(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-27
(45)【発行日】2024-03-06
(54)【発明の名称】乳酸菌の培養方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20240228BHJP
【FI】
C12N1/20 A
(21)【出願番号】P 2018146240
(22)【出願日】2018-08-02
【審査請求日】2021-07-26
(31)【優先権主張番号】P 2017151958
(32)【優先日】2017-08-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006138
【氏名又は名称】株式会社明治
(73)【特許権者】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001276
【氏名又は名称】弁理士法人小笠原特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】河合 美桜
(72)【発明者】
【氏名】山崎 思乃
(72)【発明者】
【氏名】片倉 啓雄
(72)【発明者】
【氏名】土屋 麻美
【審査官】伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】特開平02-023864(JP,A)
【文献】特開2015-073483(JP,A)
【文献】特表2017-502677(JP,A)
【文献】特表2008-530994(JP,A)
【文献】米国特許第05879915(US,A)
【文献】特表平10-501128(JP,A)
【文献】国際公開第2019/027017(WO,A1)
【文献】Applied and Environmental Microbiology, 1997, Vol.63, pp.2159-2165
【文献】Food Technology and Biotechnology, 2010, Vol.48, pp.352-361
【文献】Food Biotechnology, 2006, Vol.20, pp.143-160
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/20
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳酸菌の培養方法であって、
前記乳酸菌の菌株が、
ラクトバチルス・ラムノサスであり、
糖源として、ガラクトースを
単独で2%配合した培地を用いて乳酸菌を前培養した後、前培養した乳酸菌をガラクトースを
単独で2%配合した培地を用いて本培養し、
前記本培養開始から2時間後の増殖菌体量当たりの乳酸量が、グルコースを配合した培地を用いて同条件で培養したときの増殖菌体量当たりの乳酸量の73%以下であることを特徴とする、乳酸菌の培養方法。
【請求項2】
乳酸菌の培養方法であって、
前記乳酸菌の菌株が、
ラクトコッカス・ラクティスであり、
糖源として、ガラクトースを
単独で2%配合した培地を用いて乳酸菌を前培養した後、前培養した乳酸菌をガラクトースを
単独で2%配合した培地を用いて本培養し、
前記本培養開始から3時間後の増殖菌体量当たりの乳酸量が、グルコースを配合した培地を用いて同条件で培養したときの増殖菌体量当たりの乳酸量の74%以下であることを特徴とする、乳酸菌の培養方法。
【請求項3】
乳酸菌の培養方法であって、
前記乳酸菌の菌株が、
ラクトバチルス・ラムノサスであり、
糖源として、ガラクトースを
単独で2%配合した培地を用いて乳酸菌を回分培養にて本培養し、
前記本培養開始から2時間後の増殖菌体量当たりの乳酸量が、グルコースを配合した培地を用いて同条件で培養したときの増殖菌体量当たりの乳酸量の73%以下であることを特徴とする、乳酸菌の培養方法。
【請求項4】
乳酸菌の培養方法であって、
前記乳酸菌の菌株が、
ラクトコッカス・ラクティスであり、
糖源として、ガラクトースを
単独で2%配合した培地を用いて乳酸菌を回分培養にて本培養し、
前記本培養開始から2時間後の増殖菌体量当たりの乳酸量が、グルコースを配合した培地を用いて同条件で培養したときの増殖菌体量当たりの乳酸量の40%以下であることを
