(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-27
(45)【発行日】2024-03-06
(54)【発明の名称】ミノムシ絹糸の採糸装置及び長尺ミノムシ絹糸の生産方法
(51)【国際特許分類】
D01B 7/00 20060101AFI20240228BHJP
【FI】
D01B7/00 Z
(21)【出願番号】P 2020559961
(86)(22)【出願日】2019-12-04
(86)【国際出願番号】 JP2019047403
(87)【国際公開番号】W WO2020116503
(87)【国際公開日】2020-06-11
【審査請求日】2022-12-01
(31)【優先権主張番号】P 2018227669
(32)【優先日】2018-12-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000163006
【氏名又は名称】興和株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 太陽
(72)【発明者】
【氏名】亀田 恒徳
(72)【発明者】
【氏名】北村 崇博
(72)【発明者】
【氏名】浅沼 章宗
【審査官】住永 知毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/080510(WO,A1)
【文献】特開2018-197415(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01B7/00
A01K67/033
A01K67/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミノムシ絹糸の採糸装置であって、
長軸方向に動く可動式線状路、及びミノムシを固定する固定器を備え、
前記可動式線状路は、前記固定器に固定されるミノムシの左右最大開脚幅未満の幅を有し、かつ前記ミノムシの脚部を係止可能なように構成され、
前記固定器は、固定されたミノムシが前記可動式線状路に係止できる位置に配置されている
前記採糸装置。
【請求項2】
一以上の剥離器をさらに備え、
前記剥離器は、吐糸されたミノムシ絹糸を前記可動式線状路から剥離するための剥離液及び/又は蒸気を貯留可能なように構成され、かつ前記可動式線状路の一部が器内の剥離液及び/又は蒸気に接触できる位置に配置されている
請求項1に記載の採糸装置。
【請求項3】
回収器をさらに備え、
前記回収器は、前記可動式線状路から剥離されたミノムシ絹糸を回収可能なように構成されている、
請求項2に記載の前記採糸装置。
【請求項4】
一以上の糸掛器をさらに備え、
前記糸掛器は、前記可動式線状路から剥離したミノムシ絹糸の送糸方向を転換できるように構成されている、
請求項2又は3に記載の採糸装置。
【請求項5】
前記可動式線状路が環状線状路である、請求項1~4のいずれか1項に記載の採糸装置。
【請求項6】
前記可動式線状路が円形形状である、請求項5に記載の採糸装置。
【請求項7】
前記可動式線状路が自動式線状路である、請求項1~6のいずれか1項に記載の採糸装置。
【請求項8】
前記回収器がその外周部に糸巻部を備え、
前記糸巻部は回収したミノムシ絹糸を巻取り可能なように構成されている、請求項3
、及び請求項3を引用する4~7のいずれか1項に記載の採糸装置。
【請求項9】
前記糸巻部は、巻取り方向に沿った一以上の凹凸部を備え、
前記凹凸部は回収したミノムシ絹糸を凹部に収納できるように構成されている、請求項8に記載の採糸装置。
【請求項10】
前記可動式線状路と前記回収器の回転が同期するように構成されている、
請求項3を引用する請求項5~
7、及び請求項8~9のいずれか1項に記載の採糸装置。
【請求項11】
ミノムシからミノムシ絹糸を採糸する方法であって、
使用するミノムシの左右最大開脚幅未満の幅を有し、かつ前記ミノムシの脚部を係止可能な線状路に、そのミノムシの脚部を係止させて前記線状路に沿って連続して吐糸させる吐糸工程を含み、
前記吐糸工程において、使用するミノムシ又はそのミノムシ巣は前記線状路にミノムシが脚部を係止可能な位置で固定され、かつ前記線状路は自動及び/又はミノムシの移動によって長軸方向に動く前記方法。
【請求項12】
長尺ミノムシ絹糸の生産方法であって、
採糸に使用するミノムシの左右最大開脚幅未満の幅を有し、かつ前記ミノムシの脚部を係止可能な線状路に、そのミノムシの脚部を係止させて前記線状路に沿って連続して吐糸させる吐糸工程、
前記線状路上のミノムシ絹糸を剥離液及び/又は蒸気に接触させる接触工程、及び
前記接触工程後の線状路からミノムシ絹糸を剥離し、回収する回収工程
を含み、
前記吐糸工程において、使用するミノムシ又はそのミノムシ巣は前記線状路にミノムシが脚部を係止可能な位置で固定され、かつ前記線状路は自動及び/又はミノムシの移動によって長軸方向に動く前記方法。
【請求項13】
前記接触工程時、前記回収工程時、及び/又は前記回収工程後にミノムシ絹糸を精練する精練工程をさらに含む、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記回収工程後、及び/又は精練工程後にミノムシ絹糸を撚る撚糸工程をさらに含む、請求項12又は13に記載の方法。
【請求項15】
前記線状路が環状である、請求項11~14のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミノムシ絹糸を採糸する方法、それを用いた採糸装置及び長尺ミノムシ絹糸の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
昆虫の繭を構成する糸や哺乳動物の毛は、古来より動物繊維として衣類等に利用されてきた。特にカイコガ(Bombyx mori)の幼虫であるカイコ由来の絹糸(本明細書では、しばしば「カイコ絹糸」と表記する)は、吸放湿性や保湿性、及び保温性に優れ、また独特の光沢と滑らかな肌触りを有することから、現在でも高級天然素材として珍重されている。
【0003】
近年では、カイコ絹糸に匹敵する、又はそれ以上の優れた特性をもつ動物繊維を自然界より探し出し、新たな天然素材として活用するための研究が進められている。
【0004】
クモ由来の糸(本明細書では、しばしば「クモ糸」と表記する)は、その一つである。クモ糸は、ポリスチレンの数倍に及ぶ高い弾性力の他、柔軟性や伸縮性を有している。それ故、手術用縫合糸等の医療素材、及び防災ロープ・防護服などの特殊素材としての利用が期待されている(非特許文献1及び2)。しかし、クモ糸の実用化までには課題も多い。まず、クモ糸は、クモの大量飼育やクモから大量採糸が困難なことから量産が難しく、生産コストも高い。この問題は、現在では、カイコや大腸菌の遺伝子組換え体にクモ糸を生産させることで解決されつつある(特許文献1及び非特許文献2)。しかし、遺伝子組換え体は、所定の設備を備えた施設内でしか飼育や培養ができず、維持管理の負担が大きい等の新たな問題も浮上している。
【0005】
ところで、自然界にはカイコ絹糸やクモ糸よりも力学的に優れた特性をもつ動物繊維が存在する。ミノムシ(Basket worm, alias "bag worm")が吐糸する糸(本明細書では、しばしば「ミノムシ絹糸」と表記する)である。例えば、チャミノガ(Eumeta minuscula)由来のミノムシ絹糸は、弾性率に関してカイコ絹糸の3.5倍、ジョロウグモ(Nephila clavata)のクモ糸の2.5倍にも及び、非常に強い強度誇る(非特許文献1及び3)。また、ミノムシ絹糸の単繊維における断面積は、カイコ絹糸の単繊維のそれの1/7ほどしかないため、木目細かく、滑らかな肌触りを有し、薄くて軽い布を作製することが可能である。しかも、ミノムシ絹糸は、カイコ絹糸と同等か、それ以上の光沢と艶やかさを備える。
【0006】
管理面においてもミノムシは、優れた点を有する。例えば、カイコは、原則としてクワの生葉のみを食餌とするため、飼育地域や飼育時期は、クワ葉の供給地やクワの開葉期に左右される。一方、ミノムシは広食性で、餌葉に対する特異性が低く、多くの種類が様々な樹種の葉を食餌とすることができる。したがって、餌葉の入手が容易であり、飼育地域を選ばない。また、種類によっては、常緑樹の葉も餌葉にできるため、落葉樹のクワと異なり年間を通して餌葉の供給が可能となる。その上、ミノムシはカイコよりもサイズが小さいので、飼育スペースがカイコと同等以下で足り、大量飼育も容易である。したがって、カイコと比較して飼育コストを大幅に抑制することができる。さらに、ミノムシ絹糸は野生型のミノムシからの直接採取が可能であり、クモ糸の生産のように遺伝子組換え体の作製や特別な維持管理設備を必要としない。
