(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-27
(45)【発行日】2024-03-06
(54)【発明の名称】がんの予後判定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/574 20060101AFI20240228BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20240228BHJP
C12Q 1/06 20060101ALI20240228BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20240228BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20240228BHJP
【FI】
G01N33/574 D ZNA
G01N33/48 M
G01N33/48 P
C12Q1/06
A61P35/00
A61K45/00
(21)【出願番号】P 2020549116
(86)(22)【出願日】2019-09-20
(86)【国際出願番号】 JP2019036949
(87)【国際公開番号】W WO2020059850
(87)【国際公開日】2020-03-26
【審査請求日】2022-09-08
(31)【優先権主張番号】P 2018177864
(32)【優先日】2018-09-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度 国立研究開発法人日本医療研究開発機構、次世代がん医療創生研究事業、「細胞老化制御因子を標的としたがん治療法・予防法の開発」委託研究開発 産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの。平成29年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構「老化メカニズムの解明・制御プロジェクト」「細胞老化誘導・維持・除去機構の解明と、個体老化における役割」委託研究開発、産業技術強化法第17条の適用を受ける特許出願。
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】596165589
【氏名又は名称】学校法人 聖マリアンナ医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100137512
【氏名又は名称】奥原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100178571
【氏名又は名称】関本 澄人
(72)【発明者】
【氏名】中西 真
(72)【発明者】
【氏名】城村 由和
(72)【発明者】
【氏名】太田 智彦
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-214245(JP,A)
【文献】太田智彦,SERM感受性決定因子Fbxo22によるLuminal乳がん高リスク群の同定,日本乳癌学会学術総会プログラム・抄録集,2019年,Vol.27th,Page.243
【文献】JOHMURA Yoshikazu et al.,Fbxo22-mediated KDM4B degradation determines selective estrogen receptor modulator activity in breast cancer,J Clin Invest,2018年12月03日,Vol.128 No.12,Page.5603-5619,Electronic Publication Date: 12 Nov 2018
【文献】乳がんにおけるホルモン療法の効果と予後を左右するメカニズムを発見,2018年11月13日,https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400102771.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/574
G01N 33/48
C12Q 1/06
A61P 35/00
A61K 45/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程(a)および(b)を含む
、ERα(estrogen receptor α)陽性乳がんの予後判定
に必要な情報を収集する方法。
(a)前記がん組織由来の試料中のFbxo22陽性がん細胞を検出する工程、
(b)試料中に存在するがん細胞に対するFbxo22陽性がん細胞の割合を算出する工程
【請求項2】
前記Fbxo22の発現を検出することが、免疫組織化学的染色法であることを特徴とする請求項
1に記載の方法。
【請求項3】
前記Fbxo22陽性がん細胞を、抗Fbxo22抗体による細胞の染色性に基づいて評価することを特徴とする請求項
2に記載の方法。
【請求項4】
前記染色性が中度以上である場合に、Fbxo22陽性がん細胞と評価することを特徴とする請求項
3に記載の方法。
【請求項5】
以下の工程(a)および(b)を含む、ERα陽性がんのSERM(selective estrogen receptor modulator)による治療効果の評価に必要な情報を収集する方法。
(a)前記がん組織由来の試料中のFbxo22陽性がん細胞を検出する工程、
(b)試料中に存在するがん細胞に対するFbxo22陽性がん細胞の割合を算出する工程
【請求項6】
前記
ERα陽性がんが、
乳がんまたは子宮内膜がんのいずれかであることを特徴とする請求項
5に記載の方法。
【請求項7】
Fbxo22の発現量を検出するための要素を含んでなる、
ERα陽性乳がんの予後を判定するためのキット。
【請求項8】
Fbxo22の発現量を検出するための要素を含んでなる、ERα陽性がんのSERMよる治療効果を評価するためのキット。
【請求項9】
子宮内膜が、異型を伴う過形成(AEH)、前がん病変である過形成(EH)または子宮内膜がん(Endometrial Cancer)のいずれの状態であるかを推定するために必要な情報を収集する方法であって、子宮内膜組織由来の試料中のFbxo22の発現量を評価することを含む、前記方法。
【請求項10】
前記Fbxo22の発現を検出することが、免疫組織化学的染色法であることを特徴とする請求項9に記載の方法。
【請求項11】
子宮内膜が、異型を伴う過形成(AEH)、前がん病変である過形成(EH)または子宮内膜がん(Endometrial Cancer)のいずれの状態であるかを推定するためのキットであって、Fbxo22の発現量を検出するための要素を含んでなるキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、がん、特にホルモン受容体陽性がんの予後判定方法、およびホルモン受容体陽性がんの抗ホルモン療法感受性の判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エストロゲンやアンドロゲンの刺激によって増殖するホルモン受容体陽性がんの治療方法として代表的な方法に、ホルモン療法があり、例えば、乳がんに対する抗エストロゲン療法、前立腺癌に対する抗アンドロゲン療法などがある。
【0003】
エストロゲン受容体α(Estrogen receptor α:ERα)は、核内受容体スーパーファミリーに属し、エストロゲンが結合すると下流の様々なターゲット遺伝子の転写開始を調節するリガンド活性化転写因子として機能する。エストロゲン受容体による転写調節機能は、様々なコアクチベーターまたはコリプレッサーと複合体を形成することによって惹起され、これによりターゲット遺伝子のプロモーター領域のクロマチン構造変化を誘導する。
乳がんのおよそ70%はERα陽性である。タモキシフェン(tamoxifen:TAM)は、ERα陽性乳がん患者、特に閉経前の患者に対する標準的な治療薬であり(非特許文献1および非特許文献2)、TAM治療によって年間の乳がん死亡率が約30%低下するとの報告がある(非特許文献3および非特許文献4)。しかしながら、TAMで治療した初期の乳がん患者の約25%は、15年以内に再発するとの報告もある(非特許文献5)。そのため、乳がん患者のある割合に対しては、治療方法の見直しが必要と考えられるが、治療方法の見直しが必要な患者をどのように特定していくかが、重要な問題となっている。
【0004】
TAMは、選択的エストロゲン受容体調節因子(selective estrogen receptor modulator:SERM)の一種である。すなわち、TAMはある組織においてはエストロゲンと同様に機能するのに対し、他の組織においてはフルベストラントなどの選択的エストロゲン受容体抑制因子(selective estrogen receptor degrader:SERD)のようにエストロゲンの機能を阻害する(非特許文献6および非特許文献7)。これまでの研究により、細胞内におけるコアクチベーターとコリプレッサーの相対的発現がERα機能の選択的な調節に寄与していることが明らかにされてきた(非特許文献8~非特許文献11)。しかし、ある種のERα陽性/HER2陰性乳がんは、TAM抵抗性を示すことから、SERMおよびこれと協働するコファクターの分子動態には、未だ解明されていない事象が存在すると考えられる。
【0005】
ヒストンリジン脱メチル化酵素のKDM4ファミリーは、ステロイドホルモンに応答してクロマチン構造変換を誘導し、転写調節における重要な役割を果たしている。例えば、KDM4Cは、前立腺癌において、アンドロゲン受容体を介する転写およびアンドロゲン依存的細胞増殖の必須のコアクチベーターである(非特許文献12および非特許文献13)。また、KDM4Bが、ERαとの直接的な相互作用およびKDM4Bのリジン脱メチル化を介して、乳がん細胞におけるERα誘導性転写と細胞増殖に関与していることが報告された(非特許文献14~非特許文献17)。
【0006】
Fbxo22(F-box 22タンパク質)の機能については未解明な点が多い。Fbxo22は、3つの機能ドメイン(F-box、FIST-NおよびFIST-C)からなるF-boxタンパク質で、p53の転写ターゲットとして報告され(非特許文献18)、その後、KDM4Aと複合体を形成することが明らかにされた(非特許文献19)。発明者らは、SCFFbxo22-KDM4A複合体が、メチル化p53をターゲットとしたE3ユビキチンリガーゼとして機能し、老化における必須の構成要素であると同定した(非特許文献20)。しかしながら、これまでに、SCFFbxo22ターゲットの一部のみが明らかになっているにすぎない。
【0007】
以上のように、がんの抗ホルモン治療剤としてTAMなどのSERMが機能する際、多くのコアクチベーターおよびコリプレッサーが関与しており、これらコファクターの分子動態を明らかにすることが、SERMの作用機序の解明に繋がり、乳がんにおけるTAM抵抗性の原因の究明に資すると考えられる。しかしながら、現時点において、上記コファクターの分子動態を完全に解明するまでには至っていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】Osborneら, N Engl J Med. 339:1609-1618 1998
