(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-01
(45)【発行日】2024-03-11
(54)【発明の名称】医療用膜材料
(51)【国際特許分類】
A61L 27/36 20060101AFI20240304BHJP
A61L 15/42 20060101ALI20240304BHJP
A61L 15/40 20060101ALI20240304BHJP
C07K 14/78 20060101ALN20240304BHJP
【FI】
A61L27/36 100
A61L15/42 100
A61L15/40 100
C07K14/78
(21)【出願番号】P 2020531401
(86)(22)【出願日】2019-07-22
(86)【国際出願番号】 JP2019028693
(87)【国際公開番号】W WO2020017661
(87)【国際公開日】2020-01-23
【審査請求日】2022-07-12
(31)【優先権主張番号】P 2018137107
(32)【優先日】2018-07-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002480
【氏名又は名称】弁理士法人IPアシスト
(72)【発明者】
【氏名】大久保 直登
【審査官】梅田 隆志
(56)【参考文献】
【文献】FENG,G. et al.,Oral Diseases,2018年04月,Vol.24,No.3,pp.429-441.
【文献】LEE,H.J. et al.,Journal of Hard Tissue Biology,2017年,Vol.26,No.2,pp.223-230.
【文献】矢作 茂,歯科学報,1985年,Vol.85,No.2,pp.135-165.
【文献】KIM,S.Y. et al.,International Journal of Oral and Maxillofacial Surgery,2017年,Vol.46,Suppl.1,p.271.
【文献】ZHU,L. et al.,Dental Materials,2017年,Vol.33,No.11,pp.1315-1323.
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 15/00-15/64
C07K 14/00-14/825
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウシの抜去歯に由来する平板状又は膜状の完全に脱灰された脱灰象牙質基質(DDM)からなり、その面積が2cm
2から50cm
2の範囲である医療用膜材料であって、ヒト又は非ヒト動物の患部に密着させることにより患部に貼り付けて患部を保護、補強又は接着するための移植材として用いられる、前記医療用膜材料。
【請求項2】
表面が連続した形状を有する、請求項1に記載の医療用膜材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療用膜材料、医療用膜材料を用いる非ヒト動物を手術する方法及び医療用膜材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
歯はエナメル質(歯の表層部)、象牙質、歯髄、セメント質、歯根膜で構成され、大部分の領域はエナメル質と象牙質で占められている(特許文献1)。歯の象牙質は、生体内で生成された天然の高純度コラーゲン架橋体を含むため、バイオマテリアル(生体材料)としての利用価値が高いと考えられる。特に、歯を脱灰処理することにより得られる脱灰象牙質基質(DDM)はコラーゲンが主成分であり、骨形成の足場材として利用することが試されている。例えば、非特許文献1には、DDM上(10×5×2mm)で骨芽細胞を増殖させたところ、DDM表面に骨芽細胞が多数接着し伸展したことが記載されている。
【0003】
また、DDMの粉砕品であるDDM顆粒や粉末は、歯科臨床治療で移植材として用いられている。非特許文献2には、顆粒状のDDMを充填材として用い、歯槽骨の再生治療に用いたことが記載されている。さらに、非特許文献2は、ブロック状のDDMについても記載している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Koga T, et al. (2016) PLoS ONE 11(1): e0147235. doi:10.1371/journal.pone.0147235
【文献】In-Woong Um et al., J Indian Prosthodont Soc 2017;17:120-7.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のとおり、歯の象牙質の特性を生かした医療用材料、特にバイオマテリアルとして、DDM顆粒や粉末などの粉砕品とDDMブロックが知られている。しかしながら、DDM粉砕品やブロックは、その用途が充填材に限られているため、粉砕品やブロックとは異なる形状を有するDDMバイオマテリアルの開発が求められていた。
【0007】
従来、医療用材料として、膜状の多様なコラーゲン製品が開発されているが、これらはウシやブタの真皮由来のコラーゲンを原料としており、歯の象牙質を原料とするものは存在しない。また、従来のコラーゲン製品のほとんどは、抗原性を低下させる目的でテロペプチドを除去したアテロコラーゲンを使用しているため、膜状の製品とした場合、実用に耐え得る十分な機械的特性を有する材料を提供できないという課題があった。
【0008】
よって、本発明では、DDMを原料とする、実用に耐え得る十分な機械的特性を有する膜形状の医療用材料の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、DDMを原料とし、所望の機械的特性を有する医療用膜材料を見出し、本発明を完成するに至った。本発明によれば以下の発明が提供される。
[1]ウシの抜去歯に由来する平板状又は膜状の完全に脱灰された脱灰象牙質基質(DDM)であり、その面積が2cm2から50cm2の範囲である医療用膜材料。
[2]移植材として用いられる、[1]に記載の医療用膜材料。
[3]非ヒト動物の患部に密着させることにより患部を保護、補強又は接着するために用いられる、[2]に記載の医療用膜材料。
[4]細胞シートの基材として用いられる、[1]に記載の医療用膜材料。
[5]表面が連続した形状を有する、[1]~[4]の何れか一に記載の医療用膜材料。
[6]薬物を塗布又は含浸させた、[1]~[5]の何れか一に記載の医療用膜材料。
[7]非ヒト動物の組織の創部又は損傷部を、[1]~[6]の何れか一に記載の医療用膜材料により被覆することを含む、非ヒト動物を手術する方法。
[8]非ヒト動物の組織の創部又は損傷部に、充填材、薬剤又はそれらの混合物を充填すること、前記非ヒト動物の組織の創部又は損傷部に充填した充填材、薬剤又はそれらの混合物の少なくとも一部を、[1]~[6]の何れか一に記載の医療用膜材料により被覆することを含む、非ヒト動物を手術する方法。
[9]非ヒト動物の組織の創部又は損傷部を、[1]~[6]の何れか一に記載の医療用膜材料を介在させて接続することを含む、非ヒト動物を手術する方法。
[10]ウシの抜去歯を薄片化及び脱灰して、完全に脱灰された脱灰象牙質基質(DDM)の膜を得ることを含み、ただし薄片化と脱灰はどちらを先に行ってもよい、[1]~[6]の何れか一に記載の医療用膜材料の製造方法。
[11]脱灰は、抜去歯を無機酸、有機酸、及びEDTAのいずれかの水溶液である脱灰液に浸漬することにより実施される、[10]に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、DDMを原料とし、実用に耐え得る十分な機械的特性を有する医療用膜材料を提供することができる。完全に脱灰されたDDMはそのしなやかさにより複雑な形状を有する患部に対しても貼り付けるように適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】ウシ(ホルスタイン種、成牛、雌)の臼歯の写真。ウシの臼歯(右側の2つ:左から第2後臼歯(M2)・第3後臼歯(M3)を並べたもの)とそれに対応したヒトの臼歯(左側の2つ:左から第1大臼歯、第2大臼歯を並べたもの)の大きさの比較である。
【
図2A】薄片化工程における、歯の切断の位置(方向)と膜の多孔質性に関わる象牙細管との関係性の説明図。
【
図3】DDM膜の凍結乾燥処理及び再構成。左は凍結乾燥したDDM膜(9mm×9mm)であり、中央は凍結乾燥DDM膜をPBS(-)で再構成している状態であり、右は、再構成されたDDM膜(10mm×10mm)である。
【
