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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-28
(45)【発行日】2024-03-07
(54)【発明の名称】細胞培養体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20240229BHJP
   C12N 5/09 20100101ALI20240229BHJP
   C12Q 1/6809 20180101ALN20240229BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N5/09
C12Q1/6809 Z
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020051580
(22)【出願日】2020-03-23
(65)【公開番号】P2021145646
(43)【公開日】2021-09-27
【審査請求日】2022-10-04
(73)【特許権者】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】臼井 達哉
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 一昭
(72)【発明者】
【氏名】モハメド エルバダウィー
(72)【発明者】
【氏名】篠原 祐太
(72)【発明者】
【氏名】山中 恵
(72)【発明者】
【氏名】林 希佳
(72)【発明者】
【氏名】後藤 悠太
【審査官】上村 直子
(56)【参考文献】
【文献】特表2018-506971(JP,A)
【文献】国際公開第2018/038042(WO,A1)
【文献】Nature Communications,2018年,9:2404,pp.1-10
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00-5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
動物由来のがん細胞を含む試料から作製したがん由来三次元オルガノイドを動物細胞用培地にて培養する工程と、
上記がん由来三次元オルガノイド由来の遊走能を有する細胞のうち培養容器に接着した細胞を残し、当該細胞以外の成分を当該培養容器から取り除く工程とを含み、
上記培養容器の底面上に細胞培養体を形成し、
前記動物細胞用培地は、EGF及びTGFβ阻害剤を含み、かつ、Wntアゴニスト及びBMP阻害剤を含有しない、
細胞培養体の製造方法。
【請求項2】
上記培養容器に接着した細胞を継代培養する工程を更に含むことを特徴とする請求項1記載の細胞培養体の製造方法。
【請求項3】
上記成分は、がん由来三次元オルガノイドに含まれる非接着性の細胞、がん由来三次元オルガノイド用培地を含む成分であることを特徴とする請求項1記載の細胞培養体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、三次元オルガノイドを用いて製造された細胞培養体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
三次元オルガノイド培養法(非特許文献1:Sato et al., Nature, 2009)は、様々な臓器から単離した上皮細胞をマトリゲルと混合し、Wnt, Noggin, R-spondinなどの幹細胞性を高める因子を含む特殊な培地で培養することで三次元の上皮組織構造を培養ディッシュ上で再現できる方法として開発された。近年、ヒトの大腸がんや膵臓がんなど患者の手術検体を用いたオルガノイド培養法が確立され、摘出直後の組織との構造の類似性、遺伝子変異の相関が示され(非特許文献2:Wetering et al., Cell, 2015及び非特許文献3:Boj et al., Cell, 2015)、個別化医療にとって有用なツールとなることも期待されている。
【0003】
また、膀胱がん罹患犬の尿サンプルを用いて非侵襲的に膀胱がんオルガノイドを培養する技術が開発され、作製したオルガノイドが生体内の膀胱がんの特徴を三次元的に再現し、免疫不全マウス体内での腫瘍の再形成能試験や、患畜個々の抗がん剤感受性試験へ応用可能であることが明らかにされている(非特許文献4:Elbadawy and Usui et al., Cancer Sci. 2019)。
