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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-27
(45)【発行日】2024-03-06
(54)【発明の名称】拡散経路の探索方法
(51)【国際特許分類】
   C01G 45/00 20060101AFI20240228BHJP
   C30B 29/22 20060101ALI20240228BHJP
   G01N 33/204 20190101ALI20240228BHJP
   G06F 30/10 20200101ALI20240228BHJP
   G16C 20/30 20190101ALI20240228BHJP
   G16Z 99/00 20190101ALI20240228BHJP
   H01M 4/505 20100101ALN20240228BHJP
   H01M 4/525 20100101ALN20240228BHJP
【FI】
C01G45/00
C30B29/22 Z
G01N33/204
G06F30/10
G16C20/30
G16Z99/00
H01M4/505
H01M4/525
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2019174499
(22)【出願日】2019-09-25
(65)【公開番号】P2021050119
(43)【公開日】2021-04-01
【審査請求日】2022-05-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】西原 泰孝
【審査官】小川 武
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-105958(JP,A)
【文献】特開2018-140917(JP,A)
【文献】特開2018-205973(JP,A)
【文献】特開2018-130685(JP,A)
【文献】国際公開第2011/086701(WO,A1)
【文献】特開平06-089273(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第107273559(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 45/00,53/00,55/00
C30B 29/22
H01M 4/505,4/525
G16B 5/00 - 99/00
G16C 20/30,G01N 33/204
G06F 30/10,G16Z 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
拡散経路探索に用いる結晶に含まれる、拡散原子以外の複数の原子を配置した初期構造を設定する初期構造設定工程と、
前記初期構造に3次元の格子を設定し、前記格子の格子点に拡散原子を配置した構造について、分子動力学計算を実施する計算工程と、
前記拡散原子を配置する前記格子点を変更し、分子動力学計算を実施する繰り返し工程と、
前記計算工程、および前記繰り返し工程の計算結果に基づいて、前記拡散原子の前記結晶内における複数の位置での存在確率を求め、前記存在確率から前記拡散原子の複数の前記位置における自由エネルギーをそれぞれ算出する自由エネルギー算出工程と、
前記自由エネルギー算出工程で求めた前記拡散原子の複数の前記位置における自由エネルギーから、前記拡散原子の拡散経路を探索する拡散経路探索工程と、を有する拡散経路の探索方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、拡散経路の探索方法に関する。
【背景技術】
【0002】
各種材料について更なる性能向上を目的として、新規材料の探索や、物質を構成する元素の一部を置換する置換元素の選択・探索等が盛んに行われている。
【0003】
例えば特許文献1にはリチウム複合酸化物の置換元素の選択方法として、候補元素によりリチウム複合酸化物LiMO(Mはニッケルを含む)のニッケルを置換した際に、候補元素がニッケルサイトに収容されるかを判定する固溶可否判定工程と、
候補元素によりリチウム複合酸化物のニッケルを置換した際の結晶表面における水分子の吸着エネルギーEaが、候補元素で置換する前のリチウム複合酸化物の結晶表面における水分子の吸着エネルギーEbよりも小さいかを判定する吸着エネルギー判定工程と、
