(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-29
(45)【発行日】2024-03-08
(54)【発明の名称】無機塩類タンパク複合医療機器
(51)【国際特許分類】
A61L 27/32 20060101AFI20240301BHJP
A61L 27/54 20060101ALI20240301BHJP
A61L 27/04 20060101ALI20240301BHJP
A61L 27/06 20060101ALI20240301BHJP
A61L 27/10 20060101ALI20240301BHJP
A61L 27/30 20060101ALI20240301BHJP
A61L 27/46 20060101ALI20240301BHJP
A61L 27/42 20060101ALI20240301BHJP
A61K 6/838 20200101ALI20240301BHJP
A61L 2/08 20060101ALI20240301BHJP
【FI】
A61L27/32
A61L27/54
A61L27/04
A61L27/06
A61L27/10
A61L27/30
A61L27/46
A61L27/42
A61K6/838
A61L2/08 100
A61L2/08 108
(21)【出願番号】P 2021139845
(22)【出願日】2021-08-30
(62)【分割の表示】P 2020569704の分割
【原出願日】2020-01-30
【審査請求日】2022-11-10
(31)【優先権主張番号】P 2019015509
(32)【優先日】2019-01-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】502233964
【氏名又は名称】セルメディシン株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000229597
【氏名又は名称】日本パーカライジング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大野 忠夫
(72)【発明者】
【氏名】安永 茉由
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 敦夫
(72)【発明者】
【氏名】十河 友
(72)【発明者】
【氏名】小林 文子
【審査官】松浦 安紀子
(56)【参考文献】
【文献】特許第5221132(JP,B2)
【文献】特開2009-018086(JP,A)
【文献】国際公開第2006/004778(WO,A1)
【文献】菅 幹雄 ほか,FGF活性の細胞外基質による制御 -FGF/ヘパリン/FGFレセプター複合体-,Tiss. Cul. Res. Commun.,1992年,Vol.11,pp.345-352
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 27/32
A61L 27/54
A61L 27/04
A61L 27/06
A61L 27/10
A61L 27/30
A61L 27/46
A61L 27/42
A61K 6/838
A61L 2/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトを含む哺乳類動物に使用するための医療機器の製造方法であって、
生物活性を有するタンパク質及びヘパリンを包埋した無機塩類の結晶又はアモルファス固体を基体の一部又は全部にコーティングする工程
、及び、
コーティングした前記基体を、滅菌するために十分な線量のガンマ線及び/又は電子線を暴露する工程を含み、
前記基体は、金属、セラミック、又はその両者からなり、
前記無機塩類は、アパタイト、リン酸三カルシウム、リン酸八カルシウム、非晶質リン酸カルシウム、及び炭酸カルシウムからなる群から選択される1種又は2種以上の物質である、製造方法。
【請求項2】
前記アパタイトが低結晶性アパタイトである請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記金属が、チタン、チタン合金、ステンレス、及びコバルトクロム合金からなる群から選択される1種又は2種以上の金属である請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記セラミックが、アパタイト、リン酸三カルシウム、リン酸八カルシウム、非晶質リン酸カルシウム、アルミナ、ジルコニア、及びこれらの複合体からなる群から選択される1種又は2種以上のセラミックである請求項1ないし3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
前記ガンマ線の線量が3~40kGyである請求項
1ないし4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
前記タンパク質が成長因子である請求項1ないし
5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
前記成長因子がFGF-2である請求項
6に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無機塩類の結晶又は無機塩類のアモルファス固体(以下、本明細書において単に「無機塩類固体」と呼ぶ場合がある)と生物活性を有するタンパクとを含む、電離放射線滅菌耐性のある医療機器に関する。
より特定すると、本発明は、ヒトを含む哺乳類動物に使用する医療機器であって、該動物にとって異物と認識されない生物活性があるタンパクを包埋した無機塩類固体を含み、包埋によって獲得した電離放射線滅菌耐性を利用して、タンパクの生物活性を保ったまま電離放射線により滅菌された医療機器に関する。
【背景技術】
【0002】
包埋(embedding)とは、病理学で使用される用語である。病理検査の対象となる生体組織を、固化可能な液状のパラフィンや樹脂に埋め込み固化して生体組織を固定することをいう。病理検査では、組織包埋ブロックをミクロトーム等で薄切し組織染色用の切片(プレパラート)として顕微鏡検査等に供する。本明細書では、この概念を拡張し、無機塩類固体中にタンパク分子全体または一部を埋入させるか、若しくは、タンパク分子全体または一部を無機塩類固体にて緻密に包み込み、タンパク分子を無機塩類固体中に固定することを「包埋」と呼ぶ。「包埋」は、当該無機塩類固体にタンパク分子が単に「吸着」または「接触」している状態、若しくは「混合」されている状態とは異なる。
【0003】
タンパク分子が無機塩類固体に「包埋」されている実例としては、タンパクを共存させたリン酸カルシウム過飽和溶液から、該タンパク分子とリン酸カルシウムを共沈させ、リン酸カルシウムのマトリックス中に該タンパク分子がナノメートルオーダーの間隔で分散して配置された組成物を挙げることができる(非特許文献1)。
【0004】
一方、無菌性を要求される医療分野で使用される医薬品・医療機器等の製品や原料は、製造工程で様々な方法で滅菌される。滅菌法のうち、物質を透過しやすい放射線の特性を利用した滅菌法が電離放射線滅菌である。特に製造の最終工程で適用しやすいことから、電離放射線照射による対象物の変性・失活を問題としない場合においては、最終滅菌法として汎用されている。
【0005】
滅菌される対象物に存在すると予想される菌種、菌数や存在形態によって、使用される電離放射線の線種と線量は異なるが、医療用の器具類では、物質透過性の高いガンマ線が多く使用され、適切な滅菌線量として25kGyを代表としてその前後の線量が汎用されている。また、対象物の表面を滅菌したい場合は、線量率が大きく短時間照射で済む電子線も汎用される。
【0006】
しかし、いかなる滅菌法も生物活性を有する物質の失活を引き起こしやすい。電離放射線滅菌では、特に核酸やタンパクについては分子サイズが大きいだけに失活しやすく、例えば生体内におけるタンパクの活性ドメインの分子量測定法として放射線失活法が確立されているほどである(非特許文献2)。また、一般的には、「生物学的製剤は最終滅菌法を適用できないため、無菌製造工程を適用して製造する無菌管理が非常に難しい製品である」(非特許文献3)という概念が常識とされており、European Medicines Agencyの医薬品の滅菌法に関するガイドラインの公開ドラフト(非特許文献4)にも、「For highly
sensitive products such as biological products where terminal sterilization of the drug product is not possible, aseptic processing under controlled conditions
provides a satisfactory quality of the drug product (医薬品の最終滅菌が不可能な生物学的製剤のような高度に感受性の高い製品に関しては、管理された条件の下での無
菌操作法による加工がその医薬品の満足のゆく品質を与える)」と記載されている。「最終滅菌法による無菌医薬品の製造に関する指針」(非特許文献5)が開示されている。しかしながら、滅菌されるべき医薬品の活性を保護する方法については、なんら触れられていない。
【0007】
電離放射線は線種によらず非特異的に種々の化合物をヒットしてラジカルをつくる。ラジカル発生部位ではラジカル電子の転移が生じて、元の化合物とはまったく異なる化合物にラジカル反応が起こることがある。ラジカル反応の結果、DNAとか膜脂質とか細胞にとって重要な化合物に不自然な変化が生ずると細胞に有害である(非特許文献6)。このような有害作用を細菌やウイルスに与えれば滅菌になる。同様に、生物活性を有するタンパクがラジカルと反応すると失活する。
【0008】
有害なラジカルを不活性化する放射線防護剤として、システィンやグルタチオンのようなチオール類が知られており、代表例としてはアミノチオール誘導体がある。システアミン(メルカプトエチルアミン)、WR-2721(S-2-(3-Aminopropylamino)ethylphosphorothioic acid)等は古くから知られていた(非特許文献7)。他に2-メルカプトエチルアミン、アルコール(エタノール)も文献に記載されている(非特許文献8)。また、細胞傷害性を指標にしたスクリーニングでは、(+)カテキン、クルクミン、ビタミンC、レスベラトロール、カフェイン酸、ケルセチンが放射線防護効果を示す物質として記載されている(非特許文献9)。さらに、窒素含有化合物類が放射線防護効果を示す物質として記載されている(非特許文献10)。その他にも、アミノ酸混合物にも生物活性タンパクの放射線防護作用があることが知られている(特許文献1、2)。さらに、電離放射線で滅菌する際のタンパクの失活を抑制する方法としては、セルロースエーテル誘導体や特定のアミノ酸群と共存させて抑制する方法(特許文献3、4)、脂肪族ポリエステルを共存させる方法(特許文献5)、ゼラチン等の外来蛋白質を共存させる方法(特許文献6)が開示されている。しかしこれらはすべて有機物の放射線防護剤である。また、生物活性タンパクとコラーゲンスポンジや吸収性ポリマーを共存させる方法(特許文献7、8)が開示されているが、電離放射線で滅菌する際に失活を抑制する方法は開示されてない。
【0009】
他方、無機物の放射線防護剤については、セレン(非特許文献11)、バナデート(非特許文献12)、硫酸亜鉛(非特許文献13)、マンガン化合物(特許文献9、10)が知られている。しかし、多くの無機塩類については、哺乳類動物に対する医療機器としては、毒性が懸念されるため、医療用に向けた放射線防護剤としては開発対象にされていない。
【0010】
無機物のなかでは、リン酸カルシウムは安全性や生体適合性が高く、CaイオンとPO4イオンのモル比率が異なる、アパタイト(Ca/Pモル比1.67)、リン酸三カルシウム(Ca/Pモル比1.50)などの結晶や、非晶質リン酸カルシウム(Ca/Pモル比1~1.8)が医療機器等に使用される。
【0011】
リン酸カルシウムに電離放射線が照射された際に生じるラジカルを電子スピン共鳴により分析する、焼成アパタイトを用いた線量測定法が開発されている(特許文献11)。しかし、記載された線量範囲は0~60Gy程度であり、その1000倍以上にもなる電離放射線滅菌に適した線量範囲(数kGy以上、通常10~30kGyが多い)で照射することや、共存する他の生物活性分子に対する放射線防護作用については何ら言及されていない。
【0012】
また、無機塩類であるアパタイト又はハイドロキシアパタイトについて、滅菌に適した放射線量を照射した場合、生物活性タンパクに対する防護効果に言及した文献としては、特表平11-506360号公報(特許文献12)が知られている。この文献には、生物活性骨原性タンパクを含有する不溶性の合成ポリマーキャリア材料の一つとして「セラミックス(
例えば、ヒドロキシアパタイト、リン酸三カルシウムおよび他のリン酸カルシウムおよびそれらの組み合わせを(制限なしに)含む材料の任意の一つまたは組み合わせが、有利に使用され得る」と記載され、哺乳類動物に移植するための最終滅菌骨原性デバイスが記載されている。
【0013】
しかしながら、この文献には、生物活性骨原性タンパクと、セラミックスを含む材料の「任意の一つまたは組み合わせ」がいかなる態様であるべきかについては何ら言及されていない。生体活性骨原性タンパクと材料との組み合わせの態様としては、「混合」、「吸着」、「接触」、「包埋」など種類があり(以下、一括して「組み合わせ態様の種類」という)、組み合わせ態様の種類の違いによって、最終滅菌後のタンパクの生物活性に大きな違いが生じることは開示されておらず、ましてや骨原性タンパクの生物活性を維持したままの最終滅菌を可能とする最適な組み合わせ態様がどのような組み合わせ態様なのかについては記載も示唆もない。
