(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-19
(45)【発行日】2024-02-28
(54)【発明の名称】アルミニウム合金押出材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 21/02 20060101AFI20240220BHJP
C22C 21/06 20060101ALI20240220BHJP
C22F 1/05 20060101ALI20240220BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240220BHJP
【FI】
C22C21/02
C22C21/06
C22F1/05
C22F1/00 602
C22F1/00 612
C22F1/00 606
C22F1/00 624
C22F1/00 626
C22F1/00 630A
C22F1/00 630B
C22F1/00 630Z
C22F1/00 631A
C22F1/00 660Z
C22F1/00 673
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 692B
C22F1/00 694B
(21)【出願番号】P 2023529852
(86)(22)【出願日】2022-06-13
(86)【国際出願番号】 JP2022023598
(87)【国際公開番号】W WO2022264959
(87)【国際公開日】2022-12-22
【審査請求日】2023-10-05
(31)【優先権主張番号】P 2021098747
(32)【優先日】2021-06-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2021098748
(32)【優先日】2021-06-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2022094533
(32)【優先日】2022-06-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2022094534
(32)【優先日】2022-06-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2022094535
(32)【優先日】2022-06-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2022094536
(32)【優先日】2022-06-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】株式会社レゾナック
(74)【代理人】
【識別番号】100109911
【氏名又は名称】清水 義仁
(74)【代理人】
【識別番号】100071168
【氏名又は名称】清水 久義
(74)【代理人】
【識別番号】100099885
【氏名又は名称】高田 健市
(72)【発明者】
【氏名】丸山 匠
(72)【発明者】
【氏名】大橋 嘉公
(72)【発明者】
【氏名】項 娟
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-219381(JP,A)
【文献】特開2000-144293(JP,A)
【文献】特開平11-310841(JP,A)
【文献】特開2003-181530(JP,A)
【文献】特開2005-105317(JP,A)
【文献】特開2005-105327(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/00 - 21/18
C22F 1/04 - 1/057
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金押出材であって、
Si:0.90質量%以上2.00質量%以下、
Mg:0.65質量%以上0.90質量%以下、
Cu:0.25質量%以上0.50質量%以下、
Fe:0.050質量%以上0.49質量%以下、
Zr:0.10質量%以上0.25質量%以下、
Ti:0.010質量%以上0.10質量%以下、
B:質量基準でTiの0.050倍以上1.0倍以下、
及び残部がAlと不可避不純物からなり、
押出方向に垂直な断面において、アスペクト比が5.0以下かつ長軸方向の長さが50μm以上1000μm以下の結晶粒が占める面積割合が90.0%以上であり、
表面の電気伝導率が51.1IACS%以下である
アルミニウム合金押出材。
【請求項2】
表面の電気伝導率が47.0IACS%以上である請求項1に記載のアルミニウム合金押出材。
【請求項3】
アルミニウム合金押出材であって、
Si:0.90質量%以上2.00質量%以下、
Mg:0.65質量%以上0.90質量%以下、
Cu:0.25質量%以上0.50質量%以下、
Fe:0.050質量%以上0.49質量%以下、
Zr:0.10質量%以上0.25質量%以下、
Ti:0.010質量%以上0.10質量%以下、
B:質量基準でのTiの0.050倍以上1.0倍以下、
及び残部がAlと不可避不純物からなり、
押出方向に垂直な断面において、アスペクト比が5.0以下かつ長軸方向の長さが50μm以上1000μm以下の結晶粒が占める面積割合が90.0%以上であり、
押出方向に垂直な断面において、粒径0.10μm以上5.0μm以下のMg
2Si粒子の存在密度が1.5×10
3個/mm
2以上5.4×10
3個/mm
2以下である
アルミニウム合金押出材。
【請求項4】
押出方向に垂直な断面において、粒径0.10μm以上5.0μm以下のMg
2Si粒子の存在密度が2.0×10
3個/mm
2以上である請求項3に記載のアルミニウム合金押出材。
【請求項5】
押出方向に垂直な断面において、粒径0.10μm以上5.0μm以下のMg
2Si粒子の存在密度が5.2×10
3個/mm
2以下である請求項3または4に記載のアルミニウム合金押出材。
【請求項6】
押出方向に垂直な断面において、粒径0.010μm以上1.0μm以下のZr含有微粒子の存在密度は0.30個/μm
2以上3.0個/μm
2以下である請求項1~4のいずれかに記載のアルミニウム合金押出材。
【請求項7】
前記Zr含有微粒子はさらにSiを含む請求項6に記載のアルミニウム合金押出材。
【請求項8】
500℃における圧縮変形開始応力が25MPa以下であり、0.2%耐力が285MPa以上である請求項1~4のいずれかに記載のアルミニウム合金押出材。
【請求項9】
押出方向に垂直な断面において、押出材の板状部の厚さtに対して、押出材の外側表面からt/10の深さ位置における平均結晶粒径が60μm以上120μm以下であり、
押出方向に垂直な断面において、押出材の板状部の厚さtに対して、押出材の外側表面からt/2の深さ位置における平均結晶粒径が700μm以上1800μm以下である請求項1~4のいずれかに記載のアルミニウム
合金押出材。
【請求項10】
押出材の板状部の3点曲げ試験における曲げ強さが320MPa以上390MPa以下である請求項1~4のいずれかに記載のアルミニウム合金押出材。
【請求項11】
シャルピー衝撃値が6J/cm
2以上50J/cm
2以下である請求項1~4のいずれかに記載のアルミニウム合金押出材。
【請求項12】
請求項1~4のいずれかに記載のアルミニウム合金押出材を用いた衝撃吸収部材。
【請求項13】
請求項1または3に記載のアルミニウム合金押出材の製造方法であって、
均質化されたアルミニウム合金からなるビレットを350℃以上600℃以下に加熱する加熱工程と、
前記加熱されたビレットを押出加工して押出材を得る押出工程と、
前記押出加工により得られた押出材を、冷却速度7.0℃/sec以上80℃/sec以下で150℃以下まで冷却するダイクエンチ工程と、
前記冷却された押出材を、120℃以上240℃以下で、2時間以上48時間以下人工時効処理を行う時効工程と、
を含み、
前記押出工程において、下記式(1)で算出されるZ因子が、1.0×10
7以上1.0×10
11以下であることを特徴とするアルミニウム合金押出材の製造方法。
Z=εexp(Q/RT) ・・(1)
ここで、
Z:Z因子
ε:ひずみ速度
R:気体定数(8.314[J/Kmоl])
T:絶対温度
Q:活性化エネルギー(142[kJ/mоl])
【請求項14】
