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特許7448143化学架橋されたε-ポリリジン極細繊維および繊維構造体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-04
(45)【発行日】2024-03-12
(54)【発明の名称】化学架橋されたε-ポリリジン極細繊維および繊維構造体
(51)【国際特許分類】
   A61L 15/32 20060101AFI20240305BHJP
   A61L 24/10 20060101ALI20240305BHJP
   A61L 27/22 20060101ALI20240305BHJP
   A61L 33/12 20060101ALI20240305BHJP
   D01F 9/00 20060101ALI20240305BHJP
   D01D 5/04 20060101ALI20240305BHJP
   D04H 1/728 20120101ALI20240305BHJP
   D04H 1/4266 20120101ALI20240305BHJP
【FI】
A61L15/32
A61L24/10
A61L27/22
A61L33/12
D01F9/00 Z
D01D5/04
D04H1/728
D04H1/4266
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020064464
(22)【出願日】2020-03-31
(65)【公開番号】P2021159338
(43)【公開日】2021-10-11
【審査請求日】2022-10-13
(73)【特許権者】
【識別番号】311002067
【氏名又は名称】JNC株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】399120660
【氏名又は名称】JNCファイバーズ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000475
【氏名又は名称】弁理士法人みのり特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉田 裕安材
(72)【発明者】
【氏名】前田 範子
【審査官】長谷川 茜
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-040085(JP,A)
【文献】特開2001-128659(JP,A)
【文献】特開2003-033651(JP,A)
【文献】Journal of Pharmaceutical Investigation,2014年,Vol.44,pp.351-356,DOI 10.1007/s40005-014-0130-7
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L
D01F
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ε-ポリリジンを含有するポリアミノ酸を含み、平均繊維径が10nm以上2000nm以下である極細繊維であって、
前記ε-ポリリジンに存在するアミノ基の少なくとも一部が、アミノ基と反応する官能基を2つ以上有する架橋剤を介して架橋されており、
前記架橋剤がジイソシアネートである、極細繊維。
【請求項2】
前記架橋剤が、ヘキサメチレンジイソシアネートである、請求項1に記載の極細繊維。
【請求項3】
前記ポリアミノ酸がε-ポリリジンからなるポリアミノ酸であり、前記極細繊維がε-ポリリジンを30重量%以上含有してなる、
請求項1又は2に記載の極細繊維。
【請求項4】
前記ε-ポリリジンの分子量が5000以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の極細繊維。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の極細繊維を含む繊維構造体。
【請求項6】
前記繊維構造体中に触媒成分を含まない、請求項5に記載の繊維構造体。
【請求項7】
請求項5又は6に記載の繊維構造体を含んでなる、医療用材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学架橋されたε-ポリリジン極細繊維および繊維構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
数十~数百ナノメートル(nm)の直径を有する極細繊維、いわゆるナノ繊維が知られている。ナノ繊維は、例えば電界紡糸法によって製造される。ナノ繊維の応用分野としては、例えば、ドラッグデリバリー、足場材料、創傷被覆材等のバイオメディカル分野、発光体用電子銃や各種センサー等のエレクトロニクス分野、高性能フィルター等の環境対応分野が挙げられる。
【0003】
ナノ繊維の材料として、ポリカチオンを含むものが知られている。従来、ポリカチオンは、そのカチオン性と分子量効果(分子鎖の凝集力、強度や接着性等の物理的特性等)との両方を利用して、医薬や抗体等の固定、化粧品、接着剤、塗料、紙力増強剤等に広く利用されている。ポリカチオンをナノ繊維化すると、高い比表面積を有するようになるため、細胞接着性の向上や医薬・抗体等の固定サイト数増加等の効果が得られる。
【0004】
また、前述の効果に加えて天然由来であるという特性を追加するべく、天然由来のポリカチオンを繊維化する検討が行われている(特許文献1)。特許文献1は、セルロースやキトサン等の多糖類を電界紡糸法によって極細繊維にすることを開示している。具体的には、紡糸対象の材料を有機溶媒に溶解した紡糸液を作製し、電界紡糸法によって極細繊維とした後に必要に応じてアルカリ処理をすることによって、水不溶性のセルロース極細繊維ないしキトサン極細繊維を得たことが開示されている。
【0005】