【0007】
以上のようにミノムシ絹糸は、従来の動物繊維を超える特性を有し、また管理生産面でも有利な点が多いため極めて有望な新規天然素材となり得る。
【0008】
ところが、ミノムシ絹糸には実用化において、解決すべきいくつかの問題がある。その一つは、ミノムシからは繊維として利用する上で必要な長尺繊維の入手が困難な点である。カイコの場合、営繭は連続吐糸によって行われるため、繭を精練し、操糸すれば、比較的容易に長尺繊維を得ることができる。一方、ミノムシは、幼虫期に生活していた巣の中で蛹化するため、蛹化前に改めて営繭行動を行わない。また、ミノムシの巣は、原則として初齢時から成長に伴い増設されるため、巣には新旧の絹糸が混在している。加えて、ミノムシの巣の長軸における一方の末端には、ミノムシ頭部及び胸部の一部を露出させて、移動や摂食をするための開口部が存在し、他方の末端にも糞等を排泄するための排泄孔が存在する。つまり、巣には常に2つの孔が存在するため、絹糸が巣内で断片化され、不連続になっている。このように、ミノムシの巣自体が比較的短い絹糸が絡まり合って構成されており、通常、巣内には1mを超える長尺繊維が存在しない。また、既存の技術では、絹糸の周囲に付着している接着物質が少ない最内層からしか紡績できないが、その最内層からもせいぜい50cm未満の長さの絹糸が得られるに過ぎない。
【0009】
ミノムシ絹糸の実用化において、もう一つの問題は、ミノムシの巣の表面には、必ず葉片や枝片等が付着しているという点である。ミノムシ絹糸を製品化するには、これらの夾雑物を完全に除去しなければならない。しかし、除去作業は、膨大な手間とコストを要するため、結果的に生産コストが高くなる。また、既存の技術で夾雑物を完全に除去することは困難であり、最終生産物にも僅かな小葉片等が混在する他、夾雑物由来の色素で絹糸が薄茶色に染まる等、低品質なものになってしまう。
【0010】
以上のような理由から、メートル級のミノムシ絹糸を単繊維で得ることは、既存の技術ではほぼ不可能とされてきた。それ故、ミノムシ絹糸を織り込んだ織布は、これまでに知られていない。実際、ミノムシ絹糸を利用した財布や草履等の従来製品は、ミノムシの巣から葉片や枝片等の夾雑物を除去し、展開後の成形したものをパッチワークのように継ぎ合わせた不織布を利用しているに過ぎなかった。
【0011】
したがって、ミノムシ絹糸を新規生物素材として実用化させるためには、夾雑物を含まない純粋で、かつ長尺のミノムシ絹糸の生産方法の開発が必須であった。
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、ミノムシが枝等からの落下防止のために脚掛かりとして葉や枝に吐糸する足場絹糸を長尺で吐糸させて回収する方法を開発した。この方法は、特定の幅を有する線状路にミノムシを配置すれば、ミノムシが線状路に沿って足場絹糸を吐糸し続けるという性質を利用したものである。この方法によって従来不可能と考えられてきたメートル級の連続する純粋なミノムシ絹糸を安定的に量産することに成功した。そこで、本発明者らは当該方法に基づく特許出願(特願2017-110003)を行った。
【0013】
上記方法は、長尺ミノムシ絹糸の生産方法として画期的な方法であったが、同時に新たな課題も見出された。一つは、ミノムシのスタミナ面の問題である。ミノムシの場合、巣を保持したまま吐糸を行うため、吐糸のエネルギーに加えて巣を支えるエネルギーを要する。それ故に、1回の採糸工程で長時間にわたって吐糸させることは、ミノムシへの負担が大きかった。また、線状路に配置されたミノムシは、原則としてその線状路に沿って一定の進行方向に吐糸するが、ミノムシの自由度が比較的高いため、時としてミノムシが進行方向を変えたり、線状路から離脱する場合があった。進行方向の変更は回収時の糸の縺れや断裂の原因となり得る。さらに、環状線状路上に積層されたミノムシ絹糸は、接着物質によって集積した絹糸どうしが強固に固着し、線状路からの回収や接着物質を除去する精練が困難になる場合もあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【非特許文献】
【0015】
【文献】大崎茂芳, 2002, 繊維学会誌(繊維と工業), 58: 74-78
【文献】Kuwana Y, et al., 2014, PLoS One, DOI: 10.1371/journal.pone.0105325
【文献】Gosline J. M. et al., 1999, 202, 3295-3303
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、吐糸方向の転換やミノムシの線状路からの離脱を防ぎ、かつミノムシへの負担を軽減しながら、夾雑物を含まない長尺ミノムシ絹糸を効率的に採糸する方法、及びその採糸方法を実現するための装置を開発することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記新たな課題に対して本発明者らはさらに研究を結果、その課題を解決する長尺ミノムシ絹糸の生産方法及びその方法を実現する装置の開発に成功した。今回、新たに開発した生産方法と採糸装置では、ミノムシ絹糸の採糸から回収までを自動化することも可能であり、さらに採糸工程と回収工程を同時実施することもできる。本発明は、その開発結果に基づくものであり、以下を提供する。
【0018】
(1)ミノムシ絹糸の採糸装置であって、長軸方向に動く可動式線状路、及びミノムシを固定する固定器を備え、前記可動式線状路は、前記固定器に固定されるミノムシの左右最大開脚幅未満の幅を有し、かつ前記ミノムシの脚部を係止可能なように構成され、前記固定器は、固定されたミノムシが前記可動式線状路に係止できる位置に配置されている前記採糸装置。
(2)一以上の剥離器をさらに備え、前記剥離器は、吐糸されたミノムシ絹糸を前記可動式線状路から剥離するための剥離液及び/又は蒸気を貯留可能なように構成され、かつ前記可動式線状路の一部が器内の剥離液及び/又は蒸気に接触できる位置に配置されている(1)に記載の採糸装置。
(3)回収器をさらに備え、前記回収器は、前記可動式線状路から剥離されたミノムシ絹糸を回収可能なように構成されている、(2)に記載の前記採糸装置。
(4)一以上の糸掛器をさらに備え、前記糸掛器は、前記可動式線状路から剥離したミノムシ絹糸の送糸方向を転換できるように構成されている、(2)又は(3)に記載の採糸装置。
(5)前記可動式線状路が環状線状路である、(1)~(4)のいずれかに記載の採糸装置。
(6)前記可動式線状路が円形形状である、(5)に記載の採糸装置。
(7)前記可動式線状路が自動式線状路である、(1)~(6)のいずれかに記載の採糸装置。
(8)前記回収器がその外周部に糸巻部を備え、前記糸巻部は回収したミノムシ絹糸を巻取り可能なように構成されている、(3)~(7)のいずれかに記載の採糸装置。
(9)前記糸巻部は、巻取り方向に沿った一以上の凹凸部を備え、前記凹凸部は回収したミノムシ絹糸を凹部に収納できるように構成されている、(8)に記載の採糸装置。
(10)前記可動式線状路と前記回収器の回転が同期するように構成されている、(5)~(9)のいずれかに記載の採糸装置。
(11)ミノムシからミノムシ絹糸を採糸する方法であって、使用するミノムシの左右最大開脚幅未満の幅を有し、かつ前記ミノムシの脚部を係止可能な線状路に、そのミノムシの脚部を係止させて前記線状路に沿って連続して吐糸させる吐糸工程を含み、前記吐糸工程において、使用するミノムシ又はそのミノムシ巣は前記線状路にミノムシが脚部を係止可能な位置で固定され、かつ前記線状路は自動及び/又はミノムシの移動によって長軸方向に動く前記方法。
(12)長尺ミノムシ絹糸の生産方法であって、採糸に使用するミノムシの左右最大開脚幅未満の幅を有し、かつ前記ミノムシの脚部を係止可能な線状路に、そのミノムシの脚部を係止させて前記線状路に沿って連続して吐糸させる吐糸工程、前記線状路上のミノムシ絹糸を剥離液及び/又は蒸気に接触させる接触工程、及び前記接触工程後の線状路からミノムシ絹糸を剥離し、回収する回収工程を含み、前記吐糸工程において、使用するミノムシ又はそのミノムシ巣は前記線状路にミノムシが脚部を係止可能な位置で固定され、かつ前記線状路は自動及び/又はミノムシの移動によって長軸方向に動く前記方法。
(13)前記接触工程時、前記回収工程時、及び/又は回収工程後にミノムシ絹糸を精練する精練工程をさらに含む、(12)に記載の方法。
(14)前記回収工程後、及び/又は精練工程後にミノムシ絹糸を撚る撚糸工程をさらに含む、(12)又は(13)に記載の方法。
(15)前記線状路が環状である、(11)~(14)のいずれかに記載の方法。