【0004】
一方、がんの基礎研究においては、二次元のがん細胞株が使用されている。イヌの膀胱がんにおいても細胞株が市販され利用可能となっている。細胞株は、培養の容易さや、低コスト、増殖スピードの速さなどの利点があるため細胞内シグナル経路の検討などの研究に頻繁に使用されてきたものの、オルガノイドのような個々の特徴や細胞の多様性、極性などを反映できないといった問題があった。
【0005】
また、がん幹細胞は、がんの発生、術後の再発及び治療抵抗性の原因となることが示唆されている。がん幹細胞マーカーの同定方法としては、フローサイトメトリー解析やソーティング法によって分離した細胞を免疫不全マウスに移植して腫瘍形成能を示すことや、in vitroの実験系でのスフェア形成能が指標とされてきた。しかしながら、各がん種での特異的ながん幹細胞マーカーは未だにはっきりとしていないため、治療や診断への応用の障壁となっている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Sato et al., Nature, 459(7244):262-5, 2009
【文献】Wetering et al., Cell, 161(4):933-45, 2015
【文献】Boj et al., Cell, 160(1-2):324-38, 2015
【文献】Elbadawy and Usui et al., Cancer Sci. 110(9):2806-2821, 2019
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の三次元オルガノイドは、患者由来のがん組織等のオリジナルの特徴を反映可能であるが、細胞の増殖速度が遅いといった問題があった。一方、不死化して無限増殖能を獲得した細胞株は、増殖速度は速いものの、患者由来のがん組織等を構成する細胞の多様性を維持できないため、得られた結果を臨床現場等に還元していくことが困難である。また、細胞株として樹立可能な系統が限られており、特定の生体試料に含まれる細胞から細胞株を樹立するには膨大な時間と手間がかかるといった問題もある。
【0008】
そこで、本発明は、上述したような実情に鑑み、三次元オルガノイドのように患者由来のがん組織等のオリジナルの特徴を反映しつつ、細胞株のように増殖速度が速いといった特徴を有する細胞培養体及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した目的を達成するために本発明者らが鋭意検討した結果、三次元オルガノイドを培養する際に生ずる遊走能を有する細胞が二次元化するといった独自の発想に到達し、三次元オルガノイドが有する特徴を維持し、且つ三次元オルガノイドよりも速い増殖速度を示す細胞培養体を作製できること見いだし、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明は以下を包含する。
[1]生体試料から作製した三次元オルガノイドを動物細胞用培地にて培養する工程と、上記三次元オルガノイド由来の遊走能を有する細胞のうち培養容器に接着した細胞を残し、当該細胞以外の成分を当該培養容器から取り除く工程とを含み、上記培養容器の底面上に細胞培養体を形成することを特徴とする細胞培養体の製造方法。
[2]上記動物細胞用培地は、EGF及びTGFβ阻害剤を含むことを特徴とする[1]記載の細胞培養体の製造方法。
[3]上記動物細胞用培地は、Wntアゴニスト及びBMP阻害剤の一方又は両方を含有しないことを特徴とする[1]記載の細胞培養体の製造方法。
[4]上記培養容器に接着した細胞を継代培養する工程を更に含むことを特徴とする上記[1]記載の細胞培養体の製造方法。
[5]上記成分は、三次元オルガノイドに含まれる非接着性の細胞、三次元オルガノイド用培地を含む成分であることを特徴とする上記[1]記載の細胞培養体の製造方法。
[6]上記生体試料は、動物由来のがん細胞を含む試料であることを特徴とする上記[1]記載の細胞培養体の製造方法。
[7]上記[1]乃至[6]いずれか記載の製造方法により製造された細胞培養体。
[8]上記[1]乃至[6]いずれか記載の製造方法により製造された細胞培養体における遺伝子発現パターンを解析する、バイオアッセイ方法。