図4A】中性脱灰液又は弱酸性脱灰液による脱灰の比較。左上の写真中、左側の2つはウシ前歯、その隣の2つはウシ下顎臼歯、右側の1つは比較対象のヒト大臼歯である。右上の写真中、左側の2つはウシ前歯、右側の2つはウシ下顎臼歯である。1Weekと記載した下方の写真は軟エックス線写真である。左下の写真中、左側の上下2つはウシ下顎臼歯、右側の上の1つはヒト大臼歯、右側の下2つはウシ前歯である。右下の写真中、左側の上下2つはウシ下顎臼歯、右側の上下2つはウシ前歯である。
【
図4B】中性脱灰液又は弱酸性脱灰液による脱灰の比較。6Week、7Weekと記載した写真は軟エックス線写真である。左側の上下2枚の写真中、左側の上下2つはウシ下顎臼歯、右側の上の2つはウシ前歯、右側の下の1つはヒト大臼歯である。右上の写真中、左側の上下2つはウシ下顎臼歯、右側の上下2つはウシ前歯である。右下の写真中の2つはウシ下顎臼歯である。
図4B中、完全脱灰された歯が存在する位置を枠内に示す。
【
図4C】中性脱灰液又は弱酸性脱灰液による脱灰の比較。12Week、13Weekと記載した写真は軟エックス線写真である。左上の写真中、左側の上下2つはウシ下顎臼歯、右側の上下2つはウシ前歯である。左下の写真中の2つはウシ下顎臼歯である。右側の上下2枚の写真中の歯は、ウシ下顎臼歯である。
図4C中、完全脱灰された歯が存在する位置を枠内に示す。
【
図5】骨(線の左側4枚:上3枚は海綿骨由来 下1枚は皮質骨由来)及び歯(線の右側3枚)の試験的DDM作成物。
【
図6】DDM膜上での歯根膜幹細胞増殖試験。1.DDM膜(CellMatrix Type1 Collagen未処理)。2.CellMatrix Type1 CollagenをコートしたDDM膜。
【
図7】線維芽細胞増殖因子FGF2を含浸させたDDM膜上での歯根膜幹細胞増殖試験。1.DDM膜(FGF2未処理)。2.濃度50ng/mLのFGF2を含浸させたDDM膜。3.濃度200ng/mLのFGF2を含浸させたDDM膜。
【
図8A】犬に対するDDM膜移植術。上図は術前の骨欠損部を示す写真であり、下図はDDM膜を移植する直前の写真である。
【
図8B】犬に対するDDM膜移植術。上図はDDM膜移植直後の写真であり、下図は術前と術後21日目の骨欠損部を対比した写真である。
【
図9】ミニブタに対するDDM膜移植術。上図はDDM膜移植直後の写真であり、中央の図は術後3日目の写真であり、下の図は術後9日目の写真である。
【
図10】イヌに対するDDM膜移植術。a及びbは術前の写真、cはDDM膜移植直後の写真、dは術後1.5ヶ月の写真である。a及びdはエックス線写真である。
【
図11】ブタに対するDDM膜移植術。aはファイヤー直前の大腸端部の写真であり、bは術後1週間の大腸吻合部の写真である。
【
図12A】ブタに対するDDM膜移植術。小腸の側側吻合の手順を示す。
【
図12B】ブタに対するDDM膜移植術。上はDDM膜を使用した、下はDDM膜を使用しなかった、術後1週間の小腸吻合部の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に記載する本発明の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。なお、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は「~」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0013】
[医療用膜材料]
本発明の一態様は、ウシの抜去歯に由来する平板状又は膜状の完全に脱灰された脱灰象牙質基質(DDM)であり、その面積が2cm2から50cm2の範囲である医療用膜材料に関する。以下、本発明の医療用膜材料をDDM膜と称することがある。本発明のDDM膜は、ウシの抜去歯を平板状又は膜状に切り出し完全脱灰処理して製造されたDDMを原料とする膜が、医療用材料として有利となる特徴を有することを本発明者が見出したことに基づいている。
【0014】
本発明の医療用膜材料は、平板状又は膜状のDDMであり、象牙質を平板状又は膜状に切り出して製造される。平板状又は膜状とは、真直ぐに平らな板状又は膜状であるが、医療用膜材料の患部(例えば創部又は損傷部)への貼着及び細胞培養に支障のない程度に湾曲したあるいは反った板状又は膜状等が含まれる。平板状又は膜状とは、DDMの厚みにのみ着目し、厚みが比較的厚いものを平板状と、厚みが比較的薄いものを膜状と表現するものに過ぎず、両者に本質的な相違はない。DDM(脱灰象牙質基質)は、ウシの抜去歯の象牙質を完全脱灰処理して得られる。象牙質の成分については、後に記載する。
【0015】
本発明の医療用膜材料は、厚みが10μmから2000μmの範囲であることが好ましい。本発明の医療用膜材料は、厚みが10μm以上、50μm以上、100μm以上、200μm以上であることができ、更に2000μm以下、1900μm以下、1800μm以下、1700μm以下、1600μm以下、1500μm以下、1400μm以下、1300μm以下、1200μm以下、1100μm以下、1000μm以下、900μm以下、800μm以下、700μm以下、600μm以下、500μm以下、400μm以下、300μm以下であることができる。医療用膜材料の用途に応じて、厚みを適宜調整することができる。例えば、医療用膜材料が短期間で生体に吸収されることが望まれる場合は厚みを薄くし、一方、保護材として使用する場合のように医療用膜材料が長期維持されることが望まれる場合には厚みを厚くすることができる。なお、後に詳細に記載するが、本発明の医療用膜材料を移植材として用いる場合、厚みは100μmから2000μmの範囲であることが好ましく、細胞シートの基材として用いる場合、厚みは10μmから300μmの範囲であることが好ましい。
【0016】
また、本発明の医療用膜材料は、弾性及び/又は靱性を有する。無機質成分をほとんど含まないためである。弾性とは、外力によって変形した物体が、その外力が除かれた時、もとの形にもどろうとする性質である。本発明の医療用膜材料は、応力を加えるとひずみを生じるが、力を解除すると元の形状に戻ることができる。例えば、指先で膜上面を押した場合に膜上面は凹むが、指先による加圧を解除すれば膜上面は、押す前の元の平らな形状に戻るという性質を有する。靱性とは、材料の粘りの強さ,すなわち外力に抗して破壊されにくい性質である。本発明の医療用膜材料は、指先で膜上面を強く押した場合に膜上面は凹むものの、破れにくいという性質を有する。本明細書において「しなやかさを有する」とは、弾性及び/又は靱性を有することを示す。
【0017】
本発明の医療用膜材料は、ウシの抜去歯の象牙質を原料とする。象牙質は歯の大部分を占める硬組織であり、内部の歯髄や周囲のエナメル質及びセメント質を支持した形で存在する。象牙質は象牙芽細胞から合成・分泌された有機性基質が石灰化することで形成される。象牙質の組成は、石灰化された無機質成分が全体の70%を占め、その大部分はハイドロキシアパタイト(リン酸とカルシウムの結晶体)であり、その他、10%の水分と、20%の有機質で構成される。象牙質の無機質は脱灰処理により溶解するため、脱灰後に残る成分は有機質成分である。その有機質成分は約90%がコラーゲンで、残りの約10%が非コラーゲン性タンパク質である。非コラーゲン性タンパク質中、最も多いのは象牙質シアロリンタンパクで、象牙芽細胞にて合成後、このタンパク質から象牙質シアロタンパク、象牙質糖タンパク、象牙質リンタンパクが生成することが知られている。
【0018】
ウシの抜去歯は、と殺後に又は治療により、抜去された歯であることができる。DDM膜の原料として用いることができる歯の種類は、乳歯、永久歯(切歯・犬歯・小(前)臼歯・大(後)臼歯)などを挙げることができる。小さい歯よりも大きい歯の方が効率よくDDM膜を製造することができることから、臼歯を原料として用いることが好ましく、大(後)臼歯を用いることが特に好ましい。最も好ましいウシの歯は、ウシの健全な抜去臼歯である。
【0019】
本発明の医療用膜材料は、象牙質が多い歯を持つ大型の哺乳動物(ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギなど)の歯、特にウシの歯に由来する。多くのウシが肉用牛や乳牛として飼育されているが、その歯は利用されることなく、廃棄されているため、大量に安価に安定して入手できる。更には、大型哺乳動物の中でも、ウシは、特に大きな歯を有するため、一本の歯から多量の象牙質が得られ、広い表面積を有するDDM膜を得ることができる。
図1にウシの臼歯とヒトの臼歯の大きさの比較を示す。
【0020】
本発明の医療用膜材料は、自家、同種他家、及び異種他家の治療において利用することができる。本発明の医療用膜材料の自家利用とは、ウシの抜去歯から製造したDDM膜である医療用膜材料を、当該ウシ自身の治療に用いることである。本発明の医療用膜材料の同種他家での利用の例としては、ウシの歯を集め(歯バンクなど)、医療用膜材料を製造し、これをドナー以外のウシの治療に利用することが考えられる。本発明の医療用膜材料の異種他家での利用とは、ウシの抜去歯から医療用膜材料を製造し、ウシ以外の動物やヒトの治療に利用することである。
