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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-27
(45)【発行日】2024-03-06
(54)【発明の名称】蒸着用坩堝及び蒸着装置
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/24 20060101AFI20240228BHJP
   H10K 50/10 20230101ALI20240228BHJP
   H05B 33/10 20060101ALI20240228BHJP
【FI】
C23C14/24 A
C23C14/24 B
H05B33/14 A
H05B33/10
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2021196341
(22)【出願日】2021-12-02
(65)【公開番号】P2023082513
(43)【公開日】2023-06-14
【審査請求日】2022-08-26
(73)【特許権者】
【識別番号】591065413
【氏名又は名称】キヤノントッキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】市原 正浩
【審査官】▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2017/0226627(US,A1)
【文献】国際公開第2019/235118(WO,A1)
【文献】特開2018-104804(JP,A)
【文献】特開2020-180333(JP,A)
【文献】特開2019-031705(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/24
H10K 50/10
H05B 33/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1坩堝と、前記第1坩堝の内側に設けられ、蒸着材料を収容する第2坩堝と、を備え、
前記第2坩堝の材料の熱伝導率は前記第1坩堝の材料の熱伝導率より大きい蒸着用坩堝であって、
蒸着材料を放出するノズルを有し、前記第1坩堝の上部を覆う蓋部を備え、前記蓋部は、前記ノズルを構成する第1壁部と、上面部と、前記第1壁部より大きい外周径を有し前記第1坩堝との連結部を構成する第2壁部と、を有し、
前記第1壁部の厚さ、及び、前記上面部の厚さが、それぞれ、前記第2壁部の厚さより大きく、
前記蓋部より下方に設けられ、前記蒸着材料の通過する開口を有する板部をさらに備えることを特徴とする蒸着用坩堝。
【請求項2】
第1坩堝と、前記第1坩堝の内側に設けられ、蒸着材料を収容する第2坩堝と、を備え、
前記第2坩堝の材料はモリブデン、タンタル及びタングステンのいずれかであり、
蒸着材料を放出するノズルを有し、前記第1坩堝の上部を覆う蓋部を備え、前記蓋部は、前記ノズルを構成する第1壁部と、上面部と、前記第1壁部より大きい外周径を有し前記第1坩堝との連結部を構成する第2壁部と、を有し、
前記第1壁部の厚さ、及び、前記上面部の厚さが、それぞれ、前記第2壁部の厚さより大きく、
前記蓋部より下方に設けられ、前記蒸着材料の通過する開口を有する板部をさらに備えることを特徴とする蒸着用坩堝。
【請求項3】
前記第1坩堝の材料はチタンである請求項1又は2に記載の蒸着用坩堝。
【請求項4】
前記第1坩堝と前記第2坩堝は底部で接触しており、
前記第2坩堝の外壁面の高さは、前記第1坩堝の内壁面の高さより低い請求項1から3のいずれか1項に記載の蒸着用坩堝。
【請求項5】
前記第2坩堝の外壁面の高さは、前記第1坩堝の内壁面の高さの2/3以下である請求項4に記載の蒸着用坩堝。
【請求項6】
前記第2坩堝の側壁部の厚さは0.1mm以上かつ0.5mm以下である請求項1から5のいずれか1項に記載の蒸着用坩堝。
【請求項7】
前記板部は、前記第1坩堝の内壁面における、前記第2坩堝の上端から離れた位置に設けられる請求項1~6のいずれか1項に記載の蒸着用坩堝。
【請求項8】
前記板部は、前記第2坩堝の上端から離れた位置において、前記第1坩堝によって支持される請求項1~7のいずれか1項に記載の蒸着用坩堝。
【請求項9】