【0014】
特表2007-513083号公報(特許文献13)には、医療用移植片であって、無機塩類と生物活性タンパクを含み、滅菌性の組成物が開示されている。しかし、同様に、無機塩類と生物活性タンパクの組み合わせ態様の違いによって、最終滅菌後の生物活性タンパクの生物活性に大きな違いが生じること、及び生物活性タンパクの活性を維持したままの最終滅菌を可能とする最適な組み合わせ態様がどのような組み合わせ態様なのかについては記載も示唆もない。
【0015】
特表2007-515196号公報(特許文献14)には、骨出血の制御のためのパテであって、無機塩類であるハイドロキシアパタイトと骨生長誘発物質を含む組成物が開示されているものの、該骨生長誘発物質が脱塩骨基質や骨形態形成タンパクといった放射線感受性の生物活性タンパクの場合は、最終滅菌ができないと記載されている。
【0016】
特表2002-501786号公報(特許文献15)には、加熱又は放射線滅菌されたゼラチン、再生増殖因子等の骨形成成分、リン酸カルシウムセラミック等の無機塩類を含む骨ペースト組成物が開示されているが、該組成物を形成してから最終的に放射線照射及び熱処理で滅菌することは記載も示唆もない。
【0017】
特表2002-529201号公報(特許文献16)には、ヒトに移植する移植片であって、無機塩類であるセラミックス、増殖因子等の生物活性物質やさらにそれらを含む同種/自己/異種移植組織を含む移植片が開示されているが、最終滅菌は、「組織特性に有害な影響を与えないことが周知の線量のγ線または他の種類の照射」、若しくは「毒性または望ましい生物活性の低下が生じない限り」の電子線滅菌やエチレンオキサイド滅菌が行われる。すなわち、生物活性を維持するために、放射線の滅菌効果を犠牲にすることを容認していると思われ、照射線量を制限することで有害影響や生物活性低下を防止している。解決策として、必要に応じて最終滅菌の前に「さらなる増強として、望ましい生物活性物質を移植片に注入する」ことのみが記載されている。
【0018】
特表平10-511957号公報(特許文献17)には、平均径が約300nm未満である生体適合性・生分解性ポリマーのコアからなるナノ微粒子であって生物活性剤を包含していて、アパタイトや骨セラミックスと組み合わせる放射線滅菌されたナノ微粒子が開示されているが、放射線滅菌による生物活性剤の失活を防止する方法や、活性を維持したままの最終滅菌を可能とする最適な組み合わせ態様がどのような組み合わせ態様なのかについては触れられていない。
【0019】
特表2003-503423号公報(特許文献18)には、生物活性が、無機、有機または有機および無機物質を含むキャリアのマトリクス内に組み込まれて、合成の後に滅菌されるキャ
リアが記載されているが、無機、有機または有機および無機物質を含むキャリアのマトリクスが、組み合わせ態様の種類がいかなる場合に、生物活性が滅菌後も維持されるか、あるいはいかなる滅菌法のときに生物活性が滅菌後も維持されるかという点については記載されていないし、示唆もない。
【0020】
特許5221132号公報(特許文献19)には、カルシウム、マグネシウム、リン酸、炭酸水素イオンおよび生物活性物質を含む食塩水混合物を含む、酸性化された組成物に基体を接触させ、pHを増加させることで、塩と生物活性物質の共沈を生じさせ、コーティングされた基体を得る方法が記載されている。請求項に記載の発明では触れられてないが、発明の詳細な説明の欄には、最後の工程の後にガンマ線照射を行うことも可能であると記載されている(段落番号[0020]に「工程c)に続く最後の段階で、防腐(aseptic)および無菌(sterilize)状態でない条件下にて、ガンマ線照射を用いて当該方法を行うことも可能である」との記載がある)。しかしながら、このガンマ線照射については一般的な滅菌手法の一例として可能性を言及しているにすぎず、ガンマ線照射により滅菌を行った具体的な実験例の開示はない。また、基体には金属、セラミック、ポリマーといった材質の異なる基体があるが、すべての材質の基体に対してガンマ線照射後に生物活性が維持されるか、あるいは、特定の材質の基体についてのみガンマ線照射するときに生物活性が照射後も維持されるかという点、あるいは、いかなる態様でガンマ線照射するときに生物活性が照射後も維持されるかという点については記載もなければ示唆もない。
【0021】
国際公開WO2006/004778(特許文献33)には、細胞接着促進効果を有するペプチドがナノ結晶性アパタイト層に取り込まれたコーティング層を有するインプラントが記載されており、実施例には、チタン製ディスクにペプチド存在下においてハイドロキシアパタイトを電気化学的に沈着させ、アパタイト層内にペプチドが取り込まれたインプラントでは、25kgreyのγ線照射後に細胞接着促進効果が低下しなかったこと、一方、アパタイト層の表面にペプチドを吸着させただけのインプラントではγ線照射後に細胞接着促進効果が失われたことが記載されている(実施例1及び2)。
【0022】
しかしながら、上記の特許文献に開示されたインプラントはハイドロキシアパタイトを電気化学的に沈着させたものであり、リン酸カルシウム過飽和溶液中においてペプチドとの共沈により製造した複合体ではない。電気化学的な沈着によりペプチドをアパタイト層内に取り込ませた場合と、ペプチドをアパタイトとともに共沈させて得られる複合体とでは、微視的な構造や結晶性が全く異なる。
【0023】
すなわち、電気化学的な沈着により形成されるアパタイトは、粉末X線回折法で(002)(211)(112)(300)回折線が分離する程度にまで結晶性が高く(例えば、非特許文献18)、結晶形態としてもアパタイト結晶に特徴的な六角針状や六角板状の形態をとりやすい。結晶性が高いが故にアパタイトの溶解性は低い(特許文献33)。溶解性の低いアパタイトは、徐放が不要で表面に固定させることだけが重要なペプチドやタンパクを複合化するのに適している。徐放が不要で表面に固定させることだけが重要なペプチドやタンパクの一例が細胞接着促進効果を有するペプチドやタンパクである。実際、この特許文献でも針状のアパタイトが形成されること、該アパタイトの溶解性が低くて安定であること、細胞接着促進効果を有するペプチドが安定に強く表面に結合していることが記載されている。一方、細胞増殖活性、組織形成活性、細胞分化促進活性、抗体に対する反応活性、アゴニスト作用活性、及びアンタゴニスト作用活性を有するペプチドやタンパクは、徐放されることで周囲の組織に効果が及ぶことから、結晶性が高くて溶解性の低いアパタイトに取り込まれることは適当ではない。むしろ、アパタイトやリン酸カルシウムの溶解性は適宜低下させて、取り込まれたペプチドやタンパクが徐放されるようにする必要がある。
【0024】
そもそも、電気化学的な沈着によるコーティングは導電性の金属には適用できるが、非導電性のセラミックには適用できない。さらにこの特許文献には、細胞外基質由来であってそれ自身は直接的な細胞増殖分化活性を有しない多糖類(例えばヘパリン)をペプチドとともに共存させてハイドロキシアパタイトの層内にペプチドを取り込ませた例は開示されていない。
【0025】
一方、生体の免疫反応誘導を目的にしたワクチンでは、無機塩類の免疫アジュバントが抗原と共に使用される場合がある。無機塩類の免疫アジュバントとしては、水酸化アルミニウムの他、塩化アルミニウム、リン酸アルミニウム、硫酸アルミニウム等のアルミニウム塩が長らく汎用され、リン酸カルシウムも使用される。リン酸カルシウム免疫アジュバントとしては、生体由来のがん特異的抗原を無機塩類であるβ-リン酸三カルシウムに組み合わせ、がん特異的抗原ワクチンとして記載したワクチン・アジュバント(特許文献20、21)、抗原と共に用いるリン酸カルシウム免疫アジュバント(特許文献22、23)があるが、いずれもタンパクである抗原と組み合わせた後に放射線滅菌することについては何ら言及されていない。アルミニウム塩免疫アジュバントは、細菌やウイルス等の抗原と組み合わせて、感染症予防用のワクチンに用いられてきた長い歴史があり、中には放射線による最終滅菌を経て製造されてきたワクチンもある(非特許文献14)。
【0026】
しかしながら、細菌やウイルス等といった抗原は、ワクチン投与対象の動物とは異種の生物又は異種生物の生体分子であり、投与又は移植対象動物が異物と認識するタンパクである。それ故、これらの文献は、投与又は移植対象の動物が異物と認識しないタンパクを放射線滅菌することを開示しているわけではない。そもそも細菌やウイルス等といった抗原は、投与対象動物にとって異物であって、免疫系によって排除されるものである。そのため放射線滅菌によって不自然な分子変化がおきても異物であることにはかわりなく、したがって、意図した効果(免疫系による排除)に与える悪影響は比較的小さいと考えられる。一方、投与又は移植対象動物が異物と認識しないタンパクを利用して、組織再生等の効果を得ようとする場合は、放射線滅菌による不自然な分子変化は、異物と認識される、受容体との結合が起こらないなど、当該タンパクが有する機能に悪影響を与え、意図した効果を得難くなると考えられる。
【0027】
このような状況から、生物活性タンパク、とりわけ、アミノ酸残基数が50程度までの短鎖のペプチドではなく、50以上もある長鎖のタンパクであって放射線による最終滅菌法を適用された生物学的製剤はキモトリプシン、パパインの例(非特許文献15、16)が知られているだけである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0028】
【文献】国際公開WO01/043143
【文献】特開2016-53063号公報
【文献】特許第5872032号公報
【文献】特許第6317307号公報
【文献】特許第5746430号公報
【文献】米国特許第5730933号
【文献】欧州特許公開0562864 A1
【文献】欧州特許0562864 B1
【文献】特開2016-106104号公報
【文献】特開2017-222687号公報
【文献】特開平09-133770号公報
【文献】特表平11-506360号公報
【文献】特表2007-513083号公報
【文献】特表2007-515196号公報
【文献】特表2002-501786号公報
【文献】特表2002-529201号公報
【文献】特表平10-511957号公報
【文献】特表2003-503423号公報
【文献】特許5221132号公報
【文献】特許6082901号公報
【文献】国際公開WO2012/105224
【文献】国際公開WO2017/047095
【文献】特許第4569946号公報
【文献】特願2016-173357号公報
【文献】欧州特許公開806212
【文献】特開2000-93503号公報
【文献】欧州特許1786483 B1(特許文献17の対応欧州特許)
【文献】国際公開WO2006/016807
【文献】特許4478754号公報
【文献】米国特許第6136369号
【文献】米国特許第6143948号
【文献】米国特許第6344061号
【文献】国際公開WO2006/004778
【非特許文献】
【0029】
【文献】Biomaterials, 27, pp.167-175, 2006
【文献】放射線化学, 57, 3, 1994
【文献】PDA無菌製品GMP委員会, 「社会に貢献する無菌医薬品の製造・品質管理の在り方」, PDA Journal of GMP and Validation in Japan, 16, pp.9-14, 2014
【文献】European Medicines Agency, Guideline on the sterilization of the medicinal product, active substance, excipient and primary container_Draft, April 11, 2016
【文献】「最終滅菌法による無菌医薬品の製造に関する指針」, 平成23年度厚生労働科学研究(医薬品・医療機器等レギュラトリーサイエンス総合研究事業)、厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課事務連絡, 2011
【文献】RADIOISOTOPES, 24, pp.894-901, 1975
【文献】日本原子力学会誌, 35, pp.688-693, 1993
【文献】鈴鹿医療科学大学紀要, 9, pp.87-96, 2002
【文献】Isotope News, 710, pp.2-6, 2013
【文献】RADIOISOTOPES, 30, pp.258-262, 1981
【文献】Adv. Space Res., 12, pp.223-231, 1992
【文献】Cancer Res., 70, pp.257-265, 2010
【文献】Ertekin MV, et al., J. Radiat. Res., 45, pp.543-548, 2004
【文献】EMAのNon-compliance Report(ワクチン)-DICM/INSP/AMG/MBP/ACS, GMP情報ダイジェスト, 仮想製薬工場, 2017.1.8, http://ncogmp.com/blog/emanoncompliancereport-vaccine-dicminspamgmbpacs/
【文献】「医薬品, 医療機器滅菌の新しいトレンド」, “放射線滅菌” [第3回], 2015.09.17 http://www.gmp-platform.com/topics_detail1/id=1010
