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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-20
(45)【発行日】2024-02-29
(54)【発明の名称】レーザ式ガス分析装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/39 20060101AFI20240221BHJP
   G01N 21/27 20060101ALI20240221BHJP
【FI】
G01N21/39
G01N21/27 F
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020060345
(22)【出願日】2020-03-30
(65)【公開番号】P2021156854
(43)【公開日】2021-10-07
【審査請求日】2023-02-24
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】307024244
【氏名又は名称】神栄テクノロジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083172
【弁理士】
【氏名又は名称】福井 豊明
(72)【発明者】
【氏名】阿部 恒
(72)【発明者】
【氏名】清水 裕行
(72)【発明者】
【氏名】三宅 伴季
(72)【発明者】
【氏名】板橋 健一
(72)【発明者】
【氏名】本田 真一
【審査官】井上 徹
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-163422(JP,A)
【文献】特開2018-169203(JP,A)
【文献】特開2009-216385(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0331651(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0275049(US,A1)
【文献】特開2007-046983(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00-G01N 21/01
G01N 21/17-G01N 21/61
G01J 3/00-G01J 4/04
G01J 7/00-G01J 9/04
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
IEEE Xplore
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象物質を含むサンプルガスに、レーザ発振素子に与える特定の制御パラメータηを変動させることによって得られる所定幅の周波数で掃引されたレーザ光を透過させ、前記測定対象物質の吸収線の測定から濃度を得るレーザ式ガス分析装置において、
前記所定幅の周波数掃引に用いられる前記レーザ発振素子の特定の制御パラメータηの軸上に形成される実測吸収線を得て、当該実測吸収線の積分面積Aηと半値全幅Γηを求める吸収線解析手段と、
前記サンプルガスの温度と圧力から得られる、測定対象物質の周波数軸上の既知吸収線の半値全幅Γνと前記特定の制御パラメータηの軸上の実測吸収線の半値全幅Γηから、前記実測吸収線の積分面積Aηを周波数軸上の吸収線の積分面積Aνに換算する積分面積校正手段と、
前記積分面積校正手段より得られた吸収線の積分面積A ν より、測定対象物質の濃度を演算する、濃度演算手段と、
を備えたことを特徴とするレーザ式ガス分析装置。
【請求項2】
前記特定の制御パラメータηの軸上の実測吸収線の中心値ηおよび半値全幅Γη、前記既知吸収線の周波数軸上での中心周波数νと半値全幅Γνとから前記実測吸収線の特定の制御パラメータηに対応する周波数νを得る周波数校正手段を備えた請求項1に記載のレーザ式ガス分析装置。
【請求項3】
前記特定の制御パラメータηが前記レーザ発振素子に印加される掃引電流である請求項1または2に記載のレーザ式ガス分析装置。
【請求項4】
前記特定の制御パラメータηが前記レーザ発振素子の温度である請求項1または2に記載のレーザ式ガス分析装置。
【請求項5】
前記特定の制御パラメータηが前記レーザ発振素子に印加される掃引電圧である請求項1または2に記載のレーザ式ガス分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は周波数の校正が簡単にでき、さらに標準ガスによる定期校正が不要となるレーザ式ガス分析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
