(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-19
(45)【発行日】2024-02-28
(54)【発明の名称】エポキシ樹脂、エポキシ樹脂組成物、エポキシ樹脂硬化物及び複合材料
(51)【国際特許分類】
C08G 59/14 20060101AFI20240220BHJP
C08L 63/00 20060101ALI20240220BHJP
【FI】
C08G59/14
C08L63/00 C
(21)【出願番号】P 2020546691
(86)(22)【出願日】2019-05-27
(86)【国際出願番号】 JP2019020915
(87)【国際公開番号】W WO2020054137
(87)【国際公開日】2020-03-19
【審査請求日】2022-03-03
(31)【優先権主張番号】P 2018168843
(32)【優先日】2018-09-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】株式会社レゾナック
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】片木 秀行
(72)【発明者】
【氏名】東内 智子
(72)【発明者】
【氏名】中村 優希
(72)【発明者】
【氏名】福田 和真
(72)【発明者】
【氏名】丸山 直樹
(72)【発明者】
【氏名】田 林
【審査官】三宅 澄也
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-074366(JP,A)
【文献】特開2009-242572(JP,A)
【文献】特開2013-227451(JP,A)
【文献】特開2016-138276(JP,A)
【文献】特開2017-122166(JP,A)
【文献】特開平05-160301(JP,A)
【文献】特開平06-080756(JP,A)
【文献】国際公開第2017/221810(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/221811(WO,A1)
【文献】特開2001-114866(JP,A)
【文献】国際公開第2016/104772(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/138749(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G
C08L
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エポキシ化合物と、
前記エポキシ化合物の変性剤であるナフタレン構造及びエポキシ基と反応性を有する官能基を有する化合物と、の反応生成物を含み、
前記ナフタレン構造及びエポキシ基と反応性を有する官能基を有する化合物が、ジヒドロキシナフタレン化合物又はジアミノナフタレン化合物であり、
前記エポキシ化合物が、下記式(M-2)又は式(M-3)で表されるメソゲン構造を有するエポキシ化合物であり、
〔式(M-2)及び式(M-3)中、Yはそれぞれ独立に、炭素数1~8の脂肪族炭化水素基、炭素数1~8のアルコキシ基、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、シアノ基、ニトロ基、又はアセチル基を表す。nは各々独立に0~4の整数を表す。*は隣接する原子との結合部位を表す。〕
重量平均分子量が3000以下である、
前記変性剤とは別個の硬化剤により硬化するための、エポキシ樹脂。
【請求項2】
前記ナフタレン構造及びエポキシ基と反応性を有する官能基を有する化合物が、ジヒドロキシナフタレン化合物である、請求項1に記載のエポキシ樹脂。
【請求項3】
前記ジヒドロキシナフタレン化合物が1,5-ジヒドロキシナフタレン及び2,6-ジヒドロキシナフタレンからなる群より選択される少なくとも1つを含む、請求項2に記載のエポキシ樹脂。
【請求項4】
前記反応生成物が、下記一般式(a)に示されるエポキシ化合物を含む、請求項1~請求項3のいずれか1項に記載のエポキシ樹脂;
【化1】
一般式(a)中、R
1、R
2及びR
3はそれぞれ独立に1価の基を表し、R
1、R
2及びR
3で表される1価の基の少なくとも1つはメソゲン構造を有し、R
1、R
2及びR
3で表される1価の基の少なくとも1つはエポキシ基を有する。Zはそれぞれ独立に、-O-又は-NH-を表す。
【請求項5】
前記一般式(a)中、
R
1は第1のエポキシ化合物に由来する構造を有する1価の基であり、
R
2は、前記ナフタレン構造及びエポキシ基と反応性を有する官能基を有する化合物と、第2のエポキシ化合物と、に由来する構造を有する1価の基であり、
R
3は第3のエポキシ化合物に由来する構造を有する1価の基であり、
前記第1のエポキシ化合物、前記第2のエポキシ化合物、及び前記第3のエポキシ化合物は互いに同じであっても異なってもよく、
前記第1のエポキシ化合物、前記第2のエポキシ化合物、及び前記第3のエポキシ化合物からなる群より選択される少なくとも1つはメソゲン構造を有する、
請求項4に記載のエポキシ樹脂。
【請求項6】
粘弾性測定装置のパラレルプレートとステージの間のギャップを0.05mm、周波数を0.5Hz、歪みを8000%、温度を80℃として、80分間連続して動的せん断粘度を測定した場合に、初期の動的せん断粘度η’1(Pa・s)と、測定中に得られる動的せん断粘度の最大値η’2(Pa・s)とから得られるη’2/η’1の値が3以下である、請求項1~請求項5のいずれか1項に記載のエポキシ樹脂。
【請求項7】
前記初期の動的せん断粘度η’1が200Pa・s以下である、請求項6に記載のエポキシ樹脂。
【請求項8】
請求項1~請求項7のいずれか1項に記載のエポキシ樹脂と、硬化剤と、を含有するエポキシ樹脂組成物。
【請求項9】
前記硬化剤がアミン硬化剤を含む、請求項8に記載のエポキシ樹脂組成物。
【請求項10】
前記硬化剤が3,3’-ジアミノジフェニルスルホンを含む、請求項8又は請求項9に記載のエポキシ樹脂組成物。
【請求項11】
請求項8~10のいずれか1項に記載のエポキシ樹脂組成物の硬化物である、エポキシ樹脂硬化物。
【請求項12】
請求項11に記載のエポキシ樹脂硬化物と、強化材と、を含む、複合材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、エポキシ樹脂、エポキシ樹脂組成物、エポキシ樹脂硬化物及び複合材料に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、省エネルギー化の流れから、電子材料、産業機器、航空宇宙等の分野で使用される材料において、セラミック、金属等からより軽量な樹脂材料への変換が進んでいる。
【0003】
樹脂材料を金属の代替材として適用するうえでは、樹脂材料単体では耐熱性及び強度に対する要求を満足できないことが多いため、フィラー、繊維等の無機材料と樹脂材料とを組み合わせた複合材料を用いることが一般的である。特に、炭素繊維を樹脂と組み合わせた複合材料である炭素繊維強化プラスチック(Carbon Fiber Reinforced Plastic、CFRP)は、軽量化と高強度化の両立を図ることができる有望な材料として着目されており、近年では航空機の駆体にも採用されている。
【0004】
航空機等へCFRPの適用を拡大するにあたってはさらなる高強度化、特に開口モード破壊靱性(Gic)の向上が望まれている。そこで、熱可塑性樹脂に比べて強度及び耐熱性の面で優れるエポキシ樹脂等の反応硬化系の樹脂の利用が検討されている。
【0005】
開口モード破壊靱性は、例えばメソゲン構造を含有するエポキシ樹脂を使用することで飛躍的に増大する(例えば、特許文献1参照)。これは破壊時の分子間凝集力に起因すると考えられ、応力緩和が働くことにより亀裂の進展を抑制することが可能となると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
