(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-26
(45)【発行日】2024-03-05
(54)【発明の名称】キャピラリアレイ電気泳動装置
(51)【国際特許分類】
G01N 21/64 20060101AFI20240227BHJP
【FI】
G01N21/64 Z
(21)【出願番号】P 2022569652
(86)(22)【出願日】2020-12-18
(86)【国際出願番号】 JP2020047358
(87)【国際公開番号】W WO2022130606
(87)【国際公開日】2022-06-23
【審査請求日】2023-04-11
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】穴沢 隆
(72)【発明者】
【氏名】伊名波 良仁
(72)【発明者】
【氏名】山本 周平
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-125901(JP,A)
【文献】特開2007-171214(JP,A)
【文献】特表2005-535895(JP,A)
【文献】特開2003-270149(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/64
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザビームを出射するレーザ光源と、
前記レーザビームが一括照射される複数のキャピラリのレーザ照射部が同一の配列平面上に概ね配列されて構成されるキャピラリアレイと、
前記複数のキャピラリからの発光を一括計測する光学系と、を備え、
前記レーザ照射部における前記複数のキャピラリの、外半径をR、内半径をr、外部の媒体の屈折率をn
1、素材の屈折率をn
2、および内部の媒体の屈折率をn
3とするとき、
n
1=1.00、n
2=1.46±0.01、n
3<1.36、およびR/r<5.9
を満足する、キャピラリアレイ電気泳動装置。
【請求項2】
請求項1において、
n
3≦1.35、およびR/r≦5.3
を満足する、キャピラリアレイ電気泳動装置。
【請求項3】
請求項1において、
n
3≦1.34、およびR/r≦4.8
を満足する、キャピラリアレイ電気泳動装置。
【請求項4】
請求項1において、
n
3=1.33±0.01、およびR/r≦4.4
を満足する、キャピラリアレイ電気泳動装置。
【請求項5】
請求項1において、
前記レーザ照射部における前記複数のキャピラリのうち、前記配列平面と垂直方向に最も離れた2本のキャピラリの前記垂直方向の距離を2×ΔZとするとき、
ΔZ≦9 μm
である、キャピラリアレイ電気泳動装置。
【請求項6】
請求項5において、
2≦R/r≦4
である、キャピラリアレイ電気泳動装置。
【請求項7】
請求項5において、
ΔZ≦6 μm
である、キャピラリアレイ電気泳動装置。
【請求項8】
請求項5において、
2≦R/r≦3.5
である、キャピラリアレイ電気泳動装置。
【請求項9】
レーザビームを出射するレーザ光源と、
前記レーザビームが一括照射される複数のキャピラリのレーザ照射部が同一の配列平面上に概ね配列されて構成されるキャピラリアレイと、
前記複数のキャピラリからの発光を一括計測する光学系と、を備え、
前記レーザ照射部における前記複数のキャピラリの、外半径をR、内半径をr、外部の媒体の屈折率をn
1、素材の屈折率をn
2、および内部の媒体の屈折率をn
3とするとき、
n
1=1.00、n
2=1.46±0.01、およびR/r<5.9
を満足し、
n
3<1.36の第1の分析モード、およびn
3≧1.36の第2の分析モードを含む複数の分析モードを有する、キャピラリアレイ電気泳動装置。
【請求項10】
請求項9において、
R/r≦5.3
であり、
前記第1の分析モードにおいて、n
3≦1.35である、キャピラリアレイ電気泳動装置。
【請求項11】
請求項9において、
R/r≦4.8
であり、
前記第1の分析モードにおいて、n
3≦1.34である、キャピラリアレイ電気泳動装置。
【請求項12】
請求項11において、
R/r≦4.4
であり、
前記第1の分析モードにおいて、n
3=1.33±0.01である、キャピラリアレイ電気泳動装置。
【請求項13】
請求項9において、
前記レーザ照射部における前記複数のキャピラリのうち、前記配列平面と垂直方向に最も離れた2本のキャピラリの前記垂直方向の距離を2×ΔZとするとき、
ΔZ≦9 μm
である、キャピラリアレイ電気泳動装置。
【請求項14】
請求項13において、
2≦R/r≦4
である、キャピラリアレイ電気泳動装置。
【請求項15】
請求項13において、
ΔZ≦6 μm
である、キャピラリアレイ電気泳動装置。
【請求項16】
請求項15において、
2≦R/r≦3.5
である、キャピラリアレイ電気泳動装置。
【請求項17】
レーザビームを出射するレーザ光源と、
前記レーザビームが一括照射される複数のキャピラリのレーザ照射部が同一の配列平面上に概ね配列されて構成されるキャピラリアレイと、
前記複数のキャピラリからの発光を一括計測する光学系と、を備え、
前記レーザ照射部における前記複数のキャピラリの、外半径をR、内半径をr、外部の媒体の屈折率をn
1、素材の屈折率をn
2、および内部の媒体の屈折率をn
3とするとき、
n
3<1.36、および
【数1】
を満足し、
前記レーザ照射部における前記複数のキャピラリのうち、前記配列平面と垂直方向に最も離れた2本のキャピラリの前記垂直方向の距離を2×ΔZとするとき、
ΔZ≦9 μm
である、キャピラリアレイ電気泳動装置。
【請求項18】
請求項17において、
ΔZ≦6 μm
である、キャピラリアレイ電気泳動装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、キャピラリアレイ電気泳動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
複数本の、石英ガラス製のキャピラリに、電解質溶液、あるいは高分子ゲルやポリマを含む電解質溶液等の電気泳動分離媒体を充填し、並列に電気泳動分析を行うキャピラリアレイ電気泳動装置が広く用いられている。従来の1本のキャピラリを用いるキャピラリ電気泳動装置と比較して、キャピラリアレイ電気泳動装置は分析スループットを向上することができるだけでなく、サンプルあたりの分析コストを低減することが可能である。最も広く用いられているキャピラリアレイ電気泳動装置は、Thermo Fisher Scientific社から販売されている3500シリーズジェネティックアナライザ、および3730シリーズジェネティックアナライザである。3500シリーズジェネティックアナライザでは8本または24本のキャピラリの並列電気泳動分析が可能であり、3730シリーズジェネティックアナライザでは48本または96本のキャピラリの並列電気泳動分析が可能である。いずれの場合も、複数本のキャピラリのレーザ照射部(キャピラリアレイにおいてレーザが照射される部分)が、ポリイミド被覆が除去された状態で同一平面上に配列されている。この同一平面を配列平面と呼び、複数のキャピラリの配列をキャピラリアレイと呼ぶ。電気泳動の最中に、レーザビームを配列平面の側方より導入することで、複数本のキャピラリが同時に照射され、これによって誘起される各キャピラリから発光蛍光が分光され、同時に検出される。レーザビームを配列平面の側方より入射して複数本のキャピラリを同時照射する方法はマルチフォーカス法と呼ばれ、特許文献1に詳しく説明されている。マルチフォーカス法では、各キャピラリを凸レンズとして作用させ、レーザビームを配列平面に沿って繰り返し集光させ、キャピラリアレイ中を進行させることによって、複数本のキャピラリの同時照射を可能としている。これにより、キャピラリ本数と同じ数のサンプルのDNAシーケンス、あるいはDNAフラグメント解析を並列に行うことができる。特許文献1に記されているように、複数本のキャピラリのレーザ照射部において、キャピラリの外半径をR(外径は2R)、内半径をr(内径は2r)、キャピラリの素材の屈折率をn2とし、キャピラリの外部の媒体の屈折率をn1、キャピラリの内部の媒体(分離媒体)の屈折率をn3、レーザビームの入射位置と配列平面の距離をx(≦r)とし、x=r/2とするとき、レーザビームが1本のキャピラリを透過する際の屈折角は、下記式(1)で表される。