ポリカチオンの中でも、ポリアミノ酸は一般に生体毒性が低いことが知られている。特にポリリジンは優れた生体親和性を有することから、医療機器のコーティング材、ドラッグデリバリー、医薬・抗体の固定担体、抗菌性、食品添加剤等の用途において有用と考えられている。
【0006】
ポリリジンとして、重合形態が異なる2種類が知られている。α位のアミノ基とカルボキシ基等が縮合したα-ポリリジンと、ε位のアミノ基とカルボキシ基等が縮合したε-ポリリジンである。このうち、α-ポリリジンは、バイオメディカル分野において、インターフェロン誘導物質の効果の向上、薬物透過性の向上、DNA等とのポリイオンコンプレックス生成、遺伝子および核酸等のデリバリー等の用途に使用することができると報告されている。しかしながら、このような用途では生体毒性が重要となってくるところ、α-ポリリジンは少なからず細胞毒性を示すという報告もある(非特許文献1)。
【0007】
前述の用途では主にポリリジンのカチオン性を利用していることから、ε-ポリリジンが、α-ポリリジンの代替となりうる。特許文献2は、セルロース等の糖質と、ε-ポリリジンと、電解質と、を含む組成物の発明であり、この組成物を含有する繊維も開示されている。特許文献2の実施例では、セルロースに対して0.1%のε-ポリリジンを含むレーヨンビスコースの紡糸原液を湿式紡糸して、ε-ポリリジンを含有する繊維を得たことが開示されている。但し、この繊維は湿式紡糸によるものであるためナノ繊維のような極細繊維ではなく、また、繊維中のε-ポリリジンの含有量は低い。
【0008】
特許文献3は、ε-ポリリジンを高濃度で含有する極細繊維の発明を開示している。特許文献3の発明によれば、繊維に対して30重量%以上のε-ポリリジンを含有し、平均繊維径が10nm以上2000nm以下である極細繊維が得られている。
【0009】
また一方で、生体適合性が高く、医療用材料として用いられるポリアミノ酸繊維として、ポリ-L-アラニンやポリ-L-バリン、ポリ-γ-メチル-L-グルタミン酸等を電界紡糸して得た繊維構造体が知られている(特許文献4)。特許文献4の発明では、各種のアミノ酸を重合反応させて分子量数十万程度にまで高分子化し、高分子量のポリアミノ酸を得た後、当該ポリアミノ酸を含む紡糸溶液を作製して電界紡糸し、コレクター上で集積させることによってポリアミノ酸ナノ繊維構造体を得たことが開示されている。アミノ酸としてリジンも提示されているが、重合方法等の記載から、ε-ポリリジンではなくα-ポリリジンが生成されるものと考えられる。
【0010】
さらに、生分解性材料として知られるトウモロコシタンパク質Zeinから、電界紡糸によって極細繊維を作成し、極細繊維構造体の力学的性質を向上させるために、ヘキサメチレンジイソシアネート(HDI)を用いて繊維構造中に架橋を生じさせたという報告がある(非特許文献2)。非特許文献2には、Zein(分子量35,000)をアルコールと水との混合溶媒に溶解した紡糸溶液を用いて電界紡糸を行い、得られた極細繊維マットを、1重量%HDIを含有するテトラヒドロフラン(THF)中に10時間浸漬して架橋させたものは、架橋前のマットよりも、伸長強度、ヤング率および伸長度が向上したことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2008-308780号公報
【文献】特開2002-138161号公報
【文献】特開2018-40085号公報
【文献】国際公開第2012/077691号
【非特許文献】
【0012】
【文献】Amino-Acid Homopolymers Occuring in Nature, Microbiology Monographs 15,2010,61
【文献】Electrospinning and Crosslinking of Zein Nanofiber Mats, Journal of Applied Polymer Science, Vol.103, 380-385 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記のとおり、ポリアミノ酸やタンパク質に由来する極細繊維やそれらからなる繊維構造体は公知であったが、ε-ポリリジンに関しては、含有率が高く、かつ実用に耐えうる物性を備えた極細繊維や繊維構造体は実現されていない。本発明はこの状況に鑑み、ε-ポリリジン含有率が高く、かつ、実用的な物性を備えた、ε-ポリリジン極細繊維やそれを含む繊維構造体を提供することを目的とする。
【0014】
発明者らは、前述の目的に関して次の技術的課題を把握した。すなわち、工業的に利用可能なε-ポリリジンは、分子量が5,000未満の比較的低分子量のポリマーが一般的であり、繊維形成性が低い。これを繊維化するためには、繊維形成性の良好な他のポリマーと混合して繊維化することが一般的であるが、他の繊維形成性ポリマーと混合すると、ε-ポリリジンの固有の性質を発揮し難い。また一方で、ε-ポリリジン含有率が高い極細繊維は通常の室内環境で取り扱うことができないほど潮解性が高く、かつ、水やアルコールに瞬時に溶解するほど溶解性が高く、産業上の展開においてはハンドリング性が不十
分である。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、前述の課題に鑑み鋭意研究を重ねた結果、ε-ポリリジン極細繊維ないしその繊維構造体を作製し、さらにε-ポリリジン極細繊維を構成する分子内および分子間を化学架橋し、繊維を構成するε-ポリリジン分子の立体的配置を固定化することによってε-ポリリジン極細繊維を不溶化できることを見出した。さらに、化学架橋として、固体であるε-ポリリジン極細繊維構造体とジイソシアネートとを固相反応させることによって、任意の架橋度のε-ポリリジン極細繊維および繊維構造体が得られること、さらに、架橋度をコントロールすることによって任意の溶解性を有するε-ポリリジン極細繊維および繊維構造体が得られること、これらによって、潮解性が抑制され、水に対して耐溶解性(不溶性)を備え、かつ、生分解性を有する繊維構造体が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0016】