特徴とする、乳酸菌の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳酸菌の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
乳酸菌は主として糖をピルビン酸に代謝することによってATPを獲得し、この過程で必要となるNAD+を乳酸脱水素酵素によってピルビン酸から乳酸に変換することにより再生する。このため、乳酸菌の増殖に伴って生成された乳酸が蓄積して培地のpHが低下し、乳酸菌の増殖や物質生産が阻害される。培地のpHの低下は、アルカリを添加することによって抑制することができる。しかしながら、培地にアルカリを添加してpHを維持しても、乳酸が蓄積すると乳酸自体による乳酸菌の増殖阻害が生じるため、乳酸菌の高密度培養は困難とされている。
【0003】
さらに、乳酸菌から生成される乳酸は、増殖だけではなく、乳酸菌素材としての質にも影響を与える。近年、乳酸菌はプロバイオティクスとして注目を集めており、様々な食品に利用されているが、乳酸またはその塩は独特の風味を有するため、培養物中の乳酸量は少ないことが望ましい。また、乳酸菌を粉末素材に加工する際には、乳酸の存在は吸湿を引き起こす原因となる。このように、乳酸菌の培養時に生成される乳酸は、乳酸菌自身の増殖を阻害し、乳酸菌素材としての質を低下させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2001-211878号公報
【文献】特公平6-69367号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
乳酸による増殖阻害を回避する方法として、生成された乳酸を低濃度に抑える高い希釈率で連続培養を行う方法や、濾過や電気透析等による乳酸を除去する方法がある(例えば、特許文献1及び2参照)。しかしながら、これらの方法には、排水処理及び設備にコストがかかるという問題がある。
【0006】
また、乳酸菌の乳酸生成を抑制する方法として、ヘミンやメナキノンの添加により、呼吸鎖のNADHデヒドロゲナーゼを利用してNADHからNAD+を再生し、ピルビン酸から乳酸への変換を抑制する培養法があるが、NADHの酸化に必要な酸素を供給する必要があるために酸素感受性の低い一部の菌株にしか利用できず、乳酸の生成を十分に抑制できた例も知られていない。
【0007】
それ故に、本発明は、種々の乳酸菌の乳酸生成を抑制し、高密度培養を可能とする乳酸菌の培養方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、高密度培養を行うための乳酸菌の培養方法であって、糖源として、グルコース以外の糖を配合した培地を用いて乳酸菌を培養することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、種々の乳酸菌の培養時の乳酸生成を抑制し、高密度培養を可能とする乳酸菌の培養方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】比較例1及び実施例1に係るOD
660あたりの乳酸濃度を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に係る乳酸菌の培養方法は、糖源として、グルコース以外の糖を配合した培地を用いて乳酸菌を培養するものである。培地中で乳酸菌を培養すると、乳酸菌の増殖に伴って生成される乳酸の濃度が増加し、乳酸自体による乳酸菌の増殖阻害が生じる。本願の発明者は、糖源としてグルコース以外の糖を用いて培養を行うことによって、糖源としてグルコースを用いた培地で培養した場合と比べて、乳酸の生成が抑制されることを見出した。乳酸菌は解糖系で糖をピルビン酸に代謝することによってATPを獲得し、この過程で必要となるNAD+を乳酸脱水素酵素によってピルビン酸を乳酸に変換することにより再生する。しかし、乳酸菌は乳酸脱水素酵素以外にもNAD+を再生する経路をもっており、また、糖をピルビン酸に代謝する解糖系以外にも、ATPを獲得する経路を持っている。本発明者は、これらの経路のほとんどがグルコースで抑制されてしまうこと気づいた。即ち、乳酸菌を培養する際の炭素源として、グルコース以外の糖を用いることにより、これらの経路が抑制されるのを回避でき、結果として、乳酸生産を抑制できることに気づいた。乳酸の生成が抑制されると、乳酸菌の増殖阻害を低減できるので、糖源としてグルコースを含有する培地で培養した場合と比べて、高密度(高濃度)で乳酸菌を培養することが可能となる。