【0003】
【0004】
各キャピラリは、Δθ>0のとき凹レンズ、Δθ<0のとき凸レンズとして作用する。Δθ<0となる条件にすることによって、マルチフォーカスが機能し、複数のキャピラリのレーザビームによる同時照射が可能となる。逆に、Δθ>0となる条件にすると、マルチフォーカスは機能せず、レーザビームが配列平面から発散するため、複数のキャピラリのレーザビームによる同時照射が不可能となる。一般に、キャピラリの素材は石英ガラスであり、n2=1.46で固定である。式(1)より、各キャピラリの凸レンズ作用を強める(凹レンズ作用を弱める)ためには、n1は小さい程、n3は大きい程、良いことが分かる。逆に、n1は大きい程、n3は小さい程、各キャピラリの凹レンズ作用が強まる。
【0005】
マルチフォーカスが機能する場合においても、キャピラリ外部の媒体とキャピラリの界面、およびキャピラリ内部の媒体とキャピラリの界面におけるレーザビームの反射ロスによって、レーザビームがキャピラリアレイ中を進行するのに従ってその強度が減衰し、得られる蛍光強度もそれに応じて減衰する。蛍光強度がキャピラリ間で大きく異なると、複数のサンプルを同等条件で分析することができなくなるため不都合である。(尚、後述の実施形態では信号強度の代表として蛍光強度を取り扱うが、蛍光強度以外の信号強度、例えば散乱強度や吸光度であっても良い。)そこで、3500シリーズジェネティックアナライザ、および3730シリーズジェネティックアナライザにおいては、1個のレーザ光源から発振されたレーザビームを2本に分割し、2本のレーザビームを配列平面の両側方から入射させ、それぞれについてマルチフォーカスが機能するようになされている。このようにすることによって、配列平面の一方から入射されたレーザビームの強度と、配列平面の他方から入射されたレーザビームの強度の合計が均一化されるようにされている。レーザビームを配列平面の一側方からのみ入射させる構成を片側照射と呼び、レーザビームを配列平面の両側方から入射させる構成を両側照射と呼ぶ。片側照射でも、両側照射でも、マルチフォーカスが機能するか、機能しないかは共通である。
【0006】
3500シリーズジェネティックアナライザ、および3730シリーズジェネティックアナライザで行われるDNAシーケンス、あるいはDNAフラグメント解析では、サンプルに含まれるDNA断片が1本鎖状態で電気泳動分離されるようにするため、分離媒体に変性剤であるウレアが高濃度に含まれるポリマ溶液が用いられる。実際、3500シリーズジェネティックアナライザ、および3730シリーズジェネティックアナライザ用に販売されている分離媒体であるPOP-4、POP-6、およびPOP-7にはいずれも8 Mのウレアが含まれている。水の屈折率が1.33であるのに対して、8 Mのウレアが含まれる上記のポリマ溶液の屈折率はn3=1.41に上昇している。これは、各キャピラリの凸レンズ作用を強めることになり、マルチフォーカスに有利な条件になっている。
【0007】
特許文献1に基づく構成により、3500シリーズジェネティックアナライザでは、外径2R=323 μm、内径2r=50 μmの複数本のキャピラリのレーザ照射部が空気中に配置されている。つまり、n1=1.00である。このとき、上記式(1)より、Δθ=-1.3°となり、各キャピラリが凸レンズ作用を有することが分かる。このため、マルチフォーカスが機能して、8本または24本のキャピラリのレーザビームによる同時照射が可能となっている。しかしながら、当該構成では、キャピラリ外部の空気層と、キャピラリ(石英ガラス)の界面におけるレーザビームの反射ロスが大きいため、同時照射可能なキャピラリ本数が24本程度までになっている。
【0008】
そこで、特許文献2に示されている構成によって、同時照射可能なキャピラリ本数を増大させたのが3730シリーズジェネティックアナライザである。3730シリーズジェネティックアナライザでは、外径2R=126 μm、内径2r=50 μmの複数本のキャピラリのレーザ照射部が屈折率n1=1.29のフッ素溶液中に配置されている。このとき、上記式(1)より、Δθ=-0.69°となり、各キャピラリが凸レンズ作用を有し、マルチフォーカスが機能することが分かる。さらに、キャピラリ外部のフッ素溶液層と、キャピラリ(石英ガラス)の界面におけるレーザビームの反射ロスが低減されるため、同時照射可能なキャピラリ本数が増大する。このため、48本または96本のキャピラリのレーザビームによる同時照射が可能となっている。
【0009】
非特許文献1に示される構成は、同時照射可能なキャピラリ本数をさらに増大させるものである。当該構成では、外径2R=126 μm、内径2r=50 μmの複数本のキャピラリのレーザ照射部が屈折率n1=1.46のマッチング溶液中に配置されている。また、配列する複数のキャピラリの内、一端から奇数番目のキャピラリを分析用(以降、分析キャピラリ)とし、偶数番目のキャピラリをロッドレンズ(以降、レンズキャピラリ)として用いる。つまり、分析キャピラリとレンズキャピラリが交互に配列されている。分析キャピラリの内部の媒体(分離媒体)の屈折率をn3=1.41、レンズキャピラリの内部の媒体の屈折率をn4=1.53とする。キャピラリの素材はいずれも石英ガラスであり、屈折率n2=1.46である。また、キャピラリ外部のマッチング溶液層と、キャピラリ(石英ガラス)の界面におけるレーザビームの反射ロスがゼロになるため、同時照射可能なキャピラリ本数がさらに増大する。さらに、非特許文献1では、P.2874からP.2875に亘って、レーザビームによって同時照射可能な最大のキャピラリ本数の定義が記されている。片側照射で入射強度を100%とする場合に、レーザビームの強度が50%に減衰するまでのキャピラリ本数を2倍した本数が、同時照射可能な最大のキャピラリ本数としている。このキャピラリ本数を有するキャピラリアレイを両側照射した場合に、各キャピラリの照射強度が均一化されると期待されるためである。この定義に従うと、特許文献2の構成における最大キャピラリ本数は150本、非特許文献1の構成における最大キャピラリ本数は550本になるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特許第3654290号公報
【文献】特許第5039156号公報
【非特許文献】
【0011】
【文献】Electrophoresis 2006, 27, 2869-2879
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
以上の公知技術ではすべて、分離媒体に高濃度のウレアが含まれており、n3=1.41である。一方、1本のキャピラリを用いるキャピラリ電気泳動装置では、分離媒体に高濃度のウレアが含まれているとは限らず、様々な種類の分離媒体が用いられている。例えば、DNA断片を2本鎖状態で電気泳動分離させるための分離媒体にはウレアは含まれておらず、その屈折率は水と同じn3=1.33である。つまり、一般に、キャピラリ電気泳動で用いられる分離媒体の屈折率は1.33≦n3≦1.41の様々な値となり得る。近年、そのような様々な種類の分離媒体を用いた電気泳動分析を高スループット化、あるいは低コスト化するために、そのような様々な種類の分離媒体をキャピラリアレイ電気泳動装置で用いられるようにすることが求められている。
【0013】
しかしながら、上述の公知技術のいずれの構成においても、n3=1.33とすると、各キャピラリの凸レンズ作用は失われ、凹レンズ作用が強くなり、マルチフォーカスが機能しない。すなわち、複数のキャピラリを用いた並列な電気泳動分析は不可能になる。具体的には、次の通りである。
【0014】
特許文献1に基づく3500シリーズジェネティックアナライザにおいて、n3=1.33とすると、式(1)より、Δθ=+1.3°となり、各キャピラリが凹レンズ作用を有することが分かる。このため、マルチフォーカスが機能せず、8本または24本のキャピラリのレーザビームによる同時照射が不可能となっている。
【0015】