前記加熱工程の前に前記アルミニウム合金からなるビレットを、500℃以上600℃以下で3時間以上24時間以下均質化処理を行い、前記均質化されたアルミニウム合金からなるビレットを得る均質化工程を含む請求項13に記載のアルミニウム合金押出材の製造方法。
【請求項15】
前記均質化処理の後、前記加熱工程の前に、前記ビレットを150℃以下に冷却する請求項14に記載のアルミニウム合金押出材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金押出材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム合金は軽量かつ強度が高く、近年では、自動車、鉄道車両等の輸送機器、土木、建築分野、さらには家具、日用雑貨等の生活用品、家電製品等、用途が広がっている。アルミニウム合金材料には、肉薄化等によるさらなる軽量化が求められており、そのために、材料としてさらなる強度の向上が求められている。
【0003】
特許文献1には、アルミニウム-マグネシウム-シリコン系のアルミニウム合金押出材の製造方法であって、質量%でマグネシウムを0.5~0.9%、シリコンを0.9~1.3%、鉄を0.3~0.5%、チタンを0.005~0.1%含有し、更に、銅を0.4%以下、マンガンを0.30%以下、クロムを0.10%以下、ジルコニウムを0.10%以下に制限し、残部をアルミニウムと不可避不純物からなるアルミニウム合金を押出成形し、空冷による焼入れを行った後、更に加工歪みを2~5%導入し、その後、人工時効を施すアルミニウム合金押出材の製造方法が記載されている。
【0004】
特許文献2には、Si:0.70~1.3%(質量%、以下同じ)、Mg:0.45~1.2%、Cu:0.15~0.40%未満、Mn:0.10~0.40%、Cr:0.06%以下(0%を含まず)、Zr:0.05~0.20%、Ti:0.005~0.15%を含有し、Fe:0.30%以下、V:0.01%以下に規制し、残部Alおよび不可避不純物からなる化学成分を有し、耐力が350MPa以上であり、晶出物の粒径が5μm以下に規制されており、熱間押出方向と平行な断面における繊維状組織の面積比率が95%以上であるアルミニウム合金押出材が記載されている。
【0005】
特許文献3には、Si:0.8~2.0質量%、Mg:0.7~1.0質量%、Cu:0.3~1.0質量%、Fe:≦0.20質量%、Mn:0.2~0.8質量%、Cr:0.1~0.4質量%、Mn+Cr:0.3~0.9質量%、残部がAlと不可避的不純物からなり、さらにMgとSi量がMg/1.73+0.2≦Si≦Mg/1.73+1.6の関係式を満たす成分組成を有しており、金属組織がファイバー組織である切削加工用アルミニウム合金押出材が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2007-254809号公報
【文献】特開2014-074213号公報
【文献】特開2017-110238号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1では、焼入れ後に加工歪みを導入する工程が組み込まれており、通常の工程より工程数が多いことで、高コストとなりやすい。
【0008】
特許文献2では、押出方向に繊維状組織を有しており、押出方向と平行な方向に対し、押出方向と垂直方向の機械的特性が劣ることがある。
【0009】
特許文献3では、押出成形性が不十分で、十分な押出速度で成形するには、押出圧力を高くする必要があり、また、押出品の歪みが大きくなりやすい。そのため、押出材としての品質を保持するためには高コストとなりやすい。
【0010】
そこで、本発明の目的は、低コストで、引張強さ及び耐力が高いアルミニウム合金押出材及びその製造方法を提供することとする。
【0011】
本発明のその他の目的及び利点は、以下の好ましい実施形態から明らかにされるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するための本発明の構成は以下のとおりである。
【0013】
[1] アルミニウム合金押出材であって、
Si:0.90質量%以上2.00質量%以下、
Mg:0.65質量%以上0.90質量%以下、
Cu:0.25質量%以上0.50質量%以下、
Fe:0.050質量%以上0.49質量%以下、
Zr:0.10質量%以上0.25質量%以下、
Ti:0.010質量%以上0.10質量%以下、
B:質量基準でTiの0.050倍以上1.0倍以下、
及び残部がAlと不可避不純物からなり、
押出方向に垂直な断面において、アスペクト比が5.0以下かつ長軸方向の長さが50μm以上1000μm以下の結晶粒が占める面積割合が90.0%以上であり、
表面の電気伝導率が51.1IACS%以下である
アルミニウム合金押出材。
【0014】
[2]表面の電気伝導率が47.0IACS%以上である前項1に記載のアルミニウム合金押出材。
【0015】
[3]アルミニウム合金押出材であって、
Si:0.90質量%以上2.00質量%以下、
Mg:0.65質量%以上0.90質量%以下、
Cu:0.25質量%以上0.50質量%以下、
Fe:0.050質量%以上0.49質量%以下、
Zr:0.10質量%以上0.25質量%以下、
Ti:0.010質量%以上0.10質量%以下、
B:質量基準でTiの0.050倍以上1.0倍以下、
及び残部がAlと不可避不純物からなり、
押出方向に垂直な断面において、アスペクト比が5.0以下かつ長軸方向の長さが50μm以上1000μm以下の結晶粒が占める面積割合が90.0%以上であり、
押出方向に垂直な断面において、粒径0.10μm以上5.0μm以下のMg2Si粒子の存在密度が1.5×103個/mm2以上5.4×103個/mm2以下である
アルミニウム合金押出材。
【0016】
[4]押出方向に垂直な断面において、粒径0.10μm以上5.0μm以下のMg2Si粒子の存在密度が2.0×103個/mm2以上である前項3に記載のアルミニウム合金押出材。
【0017】
[5]押出方向に垂直な断面において、粒径0.10μm以上5.0μm以下のMg2Si粒子の存在密度が5.2×103個/mm2以下である前項3または4に記載のアルミニウム合金押出材。
【0018】
[6]押出方向に垂直な断面において、粒径0.010μm以上1.0μm以下のZr含有微粒子の存在密度は0.30個/μm2以上3.0個/μm2以下である前項1~5のいずれかに記載のアルミニウム合金押出材。
【0019】
[7]前記Zr含有微粒子はさらにSiを含む前項6に記載のアルミニウム合金押出材。
【0020】
[8]500℃における圧縮変形開始応力が25MPa以下であり、0.2%耐力が285MPa以上である前項1~7のいずれかに記載のアルミニウム合金押出材。
【0021】
[9]押出方向に垂直な断面において、押出材の板状部の厚さtに対して、押出材の外側表面からt/10の深さ位置における平均結晶粒径が60μm以上120μm以下であり、
押出方向に垂直な断面において、押出材の板状部の厚さtに対して、押出材の外側表面からt/2の深さ位置における平均結晶粒径が700μm以上1800μm以下である前項1~8のいずれかに記載のアルミニウム押出合金。
【0022】
[10]押出材の板状部の3点曲げ試験における曲げ強さが320MPa以上390MPa以下である前項1~9のいずれかに記載のアルミニウム合金押出材。
【0023】
[11]シャルピー衝撃値が6J/cm2以上50J/cm2以下である前項1~10のいずれかに記載のアルミニウム合金押出材。
【0024】
[12]前項1~11のいずれかに記載のアルミニウム合金押出材を用いた衝撃吸収部材。
【0025】
[13]アルミニウム合金押出材の製造方法であって、
均質化されたアルミニウム合金からなるビレットを350℃以上600℃以下に加熱する加熱工程と、
前記加熱されたビレットを押出加工して押出材を得る押出工程と、
前記押出加工により得られた押出材を、冷却速度7.0℃/sec以上80℃/sec以下で150℃以下まで冷却するダイクエンチ工程と、
前記冷却された押出材を、120℃以上240℃以下で、2時間以上48時間以下人工時効処理を行う時効工程と、
を含み、
前記アルミニウム合金は、
Si:0.90質量%以上2.00質量%以下、
Mg:0.65質量%以上0.90質量%以下、
Cu:0.25質量%以上0.50質量%以下、
Fe:0.050質量%以上0.49質量%以下、
Zr:0.10質量%以上0.25質量%以下、
Ti:0.010質量%以上0.10質量%以下、
