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特許7448120プラズマを用いてゲノム編集酵素を植物細胞内に導入する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-04
(45)【発行日】2024-03-12
(54)【発明の名称】プラズマを用いてゲノム編集酵素を植物細胞内に導入する方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20240305BHJP
   C12N 15/87 20060101ALI20240305BHJP
   A01H 1/00 20060101ALI20240305BHJP
【FI】
C12N15/09 110
C12N15/87 Z ZNA
A01H1/00 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019206239
(22)【出願日】2019-11-14
(65)【公開番号】P2021078362
(43)【公開日】2021-05-27
【審査請求日】2022-10-18
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】光原 一朗
(72)【発明者】
【氏名】柳川 由紀
(72)【発明者】
【氏名】土岐 精一
(72)【発明者】
【氏名】岩上 真咲
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 咲子
(72)【発明者】
【氏名】加藤 悦子
(72)【発明者】
【氏名】沖野 晃俊
(72)【発明者】
【氏名】末永 祐磨
(72)【発明者】
【氏名】守屋 翔平
(72)【発明者】
【氏名】飯島 勇介
【審査官】田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/072596(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0265864(US,A1)
【文献】国際公開第2018/016217(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/344912(US,A1)
【文献】YANAGAWA,Yuki et al.,Direct protein introduction into plant cells using a multi-gas plasma jet,PLoS ONE,2017年,vol.12,no.2,e0171942,p.1-15
【文献】SUBBURAJ,Saminathan et al.,Site-directed mutagenesis in Petunia × hybrida protoplast system using direct delivery of purified recombinant Cas9,Plant Cell Rep,2016年,vol.35,p.1535-1544
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
A01H 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物細胞に、Casタンパク質及びガイドRNAを導入する方法であって、
該細胞をプラズマで処理した後、2価以上の金属カチオンの存在下、当該細胞とCasタンパク質及びガイドRNAとを接触させ、
前記植物細胞は、細胞壁を備える植物細胞であり、かつ
前記2価以上の金属カチオンが、Mg 2+ 、Mn 2+ 、Zn 2+ 、Ca 2+ 及びBa 2+ からなる群から選択される少なくとも1の2価金属カチオンである、
方法
【請求項2】
前記Casタンパク質がCas9タンパク質である、請求項に記載の方法。
【請求項3】
前記プラズマが常温大気圧プラズマである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記プラズマが、二酸化炭素プラズマ及び窒素プラズマからなる群から選択される少なくとも一つのプラズマである、請求項1~のうちのいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
ゲノム編集された植物体の製造方法であって、
植物細胞をプラズマで処理した後、2価以上の金属カチオンの存在下、当該細胞とCasタンパク質及びガイドRNAとを接触させ、当該細胞に前記Casタンパク質及びガイドRNAを導入し、
前記Casタンパク質及びガイドRNAが導入された植物細胞から植物体を再生させ、
前記植物細胞は、細胞壁を備える植物細胞であり、かつ
前記2価以上の金属カチオンが、Mg 2+ 、Mn 2+ 、Zn 2+ 、Ca 2+ 及びBa 2+ からなる群から選択される少なくとも1の2価金属カチオンである、
方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゲノム編集酵素を、プラズマを用いて植物細胞内に導入し、ゲノム編集を生じさせる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲノム編集技術は、特定の遺伝子の狙った部位に変異を導入して、そのコードするタンパク質の活性を修飾(例えば、活性型から不活性型への置換や不活性型から活性型への置換)することにより、新たな細胞や品種を作製する技術である。この技術によれば、単に内在性遺伝子に変異が導入され、外来遺伝子を保持しない品種や系統を作成することが可能であり、この点で従来の遺伝子組換え技術と異なる。
【0003】
これまでに、ZFN、TALENs、CRISPR-Casシステム等のゲノム編集技術が開発され、遺伝子改変のための有用なツールとして注目されている。例えば、CRISPR-Casシステムにおいて、Casタンパク質は、ガイドRNAと複合体を形成し、この複合体が、ガイドRNAと相補的な配列を持つゲノム上の標的部位に結合して、DNA二本鎖の両方を切断する。このDNAの二本鎖切断は、非相同末端結合により修復された場合、ヌクレオチドの挿入や欠失(insertion/deletion:indel)が生じ、フレームシフト等により遺伝子ノックアウトを行うことができる。一方、細胞外から、修復鋳型となるドナーDNAを導入した場合には、ゲノムとドナーDNAとの間の相同組換えにより、遺伝子ノックインを行うことができる。この遺伝子ノックインにおいては、DNAの挿入のみならず、1~数ヌクレオチドの置換や欠失を生じさせることも可能である。
【0004】