特許文献2に基づく3730シリーズジェネティックアナライザにおいて、n3=1.33とすると、式(1)より、Δθ=+2.9°となり、各キャピラリが凹レンズ作用を有することが分かる。このため、マルチフォーカスが機能せず、48本または96本のキャピラリのレーザビームによる同時照射が不可能となっている。
【0016】
非特許文献1に基づく構成において、n
3=1.33とすると、式(1)より、分析キャピラリ1本の屈折角はΔθ
A=+6.6°である一方、レンズキャピラリ1本の屈折角はΔθ
B=-3.0°となる。このとき、Δθ
A+Δθ
B=+3.6°となるため、分析キャピラリ1本とレンズキャピラリ1本の1組で凹レンズ作用を示し、マルチフォーカスが機能しない。なお、非特許文献1の構成においてn
3=1.41のときは、式(1)より、分析キャピラリ1本の屈折角はΔθ
A=+2.4°である一方、レンズキャピラリ1本の屈折角はΔθ
B=-3.0°となる。このとき、Δθ
A+Δθ
B=-0.6°となるため、分析キャピラリ1本とレンズキャピラリ1本の1組で凸レンズ作用を示し、マルチフォーカスが機能する。このように、Δθ
A+Δθ
Bによってマルチフォーカスの機能の有無を評価する方法は本開示で見出されたものである。非特許文献1のP.2875において、n
3=1.33の場合にも非特許文献1の構成が有利に働く旨の記載がある。しかしながら、上述の非特許文献1における最大キャピラリ本数の定義に従うと、非特許文献1の
図11より、n
3=1.33の場合の最大キャピラリ本数は8本程度に過ぎない。したがって、n
3=1.33の場合には非特許文献1の構成は機能しない。
【0017】
本開示は、このような状況に鑑み、キャピラリアレイ電気泳動装置において1.33≦n3≦1.41の範囲の任意の屈折率を有する種々の分離媒体(もちろん、1.33≦n3≦1.41の範囲外の屈折率の分離媒体にも対応可能)を用いても電気泳動分析を可能にする技術を提案する。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題を解決するために、本開示は、例えば、レーザビームを出射するレーザ光源と、前記レーザビームが一括照射される複数のキャピラリのレーザ照射部が同一の配列平面上に概ね配列されて構成されるキャピラリアレイと、前記複数のキャピラリからの発光を一括計測する光学系と、を備え、前記レーザ照射部における前記複数のキャピラリの、外半径をR、内半径をr、外部の媒体の屈折率をn1、素材の屈折率をn2、および内部の媒体の屈折率をn3とするとき、n1=1.00、n2=1.46±0.01、n3<1.36、およびR/r<5.9を満足する、キャピラリアレイ電気泳動装置を提案する。
【0019】
本開示に関連する更なる特徴は、本明細書の記述、添付図面から明らかになるものである。また、本開示の態様は、要素及び多様な要素の組み合わせ及び以降の詳細な記述と添付される請求の範囲の様態により達成され実現される。
本明細書の記述は典型的な例示に過ぎず、本開示の請求の範囲又は適用例を如何なる意味に於いても限定するものではないことを理解する必要がある。
【発明の効果】
【0020】
本開示の技術によれば、キャピラリアレイ電気泳動装置において、1.33≦n3≦1.41の範囲の任意の屈折率を有する種々の分離媒体を用いた電気泳動分析を実施することが可能になる。特に、水の屈折率1.33と同じか、あるいはそれに近い低屈折率を有する分離媒体を用いたキャピラリ電気泳動分析が可能になる。これにより、分析スループットの向上、およびサンプルあたりの分析コストの低減が可能なキャピラリアレイ電気泳動装置のアプリケーションの幅を大幅に拡大することが可能となる。
上記した以外の課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】キャピラリアレイ電気泳動装置の構成例を示す図である。
【
図2】キャピラリアレイ電気泳動装置の光学系の構成例を示す図である。
【
図3】センサと計算機の連携を示す構成例を示す図である。
【
図4】特許文献1に基づくキャピラリアレイの構成とレーザビーム光線追跡結果を示す図である。
【
図5】特許文献1に基づくキャピラリアレイの相対蛍光強度分布を示す図である。
【
図6】特許文献2に基づくキャピラリアレイの構成とレーザビーム光線追跡結果を示す図である。
【
図7】特許文献2に基づくキャピラリアレイの相対蛍光強度分布を示す図である。
【
図8】本開示のキャピラリアレイの構成とレーザビーム光線追跡結果を示す図である。
【
図9】本開示のキャピラリアレイの相対蛍光強度分布を示す図である。
【
図10】キャピラリアレイの配列誤差ΔZの定義を説明するための図である。
【
図11】キャピラリアレイの配列誤差ΔZと製造コストの関係を説明するための図である。
【
図12】キャピラリアレイの配列誤差ΔZと相対蛍光強度分布の関係(n
3=1.41)を示す図である。
【
図13】キャピラリアレイの配列誤差ΔZと相対蛍光強度分布の関係(n
3=1.41)を示す図である。
【
図14】キャピラリアレイの配列誤差ΔZと相対蛍光強度分布の関係(n
3=1.33)を示す図である。
【
図15】キャピラリアレイの配列誤差ΔZと相対蛍光強度分布の関係(n
3=1.33)を示す図である。
【
図16】キャピラリアレイの配列誤差ΔZと相対蛍光強度と変動係数の関係(n
3=1.41)を示す図である。
【
図17】キャピラリアレイの配列誤差ΔZと相対蛍光強度と変動係数の関係(n
3=1.33)を示す図である。
【
図18】キャピラリの外径と許容される配列誤差ΔZの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本開示の技術は、複数のキャピラリを用いた電気泳動の最中に、複数のキャピラリにレーザビームを同時に照射し、各キャピラリからの発光蛍光を同時に検出することによって、複数のサンプルを同時に分析するキャピラリアレイ電気泳動装置に関する。
【0023】
(A)本開示の技術の概要
本開示は、主に、水の屈折率1.33と同等か、あるいは屈折率が1.36未満の低屈折率を有する分離媒体を用いることができるようにする技術を提案する。このような低屈折率の分離媒体を用いた場合、いずれの公知例(特許文献1及び2、および非特許文献1)に開示の技術を用いてもマルチフォーカスが機能せず、複数のキャピラリのレーザビームによる同時照射が困難である。
【0024】
また、本開示は、上記のような低屈折率の分離媒体だけでなく、高屈折率の分離媒体、典型的には、屈折率が1.36以上、1.42以下の分離媒体を用いてもキャピラリ電気泳動分析をできるようにする技術も提案する。同時照射可能な最大のキャピラリ本数は多いほど良く、8本以上、状況によって24本以上とすることもできる。同一キャピラリアレイ内の複数のキャピラリそれぞれの照射強度および蛍光強度のうち、最低の照射強度および蛍光強度は大きいほど良い。レーザ光源から発振したレーザビームの全強度が1本のキャピラリの内部に照射された場合に期待される蛍光強度を1とする場合、蛍光強度の最小値MIN(Minimum)が、MIN≧0.2であれば実用的な感度が得られることが経験的に分かっている。また、同一キャピラリアレイ内の複数のキャピラリの間の照射強度および蛍光強度のばらつきは小さいほど良い。照射強度および蛍光強度の変動係数CV(Coefficient of Variation)が、CV≦20%、状況に応じてCV≦15%であれば、異なるサンプルを同等条件で分析可能となることが経験的に分かっている。本開示は、このようなキャピラリアレイ電気泳動装置の実用性能を満たすことを目標とする。
【0025】
上記課題の下、鋭意検討した結果、キャピラリアレイにおける各キャピラリについて、キャピラリ外径が2R=126 μm、キャピラリ内径が2r=50 μm、キャピラリ外部が空気でありn1=1.00、キャピラリ素材が石英ガラスでありn2=1.46、キャピラリ内部が分離媒体でありn3=1.33とするとき、式(1)より、Δθ=-3.2°となるため、各キャピラリが凸レンズ作用を示し、マルチフォーカスが機能することが分かった。上記の特許文献1に基づく3500シリーズジェネティックアナライザにおいて、n3=1.33とする場合との違いは、キャピラリの外径2Rを323 μmから126 μmに低減したことである。これによって各キャピラリの凹レンズ作用が凸レンズ作用に変換されている。