メソゲン構造を有するエポキシ樹脂の硬化物は高い破壊靱性を有する反面、汎用のエポキシ樹脂の硬化物と比較して曲げ弾性率が低い傾向にある。この理由は以下のように推測される。メソゲン構造はπ電子間相互作用による分子間スタック性を発現するために、分子長が長い。このため、汎用エポキシ樹脂と比較して架橋点間距離が長くなり、硬化物の曲げ弾性率が低くなると考えられる。
【0008】
さらに、メソゲン構造を有するエポキシ樹脂は汎用樹脂と比較して融点が高くハンドリング性に劣る傾向がある。これを解決するために、一部のメソゲン構造を有するエポキシ樹脂を2価フェノール化合物等で変性し、融点を低くする手法が採られることがある。しかしながら、用いるフェノール化合物の種類によっては、さらに架橋点間距離が長くなり、航空機構造材の用途に適する曲げ弾性率を得ることが困難となることがある。
【0009】
このように、エポキシ樹脂を航空機等へのCFRPへ適用する場合、従来の技術では十分な破壊靱性と曲げ弾性率を両立することは困難であった。上記事情に鑑み、本開示は、硬化後に優れた破壊靱性と曲げ弾性率を両立することが可能なエポキシ樹脂、当該エポキシ樹脂を用いて得られるエポキシ樹脂組成物、エポキシ樹脂硬化物及び複合材料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するための手段には、以下の実施態様が含まれる。
<1> エポキシ化合物と、ナフタレン構造及びエポキシ基と反応性を有する官能基を有する化合物と、の反応生成物を含むエポキシ樹脂。
<2> 前記ナフタレン構造及びエポキシ基と反応性を有する官能基を有する化合物が、ジヒドロキシナフタレン化合物を含む、<1>に記載のエポキシ樹脂。
<3> 前記ジヒドロキシナフタレン化合物が1,5-ジヒドロキシナフタレン及び2,6-ジヒドロキシナフタレンからなる群より選択される少なくとも1つを含む、<2>に記載のエポキシ樹脂。
<4> 前記エポキシ化合物がメソゲン構造を有するエポキシ化合物を含む、<1>~<3>のいずれか1項に記載のエポキシ樹脂。
【0011】
<5> 前記メソゲン構造が、下記一般式(M)で表される構造を含む、<4>に記載のエポキシ樹脂:
【0012】
【0013】
一般式(M)中、Xは単結合又は下記群(A)より選択される少なくとも1種の2価の基を有する連結基を表す。Yはそれぞれ独立に、炭素数1~8の脂肪族炭化水素基、炭素数1~8のアルコキシ基、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、シアノ基、ニトロ基、又はアセチル基を表す。nは各々独立に0~4の整数を表す。*は隣接する原子との結合部位を表す;
【0014】
【0015】
群(A)中、Yはそれぞれ独立に、炭素数1~8の脂肪族炭化水素基、炭素数1~8のアルコキシ基、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、シアノ基、ニトロ基、又はアセチル基を表す。nは各々独立に0~4の整数を表し、kは0~7の整数を表し、mは0~8の整数を表し、lは0~12の整数を表す。
【0016】
<6> 前記反応生成物が、下記一般式(a)に示されるエポキシ化合物を含む、<1>~<5>のいずれか1項に記載のエポキシ樹脂。
【0017】
【0018】
一般式(a)中、R1、R2及びR3はそれぞれ独立に1価の基を表し、R1、R2及びR3で表される1価の基の少なくとも1つはメソゲン構造を有し、R1、R2及びR3で表される1価の基の少なくとも1つはエポキシ基を有する。Zはそれぞれ独立に、-O-又は-NH-を表す。
【0019】
<7> 前記一般式(a)中、
R1は第1のエポキシ化合物に由来する構造を有する1価の基であり、
R2は、前記ナフタレン構造及びエポキシ基と反応性を有する官能基を有する化合物と、第2のエポキシ化合物と、に由来する構造を有する1価の基であり、
R3は第3のエポキシ化合物に由来する構造を有する1価の基であり、
前記第1のエポキシ化合物、前記第2のエポキシ化合物、及び前記第3のエポキシ化合物は互いに同じであっても異なってもよく、
前記第1のエポキシ化合物、前記第2のエポキシ化合物、及び前記第3のエポキシ化合物からなる群より選択される少なくとも1つはメソゲン構造を有する、
<6>に記載のエポキシ樹脂。
<8> 粘弾性測定装置のパラレルプレートとステージの間のギャップを0.05mm、周波数を0.5Hz、歪みを8000%、温度を80℃として、80分間連続して動的せん断粘度を測定した場合に、初期の動的せん断粘度η’1(Pa・s)と、測定中に得られる動的せん断粘度の最大値η’2(Pa・s)とから得られるη’2/η’1の値が3以下である、<1>~<7>のいずれか1項に記載のエポキシ樹脂。
<9> 前記初期の動的せん断粘度η’1が200Pa・s以下である、<8>に記載のエポキシ樹脂。
<10> <1>~<9>のいずれか1項に記載のエポキシ樹脂と、硬化剤と、を含有するエポキシ樹脂組成物。
<11> <10>に記載のエポキシ樹脂組成物の硬化物である、エポキシ樹脂硬化物。
<12> <11>に記載のエポキシ樹脂硬化物と、強化材と、を含む、複合材料。
【発明の効果】
【0020】
本開示によれば、硬化後に優れた破壊靱性と曲げ弾性率を両立することが可能なエポキシ樹脂、当該エポキシ樹脂を用いて得られるエポキシ樹脂組成物、エポキシ樹脂硬化物及び複合材料が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。以下の実施形態において、その構成要素(要素ステップ等も含む)は、特に明示した場合を除き、必須ではない。数値及びその範囲についても同様であり、本発明を制限するものではない。
【0022】
本開示において「工程」との語には、他の工程から独立した工程に加え、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の目的が達成されれば、当該工程も含まれる。
本開示において「~」を用いて示された数値範囲には、「~」の前後に記載される数値がそれぞれ最小値及び最大値として含まれる。
本開示中に段階的に記載されている数値範囲において、一つの数値範囲で記載された上限値又は下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は下限値に置き換えてもよい。また、本開示中に記載されている数値範囲において、その数値範囲の上限値又は下限値は、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
本開示において各成分は該当する物質を複数種含んでいてもよい。組成物中に各成分に該当する物質が複数種存在する場合、各成分の含有率又は含有量は、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数種の物質の合計の含有率又は含有量を意味する。
本開示において「エポキシ化合物」とは、分子中にエポキシ基を有する化合物を意味する。「エポキシ樹脂」とは、複数のエポキシ化合物を集合体として捉える概念であって硬化していない状態のものを意味する。
【0023】
≪エポキシ樹脂≫
本開示のエポキシ樹脂は、エポキシ化合物と、ナフタレン構造及びエポキシ基と反応性を有する官能基を有する化合物と、の反応生成物を含む。以下、エポキシ化合物と、ナフタレン構造及びエポキシ基と反応性を有する官能基を有する化合物と、の反応生成物であるエポキシ化合物を「特定エポキシ化合物」ともいう。また、ナフタレン構造及びエポキシ基と反応性を有する官能基を有する化合物を「特定ナフタレン化合物」ともいう。
【0024】
特定エポキシ化合物を含むエポキシ樹脂は、硬化物としたときに優れた破壊靱性と曲げ弾性率を両立することができる傾向にある。この理由は必ずしも明らかではないが、特定ナフタレン化合物を変性剤としてエポキシ樹脂を変性させると、分子構造の形状変化により自由体積が減少し、破壊靱性を維持したまま曲げ弾性率を向上させることが可能になると考えられる。
【0025】
本開示のエポキシ樹脂は、特定エポキシ化合物を含んでいればよく、未反応のエポキシ化合物の単量体等、その他のエポキシ化合物又はエポキシ樹脂を含んでいても含んでいなくてもよい。
【0026】
<エポキシ化合物>