【文献】「医薬品用物質に対するガンマ線照射の影響」-放射線利用技術データベース(RADA), 1996
【文献】「最終滅菌法による無菌医薬品の製造に関する指針の改訂について」, 厚生労働省事務連絡, 平成24年11月9日
【文献】Materials, 11, 1897, 2018
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0030】
本発明の課題は、放射線滅菌を施しても生物活性を保持している生物活性タンパクを含む、動物に使用するための医療機器を提供することにある。
【0031】
本発明の別の課題は、放射線滅菌を施しても生物活性を保持している生物活性タンパクを含む、哺乳類動物に使用するための医療機器を製造する方法を提供することにある。
【0032】
本発明のさらに別の課題は、放射線滅菌を施しても生物活性を保持している生物活性タンパクを含む、哺乳類動物に使用するための医療機器として、例えば、骨組織修復用医療機器又は人工関節などを提供することである。
【0033】
本発明のさらに別の課題は、放射線滅菌を施しても生物活性を保持している生物活性タンパクを含む、哺乳類動物に使用するための医療機器として、例えば、骨組織修復用医療機器又は人工関節などを製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0034】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、無機塩類固体中に生物活性タンパクを包埋させるにあたり、無機塩類と生物活性タンパクとを共沈させた複合体を形成することにより、滅菌に適した線量の放射線を照射しても、該タンパクの失活が大幅に抑制されることを見出した。すなわち、無機塩類固体自体に有用な放射線防護作用があることを見出した。
【0035】
例えば、リン酸カルシウムは、条件によっては容易に過飽和溶液を作ることができる。ここに何らかの(物理的あるいは化学的な)刺激を加えると、過飽和状態はすみやかに解消されてリン酸カルシウムが析出し沈殿を生ずる。このとき、過飽和溶液に溶質として生物活性タンパクを添加しておくことにより、沈殿するリン酸カルシウムが該タンパクを巻き込んで、該タンパクを包埋した状態のアパタイト等のリン酸カルシウム共沈析出組成物が生成する。この沈殿を凍結乾燥して得られる組成物では、滅菌に適した線量のガンマ線を照射しても、該生物活性タンパクの失活は大幅に抑制された。同様に、生物活性タンパクを塩化ナトリウムに包埋し、真空乾燥して得られる組成物においても、滅菌に適した線量のガンマ線の照射による該生物活性タンパクの失活は大幅に抑制された。これらの知見は、照射時のラジカル発生を抑制すれば、生物活性タンパクの失活を防ぐことができることを示唆しているが、本発明はこれらの知見を基にして完成されたものである。
【0036】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
〔1〕生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体が、金属、セラミック、又はその両者の一部又は全体をコーティングするように配置された、ヒトを含む哺乳類動物に使用するための医療機器であって、
(a)前記生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体が、自発核形成を生じる中性又は弱アルカリ性の不安定リン酸カルシウム過飽和溶液中での制御された遅延共沈又は被覆サンドイッチ法又は乾燥法の工程で提供されており、
(b)前記医療機器が、滅菌するために十分な線量の電離放射線を曝露し、それにより細胞増殖活性、血管増殖活性、軟組織形成活性、骨組織形成活性、骨分化促進活性、抗体に対する反応活性、アゴニスト作用活性、及びアンタゴニスト作用活性からなる群から選ばれる1種又は2種以上の生物活性を有する最終滅菌医療機器として製造する工程で製造されており、
(c)前記無機塩類が、アパタイト、リン酸三カルシウム、リン酸八カルシウム、非晶質リン酸カルシウム、及び炭酸カルシウムからなる群から選択される1種又は2種以上の無
機塩類であり、かつ、
(d)前記生物活性を有するタンパクが、ペプチドホルモン、成長因子、及び骨原性タンパクからなる群から選択される1種又は2種以上のタンパクである、
医療機器。
【0037】
〔2〕アパタイトが低結晶性アパタイトである前記〔1〕に記載の医療機器。
〔3〕遅延共沈が、不安定リン酸カルシウム過飽和溶液として、Caイオン0.5~2.5mM、リン酸イオン1.0~20mM、Kイオン0~40mM、Naイオン0~200mM、Clイオン0~200mMを含みpHが7.0~9.0の水溶液におけるKCl濃度の制御によるリン酸カルシウム析出までの時間の人工的な制御遅延を含む前記〔1〕又は〔2〕に記載の医療機器。
〔4〕遅延共沈が、不安定リン酸カルシウム過飽和溶液として、Caイオン1.2~2.75mM、リン酸イオン0.6~15mM、Kイオン0~30mM、Naイオン30~150mM、Mgイオン0.1~3.0mM、Clイオン30~150mM、HCO3イオン0~60mMを含みpHが7.0~9.0の水溶液におけるKCl濃度の制御によるリン酸カルシウム析出までの時間の人工的な制御遅延を含む前記〔1〕又は〔2〕に記載の医療機器。
〔5〕生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体が、さらに細胞外基質由来であってそれ自身は直接的な細胞増殖分化活性を有しない多糖類、好ましくはヘパリンを包埋している前記〔1〕ないし〔4〕のいずれかに記載の医療機器。
【0038】
〔6〕金属が、チタン、チタン合金、ステンレス、及びコバルトクロム合金からなる群から選択される1種又は2種以上の金属である前記〔1〕ないし〔5〕のいずれかに記載の医療機器。
〔7〕セラミックが、アパタイト、リン酸三カルシウム、リン酸八カルシウム、非晶質リン酸カルシウム、アルミナ、ジルコニア、及びこれらの複合体からなる群から選択される1種又は2種以上のセラミックである前記〔1〕ないし〔5〕のいずれかに記載の医療機器。
【0039】
〔8〕電離放射線がガンマ線及び/又は電子線である前記〔1〕ないし〔7〕のいずれかに記載の医療機器。
〔9〕ガンマ線及び/又は電子線による滅菌が、ラジカル発生を抑制する条件下で行われ、該条件が、(a)大気圧50kPa以下の脱気状態での滅菌、(b)大気を窒素又は不活性ガスに交換した状態での滅菌、(c)0℃ないし-196℃の範囲の低温での滅菌、及び(d)生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体にさらにアスコルビン酸又はアスコルビン酸塩を添加した状態での滅菌、からなる群から選択される1又は2以上の条件である、前記〔8〕に記載の医療機器。
〔10〕アスコルビン酸又はアスコルビン酸塩がアスコルビン酸、アスコルビン酸ナトリウム、アスコルビン酸カルシウム二水和物、及びアスコルビン酸リン酸エステルマグネシウム塩n水和物からなる群から選択される前記〔9〕に記載の医療機器。
〔11〕ガンマ線の線量が3~40kGyである前記〔8〕ないし〔10〕のいずれかに記載の医療機器。
【0040】
〔12〕ペプチドホルモンが、視床下部由来ペプチドホルモン、バゾプレッシン、オキシトシン、インテルメジン、性腺刺激ホルモン、成長ホルモン、パラサイロイドホルモン、インヒビン、アクチビン、リラキシン、インスリン、グルカゴン、ソマトスタチン、コレシストキニン、セクレチン、モチリン、心房性ナトリウム利尿ペプチド、エリスロポエチン、レプチン、エンドセリン、グレリン、アディポネクチン、インスリン様成長因子、カルシトニン遺伝子関連ペプチドからなる群から選択される1種又は2種以上のペプチドホルモンである前記〔1〕ないし〔11〕のいずれかに記載の医療機器。
〔13〕成長因子がFGF-2及びその機能的等価物からなる群から選択される1種又は2種以上の成長因子である前記〔1〕ないし〔11〕のいずれかに記載の医療機器。
〔14〕骨原性タンパクが、OP-1、OP-2、BMP-2、BMP-3、BMP-4、BMP-5、BMP-6、BMP-8、BMP-9、DPP、Vg1、Vgr-1、及びそれらの機能的等価物からなる群から選択される1種又は2種以上の骨原性タンパクである前記〔1〕ないし〔11〕のいずれかに記載の医療機器。
【0041】
〔15〕滅菌するために十分な線量の電離放射線によって最終滅菌された後の生物活性が、滅菌前の生物活性に対して13%以上である前記〔1〕ないし〔14〕のいずれかに記載の医療機器。
〔16〕組織修復に使用するための前記〔1〕ないし〔15〕のいずれかに記載の医療機器。
〔17〕体内固定ピン、体内固定用ネジ、人工骨、骨補填材、歯科用骨内インプラント、脊椎内固定器具、髄内釘、及び脊椎ケージからなる群から選択される1種又は2種以上の医療機器である、前記〔16〕に記載の医療機器。
〔18〕人工関節として使用するための前記〔1〕ないし〔15〕のいずれかに記載の医療機器。
【0042】
〔19〕生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体が、金属、セラミック、又はその両者の一部又は全体をコーティングするように配置された、ヒトを含む哺乳類動物に使用するための医療機器を製造する方法であって、
(a)前記生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体を、自発核形成を生じる中性又は弱アルカリ性の不安定リン酸カルシウム過飽和溶液中での制御された遅延共沈又は被覆サンドイッチ法又は乾燥法で製造する工程、かつ
(b)前記医療機器を、滅菌するために十分な線量の電離放射線に曝露し、それにより細胞増殖活性、血管増殖活性、軟組織形成活性、骨組織形成活性、骨分化促進活性、抗体に対する反応活性、アゴニスト作用活性、及びアンタゴニスト作用活性からなる群から選ばれる1種又は2種以上の生物活性を有する最終滅菌医療機器として製造する工程
を含む方法。
【0043】
〔20〕生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体が、金属、セラミック、又はその両者の一部又は全体をコーティングするように配置された、ヒトを含む哺乳類動物に使用するための医療機器を製造する方法であって、
(a)前記生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体を、自発核形成を生じる中性又は弱アルカリ性の不安定リン酸カルシウム過飽和溶液中での制御された遅延共沈又は被覆サンドイッチ法又は乾燥法で製造する工程、かつ
(b)前記医療機器を、滅菌するために十分な線量の電離放射線に曝露し、それにより細胞増殖活性、血管増殖活性、軟組織形成活性、骨組織形成活性、骨分化促進活性、抗体に対する反応活性、アゴニスト作用活性、及びアンタゴニスト作用活性からなる群から選ばれる1種又は2種以上の生物活性を有する最終滅菌医療機器として製造し、該最終滅菌医療機器の生物活性が少なくとも滅菌前の約13%以上である工程
を含む方法。
【0044】
〔21〕無機塩類が低結晶性アパタイト、リン酸三カルシウム、リン酸八カルシウム、非晶質リン酸カルシウム、及び炭酸カルシウムからなる群から選択される1種又は2種以上の無機塩類である前記〔19〕又は〔20〕に記載の方法。
〔22〕遅延共沈が、不安定リン酸カルシウム過飽和溶液として、Caイオン0.5~2.5mM、リン酸イオン1.0~20mM、Kイオン0~40mM、Naイオン0~200mM、Clイオン0~200mMを含みpHが7.0~9.0の水溶液におけるKCl濃度の制御によるリン酸カルシウム析出までの時間の人工的な制御遅延を含む前記〔19〕ないし〔21〕のいずれかに記載の方法。
〔23〕遅延共沈が、不安定リン酸カルシウム過飽和溶液として、Caイオン1.2~2.75mM、リン酸イオン0.6~15mM、Kイオン0~30mM、Naイオン30~150mM、Mgイオン0.1~3.0mM、
Clイオン30~150mM、HCO3イオン0~60mMを含みpHが7.0~9.0の水溶液におけるKCl濃度の制御によるリン酸カルシウム析出までの時間の人工的な制御遅延を含む前記〔19〕ないし〔21〕のいずれかに記載の方法。
〔24〕生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体を製造する工程が、生物活性を有するタンパクに加えて細胞外基質由来であってそれ自身は直接的な細胞増殖分化活性を有しない多糖類であって、好ましくはヘパリンを包埋した無機塩類固体を製造する工程を含む、前記〔19〕ないし〔23〕のいずれかに記載の方法。
【0045】
〔25〕金属が、チタン、チタン合金、ステンレス、及びコバルトクロム合金からなる群から選択される1種又は2種以上の金属である前記〔19〕ないし〔24〕のいずれかに記載の方法。
〔26〕セラミックが、アパタイト、リン酸三カルシウム、リン酸八カルシウム、非晶質リン酸カルシウム、アルミナ、ジルコニア、及びこれらの複合体からなる群から選択される1種又は2種以上のセラミックである前記〔19〕ないし〔24〕のいずれかに記載の方法。
〔27〕電離放射線がガンマ線及び/又は電子線である前記〔19〕ないし〔26〕のいずれかに記載の方法。
〔28〕ガンマ線及び/又は電子線による滅菌が、ラジカル発生を抑制する条件下で行われ、該条件が、(a)大気圧50kPa以下の脱気状態での滅菌、(b)大気を窒素又は不活性ガスに交換した状態での滅菌、(c)0℃ないし-196℃の範囲の低温での滅菌、及び(d)生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体にさらにアスコルビン酸又はアスコルビン酸塩を添加した状態での滅菌、からなる群から選択される1又は2以上の条件である、前記〔27〕に記載の方法。