B:質量基準でTiの1.0倍以下、
及び残部がAlと不可避不純物からなる
ことを特徴とするアルミニウム合金押出材の製造方法。
【0026】
[14]前記加熱工程の前に前記アルミニウム合金からなるビレットを、500℃以上600℃以下で3時間以上24時間以下均質化処理を行い、前記均質化されたアルミニウム合金からなるビレットを得る均質化工程を含む前項13に記載のアルミニウム合金押出材の製造方法。
【0027】
[15]前記均質化処理の後、前記加熱工程の前に、前記ビレットを150℃以下に冷却する前項14に記載のアルミニウム合金押出材の製造方法。
【0028】
[16]前記押出工程において、下記式(1)で算出されるZ因子が、1.0×107以上1.0×1011以下である
ことを特徴とする前項13~15のいずれかに記載のアルミニウム合金押出材の製造方法。
【0029】
Z=εexp(Q/RT) ‥(1)
ここで、
Z : Z因子
ε : ひずみ速度
R : 気体定数(8.314[J/K・mol])
T : 絶対温度
Q : 活性化エネルギー(142[kJ/mol])
【発明の効果】
【0030】
前項[1],[3]及び[8]に記載の組成を有するアルミニウム合金材は、加熱することで変形しやすくなるため、押出圧力を低くすることが可能で、アルミニウム合金押出材の生産性が向上し、製造コストの低減を図れる。
【0031】
アルミニウム合金押出材が前項[1]に記載の組成、及び結晶粒を有し、規定されている範囲の導電率を有することで、耐力及び強度が大きく向上する。
【0032】
アルミニウム合金押出材が前項[3]に記載の組成、及び結晶粒を有し、規定されている範囲のMg2Si粒子の存在密度を有することで、耐力及び強度が大きく向上する。
【0033】
前項[13]に記載の製造方法により、アスペクト比の低い結晶粒が多く含まれ、規定されている範囲の導電率を有するアルミニウム合金押出材が得られ、このアルミニウム合金押出材は耐力及び強度が高い。
【0034】
よって、本発明によれば、低コストで、引張強さ及び耐力が高いアルミニウム合金押出材及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【
図1】
図1は本発明の一実施形態にかかるアルミニウム合金押出材の、押出方向に垂直な断面における、光学顕微鏡による偏光組織の写真の一例(実施例1)を示す図である。
【
図2】
図2は本発明の一実施形態にかかるアルミニウム合金押出材の押出方向に垂直な断面における走査電子顕微鏡(SEM)による写真の一例(実施例1)を示す図である。
【
図4】
図4は本発明の一実施形態にかかるアルミニウム合金押出材の押出方向に垂直な断面における微細構造の走査電子顕微鏡(SEM)による写真の一例(実施例1)を示す図である。
【
図5】
図5は本発明の一実施形態にかかるアルミニウム合金押出材におけるEDXのライン分析図の一例(実施例1)を示す図である。
【
図6】
図6は
図4の写真を二値化した後、白黒反転した画像を示す図である。
【
図7】
図7は、アルミニウム合金押出材の断面形状の一例である。
【
図8】
図8は、曲げ強さを求めるための3点曲げ試験の説明図である。
【
図9】
図9は、本実施形態にかかるアルミニウム合金押出材を用いて製造された衝撃吸収部材の一例を示す平面図である。
【
図10】
図10は本発明の一実施形態にかかるアルミニウム合金押出材の製造方法の一例を示すフロー図である。
【
図11】
図11は各実施例及び各比較例において用いられたダイスの押出断面を示す図である。
【
図12】
図12は各実施例及び各比較例で作製されたアルミニウム合金押出材を示す図である。
【
図13】
図13は押出材の断面の設計形状からの変形量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0037】
なお、以下の説明において、「押出材」「アルミ合金押出材」とある場合、特に断りがなければ、アルミニウム合金押出材を意味する。
<1.アルミニウム合金押出材>
本実施形態にかかるアルミニウム合金押出材の化学組成は、それぞれ後述する含有量のSi、Mg、Cu、Fe、Zr、Ti、B、及び残部からなり、残部がAl及び不可避不純物からなる。なお、後述するが、本実施形態にかかる押出材は、Bを含まなくてもよい。すなわち、本実施形態にかかる押出材は、Si、Mg、Cu、Fe、Zr、Ti、B、及び残部(Al及び不可避不純物からなる)からなる化学組成でもよく、Si、Mg、Cu、Fe、Zr、Ti、及び残部(Al及び不可避不純物からなる)からなる化学組成でもよい。
【0038】
本実施形態にかかるアルミニウム合金押出材は、押出方向に垂直な断面において、アスペクト比が5.0以下かつ長軸方向の長さが50μm以上1000μm以下の結晶粒を含む。この結晶粒の詳細については後述する。
【0039】
本実施形態にかかるアルミニウム合金押出材表面の電気伝導率が51.1IACS%以下である。押出材表面の電気伝導率の詳細については後述する。
【0040】
本実施形態にかかるアルミニウム合金押出材は、押出方向に垂直な断面において、粒径0.10μm以上5.0μm以下のMg2Si粒子を含む。このMg2Si粒子の詳細については後述する。
【0041】
本実施形態にかかるアルミニウム合金押出材には、Zrを含有する微粒子が存在することが好ましい。ここで、Zrを含有する微粒子をZr含有微粒子と呼ぶこともある。Zr含有微粒子の詳細については後述する。
〔1-1.アルミニウム合金押出材の各成分〕
[1-1-1.Si]
押出材中のSiの含有率は0.90質量%以上であり、1.03質量%以上であることが好ましく、1.05質量%以上であることがより好ましい。Siは、Mgとの相互作用にて化合物を形成しやすく、Mg2Si析出物が形成されると、押出材の強度向上に寄与するためである。また、後述するMgの添加量に対して、Mg2Siを生成するための添加量を超えて過剰に添加することにより、人工時効処理(後述する時効工程)後の押出材の強度等の特性をより高めることができるためである。
【0042】
押出材中のSiの含有率は、1.30質量%以上であってもよく、1.50質量%以上であってもよい。
【0043】
押出材中のSiの含有率は2.00質量%以下であり、1.78質量%以下であることが好ましい。この理由は、Si単体の粒界析出を抑制し、押出材の靭性をより高めるためである。また、押出圧力を低減し、生産性及び歩留まりを向上させるためである。
【0044】
押出材中のSiの含有率は1.50質量%以下であってもよく、1.25質量%以下であってもよい。
[1-1-2.Mg]
押出材中のMgの含有率は0.65質量%以上であり、0.70質量%以上であることが好ましく、0.72質量%以上であることがより好ましく、0.74質量%以上であることがさらに好ましい。Mgは、Siとの相互作用にて化合物を形成しやすく、Mg2Si析出物が形成されると、押出材の強度向上に寄与するためである。
【0045】
押出材中のMgの含有率は0.90質量%以下であり、0.88質量%以下であることが好ましく、0.83質量%以下であることがより好ましい。この理由は、析出物の量を適切な範囲とすることで、焼き入れ感受性を向上させ、押出時の圧力が上昇を抑制するためである。また、生成したMg2Si析出物を低温で固溶させやすくして、製品(押出材)の形状の精度をより向上させるためである。
[1-1-3.Cu]
押出材中のCuの含有率は0.25質量%以上であり、0.28質量%以上であることが好ましく、0.32質量%以上であることがより好ましく、0.36質量%以上であることがさらに好ましい。Cuの含有により、Mg2Si析出物の見かけの過飽和量を増加させ、Mg2Si析出物の析出量を増加させることにより、押出材の時効硬化性が向上するためである。また、Cuを含む化合物が結晶粒内に微細に析出すると強度向上に寄与する。
【0046】
押出材中のCuの含有率は0.50質量%以下であり、0.45質量%以下であることが好ましく、0.42質量%以下であることがより好ましい。この理由は、押出加工性を向上させ、低い押出圧力で押出成形が可能になるためである。また、押出材の耐食性が向上するためである。
[1-1-4.Fe]
押出材中のFeの含有率は0.050質量%以上であり、0.080質量%以上であることが好ましく、0.10質量%以上であることがより好ましく、0.13質量%以上であることがさらに好ましい。FeはAl、Siと結合して鋳造時に晶出すると共に、結晶粒の粗大化を抑制する効果があるためである。