エポキシ化合物は、エポキシ基を有する化合物であれば特に限定されず、1分子中に2個以上のエポキシ基を有するエポキシ化合物であることが好ましく、1分子中に2個のエポキシ基を有するエポキシ化合物であることがより好ましく、1分子中に2個のグリシジルエーテル基を有するエポキシ化合物であることがさらに好ましい。エポキシ化合物は1種を単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0027】
エポキシ化合物としては、ビフェニル型エポキシ樹脂、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェノールF型エポキシ樹脂、ビスフェノールS型エポキシ樹脂、フルオレン骨格含有エポキシ樹脂等が挙げられる。
【0028】
また、好ましい一態様において、エポキシ化合物はメソゲン構造を有する化合物を含む。メソゲン構造を有するエポキシ化合物を含むエポキシ樹脂は、硬化したときに高次構造を形成し易い。このため、メソゲン構造を有するエポキシ化合物を含まないエポキシ樹脂と比べ、硬化物の破壊靱性により優れる傾向にある。
メソゲン構造とは、これを有するエポキシ化合物の反応産物であるエポキシ樹脂が液晶性を発現する可能性のある構造を意味する。メソゲン構造は、具体的には、ビフェニル構造、フェニルベンゾエート構造、シクロヘキシルベンゾエート構造、アゾベンゼン構造、スチルベン構造、ターフェニル構造、アントラセン構造、これらの誘導体、これらのメソゲン構造の2つ以上が結合基を介して結合した構造等が挙げられる。
エポキシ化合物1分子中におけるメソゲン構造は1つであっても2つ以上であってもよい。2つ以上のメソゲン構造を有するエポキシ化合物における2つ以上のメソゲン構造は異なっていても同じであってもよい。
【0029】
メソゲン構造を有するエポキシ化合物を含むエポキシ樹脂は、このエポキシ樹脂を含有するエポキシ樹脂組成物の硬化物中に高次構造を形成することができる。ここで、高次構造とは、その構成要素が配列してミクロな秩序構造を形成した高次構造体を含む構造を意味し、例えば結晶相及び液晶相が相当する。このような高次構造体の存在の有無は、偏光顕微鏡によって判断することができる。すなわち、クロスニコル状態での観察において、偏光解消による干渉縞が見られることで判別可能である。この高次構造体は、通常はエポキシ樹脂組成物の硬化物中に島状に存在してドメイン構造を形成しており、その島の一つが一つの高次構造体に対応する。この高次構造体の構成要素自体は、一般には共有結合により形成されている。
【0030】
硬化した状態で形成される高次構造としては、ネマチック構造とスメクチック構造とが挙げられる。ネマチック構造とスメクチック構造は、それぞれ液晶構造の一種である。ネマチック構造は分子長軸が一様な方向を向いており、配向秩序のみをもつ液晶構造である。これに対し、スメクチック構造は配向秩序に加えて一次元の位置の秩序を持ち、層構造を有する液晶構造である。秩序性はネマチック構造よりもスメクチック構造の方が高い。従って、硬化物の熱伝導性及び破壊靱性の観点からは、スメクチック構造の高次構造を形成することがより好ましい。
【0031】
硬化物中にスメクチック構造が形成されているか否かは、硬化物のX線回折測定により判断できる。X線回折測定は、例えば、株式会社リガクのX線回折装置を用いて行うことができる。本開示では、CuKα1線を用い、管電圧40kV、管電流20mA、2θ=1°~30°の範囲でX線回折測定を行ったとき、2θ=2°~10°の範囲に回折ピークが現れる場合に、硬化物中にスメクチック構造が形成されていると判断する。
【0032】
メソゲン構造は、下記一般式(M)で表される構造であってもよい。
【0033】
【0034】
一般式(M)中、Xは単結合又は下記群(A)より選択される少なくとも1種の2価の基を有する連結基を表す。Yはそれぞれ独立に、炭素数1~8の脂肪族炭化水素基、炭素数1~8のアルコキシ基、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、シアノ基、ニトロ基、又はアセチル基を表す。nは各々独立に0~4の整数を表す。*は隣接する原子との結合部位を表す。
【0035】
【0036】
群(A)中、Yはそれぞれ独立に、炭素数1~8の脂肪族炭化水素基、炭素数1~8のアルコキシ基、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、シアノ基、ニトロ基、又はアセチル基を表す。nは各々独立に0~4の整数を表し、kは0~7の整数を表し、mは0~8の整数を表し、lは0~12の整数を表す。
【0037】
一般式(M)で表されるメソゲン構造において、Xが上記群(A)より選択される少なくとも1種の2価の基を有する連結基である場合、当該連結基は下記群(Aa)より選択される少なくとも1種の2価の基を有する連結基であることが好ましく、群(Aa)より選択される少なくとも1種の2価の基を有する連結基であって少なくとも1つの環状構造を含む連結基であることがより好ましい。
【0038】
【0039】
群(Aa)中、Yはそれぞれ独立に、炭素数1~8の脂肪族炭化水素基、炭素数1~8のアルコキシ基、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、シアノ基、ニトロ基、又はアセチル基を表す。nは各々独立に0~4の整数を表し、kは0~7の整数を表し、mは0~8の整数を表し、lは0~12の整数を表す。
【0040】
硬化物中に高次構造を形成し易い観点からは、一般式(M)で表されるメソゲン構造は、下記一般式(M-1)で表されるメソゲン構造であることが好ましい。
【0041】
【0042】
一般式(M-1)において、X、Y、n及び*の定義及び好ましい例は、一般式(M)のX、Y、n及び*の定義及び好ましい例と同様である。
【0043】
一般式(M-1)で表されるメソゲン構造の好ましい例としては、下記一般式(M-2)、一般式(M-3)及び一般式(M-4)で表されるメソゲン構造が挙げられる。一般式(M-2)、一般式(M-3)及び一般式(M-4)において、Y、n及び*の定義及び好ましい例は、一般式(M-1)のY、n及び*の定義及び好ましい例と同様である。
【0044】
【0045】
エポキシ化合物は、下記一般式(1-m)で表される構造を有するエポキシ化合物を含んでいてもよい。
【0046】
【0047】
一般式(1-m)において、X、Y及びnの定義及び好ましい例は、一般式(M)におけるX、Y及びnの定義及び好ましい例と同様である。
【0048】
硬化物中に高次構造を形成し易い観点からは、一般式(1-m)で表される構造を有するエポキシ化合物は、下記一般式(2-m)で表される構造を有するエポキシ化合物であることが好ましい。
【0049】
【0050】
一般式(2-m)において、X、Y及びnの定義及び好ましい例は、一般式(1-m)におけるX、Y及びnの定義及び好ましい例と同様である。
【0051】
一般式(2-m)で表される構造を有するエポキシ化合物の好ましい例としては、下記一般式(3-m)、一般式(4-m)及び一般式(5-m)で表される構造を有するエポキシ化合物が挙げられる。硬化物の破壊靱性を向上させる観点からは、一般式(3-m)で表されるエポキシ化合物を用いることが好ましい。
【0052】
【0053】
一般式(3-m)、一般式(4-m)及び一般式(5-m)において、Y及びnの定義及び好ましい例は、一般式(2-m)におけるY及びnの定義及び好ましい例と同様である。
【0054】
エポキシ化合物としては市販品を用いてもよい。例えば、一般式(5-m)で表されるエポキシ化合物として、YX4000(三菱ケミカル株式会社)、YL6121H(三菱ケミカル株式会社)等が入手可能である。
【0055】
エポキシ化合物のエポキシ当量は特に制限されない。例えば、架橋密度、ガラス転移点、弾性率等の特性を担保する観点から、100g/eq~300g/eqであることが好ましく、120g/eq~280g/eqであることがより好ましく、140g/eq~260g/eqであることがさらに好ましい。本開示において、エポキシ当量は、過塩素酸滴定法により測定する。
【0056】
<特定ナフタレン化合物>
