料(メタ)アクリル酸エステルとをエステル交換させると、前記式(4)で表される(メタ)アクリル酸エステルと、下記式(6)で合わされるギ酸エステルとが生成する。
H-C(=O)-O-Z (6)
【0057】
エステル交換反応において、ギ酸エステルは、一種を単独で用いても二種以上を併用してもよい。例えば、ホルミル基の結合位置が異なる2種の化合物の混合物を用いてもよい。
【0058】
エステル交換反応において、原料(メタ)アクリル酸エステルは、一種を単独で用いても二種以上を併用してもよい。例えば、(メタ)アクリル酸メチルと(メタ)アクリル酸ビニルとを併用してもよい。
原料(メタ)アクリル酸エステルを二種以上用いる場合は、二種以上の原料(メタ)アクリル酸エステルを予め混合してギ酸エステルと反応させてもよいし、二種以上の原料(メタ)アクリル酸エステルを順次、ギ酸エステルと反応させてもよい。
【0059】
ギ酸エステル1モルに対する原料(メタ)アクリル酸エステルの比率は、2~15モルが好ましく、3~10モルがより好ましい。原料(メタ)アクリル酸エステルの比率が前記下限値以上であれば、反応が充分に進行しやすく、前記上限値以下であれば、エステル交換反応後に、反応生成物から未反応の原料(メタ)アクリル酸エステルを除去するのに要する時間がより短くなる。
【0060】
エステル交換反応は、典型的には、触媒の存在下で行う。
触媒としては、エステル交換反応を進行させるものであれば特に限定されないが、例えば、テトラブトキシチタン、テトライソプロポキシチタン、テトラメトキシチタン等のテトラアルコキシチタン類、ジブチル錫オキシド、ジオクチル錫オキシド等のジアルキル錫オキシド類、アルミニウムアルコキシレート、及びアルカリ金属アルコキシレート類が挙げられる。これらの触媒は、一種のみを用いてもよいし、二種以上を併用してもよい。
【0061】
触媒としては、反応性の点では、テトラブトキシチタン、テトライソプロポキシチタン、テトラメトキシチタンが好ましく、副生成物が少ない点では、ジブチル錫オキシド、ジオクチル錫オキシド、テトラメトキシチタンが好ましい。反応性が優れ、副反応が少ない点では、テトラメトキシチタンがより好ましく、反応性が優れる点では、テトライソプロポキシチタンがより好ましい。
【0062】
触媒は、全量を一度に仕込んでもよいし、数回に分けて加えてもよい。触媒を二種以上用いる場合には、全量を一度に仕込んでもよいし、いずれかの触媒を任意のタイミングで加えてもよい。
触媒の使用量は、ギ酸エステル1モルに対して0.005~0.2モルが好ましく、0.01~0.1モルがより好ましい。触媒の使用量が前記下限値以上であれば、反応が進行しやすい。触媒の使用量が前記上限値以下であれば、副生成物が生成しにくい。また反応後の触媒の除去が容易である。
【0063】
エステル交換反応の反応温度は、50~150℃が好ましく、80~130℃がより好ましい。反応温度が前記下限値以上であれば、エステル交換反応を充分に進行させやすく、前記上限値以下であれば、副生成物の生成を抑制しやすい。
【0064】
エステル交換反応の反応時間は、バッチサイズ、触媒、反応温度により異なるが、1~15時間が好ましく、2~12時間がより好ましい。反応時間が前記下限値以上であれば、エステル交換反応を充分に進行させやすく、前記上限値以下であれば、副生成物の生成を抑制しやすい。
【0065】
エステル交換反応の際に、系内の水分が多いと触媒活性が低下したり副生成物が増加したりするため、エステル交換反応を開始する前に、必要に応じて、系内の水分を除去する。エステル交換反応の開始時の系内の水分量としては、1000質量ppm以下が好ましく、500質量ppm以下がより好ましく、200ppm質量以下が更に好ましい。
【0066】