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2018-227669号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0019】
本発明のミノムシ絹糸の採糸方法によれば、巣を支える負荷をミノムシに与えることなく、一定方向にのみ吐糸をさせることができる。
【0020】
本発明の長尺ミノムシ絹糸の生産方法によれば、吐糸されたミノムシ絹糸に物理的な損傷をほとんど与えることなく、容易かつ効率的に純粋なミノムシ由来の長尺のミノムシ絹糸を採糸することが可能となる。
【0021】
本発明のミノムシ絹糸の採糸装置によれば、長尺ミノムシ絹糸の採糸から回収までを自動化することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】(a)オオミノガのミノムシ(オオミノガミノムシ)の巣の外観図である。(b)オオミノガミノムシの巣を長軸方向に切り開いて二分したときの巣の内部を示す図である。中央にいる虫がオオミノガの幼虫、すなわちオオミノガミノムシである。(c)オオミノガミノムシの移動時における吐糸行動を示す図である。ミノムシが足場絹糸を吐糸しながら進む様子(矢頭)、吐糸した足場絹糸に爪を掛けている様子(細矢印)、及び移動の際に、体の一部を露出するために巣の一端に孔が開けられている様子(太矢印)がわかる。
【
図2】本発明の採糸装置の概念図である。(a)は正面図を、(b)は上面図を示す。
【
図3】A:本発明の採糸装置における線状路の概念図である。この図では、断面が円形の線状路を示している。図中、Lは線状路の長軸の長さを、またφは線状路の断面直径を示す。この線状路では、φが線状路の幅に相当する。B:左右に最大幅で開脚したミノムシの頭部及び胸部の背面図である。図中、FLは前脚(front leg)を、MLは中脚(middle leg)を、そしてRLは後脚(rear leg)を示す。また、W1は中脚の、そしてW2は、後脚の最大開脚幅を示す。
【
図4】本発明の採糸装置における環状線状路の具体例を示す図である。(a)は円盤外縁部(0401)を、(b)は輪縁部(0402)を、及び(c)は管内壁面部からなる線状路(0403)を示している。
【
図5】本発明の採糸装置における固定器の概念図である。(a)は複数の爪状部材で固定対象を把持する構造を、(b)は固定対象を嵌め込む管状構造を、(c)は固定対象を支持体に結合(貼付、縫合を含む)する構造を示している。
【
図6】回収器の外周部に設けられた糸巻部の形状例を示す図である。 (a)は円盤状を、及び(b)は筒状を示す。それぞれ、糸巻部の端部に配置された凸部(0601)を示している。
【
図7】環状線状路と回収器の配置例を示す図である、(a)環状路(0701)の回転面(0702)と回収器(0703)の回転面(0704)が互いに平行の場合を示す。(a)は、回収器と環状線状路が同軸構造の例でもある。(b)環状路(0701)の回転面(0702)と回収器(0703)の回転面(0704)が互いに垂直の場合を示す。(c)環状路(0701)の回転面(0702)と回収器(0703)の回転面(0704)が同一平面上に並ぶ場合を示す。
【
図8】糸掛器の形状例を示す図である。(a)滑車、(b)繰糸鼓車、(c)フック、及び(d)綾鉤をそれぞれ示す。
【
図9】本発明の長尺ミノムシ絹糸を生産する方法の基本工程フロー図である。
【
図10】本実施例で製造したミノムシ絹糸の採糸装置の図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
1.ミノムシ絹糸の採糸装置
1-1.概要
本発明の第1の態様は、ミノムシ絹糸の採糸装置である。本発明の採糸装置は、可動式線状路及び固定器を必須の構成要素として備え、また剥離器、回収器、及び糸掛器を選択的構成要素として備える。本発明の採糸装置によれば、ミノムシに巣を支えさせる負荷を与えることなく、またミノムシの自由度を必要範囲に制限することにより、常に一定方向に吐糸させることができる。また、実施形態によっては、長尺ミノムシ絹糸の採糸から回収までを自動化することが可能となる。さらに、採糸工程と回収工程を同時実施することもでき、長尺ミノムシ絹糸の生産効率化とそれに伴う製造コストの低減を実現することができる。
【0024】
1-2.定義
本明細書で頻用する以下の用語について、以下の通り定義する。
「ミノムシ」とは、チョウ目(Lepidoptera)ミノガ科(Psychidae)に属する蛾の幼虫の総称をいう。ミノガ科の蛾は世界中に分布するが、いずれの幼虫(ミノムシ)も全幼虫期を通して、自ら吐糸した絹糸で葉片や枝片等の自然素材を綴り、それらを纏った巣の中で生活している。巣は、
図1(a)で示すように、全身を包むことのできる袋状で、紡錘形、円筒形、円錐形等の形態をなす。ミノムシは、通常、
図1(b)で示すように、この巣の中に潜伏しており、摂食時や移動時も常に巣と共に行動し、蛹化も原則として巣の中で行われる。本明細書において、単に「巣」と記載した場合には、特に断りがない限りミノムシの巣を意味するものとする。
【0025】
本明細書で使用するミノムシは、ミノガ科に属する蛾の幼虫であって、前記巣を作製する種である限り、種類、齢及び雌雄は問わない。例えば、ミノガ科には、Acanthopsyche、Anatolopsyche、Bacotia、Bambalina、Canephora、Chalioides、Dahlica、Diplodoma、Eumeta、Eumasia、Kozhantshikovia、Mahasena、Nipponopsyche、Paranarychia、Proutia、Psyche、Pteroma、Siederia、Striglocyrbasia、Taleporia、Theriodopteryx、Trigonodoma等の属が存在するが、本明細書で使用するミノムシは、いずれの属に属する種であってもよい。ミノガの種類の具体例として、オオミノガ(Eumeta japonica)、チャミノガ(Eumeta minuscula)、及びシバミノガ(Nipponopsyche fuscescens)が挙げられる。幼虫の齢は、初齢から終齢に至るまで、いずれの齢であってもよい。ただし、より太く長いミノムシ絹糸を得る目的であれば、大型のミノムシである方が好ましい。例えば、同種であれば終齢幼虫ほど好ましく、雌雄であれば大型となる雌が好ましい。またミノガ科内では大型種ほど好ましい。したがって、オオミノガ及びチャミノガは、本発明で使用するミノムシとして好適な種である。
【0026】
本明細書で「絹糸」とは、昆虫由来の糸であって、昆虫の幼虫や成虫が営巣、移動、固定、営繭、餌捕獲等の目的で吐糸するタンパク質製の糸をいう。本明細書で単に「絹糸」と記載した場合には、特に断りがない限りミノムシ絹糸を意味する。
【0027】
本明細書で「ミノムシ絹糸」とは、ミノムシ由来の絹糸をいう。本明細書のミノムシ絹糸は、単繊維、吐糸繊維、及び集合繊維を包含する。
【0028】
本明細書で「単繊維」とは、繊維成分を構成する最小単位のフィラメントであり、モノフィラメントとも呼ばれる。単繊維は、絹糸を構成するフィブロイン様タンパク質を主成分とする。ミノムシ絹糸は、自然状態では2本の単繊維がタンパク質からなる接着物質で結合したジフィラメントとして吐糸される。この吐糸されたジフィラメントを「吐糸繊維」という。吐糸繊維を精練処理することで、接着物質が除去され、単繊維を得ることができる。
【0029】
本明細書で「集合繊維」とは、複数の繊維束で構成された繊維で、マルチフィラメントとも呼ばれる。いわゆる生糸であり、原則として複数本の単繊維で構成されるが、本明細書では複数本の単繊維と吐糸繊維、又は複数本の吐糸繊維で構成される場合も包含する。本明細書の集合繊維は、カイコ絹糸等のようなミノムシ絹糸以外の繊維を混合してなる混合繊維もその範疇に包含し得るが、特に断りがない限り、ミノムシ絹糸のみで構成される集合繊維を意味するものとする。集合繊維は、撚糸することで加撚され、より強靭な絹糸となる。ただし、本明細書での集合繊維は、加撚糸繊維だけでなく、柔軟で滑らかな肌触りを示す無撚糸繊維も包含する。
【0030】
ミノムシ絹糸には、足場絹糸と巣絹糸が存在する。「足場絹糸」とは、ミノムシが移動に先立ち吐糸する絹糸で、移動の際に枝や葉等から落下するのを防ぐための足場としての機能を有する。
図1(c)で示すように、ミノムシは、通常、この足場絹糸を足掛かりとして、両脚の爪を引っ掛けながら進行方向へと移動する。足場絹糸は、ミノムシが頭部を左右に振りながら吐糸し、その折り返し毎に、前述の接着物質で基盤となる枝や葉に絹糸を固定するため、通常、ジグザグ状に吐糸されている。この構造によって、ミノムシは左右の脚を足場絹糸に掛けやすくなると共に、絹糸の固定部や絹糸への荷重が左右に分散される。一方「巣絹糸」とは、巣を構成する絹糸で、葉片や枝片を綴るためや、居住区である巣内壁を快適な環境にするために吐糸される。原則として、巣絹糸よりも足場絹糸の方が太く、力学的にも強靭である。