固溶可否判定工程で、候補元素がニッケルサイトに収容されると判定され、かつ吸着エネルギー判定工程で、Ea<Ebと判定された場合に、候補元素をリチウム複合酸化物のニッケルを置換する置換元素として選択する選択工程と、を有するリチウム複合酸化物の置換元素の選択方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2018-140917号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述のように新規材料や、置換元素等の選択・探索を行う上で、目的とする物質の結晶内において、目的とする反応、機能等に影響を与える原子がどのような経路を通って移動、拡散するかを正確に把握することが好ましい。
【0006】
しかしながら、結晶内は元素が密に詰まっていることが多く、結晶を構成する原子間には僅かな隙間しかないように見える。このため、拡散経路を調べたい原子である拡散原子について、原子半径やvan der Waals半径で原子の大きさを見積もると、結晶内の複数の隙間の大きさを比較して、拡散原子の拡散経路を特定することは困難であった。
【0007】
また、拡散原子と周囲の原子との静電相互作用のため、拡散原子が結晶内の広い空間を通るとは限らない。このため、上述のように拡散原子の原子半径等と、結晶内の隙間の大きさとから、拡散原子の拡散経路を特定することは困難であった。
【0008】
そこで上記従来技術が有する問題に鑑み、本発明の一側面では、結晶内における原子の拡散経路を効率的に探索することができる拡散経路の探索方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため本発明の一態様によれば、
拡散経路探索に用いる結晶に含まれる、拡散原子以外の複数の原子を配置した初期構造を設定する初期構造設定工程と、
前記初期構造に3次元の格子を設定し、前記格子の格子点に拡散原子を配置した構造について、分子動力学計算を実施する計算工程と、
前記拡散原子を配置する前記格子点を変更し、分子動力学計算を実施する繰り返し工程と、
前記計算工程、および前記繰り返し工程の計算結果に基づいて、前記拡散原子の前記結晶内における複数の位置での存在確率を求め、前記存在確率から前記拡散原子の複数の前記位置における自由エネルギーをそれぞれ算出する自由エネルギー算出工程と、
前記自由エネルギー算出工程で求めた前記拡散原子の複数の前記位置における自由エネルギーから、前記拡散原子の拡散経路を探索する拡散経路探索工程と、を有する拡散経路の探索方法を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の一態様によれば、結晶内における原子の拡散経路を効率的に探索することができる拡散経路の探索方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例1において拡散経路の探索を行ったLiMnの初期構造を示す模式図。
図2】実施例1において求めたLiMnのLi原子の拡散経路を示す模式図。
図3】比較例1において求めたLiMnのLi原子の拡散経路を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態について説明するが、本発明は、下記の実施形態に制限されることはなく、本発明の範囲を逸脱することなく、下記の実施形態に種々の変形および置換を加えることができる。
【0013】
本実施形態の拡散経路の探索方法は、以下の工程を有することができる。
拡散経路探索に用いる結晶に含まれる、拡散原子以外の複数の原子を配置した初期構造を設定する初期構造設定工程。
初期構造に3次元の格子を設定し、格子の格子点に拡散原子を配置した構造について、分子動力学計算を実施する計算工程。
拡散原子を配置する格子点を変更し、分子動力学計算を実施する繰り返し工程。
計算工程、および繰り返し工程の計算結果に基づいて、拡散原子の結晶内における複数の位置での存在確率を求め、存在確率から拡散原子の複数の位置における自由エネルギーをそれぞれ算出する自由エネルギー算出工程。
自由エネルギー算出工程で求めた拡散原子の複数の位置における自由エネルギーから、拡散原子の拡散経路を探索する拡散経路探索工程。
【0014】
本発明の発明者は、結晶内における原子の拡散経路の効率的な探索方法について鋭意検討を行った。
【0015】