【0046】
〔29〕アスコルビン酸又はアスコルビン酸塩がアスコルビン酸、アスコルビン酸ナトリウム、アスコルビン酸カルシウム二水和物、及びアスコルビン酸リン酸エステルマグネシウム塩n水和物からなる群から選択される前記〔28〕に記載の方法。
〔30〕ガンマ線の線量が3~40kGyである前記〔27〕ないし〔29〕のいずれかに記載の方法。
〔31〕ペプチドホルモンが、視床下部由来ペプチドホルモン、バゾプレッシン、オキシトシン、インテルメジン、性腺刺激ホルモン、成長ホルモン、パラサイロイドホルモン、インヒビン、アクチビン、リラキシン、インスリン、グルカゴン、ソマトスタチン、コレシストキニン、セクレチン、モチリン、心房性ナトリウム利尿ペプチド、エリスロポエチン、レプチン、エンドセリン、グレリン、アディポネクチン、インスリン様成長因子、カルシトニン遺伝子関連ペプチドからなる群から選択される1種又は2種以上のペプチドホルモンである前記〔19〕ないし〔30〕のいずれかに記載の方法。
〔32〕成長因子がFGF-2及びその機能的等価物からなる群から選択される1種又は2種以上の成長因子である前記〔19〕ないし〔30〕のいずれかに記載の方法。
〔33〕骨原性タンパクが、OP-1、OP-2、BMP-2、BMP-3、BMP-4、BMP-5、BMP-6、BMP-8、BMP-9、DPP、Vg1、Vgr-1、及びそれらの機能的等価物からなる群から選択される1種又は2種以上の骨原性タンパクである前記〔19〕ないし〔30〕のいずれかに記載の方法。
【0047】
〔34〕組織修復に使用するための医療機器の製造方法であって、前記〔19〕ないし〔33〕のいずれかの方法を含む方法。
〔35〕前記組織修復に使用するための医療機器が、体内固定ピン、体内固定用ネジ、人工骨、骨補填材、歯科用骨内インプラント、脊椎内固定器具、髄内釘、及び脊椎ケージからなる群から選択される1種又は2種以上の医療機器である、前記〔34〕に記載の方法。
〔36〕人工関節として使用するための医療機器の製造法であって、前記〔19〕ないし〔33〕のいずれかの方法を含む方法。
【発明の効果】
【0048】
本発明の医療機器は、工程管理が煩雑な無菌製造工程を回避でき、その一態様は、放射線による最終滅菌法(滅菌される物が最終包装に収められた状態において放射線照射を行い、当該滅菌後の微生物の死滅を定量的に測定又は推測できるような滅菌法)で滅菌された医療機器である。
【0049】
生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体が、金属、セラミック、又はその両者の一部又は全体をコーティングするように配置された本発明の医療機器では、放射線滅菌による該タンパクの生物活性の失活を抑制することができるため、該タンパクの生物活性を利用する様々な医療機器の製造工程において放射線による簡便な最終滅菌法が適用可能となり、無菌的な製造法を回避できることから、大幅なコストダウンが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【
図1】アパタイトで包埋したFGF-2を骨修復用のチタン製創外固定ピンにコーティングすると、滅菌に適した線量のガンマ線を照射しても、FGF-2の細胞増殖活性が維持され、放射線失活から防護されることを示した図である。ガンマ線照射後のFGF-2による細胞増殖率が、ガンマ線非照射のFGF-2による細胞増殖率と有意差が無い。
【
図2】アパタイトでコーティングした骨修復用のチタン製創外固定ピンにFGF-2を吸着させた場合には、滅菌に適した線量のガンマ線を照射すると、FGF-2の細胞増殖活性が失われ、放射線失活から防護されないことを示した図である。ガンマ線照射後のFGF-2による細胞増殖率は、ガンマ線非照射のFGF-2による細胞増殖率より統計的有意に低い。
【
図3】ゼラチンで包埋したFGF-2を骨修復用のチタン製創外固定ピンにコーティングした場合には、滅菌に適した線量のガンマ線を照射すると、FGF-2の細胞増殖活性が失われ、放射線失活から防護されないことを示した図である。ガンマ線照射後のFGF-2による細胞増殖率は、ガンマ線非照射のFGF-2による細胞増殖率より統計的有意に低い。
【
図4】アパタイトで包埋したFGF-2をコーティングして、滅菌に適した線量のガンマ線を照射する際に、FGF-2の細胞増殖活性が維持される医療機器の部材として、移植用セラミックスを使用できることを示した図である。ガンマ線照射後のFGF-2による細胞増殖率が、ガンマ線非照射のFGF-2による細胞増殖率と有意差が無い。
【
図5】アパタイトで包埋したFGF-2を骨修復用のチタン製創外固定ピンにコーティングして、滅菌に適した線量のガンマ線を照射する際に、脱気してガンマ線照射するとFGF-2の抗FGF-2抗体に対する反応活性の消失を抑制できることを示した図である。
【
図6】アパタイトで包埋したFGF-2を骨修復用のチタン製創外固定ピンにコーティングして、滅菌に適した線量のガンマ線を照射する際に、脱気に加えてドライアイス存在下の低温でガンマ線照射するとFGF-2の抗FGF-2抗体に対する反応活性の消失を抑制できることを示した図である。
【
図7】アパタイトで包埋したBMP-2をアパタイト製ディスクにコーティングして、滅菌に適した線量のガンマ線を照射すると、BMP-2のDex存在下での間葉系幹細胞の分化誘導能が残存することを示した図である。
【
図8】アパタイトで包埋したFGF-2を骨修復用のチタン製創外固定ピンにコーティングして、滅菌に適した線量のガンマ線を照射する際に、該コーティングにアスコルビン酸塩を添加してガンマ線照射するとFGF-2の抗FGF-2抗体に対する反応活性の消失を抑制できることを示した図である。
【
図9】FGF-2とヘパリンの両方をアパタイトで包埋したコーティング層、及びFGF-2とヘパリンの両方をアパタイトに吸着させたコーティング層をチタン製創外固定ピン上に作製し、滅菌に適した線量のガンマ線を照射した後にFGF-2の細胞増殖活性を比較すると、FGF-2とヘパリンの両方をアパタイトに吸着させたコーティング層より、FGF-2とヘパリンの両方をアパタイトで包埋したコーティング層のほうがFGF-2の細胞増殖活性の消失を抑制できることを示した図である。
【
図10】FGF-2とヘパリンの両方をアパタイトで包埋したコーティング層、及びFGF-2とヘパリンの両方をアパタイトに吸着させたコーティング層を人工関節・人工骨用ジルコニア上に作製し、滅菌に適した線量のガンマ線を照射した後にFGF-2の細胞増殖活性を比較すると、FGF-2とヘパリンの両方をアパタイトに吸着させたコーティング層より、FGF-2とヘパリンの両方をアパタイトで包埋したコーティング層のほうがFGF-2の細胞増殖活性の消失を抑制できることを示した図である。
【
図11】ジルコニア上に、FGF-2とヘパリンの両方をアパタイトで包埋したコーティング層を作製する際の共沈物が、低結晶性アパタイト、非晶質リン酸カルシウム、炭酸カルシウムを主成分とする無機塩類固体であることを示した粉末X線回折パターンを示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0051】
本発明により提供される医療機器及びその製造方法は、生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体が、金属、セラミック、又はその両者の一部又は全体をコーティングするように配置された、ヒトを含む哺乳類動物に使用するための医療機器及びその製造方法であって、
(a)前記生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体を、自発核形成を生じる中性又は弱アルカリ性の不安定リン酸カルシウム過飽和溶液中での制御された遅延共沈又は被覆サンドイッチ法又は乾燥法の工程で提供するものであり、
(b)前記医療機器を、滅菌するために十分な線量の電離放射線に曝露し、それにより細胞増殖活性、血管増殖活性、軟組織形成活性、骨組織形成活性、骨分化促進活性、抗体に対する反応活性、アゴニスト作用活性、及びアンタゴニスト作用活性からなる群から選ばれる1種又は2種以上の生物活性を有する最終滅菌医療機器として製造する工程で製造されるものであり、
(c)前記無機塩類が、アパタイト、リン酸三カルシウム、リン酸八カルシウム、非晶質リン酸カルシウム、及び炭酸カルシウムからなる群から選択される1種又は2種以上の無機塩類であり、かつ、
(d)前記生物活性を有するタンパクが、ペプチドホルモン、成長因子、及び骨原性タンパクからなる群から選択される1種又は2種以上のタンパクである、
ことを特徴としている。
【0052】
「包埋(embedding)」の用語は、一般的には、前記のとおり病理検査の対象となる生体組織を固化可能な液状のパラフィンや樹脂に埋め込み固化して生体組織を固定することを意味するが、本明細書において、「包埋」とは、無機塩類固体中にタンパク分子全体または一部を埋入させるか、若しくは、タンパク分子全体または一部を無機塩類固体にて緻密に包み込み、タンパク分子を無機塩類固体中に固定することを意味する。従って、「包埋」は、当該無機塩類固体にタンパク分子が単に「吸着」または「接触」している状態、若しくは「混合」されている状態とは異なる。タンパク分子が無機塩類固体に「包埋」されている実例としては、タンパクを共存させたリン酸カルシウム過飽和溶液から、該タンパク分子とリン酸カルシウムを共沈させ、リン酸カルシウムのマトリックス中に該タンパク分子がナノメートルオーダーの間隔で分散して配置された組成物を挙げることができる(非特許文献1)。
【0053】
より詳しく説明すると、本明細書において、「包埋」の用語は、無機塩類とタンパク分子の両方ともが液相中から同時に結晶化又は析出によって固相化することで、無機塩類固体中にタンパク分子全体または一部を埋入させるか、若しくは、タンパク分子全体または一部を無機塩類固体にて緻密に包み込み、タンパク分子を無機塩類固体中に固定することを包含する。
同様にゼラチン等の有機物とタンパク分子の両方ともが液相中から同時に結晶化又は析出によって固相化することで、固体状の有機物中にタンパク分子全体または一部を埋入さ
せるか、若しくは、タンパク分子全体または一部を固体状有機物にて緻密に包み込み、タンパク分子を固体状有機物中に固定することも、「包埋」の用語に包含される。
もっとも、「包埋」の用語は、上記の定義を包含するように最も広義に解釈すべきであり、いかなる意味においても限定的に解釈してはならない。
【0054】
一方、「吸着」または「接触」とは、無機塩類若しくはゼラチン等の有機物はあらかじめ結晶化又は析出によって固相化しておき、その後に液相中にあるタンパク分子を固体状の無機塩類若しくは有機物に固定することで得られる状態である。そのため、通常、タンパク分子が単に「吸着」または「接触」している状態では、固定化されたタンパク分子は無機塩類固体や固体状有機物の表面に特異的に存在することになる。
【0055】
また、「混合」とは、無機塩類とタンパク分子の両方をあらかじめ結晶化又は析出によって固相化しておき、その後に両者を接近させることで得られる状態、若しくはゼラチン等の有機物とタンパク分子の両方をあらかじめ結晶化又は析出によって固相化しておき、その後に両者を接近させることで得られる状態のいずれかである。「混合」の例として、無機塩類の粉末粒子とタンパクの粉末粒子の巨視的に均一な共存状態、及び有機物固体粉末の粒子とタンパクの粉末粒子の巨視的に均一な共存状態がある。
【0056】
タンパクが無機塩類固体に包埋されているか否かは、例えば免疫電子顕微鏡法により容易に確認できる。すなわち、金コロイドやフェリチンといった電子密度の高い物質又はその前駆物質で標識した抗体を利用し、電子顕微鏡観察用に無機塩類固体中のタンパクを染色・可視化すれば、電子顕微鏡を用いてタンパクが無機塩類固体に包埋されているかどうかを確認できる。タンパクが無機塩類固体に包埋されていれば、単離したタンパクが無機塩類固体マトリックス中に分散して存在していることが確認できる(非特許文献1)。
【0057】
本明細書において、無機塩類固体は、医療機器として適するよう生体適合性を有する無機塩類固体であって、具体的には、アパタイト、リン酸三カルシウム、リン酸八カルシウム、非晶質リン酸カルシウム、及び炭酸カルシウムからなる群から選択される1種又は2種以上の無機塩類である。
【0058】
無機塩類固体は結晶質無機塩類固体又は非晶質無機塩類固体のいずれであってもよい。また、非晶質無機塩類固体と結晶質無機塩類固体が混在する状態であってもよく、組成の異なる複数の無機塩類固体が混在する状態であってもよい。結晶質であるか非晶質であるかは、一般的には粉末X線回折法で容易に区別することが可能であり、無機塩類固体が完全に非晶質であれば、粉末X線回折図にはブロードな1つの回折ハローが出現し、結晶質であれば複数の回折ピークが出現する。
【0059】
本明細書において、「低結晶性アパタイト」とは、粉末X線回折図において(211)、(112)、(300)の3本の回折線が分離せずにひとつのピーク又は回折ハローとして出現することを特徴とした低結晶性を有するアパタイトである。これら3本の回折線は結晶性が高いアパタイト(例えば、純粋な結晶性ハイドロキシアパタイト)では、CuKα線で測定するときに回折角31.8°、32.2°、32.9°の位置に3本に分離して出現する。
【0060】