特定ナフタレン化合物は、ナフタレン構造及びエポキシ基と反応性を有する官能基を有する。エポキシ基と反応性を有する官能基としては、水酸基、アミノ基、イソシアネート基等が挙げられる。特定ナフタレン化合物中のエポキシ基と反応性を有する官能基の数は1つであっても2つ以上であってもよく、2つであることが好ましい。また、官能基は芳香環に直結する構造に限らず、エチレンオキサイド鎖、プロピレンオキサイド鎖等のアルキレンオキサイド鎖、アルキル鎖などを介した構造であってもよい。
【0057】
特定ナフタレン化合物としては、ナフタレン構造に2つの水酸基が結合した構造を有するジヒドロキシナフタレン化合物、ナフタレン構造に2つのアミノ基が結合した構造を有するジアミノナフタレン化合物等が挙げられ、曲げ弾性率の向上の観点からはジヒドロキシナフタレン化合物が好ましい。特定ナフタレン化合物は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0058】
ジヒドロキシナフタレン化合物としては、1,2-ジヒドロキシナフタレン、1,3-ジヒドロキシナフタレン、1,4-ジヒドロキシナフタレン、1,5-ジヒドロキシナフタレン、1,6-ジヒドロキシナフタレン、1,7-ジヒドロキシナフタレン、1,8-ジヒドロキシナフタレン、2,3-ジヒドロキシナフタレン、2,6-ジヒドロキシナフタレン、2,7-ジヒドロキシナフタレン、これらの誘導体等が挙げられる。なかでも、ジヒドロキシナフタレン化合物は、1,5-ジヒドロキシナフタレン及び2,6-ジヒドロキシナフタレンからなる群より選択される少なくとも1つを含むことが好ましい。1,5-ジヒドロキシナフタレン及び2,6-ジヒドロキシナフタレンを用いてエポキシ化合物を変性させると、分子構造が屈曲した構造を採ることによって、分子間の自由体積が減少し、曲げ弾性率をより向上させることができると考えられる。
【0059】
ジアミノナフタレン化合物としては、1,2-ジアミノナフタレン、1,3-ジアミノナフタレン、1,4-ジアミノナフタレン、1,5-ジアミノナフタレン、1,6-ジアミノナフタレン、1,7-ジアミノナフタレン、1,8-ジアミノナフタレン、2,3-ジアミノナフタレン、2,6-ジアミノナフタレン、2,7-ジアミノナフタレン、これらの誘導体等が挙げられる。
【0060】
ジヒドロキシナフタレン化合物又はジアミノナフタレン化合物の誘導体としては、ナフタレン環に炭素数1~8のアルキル基等の置換基が結合した化合物が挙げられる。
【0061】
特定ナフタレン化合物の官能基当量は特に制限されない。反応の効率性の観点からは、特定ナフタレン化合物の官能基当量(官能基がアミノ基である場合は活性水素の当量)は65g/eq~200g/eqであることが好ましく、70g/eq~150g/eqであることがより好ましく、75g/eq~100g/eqであることがさらに好ましい。
【0062】
<特定エポキシ化合物>
特定エポキシ化合物は、エポキシ化合物と特定ナフタレン化合物の反応生成物である。特定エポキシ化合物の構造は、エポキシ化合物と特定ナフタレン化合物の反応生成物である限り特に制限されない。例えば、特定エポキシ化合物はエポキシ化合物の二量体を含んでいてもよく、三量体以上の多量体を含んでいてもよい。
【0063】
特定エポキシ化合物は、例えば、下記一般式(a)で表されるエポキシ化合物及び下記一般式(b)で表されるエポキシ化合物からなる群より選択される少なくとも1つを含んでいてもよい。
【0064】
【0065】
一般式(a)中、R1、R2及びR3はそれぞれ独立に1価の基を表し、R1、R2及びR3で表される1価の基の少なくとも1つはメソゲン構造を有し、R1、R2及びR3で表される1価の基の少なくとも1つはエポキシ基を有する。
Zはそれぞれ独立に、-O-又は-NH-を表す。
【0066】
一般式(b)中、R1及びR2はそれぞれ独立に1価の基を表し、R1及びR2で表される1価の基の少なくとも1つはメソゲン構造を有し、R1及びR2で表される1価の基の少なくとも1つはエポキシ基を有する。
Zはそれぞれ独立に、-O-又は-NH-を表す。
【0067】
一般式(a)及び一般式(b)におけるメソゲン構造の詳細は前述の通りである。
【0068】
せん断を付与しても粘度上昇が抑制され、粘度安定性に優れる観点からは、エポキシ樹脂は一般式(a)で表されるエポキシ化合物を含むことが好ましい。
分子中にメソゲン構造を有するエポキシ樹脂は、一般に他のエポキシ樹脂に比べて結晶性が強く、粘度が高いため、作業時に充分な流動性が得られない場合がある。また、樹脂のせん断流動により分子が一定方向に配向して粘度が上昇する場合もある。しかしながら、一般式(a)で表されるエポキシ化合物を含むエポキシ樹脂は、粘度安定性に優れる傾向にある。この理由は必ずしも明らかではないが、エポキシ化合物の分子構造の直線性の一部が分岐(R3で示される部分)によって崩され、せん断付与時の分子の配向が抑制されることが一因と推測される。メソゲン構造を有するエポキシ化合物の分子に分岐を導入する手法によれば、メソゲン構造に起因する分子のスタッキング力を損なうことなくせん断付与時の分子の配向を抑制することができる。このため、硬化物の破壊靱性向上と硬化前のハンドリング性の向上を両立することができる傾向にある。
【0069】
一般式(a)において、R1、R2又はR3で表される1価の基がメソゲン構造を含む場合、当該1価の基がエポキシ基を有していても、有していなくてもよい。
R1、R2又はR3で表される1価の基がメソゲン構造を含む場合、当該1価の基はメソゲン構造のみからなっていても、メソゲン構造と他の構造との組合せであってもよい。
R1、R2又はR3で表される1価の基がエポキシ基を有する場合、当該1価の基におけるエポキシ基の位置は特に制限されない。例えば、末端に有していてもよい。また、当該1価の基が有するエポキシ基の数は特に制限されず、1つでも複数であってもよい。
【0070】
一般式(a)で表されるエポキシ化合物が分子中に有するメソゲン構造の数は1つであっても2つ以上であってもよい。一般式(a)で表されるエポキシ化合物が分子中にメソゲン構造を2つ以上有する場合、これらのメソゲン構造は同じであっても異なっていてもよい。
【0071】
一般式(a)において、R1、R2又はR3で表される1価の基がメソゲン構造を含まない場合、当該1価の基としては、脂肪族炭化水素基、脂肪族炭化水素オキシ基、芳香族炭化水素基、芳香族炭化水素オキシ基等を含む1価の基が挙げられる。脂肪族炭化水素基としてはアルキル基、アルケニル基等が挙げられ、芳香族炭化水素基としてはフェニル基、ナフチル基等が挙げられる。
R1、R2又はR3で表される1価の基がメソゲン構造を含まない場合、当該1価の基の炭素数は特に制限されず、例えば20以下であってもよく、15以下であってもよい。R1、R2及びR3で表される1価の基は、無置換であっても置換基を有していてもよい。
【0072】
ある実施態様では、一般式(a)で表されるエポキシ化合物は少なくともR1とR2で表される1価の基がメソゲン構造を含むものであってもよく、R1、R2及びR3で表される1価の基の全てがメソゲン構造を含むものであってもよい。
【0073】
例えば、R1は第1のエポキシ化合物に由来する構造を有する1価の基であり、R2は特定ナフタレン化合物と第2のエポキシ化合物とに由来する構造を有する1価の基であり、R3は第3のエポキシ化合物に由来する構造を有する1価の基であってもよい。このとき、第1のエポキシ化合物、第2のエポキシ化合物、及び第3のエポキシ化合物からなる群より選択される少なくとも1つがメソゲン構造を有していてもよい。すなわち、第1のエポキシ化合物~第3のエポキシ化合物のうち1つがメソゲン構造を有するエポキシ化合物であってもよく、2つがメソゲン構造を有するエポキシ化合物であってもよく、3つがメソゲン構造を有するエポキシ化合物であってもよい。また、第1のエポキシ化合物~第3のエポキシ化合物はそれぞれ任意のエポキシ化合物を表し、互いに同じであっても異なっていてもよい。第1のエポキシ化合物~第3のエポキシ化合物は、前述の「エポキシ化合物と特定ナフタレン化合物の反応生成物」の原料又は中間生成物であるエポキシ化合物であってよい。第1のエポキシ化合物~第3のエポキシ化合物は、それぞれ単量体であっても重合体であってもよい。
【0074】