【0047】
押出材中のFeの含有率は0.49質量%以下であり、0.45質量%以下であることが好ましく、0.35質量%以下であることがより好ましく、0.30質量%以下であることがさらに好ましく、0.27質量%以下であることがさらに好ましく、0.24質量%以下であることが特に好ましい。この理由は、針状のAl-Fe-Si系の化合物の晶出を抑制し、押出成形性及び押出品の靭性をより向上させるためである。
[1-1-5.Zr]
Zrは、均質化処理時にZr含有微粒子(詳細は後述する)として析出し、押出加工時に発生する結晶粒(詳細は後述する)の核となる。押出材中のZrの含有率は0.10質量%以上であり、0.11質量%以上であることが好ましく、0.13質量%以上であることがより好ましい。この理由は、Zr含有微粒子、すなわち再結晶の核の数を増加させ、後述する結晶粒の粗大化を抑制するためである。
【0048】
押出材中のZrの含有率は0.25質量%以下であり、0.20質量%以下であることが好ましく、0.17質量%以下であることがより好ましい。この理由は、鋳造時に合金溶湯の流動性が向上し、鋳造による押出用素材の形成が容易となり、結果として押出材の生産性が向上するためである。
[1-1-6.Ti]
Tiは、鋳造時の結晶粒を微細化する働きがあり、加えて鋳造時の鋳塊割れを抑制する効果がある。押出材中のTiの含有率は0.010質量%以上であり、0.020質量%以上であることが好ましく、0.025質量%以上であることがより好ましい。
【0049】
押出材中のTiの含有率は0.10質量%以下であり、0.085質量%以下であることが好ましく、0.060質量%以下であることがより好ましい。この理由は、鋳造時に合金溶湯の流動性が向上し、鋳造による押出用素材の形成が容易となり、結果として押出材の生産性が向上するためである。
[1-1-7.B]
BもTiと同様に結晶粒微細化に有効であり、添加することにより、TiB2粒子が生成し、分散すると考えられる。さらに、TiB2粒子が結晶の凝固核となり、後述する結晶粒の微細化をもたらすと考えられる。Bは含んでもよく、含まなくてもよい。ここで「Bを含まない」とは、不可避不純物以外のBを含まないということであり、不可避不純物としてのBは含んでもよい。Bを含む場合、押出材中のBの含有量は質量基準でTiの0.050倍以上であることが好ましく、0.10倍以上であることがより好ましく、0.15倍以上であることがさらに好ましい。この理由は、後述する結晶粒の粗大化を抑制するためである。
【0050】
押出材中のBの含有量は質量基準でTiの1.0倍以下であり、0.50倍以下であることが好ましく、0.25倍以下であることがより好ましい。この理由は、余剰のBがMgと結合することを抑制して、Siと結合すべきMgが消費されることを抑制するためである。
[1-1-8.その他の元素]
押出材中の不可避不純物として、例えば、Mn及びCrは可能な限り含有率を少なくすることが好ましい。この理由は、焼入れ感受性を鈍化させ、冷却速度のばらつきが強度に与える影響を小さくし、押出材の品質をより安定させることができるためである。具体的には、Mn及びCrの含有率は、0.05質量%未満が好ましく、0.01質量%未満がより好ましく、0.0005質量%未満か含有させないことが最も好ましい。
〔1-2.結晶粒〕
図1は、本発明の一実施形態にかかるアルミニウム合金押出材の、押出方向に垂直な断面における、光学顕微鏡による偏光組織の写真の一例(後述する実施例1)を示す図である。同図に示すように押出材の、押出方向に垂直な断面(本項では以下、単に断面とすることもある)において、アスペクト比が5.0以下かつ長軸方向の長さが50μm以上1000μm以下の結晶粒が占める面積割合は90.0%以上であり、95.0%以上であることが好ましく、98.0%以上であることがさらに好ましく、99.0%以上であることが特に好ましい。この理由は、結晶粒間のへき開破壊を抑制し、押出材のせん断応力に対する強度を向上させるためである。
【0051】
また、ここで、上記の面積割合は、押出方向に垂直な断面において、1.95mm×2.60mmの範囲を2視野にて測定した値、すなわち、2視野に対する結晶粒の面積割合である。また、画像の端部にあり、一部のみが写っている粒子については、各視野の面積及び結晶粒の面積のいずれにも算入されない(すなわち、面積割合の算出に用いる各視野の面積は1.95mm×2.60mmよりも小さくなる)。上記結晶粒が占める面積割合は、2視野の合計面積に対する、上記条件を満たす結晶粒の2視野分の合計面積を百分率で表した値である。
〔1-3.アルミ合金押出材表面の電気伝導率〕
アルミ合金押出材表面の電気伝導率とは日本フェルスター社製のポータブル型渦電流式導電率測定器SIGMATEST2.069を用いて、以下の通り測定された値である。
【0052】
まず、外気温度を測定し、20℃を基準とした数値表示に補正したのち、100.7IACS%及び7.605IACS%を基準としてキャリブレーションをする。次に、押出材表面に、押出方向と垂直な方向に、プローブを接触させることによって電気伝導率を測定する。測定は5点について行い、最大値及び最小値を除いた3点の電気伝導率の平均値を、アルミ合金押出材表面の電気伝導率とする。
【0053】
押出材表面の電気伝導率は、51.1IACS%以下であり、51.0IACS%以下であることが好ましく、50.9IACS%以下であることがより好ましい。この理由は、押出材表面の電気伝導率は、Mg及び/またはSiの溶質原子の固溶状態と相関があり、押出材表面の電気伝導率が低いほど多くのMg及び/またはSiが固溶していると考えられるためである。
【0054】
押出材表面の電気伝導率は、40.0IACS%以上であることが好ましく、47.0IACS%以上であることがより好ましく、48.0IACS%以上であることがさらに好ましいが、特に限定されない。
〔1-4.Mg
2Si粒子〕
図2は、本発明の一実施形態にかかるアルミニウム合金押出材の押出方向に垂直な断面における走査電子顕微鏡(SEM)による写真の一例(実施例1)を示す図である。ここで、Mg
2Si粒子は、同じ視野のEDXマッピングにおける各元素量の定量分析に基づいて確認される粒子である。具体的には、Mg
2Si粒子は、この分析においてMgの含有率が30mass%以上80mass%以下、Siの含有率が10mass%以上40mass%以下、残部がAl(不可避不純物を含んでもよい。また、MgとSiとの合計含有率が100mass%(残部なし)でもよい)であり、MgとSiとの質量基準の比の値Mg/Siが1.5以上2.5以下である粒子とする。
図2の写真内の黒い点がMg
2Si粒子である。
【0055】
図3は、
図2の写真を二値化した図である。Mg
2Si粒子の粒径は0.10μm以上5.0μm以下である(この範囲にないサイズの粒子は、本発明におけるMg
2Si粒子ではない)。Mg
2Si粒子の粒径は、SEM画像を二値化した画像に基づいて判定される。Mg
2Si粒子の粒径は、二値化されて画像の黒い部分を円とみなしたうえでその面積から算出された直径である。
【0056】
押出材の押出方向に垂直な断面中のMg2Si粒子の存在密度は、1.5×103個/mm2以上であり、2.0×103個/mm2以上であることが好ましく、2.4×103個/mm2以上であることがより好ましい。Mg元素の固溶が抑制され、押出性が向上するためである。
【0057】
押出材の押出方向に垂直な断面中のMg2Si粒子の存在密度は、5.4×103個/mm2以下であり、5.2×103個/mm2以下であることが好ましく、4.7×103個/mm2以下であることがより好ましい。押出材の耐力が向上するためである。
【0058】
なお、Mg
2Si粒子の数は、日本電子社製電界放出形走査電子顕微鏡JSM-7000Fを用いて、倍率1,000倍、視野121μm×90.9μm=10998.9μm
2を4視野で数えられる。4視野でのMg
2Si粒子の合計数NMを、4視野分の面積で割ることで、Mg
2Si粒子の存在密度が算出される。すなわち、Mg
2Si粒子の存在密度は、NM/(4×10998.9)[個/μm
2]=106×NM/(4×10998.9)[個/mm
2]となる。
〔1-5.Zr含有微粒子〕
図4は、本発明の一実施形態にかかるアルミニウム合金押出材の押出方向に垂直な断面における微細構造の走査電子顕微鏡(SEM)による写真の一例(実施例1)を示す図である。