【0026】
さらに検討すると、キャピラリの外径2Rが220 μm以下であれば、Δθ<0となり、凸レンズが作用することが分かった。キャピラリ内径が2r=50 μmの場合に限定せずに一般化すると、R/r≦4.4のとき、Δθ<0となり、凸レンズが作用することが分かった。n3=1.33の低屈折率の分離媒体は特許文献1では検討されていない。すなわち、上記は本開示の技術で初めて見出された条件である。
【0027】
また、キャピラリ外径が2R=126 μm、キャピラリ内径が2r=50 μmの場合、キャピラリ内部の分離媒体の屈折率がn3=1.34、1.35および1.36であるとき、式(1)より、Δθ=-3.5°、-3.8°、および-4.2°となり、やはり各キャピラリが凸レンズ作用を示し、マルチフォーカスが機能することが分かった。さらに検討すると、キャピラリの外径2Rがそれぞれ240 μm以下、264 μm以下および293 μm以下であれば、Δθ<0となり、凸レンズが作用することが分かった。一般化すると、それぞれR/r≦4.8、R/r≦5.3およびR/r≦5.9のとき、Δθ<0となり、凸レンズが作用することが分かった。すなわち、屈折率が1.36未満の低屈折率を有する分離媒体を用いる場合はR/r<5.9とすれば良いことが分かった。このような低屈折率の分離媒体は特許文献1では検討されていない。すなわち、上記は本開示の技術で初めて見出された条件である。
【0028】
上記の凸レンズ作用を有する条件において実験を行ったところ、レーザビームによる複数のキャピラリの同時照射が必ずしも実現できない場合、すなわちマルチフォーカスが必ずしも機能しない場合があることが分かった。詳細に検討した結果、キャピラリアレイの配列誤差がマルチフォーカスの性能に悪影響を与えていることが判明した。本明細書では、配列誤差ΔZを次のように定義する。まず、配列平面と垂直方向にZ軸を設定し、Z=0 μmに配列平面が位置しているとする。また、レーザ照射部における複数のキャピラリの中心軸の各Z座標の中央値がゼロになるようにする。そして、配列平面から最も離れたキャピラリの中心軸のZ座標の絶対値をΔZとする。このとき、各キャピラリの中心軸の各Z座標は、±ΔZの範囲内で分散している。
【0029】
特許文献1は、配列誤差が存在しない、すなわちΔZ=0 μmを前提としている。しかしながら、現実にはΔZ=0 μmのキャピラリアレイを製造することは不可能である。このため、上記のように、理屈と実験結果が異なる場合が生じる。キャピラリアレイの配列誤差ΔZが小さいほど、マルチフォーカス性能に与える悪影響が小さくなることは自明である。しかしながら、配列誤差ΔZがより小さなキャピラリアレイを製造するには、それだけ高いコストを要する。したがって、必要なマルチフォーカス性能を得るための、キャピラリアレイの配列誤差ΔZの許容度を定量的に明らかにする必要がある。
【0030】
特許文献2は、キャピラリ外部が空気(n1=1.00)ではなく、フッ素溶液(n1=1.29)であるため、特許文献1および本開示の技術の構成とは異なるが、明細書中にΔZ=6 μmの記載がある。しかしながら、この配列誤差とマルチフォーカス性能の関係が示されておらず、目標とする性能を満足するための配列誤差の条件が不明である。また、ΔZ=6 μmが目標とする性能を満足するための条件になっているかどうかも不明である(ΔZと性能の関係が明示されていない)。
【0031】
非特許文献1は、キャピラリ外部が空気(n1=1.00)ではなく、マッチング溶液(n1=1.46)である上、分析キャピラリとレンズキャピラリを交互配列しているため、特許文献1および本開示の技術の構成とは異なるが、明細書中に許容可能な配列誤差がΔZ≦0.3 μmの記載がある。ここで、配列誤差の最大値ΔZが配列誤差の分布の標準偏差σの3倍であると仮定している(ΔZ=3σ)。しかしながら、ΔZ≦0.3 μmのキャピラリアレイを製造することは極めて困難である。また、仮にそのようなキャピラリアレイを製造できたとしても、製造コストが高騰する恐れがある。
【0032】
そこで、本開示の技術では、配列誤差ΔZとマルチフォーカス性能との関係、および配列誤差ΔZとキャピラリアレイの製造コストとの関係を系統的に検討した上で、低屈折率の分離媒体を用いたキャピラリアレイにおいて、マルチフォーカスを機能させる条件を明らかにする。すなわち、低屈折率の分離媒体を用いたキャピラリアレイ電気泳動装置において、キャピラリアレイの製造コストを許容範囲内に収めながら、目標とするマルチフォーカス性能を得るための、キャピラリアレイの外部の媒体の屈折率、外径、内径、配列誤差、等の条件を導出する。一般に、製造コストは、製造歩留まりが低くなるとともに高騰する。製造歩留まりが100%のときの製造コストを基準として、基準の2~3倍程度の製造コストが許容範囲である。
【0033】
具体的には、24本キャピラリアレイ電気泳動装置において、キャピラリアレイの製造コストを基準の2倍増以内に収めながら、各キャピラリのレーザビーム照射効率のばらつきをCV≦20%とするためには、n1=1.00、n2=1.46、n3=1.33、2R=100~200 μm、2r=50 μm(R/r=2~4)、ΔZ=9 μmを満足させれば良い。あるいは、24本キャピラリアレイ電気泳動装置において、キャピラリアレイの製造コストを基準の2倍増以内に収めながら、各キャピラリのレーザビーム照射効率のばらつきをCV≦15%とするためには、n1=1.00、n2=1.46、n3=1.33、2R=100~175 μm、2r=50 μm(R/r=2~4)、ΔZ=6 μmを満足させれば良い。
【0034】
以下、本開示の各実施形態について詳細に説明する。尚、以下では各実施形態を別々に説明するが、各実施形態に示す技術は排他的なものではなく、適宜相互に組み合わせることができるものである。
【0035】
(B)第1の実施形態
<キャピラリアレイ電気泳動装置の構成例>
図1は、キャピラリアレイ電気泳動装置の構成例を示す図である。本キャピラリアレイ電気泳動装置では、従来のキャピラリアレイ電気泳動装置で行われているDNAシーケンスや1本鎖DNAフラグメント解析に加えて、2本鎖DNAフラグメント解析を実施する。本実施形態では、24本のキャピラリを用い(ただし、
図1では4本のキャピラリのみを示している)、まず、各キャピラリで異なるサンプルのDNAシーケンスを実施し、次に、各キャピラリで異なるサンプルの2本鎖DNAフラグメント解析を実施した。DNAシーケンスのサンプルには、4種類の塩基に対応した4種類の蛍光体で標識された、種々の長さの1本鎖DNA断片が含まれる。また、DNAシーケンスを行う際に各キャピラリに充填する電気泳動分離媒体は、変性剤として8 Mのウレアが含まれたポリマ溶液であり、その屈折率はn
3=1.41である。一方、2本鎖DNAフラグメント解析のサンプルには、2種類の蛍光体で標識された、種々の長さの2本鎖DNA断片が含まれる。片方の蛍光体で標識された2本鎖DNA断片はPCR産物であり、もう片方の蛍光体で標識された2本鎖DNA断片はサイズマーカーである。2本鎖DNAフラグメント解析を行う際に各キャピラリに充填する電気泳動分離媒体は、変性剤であるウレアが含まれていないポリマ溶液であり、その屈折率はn
3=1.33である。以下の(i)~(vi)の工程によって、1回の分析セッションを実行した。
【0036】
(i)まず、24本のキャピラリ1の試料注入端2を陰極側緩衝液6に浸し、試料溶出端3をポリマブロック9を介して陽極側緩衝液7に接続した。
【0037】
(ii)次に、ポリマブロック9のバルブ10を閉じ、ポリマブロック9に接続されたシリンジ11のピストンを押し下げることにより内部のポリマ溶液に加圧し、ポリマ溶液を各キャピラリ1の内部に、試料溶出端3から試料注入端2に向かって充填した。
【0038】
(iii)続いて、バルブ10を開け、各キャピラリ1に試料注入端2から異なるサンプルを電界注入した後、陰極4と陽極5の間に電源8により高電圧を印加することにより、キャピラリ電気泳動を開始した。複数種類の蛍光体で標識されたDNA断片は、試料注入端2から試料溶出端3に向かって電気泳動された。
【0039】