ここで、「R1は第1のエポキシ化合物に由来する構造を有する1価の基である」とは、第1のエポキシ化合物がR1-OGly(Glyはグリシジル基を表す)であることを示している。
また、「R3は第3のエポキシ化合物に由来する構造を有する1価の基である」とは、第3のエポキシ化合物がR3-Ep(Epはエポキシ基を表す)であることを示している。
また、「R2は特定ナフタレン化合物と、第2のエポキシ化合物と、に由来する構造を有する1価の基である」とは、エポキシ基と反応性を有する官能基として-ZHを有する特定ナフタレン化合物と、第2のエポキシ化合物と、が反応してなる構造が、R2-ZHであることを示している。
【0075】
R1が第1のエポキシ化合物に由来する構造を有し、R2が特定ナフタレン化合物と第2のエポキシ化合物とに由来する構造を有し、R3が第3のエポキシ化合物に由来する構造を有する上記実施態様では、一般式(a)の化合物は、R1-OGlyで表される第1のエポキシ化合物と、任意の第2のエポキシ化合物と、特定ナフタレン化合物と、の反応生成物において生成した2級水酸基に、さらにR3-Epで表される第3のエポキシ化合物が反応することによって得られるものであってもよい。
【0076】
ある実施態様では、一般式(a)で表されるエポキシ化合物は少なくともR1とR2で表される1価の基がエポキシ基を有するものであってもよく、R1、R2及びR3で表される1価の基の全てがエポキシ基を有するものであってもよい。
【0077】
一般式(b)において、R1又はR2で表される1価の基がメソゲン構造を含む場合、当該1価の基がエポキシ基を有していても、有していなくてもよい。
R1又はR2で表される1価の基がメソゲン構造を含む場合、当該1価の基はメソゲン構造のみからなっていても、メソゲン構造と他の構造との組合せであってもよい。
R1又はR2で表される1価の基がエポキシ基を有する場合、当該1価の基におけるエポキシ基の位置は特に制限されない。例えば、末端に有していてもよい。また、当該1価の基が有するエポキシ基の数は特に制限されず、1つでも複数であってもよい。
【0078】
一般式(b)で表されるエポキシ化合物が分子中に有するメソゲン構造の数は1つであっても2つ以上であってもよい。一般式(b)で表されるエポキシ化合物が分子中にメソゲン構造を2つ以上有する場合、これらのメソゲン構造は同じであっても異なっていてもよい。
【0079】
一般式(b)において、R1又はR2で表される1価の基がメソゲン構造を含まない場合、当該1価の基としては、脂肪族炭化水素基、脂肪族炭化水素オキシ基、芳香族炭化水素基、芳香族炭化水素オキシ基等を含む1価の基が挙げられる。好ましくは、当該1価の基としては、脂肪族炭化水素基、脂肪族炭化水素オキシ基、芳香族炭化水素基、芳香族炭化水素オキシ基等とエポキシ基とを含む1価の基が挙げられる。脂肪族炭化水素基としてはアルキル基、アルケニル基等が挙げられ、芳香族炭化水素基としてはフェニル基、ナフチル基等が挙げられる。
R1又はR2で表される1価の基がメソゲン構造を含まない場合、当該1価の基の炭素数は特に制限されず、例えば20以下であってもよく、15以下であってもよい。R1及びR2で表される1価の基は、無置換であっても置換基を有していてもよい。
【0080】
ある実施態様では、一般式(b)で表されるエポキシ化合物は少なくともR1で表される1価の基がメソゲン構造を含むものであってもよく、R1及びR2で表される1価の基の両方がメソゲン構造を含むものであってもよい。
【0081】
例えば、R1は第1のエポキシ化合物に由来する構造を有する1価の基であり、R2は第2のエポキシ化合物及び特定ナフタレン化合物に由来する構造を有する1価の基であってもよい。このとき、第1のエポキシ化合物及び第2のエポキシ化合物のうちいずれか1つがメソゲン構造を有するエポキシ化合物であってもよく、第1のエポキシ化合物及び第2のエポキシ化合物の両方がメソゲン構造を有するエポキシ化合物であってもよい。また、第1のエポキシ化合物及び第2のエポキシ化合物はそれぞれ任意のエポキシ化合物を表し、互いに同じであっても異なってもよい。第1のエポキシ化合物及び第2のエポキシ化合物は、前述の「エポキシ化合物と特定ナフタレン化合物の反応生成物」の原料又は中間生成物であるエポキシ化合物であってよい。第1のエポキシ化合物及び第2のエポキシ化合物は、それぞれ単量体であっても重合体であってもよい。
なお、一般式(b)における上記第1のエポキシ化合物、及び第2のエポキシ化合物は、一般式(a)に係る一実施態様における第1のエポキシ化合物及び第2のエポキシ化合物とは独立したものである。
【0082】
ここで、「R1が第1のエポキシ化合物に由来する構造を有する1価の基である」とは、第1のエポキシ化合物がR1-OGly(Glyはグリシジル基を表す)であることを示している。
また、「R2が第2のエポキシ化合物及び特定ナフタレン化合物に由来する構造を有する1価の基である」とは、エポキシ基と反応性を有する官能基として-ZHを有する特定ナフタレン化合物と、第2のエポキシ化合物と、が反応してなる構造が、R2-ZHであることを示している。
【0083】
R1は第1のエポキシ化合物に由来する構造を有する1価の基であり、R2は第2のエポキシ化合物及び特定ナフタレン化合物に由来する構造を有する1価の基である上記実施態様では、一般式(b)の化合物は、R1-OGlyで表される第1のエポキシ樹脂と、任意の第2のエポキシ化合物と、特定ナフタレン化合物と、が反応することによって得られるものであってもよい。
【0084】
ある実施態様では、一般式(b)で表されるエポキシ化合物は少なくともR1で表される1価の基がエポキシ基を有するものであってもよく、R1及びR2で表される1価の基の両方がエポキシ基を有するものであってもよい。
【0085】
〔特定エポキシ化合物の合成方法〕
エポキシ化合物と特定ナフタレン化合物とを反応させて特定エポキシ化合物を得る方法は特に制限されない。具体的には、エポキシ化合物と、特定ナフタレン化合物と、必要に応じて用いる反応触媒とを溶媒中に溶解し、加熱しながら撹拌して反応させてもよい。
【0086】
あるいは、例えば、エポキシ化合物と特定ナフタレン化合物とを、反応触媒と溶媒を用いずに混合し、加熱しながら撹拌して反応させてもよい。
【0087】
反応生成物に一般式(a)で表されるエポキシ化合物における分岐構造を導入する場合、分岐構造を導入する方法は、特に制限されない。例えば、エポキシ化合物と特定ナフタレン化合物とを反応させて生じる2級水酸基に、さらにエポキシ化合物のエポキシ基を反応させることで導入することができる。
エポキシ化合物と特定ナフタレン化合物とを反応させて生じる2級水酸基にエポキシ化合物のエポキシ基を反応させる際の反応の進行は、例えば、反応に用いる反応触媒の種類を適切に選択することによって制御することができる。例えば、比較的活性の低い反応触媒を用いると、エポキシ化合物のエポキシ基と、特定ナフタレン化合物のエポキシ基と反応性を有する官能基との間の反応が進行する一方で、当該反応により生成する2級水酸基とさらなるエポキシ化合物との反応は進まず、分岐構造が形成される割合が低い傾向にある。これに対し、比較的活性の高い反応触媒を用いると、エポキシ化合物のエポキシ基と特定ナフタレン化合物のエポキシ基と反応性を有する官能基との間の反応に加え、当該反応により生成する2級水酸基とさらなるエポキシ化合物との反応が進行し、分岐構造が形成される割合が高くなる傾向にある。
【0088】
溶媒は、エポキシ化合物と特定ナフタレン化合物とを溶解でき、両化合物が反応するのに必要な温度にまで加温できる溶媒であれば、特に制限されない。具体的には、シクロヘキサノン、シクロペンタノン、乳酸エチル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、N-メチルピロリドン、メチルセロソルブ、エチルセロソルブ、プロピレングリコールモノプロピルエーテル等が挙げられる。
【0089】
溶媒の量は、エポキシ化合物と、特定ナフタレン化合物と、必要に応じて用いる反応触媒とを反応温度において溶解できる量であれば特に制限されない。反応前の原料の種類、溶媒の種類等によって溶解性が異なるものの、例えば、仕込み固形分濃度が20質量%~60質量%となる量であれば、反応後の溶液の粘度が好ましい範囲となる傾向にある。