原子や分子の動きやエネルギーを解析する方法として、分子動力学法が挙げられる。このため、結晶内における原子の拡散経路の探索方法として分子動力学計算を用いることも考えられる。しかしながら、拡散過程の時間スケールと分子動力学計算の時間スケールとは大きく乖離しており、拡散過程を分子動力学計算で計算するには非常に長い計算時間を要し、計算コストが非常に高くなる。また、分子動力学計算は初期条件に依存するため、少ない初期状態からの計算では、計算結果が拡散経路にたどり着くとは限らない。このため、分子動力学計算のみで結晶内における拡散原子の拡散経路を探索することは困難となる。
【0016】
拡散経路を調べたい原子である拡散原子が、拡散経路内の座標位置にある場合、該座標位置における拡散原子の自由エネルギーは、該拡散原子が拡散経路外にある場合の拡散原子の自由エネルギーよりも小さくなる。このため、本発明の発明者は、拡散原子の自由エネルギーが小さくなる経路を探索することで、拡散原子の拡散経路を探索できることに着目した。
【0017】
そこで、本発明の発明者は、拡散原子の自由エネルギーが小さくなる経路を効率的に探索する方法についてさらに検討を行った。拡散原子が特定の位置rに存在する確率ρ(r)と、その位置での自由エネルギーF(r)とは、以下の式(1)の関係を有している。
【0018】
F(r)=-kTln(ρ(r))+C ・・・(1)
なお、上記式(1)中のkはボルツマン定数、Tは温度(K)、Cは定数を表す。
【0019】
従って、拡散原子について、結晶内の各位置における存在確率が求められれば、結晶内の各位置における自由エネルギーが求められ、求めた自由エネルギーに基づいて拡散経路を探索できることになる。
【0020】
そして、例えば短時間の分子動力学計算の結果を多数用いることで、結晶内における拡散原子の位置が変化したサンプルを多数収集できる。このため、係る分子動力学計算の結果を用いて結晶内の拡散原子の存在確率を算出できることから、分子動力学法を実行する際のコストを抑制し、効率的に拡散経路を導き出せることを見出し、本発明を完成させた。
【0021】
各工程について以下に説明する。
(初期構造設定工程)
初期構造設定工程では、拡散経路探索に用いる結晶に含まれる、拡散原子以外の複数の原子を配置した初期構造を設定することができる。すなわち、拡散経路探索に用いる結晶に含まれる拡散原子以外の複数の原子の初期座標を設定することができる。
【0022】
初期構造設定工程において、拡散経路探索に用いる結晶に含まれる拡散原子以外の複数の原子の位置を設定する具体的な方法は特に限定されない。例えば実験的に求めた、もしくは文献等に開示されている、該結晶の結晶構造に基いて各原子の原子配置を設定し、初期構造とすることができる。
(計算工程)
計算工程では、初期構造設定工程で位置を設定した、初期構造に3次元の格子を設定し、格子の格子点に拡散原子を配置した構造について分子動力学計算を実施できる。
【0023】
計算工程では、上述のように初期構造に拡散原子を配置した構造を作成できる。この際、計算工程や、後述する繰り返し工程の後に得られる構造に含まれる拡散原子の位置のバリエーションが多くなるように初期構造を作成することが好ましい。このため、分子動力学計算に供する拡散原子を含む系における拡散原子の位置がばらけるように、初期構造に、初期構造に対応した3次元の格子を仮想的に設定し、その格子点に拡散原子を配置することが好ましい。格子のサイズや、形状等は、上述のように拡散原子の位置がばらけるように選択できればよく、特に限定されない。
【0024】
分子動力学計算は、原子の物理的な動きのコンピューターシミュレーション手法であり、ニュートンの運動方程式を数値的に解くことにより、原子の位置の時間発展を求めることができる。
【0025】
分子動力学計算では、原子と原子間相互作用の情報は、ポテンシャルエネルギーを記述するための関数形と、そのパラメータセット(力場)で表される。
【0026】
計算工程において分子動力学計算で用いる力場の種類は特に限定されるものではなく、各種力場を用いることができる。例えば金属/合金系ではEAMやMEAM等、無機化合物系ではBuckingham、BKS、Clay-FF、CVFF_aug等、半導体系ではTersoff等、有機化合物系ではPCFF、Compass、MMFF、OPLS-AA、AMBER、CHARMM、UFF等を用いることができる。また、分極力場であるX-Pol、AMBER分極力場、CHARMM分極力場等や、反応力場であるReaxFF等の既存の力場や、必要に応じて自作した力場から選択された力場を用いることができる。
【0027】
既存の力場では対象となる原子の電荷が規定されていない場合がある。その場合、RESP(Restrained ElectroStatic Potential)電荷やAM1-BCC(Bond Charge Correction)電荷等を用いることもできる。