【0031】
本明細書で「長尺」とは、その分野における通常の長さよりも長いことをいう。本明細書では、特に既存の技術でミノムシから取得可能な吐糸繊維の長さ(1m未満)よりも長いことを意味する。具体的には、1m以上、好ましくは2m以上、より好ましくは3m以上、4m以上、5m以上、6m以上、7m以上、8m以上、9m以上、又は10m以上である。上限は、特に制限はしないが、ミノムシが連続して吐糸可能な絹糸の長さに相当する。例えば、1.5km以下、1km以下、900m以下、800m以下、700m以下、600m以下、500m以下、400m以下、300m以下、200m以下、又は100m以下である。ミノムシ絹糸の吐糸繊維の長さは、それを構成する単繊維の長さでもあり、それはミノムシが連続して吐糸した長さに相当する。したがって、ミノムシに連続して吐糸させることができれば、より長尺のミノムシ絹糸を得ることが可能となる。
【0032】
本明細書で「採糸」とは、ミノムシ絹糸を得る目的で、ミノムシに絹糸を吐糸させることをいう。ただし、本発明の採糸装置の場合、「採糸」とは、吐糸だけでなく吐糸された絹糸を回収する意味も含み得る。なお、本明細書において採糸対象となるミノムシ絹糸は足場絹糸である。
【0033】
本明細書で「脚部」とは、ミノムシの脚の全部又は一部をいう。ミノムシの胸部には、
図1(c)において矢印で示すように胸肢と呼ばれる脚がある。この胸脚は、片側3本(前脚、中脚、及び後脚)、左右3対の合計6本からなる。
【0034】
「係止」とは、一般には引っ掛けて止めることをいうが、本明細書ではミノムシが線状路上を移動するために、その脚部を線状路に引っ掛けることをいう。ミノムシは、通常、小枝や葉に脚部を係止して、自身と巣の重量の全部又は一部を支えている。つまり、係止には、巣を含む自己の落下を防止する意味を含むが、本発明では、ミノムシは固定されているため自重を支える必要はない。したがって、本明細書に記載の係止には、原則として自重を支える意味は包含しない。なお、係止とその解除はミノムシの自由であり、一旦係止した脚部がその位置で固定されるという意味ではない。ミノムシは、脚部の係止と解除を繰り返すことで、線状路上を自由に移動することができる。
【0035】
1-3.構成
本発明の採糸装置の概念図を
図2に示す。この図で示すように、本発明の採糸装置(0200)は、可動式線状路(0201)、及び固定器(0202)を必須の構成要素として備え、剥離器(0203)、回収器(0204)、及び糸掛器(0205)を選択的構成要素として備える。以下、各構成について説明をする。
【0036】
1-3-1.可動式線状路
「可動式線状路」(0201)は、長軸方向に動く線状路で、本発明の採糸装置において必須の構成要素である。可動式線状路は、必要に応じてラチェット(0206)を備えていてもよい。
【0037】
(1)線状路の構成
本明細書において「線状路」とは、線状形態を示すミノムシ用歩行路である。本明細書において「線状形態」とは、同一又は同程度の幅を有する1本のレール状形態をいう。その断面形状は、特に限定しないが、円形、略円形(楕円形を含む)、多角形(方形、略方形を含む)又はそれらの組み合わせ形状等が挙げられる。
【0038】
線状路の幅は、本発明の採糸装置に適用するミノムシの最大開脚幅よりも短くなるように構成されている。本明細書で「線状路の幅」とは、線状路において、ミノムシの脚部が線状路に係止する際に、係止に直接関与する部分の長さをいう。これは、概ね線状路の短軸の長さに相当する。線状路の幅の上限は、本発明の採糸装置に使用するミノムシの最大開脚幅未満の長さである。一方、下限はミノムシが脚部を係止可能である限り、特に限定はしない。例えば、厚さが0.5mm程の薄い板金の縁部であってもよい。
図3Aで示す線状路では、断面の直径(φ)が線状路の幅に相当する。
【0039】
本明細書で「ミノムシの最大開脚幅」とは、
図3Bで示すようにミノムシが左右の脚部を左右に最大限に広げたときの幅(W1及びW2)をいう。ミノムシには左右3対(前脚、中脚、後脚)があるが、最大開脚幅は、このうち最も長い(広い)開脚幅以外、すなわち2番目に長い開脚幅か、最も短い開脚幅とすることが好ましい。より好ましくは、最も短い(狭い)開脚幅である。
図3Bでは、3対の中で中脚(ML)の最大開脚幅(W1)が最も広く、後脚(RL)の最大開脚幅(W2)が最も短い。したがって、線状路の幅を決定する際のミノムシの最大開脚幅は、前脚又は後脚の最大開脚幅、特に後脚の最大開脚幅であるW2とすることが好ましい。この最大開脚幅は、ミノガの種類、雌雄、及びミノムシの齢等によって異なるが、同種のミノムシで同程度の齢であれば概ね一定の範囲内に収まる。例えば、オオミノガの若齢ミノムシ(約1~3齢)であれば2mm~4mm、又は3mm~5mm、中齢ミノムシ(約4~5齢)であれば3mm~7mm、又は4mm~8mm、及び亜終齢又は終齢ミノムシであれば4mm~9mm、5mm~10mm、又は6mm~12mm、またチャミノガの若齢ミノムシ(約1~3齢)であれば1.5mm~3.5mm、中齢ミノムシであれば2.5mm~6mm、又は3mm~7mm、及び亜終齢又は終齢ミノムシであれば3.5mm~8mm、4mm~9mm、又は5mm~10mmの範囲内となる。したがって、線状路の幅は、使用するミノムシの種類や齢、又は雌雄に応じて適宜変更すればよい。線状路の幅は、次で説明する脚部の係止との関係から、使用するミノムシの種の各齢における最大開脚幅の範囲のうち、最も短い(狭い)長さよりも短くすることが好ましい。
【0040】
線状路は、ミノムシが脚部を係止可能なように構成されている。「脚部を係止可能」とは、ミノムシが線状路に脚部を掛けることのできる構造をいう。線状路に係止させる脚部は、いずれの脚部であるかは問わない。例えば、3対6本のミノムシ脚部のうち、少なくとも左右1本ずつで線状路を挟み込むように係止する場合や、左右いずれか一方の側の2又は3本の脚部で、線状路に対して肩を掛けるように係止する場合が挙げられる。ミノムシは、線状路に脚部を係止することができれば、その線状路上に足場絹糸を吐糸しながら線状路に沿って移動することができる。
【0041】
線状路の全体形状や長さは、特に限定はしない。端部を有する線状路であっても、端部の無い環状線状路であってもよい。長尺絹糸の採糸を目的とする場合、端部を有する線状路であれば、線状路は長い程好ましい。一方、線状路が端部の無い環状線状路であれば、ミノムシが線状路上を周回することで長尺の絹糸を得ることができるため線状路は限られた長さであってもよい。ミノムシに吐糸させ続けるためには、線状路が端部のない環状線状路が好ましい。環状線状路の場合、環状部が閉環状であるか開環状であるかは問わない。ただし、開環状の場合、開環部の間隙が使用するミノムシが横断可能な程度の幅とする。このような間隙は開環状線状路に複数箇所存在してもよい。また、環状線状路の全体形状は、円形状、略円形状、方形状、略方形状、多角形状、不定形状及びそれらの組み合わせを含む。好ましくは円形状の円形環状線状路、又は略円形状の楕円形環状線状路である。
【0042】
円形環状線状路の具体例として、
図4(a)で示すような円盤外縁部(0401)、
図4(b)で示すような輪縁部(0402)、又は
図4(c)で示すような管内壁面部からなる線状路(0403)が挙げられる。
【0043】
円盤外縁部からなる線状路(0401)とは、円形板状部材の外周部で構成される線状路をいう。このとき、円盤の厚さが前記線状路の幅に相当する。円盤径φは限定しないが、5cm~50cm、10cm~30cm、15cm~25cm、又は17cm~20cmの範囲にあればよい。
【0044】
輪縁部からなる線状路(0402)とは、針金のような棒状部材を環状化して構成される線状路をいう。このとき、棒状部材の径又は短軸幅が前記線状路の幅に相当する。輪径φは限定しないが、前記円盤径と同様、5cm~50cm、10cm~30cm、15cm~25cm、又は17cm~20cmの範囲にあればよい。
【0045】
管内壁面部からなる線状路(0403)とは、管内壁面の一部で構成される線状路をいう。この一部は、管内周面に沿った環状突出部として構成され、その短軸幅が前記線状路の幅となる構造を有する。管内周径φは限定しないが、10cm~60cm、15cm~50cm、20cm~40cm、又は25cm~30cmの範囲にあればよい。
【0046】