【0090】
反応触媒の種類は特に限定されず、反応速度、反応温度、貯蔵安定性等の観点から適切なものを選択できる。具体的には、イミダゾール化合物、有機リン化合物、第3級アミン、第4級アンモニウム塩等が挙げられる。反応触媒は1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0091】
エポキシ化合物と、特定ナフタレン化合物との反応を促進する観点からは、反応触媒としては有機リン化合物及びイミダゾール化合物が好ましい。エポキシ基の単独重合を抑制してゲル化のリスクを低減し、エポキシモノマと、エポキシ基と反応しうる官能基を有する化合物との反応を選択的に促進して得られる特定エポキシ化合物の構造を制御する観点、及び硬化物の耐熱性の観点からは、反応触媒としては有機リン化合物が好ましい。
【0092】
有機リン化合物の好ましい例としては、有機ホスフィン化合物、有機ホスフィン化合物に無水マレイン酸、キノン化合物、ジアゾフェニルメタン、フェノール樹脂等のπ結合をもつ化合物を付加してなる分子内分極を有する化合物、有機ホスフィン化合物と有機ボロン化合物との錯体などが挙げられる。
【0093】
有機ホスフィン化合物として具体的には、トリフェニルホスフィン、ジフェニル(p-トリル)ホスフィン、トリス(アルキルフェニル)ホスフィン、トリス(アルコキシフェニル)ホスフィン、トリス(アルキルアルコキシフェニル)ホスフィン、トリス(ジアルキルフェニル)ホスフィン、トリス(トリアルキルフェニル)ホスフィン、トリス(テトラアルキルフェニル)ホスフィン、トリス(ジアルコキシフェニル)ホスフィン、トリス(トリアルコキシフェニル)ホスフィン、トリス(テトラアルコキシフェニル)ホスフィン、トリアルキルホスフィン、ジアルキルアリールホスフィン、アルキルジアリールホスフィン等が挙げられる。
【0094】
キノン化合物として具体的には、1,4-ベンゾキノン、2,5-トルキノン、1,4-ナフトキノン、2,3-ジメチルベンゾキノン、2,6-ジメチルベンゾキノン、2,3-ジメトキシ-5-メチル-1,4-ベンゾキノン、2,3-ジメトキシ-1,4-ベンゾキノン、フェニル-1,4-ベンゾキノン等が挙げられる。
【0095】
有機ボロン化合物として具体的には、テトラフェニルボレート、テトラ-p-トリルボレート、テトラ-n-ブチルボレート等が挙げられる。
【0096】
一般式(a)で表されるエポキシ化合物における分岐構造を導入する場合には、硬化触媒としては、分子内塩型ホスフィン化合物及び分子間塩型ホスフィン可能物が好ましく、トリブチルホスフィンとヒドロキノンの付加反応物及びテトラブチルホスフィンとカルボン酸の塩がより好ましい。
【0097】
反応触媒の量は、特に制限されない。反応速度及び貯蔵安定性の観点からは、エポキシ化合物と特定ナフタレン化合物との合計質量100質量部に対し、0.1質量部~1.5質量部であることが好ましく、0.2質量部~1質量部であることがより好ましい。
【0098】
エポキシ化合物と特定ナフタレン化合物とを反応させる場合、エポキシ化合物が全て反応していてもよく、エポキシ化合物の一部が反応せずに残存していてもよい。
【0099】
エポキシ化合物と、特定ナフタレン化合物とを反応させる場合、少量スケールであればフラスコ、大量スケールであれば合成釜等の反応容器を使用して行うことができる。具体的な合成方法は、例えば以下の通りである。
まず、エポキシ化合物を反応容器に投入し、必要に応じて溶媒を入れ、オイルバス又は熱媒により反応温度まで加温し、エポキシ化合物を溶解する。そこに特定ナフタレン化合物を投入し、次いで必要に応じて反応触媒を投入し、反応を開始させる。次いで、必要に応じて減圧下で溶媒を留去することで、特定エポキシ化合物が得られる。
【0100】
反応温度は、エポキシ化合物のエポキシ基と特定ナフタレン化合物の官能基との反応が進行する温度であれば特に制限されず、例えば100℃~180℃の範囲であることが好ましく、100℃~150℃の範囲であることがより好ましい。反応温度を100℃以上とすることで、反応が完結するまでの時間をより短くできる傾向にある。一方、反応温度を180℃以下とすることで、ゲル化する可能性を低減できる傾向にある。
【0101】
特定エポキシ化合物を合成する場合、エポキシ化合物と特定ナフタレン化合物の配合比は、特に制限されない。例えば、エポキシ基の当量数(A)と、エポキシ基と反応性を有する官能基の当量数(B)との比(A:B)が10:10~10:0.01の範囲となる配合比としてもよい。硬化物の破壊靱性及び耐熱性の観点からは、A:Bが10:5~10:0.1の範囲となる配合比が好ましい。
特定エポキシ化合物の取り扱い性の観点からは、エポキシ基の当量数(A)と、エポキシ基と反応しうる官能基の当量数(B)との比(A:B)は10:1.6~10:3.0の範囲となる配合比が好ましく、10:1.8~10:2.9の範囲となる配合比がより好ましく、10:2.0~10:2.8の範囲となる配合比がさらに好ましい。
曲げ弾性率と破壊靱性を効果的に両立する観点からは、エポキシ基の当量数(A)と、エポキシ基と反応しうる官能基の当量数(B)との比(A:B)は10:1.0~10:3.0の範囲となる配合比が好ましく、10:1.4~10:2.6の範囲となる配合比がより好ましく、10:1.6~10:2.4の範囲となる配合比がさらに好ましい。
【0102】
特定エポキシ化合物の構造は、例えば、エポキシ化合物と特定ナフタレン化合物との反応より得られると推定される特定エポキシ化合物の分子量と、UV及びマススペクトル検出器を備える液体クロマトグラフを用いて実施される液体クロマトグラフィーにより求めた目的化合物の分子量とを照合させることで決定することができる。
液体クロマトグラフィーは、後述の方法で行うことができる。UVスペクトル検出器では280nmの波長における吸光度を検出し、マススペクトル検出器ではイオン化電圧を2700Vとして検出する。
【0103】
<エポキシ樹脂の物性>
以下、エポキシ化合物と特定ナフタレン化合物との反応生成物を含む本開示のエポキシ樹脂の物性について詳述する。
【0104】
〔重量平均分子量〕
エポキシ樹脂の重量平均分子量(Mw)は、特に制限されない。低粘度化の観点からは、エポキシ樹脂の重量平均分子量(Mw)は500~3000であることが好ましく、700~2500であることがより好ましく、800~2000であることがさらに好ましい。
【0105】
本開示において、重量平均分子量(Mw)は液体クロマトグラフィーにより得られる値とする。液体クロマトグラフィーは例えば以下の条件で行うことができる。例えば、株式会社日立製作所の「LaChrom II C18」を分析用カラムとして使用し、グラジエント法を用いて、溶離液の混合比(体積基準)をアセトニトリル/テトラヒドロフラン/10mmol/l酢酸アンモニウム水溶液=20/5/75から、アセトニトリル/テトラヒドロフラン=80/20(開始から20分)を経て、アセトニトリル/テトラヒドロフラン=50/50(開始から35分)と連続的に変化させて測定を行う。また、例えば流速を1.0ml/minとして行う。
【0106】
〔エポキシ当量〕
エポキシ樹脂のエポキシ当量は、特に制限されない。エポキシ樹脂の流動性、硬化物の熱伝導性、破壊靱性と曲げ弾性率の両立等の観点からは、245g/eq~500g/eqであることが好ましく、250g/eq~450g/eqであることがより好ましく、260g/eq~400g/eqであることがさらに好ましい。本開示において、エポキシ当量は、過塩素酸滴定法により測定する。
【0107】
〔粘度〕
エポキシ樹脂の粘度は、特に制限されず、エポキシ樹脂の用途に応じて選択できる。取り扱い性の観点から、エポキシ樹脂の100℃における粘度は200Pa・s以下であることが好ましく、100Pa・s以下であることがより好ましく、20Pa・s以下であることがさらに好ましい。
エポキシ樹脂の100℃における粘度は、コーンプレート粘度計(例えば、CAP2000,BROOKFIELD社)を用いて測定することができる。例えば、測定温度は100±2℃で、コーンはNo.5を使用し、回転数は50回毎分(rpm)の条件で測定することができる。
【0108】
〔粘度安定性〕