【文献】Coatesら, Ann Oncol. 26:1533-1546 2015
【文献】Group EBCTC. Lancet. 365:1687-1717 2005
【文献】Daviesら, Lancet. 378:771-784 2011
【文献】Daviesら, Lancet. 381:805-816 2013
【文献】NettlesおよびGreene Annual review of physiology. 67:309-333 2005
【文献】SmithおよびO'Malley Endocrine reviews. 25:45-71 2004
【文献】Shangら, Science (New York, NY). 295:2465-2468 2002
【文献】Smithら, Molecular endocrinology (Baltimore, Md). 11:657-666 1997
【文献】KeetonおよびBrown Molecular endocrinology (Baltimore, Md). 19:1543-1554 2005
【文献】Giraultら, Cancer Research. 9:1259-1266 2003
【文献】Wissmannら, Nat Cell Biol. 9:347-53 2007
【文献】Creaら, Mol Cancer. 11:52 2012
【文献】Yangら, Cancer Res. 70:6456-66 2010
【文献】Shiら, Proc Natl Acad Sci U S A. 108:7541-7546 2011
【文献】Kawazuら, PLoS One. 6:e17830 2011
【文献】Gaughanら, Nucleic Acids Res. 41:6892-6904 2013
【文献】Vrbaら, BMC Genomics. 9:486 2008
【文献】Tanら, Mol Cell Biol. 31:3687-3699 2011
【文献】Johmuraら, Nat Commun. 7:10574 2016
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記事情に鑑み、本発明者らは、ホルモン受容体陽性がん(例えば、ERα陽性乳がん、ERα陽性子宮内膜がんなど)の予後判定方法または予後判定の補助方法(例えば、予後判定に必要な情報を提供する方法など)、および、抗ホルモン治療剤(例えば、SERMなど)による治療感受性の評価方法または治療感受性の評価の補助方法(例えば、治療感受性の評価に必要な情報を提供する方法など)を解決課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、ERα陽性乳がん細胞におけるTAM感受性の制御機構について、その分子的基盤を解明すべく、鋭意研究を進めた。その結果、以下の点を明らかにした。
まず、発明者らは、SERMの1つであるTAMのERαに対するアンタゴニストとしての機能は、TAM結合型ERαと複合体を形成したKDM4BをSCF-Fbxo22複合体(SCF
Fbxo22)が選択的に分解することよって誘導されことを明らかにし(
図1を参照のこと)、ERα陽性がんにおけるFbxo22の発現量が低いと、SERMによる抗ホルモン療法に抵抗性であることを示した。
さらに、発明者らは、ERα陽性乳がんにおいてFbxo22の発現量が低いと予後不良となることを明らかにし、Fbxo22は、既知の予後判定因子(腫瘍グレード、リンパ節転移、プロゲステロン受容体、Ki67の発現量など)とは独立した、かつ、優れた新規の予後判定因子であることを示した。
本発明は以上の知見に基づいて完成されたものである。
【0011】
すなわち、本発明は以下の(1)~(15)である。
(1)以下の工程(a)および(b)を含むホルモン受容体陽性がんの予後判定方法または予後判定の補助方法。
(a)前記がん組織由来の試料中のFbxo22陽性がん細胞を検出する工程、
(b)試料中に存在するがん細胞に対するFbxo22陽性がん細胞の割合を算出する工程
(2)前記Fbxo22陽性がん細胞の割合が、10%未満である場合に、当該がんは予後不良であると判断することを特徴とする上記(1)に記載の方法。
(3)前記Fbxo22の発現を検出することが、免疫組織化学的染色法であることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の方法。
(4)前記Fbxo22陽性がん細胞を、抗Fbxo22抗体による細胞の染色性に基づいて評価することを特徴とする上記(3)に記載の方法。
(5)前記染色性が中度以上である場合に、Fbxo22陽性がん細胞と評価することを特徴とする上記(4)に記載の方法。
(6)前記ホルモン受容体陽性がんが、ERα(estrogen receptor α)陽性がんまたはAR(androgen receptor)陽性がんのいずれかであることを特徴とする上記(1)ないし(5)のいずれかに記載の方法。
(7)前記ERα陽性がんが、ERα陽性乳がんまたはERα陽性子宮内膜がんであることを特徴とする上記(6)に記載の方法。
(8)前記AR陽性がんが、AR陽性前立腺がんであることを特徴とする上記(6)に記載の方法。
(9)上記(1)ないし(5)のいずれかに記載の方法によって得られた結果に基づいて、ホルモン受容体陽性がんの抗ホルモン剤による治療効果を評価する方法または治療効果を補助的に評価する方法。
(10)前記ホルモン受容体陽性がんが、ERα陽性がんまたはAR陽性がんのいずれかであることを特徴とする上記(9)に記載の方法。
(11)前記ERα陽性がんが、ERα陽性乳がんまたはERα陽性子宮内膜がんであることを特徴とする上記(10)に記載の方法。
(12)前記抗ホルモン剤が、SERM(selective estrogen receptor modulator)であることを特徴とする上記(11)に記載の方法。
(13)前記AR陽性がんが、AR陽性前立腺がんであることを特徴とする上記(10)に記載の方法。
(14)前記抗ホルモン剤が、SARM(selective androgen receptor modulator)であることを特徴とする上記(13)に記載の方法。
(15)Fbxo22の発現量を検出するための要素を含んでなる、ホルモン受容体陽性がんの予後を判定するための、または該がんの抗ホルモン剤による治療効果を評価するためのキット。
【発明の効果】
【0012】
本発明の予後判定方法および予後判定の補助方法は、従来の予後因子とは独立した予後因子を使用する方法であり、特に、通常診断不可能な予後不良Luminal A型乳がんの予後診断に優れた効果を発揮する。
【0013】
本発明の治療感受性の評価方法および治療感受性を補助的に評価する方法によれば、ホルモン受容体陽性がん(例えば、ERα陽性がん)に対する抗ホルモン治療剤(例えば、SERMなど)による治療効果を評価および評価の補助を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】ERαに対するコファクター動態におけるFbxo22の機能を模式的に示した図。1番目のパネル:E2非存在下において、ERαはモノマーとして存在し、SRCおよびKDM4Bとは解離している。2番目のパネル:Fbxo22陽性乳がん細胞では、E2存在下において、E2結合型ERαダイマーはKDM4BおよびSRCと複合体を形成する。この複合体の形成によってERαシグナル伝達が活性化される。3番目のパネル:SERMの存在下において、SCF
Fbxo22はSERM結合型ERαと複合体を形成しているKDM4Bを特異的にユビキチン化し分解を誘導する。Fbxo22陽性乳がん細胞において、KDM4Bが分解されると、ERαからのSRCの解離と、ERαとN-CoR間の相互作用が促進される。SRC複合体の解離によってERαシグナル伝達は不活性化される。4番目のパネル:Fbxo22陰性細胞では、SERMの存在下において、SERM結合型ERαは依然としてSRCおよびKDM4Bと相互作用しており、この複合体はERαシグナル伝達を活性化する。
【0015】
【
図2】プロテアソーム依存的タンパク質分解に対するTAMのアンタゴニスト活性の影響を調べた結果である。(A)実験のスケジュールを示す(上図)。72時間E2欠乏状態にしたMCF-7細胞は、MG132(10 μg/ml)存在下または非存在下、E2(10 nM)を含む培地で6時間培養し、その後、4-OHT(100 nM)を含む培地中で培養した。経時的に回収した各細胞由来の総RNAを用いてqPCRを行った。データは3回の独立した実験データの平均値±標準偏差で示す。****p<0.001、***p<0.005 (B)E2の添加から12時間培養後の細胞核抽出物を用いて、図に示す抗体で免疫沈降およびイムノブロッティングを行った。(C)72時間E2欠乏状態にしたMCF-7細胞は、E2(10 nM)を含む培地中で18時間(E2)、またはMG132(10 μg/ml)存在下または非存在下にて6時間培養後、E2欠乏状態(E2-dep)で12時間培養した。処理した細胞から調製した総RNAを使用してqPCRを行った。データは3回の独立した実験データの平均値±標準偏差で示す。***p<0.005 (D)(C)と同じ処理をした細胞の核抽出物を用いて、図に示す抗体を使用して免疫沈降およびイムノブロッティングを行った。(E)Dox(ドキシサイクリン)誘導shControlまたはshKDM4Bを発現するMCF7細胞は、ドキシサイクリン(1 μg/ml)存在下で72時間E2欠乏状態にし、その後、E6(10 nM)で6時間処理した。核抽出物を用いて免疫沈降およびイムノブロッティングを行った。
【0016】
【
図3】Fbxo22とERαおよびKDM4Bとの複合体形成について解析した結果を示す。(A)Dox誘導shControlまたはshKDM4Bを発現するHeLa細胞をドキシサイクリン(1 μg/ml)で処理し、経時的にその細胞溶解物のイムノブロッティングを行った。(B)ドキシサイクリン(1 μg/ml)存在下で24時間培養したDox誘導shControlまたはshKDM4Bを発現するMCF-7細胞を50 μgのシクロヘキシミド(CHX)で処理した。経時的に細胞溶解物のイムノブロッティングを行った後、KDM4Bのバンド強度をImage Jで決定した。データは3回の独立した実験データの平均値±標準偏差で示す。***p<0.001 (C)Dox誘導FLAG-HA-Fbxo22を発現するMCF-7細胞を、ドキシサイクリン(1 μg/ml)存在下または非存在下で48時間培養し、その後、MG132(10 μg/ml)で4時間処理した。抗FLAG M2アフィニティゲルと抗HAアフィニティゲルを用いて細胞溶解物の免疫沈降を行った。得られた免疫沈降物のイムノブロッティングを行った。(D)MCF-7細胞をMG132(10 μg/ml)で4時間処理し、細胞溶解物の免疫沈降およびイムノブロッティングを行った。(E)および(F)各種Dox誘導shRNAを発現するMCF-7細胞をドキシサイクリン(1 μg/ml)存在下で48時間培養した。その後、細胞溶解物の免疫沈降を行った。(G)野生型FLAG-Fbxo22(Wt)、FIST-N欠損変異体(ΔFN)またはFIST-C欠損変異体(ΔFC)を発現するMCF-7細胞を(C)と同様に処理した。抗FLAG M2アフィニティゲルを使用して細胞溶解物の免疫沈降を行った。得られた免疫沈降物のイムノブロッティングを行った。(H)Dox誘導FLAG-Fbxo22を発現するMCF-7細胞を(C)と同様に処理した。抗FLAG M2アフィニティゲルおよび抗ERα抗体を使用して、連続的に、細胞溶解物の免疫沈降を行った。得られた免疫沈降物のイムノブロッティングを行った。(I)Dox誘導FLAG-Fbxo22を発現するMCF-7細胞を、E2を除いた培地中で、ドキシサイクリン(1 μg/ml)存在下または非存在下で72時間培養し、E2欠乏状態にした。その後、MG132(10 μg/ml)の存在下にて、0.1 nM、1 nMまたは10 nM E2の存在下もしくは非存在下で6時間処理した。その後、細胞溶解物の免疫沈降およびイムノブロッティングを行った。(J)Dox誘導FLAG-Fbxo22を発現するMCF-7細胞を、E2を除いた培地中にて、ドキシサイクリン(1 μg/ml)存在下または非存在下で72時間培養した。その後、MG132(10 μg/ml)の存在下にてE2(10 nM)および/または1 nM、10 nM、100 nM 4-OHTの存在下6時間処理した。その後、細胞溶解物の免疫沈降およびイムノブロッティングを行った。