【0021】
本発明の医療用膜材料は、完全脱灰された象牙質である。完全脱灰された象牙質とは、象牙質の無機質成分を全く含まないか、又はほとんど含まない程度まで脱灰処理に供された象牙質をいい、無機質成分を全く含まないか、又はほとんど含まないことは、製造過程において、Softex軟エックス線撮影装置を用いて、完全に、又はほぼ完全にエックス線不透過性部分が消失したことにより、確認することができる。なお、部分脱灰された象牙質とは、象牙質の無機質成分が部分的に残っている象牙質であり、その組成は、無機質成分が約5~70%、コラーゲンが約20~95%、水が約5~10%である。
【0022】
完全脱灰された象牙質は、無機質成分をほとんど含まず、コラーゲンを主成分とするものであり、しなやかさに優れる。本発明の医療用膜材料に含まれるコラーゲンは、1型コラーゲンである。原料である歯の象牙質の基質は、1型コラーゲンであるためである。
【0023】
本発明の医療用膜材料は、多孔性である。歯は、ヒトでもヒト以外の哺乳動物でも、象牙質の外表から中心部(歯髄腔)にむかって緻密(規則的)に象牙細管が走っている(
図2B)。この構造により、歯をどのような形状に加工しても(膜状、顆粒状など)、象牙質は必ず緻密な連通孔付きの移植材になる(
図2Aの写真)。本発明の医療用膜材料は、膜の上面に孔径が0.8μm~15μmの範囲である下面まで連続する連通孔を5000~15000本/mm
2有することができる。
【0024】
本発明の医療用膜材料は、膜の面積が0.25cm2から50cm2の範囲であることができる。膜の面積は、好ましくは2cm2から50cm2の範囲であることができる。膜の面積は、DDM膜の用途により、適宜調整することができる。膜の面積とは、医療用膜材料を膜全体として見たときにおける、膜の平面方向となる面の面積を示すものであるとする。膜の最大面積は、材料となる抜去歯の大きさに依存する。例えば、ウシの臼歯を原料とした場合、膜の面積が最大で50cm2のDDM膜を製造することができる場合がある。本発明の医療用膜材料は、膜の面積が0.25cm2以上、0.5cm2以上、1cm2以上、1.5cm2、2cm2以上、3cm2以上、4cm2以上、5cm2以上であることができ、更に50cm2以下、40cm2以下、30cm2以下、25cm2以下、20cm2以下、15cm2以下、10cm2以下、5cm2以下であることができる。医療用膜材料の用途に応じて、面積を適宜調整することができる。
【0025】
本発明の医療用膜材料は、表面が連続した形状を有することができる。表面が連続した形状とは、医療用膜材料として必要とされる機械的特性を損なうような、あるいは患部への貼着及び被覆の妨げとなるような、継ぎ目や欠落部(すなわち穴)を有さない形状をいう。ここにいう穴は、歯髄腔に由来するもののような大きな膜の欠落部を典型的に指し、象牙細管による連通孔のような微細な孔を指すものではない。表面が連続した形状を有する本発明の医療用膜材料は、患部に密着させることにより患部を保護、補強又は接着するために、好ましく用いられる。
【0026】
本発明の医療用膜材料は、薬剤を塗布又は含浸させることができる。DDM膜に塗布又は含浸させる薬剤は、DDM膜の用途により選択することができ、例えば、上皮細胞増殖因子、線維芽細胞増殖因子、インスリン様成長因子、肝細胞増殖因子、骨形成因子、ラミニン、フィブリン、エラスチン、フィブロネクチンなどを挙げることができる。
【0027】
DDM膜は、1)実用に耐え得る十分な機械的特性、特に弾性及び/又は靱性を有するが、加えて1型コラーゲンが主成分であるため移植後体内において酵素的な分解を受けやすいこと、2)厚みをコントロールすることで、生体分解又は吸収されるまでの時間を調整することができること、3)象牙細管構造による多孔性を有するため、体液浸透性が高く、血流阻害という従来の膜材料における欠点を補完できること、4)1型コラーゲンが主成分であるため、早期の細胞遊走が期待でき、治癒の促進作用を有すること、及び5)細胞成長因子などの薬剤を吸着させ、その徐放作用が期待できることという、医療用材料、特にバイオマテリアルとして使用する際に有利となる特徴を有する。そのため、DDM膜は、医療用膜移植材、細胞増殖足場材(スキャホールド)及び細胞シートの基材などのような医療用膜材料として用いることができる。
【0028】
[移植材]
本発明の医療用膜材料は、移植材として用いることができる。移植材とは、外科治療に使用することができる生体材料である。本発明の医療用膜材料は、患部に移植することで、具体的には患部に密着させることにより患部を保護、補強又は接着することができる。本明細書において、患部とは、ヒト又は非ヒト動物における処置が望まれる部位を意味し、創部及び損傷部を包含する。また患部に密着させるとは、医療用膜材料が患部に貼り付くように医療用膜材料を患部に極めて近い位置に設置することを指し、医療用膜材料と患部との間に微細なものを含めて空隙が完全に存在しないことを意味するものではない。
【0029】
例えば、本発明の医療用膜材料を移植材として用いて、治療対象部の軟組織に移植することにより、患部を保護することができる。加えて、本発明の医療用膜材料は、治療対象部の硬組織に直接移植の目的でも、または別の顆粒状移植材で硬組織欠損部を充填した際の顆粒状移植材の患部での安定固定のための包装(パッケージング)、すなわち充填後の患部の被覆の目的でも使用することができる。また、本発明の医療用膜材料は、移植材として用いた場合に、移植部の組織再生を誘導促進することができる可能性がある。さらに、本発明の医療用膜材料は、その上で増殖させた細胞とともに治療対象に移植することができるため、移植用の細胞増殖足場材として用いることができる。細胞足場材とは、組織欠損部位で細胞が自分自身の細胞外マトリックスをつくれるようになるまで必要となる人工の細胞外マトリックスである。
【0030】
患部が生体組織の表面に存在する場合、本発明の医療用膜材料の移植は、患部の上に膜材料を密着させることで患部を被覆し、さらに必要に応じて膜材料を固定することによって行うことができる。また、患部が生体組織の内部に存在する場合、本発明の医療用膜材料の移植は、生体組織を切開等することで内側の患部を露出させ、患部に膜材料を密着させて患部を被覆し、さらに必要に応じて膜材料を固定した後、切開等により露出させた患部を元の状態に戻すことによって、例えば縫合等によって閉創することによって行うことができる。
【0031】
本発明の医療用膜材料を移植材として治療に用いることができる例として、歯周治療領域(例えば、抜歯窩へのパッチとしての利用)、皮膚科領域(例えば、褥瘡性潰瘍や熱傷部位などへのパッチやドレッシング材としての利用)、消化器外科領域(例えば、消化管穿孔箇所等の縫合部の生着サポートによる術後リークの予防材としての利用など)、循環器外科領域(例えば、血管壁の薄くなった箇所などへの先行包装、すなわち被覆による強度の増強のための利用)、及び骨折箇所(例えば、整復後、破折箇所を包装、すなわち被覆することで、骨折の治癒を促進)への応用を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0032】
本発明の医療用膜材料を移植材として用いる場合、厚みは100μmから2000μmの範囲であることが好ましい。かかる医療用膜材料は、移植材としての十分な機械的特性を有し、また生体に移植した際に周囲の水分(血液など)を象牙細管構造に取り込むことで十分に患部にはりつく特性、及び移植材としての十分なしなやかさを有する。また、本発明の医療用膜材料は、実用に耐え得る十分な機械的特性としなやかさにより、顆粒状の移植材などを包み込むこと(パッケージング)も可能である。また、移植床にチタンピン等や縫合糸で固定しても、破れることがない。さらに、骨欠損部を本発明の医療用膜材料のみでブリッジングさせても、同部分の裏打ち上皮が裂開することなく治癒が完了することが可能である。また、腸などの穿孔個所について、穴を塞ぐのにコラーゲンメンブレンを使用するが、従来技術のコラーゲンメンブレンの代わりに、本発明の医療用膜材料を使用することができる。従来技術のコラーゲンメンブレンは強度が低いため、穴を塞いでもうまくいかないことが多いが、本発明の医療用膜材料は実用に耐え得る十分な機械的特性を有するため、また細胞の足場ともなるため、良好なパッチ材として医療応用できる。
【0033】
本発明の医療用膜材料を移植用の細胞増殖足場材として用いる場合、厚みが100μm~300μmの範囲であることが好ましい。かかる医療用膜材料は、破れにくく、かつ例えば心筋細胞シートの基材として用いてこれを心臓に移植した場合でも、拍動を阻害しない。
【0034】