すなわち、本発明は以下によって構成される。
[1]ε-ポリリジンを含有するポリアミノ酸を含み、平均繊維径が10nm以上2000nm以下である極細繊維であって、
前記ε-ポリリジンに存在するアミノ基の少なくとも一部が、アミノ基と反応する官能基を2つ以上有する架橋剤を介して架橋されている、極細繊維。
[2]前記架橋剤が、イソチオシアネート、イソシアネート、アシルアジド、NHSエステル、スルホニルクロリド、アルデヒド、グリオキサール、エポキシド、オキシラン、カーボネート、アリールハライド、イミドエステル、カルボジイミド、酸無水物、またはフルオロエステルである、[1]に記載の極細繊維。
[3]前記ポリアミノ酸がε-ポリリジンからなるポリアミノ酸であり、前記極細繊維がε-ポリリジンを30重量%以上含有してなる、[1]又は[2]に記載の極細繊維。
[4]前記ε-ポリリジンの分子量が5000以下である、[1]~[3]のいずれか1項に記載の極細繊維。
[5][1]~[4]のいずれか1項に記載の極細繊維を含む繊維構造体。
[6]前記繊維構造体中に触媒成分を含まない、[5]に記載の繊維構造体。
[7][5]又は[6]に記載の繊維構造体を含んでなる、医療用材料。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ε-ポリリジン含有率の高いε-ポリリジン極細繊維でありながら、潮解性が低く、水やアルコールに対する耐溶解性(不溶性)を有し、かつ、生体親和性や抗菌性等のポリリジンの効果を有する極細繊維および繊維構造体を得ることができる。また、本発明の繊維構造体は、生分解性を有し、培養基材や足場材等の医療用材料として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】ε-ポリリジン濃度の異なる紡糸溶液から得られた、ε-ポリリジン極細繊維構造体である。
図2】湿度10~40%の各環境中で電界紡糸を行って得られた、ε-ポリリジン極細繊維構造体の繊維径である。
図3】本発明の実施例および比較例のε-ポリリジン極細繊維のFT-IRスペクトルである。
図4】本発明の実施例のε-ポリリジン極細繊維のFT-IRスペクトルである。
図5】本発明の実施例および比較例のε-ポリリジン極細繊維構造体である。
図6】本発明の実施例のε-ポリリジン極細繊維構造体の不溶性評価結果である。
図7】本発明の実施例のε-ポリリジン極細繊維構造体の水浸漬後の形状である。
図8】本発明の実施例のε-ポリリジン極細繊維構造体の加水分解性評価結果を示す。
図9】本発明の実施例のε-ポリリジン極細繊維構造体の加水分解性評価結果を示す。
図10】本発明の実施例のε-ポリリジン極細繊維構造体の加水分解性評価結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0020】
(極細繊維)
本発明の極細繊維は、ε-ポリリジンを含有するポリアミノ酸を含み、平均繊維径が10nm以上2000nm以下である極細繊維であって、ε-ポリリジンに存在するアミノ基の少なくとも一部が、アミノ基と反応する官能基を2つ以上有する架橋剤を介して架橋されているという特徴を有する。ε-ポリリジンは、ε位のアミノ基とカルボキシ基等が縮合した構造であり、架橋されていない状態ではα位にアミノ基が存在している。本発明の極細繊維では、このα位アミノ基ないし遊離のε位アミノ基のうち少なくとも一部が、架橋されていると考えられる。
【0021】
本発明の極細繊維は、ε-ポリリジンを含有するポリアミノ酸からなる。ポリアミノ酸中のε-ポリリジンの含有量は、30%以上とすることができ、50%以上であれば好ましく、80%以上であればより好ましく、ε-ポリリジンからなるポリアミノ酸であることがとりわけ好ましい。ε-ポリリジンと併用できるポリアミノ酸としては、各種アミノ酸又はその誘導体の縮合物を用いることができる。アミノ酸としては、中性アミノ酸、酸性アミノ酸、塩基性アミノ酸、芳香族アミノ酸等が挙げられ、特に制限されない。
【0022】
塩基性アミノ酸の縮合物としては、例えば、ポリアルギニン、ポリヒスチジン、α-ポリリジン、ポリオルニチンが挙げられる。中性アミノ酸の縮合物としては、例えば、ポリグリシン、ポリサルコシン、ポリアラニン、ポリバリン、ポリロイシン、ポリイソロイシン、ポリフェニルアラニンが挙げられる。本発明の極細繊維は典型的には電界紡糸によって作製されるものであることから、電界紡糸における紡糸性に優れたものが好ましい。これらとしては、例えば、α-ポリリジン、ポリグリシン、ポリアラニン、ポリロイシン等が挙げられる。
【0023】
ε-ポリリジンと併用されるポリアミノ酸は、ε-ポリリジンと混合されて用いられてもよく、ε-ポリリジンと共重合されて、2種類以上のアミノ酸を含むコポリアミノ酸となっていてもよい。
【0024】
本発明の極細繊維に含有されるε-ポリリジンは、微生物を用いる製造法、化学合成法等、いかなる製造法によって作製されたものでもよい。工業的に入手可能なものとしては、微生物を用いて製造されるε-ポリリジンが利用できる。例えば、特開2005-318815号公報等に記載されたε-ポリ-L-リジンの製造法によって得られるε-ポリリジン、すなわち、ストレプトマイセス属に属するε-ポリリジン生産菌であるストレプトマイセス・アウレオファシエンス(Streptomyces aureofaciuens)を培地に培養し、得られる培養物からε-ポリリジンを分離、採取することによって得られたε-ポリリジンが挙げられる。また、ε-ポリリジンは市販品をそのまま使用してもよく、カチオン性ポリマーとしての機能を失わない程度に、化学修飾等を実施して使用してもよい。
【0025】