[9]がん関連遺伝子の遺伝子発現パターンを解析する上記[8]記載のバイオアッセイ方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る細胞培養体は、三次元オルガノイドの特徴や性質を維持しながら、三次元オルガノイドと比較して細胞増殖速度が亢進するといった優れた特徴を有する。したがって、本発明に係る細胞培養体を使用することで、三次元オルガノイドを使用する場合と同じ各種バイオアッセイを行うことができ、また、三次元オルガノイドを培養するよりも効率よく増殖することができる。
【0012】
また、本発明に係る細胞培養体の製造方法は、三次元オルガノイドの特徴や性質を維持しながら、三次元オルガノイドと比較して細胞増殖速度が亢進するといった優れた特徴を有する細胞培養体を三次元オルガノイドから製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明に係る細胞培養体の作製及び解析の工程を示す模式図である。
図2】本実施例で作製した2.5D膀胱がんオルガノイドを示す位相差顕微鏡像である。
図3】異なる系統の三次元膀胱がんオルガノイドから作製した2.5D膀胱がんオルガノイドを示す位相差顕微鏡像である。
図4】組成の異なる培養液を用いて2.5D膀胱がんオルガノイドを作製したときの位相差顕微鏡像である。
図5】作製した2.5D膀胱がんオルガノイドにおける尿路上皮細胞マーカー発現を示す蛍光顕微鏡写真である。
図6】2.5D膀胱がんオルガノイド及び三次元オルガノイドの細胞増殖速度を示す特性図である。
図7】2.5D膀胱がんオルガノイドにおける各種がん幹細胞マーカー発現を示す特性図である。
図8】2.5D膀胱がんオルガノイドのin vivoにおける腫瘍形成能を示す写真である。
図9】摘出した2.5D膀胱がんオルガノイド由来腫瘍の病理組織像を示す写真である。
図10】摘出した2.5D膀胱がんオルガノイド由来腫瘍における尿路上皮細胞マーカー発現を示す蛍光顕微鏡写真である。
図11】各種抗がん剤を処置した後の2.5D膀胱がんオルガノイドを示す位相差顕微鏡像である。
図12】各種抗がん剤を処置した後の2.5D膀胱がんオルガノイドの生存率を示す特性図である。
図13】ヒト大腸がん三次元オルガノイドを用いて作製した2.5Dオルガノイドを示す位相差顕微鏡像である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係る細胞培養体は、生体試料から作製された三次元オルガノイドから作製され、当該三次元オルガノイドの特性・性質を維持しつつ、当該三次元オルガノイドよりも増殖速度が速いといった特徴を有する細胞集団である。一般に、生体試料から作製された細胞株(不死化、無限増殖能)は培養容器の底面に広がり二次元培養される。すなわち、当該細胞株の培養体は面方向の広がりを有する二次元培養体である。本発明に係る細胞培養体は、上述のように三次元オルガノイドの特性・性質を有するが、二次元培養体のように面方向に広がりを有する培養体である。よって、本発明に係る細胞培養体を2.5次元オルガノイド(2.5Dオルガノイド)と称することもできる。
【0015】
ここで、生体試料とは、三次元オルガノイドの作製に必要な、多能性幹細胞(PSC)や成体幹細胞(ASC)或いはがん幹細胞を含む試料を意味する。生体試料としては、例えば、癌組織、癌に罹患した個体から採取した血液や尿の試料、肝臓、脳、腸など各種組織から得られた生検試料等を挙げることができる。これら生体試料は、特に限定されず、哺乳動物から得ることができる。哺乳動物としては、限定されないが、例えば、ウサギ、マウス、ラット、ウシ、ヒツジ、ネコ、イヌ、ウマ、サル及びヒトが挙げられる。
【0016】
三次元オルガノイドは、Wntシグナルを活性化するWntアゴニスト、BMPシグナルを阻害するBMP阻害剤、上皮成長因子(Epidermal Growth Factor; EGF)を含むオルガノイド作製用培地を使用し、細胞外マトリックス等の足場支持体に包埋された幹細胞を培養することで作製される。オルガノイド作製用培地は、上記成分により、臓器に特異的な幹細胞やがん幹細胞を維持することができる。
【0017】
Wntアゴニストとしては、例えば、Wnt、Wnt-3a、Noggin、GSK阻害剤、R-スポンジン1、R-スポンジン2、R-スポンジン3及びR-スポンジン4等のR-スポンジンを挙げることができる。
【0018】
BMP阻害剤としては、ノギン(Noggin)、コーディン(Chordin)、コーディンドメインを含むコーディン様タンパク質、ホリスタチン(Follistatin)、ホリスタチンドメインを含むホリスタチン関連タンパク質、DAN、DANシステイン-ノットドメインを含むDAN様タンパク質、スクレロスチン/SOST、デコリン及びα-2マクログロブリン等を挙げることができる。