【0017】
【
図4】SCF
Fbxo22によるKDM4Bのユビキチン化の解析結果を示す。(A)各種抗体を用いて、Fbxo22および/またはERαを発現するMCF-7細胞溶解物のイムノブロッティングを行った。(B)Fbxo22ノックアウトHeLa細胞を各種プラスミドでトランスフェクションした後、MG132で処理し、変性条件下で溶解して、StrepTactinプルダウンを行った。その後、沈降物のイムノブロッティングを行った。(C)(B)の各種遺伝子を発現するFbxo22ノックアウトHeLa細胞をE2および4-OHTの存在下または非存在下で処理し、イムノブロッティングを行った。St2-KDM4B:tandem strep-II-tagged KDM4B
【0018】
【
図5】4-OHTのアンタゴニスト活性にAF1活性を介するFbxo22が必要であることを明らかにした結果を示す。(A)実験のスケジュールを示す(上図)。Dox誘導shFbxo22を発現するMCF-7細胞をドキシサイクリン(1 μg/ml)存在下で72時間培養してE2欠乏状態にした後、E2(10 nM)で6時間処理し、その後、4-OHT(100 nM)で処理した。経時的に細胞から調製した総RNAを用いてqPCRを行った。データは3回の独立した実験データの平均値±標準偏差で示す。*p<0.05、****p<0.001 (B)(A)と同じ処理をした12時間培養後の細胞核抽出物を用いて、免疫沈降およびイムノブロッティングを行った。(C)野生型ERαまたはΔ44変異型ERαを発現するU2OS細胞を(A)と同様に処理した。****p<0.001 (D)Dox誘導shControlもしくはshFbxo22およびFLAG-KDM4Bを発現するU2OS-LacO-I-SceI-TetO細胞にYFP-SRC-1プラスミドおよびCFP-ERalpha-Lacプラスミドでトランスフェクションし、その後、E2を除いた培地中で72時間ドキシサイクリン(1 μg/ml)処理を行った。処理した細胞を、E2(10 nM)および/または4-OHT(100 nM)の存在下または非存在下で2時間処理し、4%ホルムアルデヒドで固定した。得られた細胞を抗FLAG抗体で免疫染色した。代表的なイメージを示す。(E)CFP-ERalpha-Lac、YFP-SRC-1およびFLAG-KDM4Bが共局在するfociをカウントした。データは3回の独立した実験データの平均値±標準偏差で示す。**p<0.01
【0019】
【
図6】トレミフェンおよびフルベストランに対するFbxo22の影響を検討した。(A)各種Dox-誘導shRNAを発現するMCF-7細胞をドキシサイクリン存在下で72時間培養してE2欠乏状態にし、その後、E2で6時間処理した後、4-OHT、トレミフェン(Tor)またはフルベストラン(Ful)で12時間処理した。各処理をした細胞から総RNAを調製しqPCRを行った。データは3回の独立した実験データの平均値±標準偏差で示す。**p<0.01、****p<0.001 (B)(A)と同じ処理をした細胞の溶解物に対して、各種抗体で免疫沈降およびイムノブロッティングを行った。
【0020】
【
図7】TAM存在下におけるERα/SRC3結合部位からのSRC-3の解離に対するFbxo22の影響をゲノムワイドに解析した結果。(A)互いに0.1kb以内に配列中心を有するERα結合部位を、4つのデータセット(E2もしくはE2+4-OHTで刺激した野生型MCF-7細胞およびE2+4-OHTで刺激したFbxo22除去MCF-7細胞)における共通のピークとして同定した。また、SRC-3の結合部位を、2つのデータセット(E2で刺激した 野生型MCF-7細胞およびE2で刺激したFbxo22除去MCF-7細胞)における共通のピークとして同定した。(B)(A)に示した410のSRC-3共通ピーク内のSRC-3結合タグカウントを示す。****p<0.001, n.s.: 有意差無し(C)MCF-7細胞のERαおよびSRC-3のヒートマップを示す。(D)MCF-7細胞のGREB1およびIGFBP4遺伝子座における、ERαおよびSRC-3(p160)のChIP-seqの遺伝子ブラウザスナップショットを示す。
【0021】
【
図8】4-OHTによる乳がん細胞の増殖阻害能に対するFbxo22の影響の検討。(A)Dox誘導shControlまたはshFbxo22を発現するMCF-7細胞を、Dox誘導FLAG-Fbxo22の存在下または非存在下において、ドキシサイクリン(1 μg/ml)を添加して72時間培養し、E2欠乏状態にした。その後、細胞を4-OHT(100 nM)の存在下または非存在下にてE2(10 nM)で6時間処理し、定量コロニー形成アッセイを行った。代表的なコロニーの画像(上図)とアッセイの結果を示す。データは3回の独立した実験データの平均値±標準偏差で示す。(B)各種Dox誘導shRNAを発現するMCF-7細胞を(A)と同様に処理し、定量コロニー形成アッセイを行った。データは3回の独立した実験データの平均値±標準偏差で示す。(C)NOD/Scidマウスの乳腺脂肪体に移植したコントロールT47D細胞(n=5)またはFbxo22-KO T47D細胞(n=5)の腫瘍体積を、E2ペレットの埋込から2週間後またはタモキシフェンペレット埋込から4週間後に測定した。*p<0.05 (D)(C)マウスを細胞移植から6週間後に安楽死させ、腫瘍を摘出し重量を測定した。*p<0.05 (E)摘出した腫瘍を示す。(F)野生型T47D細胞(Wt)またはFbxo22-KO(KO)T47D細胞を移植した5匹のマウスに由来するパラフィン包埋腫瘍切片に対して、抗-Ki-67抗体および切断型カスパーゼ3に特異的に抗体を用いて、免疫組織化学的解析を行った。Ki-67陽性および切断型カスパーゼ3陽性細胞をカウントし、その数を各切片中の細胞核に対して正規化した。*p<0.05, ***p<0.05
【0022】
【
図9】Fbxo22の発現量がERα陽性乳がんの予後因子となることを示す結果。(AおよびB)正常乳腺(A)、ヒト乳がんのFbxo22陽性乳腺(B、左図)およびFbxo22陰性乳腺(B、右図)の代表的な免疫組織学的染色画像を示す。スケールバーは20μm。(C~F)Fbxo22発現により、ERα陽性/HER2陰性乳がん(C)、Luminal A型(低Ki-67)乳がん(D)、リンパ節転移陰性乳がん(E)およびタモキシフェン投与乳がん(F)を層別化したKaplan-Meyer生存曲線を示す。P値およびハザード比はlog-rankテストで算出した。
【0023】
【
図10】Fbxo22およびその他の臨床病理学的因子による層別化。(A)163のERα陽性/HER2陰性乳がんケースにおいてFbxo22陽性細胞のパーセンテージの分布を示す。(BおよびC)Fbxo22発現により、グレード1のERα陽性/HER2陰性乳がん(B)およびタモキシフェン投与乳がん(C)を層別化した結果を示す。(D~F)全てのT2グレードのERα陽性/HER2陰性乳がんにおいて、Ki-67のステータス(≦10% 対 20%≦)(D)、リンパ節転移(陽性 対 陰性)(E)またはグレード(1 対 2/3)(F)で層別化したKaplan-Meyer生存曲線を示す。
【0024】
【
図11】正常子宮内膜におけるFbxo22の発現量の検討。(A)は増殖期および分泌期におけるFbxo22およびKi-67の発現量を抗体による免疫染色で確認した結果である。(B-D)は、内膜増殖期(P、8例)、分泌期(S、6例)、早期分泌期(ES、8例)における、Fbxo22(B)の発現量をH-Score、Ki-67(C)およびPgR(D)の発現量を陽性細胞率で示したグラフである。
【0025】
【
図12】子宮内膜がんにおけるFbxo22の発現量の検討。(A)は、前がん病変である過形成(EH)、非浸潤型早期がんである異型を伴う過形成(AEH)および子宮内膜がん(EC)におけるFbxo22およびKi-67の発現量を抗体による免疫染色で確認した結果である。(B)は、EH(30例)、AEH(29例)およびEC(30例)におけるFbxo22の発現量をH-Scoreで示したグラフである。
【0026】
【
図13】EHが混在するAEH症例の子宮内膜組織における、Fbxo22、Ki-67、ERの免疫染色の結果(各々、Fbxo22、Ki-67およびER)およびHE染色の結果(HE)を示す。同一症例の中でEHの腺管ではFbxo22が陽性、AEHの腺管ではFbxo22が陰性である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明は、ホルモン受容体陽性がん細胞組織におけるFbxo22発現量を指標にしたがんの予後判定(または予後予測)方法または予後判定の補助方法、および当該予後の判定結果(すなわち、がん組織におけるFbxo22発現量の測定結果)に基づいて当該がんの抗ホルモン療法感受性もしくは抗ホルモン剤による治療効果を評価する方法または補助的に評価する方法である。
すなわち、本発明の第1の実施形態は、以下の工程(a)および(b)を含むホルモン受容体陽性がんの予後判定方法または予後判定の補助方法である。
(a)前記がん組織由来の試料中のFbxo22陽性がん細胞を検出する工程、
(b)試料中に存在するがん細胞に対するFbxo22陽性がん細胞の割合を算出する工程
上記判定方法において、工程(b)で算出されたFbxo22陽性細がん胞の割合が、一定割合未満の場合に当該ホルモン受容体陽性がんの予後が不良であると判断する。なお、上記(a)および(b)の工程は、医師以外の技術者によっても実施可能であるため、医師による予後の判定に必要な情報を提供するための、予後判定の補助方法の構成要素でもある。
ここで、「予後」とは、医学分野で通常用いられる意味と同じであって、特に限定はしないが、例えば、予想される医学的な状態(健康状態)に関する見解、病気・創傷の将来的な状態のことである。そして、予後が不良であるとは、例えば、生存率の短縮、再発リスクの増大および/または腫瘍が他の部位に転移している可能性がある場合を指す。
【0028】