前記第1壁部の周囲、及び、前記上面部の上を覆うカバー部材をさらに備える請求項1~8のいずれか1項に記載の蒸着用坩堝。
【請求項10】
前記第1坩堝の周囲に設けられたヒータをさらに備える請求項1からのいずれか1項に記載の蒸着用坩堝。
【請求項11】
前記ヒータは、前記第2坩堝の上端より上側に配置された上部ヒータと、前記第2坩堝の上端より下側に配置された下部ヒータと、を有し、
前記上部ヒータと前記下部ヒータは独立に制御される請求項10に記載の蒸着用坩堝。
【請求項12】
前記ヒータは、前記第1坩堝のうち前記第2坩堝の上端より上側の部分を加熱する部分の加熱力が、前記第1坩堝のうち前記第2坩堝の上端より下側の部分を加熱する部分の加熱力より大きい請求項10に記載の蒸着用坩堝。
【請求項13】
前記第1坩堝の内径と前記第2坩堝の外径との差が、0.1mm以上かつ0.6mm以下である請求項1から12のいずれか1項に記載の蒸着用坩堝。
【請求項14】
前記第2坩堝は前記第1坩堝に対し着脱可能である請求項1から13のいずれか1項に記載の蒸着用坩堝。
【請求項15】
前記蒸着材料は、銀、マグネシウム、イッテルビウム及びフッ化リチウムのいずれかである請求項1から14のいずれか1項に記載の蒸着用坩堝。
【請求項16】
前記第2坩堝の材料はモリブデンである請求項1から15のいずれか1項に記載の蒸着用坩堝。
【請求項17】
請求項1から16のいずれか1項に記載の蒸着用坩堝を備え、
前記蒸着用坩堝に収容された蒸着材料を気化させて基板に膜を形成する蒸着装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蒸着用坩堝及び蒸着装置に関する。
【背景技術】
【0002】
有機EL表示装置等に用いられる有機EL発光素子を製造する方法として、蒸着材料を昇華させて基板に付着させることで基板上に発光層や金属層等の薄膜を形成する蒸着法がある。蒸着法により基板に成膜する蒸着装置は、基板を保持する基板ホルダと、蒸着材料を収容する坩堝と、坩堝を加熱するためのヒータとを有する。坩堝は上部に開口を有し、基板ホルダの下方に配置され、ヒータによって加熱された坩堝内の蒸着材料が昇華して坩堝の開口に対向する基板の成膜対象面に薄膜が形成される。
【0003】
特許文献1には、材質の異なる二種類の材料の坩堝からなる二重構造の坩堝が開示されている。この坩堝は、熱伝導率の高い材料からなる外側坩堝と、外側坩堝の内側に配置され赤外線放射率の高い材料からなる内側坩堝とを有し、外側坩堝に設けられた加熱手段により、内側坩堝内に収容された蒸着材料を加熱することで、蒸着材料を昇華させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2018-104804号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
蒸着法によって基板に成膜処理を行った後に坩堝内に残留した蒸着材料は、坩堝内から除去し、新たな蒸着材料を坩堝内に投入することで、次の成膜処理に備える。しかしながら、蒸着材料が坩堝の内壁面に固着するような態様で残留することがある。これは成膜処理中に加熱された蒸着材料の一部が融解し、冷却過程で凝固して坩堝の内壁面に固着するためと推測される。固着した蒸着材料は坩堝から容易に取り出すことができないため、坩堝を再度加熱して昇華させることによって坩堝から除去する必要がある。そのため、成膜処理後の蒸着材料の交換や坩堝の洗浄に手間がかかるという課題がある。
【0006】
本発明は、蒸着材料が固着することを抑制できる蒸着用坩堝及び蒸着装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、第1坩堝と、前記第1坩堝の内側に設けられ、蒸着材料を収容する第2坩堝
と、を備え、
前記第2坩堝の材料の熱伝導率は前記第1坩堝の材料の熱伝導率より大きい蒸着用坩堝であって、
蒸着材料を放出するノズルを有し、前記第1坩堝の上部を覆う蓋部を備え、前記蓋部は、前記ノズルを構成する第1壁部と、上面部と、前記第1壁部より大きい外周径を有し前記第1坩堝との連結部を構成する第2壁部と、を有し、
前記第1壁部の厚さ、及び、前記上面部の厚さが、それぞれ、前記第2壁部の厚さより大きく、
前記蓋部より下方に設けられ、前記蒸着材料の通過する開口を有する板部をさらに備えることを特徴とする蒸着用坩堝である。

【0008】
