(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-29
(45)【発行日】2024-03-08
(54)【発明の名称】単一粒体分析用イムノセンサ及び単一粒体分析法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/543 20060101AFI20240301BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20240301BHJP
G01N 21/64 20060101ALI20240301BHJP
【FI】
G01N33/543 525U
G01N33/53 D
G01N33/543 575
G01N21/64 F
G01N33/543 595
(21)【出願番号】P 2019206846
(22)【出願日】2019-11-15
【審査請求日】2022-11-08
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 刊行物:10th International Conference on Molecular Electronics & BioElectronics ABSTRACT BOOK 応用物理学会 有機分子・バイオエレクトロニクス分科会発行 発行日:令和1年6月25日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ウェブサイトのアドレス:https://www.i-product.biz/mnc2019/download/ ウェブサイトの掲載日:令和1年10月21日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 集会名: 32nd International Microprocesses and Nanotechnology Conference(MNC 2019) 開催場所:広島国際会議場(広島市中区中島町1番5号) 開催日: 令和1年10月31日
(73)【特許権者】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(73)【特許権者】
【識別番号】503092180
【氏名又は名称】学校法人関西学院
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100175651
【氏名又は名称】迫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】竹内 俊文
(72)【発明者】
【氏名】砂山 博文
(72)【発明者】
【氏名】高野 恵里
(72)【発明者】
【氏名】田和 圭子
【審査官】北条 弥作子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/221271(WO,A1)
【文献】特開2014-219384(JP,A)
【文献】特開2014-110785(JP,A)
【文献】藤本絵里,田和圭子,単一エキソソーム検出のためのプラズモニクチップ蛍光顕微鏡イメージング,第80回応用物理学会秋季学術講演会講演予稿集,2019年09月18日,18p-E203-15
【文献】Keiko Tawa et al,Enhanced fluorescence microscopy with the Bull’s eye-plasmonic chip,Optics Express,2017年05月01日,25(9)
【文献】松浦亮 他,分子インプリントポリマー修飾プラズモニックチップによるヒト血清アルブミンの高感度プラズモニックセンシング,応用物理学会春季学術講演会講演予稿集,2016年03月03日,19p-W331-14
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/543
G01N 33/53
G01N 21/64
C12Q 1/04
C12M 1/34
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラズモニックチップと、前記プラズモニックチップの表面上に設けられたポリマー膜
(但し、ポリドーパミン膜を除く)と、を含み、
前記ポリマー膜が、膜構造を有する微小粒体を受け入れる凹部を有し、
前記凹部内に、抗体物質結合用基を有し且つシグナル物質を有さない、単一粒体分析用イムノセンサ。
【請求項2】
前記ポリマー膜が、前記膜構造を有する微小粒体以上のサイズを有する人工粒子を鋳型とする分子インプリントポリマーで構成され、前記凹部が前記鋳型の表面形状の一部に対応する、請求項1に記載の単一粒体分析用イムノセンサ。
【請求項3】
前記抗体物質結合用基がキレート結合性基である、請求項1又は2に記載の単一粒体分析用イムノセンサ。
【請求項4】
前記プラズモニックチップが、基材層、チタン層、及び金層又は銀層をこの順に有する、請求項1~3のいずれかに記載の単一粒体分析用イムノセンサ。
【請求項5】
前記膜構造を有する微小粒体がエキソソームである、請求項1~4のいずれかに記載の単一粒体分析用イムノセンサ。
【請求項6】
前記抗体物質結合用基に、前記微小粒体の表面に発現している特異的抗原AG1に対して特異的な抗体物質AB1が結合している、請求項1~5のいずれかに記載の単一粒体分析用イムノセンサ。
【請求項7】
請求項6に記載の単一粒体分析用イムノセンサに、膜構造を有する微小粒体と前記微小粒体の表面に発現している特異的抗原AG2に対して特異的な抗体物質AB2の蛍光標識体とを接触させ、前記微小粒体を、前記抗体物質AB2の蛍光標識体が結合した状態で前記抗体物質AB1を介して前記単一粒体分析用イムノセンサに固定する工程1と、
蛍光顕微鏡にて前記抗体物質AB2の蛍光標識体に由来する輝点を検出する工程2と、
を含む、単一粒体分析法。
【請求項8】
前記工程1において、前記微小粒体と前記抗体物質AB2の蛍光標識体とを混合した状態で前記単一粒体分析用イムノセンサに接触させる、請求項7に記載の単一粒体分析法。
【請求項9】
前記工程2において、蛍光像中の前記輝点を横断する直線距離に対する蛍光強度の関係を示す蛍光曲線において、蛍光ピークの半値全幅が下記式:
【数1】
(式1中、λは測定波長(nm)を表し、NAは対物レンズ開口数を表し、Fは1.3以下)で示される閾値(nm)以下である輝点を、前記微小粒体の単一粒体とみなす、請求項7又は8に記載の単一粒体分析法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エキソソーム等の膜構造を有する微小粒体を単一粒体で検出する技術に関する。より具体的には、本発明は、単一粒体分析用イムノセンサ及び単一粒体分析法に関する。
【背景技術】
【0002】
エキソソームは細胞から放出される小胞体の一つであり、直径20~150nmの脂質二重膜小胞である。エキソソームは、その内部にタンパク質、及びmiRNA、mRNAなどの核酸を内包するとともに、その表面にもタンパク質を有している。エキソソームはこのような物質に特徴づけられているため、エキソソームの特徴を解析することで、分泌した細胞がどのような細胞であるかを推測できると考えられている。また、エキソソームは様々な体液中で存在が確認されており、比較的容易に採取することができる。
【0003】
癌細胞から分泌されるエキソソームは腫瘍由来の物質を含んでいる。したがって、体液中のエキソソームに含まれる物質を解析することで癌の診断を行うことができる可能性が期待されている。さらに、エキソソームは細胞によって能動的に分泌されるものであることから、がんの早期段階であっても何らかの特徴を呈していることが予想されている。
【0004】
つまり、エキソソームは、免疫制御、神経変性疾患の発症、癌の臓器特異的転移などに深く関与する、細胞間コミュニケーションツールの1つとして重要な役割を果たすと考えられている。従って、細胞から分泌されたエキソソームを迅速に検出すること、及び検出されたものが何であるかを特異的に捉え、それを、簡便な手法で実現することは、細胞間コミュニケーションツールを検出する上で重要である。
【0005】
エキソソームの検出方法は種々報告されている。中でも、特許文献1及び非特許文献1には、基板上に、エキソソームを受け入れる凹部を有する分子インプリントポリマー膜を形成し、凹部内においてエキソソームに対する結合特異性を確保する抗体を配置できるようにするとともに、凹部内にのみシグナル物質を配するように構成したイムノセンサが記載されている。このイムノセンサでは、凹部内にエキソソームが結合すると、予め配されていたシグナル物質に起因する蛍光が変化する特性を利用して、エキソソームを検出する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Angew.Chem.Int.Ed.2019,58(6),1612-1615
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1及び非特許文献1に記載されたイムノセンサは、エキソソームの非特異吸着を抑制するため、エキソソームを特異性高く捉えることができる点で優れている。また、このエキソソームは、イムノセンサ基板全体の蛍光変化量の平均値をエキソソーム検出の指標として解析する。
【0009】
一方、イムノセンサのより一層の感度向上を得るためには、エキソソーム1個1個を識別できることが望まれる。しかしながら、上記のイムノセンサは、微小な凹部に配したシグナル物質の蛍光を利用するものであるため、エキソソーム1個1個を識別して検出できるようには構成されていない。また、エキソソーム1個当たりの蛍光を検出しようとしても、粒子1個当たりの蛍光強度が小さいため検出することはできない。更に、エキソソームのような微小粒体は可視光の回折限界未満のサイズであることも、本来的に微小粒体を単一で検出することを不可能としている。
【0010】
そこで、本発明は、エキソソームなどの微小粒子を迅速に且つ特異性高く捉えることができるだけでなく、単一粒体分析を可能にする高感度のイムノセンサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は鋭意検討の結果、上記のイムノセンサの要となる凹部のシグナル物質を敢えて排除する代わりに、基板にプラズモニックチップを採用し、サンドイッチイムノアッセイによって検出するように構成することで、上記本発明の目的を達成できることを見出した。本発明は、この知見に基づき、さらに検討を重ねることにより完成された。すなわち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
【0012】
項1. プラズモニックチップと、前記プラズモニックチップの表面上に設けられたポリマー膜と、を含み、
前記ポリマー膜が、膜構造を有する微小粒体を受け入れる凹部を有し、
前記凹部内に、抗体物質結合用基を有し且つシグナル物質を有さない、単一粒体分析用イムノセンサ。
項2. 前記ポリマー膜が、前記膜構造を有する微小粒体以上のサイズを有する人工粒子を鋳型とする分子インプリントポリマーで構成され、前記凹部が前記鋳型の表面形状の一部に対応する、項1に記載の単一粒体分析用イムノセンサ。
項3. 前記抗体物質結合用基がキレート結合性基である、項1又は2に記載の単一粒体分析用イムノセンサ。
項4. 前記プラズモニックチップが、基材層、チタン層、及び金層又は銀層をこの順に有する、項1~3のいずれかに記載の単一粒体分析用イムノセンサ。
項5. 前記膜構造を有する微小粒体がエキソソームである、項1~4のいずれかに記載の単一粒体分析用イムノセンサ。
項6. 前記抗体物質結合用基に、前記微小粒体の表面に発現している特異的抗原AG1に対して特異的な抗体物質AB1が結合している、項1~5のいずれかに記載の単一粒体分析用イムノセンサ。
項7. 項6に記載の単一粒体分析用イムノセンサに、膜構造を有する微小粒体と前記微小粒体の表面に発現している特異的抗原AG2に対して特異的な抗体物質AB2の蛍光標識体とを接触させ、前記微小粒体を、前記抗体物質AB2の蛍光標識体が結合した状態で前記抗体物質AB1を介して前記単一粒体分析用イムノセンサに固定する工程1と、
蛍光顕微鏡にて前記抗体物質AB2の蛍光標識体に由来する輝点を検出する工程2と、
を含む、単一粒体分析法。
項8. 前記工程1において、前記微小粒体と前記抗体物質AB2の蛍光標識体とを混合した状態で前記単一粒体分析用イムノセンサに接触させる、項7に記載の単一粒体分析法。
項9.