図4の写真内の白い部分がZr含有微粒子である。Zr含有微粒子の粒径は0.010μm以上1.0μm以下であり(この範囲にないサイズの粒子は、本発明におけるZr含有微粒子ではない)、粒子のサイズがこの範囲にあるか否かは、後述する二値化した画像に基づいて判定される。本実施形態にかかるアルミニウム合金押出材はZr含有微粒子を含むことが好ましい。この理由は、Zr含有微粒子を核とすることで、結晶粒がより形成しやすくなるためである。Zr含有微粒子は、Al
3Zr
aSi
1-a(0<a≦1)であることが好ましい。
【0059】
図5は、本発明の一実施形態にかかるアルミニウム合金押出材におけるEDXのライン分析図の一例(実施例1)を示す図である。なお、EDXのライン分析図の縦軸の単位cpsは、カウント毎秒である。
図5の下のEDXのライン分析図は、
図5の上のSEM写真における直線に沿って行われている。Zr含有微粒子は、上記サイズの条件を満たしつつ、EDXのライン分析において、SEM写真における粒子(
図4における白い部分)に対応する箇所にZrのピークが見られる粒子とする。
【0060】
Zr含有微粒子はSiを含んでもよい。EDXのライン分析について、Zr含有微粒子において、Al以外の元素では、Zrのピーク強度が最も、またはSiのピーク強度に次いで大きいことが好ましく、Al以外の元素でZrのピーク強度が最も大きいことがより好ましい。
【0061】
図6は、
図4の写真を二値化した後、白黒反転した画像を示す図である。Zr含有微粒子の粒径は、SEM画像を二値化した画像に基づいて判定される。
図6では、白黒反転されているので、Zr含有微粒子の粒径は、黒い部分を円とみなしたうえでその面積から算出された直径である。なお、二値化画像において白黒反転していない場合は、白い部分を円とみなしてZr含有微粒子の粒径が算出される。
【0062】
押出材の押出方向に垂直な断面中のZr含有微粒子の存在密度は、0.30個/μm2以上であることが好ましく、0.40個/μm2以上であることがより好ましく、0.50個/μm2以上であることがさらに好ましい。この理由は、上記結晶粒の粗大化を抑制するためである。
【0063】
押出材の押出方向に垂直な断面中のZr含有微粒子の存在密度は、3.0個/μm2以下であることが好ましく、2.0個/μm2以下であることがより好ましく、1.0個/μm2以下であることがさらに好ましい。この理由は、上記結晶粒をより確実に生成させるためである。
【0064】
なお、Zr含有微粒子の数は、日本電子社製電界放出形走査電子顕微鏡JSM-7000Fを用いて、倍率10,000倍、視野12.1μm×9.09μm=109.989μm2を4視野で数えられる。4視野でのZr微粒子の合計数NZを、4視野分の面積で割ることで、Zr含有微粒子の存在密度が算出される。すなわち、Zr含有微粒子の存在密度は、NZ/(4×109.989)[個/μm2]となる。
〔1-6.アルミニウム合金押出材の機械的性能〕
本実施形態にかかるアルミニウム押出材の500℃における圧縮変形開始応力は、25MPa以下であることが好ましく、20MPa以下であることがより好ましく、19MPa以下であることがさらに好ましい。ここで500℃における圧縮変形開始応力とは、後述する実施例の方法にて測定される値である。
【0065】
本実施形態にかかるアルミニウム押出材の引張強さは、300MPa以上であることが好ましく、320MPa以上であることがより好ましく、330MPa以上であることがさらに好ましい。ここで引張強さは、後述する実施例の方法にて測定される値である(JISZ2241で、5号試験片(寸法は後述する)を用いて得られる値)。
【0066】
本実施形態にかかるアルミニウム押出材の0.2%耐力は、285MPa以上であることが好ましく、290MPa以上であることがより好ましく、300MPa以上であることがさらに好ましい。ここで0.2%耐力は、後述する実施例の方法にて測定される値である(JISZ2241で、5号試験片(寸法は後述する)を用いて得られる値)。
〔1-7.アルミニウム合金押出材の結晶粒径〕
本実施形態にかかるアルミニウム合金押出材の金属組織は、外側表面近傍は緻密であり、外側表面近傍に比べて厚さ方向の中央部は結晶サイズが比較的粗大な傾斜組織となっている。
【0067】
本実施形態にかかるアルミニウム合金押出材は、押出方向に垂直な断面において、押出材の板状部の厚さtに対して、押出材の外側表面からt/10の深さ位置における平均結晶粒径が60μm以上、120μm以下であることが好ましく、80μm以上、110μm以下であることがより好ましい。
【0068】
また、本実施形態にかかるアルミニウム合金押出材は、押出方向に垂直な断面において、押出材の板状部の厚さtに対して、押出材の外側表面からt/2の深さ位置における平均結晶粒径が700μm以上、1800μm以下であることが好ましく、800μm以上、1600μm以下であることがより好ましい。
【0069】
図7は、アルミニウム合金押出材の断面形状の一例である。
【0070】
この図に示すように、押出方向に垂直な断面において、押出材の板状部の厚さtに対して、押出材の外側表面からt/10の深さ位置とは、外側表面の近傍である。
【0071】
また、押出方向に垂直な断面において、押出材の板状部の厚さtに対して、押出材の外側表面からt/2の深さ位置とは、厚さ方向の中央部である。
【0072】
上記の平均結晶粒径は、押出方向に垂直な断面において、t/10の深さ位置またはt/2の深さ位置のライン上に存在する各結晶粒について、各結晶粒の面積から相当直径を算出し、これを平均することにより得られる。
【0073】
引っ張り強さと結晶粒径には一定の相関関係があり、結晶粒径が小さい方が引っ張り強さが強い。板材に曲げ力が負荷された際、外側表面近傍に最大引張応力が作用するが、本実施形態にかかるアルミニウム合金押出材では、この外側表面近傍が結晶粒径の小さい金属組織となっているため、ここに亀裂が発生しにくく、結果的に優れた曲げ特性が得られる。
【0074】
また、結晶粒が小さいと亀裂が結晶粒界を直線的に通過して亀裂の進展速度が速い。一方、結晶粒が大きいと亀裂が屈折しながら進行するか、結晶粒内を通過する通過することになり亀裂の進展速度は遅い。本実施形態にかかるアルミニウム合金押出材では、最外周部に比べて内部の結晶粒が大きい傾斜組織であるため、最外周部に亀裂が発生した後、内部では亀裂の進行が遅くなり、この点においても、結果的に優れた曲げ特性が得られる。
〔1-8.アルミニウム合金押出材の曲げ特性〕
本発明において、曲げ特性は、押出材の板状部の3点曲げ試験における曲げ強さと、ひびや割れが生ずることなく曲げられる限度を評価する割れ性とを含む。
【0075】
本実施形態にかかるアルミニウム合金押出材は、押出材の板状部の3点曲げ試験における曲げ強さが320MPa以上、390MPa以下であることが好ましく、330MPa以上、380MPaであることがより好ましい。
【0076】
図8は、曲げ強さを求めるための3点曲げ試験の説明図である。曲げ試験の試験片10は、押出材の板状部を切り出したものを用いる。同図に示すように、試験片10は2つの支点11,11で支持され、2つの支点の中間位置を上からパンチ12で下方向に押し込まれる。この試験で得られた荷重-ストローク曲線から最大荷重Wを算出し、断面係数Zと曲げモーメントM、支点間距離Lから、下記式(2)により曲げ強さ(曲げ応力)σが算出される。
【0077】
σ=M/Z (2)
ここで曲げモーメントM=W×L
本実施形態にかかるアルミニウム合金押出材は、前述の3点曲げ試験で試験片に割れが生じない、または微小な割れしか生じない程度の、割れ性を備えていることが好ましい。
〔1-9.アルミニウム合金押出材のシャルピー衝撃値〕
本実施形態にかかるアルミニウム合金押出材のシャルピー衝撃値は、6J/cm2以上50J/cm2以下であることが好ましく、8J/cm2以上45J/cm2以下であることがより好ましい。
【0078】
シャルピー衝撃値が6J/cm2未満だと、荷重・衝撃負荷時に早期破断が発生してしまい、衝撃吸収部材としての効果を発揮しない。またシャルピー衝撃値が50J/cm2より高い場合、本実施形態に係るアルミニウム合金組成では、引っ張り強さ、耐力が低下し、衝撃吸収部材としての効果を発揮しない。
【0079】
アルミニウム合金押出材が6J/cm2以上50J/cm2以下のシャルピー衝撃値を有することで優れた耐衝撃特性が得られ、衝撃吸収部材の材料として好適である。
【0080】