【0019】
三次元オルガノイドを作製する培養条件等については、特に限定されず、例えばSato T et al., Gastroenterology. 2011 Nov;141(5):1762-72等を参照することができる。なお、がん罹患犬の尿サンプルを用いた膀胱がんオルガノイドの作製については、参考文献1:Elbadawy and Usui et al., Cancer Sci. 110(9):2806-2821, 2019を参照することができる。
【0020】
また、三次元オルガノイドを作製する際に使用される足場支持体としては、コラーゲンやアガロース等の水を吸収及び保持できる重合体、多孔質ポリスチレン等のスポンジ様メンブレンを挙げることができる。より具体的に、足場支持体としては、コラーゲンを含むマトリゲル(コーニングライフサイエンス社製)を使用することができる。
【0021】
本発明に係る細胞培養体を作製する際には、先ず、以上のように作製された三次元オルガノイドを動物細胞用培地(以下、2.5Dオルガノイド用培地)にて培養する。ここで2.5Dオルガノイド用培地は、三次元オルガノイドに由来する遊走能を有する細胞を培養できる組成であれば特に限定されないが、例えば、EGF及びTGFβ阻害剤を含む動物細胞用培地を使用することができる。なお、この2.5Dオルガノイド用培地は、三次元オルガノイド作製用培地とは異なる組成の培地である。すなわち、三次元オルガノイド作製用培地は、細胞外マトリックスに包埋された組織特異的幹細胞やがん幹細胞を維持する組成であるのに対して、2.5Dオルガノイド用培地は当該幹細胞を維持する組成とは異なる。具体的に、2.5Dオルガノイド用培地は、Wntアゴニスト及びBMP阻害剤の一方又は両方を含有しない点で、三次元オルガノイド作製用の培地とは組成が異なっている。
【0022】
EGFは、53アミノ酸残基及び3つの分子内ジスルフィド結合から成る6045Daのタンパク質であり、細胞表面に存在する上皮成長因子受容体 (EGFR) にリガンドとして結合する。2.5Dオルガノイド用培地培地に含まれるEGFの濃度は、特に限定されないが、例えば、2ng/mL~500ng/mLとすることができ、5ng/mL~500ng/mLとすることが好ましく、10ng/mL~400ng/mLとすることがより好ましく、20ng/mL~300ng/mLとすることがより好ましく、30ng/mL~200ng/mLとすることがより好ましく、40ng/mL~100ng/mLとすることがより好ましい。より具体的に、2.5Dオルガノイド用培地に含まれるEGFの濃度は50ng/mLとすることができる。
【0023】
TGFβ(transforming growth factor β)阻害剤としては、例えば、A83-01(3-(6-メチルピリジン-2-イル)-1-フェニルチオカルバモイル-4-キノリン-4-イルピラゾール)、ALK5 Inhibitor I(3-(ピリジン-2-イル)-4-(4-キノニル)-1H-ピラゾール)、LDN193189(4-(6-(4-(ピペラジン-1-イル)フェニル)ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル)キノリン)、SB431542(4-[4-(1,3-ベンゾジオキソール-5-イル)-5-ピリジン-2-イル-1H-イミダゾール-2-イル]ベンズアミド)、SB-505124(2-(5-ベンゾ[1,3]ジオキソール-5-イル-2-tert-ブチル-3H-イミダゾール-4-イル)-6-メチルピリジン塩酸塩水和物)、SD-208((2-(5-クロロ-2-フルオロフェニル)プテリジン-4-イル)ピリジン-4-イル-アミン)、SB-525334(6-[2-(1,1-ジメチルエチル)-5-(6-メチル-2-ピリジニル)-1H-イミダゾール-4-イル]キノキサリン)、LY-364947(4-[3-(2-ピリジニル)-1H-ピラゾール-4-イル]-キノリン)、LY2157299(4-[2-(6-メチル-ピリジン-2-イル)-5,6-ジヒドロ-4H-ピロロ[1,2-b]ピラゾール-3-イル]-キノリン-6-カルボン酸アミド)、TGF-β RI Kinase Inhibitor II 616452(2-(3-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-ピラゾール-4-イル)-1,5-ナフチリジン)、TGF-β