前記工程2において、蛍光像中の前記輝点を横断する直線距離に対する蛍光強度の関係を示す蛍光曲線において、蛍光ピークの半値全幅が下記式:
【数1】
(式1中、λは測定波長(nm)を表し、NAは対物レンズ開口数を表し、Fは1.3以下)で示される閾値(nm)以下である輝点を、前記微小粒体の単一粒体とみなす、項7又は8に記載の単一粒体分析法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、エキソソームなどの微小粒子を迅速に且つ特異性高く捉えることができるだけでなく、単一粒体分析を可能にする高感度のイムノセンサができる、簡便な測定系が提供される。本発明のイムノセンサを用いれば、微小粒子の非特異吸着を抑制して凹部内で特異性の高いサンドイッチイムノアッセイが可能であるため、検出対象(微小粒子)と検出抗体(抗体物質AB2)とを混ぜて適用することで分析時間を大幅に短縮するという、通常のサンドイッチイムノアッセイでは想定できなかった使用方法さえ可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の単一粒体分析用イムノセンサの一例を示す模式図である。
【
図2】本発明の単一粒体分析用イムノセンサの他の例(抗体導入済み)を示す模式図である。
【
図3】本発明の単一粒体分析用イムノセンサを製造する方法における分子膜形成工程を説明する模式図である。
【
図4】
図3に引き続く、鋳型導入工程を説明する模式図である。
【
図5】
図4に引き続く、表面修飾工程を説明する模式図である。
【
図6】
図5に引き続く、重合工程を説明する模式図である。
【
図7】
図6に引き続く、除去工程を説明する模式図である。
【
図8】本発明の単一粒体分析法の一例を説明する模式図である。
【
図9】本発明の単一粒体分析法の工程1の一例を説明する模式図である。
【
図10】本発明の単一粒体分析法の工程1の他の例を説明する模式図である。
【
図11】試験例2の予備試験において得られた、プラズモニックチップ上の蛍光ナノ粒子の蛍光像を示す。
【
図12】
図11のA-Aで示される輝点nを横断する直線距離(pixel number、ピクセル当たり160nm)に対する蛍光強度(count)をプロットした蛍光曲線を示す。
【
図13】試験例3で行われた、実施例1による単一エキソソーム分析の模式的概要図(a)、及び比較例1による単一エキソソーム分析の模式的概要図(b)である。
【
図16】
図14における輝点の蛍光強度と半値全幅とを求め、輝点ごとにプロットした図である。
【
図17】
図15における輝点の蛍光強度と半値全幅とを求め、輝点ごとにプロットした図である。
【
図18】実施例1の結果に基づいて、分析試料中のエキソソーム濃度(fM)と検出されたエキソソームの個数(個)との関係を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[1.単一粒体分析用イムノセンサ]
本発明の単一粒体分析用イムノセンサは、後述の本発明の単一粒体分析に用いることができるイムノセンサである。この単一粒体分析用イムノセンサは、分析対象となる微小粒体の種類に応じてキャプチャー抗体を簡便にカスタマイズできるように構成されている。
【0016】
本発明の検出対象の単一粒体分析用イムノセンサは、プラズモニックチップと、前記プラズモニックチップの表面上に設けられたポリマー膜と、を含み;前記ポリマー膜が、膜構造を有する微小粒体を受け入れる凹部を有し;前記凹部内に、抗体物質結合用基を有し且つ蛍光物質を有さない。
図1に、本発明の単一粒体分析用イムノセンサの一例を模式的に示す。
図1に示すように、単一粒体分析用イムノセンサ10は、プラズモニックチップ20とポリマー膜30とを含む。ポリマー膜30はプラズモニックチップ20の表面に設けられており、凹部31を有する。凹部31は検出対象である膜構造を有する微小粒体(後述の微小粒体60)を受け入れ可能な大きさに形成された穴である。単一粒体分析用イムノセンサ10は、凹部31内に、抗体物質結合用基22を有する。なお、凹部31内には、いかなるシグナル物質も有さない。また、凹部31には、分子インプリント形成において凹部31形成に関与した構造の名残である残存基32が存在している。
【0017】
[1-1.プラズモニックチップ]
プラズモニックチップ20は、表面に波長オーダーの周期構造を有する金属層を含む基板であり、入射光をチップ界面に結合させて増強電場として局在化させることで、単一粒体分析用イムノセンサに結合した蛍光標識検出抗体の蛍光を増強させることで、微小粒体の高感度検出を可能にする。
【0018】
プラズモニックチップ20は、基材層と、基材層に積層された、表面プラズモン共鳴光を発生し得る金属からなる金属層とを含む。本発明においては、プラズモニックチップ20上に特徴的なポリマー膜30が積層されており、ポリマー膜30が消光抑制層の役割を果たすため、プラズモニックチップ20は、通常のプラズモニックチップに積層されるような消光抑制層は要しない。
【0019】
基材層は、単層であってもよいし複層であってもよい。基材層の材料としては、観察光に対して透光性、具体的には無色透明であることが好ましく、例えば、ガラス、プラスチック等が挙げられ、プラスチックとしては、光硬化性樹脂が挙げられる。基材層の好ましい具体例としては、ガラス層とプラスチック層との複層が挙げられる。基材層の厚さとしては特に限定されないが、例えば1μm~10mm、好ましくは20μm~1mm、より好ましくは40~500μm、一層好ましくは60~200μmが挙げられる。基材層が上記の複層である場合、プラスチック層の占める厚さとしては、例えば10~200μmが挙げられる。
【0020】
金属層は、単層であってもよいし複層であってもよい。基材層がガラス層とプラスチック層との複層で構成される場合、金属層は、プラスチック層上に積層されることができる。金属層の材料としては、金、銀、銅、白金、チタン、ニッケル等の遷移金属が挙げられる。これらの遷移金属の中でも、好ましくは、金、銀及びチタンが挙げられる。金属層の好ましい具体例としては、基材層上にチタン層及び金層がこの順で積層された複層、及び、基材層にチタン層及び銀層がこの順で積層された複層が挙げられる。金属層の厚さは特に限定されないが、例えば、10~500nm、好ましくは30~300nm、より好ましくは50~200nm、更に好ましくは80~150nmが挙げられる。金属層が上記の複層である場合、金層又は銀層の厚さとしては、例えば、10~500nm、好ましくは30~300nm、より好ましくは50~200nm、更に好ましくは80~150nm、一層好ましくは90~110nmが挙げられ、チタン層の厚さとしては、例えば0.1~10nm、好ましくは0.2~0.5nmが挙げられる。
【0021】
プラズモニックチップ20の金属層側の表面に形成されている周期構造の微細パターンとしては特に限定されず、1次元のライン及びスペースの繰り返し構造、2次元のホールアレイ構造、及び同心円状の構造(Bull’s eye構造)等が挙げられる。これらの微細パターンの中でも、より一層効果的にプラズモン場を形成する観点から、好ましくは同心円状の構造が挙げられる。
【0022】
また、プラズモニックチップ20の微細パターンにおける凹凸ピッチとしては、例えば300~600nm、好ましくは400~550nm、より好ましくは450~500nmが挙げられ、溝深さとしては、例えば20~40nm、好ましくは25~35nmが挙げられる。
【0023】
[1-2.ポリマー膜]
ポリマー膜30は、プラズモニックチップ20の周期構造側の表面に層状に設けられており、複数の凹部31を有する。凹部31は、本発明の単一粒体分析用イムノセンサにおけるセンサ場となる部分である。凹部31は、検出対象である膜構造を有する微小粒体を受け入れ可能に形成されていれば限定されるものではないが、たとえば、後述のように分子インプリント重合法を用いることによって形成された、分子インプリントポリマー(MIP;molecularly imprinted polymer)であってよい。この場合、凹部31は、分子インプリント重合法において用いられる鋳型(後述の鋳型40)によって型取られたものであり、当該鋳型の表面形状の一部に対応する形状を有する。凹部31は、微小粒体を受け入れ可能な大きさで形成されていればよいため、凹部31の鋳型は、微小粒体以上のサイズを有する粒子であればよく、天然粒体及び人工粒子を問わないが、凹部31のサイズ制御をより容易且つ精密に行う観点からは、人工粒子であることが好ましい。なお、凹部31が検出対象を受け入れ可能な大きさであるとは、キャプチャー抗体物質(後述の抗体物質AB1)が結合した状態において、検出対象である微小粒体の少なくとも一部が凹部31内に進入しキャプチャー抗体物質にアプローチして結合可能となる程度に凹部31がプラズモニックチップ20表面に十分な大きさで開口していることをいう。凹部31の開口径は、検出対象である微小粒体により異なり得るため特に限定されないが、たとえば1nm~10μm、好ましくは10nm~1μm、より好ましくは20~500nmが挙げられる。ポリマー膜30の厚みも検出対象である微小粒体により異なり得るため特に限定されないが、たとえば1nm~1μmが挙げられる。