エポキシ樹脂が前述の一般式(a)で表されるエポキシ化合物を含むと、せん断を付与しても粘度上昇が抑制され、粘度安定性に優れる傾向にある。エポキシ樹脂の粘度安定性は、例えば、粘弾性測定装置を用いてエポキシ樹脂に所定の条件でせん断を付与しながら溶融粘度を連続的に測定して判断することができる。
例えば、パラレルプレートとステージの間のギャップを0.05mm、周波数を0.5Hz、歪みを8000%、温度を80℃(一定)として、80分間連続して動的せん断粘度を測定した場合に、初期(測定開始直後)の動的せん断粘度η’1(Pa・s)と、測定中に得られる動的せん断粘度の最大値η’2(Pa・s)とから得られるη’2/η’1の値が小さいほど、せん断の付与による粘度上昇の度合いが小さく、粘度安定性に優れていると判断できる。
η’2/η’1の値は特に制限されず、取扱い性の観点から、例えば、3以下であってもよく、2以下であってもよく、1.5以下であってもよい。
【0109】
前記測定における動的せん断粘度の絶対値は特に制限されない。例えば、初期の動的せん断粘度η’1が200Pa・s以下であってもよい。
【0110】
〔GPCピーク面積比〕
本開示のエポキシ樹脂中の全てのエポキシ樹脂の合計量に対する、エポキシ化合物の単量体の割合は特に制限されない。当該割合は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により得られるチャートにおいて、全てのエポキシ樹脂に由来するピークの合計面積に占める、エポキシ化合物の単量体由来のピークの面積の割合(%)(以下、当該割合を「GPCピーク面積比M」ともいう)によって求められる。具体的には、測定対象のエポキシ樹脂の280nmの波長における吸光度を検出し、検出された全てのピークの合計面積と、エポキシ化合物の単量体に相当するピークの面積とから、下記式により算出する。
GPCピーク面積比M(%)=(エポキシ化合物の単量体に相当するピークの面積/全てのエポキシ樹脂に由来するピークの合計面積)×100
【0111】
取扱い性向上の観点からは、GPCピーク面積比Mは、50%以下であることが好ましく、49%以下であることがより好ましく、48%以下であることがさらに好ましい。GPCピーク面積比Mが50%以下であると、昇温時に粘度が下がりやすく取り扱い性に優れる傾向にある。
【0112】
エポキシ樹脂中の全てのエポキシ樹脂の合計量に対する、前述の一般式(a)で表されるエポキシ化合物の割合は特に制限されない。当該割合は、GPCにより得られるチャートにおいて、全てのエポキシ樹脂に由来するピークの合計面積に占める、一般式(a)で示されるエポキシ樹脂に由来するピークの面積の割合(%)(以下、当該割合を「GPCピーク面積比B」ともいう)によって求められる。具体的には、測定対象のエポキシ樹脂の280nmの波長における吸光度を検出し、検出された全てのピークの合計面積と、一般式(a)で表されるエポキシ化合物に相当するピークの面積とから、下記式により算出する。
GPCピーク面積比B(%)=(一般式(a)で表されるエポキシ化合物に相当するピークの面積/全てのエポキシ樹脂に由来するピークの合計面積)×100
【0113】
粘度安定性の向上の観点からは、GPCピーク面積比Bは、3%以上であってもよく、5%以上であってもよく、7%以上であってもよい。また、GPCピーク面積比Bは15%以下であってもよく、12%以下であってもよく、10%以下であってもよい。
【0114】
ゲルパーミエーションクロマトグラフィーは、試料濃度を0.5質量%とし、移動相にテトラヒドロフランを用い、流速を1.0ml/minとして行う。測定は、例えば、株式会社日立製作所の高速液体クロマトグラフ「L6000」と、株式会社島津製作所のデータ解析装置「C-R4A」を用いて行うことができる。カラムとしては、例えば、東ソー株式会社のGPCカラムである「G2000HXL」及び「G3000HXL」を用いることができる。
【0115】
≪エポキシ樹脂組成物及びエポキシ樹脂硬化物≫
本開示のエポキシ樹脂組成物は、上述したエポキシ樹脂と、硬化剤と、を含有する。エポキシ樹脂組成物は、破壊靱性の観点から、硬化物としたときにスメクチック構造又はネマチック構造を形成可能であることが好ましい。
本開示のエポキシ樹脂硬化物は、本開示のエポキシ樹脂組成物を硬化して得られる硬化物である。
【0116】
<硬化剤>
硬化剤は、エポキシ樹脂と硬化反応を生じることができる化合物であれば、特に制限されない。硬化剤の具体例としては、アミン硬化剤、フェノール硬化剤、酸無水物硬化剤、ポリメルカプタン硬化剤、ポリアミノアミド硬化剤、イソシアネート硬化剤、ブロックイソシアネート硬化剤等が挙げられる。硬化剤は、1種を単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0117】
エポキシ樹脂組成物の硬化物中に高次構造を形成する観点からは、硬化剤としては、アミン硬化剤又はフェノール硬化剤が好ましく、アミン硬化剤がより好ましい。アミン硬化剤としては、芳香環及びアミノ基を有するアミン硬化剤が好ましく、アミノ基が芳香環に直接結合しているアミン硬化剤がより好ましく、2つ以上のアミノ基が芳香環に直接結合しているアミン硬化剤がさらに好ましい。芳香環としては、ベンゼン環及びナフタレン環が挙げられる。
【0118】
アミン硬化剤として具体的には、3,3’-ジアミノジフェニルスルホン、4,4’-ジアミノジフェニルスルホン、4,4’-ジアミノジフェニルメタン、4,4’-ジアミノジフェニルエーテル、4,4’-ジアミノ-3,3’-ジメトキシビフェニル、4,4’-ジアミノフェニルベンゾエート、1,5-ジアミノナフタレン、1,3-ジアミノナフタレン、1,4-ジアミノナフタレン、1,8-ジアミノナフタレン、1,3-ジアミノベンゼン、1,4-ジアミノベンゼン、4,4’-ジアミノベンズアニリド、トリメチレン-ビス-4-アミノベンゾアート等が挙げられる。
【0119】
エポキシ樹脂組成物の硬化物中にスメクチック構造を形成する観点からは3,3’-ジアミノジフェニルスルホン、4,4’-ジアミノジフェニルスルホン、1,3-ジアミノベンゼン、1,4-ジアミノベンゼン、4,4’-ジアミノベンズアニリド、1,5-ジアミノナフタレン、4,4’-ジアミノジフェニルメタン及びトリメチレン-ビス-4-アミノベンゾアートが好ましく、低吸水率及び高破壊靱性の硬化物を得る観点からは3,3’-ジアミノジフェニルスルホンがより好ましい。
【0120】
フェノール硬化剤としては、低分子フェノール化合物、及び低分子フェノール化合物をメチレン鎖等で連結してノボラック化したフェノールノボラック樹脂が挙げられる。低分子フェノール化合物としては、フェノール、o-クレゾール、m-クレゾール、p-クレゾール等の単官能フェノール化合物、カテコール、レゾルシノール、ヒドロキノン等の2官能フェノール化合物、1,2,3-トリヒドロキシベンゼン、1,2,4-トリヒドロキシベンゼン、1,3,5-トリヒドロキシベンゼン等の3官能フェノール化合物などが挙げられる。
【0121】
エポキシ樹脂組成物における硬化剤の含有量は特に制限されない。硬化反応の効率性の観点からは、エポキシ樹脂組成物に含まれる硬化剤の官能基の当量数(アミン硬化剤の場合は活性水素の当量数)と、エポキシ樹脂のエポキシ基の当量数との比(官能基の当量数/エポキシ基の当量数)が0.3~3.0となる量であることが好ましく、0.5~2.0となる量であることがより好ましい。
【0122】
<その他の成分>
エポキシ樹脂組成物は、必要に応じてエポキシ樹脂と硬化剤以外のその他の成分を含んでもよい。例えば、硬化触媒、フィラー等を含んでもよい。硬化触媒の具体例としては、特定エポキシ化合物の合成に使用しうる反応触媒として例示した化合物が挙げられる。
【0123】
<エポキシ樹脂硬化物の物性>
〔破壊靱性〕
エポキシ樹脂組成物は、硬化物としたときの破壊靱性値が0.6MPa・m1/2以上であることが好ましく、1.0MPa・m1/2以上であることがより好ましく、1.2MPa・m1/2以上であることがさらに好ましく、1.5MPa・m1/2以上であることが特に好ましく、2.0MPa・m1/2以上であることが極めて好ましい。