系内の水分を除去する方法としては、特に限定されないが、例えばディーンスタークトラップやデカンター等の装置を用いて、トルエンやメタクリル酸メチル等の高沸点溶剤と共沸させる方法が挙げられる。操作が簡便であることから、ギ酸エステルをトルエンやメタクリル酸メチルに溶解させ、ディーンスタークトラップ又はデカンターを用いて、トルエンやメタクリル酸メチルを加熱還流させるとともに水を反応系外に除去する方法が好ましい。
【0067】
エステル交換反応は、(メタ)アクリル酸エステル等の重合を抑制する点から、重合禁止剤の存在下で行うことが好ましい。空気又は酸素を吹き込みながら反応を行うことも有効である。
重合禁止剤としては、重合を抑制するものであれば特に限定されないが、ヒドロキノン、4-メトキシフェノール、2,4-ジメチル-6-t-ブチルフェノール、p-ベンゾキノン、2,5-ジフェニル-p-ベンゾキノン、フェノチアジン、N-ニトロソジフェニルアミン、銅塩、金属銅、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル等が挙げられる。
【0068】
エステル交換反応は、溶媒の存在下で行ってもよい。溶媒としては、特に限定されないが、例えばトルエン、ヘプタン、ヘキサン等が挙げられる。
【0069】
エステル交換反応の終了後、反応液を濃縮し、精製して(メタ)アクリル酸エステルを回収する。
エステル交換反応の終了後、反応液をそのまま濃縮し、精製してもよいが、この場合、精製後に触媒が残存する場合がある。そのため、反応液中の触媒を除去した後に精製することが好ましい。
【0070】
触媒の除去方法としては、例えば以下の方法が挙げられる。
・水又は水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等のアルカリ水溶液で反応液を水洗又は中和水洗する方法。
・炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、酸化マグネシウム等のアルカリ粉末を反応液に加え、攪拌の後、中和塩をろ過する方法。
・水及び塩酸、硫酸等の酸を反応液に加えて触媒を溶解させる方法。
これらの方法のうち、工程が簡略であり、収率が良好であることから、水及び酸を反応液に加えて触媒を溶解させる方法が好ましい。
【0071】
触媒として広く用いられるテトラアルコキシチタン類は、水と接触した際に大量の不溶物が発生し、この不溶物を溶解するのは困難である。一方で、テトラアルコキシチタン類は、酸と接触させることでも不溶物が発生するが、この不溶物は水溶性の塩であるため、水を加えると溶解する。したがって、テトラアルコキシチタン類を溶解するためには、反応液に酸を加えた後に、水を加えることが好ましい。このとき加える酸としては、特に限定されないが、使用量が少なくできる点から、硫酸、硝酸、塩酸等の強酸が好ましく、取り扱いが容易である点から、硫酸が特に好ましい。
【0072】
触媒を溶解する前に、必要に応じて、反応液を有機溶媒で希釈する。希釈に用いる有機溶媒としては、トルエン、ベンゼン、ヘキサン、シクロヘキサン、酢酸エチル、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル等が挙げられる。これらの中では、抽出効率が高く、溶媒の使用量を少なくできる点から、トルエン、酢酸エチル、ジエチルエーテルが好ましく、収率がより優れる点から、トルエン、酢酸エチルがより好ましい。
触媒を溶解した後、必要に応じて、反応液を濃縮する。
【0073】
精製方法としては、カラムクロマトグラフィー、蒸留等が挙げられる。溶媒、微量金属等の不純物が低減できる点から、単蒸留、薄膜蒸留等の減圧蒸留が好ましい。
精製を行う際には、重合が起こる場合があるため、重合禁止剤を共存させることが好ましい。重合禁止剤としては、重合を抑制するものであれば特に限定されず、エステル交換反応時に使用するものと同様のものが使用できる。空気又は酸素を吹き込みながら精製を行うことも重合抑制に有効である。