本発明の第1の実施形態の「ホルモン受容体陽性がん」としては、ホルモン受容体を発現しているがんで、例えば、ERα(estrogen receptor α)陽性乳がん、ERα陽性子宮内膜がんなどのERα陽性がん、AR(androgen receptor)陽性前立腺がんなどのAR陽性がんなどを挙げることができる。アンドロゲンシグナル伝達においてもKDM4Bが重要な役割を担っていることが報告されていることから(Coffeyら, Nucleic Acids Res. 41:4433-4446 2013)、AR陽性前立腺がんのSARM(selective androgen receptor modulator)による抗ホルモン療法についても、ERα陽性乳がんと同様に本発明の予後の判定方法(または判定補助方法)が利用できると考えられる。
【0029】
Fbxo22は、前述したように、3つの機能ドメイン(F-box、FIST-NおよびFIST-C)からなるF-boxタンパク質で、SCFと複合体を形成して、ユビキチンリガーゼとして機能する。本明細書において「Fbxo22」と記載する場合は、Fbxo22タンパク質のことを指す。Fbxo22のアミノ酸配列(GenBank no.:AAH20204.2、配列番号6)およびこれをコードする核酸配列(GenBank no.:BC020204.1、配列番号7)等の情報はすでに公開のデータベース等に開示されているため、当業者であれば、容易に取得することが可能である。
【0030】
本発明の第1の実施形態には、がん組織(がん細胞)中のFbxo22を検出する工程が含まれる。この場合、予後判定の対象患者からがん組織を含む試料を採取する手段は、当業者において、容易に選択されるいかなる方法、例えば、穿刺針を用いて細胞試料を得る針生検、外科的に切開して患部組織片を得る切開生検などの方法により実施することができる。
【0031】
がん組織(がん細胞)を含む試料中のFbxo22発現細胞の検出は、当業者において容易に選択し得る方法により実施することができる。例えば、免疫組織化学的手法により、試料中のがん細胞に発現するFbxo22を検出し、その発現レベルを調べる場合、適当な組織標本あるいは細胞診標本を作製し、検討を行うことができる。組織標本あるいは細胞標本の作製方法は、既知のいかなる方法を使用して作製してもよい。例えば、採取した組織等をホルマリン等で固定し、パラフィン包埋処理後、切片を作製し、免疫組織化学染色を行いFbxo22の発現レベルの検討を行うことができる。あるいは、細胞診の1つの方法である、Liquid Based Cytology(LBC:液状化細胞診)により実施することもできる。LBC法は、採取した細胞診検体(腫瘍細胞試料)を分散液(保存液)中で撹拌・分散した後、細胞を回収しスライドガラス上へ薄く転写・塗沫し、固定した後、抗体染色等を行い染色されるFbxo22の量を調べる方法である。
【0032】
採取した組織または細胞に発現しているFbxo22を免疫組織化学的手法によって検出するため、Fbxo22に対する抗体(抗Fbxo22抗体)を使用することができる。抗Fbxo22抗体は、本発明を実施する者が自ら作製した抗体であっても、市販されている抗体(例えば、Gene Tex[N3C3]、Sigma[FF-7]など)のいずれであっても使用可能であり、また、モノクローナル抗体でもポリクローナル抗体でもよい。さらに、完全体の抗体である必要はなく、CDR領域等を含む断片であっても良く、遺伝子工学的に調製されたものであっても良い。抗体の断片としては、細胞内で発現しているFbxo22と結合し、免疫組織化学的染色に用いることができるものであれば如何なるものであってもよく、例えば、抗Fbxo22抗体の一部分の領域を含むペプチド断片である、Fab、Fab’、F(ab’)2、Fv(variablefragment of antibody)、一本鎖抗体(重鎖、軽鎖、重鎖可変領域、および軽鎖可変領域等)、scFv、diabody(scFv二量体)、dsFv(ジスルフィド安定化可変領域)、ならびに、CDRを少なくとも一部に含むペプチド等が挙げられる。
【0033】
患者から取得した組織または細胞試料等を、抗Fbxo22抗体を用いて免疫染色する場合、抗Fbxo22抗体、あるいは、抗Fbxo22抗体を1次抗体として使用する場合には該抗Fbxo22抗体と結合する2次抗体に適当な標識を結合させて、その標識を視覚化することで実施することができる。例えば、ペルオキシダーゼで標識した場合には、ジアミノベンチジン(DAB)またはアミノメチルカルバゾール(ACE)などを発色基質とし、アルカリフォスファターゼで標識した場合には、5-ブロモ-4-クロロ-3-インドキシルフォスフェート/ニトロブルーテトラゾリウムクロライド(BCIP/NBT)などを発色基質として使用し、染色することができる。
【0034】
次に、免疫組織化学的方法により、細胞におけるFbxo22発現の有無を評価する場合、特に限定はしないが、例えば、以下のように実施することができる。すなわち、低倍率で染色した組織または細胞標本を顕微鏡観察し、最も染色強度が強い領域を選択し、次いで、その領域を高倍率視野下で観察を行い、観察対象の細胞100個を選ぶ。選んだ100個の細胞の各々の核の染色強度を、例えば、以下の4つに分類する。
染色なし:核の染色が認められない、あるいは、バックグラウンドと同程度にわずかに核が染色されている細胞。
低度:低倍率では、染色なし、と区別がつかないが、高倍率で淡く核の染色が確認される細胞。
中度:低倍率で核の染色が確認可能で、高倍率で完全に核の染色が確認される細胞。
高度:低倍率で完全に核の染色が確認される細胞。
選んだ100個の細胞に対する核の染色強度が中度以上の細胞を、「Fbxo22陽性細胞」と判定しその割合を算出し、その割合が、検出方法により多少の変動はあるものの、30%未満、20%未満、10%未満、好ましくは5%未満、より好ましくは1%未満の場合に、抗Fbxo22抗体による染色性が「陰性」であると判断する。そして、「陰性」と判断された試料が由来するがんの予後は、不良である可能性が高いと判定することができる。なお、「陰性」と判断する場合の「Fbxo22陽性細胞」の割合は、陰性症例(「陰性」と判断される症例)が全症例中の30%程度となるように設定することが望ましい。
また、採取された試料の染色性の状態をカメラ等で撮影し、染色処理した細胞の画像を取得し、当該画像を電子情報化処理し、解析することも可能である。画像から得られる染色強度を定量し、数値化することで、上記の4段階の染色レベルを評価してもよい。例えば、顕微鏡上で主となるがん細胞の集団を染色した強倍率視野像(200から400倍)を撮影し、撮影した画像内のFbxo22染色の色を、バイオイメージング解析システム等を用いて、赤、緑、青のRGBカラーに分け、色の染色性を各々、色相によって表して、二値化する。撮影した画像上の染色された陽性面積を、陰性抗体(コントロール抗体)によって非特異的に染色された陰性面積を引くことにより求め、陽性面積の割合を「Fbxo22陽性細胞」の割合としてもよい。
【0035】
また、いわゆるハイブリダイゼーション法により、試料中のがん細胞に発現するFbxo22のmRNAを検出し、Fbxo22の発現状況をモニターしてもよい。使用可能なハイブリダイゼーション法として、例えば、in situ ハイブリダイゼーション法などを挙げることができる。予後の判定の対象となるがん組織から取得した組織切片または細胞標本に対し、Fbxo22のmRNAに相補的な標識プローブ、例えば、放射性標識プローブ、ジゴキシゲニン(DIG)プローブ、蛍光標識(FITC、RITCなど)プローブなどを使用して、試料切片または標本中におけるFbxo22のmRNA量を検出することができる。試料中のFbxo22のmRNA量の評価は、標識プローブから得られるシグナルを顕微鏡下で観察し、標識からシグナル強度に基づいて、観察される細胞を上記のように4段階に分類し、シグナル強度が中度以上の細胞の割合を算出して、予後の判定または予後の判定補助の指標とすることができる。
その他、免疫組織化学的方法以外にも、試料中の腫瘍細胞に発現するFbxo22のレベルを検出する方法として、定量RT-PCR(real time PCR)法により、試料中のFbxo22 mRNAの発現量を検出してもよい。
以上のようにして取得した検査対象サンプルにおけるFbxo22の陽性細胞の割合に関する情報は、検査対象サンプルが由来するがんの予後の判定材料として使用することができる。
【0036】
第1の実施形態にかかる予後の判定方法または判定補助方法により得られた結果は、当該がんの抗ホルモン療法感受性の判断の基礎とすることができる。すなわち、本発明の予後の判定方法または判定補助方法によって、予後不良であるまたは予後不良である可能性が高いと判断されたケースは、そのがん細胞においてFbxo22が発現していないか、非常に少量の発現しかないケースであり、このようなケースにおいては、当該がんに対して抗ホルモン療法(例えば、ERα陽性乳がんのSERM(selective estrogen receptor modulator)による治療、あるいは、AR陽性前立腺がんのSARM(selective androgen receptor modulator)による治療)を施すと、治療効果がないか、むしろ、再発のリスクが上昇すると評価することができる(実施例を参照のこと)。
そこで、本発明の第2の実施形態は、本発明の第1の実施形態にかかる予後の判定方法または予後の判定補助方法によって得られた結果に基づいて、ホルモン受容体陽性がんの抗ホルモン剤による治療効果を評価する方法または治療効果を補助的に評価する方法である。
本発明の実施形態で使用される抗ホルモン剤としては、例えば、ホルモン受容体陽性がんがERα陽性乳がん、ERα陽性子宮内膜がんなどのERα陽性がんの場合SERMなどを、AR陽性がんの場合SARMなどを挙げることができる。
【0037】
ここで、SERMおよびSARMとは、各々、選択的エストロゲン受容体モジュレータ(selective estrogen receptor modulator)および選択的アンドロゲン受容体モジュレータ(selective androgen receptor modulator)のことで、臓器 や組織 によってアゴニスト作用を示したり、アンタゴニスト作用を示したりする化合物の総称である。
第2の実施形態で使用されるSERMとして、例えば、タモキシフェン(tamoxifen)、トレミフェン(toremifene)、ラソフォキシフェン(lasofoxifene)、アルゾキシフェン (arzoxifene)、オスペミフェン(ospemifene)もしくはラロキシフェン(raloxifene)またはこれらの誘導体を挙げることができ、SARMとして、例えば、アンダリン(andarine)もしくはオスタリン(ostarine)またはこれらの誘導体を挙げることができる。
【0038】