【0024】
ポリマー膜30を構成するポリマーは、たとえば、生体適合性モノマー由来成分を含む生体適合性ポリマーであってよい。生体適合性とは、生体物質の接着を誘起しない性質をいう。生体適合性モノマーに由来する成分を含むことにより、ポリマー膜30において非特異的吸着を良好に抑制することができる。上記の生体適合性モノマーとしては、好ましくは親水性モノマーが挙げられ、より好ましくは双性イオンモノマーが挙げられる。
【0025】
双性イオンモノマーは、酸性官能基(たとえば、リン酸基、硫酸基、およびカルボキシル基など)に由来するアニオン基と、塩基性官能基(たとえば、1級アミノ基、2級アミノ基、3級アミノ基および4級アンモニウム基など)に由来するカチオン基との両方を1分子中に含む。双性イオンモノマーの例としては、ホスホベタイン、スルホベタイン、およびカルボキシベタインなどが挙げられる。
【0026】
より具体的には、ホスホベタインとしては、ホスホリルコリン基を側鎖に有する分子が挙げられ、好ましくは、2-メタクリロイロキシエチルホスホリルコリン(MPC)などが挙げられる。スルホベタインとしては、N,N-ジメチル-N-(3-スルホプロピル)-3’-メタクリロイルアミノプロパンアミニウムインナーソルト(SPB)、N,N-ジメチル-N-(4-スルホブチル)-3’-メタクリロイルアミノプロパンアミニウムインナーソルト(SBB)などが挙げられる。カルボキシベタインとしては、N,N-ジメチル-N-(1-カルボキシメチル)-2’-メタクリロイロキシエタンアミニウムインナーソルト(CMB)、N,N-ジメチル-N-(2-カルボキシエチル)-2’-メタクリロイロキシエタンアミニウムインナーソルト(CEB)などが挙げられる。
【0027】
ポリマー膜30における生体適合性モノマー由来成分の割合は、たとえば5モル%以上100モル%以下であってよい。生体適合性モノマー由来成分の含有量が上記下限以上であることは、ポリマー膜30表面における非特異性吸着を抑制する点で好ましい。ポリマー膜30における生体適合性モノマー由来成分の割合は、好ましくは10モル%以上80モル%以下、さらに好ましくは20モル%以上60モル%以下であってよい。
【0028】
[1-3.抗体物質結合用基]
抗体物質結合用基22は、キャプチャー抗体物質(後述の抗体物質AB1)を直接的又は間接的に結合させることで単一粒体分析用イムノセンサ10に任意の抗体物質を導入可能とする基である。ユーザは、検出対象となる微小粒体を自由にターゲティングすることができ、ターゲットとする微小粒体に特異的な抗体物質を自由に選択し、抗体物質結合用基22へキャプチャー抗体物質として導入することができる。単一粒体分析用イムノセンサ10の使用時の態様を
図2に示す。
図2に示す単一粒体分析用イムノセンサ10aでは、抗体物質AB1が凹部31へ導入されている。なお、単一粒体分析用イムノセンサ10aでは、1個のプラズモニックチップ20において、一の凹部31に対し一の種類の抗体物質AB1を導入し、他の凹部31に対し他の種類の抗体物質AB1を導入することによって、1個のプラズモニックチップ20において複数種の抗体物質AB1を用いた微小粒体の分析が可能となるようにカスタマイズすることもできる。
【0029】
本発明においては、1個の凹部31につき1個の抗体物質結合用基22が設けられていればよいが、1個の凹部31につき複数個の抗体物質結合用基22が設けられていても構わない。なお、ポリマー膜30表面において、凹部31以外の部分には抗体物質結合用基22は設けられない。
【0030】
抗体物質結合用基22は、不可逆的結合性基であってもよいし可逆的結合性基であってもよく、共有結合性基であってもよいし非共有結合性基であってもよい。好ましくは、抗体物質結合用基22は可逆的結合性基であり、より好ましくは非共有結合性基である。このような基としては、キレート結合性基が挙げられる。キレート結合性基は、例えばプロテインG等の、抗体物質のFc領域に結合する物質を介して間接的に抗体物質を結合することができる。
【0031】
キレート結合性基としては、複数の配位座をもつ配位子(多座配位子)を有することにより、金属イオンに結合(配位)する基であれば特に限定されず、例えば、アミノポリカルボン酸系キレート剤由来基、ヒドロキシカルボン酸系キレート剤由来基、デフェロキサミン由来基、デフェラシクロス由来基、デフェリプロン由来基、及びヒスチジンタグ等が挙げられ、好ましくは、アミノポリカルボン酸系キレート剤由来基が挙げられる。
【0032】
上述のアミノポリカルボン酸としては、エチレンジアミンテトラ酢酸(EDTA)、エチレンジアミンジ酢酸、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸(HEDTA)、ジヒドロキシエチルエチレンジアミン四酢酸(DHEDDA)、ニトリロ三酢酸(NTA)、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸(HIDA)、N-(2-ヒドロキシエチル)イミノ二酢酸、β-アラニンジ酢酸、シクロヘキサンジアミンテトラ酢酸、イミノジ酢酸、N-(2-ヒドロキシエチル)イミノジ酢酸、ジエチレントリアミンペンタ酢酸(DTPA)、N-(2-ヒドロキシエチル)エチレンジアミントリ酢酸、グリコールエーテルジアミンテトラ酢酸、グルタミン酸ジ酢酸、アスパラギン酸ジ酢酸、メチルグリシンジ酢酸、イミノジコハク酸、セリンジ酢酸、ヒドロキシイミノジコハク酸、ジヒドロキシエチルグリシン、アスパラギン酸、グルタミン酸、および、トリエチレンテトラミン-N,N,N’,N’’,N’’’,N’’’-六酢酸等が挙げられる、好ましくはニトリロ三酢酸(NTA)が挙げられる。
【0033】
なお、可逆的結合性基とは、他の可逆的結合性基と結合(共有結合及び非共有結合を問わない)することにより可逆的連結基を構成可能な基であり、可逆的とは、可逆的結合性基から可逆的連結基への変換(結合)及び可逆的連結基から可逆的結合性基への変換(開裂)とが双方向に可能であることをいう(以下において同様)。
【0034】
[1-4.残存基]
残存基32は、ポリマー膜30の合成において凹部31の形状を形作ったモノマーの末端が残存したものである。単一粒体分析用イムノセンサ10の使用において、残存基32にはいかなるシグナル物質も結合させず、それ自体は分析において特異的結合やシグナル発現に用いられない。
【0035】
残存基32は、不可逆的結合性基であってもよいし可逆的結合性基であってもよく、共有結合性基であってもよいし非共有結合性基であってもよい。好ましくは、残存基32は、可逆的結合性基であり、より好ましくは共有結合性基である、このような基としては、チオール基(対応する可逆的連結基はジスルフィド基)、アミノオキシ基又はカルボニル基(対応する可逆的連結基はオキシム基)、ボロン酸基とジオール基(対応する可逆的連結基は環状ジエステル基)、アミノ基とカルボニル基(対応する可逆的連結基はシッフ塩基)、アルデヒド基もしくはケトン基とアルコール(対応する可逆的連結基はアセタール基)等が挙げられる。
【0036】
[1-5.検出対象(微小粒体)]
本発明の単一粒体分析用イムノセンサの検出対象となる膜構造を有する微小粒体(後述の微小粒体60)は、抗体物質AB1に対する抗原AG1を表面に有するものであれば原理上特に限定されるものではない。本発明の単一粒体分析用イムノセンサは蛍光を増強させることにより、ガラス基板上では見えないような単一の粒子を検出できる。よって、可視光の回折限界未満のサイズを有する微小粒子も検出対象とすることができる。可視光の回折限界を決める顕微鏡の空間分解能(回折限界理論値)は、下記式で表される。
【0037】
【0038】
上記式中、λは測定波長nmを表し、NAは対物レンズ開口数を表す。例えば、λが700nm、NAが0.95の対物レンズによる回折限界理論値は、449nmである。微小粒体のサイズの好ましい例としては、400nm以下、より好ましくは300nm以下、更に好ましくは200nm以下、一層好ましくは150nm以下、特に好ましくは130nm以下が挙げられる。微小粒体のサイズの下限としては特に限定されないが、例えば20nm以上、30nm以上、40nm以上、又は50nm以上が挙げられる。