リン酸カルシウム、炭酸カルシウム、炭酸水素カルシウム、リン酸ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、塩化ナトリウム、アパタイト、リン酸三カルシウム、リン酸八カルシウム、及び非晶質リン酸カルシウムは、他の無機元素やイオン団が不純物として固溶しているものであってもよい。そのような例としては、マグネシウムが固溶した炭酸カルシウム、炭酸が固溶したリン酸カルシウムやリン酸ナトリウム、亜鉛が固溶したリン酸カルシウム、カリウムが固溶した塩化ナトリウムなどが挙げられるが、これらに限定されるものでもない。固溶する元素やイオン団としては、マグネシウム、鉄、亜鉛、カ
リウム、水素イオン、水酸化物イオン、炭酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオンなどを挙げることができ、これらは、包埋時の原材料に共存させることで、無機塩類に固溶させることができる。
【0061】
本明細書において、生物活性を有するタンパクとしては、ペプチドホルモン、成長因子、及び骨原性タンパクからなる群から選択される1種又は2種以上のタンパクを用いることができる。生物活性を有するタンパクは、医療機器が使用される哺乳類動物にとって異物としては認識されず、該哺乳類動物が生物学的に拒絶しないタンパクであればよい。例えば、医療機器が使用される哺乳類動物に本来存在するこれらのタンパクを基にして人工的に調製され、同様の生理機能を有する遺伝子組み換え体タンパクや、物理的あるいは化学的処理により変性されてはいるものの、本来の生物活性を失っていない状態にあるタンパクなどを包含する。本明細書において用いられる生物活性を有するタンパクの用語はいかなる意味においても限定的に解釈してはならず、最も広義に解釈しなければならない。生物活性としては、例えば、細胞増殖活性、血管増殖活性、軟組織形成活性、骨組織形成活性、骨分化促進活性、抗体に対する反応活性、アゴニスト作用活性、及びアンタゴニスト作用活性からなる群から選ばれる1種又は2種以上の生物活性を挙げることができるが、これらに限定されるわけではない
【0062】
本明細書において、医療機器は、ヒトを含む哺乳類動物の疾病の診断、治療、予防に使用される機器を意味しており、例えば、ヒトを含む哺乳類動物の身体の構造や機能などに影響を及ぼす機器を意味している。本明細書において、哺乳類動物はヒト及び非ヒト哺乳類動物を包含しており、非ヒト哺乳類動物としては、例えば、サル、ネコ科の動物、イヌ科の動物、ウマ科の動物、ウサギ科の動物、モルモット等のネズミ目の動物などを包含するが、これらの特定の動物に限定されることはない。一部の医療機器については政令で特定されているが、本発明の医療機器は政令で特定されている以外のもの、例えばマスクなども包含する。例えば、ペースメーカ、冠動脈ステント、人工血管、PTCAカテーテル、中心静脈カテーテル、吸収性体内固定用ボルト、手術用不織布などが包含されるが、これらの特定の態様に限定されるわけではない。好ましくは、組織修復に使用するための医療機器や、関節機能を修復するための医療機器、例えば人工関節などを挙げることができるが、これらに限定されるわけではない。例えば、穿刺を含む注射以外の外科的侵襲によって体内に送達して留置されるための医療機器が好ましい。体内の用語には、例えば歯牙も包含される。留置の期間は特に限定されないが、例えば24時間以内の一時的留置のほか、1~30日程度の短・中期的留置又は30日以上の長期的留置などであってもよい。
【0063】
本発明の好ましい態様により、例えば、金属製ステム、セラミック製骨頭、超高分子量ポリエチレン製ライナーを用いた人工股関節であって、骨と直接接触する金属製ステム部分を生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体でコーティングしたものを挙げることができる。また、別の例としては、骨固定用の金属製ネジであって、ネジ山の部分だけを生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体でコーティングしたもの、歯科用の骨内インプラントであって、骨および歯周組織と接触する部分だけを生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体でコーティングしたもの、脊椎内固定器具や脊椎ケージであって、骨と接触する部分だけを生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体でコーティングしたもの、あるいは骨補填用のセラミック製人工骨であって、人工骨全体を生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体でコーティングしたもの、金属とセラミックの複合化物であって人工骨全体を生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体でコーティングしたものなどを挙げることができる。もっとも、本発明の範囲は、これらの特定の態様に限定されるものではない。
【0064】
生理活性物質を無機塩と共沈殿させることで、これらを基体にコーティングし、最後の段階でガンマ線照射を用いて滅菌する方法が開示されているが(特許文献19)、この刊
行物には、滅菌後に生理活性物質の特定の生物活性を残すこと、さらに滅菌後に生理活性物質の特定の生物活性を残すための最適な基体については記載も示唆もない。本発明者らは、高分子材料の基体にコーティングした場合には滅菌後に生理活性物質の生物活性が残りにくいが、金属又はセラミックの基体に生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体をコーティングすることにより、電離放射線滅菌後にもタンパクの特定の生物活性が高度に残存することを見出した。
【0065】
セラミックは、狭義には人為的熱処理によりつくられた非金属無機質固体材料を意味するが、本明細書においては、医療や医療機器の分野で利用可能な熱処理を加えてない非金属無機質固体材料も含めてセラミックと呼ぶ。本明細書において、セラミックは、非金属無機質固体材料であればよく、人為的熱処理により調製されたもの、又は熱処理無しで調製されたものなど、任意の調製方法で得られたものを包含する。
【0066】
本発明の好ましい態様として、例えば、生物活性を有するタンパクだけでなく、さらに多糖類、好ましくはヘパリンも包埋している無機塩類固体が、移植用金属、移植用セラミック、又はその両者の一部又は全体をコーティングするように配置された構成体を含む医療機器及びその製造方法が提供される。ヘパリンを一例とする細胞外基質由来の多糖類はそれ自身は直接的な細胞増殖分化活性を有しない生体高分子であるが、生物活性を有するタンパクの生物活性の維持に役立つので価値が高い。
【0067】
本発明の好ましい態様として、例えば、生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体が、チタン、チタン合金、ステンレス、コバルトクロム合金から成る群から選択される移植用金属の一部または全体をコーティングするように配置された構成体を含む医療機器及びその製造方法が提供される。チタン、チタン合金、ステンレス、コバルトクロム合金は生体適合性の高い金属であって整形外科や歯科で汎用されるため、整形外科や歯科分野の医療機器として価値が高い。
【0068】
本発明のさらに好ましい別の形態として、生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体が、アパタイト、リン酸三カルシウム、リン酸八カルシウム、非晶質リン酸カルシウム、及びこれらの複合体からなる群から選択される移植用セラミックの一部または全体をコーティングするように配置された医療機器及びその製造方法が提供される。上記の移植用セラミックには、アルミナ及び/又はジルコニアなどが含まれていてもよい。これらのセラミックも生体適合性の高い材料であって、整形外科や歯科で汎用されるため、整形外科や歯科分野の医療機器として価値が高い。これらのセラミックには、他の無機元素やイオン団が不純物として固溶しているものも含まれる。そのような例としては、炭酸やケイ素が固溶したアパタイト、ケイ素が固溶したリン酸三カルシウム、マグネシウムが固溶した非晶質リン酸カルシウム、イットリウムが固溶したジルコニアなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。複合体の例としては、アパタイトとリン酸三カルシウムとからなる二相性セラミックやアルミナとジルコニアとの複合セラミックを例示することができるが、これらの特定の態様に限定されることはない。
【0069】
生物活性を有するタンパクが包埋された無機塩類固体を含む前記医療機器は、該生物活性タンパクの活性を実質的に保ったまま、滅菌に適した十分な電離放射線線量で照射して滅菌することができ、最終滅菌された医療機器とすることが可能である。
【0070】
滅菌のために用いる電離放射線としては、ガンマ線及び/又は電子線が好ましい。物質を透過しやすいガンマ線を利用すれば、生物活性を有するタンパクを包埋した無機塩類固体であっても容易に滅菌することができる。無機塩類固体に包埋されたタンパクのうち、固体表面に露出している部分などについては、当業者に周知の方法によって、電子線照射により滅菌することもできる。該医療機器の全体を先に適宜包装して密封状態とした後に
、当業者に周知の方法でガンマ線又は電子線照射すれば、滅菌された医療機器を密封内包する製品を得ることができ、無菌的に密封包装された医療機器として医療現場に提供することが可能となる(非特許文献17)。もっとも、本発明の態様は、これらの特定の態様に限定されるものではない。
【0071】
滅菌に必要な線量は、典型的には、無菌性保証水準(SAL: Sterility Assurance Level)10-6を担保する際に必要な最低線量であればよい。この無菌性保証水準は、ISO(ISO 11137-1、1137-2)、JIS(JIS T 0806-1、0806-2)等の規格で定められており、米国のFDAや本邦のPMDA(医薬品医療機器総合機構)などの各国の規制当局で採用されている。
【0072】
滅菌のためにガンマ線を用いる場合、無菌性保証水準10-6を担保して本発明の医療機器を滅菌するための線量として、例えば10~40kGy程度、好ましくは15~30KGyの線量を選択することができる。無菌性保証水準を達成する放射線線量として約25kGyが好ましい場合もある。もっとも、これらの特定の放射線線量に限定されることはない。
【0073】
本発明のさらに好ましい一形態として、ガンマ線及び/又は電子線での滅菌工程においてラジカル発生を抑制するため、大気圧50kPa以下、好ましくは50Pa未満、さらに好ましくは20Pa以下の脱気状態で滅菌を行うことができる。あるいは、大気を窒素や不活性ガスで置換した状態で滅菌を行うことも好ましい。さらに、0℃ないし-196℃、好ましくは-20℃ないし-80℃、さらに好ましくはドライアイス共存下における-20℃ないし-80℃の低温での滅菌が好ましい場合もある。あるいは、タンパクを包埋した無機塩類固体にアスコルビン酸やアスコルビン酸塩を添加してからの滅菌が好ましい場合もある。アスコルビン酸やアスコルビン酸塩を均一に分散して添加させるためには、5-50mM、好ましくは10-30mMのアスコルビン酸やアスコルビン酸塩の溶液に浸漬して乾燥することで達成できるが、それらに限定されるものでもない。
【0074】
別の観点から、本発明の好ましい一形態として、視床下部由来ペプチドホルモン、バゾプレッシン、オキシトシン、インテルメジン、性腺刺激ホルモン、成長ホルモン、パラサイロイドホルモン、インヒビン、アクチビン、リラキシン、インスリン、グルカゴン、ソマトスタチン、コレシストキニン、セクレチン、モチリン、心房性ナトリウム利尿ペプチド、エリスロポエチン、レプチン、エンドセリン、グレリン、アディポネクチン、インスリン様成長因子、及びカルシトニン遺伝子関連ペプチドからなる群から選択されるペプチドホルモンが包埋された無機塩類固体を含む、哺乳類動物に使用するための医療機器及びその製造方法が提供される。
【0075】
また、別の好ましい一態様として、成長因子としてFGF-2(線維芽細胞成長因子-2)が包埋された無機塩類固体を含む、哺乳類動物に使用するための医療機器及びその製造方法が提供される。FGF-2は、軟組織再生、血管形成、骨形成に有用な成長因子であるため、このような医療機器は、組織再生を促進する用途に有用である。
【0076】
さらに別の好ましい一形態として、骨原性タンパクとして、OP-1、OP-2、BMP-2、BMP-3、BMP-4、BMP-5、BMP-6、BMP-8、BMP-9、DPP、Vg1、Vgr-1、及びそれらの機能的等価物からなる群から選ばれる1種又は2種以上の骨原性タンパクが包埋された無機塩類固体を含む、哺乳類動物に使用するための医療機器及びその製造方法が提供される。このような医療機器は、骨再生を促進する用途に有用である。
【0077】
さらに別の観点からは、本発明の好ましい一形態として、生物活性を有するタンパクの生物活性が、細胞増殖活性、血管増殖活性、軟組織形成活性、骨組形成活性、骨分化促進活性、抗体に対する反応活性、及びアゴニスト作用活性からなる群から選択される生物活性である医療機器及びその製造方法が提供される。タンパクや医療機器にこれらの生物活