本発明の第3の実施形態は、ERα陽性乳がん、ERα子宮内膜がんおよびAR陽性前立腺がんなどのホルモン受容体陽性がんの予後の判定もしくは予後の判定補助、またはこれらのがんのSERMまたはSARMなどの抗ホルモン治療剤による治療効果を評価するためもしくは治療効果を補助的に評価するためのキットである。上述のように、本発明の第1および第2の実施形態は、各々、Fbxo22のホルモン受容体陽性がんにおける発現レベルを指標にした、当該がんの予後の判定もしくは予後の判定補助および当該がんをSERMもしくはSARMなどの抗ホルモン剤で治療したときの治療効果を評価する方法もしくは治療効果を補助的に評価する方法を提供する。従って、試料中のがん細胞におけるFbxo22の発現量を測定するための要素、例えば、抗Fbxo22抗体およびFbxo22 mRNAの発現量を測定するために使用するプローブもしくはプライマー等は、ホルモン受容体陽性がんの予後の判定および当該がんに対する抗ホルモン剤による治療効果の評価を行うための用途を有しており、この用途は本願において初めて開示されるものである。本発明の第3の実施形態におけるキットには、その必須の構成要素として、抗Fbxo22抗体およびFbxo22 mRNAの発現量を測定するために使用するプローブもしくはプライマー等が含まれる。それ以外に、付属的な構成要素として、例えば、診断対象となる組織または細胞を免疫染色するために必要な、ホルマリン等の固定剤の他、免疫組織化学染色、あるいは、定量RT-PCRを行うために必要な発色基質やバッファー等を含んでいてもよい。
【0039】
本明細書が英語に翻訳されて、単数形の「a」、「an」、および「the」の単語が含まれる場合、文脈から明らかにそうでないことが示されていない限り、単数のみならず複数のものも含むものとする。
以下に実施例を示してさらに本発明の説明を行うが、本実施例は、あくまでも本発明の実施形態の例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0040】
1.方法
1-1.抗体およびshRNA
本実施例で使用したshRNAと抗体に関する情報は、各々、表1および表2に示した。
【表1】
【表2】
【0041】
1-2.細胞培養
細胞培養と種々の薬剤による処理は、Johmuraら, Molecular Cell 55:73-84 2014に記載される方法に従って行った。
MCF-7細胞、T47D細胞、ZR75-1細胞、U2OS細胞、U2OS-LacO-I-SceI-TetO(Burgessら, Cell reports. 9:1703-17 2014)または293T細胞は、10% fetal bovine serum(FBS)を添加したDMEM (Invitrogen)中で培養した。
エストラジオール(E2)(Sigma-Aldrich)、シクロヘキシミド(Sigma-Aldrich)、4-ヒドロキシタモキシフェン(4-OHT)(Sigma-Aldrich)、フルベストラン(Sigma-Aldrich)、トレミフェン(Sigma-Aldrich)およびMG132 (Sigma-Aldrich)は、各々、10 nM、50 μg/ml、100 nM、10 μg/ml、100 nMおよび100 nMの濃度で使用した。
E2欠乏状態にするには、次のように行った。細胞をPBSで3回洗浄した後、フェノールレッド非添加のDMEM(5% charcoal-stripped FBSを含む)中で72時間培養した。
【0042】
1-3.コロニー形成アッセイ
細胞(5×102)を6-ウェルプレートに播種し、2週間培養した。コロニーは、メタノール/酢酸(1:1)で15分間固定し、0.4% トリパンブルー(Sigma)を含む20 %メタノール/PBS中で15分間染色したのちカウントした。
【0043】
1-4.プラスミドの構築
レンチウイルスベースshRNAコンストラクトおよびTet-on誘導性レンチウイルスコンストラクトは、Johmuraら, Molecular Cell 55:73-84 2014に記載される方法に従って作製した。
レンチウイルスベースshRNAコンストラクトを調製するために、ループ配列(配列番号1:5’-ACGTGTGCTGTCCGT-3’)を有する19-21ベースのshRNAコードフラグメント(表1:Fbxo22(配列番号2)、KDM4B(配列番号3)およびLuciferase(配列番号4))をAgeI/EcoRI で切断したpENTR4-H1に挿入した。次に、H1tetOx1-shRNAをレンチウイルスベクターに挿入するために、得られたpENTR4-H1-shRNAベクターとCS-RfA-ETBsdベクターまたはCS-RfA-ETPuroベクターを混合し、Gateway LR clonase (Invitrogen)を用いて反応させた。
Tet-on誘導レンチウイルスコンストラクトを構築するために、Flag、HA、FLAG-HAまたはEGFPの各配列を含むpENTR-1Aベクター(Invitrogen)をBamHI/ NotIで切断し、ヒト/マウスFbxo22野生型もしくはその各変異体のcDNAまたはヒトKDM4B野生型のcDNAを含むBamHI/ NotIフラグメントをPCRで増幅し、上記BamHI/ NotI切断サイトに挿入した。得られたプラスミドをCS-IV-TRE-RfA-UbC-PuroベクターまたはCS-IV-TRE-RfA-UbC-Hygroベクターと混合し、Gateway LR clonase (Invitrogen)を用いて反応させ、レンチウイルスプラスミドを調製した。
HAでタグ化されたユビキチンコード配列をタンデムに6つ含むpcDNA3-(HA-Ub)x6は、Nishikawaら, The Journal of biological chemistry 279:3916-3924 2004に記載される方法に従って作製した。pcDNA3-St2-KDM4Bは、以下に示すStrep IIエピトープに対応するオリゴヌクレオチドを保持するpcDNA3にサブクローニングされたKDM4B cDNAを用いて調製した:TGGAGCCATCCTCAGTTCGAGAAAGGTGGCGGTTCTGGCGGAGGGTCGGGCGGCTCCGCCTGGAGTCACCCTCAGTTTGAGAAA-3’(配列番号5)
【0044】
1-5.ウイルスの調製と感染
レンチウイルスの調製とその細胞への感染は、Johmuraら, Molecular Cell 55:73-84 2014に記載される方法に従って行った。shRNAまたは各種遺伝子を発現するレンチウイルスは、pCMV-VSV-G-RSV-RevB、pCAG-HIVgpおよびCS-RfA-ETBsd、CS-RfA-ETPuro、CS-IV-TRE-RfA-UbC-Puro、CS-IV-TRE-RfA-UbC-HygroもしくはCSII-CMV-MCSで、リン酸カルシウム共沈殿法により293T細胞にコトランスフェクションして調製した。レンチウイルスを感染させた細胞は、10 μg/ml ブラストサイジン(Invitrogen)および/または2 μg/ml ピューロマイシン(Sigma-Aldrich)で2~3日間処理した。ドキソサイクリン(Sigma-Aldrich)は1 μg/mlとなるように添加し、各shRNAまたは遺伝子の発現誘導を行った。
【0045】
1-6.免疫沈降およびイムノブロッティング
免疫沈降とイムノブロッティングは、Johmuraら, Molecular Cell 55:73-84 2014に記載される方法に従って行った。細胞は、TBSNバッファー(20 mM Tris-Cl (pH8.0)、150 mM NaCl、0.5% NP-40、5 mM EGTA、1.5 mM EDTAおよび0.5 mM Na3VO4)で溶解した。得られた細胞溶解物を4℃にて、15,000×gで20分間遠心して、抗体による免疫沈降に使用した。
ERαとKDM4Bの免疫沈降に関しては、核抽出物をHirokawaら, Cancer Res. 74:3880-3889 2014に記載される方法に従って調製した。細胞ペレットを5倍容量のbuffer A(10 mM Hepes-KOH pH 7.9、10 mM KCl、1.5 mM MgCl2、0.5 mM DTT、0.5 mM PMSFおよびプロテアーゼインヒビターカクテル(Nakalai Tesque))に懸濁させ、氷上で5分間インキュベートした。その後、細胞を4℃にて、500×gで5分間遠心し、得られた細胞ペレットを2倍容量のbuffer Aに懸濁し、ホモジナイズした。ホモジナイズした細胞懸濁物を4℃にて、4,000×gで5分間遠心し、細胞核を沈殿に回収し、回収した核に等量のbuffer B(20 mM Hepes-KOH pH 7.9、600 mM KCl、1.5 mM MgCl2、0.2 mM EDTA、25% glycerol、0.5 mM DTT、0.5 mM PMSFおよびプロテアーゼインヒビターカクテル) を加えて懸濁し、4℃にて、30分間ローテーターで混合した。核抽出物は、4℃にて、16,000×gで15分間遠心し、上清に回収し、buffer C(20 mM Hepes-KOH pH 7.9、100 mM KCl、0.2 mM EDTA、20 % glycerol、0.5 mM DTTおよび0.5 mM PMSF)に対して透析した。透析後の核抽出物を4℃にて、16,000×gで30分間遠心し、残存していた沈殿物を除去した。
全細胞溶解物については、細胞を直接Laemmli-buffer(2% SDS、10% glycerol、5% 2-mercaptoethanol、0.002% bromophenol blueおよび62.5 mM Tris HCl pH 6.8)で溶解させた。
全細胞溶解物のタンパク質(20~50 μg)は、SDS-PAGEで分離し、PVDF膜(Millipore)にトランスファーし、各種抗体によるイムノブロッティングに使用した。
【0046】
1-7.定量RT-PCR
定量RT-PCRは、Johmuraら, Molecular Cell 55:73-84 2014に記載される方法に従って行った。総RNAをISOGEN II (Wako)を用いて抽出し、これを鋳型として、cDNAをSuperScript II cDNA synthesis kit(Invitrogen)を用いて合成した。PCR増幅は、Power SYBR Green PCR Master Mix(Applied Biosystems)を用いて、96-well optical reaction plate中で行った。各遺伝子の相対的発現比は、GAPDHの発現量に対して正規化した。
【0047】
1-8.ユビキチン化アッセイ
ユビキチン化KDM4Bをインビボで検出のために、2×Strep II (WSHPQFEKGGGSGGGSGGSAWSHPQFEK:配列番号8)タグ化KDM4B配列を含むプラスミドで細胞をトランスフェクションし、20 μM MG132で16時間処理し、トランスフェクションから48時間後、細胞を回収した。細胞は、1% SDSを含むbufferで変性条件下にて溶解し、遠心後、上清をNishikawaら, The Journal of biological chemistry 279:3916-3924 2004およびSatoら, The Journal of biological chemistry 279:30919-30922 2004に記載される方法に従って希釈した。10μlの50% StrepTactin resinによるプルダウンは、高塩濃度のbuffer(2M NaCl、50 mM Tris-HCl pH 7.5、0.5% Nonidet P-40、150 mM NaCl、50 mM NaF、1 mM dithiothreitol)を用いて行った。レジンはsample buffer中でボイルし、イムノブロッティングに使用した。