Casタンパク質等のゲノム編集酵素を作物の育種に活用する場合、植物ではアグロバクテリウム法等の遺伝子組換え技術によって、当該酵素遺伝子を導入する方法が主流となっている(非特許文献1)。しかしながら、アグロバクテリウム法では、対象植物のゲノムDNAにゲノム編集酵素遺伝子が組み込まれてしまうため、植物の標的遺伝子に修飾を入れた後、不要になった酵素遺伝子を除去することが必要になる。この場合、かけ合わせが可能な植物ではゲノム編集酵素遺伝子を除去できるが、栄養繁殖性植物や木本植物等、不要遺伝子のかけ合わせによる除去が事実上不可能な作物も多く存在する。
【0005】
そこで、植物においても、ゲノム編集酵素をタンパク質として直接細胞内へ導入し、ゲノムへの遺伝子の組込みを経ずにゲノム編集を行う技術の開発が行われているが、プロトプラスト化が必要であること等から適用できる植物種は限られている(非特許文献2、3)。同様に、パーティクルガンでトウモロコシ胚にRNP(CRISPR/Cas9タンパク質RNA複合体)を直接導入して、標的変異に成功した報告もあるが(非特許文献4)が、パーティクルガンを用いる方法は、通常の遺伝子組み換えですら個体再生が可能な植物は限られていることから、ゲノム編集に関しては、それ以上に困難であると考えられる。また、ウイルスの媒介により植物のゲノム編集を行おうとする試みもあるが(非特許文献5)、ウイルスに導入できる外来遺伝子の長さの制約等のため、ゲノム編集酵素をウイルスにより導入してゲノム編集に成功した例は知られていない。また、組換えウイルスを用いる場合、ゲノム編集後の植物においてウイルスの非存在を証明することが困難である等の障害もある。この他に、タンパク質を植物の細胞に導入する方法としては、膜透過ペプチドを用いる方法(非特許文献6)等が知られているが、植物ゲノム編集への応用について報告はない。
【0006】
また、植物へのタンパク質等の物質導入に関し、本発明者らは従前、プラズマを用いることにより、その由来とする植物及び組織の種類を問わず、また障害をもたらすことなく、植物に簡便かつ高効率にて物質を導入することが可能となることを明らかにしている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第2018/016217号
【非特許文献】
【0008】
【文献】Endo et al.,Methods in Molecular Biology Volume 1469 pp123-135(2016)
【文献】Woo et al.,Nature Biotech.33:1162-1164(2016)
【文献】Subburaj et al.,Plant Cell Rep.35:1535-1544(2016)
【文献】Svitashev et al.,Nature Communication 7:13274(2016)
【文献】Ali et al.,Molecular Plant 8:1288-1291(2015)
【文献】Ng et al.,Plos One 10:1371(2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、プラズマにより、ゲノム編集酵素を植物細胞に導入し、当該酵素によるゲノム編集を可能とする方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは従前、プラズマを用いることにより、その由来とする植物及び組織の種類を問わず、また障害をもたらすことなく、植物に簡便かつ高効率にて物質を導入することが可能となることを明らかにしている。特に、植物細胞をプラズマで処理した後、当該細胞にタンパク質(GFPとCyaAとの融合タンパク質)又はDNA(プラスミドDNA)を接触させることにより、これらの物質を前記細胞に導入できることを明らかにしている(特許文献1)。
【0011】
今回、かかるプラズマを用いた導入方法により、ゲノム編集系の一種であるCRISPR-Casシステム(Casタンパク質及びガイドRNA)を植物細胞に導入し、ゲノム編集を生じさせることを試みた。
【0012】
しかしながら、前述のタンパク質、DNAとは異なり、従前の前記方法では、Casタンパク質及びRNAの複合体によるゲノム編集を生じさせることは困難であった。
【0013】
そこで、本発明者らは、プラズマを用いてCasタンパク質及びRNAの複合体を植物細胞に導入し、ゲノム編集を生じさせるべく、鋭意研究を重ねた。その結果、植物細胞をプラズマで処理した後、2価以上の金属カチオンの存在下、当該細胞とCasタンパク質及びガイドRNAとを接触させることにより、該物質はその植物細胞内に導入され、効率良くゲノム編集を生じさせることが可能となることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、プラズマを用いて植物細胞内に、Casタンパク質等のゲノム編集酵素を導入する方法に関し、より詳しくは、以下を提供するものである。
<1> 植物細胞に、ゲノム編集酵素を導入する方法であって、
該細胞をプラズマで処理した後、2価以上の金属カチオンの存在下、当該細胞とゲノム編集酵素とを接触させる、方法。
<2> 植物細胞に、Casタンパク質及びガイドRNAを導入する方法であって、
該細胞をプラズマで処理した後、2価以上の金属カチオンの存在下、当該細胞とCasタンパク質及びガイドRNAとを接触させる、方法。
<3> 前記Casタンパク質がCas9タンパク質である、<2>に記載の方法。
<4> 前記2価以上の金属カチオンが、Mg2+、Mn2+、Zn2+、Ca2+及びBa2+からなる群から選択される少なくとも1の2価金属カチオンである、<1>~<3>のうちのいずれか一項に記載の方法。
<5> 前記プラズマが常温大気圧プラズマである、<1>~<4>のうちのいずれか一項に記載の方法。
<6> 前記プラズマが、二酸化炭素プラズマ及び窒素プラズマからなる群から選択される少なくとも一つのプラズマである、<1>~<5>のうちのいずれか一項に記載の方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ゲノム編集酵素を、プラズマ処理により、植物細胞に導入し、ゲノム編集を生じさせることが可能となる。また後述の実施例に示すとおり、本発明によれば、植物細胞に、その由来とする植物及び組織の種類を問わず、また障害をもたらすことなく、ゲノム編集酵素を簡便に導入し、ゲノム編集を生じさせることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】実施例で用いた、本発明に係るプラズマ処理の一実施形態を示す、概略図である。すなわち、プラズマ発生装置1の内部にガス供給部2からプラズマ生成用ガスを流入させると共に、当該ガスをガス冷却装置4により冷却させた後、プラズマ発生装置内の内部電極に電力供給部3より電圧を印加することにより、プラズマ5を試料6(植物細胞)に照射することを示す、図である。
図2】実施例で用いたレポーター遺伝子(L-(I-SceI)-UC)システムの概要を示す、図である。図中の「オリジナル」及び「変異」の配列は、配列番号:6及び7に各々示す。