本発明において使用されるε-ポリリジンは、遊離の形で用いることができるが、アミノ基が塩の状態であっても、同等の効果を奏する。ε-ポリリジンの塩は、無機塩であっても有機酸塩であってもよい。無機塩としては、塩酸、硫酸、およびリン酸等を挙げることができる。また、有機塩としては、クエン酸、グルコン酸、酢酸、酒石酸、乳酸、フマル酸、コハク酸、リンゴ酸、アジピン酸、プロピオン酸、ソルビン酸、安息香酸のナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、鉄塩等を挙げることができる。これら無機酸および有機酸も1種または2種以上混合して用いることができる。
【0026】
本発明によれば、比較的分子量の低いε-ポリリジンを材料とする極細繊維であっても、化学架橋を行うことによって繊維形態が維持されやすくなり、また水やアルコールに対する耐溶解性を付与することができる。架橋前のε-ポリリジンの分子量としては、例えば、5000以下のものを用いることができ、入手のし易さ等を考慮すれば、分子量1000~4900のものを用いることが好ましく、2500~4800であればより好ましい。
【0027】
本発明の極細繊維は、ポリアミノ酸からなるものでもよく、ポリアミノ酸に加えてポリアミノ酸以外の成分を含んでもよい。例えば、極細繊維に対して30重量%以上のポリアミノ酸を含有する極細繊維とすることができ、極細繊維がε-ポリリジンを30重量%以上含有してなることが好ましい。ε-ポリリジンを30重量%以上含有することにより、抗菌性等をはじめとするε-ポリリジンの性質を効果的に利用することが可能となる。
【0028】
極細繊維におけるε-ポリリジンの構成比率は、特に制限されるものではないが、極細繊維に対して30重量%以上であり、50重量%以上であることが好ましく、80重量%以上であることがより好ましく、ε-ポリリジンのみで構成されていることが更に好ましい。ε-ポリリジンの本来の特徴である抗菌性や生体親和性、生体毒性の低さ等の特性を活かすためには、極細繊維におけるε-ポリリジンの構成比率が高いほど好ましい。
【0029】
また、極細繊維に物性や機能を付与するために、あるいは、極細繊維の紡糸性を改善するために、ε-ポリリジンの特性を著しく損なわない範囲で他の成分と混合して極細繊維を得ることも可能である。他の成分の種類は特に限定されないが、ポリフッ化ビニリデンやナイロン6、ナイロン6,6、ポリウレタン、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリエチレンオキサイド、天然コラーゲン、ポリ乳酸、キトサン等を例示することができる。ε-ポリリジンの生体親和性の高さを活かすためには、生体親和性に優れるポリビニルアルコールやポリエチレンオキサイド、キトサン等が特に好ましい。また、フッ素原子とカルボキシ基を有する化合物を含有させることで、十分な紡糸性で極細繊維が得られるため、比表面積が大きく、ε-ポリリジン極細繊維の特性を十分に引き出すことが可能となる。
【0030】
本発明の極細繊維は、特に限定されるわけではないが、フッ素原子とカルボキシ基を有する化合物を含有してもよい。ここで、フッ素原子とカルボキシ基を有する化合物とは、構造中にフッ素原子とカルボキシ基を有する化合物をいう。該化合物は、例えば、紡糸溶液に含まれる、ε-ポリリジンを溶解するために使用した溶媒に由来するものである。特定の理論に拘束されるものではないが、フッ素原子とカルボキシ基を有する化合物とがコンプレックスを形成し、得られた極細繊維においてもコンプレックスが保持されることによって、ポリマー成分としてε-ポリリジンのみを用いる場合でも、繊維形態が保持されやすくなっていると考えられる。
【0031】
本発明で利用できるフッ素とカルボキシ基を有する化合物としては、トリフルオロ酢酸、3,3,3-トリフルオロプロピオン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、ペンタフルオロプロピオン酸等を例示することができ、これらの化合物は、ε-ポリリジンの紡糸溶液の溶媒として使用することができる。これらのなかでも、トリフルオロ酢酸を使用した場合には、優れた紡糸性を発現するため、より好ましい。極細繊維中にフッ素とカルボキシ基を有する化合物が含有される場合、例えば、赤外吸収スペクトル測定や元素分析によってC-F結合の存在を確認することができる。
【0032】
本発明の極細繊維は、10~2000nm、好ましくは200~1800nmの繊維径を有する。繊維の形態は、長繊維、短繊維、フィブリル状、直線または曲線のロッド状等でありえる。繊維径が小さいほど比表面積が大きくなるので好ましいが、繊維径が2000nm以下であれば十分な高比表面積を生かした高い抗菌性等の効果が得られるので好ましく、1800nm以下であればさらに好ましい。また、繊維径が大きくなるほど繊維1本あたりの力学強力が高くなるが、繊維径が10nm以上であれば満足できる材料強度やハンドリング性を示すようになるので好ましく、200nm以上であれば十分な特性となるのでより好ましい。また、本発明の繊維構造体においては、後述のとおり、繊維同士が幾分融着した態様になっていてもよい。繊維径の測定は、公知の方法によることができ、例えばSEM画像に基づき算出することができる。
【0033】
本発明の極細繊維は、極細繊維中に含まれるε-ポリリジンに存在するアミノ基の少なくとも一部が、アミノ基と反応する官能基を2つ以上有する架橋剤を介して架橋されていることを特徴とする。架橋剤は、用途や所望の物性に応じて選択すればよく特に制限されないが、いずれも2官能の、イソチオシアネート、イソシアネート、アシルアジド、NHSエステル、スルホニルクロリド、アルデヒド、グリオキサール、エポキシド、オキシラン、カーボネート、アリールハライド、イミドエステル、カルボジイミド、酸無水物、またはフルオロエステルであることが好ましく、ジイソシアネートであることがより好ましい。
【0034】