本発明は、第1坩堝と、前記第1坩堝の内側に設けられ、蒸着材料を収容する第2坩堝と、を備え、
前記第2坩堝の材料はモリブデン、タンタル及びタングステンのいずれかであり、
蒸着材料を放出するノズルを有し、前記第1坩堝の上部を覆う蓋部を備え、前記蓋部は、前記ノズルを構成する第1壁部と、上面部と、前記第1壁部より大きい外周径を有し前記第1坩堝との連結部を構成する第2壁部と、を有し、
前記第1壁部の厚さ、及び、前記上面部の厚さが、それぞれ、前記第2壁部の厚さより大きく、
前記蓋部より下方に設けられ、前記蒸着材料の通過する開口を有する板部をさらに備えることを特徴とする蒸着用坩堝である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、蒸着材料が固着することを抑制できる蒸着用坩堝及び蒸着装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例1に係る蒸着用坩堝を有する蒸着装置を示す模式的断面図
図2】実施例1に係る蒸着用坩堝の斜視図及び断面図
図3】実施例1におけるコントローラによるヒータの制御態様を模式的に示す図
図4】実施例2に係る蒸着用坩堝を有する蒸着装置を示す模式的断面図
図5】実施例3に係る蒸着用坩堝を有する蒸着装置を示す模式的断面図
図6】実施例4に係る蒸着用坩堝を有する蒸着装置を示す模式的断面図
図7】実施例5に係る有機EL表示装置の構成を示す図
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に図面を参照して、この発明を実施するための形態を例示的に説明する。ただし、構成部品の寸法、材質、形状、その相対配置等は、特に記載がない限りは、この発明の範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。以下の説明において、特に断らない限り、上方、下方の用語はそれぞれ鉛直方向上向き、下向きを表し、装置は水平面に設置されて状態で使用されるものとする。蒸着装置において基板ホルダに保持された状態の基板の成膜対象面は、基板の撓みを考慮しない理想的な状態で、水平面に平行であるとする。また、平行、垂直、円、直線等の幾何学的な形状や関係を示す用語は、製造公差等による数学的に厳密な形状や関係に限定されず、それからのずれを包含するものとする。
【0012】
(実施例1)
図1は本発明の実施例1に係る蒸着用坩堝(以下、単に坩堝という)を有する蒸着装置を示す模式的断面図である。図2は実施例1に係る坩堝の斜視図及び断面図である。
【0013】
実施例1の蒸着装置1は、表示装置や照明装置等に用いられる有機EL素子の機能膜を基板40の成膜対象面41に蒸着法により形成する装置である。蒸着装置1は、真空容器10と、真空容器10内に配置される、基板40を保持する基板ホルダ30と、蒸着材料70を収容する坩堝20と、坩堝20を加熱するためのヒータ50と、ヒータ50の動作を制御するコントローラ60とを有する。
【0014】
なお、蒸着装置1は、坩堝20及び基板40を相対的に移動させながら成膜を行うための坩堝20や基板ホルダ30の移動機構や、真空容器10の外部から成膜処理前の基板40を搬入し、成膜処理後の基板40を搬出する搬送機構や、成膜処理後に坩堝20内に残留した蒸着材料70を除去して新たな蒸着材料70に交換する交換機構等を有し得るが、本発明の説明としては本質的でないので詳細な記載は省略する。また、蒸着装置1における成膜は、基板40の成膜対象面41に成膜パターンに対応する開口を有するマスクを装着した状態で行われる。蒸着装置1を用いた有機EL素子の製造装置は、蒸着装置1とは独立した装置において、マスクとのアライメントやマスクの装着等の処理を行い、マスクが装着された基板40を蒸着装置1に搬入して成膜を行う。その他、本発明の坩堝及び蒸着装置は、蒸着法を用いて基板に対し成膜を行う任意の製造装置に適用できる。
【0015】
坩堝20は、第1坩堝21と、第1坩堝21の内側に設けられた第2坩堝22とを有する。第1坩堝21及び第2坩堝22は円筒形状の有底の容器であり上方に開放している。第1坩堝21の内径は第2坩堝22の外径より僅かに大きく、第1坩堝21の内壁面と第2坩堝22の外壁面との隙間は0.1~0.3mmである。すなわち、第1坩堝21の内径と第2坩堝22の外径との差が、0.1mm以上かつ0.6mm以下である。これにより、第2坩堝22は第1坩堝21に対し着脱可能である。第2坩堝22の側壁部の厚さは0.1mm以上かつ0.5mm以下である。側壁部の厚さが0.5mm以下で十分薄いため、第1坩堝21及び第2坩堝22の二重構造であっても蒸着材料70の充填量に対する影響は小さく、十分な充填量を確保することができる。また、側壁部の厚さが0.1mm