性が有ることは、細胞培養における細胞数、分化マーカー、産生物質、遺伝子発現、細胞形態、血管様構造形成などの細胞集合形態で評価することが可能である。動物実験においては、組織標本を用いた組織形態観察、X線やMRIなどの組織画像、遺伝子発現などで評価することが可能である。生物活性を有するタンパクが抗原やアゴニストあるいはアンタゴニストとして振舞う場合は、タンパクの生物活性部位に関与するモノクローナル抗体や標識されたモノクローナル抗体を使用したウエスタンブロットなどの各種の方法で評価することができる。生物活性を有するタンパクが抗体である場合は、あらかじめ抗体を標識してから抗原と結合させ、標識物質の活性や量を用いて、抗原と結合した抗体の量や結合活性を評価することで生物活性を評価することが可能である。生物活性を有するタンパクが酵素である場合は、酵素基質を使用して、酵素による酵素基質からの反応生成物を評価する方法によって生物活性を評価することも可能である。もっとも、評価したい特定の生物活性に応じた、評価法であればこれらに限定されるものでもない。いずれの評価法であっても、例えば、タンパクを含む無機塩類固体の群とタンパクが含まれない無機塩類固体の群との間で特定の生物活性を比較することで、該タンパクや医療機器の生物活性が有ることを検証できる。両群の生物活性の比較に使用するサンプルは、タンパク含有と不含の無機塩類固体、医療機器、移植片を直接使用してもよいし、適切な抽出液を使用して無機塩類固体を溶解してタンパクを抽出した抽出液を使用してもよい。
【0078】
上述の生物活性とその評価法を利用して定量評価する手法は、滅菌するために十分な線量の電離放射線によって滅菌された後の医療機器の生物活性を評価するために用いることができる。本発明の医療機器は、無菌性保証水準10-6を担保する滅菌の後に、少なくとも滅菌前の約13%以上、好ましくは65%以上、さらに好ましくは70%以上の生物活性を有している。
【0079】
生物活性を有するタンパクを無機塩類固体に包埋する好ましい方法として、例えば、塩化ナトリウム溶液、リン酸ナトリウム溶液、炭酸イオン含有カルシウム溶液、炭酸ナトリウム溶液、又は炭酸水素ナトリウム溶液を用いた共沈析出法、被覆サンドイッチ法、又は乾燥法を採用することができる。
【0080】
共沈析出法は、所望の無機塩類過飽和溶液中に所望の生物活性タンパクを共存させておき、該過飽和溶液から該無機塩類の結晶または非晶質固体を析出させる際に、該タンパクを捕捉しながら、若しくは該タンパク分子を無機塩類固体で緻密に包み込みながら析出させることによって包埋する方法である。また、共沈析出は、該タンパクを包埋した無機塩類の結晶又はアモルファス固体が別種の固体表面をコーティングするように析出させる方法でもある。
【0081】
被覆サンドイッチ法は、所望の無機塩類固体表面に所望の生物活性タンパクを吸着又は接触させておき、その表面を生物活性タンパクを包埋した同種若しくは別種の無機塩類固体で被覆する方法である。その他の方法として乾燥法を挙げることができ、例えば所望の無機塩類溶液中に所望の生物活性タンパクを溶解しておき、該溶液を凍結乾燥又は濃縮乾燥することによって該タンパクを無機塩類固体で緻密に包埋することもできる。これらの方法を単独で採用してもよいが、2種以上を適宜組み合わせてもよく、必要に応じて適宜の回数繰り返してもよい。これらの方法を採用することにより、好ましくは、所望の生物活性タンパクを放射線滅菌から防護できる状態で、無機塩類固体包埋タンパク組成物の層を複数層配置することができる。このようにして製造された生物活性タンパクを包埋する無機塩類固体は、溶液からの沈殿又は溶液中に懸濁状態として得られるが、前述のように移植用金属や移植用セラミックをコーティングする層としても得ることができ、適宜、溶液からの分離や乾燥を行うことができる。
【0082】
生物活性を有するタンパクを無機塩類固体に包埋する好ましい方法として、中性又は弱
アルカリ性溶液を用いた自発核形成を生じる不安定リン酸カルシウム過飽和溶液中で、生物活性を有するタンパクとリン酸カルシウムとの制御された遅延共沈を行う共沈析出法又は被覆サンドイッチ法を採用することができる。タンパク含有の高濃度リン酸カルシウム溶液において、リン酸カルシウムの自発核形成、結晶化、又は沈殿生成を抑えて高濃度のままの溶液として安定化させておき、所望の時点でタンパクとリン酸カルシウムを共沈させるための方法として、炭酸ガスのバブリングや酸の添加でpHを下げて過飽和度を低下させて完全溶解させた後、炭酸ガスの脱ガスやアルカリの添加や水分子の電気化学的還元によるOH-イオン生成でpHを徐々に上昇させて過飽和度を高め、リン酸カルシウムを徐々に結晶化させることでタンパクとの共沈を起こす方法が知られている(特許文献19、特許文献25、特許文献26、特許文献27、特許文献33)。この方法では、酸性で完全溶解させた自発核形成を生じない安定リン酸カルシウム過飽和溶液のpHを上昇させ、過飽和度を上げることで共沈を起こしていると考えられる。
【0083】
しかしながら、多くのタンパクは、酸性pHや高アルカリpHでは変性して活性を失うという問題がある。この問題を回避するために、自発核形成を生じる不安定リン酸カルシウム過飽和溶液として、即座に沈殿を大量形成するような中性又は弱アルカリ性の高濃度リン酸カルシウム溶液にKイオンやNaイオンを多量に添加した溶液を調製し、結晶化の活性化エネルギーを高くして、これにより核形成頻度を少なくして結晶化までの時間を遅延させておき、リン酸カルシウムを徐々に結晶化させてタンパクとの共沈を起こすことができる。この方法は、溶液の過飽和度を調整するのではなく、結晶化の活性化エネルギーを変えることで生物活性を有するタンパクとリン酸カルシウムとの制御された遅延共沈を行う方法であり、より具体的には、リン酸カルシム濃度、pH、及び過飽和度に無関係なKCl濃度を調節し、自発核形成までの時間を制御して延長させることで遅延共沈を行うことができる。
【0084】
例えば、上記の遅延共沈は、不安定リン酸カルシウム過飽和溶液として、Caイオン0.5~2.5mM、リン酸イオン1.0~20mM、Kイオン0~40mM、Naイオン0~200mM、Clイオン0~200mMを含みpHが7.0~9.0の水溶液、好ましくはCaイオン1.2~2.75mM、リン酸イオン0.6~15mM、Kイオン0~30mM、Naイオン30~150mM、Mgイオン0.1~3.0mM、Clイオン30~150mM、HCO3イオン0~60mMを含みpHが7.0~9.0の水溶液を用い、該水溶液のKCl濃度を制御することにより、リン酸カルシウム析出までの時間を人工的に制御遅延させることにより行うことが好ましい。MgイオンやHCO3イオンはリン酸カルシウム結晶化のインヒビターであることから、KイオンやNaイオンに加えてMgイオンとHCO3イオンを添加した不安定リン酸カルシウム過飽和溶液では、さらにリン酸カルシウム析出までの時間を人工的に制御遅延させることができる(特許文献29)。
【実施例】
【0085】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。本実施例における用語や概念は、当該分野において慣用的に使用される用語の意味に基づくものであり、本発明を実施するために使用する技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。また、各種の分析などは、使用した分析機器又は試薬、キットの取り扱い説明書、カタログなどに記載の方法を用いて行っている。
【0086】
例1:FGF-2を包埋したアパタイトでコーティングした創外固定ピンの放射線滅菌後の細胞増殖活性
細胞増殖活性のあるFGF-2を包埋した無機塩類固体で、骨折固定に使用されるチタン製体内固定用ピンをコーティングし、全体を電離放射線滅菌した後にFGF-2に細胞増殖活性が有るか否か検討した。
【0087】
Caイオン4.89mM、リン酸イオン1.28mM、Kイオン6.13mM、Naイオン138.8mM、Mgイオン0.23mM、Clイオン136.6mM、HCO3イオン15.09mMを含みpHが7.8であって、そのまま37℃で放置しても4-5時間程度で自発核形成でリン酸カルシウムが結晶化する不安定リン酸カルシウム過飽和溶液を使用した(この不安定リン酸カルシウム過飽和溶液は特許文献19の液とは異なるものである)。この不安定リン酸カルシウム過飽和溶液に4μg/ml及び0μg/mlの濃度で線維芽細胞成長因子-2(FGF-2)を添加した。そこにチタン製体内固定用ピン(シンセス社セルドリル4.0/3.0mmTi, 20mm-80mm)を37℃で48時間浸漬し、FGF-2をアパタイトと共に共沈させてコーティングすることで、共沈アパタイトFGF-2(共沈ApFGF)ピンを6又は8本作製した。同様にFGF-2不含有の不安定リン酸カルシウム過飽和溶液を使用してApピンを6又は8本作製した。作製した共沈ApFGFピンはチューブにいれて12.4Paで2時間、室温で真空乾燥を行った。乾燥後直ちにピンの入っているチューブのフタをしめて、ガス遮断性の保存袋、酸素吸収剤、合成ゼオライト乾燥剤により構成される無酸素・乾燥保存システム(アイ・エス・オー社)を利用して包装した。
【0088】
これらのApFGFピンの半数を60Coを放射線源として25±0.5kGyの線量でγ線照射した。照射は常温で実施し、輸送期間を含め4℃で保管した。γ線非照射の共沈ApFGFピンは4℃で保管した。γ線照射と非照射の共沈ApFGFピンに担持されたFGF-2の細胞増殖活性を評価するために、ピンを10mMクエン酸ナトリウム溶液に30分間浸し溶解した。コントロールとしてFGF-2不含有のApピンも10mMクエン酸ナトリウム溶液に30分間浸しコーティング層を溶解した。溶解液中のカルシウムは細胞増殖を促進するため、ICP発光分光分析を行った後、サンプル間のカルシウム濃度を揃えてマウス線維芽細胞株NIH3T3に添加し、増殖率をCell Counting Kit-8を用いて測定した。FGF-2不含有のApピンをコントロールとしてその増殖率を1とし、増殖率が統計的有意に高い共沈ApFGFピンは「活性有り」と判断した。共沈によるコーティング、真空乾燥、γ線照射非照射、増殖率測定の操作を4回反復試行した。
【0089】
表1に4回の反復試行で「活性有り」と判断された共沈ApFGFピンの本数を示す。また
図1に測定された増殖率の値を示す。
【表1】
【0090】
表1に示したように、4回の反復試行において、共沈ApFGFピンのγ線照射群で10/13本、非照射群で10/13本が細胞増殖活性有りと判定され、細胞増殖活性の有ったピンはγ線照射群と非照射群で同数であった。また、
図1に示すように、共沈ApFGFピンにおいて、γ線照射群も非照射群もApピンの約1.5倍の増殖率を示し、γ線非照射群の増殖率はApピンの増殖率(増殖率=1)に対して統計的に有意に高く(p=0.021)、γ線照射群の増殖率とApピンの増殖率(増殖率1)との差は極めて有意水準に近いレベルであった(p=0.05
8)。照射群と非照射群との増殖率の間には有意差(p=0.436)は認められなかった。すなわち、FGF-2をアパタイトで包埋した組成物を、移植用金属であるチタン製体内固定ピンにコーティングした場合、包埋によってタンパクが電離放射線滅菌耐性を獲得すること、換言すればアパタイトによる包埋が生物活性タンパクに対して放射線防護作用を示すことが判明した。なお、25±0.5kGy のガンマ線照射の条件でアパタイトによる包埋が生物活性タンパクに対して放射線防護作用を示したのであるから、25±0.5kGy 未満のガンマ線照射に対しても当然放射線防護作用が発揮されることは言うまでもない。
【0091】
例2:FGF-2を吸着したアパタイトでコーティングした創外固定ピンの放射線滅菌後の細胞増殖活性
細胞増殖活性のあるFGF-2を吸着した無機塩類固体で、骨折固定に使用されるチタン製体内固定用ピンをコーティングし、全体を電離放射線滅菌した後にFGF-2に細胞増殖活性が有るか否か検討した。
【0092】
例1と同じ不安定リン酸カルシウム過飽和溶液を使用してFGF-2不含有の過飽和リン酸カルシウム溶液を調製し、そこに6又は8本のチタン製体内固定用ピン(シンセス社セルドリル4.0/3.0mmTi, 20mm-80mm)を37℃で48時間浸漬し、表面にアパタイトをコーティングしたApピンを作製した。このApピンを12μg/mlのFGF-2を含有する過飽和リン酸カルシウム溶液に数秒浸漬し-18℃で凍結し、FGF-2を吸着したアパタイトでコーティングした吸着アパタイトFGF-2(吸着ApFGF)ピンを作製した。例1と全く同じ条件で室温で真空乾燥、γ線照射非照射、保管、細胞増殖活性評価を行った。FGF-2を吸着したアパタイトによるコーティング、γ線照射非照射、増殖率測定の操作を5回反復試行した。
【0093】
表2に5回の反復試行で「活性有り」と判断された吸着ApFGFピンの本数を示す。また
図2に測定された増殖率の値を示す。
【表2】
【0094】
表2に示したように、5回の試行において、吸着ApFGFピンのγ線照射群で2/16本、非照射群で11/16本が細胞増殖活性有りと判定され、γ線照射群で細胞増殖活性の有ったピンの数は非照射群の約1/5であった。両群でカイ二乗検定を行ったところ、γ線照射群と非照射群の間で有意差(p=0.001)が認められたため、吸着ApFGFピンはγ線照射滅菌によりFGF-2の生物活性を消失することが明らかとなった。また、
図2に示すように、吸着ApFGFピンにおいて、非照射群はApピンの約1.7倍(p=0.003)の増殖率を示すが、γ線照射群はApピンの1.1倍の増殖率にまで減少してApピンと有意差は認められず(p=0.087)、γ線照射によってFGF-2の細胞増殖活性が有意(p=0.0004)に約35%ほど消失していることが判った。一方、前述の
図1に示すように、共沈ApFGFピンにおいては、γ線照射群も非