図3】レポーター遺伝子 L-(I-SceI)-UCと、それを標的とするガイドRNA(sgRNA)との対応関係を示す、概略図である。図中のL-(I-SceI)-UCの配列の一部及びその相補的な配列は、配列番号:8及び9に各々示す。ガイドRNA標的配列は、配列番号:10に各々示す。
図4】レポーター遺伝子 L-(I-SceI)-UCが導入されたイネカルスに、プラズマを照射した後、物質と接触させ、該レポーター遺伝子(ルシフェリン遺伝子)の発現を検出した結果を示す、写真である。図中、左側には、接触させた物質(CRISPR/Cas9(Cas9タンパク質とsgRNAとの複合体)又はBSA)を示し、上部には、照射したプラズマの種類(COプラズマ又はNプラズマ)と、接触の際に用いた緩衝液又は培地の種類(1/4PBS又は1/2MS(pH5.8))とを示し、右側には前記緩衝液又は培地へのMg2+の添加の有無を示す。
図5】レポーター遺伝子 L-(I-SceI)-UCが導入されたイネカルスに、プラズマを照射した後、物質と接触させ、該レポーター遺伝子(ルシフェリン遺伝子)の発現を検出した結果を示す、写真である。図中、上部には、接触させた物質(CRISPR/Cas9(Cas9タンパク質とsgRNAとの複合体)又はBSA)を示し、左側には、接触の際に用いた1/2MS(pH5.8)培地に添加した無機塩の種類及び濃度を示す。
図6】レポーター遺伝子系 pBI121-sGFP-wTALEN-ELUCの概要を示す、図である。図中のwaxy TALEN 標的配列は、配列番号:12に示す。
図7】レポーター遺伝子系 pBI121-sGFP-wTALEN-ELUCが導入されたタバコの葉に、プラズマを照射した後、CRISPR/Cas9(Cas9タンパク質とsgRNAとの複合体)と接触させ、カルス形成培地での培養を経て、該レポーター遺伝子(ルシフェリン遺伝子)の発現を検出したスキームを示す、概略図である。
図8図7に示したスキームにて、前記レポーター遺伝子の発現を検出した結果を示す、写真である。図中、上部には、接触させた物質(CRISPR/Cas9(Cas9タンパク質とsgRNAとの複合体)、又はその陰性対照としたBSA)、左側には照射したプラズマの種類(COプラズマ又はNプラズマ)を示す。また右下の小枠には、各葉において前記物質との接触の際に用いた1/2MS(pH5.8)培地に添加した無機塩の種類及び濃度を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(植物細胞への物質導入方法)
後述の実施例に示すとおり、植物細胞をプラズマで処理した後、2価以上の金属カチオンの存在下、当該細胞とCasタンパク質及びガイドRNAとを接触させることにより、該物質はその植物細胞内に導入され、ゲノム編集を生じさせることが可能となる。
【0018】
したがって、本発明は、植物細胞に、Casタンパク質等のゲノム編集酵素を導入する方法であって、該細胞をプラズマで処理した後、2価以上の金属カチオンの存在下、当該細胞とゲノム編集酵素とを接触させる、方法を提供する。
【0019】
本発明において、「ゲノム編集酵素」とは、ゲノムDNA上の任意の部位に改変を生じさせ得る人工制限酵素を意味し、例えば、Cas、TALEN、ZFN、PPRが挙げられる。
【0020】
(Cas)
本発明において、「Casタンパク質」は、CRISPER(clustered regularly interspaced short palindromic repeat、クリスパー)関連酵素(ヌクレアーゼ)であり、クラス1CRISPER関連酵素(例えば、Cas3等のI型、IV型、Cas10等のIII型)であってもよく、クラス2CRISPER関連酵素(例えば、Cas9等のII型、Cas12a(Cpf1),Cas12b(C2c1)、Cas12e(CasX)及びCas14等のV型、Cas13等のVI型)であってもよいが、好ましくはクラス2CRISPER関連酵素であり、より好ましくはII型CRISPER関連酵素であり、さらに好ましくはCas9である。また「Cas9タンパク質」としては、例えば、化膿性連鎖球菌(S.pyogenes)Cas9、肺炎連鎖球菌(S.pneumoniae)Cas9、S.サーモフィラス(S.thermophilus)Cas9が挙げられる。
【0021】
なお、Casタンパク質の典型的なアミノ酸配列及び塩基配列は公開されたデータベース、例えば、GenBank(http://www.ncbi.nlm.nih.gov)に登録されており、本発明においてはこれらを利用することができる。例えば、化膿性連鎖球菌由来のCas9タンパク質の典型的なアミノ酸配列及び塩基配列は、NCBI Reference Sequence:NP_269215及びNC_002737に記載の各々の配列である。
【0022】
また、本発明にかかる「Cas9タンパク質」は、ガイドRNAと複合体を形成して標的DNAを切断する活性を有している限り、前述の典型的なアミノ酸配列からなるタンパク質に限らず、そのホモログ、変異体、あるいは部分ペプチドであってもよい。
【0023】
ホモログとしては、例えば、対象となるCasタンパク質のアミノ酸配列(例えば、NP_269215に記載のアミノ酸配列)と、85%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上(例えば、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上)の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質が含まれる。配列の同一性は、BLAST等(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメータ)を用いて計算したときの数値で評価することができる。
【0024】
また、変異体としては、天然型のCas9ンパク質のアミノ酸配列(例えば、NP_269215に記載のアミノ酸配列)に対して1若しくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、付加、又は挿入されたアミノ酸配列からなり、エンドヌクレアーゼ活性を有するタンパク質が含まれる。ここで、「複数個」とは、例えば、2~150個、好ましくは2~100個、より好ましくは2~50個(例えば、2~30個、2~10個、2~5個、2~3個、2個)である。
【0025】
変異体の例としては、例えば、特定のアミノ酸残基に変異を導入することによりPAMの認識特異性を改変したCasタンパク質が挙げられる。Casタンパク質におけるPAMの認識特異性を改変する技術は公知である(Benjamin,P.ら、Nature 523,481-485(2015)、Hirano,S.ら、Molecular Cell 61,886-894(2016))が挙げられる。
【0026】
本発明にかかるCasタンパク質には、核局在化シグナルを付加することが好ましい。これにより、細胞内で核への局在が促進され、その結果、DNAの編集が効率的に行われる。
【0027】