RI Kinase Inhibitor III 616453(2-(5-ベンゾ[1,3]ジオキソール-4-イル-2-tert-ブチル-1H-イミダゾール-4-イル)-6-メチルピリジン, HCl)、TGF-β RI Kinase Inhibitor IX 616463(4-((4-((2,6-ジメチルピリジン-3-イル)オキシ)ピリジン-2-イル)アミノ)ベンゼンスルホンアミド)、TGF-β RI Kinase Inhibitor VII 616458(1-2-((6,7-ジメトキシ-4-キノリル)オキシ)-(4,5-ジメチルフェニル)-1-エタノン)、ナフチリジン(6-(2-tert-ブチル-5-(6-メチル-ピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-4-イル)-キノキサリン)、AP12009(TGF-β2アンチセンス化合物“Trabedersen”)、Belagenpumatucel-L(TGF-β2アンチセンス遺伝子修飾同種異系腫瘍細胞ワクチン)、CAT-152(Glaucoma-lerdelimumab(抗-TGF-β-2モノクローナル抗体))、CAT-192(Metelimumab(TGFβ1を中和するヒトIgG4モノクローナル抗体))、GC-1008(抗TGF-βモノクローナル抗体)等が挙げられる。
【0024】
2.5Dオルガノイド用培地培地に含まれるTGF-β阻害剤の濃度は、その種類によって異なり、特に限定されるものではない。例えば、TGF-β阻害剤としてA83-01を使用する場合、0.1μM~5μMとすることができ、0.2μM~3μMとすることが好ましく、0.3μM~1μMとすることがより好ましく、0.4μM~0.8μMとすることがより好ましい。より具体的に、2.5Dオルガノイド用培地に含まれるA83-01の濃度は0.5μMとすることができる。
【0025】
また、2.5Dオルガノイド用培地は、EGF及びTGF-β阻害剤以外に、通常の動物細胞の培養に使用される培地に含まれる各種成分を含有することができる。各種成分としては、抗酸化作用を有するN-アセチル-L-システイン、L-グルタミン酸やL-グルタミン等のアミノ酸類、ニコチンアミド等、ビタミン類、無機塩を挙げることができる。EGF、TGF-β阻害剤及びこれら各種成分を、一般に動物細胞に使用される基本培地に添加することで2.5Dオルガノイド用培地を作製することができる。なお、2.5Dオルガノイド用培地は、ウシ胎仔血清(fetal bovine serum(FBS)又はfetal calf serum)等を含んでいても良い。
【0026】
基本培地となる細胞培養培地は、動物細胞用又はヒト細胞用であることが好ましい。基本培地としては、例えば、pH7.0~7.6の合成培地等が挙げられる。より具体的には、ダルベッコ改変イーグル培地/ハムF-12混合培地(Dulbecco’s Modified Eagle Medium:Nutrient Mixture F-12;DMEM/F12)、RPMI1640培地(Roswell Park Memorial Institute 1640 medium)を使用することができる。また、基本培地としては、アドバンスト-DMEM/F12やアドバンストRPMI培地等も使用することができる。
【0027】
三次元オルガノイドを2.5Dオルガノイド用培地で培養する際、その培養温度は30~40℃とすることができ、37℃程度が最も好ましい。培養時間は用いる三次元オルガノイドによって適宜調整することができる。培養開始からから数日経過すると、細胞遊走が誘導され、遊走能を有する細胞が培養容器の底面等に接着することなる。より具体的に、2.5Dオルガノイド用培地を用いて三次元オルガノイドを約3~14日培養する、好ましくは約5~10日培養する、より好ましくは約6~8日培養することで、遊走能を有する細胞が培養容器の底面等に接着した状態を形成できる。
【0028】
その後、培養容器の底面等に接着した細胞を除く成分を培養容器から除去する。ここで、除去する成分としては、細胞外マトリックス、細胞マトリックスに形成された三次元オルガノイド、接着していない遊走能を有する細胞等である。培養容器の底面等に接着した細胞を除く成分を培養容器から除去することによって、培養容器の底面等に三次元オルガノイド由来の細胞培養体を形成することができる。
【0029】