【0012】
本発明の培養方法において、糖源の培地への配合量は、本発明の効果が得られる限りにおいて特に制限されないが、その配合量の範囲の下限は、2 g/Lであり、より好ましくは4 g/Lであり、さらに好ましくは5 g/Lであり、その上限は10 g/Lであり、より好ましくは8 g/Lであり、さらに好ましくは7 g/Lである。
【0013】
糖源として使用可能なグルコース以外の糖としては、乳酸脱水素酵素以外のNAD+再生経路や解糖系以外のATP獲得経路を抑制しない糖であればよく、フルクトース、ガラクトース、マンノース等の単糖類、スクロース、ラクトース、マルトース、トレハロース等の二糖類を例示できる。これらのグルコース以外の糖の1種類を単独で使用しても良いし、2種類以上を混合して使用しても良い。例示した糖の中でも、スクロース、ラクトース及びマルトースがより好ましい。また、高濃度では乳酸脱水素酵素以外のNAD+再生経路や解糖系以外のATP獲得経路を抑制する糖であっても、その糖を少量ずつ培地に添加することによって抑制を解除できる糖であれば使用することができる。
【0014】
培地には、常法に従い、糖源のほかに、アミノ酸、ビタミン、核酸、金属塩等の栄養素や、pH変動を抑制するための緩衝液等を配合する。
【0015】
本発明に係る培養方法で培養可能な乳酸菌の菌株は特に限定されず、種々の菌株を高密度培養することができる。例えば、本発明に係る培養方法では、Lactobacillus属、Lactococcus属、Leuconostoc属に含まれる種・株を高密度培養することができる。ヘミンの添加により乳酸の生成を抑制する方法では、上述したように、酸素の供給が必要となるため、培養できる菌株が酸素感受性の低い一部の菌株に限られてしまうが、本発明に係る培養方法は、酸素供給を必要としないため、種々の菌株の培養に適用することができる。
【0016】
培地のpH、溶存酸素の量、培養温度、培養時間等の培養条件、通常乳酸菌の培養に適用される条件であれば良く、菌株の種類に応じて適宜選択することができる。また、培養(本培養)の前に、本培養に用いる糖と同じ糖を用いた前培養を行うことが好ましい。前培養とは、本培養に接種するための種菌を調製するための培養であり、この場合、グルコース以外の糖を用いて前培養することによって、乳酸脱水素酵素以外のNAD+の再生経路や解糖系以外のATP生産経路のグルコースによる抑制をあらかじめ解除することができる。前培養に用いる培地の糖源としては、グルコースを用いても良いが、少なくとも本培養においては、乳酸菌を高密度で培養するために、グルコース以外の糖を糖源として使用する。
【0017】
本発明に係る培養方法は、回分培養、流加培養、連続培養のいずれの形態にも適用可能であるが、流加培養が好ましい。グルコース以外の糖源を流加して培養を行うと、グルコースを流加して培養を行った場合と比べて、増殖菌体当たりの乳酸生成量をより抑制し、菌体の収率を向上することが可能となる。グルコース以外の糖源であっても、その糖そのもの、もしくはその分解物が、乳酸脱水素酵素以外のNAD+の再生経路や解糖系以外のATP生産経路を抑制する物質である場合(例えば、スクロースを糖源とした場合にはその代謝の過程でグルコースを生じる場合がある)、糖を最初に全て培地に入れる回分培養に比べて、糖を徐々に供給する流加培養または連続培養を行えば、使用する糖から生じる当該経路の抑制物質の濃度を低く保つことができ、結果として乳酸の生成を低減することができる。
【0018】
また、本発明に係る培養方法は、乳酸菌が産生する特定の化学物質(ペプチド、タンパク質、多糖類等)を生産するために利用可能である。また、本発明に係る培養方法は、乳酸菌を高濃度で含有する発酵乳や、乳酸菌飲料、チーズ等の食品の製造にも利用可能である。本発明に係る培養方法を食品の製造に適用した場合、生理活性を有する特定の化学物質やこれを産生する乳酸菌を高濃度で含有する食品を製造することが可能となる。