また、本発明にかかるCasタンパク質は、当業者であれば、当該Casタンパク質をコードするDNAを、適当なベクターに載せ、大腸菌、動物細胞、昆虫細胞、植物細胞等の宿主細胞、又は無細胞タンパク質合成系(例えば、網状赤血球抽出液、小麦胚芽抽出液)に導入することにより、組換えタンパク質として発現させることができる。さらに、宿主細胞等において発現させた組換えタンパク質は、公知のペプチド精製方法により精製することができる。例えば、クロマトグラフィー(例えば、イオン交換アフィニティークロマトグラフィー、サイズ排除カラムクロマトグラフィー、本発明にかかるCasタンパク質を特異的に認識する抗体を用いたアフィニティクロマトグラフィー)、遠心分離等によって精製することができる。
【0028】
宿主細胞等において発現させた組換えタンパク質を精製する公知の方法としては、His-タグタンパク質、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)タンパク質、等の機能性タンパク質を融合させた形態で前記Casタンパク質を合成し、金属キレート樹脂、GST親和性レジン等に結合させることにより精製する方法等が挙げられる(Smith,M.C.et al.,J.Biol.Chem.263,7211-7215(1988))。さらに、例えば、TEVプロテアーゼ、トロンビン、血液凝固因子Xa等で、機能性タンパク質と前記Casタンパク質との間に挿入したこれら酵素認識配列を切断することにより、前記Casタンパク質のみを分離して精製することもできる。
【0029】
また、本発明にかかるCasタンパク質は、そのアミノ酸配列に基づき、市販のポリペプチド合成機によって化学的に合成して調製することもできる。
【0030】
(ガイドRNA)
Casタンパク質は、ガイドRNAと複合体を形成することにより、標的領域に誘導され、そのエンドヌクレアーゼ活性によって標的領域中の標的部位を切断し、ゲノム編集が生じる。また後述の実施例に示すとおり、本発明によれば、Casタンパク質のみならず、ガイドRNAも植物細胞に導入することが可能となる。したがって、本発明による植物細胞への被導入対象として、Casタンパク質のみならず、ガイドRNAも含まれ得る。
【0031】
本発明にかかる「ガイドRNA」はCasタンパク質と相互作用する塩基配列(以下、「Cas相互作用塩基配列」とも称する)と標的領域の塩基配列に対して相補的な塩基配列(以下、「標的化塩基配列」とも称する)とを含むRNAである。
【0032】
本発明にかかるCRISPR-CasシステムのガイドRNAは、crRNAとtracrRNAを含む一分子ガイドRNA(sgRNA)でも、crRNA断片とtracrRNA断片とからなる二分子ガイドRNAであってもよい。
【0033】
crRNA中の標的化塩基配列は、通常、12~50塩基、好ましくは、17~30塩基、より好ましくは17~25塩基からなる塩基配列であり、PAM(proto-spacer adjacent motif)配列と隣接する領域を標的化するように選択される。
【0034】
crRNAは、さらに、tracrRNAと相互作用(ハイブリダイズ)が可能な塩基配列を3’側に含む。一方、tracrRNAは、crRNAの一部の塩基配列と相互作用(ハイブリダイズ)が可能な塩基配列を5’側に含む。これら塩基配列の相互作用により形成された二重鎖RNAは、Casタンパク質と相互作用する。
【0035】
植物細胞に導入されるCRISPR-Casシステムにおいて、ガイドRNAは、RNAの形態であっても、当該RNAをコードするDNAの形態であっても、当該DNAを発現するベクターの形態であってもよい。
【0036】
RNAの形態を採用する場合には、その塩基配列に基づき、市販のポリヌクレオチド合成機によって化学的に合成して調製することもできる。また後述の実施例に示すとおり、インビトロ転写システムを用いて調製することもできる。
【0037】
発現ベクターの形態を採用する場合には、発現させるべきDNAに作動的に結合している1つ以上の調節エレメントを含む。ここで、「作動可能に結合している」とは、調節エレメントに上記DNAが発現可能に結合していることを意味する。「調節エレメント」としては、プロモーター、エンハンサー、内部リボソーム進入部位(IRES)、及び他の発現制御エレメント(例えば、転写終結シグナル、例えば、ポリアデニル化シグナルおよびポリU配列)が挙げられる。発現ベクターは、宿主ゲノムに組み込まれることなく、コードするタンパク質を安定して発現することができるものが好ましい。
【0038】
(TALEN)
本発明にかかる「TALENタンパク質」は、DNA切断ドメイン(例えば、FokIドメイン)に加えて転写活性化因子様(TAL)エフェクターのDNA結合ドメインを含む人工ヌクレアーゼ(TALEN)である(例えば、米国特許8470973号、米国特許8586363号)。細胞内に導入されたTALENは、DNA結合ドメインを介して標的部位に結合し、そこでDNAを切断する。標的部位に結合するDNA結合ドメインは、公知のスキーム(例えば、Zhang,Feng et. al.(2011)Nature Biotechnology 29(2)に従って設計することができる。
【0039】
(ZFN)
本発明にかかる「ZFNタンパク質」は、ジンクフィンガーアレイを含むDNA結合ドメインにコンジュゲートした核酸切断ドメインを含む人工ヌクレアーゼ(ZFN)である(例えば、米国特許6265196号、8524500号、7888121号、欧州特許1720995号)。細胞内に導入されたZFNタンパク質は、DNA結合ドメインを介して標的部位に結合し、そこでDNAを切断する。標的部位に結合するDNA結合ドメインは、公知のスキームに従って設計することができる。
【0040】
(PPR)
本発明にかかる「PPRタンパク質」は、helix-loop-helix構造(PPR;pentatricopeptiderepeat)を含む核酸結合ドメインにコンジュゲートした核酸切断ドメインを含む人工ヌクレアーゼである(Nakamura et al.,Plant Cell Physiol 53:1171-1179(2012))。細胞内に導入されたPPRタンパク質は、PPRモチーフを介して標的部位に結合し、そこでDNAを切断する。各種PPRモチーフとそれらが各々認識する塩基の対応関係は公知であるため、標的部位に応じ、核酸結合ドメインを設計することができる。
【0041】
なお、TALEN、ZFN及びPPR、これらタンパク質についても、当業者であれば、Casタンパク質同様に、公知の手法を用いて調製することができる。
【0042】
(植物細胞)
本発明において「植物」とは特に制限はなく、例えば、双子葉植物(タバコ、シロイヌナズナ等)及び単子葉植物(イネ等)を含む被子植物、裸子植物、コケ植物、シダ植物、草本植物、並びに木本植物が挙げられる。
【0043】