レーザ方式のガス分析装置で定量分析を行うには、レーザ周波数を一定の値または一定の範囲で制御する必要がある。そのためには、レーザ周波数の校正が必要となる。
【0003】
レーザ周波数の校正は、レーザ周波数を制御するパラメータ(半導体レーザではレーザ駆動電流またはダイオードの温度)とレーザ周波数とを適切な関係式(校正曲線)で表すことで実現される。これには、波長計や参照用ガスセルが一般に使用される。
【0004】
前記波長計は干渉計や光学フィルターを内蔵して、干渉計を通過後のレーザ光の光干渉パターンの周波数依存性や、光学フィルター通過後のレーザ光強度の周波数依存性を測定することで、レーザ周波数を決定する(特許文献1)。
【0005】
前記参照用ガスセルは吸収線の中心周波数が既知のガスを既知の圧力でセル内に封じ込めたものである(非特許文献1)。レーザ光を当該参照用ガスセルに透過させて吸収スペクトルを測定すれば、観測された複数の吸収線の中心周波数の値からレーザ周波数を決定できる(特許文献2)。
【0006】
本願発明の対象となるレーザ方式ガス分析装置のレーザ周波数の校正においても、波長計や参照用ガスセルが使われている。さらに、ガス分析装置で定量分析を行うには、測定範囲のいくつかの濃度において、ガス濃度が既知の標準ガスを測定し、吸収線の積分面積またはピーク高さとガス濃度との関係をあらかじめ求めておく必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2004-191349号公報
【文献】特開2019-036619号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】The Astrophysical Journal, 692:1590-1596, 2009 February 20, doi:10.1088/0004-637X/692/2/1590
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記した、ガス分析に使用可能なレベルの分解能(波数で0.01 cm-1以下)を有する波長計は、価格が非常に高額となる問題がある。また、参照用ガスセルを使用する場合、波長計に比べれば高額ではないが、参照用ガスセルに加えて、レーザ光分岐用素子(光ファイバースプリッタ)や検出器等の追加部品に費用を要することになる。さらに、それらの部品を用いてレーザを参照用ガスセルに導入するための実験システムを構築して実験を行い、得られた吸収スペクトルを解析して、前記校正曲線を作成する手間が発生する。
【0010】
更に、前記波長計または参照用ガスセルを用いて校正曲線を作成しても、レーザ特性の経時変化によって、校正曲線に基づく設定値と実際に観測される周波数との間には、時間の経過とともに、徐々にずれが生じる。そのため、校正曲線の作成は定期的に(1ヶ月に一度程度は)行わなければならない等の課題がある。
【0011】
このようなレーザ周波数の校正とは別に、ガスの定量分析を行うには、測定範囲のいくつかの濃度において、濃度が既知の標準ガスを使ったガス分析装置の校正がさらに必要となる。測定精度を維持するには、この校正作業も定期的に(1年に一度程度は)行う必要がある。
【0012】
本発明は、波長計や参照用ガスセル等の追加の部品を必要とせず、ガス分析装置に既に組み込まれている部品を用いて、別途レーザ周波数校正用の実験を行うことなく、吸収線の積分面積またはレーザ周波数の目盛りを校正し、さらに標準ガスを使った校正を不要とする装置を提供することを目的としている。
ここで、積分面積の校正とは、ガス分析装置の測定で得られた吸収線の積分面積を、ガス濃度の計算が可能となる値に変換する作業をいう。レーザ周波数の目盛りの校正(周波数校正)とは、制御パラメータηとレーザ周波数νとの関係式(校正曲線)を決定する作業をいう。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、測定対象物質を含むサンプルガスに、レーザ発振素子に与える特定の制御パラメータηを変動させることによって得られる所定幅周波数で掃引されたレーザ光を透過させ、前記測定対象物質の吸収線の測定から濃度を得るレーザ式ガス分析装置を前提とし、以下の吸収線解析手段、積分面積校正手段、および濃度演算手段を備える。
【0014】
前記吸収線解析手段は、前記所定幅の周波数掃引に用いられる前記レーザ発振素子の特定の制御パラメータηの軸上に形成される実測吸収線を得て、当該実測吸収線の積分面積Aηと半値全幅Γηを求める。