【0039】
膜構造を有する微小粒体は、具体的には、生体由来の微小粒体であり、例えば、細胞外微粒子、細胞内小胞、及びオルガネラが挙げられる。膜構造としては、脂質二重膜構造が挙げられる。細胞外微粒子としては、エキソソーム、マイクロベシクル、アポトーシス小体等が挙げられる。細胞内小胞としては、リソソーム、エンドソーム等が挙げられる。オルガネラとしてはミトコンドリア等が挙げられる。これらの微小粒体の中でも、細胞間コミュニケーションツールの1つとして重要な役割を果たすと考えられており有用性が高い点で、エキソソームがより好ましい。
【0040】
[1-6.抗体物質(キャプチャー抗体物質)]
抗体物質AB1は、検出対象である微小粒体への特異的結合能を有していればよい。明細書において、抗体物質とは、抗体と抗体様物質とを含む意である。抗体とは、免疫グロブリンの完全な基本構造を有するタンパク質をいい、抗体様物質とは、免疫グロブリンの断片(抗体フラグメント)をいう。抗体としては、例えば、免疫グロブリン(Ig)、キメラ抗体等が挙げられ、より具体的には、IgG、IgA、IgM、IgE、IgD等が挙げられる。前記キメラ抗体は、例えば、ヒト化抗体等が挙げられる。前記抗体は、例えば、マウス、ウサギ、ウシ、ブタ、ウマ、ヒツジ、ヤギ等の哺乳動物、ニワトリ等の鳥類、ヒト等の動物種由来のものでもよく、特に制限されない。前記抗体は、例えば、前記動物種由来の血清から、従来公知の方法により調製してもよいし、市販の抗体を使用してもよい。前記抗体は、例えば、ポリクローナル抗体およびモノクローナル抗体のいずれでもよく、モノクローナル抗体が好ましい。抗体様物質としては、例えば、Fab、Fab’、F(ab’)2、ScFv等が挙げられる。
【0041】
抗体物質AB1は、検出対象となる微小粒体が有する抗原AG1の種類に応じて当業者が適宜選択することができる。例えば微小粒体がエキソソームである場合、エキソソームの特異的抗原AG1として、例えば、CD63、CD9、CD81、CD37、CD53、CD82、CD13、CD11、CD86、ICAM-1、Rab5、Annexin V、LAMP1等を有しているため、これらの特異的抗原に対する抗体を抗体物質AB1として用いることができる。これらの特異的抗原に対する抗体の少なくともいずれかを抗体物質AB1として用いることができる。
【0042】
なお、抗体物質AB1としては、簡便性及び検出対象に対する抗体物質のアフィニティを良好に確保する観点、並びに単一粒体分析用イムノセンサ10の作製容易性又は汎用性等の観点から、修飾基を有していないものを用いることができる。この場合における修飾基とは、シグナル物質等、アフィニティとは異なる目的で設けられる修飾基をいう。一方、この修飾基には、抗体物質結合用基22との結合に寄与する基(例えばヒスチジンタグ等)は含まない。
【0043】
[2.単一粒体分析用イムノセンサの製造方法]
本発明の単一粒体分析用イムノセンサの製造方法は、以下の工程を含む。
プラズモニックチップに、結合性官能基と重合開始性基とを表面に有する分子膜を形成する分子膜形成工程;
前記結合性官能基に対し、第1の可逆的連結基を介して、鋳型を導入する鋳型導入工程;
重合性モノマーを加え、前記重合性モノマーを基質とし、前記重合開始性基を重合性開始剤として、前記鋳型の前記表面の一部に対する分子インプリントポリマーを合成することで前記プラズモニックチップ表面にポリマー膜を形成する重合工程;及び
前記鋳型を除去する除去工程。
【0044】
図3~
図7に、本発明の単一粒体分析用イムノセンサを製造する方法の一例を模式的に示す。
図3~7に示す製造方法は、以下の工程を含む。
プラズモニックチップ20に、結合性官能基22aと重合開始性基23aとを表面に有する分子膜21を形成する分子膜形成工程(
図3);
結合性官能基22aに対し、第1の可逆的連結基22bを介して鋳型40を導入する鋳型導入工程(
図4);
鋳型40の表面を、第2の可逆的連結基32bを介して重合性官能基33で修飾する表面修飾工程(
図5);
重合性モノマー35を加え、重合性官能基33及び重合性モノマー35を基質とし、重合開始性基23aを重合性開始剤として、鋳型40の表面の一部に対する分子インプリントポリマーを合成することでプラズモニックチップ20表面にポリマー膜30を形成する重合工程(
図6);及び
第1の可逆的連結基22b及び第2の可逆的連結基32bを開裂させて、それぞれ抗体物質結合用基22及び残存基32へ変換するとともに、鋳型40を除去する除去工程(
図7)。
以下、各工程について図を参照しながら詳述する。
【0045】
[2-1.分子膜形成工程]
図3に示すように、分子膜形成工程では、プラズモニックチップ20に、結合性官能基22aと重合開始性基23aとを表面に有する分子膜21を形成する。
【0046】
結合性官能基22aは、重合開始性基23aと異なる基であって、後述の鋳型導入工程で鋳型40まで分子鎖を伸長するために用いられる試薬に応じた基が当業者によって適宜決定される。図示された態様では、結合性官能基22aがアミノ基である場合を例示している。
【0047】
重合開始性基23aとしては、重合開始剤として機能しうる構造を有していれば特に限定されず、後述の重合工程において用いる重合反応に応じて当業者が適宜決定することができる。例えば、重合開始性基23aとしては、重合反応時にラジカルを発生する構造を有する基、具体的には有機ハロゲンに由来する炭素-ハロゲン結合基(-CX基;Xはハロゲン原子を示す。)が挙げられる。図示された態様では、重合開始性基23aが-CBr基である場合を例示している。
【0048】
分子膜21は、結合性官能基22aを末端に有する分子及び重合開始性基23aを末端に有する分子を用いた混成自己組織化による単分子膜として従来公知の方法によって形成することができる。これによって、分子膜21は、混成自己組織化単分子膜(mixed SAMs)として形成することができる。
【0049】
[2-2.鋳型導入工程]
図4に示すように、鋳型導入工程では、結合性官能基22aに対し、第1の可逆的連結基22bを介して、人工粒子を鋳型40として導入する。
【0050】
第1の可逆的連結基22bは、第1の可逆的連結基22bから可逆的結合性基(すなわち前述の抗体物質結合用基22)への開裂と、可逆的結合性基(すなわち前述の抗体物質結合用基22)から第1の可逆的連結基22bへの結合と、が双方向に可能である基であれば特に限定されない。好ましくは、第1の可逆的連結基22bは、キレート結合性基同士が金属の配位を介して結合したキレート結合基であってよい。図示された態様では、第1の可逆的連結基22bとして、アミノポリカルボン酸系キレート剤由来基であるニトリロ三酢酸(NTA)基(抗体物質結合用基22の一種)と、当該抗体物質結合用基22と結合して第1の可逆的連結基22bを形成可能な基25の一種であるヒスチジンタグ(図中のヒスチジンタグは模式的に示したものであるため、正確な分子構造を示しているわけではなく、ヒスチジンタグの一部のイミダゾイル基を強調表示したものである。)とが、ニッケルイオンを介してキレート結合された構造を例示している。
【0051】
図3~7に示された態様においては、鋳型40としては、好ましくは人工粒子が挙げられる。人工粒子は工業生産品であり粒径制御されていることから、単一粒体分析用イムノセンサに形成する凹部のサイズの制御及び均質化も容易であるため、より分析特性に優れた単一粒体分析用イムノセンサを作製することができる。
【0052】
人工粒子としては、鋳型として用いることができる限度において特に限定されず、人工的に製造された無機粒子及び有機粒子が挙げられる。無機粒子としては、金属、金属の酸化物、窒化物、フッ化物、硫化物、ホウ化物、及びそれらの複合化合物、並びに、ハイドロキシアパタイト等が挙げられ、好ましくは、二酸化珪素(シリカ)が挙げられる。また、有機粒子としては、ラテックス硬化物、デキストラン、キトサン、ポリ乳酸、ポリ(メタ)アクリル酸、ポリスチレン、ポリエチレンイミン等が挙げられる。凹部31(
図1等参照)の大きさが鋳型40の大きさに依存するため、人工粒子の大きさは検出対象である微小粒体の大きさによって適宜決定することができる。微小粒体を受け入れるための凹部31を形成するためには、当該微小粒体以上の大きさを有する人工粒子を用いればよい。例えば、人工粒子の大きさとしては、例えば1nm~10μm、好ましくは50nm~1μm、より好ましくは100~500nmのものから選択することができる。