「植物細胞」としては、任意の組織中に存在する植物細胞又は任意の組織に由来する植物細胞を本発明においては対象とすることができ特に制限されない。このような組織としては、例えば、葉、根、根端、葯、花、種子、さや、茎、茎頂、胚、花粉が挙げられる。また、本発明の方法においては、人為的に処理された植物細胞(例えば、カルス、懸濁培養細胞)も対象とすることができる。また、本発明にかかる植物細胞は、細胞壁を備えるものであってもよく、さらにその細胞壁の外側にクチクラ層を備える細胞であってもよい。
【0044】
(プラズマ処理)
本発明において、「プラズマ」とは、気体を構成する分子が、電離により正(陽イオン)と負(電子)とに分かれている荷電粒子群を含み、全体として電気的にほぼ中性である粒子の集団(電離気体)を意味する。植物細胞を処理する「プラズマ」としては特に制限はなく、大気圧下で発生させるもの(大気圧プラズマ)であってもよく、また大気圧より低い圧力下で発生させるもの(低圧プラズマ)であっても良いが、発生させるために真空系を要することなく、また植物の生存環境に近いという観点から、大気圧プラズマであることが好ましい。なお、本発明において、大気圧とは、厳密に1013hPaである必要はなく、その近傍の圧力(500~2030Pa)の範囲であればよい。
【0045】
大気圧プラズマを発生させる方法としては特に制限はなく、当業者であれば適宜公知の方法を用いて行うことができる。かかる公知の方法としては、例えば、誘電体バリア放電、誘導結合プラズマ放電(ICP)、容量結合プラズマ放電(CCP)、ホローカソード放電、コロナ放電、ストリーマ放電、グロー放電、アーク放電が挙げられる。これらの中では、比較的高いプラズマ・電子・ラジカル密度を得ることができ、かつプラズマガス温度を低く保ちやすいという観点から、グロー放電、ホロカソード放電が好ましい。
【0046】
また、放電を生じさせるための電流は、その放電の種類、その放電(ひいてはプラズマ)を発生させるための装置の大きさ及び形状、放電を生じさせるために電圧を印加する電極の大きさ及び形状等により一概には言えないが、直流であっても交流であってもよい。
【0047】
また、上述の植物細胞を処理する「プラズマ」の温度としては特に制限はなく、通常-90~200℃であり、好ましくは-10~50℃であり、より好ましくは15~30℃(常温)である。このような温度制御は、例えば、Oshita T,Kawano H,Takamatsu T,Miyahara H,Okino A (2015)「温度制御可能な大気プラズマ源」IEEE Trans Sci43:1987-1992、特開2010-061938号公報等に記載の方法にて達成することができる。より具体的には、当該方法によれば、後述のプラズマを生成するために用いられるガスを、液体窒素等を用いたガス冷却装置によって低温(例えば、-195℃)迄冷却した後、ヒーターによって所望の温度に加熱し、プラズマ化し、更にその生成されたプラズマのガス温度をヒーターにフィードバックすることで、プラズマの温度を所望の値に1℃単位で制御することができる。
【0048】
プラズマを生成するために電圧を印加されるガスの種類としては特に制限はないが、導入効率の観点から、二酸化炭素、窒素、酸素、水素及びアルゴンから選択される少なくとも1のガスが好ましく、より好ましくは、二酸化炭素、窒素がより好ましい。また、水素及びアルゴンからなる混合ガス(体積百分率として、好ましくは0.01~50%水素及び99.99~50%アルゴン)、窒素及び酸素からなる混合ガス(所謂、空気。体積百分率として、好ましくは90~70%窒素及び30~10%酸素)も用いられる。
【0049】
また、プラズマ発生装置に供給される前記ガスの流量は、当該装置の大きさ及び形状等、さらには試料(植物細胞)がプラズマの気流により吹き飛ぶのを避けつつ、プラズマの発生を安定させることを考慮し、当業者であれば適宜調整され得るものであり、例えば、3~5L/分が挙げられる。
【0050】
このようなプラズマを発生させる装置としては特に制限はないが、例えば、図1に示すような構成が提示される。より具体的には、プラズマを発生させることができるプラズマ発生装置1の他、プラズマを生成するために用いられるガスを該装置に供給するための装置(ガス供給部2)、前記ガスを電離させるための電力を供給する装置(電力供給部3)とを、本発明の植物細胞にゲノム編集酵素等を導入するための装置は少なくとも備えていることが好ましく、更にプラズマの温度を制御するためのガス冷却装置4及び/又は試料6(植物細胞)を載せるための台(載置台)を備えていることがより好ましい。また、図1には示していないが、ガス供給部2とプラズマ発生装置1との間に、ガス冷却装置4の代わりに、ガス冷却及びガス加温システム(ガス温度調整システム)を設けることがさらに好ましく。さらにまた、図1には示していないが、外部からの熱の流入を避けるため、ガス冷却装置4の代わりに断熱材を備えるものであってもよい。なお、プラズマ発生装置としても特に制限はなく、公知の装置を適宜用いれば良い。例えば、特開2015-072913号公報、特開2014-212839号公報、特開2013-225421号公報、特開2013-094468号公報、特開2012-256501号公報、特開2008-041429号公報、特開2009-082796号公報、特開2010-061938号公報において開示されている装置は、本発明において好適に用いられる。
【0051】
以上のとおりにして発生させたプラズマによる植物細胞の処理は、通常、プラズマ照射口の下に当該細胞を置きプラズマを照射することにより達成される。かかる場合、照射時間としては特に制限はなく、用いるプラズマ及び植物細胞の種類等により適宜調整され得るが、植物細胞への障害を抑えつつ、ゲノム編集酵素等の導入効率をより高めるという観点から、好ましくは0.01~3分であり、より好ましくは1~30秒であり、さらに好ましくは1~10秒であり、特に好ましくは2~5秒である。
【0052】
さらに、プラズマ照射口から植物細胞までの距離としても特に制限はないが、プラズマはプラズマ発生部から離れた直後から失活を始めるので、プラズマ照射口からの距離は適切に調節されることが望ましい。当該距離は、好ましくは1~100mm、より好ましくは5~20mmである。一方、プラズマは、ガス流として排気される必要があり、また植物細胞が吹き飛ぶのを抑えつつ、それにまんべんなく照射することも望ましい。そして、当業者であれば、用いるプラズマ装置及びそのガス流、並びに植物細胞の種類及び大きさ等を考慮し、上記観点を両立すべく適宜調整し得、例えば、プラズマ照射口から植物細胞までの距離として5~15mm程度が挙げられる。また同観点からも、プラズマは植物細胞に直接照射することが望ましい。
【0053】
一方で、プラズマを液体中に直接導入してバブリングを行い、その液体中に植物を浸漬する、またはその液体を植物に照射、噴霧してもよい。かかるプラズマ処理は、大量の植物細胞を均一に処理する上で有用である。液体としては,水や培養液だけでなく、プラズマと相互作用して別途の活性種を生成する食塩水等を用いてもよい。液体の温度は、5~20℃程度が望ましい。