【0015】
前記積分面積校正手段は、前記サンプルガスの温度と圧力から得られる、測定対象物質の周波数軸上の既知吸収線の半値全幅Γνと前記特定の制御パラメータηの軸上の実測吸収線の半値全幅Γηから、前記実測吸収線の積分面積Aηを周波数軸上の吸収線の積分面積Aνに換算する。
【0016】
前記濃度演算手段は、前記積分面積校正手段より得られた吸収線の積分面積A ν より、測定対象物質の濃度を演算する。
【0017】
本発明は更に、周波数校正手段を備えて、前記特定の制御パラメータηの軸上の実測吸収線の中心値η および半値全幅Γ η 、前記既知吸収線の周波数軸上での中心周波数ν と半値全幅Γ ν とから前記実測吸収線の特定の制御パラメータηに対応する周波数νを得る。
【発明の効果】
【0018】
前記特定の制御パラメータηは、前記レーザ発振素子に印加される掃引電流、前記レーザ発振素子の温度、あるいは、前記レーザ発振素子に印加される掃引電圧である場合のいずれかである。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】電流軸上の吸収線から周波数軸上への吸収線への変換を示す図。
図2】本発明の1実施形態を示す図。
図3】本発明のよる種々水分濃度の分析例。
図4】本発明の手順を実行する装置の機能ブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
ここでは前記制御パラメータηとして、レーザ発振素子に印加される駆動電流iを採用した例を説明する。
<手順>
ガスの定量分析は、1本の吸収線の解析で行うことが可能である。分子の1本の吸収線の裾から裾までの範囲は、通常波数で1 cm-1~2 cm-1程度であり、この範囲であればレーザ発振素子に印加される駆動電流iとレーザ周波数νとの関係は線型とみて、下記式(1)で近似できる。
【0021】
ν=ai+b・・・(1)
(a、bは定数:後に説明)
CRDS(Cavity Ring-Down Spectroscopy)やDLAS(Direct Laser Absorption Spectroscopy)等の、特定分析対象ガスの吸収係数を直接測定可能なレーザ吸収分光法において、駆動電流を掃引してレーザ周波数を変化しながら、1本の吸収線の裾から裾までの範囲で吸収強度を測定し、横軸を駆動電流i、縦軸を吸収係数αとしてプロットすると、図1(a)のような電流軸上のスペクトルが得られる。当該実測の吸収線の形状を表す適切な関数(ローレンツ関数、フォークト関数等)を用いて、このスペクトルの解析を行い、実測吸収線の中心に対応する電流i、半値全幅Γ、積分面積Aを決定する。
【0022】
一方、分析対象物質が明らかである場合、周波数軸上での吸収線の中心に対応する周波数νと半値全幅Γνについては、HITRAN等の分光データベースや文献から入手可能である。このように文献上から得られるνとΓは分析対象ガスの温度T、圧力Pの関数となっているので、分析対象ガスの温度Tと圧力Pを実際に測定してνとΓνを求めるか、あるいは温度T、圧力Pをある適切な一定の値と仮定してνとΓνを求める。
【0023】
前記実測吸収線の積分面積Aはガス濃度に比例して増減するが、この値は他のパラメータ(レーザの駆動電流と発振周波数の関係等)にも依存しているため、このままではガス濃度の絶対値を決定することはできない。濃度計算が可能となるためには、前記図1(a)のような電流軸上の積分面積Aを周波数軸上の積分面積Aνに下記式(2)を使って校正する必要がある。
【0024】
ν=A×Γν・・・(2)
また、図1(a)の横軸すなわち駆動電流iの値を同図(b)の横軸(周波数ν)の値に下記式(3)を用いて変換する。これによって図1(b)のように周波数軸上のスペクトルが得られることになる。
【0025】
ν= (i-i)×Γν/ Γ+ ν・・・(3)
(ここで、上記式(1)において、a=Γν/ Γ、b=ν-i×Γν/ Γとなる。)
次いで、上記式(2)で求めた積分面積Aνの値から分析対象ガスを定量する。例えば、ガスの量をモル分率xで表す場合は、下記式(4)で求めることができる。
【0026】
x= AνkT/SP) ・・・(4)
(kはボルツマン定数、Sは吸収線のライン強度)
上記Sは温度Tの関数になっており、その数値はHITRAN等の分光データベースや文献から入手可能である。また、分析対象ガスの温度Tと圧力Pは実際に測定するか、あるいは、ある適切な値を仮定してもよい。
【0027】
ここでは、レーザ周波数を制御するパラメータとしてレーザ発振素子の駆動電流iを例に挙げたが、代わりにレーザ周波数の変化に対応づけられる他の制御パラメータ、例えばレーザ発振素子の温度TL、または前記駆動電流iを発生させるための印加電圧(掃引電圧)E、駆動電流を周期的に変化させている場合は、ある基準時間からの経過時間tを用いることができる。