また、本発明の医療用膜材料は、多孔性であるため、移植部への体液供給が阻害されず、移植部への細菌感染が生じにくいと考えられる。これは、膜表側の移植床(母床)接触部から供給される免疫グロブリンなどの抗菌物質を多く含んだ血液中の漿液成分のみが、象牙細管の直径(10μm以内)に由来する半透膜作用により、術部へ移植後、速やかに移植膜の反対側へ移行し、膜全体を包み込むことによりが抗菌性を獲得するためである。この性質により、本発明の医療用膜材料は、従来の移植材の欠点であった易感染性を克服することができる。通常の膜材であれば、厚みが増すと血流阻害のリスクが増すが、本発明の医療用膜材料は厚みが増しても象牙細管構造により体液浸透性が高く血流阻害のリスクがない。また、象牙細管構造の細管内に栄養因子を吸着させることが可能なため、細胞の足場となるのみならず、細胞増殖をサポートすることで、再生促進作用を発揮する。
【0035】
本発明の医療用膜材料は、1型コラーゲンの集合体であるため、細胞が接着する足場としても優れている。本発明の医療用膜材料を移植用の細胞増殖足場材として使用する場合は、その上で増殖させた細胞とともに治療対象に移植することができる。その際、移植先の組織にとって理想的と思われる栄養因子を吸着させることができる。例えば、骨折部位に対し骨芽細胞を本移植膜上で増殖させ、さらに、骨形成因子であるBMP2を膜に吸着させて利用することで、骨折部位の治癒期間を大幅に短縮できる。本発明の医療用膜材料を足場材として使用して培養することができる細胞は、これらに限定されないが、iPS細胞、ES細胞、その他の組織幹細胞(間葉系幹細胞・歯根膜幹細胞等)などである。
【0036】
本発明は、非ヒト動物又はヒトの組織の創部又は損傷部を、上記の医療用膜材料により被覆することを含む、非ヒト動物又はヒトを手術する方法を別の態様として提供することができる。加えて、本発明は、非ヒト動物又はヒトの組織の創部又は損傷部を、上記の医療用膜材料を介在させて接続することを含む、非ヒト動物又はヒトを手術する方法をまた別の態様として提供することができる。
【0037】
創部は手術によりできた創の部分であり、損傷部は事故や疾患などでできた傷の部分である。非ヒト動物は、ヒト以外の動物であり、特に、犬、猫、ウサギ、マウス、馬、牛、ヤギ、ヒツジなどペットや家畜として飼われている動物である。医療用膜材料による創部又は損傷部の被覆は、創部又は損傷部の少なくとも一部を、少なくとも1枚以上の医療用膜材料により覆うことであり、創部又は損傷部の大きさによるが、創部又は損傷部の全体を医療用膜材料により覆うことが好ましい。また医療用膜材料を介在させた創部又は損傷部の接続は、創部又は損傷部の接続面の少なくとも一部に少なくとも1枚以上の医療用膜材料が接するように医療用膜材料を介在させ、当該創部又は損傷部を互いにつなぎ合わせることであり、創部又は損傷部の大きさによるが、創部又は損傷部の接続面の大部分、特に全体に医療用膜材料を介在させることが好ましい。
【0038】
上記非ヒト動物又はヒトを手術する方法は、医療用膜材料による被覆の後に、さらに当該膜材料を固定することを含んでもよい。医療用膜材料が硬組織に移植される場合、移植後の膜材料は周囲の水分(血液など)を象牙細管構造に取り込んで貼り付くことで移植部に自然に固定されることから、積極的な固定処置は必須ではない。また、医療用膜材料が生体組織の内部に移植される場合、例えば生体組織を切開することで内側の患部を露出させた後に患部を膜材料で被覆し、その後に露出させた患部を元の状態に戻すような場合には、医療用膜材料は、周囲の生体組織により結果的に固定されることも多く、膜材料自体に対する積極的な固定処置は必須ではない。一方、消化管のような柔軟性のある軟組織に移植される場合は、医療用膜材料を固定することが望ましい。
【0039】
医療用膜材料の創部又は損傷部への固定、及び医療用膜材料を介在させた創部又は損傷部の接続は、縫合糸による縫合、医療用ホチキスによる固定、又は医療用テープによる接着などで実施することができる。
【0040】
上記非ヒト動物又はヒトを手術する方法は、歯周治療領域(GTR法などの骨造成術・サイナスリフト術・親知らずなどの抜歯術など)、皮膚科領域(感染組織デブリードメント術術後のraw surfaceの保護目的)、消化器外科領域(消化管吻合術・消化管穿孔閉鎖術など)、整形外科領域(骨折整復術など)及び循環器外科領域(人工血管置換術など)で実施することができる。本発明の医療用膜材料を、移植用の細胞増殖足場材として用いる場合には、iPS細胞や組織幹細胞を分化誘導させて作成した心筋シートとして心臓へ移植するなどの幹細胞シート移植術全般に応用可能である。
【0041】
本発明は、非ヒト動物又はヒトの組織の創部又は損傷部に、充填材、薬剤又はそれらの混合物を充填すること、上記非ヒト動物又はヒトの組織の創部又は損傷部に充填した充填材、薬剤又はそれらの混合物の少なくとも一部を、上記の医療用膜材料により被覆することを含む、非ヒト動物又はヒトを手術する方法をさらなる別の態様として提供することができる。創部は手術によりできた創の部分であり、損傷部は事故や疾患などでできた傷の部分である。非ヒト動物は、ヒト以外の動物であり、特に、犬、猫、ウサギ、マウス、馬、牛、ヤギ、ヒツジなどペットや家畜として飼われている動物である。
【0042】
創部又は損傷部への充填材、薬剤又はそれらの混合物の充填は、創部又は損傷部を清浄に(デブリードメント)した後に実施することが好ましい。創部又は損傷部に充填される充填材として、例えばDDM顆粒、DDM粉末、DDMブロック、FDBA(凍結乾燥骨)、DFDBA(脱灰凍結乾燥骨)、ハイドロキシアパタイト、水酸化カルシウム、異種骨由来骨ミネラル移植材(Bio-oss(登録商標)など)などを挙げることができる。創部又は損傷部に充填される薬剤として、抗生物質(テトラサイクリン軟膏など)、細胞増殖因子(FGF2製剤:フィブラストスプレーなど)などを挙げることができる。医療用膜材料による創部又は損傷部の被覆は、創部又は損傷部の少なくとも一部を、少なくとも1枚以上の医療用膜材料により覆うことである。創部又は損傷部の大きさによるが、創部又は損傷部の全体を医療用膜材料により覆うことが好ましい。充填した充填材、薬剤又はそれらの混合物が創部又は損傷部から露出しないようにするためである。
【0043】
上記非ヒト動物又はヒトを手術する方法は、医療用膜材料による被覆の後に、さらに当該膜材料を固定することを含んでもよい。医療用膜材料が硬組織に移植される場合、移植後の膜材料は周囲の水分(血液など)を象牙細管構造に取り込んで貼り付くことで移植部に自然に固定されることから、積極的な固定処置は必須ではない。また、医療用膜材料が生体組織の内部に移植される場合、例えば生体組織を切開することで内側の患部を露出させた後に充填材を詰めた患部を膜材料で被覆し、その後に露出させた患部を元の状態に戻すような場合には、医療用膜材料は、周囲の生体組織により結果的に固定されることも多く、膜材料自体に対する積極的な固定処置は必須ではない。一方、消化管のような柔軟性のある軟組織に移植される場合は、医療用膜材料を固定することが望ましい。
【0044】
医療用膜材料の創部又は損傷部への固定は、縫合糸による縫合、医療用ホチキスによる固定、又は医療用テープによる接着などで実施することができる。
【0045】
一実施形態では、上記非ヒト動物又はヒトを手術する方法は、特に歯周治療領域で実施することができる。先天性疾患(顎口蓋裂など)や歯周疾患により骨吸収をきたした歯槽骨部分に、充填材、薬剤又はそれらの混合物を充填し、上記の医療用膜材料により被覆し、膜材料を固定することにより、移植材の保護により歯槽骨の再生を促進するとともに、裏打ちする軟組織の足場としての役割も同時に果たすことで軟組織縫合部の裂開を予防する効果を有する。これらの機能をもって、歯周治療領域の疾患、障害又は症状を治療又は予防することができる。
【0046】
[細胞シートの基材]
本発明により提供される医療用膜材料は、細胞シートの基材として用いて、細胞培養や再生医療で使用することができる。細胞シートとは、基材又は支持体の上で高密度に培養した層状の細胞であり、損傷を受けた生体機能を幹細胞などを用いて復元させる再生医療において用いられる。細胞シートの基材は、その上で増殖させた細胞とともに治療対象に移植される場合がある。そのため、細胞シートの基材には、生体吸収性、細胞接着性及び形態安定性が要求される。また、組織や細胞に十分な栄養を供給するために、多孔性である必要がある。本発明により提供される医療用膜材料は、生体吸収性、細胞接着性及び形態安定性を有し、並びに多孔性であるので、細胞シートの基材として有利な特徴を有する。
【0047】
本発明の医療用膜材料を細胞シートの基材として用いる場合、厚みが10μmから300μmの範囲であることが好ましい。かかる医療用膜材料は、破れにくく、象牙細管構造により多孔質のためどの厚みでも体液浸透や栄養交換を阻害せず、また膜の裏側からの栄養因子などの体液浸透性が高い状態が提供されると考えられる。厚みが300μm以下で、コラーゲン由来で規則的な配列を伴う多孔質構造を有し、かつ体液(血液)と接触しても収縮や機械的強度の低下が発生しない医療用膜材料は、従来技術には存在しない。
【0048】