照射群もApピンの約1.5倍の増殖率を示し、照射群と非照射群との有意差(p=0.436)は認められなかった。すなわち、特許文献12、13、17には生物活性を有するタンパクと無機塩類の組み合わせた組成物を放射線滅菌することが記載されているものの、組み合わせの態様としては、「混合」、「吸着」、「接触」、「包埋」などの態様があり、組み合わせ態様が違うと最終滅菌後のタンパクの生物活性に大きな違いが生じること、及び、「包埋」という態様においてタンパクの生物活性を高い効率で維持できることが判った。
【0095】
例3:FGF-2を包埋したゼラチンでコーティングした創外固定ピンの放射線滅菌後の細胞増殖活性
4μg/mlのFGF-2を含有する1%ゼラチン溶液に例1と同じチタン製体内固定用ピンを数秒間浸漬し、-18℃で凍結し、FGF-2を包埋したゼラチンでコーティングしたピンを作製した(ゼラチンFGF)。例1と全く同じ条件で室温で真空乾燥、γ線照射非照射、保管、細胞増殖活性評価を行った。FGF-2を包埋したゼラチンによるコーティング、γ線照射非照射、増殖率測定の操作を4回反復試行した。
【0096】
表3に4回の反復試行で「活性有り」と判断されたゼラチンFGFピンの本数を示す。また
図3に測定された増殖率の値を示す。
【表3】
【0097】
表3に示したように、4回の試行において、FGF-2を包埋したゼラチンでコーティングしたゼラチンFGFピンのγ線照射群で13/13本、非照射群で13/13本が細胞増殖活性有りと判定され、細胞増殖活性の有ったピンはγ線照射群と非照射群で同数であった。しかしながら、
図3に示すように、ゼラチンFGFピンにおいて、非照射群はApピンの約12倍の増殖率を示すが、γ線照射群はApピンの約8倍の増殖率に減少し、γ線照射によってFGF-2の細胞増殖活性が統計的有意(p=0.011)に約30%ほど消失していることが判った。すなわち、生物活性を有するタンパクを包埋するマトリックスがゼラチンのような有機物の場合は、無機塩類固体で包埋する例1
図1の場合とは異なり、放射線防護作用が小さいことが判った。特許文献18には、生物活性が、無機、有機または有機および無機物質を含むキャリアのマトリクス内に組み込まれて、合成の後に滅菌されるキャリアが記載されているが、無機、有機または有機および無機物質を含むキャリアのマトリクスが、いかなる組み合わせや材質のときに、生物活性が滅菌後も維持されるか、あるいはいかなる滅菌法のときに生物活性が滅菌後も維持されるかという点については記載されていない。本発明の実施例は、生物活性を有するタンパクを無機塩類固体のマトリクス内に包埋する場合は、有機のマトリクス内に組み込む場合より、はるかに優れた放射線防護作用を示すことを解明している。おそらく、有機物は無機塩類固体と違って、放射線照射によるラジカル生成が多いためではないかと考えられる。
【0098】
例4:FGF-2を包埋したアパタイトでコーティングした人工骨用アパタイトセラミックの放射線滅菌後の細胞増殖活性
ポリビニルアルコールを3%含有する、粒径70ミクロン以下の水酸アパタイト粉末を、プレス成型して1150℃、1時間焼結し、緻密質のアパタイト製ディスク(楕円直径5mmX幅3mmX厚さ1mm)を作製した。この作製方法は、人工骨用のアパタイトセラミックの製造法と本質的に同じである。このアパタイト製ディスク上に、例1と同じ方法で共沈ApFGFをコーティング、真空乾燥、γ線照射を行った後に、NIH3T3細胞をディスク上で培養して細胞増殖率を測定した。ディスク上でNIH3T3細胞を直接培養する場合は、タンパクの影響で細胞の接着性が変化するため、コントロールとしての非照射群のアパタイト製ディスクは、FGF-2の代わりに牛血清アルブミン(BSA)を添加した不安定リン酸カルシウム過飽和溶液に浸漬して、ApBSAをコーティングした。コーティング、γ線照射非照射、増殖率測定の操作を3回反復試行した。
【0099】
表4に3回の反復試行で「活性有り」と判断された共沈ApFGFアパタイト製ディスクの個数を示す。また
図4に測定された増殖率の値を示す。
【表4】
【0100】
表4に示したように、3回の反復試行において、共沈ApFGFアパタイト製ディスクのγ線照射群で18/18本、非照射群で18/18本が細胞増殖活性有りと判定され、細胞増殖活性の有ったアパタイト製ディスクはγ線照射群と非照射群で同数であった。また、
図4に示すように、共沈ApFGFアパタイト製ディスクにおいて、γ線照射群も非照射群もApピンの約1.4倍の増殖率を示し、照射群と非照射群との有意差(p=0.415)は認められなかった。すなわち、FGF-2をアパタイトで包埋した組成物を、移植用セラミックにコーティングした場合でも、移植用金属にコーティングした場合と同じく、包埋によってタンパクが電離放射線滅菌耐性を獲得すること、換言すればアパタイトによる包埋が生物活性タンパクに対して放射線防護作用を示すことが判明した。
【0101】
例5:FGF-2を包埋したアパタイトでコーティングしたポリマーの放射線滅菌後の細胞増殖活性
ポリマーであるポリエーテルエーテルケトン(PEEK)製丸棒(直径6mmX長さ8cm)を用いて、例1と同じ条件で共沈ApFGFを表面にコーティング、真空乾燥、γ線照射非照射、保管、細胞増殖率測定を行った。ポリエーテルエーテルケトンは移植用に使用されるポリマーである。
【0102】
表5に3回の反復試行で「活性有り」と判断された共沈ApFGF-PEEK製丸棒の個数を示す。
【表5】
【0103】
表5に示したように3回の試行において、共沈ApFGF-PEEK丸棒のγ線照射群で6/9本、非照射群で9/9本が細胞増殖活性有りと判定され、γ線照射群で細胞増殖活性の有ったピンの数は非照射群の2/3であった。共沈ApFGF-PEEK丸棒はγ線照射滅菌によりFGF-2の生物活性を消失することが明らかとなった。特許文献19にはカルシウム、マグネシウム、リン酸、炭酸水素イオンおよび生物活性物質を含む食塩水混合物を含む、酸性化された組成物に基体を接触させ、pHを増加させることで、塩のと生物活性物質の共沈を生じさせ、コーティングされた基体を得る方法が記載されている。請求項に記載の発明では触れられてないが、本文中には、最後の工程の後にガンマ線照射を行うことも可能であると記載されている。しかしながら、本発明の実施例は、生物活性を有するタンパクを移植用ポリマー上に共沈コーティングする場合は十分な放射線防護作用を達成することができず、移植用金属やセラミック上に共沈コーティングしたほうが、はるかに優れた放射線防護作用を示すことを解明している。おそらく、ポリマーは金属やセラミックと違って、放射線照射によるラジカル生成が多いためではないかと考えられる。
【0104】
例6:放射線滅菌時の雰囲気が無機塩類固体に包埋されたタンパクの生物活性に与える影響
移植用金属である創外固定用チタンピンに例1と同じ条件でFGF-2を包埋したアパタイトをコーティングして25±0.5kGyの線量でγ線照射し、γ線照射時の雰囲気が、抗FGF-2抗体に対する反応活性を有するFGF-2にどのような影響を及ぼすかを検討した。
【0105】
例1と同様にチタン製体内固定用ピンを用いて共沈ApFGFピンを作製して密封包装した。その際、(i)例1と同じ無酸素・乾燥包装、(ii)脱気包装、(iii)窒素充填包装の3種類の雰囲気条件を適用した。脱気は29.2 kPaで5秒間の真空脱気処理にて行った。窒素置換は高純度窒素ガスを流入させて行った。その後、25±0.5 kGyの線量でγ線照射を行った。例1と同じ無酸素・乾燥包装で、γ線非照射の共沈ApFGFピン(非照射群)をコントロールとした。γ線照射・非照射の共沈ApFGFピンを10mMクエン酸ナトリウム溶液に30分間浸しコーティング層を溶解し、抗FGF-2抗体を使用したウエスタンブロットによりピンに担持されているFGF-2を検出した。溶解液は凍結乾燥により20倍濃縮してからウエスタンブロットに供した。抗体はFGF-2の生物活性に関与するヒトFGF-2マウスモノクローナル抗体(Thermo Fisher社)を使用した。取得した画像データはImge Lab(Bio-Rad社)を用いて、17 kDa(FGF-2分子量: 17,000)の位置に検出されたシグナル強度を定量し比較した。
【0106】
非照射群では17 kDaの位置にバンドのシグナルが明確に検出された。コントロールである非照射群のシグナル強度を100 %とすると、照射群のシグナル強度は、(i) 例1と同じ無酸素・乾燥包装で照射した場合が13%、(ii) 脱気包装で照射した場合が19%、(iii) 窒
素充填包装で照射した場合は14%であった(
図5)。従って、脱気状態または窒素雰囲気下でのγ線照射は、抗FGF-2抗体に対する反応活性を有するFGF-2の減少を抑制し、特に脱気状態は窒素雰囲気下と比較して、γ線照射におけるFGF-2の防護作用が高いことが明らかとなった。なお、無酸素・乾燥包装での照射において、抗FGF-2抗体に対する反応活性を有するFGF-2が13%に減少しても、例1に記載のとおり、FGF-2の細胞増殖活性は非照射群と同等である。
【0107】
例7:放射線滅菌時の温度が無機塩類固体に包埋されたタンパクの生物活性に与える影響
移植用金属である創外固定用チタンピンに例1と同じ条件でFGF-2を包埋したアパタイトをコーティングして室温および低温にて25±0.5kGyの線量でγ線照射し、γ線照射時の温度が、FGF-2の抗FGF-2抗体に対する反応活性にどのような影響を及ぼすかを検討した。
例1と同様にチタン製体内固定用ピンを用いて共沈ApFGFピンを作製し、例6と同じ脱気包装にて密封包装した。低温でγ線照射するピンは約3.8kgのドライアイスと共存させて、室温でγ線照射するピンはドライアイス無しでγ線照射を行った。ドライアイスの昇華温度は大気圧下でマイナス78.5℃である。従って、ドライアイス自身の温度はマイナス78.5℃以下の温度になっている。照射線量は例6と同じである。その後、例6と同様の方法で、γ線照射後のピンに担持されているFGF-2をウエスタンブロットにより検出した。
【0108】
図6に放射線滅菌時の温度がアパタイトに包埋された抗FGF-2抗体に対する反応活性を有する17kDaFGF-2に与える影響を示す。両群において17 kDaの位置にバンドが検出された。さらにドライアイスによるマイナス80℃近辺での低温での照射は室温での照射と比較して、シグナル強度が2倍に増加することが明らかとなった(
図6)。このことから脱気包装に加えドライアイスの共存による低温でのγ線照射は、抗FGF-2抗体に対する反応活性を有するFGF-2の減少を抑制し、室温での照射と比較して、γ線照射におけるFGF-2の防護作用が高いことが明らかとなった。
【0109】
例8:ヒト組換えBMP-2(rhBMP-2)を包埋したアパタイトでコーティングした人工骨用アパタイトセラミックの放射線滅菌後の骨分化促進活性
例1のFGF-2をrhBMP-2に変更し、緻密質のアパタイト製ディスクに、共沈ApBMPコーティング、25±0.5kGyの線量でγ線照射し、γ線照射に対するBMP-2の防護作用の有無を検討した。
【0110】
例4と同様に作製した緻密質のアパタイト製ディスクを用いて、例4のFGF-2を骨原性タンパクであるヒト組み換えBMP-2(rhBMP-2)に変更して、共沈ApBMPコーティングを行った。コントロールとしてrhBMP-2の代わりに牛血清アルブミン(BSA)を使用して共沈ApBSAコーティングを行った。共沈ApBMP及び共沈ApBSAをコーティングした緻密質アパタイトディスクを、真空乾燥、γ線照射を行った後に、ラット骨髄由来間葉系幹細胞をディスク上に播種し、骨分化誘導12日後、骨分化マーカーを測定した。間葉系幹細胞は7週令F344/NSlcラットの骨髄より単離した初代間葉系幹細胞を用い、ディスク上に播種した間葉系幹細胞は播種直後より、10 nMデキサメタゾン(Dex)非添加または添加条件下において、10 mMβグリセロフォスフェート、0.28 mMアスコルビン酸を添加した骨分化誘導培地にて12日間培養した。培地交換は半分量とし、2日に1回行った。12日間培養後、細胞は0.1%
Triron-X含有PBSで凍結溶解し、骨分化マーカーであるアルカリフォスファターゼ(ALP)活性をラボアッセイ ALP(Wako社)を用いて定量した。細胞数あたりの活性を評価するため、細胞溶解液中のDNA量をQuant-iT(登録商標)PicoGreen(登録商標)dsDNA Reagent and Kits(Thermo Fisher社)を用いて定量した。
【0111】
図7にBMP-2を包埋したアパタイトでコーティングしたγ線照射アパタイト製ディスクにおいて、Dex非存在下または存在下での分化誘導後のDNA量あたりのALP活性を示す。
図7に示したように、共沈ApBMPアパタイト製ディスクにおいて、Dex非存在下での分化誘導
後のDNA量あたりのALP活性はγ線非照射群においてApBSAに対して有意に高く(p=0.02)、照射群においてApBSAと同等の活性を示した(p=0.46)。一方、Dex存在下での分化誘導後のDNA量あたりのALP活性はγ線照射群も非照射群もApBSAに対して有意に高かった(p=0.02, 0.0001)。つまり、骨原性タンパクであるBMP-2をアパタイトで包埋すると、γ線滅菌しても、BMP-2の生物活性のひとつであるDex存在下での骨分化促進作用が維持されることが示された。すなわち、BMP-2をアパタイトで包埋した組成物を、移植用セラミックにコーティングした場合でも、FGF-2をアパタイトで包埋した場合と同じく、包埋によって電離放射線滅菌耐性を獲得して、タンパクの特定な生物活性が維持されること、換言すればアパタイトによる包埋がタンパクの特定な生物活性に対して放射線防護作用を示すことが判明した。
【0112】
例9:放射線滅菌時のL-アスコルビン酸りん酸エステルマグネシウム塩n水和物の共存が無機塩類固体に包埋されたタンパクの生物活性に与える影響