【0028】
上記においては、吸収スペクトルの横軸はレーザ周波数として説明してきたが、これを波数ν’、または波長λとしてもよい。周波波数、波数、波長の関係は光速をcとしてν =cν’= c/λで与えられる。
【0029】
図2にモル分率1.2 μmol/mol (1.2 ppm)の水分を含む1気圧の窒素ガス(標準ガス)を使った実施例を示す。ここでは駆動電流の代わりに印加電圧E、周波数の代わりに波数ν’を用いている。
【0030】
図2(a)は、キャビティリングダウン分光法を用いて測定された、波数7181 cm-1付近での水の吸収スペクトルを示す。吸収線をローレンツ関数で解析した結果、ΓE = 0.015608 V, E= 0.17337 V, A=3.0917×10-8 Vcm-1が得られた。一方、文献からΓν’ = 0.2266 cm-1, ν’0= 7181.14 cm-1であることがわかるので、これらの数値を用いて電圧軸上の積分面積Aから波数軸上の積分面積Aν’に校正し、また横軸の目盛りを波数に校正した。
【0031】
図2(b)に波数軸上の目盛に校正された吸収スペクトルと校正された積分面積を示す。
【0032】
この積分面積Aν’を使って、測定条件(T=296 K, P=101325 Pa, S=1.50×10-20cm)に基づいて水のモル分率を計算したところ、1.2 μmol/mol (1.2 ppm)となり、使用した標準ガスの値とよく一致した。
同様の実験を水分濃度100 ppb~1.5 ppmの範囲で行った。結果を図3に示す。本発明を使って得られた結果と標準ガスの値との差は2.6 %以下とよく一致していた。
<装置>
図4は上記手順を実行するためのレーザ式ガス分析装置を機能ブロック図で表したものである。
【0033】
駆動回路10はレーザ制御器2を介してレーザ発振素子1に対して所定幅の駆動電流を与え、これによって、レーザ発振素子1は所定幅で周波数掃引されたレーザ光を出射する。当該レーザ光はサンプルガスが充填された測定セル20に導かれる。当該サンプルガスに分析対象ガスが含まれるとき吸収線解析手段30は図1(a)に示す、横軸が電流i(あるいは他のパラメータ)縦軸が吸収係数αである吸収線を得、更に、当該吸収線の電流軸上の中心値i、半値全幅Γ、積分面積Aを得る。この値は積分面積校正手段40と周波数校正手段50に渡される。積分面積校正手段40では前記半値全幅Γと、積分面積Aに加えて、前記サンプルガスの温度Tと圧力Pの下での周波数軸上での半値全幅Γνを、上位の演算手段(図示しない)から得て、前記式(2)を演算する。これによって、周波数軸上での積分面積Aνを得て、濃度演算手段60に渡す。濃度演算手段60では前記式(4)に従って、対象物質の濃度を演算することになる。演算結果は表示手段70で表示される。
【0034】
一方、前記吸収線解析手段30で得られた中心値iと半値全幅Γは周波数校正手段50にも渡され、ここで周波数軸上での前記半値全幅Γνと吸収線の既知の中心周波数νを用いて前記式(3)が演算されて、周波数νを求めることになる。前記吸収線解析手段30で得られた周波数軸上での吸収線は、縦軸を吸収強度α、横軸を前記周波数校正手段50で得られた周波数νとする図1(b)に示す吸収線として表示手段70で表示することができる。
【0035】
前記吸収線解析手段30、積分面積校正手段40、周波数校正手段50、濃度演算手段60は、ハード回路あるいはCPUと協同して機能するプログラムで実現することができる。
【0036】
また、図2(b)に示すように横軸に波数を用いる場合は周波数校正手段50は波数演算手段となる。
【産業上の利用可能性】
【0037】
以上説明したように、本発明は波長計や参照用ガスセルを用いることなく、別途レーザ周波数校正用の実験を行うことなく、レーザ周波数の目盛りの校正が可能となる。波長計や参照用ガスセルを組み込む必要がなくなるのでレーザ分析装置を小型化できる。さらに、本発明によって標準ガスによる分析装置の定期校正が不要となる。これらから本発明は極めて有益である。
【符号の説明】
【0038】
1・・レーザ発振素子
2・・レーザ制御器
10・・駆動回路
20・・測定セル
30・・吸収線解析手段
40・・積分面積校正手段
50・・周波数校正手段
60・・濃度演算手段
70・・表示手段
i・・駆動電流
・・吸収線の電流軸上の中心値
Γ、Γν・・半値全幅
、Aν・・積分面積
ν・・周波数
ν・・吸収線の中心周波数
η・・パラメータ
α・・吸収係数
図1
図2
図3
図4