【0048】
1-9.蛍光顕微鏡
U2OS-LacO-I-SceI-TetO細胞は、environmental chamber(Keyence)を備えたBZ-9000(Keyence)のステージ上で、 glass bottom dish(Iwaki)で培養した。顕微鏡画像は、BZ-9000ソフトウェアで解析した。
【0049】
1-10.CRISPR/Cas9による遺伝子ノックアウト
ヒトFbxo22をノックアウトするためのsgRNAのオリゴヌクレオチドを調製し、Cas9およびsgRNAを発現するベクターpX330(Dr. Feng Zhangから供与頂いた)のBbsI部位にクローニングした。得られたプラスミド(pX330-hFbxo22-4)を、Lipofectamine 3000 (Invitrogen)を用い、MCF-7細胞またはT47D細胞にトランスフェクションした。48時間インキュベートした後、細胞をクローン化するように植え継いだ。各細胞株の細胞溶解物は、抗Fbxo22抗体を用いたウエスタンブロッティングに使用し、遺伝子が破壊されたかどうかを確認した。ヒトFbxo22のsgRNA配列は5’-CGCCGGAACCAGTCCTACGG-3’(配列番号9)である。
【0050】
1-11.ChIP-Seq解析
クロマチン免疫沈降は、SimpleChIP Enzymatic Chromatin IP kit(CST)を用いて行った。
4×106細胞を、1% formaldehydeで、室温にて、10分間固定した後、125 mM glycineを添加した。細胞ペレットからクロマチンを調製し、室温にて、15分間、micrococcal nucleaseで処理した。切断したクロマチンと約2μgの各腫抗体とを、4℃で一晩インキュベーションし、その後、20μlの磁気ビーズを添加し、4℃で2時間インキュベーションした。磁気ビーズを洗浄用バッファーで4回洗浄し、ChIP elution bufferでクロマチンを溶出させた後、65℃で4時間Protein Kで処理し、リバースクロスリンクを行った。その後、DNA精製カラムでDNAを抽出した。シークエンシングライブラリーは、1.8ngのDNAで、Ion Xpress Plus Fragment Library kit(Thermo Fisher Scientific)を用いて調製した。シークエンシングは、Ion PI Chip and Ion PI Sequencing 200 kitを使用し、Ion Proton systemで行った(Thermo Fisher Scientific)。シングルエンドリードのベースコールとアライメントは、Torrent SuiteTM Software 5.2.2を用いてデフォルトの設定で行った。リードをTorrent Mapping Alignment Program(TMAP)により対照のヒトゲノムhg19に対してマッピングした。タグディレクトリはアラインしたリードにより、HOMER(http://homer.salk.edu/homer/)で提供される makeTagDirectory version v4.9.1を使用して作製した。 その後、Homer を使用してbasic quality control 解析とsequence bias解析を行った。デフォルトのパラメーター、すなわち、各ピークから10kbの領域の正規化したtag densityと比較して、4倍以上のtag densityおよび0.001以下のfalse discovery rateのパラメーターを使用し、rfindPeaksで、ピークをコールした。濃縮したTFモチーフを見つけるために、50bpの領域サイズおよび1e-50未満のp-値で、findMotifsGenomeを使用し、annotatePeaksで領域をアノテートした。オーバーラップしたERとSRC-3のピークは、ERとSRC-3の濃縮した領域間において、100bp未満の間隔で同定した。濃縮領域のhierarchical cluster解析はCluster 3.0を使用して行った。ヒートマップデータマトリクスは、Homerを使用して作製し、Java TreeViewで可視化した。box-and-whisker plotはExcelにより、各密度のlog2により作成した。
【0051】
1-12.マウスへのがん細胞の移植
コントロール(野生型)T47D細胞またはFbxo22-KO(ノックアウト) T47D細胞を80~90%コンフルエントになるまで培養した後、トリプシン処理を行い、PBSに懸濁し、Matrigel (CORNING 354230)と1:1となるように混合した。エストロゲンペレット(エストロゲン0.72mg含む60日間長期放出ペレット(Innovative Research of America))をマウスの首筋の皮下に埋め込み、その1日後に3×106細胞を、9週齢のNOD/Scidマウスの乳腺脂肪体皮下に100μlのPBS/Matrigel(1:1)と共にインジェクションした。腫瘍の大きさが約50 mm3になったときに、各群5匹のマウスにタモキシフェンペレット(タモキシフェン5 mg含む60日間長期放出ペレット(Innovative Research of America))を皮下に埋め込む処置を行った。移植した腫瘍の大きさを毎週測定した。6週間後、マウスを安楽死させ、腫瘍を摘出し、大きさを測定した後、ホルマリン固定後パラフィンに包埋し、HE染色スライドを作製した。腫瘍のサイズは次にようにして評価した:V=(長さ×幅×高さ×0.5326)mm3。全てのマウスは特定の病原体フリーの環境で飼育し、東京大学医科学研究所動物実験ガイドラインに従って扱った。
【0052】
1-13.腫瘍切片の免疫組織化学的解析
移植した腫瘍組織は、10% ホルマリンで固定し、脱水後、パラフィン中に包埋した。パラフィン切片を脱パラフィン後、再水和させ、抗Ki-67抗体(DAKO)または切断型caspase-3に対する抗体(CST)と共にインキュベーションした。抗原に結合した1次抗体は、HRP標識2次抗体で検出し、DAB(3, 3’-diaminobenzidine tetrahydrochloride)で可視化した。
【0053】
1-14.患者由来組織標本の免疫組織化学的分析
継続的に治療を行ったT2(直径2~5 cm)ERα陽性/HER-2陰性原発乳がんの163ケースに由来する、ホルマリン固定、パラフィン包埋大針穿刺吸引細胞診パネルおよびその臨床データは、2005年~2009年に聖マリアンナ医科大学病院で外科手術を受けた患者から得た。追跡期間中央値は7.4年であった。本研究は大学の治験審査委員会の承認を得たものである(承認番号:3095)。免疫組織化学的解析は、Nichirei Histofine system(Nichirei Biosiences Inc., Tokyo, Japan)を使用して行った。組織切片を1:200に希釈した1次抗体の抗Fbxo22抗体(GTX117774, GeneTex)とインキュベーションし、HRP-ポリマー標識2次抗体(Histofine Simple Stain MAX PO (multi), Nichirei, Japan)で検出した。発色はDABで行った。100個の細胞のうち、中度または高度にFbxo22染色を示す細胞(Fbxo22陽性細胞)を1つ以上含むがん組織をFbxo22陽性と判定した。Fbxo22陽性は、2名の病理学者による盲検法で評価した。ERα、PR、HER2およびKi-67のステータスは、臨床的検討において用いられる標準的な免疫組織化学的方法およびFISH(fluorescence in situ hybridization)法により決定した。
【0054】
1-15.統計的解析
細胞ベースの実験の統計的解析は、独立変数に対するStudent’s t-testにより行った。P値<0.05を統計的に有意とした。ChIP-seqデータのタグカウントに関する統計的解析は一元配置分散分析(one-way ANOVA)により行った。Fbxo22ステータスと種々の臨床病理学的特徴との関係は、カイ二乗検定、フィッシャーの正確確率検定およびStudent’s t-testで算定した。無再発生存期間(Relapse-Free Survival:RFS)曲線は、Kaplan-Meier法およびlog-rankテストにより作製した。cox比例ハザード回帰モデルは、単変数分析および多変数分析における各変数について、RFSのハザード比(HR)と95%信頼区間(95% CIs)を評価するために使用した。Kaplan-MeierプロットはGraphPad Prism6で作製した。cox比例ハザード回帰モデルはR(version 3.3.2)で解析した。統計的有意は、P<0.05として定義した。
【0055】
2.結果
2-1.乳がん
2-1-1.KDM4Bユビキチン化およびその分解のTAMのアゴニスト活性に対する影響
MCF-7細胞におけるE2誘導転写活性が、プロテアソーム依存的分解によって制御されていれば、TAMのアンタゴニスト活性もプロテアソーム依存的タンパク質分解によって制御されている可能性がある。
この点を調べるために、まず、4-ヒドロキシタモキシフェン(4-OHT)のアンタゴニスト活性のキネティクスを測定した。E2欠乏状態にしたMCF-7細胞にE2を添加して刺激し、その6時間後に細胞に4-OHTを添加した。ERαの標的遺伝子であるGREB1およびEBAG1の転写量を経時的に測定したところ、E2添加から4時間後に転写量が最大となり、その後減少して4-OHT添加から6時間後に最小となった(
図2A、●)。この結果から、エストロゲンのシグナルは、TAM処理後速やかにアンタゴナイズされることが示された。そこで、プロテアソーム阻害剤であるMG132が、4-OHTによるERα依存的転写のアンタゴナイズ活性に影響を及ぼすかどうか調べた。4-OHT処理後、EBAG9とGREB1の転写量は、MG132非存在下と比較して、MG132存在下において高いレベルで維持された(
図2A)。
【0056】
ERαは、E2処理後、KDM4BおよびSRC-3と複合体を形成する(
図2B、IP:ERの E2)。この複合体は4-OHT添加すると解離し、ERαはN-CoRリプレッサーと複合体を形成した(
図2B、IP:ERのE2+4-OHT)。MG132で処理するとこれらのコファクターの動態が抑制された(
図2B、IP:ERのE2+4-OHT+MG)。同様の結果は、T47D細胞を用いた場合にも得られている。
また、E2を含む培地からE2を除去すると、EBAG9およびGREB1のE2誘導転写活性が消失し(
図2C)、MG13を添加すると、このE2誘導転写活性が回復した。そして、E2除去によるERαからのKDM4BとSRC-3の解離が抑制された(
図2D、IP:ERのE2+dep+MG)。これらの結果から、ERαと複合体を形成しているKDM4Bのプロテアソームによる分解が、ERαコファクターの動態の引き金になっている可能性を考えた。そこで、細胞内でのKDM4Bの発現をshRNAで阻害したところ、E2存在下においても、SRC-3がERαから解離した(
図2E、IP:ERのshKDM4B+E2)。
以上の結果から、ERαと結合しているKDM4Bのプロテアソームによる分解によって、コファクターの動態を引き起こされ、ERα陽性乳がん細胞におけるTAMのアンタゴニスト活性が促進されと考えられる。