(iv)並行して、各キャピラリ1の、試料注入端2から一定距離電気泳動された位置をレーザ照射部14とし、レーザ光源12から発振されたレーザビーム13をレーザ照射部14にマルチフォーカス法によって一括照射した。ここで、レーザ照射部14近傍の各キャピラリ1の被覆を予め除去し、レーザ照射部14近傍の各キャピラリ1を配列平面上に配列し、レーザビーム13を、集光してから、上記の配列平面の側方より、配列平面に沿って入射した。
図1では簡単のため、レーザビーム13の片側照射を行っているように描かれているが、実際には、レーザビーム13を2分割して両側照射を行った。
【0040】
(v)そして、複数種類の蛍光体で標識されたDNA断片が、各キャピラリ1の内部を電気泳動され、レーザ照射部14を通過する際にレーザビーム13の照射によって標識蛍光体が励起され、蛍光を発光した。つまり、24個の発光点(レーザ照射部)から複数種類の蛍光体が蛍光発光し、電気泳動に伴い、それぞれの蛍光強度が時々刻々と変化した。
【0041】
(vi)最後に、各発光点から発光される蛍光を多色検出し、得られた時系列データを解析することによって、各キャピラリに注入されたサンプルの分析を行った。
【0042】
以上の(i)~(vi)の工程は、DNAシーケンスを行う場合と、2本鎖DNAフラグメント解析を行う場合で共通であるが、ポリマ溶液および緩衝溶液は適宜変更する。すなわち、本実施形態のキャピラリアレイ電気泳動装置は、例えば、2本鎖DNAフラグメント解析用の第1の分析モードおよびDNAシーケンス用の第2の分析モードを含む、条件が異なる複数の分析モードを切り替えて実行することができる。各分析モードでは、それぞれの目的に応じて電気泳動分析の条件を適宜変更することが有効である。変更が可能な電気泳動分析の条件として、キャピラリの制御温度、電気泳動時の電界強度、試料注入時の電界強度と試料注入時間、レーザ照射強度、センサの露光時間、等々がある。例えば、第1の分析モードではキャピラリを30℃に温度調節し、第2の分析モードではキャピラリを60℃に温度調節する等、各分析モードでキャピラリの制御温度を変化させることが有効である。なお、「第1の」および「第2の」という記載は、単に分析モードを区別するために便宜上付されているものであり、分析モードが実行される順番を示しているのではない。上記の例において、DNAフラグメント解析における電気泳動分離媒体の屈折率はn3=1.33であり、DNAシーケンスにおける電気泳動分離媒体の屈折率はn3=1.41である。したがって、第1の分析モードにおける電気泳動分離媒体の屈折率はn3<1.36であり、第2の分析モードにおける電気泳動分離媒体の屈折率はn3≧1.36である。また、(i)~(vi)の工程からなる分析セッションは複数回、繰り返すことができる。例えば、1回目の分析セッションではサンプル1~24を分析し、2回目の分析セッションではサンプル25~48を分析し、…、とすることによって、多数の異なるサンプルを分析することができる。この際、同じポリマ溶液および緩衝溶液を用いて、DNAシーケンスを繰り返しても良いし、途中で2本鎖DNAフラグメント解析に切り替えても良い。任意の分析セッションにおいて、任意のアプリケーションを選択できる。
【0043】
<蛍光検出を行う光学系の構成例>
図2は、キャピラリアレイ電気泳動装置の蛍光検出を行う光学系の構成例を示す断面図である。本光学系は、
図1のレーザ照射部14の奥側に位置している。
図1と同様に、
図2では4本のキャピラリアレイの片側照射が描かれているが、実際には24本キャピラリアレイの両側照射である。レーザビーム13のマルチフォーカスによる照射により、配列平面上に配列する各キャピラリ1を同時照射した。各キャピラリ1のレーザ照射部14はそれぞれ蛍光の発光点20となる。各発光点20からの発光蛍光21を、一括して、集光レンズ15によってコリメートし、レーザカットフィルタ16でレーザ光を遮断し、透過型回折格子17を透過させることで各キャピラリの中心軸方向に波長分散させ、結像レンズ18でセンサ19上に結像点22をそれぞれ結像させた。センサ19は、CCDやCMOS等のエリアセンサ、あるいはフォトダイオードアレイ等、複数の結像点22を同時計測できるものであれば良い。各結像点22は実際には
図2の奥行方向に波長分散されているが、
図2では各結像点22の単一波長部分が模式的に描かれている。
【0044】
このような光学系では、光学系の光軸23から離れるに従って集光効率が低下する。これは、
図2に示されている通り、光軸23から離れた発光点20からの発光蛍光21の集光角度が、光学系のケラレ効果によって、小さくなるためである。したがって、各発光点20から等強度の蛍光が発光されたとしても、発光点20が光軸23から離れるに従って、対応する結像点22の蛍光強度が低くなる。どの程度のケラレ効果が存在するか、すなわち、ケラレ効果に基づいた光学系補正係数は光学系によって決まり、計算または実験によって調べることが可能である。ケラレ効果に基づいた光学系補正係数によって、各発光点20における蛍光強度から各結像点22における蛍光強度を計算することができる。
【0045】
<データ解析および装置制御のためのシステム構成例>
図3は、センサと計算機の連携を示す構成例を示す図である。光学系はキャピラリアレイ電気泳動装置の一部であり、センサは光学系の一部である。計算機はキャピラリアレイ電気泳動装置と接続されている。計算機は、データ解析だけでなく、キャピラリアレイ電気泳動装置の制御も行う。入力部であるタッチパネル、キーボード、マウス等を通じて、データ解析の条件設定やキャピラリアレイ電気泳動装置制御の条件設定を行う。センサから出力される信号の時系列生データが順次メモリに格納される。また、HDDの内部にあるデータベースに格納されている解析パラメータ情報がメモリに格納される。CPUは、メモリに格納された解析パラメータ情報を用いて、メモリに格納された時系列生データを解析し、時系列解析データを導出し、順次メモリに格納すると同時に、表示部であるモニタに表示する。また、ネットワークインターフェースNIFを通じて解析結果をネットワーク上の情報と照合することができる。
【0046】
<従来(特許文献1)のキャピラリアレイの構成例>
図4(a)は、特許文献1に基づく3500シリーズジェネティックアナライザのキャピラリアレイの構成を示す断面図である。外径2R=323 μm、内径2r=50 μmの24本のキャピラリのレーザ照射部が間隔370 μmで同一平面上に配列している。配列誤差はゼロである(ΔZ=0 μm)。キャピラリ外部は空気でありn
1=1.00、キャピラリ素材は石英ガラスでありn
2=1.46である。
【0047】
図4(b)は、上記条件下で、キャピラリ内部が高屈折率の分離媒体でありn
3=1.41の場合に、φ50 μmのレーザビームを左側から片側照射した際のレーザビーム光線追跡結果を示す図である。明らかにマルチフォーカスが機能しており、24本すべてのキャピラリの内部を効率良く照射できている。これは、式(1)によりΔθ=-1.3°となり、各キャピラリが凸レンズ作用を示すことに対応している。
【0048】
これに対して、
図4(c)は、上記条件下で、キャピラリ内部が低屈折率の分離媒体でありn
3=1.33の場合の同様のレーザビーム光線追跡結果を示す図である。明らかにマルチフォーカスが機能せず、レーザビームがキャピラリアレイから発散しており、キャピラリアレイ全体を効率良く照射できていない。これは、式(1)によりΔθ=+1.3°となり、各キャピラリが凹レンズ作用を示すことに対応している。
【0049】
<従来(特許文献1)のキャピラリアレイ構成による相対蛍光強度分布>
図5(a)は、
図4(b)および(c)に示される片側照射の結果を両側照射の場合に焼き直した場合についての、各キャピラリの相対蛍光強度を示す図である。キャピラリ番号は、
図4(a)~(c)の一番左側のキャピラリを1とし、右側に向かって順番に付けた番号である。相対蛍光強度は、各キャピラリのレーザ照射部に一定濃度の蛍光体が存在すると仮定し、レーザビーム反射ロスを加味した各キャピラリの照射強度から計算される蛍光強度である。レーザ光源から発振したレーザビームの全強度が1本のキャピラリの内部に照射された場合に期待される蛍光強度を1としている。両側照射の計算では、レーザビームの全強度の半分がキャピラリアレイの両側から照射されるとした。n