得られた細胞培養体は、三次元オルガノイドの特性・性質を維持しながら、三次元オルガノイドよりも速い増殖速度を示すという特徴を有する。三次元オルガノイドの特性・性質とは、三次元オルガノイドの元となる組織やがんの性質の全部又はその一部を意味し、例えば、オルガノイドの元となる組織やがんに特異的な遺伝子発現パターンの全部又はその一部が保存されていることを意味する。したがって、上述のように作製された細胞培養体においても、元の組織やがんに特異的な遺伝子発現パターンの全部又はその一部が保存されている。
【0030】
また、上述のようにして得られた細胞培養体は、通常の細胞株と同様に継代培養することができる。得られた細胞培養体を継代培養する際には、上述した2.5Dオルガノイド用培地を使用することが好ましい。
【0031】
本発明に係る細胞培養体は、上述のように2.5Dオルガノイド用培地を使用することで三次元オルガノイドから簡便に作製することができ、また、三次元オルガノイドの特性・性質を維持している。これに対して、臓器やがん組織から細胞株を樹立する場合、突然変異的に不死化した細胞をクローニングするという膨大な時間と手間が必要となる。このように、本発明に係る細胞培養体は、通常の細胞株と比較して、非常に簡便に作製できるという特徴がある。
【0032】
また、本発明に係る細胞培養体は、その増殖速度が三次元オルガノイドよりも速いため、継代培養に要する時間が短くて済み、三次元オルガノイドと比べて効率的に取得することができる。さらに、本発明に係る細胞培養体を作製する際に使用する培地や、継代培養に使用する培地は、三次元オルガノイドを作製する際に使用する培地や継代する際に使用する培地と比較して非常に安価に調製することができる。
【0033】
さらに、本発明に係る細胞培養体は、通常の細胞株と同様に培地交換をするだけで継代培養することができる。これに対して三次元オルガノイドは、ゲル状の細胞外マトリクスを溶融し、新たな細胞外マトリクスを形成するといった作業が必要となり、継代培養に非常に繁雑な作業が必要である。このように、本発明に係る細胞培養体は、三次元オルガノイドと比較して、継代培養に際して取り扱いが非常に簡便であるといえる。
【0034】
したがって、本発明に係る細胞培養体を利用することで、三次元オルガノイドを用いたバイオアッセイと同様なバイオアッセイを行うことができる。すなわち、本発明に係る細胞培養体をバイオアッセイに使用することで、元となる臓器やがん組織における遺伝子発現パターンに基づく各種バイオアッセイを、三次元オルガノイドを用いた場合と比較して簡便且つ低コストに実施することができる。
【0035】
具体的には、本発明に係る細胞培養体を利用することで、例えば、がんマーカーの発現解析、in vivoにおける腫瘍形成能の解析及び抗がん剤に対する反応性解析を三次元オルガノイドと同様に実施することができる。例えば、本発明に係る細胞培養体を用いて公知の抗がん剤に対する感受性試験を行うことができる。詳細には、患者等の検査対象動物から作製した三次元オルガノイドを用いて細胞培養体を作製し、当該細胞培養体で感受性試験を行うことで、検査対象動物毎に試験結果を得ることができる。これにより、癌患者や癌に罹患した動物に対して最適な治療を個別に検討することができる。
【実施例
【0036】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0037】
〔実施例1〕
[尿サンプル由来三次元膀胱がんオルガノイドの作製]
膀胱がん罹患犬の尿をカテーテルを用いて採取し、尿中に含まれる細胞を洗浄後、マトリゲルに混合して三次元オルガノイド培養を実施した。培養開始後3~14日ほどで三次元的に増殖する三次元膀胱がんオルガノイドが観察された(参考文献1:Elbadawy & Usui et al., Cancer Science. 110(9):2806-2821, 2019)。参考文献1と同様に、形成した三次元膀胱がんオルガノイドは、H&E染色による上皮構造解析、免疫組織化学染色による尿路上皮細胞マーカー発現の観察、アラマブルーアッセイによる各種抗がん剤に対する反応性の解析および免疫不全マウスへの皮下移植による腫瘍再形成能の評価を行い、生体内の膀胱がん組織の特徴を再現することを確認した。
【0038】
[細胞培養体、2.5D膀胱がんオルガノイドの作製]
次に、膀胱がんの特徴を再現した各患畜由来の三次元膀胱がんオルガノイドを用いて2.5Dオルガノイド(本発明に係る細胞培養体)の作製を試みた。まず、三次元膀胱がんオルガノイド培養に用いる培養液を改変した培養液(2.5Dオルガノイド培養液)を作製した(表1)。