本発明の医療用膜材料を細胞シートの基材として用いる場合、DDM膜は、抜去歯を無機酸、有機酸、及びEDTAのいずれかの水溶液である脱灰液に浸漬して脱灰処理されたものであることができる。本発明の一実施形態では、医療用膜材料を細胞シートの基材として用いる場合は、EDTAの水溶液(中性)で脱灰処理されたDDM膜を用いることが好ましい。細胞培養実験において、EDTAの水溶液(中性)で脱灰処理されたDDM膜は、無機酸及び有機酸の水溶液で脱灰処理されたDDM膜と比較して、より早く細胞接着が生じるためである。
【0049】
[従来品との比較]
従来技術の医療用膜材は素材から2種類に大別できる。1つは、1型コラーゲンタイプで、アテロコラーゲンを調整し、再度織り込んで作成したものである(コーケンティッシュガイドなど)。このタイプは非常に強度が弱く、血液に触れると縮んでしまうため、強度が必要な用途目的(実質欠損部のブリッジングなど)の移植材としての利用はできないと考えられる。また、分解吸収されやすい、多少露出していてもすぐには感染しにくいという特徴を有する。もう一つは、人工的な素材で織り込まれた膜である(GCメンブレンなど)。人工的な素材であるが、強度は弱く、血液に対してむしろ疎水性ではじきやすいものが多い。露出させると容易に感染する。いずれの種類も、創に密着するような作用は一切なく、操作性はよくない。
【0050】
一方で、本発明の医療用膜材料は、細胞にとって最も重要な足場となるタイプ1コラーゲンを主成分とし、最大の特徴は、アテロコラーゲンに分解せず、コラーゲンをそのまま使用することである。また、天然の歯をもとにしているため、実用に耐え得る十分な機械的特性を有し、且つしなやかである。そのため、縫合糸で患部に縫い付けることができる。象牙細管構造により多孔質であるため、血液に対し非常に親和性があり、組織再生にとって重要な血流を阻害せず、かつ、患部に吸着するため操作性が良い。栄養因子を吸着させることができるため、組織再生を促進できる。また、感染に非常に強い。
【0051】
従来技術の医療用膜材と本発明の医療用膜材料の特徴を以下の表にまとめる。
【表1】
【0052】
[製造方法]
本発明によれば、ウシの抜去歯を薄片化及び脱灰して、完全に脱灰された脱灰象牙質基質(DDM)の膜を得ることを含み、ただし薄片化と脱灰はどちらを先に行ってもよい、上記の医療用膜材料の製造方法を提供することができる。
【0053】
抜去歯の薄片化は、歯を薄くスライスし、薄片を作成することである。切片の厚さは、医療用膜材料の用途により、適宜調整することができるが、厚みが10μm~2000μmであることができる。歯の切断の方向は、これらに限定されないが、歯の切断面が最も広くなるようにするには、
図2Aに示したように歯の長軸に対して並行方向に切断することができる。また、利用用途によっては(例えば細胞を播種しやすいように培養ディッシュの底面に静置させる際には)前歯部を長軸に対して垂直方向に切断することで円に近い膜に加工することができる。表面が連続した形状を有する医療用膜材料の製造の場合、歯髄腔に由来する穴の形成を避けるため、歯は、歯髄腔がない位置又は歯髄腔が中央に存在しない位置で切断することが好ましい。また、薄片化の前後で、DDM膜を一定の大きさや形状(例えば、四角形や円形)に整えるために、面取り作業や余分な部分を削る作業を行うことができる。
【0054】
抜去歯の薄片化は、後述の脱灰の前に行ってもよく、脱灰の後に行ってもよい。たとえば、歯のスライスに用いるスライス装置の特性により、脱灰と薄片化の実施順序を決めることができる。すなわち、スライス装置が、柔らかいものよりも、硬いものを切断することに適したものであれば、脱灰の前に、薄片化を実施することができる。歯のスライスは、脱灰後であれば、例えばミクロトーム(リトラトームREM-710:大和光機など)やスライサー、脱灰前であれば例えばダイヤモンドカッター(精密切断機アイソメットハイスピードプロ:ビューラーなど)、バンドソー(マイクロ・カッティング・マシンBS-300CP:メイワフォーシスなど)、などのスライス装置を用いて行うことができる。
【0055】
抜去歯の脱灰は、歯の無機質(ミネラル)成分を除去する処理である。抜去歯の脱灰は、さまざまな方法により実施することができるが、例えば、脱灰液に抜去歯を浸漬することにより実施することができる。脱灰液としては、例えば、無機酸若しくはその水溶液、有機酸若しくはその水溶液、又はEDTA水溶液などを用いることができる。脱灰液に用いることができる無機酸としては、硝酸、塩酸を挙げることができるが、これらに限定されない。脱灰液に用いることができる有機酸としては、ギ酸、酢酸、クエン酸、乳酸及びこれらの混合物を挙げることできるが、これらに限定されない。脱灰液における無機酸又は有機酸の濃度は、抜去歯由来のアパタイト成分を溶解するのに必要な量を考慮して適宜決定でき、例えば、5%~30%濃度の水溶液を用いて実施することができる。脱灰液の液温は、例えば、4℃から60℃であることができる。脱灰処理に要する時間は、脱灰液の濃度、液温やpH、抜去歯の大きさや形状により変化するために、一概に言えないが、ウシの抜去歯をそのままの大きさ又は形状で、無機酸又はその水溶液で脱灰する場合は、通常6週以上を要する。一方、脱灰前に薄切した場合は、1000μmの厚みであったとしても、上記のいかなる脱灰液を使用した場合でも、3日~10日以内に脱灰できる。
【0056】
脱灰液として用いることができるEDTA液は、EDTA・2NaまたはEDTA・4Naの水溶液であることができる。EDTA液は、酸性でも、中性でも使用することができるが、脱灰と同時に、殺菌処理を行う場合には、酸性のEDTA液を使用することが好ましい。EDTAの殺菌力はpHによって大きく異なることが報告されており、どの細菌に対する殺菌力も酸性(pH7.0よりもpH5.0)においてより効力を発揮するためである(木田ら、日本細菌学雑誌47(4)992)。EDTA液による脱灰は、5%~30%濃度の水溶液を用いて実施することができる。脱灰液の液温は、4℃から60℃であることができる。脱灰処理に要する時間は、脱灰液の濃度、液温やpH、抜去歯の大きさや形状により変化するために、一概に言えないが、ウシの抜去歯をそのままの大きさ又は形状で、中性のEDTA液で脱灰する場合は、通常11週以上を要する。
【0057】
無機酸による脱灰が、脱灰速度が最も早いが、タンパク質を一部変性させてしまう恐れがあるため、コラーゲンの質の低下につながる懸念があった。しかし、本発明者が行っている自家象牙質移植術では、硝酸で脱灰したDDM膜は良好な成果(既存市販移植材や自家移植骨と比較し、より優れた治療成績)を上げている。有機酸脱灰は、無機酸脱灰に比べると、コラーゲンの質がより良いものとなる可能性がある。中性のEDTA脱灰液が最もマイルドな脱灰液である一方、非常に脱灰に時間がかかる。コラーゲンの質が最も保持されやすいのは中性のEDTA脱灰液である。
【0058】
歯の脱灰の程度は、Softex軟エックス線撮影装置又はエックス線撮影装置等のエックス線透過性を評価できる装置を用いて確認することができる。無機質成分は、エックス線不透過であるためである。脱灰度合いを随時確認し、完全にエックス線不透過性部分が消失した時点で、完全に脱灰されたと判断することができる。また、電子線微小部分析(EPMA)を用いて、無機質成分(CaとP)がほぼ検出されないことにより、完全に脱灰されたと判断することもできる。
【0059】
本発明により提供される、DDM膜の製造方法では、薄片化と脱灰はどちらを先に行ってもよい。脱灰を薄片化の前に行う場合は、本発明により提供されるDDM膜の製造方法は、ウシの抜去歯を脱灰して、完全脱灰された象牙質を得る工程、及び象牙質を薄片化して、DDM膜を得る工程を含む。脱灰を薄片化の前に行うことにより、硬質材料用のスライス装置を用意しなくとも、歯の薄片を作成することができる。
【0060】
好ましい実施態様では、薄片化を脱灰の前に行うことができる。この態様では、本発明により提供される医療用膜材料の製造方法は、ウシの抜去歯を薄片化して歯の切片を得る工程、及び歯の切片を脱灰処理して無機質全部又はほぼ全部を除去し、DDM膜を得る工程を含む。薄片化を脱灰の前に行うことにより、脱灰に要する時間を短縮することができる。また、脱灰処理済みの抜去歯は、弾力があり薄切片の作成に技術を要する場合があるが、硬質材料用のスライス装置を用いて脱灰処理前に薄片化することは技術的に困難ではない。
【0061】
ウシの抜去歯は医薬品等の生物由来原料基準に適合したものを使用し、特に品質及び安全性の確保上必要な情報が確認されたものを使用しなければならない。ウシの抜去歯は、牛海綿状脳症(BSE)を伴わない、または他の伝染性海綿状脳症(TSE)を伴わない供給源から取得しなければならない。12~15カ月齢のウシの抜去歯であれば、乳臼歯が後続永久歯による根吸収をまだ受けていない時期のため、乳臼歯の象牙質を利用して実施することができる。20カ月齢~30カ月齢のウシの抜去歯であれば、混合歯列期の乳歯および永久歯を用いることができる。
【0062】