ジイソシアネートとして、具体的には、例えば、ヘキサメチレンジイソシアネート、トリメチルヘキサメチレンジイソシアネート、リジンジイソシアネート等の脂肪族ジイソシアネート化合物;イソホロンジイソシアネート、水添キシリレンジイソシアネート、ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、ノルボルナンジイソシアネート、1,3-ビス(イソシアナトメチル)シクロヘキサン等の脂環式ジイソシアネート化合物;トリレンジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、ナフタレンジイソシアネート、トリジンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、テトラメチルキシリレンジイソシアネート等の芳香族ジイソシアネート化合物等が挙げられる。
【0035】
本発明において、ε-ポリリジンに存在するアミノ基の少なくとも一部がアミノ基と反応する官能基を2つ以上有する架橋剤を介して架橋されていることは、例えば、FT-IRによって、架橋によって生成(増加)あるいは消失(減少)する特定の化学構造を検出することによって確認できる。例えば、FT-IRスペクトルにおいて、1600cm-1周辺にウレア結合由来のC=Oのピークを確認できる。同じく2270cm-1付近にイソシアネート基N=C=Oのピークを確認できる。また、2800-3000cm-1のアルカン由来のC-Hピークを確認できる。
【0036】
また架橋反応を促進するため、反応触媒を用いることもできる。架橋反応に用いられる触媒としては、公知のアミン触媒、ジアルキルスズカルボキシレート等のスズ触媒、有機金属触媒等を用いることができる。しかしながら本発明では、触媒を用いない場合も十分な架橋反応が生じることも確認されている。触媒を用いない場合、繊維構造体における触媒成分の残存の問題が生じないため、より好ましい。
【0037】
(繊維構造体)
本発明の極細繊維を集積して、繊維構造体を形成することができる。繊維構造体の形態は特に限定されないが、典型的には不織布であり、シート状やブロック状、球状等のあらゆる形態の不織布にすることができる。また、繊維構造体は、本発明の極細繊維のみから構成されていてもよく、また、それ以外の素材と複合されていてもよい。他素材と複合された繊維構造体としては、本発明の極細繊維と他素材からなる極細繊維の混繊繊維構造体であってもよく、本発明の極細繊維と、ε-ポリリジンを含むもしくは含まない極細繊維以外の繊維との混繊繊維構造体であってもよく、本発明の極細繊維の繊維構造体とフィルム状物等との複合体であってもよく、特に制限されない。
【0038】
本発明の極細繊維と別の繊維とを含む繊維構造体とする場合、本発明の極細繊維と別の繊維とを混繊して使用できる。繊維構造体中の本発明の極細繊維の構成比率は、特に制限されるものではないが、50重量%以上であることが好ましく、80重量%以上であることがより好ましい。混繊する繊維の種類は特に限定されるものではなく適宜選択することができるが、例えば、ポリフッ化ビニリデンやナイロン6、ナイロン6,6、ポリウレタン、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリエチレンオキサイド、天然コラーゲン、ポリ乳酸、キトサン等を例示することができる。
【0039】
本発明の極細繊維構造体には、本発明の効果を妨げない範囲において、機能剤を添加してもよく、機能剤としては、抗菌剤、消臭剤、架橋剤、生体親和性材料、医薬成分、酵素、蛍光材料、親水化剤、撥水化剤、界面活性剤等を例示することができる。また、極細繊維構造体の中に、製造工程で使用する溶媒、触媒等の残存成分が含まれてもよい。
また、本発明の極細繊維構造体は、効果を妨げない範囲で機能付与のために二次加工を施されていてもよい。二次加工として具体的には、極細繊維ないしその構造体に特定の官能基や架橋剤を導入する化学処理、滅菌処理、親水化や疎水化のコーティング処理、カチオン・アニオンコンプレックス形成能を活かした極細繊維へのアニオンコーティング等を例示できる。
【0040】
本発明によれば、ε-ポリリジンの架橋の程度を制御することによって、任意の不溶性ないし生分解性(加水分解性)を備えた極細繊維および繊維構造体とすることができる。不溶性の程度としては、例えば、5mm×5mmの大きさで厚みが0.1mm程度である繊維構造体を水に浸漬したとき、視覚的観察において、瞬時に水に溶解することがなく、例えば15秒以上、好ましくは3分以上、より好ましくは1時間以上、さらに好ましくは1日以上、特に好ましくは1ヶ月以上、繊維構造体の形態を20%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは80%以上維持する繊維構造体でありえる。また、不溶性の程度としては、例えば、5mm×5mmの大きさで厚みが0.1mm程度である繊維構造体を2日間水へ浸漬させた後に凍結乾燥で水を除去したとき、残存質量が40~100%であり、好ましくは60~100%であり、より好ましくは80~100%である、繊維構造体でありえる。また、これらの範囲以外でも、目的の用途や所望する物性に応じた不溶性を備えるものとできる。
【0041】
本発明の極細繊維および極細繊維構造体は、制御された潮解性ないし制御された不溶性(耐溶解性)を有する。この特徴を利用して、医療用包装材や食品用包装材、抗菌コーティング等用途に応じて、潮解性ないし耐溶解性の程度を適宜選択し、使用することができる。
【0042】
本発明の極細繊維および繊維構造体は、ε-ポリリジンと同様に、食品保存剤、化粧品、医薬、医療材料、抗菌素材、包装材料、防腐剤、止血材等の用途に使用することができる。さらに本発明の極細繊維は、塗料、接着剤、紙力増強剤、化粧品、医薬、抗体等の固定等の種々の用途に使用することができる。また、極細繊維にすることで、従来のε-ポリリジンに比べて抗菌効果が高く、より少ない使用量であっても従来と同等の効果を得ることが期待される。
【0043】
(化学架橋されたε-ポリリジン極細繊維および繊維構造体の製造方法)
本発明のε-ポリリジン極細繊維およびその繊維構造体は、公知の電界紡糸法やその他の方法でε-ポリリジンの極細繊維構造体を得た後に、当該極細繊維構造体と架橋剤とを固相反応させることによって得られる。また、別の製造方法として、架橋剤を含ませたε-ポリリジン紡糸溶液を調製し、当該紡糸溶液を電界紡糸することでも得ることができる。