【0053】
人工粒子である場合の鋳型40は、表面に、上述の抗体物質結合用基22と結合することで上述の第1の可逆的連結基22bの形成が可能な基25と、上述の残存基32と結合することで上述の第2の可逆的連結基32bの形成が可能な可逆的結合基42とを有する。抗体物質結合用基22については上記「1-3.抗体物質結合用基」の欄において述べた通りである。
【0054】
可逆的結合性基42は、他の可逆的結合性基(具体的には前述の残存基32が相当する)と結合することで第2の可逆的連結基32bに変換される基であればよく、たとえば、チオール基(対応する第2の可逆的連結基32bはジスルフィド基)、アミノオキシ基又はカルボニル基(対応する第2の可逆的連結基32bはオキシム基)、ボロン酸基とジオール基(対応する第2の可逆的連結基32bは環状ジエステル基)、アミノ基とカルボニル基(対応する第2の可逆的連結基32bはシッフ塩基)、アルデヒド基もしくはケトン基とアルコール(対応する第2の可逆的連結基32bはアセタール基)等が挙げられる。
【0055】
図示された態様においては、抗体物質結合用基22はニトリロ三酢酸(NTA)基、抗体物質結合用基22と結合して第1の可逆的連結基22bを形成可能な基25はヒスチジンタグ、可逆的連結基42はチオール基である。チオール基として示される可逆的連結基42は、残存基32と結合して第2の可逆的連結基32bを形成する。このように人工粒子の表面を特定の基で修飾する方法は広く知られているため、当業者は、導入すべき基25及び可逆的結合基42を、それら基の種類及び鋳型40の構成材料を考慮し、公知の表面修飾法に基づいて適宜導入することができる。
【0056】
このように、基25としてヒスチジンタグと可逆的結合基42としてチオール基とを人工粒子表面に有する鋳型40を結合させることによって、プラズモニックチップ20上の結合性官能基22aであるアミノ基に対し、第1の可逆的連結基22bを介して、鋳型40が導入される。
【0057】
[2-3.表面修飾工程]
図5に示すように、表面修飾工程では、鋳型40の表面を、第2の可逆的連結基32bを介して重合性官能基33で修飾する。より具体的には、鋳型40表面の可逆的結合性基42を第2の可逆的連結基32bに変換するとともに重合性官能基33を導入する。
【0058】
重合性官能基33は、重合性不飽和結合を有していればよく、代表的なものとして(メタ)アクリル基が挙げられる。
【0059】
図示された態様では、鋳型40表面における第2の可逆的結合性基42であるチオール基に、重合性官能基33としての(メタ)アクリル基とジスルフィド結合とを含む分子34をジスルフィド交換することにより、チオール基を第2の可逆的連結基32bであるジスルフィド基に変換するとともに鋳型40の表面を重合性官能基33で修飾する態様を例示している。図示された態様においては、予め表面に第2の可逆的結合性基42であるチオール基を有している鋳型40を用いることで、第2の可逆的連結基32bを鋳型40の表面のみに形成することができる。
【0060】
[2-4.重合工程]
図6に示すように、重合工程では、重合性モノマー35を加え、重合性官能基33及び重合性モノマー35を基質とし、重合開始性基23aを重合性開始剤として、鋳型40の表面の一部に対する分子インプリントポリマーを合成する。これによって、プラズモニックチップ20表面に、凹部31を有するポリマー膜30を形成する。
【0061】
なお、本明細書においては、鋳型を用いたインプリンティング重合によって合成されるポリマーを、便宜上、分子インプリントポリマーと記載するものとし、分子インプリントポリマーには、鋳型として一般的な分子に該当しないものを用いた場合であっても、その鋳型を用いたインプリンティング重合によって合成されるポリマーも分子インプリントポリマーに含まれるものとする。
【0062】
重合性モノマー35は、上述のポリマー膜30において述べたように、生体適合性モノマーは、好ましくは親水性モノマーであり、より好ましくは双性イオンモノマーである。
【0063】
双性イオンモノマーは、酸性官能基(たとえば、リン酸基、硫酸基、およびカルボキシル基など)に由来するアニオン基と、塩基性官能基(たとえば、1級アミノ基、2級アミノ基、3級アミノ基および4級アンモニウム基など)に由来するカチオン基との両方を1分子中に含む。たとえば、ホスホベタイン、スルホベタイン、およびカルボキシベタインなどが挙げられる。
【0064】
より具体的には、ホスホベタインとしては、ホスホリルコリン基を側鎖に有する分子が挙げられ、好ましくは、2-メタクリロイロキシエチルホスホリルコリン(MPC)などが挙げられる。スルホベタインとしては、N,N-ジメチル-N-(3-スルホプロピル)-3’-メタクリロイルアミノプロパンアミニウムインナーソルト(SPB)、N,N-ジメチル-N-(4-スルホブチル)-3’-メタクリロイルアミノプロパンアミニウムインナーソルト(SBB)などが挙げられる。カルボキシベタインとしては、N,N-ジメチル-N-(1-カルボキシメチル)-2’-メタクリロイロキシエタンアミニウムインナーソルト(CMB)、N,N-ジメチル-N-(2-カルボキシエチル)-2’-メタクリロイロキシエタンアミニウムインナーソルト(CEB)などが挙げられる。
【0065】
プラズモニックチップ20表面上で、重合性官能基33、重合性モノマー35、重合開始性基23aおよび鋳型40が共存する重合反応系が構築されることにより、表面開始制御/リビングラジカル重合が進行する。当該重合反応系には、さらに、重合触媒として、遷移金属または遷移金属化合物と配位子とから形成される遷移金属錯体を含むことが好ましく、さらに還元剤を用いることがより好ましい。遷移金属または遷移金属化合物としては、金属銅又は銅化合物が挙げられ、銅化合物としては塩化物、臭素化物、ヨウ素化物、シアン化物、酸化物、水酸化物、酢酸化物、硫酸化物、硝酸化物、好ましくは臭素化物が挙げられる。配位子としては、多座アミンが好ましく、具体的には二座~六座配位子が挙げられる。これらの中でも、好ましくは二座配位子が挙げられ、より好ましくは2,2-ビピリジル、4,4’-ジ-(5-ノニル)-2,2’-ビピリジル、N-(n-プロピル)ピリジルメタンイミン、N-(n-オクチル)ピリジルメタンイミン等が挙げられ、より好ましくは2,2-ビピリジルが挙げられる。還元剤としては、アルコール、アルデヒド、フェノール類及び有機酸化合物等が挙げられ、好ましくは有機酸化合物が挙げられる。有機化合物としては、クエン酸、シュウ酸、アスコルビン酸、アスコルビン酸塩、アスコルビン酸エステル等が挙げられ、好ましくはアスコルビン酸、アスコルビン酸塩、アスコルビン酸エステル等が挙げられ、より好ましくはアスコルビン酸が挙げられる。具体的には、ラジカル発生源である重合開始性基23aから重合性モノマー35を基質としてポリマー鎖が伸長し、ポリマー膜の厚みを増すと共に、伸長ポリマー鎖が鋳型40表面に達すると、当該表面に修飾された重合性官能基33も基質として取り込むことで、鋳型40の表面形状に沿った形状の凹部31が形成されるようにポリマーが合成される。ポリマー膜は、プラズモニックチップ20に導入された鋳型40の上下径(図面の上方を上とした場合)の1/2程度、好ましくは1/3程度に相当する厚みまで成長させることができる。これによって、ポリマー膜30が得られる。なお、重合反応系における反応溶媒としては、鋳型40の変性抑制等の観点から、緩衝液等の水系の溶媒が好ましく用いられる。
【0066】
[2-5.除去工程]
図7に示すように、除去工程では、第1の可逆的連結基22b及び第2の可逆的連結基32bを開裂させて、それぞれ抗体物質結合用基22及び残存基32へ変換するとともに、鋳型40を除去する。上述の重合工程が第1の可逆的連結基22bが鋳型40に結合した状態で行われるため、鋳型40が除去された跡であるポリマー膜30の凹部31にのみ抗体物質結合用基22が配されるとともに、凹部31内に第2の可逆的連結基32bから生じた残存基32が残る。単一粒体分析用イムノセンサ10が得られる。
【0067】
[2-6.抗体物質(キャプチャー抗体物質)の導入]
単一粒体分析用イムノセンサは、分析対象である微小粒体に応じた抗体物質(キャプチャー抗体物質)導入して用いる。
図8に、抗体物質を導入する工程を模式的に示す。
【0068】
図8に示すように、抗体物質の導入は、抗体物質結合用基22に再度形成した第1の可逆的連結基22bを介して抗体物質結合性基22cを導入する工程と、抗体物質結合性基22cに抗体物質AB1を結合する工程とを含む。