移植用金属である創外固定用チタンピンに例1と同じ条件でFGF-2を包埋したアパタイトをコーティングして、L-アスコルビン酸りん酸エステルマグネシウム塩n水和物の溶液(AsMg溶液)に数秒浸漬し真空乾燥した。作製した共沈ApFGFピンを25±0.5kGyの線量でγ線照射し、γ線照射時のAsMgの共存が抗FGF-2抗体に対する反応活性を有するFGF-2にどのような影響を及ぼすかを検討した。
例1と同様にチタン製体内固定用ピンを用いて、FGF-2を包埋したアパタイトをコーティングした後に、25mM AsMg溶液に2回、数秒浸漬して真空乾燥し、FGF-2を包埋したアパタイトにAsMgを添加した。作製した共沈ApFGFピンは例6と同じ脱気包装にて密封包装し、25±0.5kGyの線量でγ線照射した。その後、例6と同様の方法で、γ線照射後のピンに担持されているFGF-2をウエスタンブロットにより検出した。
【0113】
図8に放射線滅菌時の、FGF-2を包埋したアパタイトへのAsMg添加が、包埋されたFGF-2の抗FGF-2抗体に対する反応活性に与える影響を示す。γ線非照射、AsMg存在下でのγ線照射、AsMg非存在下でのγ線照射のいずれの群においても17 kDaの位置にバンドが検出された。γ線非照射群のシグナル強度を100 %とすると、AsMg存在下でのγ線照射群のシグナル強度は55%であった。しかし、AsMg非存在下のγ線照射群のシグナル強度は13%であって、AsMg存在下のγ線照射群の約1/4のシグナル強度であった。従って、FGF-2を包埋したアパタイトにAsMgを添加した条件でのγ線照射は、抗FGF-2抗体に対する反応活性を有するFGF-2の減少を抑制し、AsMg非存在下と比較して、γ線照射におけるFGF-2の防護作用が高いことが明らかとなった。AsMgは抗酸化作用のあるアスコルビン酸の化合物のひとつであるため、優れた防護作用は放射線照射によるラジカル生成を抑制したためではないかと考えられる。
【0114】
例10: FGF-2に加えてヘパリンを包埋または吸着したアパタイトでコーティングした創外固定チタンピンの放射線滅菌後の細胞増殖活性
FGF-2とヘパリンの両方を包埋したアパタイトでコーティングした創外固定チタンピン、及びFGF-とヘパリンの両方を吸着したアパタイトでコーティングした創外固定チタンピンを作製し、これらを25±0.5kGyの線量でγ線照射し、γ線照射後にFGF-2に細胞増殖活性が有るか否か検討した。
【0115】
例1の4 μg/ml及び0 μg/mlの濃度でFGF-2を添加した不安定リン酸カルシウム過飽和溶液に0.5 単位/mlの濃度でヘパリンナトリウムを添加した。以下例1と同様の条件で、この不安定リン酸カルシウム過飽和溶液に創外固定チタンピン(シンセス社セルドリル4.0/3.0mmTi, 20mm-80mm)を浸漬し、FGF-2とヘパリンをアパタイトと共に共沈させてコーティングした(共沈ApFGFヘパリンピン)。一方、例2の12μg/mlのFGF-2を含有する過飽和リン酸カルシウム溶液に0.5 単位/mlの濃度でヘパリンナトリウムを添加した。以下例2と同様の条件で、この不安定リン酸カルシウム過飽和溶液に創外固定チタンピンを数
秒間浸漬し、FGF-2とヘパリンを吸着したアパタイトでコーティングした(吸着ApFGFへパシンピン)。例1と同じ条件で真空乾燥、γ線照射非照射、保管、細胞増殖活性評価を行った。
【0116】
表6に3回の反復試行で「活性有り」と判断された共沈または吸着ApFGFヘパリンピンの本数を示す。
【0117】
【0118】
表6に示したように3回の試行において、共沈ApFGFヘパリンピンのγ線照射群で9/9本、非照射群で9/9本が細胞増殖活性有りと判定され、細胞増殖活性の有ったピンはγ線照射群と非照射群で同数であった。一方、吸着ApFGFヘパリンピンのγ線照射群で3/9本、非照射群で9/9本が細胞活性有りと判定され、γ線照射群で細胞増殖活性の有ったピンの数は非照射群の約1/3であった。両群でカイ二乗検定を行ったところ、γ線照射群と非照射群の間で有意差(p=0.003)が認められた。すなわち、吸着ApFGFヘパリンピンはγ線照射滅菌によりFGF-2の生物活性を消失する傾向が強いことが明らかとなった。
【0119】
また、
図9に示すように、γ線非照射群の細胞増殖率を100%として規格化したγ線照射群の細胞増殖率は、共沈ApFGFヘパリンピンでは約23%であったが、吸着ApFGFヘパリンピンではわずか4%であり、両者の値には統計的有意差があった(p=0.0002)。すなわち、FGF-2とヘパリンの両方をアパタイトで包埋した組成物を、移植用金属であるチタン製体内固定ピンにコーティングすると、FGF-2とヘパリンの両方を吸着したアパタイトをコーティングする場合より電離放射線滅菌耐性が高いこと、換言すればアパタイトが生物活性を有するタンパクだけでなく、さらに生物活性の無いヘパリンを包埋した場合でも、放射線防護作用を示すことが判明した。
【0120】
例11:FGF-2を包埋したアパタイトでコーティングした創外固定チタンピン、及びFGF-2とヘパリンの両方を包埋したアパタイトでコーティングした創外固定チタンピンの放射線滅菌後の細胞増殖活性の比較
例1の共沈ApFGFピンの細胞増殖率と例10の共沈ApFGFヘパリンピンの放射線滅菌後の細胞増殖率を比較し、FGF-2に加えてヘパリンを包埋することの効果を検討した。
例1では放射線滅菌後の共沈ApFGFピンのコーティング層を10mMクエン酸ナトリウム溶液で溶解して作製した溶解液を、マウス線維芽細胞株NIH3T3に添加して細胞増殖率を定量評価した。その結果、細胞増殖率の値として1.53±0.27を得た(
図1)。これに対して、放射線滅菌後の共沈ApFGFヘパリンピンのコーティング層を10mMクエン酸ナトリウム溶液で溶解して作製した溶解液を、マウス線維芽細胞株NIH3T3に添加すると、定量限界を超えるほど細胞増殖率が高かった。そこで、溶解液を30倍希釈してマウス線維芽細胞株NIH3T3に添加して細胞増殖率を定量評価したところ、細胞増殖率の値として1.67±0.07を得た。
すなわち、ヘパリンのように細胞外基質由来であってそれ自身は直接的な細胞増殖分化活性を有しない多糖類を、生物活性タンパクとともに包埋すると放射線滅菌後の生物活性をより高く維持できることを示している。
【0121】
例12: FGF-2に加えてヘパリンを包埋または吸着したアパタイトでコーティングした人工関節・人工骨用ジルコニアの放射線滅菌後の細胞増殖活性
FGF-2とヘパリンの両方を包埋したアパタイトでコーティングした人工関節・人工骨用ジルコニア、及びFGF-とヘパリンの両方を吸着したアパタイトでコーティングした人工関節・人工骨用ジルコニアを作製し、これらを25±0.5kGyの線量でγ線照射し、γ線照射後にFGF-2に細胞増殖活性が有るか否か検討した。
【0122】
ジルコニア角棒(2.4mm×2.4mm×21mm)を用いて、例10と同じ条件でコーティング、真空乾燥、γ線照射非照射、保管、細胞増殖率測定を行った。
表7に2回の反復試行で「活性有り」と判断された共沈または吸着ApFGFヘパリンジルコニアの本数を示す。
【0123】
【0124】
表7に示したように、2回の試行において、共沈ApFGFヘパリンジルコニアのγ線照射群で6/6本、非照射群で6/6本が細胞活性有りと判定され、細胞増殖活性の有ったジルコニアはγ線照射群と非照射群で同数であった。一方、吸着ApFGFヘパリンジルコニアのγ線照射群で2/6本、非照射群で6/6本が細胞活性有りと判定され、γ線照射群で細胞増殖活性の有ったピンの数は非照射群の約1/3であった。両群でカイ二乗検定を行ったところ、γ線照射群と非照射群の間で有意差(p=0.014)が認められた。すなわち、吸着ApFGFヘパリンジルコニアはγ線照射滅菌によりFGF-2の生物活性を消失する傾向が強いことが明らかとなった。
【0125】
また、
図10に示すように、γ線非照射群の細胞増殖率を100%として規格化したγ線照射群の細胞増殖率は、共沈ApFGFヘパリンジルコニアでは約76%であったが、吸着ApFGFヘパリンジルコニアではわずか29%であり、両者の値には統計学的有意差(p=0.008)があった。すなわち、FGF-2とヘパリンの両方をアパタイトで包埋した組成物を、移植用セラミックであるジルコニアにコーティングすると、FGF-2とヘパリンの両方を吸着したアパタイトをコーティングする場合より電離放射線滅菌耐性が高いこと、換言すればアパタイトが生物活性を有するタンパクだけでなく、さらに生物活性の無いヘパリンも包埋した場合でも、放射線防護作用を示すことが判明した。
【0126】
例13:FGF-2を包埋したアパタイトでコーティングした創外固定ピンの放射線滅菌後のコーティング層の組成分析
例1で作製したγ線照射と非照射の共沈ApFGFピン、及び例2で作製したγ線照射と非照
射の吸着ApFGFピンを10mMクエン酸ナトリウム溶液に30分間浸し、コーティング層である共沈ApFGFと吸着ApFGFを溶解した。溶解液をICP発光分光分析法で化学分析し、共沈ApFGFと吸着ApFGFのカルシウムとリンを定量した。表8に結果を示す。
【0127】
【0128】
表8からコーティング層である共沈ApFGFはリン酸カルシウムを主成分とすることが示された。共沈ApFGFのCa/Pモル比(1.70-1.71)は、不純物元素を含まないアパタイト(Ca10(PO4)6(OH)2)の理論Ca/Pモル比(1.67)と近い値であった。アパタイトのリン酸基を不純物が置換するとCa/Pモル比は1.67より高くなることが知られており、リン酸基を置換する代表的な不純物は炭酸基である。例1と例2の共沈ApFGFは、炭酸イオンを含有する溶液中で作製されているため、炭酸基を含有したアパタイトがFGF-2と共沈してFGF-2を包埋しているか、若しくは、アパタイトと炭酸カルシウムがFGF-2と共沈してFGF-2を包埋していると考えられた。
【0129】
例14:Ca-PO4-K-Na-Cl系の不安定リン酸カルシウム過飽和溶液中での製造
Caイオン1.00mM、リン酸イオン1.00mM、Kイオン2.00mM、Naイオン16.7mM、Clイオン2.00mM、HCO3イオン16.7mMを含みpHが8.3であって、そのまま37℃で放置しても4-5時間程度で自発核形成でリン酸カルシウムが結晶化する不安定リン酸カルシウム過飽和溶液を使用した。浸漬時間が24時間であること以外は、例12と全く同じ条件で、共沈ApFGFヘパリンジルコニアを製造し、真空乾燥、γ線照射、保管、細胞増殖率測定を行った。
【0130】
表9に「活性有り」と判断された共沈ApFGFヘパリンジルコニアの本数を示す。
【0131】
【0132】
表9に示したように共沈ApFGFヘパリンジルコニアのγ線照射群で3/3本、非照射群で3/3本が細胞活性有りと判定され、細胞増殖活性の有ったジルコニアはγ線照射群と非照射群で同数であった。すなわち、Ca-PO4-K-Na-Cl系の不安定リン酸カルシウム過飽和溶液を用いて、FGF-2とヘパリンの両方をアパタイトで包埋した組成物を、移植用セラミックであるジルコニアにコーティングする場合でも、アパタイトによる包埋が放射線防護効果を示すことが判明した。
【0133】
例15:FGF-2とヘパリンの両方を包埋したアパタイトでコーティングしたジルコニアの
コーティング層の分析
例14で作製した共沈ApFGFへパリンコーティング層を例13と同じ方法で組成分析した。また、例14にて共沈ApFGFヘパリンジルコニアを製造した際の共沈物を、シリコン無反射板にのせて粉末X線回折法で分析した。粉末X線回折は、CuKα線を用いて40kV 100mAの条件で行った。表10に組成分析の結果を示す。
【0134】
【0135】
表10からコーティング層である共沈ApFGFはリン酸カルシウムを含むことが示された。共沈ApFGFのCa/Pモル比はγ線未照射群で1.70-1.82、照射群で1.51-1.79であった。
Ca/P比から例13と同様、炭酸基を含有したアパタイトがFGF-2とヘパリンを包埋しているか、若しくは、アパタイトと炭酸カルシウムがFGF-2とヘパリンを包埋していると考えられた。さらに、非晶質リン酸カルシウムのCa/Pモル比は典型的には1.5であることから、非晶質リン酸カルシウムが析出することも示している。
【0136】
図11に粉末X線回折法で分析した結果を示す。非晶質リン酸カルシウムは30°付近に半値幅の大きいブロードなピークが出現することが知られている。
図11に示すように、共沈物の粉末X線回折パターンには30°付近に非晶質リン酸カルシウムに相当する半値幅の大きいブロードなピークが認められた。また31.8°、32.2°、32.9°に出現する結晶性アパタイトに特徴的な3本の強い回折線((211)、(112)、(300))は分離せずに一つのブロードなピークを形成して32°付近に出現した。したがって、共沈物のアパタイトは低結晶性アパタイトである。加えて、29.4°には炭酸カルシウムのピークが観察された。すなわち、共沈物は非晶質リン酸カルシウム、低結晶性アパタイト、炭酸カルシウムを主成分として含有する。共沈物は、低溶解性の結晶性アパタイトを含まず、溶解性が比較的高い非晶質リン酸カルシウム、低結晶性アパタイト、炭酸カルシウムを主成分とするため、包埋されたタンパクを徐放するのに適している。
【産業上の利用可能性】
【0137】
生物活性を有する成長因子などのタンパクを包埋したアパタイトなどの無機塩類固体が、金属又はセラミックをコーティングするように配置された本発明の医療機器では、放射線滅菌による該タンパクの生物活性の失活を抑制することができるため、該タンパクの生物活性を利用する様々な医療機器の製造工程において放射線による簡便な最終滅菌法が適用可能となり、無菌的な製造法を回避できることから、大幅なコストダウンが可能である。