以上であるため、第2坩堝22は十分な強度で形状を維持することができ、第2坩堝22を第1坩堝21に対し着脱する際の良好な操作性を確保することができる。
【0016】
第1坩堝21と第2坩堝22とは底部で接触しており、第2坩堝22の外壁面の高さH2は、第1坩堝21の内壁面の高さH1より低く、実施例1ではH2はH1の2/3以下である。第1坩堝21の内壁面の高さH1は、例えば、第1坩堝21の底面から、坩堝20の内部空間を規定する上面部までの距離である。本実施例では、上面部は後述の蓋部25によって構成されている。この場合、第1坩堝21の内壁面の一部が、第1坩堝21とは別の部材である蓋部25によって構成されることもある。第1坩堝21とは別の部材によって構成された部分も、便宜的に、第1坩堝21の内壁面の一部と考えてよい。あるいは、第1坩堝21の内壁面の高さH1は、第1坩堝21の底面から、第1坩堝21と上面部を構成する部材との境界までの距離としてもよい。第2坩堝22の外壁面の高さH2は、例えば、第2坩堝22の外面における底部から上端までの距離である。第2坩堝22は、第1坩堝21の材料より大きな熱伝導率を有する材料により構成される。実施例1では、第1坩堝21の材料はチタン(Ti)であり、第2坩堝22の材料はモリブデン(Mo)である。
【0017】
坩堝20は、蓋部25と、蓋部25より下方に設けられた板部23とを有する。蓋部25の中心付近には蒸着材料を放出するノズル26が設けられる。蓋部25は、ノズル26を構成する第1壁部251と、上面部252と、第1壁部251より大きい外周径を有し、第1坩堝21との連結部を構成する第2壁部253と、を有する。第1壁部251の厚さ、及び、上面部252の厚さは、それぞれ、第2壁部253の厚さより大きい。また、蓋部25は、第1壁部251の周囲、及び、上面部252の上を覆うカバー部材254をさらに備える。板部23の周縁付近には蒸着材料の通過する複数の開口24が設けられる。板部23は、第1坩堝21の内壁面における、第2坩堝22の上端から離れた位置に設けられる。板部23は、第2坩堝22の上端から離れた位置において、第1坩堝21によって支持されている。板部23により蒸着材料70の突沸が抑制される。蓋部25と第1坩堝21との結合部には、リング形状のシール部材255が配置されている。シール部材255は、金属で形成され、好適には第1坩堝21と同じ材料(本実施例ではチタン)で形成される。
【0018】
蒸着材料70は第2坩堝22内に収容される。蒸着材料70は基板40の成膜対象面41に金属膜を形成するための金属材料であり、銀(Ag)、マグネシウム(Mg)、イッテルビウム(Yb)、フッ化リチウム(LiF)等を例示できる。
【0019】
ヒータ50は、第1坩堝21の周囲に設けられる。ヒータ50は、第2坩堝22の上端より上側に配置された上部ヒータ51と、第2坩堝22の上端より下側に配置された下部ヒータ52とを有する。上部ヒータ51及び下部ヒータ52はコントローラ60により独立に制御可能である。
【0020】
ヒータ50の加熱によって第1坩堝21に与えられた熱は、第1坩堝21を介して第2坩堝22に伝わり、さらに第2坩堝22から蒸着材料70へ伝わる。蒸着材料70は第2坩堝22から伝わる熱により加熱されて気化し、板部23の開口24及び蓋部25のノズル26を通って坩堝20の上方へ放出される。坩堝20から放出された蒸着材料70の気体は、蓋部25のノズル26に対向する基板40の成膜対象面41に付着する。これにより、基板40に薄膜が形成される。
【0021】
図3は、コントローラ60によるヒータ50の制御態様を模式的に示す図である。図3(A)は温度の時間変化を示しており、グラフAは板部23(上部ヒータ51)の温度変化を示し、グラフBは蒸着材料70(下部ヒータ52)の温度変化を示す。図3(B)は
コントローラ60がヒータ50に対し出力する制御値の時間変化を示しており、グラフCは上部ヒータ51に対する制御値を示し、グラフDは下部ヒータ52に対する制御値を示す。図3(C)は坩堝20からの蒸着材料70の蒸発レートを示す。