【0069】
抗体物質結合性基22cを導入する工程では、第1の可逆的連結基22bを形成可能な基25と抗体物質結合性基22cとを有する分子を抗体物質結合用基22と反応させることが好ましい。第1の可逆的連結基22b及びそれを形成可能な基25については、上記「2-2.鋳型導入工程」の欄において述べた通りである。抗体物質結合性基22cは、抗体物質AB1へ結合可能な基であれば特に限定されないが、抗体物質24を配向結合する(つまり抗体物質AB1における微小粒体との結合部位が外側に向く方向で結合する)観点で、抗体物質AB1のFc領域に対する特異的結合能を有する基、具体的にはプロテインGであることが好ましい。図示された態様では、ヒスチジンタグ(第1の可逆的連結基22bを形成可能な基25)を有するプロテインG(抗体物質結合性基22c)を用いる例を挙げている。
【0070】
その後、抗体物質結合性基22cに対して抗体物質AB1を結合させる。抗体物質AB1については、上記「1-6.抗体物質(キャプチャー抗体物質)」の欄において述べた通りである。このようにして得られた単一粒体分析用イムノセンサ10aは、後述の単一粒体分析法に用いることができる。
【0071】
[3.単一粒体分析法]
本発明の単一粒体分析法は、以下の工程を含む。
単一粒体分析用イムノセンサに、膜構造を有する微小粒体と前記微小粒体の表面に発現している特異的抗原AG2に対して特異的な抗体物質AB2の蛍光標識体とを接触させ、前記微小粒体を、前記抗体物質AB2の蛍光標識体が結合した状態で前記抗体物質AB1を介して前記単一粒体分析用イムノセンサに固定する工程1;及び
蛍光顕微鏡にて前記抗体物質AB2の蛍光標識体に由来する輝点を検出する工程2。
【0072】
[3-1.工程1]
図9に、本発明の単一粒体分析法の工程1の一例を模式的に示す。
図9に示す工程1においては、単一粒体分析用イムノセンサ10aに、膜構造を有する微小粒体60と前記微小粒体60の表面に発現している特異的抗原AG2に対して特異的な抗体物質AB2の蛍光標識体とを接触させ、前記微小粒体60を、前記抗体物質AB2の蛍光標識体が結合した状態で前記抗体物質AB1を介して前記単一粒体分析用イムノセンサ10aに固定する。
【0073】
膜構造を有する微小粒体60については、上記「1-5.検出対象(微小粒体)」の欄において述べた通りである。単一粒体分析に使用される微小粒体60は、微小粒体60を含む適当な分析試料液として調製されていればよい。
【0074】
微小粒体60を含む分析試料液の態様としては特に限定されず、微小粒体60を分離する処理が行われたものであってもよいが、分析の迅速性の観点から、微小粒体60を分離する処理を経ていないものであってもよい。微小粒体60を分離する処理としては、超遠心分離、限外ろ過、連続フロー電気泳動、サイズフィルターを用いたろ過、ゲルろ過クロマトグラフィー等が挙げられる。
【0075】
微小粒体60を含む分析試料液としては、微小粒体60が存在している環境から得られる試料、微小粒体60が生じうる環境から得られる試料が挙げられる。例えば、血液、乳汁、尿、唾液、リンパ液、髄液、羊水、涙液、汗、鼻漏等の体液が挙げられ、さらに、これらの体液を、不要成分を除去する等の前処理を行った処理液、及びこれらの体液に含まれる細胞を培養して得られた培養液も挙げられる。これらの分析試料液のうち、尿、唾液、涙液、汗、鼻漏等の体液は、非侵襲性及び採取容易性の点で特に好ましい。
【0076】
単一粒体分析用イムノセンサ10aのポリマー膜30表面上に微小粒体60を含む分析試料液を接触させると、微小粒体60が凹部31内の抗体物質AB1に特異的に捕捉される。例えば微小粒体60がエキソソームである場合、エキソソームの表面に発現している特異的抗原AG1としての、例えば、CD63、CD9、CD81、CD37、CD53、CD82、CD13、CD11、CD86、ICAM-1、Rab5、Annexin V、LAMP1等のいずれかを介して抗体物質AB1に特異的に結合することによって捕捉される。
【0077】
更に、微小粒体60が表面に特異的に発現している上記特異的抗原AG1以外の特異的抗原AG2には、特異的抗原AG2に対する抗体物質AB2の蛍光標識体が結合する。蛍光物質AB2については、相補性決定領域が特異的抗原AG1に対応している限りにおいて特に限定されず、基本的に、抗体物質AB1についての「1-6.抗体物質(キャプチャー抗体物質)」の欄において述べた通りである。
【0078】
抗体物質AB2は、検出用抗体物質として用いられるものであるため、蛍光物質が標識されている。蛍光物質としては、サンドイッチイムノアッセイの検出用抗体物質として用いられるものが特に限定されることなく用いられる。具体的には、蛍光物質としては、フルオレセイン系色素、インドシアニン色素などのシアニン系色素、ローダミン系色素などの蛍光色素;緑色蛍光タンパク質(GFP)、アロフィコシアニン(APC)、フィコシアニン(PC)などの蛍光タンパク質;金コロイド、量子ドットなどのナノ粒子などが挙げられる。
【0079】
ここで、単一粒体分析用イムノセンサ10aには、微小粒体60を捕捉できる抗体物質AB1が凹部31内にしか存在しないため、微小粒体60は、ポリマー膜30表面上において、凹部31外のプラズモニックチップ20表面には吸着せず、凹部31内に特異的に吸着する。従って、工程1において、単一粒体分析用イムノセンサ10aに対して、微小粒体60の接触工程と前記抗体物質AB2の標識体の接触工程とを分ける必要はなく、微小粒体60の接触工程と前記抗体物質AB2の標識体とを混合した状態で単一粒体分析用イムノセンサ10aに接触させることができる。通常のサンドイッチイムノアッセイでは、キャプチャー抗体への分析対象の結合工程と、結合しなかった分析対象の洗浄工程と、分析対象への検出用抗体の結合工程とが必須となるところ、本発明の単一粒体分析法では、単一粒体分析用イムノセンサ10aを用いることで、通常のサンドイッチイムノアッセイでは不可能な工程の省略が可能となるため、迅速な分析が可能となる。
【0080】
また、本発明の単一粒体分析法では、微小粒体60の表面に発現する特異的抗原の種類に応じて、複数種の検出用抗体を用いることができる。例えば
図10に示すように、特異的抗原AG1,AG2a,AG2bが発現している微小粒体60A(
図10(a))と、特異的抗原AG1,AG2bが発現している微小粒体60B(
図10(b))とを識別する場合、検出用抗体として、特異的抗原AG2aに対する抗体物質AB2aの標識体と特異的抗原AG2bに対する抗体物質AB2bの標識体とを組み合わせて用いることができる。この場合、抗体物質AB2aの蛍光標識体における蛍光標識と、抗体物質AB2bの蛍光標識体における蛍光標識とは、互いに異なるもの(異なる色を呈する蛍光標識)を用いることができる。これによって、検出される標識の色によって、微小粒体60A及び微小粒体60Bのいずれが検出されたかを識別することができる。更にこの場合においても、微小粒体60A又は微小粒体60Bと、抗体物質AB2aの蛍光標識体及び抗体物質AB2bの蛍光標識体とを混合した状態で単一粒体分析用イムノセンサ10aに接触させることができる。
【0081】
微小粒体60を、抗体物質AB2の蛍光標識体が結合した状態で単一粒体分析用イムノセンサ10aに固定した後、単一粒体分析用イムノセンサ10aを洗浄することで、余分な成分を除去する。
【0082】
[3-2.工程2]
工程2においては、蛍光顕微鏡にて抗体物質AB2の蛍光標識体に由来する輝点を検出する。なお、
図10に示したように、検出用抗体として複数種の抗体物質AB2の蛍光標識体(図示された態様では、抗体物質AB2aの蛍光標識体及び抗体物質AB2bの蛍光標識体)は、抗体物質AB2aの蛍光標識体及び抗体物質AB2bの蛍光標識体に由来する輝点を検出する。
【0083】
本発明の単一粒体分析法では、基板にプラズモニックチップを用いたイムノセンサを用いるため、単一粒子に由来する蛍光が増強され、輝点として可視化することができる。さらに、本発明の単一粒体分析法では、分子インプリントにより形成したポリマー膜30を備えるイムノセンサを用いるため、工程1において、微小粒体60が、ポリマー膜30表面上で凹部31外のプラズモニックチップ20表面には吸着せず、凹部31内に特異的に吸着することで微小粒体60の非特異吸着を抑制するとともに、抗体物質AB2の蛍光標識体による凝集体の非特異吸着も抑制するため、輝点の識別が容易で、感度の高い分析が可能となる。
【0084】