【0039】
【表1】
【0040】
この培養液は従来の3Dオルガノイド培養法で用いられるWnt 3a, Noggin及びR-spondinという高価な幹細胞シグナルのサプリメントを含まないため3Dオルガノイド培養液に比べて安価に準備することができる。この培養液を用いて三次元膀胱がんオルガノイドを3~14日培養すると、三次元膀胱がんオルガノイドからの細胞遊走が誘導され、徐々に培養ディッシュ上に接着し、増殖することが観察された(図1及び図2の矢頭)。接着細胞を2.5D膀胱がんオルガノイドとして分離培養し、継代を重ねた(図2)。継代方法としてはPBS溶液で細胞を洗浄したのちに、5mM EDTA/PBS溶液を処置し、10分間CO2インキュベーターに静置した。その後、トリプシンを5分間処置して細胞を回収し、上清を吸引後に新たな培養液と混合し、ディッシュに細胞溶液を加えた。なお、図2においてPassege 1は、1度継代した2.5Dオルガノイド細胞であり、Passege 3は、3度継代した2.5Dオルガノイド細胞であり、Passege 13は、13度継代した2.5Dオルガノイド細胞である。
【0041】
[2.5D膀胱がんオルガノイドの作製効率]
2.5D膀胱がんオルガノイドの作製は、図3に示すように、さまざまな系統(BC1~BC3)の3D膀胱がんオルガノイドから分離および培養が可能であることが示された。
【0042】
[2.5Dオルガノイド培養液の有用性の検討]
2.5Dオルガノイド培養液の有用性を検討するために、通常の細胞株の培養液(ダルベッコ改変イーグル培地(表1参照))との比較を行った。表1に組成を示した2.5Dオルガノイド培養液を用いた場合、三次元膀胱がんオルガノイドから継代後にも細胞の接着及び増殖が観察されたが、ダルベッコ改変イーグル培地を使用した場合には継代を重ねることで細胞の接着が困難となり培養が不能になることがわかった(図4)。この結果から、表1に示した組成の培養液が、2.5Dオルガノイドの継代培養に必須であることを示している。
【0043】
[2.5D膀胱がんオルガノイドにおける尿路上皮細胞マーカー発現]
本実施例で作製した2.5D膀胱がんオルガノイドに含まれる細胞の構成を検討するために、尿路上皮細胞マーカー発現を確認した。2.5D膀胱がんオルガノイドは、浅い継代数(early passage:4~8継代)でも継代を重ねても(late passage: 10~20継代)、尿路上皮細胞マーカーの発現が認められた(図5)。なお、図5は、尿路上皮細胞マーカーであるCK7、CK20及びUPK3Aについて免疫蛍光染色の結果を示している(実験プロトコルについては参考文献1参照)。
【0044】
[2.5D膀胱がんオルガノイドの細胞増殖スピードの評価]
2.5D膀胱がんオルガノイド及び三次元膀胱がんオルガノイドの細胞増殖スピードを、プレストブルーアッセイを用いて比較検討した。具体的には、early passage及びlate passageの2.5Dオルガノイド細胞とその同系統の3Dオルガノイド細胞を同時に96 well plateに播種して、培養1, 3, 5日目の生細胞数をプレストブルーアッセイを用いて測定し、比較した。その結果を、図6に示した。図6に示すように、三次元膀胱がんオルガノイドと比較して、early passage及びlate passageの2.5D膀胱がんオルガノイドには、増殖スピードの有意な亢進が認められた。
【0045】
[2.5D膀胱がんオルガノイドにおけるがん幹細胞マーカー発現の検討]
2.5D膀胱がんオルガノイドにおける膀胱がん幹細胞マーカーの発現レベルを、三次元膀胱がんオルガノイド及び細胞株と比較して検討した。具体的には、early passage及びlate passageの2.5Dオルガノイド細胞とその同系統の三次元オルガノイド細胞と二次元細胞株からNucleoSpin kit (タカラバイオ)を用いてRNAを抽出して、QuantiTect Reverse Transcription Kit(QIAGEN)を用いてcDNAに変換したのちに、QuantiTect SYBR I Kit (QIAGEN)とStepOnePlus Real-Time PCR System (Applied Biosystems)を用いてPCR法を行い、幹細胞マーカーであるCD44とSOX2発現を比較検討した。なお、本実験において細胞株としては、犬尿路上皮がん細胞株(コスモバイオ社製)を使用した。また、本実験では、三次元膀胱がんオルガノイド及び2.5D膀胱がんオルガノイドとして2系統(BC1及びBC2)を使用した。