【0028】
分子動力学計算に用いるプログラム(ソフトウエア)についても特に限定されないが、例えば、LAMMPSやDL_POLY、Gromacs(Groningen Machine for Chemical Simulations)、AMBER、CHARMM、NAMD等の既存のプログラムや自作のプログラムから選択されたプログラムを用いることができる。
【0029】
分子動力学計算を行う際の設定環境としては、例えば真空中や、溶媒が含まれる場合には周期境界条件下とすることができる。
【0030】
分子動力学計算を行う際のニュートンの運動方程式を解くための数値積分法についても特に限定されないが、例えばベルレ法や、速度ベルレ法、Leap-frog法、予測子-修飾子法等から選択された方法を用いることができる。
【0031】
分子動力学計算を行う時間幅は特に限定されるものではない。ただし、本実施形態の拡散経路の探索方法では、短時間の分子動力学計算を複数行い、結晶内における拡散原子の位置が変化したサンプルを複数収集することが好ましい。このため、長時間の分子動力学計算を実施する必要はなく、計算コストを抑制できるように時間幅を選択することが好ましい。分子動力学計算を行う時間幅としては、例えば0.5fs以上2fs以下とすることができる。
【0032】
また、温度の制御方法としても特に限定されないが、例えば、速度スケーリング法、Nose-Hoover熱浴法、Nose-Hoover chain法、Berendsen熱浴法、Andersen熱浴法、Langevin動力学法等から選択された方法を用いることができる。
【0033】
周期境界条件下における圧力の制御方法についても特に限定されないが、例えば、Berendsen法、Parinello-Rahman法等から選択された方法を用いることができる。
【0034】
静電相互作用やvan der Waals相互作用といった長距離相互作用の計算にはカットオフ法を用いることができる。特に、周期境界条件下での静電相互作用の計算にParticle-Mesh Ewald法や多重極展開法等を用いることができる。
【0035】
計算工程における分子動力学計算は、例えば、CPU(Central Processing Unit)や、RAM(Random Access Memory)、ハードディスク等の各種記憶媒体、ディスプレイ等の出力装置、キーボード等の入力装置、各種周辺機器等を備えた通常のコンピューターシステムを用いて実施することができる。なお、コンピューターシステムとしては、例えばネットワークサーバ、ワークステーション、パーソナルコンピュータ等が挙げられる。
【0036】
具体的には、例えば記憶媒体等に既述の分子動力学計算のプログラムを格納しておき、係るプログラムをCPUにより実行すると共に、RAM等の記憶媒体に格納された、またはキーボード等の入力装置から入力された初期構造や、条件を読み込むことにより実現することができる。
【0037】
分子動力学計算を実施することで、拡散原子や、初期構造設定工程で設定した複数の原子の位置を経時的に変化させることができる。
(繰り返し工程)
繰り返し工程では、拡散原子を配置する格子点を変更し、分子動力学計算を実施できる。具体的には、計算工程で設定した、3次元の格子の格子点のうち、既に分子動力学計算を行った格子点とは異なる格子点に拡散原子を配置し、計算工程の場合と同様にして分子動力学計算を実施できる。繰り返し工程では、例えば設定した3次元の格子の全ての格子点にそれぞれ拡散原子を配置し、分子動力学計算を実施するまで繰り返し実施できる。また、例えば3次元の格子の格子点のうち、定めた格子点にそれぞれ拡散原子を配置し、分子動力学計算を実施するまで繰り返し実施することもできる。
(自由エネルギー算出工程)
自由エネルギー算出工程では、まず計算工程、および繰り返し工程の計算結果に基づいて、拡散原子の結晶内における複数の位置での存在確率を求めることができる。そして、存在確率から拡散原子の上記複数の位置における自由エネルギーをそれぞれ算出できる。
【0038】
ここで、ある特定の温度で平衡状態にある系を考える。この系ではすべての構造空間が離散的な状態に分割できると仮定する。もし、離散時間でこの系の時間発展を観察したら、一連の系の発展は、系が訪れた状態間の遷移で表すことができる。観測された状態は、時間を離散化した確率過程の一つの状態とみなせる。この過程がマルコフ連鎖で記述される場合、ある時刻に各状態を観察する確率は直前の状態のみに依存する。L個の状態をもつ過程の場合、この過程は観察時間の間隔である単位時間τにのみ依存するL×Lの遷移行列T(τ)で特徴づけられる。