【0022】
蒸着装置1による成膜処理が開始されると、コントローラ60は、図3(B)に示すように、時刻t1において上部ヒータ51による加熱を開始し、それに遅れて時刻t2において下部ヒータ52による加熱を開始する。このように、下部ヒータ52による加熱開始タイミングを上部ヒータ51による加熱開始タイミングに対し遅延させることにより、図3(A)に示すように、上部ヒータ51の近くに配置された板部23の温度が先に上昇し、それに遅れて下部ヒータ52の近くに配置された蒸着材料70の温度が上昇する。そして、蒸着材料70が昇華し始める時刻t3において、板部23の温度は目標温度に到達している。板部23の目標温度は、蒸着材料70の凝固点より高い温度である。これにより、昇華した蒸着材料70が板部23において凝固することを抑制することができる。
【0023】
第1坩堝21は熱伝導率の小さい材料であるチタン製であるため、上部ヒータ51による熱は、内側に第2坩堝22が配置されている第1坩堝21の下部には伝達しにくい。また、第2坩堝22の高さは第1坩堝21の高さの2/3以下であるため、熱伝導率の高い第2坩堝22は上部ヒータ51や板部23から離れている。そのため、下部ヒータ52より先行して加熱開始した上部ヒータ51や板部23からの輻射熱の影響で蒸着材料70が想定よりも早く昇華し始めることを抑制できる。蒸着材料70が想定よりも早く昇華し始めると、昇華した蒸着材料70がまだ十分に温度が上昇していない板部23において凝固してしまうことがあるが、実施例1の蒸着装置1によれば、板部23に蒸着材料70が付着することを抑制できる。
【0024】
第2坩堝22は熱伝導率の大きい材料であるモリブデン製であるため、下部ヒータ52による熱が時間的にも空間的にも均一に蒸着材料70に伝わり、蒸着材料70を良好に昇華させることができる。したがって、成膜処理中に加熱された蒸着材料70の一部が融解して冷却過程で凝固して第2坩堝22の内壁面に固着することを抑制でき、成膜処理後に蒸着材料70が第2坩堝22の内壁面に固着するような態様で残留することを抑制できる。これにより、成膜処理後の蒸着材料70を第2坩堝22から容易に取り出すことが可能になるため、蒸着材料70の交換や坩堝20の洗浄にかかる手間を削減できる。
【0025】
第2坩堝22の側壁部の厚さは0.5mm以下で十分薄いため、第1坩堝21を介して第2坩堝22に伝わった下部ヒータ52の熱は、効率よく輻射熱として蒸着材料70に伝わる。これにより、二重構造の坩堝の外部にヒータを設置した場合でも十分な温度制御性が得られる。
【0026】
基板40に対する成膜処理が完了した後、坩堝20の蓋部25及び板部23が取り外されるとともに、第1坩堝21から第2坩堝22が取り外される。取り外された第2坩堝22内に蒸着材料70が残留している場合でも、蒸着材料70は第2坩堝22の内壁面に固着していないため、容易に取り出すことができる。したがって、第2坩堝22からの残留した蒸着材料70の除去及び次の成膜処理に備えた新たな蒸着材料70の投入の処理を効率よく実行することができる。
【0027】
以上、説明したように、実施例1の坩堝20及び蒸着装置1によれば、蒸着材料70が固着することを抑制できる。なお、第1坩堝21と第2坩堝22の材料の熱伝導率の差は大きいほうが好ましい。第1坩堝21の材料であるチタンの熱伝導率は17W/mKであり、第2坩堝22の材料であるモリブデンの熱伝導率は147W/mKであり、十分に大きな差を有する。他に、第2坩堝22の材料としては、タンタル(Ta、熱伝導率57.5W/mK)、タングステン(W、熱伝導率198W/mK)を採用することもできる。
なお、第2坩堝22の材料がモリブデン、タンタル又はタングステンの場合、第1坩堝21の材料はチタンに限らない。また、第2坩堝22の材料の熱伝導率が第1坩堝21の材料の熱伝導率より大きければ、第1坩堝21及び第2坩堝22の材料は実施例1の例に限られない。
【0028】
(実施例2)