線状路の素材は、限定はしない。例えば、金属、陶器(ホーローを含む)、ガラス、石、樹脂(合成樹脂及び天然樹脂を含む)、木質材料(枝、蔓、竹等を含む)、繊維、骨や牙、又はそれらの組み合わせを利用することができる。ミノムシの咬力によって傷つかない強度を有する素材が好ましい。例えば、金属、陶器、ガラス、石等は好適である。また、吐糸されたミノムシ絹糸の回収を容易にするために、ミノムシ絹糸が付着する部位は、滑面素材であることが好ましい。ここでいう「滑面素材」とは、金属、ガラス、プラスチックのように加工によって素材自体が滑面に仕上がる素材をいう。また、木質材料や繊維のように、滑面仕上げが困難な素材であっても、その表面を塗料等で被覆することで滑面にした素材も包含される。線状路が板状部材の外縁部の場合、板状部材と外縁部の素材は同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0047】
線状路は、採糸装置内に複数備えることができる。各線状路の形状、素材等の条件は同一であってもよいし、異なっていてもよいし、又はその組み合わせであってもよい。複数を並列に並べた同軸円盤の外縁部で構成された線状路が挙げられる。このような線状路を有する採糸装置では、複数のミノムシを各線状路に固定することで、複数本のミノムシ絹糸を同時に採糸した後に、直ちに撚糸して回収することも可能となる。
【0048】
本発明の採糸装置において、線状路は水平面に対して勾配を有していてもよい。勾配角は限定しない。例えば、線状路が円盤外縁部で構成される場合、基盤となる円盤部材の平面部が水平になるように配置した状態であれば、線状路の勾配角は0度である。一方、円盤部材の平面部が垂直になるように配置した状態であれば、線状路はあらゆる勾配角を包含し得る。
【0049】
(2)可動式線状路の構成
「可動式線状路」は、線状路が長軸方向に動くように構成されている。ここでいう「長軸方向」とは、線状路の長軸に沿った方向である。例えば、線状路が円盤外縁部からなる円形環状線状路の場合、円盤部材全体が回転可能な構造を有する。
【0050】
可動式線状路は、限定はしないが、ミノムシが線状路上を吐糸しながら進行方向に移動するときに、その動作と同期して動くように構成されている。したがって、線状路の初動に必要な力は、ミノムシが線状路上を移動する際に発生する移動推進力以下とする。線状路を駆動する動力には、ミノムシの移動推進力や電力等が挙げられる。
【0051】
「ミノムシの移動推進力」とは、ミノムシが線状路に沿って移動する時に発生する推進力である。本発明の採糸装置では、後述する固定器によってミノムシが固定されている。そのためミノムシは線状路上を吐糸しながら移動しても、実質的には進行方向に進むことができない。そのミノムシの移動により発生する移動推進力は、ミノムシの進行方向とは逆方向に働く力として線状路を駆動し得る。本明細書では、この力をミノムシの移動推進力と表記する。
【0052】
一方、電力の場合、モーターやギヤ等を介して線状路を自動で駆動できるように構成されている。この自動式線状路の移動方向は、ミノムシの進行方向とは逆方向である。また、線状路の移動速度はミノムシの移動速度と同程度以下であることが好ましい。具体的なミノムシの移動速度は、ミノムシの種類、齢、個体サイズ等によって変動するが、通常であれば3m/hr~15m/hrの範囲、最速の場合には17m/hr~22m/hrの範囲である。したがって、自動式線状路の場合にも、移動速度(v)は、これらの速度以下で動かせばよい。例えば、0m/hr<v≦22m/hr、0m/hr<v≦20m/hr、0m/hr<v≦17m/hr、0m/hr<v≦15m/hr、0m/hr<v≦12m/hr、0m/hr<v≦10m/hr、0m/hr<v≦8m/hr、0m/hr<v≦5m/hr、0m/hr<v≦4m/hr、又は0m/hr<v≦3m/hrで動かせばよい。なお、自動式線状路の場合でも、採糸の際には線状路にはミノムシの移動推進力が同時に作用する。すなわち、自動式線状路は、ミノムシの移動を補助する機構である。この場合、自動式線状路の駆動力が加わるため、ミノムシの移動に掛る負担を大きく軽減することができる。
【0053】
(3)ラチェット
可動式線状路は、選択的構成要素として「ラチェット」(0206)を備えていてもよい。「ラチェット」は、動作方向を一方向に制限するための部である。限定はしないが、通常は、一定方向に歯が傾斜した歯車と、その歯に架かるように配置された歯止めで構成されている。歯車が逆回転した場合、歯止めが歯車の歯に食い込むため、歯車は一定方向にしか回転することができない構造となっている。
【0054】
本発明の採糸装置では、可動式線状路と歯車の動作を同期することで、可動式線状路は一方向にしか動くことができなくなる。例えば、可動式線状路が円盤外延部で構成される場合、その円盤と歯車を同軸にしておくことで、円盤はラチェットが回転できる方向にしか回転できない。この部を備えることで、可動式線状路に係止させたミノムシが、仮に後ずさりをした場合であっても線状路が動かないため、吐糸方向は転換されず、常に一定方向に保持することができる。
【0055】
1-3-2.固定器の構成
「固定器」(0202)とは、採糸に用いるミノムシを固定する器であって、本発明の採糸装置において必須の構成要素である。固定器は、本発明の採糸装置内で所定の位置にミノムシを固定できるように構成されている。固定器により、ミノムシは、線状路上の移動及び巣内への出入りを除き、装置内での自らの意志による自由な動きが制限される。これによって、採糸時におけるミノムシの移動方向の転換や線状路からの離脱を制限できる。
【0056】
固定方式は限定しない。
図5(a)で示す複数の爪状部材で固定対象を把持する構造、
図5(b)で示す固定対象を嵌め込む管状構造、
図5(c)で示す固定対象を支持体に結合(貼付、縫合を含む)する構造等が挙げられるが、対象を固定できれば、いずれの構成であってもよい。ミノムシ固定時に、固定対象であるミノムシに過剰な負荷や圧力を与えないように、固定力を微調整する固定調整部を備えることもできる。
【0057】
固定対象はミノムシの巣(内部にミノムシが存在することを前提とする)、又はミノムシ本体のいずれかである。好ましくは巣である。これは、巣から分離されたミノムシは裸状態が続くことで過度のストレス状態となり、吐糸量や吐糸効率に影響を及ぼす可能性があるためである。
【0058】
本発明の採糸装置内で、固定器は、固定されたミノムシが前述の可動式線状路に係止可能な位置に配置される。固定部は、このときにミノムシが線状路に脚部を丁度係止できる位置に固定したミノムシの位置を前後左右に微調整できる位置調整部を備えていてもよい。
【0059】
1-3-3.剥離器の構成
「剥離器」(0203)は、剥離液及び/又は蒸気を貯留可能な器である。本発明の採糸装置では選択的な構成要素であるが、長尺のミノムシ絹糸を生産するためには、この剥離器を備えていることが好ましい。
【0060】
本発明の採糸装置において、剥離器は、器内の剥離液及び/又は蒸気に前記可動式線状路の一部が接触できるように配置されている。
【0061】
剥離器の形状やサイズは問わない。例えば、器内の貯留液に可動式線状路の一部が浸漬可能なサイズを有する貯留槽(0203)、又は器内の蒸気に可動式線状路の一部を曝露可能なサイズを有する貯留室等の大型剥離器から、器内の貯留液又は蒸気を可動式線状路の一部に滴下又は噴出可能な容器等の中小型剥離器が挙げられる。
【0062】
剥離器の素材は、剥離器、特にその内壁が、剥離液や蒸気により溶解、腐食、又は変性しない素材であれば、限定はされない。貯留する剥離液や蒸気の種類によって、適宜定めることができる。例えば、高温高圧の蒸気を貯留するのであれば、銅やステンレス等の金属は好適である。また、界面活性剤を含む水溶液からなる剥離液を貯留するのであれば、プラスチック、陶器(ホーロー)、ガラス等が好適である。
【0063】
剥離器は、器内に剥離液や蒸気を供給する供給口及び/又は器内から剥離液や蒸気を排出する排出口を備えることができる。また、器内に剥離液を供給する流入口及び/又は器内から剥離液を排出する排出口を備えることができる。
【0064】
本発明の採糸装置において、剥離器は一個又は複数個備えることができる。複数個の場合、各剥離器の形状、及びサイズは、同一であっても、異なっていても、又はその組み合わせであってもよい。例えば、1つの容器状の剥離器と3つの貯留槽状の剥離器とを備えることができる。また、複数個の剥離器を備える場合、各剥離器に貯留される剥離液や蒸気の種類、容量、及び温度等の諸条件も、それぞれの剥離器で独立に定めることができる。例えば、水蒸気を貯留した容器状の剥離器と浸漬液を貯留した貯留槽状の剥離器とを備えることができる。
【0065】