【0057】
2-1-2.KDM4Bの分解に関与する因子の同定
次に、ERαと複合体を形成しているKDM4Bを選択的に分解する因子の検索を行った。
Fbxo22がKDM4A機能に何らかの関連性を有するとの報告が有ることから、Fbxo22がKDM4B分解に関与しているかどうか調べた。Fbxo22除去細胞中のKDM4A、4Cおよび4Dの定常レベルは野生型の細胞と同程度であったが、KDM4Bの量は明らかに増加していた(
図3A、shFbxo22のKDM4B)。なお、KDM4BのmRNAレベルは変動していなかった。Fbxo22除去細胞中においてKDM4Bタンパク質は、コントロール細胞と比較して、より安定的に存在していた(
図3B、○)。
ERαと複合体を形成しているKDM4BをSCF
Fbxo22がユビキチン化するかどうかを調べるために、まず、ERαとFbxo22間の複合体形成について検討した。FLAG-HAタグを付けたFbxo22(FH-Fbxo22)をMG132存在下でMCF-7細胞にて発現させ、抗FLAG抗体と抗HA抗体で免疫沈降を行うと、抗FLAG/抗HA抗体による免疫沈降物にERαが含まれていたことから、ERαはFbxo22と相互作用していることが分かった(
図3C、IP:FLAG/HAのFH-Fbxo22)。そして、MG132非存在下において、Fbxo22が除去されると、ERαとKDM4B間の相互作用が顕著に促進された(
図3E、IP:KDM4BのshFbxo22および
図3F、IP:ERのshFbxo22)。Fbxo22は3つの異なる機能ドメイン(F-box、FIST-NおよびFIST-C)を有していることから、Fbxo22はERαと多量体を形成していると考えられた。そこで、FIST-NまたはFIST-Cドメインを欠失しているFbxo22変異体を用いて、ERαおよびKDM4Bとの相互作用について検討したところ、 ERαおよびKDM4Bは、各々、FIST-NとFIST-Cドメインに結合することが明らかとなった(
図3G)。さらに、MG132存在下において、FLAG-Fbxo22をMCF-7細胞内で発現させた場合、抗FLAG抗体と抗ERα抗体に免疫沈降物にFLAG-Fbxo22、ERαおよびKDM4Bが含まれていたことから、これらの3分子は複合体を形成していることが確認された(
図3H)。
ERαと結合するアゴニストまたはアンタゴニストと、Fbxo22との相互作用について次に検討した。MG132存在下において、ERαに結合するFLAG-Fbxo22は、E2の添加量に依存して減少し、KDM4Bとの結合は、影響を受けなかった(
図3I)。これに対し、E2およびMG132存在下において、ERαに結合するFLAG-Fbxo22は、4-OHTの添加量に依存して回復(増加)した(
図3J)。これらの結果は、Fbxo22がリガンド非結合型ERαまたは4-OHT結合型ERαと優先的に結合し、E2結合型ERαとは結合しないことを示している。
【0058】
2-1-3.SCF
Fbxo22(SCF-Fbxo22複合体)によるKDM4Bのユビキチン化
MCF-7細胞中のKDM4Bの量に対する、Fbxo22またはERαの影響を調べるため、Fbxo22および/またはERαをMCF-7細胞内で発現させたところ、Fbxo22またはERαを単独で発現させた場合、KDM4Bの量に影響はなかったが、Fbxo22およびERαを同時に発現させたところ、KDM4Bの量が減少した(
図4A)。この結果から、SCF
Fbxo22はERαと複合体を形成しているKDM4Bを特異的にユビキチン化することが示唆された。
この可能性をさらに調べるために、変性条件下において、インビボユビキチン化アッセイを行った。Fbxo22によるKDM4Bのユビキチン化は、ERαの発現が無い場合は弱かったが、ERαを共発現させるとERαの用量依存的に顕著に増強された(
図4B)。これらの結果から、SCF
Fbxo22は、ERαと複合体を形成しているKDM4Bを優先的にユビキチン化しプロテアソームによる分解を引き起こしていることが示唆された。
Fbxo22がリガンド非結合型ERαまたは4-OHT結合型ERαと優先的に結合するならば、ERαと複合体を形成しているKDM4BのSCF
Fbxo22によるユビキチン化は、ERαに結合しているリガンドのタイプに依存していると考えられる。ERαと複合体を形成しているKDM4Bのユビキチン化は、E2の添加によって顕著に低下し、4-OHTを添加するとユビキチン化の量が回復した(
図4C)。
以上のことから、SCF
Fbxo22はリガンド非結合型ERαまたは4-OHT結合型ERαと複合体を形成しているKDM4Bを優先的にユビキチン化することが示された。
【0059】
2-1-4.KDM4BのSCF
Fbxo22にメディエートされる分解のSERMのアンタゴニスト活性への影響
E2で刺激したコントロールMCF-7細胞を4-OHTで処理すると、EBAG9とGREB1の転写が強く抑制されるが(
図5A、●)、4-OHTのこのアンタゴニスト活性は、Fbxo22欠損MCF-7細胞では抑制された(
図5A、○)。E2刺激後、コントロールMCF-7細胞およびFbxo22除去MCF-7細胞のいずれにおいても、ERαはKDM4BおよびSRC-3と複合体を形成していた(
図5B、IP:E2)。その後、コントロールMCF-7細胞を4-OHTで処理すると、KDM4BとSRC-3はERαから解離し、N-CoRがERαと相互作用した(
図5B、IP:E2のshFbxo22)。 これに対して、Fbxo22除去細胞においては、このようなコファクターの動態は認められなかった(
図5B、IP:E2のshControl)。また、KDM4Bを除去すると、ERα標的遺伝子の転写誘導の顕著な抑制が、Fbxo22の存在とは無関係に生じた。KDM4Bの除去によっても、E2が誘導するEBAG9とその他のERα標的遺伝子の転写誘導の顕著な抑制が生じたことから、4-OHTのアンタゴニスト活性の制御において、KDM4Bの関与についても確認することにした。
【0060】
ERαの転写活性はAF1およびAF2によって引き起こされる。そこで、Fbxo22除去細胞中の4-OHT存在下におけるERα活性がAF1および/またはAF2に依存するかどうかを検討した。
Fbxo22が発現しているU2OS細胞または発現していないU2OS細胞であって、全長の野生型ERαまたはAF1活性を欠損しているΔ44変異型ERαを発現している細胞をE2で刺激し、その後4-OHTで処理した。4-OHTのアンタゴニスト活性は、Fbxo22が発現しておらず野生型ERαを発現しているU2OS細胞であってE2刺激した細胞内では4-OHTのアンタゴニスト活性は抑制されるが(
図5C上図、○)、Fbxo22が発現しておらずΔ44 ERαを発現しているU2OS細胞では、4-OHTのアンタゴニスト活性が認められた(
図5C下図、○)。この結果は、Fbxo22欠損細胞において、4-OHT存在下におけるERα活性はAF1活性に依存することを示している。ERαのシグナルに対するアンタゴニスト活性におけるFbxo22の役割は、SERD(Selective Estrogen Receptor downregulator:選択的エストロゲン受容体ダウンレギュレーター)ではなく、SERM(Selective Estrogen Receptor modulator:選択的エストロゲン受容体調節因子)特異的であり、Fbxo22の除去することで、トレミフェン(SERM)のアンタゴニスト活性には4-OHTに対する効果と類似の効果を及ぼし(
図6A左図および中図)、フルベストラント(SERD)のアンタゴニスト活性には全く効果を示さなかった(
図6A右図)。また、トレミフェンで処理した細胞におけるコファクターの動態にはFbxo22が必要であるが(
図6B左図、IP:ERのE2+Tor)、フルベストラントで処理した細胞においては不要であった(
図6右図、IP:ERのE2+Ful)。従って、これらの結果は、SCF
Fbxo22によるERα結合KDM4Bの分解は、SERM処理に特異的なコファクター動態に必要であることを示している。
【0061】
リガンドによって誘導されるコアクチベーターとERαの集積における、Fbxo22の役割をさらに検討するために、生細胞におけるERα-コアクチベーター複合体の細胞内動態をリアルタイムで観察した。生細胞内で安定的に組み込まれたLacオペレーターアレイ上にERαを固定化するために、CFPでタグ化したlac受容体- ERαのキメラタンパク質(CFP-LacER)を用い、ERα固定化位置へのYFP-SRC-1およびKDM4Bの集積を調べた。
まず、CFP-LacERおよびYFP-SRC-1 foci へのFLAG-KDM4Bの共局在に関し、CFP-LacER、YFP-SRC-1およびFLAG-KDM4Bを発現しているU2OS-LacO-I-SceI TetO細胞を用いて検討を行った。抗FLAG抗体を用いた免疫蛍光解析により、コントロール細胞とFbxo22除去細胞において、E2の存在下ではFLAG-KDM4BもCFP-LacERおよびYFP-SRC-1の fociに共局在した(
図5D、shControlとshFbxo22のE2および
図5E、shControlとshFbxo22のE2)。これに対して、E2および4-OHT存在下では、コントロール細胞でのFLAG-KDM4BのCFP-LacERおよびYFP-SRC-1との共局在は観察されなかったが(
図5D、shControlのE2+4-OHTおよび
図5E、shControlのE2+4-OHT)、Fbxo22除去細胞では、FLAG-KDM4BはCFP-LacERおよびYFP-SRC-1と共局在していた(
図5D、shFbxo22のE2+4-OHTおよび
図5E、shFbxo22のE2+4-OHT)。
以上の結果からも、4-OHTによるE2シグナル伝達アンタゴナイズ作用におけるコファクター動態でのFbxo22の重要な役割が示された。
【0062】
2-1-5.ERα-SRC3結合ゲノム領域からの4-OHT依存的SRC-3の解離におけるFbxo22の役割
ChIP-Seq解析を用いて、ERα-SRC-3のゲノムワイドな結合のマッピングを行った。コントロールMCF-7細胞とFbxo22除去MCF-7細胞を用いて解析を行った。細胞を72時間エストロゲン欠乏状態にした後、E2(10 nM)またはE2+4-OHTで2時間刺激した。その結果、E2処理した野生型MCF-7細胞において12,64、Fbxo22除去MCF-7細胞において23,213のERα集積ピークが検出された。また、E2+4-OHT処理したコントロールMCF-7細胞において26,751、Fbxo22除去MCF-7細胞において19,924のERα集積ピークが検出された。これらの結果から、4-OHTはERαと標的領域との相互作用には影響を与えないと考えられる。上記4つのデータセットにおいて、8,528のERα集積ピークが重複していた。E2処理した野生型MCF-7細胞において1,723、Fbxo22除去MCF-7細胞において5,572のSRC-3集積ピークが検出された。これら2つのデータ間で、469のSRC-3集積ピークが共通しており、これらのピークの約90%(410)がERαピークとオーバーラップしていた(