3=1.41の場合、24本のキャピラリについて相対蛍光強度の最小値がMIN=0.42、変動係数(=相対蛍光強度の標準偏差/相対蛍光強度の平均値)がCV=11%という結果が得られ、実用性能であるMIN≧0.2およびCV≦20%を満たすことが分かる。キャピラリ番号に対する相対蛍光強度が下に凸の分布になっているのは、マルチフォーカスが機能しているにも関わらず、レーザビームがキャピラリアレイ内を進行するのに伴って、反射ロスによってレーザビームの強度が減衰するためである。これに対して、n
3=1.33の場合、MIN=0.068、およびCV=74%が得られ、実用性能を満たさないことが分かる。
【0050】
図5(b)は、
図5(a)の結果に対して、3500シリーズジェネティックアナライザの光学系のケラレ効果を加味した、すなわち、ケラレ効果に基づいた光学系補正係数を乗じることによって得られる、各キャピラリの光学系補正相対蛍光強度を示す図である。n
3=1.41の場合、キャピラリ番号に対して、相対蛍光強度の下に凸の分布と光学系補正の分布が相殺し、光学系補正相対蛍光強度は平坦な分布になっている。その結果、蛍光強度の最小値MIN=0.42は変化しないが、変動係数がCV=0.76%に大幅に減少した。もちろん、実用性能はすべて満たされている。これに対して、n
3=1.33の場合、MIN=0.066、およびCV=61%とあまり変化せず、実用性能を満たさないことに変わりがない。
【0051】
<従来(特許文献2)のキャピラリアレイの構成例>
図6(a)は、特許文献2に基づく3730シリーズジェネティックアナライザのキャピラリアレイの構成を示す断面図である。外径2R=126 μm、内径2r=50 μmの96本のキャピラリのレーザ照射部が間隔155 μmで同一平面上に配列している。配列誤差はゼロである(ΔZ=0 μm)。キャピラリ外部はフッ素溶液でありn
1=1.29、キャピラリ素材は石英ガラスでありn
2=1.46である。
【0052】
図6(b)は、上記条件下で、キャピラリ内部が高屈折率の分離媒体でありn
3=1.41の場合に、φ50 μmのレーザビームを左側から片側照射した際のレーザビーム光線追跡結果を示す図である。マルチフォーカスが機能しており、96本すべてのキャピラリの内部を効率良く照射できている。これは、式(1)によりΔθ=-0.69°となり、各キャピラリが凸レンズ作用を示すことに対応している。
【0053】
これに対して、
図6(c)は、上記条件下で、キャピラリ内部が低屈折率の分離媒体でありn
3=1.33の場合の同様のレーザビーム光線追跡結果を示す図である。マルチフォーカスが機能せず、レーザビームがキャピラリアレイから発散しており、キャピラリアレイ全体を効率良く照射できていない。これは、式(1)によりΔθ=+2.9°となり、各キャピラリが凹レンズ作用を示すことに対応している。
【0054】
<従来(特許文献2)のキャピラリアレイ構成による相対蛍光強度分布>
図7(a)は、
図6(b)および(c)に示される片側照射の結果を両側照射の場合に焼き直した場合についての、各キャピラリの相対蛍光強度を示す図である。n
3=1.41の場合、96本のキャピラリについて相対蛍光強度の最小値がMIN=0.63、変動係数がCV=3.2%という結果が得られ、実用性能であるMIN≧0.2およびCV≦20%を満たすことが分かる。これに対して、n
3=1.33の場合、MIN=0.00067、およびCV=192%となり、実用性能を満たさないことが分かる。
【0055】
図7(b)は、
図7(a)の結果に対して、3730シリーズジェネティックアナライザの光学系のケラレ効果を加味した、すなわち、ケラレ効果に基づいた光学系補正係数を乗じることによって得られる、各キャピラリの光学系補正相対蛍光強度を示す図である。n
3=1.41の場合、キャピラリ番号に対して、相対蛍光強度のやや下に凸の分布であるのに対して、光学系補正相対蛍光強度は上に凸の分布になっている。その結果、蛍光強度の最小値がMIN=0.54にやや減少し、変動係数がCV=4.6%にやや増大した。しかしながら、実用性能は満たしている。これに対して、n
3=1.33の場合、MIN=0.00066、およびCV=183%とあまり変化せず、実用性能を満たさないことに変わりがない。
【0056】
<第1の実施形態によるキャピラリアレイの構成例>
図8(a)は、第1の実施形態に基づくキャピラリアレイの構成例を示す断面図である。外径2R=126 μm、内径2r=50 μmの24本のキャピラリのレーザ照射部が間隔155 μmで同一平面上に配列している。配列誤差はゼロである(ΔZ=0 μm)。キャピラリ外部は空気でありn
1=1.00、キャピラリ素材は石英ガラスでありn
2=1.46である。
【0057】
図8(b)は、上記条件下で、キャピラリ内部が高屈折率の分離媒体でありn
3=1.41の場合に、φ50 μmのレーザビームを左側から片側照射した際のレーザビーム光線追跡結果を示す図である。明らかにマルチフォーカスが機能しており、24本すべてのキャピラリの内部を効率良く照射できている。これは、式(1)によりΔθ=-5.8°となり、各キャピラリが凸レンズ作用を示すことに対応している。
【0058】
これに対して、
図8(c)は、上記条件下で、キャピラリ内部が低屈折率の分離媒体でありn
3=1.33の場合の同様のレーザビーム光線追跡結果を示す図である。この場合も、明らかにマルチフォーカスが機能しており、24本すべてのキャピラリの内部を効率良く照射できている。これは、式(1)によりΔθ=-3.2°となり、各キャピラリが凸レンズ作用を示すことに対応している。このように、高屈折率の分離媒体(n
3≧1.36)でも、低屈折率の分離媒体(n
3<1.36)でも、各キャピラリが凸レンズ作用を示し、マルチフォーカスが機能することは、いずれの公知例でも実現できなかったことであり、本開示の技術によって初めて実現されることである。すなわち、本実施形態のキャピラリアレイ電気泳動装置は、n
3<1.36の第1の分析モードとn
3≧1.36の第2の分析モードのいずれにおいてもマルチフォーカスが機能する。
【0059】
<第1の実施形態(
図8)のキャピラリアレイ構成による相対蛍光強度分布>
図9(a)は、
図8(b)および(c)に示される片側照射の結果を両側照射の場合に焼き直した場合についての、各キャピラリの相対蛍光強度を示す図である。n
3=1.41の場合、24本のキャピラリについて相対蛍光強度の最小値がMIN=0.42、変動係数がCV=11%という結果が得られ、実用性能であるMIN≧0.2およびCV≦20%を満たすことが分かる。一方、n
3=1.33の場合も、MIN=0.40、およびCV=12%となり、実用性能を満たすことが分かる。
【0060】
図9(b)は、
図9(a)の結果に対して、3500シリーズジェネティックアナライザの光学系のケラレ効果を加味した、すなわち、ケラレ効果に基づいた光学系補正係数を乗じることによって得られる、各キャピラリの光学系補正相対蛍光強度を示す図である。ここで用いられている光学系補正は
図5(b)で用いられているものと同じであるが、
図5(b)の場合と異なり、光学系補正の有無で相対蛍光強度があまり変化していない。n
3=1.41の場合はMIN=0.42、CV=9.0%であり、n
3=1.33の場合はMIN=0.40、およびCV=10%である。これは、
図4のキャピラリアレイの全幅が間隔370 μm×(24本-1本)=8.5 mmであるのに対して、
図8のキャピラリアレイの全幅が間隔155 μm×(24本-1本)=3.6 mmと狭いため、つまり、各キャピラリの光軸からの距離が短いため、光学系のケラレ効果が小さいためである。
【0061】
<第1の実施形態のまとめ>
以上より、第1の実施形態の構成は、n3=1.41を含めて、n3≧1.33の任意の屈折率を有する分離媒体を用いた場合に、各キャピラリが凸レンズ作用を示し、マルチフォーカスが機能することが明らかになった。また、本構成の変形例として、R/r≦4.4の任意のキャピラリ、例えば、内径2r=50 μmを固定した場合、外径2R≦220 μmの任意のキャピラリを用いた場合にも、n3≧1.33の条件下で各キャピラリが凸レンズ作用を示すため、マルチフォーカスを機能させることが可能である。
【0062】
(C)第2の実施形態