【0044】
ε-ポリリジンの極細繊維を得る方法は、特に限定されるものではなく、公知の方法を用いることができる。例えば、海島繊維溶解法、湿式紡糸法、分散法、析出法、フォーススピニング法、電界紡糸法が挙げられる。好ましくは、電界紡糸法により作製される。電界紡糸法で得られた極細繊維は、均一な径の繊維が形成されやすく、高品質な繊維構造体が得られ、また、高い比表面積と空隙率を有することから、ε-ポリリジンの抗菌性等の特徴を効果的に発揮することができる。
【0045】
電界紡糸法は、静電紡糸法、エレクトロスピニング法、またはエレクトロスプレー法と呼ばれる繊維の紡糸方法である。電界紡糸の方式は特に限定されず、一般的に知られている方式、例えば、1本もしくは複数のニードルを使用するニードル方式、ニードル先端に気流を噴き付けることでニードル1本あたりの生産性を向上させるエアブロー方式、1つのスピナレットに複数の溶液吐出孔を設けた多孔スピナレット方式、溶液槽に半浸漬させた円柱状や螺旋ワイヤ状の回転電極を用いるフリーサーフェス方式、ワイヤ電極に紡糸溶液を塗付しながら電界紡糸するワイヤ電極方式、供給エアによってポリマー溶液表面に発生したバブルを起点に電界紡糸するエレクトロバブル方式等が挙げられ、求める極細繊維の品質、生産性、または操業性を鑑みて、適宜選択することができる。
【0046】
電界紡糸法は上記を含む、周知の手段で行うことができる。具体的には、紡糸溶液を充填したノズルとコレクター(基板)の間に電圧を印加した状態で、ノズルから紡糸溶液を吐出させて、コレクター上に繊維を回収する。電界紡糸を行う条件は特に限定されず、紡糸溶液の種類や得られる極細繊維の用途によって適宜調整すればよい。紡糸雰囲気の温度および湿度は管理されていることが好ましい。電界紡糸を行う温度の範囲としては0~50℃とすることができ、10~30℃であればより好ましい。また特に、ε-ポリリジン極細繊維の電界紡糸においては湿度の管理が重要であり、紡糸雰囲気の湿度を5%以上、50%未満とすることが好ましく、10%以上、40%以下とすることがより好ましい。湿度をこの範囲とすることによって、2000nm以下の均一な繊維径を有し、安定なε-ポリリジンの極細繊維を、効率よく得ることができる。
【0047】
電界紡糸法における繊維捕集方式は、特に限定されず、公知の捕集方式を採用することができる。例えば、繊維捕集方式として、ロールツーロール方式のコレクターを使用すれば、長尺の繊維シートを採取することができ、高速回転可能なドラムコレクターやディスクコレクターを使用すれば、一方向にε-ポリリジン極細繊維が配列した配列繊維シートを採取できる。繊維が配列した配列繊維シートを採取する方法としては、平行分割電極を使用する方法も報告されており、これをコレクターとして使用することもできる。溶液中に捕集することもできる。
【0048】
電界紡糸法における捕集体は、特に限定されず、コレクター上に直接捕集してもよく、溶液中に捕集してもよく、コレクター上に配した、不織布、織布、ネット、もしくは微多孔フィルム等の少なくとも1種類の基材の上に捕集してもよい。不織布、織布、ネット、もしくは微多孔フィルム等の基材に捕集する場合、基材の構成は特に限定されず、1種類からなる単層品であってもよく、2種類以上からなる多層品であってもよく、これらは機能やその効果に応じて、適宜選択することができる。溶液中に捕集する場合、溶液は、得られた極細繊維が不溶な溶媒であれば、特に限定されない。
【0049】
未架橋のε-ポリリジン極細繊維ないし繊維構造体が不溶である溶媒としては、例えば、ヘキサン、トルエン、ジエチルエーテル、シクロヘキサン、1,4-ジオキサン、クロロホルム、ジクロロメタン、酢酸エチル、テトラヒドロフラン、アセトニトリル、アセトン、1-ブタノール、2-ブタノール、1-プロパノール、ベンジルアルコールが挙げられる。いずれも水分を含まないものが好ましい。未架橋のε-ポリリジン極細繊維は表面積が極めて大きいことからとりわけ高い潮解性を示すものであるところ、これらの溶媒中に捕集することや、紡糸後ただちにこれらの溶媒中に極細繊維や繊維構造体を保存することによって、架橋前に分解が生じることを防止できる。
【0050】
電界紡糸法によって本発明の極細繊維および繊維構造体を製造する場合、ε-ポリリジンを溶解するための溶媒は、水やエタノール、メチルアルコール、トリフルオロ酢酸、ヘキサフルオロイソプロパノール、3,3,3-トリフルオロプロピオン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、ペンタフルオロプロピオン酸等の、ポリリジンを溶解可能な溶媒を例示することができる。特に、溶媒としてフッ素を含む有機溶媒、すなわち、トリフルオロ酢酸、ヘキサフルオロイソプロパノール、3,3,3-トリフルオロプロピオン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、ペンタフルオロプロピオン酸等を用いることが好ましい。また、これら溶媒は単独で用いてもよく、複数を任意の割合で混合した混合溶媒として用いてもよい。ポリリジンを前記溶媒に溶解して得られる紡糸溶液の濃度は、特に限定されるものではなく、電界紡糸の安定性や得られる極細繊維の特性を鑑みて、適宜設定することができる。溶媒がトリフルオロ酢酸である場合、10~50重量%の範囲を例示することができ、紡糸性の観点からは15~30重量%が好ましく、15~22.5重量%であれば2000nm以下の均一な繊維径を有し、安定なε-ポリリジンの極細繊維径を効率よく得られることからより好ましい。
【0051】