剥離器内に貯留される剥離液及び蒸気は、ミノムシ絹糸を可動式線状路から剥離する作用、又は剥離を促進する作用を有する。ミノムシ絹糸は、吐糸される際に絹糸の繊維成分(フィブロインタンパク質)が、共に分泌される接着物質(セリシン様タンパク質)によって、可動式線状路上に固定されている。したがって、前記作用とは、この接着物質の接着効果を消失又は減退させる作用をいう。剥離液及び蒸気は、前記作用に加えて、ミノムシ絹糸に対して化学的及び/又は物理的損傷を与えない、又は損傷を与えにくい性質を有することが望ましい。なお、接着物質は、水溶性タンパク質で構成されている。
【0066】
剥離液及び蒸気は、上記作用及び性質を有する物質であれば、限定はされない。例えば、剥離液であれば、限定はしないが、水や水溶液であればよい。水溶液は、界面活性剤溶液、バッファ、炭酸水素ナトリウム溶液が挙げられる。好ましい剥離液は、水温20℃以上、25℃以上、30℃以上、45℃以上の水、又は界面活性剤溶液である。
【0067】
「界面活性剤溶液」は、界面活性剤を適当な溶媒に溶解した溶液をいう。溶媒には、例えば、水(蒸留水、滅菌水、脱イオン水を含む)、生理食塩水、又はリン酸バッファが挙げられる。好ましくは水である。溶液中の界面活性剤の濃度は、限定はしないが、容量%で0.01%~10%、0. 05%~5%、0.1%~2%、又は0.5%~1%であればよい。
【0068】
界面活性剤溶液に使用する界面活性剤は、特に限定はしない。例えば、Triton X-100、Triton X-114、NP-40、Brij-35、Brij-58、Tween-20、Tween-80、オクチル-β-グルコシド又はOTGのような非イオン性界面活性剤、PEGとPPGのコポリマーのような高分子非イオン性界面活性剤、SDSのような陰イオン性界面活性剤、CHAPS又はCHAPSOのような両性イオン性界面活性剤、又はそれらの組合せのいずれであってもよい。
また、蒸気は水蒸気であればよい。
【0069】
1-3-4.回収器の構成
「回収器」(0204)は、前記可動式線状路から剥離されたミノムシ絹糸を回収可能な器である。本発明の採糸装置では選択的な構成要素であるが、長尺のミノムシ絹糸を生産するためには、この回収器を備えていることが好ましい。
【0070】
回収器の構造は、剥離されたミノムシ絹糸を集め、保持できる構造であれば限定はしない。好ましくは、糸巻部を備えた構造である。
【0071】
「糸巻部」は、回収器に備えられた部であって、その外周に回収した糸を巻取り可能なように構成されている。また、糸を巻き取るためにそれ自身を回転可能な構成にすることができる。回転の駆動力は、例えば、モーター等を介した電力により得ることができる。また、ミノムシが線状路上を移動する時に発生する移動推進力により得ることもできる。移動推進力は、例えば、
図7(a)のように環状線状路を回収器と同軸にすることによって、又は可動式線状路の動きをギヤ(ウォームギヤを含む)、ベルト(タイミングベルトを含む)等を介して回収器に伝えることによって得ることができる。
【0072】
糸巻部の形状は、糸を外周に巻取り可能であれば特に限定はしない。例えば、円盤状、筒状、角柱状(複数の棒状部材が角柱の各長軸辺部を構成するものを含む)、板状、又はそれらの組み合わせのいずれであってもよい。
【0073】
糸巻部の素材は、例えば、金属、樹脂(合成樹脂及び天然樹脂を含む)、木質材料(枝、蔓、竹等を含む)、陶器、石、又はそれらの組み合わせを利用することができる。巻き取ったミノムシ絹糸を傷つけないように糸に接する部位を曲面加工及び/又は滑面加工可能な素材が好ましい。
【0074】
糸巻部は、一以上の凹凸部を備えることができる。「凹凸部」は、糸巻部の長軸方向に沿って構成され、回収したミノムシ絹糸を凹部に収納し、ミノムシ絹糸が回収器から脱離しないように構成されている。例えば、
図6で示すように、糸巻部の形状が円盤状(
図6(a))、又は筒状(
図6(b))の場合、端部に凸部(0601)を備えたボビンのような場合が挙げられる。
【0075】
回収器が糸巻部を備え、また可動式環状路が環状線状路(0701)の場合、
図7のように、環状路の回転面(0702)と回収器(0703)の回転面(0704)は、
図7(a)で示すように、互いに平行であってもよいし、又はそれ以外の角度(例えば、
図7(b)で示すように垂直な場合や
図7(c)で示すように同一平面上に並ぶ場合)であってもよい。糸巻部の回転方向と可動式線状路の進行方向は同方向であってもよいし、逆方向のように異なる方向であってもよい。回収器は環状線状路と回転を同期するように構成することもできる。例えば、
図7(a)で示すように、回収器を環状線状路と同軸にすることで、回転方向の同一化と同期化を達成できる。
【0076】
1-3-5.糸掛器の構成
「糸掛器」(0205)は、前記可動式線状路から剥離したミノムシ絹糸の送糸方向を転換する器である。本発明の採糸装置では、主に可動式線状路から剥離したミノムシ絹糸を回収器に回収する間に配置され、ミノムシ絹糸の巻取り方向の転換、及び/又は巻取り位置の調整等を目的として使用される。また、ミノムシ絹糸にテンション(張力)を与え、剥離から回収までの間に生じる糸の弛みを回収する機能を備えることもできる。
【0077】
糸掛器の形状は、糸を損傷せず、また負荷を与えることなく送糸方向を転換できる形状であれば限定はしない。例えば、
図8で示すように、滑車(a)、繰糸鼓車(b)、フック(c)、綾鉤(d)等が挙げられる。これらにテンションスプリング等を付加してミノムシ絹糸にテンションを付与する機能を糸掛器に付与することもできる。
【0078】
糸掛器の素材は、例えば、樹脂(合成樹脂及び天然樹脂を含む)、金属、木質材料(枝、蔓、竹等を含む)、陶器、石、又はそれらの組み合わせを利用することができる。ミノムシ絹糸との接触部位は、物理的損傷や摩擦による糸の断裂を防ぐために曲面加工及び滑面加工が施されていることが望ましい。
【0079】
採糸装置が糸掛器を複数備える場合、各糸掛器は同じであっても、異なっていてもよい。
【0080】
糸掛器は、採糸装置内で、剥離されたミノムシ絹糸の送糸方向を所望の方向に転換する適当な箇所に配置、及び固定されている。
【0081】
2.ミノムシ絹糸の採糸方法
2-1.概要
本発明の第2の態様は、ミノムシ絹糸の採糸方法である。本発明の採糸方法は、吐糸工程を必須の工程として含む。本発明の採糸方法によれば、吐糸にあたってミノムシへの負荷を低減するとともに、吐糸方向を一定方向に保持することが可能となる。その結果、特殊なスキルを必要とすることなく効率的に長尺ミノムシ絹糸を採糸することができる。
【0082】
2-2.方法
本発明の方法は、吐糸工程を必須の工程として含む。以下、吐糸工程について具体的に説明をする。
【0083】
「吐糸工程」とは、ミノムシの活動条件下で、ミノムシの脚部を線状路に係止させて、その線状路に沿って連続して吐糸させる工程である。
【0084】
本明細書で「活動条件」とは、移動や摂食等の日常的な動きを伴う活動が行える条件をいう。条件として、気温、気圧、湿度、明暗、酸素量等が挙げられるが、本発明において最も重要な条件は気温である。昆虫は変温動物のため、気温の低下と共に活動を停止して休眠状態に入る。したがって、本発明における活動条件のうち好適な気温の下限は、ミノムシが休眠に入らない温度である。種類によって具体的な温度は異なるが、概ね10℃以上、好ましくは12℃以上、より好ましくは13℃以上、さらに好ましくは14℃以上、一層好ましくは15℃以上あればよい。一方、気温の上限は、ミノムシが生存可能な温度の上限である。一般的には40℃以下、好ましくは35℃以下、より好ましくは30℃以下、さらに好ましくは27℃以下、一層好ましくは25℃以下あればよい。気圧、湿度、明暗、酸素濃度等については、例として、温帯地域の平地における条件と同程度であればよい。例えば、気圧は1気圧前後、湿度は30~70%、明暗は24時間のうち明条件6時間~18時間、そして大気中の酸素濃度は15~25%の範囲が挙げられる。
【0085】
本工程で使用するミノムシは、野外で採集した個体であっても、また人工飼育下で累代下個体であってもよいが、いずれも飢餓状態でない個体が好ましく、使用前に十分量の食餌を与えた個体がより好ましい。吐糸させる個体が飢餓状態でなければ、十分な食餌を与えられたミノムシは、上記条件下で1時間~4日間、3時間~3日間、又は6時間~2日間の期間、線状路上を移動しながら連続して吐糸し続ける。
【0086】
本工程で使用するミノムシは巣を保持した状態であってもよいし、巣から取り出した状態であってもよい。通常、ミノムシは巣と共に行動するため、巣ごと本工程に使用するのが好適である。ただし、例えば、巣から取り出した裸のミノムシが収まる管状の固定器を使用してミノムシを本工程で使用する場合には、巣を保持していなくてもよい。ミノムシが巣を保持している場合、その巣はミノムシのほぼ全身を覆い隠すことのできる状態であれば完全な形態でなくてもよい。巣を構成する素材も自然界でみられる葉片や枝片である必要はなく、人工素材(例えば、紙片、木片、繊維片、金属片、プラスチック片等)を使用して構築されたものであってもよい。