【0039】
時刻tでL個の状態を占める確率ベクトルをp(t)で表す。もし、初期状態を表す確率ベクトルがp(0)で与えられたなら、時間nτ後の確率ベクトルは以下の式(2)で表される。
【0040】
p(nτ)=T(nτ)p(0)=[T(τ)]p(0)・・・(2)
遷移行列T(τ)はμ(τ)の固有値とそれに対応する固有ベクトルμをもつ。それぞれの固有値は、implied time scaleと呼ばれる時間スケールτ=-τ/ln(μ(τ))をもち、関連する固有ベクトルはこの時間スケールに応じた状態遷移の情報を与える。
【0041】
この系がマルコフ過程として記述できるなら、遷移行列Tが得られたとき、時刻tでの状態p(t)と時刻(t+τ)での状態p(t+τ)との関係は、p(t+τ)=Tp(t)で表せる。
【0042】
系が平衡状態に達した場合、上式はπ=Tπとなる。ここで、πは平衡状態での確率分布を表し、Σπ=1である。上式は、平衡状態の確率分布がTの固有値1の固有ベクトルに相当することを表している。
【0043】
平衡状態の自由エネルギーは、以下の式(3)に示すように、平衡状態の確率分布から得られる。
【0044】
【数1】
なお、上記式中のFは状態iの自由エネルギーを、kはボルツマン定数を、Tは系の絶対温度を、πは状態iの確率をそれぞれ表している。
【0045】
だたし、上式は最も確率分布が大きい値の自由エネルギーを0にしている。
【0046】
そこで、本実施形態の拡散経路の探索方法の自由エネルギー算出工程では、まず計算工程、および繰り返し工程で算出した拡散原子を含む系の構造を任意の時間間隔Δt毎に取出し、クラスタリングする。ただし、Δt≦τである。例えば、Δtは0.5ps以上5ps以下とすることができる。クラスタリングの具体的な手法は特に限定されないが、例えばK-Means法や、K-Centers法などを用いることができる。クラスタリングを行うことで、拡散原子を含む系の構造を複数の状態に分類できる。
【0047】
クラスタリングにより拡散原子を含む系の構造を分類することで、単位時間τを見積もることや分類した状態間の遷移を数えることができる。得られた遷移数から、既述の遷移行列T(τ)を、例えば最尤法を用いて推定できる。
【0048】
得られた遷移行列T(τ)から、遷移行列T(τ)の固有値と固有ベクトルとを求める。この際の固有ベクトルが分類した各状態の存在確率を表すことになる。すなわち、固有ベクトルを求めることで、拡散原子の結晶内における複数の位置での存在確率を求められることになる。そして、算出した固有ベクトル、すなわち存在確率を用いて、分類した各状態における拡散原子の位置に対する、自由エネルギーを既述の式(3)によりそれぞれ算出できる。
(拡散経路探索工程)
拡散経路探索工程では、自由エネルギー算出工程で求めた、各状態での拡散原子の位置と、それに対応する自由エネルギーとから、拡散原子の拡散経路を探索できる。すなわち、自由エネルギー算出工程で求めた拡散原子の複数の位置における自由エネルギーから、拡散原子の拡散経路を探索できる。
【0049】
拡散経路探索工程では、分類した各状態における拡散原子の座標と、各状態における自由エネルギー算出工程で算出した自由エネルギーとをマッピング、すなわち3次元プロットすることができる。得られたマップから、自由エネルギーが小さく、連続した領域を拡散原子の拡散経路として認定できる。
【0050】
なお、適当な拡散経路が見出せない場合には、計算工程や、繰り返し工程で使用した単位時間τの設定が適切ではない場合が考えられる。このため、適当な拡散経路が見出せない場合には、単位時間τを変え、既述の自由エネルギー算出工程、および拡散経路探索工程を再度実施することができる。
【0051】
以上に説明した本実施形態の拡散経路の探索方法によれば、結晶内全体に渡って拡散原子の位置を変化させた初期構造を用いている。このため、計算上、熱揺らぎでは到達しにくい空間領域へも拡散原子が到達できるため、空間の探索効率を高めることができ、見落すことなく拡散経路を探索できる。
【0052】
また、分子動力学計算を長時間実施する必要がないため、計算コストを抑制できる。
【実施例
【0053】
以下、実施例を参照しながら本発明をより具体的に説明する。但し、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
以下の手順により、LiMnにおけるLi原子の拡散経路の探索を行った。