【0054】
また、このようにしてプラズマ処理した植物細胞と、該細胞に導入するゲノム編集酵素等との接触開始時間としては、特に制限はないが、プラズマ処理による導入効率をより高めるという観点から、前記プラズマでの処理後0.01~30分の間であることが好ましく、0.01~5分の間であることがより好ましい。さらに、植物細胞とゲノム編集酵素等との接触時間についても特に制限はないが、導入効率と植物細胞のその後の正常な生育の観点から、1分~30時間であることが好ましい。
【0055】
プラズマ処理した植物細胞にゲノム編集酵素等を接触させる方法は、特に制限はなく、ゲノム編集酵素等自体をそのまま植物細胞のプラズマ接触部に添加してもよいが、導入を促進するための担体に担持、付加、混合又は含有させて添加してもよい。かかる担体としては、例えば、リポソーム等のリン脂質組成物、金属(金、タングステン等)、無機物(シリコン化合物等)から成る粒子やウイスカー、アルギン酸ビーズ、ウイルス性物質(例えばコートタンパク質)、細胞透過性ペプチド(CPP)が挙げられる。
【0056】
また、植物細胞とゲノム編集酵素等との接触は、ゲノム編集酵素等(又はゲノム編集酵素等と担体との混合物等)を含有する溶液に添加若しくは当溶液中に植物細胞を浸漬することでも行える。このような溶液としては、植物細胞を生存させたまま維持できるものであれば特に制限はなく、例えば、緩衝液(リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、リン酸緩衝液(NaPO及びKPO)、HEPES緩衝液、トリス緩衝液、MES緩衝液、クエン酸緩衝液等)、培地(Murashige&Skoog(MS)培地等)が挙げられる。なお、かかる緩衝液及び培地の組成は公知となっているが、本発明においては対象とする植物及び細胞の種類等に応じ、希釈して用いてもよい(例えば、1/4PBS、1/2MS培地)。また、緩衝液及び培地のpHについても、対象とする植物及び細胞の種類等に応じて適宜調整することができるが、例えばpH5~8、好ましくはpH5.5~7である。
【0057】
溶液中のゲノム編集酵素の濃度としては、対象とする植物及び細胞等により適宜調整され得るが、通常1~100μg/mlであり、好ましくは10~50μg/mlである。
【0058】
(2価以上の金属カチオン)
本発明において、上述のようにプラズマ処理をした植物細胞と、当該細胞にゲノム編集酵素等を導入させるための、ゲノム編集酵素等との接触は、2価以上の金属カチオンの存在下で行なわれる。
【0059】
本発明にかかる2価以上の金属カチオン(多価金属カチオン)としては、例えば、Mg2+、Mn2+、Zn2+、Ca2+、Ba2+、Cu2+及びNi2+等の2価金属カチオン;Al3+等の3価金属カチオン;Cr6+等の4価以上の金属カチオンが挙げられる。これらの中でも、2価金属カチオンが好ましく、Mg2+、Mn2+、Zn2+、Ca2+、Ba2+がより好ましい。
【0060】
また、前述のように、植物細胞と物質との接触を溶液中にて行なう場合には、前記溶液中の多価金属カチオン濃度は、通常1~100mMであり、好ましくは2~50mM、より好ましくは3~30mM、さらに好ましくは5~25mM、より好ましくは10~20mMである。さらに、多価金属カチオンのカウンターアニオンとしては、後述の実施例に示すとおり、特に制限はないが、例えば、Cl、SO 2-、NO が挙げられる。
【0061】
(ゲノム編集)
本発明においては、ゲノム編集酵素等が導入された植物細胞から植物体を再生させることにより、DNAが編集された植物を生産することができる。組織培養により植物の組織を再分化させて個体を得る方法としては、本技術分野において確立された方法を利用することができる(形質転換プロトコール[植物編] 田部井豊・編 化学同人 pp.340-347(2012))。こうして一旦、植物体が得られれば、該植物体から有性生殖または無性生殖により子孫を得ることが可能である。また、該植物体やその子孫あるいはクローンから繁殖材料(例えば、種子、果実、切穂、株、カルス、プロトプラスト等)を得て、それらを基に該植物体を量産することも可能である。
【0062】
(ゲノム編集用キット)
本発明においては、上述の方法において用いられるキットを提供することもできる。かかるキットは、2価以上の金属カチオンを含有する溶液の他、下記物質のいずれかを適宜含み得るものである。
(1)ゲノム編集酵素
(2)ゲノム編集酵素がCasタンパク質である場合には、ガイドRNA、又はそれを発現するベクター
(3)プラズマ発生装置
さらに、本発明のキットには、上述の導入方法等を示した説明書が含まれる。
【実施例
【0063】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。また本実施例は、下記方法を用いて行なった。
【0064】
<Cas9タンパク質>
Cas9タンパク質は、Streptococcus pyogenes由来のCas9(SpCas9)遺伝子が挿入されているpPUREベクター(以下「pPURE-SpCas9」とも称する)を用いて調製した。なお、このベクターは、東京大学 濡木理先生より分譲していただいたものであり、C末にSV40の核局在化シグナル(NLS)、TEVプロテアーゼ認識配列及びヒスチジンタグが融合してあるSpCas9タンパク質(SpCas9-NLS-TEV-His6、配列番号:1)をコードする。
【0065】
前記SpCas9タンパク質の調製において、より具体的には先ず、pPURE-SpCas9を導入し、大腸菌Rosetta(DE3)(Novagen社より購入)を形質転換した。得られた形質転換体を、LB培地を用いて37℃で培養し、OD600が0.6の時点で0.1mM イソプロピル β-D-1-チオガラクトピラノシドを培地に添加し、前記SpCas9タンパク質の発現誘導を行なった。その後20℃で12時間培養後、集菌した。集菌した菌体は、1Lの菌体に対し100mlの破砕バッファー(50mM Tris-HCl,pH8.0,500mM NaCl,25mM イミダゾール)に懸濁し、超音波による破砕処理に供した。得られた破砕溶液を遠心分離にかけ、その上清を、HiTrapキレーテングHPカラム(GE Healthcare社より購入)にアプライした。カラムを破砕バッファーにより洗浄後、溶出バッファー(50mM Tris-HCl,pH8.0,500mM NaCl,500mM イミダゾール)を通し、前記SpCas9タンパク質を溶出した。粗精製されたSpCas9タンパク質を、ゲルろ過バッファー(20mM Tris-HCl,pH8.0,300mM NaCl)により平衡化されたHiLoad 26/60 セファデックス200pg(GE Healthcare社より購入)にアプライし、前記SpCas9タンパク質が含まれるピーク画分を集め、VivaSpin(登録商標) Turbo 15,50K(Sartorius社より購入)を用いた限外ろ過により、約4mg/mlのタンパク質濃度になるまで濃縮し、-80℃にて保存した。