【実施例】
【0019】
以下、本発明の実施例を説明する。以下の実施例及び比較例では、製造業者を特定した試薬を除き、和光純薬工業株式会社製の試薬を使用した。
【0020】
<実施例1~3>
(使用菌株)
ゲノムが既知である以下の乳酸菌株を使用した。表1に菌株名と培養温度を示す。
【0021】
【0022】
(培地)
(1)MRS培地
MRS medium(Becton, Dickinson and Company製、糖源:グルコース)を55 g/Lの濃度となるようにイオン交換水に溶解し、121℃で15分間オートクレーブした。
(2)合成培地
糖源として、グルコース(Glc、比較例1)、スクロース(Suc、実施例1)、ラクトース(Lac、実施例2)、マルトース(Mal、実施例3)のいずれかを水に溶解させた糖溶液を使用した。糖溶液、チロシン溶液、Tween80溶液、緩衝液、核酸溶液、アスコルビン酸溶液、ビタミン溶液、アミノ酸溶液、微量元素溶液を以下の表2に示す割合で混合したものを合成培地とした。表3~7に、緩衝液、核酸溶液、ビタミン溶液、アミノ酸溶液、微量元素溶液の組成をそれぞれ示す。調製した合成培地は、ネジ付き試験管(直径16 mm×150 mm)に5 mLずつ分注した。
【0023】
【0024】
【0025】
【0026】
【0027】
【0028】
【0029】
(培養方法)
まず、各菌株の前培養を行った。MRS培地(糖源:グルコース)が5 mLの入ったネジ付き試験管(直径16 mm×150 mm)に、常温にて解凍した菌株のフローズンストック5 μLを添加し、各菌株の至適培養温度(表1参照)にて18時間静置培養した。次に、各糖源を含む合成培地5 mLの入ったネジ付き試験管に前培養液を1%植菌し、至適培養温度にて24時間静置培養した。経時的に1 mLサンプリングし、pHを測定するとともに、濁度(OD660)を分光光度計U-5100(日立ハイテクサイエンス社製)で測定した。残りの培養液を遠心分離(4℃、18,000×g、5 min)してその上清を-20℃で保存した。
【0030】
(乳酸濃度の測定)
培地中の乳酸濃度の測定には、バイオセンサーBF-5(王子計測機器株式会社製)及び酵素電極(王子計測機器株式会社製)を用いた。乳酸濃度は、D-乳酸及びL-乳酸の合計濃度である。
【0031】
表8に、糖源としてグルコースを用いた比較例1と、糖源としてスクロースを用いた実施例1に関し、OD
660、pH、乳酸濃度の測定値と、OD
660あたりの乳酸濃度とを示す。また、
図1に、比較例1及び実施例1に係るOD
660あたりの乳酸濃度のグラフを示す。
【0032】
【0033】
グルコースを糖源としてLactobacillus paracaseiATCC 334を培養したサンプルのOD660(菌体濃度)が1.80であったのに対し、スクロースを糖源として培養したサンプルのOD660は1/3程度の0.573であった。グルコースまたはスクロースを糖源とした時の乳酸濃度は、それぞれ、4.7 g/Lまたは0.47 g/Lであった。OD660あたりの乳酸濃度は、グルコースを糖源として培養したサンプルでは2.6 g/(L・OD)であったのに対し、スクロースを糖源として培養したサンプルでは半分以下の0.82 g/(L・OD)となり、菌株あたりの乳酸生成の抑制が見られた。
【0034】
グルコースを糖源としてLactobacillus reuteriJCM 1112を培養したサンプルのOD660が1.87であったのに対し、スクロースを糖源として培養したサンプルのOD660はほぼ同程度の1.80であった。しかしながら、OD660あたりの乳酸濃度は、グルコースを糖源として培養したサンプルでは1.3 g/(L・OD)であったのに対し、スクロースを糖源として培養したサンプルでは0.69 g/(L・OD)となり、菌株あたりの乳酸生成が1/2程度に抑制された。
【0035】
グルコースを糖源としてLactobacillus rhamnosusATCC 53103を培養したサンプルのOD660は2.89であったのに対し、スクロースを糖源として培養したサンプルのOD660は4.39であり、スクロースを糖源とすることで増殖が促進された。OD660あたりの乳酸濃度は、グルコースを糖源として培養したサンプルでは1.1 g/(L・OD)であったのに対し、スクロースを糖源として培養したサンプルでは0.54 g/(L・OD)となり、菌株あたりの乳酸生成が1/2程度に抑制された。