【0046】
その結果を図7に示した。図7に示すように、early passage及びlate passageの2.5D膀胱がんオルガノイドにおけるSOX2発現量は、元となる三次元膀胱がんオルガノイドと比較してある程度維持されていることがわかる。これに対して、通常の細胞株では、SOX2の発現は著しく減少していた。また、CD44の発現量は、early passage及びlate passageともに2.5D膀胱がんオルガノイドにおいて三次元膀胱がんオルガノイドと同様に低値を示したが、通常の細胞株では顕著に高い値を示した。これらの結果から、2.5Dオルガノイドは、三次元オルガノイドに近い幹細胞マーカー発現の分布パターンを示すことや、SOX2遺伝子が膀胱がん細胞の幹細胞マーカーの指標として最も有用である可能性が示唆された。
【0047】
[2.5D膀胱がんオルガノイドのin vivoにおける腫瘍再形成能の評価]
2.5D膀胱がんオルガノイドが、3D膀胱がんオルガノイド同様にマウス体内での腫瘍再形成能を持つかを検討した。具体的には、免疫不全マウスの背部皮下に2.5Dオルガノイド細胞を移植して、8週間後に形成した腫瘍を摘出し、各種解析を行った。
その結果を図8に示した。図8に示すように、免疫不全マウスへの背部皮下への移植(1×106個、N=4)によって8週間後にどの個体においても腫瘍を形成することが観察された。
【0048】
[2.5D膀胱がんオルガノイド由来摘出腫瘍の病理組織像]
上記実験で摘出した2.5D膀胱がんオルガノイド由来腫瘍組織を用いて病理学的に組織を観察した。具体的には、摘出組織をパラフィン包埋後、H&E染色を行った。
その結果を図9に示した。図9に示すように、2.5D膀胱がんオルガノイド由来腫瘍組織において、典型的な尿路上皮がんの病理学的特徴が観察された。
【0049】
[2.5D膀胱がんオルガノイド由来摘出腫瘍における尿路上皮細胞マーカー発現]
上記実験で摘出した2.5D膀胱がんオルガノイド由来腫瘍組織における尿路上皮細胞マーカー(CK7、CK20及びUPK3A)の発現を上記と同様に確認した。結果を図10に示した。図10に示すように、2.5D膀胱がんオルガノイド由来腫瘍組織においても、尿路上皮細胞マーカーの発現が認められた。
【0050】
[2.5D膀胱がんオルガノイドへの各種抗がん剤処置による細胞死の誘導]
2.5D膀胱がんオルガノイドを1000個づつ96 wellプレートに播種した後に、抗がん剤であるVinblastine、Mitoxantrone及びCarboplatinをそれぞれ72時間処置した。その後、細胞形態への変化を観察するとともにプレストブルーアッセイを用いて生存率を測定した。
【0051】
細胞形態観察の結果を図11に示し、プレストブルーアッセイの結果を図12に示した。図11に示すように、公知の抗がん剤vinblastine, mitoxantrone及びcarboplatinの処置により、2.5D膀胱がんオルガノイドは濃度依存的に増殖抑制され、高濃度において細胞死が誘導する像が観察された。また、図12に示すように、2.5D膀胱がんオルガノイドは、オリジナルの三次元オルガノイドと比較して、ほぼ同等の抗がん剤に対する反応性を示した。この結果は、2.5D膀胱がんオルガノイドの継代数に関わらず観察された。
【0052】
[ヒト大腸がん3Dオルガノイド由来2.5Dオルガノイドの作製]
山口大学医学部消化器外科学研究室で行われた大腸がん手術検体を用いて作製したヒト大腸がん患者由来の三次元オルガノイドから、同様に2.5D大腸がんオルガノイドを作製した。大腸がん三次元培養オルガノイドについては、エアリキッドインターフェース培養法を用いて作製をおこなった(Usui et al., stem cells international, 7053872 2016)。具体的には、3D大腸がんオルガノイドに2.5Dオルガノイド培養液を処置して7日後に遊走してきた細胞を分離し、継代を重ねた。なお、本例においても、表1に示した組成の2.5Dオルガノイド培養液を使用し、2.5D膀胱がんオルガノイドを作製したときと同条件で2.5D大腸がんオルガノイドを作製した。
【0053】
結果を図13に示した。図13に示すように、ヒト大腸がんからも2.5D大腸がんオルガノイドを作製できることが明らかとなった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13