本発明の実施例2について説明する。実施例1と共通の構成要素には実施例1と共通の名称及び符号を用い、詳細な説明は省略する。図4は実施例2に係る坩堝を有する蒸着装置を示す模式的断面図である。実施例2の坩堝200が有するヒータ500は、第1坩堝21のうち内側に第2坩堝22が設けられていない上部及び内側に第2坩堝22が設けられている下部の全体を加熱する。ヒータ500において、第1坩堝21のうち第2坩堝22の上端より上側の部分を加熱する上部加熱部510の加熱力が、第1坩堝21のうち第2坩堝22の上端より下側の部分を加熱する下部加熱部520の加熱力より大きい。ヒータ500が抵抗加熱により加熱を行う場合、上部加熱部510の抵抗値を下部加熱部520の抵抗値より大きくすることで加熱力を異ならせることができる。ヒータ500が誘導加熱により加熱を行う場合、上部加熱部510のコイル巻き数を下部加熱部520のコイル巻き数より大きくすることで加熱力を異ならせることができる。その他、加熱力を異ならせる構成はこの例に限られない。
【0029】
コントローラ60はヒータ500の動作を制御する。コントローラ60がヒータ500による加熱を開始すると、上部加熱部510及び下部加熱部520は同時に昇温し始めるが、上部加熱部510の方が加熱力が大きいため、第1坩堝21のうち上部が下部よりも温度上昇が速い。そのため、実施例1で説明した図3と同様に、蒸着材料70が昇華し始めるタイミングで板部23の温度が十分高い状態になる。したがって、昇華した蒸着材料70が板部23において凝固することを抑制できる。また、下部加熱部520の加熱力は小さいが、第2坩堝22の材料は熱伝導率が大きいため、蒸着材料70を均一に加熱することができ、一部が融解して第2坩堝22の内壁面に固着することを抑制できる。
【0030】
以上、説明したように、実施例2の坩堝200及び蒸着装置1によれば、蒸着材料70が固着することを抑制できる。
【0031】
(実施例3)
本発明の実施例3について説明する。実施例1と共通の構成要素には実施例1と共通の名称及び符号を用い、詳細な説明は省略する。図5は実施例3に係る坩堝を有する蒸着装置を示す模式的断面図である。実施例3の坩堝210は、実施例1及び2における板部23を有しない。実施例3の坩堝210が有するヒータ511は、第1坩堝21のうち内側に第2坩堝22が設けられていない上部及び内側に第2坩堝22が設けられている下部の全体を加熱する。ヒータ511は、第1坩堝21の上部において蓋部25を加熱できるように配置されている。
【0032】
コントローラ60はヒータ511の動作を制御する。コントローラ60がヒータ511による加熱を開始すると、まず蓋部25が温度上昇し始める。第2坩堝22の高さは第1坩堝21の高さの2/3以下であるため、第2坩堝22は蓋部25から離れており、蓋部25からの輻射熱の影響を受けにくい。また、第1坩堝21の材料の熱伝導率は小さいため、蓋部25からの熱が第2坩堝22に伝わりにくい。そのため、実施例1で説明した図3と同様に、蒸着材料70が昇華し始めるタイミングで蓋部25の温度が十分高い状態になる。したがって、昇華した蒸着材料70が蓋部25において凝固することを抑制できる。また、第2坩堝22の材料は熱伝導率が大きいため、蒸着材料70を均一に加熱することができ、一部が融解して第2坩堝22の内壁面に固着することを抑制できる。
【0033】
以上、説明したように、実施例3の坩堝210及び蒸着装置1によれば、蒸着材料70が固着することを抑制できる。
【0034】
(実施例4)
本発明の実施例4について説明する。実施例1と共通の構成要素には実施例1と共通の名称及び符号を用い、詳細な説明は省略する。図6は実施例4に係る坩堝を有する蒸着装置を示す模式的断面図である。実施例4の坩堝211は、実施例1及び2における板部23を有しない。また、第2坩堝220の高さは第1坩堝21の高さと同等である。ヒータ511は、実施例3と同様、第1坩堝21の全体を加熱し、上部において蓋部25を加熱できるように配置されている。
【0035】
コントローラ60はヒータ511の動作を制御する。コントローラ60がヒータ511による加熱を開始すると、まず蓋部25が温度上昇し始める。また、ヒータ511による熱は熱伝導率の小さい第1坩堝21を介して第2坩堝22に伝わり、第2坩堝22からの輻射熱が蒸着材料70に伝わる。第2坩堝22の材料は熱伝導率が大きいため、蒸着材料70を均一に加熱することができ、一部が融解して第2坩堝22の内壁面に固着することを抑制できる。
【0036】
以上、説明したように、実施例4の坩堝211及び蒸着装置1によれば、蒸着材料70が固着することを抑制できる。
【0037】
(その他)