【0036】
グルコースを糖源としてLactococcus lactisIL1403を培養したサンプルのOD660が1.45であったのに対し、スクロースを糖源として培養したサンプルのOD660は0.373であった。しかしながら、OD660の乳酸濃度は、グルコースを糖源として培養したサンプルでは1.2 g/(L・OD)であったのに対し、スクロースを糖源として培養したサンプルでは約1/10の0.19 g/(L・OD)となり、菌株あたりの乳酸生成が顕著に抑制された。
【0037】
グルコースを糖源としてLeuconostoc mesenteroides NBRC 100496を培養したサンプルのOD660が1.02であったのに対し、スクロースを糖源として培養したサンプルのOD660は1.30であり、スクロースを糖源とすることで増殖が促進された。OD660あたりの乳酸濃度は、グルコースを糖源として培養したサンプルでは2.2 g/(L・OD)であったのに対し、スクロースを糖源として培養したサンプルでは1.1 g/(L・OD)となり、菌株あたりの乳酸生成が1/2程度に抑制された。
【0038】
表9に、実施例1~3及び比較例1に係るOD660あたりの乳酸濃度を併せて示す。また、表10に、実施例1~3の乳酸生成比を併せて示す。尚、表10に示す乳酸生成比は、比較例1に係るOD660あたりの乳酸濃度(表9)を100%としたときの、各実施例に係るOD660あたりの乳酸濃度(表9)の割合を示す。
【0039】
【0040】
【0041】
表10に示すように、糖源としてラクトースまたはマルトースを使用した実施例2及び3においても、糖源としてグルコースを使用した比較例1と比べて、菌株あたりの乳酸濃度が有意に抑制されることが確認された。
【0042】
以上説明したように、実施例1~3及び比較例1により、糖源としてグルコース以外の糖を用いることにより、菌株あたりの乳酸生成量が抑制されることが確認された。また、糖源をグルコース以外の糖に変更することによる乳酸生成量の抑制効果は、種々の乳酸菌の菌株において発現することが確認された。
【0043】
<実施例4及び5>
乳酸菌の菌株として、Lactobacillus rhamnosusATCC53103(実施例4)またはLactococcus lactisMG1363(実施例5)を使用した。
【0044】
まず、前培養を行った。糖源として、グルコースまたはガラクトースを2%で含有するMRS培地100 mLに、それぞれの乳酸菌のフローズンストックから100 μLを植菌し、Lb. rhamnosusATCC53103は37℃、Lc. lactisMG1363は30℃で15時間静置培養した。
【0045】
次に、糖を含有しないMRS培地100 mLを調製した。前培養液のOD660を測定し、本培養液をのODを1にするのに必要な培養液量を算出した。前培養液を遠心分離(8,000×g、4℃、5 min)して生理食塩水で洗浄した後、本培養液に再懸濁し植菌した。流加培養における培地の流加速度F(L/h)は、比増殖速度を一定に保てるように下記式に基づいて計算した。ペリスタルティックポンプを用いて、算出した流速で流加培地を本培地に流加した。
【0046】
【数1】
ここで、tは培養時間(h)であり、初期培養液量V
0は0.1 Lとした。初期菌体濃度X
0は、OD
660=1.0のときに0.25 g-cell/Lであるとして算出した。流加培地の糖濃度S
Fは10 g/Lとし、菌体収率Y
X/Sは、0.2 g-cell/g-substrateとした。設定の比増殖速度μ
*は、回分培養での最大の比増殖速度μ
maxの1/3程度、具体的には0.2 1/hに設定した。マグネットスターラーの上に温度設定した恒温槽を置き、直径3 cmのマグネットバーを用いて500 rpmでの撹拌培養を行った。
【0047】
また、回分培養は、糖源としてグルコースまたはガラクトースを2%で含有するMRS培地を用いて行った。培養液の量、植菌量及び培養条件は流加培養と同じとした。
【0048】