本実施形態の衝撃吸収部材は、例えば、自動車等の車両においては、フロントピラー、センターピラー、リアピラー等のビーム材や、サイドメンバーやバンパーステイなどのフレーム材、バンパーリンフォース、クラッシュボックス、バッテリーケース、フロントアンダーランプロテクター、リヤアンダーランプロテクター等への適用が挙げられるがこれに限定されず、鉄道車両等の衝撃吸収構造にも適用できる。
〔1-10.衝撃吸収部材〕
図9は、本実施形態にかかるアルミニウム合金押出材を用いて製造された衝撃吸収部材の一例を示す平面図である。
【0081】
この図に示すように、この衝撃吸収部材2は、衝突壁面板3と、前記衝突壁面板3と略平行に配置された背面板4と、前記衝突壁面板3および前記背面板4を所定の間隔で連結する複数の連結板5,5とを備える。
【0082】
衝突壁面板3、背面板4および連結板5,5は、いずれも本実施形態に係るアルミニウム合金材で構成してよいが、これらの一部だけを本実施形態に係るアルミニウム合金材で構成してもよい。
<2.アルミニウム合金押出材の製造方法>
図10は、本発明の一実施形態にかかるアルミニウム合金押出材の製造方法の一例を示すフロー図である。以下、本発明の一実施形態にかかるアルミニウム合金押出材の製造方法の一例について説明するが、本発明にかかる押出材の製造方法はこれに限られない。
【0083】
図7に示すように本実施形態の一例にかかるアルミニウム合金押出材の製造方法は、溶融工程と、鋳造工程と、均質化工程と、加熱工程と、押出工程と、ダイクエンチ工程と、時効工程とを含む。なお、これらの工程は全て必要とは限らず、例えば、鋳造後の材料が入手可能であれば、溶融工程及び鋳造工程は不要であり、均質化後の材料が入手可能であれば、均質化工程までの各工程は不要である。
〔2-1.溶融工程〕
溶融工程では、アルミニウム合金の溶湯を調製する。溶湯の化学組成は、得ようとするアルミニウム合金押出材の化学組成と同じであることが好ましく、アルミニウム合金押出材に含まれる各元素については上記したとおりである。
〔2-2.鋳造工程〕
鋳造工程では、溶融工程で得られた溶湯を鋳造することによりビレット(押出用素材)を得る。鋳造方法は、特に限定されないが、例えば、垂直型フロート連続鋳造法、垂直型ホットトップ連続鋳造法、水平型連続鋳造法等が挙げられる。
〔2-3.均質化工程〕
均質化工程では均質化処理を行い、鋳造工程で得られたビレットの金属組織を均質化する、及びアルミニウム合金に含まれる原子を十分に固溶させる。均質化工程によって強度の高い押出材が得られる。均質化工程に用いられるアルミニウム合金(ビレット)の化学組成は、得ようとするアルミニウム合金押出材の化学組成と同じであることが好ましく、アルミニウム合金押出材に含まれる各元素については上記したとおりである。
【0084】
均質化処理の温度は500℃以上であることが好ましく、530℃以上であることがより好ましく、550℃以上であることがさらに好ましい。この理由は、ビレットの金属組織を十分に均質化せるため、及びアルミニウム合金に含まれる原子を十分に固溶させるためである。均質化処理の温度は600℃以下であることが好ましく、570℃以下であることがより好ましい。こうして金属間化合物の溶融を抑制することで、金属間化合物の粒子の粗大化を抑制し、押出材の機械的特性を向上させるためである。
【0085】
均質化処理の時間は3時間以上であることが好ましく、8時間以上であることがより好ましく、12時間以上であることがさらに好ましい。この理由は、ビレットの金属組織を十分に均質化せるため、及びアルミニウム合金に含まれる原子を十分に固溶させるためである。均質化処理の時間は24時間以下であることが好ましく、20時間以下であることがより好ましく、18時間以下であることがさらに好ましい。この理由は、金属間化合物の粒子の粗大化を抑制し、押出材の機械的特性を向上させるためである。
【0086】
均質化処理の後、ビレットを冷却することが好ましい。冷却後のビレットの温度は150℃以下であることが好ましく、100℃以下であることがより好ましい。ビレットを50℃以下まで冷却して保管してもよい。冷却方法としては、水冷、ミスト冷却、空冷、ファン冷、放冷等が挙げられるが、特に限定されない。冷却速度は、100℃/h以上であることが好ましく、150℃/h以上であることがより好ましい。
〔2-4.加熱工程〕
加熱工程では、均質化工程で均質化されたビレットを加熱し、ビレットの変形抵抗を低下させる。また、加熱工程によりビレットを構成する成分を固溶させる。加熱工程において用いられるビレットを構成するアルミニウム合金材に含まれる元素及びその含有量は、アルミニウム合金押出材の説明にて上記したとおりである。
【0087】
加熱温度は、350℃以上であり、400℃以上であることが好ましく、450℃以上であることがより好ましい。この理由は、ビレットの変形抵抗を低下させて、押出圧力を低くするためである。
【0088】
加熱温度は、ビレットを構成するアルミニウム合金の固相線温度を超えないことが好ましい。この理由は、アルミニウム合金中の金属間化合物の溶融を抑制するためである。後述する押出工程において、ビレット自身の加工発熱、及びダイスとの摩擦等による材料の加熱を考慮すると、具体的な加熱温度は、600℃以下であり、550℃以下であることが好ましく、530℃以下であることがより好ましく、510℃以下であることがさらに好ましい。
〔2-5.押出工程〕
押出工程では、加熱工程において加熱されたビレットを押出加工して、押出材を得る。具体的には、例えば、加熱工程において加熱されたビレットをコンテナに装填し、所定の開口部形状を有する押出用金型(以降、ダイスと呼ぶ)に押し付けることで、所望の断面形状を有する押出材が得られる。本実施形態にかかる押出材は、中空形状を有することが好ましい。押出速度は5.0m/min以上であることが好ましく、6.5m/min以上であることがより好ましい。この理由は、材料にひずみを与えて、上記結晶粒を有する金属組織がより形成しやすくなるためである。また、押出材の生産性が向上するためである。
【0089】
押出工程においては、下記式(1)で算出されるZ因子が、1.0×107以上1.0×1011以下であるように制御することが好ましい。
【0090】
Z=εexp(Q/RT) ‥(1)
ここで、
Z : Z因子
ε : ひずみ速度
R : 気体定数(8.314[J/K・mol])
T : 絶対温度
Q : 活性化エネルギー(142[kJ/mol])
押出工程において、Z因子が前記下限値の1.0×107を下回ると、未再結晶組織または粗大再結晶組織となって、微細再結晶組織が得られないおそれがある。Z因子が前記上限値の1.0×1011を超えると押出抵抗が大きくなって押出が困難になるおそれがある。
【0091】
Z因子を上記範囲に制御することにより、微細な全面再結晶組織を得ることができ、安価で高強度な押出材を提供できる。
【0092】
Z因子は、金属を熱間加工した際に導入される、ひずみ速度[s-1]と温度[K]からなるパラメータの一種であり、気体定数Rと活性化エネルギーQは一定値として扱うため、Z因子は、熱間加工時の温度Tとひずみ速度εが変数となって決定される。
【0093】
このため、温度をビレット加熱温度、ダイス構造、押出速度から制御することにより、またひずみ速度を断面形状、ダイス構造、押出速度から制御することにより、Z因子を上記範囲に制御することができる。
〔2-6.ダイクエンチ工程〕
ダイクエンチ工程では、押出加工(押出工程)により得られた押出材の冷却をする。冷却方法は、特に限定されないが、水冷、ミスト冷却、ファン空冷、放冷等が挙げられる。ダイクエンチ工程により、過飽和固溶体が形成される。冷却速度は7.0℃/sec以上であり、10℃/sec以上であることが好ましく、12℃/sec以上であることがより好ましい。この理由は、固溶している成分の析出を抑制し、過飽和固溶体を維持しやすいためである。また、押出材の生産性が向上するためである。
【0094】
冷却速度は、80℃/sec以下であり、40℃/sec以下であることが好ましく、20℃/sec以下であることがより好ましい。この理由は、冷却時の熱収縮による押出材の変形を抑制するためである。
【0095】
ダイクエンチ工程の目標温度は、150℃以下であり、100℃以下であることが好ましく、50℃以下であることがより好ましい。ダイクエンチ工程の後、後述する時効工程までの間、押出材を常温、例えば30℃以下で保管してもよい。
〔2-7.時効工程〕