硬化物の破壊靱性値は、ASTM D5045に基づいて3点曲げ測定を行うことで測定することができる。具体的には、後述する実施例に記載された方法で測定することができる。
【0124】
〔曲げ弾性率〕
エポキシ樹脂組成物は、硬化物としたときの曲げ弾性率が2.7GPa以上であることが好ましく、2.8GPa以上であることがより好ましく、2.9GPa以上であることがさらに好ましく、3.0GPa以上であることが特に好ましい。
硬化物の曲げ弾性率は、JIS K7171(2016)に基づいて3点曲げ測定によって測定することができる。具体的には、後述する実施例に記載された方法で測定される。
【0125】
なかでも、破壊靱性が1.2MPa・m1/2以上であり、曲げ弾性率が2.8GPa以上であることが好ましい。
【0126】
〔ガラス転移温度〕
エポキシ樹脂組成物は、硬化物としたときのガラス転移温度が145℃以上であることが好ましく、150℃以上であることがより好ましく、155℃以上であることがさらに好ましい。
硬化物のガラス転移温度は、例えば、以下のように測定することができる。具体的には硬化物を短冊状に切り出して試験片を作製し、引張りモードによる動的粘弾性測定を行って算出する。測定条件は、周波数10Hz、昇温速度5℃/分、ひずみ0.1%とし、得られた温度‐tanδ関係図において、tanδが最大となる温度を、ガラス転移温度とみなせばよい。評価装置には、例えば、RSA-G2(ティー・エイ・インスツルメント社)を用いることができる。
【0127】
<エポキシ樹脂組成物及びエポキシ樹脂硬化物の用途>
エポキシ樹脂組成物及びエポキシ樹脂硬化物の用途は特に制限されず、優れた破壊靱性及び曲げ弾性率が要求される用途にも好適に用いることができる。例えば、航空機、宇宙船等に用いるFRPの製造に好適に用いることができる。
【0128】
また、本開示のエポキシ樹脂組成物は、粘度が低く、流動性に優れていることが要求される加工工程にも好適に用いることができる。例えば、硬化物中のボイドの発生を抑制する観点から粘度低下のための溶媒の添加を省略又は低減することが望まれる加工方法(例えば、航空機、宇宙船等に用いるFRPの製造)にも好適に用いることができる。また、繊維間の空隙にエポキシ樹脂組成物を加温しながら含浸する工程を伴うFRPの製造、エポキシ樹脂組成物を加温しながらスキージ等で広げる工程を伴うシート状物の製造などにも好適に用いることができる。
【0129】
≪複合材料≫
本開示の複合材料は、本開示のエポキシ樹脂硬化物と、強化材と、を含む。
【0130】
複合材料に含まれる強化材の材質は特に制限されず、複合材料の用途等に応じて選択できる。強化材として具体的には、炭素材料、ガラス、芳香族ポリアミド系樹脂(例えば、ケブラー(登録商標))、超高分子量ポリエチレン、アルミナ、窒化ホウ素、窒化アルミニウム、マイカ、シリカ等が挙げられる。強化材の形状は特に制限されず、繊維状、粒子状(フィラー)等が挙げられる。複合材料の強度の観点からは、強化材は炭素材料であることが好ましく、炭素繊維であることがより好ましい。複合材料に含まれる強化材は、1種でも2種以上であってもよい。
【0131】
複合材料の形態は、特に制限されない。例えば、エポキシ樹脂硬化物を含む少なくとも1つの硬化物含有層と、強化材を含む少なくとも1つの強化材含有層とが積層された構造を有するものであってもよい。
【実施例】
【0132】
以下、上記実施形態を実施例により具体的に説明するが、上記実施形態はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、「部」及び「%」は質量基準である。
【0133】
〔エポキシ樹脂の合成〕
エポキシ樹脂の合成には以下の材料を使用した。
【0134】
-エポキシ化合物-
・エポキシ化合物1:ビフェニル型エポキシ樹脂;YL6121H(三菱ケミカル株式会社、エポキシ当量:170g/eq~180g/eq)
・エポキシ化合物2:trans-4-{4-(2,3-エポキシプロポキシ)フェニル}シクロヘキシル=4-(2,3-エポキシプロポキシ)ベンゾエート(エポキシ当量:227g/eq)
【0135】
-変性剤-
・44BP:4,4’-ビフェノール(本州化学工業株式会社、水酸基当量:93g/eq)
・14DON:1,4-ジヒドロキシナフタレン(富士フイルム和光純薬株式会社、水酸基当量:80g/eq)
・15DON:1,5-ジヒドロキシナフタレン(富士フイルム和光純薬株式会社、水酸基当量:80g/eq)
・16DON:1,6-ジヒドロキシナフタレン(富士フイルム和光純薬株式会社、水酸基当量:80g/eq)
・23DON:2,3-ジヒドロキシナフタレン(富士フイルム和光純薬株式会社、水酸基当量:80g/eq)
・26DON:2,6-ジヒドロキシナフタレン(富士フイルム和光純薬株式会社、水酸基当量:80g/eq)
・27DON:2,7-ジヒドロキシナフタレン(富士フイルム和光純薬株式会社、水酸基当量:80g/eq)
【0136】
-反応触媒-
・TBP-2:トリブチルホスフィンとヒドロキノンとの反応付加物
【0137】
エポキシ化合物125gをシクロヘキサノン185gと混合し、還流条件下で脱水処理を行った。その後、エポキシ化合物100当量に対して20当量に相当する変性剤を加え、溶解した後に反応触媒をエポキシ化合物の質量に対して1質量%加え、還流条件下にて3時間加熱した。その後、真空条件下、最大170℃の温度条件にて脱溶工程を実施することにより、エポキシ樹脂を得た。実施例及び比較例で合成したエポキシ樹脂はいずれも固形分が99.0質量%以上であった。
なお、実施例1~7及び比較例2、3で合成したエポキシ樹脂はいずれも分岐構造を有する(すなわち、一般式(a)に相当する)エポキシ化合物を含有する。
【0138】
〔粘度の評価〕
得られたエポキシ樹脂の粘度を、コーンプレート粘度計(CAP2000,BROOKFIELD社)を用いて測定した。測定温度は100℃±2℃で、コーンはNo.5を使用し、回転数は50回毎分(rpm)の条件で測定した。
【0139】
〔曲げ弾性率の評価〕
各実施例及び比較例で得られたエポキシ樹脂、及び硬化剤として3,3’-ジアミノジフェニルスルホンを、当量比率が1:1になるように混合した。混合物をステンレスシャーレに入れ、ホットプレートで180℃に加熱し、その後150℃の温度で真空条件下で脱泡処理を行った。その後、オーブンで180℃、4時間の加熱を行いエポキシ樹脂組成物の硬化物を得た。得られた硬化物を切り出して曲げ弾性率評価用の試験片を作製した。
作製した試験片に対し、JIS K7171(2016)に基づいて3点曲げ測定を行って算出した。評価装置には、インストロン5948(インストロン社)を用いた。支点間距離は32mm、試験速度は1mm/minとした。
【0140】
〔破壊靱性の評価〕
各実施例及び比較例で合成したエポキシ樹脂を用いて、上記と同じ条件でエポキシ樹脂組成物及びその硬化物を得た。得られた硬化物を3.75mm×7.5mm×33mmに切り出し、破壊靱性評価用の試験片を作製した。
ASTM D5045に基づいて3点曲げ測定を行って破壊靱性値(MPa・m1/2)を算出した。評価装置としては、インストロン5948(インストロン社)を用いた。
【0141】
【0142】
エポキシ化合物1又はエポキシ化合物2をナフタレン化合物で変性したエポキシ樹脂を用いた実施例では、硬化物の曲げ弾性率及び破壊靱性がいずれも良好であった。なかでも、1,5-ジヒドロキシナフタレンを用いた実施例1及び実施例2、並びに2,6-ジヒドロキシナフタレンを用いた実施例6では、破壊靱性が大幅に低下することなく、特に良好な曲げ弾性率が得られた。
【0143】
したがって、実施例のエポキシ樹脂は、高い破壊靱性と曲げ弾性率を併せ持つことが望まれる用途、特に航空機用CFRPバインダ樹脂等の用途にも有用な材料となり、航空機のさらなる軽量化と低燃費化を達成することが可能となると考えられる。
【0144】
日本国特許出願第2018-168843号の開示は、その全体が参照により本明細書に取り込まれる。
本明細書に記載された全ての文献、特許出願、及び技術規格は、個々の文献、特許出願、及び技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に援用されて取り込まれる。