【0066】
<sgRNA>
sgRNA(L-(I-SceI)-UCに対するsgRNA、及びpBI121-sGFP-wTALEN-ELUCに対するsgRNA)は、タカラバイオ株式会社製のキット Guide-itTM sgRNA インビトロ転写及びスクリーニングシステムも用い、その添付の説明書の記載に従って調製した。
【0067】
具体的には先ず、T7プロモーター領域、各標的配列特異的crRNAをコードするDNA、及びスキャホールドテンプレートに相同的な配列を含む、下記フォワードプライマー(I-SceI LUC Guide it及びFP-Wx-LUC Guide it)を各々設計し、それらを化学合成した。
(I-SceI LUC Guide it)
5’TGCGGCCTCTAATACGACTCACTATAGGGATTACAATGATAGGGATAACGTTTTAGAGCTAGAAATAGCA3’(配列番号:2)
(GFP-Wx-LUC Guide it)
5’TGCGGCCTCTAATACGACTCACTATAGGGCCTTATAAGCACATATCGCAGTTTTAGAGCTAGAAATAGCA3’(配列番号:3)。
【0068】
次に、下記スキャホールドテンプレート(tracrRNAをコードするDNA、Guide-it scaffold template)を鋳型とし、前記各フォワードプライマーを用いたPCRにて、インビトロ転写用の鋳型DNA(T7プロモーター領域、各標的配列特異的crRNAをコードするDNA、及びtracrRNAをコードするDNAを含むDNA)を作製した。
(Guide-it scaffold template)
5’GCACCGACTCGGTGCCACTTTTTCAAGTTGATAACGGACTAGCCTTATTTTAACTTGCTATTTCTAGCTCTAAAAC3’(配列番号:4)。
【0069】
そして、前記各鋳型DNA及びTOYOBO社製のScriptMAX(登録商標) Thermo T7転写キットを用い、各sgRNAを調製した。
【0070】
<Cas9/sgRNA複合体>
1xNEB3バッファーに、前記SpCas9タンパク質及びsgRNAを質量比5:1になるように添加して、氷上で30分インキュベートし、これらの複合体を形成させた。
【0071】
(プラズマ処理)
プラズマ処理は、Takamatsu T,Hirai H,Sasaki R,Miyahara H,Okino A (2013)「大気ダメージフリーマルチガスプラズマジェット源を用いた、ポリイミドフィルムの表面親水化」IEEE Trans.Plasma Sci 41:119-125、及び、Oshita T,Kawano H,Takamatsu T,Miyahara H,Okino A (2015)「温度制御可能な大気プラズマ源」IEEE Trans Sci43:1987-1992に記載の方法に沿って行った。
【0072】
より具体的には、図1に示すとおり、プラズマ発生装置(株式会社プラズマコンセプト東京社製、ダメージフリーマルチガスプラズマジェット(ダメージフリープラズマ(日本登録商標第5409073号)、マルチガスプラズマ((日本登録商標5432585号)、製品番号:PCT-DFMJ02))の装置本体を接地し、装置本体より、所定の高電圧をプラズマ発生部の内部高圧電極を供給した。所定の高電圧とは、10~30kHz及び最大9kVの変調された交流電圧であり、こうした電力がプラズマ発生部に供給され、グロー放電を発生させ、さらに二酸化炭素又は窒素をガス種として、5L/分の流速にて1mm穴に通すことにより、安定した大気圧プラズマを生成した。
【0073】
なお、このようにして生成されたプラズマの温度(プラズマ照射口から5mmの所の温度)は、熱電対測定の結果、50℃以下であった。より低温(約15~30℃)のプラズマを生成するため、液体窒素を用いた気体冷却装置により気体を冷却した。
【0074】
そして、後述のとおり、植物組織直上5mmの所に照射口を設置し、プラズマ処理を直接5秒間施した。その後、Cas9/sgRNA複合体又はウシ血清アルブミン(BSA)を含む下記導入用培地又はリン酸緩衝生理食塩水(1/4 PBS)を、当該植物組織に接触させた。
【0075】
<Cas9/sgRNA導入用溶液>
1~20mM MgCl、10mM MgSO、又は他の2価のカチオン(MnCl、ZnCl、CaCl、BaCl)を10mMとなるように加えた、1/2 MS液体培地[1/2袋/LのMurashige and Skoog plant salt mixture(Wako社製),pH5.8]又は1/4 PBSに、Cas9/sgRNAあるいはBSAを、それぞれタンパク質量が50μg/mlとなるように添加し、Cas9/sgRNA導入用培地を調製した。
【0076】
<イネカルス>
L-(I-SceI)-UC及びNPTII発現コンストラクトを有するバイナリーベクター(以下「pZK-L-I-SceI-UC」とも称する。配列番号:5に記載のDNA配列からなる)にて形質転換したアグロバクテリウムを調製した。そして、Saika et al.Transgenic Res.(2012):67-74に記載の方法に基づいて、前記アグロバクテリウムをイネカルスに感染させ、G418により、形質転換カルスを選抜した。
【0077】
なお、L-(I-SceI)-UCにおいては、図2に示すとおり、ルシフェラーゼ遺伝子の開始コドン直後に、I-SceIの認識配列が挿入されており、また当該認識配列には前記開始コドンと読み取り枠の合った終止コドンが存在している。そのため、このレポーター遺伝子は通常ルシフェラーゼタンパク質を発現させることができない。一方、前記認識配列が、それを認識するCas9/sgRNA(図3 参照)によって切断され、フレームシフトが生じるように修復(ゲノム編集)された場合、1塩基欠失、2塩基挿入等により、ルシフェラーゼタンパク質の発現が可能となる。
【0078】
<イネカルスへのプラズマ処理とゲノム編集>
レポーター遺伝子系(L-(I-SceI)-UC)を発現するイネカルスを、クリーンベンチ内で、COプラズマ又はNプラズマを5秒間照射した。そして、前記プラズマ照射後のイネカルスを、Cas9/sgRNA導入用溶液に浸し、室温で1日置いた後、各ウェルに2.5ml N6dゲルライト培地が入っている12ウェルプレートに移して、明16時間、暗8時間、28℃の人工気象器で2~5日間培養した。なお、N6dゲルライト培地は、NAA 0.1mg/L、ショ糖 30g/L、ゲルライト 4g/Lを含むN6d培地[1xChu(N69)medium salt mixture,Wako社製 1袋/L),グリシン 2mg/L、ニコチン酸 0.5mg/L、塩酸ピリドキシン 0.5mg/L、塩酸チアミン 1mg/L、L-プロリン 2.878g/L、カザミノ酸 0.3g/L,pH5.8)である。
【0079】