蛍光像の具体的な分析においては、蛍光像中の輝点を横断する直線距離に対する蛍光強度の関係を示す蛍光曲線を作成し、蛍光曲線における蛍光ピークの半値全幅(FWHM)が閾値以下である輝点を、微小粒体の単一粒体とみなすことができる。これによって、回折限界以下のサイズの単一粒体を検出することが可能になる。ここで、閾値は、上記「1-5.検出対象(微小粒体)」の欄で述べた回折限界理論値に所定の値Fを乗じた値であり、具体的には下記式1で表される。
【0085】
【0086】
式1中、λは測定波長(nm)を表し、NAは対物レンズ開口数を表し、Fは1.4以下、好ましくは1.3以下、より好ましくは1.26以下を表す。Fの範囲の下限としては特に限定されないが、例えば0.5以上が挙げられる。
【0087】
このように単一粒体を検出することにより、当該単一粒体の存在の確認ができるだけでなく、検出された蛍光の種類によっては、当該単一粒体の種類を同定することができ、更に、検出された単一粒体の数から、当該微小粒体の定量を行うこともできる。
【実施例】
【0088】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0089】
[試験例1:単一粒体分析用イムノセンサの作製]
(1)プラズモニックチップの作製
カバーガラス(0.12mm)上に、光硬化性樹脂を用いた光ナノインプリント法によって、光硬化樹脂層(10~100μm)を積層した基板を調製した。この基板は、光硬化樹脂において、凹凸ピッチ480nm、溝深さ30nmの同心円状の周期構造の微細パターン(同心円の最外直径:φ20μm)が、同心円中心が六方格子点状に配列するよう、最外同心円同士を5μm離間させて配置させている。基板の周期構造側(光硬化樹脂層側)の表面に、チタン/銀/チタン/SiO2の順に膜厚0.3nm/100nm/0.6nm/30nmで成膜したプラズモニックチップ(比較例1用)と、チタン/金の順に膜厚0.3nm/100nmで成膜したプラズモニックチップ(実施例1用)とを作製した。
【0090】
(2)鋳型の合成-チオール基およびヒスチジンタグ(His-tag)を導入したシリカナノ粒子の合成
シリカ粒子(粒径:200nm)200μLを真空乾燥し、dry DMSOに置換した。エチル(ジメチルアミノプロピル) カルボジイミド(EDC;5.0×10-2μmol,10eq)、N-ヒドロキシコハク酸イミド(NHS;5.0×10-2μmol,10eq)及びN,N-ジイソプロピルエチルアミン(DIEA;5.0×10-2μmol,10eq)をdry DMSO3mLに溶解させ、置換したシリカ粒子に加えた。これを遮光し、25℃のシェイカー上で終夜混合した。その後、遠心分離(14000G,10min)を、上澄み1mLをdry DMSOに置換しながら3回行い、粒子の精製を行った。精製後の粒子及びdry DMSOを小ビンに移し、遮光した状態で、シリカ粒子が分散するまで超音波を当てた。このシリカ粒子に対して、His-tag(末端はリジン残基でありフリーのεアミノ基を有する;1.0×10-1μmol,40eq,1mL)のdry DMSO(100μL)溶液、及び2-アミノエタンチオール塩酸塩(1.0×10-1μmol,40eq,1mL)のdry DMSO(100μL)溶液を加えて、室温で6時間反応させた。反応後の液を、遠心分離(14000G,10min)を3回行うことによって粒子を沈殿させ、ろ過を行い、チオール基およびヒスチジンタグを導入したシリカナノ粒子(SH・His-tag化シリカナノ粒子)を得た。
【0091】
(3)単一粒体分析用イムノセンサ(実施例1用)の作製
上記(1)で得られた実施例1用のプラズモニックチップに、以下のようにして、アミノ基及びブロモ基が末端となる混成自己組織化単分子膜(mixed SAMs)を作製し(分子膜形成工程)、アミノ基末端へNTA基を導入し、NTA-Ni錯体を形成した後、キレート結合によりSH・His-tag化シリカナノ粒子を固定化した(鋳型導入工程)。その後、シリカナノ粒子にメタクリル基修飾を施し(表面修飾工程)、表面開始制御/リビングラジカル重合によりポリマー薄膜を合成した(重合工程)。最後にシリカナノ粒子を除去し(除去工程)、抗体物質AB1を導入して(キャプチャー抗体物質導入工程)、単一粒体分析用イムノセンサを得た。
【0092】
(3-1)ブロモ基およびアミノ基をもつ混合自己組織化単分子膜形成(分子膜形成工程)
濃硫酸及び30w/v%過酸化水素水を3:1(体積基準)で混合し、ピラニア溶液を作製した。プラズモニックチップをピラニア溶液に室温で15分間浸漬させ有機残滓を除去した。プラズモニックチップを純水で洗浄後、0.5 mM Amino-EG6-undecanthiol hydrochloride(同仁化学研究所)のEtOH溶液0.5ml、及び0.5mM Bis [2-(2-bromoisobutyryloxy) undecyl] disulfide(Sigma-Aldrich)のEtOH溶液0.5mlにプラズモニックチップを浸漬させ、25℃で終夜反応させた。これによって、プラズモニックチップ表面に、ブロモ基およびアミノ基をもつ混合自己組織化単分子膜を形成させた。
【0093】
(3-2)SH・His-tag化シリカナノ粒子のNi-NTAを介した固定化(鋳型導入工程)
10 mM isothiocyanobenzyl-nitrilotriacetic acid (ITC-NTA)を含む溶液(50μL dry DMSOに溶した後、10mMのpH9.2の炭酸バッファー180μLで希釈して調製したもの)100 μLを、mixed SAMsを形成したプラズモニックチップに滴下し、25℃で2時間静置することで、アミノ基をNTAで修飾した。その後、プラズモニックチップをDMSO及び純水(MilliQ)で洗浄後、4 mM NiCl2水溶液100 μLを滴下し、室温で15分間静置することで、Ni-NTA錯体を形成した。純水(MilliQ)で洗浄後、上記(2)で得られたSH・His-tag化シリカナノ粒子を含有する水溶液(固形分濃度5.1 mg/ml、MilliQで5倍希釈して調製したもの) 100 μlをプラズモニックチップに滴下し、25℃で1時間静置した。
【0094】
(3-3)固定されたSH・His-tag化シリカナノ粒子のメタクリロイル化(表面修飾工程)
その後、ガラスシャーレ中で、100 μM 2-(2-Pyridyl)dithioethyl methacrylateの PBS (pH 7.4)溶液1mL中にプラズモニックチップを浸して25℃で一晩静置させることで、ジスルフィド交換反応によってシリカナノ粒子表面のSH基にジスルフィドを介してメタクリロイル基の導入を行った。
【0095】
(3-4)MIP薄膜の作製(重合工程)
以下のようにして、表面開始原子移動ラジカル重合(SI-ATRP;Surface-initiated atom transfer radical polymerization)によってポリマー薄膜を合成した。
【0096】
25 mLのシュレンクフラスコに、周期構造が上となるように置き、2-メタクリロイロキシエチルホスホリルコリン(MPC)1mL、2,2'-Bipyridyl(ナカライテスク)及びCuBr2(ナカライテスク)の混合液1mL、及びPBS (10 mM posphate,140 NaCl, pH7.4)7mLを加え、窒素雰囲気下で、L-Ascorbic Acid(L(+)-Ascorbic Acid、ナカライテスク)1mLをシリンジで注入し、重合を開始した。重合条件は、40℃のウォーターバス中で3時間とし、重合反応の間、低速で振とうし続けた。これによって、プラズモニックチップ上に、表1のモノマーと共にシリカナノ粒子のメタクリロイル基も共重合されたポリマー薄膜を得た。重合終了後、チップをプラスチックシャーレに置き、1 M エチレンジアミン四酢酸-4Na 水溶液に15分間浸漬し、MilliQで洗浄することで、ATRPに用いたCu2+を取り除いた。
【0097】
(3-5)シリカナノ粒子の除去(除去工程)
チップを50 mM トリス(2-カルボキシエチル)フォスフィン・HCl(TCEP)水溶液に25℃で3時間浸漬させ、ポリマーとシリカナノ粒子とを結合させているジスルフィド結合を還元・切断した。MilliQで洗浄後、0.5 wt% SDSを含む50 mM酢酸バッファー (pH 4.0)にチップを1時間浸漬して、Ni-NTA及びHis-tagを介して結合していたシリカナノ粒子をポリマー薄膜から洗い出した。これによって、抗体物質結合用基が、ポリマー薄膜のうち鋳型に対応した凹部以外の部分には存在せず鋳型に対応した凹部内のみに存在し、凹部表面には残存基としてフリーのSH基が残る(且つ、前述のEDTA-4Na処理でNI-NTAのニッケルが除去されている)MIP基板(単一粒体分析用イムノセンサ10)を作製した。