未架橋のε-ポリリジンを含む極細繊維およびその繊維構造体の架橋反応には、極細繊維や繊維構造体が溶解せずかつ架橋剤が溶解する溶媒に架橋剤を溶解した架橋液を調製して用いることが好ましい。架橋剤としては、前述の架橋剤を用いることができ、例えば、架橋剤としてヘキサメチレンジイソシアネートを用いる場合、溶媒としてヘキサン、トルエン、ジエチルエーテル、シクロヘキサン、クロロホルム等が好ましく用いられる。架橋液における架橋剤の濃度は、所望の架橋度に応じて適宜設定すればよく特に制限されないが、例えば、ε-ポリリジンに存在するアミノ基に対して、架橋剤の官能基(例えばイソシアネート基)が1~20当量となるように架橋液を調製することができ、1~5当量とすることが好ましい。
【0052】
架橋反応は、例えば、固相反応によることができる。具体的には、未架橋ε-ポリリジンを含む繊維構造体に架橋液を滴下し、次いで減圧乾燥を行って溶媒を除去して、架橋剤を未架橋ε-ポリリジン繊維構造体の表面に分散させた後、架橋反応を行う。架橋反応の温度および時間は所望の架橋度、繊維構造体の形態、架橋剤の種類等に応じて適宜設定することができるが、例えば、60~120℃において、0.1~100時間行うことができ、0.5~75時間が好ましく、十分な反応と製造工程の合理性の観点からは0.75~50時間とすることがより好ましい。
【0053】
架橋反応の進行は、公知の方法で確認できる。例えば、FT-IRによって、架橋反応によって生成(増加)あるいは消失(減少)する特定の化学構造を検出することによって確認できる。例えば、架橋剤としてイソシアネート化合物を用いる場合、FT-IRスペクトルにおいて、1600cm-1周辺にウレア結合由来のC=Oのピークを確認できる。同じく2270cm-1付近にイソシアネート基N=C=Oのピークを確認できる。また、2800-3000cm-1のアルカン由来のC-Hピークを確認できる。
【0054】
得られた架橋ε-ポリリジン繊維構造体は、目的の用途等に応じて任意の処理を行なうことができる。例えば、必要に応じて、洗浄、乾燥、殺菌、各種機能付与処理、成形、賦形を行うことができる。また、例えば、ネット、フィルム、シート、不織布、布帛の他の材料と複合化することができる。
【実施例
【0055】
下記の実施例は、例示を目的としたものに過ぎない。本発明の範囲は、本実施例に限定されない。なお、実施例中に示した物性値の測定方法または定義を以下に示す。
【0056】
[電界紡糸によるε-ポリリジン(ε-PL)不織布の作製]
・製造方法
(1)電界紡糸のための紡糸溶液の調製
トリフルオロ酢酸(TFA)を溶媒として用いて、ε-ポリリジン(分子量:4700、JNC株式会社製)の紡糸溶液を作製した。溶液の濃度は、17.5重量%、20.0重量%、22.5重量%、25.0重量%とした。
【0057】
(2)電界紡糸
前述の紡糸溶液を、湿度約30%、電圧25-30kV、押し出し速度0.1mm/min、電極間距離15cmの条件で、電界紡糸した。スムーズな繊維化が行われ、不織布を回収できた。SEMを用いて不織布を観察し、極細繊維の形成を確認した。図1に各紡糸溶液から得られた不織布を示す。紡糸溶液の濃度に応じて異なる繊維形状を有する不織布が得られた。17.5重量%紡糸溶液から得られた不織布の繊維径は、約700(±170)nm、20重量%紡糸溶液から得られた不織布の繊維径は、約840(±170)nmであった。一方、22.5重量%紡糸溶液では約10,000(±3,700)nm、25重量%溶液では約15,900(±9,300)nmとなった。
【0058】
(3)紡糸条件の検討
電界紡糸時の湿度が繊維形状に与える影響を調べるため、20重量%の紡糸溶液を用いて、異なる湿度で電界紡糸を行い、SEMを用いて繊維形状の観察を行った。その結果、湿度50%以上の湿度では紡糸できず、湿度10~40%の範囲で繊維形成が確認された。また、湿度10~40%で得られた不織布を湿度50%以上の空気に曝すと、瞬時に溶解した。湿度10~40%で得られた不織布の繊維径をSEM画像から測定した。結果を図2に示す。湿度10%の環境で得られた不織布の繊維径は約9,300(±3100)nm、湿度20%では約1,500(±480)nm、湿度30%では840(±170)nm、湿度40%では約970(±250)nmであった。
また、得られた全ての不織布は、水に対して瞬時に溶解した。
【0059】
[実施例:架橋ε-PL不織布の作製]
(1)架橋溶液の調製
前項で得た未架橋のε-PL不織布はヘキサンに溶解しないことを確認した。架橋剤としてヘキサメチレンジイソシアネート(HDI、東京化成工業株式会社製)、HDIの溶媒としてヘキサンを用いた。
ヘキサンに対するε-PLが3.3w/v%となる量のヘキサンに、ε-PLの1ユニットのモル質量に対して当量比が2モル当量のHDIを加えた架橋溶液を調製した。なお、ε-PLの1ユニットとは、リジン1残基である。
【0060】
(2-1)実施例1~4:架橋反応1
未架橋のε-PL不織布として、20重量%溶液の電解紡糸により得られた不織布を用いた。前項で調製した架橋溶液をε-PL不織布に滴下し、減圧乾燥によって溶媒であるヘキサンを取り除き、HDIのみを不織布表面に分散させた後、80℃の恒温槽中で1h(実施例1)、12h(実施例2)、24h(実施例3)、48h(実施例4)の各時間、固相反応を行った。反応後に十分な量のヘキサンを長時間浸透させて架橋剤の洗浄を行い、減圧乾燥して不織布を回収した。
【0061】
なお、架橋反応の進行は、不織布の化学構造をFT-IRを用いて測定することで確認した。架橋時間0h(比較例1)、1h(実施例1)、12h(実施例2)、24h(実施例3)、48h(実施例4)におけるFT-IRスペクトルを図3に示す。図3に示されるとおり、架橋時間が増えるにつれて、1600cm-1周辺のウレア結合由来のC=Oのピーク、特に1510cm-1のピークが大きくなった。また、2270cm-1付近のイソシアネート基N=C=Oのピークが、反応時間の増加とともに大きくなっている。これは、HDIの片末端のイソシアネートのみが、ε-PLに存在するアミンと反応し、未反応のイソシアネート基が架橋反応の増加と同時に増えたためと考えられる。また、2800-3000cm-1のアルカン由来のC-Hピークが、反応時間の増加とともに大きくなっていることから、HDIの架橋反応によってアルカンが増えたことが示唆された。この結果から、HDIの架橋反応が進んでいることが確認された。