時効工程では、ダイクエンチ工程において冷却された押出材に、人工時効処理を行う。時効工程により、押出材においてMg2Si系析出物が成長し、押出材の強度が向上する。
【0096】
時効処理温度は、120℃以上であり、140℃以上であることが好ましく、160℃以上であることがより好ましい。この理由は、押出材においてMg2Si系析出物を析出させやすくなるためである。時効処理温度は、240℃以下であり、220℃以下であることが好ましく、200℃以下であることがより好ましい。この理由は、押出材におけるMg2Si系析出物の過剰な成長を抑制し、押出材の強度を向上させるためである。
【0097】
時効処理時間は、2時間以上であり、4時間以上であることが好ましく、5時間以上であることがより好ましい。この理由は、Mg2Si系析出物を十分に析出させるためである。時効処理時間は、48時間以下であり、16時間以下であることが好ましく、8時間以下であることがより好ましい。この理由は、押出材におけるMg2Si系析出物の過剰な成長を抑制し、押出材の強度を向上させるためである。また、押出材の生産性が向上するためである。
【実施例】
【0098】
以下、本発明にかかるアルミニウム合金押出材及びその製造方法について、実施例及び比較例を示しながら、より具体的に説明するが、本発明はこれらによって限定されない。
<1.アルミニウム合金押出材の作製>
表1に示す元素、Al及び不可避不純物からなるアルミニウム合金を用いて、直径156mmの円形断面を有するビレットを連続鋳造にて作製した。なお参考までに表1において下線を付した部分は、本発明の要旨を逸脱する部分である。
【0099】
【0100】
【0101】
得られたビレットに14時間の均質化処理を施した。この均質化処理工程における各実施例及び各比較例における温度を表1に示した。その後、ビレットを30℃まで、180℃/hで冷却した。次に、冷却されたビレットを500℃に加熱した。
【0102】
図11は、各実施例及び各比較例において用いられたダイスの押出断面(押出孔)を示す図である。各実施例及び比較例においては、このダイスD1によって
図12及び
図13に示す押出材1を成形するものである。この押出材1は、断面矩形状の外周壁11に、その内部(中空部)を2分割する中仕切壁12が一体に形成された中空形状の押出型材である。
【0103】
そして
図11に示すダイスD1は、押出材1の外周壁11を成形するための外周壁成形孔D11と、中仕切壁12を成形するための中仕切壁成形孔D12とを有する押出孔D10を備えている。またこのダイスD1は、外周壁成形孔D11の横寸法L1が50mmであり、縦寸法L2が50mmである。更に外周壁成形孔D11および中仕切り壁12の幅T1は、2.5mmであり、外周壁成形孔D11における内側の曲率半径Riは、2.5mmであり、外側の曲率半径Roは、5mmである。
【0104】
各実施例及び各比較例いずれにおいても、500℃に加熱されたビレットに、上記
図11のダイスD1を用いて、8インチ直接押出機にて押出加工を行った(押出工程)。この押出工程における各実施例及び各比較例における押出速度を表1に示した。
【0105】
各実施例及び各比較例において、押出時にダイスから出てきた直後の押出材に対して接触式測温計を用いて温度を測定した。また、押出工程のシミュレーション計算により、押出方向に垂直な断面において、押出材の板状部の厚さtに対して、押出材の外側表面からt/2の深さ位置とt/10の深さ位置のひずみ速度を算出した。そして、測定された温度と算出されたひずみ速度から、上記式(1)により、t/2の深さ位置とt/10の深さ位置におけるZ因子を算出した。なお、温度は複数回計測を行った平均値を用い、ひずみ速度もまた同じ深さ位置でも変化があるため、組織観察箇所付近のひずみ速度を代表値として用いた。この押出工程における各実施例及び各比較例におけるt/2の深さ位置とt/10の深さ位置におけるZ因子を表1に示した。
【0106】
押出工程の直後にダイクエンチ工程を行い、押出材の温度を30℃とした。各実施例及び各比較例のダイクエンチ工程における冷却速度を表1に示した。ダイクエンチ工程後の押出材に180℃、6時間の人工時効処理(時効工程)を行い、アルミニウム合金押出材を得た。以下の説明において、特に断りがなければ、押出材は時効工程後に得られたアルミニウム合金押出材とする。また、時効処理後のアルミニウム合金押出材が、本発明にかかるアルミニウム合金押出材となる。
<2.アルミニウム合金の各種測定>
〔2-1.アルミニウム合金の500℃における圧縮変形開始応力の測定〕
均質化処理を施し、冷却されたビレットの中心部から、φ8mm×12mmの試験片形状に切り出した。なお、φ8mm×12mmの長手方向は、ビレットの長手方向(押出方向)である。切り出した試験片を500℃まで50℃/secで昇温し、500℃で10min保持し、500℃でひずみ速度0.10/sec(1秒ごとの圧縮率の増加量)、圧縮率({圧縮により減少した寸法(試験開始前は0mm)}/圧縮前の寸法(12mm))0.75まで圧縮し、応力-ひずみ(圧縮率)線図を得た。圧縮は真空雰囲気にて実施した。試験機は富士電波工機製のサーメックマスタZを用いた。
【0107】
ここで、応力-ひずみ線図において、圧縮率0から0.30までの間における応力の極大値かつ最大値となっている値を圧縮変形開始応力とした。ここで極大値は、その圧縮率の値から、±0.050の範囲で、その圧縮率における荷重が最大となる値である。
【0108】
各実施例及び各比較例にかかるアルミニウム合金について測定された圧縮変形開始応力を表1に示した。
〔2-2.押出性〕
上記押出工程(500℃に加熱されたビレットを用いた押出加工)における押出性を、下記判断基準に基づいて判定した。
「良」・・・押出圧力が25MPa未満であり、押出材に割れ及び目視上のクラックがない場合。
「不良」・・・押出圧力が25MPa以上である、押出材に割れが生じている、及び押出材に目視上のクラックがある、の少なくともいずれかである場合。
【0109】
各実施例及び各比較例にかかるアルミニウム合金についての押出性の評価結果を表1に示した。
<3.アルミニウム合金押出材の各種測定>
図12及び
図13は記述した通り各実施例及び各比較例で作製されたアルミニウム合金押出材を示す図である。以下の説明において、L、LT、STが示す向きは、
図12及び
図13の矢符号「L」「LT」「ST」で示される向きを示す。
〔3-1.押出材断面における結晶粒の占める面積割合〕
それぞれの押出材について、LTの向きに厚みを有する部分(側壁)からL:10mm、ST:10mm、LT:2mmの厚さに試験片を切り出した(L-ST面を0.5mm削り、厚さ2mmとしている)。この試験片を樹脂埋めし、Lの向きに垂直な断面をバフ研磨にて鏡面仕上げを行ったのち、バーカー電解液でエッチング処理を施した。処理が施された断面における、光学顕微鏡による偏光組織の画像を、画像処理ソフトウェアImage Jを用いて以下の解析をした。観察範囲は1.95mm×2.60mmで、画像の数は各実施例及び各比較例で2個である。結晶粒の観察のための写真の一例は、
図1に示した通りで、これは実施例1の押出材の断面写真である。
【0110】
それぞれの画像において、アスペクト比5.0以下、かつ長軸方向の長さが50μm以上1000μm以下の結晶粒が占める面積割合を算出した。なお、画像の端部にあり、一部が画像の外にある粒子については、各視野の面積及び結晶粒の面積のいずれにも算入されない。上記結晶粒が占める面積割合は、2視野の合計面積に対する、上記条件を満たす結晶粒の2視野分の合計面積を百分率で表した値である。
【0111】
各実施例及び各比較例にかかる押出材について測定された、結晶粒が占める面積割合を表2に示した。
〔3-2.押出材表面の電気伝導率の測定〕
時効工程後の押出材を24時間室温で保存したものをサンプルとした。日本フェルスター社製のポータブル型渦電流式導電率測定器SIGMATEST2.069を用いて、外気温度を測定し、20℃を基準とした数値表示に補正した。その後、100.7IACS%及び7.605IACS%を基準としてキャリブレーションを行った。押出材(サンプル)表面に押出方向と垂直方向にプローブを接触させ、上記キャリブレーションに基づいて、押出材(サンプル)表面の電気伝導率を測定した。この測定を押出材外形の表面において5カ所で行い、最大値及び最小値を除いた3点の平均値を算出した。
〔3-3.Mg2Si粒子の存在密度〕