本発明の別の実施態様では、ウシの抜去歯は、乳歯よりも永久歯の方が大きさの面においては好ましく(象牙質の質や細管構造は類似)、また目的とする歯(小臼歯、大臼歯)が成熟(歯根尖部まで完全完成している)した月齢の動物の歯の方が特に好ましい。
【0063】
ウシの抜去歯は、抜去後、薄片化又は脱灰まで、凍結(たとえば、-4℃から-20℃)又は冷蔵(0℃から4℃)で保存することができる。抜去歯は、抜去後、十分に洗浄し、血液や肉を除去して、凍結(たとえば、-4℃から-20℃)保存することができる。
【0064】
本発明の製造方法は、更に、殺菌処理工程を含むことができる。殺菌処理は、脱灰処理に酸性の脱灰液を使用することにより、脱灰処理と同時に行うことができる。さらに、追加として、γ線照射、血液製剤のウィルス除去・不活化処理として行われる乾燥加熱処理や低pH液状インキュベーション処理等を加えることもできる。
【0065】
本発明の医療用膜材料は、凍結(例えば、温度-20℃)、冷蔵(例えば、温度4℃)、及び/又は真空凍結乾燥(フリーズドライ)にて保存することができる。本発明の医療用膜材料は、真空凍結乾燥したものを液体で再構成しても、凍結乾燥前に有していた実用に耐え得る十分な機械的特性及びしなやかさを有することができる。また、本発明の医療用膜材料は、エチレンオキシドガス(EOG)滅菌又はガンマ線滅菌等の医療機器の滅菌に用いられる非加熱の滅菌技術により滅菌することができる。本発明によれば、凍結乾燥した医療用膜材料及び再構成するために適切な容量の液体を含むキットを提供することができる。再構成に使用する液体は、生理食塩水、滅菌水、リン酸緩衝液、またはFGF2などの治癒促進因子を含んだ溶液などであるが、これらに限定されない。
【0066】
[DDMの医療用材料としての可能性]
歯の象牙質は、コラーゲン線維を主成分とする象牙質基質(象牙細管と象牙細管との間を埋める部分)に燐酸カルシウムのハイドロキシアパタイト結晶が沈着したもので、成分から見ると骨と類似しているが、象牙質は骨とは似て非なる組織である。一番の大きな違いは、骨は絶えず吸収と形成を繰り返しながら新しい骨に置き換わる(リモデリングする)のに対し、象牙質は一度つくられるとリモデリングされないことである。骨は単なる身体を支える支持組織ではなく、生体のカルシウムの代謝を調節している重要な器官である。血液中のカルシウム濃度が下がると直ちに骨からカルシウムを溶出して、身体の機能を正常に保つ。骨では常に破骨細胞による骨吸収と骨芽細胞による骨形成が起っており(リモデリング)、全身の骨が造り替えられている。骨を脱灰し、移植する試みは50年以上前から行われてきた(Ray, RD et al., J. Bone. Joint Surg., 39-A:1119-1128, 1957, 三森、移植、1:90-103.1966)。しかし、本発明者は、歯は、骨よりもバイオマテリアルとして優れていることを見出した。
【0067】
歯の医療用材料としての可能性を、骨との比較により考察する。
歯は、ヒトでもヒト以外の哺乳動物でも、象牙質の外表から中心部(歯髄腔)にむかって緻密な象牙細管が走っている。超緻密な走行であり、すべての管は交わることなく平行に走っている。この構造により、歯をどのような形状に加工しても(膜状、顆粒状、ブロック状など)、象牙質は必ず緻密な連通孔付きの移植材になる。一方、皮質骨(緻密骨)には基本的に連通孔は存在せず、血管が通るための血管腔が点在する。これは場合によっては連通構造になっていることもあるが、軌跡が不規則で、頻度も少ない。また、骨には骨小腔も存在するが、これは袋小路構造で、連通孔ではない。結果的に、骨から作った移植材は、壁になってしまうため、移植後の血液供給に圧倒的に不利である。(
図2B)
【0068】
また、歯の象牙質コラーゲンは、骨に比較して不溶性である。0.01M塩酸、4℃の条件下における、ペプシン消化では、72時間の消化処理で、成牛骨では約35%のコラーゲンが可溶化されたが、成牛の歯の象牙質ではコラーゲンは5.6%しか可溶化されなかった。膨潤性については、皮膚やアキレス腱などの不溶性コラーゲンが、pH2において4~8倍の体積に膨潤するのに対し、成牛骨の不溶性コラーゲンでは1.2倍に膨潤し、成牛の象牙質の不溶性コラーゲンでは全く膨潤しなかったと報告されている(永井裕・藤本大三郎編、コラーゲン実験法、講談社サイエンティフィック、p.21-p.22)。
【実施例】
【0069】
以下の例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0070】
材料:ウシ(ホルスタイン種、成牛、雌)の下顎臼歯部(第1後臼歯(M1)~第3後臼歯(M3))
材料の入手先:国立大学法人 北海道大学 北方圏フィールド科学センター生物生産研究農場(実施例3)
材料:ウシ(ホルスタイン種、14ヶ月齢、雄)の下顎臼歯部(第2前臼歯(P3),第3前臼歯(P4),第1後臼歯(M1))
材料の入手先:JA十勝清水 十勝フードセンター(実施例3以外の実施例)
【0071】
実施例1:DDM膜の作成
作成方法:
1)マイクロ・カッティング・マシンBS-300CP(メイワフォーシス株式会社)を用いて、ウシ臼歯に対して、
図2Aの左図に示すような歯の長軸に対し並行方向で、厚さ250μm~500μmで、板状にカッティングを行った。
【0072】
2)カッティングした板状の歯を、硝酸脱灰液(無機酸)(2 v/v %硝酸 、pH0.5)に浸漬することにより、脱灰処理を行った。Softex軟エックス線撮影装置を用いて、脱灰度合いを随時確認し、完全にエックス線不透過性部分が消失した時点で、完全に脱灰されたと判断した。完全脱灰には500μmの厚さで3日間を要した。歯から作成した均一な厚みを有する板は完全脱灰が終了するとゴム状の弾性を有したしなやかな膜状構造となった。これをDDM膜とした。作成したDDM膜は、使用するまで、0.1Mトリス塩酸溶液(pH7.5)中で保存した。
【0073】
実施例2:凍結乾燥DDM膜
実施例1で作製したDDM膜(厚み500μm)を真空凍結乾燥機(タイテックVD-400F凍結乾燥装置)を用いてマニュアルに従い凍結乾燥処理した。
凍結乾燥DDM膜を、PBS(-)に浸漬し、
図3に示すように、再構成した。再構成した凍結乾燥DDM膜は、凍結乾燥前のDDM膜と比較して、触診の限りでは、引っ張った際の強度やしなやかさに変化はなかった。
【0074】
実施例3:中性脱灰液及び弱酸性脱灰液による比較
ウシの下顎臼歯部(M1~M3)および前歯部(EDTAについては参考までにヒトの大臼歯一本含む)を、そのまま、中性EDTA脱灰液(10 w/v %EDTA.2Na水溶液、pH7.4)又は弱酸性蟻酸脱灰液(5 v/v %蟻酸水溶液、pH5.0)に浸漬し、1週毎にSoftex軟エックス線撮影装置を用いて、軟エックス線写真を撮影した。
図4に、軟エックス線写真を示す。エックス線不透過性部分が消失した完全脱灰まで、弱酸性脱灰液では6~14週の脱灰処理を要し、中性脱灰液では11~24週の処理を要した。
【0075】
実施例4:歯と骨の比較
膜の材料として、歯(ウシ大臼歯)と骨(ウシ歯槽骨)を比較した。歯と骨を同じ方法で脱灰処理し、薄切膜を作製した。具体的には、弱酸性蟻酸脱灰液(5%蟻酸水溶液、pH5.0)を用いて、ウシの下顎骨ごと脱灰処理を行い、脱灰後の大臼歯とその周辺の歯槽骨を対象に、組織切片作成用ミクロトーム:ミクロトームリトラトームREM-710(大和光機)を用いて薄切を行い薄切膜を作成した。作成した切片の写真を、
図5に示す。脱灰処理した骨はぼそぼそで、切片を作成するのが困難であった。無理やり作るなら2mm程度の厚みが必要であった。骨由来の切片は、折り曲げると折れてしまい、しなやかさは全くなかった。一方、歯を脱灰処理して作成した切片は10μmの厚みで作成することさえも可能であった。極薄の切片を作っても、非常にしなやかでちぎれにくく、縫合も可能な薄切膜であった。
【0076】
実施例5:DDM膜の細胞増殖のための基材としての利用例1
1)DDM膜の準備
ウシの下顎前歯を水平断で250μmの厚みでマイクロ・カッティング・マシン BS-300CPを用いてカッティングした後、弱酸性蟻酸脱灰液(5%蟻酸水溶液、pH5.0)で完全脱灰したものをDDM膜として準備した。ウシの下顎前歯を水平断でカットしたDDM膜を用いた理由は、細胞増殖試験を24ウェルプレートベースで行ったが、そのウェルの底部と形状・面積が類似しているためである。
2)歯根膜幹細胞の準備
特願2017-198072に基づく優先権を主張した国際出願(WO2019/074046A1、参照によりその全体が本明細書中に組み込まれる)に記載の方法で抽出したヒト歯根膜間葉系幹細胞を使用した。
【0077】
3)細胞増殖試験
DDM膜はタイプ1コラーゲンで構成されているため、理論上、細胞に対してタイプ1コラーゲンを介した(インテグリンシグナル伝達等による)細胞増殖能促進効果が期待できるはずである。
【0078】