【0074】
上記のようにして、前記式(4)で表される(メタ)アクリル酸エステルが得られる。(メタ)アクリル酸エステルは、(メタ)アクリロイルオキシ基(CH=C(R)-C(=O)-O-)の置換位置が互いに異なる異性体の混合物であってもよい。
【実施例
【0075】
以下に実施例を用いて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
5-ノルボルネン-2,3-ジカルボン酸無水物は東京化成社製のものを用いた。
水素化ホウ素ナトリウムは富士フイルム和光純薬社製のものを用いた。
N,N-ジメチルホルムアミドは富士フイルム和光純薬社製のものを用いた。
メチルイソブチルケトンは富士フイルム和光純薬社製のものを用いた。
キシレンは富士フイルム和光純薬社製の特級品を用いた。
イソパラフィン系溶剤は出光昭和シェル社製のIPクリーンLXを用いた。
【0076】
<実施例1>
攪拌機、温度計を備えたガラス製フラスコに、水素化ホウ素ナトリウム14.1g(0.37mol)とN,N-ジメチルホルムアミド132gを加え、窒素置換しながら攪拌し、氷冷浴で10~20℃となるように冷却した。そこに、N,N-ジメチルホルムアミド186.2gに5-ノルボルネン-2,3-ジカルボン酸無水物97.2g(0.59mol)を溶解させた溶液を滴下した。この間、反応系の温度が40℃以下となるように滴下速度を調整した。滴下終了後3時間攪拌したのち、発熱と発泡に注意しながら水450gと硫酸60gを加えた。これにより、4-オキサトリシクロ[5,2,1,02,6]-8-デセン-3-オンを含む反応液を得た。
【0077】
【化4】
【0078】
得られた反応液にメチルイソブチルケトン(沸点115℃)180gを添加し、攪拌した後、静置して二液層(N,N-ジメチルホルムアミド及び水を含む水層と、ラクトン化合物及びメチルイソブチルケトンを含む有機層)に層分離させ、有機層210gを回収した。得られた有機層を水で洗浄した後、エバポレーターを用い、50℃に加熱しながら濃縮して抽出液57gを得た。得られた抽出液に140gのキシレン(沸点140℃)を加えて攪拌し、エバポレーターを用い、60℃に加熱しながら濃縮する操作を行った。その後、濃縮した抽出液に140gのキシレンを加えて攪拌し、エバポレーターを用い、60℃に加熱しながら濃縮する操作を2回繰り返して粗体60gを得た。得られた粗体を40℃にし、そこに200gのIPクリーンLXを加え、攪拌しながら25℃まで冷却したところ、白色粉体が析出した。これをろ過し、粉体の4-オキサトリシクロ[5,2,1,02,6]-8-デセン-3-オンを71.0g(0.47mol,収率80質量%)得た。
【0079】
<比較例1>
実施例1と同様の方法で有機層を得た。得られた有機層を水で洗浄した後、エバポレーターを用い、60℃に加熱しながら濃縮して抽出液62gを得た。その後、抽出液をそのまま10℃まで冷却したが、溶液全体が固まり、粉状の4-オキサトリシクロ[5,2,1,02,6]-8-デセン-3-オンが得られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明の精製方法によれば、環状酸無水物を還元反応させて得られる反応生成物からラクトン化合物を抽出した後、固体として回収する場合は容易に粉末化でき、固体として回収しない場合は次工程での反応温度を高くできる。
【0081】
本発明の精製方法により精製されたラクトン化合物は、例えば、(メタ)アクリル酸エステルの製造に使用できる。ラクトン化合物を用いて製造された(メタ)アクリル酸エステルは、塗料、接着剤、粘着剤、インキ用レジン、レジスト、成型材料、光学材料等の構成成分樹脂の原料モノマーとして有用である。