(初期構造設定工程)
LiMnの初期構造の設定を行った。具体的には、図1に示すようにセル内に、リチウム原子11と、マンガン原子12と、酸素原子13とが配置されたLiMnの構造10を設定した。そして拡散原子となる、セルの中央部に配置したリチウム原子111については削除し、初期構造とした。なお、図1中、同じハッチングの原子は同種類の原子であることを示している。
(計算工程)
初期構造設定工程で得られた初期構造に、格子間隔が0.5Åの格子、すなわち一辺の長さが0.5Åの立方体のセルを複数配置した3次元の格子を設定した。そして、係る格子の任意の1つの格子点に拡散原子であるリチウム原子を配置した。
【0054】
次に、拡散原子であるリチウム原子を配置した構造について、分子動力学計算を実施した。
【0055】
分子動力学計算は、ソフトウエアとしてLAMMPSを用い、力場は名古屋大学石沢らの開発した力場を用いて行った。そして、各原子の座標を入力し、結晶中の環境設定とした。
【0056】
また、分子動力学計算を行う際の速度の計算方法として速度ベルレ法を用い、時間幅を1fsとした。温度の制御方法としてNose-Hoover chain法を用い、設定温度を300Kとした。
【0057】
長距離相互作用の計算はParticle-Mesh Ewald法を用いた。
【0058】
上記条件下で500psの分子動力学計算を行い、0.1psごとに全ての原子の位置を保存した。
(繰り返し工程)
計算工程で設定した3次元の格子の格子点のうち、既に拡散原子であるリチウム原子を配置し、分子動力学計算を実施した点とは異なる格子点にリチウム原子を1個配置した。そして、係るリチウム原子を配置した構造について、計算工程の場合と同様に分子動力学計算を実施した。
【0059】
さらに拡散原子であるリチウム原子を配置する格子点を変更する点以外は、上述の場合と同様にして、全ての格子点にそれぞれリチウム原子を配置し、分子動力学計算を実施するまで繰り返し実施した。
(自由エネルギー算出工程)
自由エネルギー算出工程では、まず計算工程、および繰り返し工程で記録した拡散原子を含む系の構造を間隔が0.1psとなるように取出し、K-Means法によりクラスタリングし、拡散原子を含む系の構造を分類した。
【0060】
クラスタリングにより拡散原子を含む系の構造を分類した後、単位時間τを10psに設定し、分類した状態間の遷移を数え、遷移行列T(τ)を、最尤法を用いて推定した。
【0061】
得られた遷移行列T(τ)から、遷移行列T(τ)の固有値と固有ベクトルとを求めた。そして、算出した固有ベクトルを用いて、分類した各状態における拡散原子の位置に対する、自由エネルギーを既述の式(3)により算出した。
(拡散経路探索工程)
分類した各状態における拡散原子の座標と、各状態における自由エネルギー算出工程で算出した自由エネルギーとをマッピング、すなわち3次元プロットし、得られたマップから、自由エネルギーが小さく、連続した領域を探索し、拡散経路とした。
【0062】
拡散経路探索工程で得られた拡散原子の拡散経路を図2に示す。
【0063】
図2に示すように、リチウム原子111の拡散経路として、拡散経路211~214が見出された、係る拡散経路はセルの中央部に配置された拡散原子であるリチウム原子111(図1を参照)と、該リチウム原子111の周囲に配置されたリチウム原子との間をつなぐように形成されている。
【0064】
係る拡散経路211~214は、これまでに報告されているLiMnにおけるリチウム原子の拡散経路とも一致しており、本実施例で用いた拡散経路の探索方法が実際の現象に即したものであることを確認できた。
[比較例1]
(初期構造設定工程)
実施例1の場合と同様に、LiMnの初期構造の設定を行った。具体的には、図1に示すようにセル内に、リチウム原子11と、マンガン原子12と、酸素原子13とが配置されたLiMnの構造10を設定した。なお、本比較例では、拡散原子であるリチウム原子111も配置した構造10を初期構造とした。
(拡散経路探索工程)
各原子の位置と、拡散原子であるリチウム原子111の原子半径とから、拡散経路の探索を行った。
【0065】
その結果、図3に示すように拡散経路31を探索できた。
【0066】
上記実施例の結果と比較すると明らかなように、本比較例では全ての拡散経路を探索することはできなかった。また、各原子の位置と、リチウム原子111の原子半径とから拡散経路を探索するため、拡散経路の探索に多くの時間を要し、実施例1の様に効率的に拡散経路を探索することはできなかった。
図1
図2
図3