各実施例で説明した種々の特徴的な要素を、第2坩堝の材料の熱伝導率が第1坩堝の材料の熱伝導率より大きいという条件、又は、第2坩堝の材料がモリブデン、タンタル及びタングステンのいずれかであるという条件を満たす限りにおいて適宜組み合わせた構成は、本発明に含まれる。例えば、実施例1において第2坩堝は第1坩堝に対し着脱可能な構成を例示したが、第2坩堝が第1坩堝に固定された構成でもよい。また、実施例1から3において第2坩堝の高さが第1坩堝の高さの2/3以下である構成を例示したが、第2坩堝の高さは、板部や蓋部からの輻射熱の影響により板部や蓋部が蒸着材料の凝固点以上に昇温する前に蒸着材料が昇華し始めないという条件を満たすように、板部、蓋部、第1坩堝、第2坩堝、ヒータ等の形状、性能、材料等に応じて適宜設計される。また、実施例1のように独立に制御可能な複数のヒータを有する構成では各ヒータの昇温開始タイミングを調整してもよい。また、第2坩堝の側壁部の厚さが0.1mm以上かつ0.5mm以下である構成を例示したが、第2坩堝の側壁部の厚さは、第1坩堝、第2坩堝の形状、成膜対象の基板のサイズ、蒸着材料の物性、第2坩堝の着脱可能性の要否等の種々の条件に応じて適宜設計される。
【0038】
(実施例5)
上記の実施例の蒸着装置を用いた成膜装置によって基板上に有機膜を形成し電子デバイスを製造する方法について説明する。ここでは、電子デバイスとして有機ELディスプレイに用いられる有機EL素子を製造する方法を例に説明する。なお、電子デバイスはこれに限定はされない。例えば、薄膜太陽電池や有機CMOSイメージセンサの製造にも本発明は適用できる。実施例5の電子デバイスの製造方法においては、上記の実施形態の成膜装置を用いて、基板5に有機膜を成膜する工程を有する。また、基板5に有機膜を成膜した後に、金属膜又は金属酸化物膜を成膜する工程を有する。このような工程により製造される有機EL素子を用いた有機EL表示装置600の構造について、以下に説明する。
【0039】
図7(A)は有機EL表示装置600の全体図、図7(B)は有機EL表示装置600一つの画素の断面構造を表している。図7(A)に示すように、有機EL表示装置600の表示領域61には、発光素子を複数備える画素62がマトリクス状に複数配置されてい
る。発光素子のそれぞれは、一対の電極に挟まれた有機層を備えた構造を有している。なお、ここでいう画素とは、表示領域61において所望の色の表示が可能な最小単位を指している。有機EL表示装置600は、互いに異なる色で発光する第1発光素子62R、第2発光素子62G、及び第3発光素子62Bの組合せにより画素62が構成されている。第1発光素子62R、第2発光素子62G、及び第3発光素子62Bはそれぞれ、赤色発光素子、緑色発光素子、及び青色発光素子である。なお、画素当たりの発光素子の数や発光色の組み合わせはこの例に限られない。例えば、黄色発光素子、シアン発光素子、及び白色発光素子の組み合わせや、少なくとも1色以上であればよい。また、各発光素子は複数の発光層が積層されて構成されていてもよい。
【0040】
画素62を同じ色で発光する複数の発光素子で構成し、それぞれの発光素子に対応するように異なる色変換素子が配置されたカラーフィルタを用いて、1つの画素62が所望の色を表示可能としてもよい。例えば、画素62を3つの白色発光素子で構成し、それぞれの発光素子に対応するように、赤色、緑色、及び青色の色変換素子が配列されたカラーフィルタを用いてもよい。また、画素62を3つの青色発光素子で構成し、それぞれの発光素子に対応するように、赤色、緑色、及び無色の色変換素子が配列されたカラーフィルタを用いてもよい。なお、画素当たりの発光素子の数や発光色の組み合わせはこれら例に限られない。後者の場合には、カラーフィルタを構成する材料として量子ドット(QD:Quantum Dot)材料を用いた量子ドットカラーフィルタ(QD-CF)を用いることで、量子ドットカラーフィルタを用いない有機EL表示装置よりも表示色域を広くすることができる。
【0041】
図7(B)は、図7(A)のA-B線における部分断面模式図である。画素62は、基板5に、第1電極(陽極)64、正孔輸送層65、発光層66R、66G、又は66B、電子輸送層67、及び第2電極(陰極)68が形成された有機EL素子を有する。正孔輸送層65、発光層66R、66G、66B、及び電子輸送層67が有機層である。発光層66Rは赤色を発する有機EL層、発光層66Gは緑色を発する有機EL層、発光層66Bは青色を発する有機EL層である。なお、カラーフィルタ又は量子ドットカラーフィルタを用いる場合には、各発光層の光出射側、すなわち、図7(B)の上部又は下部にカラーフィルタ又は量子ドットカラーフィルタが配置される。