<タバコの葉>
タバコ(Nicotiana tabacum cv.Samsun NN)は、その種子を土に播種し、25℃、明16時間/暗8時間サイクル下で栽培した。そして、播種後4~8週間の葉(成熟葉)に、Mitsuhara et al.Plant Cell Physiol.(1996)37:49-59及びHorsch et al.Science(1985)227:1229-1231に記載の方法にて、pBI121-sGFP-wTALEN-ELUCを導入し、形質転換体を作出した。
【0080】
pBI121-sGFP-wTALEN-ELUCが有するレポーター遺伝子系(psGFP-wTALEN-ELUC(配列番号:11に記載のDNA配列からなる)においては、緑色蛍光タンパク質(sGFP)とルシフェラーゼ遺伝子(ELUC)とが、スペーサー領域を介して配置されている、スペーサー領域には一部改変したイネのWaxy遺伝子の断片が挿入されており、かつ、sGFP遺伝子のコード領域とELUC遺伝子のコード領域の読み取り枠があえて異なるように配置されている。そのため、図6に示すとおり、スペーサー配列部分において終止コドンが出現するため、このレポーター遺伝子系から転写されたmRNAからの翻訳は、sGFP遺伝子部分を翻訳したところで終結し、ルシフェラーゼタンパク質は発現しない。一方、スペーサー領域が、それを認識するCas9/sgRNAによって切断され、フレームシフトが生じるように修復(ゲノム編集)された場合、1塩基欠失、2塩基挿入等により、ルシフェラーゼタンパク質の発現が可能となる。
【0081】
<タバコ葉へのプラズマ処理>
プラズマ照射のために、前記タバコの葉を70%エタノール、1%次亜塩素酸ナトリウムで表面殺菌したのち、約1.5~2cmの四角片になるようペーパータオル上で切断し、1/2 MS寒天プレートに並べ、室温で1日置いた。この葉にCOプラズマ又はNプラズマを5秒間照射した。そして、前記プラズマ照射後のタバコの葉を、Cas9/sgRNA導入用溶液に浸し、室温で1日置いたのち、30g ショ糖及び50μg/ml カナマイシンを含むカルス形成培地[1xMurashige and Skoog(MS)、1xMSビタミン(0.1μg/ml 塩酸チアミン,0.5μg/ml ピリドキシン塩酸塩,0.5μg/ml ニコチンアミド,2μg/ml グリシン,100μg/ml myo-イノシトール),0.1μg/ml α-ナフタレン酢酸,1μg/ml 6-ベンジルアミノプリン,8.5g/Lアガー,pH8.5]上に並べ、28℃、16時間明期/8時間暗期サイクル下に2日間置いた。1枚の葉を4つに切り分けて、再び30g ショ糖を含むカルス形成培地に並べ、28℃、16時間明期/8時間暗期サイクル下に3日間置いた。
【0082】
<ゲノム編集の判定>
ゲノム編集された組織の選別はルシフェラーゼ活性を指標に行なった。具体的には、1mM ルシフェリンを含むリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)を各組織にスプレーし、化学発光検出システム(富士写真フィルム社製、LAS-3000)でルシフェラーゼ活性を検出した。
【0083】
(実施例1) イネカルスへのプラズマによるCas9/sgRNA複合体の導入
図2に示すレポーター遺伝子が導入されたイネカルスに、プラズマを照射することによって、図3に示すCas9タンパク質とsgRNAとの複合体を導入し、ゲノム編集の検出を試みた。
【0084】
その結果、図4に示すとおり、従前のプラズマ処理による物質導入法(特許文献1に記載の方法)では、Cas9/sgRNA複合体導入によるゲノム編集を検出することができなかった(図4の上から3段目の3写真 参照のほど)。一方、プラズマ照射後に10mM Mg2+添加1/4 PBS又は1/2MS培地にて、イネカルスとCas9/sgRNA複合体とを接触させた結果、ゲノム編集が効率良く生じ得ることが明らかとなった(図4の上から1段目の3写真 参照のほど)。
【0085】
また図5に示すとおり、Mg2+に対する対イオンの種類(Cl、SO 2-)を変更しても、Cas9/sgRNA複合体との接触における培地に、Mg2+(1~20mM)を添加させていれば、ゲノム編集が可能であることも明らかとなった。さらに、MgClの添加濃度が高い方が陰性対照との差が明確となる傾向にあった。
【0086】
なお、図には示さないが、プラズマ照射後、Cas9/sgRNA導入用溶液に浸した後、ニュートラルレッド染色による生死判定を行なった結果、前記溶液中へのMg2+添加の有無に関わらず、イネカルスの生存が確認され、障害をもたらすことなく、ゲノム編集を生じさせることができることが明らかとなった。
【0087】
(実施例2) タバコの葉へのプラズマによるCas9/sgRNA複合体の導入
図6に示すレポーター遺伝子が導入されたタバコの葉に、プラズマを照射することによって、Cas9タンパク質とsgRNAとの複合体を導入し、図7に示す方法にて、ゲノム編集の検出を試みた。
【0088】
その結果、図8に示すとおり、前述のイネカルス同様、Cas9/sgRNA複合体との接触における培地に、Mg2+(1~20mM)を添加させていれば、Mg2+に対する対イオンの種類(Cl、SO 2-)に係らず、タバコの葉においてもゲノム編集が可能であることも明らかとなった。
【0089】
さらに、Mg2+以外の2価の金属カチオン(Mn2+、Zn2+、Ca2+、Ba2+)であっても、プラズマ処理によるゲノム編集が可能であることも明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0090】
以上説明したように、本発明によれば、Casタンパク質等のゲノム編集酵素を、プラズマ処理により、植物細胞に導入し、ゲノム編集を生じさせることが可能となる。また本発明によれば、植物細胞に、その由来とする植物及び組織の種類を問わず、障害をもたらすことなく、ゲノム編集酵素を簡便に導入し、ゲノム編集を生じさせることが可能となる。
【0091】
したがって、本発明の方法によれば、ゲノム編集を通して、単に内在性遺伝子に変異が導入され、外来遺伝子を保持しない新たな細胞や品種を、効率良く作成することが可能となる。植物細胞等の表現型の変化により、変異が導入された内在性遺伝子の機能を解析できるため、基礎研究において非常に有用である。また、ゲノム編集により新たな機能が付加された植物細胞は、バイオマス、機能性食材、医薬品材料等の生産・開発の場としても非常に有用であるため、本発明は、様々な産業用途においても多大な貢献をもたらすものである。
【符号の説明】
【0092】
1…プラズマ発生装置、2…ガス供給部、3…電力供給部、4…ガス冷却装置、5…プラズマ、6…試料。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【配列表】
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