第1の実施形態では、キャピラリアレイの配列誤差がゼロ(ΔZ=0 μm)の場合についての検討結果を示した。しかし、現実にΔZ=0 μmとなることはない。そこで、第2の実施形態では、配列誤差とマルチフォーカス性能および各キャピラリの相対蛍光強度との関係を系統的に検討する。さらに、配列誤差とキャピラリアレイの製造コストとの関係も検討する。これらの検討は、本開示の技術によって初めてなされるものである。
【0063】
<キャピラリアレイの配列誤差の定義>
図10は、配列誤差ΔZの定義を説明するための図である。
図10(a)は、配列誤差がゼロの場合(ΔZ=0 μm)の24本のキャピラリアレイを示す断面図である。この構成は
図8(a)と同じである。配列平面に沿ってX軸を設定し、配列平面と垂直方向にZ軸を設定する。また、各キャピラリの中心軸と平行方向にY軸を設定する。各キャピラリの中心軸はX軸上にあり、Z座標はゼロである。
【0064】
これに対して、
図10(b)は、配列誤差が存在する場合(ΔZ≠0 μm)のキャピラリアレイを示す断面図である。各キャピラリの中心軸のX座標は
図10(a)の場合と同じであるが、Z座標がX軸(Z=0 μm)を中心に上下にランダムにばらついている。ここで、ΔZを各Z座標の絶対値の最大値とする。つまり、X軸から最も離れたキャピラリの中心軸とX軸の距離をΔZとする。このとき、各キャピラリの中心軸の各Z座標は、±ΔZの範囲内でランダムに分散している。ΔZは配列誤差の大きさを定量的に示す指標である。
【0065】
<キャピラリアレイの配列誤差と製造コストとの関係>
図11は、キャピラリアレイの配列誤差ΔZと製造コストとの関係を検討した結果を示す図である。キャピラリアレイの構造は、
図8(a)と同じであり、外径2R=126 μm、内径2r=50 μmの24本のキャピラリのレーザ照射部を間隔155 μmで同一平面上に配列させた。キャピラリ外部は空気でありn
1=1.00、キャピラリ素材は石英ガラスでありn
2=1.46とする。以上の条件下で、配列誤差を可能な限りゼロに近づけるようにして、多数のキャピラリアレイを製造した。製造された個々のキャピラリアレイの配列誤差ΔZを、レーザ顕微鏡を用いて測定した。
【0066】
図11(a)は、配列誤差ΔZと製造頻度の関係をガウス分布でフィッティングし、最頻値を1とした結果を示す図である。ΔZ=6.1 μmのとき最頻値が得られ、標準偏差は1.6 μmであった。ΔZ=0 μmのキャピラリアレイの数は実質ゼロであった。
【0067】
図11(b)は、
図11(a)の結果から、許容可能な最大の配列誤差ΔZに対する、キャピラリアレイの製造歩留まりを導き出した結果を示す図である。製造歩留まりは、ΔZ≦1.9 μmのとき0%、ΔZ=4.1 μmのとき10%、ΔZ=6.1 μmのとき50%、ΔZ=8.1 μmのとき90%、およびΔZ≧10.3 μmのとき100%であり、ΔZが大きくなるほど製造歩留まりが上昇した。
【0068】
図11(c)は、
図11(b)の結果から、許容可能な最大の配列誤差ΔZに対する、製造コスト基準比を導き出した結果を示す図である。製造コスト基準比とは、歩留まり100%の場合の製造コストを1とするときに、その何倍の製造コストを要するかを示すものである。製造コスト基準比は、ΔZ≧11.4 μmのとき1.0、ΔZ=6.1 μmのとき2.0、ΔZ=5.0 μmのとき4.1、およびΔZ=4.0 μmのとき10.5であり、ΔZが小さくなるほど製造コスト基準比が上昇した。
【0069】
<キャピラリアレイの配列誤差と相対蛍光強度との関係>
図12および
図13は、
図8(a)に示す24本のキャピラリアレイでn
3=1.41とする構成を基準として、ΔZを変更した場合の両側照射によって得られる各キャピラリの相対蛍光強度を示す図である。
図12(a)はΔZ=0 μm、
図12(b)はΔZ=3 μm、
図12(c)はΔZ=6 μm、
図13(a)はΔZ=9 μm、
図13(b)はΔZ=12 μmとした場合を示している。ΔZ=0 μmについては1組のキャピラリアレイ、ΔZ=0 μm以外のΔZについてはそれぞれ10組のランダムな配列のキャピラリアレイについて相対蛍光強度を求めた結果を重ねて示している。
図12(a)(ΔZ=0 μm)は、
図9(a)のn
3=1.41の場合と同じ結果を示している。
図13(c)は、ΔZ=0 μmについては1組の各キャピラリの相対蛍光強度を示し、ΔZ=0 μm以外のΔZについては上記10組の各キャピラリの相対蛍光強度の平均を重ねて示している。ΔZが増大するに従って、相対蛍光強度の平均値および最小値が低下するとともに、相対蛍光強度のばらつきが大きくなることが分かる。相対蛍光強度の最小値はそれぞれ、ΔZ=0 μmのときMIN=0.42、ΔZ=3 μmのときMIN=0.40、ΔZ=6 μmのときMIN=0.33、ΔZ=9 μmのときMIN=0.22、およびΔZ=12 μmのときMIN=0.066であった。また、相対蛍光強度の変動係数はそれぞれ、ΔZ=0 μmのときCV=11%、ΔZ=3 μmのときCV=11%、ΔZ=6 μmのときCV=12%、ΔZ=9 μmのときCV=17%、およびΔZ=12 μmのときCV=28%であった。ここで、ΔZ=0 μmについては1組の各キャピラリの相対蛍光強度の最小値および変動係数を示し、ΔZ=0 μm以外のΔZについては上記10組の各キャピラリの相対蛍光強度の最小値および変動係数を示した。
【0070】
以上より、実用性能であるMIN≧0.2を満たすためには、ΔZ≦9 μmであれば良いことが分かった。また、実用性能であるCV≦20%またはCV≦15%を満たすためには、ΔZ≦9 μmまたはΔZ≦6 μmであれば良いことが分かった。
【0071】
図14および
図15は、
図8(a)に示す24本のキャピラリアレイでn
3=1.33とする構成を基準として、ΔZを変更した場合の両側照射によって得られる各キャピラリの相対蛍光強度を示す図である。
図14(a)はΔZ=0 μm、
図14(b)はΔZ=3 μm、
図14(c)はΔZ=6 μm、
図15(a)はΔZ=9 μm、
図15(b)はΔZ=12 μmとした場合を示している。ΔZ=0 μmについては1組のキャピラリアレイ、ΔZ=0 μm以外のΔZについてはそれぞれ10組のランダムな配列のキャピラリアレイについて相対蛍光強度を求めた結果を重ねて示している。
図14(a)(ΔZ=0 μm)は、
図9(a)のn
3=1.33と同じ結果を示している。
図15(c)は、ΔZ=0 μmについては1組の各キャピラリの相対蛍光強度を示し、ΔZ=0 μm以外のΔZについては上記10組の各キャピラリの相対蛍光強度の平均を重ねて示している。ΔZが増大するに従って、相対蛍光強度の平均値および最小値が低下するとともに、相対蛍光強度のばらつきが大きくなることが分かる。相対蛍光強度の最小値はそれぞれ、ΔZ=0 μmのときMIN=0.40、ΔZ=3 μmのときMIN=0.39、ΔZ=6 μmのときMIN=0.30、ΔZ=9 μmのときMIN=0.25、およびΔZ=12 μmのときMIN=0.058であった。また、相対蛍光強度の変動係数はそれぞれ、ΔZ=0 μmのときCV=12%、ΔZ=3 μmのときCV=12%、ΔZ=6 μmのときCV=14%、ΔZ=9 μmのときCV=16%、およびΔZ=12 μmのときCV=28%であった。ここで、ΔZ=0 μmについては1組の各キャピラリの相対蛍光強度の最小値および変動係数を示し、ΔZ=0 μm以外のΔZについては上記10組の各キャピラリの相対蛍光強度の最小値および変動係数を示した。
【0072】
<第2の実施形態のまとめ>
以上より、実用性能であるMIN≧0.2を満たすためには、ΔZ≦9 μmであれば良いことが分かった。また、実用性能であるCV≦20%またはCV≦15%を満たすためには、ΔZ≦9 μmまたはΔZ≦6 μmであれば良いことが分かった。これらの結果は、上記の
図12および
図13で示したn
3=1.41の場合の結果と同じである。
【0073】
図11(c)の結果によれば、ΔZ=9 μmの製造コスト基準比は1.04、すなわち基準の4%増に過ぎない。また、ΔZ=6 μmの製造コスト基準比は2.10、すなわち基準の2倍程度である。したがって、これらの製造コストは許容範囲内であり、上記条件を実現可能であることが分かる。
【0074】