それぞれの押出材について、LTの向きに厚みを有する部分(側壁)からL:10mm、ST:10mm、LT:2mmの厚さに試験片を切り出した(L-ST面を0.5mm削り、厚さ2mmとしている)。切り出された試験片をLの向き(押出方向)に垂直にカットし、日本電子社製クロスセクションポリッシャにて観察用断面を形成させた。日本電子社製電界放出形走査電子顕微鏡JSM-7000Fを用いて、倍率1,000倍で、121μm×90.9μm=10998.9μm2の視野の画像を4個取得し、EDXマッピング分析を行った。
【0112】
得られたマッピング分析結果、及び二値化した画像(例えば
図3)を用いて、粒径0.10μm以上5.0μm以下のMg
2Si粒子の個数NMを4視野分カウントした。カウントされたMg
2Si粒子の数NMを4視野分の面積で割って、Mg
2Si粒子の存在密度を算出した。なお、カウントされるMg
2Si粒子の定義は、上記の通りである。
【0113】
各実施例及び各比較例にかかる押出材について測定されたMg
2Si粒子の存在密度を表2に示した。
〔3-4.押出材断面におけるZr含有微粒子の存在密度〕
それぞれの押出材について、LTの向きに厚みを有する部分(側壁)からL:10mm、ST:10mm、LT:2mmの厚さに試験片を切り出した(L-ST面を0.5mm削り、厚さ2mmとしている)。切り出された試験片をLの向き(押出方向)に垂直にカットし、日本電子社製クロスセクションポリッシャにて観察用断面を形成させた。日本電子社製電界放出形走査電子顕微鏡JSM-7000Fを用いて、倍率10,000倍で、12.1μm×9.09μm=109.989μm
2の視野の画像を4個取得し、粒径0.010μm以上1.0μm以下のZr含有微粒子を、EDXライン分析(例えば
図3)及び二値化した画像(例えば
図4)を参照しながらカウントした。4視野分のZr含有微粒子の数N
Zを4視野分の面積で割って、Zr含有微粒子の存在密度を算出した。
【0114】
各実施例及び各比較例にかかる押出材について測定されたZr含有微粒子の存在密度を表2に示した。
〔3-5.引張強さ及び0.2%耐力〕
各実施例及び各比較例において得られたアルミニウム合金押出材から、JISZ2241に規定されている方法により測定した。測定は5号試験片を切り出して行った。具体的には、押出方向(L方向)に沿って標点間距離50mm及び平行部長さ60mm、幅25mm、厚さ2mm、肩部R30mmで切り出した。引張試験片の常温(24℃)における引張試験(JISZ2241に準拠)を、クロスヘッド速度2mm/minにて行うことで、引張強さを算出し、オフセット法にて0.2%耐力を測定した。
【0115】
各実施例及び各比較例にかかる押出材について測定された引張強さ及び0.2%耐力を表2に示した。
〔3-6.押出材の変形量〕
時効工程後の押出材を押出方向に垂直な面でカットした。押出材のカットされた断面の外形における隣り合う2辺の角度を測定し、
図13に示すように90°からの差の絶対値θ[°]を変形量として求めた。各実施例及び各比較例にかかる押出材について、測定された変形量θを表2に示した。
〔3-7.アルミニウム合金押出材の結晶粒径〕
時効処理後の押出材を押出方向に垂直な面でカットした。押出材のカットされた断面において、板状部の厚さtに対して、押出材の外側表面からt/10の深さ位置とt/2の深さ位置において結晶粒径を測定し、平均結晶粒径を算出した。各実施例及び各比較例にかかる押出材について、算出したt/10の深さ位置とt/2の深さ位置における平均結晶粒径と、これらの比を表2に示した。
〔3-8.アルミニウム合金押出材の曲げ特性〕
時効処理後の押出材から板状部を切り出し、この板状部を試験片として3点曲げ試験を行って曲げ強さ(曲げ応力)を求めた。また割れ性の評価として、3点曲げ試験で試験片に割れが生じないものを◎、微小な割れが生じたものを〇、大きな割れが生じたものを△と評価した。各実施例及び各比較例にかかる押出材について、曲げ強さと割れ性を表2に示した。
〔3-9.アルミニウム合金押出材のシャルピー衝撃値〕
時効処理後の押出材から長さ55mm、幅10mm、厚さ2.5mmの角棒を切り出し、この角棒の中央に深さ2mmの45度V字溝(Vノッチ)を設けて試験片とした。この試験片の両端を保持し、V字溝が設けられた側の反対側からハンマーで衝撃を与えて破壊して、破壊する際の吸収エネルギーから、シャルピー衝撃値を測定した。
【0116】
各実施例及び各比較例にかかる押出材について測定されたシャルピー衝撃値を表2に示した。
<4.評価>
各実施例にかかるアルミニウム合金は、いずれも押出性に優れている。そのため、各実施例にかかるアルミニウム合金押出材の生産性を向上させることができ、結果として押出材の製造コストの低減が可能である。また、各実施例にかかるアルミニウム合金押出材は、いずれも引張強さ及び耐力が高い。
【0117】
比較例1にかかる押出材は、表面の電気伝導率が高く、また、押出方向に垂直な断面において、Mg2Si粒子の存在密度が高い。この押出材は、引張強さ及び耐力が低かった。
【0118】
比較例2及び3にかかるアルミニウム合金は組成が共通で、Zrを含まず、Mn及びCrを含む。比較例2及び3にかかるアルミニウム合金は、500℃における圧縮変形開始応力が高く、生産性の低下につながる。この組成では比較例3のように押出速度を上げると押出材に割れが生じていた(押出性が不良)。一方、比較例2のように押出速度を下げれば押出材が得られるが、生産性が低く、製造コストが上昇する。
【0119】
比較例4にかかるアルミニウム合金は、Zrが少量であり、Mn及びCrを含む。比較例4にかかるアルミニウム合金は、500℃における圧縮変形開始応力が高く、生産性の低下につながる。比較例4においては、押出材の作製は可能であったが、押出材中で、所望の結晶粒が形成できなかった。また、この比較例4に掛かる押出材は、押出材表面の電気伝導率も高く、押出方向に垂直な断面において、Mg2Si粒子の存在密度が高い。この押出材は、引張強さ及び耐力が低かった。
【0120】
比較例5にかかるアルミニウム合金は、比較例4のアルミニウム合金に対して、Mn及びCrの含有率がより低い。また、比較例5にかかる押出材は、表面の電気伝導率が高く、押出方向に垂直な断面において、Mg2Si粒子の存在密度が高い。この押出材は、引張強さ及び耐力が低かった。
【0121】
Siの含有率が低い比較例6にかかる押出材は、引張強さ及び耐力が低かった。
【0122】
Cuの含有率が低い比較例7にかかる押出材は、引張強さ及び耐力が低かった。
【0123】
比較例8にかかるアルミニウム合金は、Cuの含有率が高い。比較例8にかかるアルミニウム合金は、500℃における圧縮変形開始応力が高いうえに、押出材に割れが生じていた(押出性が不良)。
【0124】
Mgの含有率が低い比較例9にかかる押出材は、引張強さ及び耐力が低かった。
【0125】
比較例10にかかるアルミニウム合金は、Mgの含有率が高い。比較例10にかかるアルミニウム合金は、500℃における圧縮変形開始応力が高いうえに、押出材に割れが生じていた(押出性が不良)。
【0126】
Zrを含まない比較例11にかかる押出材は、耐力が低かった。
【0127】
以上のことから、本発明にかかるアルミニウム合金押出材は、低コストで、引張強さ及び耐力が高いことがわかる。また、本発明にかかるアルミニウム合金押出材の製造方法によれば、低コストで、引張強さ及び耐力が高いアルミニウム合金押出材が得られることがわかる。
【0128】
本願は、2021年6月14日付で出願された日本国特許出願の特願2021-98747号、特願2021-98748号、2022年6月10日付で出願された日本国特許出願の特願2022-94533号、特願2022-94534号、特願2022-94535号および特願2022-94536号の優先権主張を伴うものであり、その開示内容は、そのまま本願の一部を構成するものである。
【0129】
ここに用いられた用語及び表現は、説明のために用いられたものであって限定的に解釈するために用いられたものではなく、ここに示され且つ述べられた特徴事項の如何なる均等物をも排除するものではなく、この発明のクレームされた範囲内における各種変形をも許容するものであると認識されなければならない。
【産業上の利用可能性】
【0130】
この発明のアルミニウム合金押出材は、高強度構造材として利用可能である。
【符号の説明】
【0131】
1:アルミニウム合金押出材
2:衝撃吸収部材
3:衝突壁面板
4:背面板
5:連結板