【0042】
発光層66R、66G、66Bは、それぞれ赤色、緑色、青色を発する発光素子である有機EL素子である。発光層66R、66G、66Bは発光素子62R、62G、62Bの配列のパターンにしたがって形成されている。第1電極64は、発光素子毎に形成されており、互いに分離している。正孔輸送層65、電子輸送層67、及び第2電極68は、複数の発光素子62R、62G、62Bで共有するように形成されていてもよいし、発光素子毎に分離して形成されていてもよい。第1電極64と第2電極68とが異物によってショートするのを防ぐために、第1電極64間に絶縁層69が設けられている。有機EL層は水分や酸素によって劣化するため、水分や酸素から有機EL素子を保護するための保護層Pが設けられている。
【0043】
電子デバイスとしての有機EL表示装置の製造方法について説明する。
【0044】
まず、有機EL表示装置を駆動するための回路(不図示)及び第1電極64が形成された基板5を準備する。
【0045】
次に、第1電極64が形成された基板5の上にアクリル樹脂やポリイミド等の樹脂層をスピンコートで形成し、樹脂層をリソグラフィ法により、第1電極64が形成された部分に開口が形成されるようにパターニングし絶縁層69を形成する。この開口部が、発光素子が実際に発光する発光領域に相当する。
【0046】
次に、絶縁層69がパターニングされた基板5を第1の成膜装置に搬入し、基板保持ユニットにて基板を保持し、正孔輸送層65を、表示領域の第1電極64の上に共通する層として成膜する。正孔輸送層65は真空蒸着により成膜される。実際には正孔輸送層65は表示領域61よりも大きなサイズに形成されるため、高精細なマスクは不要である。ここで、本ステップでの成膜や、以下の各層の成膜において用いられる成膜装置は、上記各実施形態のいずれかに記載された蒸着装置を用いた成膜装置である。
【0047】
次に、正孔輸送層65までが形成された基板5を第2の成膜装置に搬入し、基板保持ユニットにて保持する。基板5とマスク6とのアライメントを行い、基板5をマスク6の上に載置し、基板5の赤色を発する素子を配置する部分に、赤色を発する発光層66Rを成膜する。実施形態2の成膜装置を用いることにより、マスク6と基板5のアライメントを高精度で行うことができ、マスク6と基板5とを良好に密着させることができるため、高精度な成膜を行うことができる。
【0048】
発光層66Rの成膜と同様に、第3の成膜装置により緑色を発する発光層66Gを成膜し、さらに第4の成膜装置により青色を発する発光層66Bを成膜する。発光層66R、66G、66Bの成膜が完了した後、第5の成膜装置により表示領域61の全体に電子輸送層67を成膜する。発光層66R、66G、66Bのそれぞれは単層であってもよいし、複数の異なる層が積層された層であってもよい。電子輸送層67は、3色の発光層66R、66G、66Bに共通の層として形成される。実施形態2では、電子輸送層67、発光層66R、66G、66Bは真空蒸着により成膜される。
【0049】
続いて、電子輸送層67の上に第2電極68を成膜する。第2電極は真空蒸着によって形成してもよいし、スパッタリングによって形成してもよい。その後、第2電極68が形成された基板5を封止装置に移動してプラズマCVDによって保護層Pを成膜する封止工程が行われ、有機EL表示装置600が完成する。なお、ここでは保護層PをCVD法によって形成するものとしたが、これに限定はされず、ALD法やインクジェット法によって形成してもよい。
【0050】
絶縁層69がパターニングされた基板5を成膜装置に搬入してから保護層Pの成膜が完了するまでの間に、基板5が水分や酸素を含む雰囲気に曝される、発光層が水分や酸素によって劣化する可能性がある。実施形態2において、成膜装置間の基板5の搬入搬出は、真空雰囲気又は不活性ガス雰囲気の下で行われる。
【符号の説明】
【0051】
1:蒸着装置、20:坩堝、21:第1坩堝、22:第2坩堝、50:ヒータ、70:蒸着材料
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7