【0087】
本工程では、ミノムシが脚部を線状路に係止できる位置で固定されていることを特徴とする。この固定によって、ミノムシの自由な動きが制限され、線状路上での吐糸方向を一定方向に固定することができる。なお、1本の線状路には、原則として1頭のミノムシが配置、固定されるが、複数のミノムシを固定することもできる。その場合、各ミノムシの進行方向が同一となるように、線状路上に配置、固定する。
【0088】
本発明の採糸方法において使用する線状路の構成及び構造は、第1態様に記載のミノムシ絹糸の採糸装置に記載の線状路における構成及び構造に準ずればよい。好ましい構造は環状線状路、特に円形環状線状路である。線状路は複数使用してもよい。その場合、各線状路は並列に配置され、それぞれの線状路にミノムシの脚部を係止できるように固定すればよい。ミノムシの固定は、固定器等を用いて達成される。固定器は、第1態様に記載の構成であればよい。活動条件下でミノムシを線状路に係止させることで、ミノムシは自発的に線状路に沿って移動しながら連続して吐糸するようになる。
【0089】
本明細書で「連続して吐糸する」とは、ミノムシが間断なく吐糸することをいう。線状路上に脚部を係止したミノムシはその本能的な性質から、移動しながら足場絹糸を連続して吐糸し続ける。幼虫の口吻部に存在する左右の吐糸口から射出される絹糸が途切れた時点で連続性は失われる。
【0090】
本工程で、線状路上に脚部を係止したミノムシの移動する方向は、原則としてミノムシの進行方向である。前述のように、本工程で使用するミノムシは脚部を線状路に係止した位置で固定されている。その状態ではミノムシは進行方向以外に進むことができない。ミノムシが線状路上で稀に後ずさりする場合にも、線状路にラチェットを備えることで、線状路の逆行が制限されるため、必然的に移動方向は進行方向のみとなる。
【0091】
本工程のもう一つの特徴として、線状路が自動及び/又はミノムシの移動によって長軸方向に動く。これによって、ミノムシが一定位置に固定されていても、線状路上に連続して吐糸させることが可能となる。
【0092】
線状路は、脚部を係止したミノムシが進行方向に進む移動推進力によって動く。したがって、その移動方向は、ミノムシの進行方向とは逆方向である。線状路が円盤辺縁部に構成される円形環状線状路の場合、円盤がミノムシの移動によって回転することで、線状路の移動が可能となる。線状路は自動で移動してもよい。この場合、線状路の移動方向もミノムシの進行方向とは逆方向である。
【0093】
線状路の移動速度は、ミノムシの移動推進力に基づく場合、ミノムシの移動速度とほぼ等しくなる。また、線状路を自動で移動させる場合にも、ミノムシの移動速度と同程度以下となるようにする。線状路を自動で動かす場合、公知駆動技術、例えば、モーターとギヤの組み合わせで動かすことができる。前述のように、通常のミノムシの移動速度は、3m/hr~15m/hrの範囲、最速の場合には17m/hr~22m/hrである。したがって、線状路を自動で移動させるときの速度(v)は、これらの速度以下で動かせばよい。例えば、0m/hr<v≦22m/hr、0m/hr<v≦20m/hr、0m/hr<v≦17m/hr、0m/hr<v≦15m/hr、0m/hr<v≦12m/hr、0m/hr<v≦10m/hr、0m/hr<v≦8m/hr、0m/hr<v≦5m/hr、0m/hr<v≦4m/hr、又は0m/hr<v≦3m/hrの範囲である。
【0094】
本発明の方法によって、ミノムシは線状路状に連続して絹糸を吐糸し続けるので、長尺のミノムシの足場絹糸を採糸することができる。
【0095】
3.長尺ミノムシ絹糸の生産方法
3-1.概要
本発明の第3の態様は、長尺ミノムシ絹糸の生産方法である。本発明の生産方法によれば、ミノムシから効率的に、かつ大量に長尺のミノムシ足場絹糸を生産することができる。
【0096】
3-2.方法
本発明の生産方法の基本工程フローを
図9に示す。本発明の生産方法は、必須の生産工程として吐糸工程(S0901)、接触工程(S0902)、及び回収工程(S0903)を含む。また選択工程として、精練工程(S0904)及び/又は撚糸工程(S0905)を含む。
図4では、吐糸工程(S0901)後に、接触工程(S0902)を行うフローを示しているが、これらの必須工程は同時に行うこともできる。また、選択工程に関しても基本フローには限定されない。
図9では、回収工程(S0903)後に精練工程(S0904)を行い、その後、撚糸工程(S0905)を経る基本フローを示しているが、例えば、後述するように、精練工程(S0904)は接触工程(S0902)と同時に行うこともでき、また撚糸工程(S0905)は回収工程(S0903)後、精練工程(S0904)に先立ち行うこともできる。以下、各工程について具体的に説明をする。
【0097】
(1)吐糸工程(S0901)
「吐糸工程」は、前記第2態様に記載のミノムシ絹糸の採糸方法における吐糸工程に準じる。したがって、ここでの具体的な説明は省略する。本態様の吐糸工程では、ミノムシに長尺の絹糸を吐糸させることを特徴とする。
【0098】
(2)接触工程(S0902)
「接触工程」は、線状路上のミノムシ絹糸を剥離液及び/又は蒸気に接触させる工程である。この工程によって、線状路上にミノムシ絹糸を付着している接着物質の接着能力が弱まり、回収工程において、ミノムシ絹糸の剥離、回収が容易となる。ミノムシの吐糸後、この工程を直ちに行うことで、接着物質の接着強度が乾燥、固化によって高まる前に線状路上のミノムシ絹糸に与える物理的負荷を軽減し、剥離することができる。
【0099】
なお、本工程は、通常は吐糸工程(S0901)後に行われるが、吐糸工程(S0901)と同時に行うこともできる。例えば、
図2や
図10で示す円形環状線状路を有する採糸装置では、浸漬によって剥離液が付着した線状路が回転し、再びミノムシが吐糸する線状路となる。それ故に、ミノムシが吐糸する(吐糸工程)と同時にミノムシ絹糸と線状路上の剥離液が接触する(接触工程)。この場合、吐糸後、線状路は再度剥離液に浸漬されるため、線状路上のミノムシ絹糸をより容易に剥離することができる。
【0100】
本工程で使用する剥離液や蒸気は、第1態様に記載の剥離液及び蒸気に準ずる。
剥離液や蒸気を前記吐糸工程で線状路上に付着したミノムシ絹糸に接触させる方法は、限定しない。例えば、槽内の剥離液に吐糸工程後の線状路を浸漬する方法、庫内に充満した水蒸気に吐糸工程後の線状路を通す方法、吐糸工程後の線状路に付着したミノムシ絹糸に剥離液を滴下する方法、吐糸工程後の線状路に付着したミノムシ絹糸に水蒸気を噴霧する方法、又はその組み合わせが挙げられる。つまり、1回の吐糸工程から回収工程までの間に、同一の又は異なる接触工程を複数回実施することができる。
【0101】
また、剥離液を精練液にすることで、接触工程は後述する精錬工程(S0904)にもなり得る。この場合、吐糸繊維ではなく、ジフィラメントが分離した単繊維として次の回収工程で回収し得る。精錬工程については、後述する。
【0102】
(3)回収工程(S0903)
「回収工程」は、接触工程後に線状路上に付着したミノムシ絹糸を剥離し、回収する工程である。接触工程後のミノムシ絹糸は、接着物質の接着能力が減退しており、線状路から剥離されやすい状態にある。したがって、剥離器等を用いて線状路からミノムシ絹糸の糸口を剥離した後、線状路の進行方向とは異なる方向にテンションを掛けることで、ミノムシ絹糸を線状路から容易に剥離し得る。
【0103】
線状路から剥離したミノムシ絹糸の回収方法は、ミノムシ絹糸を断裂させない方法であれば、特に限定しないが、本発明の生産方法では糸巻に巻取りながら回収する方法が好適である。糸巻は、当該分野で使用される通常のものを使用すればよい。例えば、円盤状部材、管状部材、板状部材等の外縁部に巻取るようにすることができる。
【0104】
本発明のミノムシ絹糸の生産方法では、吐糸工程で使用する線状路上をミノムシが移動することで発生する移動推進力及び/又は自動でミノムシの進行方向とは逆方向に動く。このとき、糸巻を線状路の動きと同期して回転させながらミノムシ絹糸を回収することもできる。糸巻を線状路の動きと同期させる場合、糸巻の回転速度もミノムシの移動速度とほぼ同じ3m/hr~15m/hr、最速の場合で17m/hr~22m/hrの範囲となる。したがって、糸巻は、その速度(v)以下で稼働する。例えば、0m/hr<v≦22m/hr、0m/hr<v≦20m/hr、0m/hr<v≦17m/hr、0m/hr<v≦15m/hr、0m/hr<v≦12m/hr、0m/hr<v≦10m/hr、0m/hr<v≦8m/hr、0m/hr<v≦5m/hr、0m/hr<v≦4m/hr、又は0m/hr<v≦3m/hrの範囲が稼働速度範囲となる。糸巻を自動で動かす場合、公知駆動技術、例えば、モーターとギヤの組み合わせで動かすことができる。