上記機能を本DDM膜が有するかを確認するため、DDM膜に対して、市販のコラーゲンをコーティングした群(コラーゲンコート群)及びコラーゲンをコーティングしない群(未処理群)を設定し、既に機能が保証されている市販品コラーゲンコートした群と同等の細胞増殖効果をDDM膜単独群が果たすかどうかを確認する目的で、歯根膜幹細胞の増殖試験を行った。コラーゲンコート群には、Cellmatrix(登録商標)Type1-C(新田ゼラチン)を用いて、マニュアルに書かれているプロトコールに従い、DDM膜に対してタイプ1コラーゲンをコートしたものを使用した。
【0079】
24ウェルプレートの各ウェルに、DDM膜及びコラーゲンコートDDM膜を静置した。歯根膜幹細胞を1.3×10
4cells/ウェルで播種し、基礎培地の10 v/v %FBS含有DMEM/F-12(Sigma)にて、37℃、5%CO
2、5%O
2条件下に3日間インキュベーションを行った。培養後、Cell Counting Kit-8(同仁化学)を用いた細胞増殖試験をマニュアルに書かれているプロトコールに従い行った。結果を、
図6に示す。DDM膜は、コラーゲンコートDDM膜と比較し、同程度以上の細胞増殖能力を有することが確認された。
【0080】
本実験により、DDM膜はタイプ1コラーゲンが有する細胞増殖促進効果を維持している可能性が示唆された。
【0081】
実施例6:DDM膜の細胞増殖のための基材としての利用例2
1)DDM膜のFGF2浸漬処理
DDM膜は、タイプ1コラーゲンで構成されているが、タイプ1コラーゲンはマトリックスバインディングプロテイン群(FGFやBMPなど)をはじめとしたタンパク質を吸着する性質を有している。さらに、無数の象牙細管が存在することで、このコラーゲンマトリックスの表面積を大幅に増大させる役割をはたしており、細管内にもタンパク質を吸着させることで、薄い膜構造でも多量のサイトカインを吸着・保持することで、患部移植後のサイトカインの徐放作用が期待できる。
【0082】
上記機能を確認するため、実施例5の1)で準備したDDM膜を、基礎培地(10%FBS含有DMEM/F-12(Sigma))に浸漬させ、1日間インキュベーションしたものを、コントロール群とした。それに対し、成長因子FGF2(RandD)を50ng/mL及び200ng/mLの濃度で含有した基礎培地中で浸漬させ1日間インキュベーションしたものをそれぞれ実験群として設定した。コントロール群及び2つの実験群のDDM膜を、PBS(-)(Sigma)で5回よく洗い、吸着されていないFGF2をよく洗い流したのち、24ウェルのplateの底面に静置した。
【0083】
2)細胞増殖試験
歯根膜幹細胞を1.3×10
4cells/ウェルで播種し、基礎培地(10%FBS含有DMEM/F-12(Sigma))にて37℃、5%CO
2、5%O
2条件下で3日間インキュベーションを行った。培養後、Cell Counting Kit-8 (同仁化学)を用いた細胞増殖試験をマニュアルに書かれているプロトコールに従い行った。結果を、
図7に示す。コントロール群(未処理群)と比較し、実験群(FGF2含浸群)において、有意差を伴った顕著な細胞増殖活性が確認された。
本実験により、DDM膜は事前にサイトカイン液に浸漬させることにより、任意のサイトカインをDDM上に吸着させることができ、実施例5の機能に加え、実施例6の機能も加わることで強力な再生能力の向上に寄与できる可能性があることが確認された。
【0084】
実施例7:DDM膜の細胞増殖のための基材としての利用例3
10%硝酸、10%蟻酸又は10%EDTA(中性)を含む脱灰液(水溶液)で完全脱灰したDDM膜(厚さ250μm)を培養ディッシュの底面に静置し、歯根膜幹細胞を同一細胞数(1.3×104cells)を播種し、37℃、5%CO2、5%O2条件下培養した。EDTA脱灰DDM膜では、培養2日目に、良好な細胞接着が観察され、強く揺らしても細胞がDDM膜から離れなかった。硝酸脱灰DDM膜及び蟻酸脱灰DDM膜では、培養5日目に、良好な細胞接着が観察され、強く揺らしても細胞がDDM膜から離れなかった。
【0085】
このことから、EDTA脱灰処理を施したDDM膜が最もコラーゲンの性質を強く維持していた。これを後押しする報告として、硝酸脱灰によって得られる基質は、EDTA脱灰によって得られる基質の如き、X線解析による定型的コラーゲンのパターンを示さないとの報告もあり(Urist MR AK et al., Clin Orthop Relat Res. 1965 May-Jun; 40:48-56)、これを裏付ける実験結果となった。その一方で、異種移植の場合はEDTA脱灰処理法では、抗原性が維持されることから、移植部位に炎症を惹起したという報告もある(三森、移植、1:90-103.1966)。コラーゲンの性質の維持の点からは、EDTA脱灰処理が移植材の処理方法として最適である可能性が示唆された。一方、EDTAによる殺菌作用やエンドトキシンの失活作用は、無機酸・有機酸による殺菌作用と比較すると著しく弱いといわれている。殺菌作用や異種移植の点からは、生体への移植目的の移植材の脱灰液は、無機酸を用いることが好ましい可能性がある。
【0086】
実施例8:DDM膜の移植材としての利用例1
DDM膜を用いて、重度の歯周疾患により、上顎骨に広範囲で著明な骨吸収が発生している犬の患部を閉じる手術を行った。本実施例の手術時に撮影した写真を
図8に示す。
DDM膜の準備:実施例1で作製したDDM膜(厚み500μm)を、使用前に、0.1M トリス塩酸緩衝液(pH7.5)を用いて中性化したのち、移植に使用した。中性化したDDM膜に対して、FGF2製剤であるフィブラストスプレー250(トラフェルミン250μg含有)を100ng/mLになるように調整し、DDM膜を浸漬させ、4℃にてオーバーナイトインキュベーションを行った。生理食塩水にてDDM膜を洗浄した後、移植に利用した。
【0087】
患畜の情報:上顎全体に重度の歯周病を患った17歳メスのミニチュアダックス(顎の大きさ:小型犬のため小さく、口先が尖型)。飼い主にインフォームドコンセントを行い、リスクなどを十分説明したうえで同意を得て、DDM膜移植術を行った。
【0088】
以前の手術の状況:重度の歯周疾患により多臼歯ポケットからの排膿とシビアな炎症により全身状態が悪化。本症例に対し、全身麻酔下に、両側上顎臼歯部の全抜歯と歯周病炎症創の掻爬(デブリードメント)術を施行した。予想以上に骨吸収が進行しており、広範囲にわたり口腔と鼻腔を隔てる骨がない、いわゆる口腔に大穴が開いた状態となったが、掻爬により炎症巣を可及的に除去することには成功した。その後、減張切開を加え頬側歯肉を寄せて、吸収性縫合糸(VICRYL RAPID(登録商標):ETHICON)にて閉鎖創とした。
【0089】
しかし、両側ともに重度の骨吸収による骨の裏打ちが広範囲にわたり存在しなかったために、炎症症状は劇的に回復し患畜は元気を取り戻したが、術後2週間で、閉鎖した部分の歯肉が裂開し、口腔と鼻腔が広く交通した状態となった(
図8Aの上図)。本来であれば、再手術により口腔と鼻腔の交通の遮断を行う手術(鼻口腔瘻閉鎖術)を行うべきであったが、既存の治療法ではこの広範囲に渡る骨欠損による上皮の裏打ちがない状態に対して有効な閉鎖の手段が存在しなかった。
【0090】
DDM膜の移植手術:他に選択肢が存在しなかったことから、飼い主にインフォームドコンセントを行い同意を得て、ウシから作成したDDM膜を裏打ちとして歯肉の内側に設置し、歯肉同士を縫合する際に一緒に縫い込んで固定する移植術を行った。使用したDDM膜は、20mm×40mmの大きさであった。この大きさは、口腔と鼻腔が完全に交通してしまった部位をカバーするのに十分な大きさであった(
図8Aの下図、
図8Bの上図)。
【0091】
さらに、(1)広範囲にわたる骨欠損部をブリッジングするに堪える機械的強度を有していたこと、(2)従来の膜移植材であれば本症例のような広範囲の膜移植材による被覆は、広範囲に及ぶ血流障害を引き起こし早期の被覆粘膜の壊死が起こる懸念も十分に示唆されるが、象牙細管構造による多孔質性による(
図1参照)血流障害の回避が可能であったこと、(3)患部の治癒を促進するFGF2製剤を事前に含浸させたことによる再生促進効果が発揮されたこと、などの従来の移植材では獲得されていなかった独自の特質により、術後、前回の様に歯肉が裂開することもなく、炎症も完全におさまり歯肉は一部残存歯付近を除き癒合し上皮化が完了していた(
図8Bの下図)。
【0092】
本症例は、既存の治療法では治癒不可能であった難症例に対し、新たな治療の可能性を見出す症例となった。また、術後21日目に行った血液検査の結果では、白血球数が術前の33570/μLから15550/μLに減少し、炎症マーカーであるCRP(C反応タンパク質)の値が、術前の7mg/dLから0.6mg/dLに低下しており、異種移植による拒絶反応が生じていないことを確認した。
【0093】
実施例9:DDM膜の移植材としての利用例2
既存技術で指摘されていた、既存移植材の耐感染性における脆弱性の克服の確認