【0098】
(3-6)抗体物質AB1の導入(キャプチャー抗体物質導入工程)
得られたMIP基板に再度Ni-NTAを形成させるため、4 mM NiCl2水溶液で15分、MIP基板を処理した。その後、PBSに溶解した50 μM His-tag Protein Gを基板に添加し30分インキュベートすることで、His-tagを介して抗体を結合可能なProtein Gを固定化した。最後に、PBSに溶解した抗体(Biotin-anti-CD63, 500倍希釈)を添加し30分インキュベートし、抗CD9抗体をProtein Gを介して固定化した。Protein Gは、抗体のFc領域に結合することから、固定化された抗体の配向は一様となる。これによって、実施例1に用いる単一粒体分析用イムノセンサ10aが得られた。
【0099】
(4)ポリドーパミン界面アッセイ用イムノセンサ(比較例1用)の作製
上記(1)で得られた比較例1用のプラズモニックチップに、Dopamine-HCl(SIGMA H8502)と10mM Tris buffer(pH8.5)とを用いて調製した2mg/mLのドーパミン溶液を滴下し、20分間静置し、MilliQで洗浄することで、ポリドーパミン(PDA)コーティングを行った。得られたPDA膜厚はおよそ2~3nmであった。
【0100】
プラズモニックチップのPDA膜に、10μLの50 μM Protein Gを添加して30分インキュベートし、10μLのビオチン標識抗体(Biotin-anti-CD63, Anti-CD63, Mouse (MEM-259), Biotin, Funakoshi GTX52381、500倍希釈)を添加して30分インキュベートし、10μLのBSA(10μM)を添加して15分インキュベートした。これによって、比較例1に用いるポリドーパミン界面アッセイ用イムノセンサが得られた。
【0101】
[試験例2:単一粒子分析(予備試験)]
本試験例では、回折限界理論値以下のサイズを有する粒子について、蛍光像における単一粒子の識別を行った。
【0102】
(1)蛍光像の取得
試験例1の(1)で得たプラズモニックチップに、直径200nmのDark redナノ粒子を吸着させ、正立落射蛍光顕微鏡(EM-CCDカメラ(Andor iXON)、水銀ランプ(Olympus U-LH100HG)、100倍の対物レンズ(PLAN FLN,開口数NA=0.95)、Cy5蛍光フィルターユニット)を用いて観察した。得られた蛍光像を
図11に示す。
【0103】
(2)蛍光像の分析
蛍光像中の輝点について、
図11のA-Aで示される輝点nを横断する直線距離(pixcel number、ピクセル当たり160nm)に対する蛍光強度(count)をプロットした蛍光曲線を
図12に示す。
図12の蛍光曲線において、蛍光ピークの頂点の蛍光強度F
P及びベースラインの蛍光強度F
Bとの差分(F
P-F
B)を輝点nの蛍光強度とし、輝点nの蛍光強度の半分の値におけるピーク幅を単位nmで表した値を、半値全幅FWHMとして導出した。蛍光像中のそれぞれの輝点に対して同様の処理を行って半値全幅を求めた結果、すべての輝点における半値全幅の平均が570nmであることが分かった。つまり、本試験では、回折限界以下のサイズのナノ粒子は570nmで観察されることが分かった。これに基づいて、輝点の半値全幅の閾値を、回折限界理論値に所定の値F(1.3以下、好ましくは1.26以下)を乗じた値とし、下記式(1)で表される閾値以下であれば単一の粒子とみなすことができることを見出した。
【0104】
【0105】
[試験例3:単一粒子分析]
試験例1の(3)で得られた単一粒体分析用イムノセンサ10a(実施例1)、又は、試験例1の(4)で得られたポリドーパミン界面アッセイ用イムノセンサ(比較例1)を用いて、エキソソームの単一粒子分析を行った。実施例1による分析の模式的概要図を
図13(a)に、比較例1による分析の模式的概要図を
図13(b)に示す。
【0106】
(1)実施例1
試験例1の(3)で得られた単一粒体分析用イムノセンサ10aに、エキソソーム(Purified Exosome from Human Serum, Funakoshi EXOP-500A-1、280fM又は93fM)10μLと、アロフィコシアニン標識抗体(Anti-CD9, Mouse-Mono(SN4), APC、Funakoshi NBP1-43444APC BSA standard Powder Qty BIODESIGN、1000倍希釈)10μLと、PBS 80μLと、を含む試料液を添加し、シェーカー上で、遮光及び保冷した状態で1.5時間放置した。また、コントロールとして、エキソソームを試料液に含ませなかったこと除いて同様の操作を行った。
【0107】
(2)比較例1
試験例1の(4)で得られたポリドーパミン界面アッセイ用イムノセンサを用いたことを除いて、実施例1と同様の操作を行った。
【0108】
(3)蛍光像の分析
正立落射蛍光顕微鏡(EM-CCDカメラ(Andor iXON)、水銀ランプ(Olympus U-LH100HG)、100倍の対物レンズ(PLAN FLN,開口数NA=0.95)、Cy5蛍光フィルターユニット)を用いて、実施例1及び比較例1によるイムノセンサ表面を観察した。実施例1により得られた蛍光像を
図14に示し、比較例2により得られた蛍光像を
図15に示す。比較例1によると、
図15に示すとおり蛍光の背景強度が過度であることに対し、実施例1によると、
図14に示すとおり蛍光の背景強度が抑制され、精度が向上していることが認められる。
【0109】
また、試験例2で行った手法と同様にして
図14及び
図15における輝点の蛍光強度と半値全幅とを求め、輝点ごとにプロットした図を、それぞれ、
図16(実施例1)及び
図17(比較例1)に示す。また、試験例2の結果に基づき、半値幅が570nm以下の輝点を、単一エキソソームとみなした。その結果、
図17(比較例1)では、エキソソーム280fMの試料液からは14個、エキソソーム93fMの試料液からは8個、コントロールからは4個の、単一エキソソームとみなされた輝点が認められたことに対し、
図16(実施例1)では、エキソソーム280fMの試料液からは16個、エキソソーム93fMの試料液からは9個の、単一エキソソームとみなされた輝点が認められ、コントロールからは単一エキソソームは認められなかった。
【0110】
比較例1において4個の偽陽性が認められたことに対して実施例1では偽陽性が認められなかったことに鑑みると、実施例1によれば、特異度の高い単一エキソソーム分析が可能であることが示されている。また、比較例1ではコントロールで4個の偽陽性が認められたにも関わらずエキソソームを含有する試料液では実施例1よりも単一エキソソームと認められる輝点が少ない結果となったことに鑑みると、実施例1によれば、感度も高い単一エキソソーム分析が可能であることが示されている。
【0111】
さらに、実施例1の結果に基づいて、分析試料中のエキソソーム濃度(fM)と検出されたエキソソームの個数(個)との関係を
図18に示す。
図18に示されるとおり、分析試料中のエキソソーム濃度に依存した検出個数が示された。この結果は、エキソソームの定量が可能であることを示している。
【0112】
本発明の好ましい実施形態は上記の通りであるが、本発明はそれらのみに限定されるものではなく、本発明の趣旨から逸脱することのない様々な実施形態が他になされる。
【符号の説明】
【0113】
10…単一粒体分析用イムノセンサ
20…プラズモニックチップ
21…分子膜
22…抗体物質結合用基(可逆的結合性基)
22a…結合性官能基
22b…第1の可逆的連結基
22c…抗体物質結合性基
23a…重合開始性基
25…抗体物質結合用基と結合することで第1の可逆的連結基の形成が可能な基
30…ポリマー膜
31…凹部
32…残存基(可逆的結合性基)
32b…第2の可逆的連結基
33…重合性官能基
35…重合性モノマー
40…鋳型
42…可逆的結合性基(残存基と結合することで第2の可逆的連結基の形成が可能な可逆的結合基)
60,60A,60B…膜構造を有する微小粒体(検出対象)
AG1…膜構造を有する微小粒体(検出対象)の表面に発現している特異的抗原
AG2,AG2a,AG2b…膜構造を有する微小粒体(検出対象)の表面に発現している特異的抗原
AB1…膜構造を有する微小粒体(検出対象)に特異的な抗体物質
AB2,AB2a,AB2b…膜構造を有する微小粒体(検出対象)に特異的な抗体物質