一般に、式(1)より、n3≧1.33の任意の屈折率を有する分離媒体の中で、n3=1.33の屈折率を有する分離媒体を充填したキャピラリの凸レンズ作用が最も弱くなる。つまり、n3=1.33の条件下で実用性能が満たされる構成であれば、n3≧1.33の任意の条件下で実用性能が満たされる。したがって、以上の検討結果は、n3≧1.33の任意の屈折率を有する分離媒体を用いた場合にも成立する。また、本構成の変形例として、R/r≦4.4の任意のキャピラリ、例えば、内径2r=50 μmを固定した場合、外径2R≦220 μmの任意のキャピラリを用いた場合にも、n3≧1.33の条件下で各キャピラリが凸レンズ作用を示すため、マルチフォーカスを機能させることが可能であり、実用性能が満たされる。
【0075】
(D)第3の実施形態
第3の実施形態では、第2の実施形態で検討した配列誤差とマルチフォーカス性能および各キャピラリの相対蛍光強度との関係をさらに詳細に検討する。
【0076】
<キャピラリアレイの配列誤差と相対蛍光強度との関係>
図16(a)は、
図8(a)に示す24本のキャピラリアレイでn
3=1.41とする構成を基準として、ΔZ=0.0、1.5、3.0、4.5、6.0、7.5、9.0、10.5、12.0、13.5、および15.0 μmと変化させた場合の、両側照射によって得られる各キャピラリの相対蛍光強度を示す図である。
図16(c)は、同条件下における、相対蛍光強度の変動係数を示す図である。
図16(b)および(d)は、それぞれ
図16(a)および(c)の拡大図である。ΔZ=0.0 μmについては1組のキャピラリアレイを用い、ΔZ≠0.0 μmの各ΔZについては100組のランダムな配列で構成されるキャピラリアレイを用いている。
図16(a)および(b)では、ΔZ=0.0 μmについては24個の相対蛍光強度データを用い、ΔZ≠0.0 μmの各ΔZについては2400個の相対蛍光強度データを用いた。黒丸プロットは平均値、エラーバーは±標準偏差、黒三角プロットは最大値、黒四角プロットは最小値を示す。ΔZの増加に伴い、平均値、最大値、最小値のいずれもが低下し、標準偏差が増大している。
図16(c)および(d)では、ΔZ=0.0 μmについては1組の相対蛍光強度の変動係数を用い、ΔZ≠0.0 μmの各ΔZについては100組の相対蛍光強度の変動係数を用いた。黒丸プロットは平均値、エラーバーは±標準偏差、黒三角プロットは最大値、黒四角プロットは最小値を示す。ΔZの増加に伴い、平均値、最大値、最小値のいずれもが増加し、標準偏差が増大している。
【0077】
図16(a)および(b)の相対蛍光強度の最小値をMINとすると、実用性能であるMIN≧0.2を満たすためには、ΔZ≦7.2 μmであれば良いことが分かる。また、
図16(a)および(b)の相対蛍光強度の平均値-標準偏差をMINとすると、実用性能であるMIN≧0.2を満たすためには、ΔZ≦14.2 μmであれば良いことが分かる。一方、
図16(c)および(d)の相対蛍光強度の
標準偏差/平均値をCVとすると、実用性能であるCV≦20%あるいはCV≦15%を満たすためには、ΔZ≦8.2 μmあるいはΔZ≦6.4 μmであれば良いことが分かる。
【0078】
図17は、
図16におけるn
3=1.41をn
3=1.33に変更した場合の結果を示す図である。
図17(a)および(b)では、
図16(a)および(b)と同様に、ΔZの増加に伴い、平均値、最大値、最小値のいずれもが低下し、標準偏差が増大している。
図17(c)および(d)では、
図16(c)および(d)と同様に、ΔZの増加に伴い、平均値、最大値、最小値のいずれもが増加し、標準偏差が増大している。
図17(a)および(b)の相対蛍光強度の最小値をMINとすると、実用性能であるMIN≧0.2を満たすためには、ΔZ≦7.8μmであれば良いことが分かる。また、図
17(a)および(b)の相対蛍光強度の平均値-標準偏差をMINとすると、実用性能であるMIN≧0.2を満たすためには、ΔZ≦14.8 μmであれば良いことが分かる。一方、図
17(c)および(d)の相対蛍光強度の平均値+標準偏差をCVとすると、実用性能であるCV≦20%あるいはCV≦15%を満たすためには、ΔZ≦8.3 μmあるいはΔZ≦5.7 μmであれば良いことが分かる。
【0079】
以上より、n3≧1.33の任意の屈折率を有する分離媒体を用いる場合、相対蛍光強度の最小値をMINとすると、実用性能であるMIN≧0.2を満たすためには、ΔZ≦7.2 μmであれば良い。ΔZ=7.2 μmの製造コスト基準比は1.32、すなわち基準の32%増に過ぎない。相対蛍光強度の平均値+標準偏差をCVとすると、実用性能であるCV≦20%あるいはCV≦15%を満たすためには、ΔZ≦8.2 μmあるいはΔZ≦5.7 μmであれば良い。製造コスト基準比は、ΔZ=8.2 μmのとき1.10であり、ΔZ=5.7 μmのとき2.48である。これらの製造コストは許容範囲内であり、以上の条件を実施可能である。
【0080】
<キャピラリの外径と配列誤差との関係>
図18は、
図17の条件において、キャピラリ外径2Rを75 μm≦2R≦250 μmの範囲内で変化させた際に、
図17と同様に実用性能であるCV≦20%あるいはCV≦15%を満足する最大の配列誤差ΔZを求めた結果を示す図である。各2Rについてのキャピラリアレイの配列間隔は2R+29 μmで統一している。上述の通り、式(1)によって2R>220 μmのときは各キャピラリが凹レンズ作用を示すため、マルチフォーカスが機能せず、CV≦20%あるいはCV≦15%は満足されない。このとき、
図18の縦軸の配列誤差ΔZをゼロで示す。
図18の結果より、キャピラリ外径2Rを100 μm≦2R≦200 μmの範囲内で適宜選択し、あるいはキャピラリの外径と内径の比率R/rを2≦R/r≦4の範囲内で適宜選択するとき、実用性能であるCV≦20%を満たすためには、ΔZ≦9 μmであれば良い。また、キャピラリ外径2Rを100 μm≦2R≦175 μmの範囲内で適宜選択し、あるいはキャピラリの外径と内径の比率R/rを2≦R/r≦3.5の範囲内で適宜選択するとき、実用性能であるCV≦15%を満たすためには、ΔZ≦6 μmであれば良い。製造コスト基準比は、ΔZ=9 μmのとき1.04であり、ΔZ=6 μmのとき2.10である。これらの製造コストは許容範囲内であり、以上の条件を実施可能である。
【0081】
本開示では、以上に示した通り、単一の分析モードにおいて、キャピラリアレイを構成する全てのキャピラリの内部が同一の屈折率n
3を有する同一の分離媒体で満たされていることを基本としている。しかしながら、そのようにする必要は必ずしもない。すなわち、単一の分析モードにおいて、あるいは単一のキャピラリアレイ電気泳動分析において、キャピラリアレイを構成する各キャピラリの内部が異なる屈折率n
3を有する異なる分離媒体で満たされても構わない。少なくとも、各キャピラリの内部に満たされる分離媒体の屈折率が1.33≦n
3≦1.41の範囲内であれば、各キャピラリが凸レンズ作用を示し、マルチフォーカスが機能するためである。例えば、単一の分析モードにおいて、n
3=1.33の低屈折率の分離媒体を充填したキャピラリと、n
3=1.41の高屈折率の分離媒体を充填したキャピラリを交互に配列したキャピラリアレイを用いたとしても、各キャピラリが凸レンズ作用を示し、マルチフォーカスが機能するため、キャピラリアレイを構成する全てのキャピラリを効率良く、同時に、レーザビーム照射することができる。
図1に示すポリマブロック9を複数個用いて、それぞれを異なる屈折率n
3を有する異なる分離媒体をキャピラリに充填するために用いても良い。各キャピラリの試料溶出端3が複数個のポリマブロック9のいずかに接続されるようにすれば、各キャピラリに所望の屈折率n
3を有する分離媒体を充填することができる。
【符号の説明】
【0082】
1 キャピラリ
2 試料注入端
3 試料溶出端
4 陰極
5 陽極
6 陰極側緩衝液
7 陽極側緩衝液
8 電源
9 ポリマブロック
10 バルブ
11 シリンジ
12 レーザ光源
13 レーザビーム
14 レーザ照射部
15 集光レンズ
16 レーザカットフィルタ
17 透過型回折格子
18 結像レンズ
19 センサ
20 発光点
21 蛍光
22 結像点
23 光軸