5 mLのシリンジを用いて、サンプリングラインから培養液をサンプリングした。サンプリングに際して、サンプリングラインに残存した培養液を捨てた後、1 mLの培養液をサンプリングした。
【0049】
サンプリングした培養液の濁度(OD660)を紫外可視分光光度計UV-1850(島津製作所社製)を用いて測定し、OD660=1の時、0.25 g-cell/Lとして培養液中の菌体量を算出した。また、サンプリングした培養液中の乳酸濃度は、バイオセンサーBF-5(王子計測機器株式会社製)及び酵素電極(王子計測機器株式会社製)を用いて測定した。乳酸濃度は、D-乳酸及びL-乳酸の合計濃度である。得られた菌体量に基づいて、評価値として、菌体量の自然対数を培養時間に対してプロットしたグラフの傾きから実際の比増殖速度μを、積算菌体量に対して乳酸量をプロットしたグラフの傾きから比生産速度ρを求めた。増殖菌体量当たりの乳酸量YL/Xは、対数増殖している区間において、ρをμで除すことによって算出した。
【0050】
表11及び12に、実施例4及び5における乳酸菌の比増殖速度μ、比生産速度ρ、増殖菌体量当たりの乳酸量YL/X(=ρ/μ)を示す。尚、表11の値は、本培養開始から流加培養と回分培養ともに3時間後の菌体量および乳酸量から算出し、表12の値は、本培養開始から所定時間後(流加培養では3時間後、回分培養では2時間後)の菌体量および乳酸量から算出した。また、誤差範囲は回帰分析による95%信頼区間を示している。
【0051】
【0052】
【0053】
表11及び12に示すように、糖源としてガラクトースを使用した場合、回分培養及び流加培養のいずれの方法で培養した場合でも、グルコースを使用した場合と比べて、菌株あたりの乳酸量が有意に抑制された。
【0054】
また、ガラクトースを用いた場合でも、流加培養により乳酸菌を培養すると、回分培養で同じ乳酸菌を培養した場合と比べて、菌株あたりの乳酸量は少なくなった。表11に示す結果では、Lb. rhamnosusATCC53103をガラクトースを糖源としてμ=0.16 1/hで流加培養した場合、増殖菌体量当たりの乳酸量は2.56 g-lactate/g-cellとなり、最も抑制された。グルコースの回分培養と比較すると36%にまで抑制された。グルコースの流加培養、ガラクトースの回分培養と比較するとそれぞれ40%、49%にまで抑制されることが分かった。
【0055】
また、表12に示す結果では、Lc. lactisMG1363をガラクトースを糖源としてμ=0.23 1/hで流加培養した場合、増殖菌体量当たりの乳酸量は1.09 g-lactate/g-cellとなり、最も抑制された。グルコースの回分培養と比較すると11%にまで大幅に抑制され、ガラクトースの回分培養と比較すると、28%にまで抑制されることが分かった。
【0056】
実施例4及び5により、グルコース以外の糖としてガラクトースを用いた場合にも、菌株あたりの乳酸量が抑制されることが確認された。また、乳酸菌を流加培養すると、回分培養と比べて菌株あたりの乳酸量が抑制され、グルコース以外の糖源と流加培養とを組み合わせると、菌株あたりの乳酸量の抑制効果が最も優れることが確認された。これは、流加培養によって解糖系に流れ込む糖を制限すれば、単位時間あたり菌体量あたりに消費されるNAD+を制限することができ、NAD+再生全体に占める乳酸脱水素酵素の寄与を低くすることができ、結果として、乳酸生産の抑制につながったと考えられる。即ち、糖を回分で与えるのではなく、流加で徐々に供給すれば、その糖がグルコースであっても、乳酸脱水素酵素以外のNAD+再生経路や解糖系以外のATP生産経路の抑制を回避することができ、さらには、全NAD+再生に占める乳酸脱水素酵素以外のNAD+再生経路の寄与を相対的に大きくすることによって乳酸生産を抑制することができたと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明は、乳酸菌の高密度培養に利用でき、特に、乳酸菌が産生する特定の化学物質の生産や、乳酸菌またはその産生物を高濃度で含有する食品の製造に利用できる。本発明により得られた培養物は、乳酸量が少ないため、乳酸の有する独特の風味が緩和されており、粉末加工時には吸湿が起こりにくいことから、食品やその素材として好適に利用できる。