【0105】
糸巻の回転方向は問わない。線状路が円形環状線状路の場合には、線状路の回転方向と同方向又はそれ以外の回転方向で糸巻を回転させて絹糸を回収すればよい。線状路の回転方向と逆方向以外の回転方向で糸巻がミノムシ絹糸を回収する場合には、線状路から剥離したミノムシ絹糸の送糸方向を転換する必要がある。この場合、剥離によって引き出したミノムシ絹糸を1以上の繰糸鼓車、滑車、綾鉤、フックなどに掛けて、その後、糸巻に巻き付ければよい。好適な実施形態として、円形環状線状路と糸巻を同軸にして、ミノムシの移動推進力及び/又は自動によって、それらを同方向(ミノムシの進行方向とは逆方向)に回転させて、線状路から剥離したミノムシ絹糸を綾鉤又は繰糸鼓車にかけた後、糸巻に線状路の回転方向と同方向に巻き付けていく方法が挙げられる。この方法であれば比較的狭い空間内で、線状路に吐糸されたミノムシ絹糸を直ちに回収可能であり、またミノムシの移動推進力及び/又は自動によって、糸巻も線状路と同時に回転するため、吐糸と回収を同時に処理できるため効率的である。また、ミノムシ絹糸の吐糸と同時に分泌された接着物質が乾燥、固化される前に線状路とミノムシ絹糸とを剥離するため、弱い力で、物理的な損傷をほぼ与えることなく、容易に回収することができる。本工程によって、長尺のミノムシの足場絹糸を得ることが可能となる。
【0106】
(4)精練工程(S0904)
「精練工程」は、長尺ミノムシ絹糸を精練する工程である。「精練」とは、吐糸繊維からセリシン様の接着物質を除去し、単繊維を得ることをいう。通常は、前記回収工程後に行われるが、前述のように接触工程と同時に行うこともできる。また、後述するように、本工程に先立ち、撚糸工程が回収工程後に行われた場合には、撚糸工程後に行うこともできる。本工程は、選択工程であり、必要に応じて行えばよい。
【0107】
精練方法はミノムシ絹糸の繊維成分の強度低下を与えずに接着物質を除去できる方法であれば、特に限定はしない。例えば、カイコ絹糸の精練方法を適用してもよい。具体的には、0.01mol/L~0.1mol/L、0.03mol/L~0.08mol/L、又は0.04mol/L~0.06mol/Lの炭酸水素ナトリウム溶液中に、回収工程で回収したミノムシ絹糸を浸漬する。5分~1時間、10分~40分間、又は15分~30分間煮沸処理すれば、より好ましい。本工程によって、長尺の足場絹糸の単繊維を得ることができる。
【0108】
(5)撚糸工程(S0905)
「撚糸工程」は、回収工程後、又は精練工程後に得られたミノムシ絹糸を撚る工程である。「撚糸」とは、糸に撚りをかけることをいう。本工程では、複数本のミノムシ絹糸の吐糸繊維及び/又は単繊維を撚ることで、強靭性を備えたミノムシ生糸を製造する。
【0109】
撚糸工程は、精練工程後に得られるミノムシ絹糸の単繊維を束にして加撚する他、回収工程後に得られるミノム絹糸の吐糸繊維を束にして加撚することもできる。前者の場合には、接着物質が除去された加撚ミノムシ絹糸が得られる。一方、後者の場合には、吐糸繊維で構成された接着物質を包含する加撚ミノムシ絹糸が得られる。したがって、精練工程を経ずに、接着物質を包含するままの絹糸として利用してもよいし、必要に応じて精練工程を行い、接着物質が除去された加撚ミノムシ絹糸を製造してもよい。
【0110】
本工程では、ミノムシ絹糸以外の繊維、例えば、カイコ絹糸等の動物繊維、綿等の植物繊維、ポリエステル等の化学繊維、又はレーヨン等の再生繊維等と混合して束にした後、撚ることもできる。1本の加撚ミノムシ絹糸を生産する場合、それを構成する吐糸繊維及び/又は単繊維の本数は特に限定はしない。例えば、2本~200本、4本~150本、6本~100本、8本~50本、又は10本~30本の範囲が挙げられる。
【0111】
撚糸方法は特に限定はしない。当該分野で公知の撚糸方法で行えばよい。例えば、右撚り(S撚り)や左撚り(Z撚り)が挙げられる。撚りの回数は、必要に応じて適宜定めればよい。太いミノムシ絹糸を生産する場合には、加撚ミノムシ絹糸をさらに複数本より合わせる諸撚りを採用することもできる。撚糸作業は、手作業の他、撚糸機を利用してもよい。
【0112】
本発明の生産方法で得られるミノムシ絹糸は長尺であるが、それらを紡いで、より長いミノムシ絹糸することもできる。
【0113】
以上の工程を経ることによって、従来生産が不可能とされてきた長尺ミノムシ絹糸を単繊維として、又は集合繊維として、生産することができる。したがって、本発明の長尺ミノムシ絹糸を材料として、単独で、又は他の繊維と混合して、これまで不可能だったミノムシの足場絹糸を含む織布を製造することも可能となる。ミノムシ絹糸の織布は、美しく、滑らかで、かつ引っ張り強度に優れていることから、衣服のみならず、クモ糸と同様に医療素材や防護服などの特殊素材として有望である他、高級布製品、例えば、強い摩擦が加わる布張りの高級座椅子やソファー、カーテン、又は壁紙等にも利用することができる。
【実施例】
【0114】
<ミノムシ絹糸の採糸装置の製造と採糸長の検証>
(目的)
本発明のミノムシ絹糸の採糸装置を製造し、その装置によって自動で採糸できるミノムシの足場絹糸の採糸長が1m以上であることを検証した。
【0115】
(方法)
1.装置の製造
本実施例では、本発明の第1態様に記載のミノムシ絹糸の採糸装置を製造した。実際の採糸装置を
図10で示す。
【0116】
可動式線状路(1001)は、直径12cm、厚さ2.1mmの円盤外縁部に構成された円形環状線状路とした。この円盤は、円の中心軸で図に示した方向(時計回り)に回転することができる。
【0117】
固定器(1002)には、直径18mm(内径16mm)のポリプロピレン製遠心管を用いこの遠心管を水平面に対して約30度傾斜させて、固定器に固定したミノムシが可動式線状路の上部に脚部を係止できるようにした。
【0118】
剥離器(1003)には、0.1%のポリエチレングリコールモノステアラート(n=appox.40, 東京化成工業株式会社, Cas No.9004-99-3)1Lを剥離液として貯留した貯留槽を用いた。可動式線状路を装置内で縦型に配置し、円盤の下部1/4が貯留槽内の剥離液に浸漬するようにした。
【0119】
回収器(1004)は直径12cm、厚さ16mmの円盤とし、可動式線状路と同軸で回転可能なようにした。この構造によって、可動式線状路と回収器は動作が同期され、同方向(時計回り)に回転する。
【0120】
また可動式線状路と回収器の間に直径0.3mmのステンレス針金で構成されるS字フックを糸掛器(1005)として設置した。剥離器を通過したミノムシ絹糸をこのS字フックに掛けた後、回収器の外周に配置された巻取部上部から導き固定した。糸掛器を介することによって、可動式線状路の回転と回収器が同方向に回転しても、ミノムシ絹糸を同方向で巻取ることができる。回収器による巻取りのテンションは、糸掛器を介して剥離器を通過した可動式線状路上のミノムシ絹糸に伝わり、その力でミノムシ絹糸は可動式線状路から剥離されるようになる。したがって、ミノムシを固定器に固定し、その脚部を可動式線状路に係止させた後は、ミノムシが吐糸行動、すなわち移動を停止するまで、自動で剥離、回収を実行することができる。
【0121】
2.長尺ミノムシ絹糸の生産
(1)材料
ミノムシは、茨城県内で採集したオオミノガの終齢幼虫を使用した(n=10)。
【0122】
(2)採糸方法
上記ミノムシ(1006)を巣ごと固定器に固定した。巣の固定は、遠心管にミノムシの巣を半分挿入して、巣と遠心管の境界部にパラフィルム(登録商標)を巻いて固定した。ミノムシの脚部を可動式線状路に係止させ、ミノムシが前方に移動すると共に吐糸を開始した時点から連続吐糸が途絶えるまでの時間を採糸時間として計測し、その間に回収器に回収できたミノムシ絹糸の採糸長を測定した。また、採糸時間と採糸長からミノムシの時間当たりの吐糸速度を算出した。同じ採糸方法を10頭のミノムシに対して実施した。
【0123】
(結果)
採糸時間と吐糸長、及びそれらから算出した吐糸速度を表1に示す。
【0124】
【0125】
上記結果から、発明の長尺ミノムシ生産方法を具現化したミノムシ絹糸の採糸装置を用いることで、従来1mですら生産が困難であった連続したミノムシ絹糸を、最も短いケースで約7m、平均では20mもの長さで自動生産することが可能となった。
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はそのまま引用により本明細書に組み入れられるものとする。