ミニブタを用いた動物実験で、DDM膜を感染予防用膜として利用した。本実施例ではDDM膜を長期間維持するために厚みを2000μmとし、また創部の内側(組織内)ではなく創部の外側にDDM膜を移植することで、不潔な状況下での感染予防膜としての役割を果たすかを検討した。本実施例の手術時に撮影した写真を
図9に示す。
【0094】
DDM膜(大きさ約5 cm
2: 4 cm×1.3 cm)は、ウシの臼歯を無機酸で完全脱灰して、作成した。手術対象は、下顎前歯4本であり、歯肉溝切開後、歯肉を全層で剥離し歯肉弁を形成し、骨を露出させた。歯槽骨を破壊しないように抜歯を行った。これにより、抜歯窩(骨欠損)が形成された。この骨欠損(穴)に補填材(ウシ由来DDM顆粒)を充填し、上記のDDM膜で覆い、その上に歯肉弁を戻して吸収性縫合糸により縫合することでDDM膜を歯肉弁直下に固定し、骨再生を評価した。DDM膜は、縫合により固定した(
図9-上図)。
【0095】
移植3日後、ミニブタは、手術部(開放創)を養生する意思は全くなく、かつ、下顎前歯部歯肉(手術部)で粉エサを拾うように口腔内へ運び食事を行うため、手術部(開放創)に食渣が付着し、深部骨組織への感染の懸念が高いことが予想されていたが、予想の通り、写真(
図9-中央図)に示すように露出したDDM膜の周囲に食渣が付き放題に付着していたが、周囲歯肉に炎症の兆候は認められなかった。
【0096】
移植9日後、食渣による汚れを伴ったDDM膜は縫合糸とともに脱落した。脱落した直下では、上皮化が完了しており、DDM膜で覆うことにより、不潔な環境下における不安定期の感染を完全に予防した(
図9-下図)。従来の移植片は感染に対し脆弱であることが指摘されているが、本発明のDDM膜は耐感染性が高いことが十分に示唆された。
【0097】
上記のDDM顆粒を充填し、DDM膜で覆った実験の他に、1)DDM顆粒を充填せず、DDM膜で覆ったもの、2)DDM顆粒を充填し、FGF2を含浸させたDDM膜で覆ったもの、3)DDM顆粒を充填し、凍結乾燥後PBS(-)で復元したDDM膜で覆ったものの4通りで行った。いずれの実験でも、細菌感染を思わせる所見は確認されなかった。
【0098】
移植3週間後に、骨再生についてCT検査および組織学的検討を行った結果、2)3)4)で抜歯窩をほぼ満たす高さでの骨新生を認めた。1)においては他の群と比較し骨新生レベルは低かったが、幼弱な新生骨の誘導が開始されていた。全症例において、組織学的解析により炎症性細胞浸潤などの術後細菌感染の兆候は確認されなかった。
【0099】
実施例10:DDM膜の移植材としての利用例3
重度の下顎骨骨折を有するイヌにDDM膜を適用した。患畜は、15歳メスのミニチュアダックスで、重度の歯周病により下顎歯槽骨に重度の骨吸収を伴った骨密度の低下が認められた。飼い主にインフォームドコンセントを得て歯周治療に行った際、臼歯部周辺の2ヶ所に下顎下縁に達する重度の下顎骨骨折が生じた(
図10a及びbに矢印で示す)。出血量も多く、患畜が高齢であったことも考慮し、飼い主の同意を得て、DDM膜を骨膜内(歯肉内)に移植し、骨折線を覆う形でDDM膜(大きさ約5 cm
2、厚み500μm)で被覆する処置を行った(
図10c)。
【0100】
DDM膜は、被覆直後から骨折箇所に密着し、出血量が減少した。その後、前歯部を支持歯として患歯との間で暫間固定(しばらく固定)することで、折れた顎の近心パーツと顎の遠心パーツを固定し(顎間固定)し、閉創した。術後1.5ヶ月には骨折線の消退が認められ(
図10d)、患畜の月齢や骨密度等の状況を考慮するに、DDM膜が骨折部の骨再生に対し有効に作用したと考えられた。
【0101】
実施例11:DDM膜の移植材としての利用例4
消化器の外科手術において、手縫いに代えて自動縫合器を用いたステープルによる消化管吻合が一般化しつつある。手縫いによる消化管吻合は血管が豊富な粘膜下層をつなぎ合わせることにより行われるのに対し、ステープルによる消化管吻合は血管があまり存在しない粘膜層をつなぎ合わせることにより行われるため、一部の粘膜がうまく癒合せず、約10%ほどの確率でリーク(内容物の漏れ出し)が起こることが問題となっている(Bertelsen CA et al., Colorectal Dis. 2010 Jul; 12: e76-81)。
【0102】
DDM膜が消化管外科領域にも応用できることを確認するため、ブタの消化管吻合部にDDM膜を適用する試験を行った。試験は、株式会社ホクドーの洞爺ラボにて実施した。患畜として、ヒトに近い大きさの消化管を有する家畜ブタ(LWD系、4ヶ月齢、雌、体重45kg)を用いた。患畜を麻酔下で開腹し、大腸及び小腸のそれぞれに対して以下のように吻合術を施した。
【0103】
1)大腸吻合
自動吻合器PROXIMATE(登録商標) ILS CDH25(ethicon)を用いて大腸の吻合を行った。この器具は、トロッカーを有するステープルハウジング内に円筒型のナイフ及び金属製のステープルを内蔵している。吻合する消化管それぞれの端部に巾着縫合をかけた後、一方の腸管内に器具本体を挿入してトロッカーを露出させ、他方の腸管内にアンビルを挿入し、トロッカーとアンビルを連結する。その後、ファイヤリングハンドルを操作することによりステープルハウジングからステープルが打ち出され、環状ステープルラインが形成されると同時に、円筒型のナイフによってステープルラインの内側の組織がドーナツ状に切除されることで、腸管の吻合が行われる(プロキシメイト(登録商標) ILS添付文書(日本国での医療機器承認番号:21900BZX00879000); Ethicon Inc, Endoscopic Curved Intraluminal Stapler, Instructions For Use)。
【0104】
大腸端部同士をトロッカー及びアンビルで連結した後、DDM膜(大きさ約5 cm
2、厚み500μm)2枚を介在させ(
図11a)、ファイヤーすることで大腸の口腔側と肛門側をDDM膜を介して端端吻合した後、ブタを閉腹した。術後1週間で大腸吻合部を摘出し、吻合部耐圧試験(anastomotic bursting pressure、ABP)を行った。吻合部耐圧試験とは、吻合部を中心に約5cmの位置で腸を切除し、一方端は、そのまま縫合糸にて縫合し、他方端は、圧力計につながったホースを介して縫合糸で固定する。その後、ホースから空気を送り込み、水中で腸を膨張させる。吻合部からリークが発生し、水中に空気泡を確認した時点での圧力を記録し、この圧力を測定値とする方法である。
【0105】
直腸吻合部の写真を
図11bに示す。吻合部は、外観上、良好な接着が認められた。また、吻合部耐圧試験を行ったところ、およそ300mmHgの圧力負荷で正常な腸管部分が吻合部よりも先に破裂し、吻合部に対して300mmHg以上の耐圧試験を行うことはできなかった。同様の自動吻合器を用いてブタ大腸の吻合を行った過去の論文(Vanbrugghe C et al., Surg Innov. 2017 Jun; 24(3):233-239)では腸管リークは50~180mmHgの間で発生していたことを考慮すると、DDM膜は、大腸吻合部の接着を促し、強固に接合させることで腸管リークを抑制することが示された。
【0106】
2)小腸吻合
自動縫合器DST Series(登録商標) GIA(登録商標)ステープラーを用いて小腸の吻合を行った。この器具は、ナイフを内蔵したステープルカートリッジとアンビルとを有する。これらの間に腸管を挟んだ後、ファイヤリングノブを操作することによりステープルカートリッジからステープルが打ち出され、2組の線状ステープルラインが形成されると同時に、ナイフによって線状ステープルラインの一方の組と他方の組との間が切断されることで、腸管の縫合及び切断が行われる。
【0107】
小腸に吻合予定部を2ヶ所設定し、
図12Aに示すように腸側面同士を吻合する側側吻合を行った。最初に吻合予定部の小腸を切断し、切断面を揃えて横に並べ、DDM膜(大きさ約5 cm
2、厚さ500μm)を介在させて又は介在させずに縫合及び切断を行った。続いて切断された端部を縫合することで吻合を完成させた後、ブタを閉腹した。術後1週間で、2ヶ所の小腸吻合部を摘出し、吻合部耐圧試験を行った。
【0108】
小腸吻合部の写真を
図12Bに示す。DDM膜使用、未使用いずれの吻合部も、外観上は良好な接着が認められた。また、吻合部耐圧試験を行ったところ、DDM膜を使用していない吻合部は95mmHgで破裂したのに対し、DDM膜を使用した吻合物は170mmHgで細かい水泡が発生する微細なリークが認められた。自動縫合器による腸管吻合部は術後1週間以内にリークをおこすことが多く、時には放屁によって破裂することもあるといわれている。DDM膜を介在させた小腸吻合部では放屁の際に腸管にかかると推定される約100mmHgを越える良好な耐圧性が確認されたことから、DDM膜は、小腸吻合部の接着を促し、強固に接合させることで腸管リークを抑制することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明は、医療分野において、有用である。