図7A)。ERαと相互作用するSRC-3の量を明らかにするために、410のSRC-3オーバーラッピングピークに着目した。box-and-whisker plotの結果、E2+4-OHTで処理したコントロールMCF-7細胞ではERαと相互作用するSRC-3が顕著に減少するのに対し(
図7B、shControl+E2+4+OHT)、Fbxo22除去MCF-7細胞では、ERαと相互作用するSRC-3は減少しなかった(
図7B、shFbxo22+E2+4+OHT)。ヒートマップにおいては、E2+4-OHTで処理したコントロールMCF-7細胞では、410領域のSRC-3配列のリード密度が、E2のみで処理した場合と比較して、明らかに減少していた(
図7C、Control MCF-7、E2+4OHT)。これに対し、Fbxo22除去MCF-7細胞にE2+4-OHTを添加しても、SRC-3配列のリード密度には影響がなかった(
図7C、Fbxo22-depleted MCF-7、E2+4OHT)。
【0063】
実際に、コントロールMCF-7細胞およびFbxo22除去MCF-7細胞をE2で処理すると、GREB1とIGFBP4遺伝子のプロモーター領域へのERαの集積が促進された(
図7D)。ERαのプロモーターへの集積は、コントロールMCF-7細胞およびFbxo22除去MCF-7細胞のいずれにおいてもE2+4-OHT処理後でも維持された。これに対して、SRC-3(p160)は、コントロールMCF-7細胞では、E2+4-OHT処理するとプロモーターからSRC-3が解離したが、Fbxo22除去MCF-7細胞では、E2+4-OHT処理してもプロモーターにSRC-3はとどまっていた。
これらの結果から、Fbxo22は、タモキシフェンによって誘導されるSRC-3のERα/SRC-3結合ゲノム領域からの解離において、重要かつ普遍的な役割を担っていることが示された。
【0064】
2-1-6.インビトロおよびインビボにおけるTAMの乳がん細胞増殖阻害活性に対するFbxo22の影響
エストロゲンはMCF-7細胞の増殖に必要である。そこで、Fbxo22が4-OHTによるMCF-7細胞の増殖抑制に必要であるかどうか検討した。コロニー形成アッセイの結果、4-OHT処理により、E2存在下におけるコントロールMCF-7細胞の増殖が完全に抑制されたのに対し、Fbxo22除去MCF-7細胞では、4-OHTに対する増殖抑制効果が低下し(
図8A下図、E2+4-OHTのshFbxo22)、Fbxo22を発現させると、増殖抑制効果が回復した(
図8A下図、E2+4-OHTのshFbxo22/FLAG-Fbxo22)。同様な結果は、他の2種類の乳がん細胞株(ZR75-1 およびT47D)においても観察された。これら2種類の乳がん細胞株の増殖はエストロゲン刺激に依存していることが知られている。KDM4Bを除去した場合にも、Fbxo22存在とは無関係に、E2によって誘導されるMCF-7細胞の増殖が抑制された(
図8B)。
【0065】
次に、Fbxo22が、インビボにおける4-OHTのアンタゴニスト活性にも必要なのかどうかを検討した。コントロールのT47D乳がん細胞またはFbxo22ノックアウトT47D乳がん細胞(3×10
6細胞)を、雌のNOD/Scidマウスの乳腺脂肪体に移植した。移植から2週間後、マウスに4-OHTペレットを移植し、腫瘍の増殖の程度を調べた。4-OHT処置の前は、コントロール細胞およびFbxo22ノックアウト細胞のいずれも全ての移植マウスにおいて同等の大きさの腫瘍を形成し、Fbxo22を除去したことはT47D細胞の乳腺脂肪体での増殖に影響を与えないことが確認された。しかしながら、意外なことに、Fbxo22ノックアウト細胞を移植したマウスを4-OHTで処置すると、コントロール細胞を移植したマウスを比較して、その腫瘍の明らかな増大が認められた(
図8C)。この結果に一致して、Fbxo22ノックアウトT47D細胞のコロニー形成は、コントロール細胞と比較し、E2および4-OHTの存在下においても、顕著に促進された。
移植から6週間後、マウスを安楽死させ、腫瘍の重量等を測定した。Fbxo22ノックアウトT47D細胞の腫瘍は、野生型T47D細胞の腫瘍よりも明らかに重かった(
図8D)。
図8Eに代表的な腫瘍の比較例を示す。腫瘍組織に対し、免疫組織化学的解析を行ったところ、Fbxo22をノックアウトしたT47D細胞は、アポトーシスが減少し(
図8F上図)、細胞増殖が増大していた(
図8F下図)。
以上の結果から、Fbxo22は、インビボおよびインビトロにおいて、ERαと複合体を形成しているKDM4Bの分解を通じて4-OHTのアンタゴニスト活性にとって必須であることが示された。
【0066】
2-1-7.ERα陽性/HER2陰性乳がん患者の予後判定におけるFbxo22発現量の意義
乳がん細胞におけるTAM感受性決定因子としてのSCF
Fbxo22の重要な役割は、Fbxo22の発現量が、ERα陽性乳がん患者の予後判定因子として使用できることを示唆している。そこで、Fbxo22の発現量のERα陽性乳がん患者の予後判定因子としての可能性を確認するために、免疫組織化学的手法により、163のERα陽性/HER2陰性乳がん標本についてFbxo22の発現量を解析した。抗Fbxo22抗体を用いて標本を免疫染色すると、正常乳腺由来の組織では細胞核の染色が不均一であった(
図9A)。これに対して、腫瘍組織では、細胞核の染色が均一であるケース(
図9B左図)と、細胞核がほとんど染色されないケースが観察された(
図9B右図)。ここで、がん組織におけるFbxo22の発現量の指標として、抗Fbxo22抗体で核が染色されるFbxo22陽性細胞(中度または高度にFbxo22染色を示す細胞)が1%未満の場合、そのがん組織はFbxo22陰性とした。観察の結果、163の標本のうち49標本(30.1%)をFbxo22陰性と判断した(表3および
図10)。Fbxo22陰性は、高Ki-67とPRステータスネガティブと相関していた(表3)。
【0067】
【表3】
しかし、Fbxo22ステータスはリンパ節転移および腫瘍グレードとは相関していなかった(表3)。特に注目すべきは、Fbxo22欠損腫瘍は、Fbxo22陽性腫瘍と比べて、無再発生存期間(relapse-free survival:RFS)の短縮と顕著な関連性を有していた(
図9C)。このRFSの短縮は、Luminal A型(低Ki-67)乳がん(
図9D)、リンバ節転移陰性乳がん(
図9E)およびグレード1のERα陽性/HER2陰性乳がん(
図10B)においても同様に認められた。さらに、Fbxo22陰性乳がんは、TAM治療を受けた群において、非常に予後が悪かったが(
図9F)、TAM治療を受けなかった群ではそこまで悪くはなかった(
図10C)。163全群において、高Ki-67群、リンパ節転移群およびグレード2/3群は、予後が悪い傾向にあったが、統計的有意差はなかった(
図10D、EおよびF)。
また、多変数生存解析より、Fbxo22の欠損は、他の予後判定因子とは独立に予後を予測することが示された(表4)。これらの臨床データは、低Ki-67、リンパ転移陰性、低グレードまたはタモキシフェン処理とは無関係に、Fbxo22が欠損していると、ERα陽性/HER2陰性乳がんにおける予後が不良となることを示すものである。
【0068】
【0069】
2-2.子宮内膜がん
子宮内膜がんの発がんにはエストロゲンが関与している。子宮内膜は骨と共に、タモキシフェンがアゴニスト作用を及ぼす臓器としてよく知られており、タモキシフェンにより子宮内膜がんのリスクが上がる。そのため、タモキシフェンのアゴニスト作用が子宮内膜がんのリスク上昇の原因と考えられている。つまり、タモキシフェンを投与した場合に、Fbxo22が陽性の乳がんではアンタゴニストとして働くが、Fbxo22陰性乳がんではアゴニストとして働くとの、前述の乳がんに関する結果から、Fbxo22が陰性である子宮内膜がんにおいて、タモキシフェンなどの抗ホルモン剤の投与により子宮内膜がんが発症し、予後も不良となる可能性が考えられる。
【0070】
これを解析するため、子宮内膜がん(Endometrial Cancer:EC)30例、子宮内膜がんの非浸潤型早期がんである異型を伴う過形成(Atypical endometrial hyperplasia:AEH)29例、前がん病変である過形成(Endometrial hyperplasia; EH)30例、および正常子宮内膜22例におけるFbxo22の発現を、Fbxo22抗体を用いた免疫染色にて解析した(聖マリアンナ医科大学生命倫理委員会・承認番号4230)。発現の程度は細胞核におけるH-Score(陽性細胞率×強陽性3点、中等度陽性2点、弱陽性1点のトータルスコアで評価する病理で一般に行われている評価方法)で評価した。Ki-67およびプロゲステロンレセプター(PgR)は臨床で使われている陽性率(%)で評価した。
【0071】
2-2-1.正常子宮内膜におけるFbxo22の発現
正常子宮内膜では月経周期によってFbxo22の発現が変化し、増殖期は陰性で分泌期には陽性であった(
図11AおよびB)。正常子宮内膜はHE染色による形態評価により内膜増殖期(Proliferative phase; P)が8例、分泌期(secretory phase; S)14例(そのうち早期分泌期(early secretory phase; ES)が8例)であった。 増殖期では全例がH-Score 40以下で、平均値は11.9±16.0であった。これに対して分泌期早期では最も高く171.3±40.2、それ以外の分泌期では141.7±34.9であった。増殖の指標であるKi-67は増殖期および分泌早期で高く、分泌中期以降にほぼ消失した(
図11AおよびC)。PgRも同様に増殖期および分泌早期で高く、分泌中期以降は低値であった(
図11D)。これらの所見から月経周期におけるLHサージと呼ばれる黄体ホルモンの分泌期に一致してFbxo22の発現が誘導されることが示唆された。また、Ki-67とは逆相関する傾向にあり、Fbxo22が低下すると増殖が誘導されることが示唆された。全ての症例でERは強陽性であり、理論的にはFbxo22が発現しないことにより持続したERシグナルが生じることが予想される。
【0072】
2-2-2.子宮内膜がんにおけるFbxo22の発現
癌化との関連については予想通り、ECではFbxo22が低下しており、H-Scoreで評価するとEH 124.2±69.1、AEH 84.7±51.0、 EC 25.0±35.3と、段階的に低下していた(
図12AおよびB)。これらの症例ではFbxo22とKi-67の発現が逆相関する傾向にあり(
図12A)、また、EHが混在するAEH症例では、EHではFbxo22陽性、AEHではFbxo22陰性で、Fbxo22陰性の腺管ではKi-67が高いという逆相関する関係が認められた(
図13)。
以上より、ERα陽性乳がんモデルでエストロゲンを枯渇してもERシグナルが持続することを考え合わせると、Fbxo22が低下するとプロゲステロンシグナルによる分泌期への導入がスムーズにできず、エストロゲンシグナルによる細胞増殖が過剰に働き、がんを誘発する可能性がある。臨床応用として、EH症例において、AEH、ECへの進行を予測しうる予見因子となる可能性がある。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は、ホルモン受容体がんの予後の判定方法および治療効果を評価する方法である。従って、本発明は医療分野における利用が期待される。
【配列表】