【0062】
(2-2)実施例5:架橋反応2
触媒であるジラウリン酸ジブチルすず(DBTL、東京化成工業株式会社製)を0.5v/v%添加すること以外は実施例4と同様にして、架橋反応を行った。反応時間は48hとした。
【0063】
(2-3)実施例6:架橋反応3
架橋剤として、リジンジイソシアネート(LDI、中央化成品株式会社製)を用いて、ε-PLに対して2モル当量のLDIを用意し、ヘキサン/クロロホルム(9/1 v/v)溶媒に溶解させること以外は、実施例4と同様にして、架橋反応を行った。反応時間は48hとした。
【0064】
実施例5,6で得られた繊維構造体のFT-IRスペクトルを図4に示す。実施例5,6ともに架橋反応が進行したことが確認された。図4に示されるとおり、実施例5で得た架橋不織布は、実施例1~4と同様に、1510cm-1付近、1600cm-1付近、2270cm-1付近の全てに大きなピークが確認された。実施例5では、イソシアネート由来のピークが実施例1~4の場合に比べ大きく、未反応のイソシアネート基が多くなったことが示唆された。
また、実施例6の不織布は、実施例1~4よりもウレア結合由来のピーク(1600cm-1周辺)が小さかった。このことから、HDI分子とLDI分子の立体配置の違いに由来して、架橋反応に影響が生じたということが示唆された。また、実施例6においてアルカン由来のピーク(2800-3000cm-1)が小さくなったのは、架橋剤の主鎖部分が変化したためであると考えられる。
【0065】
(3)架橋ε-PL不織布の形態の確認
実施例1~4の各架橋反応時間によって得られた架橋ε-PL不織布をSEMによって観察した。また、実施例5,6の架橋ε-PL不織布も同様にSEMによって観察した。結果を図5に示す。図5に示されるとおり、実施例1~4の不織布はいずれも均一な長繊維の形態であった。実施例5の架橋ε-PL不織布は、ロッド状の繊維形状を有していた。実施例6の不織布は均一な長繊維の形態であった。
【0066】
[架橋ε-PL不織布の不溶性の評価1:視覚的評価]
水を入れたシャーレに、ε-PL不織布試料を浸漬させることによって、水に対する溶解性の評価を行った。
未架橋のε-PL不織布(比較例1)は瞬時に水に溶けた。実施例1の架橋ε-PL不織布をシャーレ中の水に浸漬したところ、15秒程で水が全体に浸透し、透明度が増加した。その後3分経過で小さい水滴が不織布表面に溜まるような状態になり、1時間後には不織布全体が小さくなった。しかし不織布をこのまま1時間以降も浸漬させ続けた結果、1か月以上経過しても不織布の大きさはこれ以上変化することはなかった。すなわち、1時間の架橋で水への不溶化が達成できることが確認された。実施例1の架橋ε-PL不織布の不溶性評価の結果を図6に示す。同様に、実施例2~4の架橋ε-PL不織布も不溶性を評価した。その結果、水浸漬後1時間の観察では不織布の形状は変わらず、水が浸透する様子でさえ観察されなかった。この結果から、1時間架橋した不織布よりも、水に対する不溶性がさらに高くなったことが示唆された。
【0067】
[架橋ε-PL不織布の不溶性の評価2:形状および質量変化の評価]
実施例1~6および比較例1の不織布を、2日程度水へ浸漬させた後に凍結乾燥で水を除去し、質量変化、繊維形状の変化を観察した。試験はn=3で行った。
結果を表1に示す。
【0068】
【表1】
【0069】
表1に示されるとおり、実施例1~4の架橋ε-PL不織布は、架橋時間が増えるごとに残存質量が増えていき、架橋時間を48時間とした実施例4では、半分以上質量が保存された。
架橋反応前後の繊維径の変化は架橋時間により異なっており、例えば、架橋時間を48時間とした実施例4(1200±330nm)は、未架橋の比較例1(800±200nm)に対して、繊維径が約1.5倍程度に増大した。
膨潤率は、乾燥後の不織布の質量に対する、水浸漬後に不織布が含んでいる水の質量の比率(倍)を示す。架橋時間を1時間とした実施例1では、不織布質量の約12倍の水を含み、架橋時間が長くなるにつれて膨潤率は減少した。これらの結果から、架橋時間が増えるにつれて水に対する不溶性が高くなり、また反応時間によって膨潤度が変化する、ハイドロゲルのような機能を有する不織布となることが示唆された。
実施例5の繊維径は、同じ反応時間で触媒なしの場合である実施例4よりも、約260nm太くなった。また、水浸漬後の不織布の残存質量に大きな変化はなく、触媒を用いなくても十分な反応が起こることが確認された。
また、実施例6は、残存質量が23%程度であり、限定的ではあるが不溶性を有することが確認された。
【0070】
実施例1~4の架橋ε-PL不織布の水浸漬後の繊維形状を、SEMによって観察した。架橋時間によって水浸漬による繊維形状の変化が異なることが確認された。結果を図7に示す。図7に示されるとおり、架橋時間1時間である実施例1の不織布では、水浸漬によって繊維形状が変化し、一部はファイバーが融合して膜のような状態になっていることが確認された。架橋時間12時間である実施例2の不織布でも同様にファイバー形状が変化し、架橋が一部のみに生じていることが示唆された。一方、架橋時間24時間である実施例3の不織布ではある程度繊維形状が維持され、架橋時間48時間である実施例4の不織布は水浸漬の前後での繊維形状の変化は僅かであった。
【0071】
質量変化、膨潤率、繊維形状観察の結果から、反応時間の変化、触媒の有無、架橋剤の違いによって、水に対する不溶性および物性に関して異なる特性を有する架橋ε-PL不織布不織布が得られることが確認された。
【0072】
[架橋ε-PL不織布の不溶性の評価3:加水分解性の評価]
実施例1~4の架橋ε-PL不織布(5mg)を、pH2の塩酸水溶液に48時間浸漬させた後、水で洗浄し、凍結乾燥させた。各不織布の質量変化を図8に示す。図8の横軸は不織布の架橋時間、縦軸は48時間浸漬後の残存質量を示す。架橋1時間である実施例1の不織布は、塩酸水溶液浸漬後の質量が1.6(±0.46)mg、架橋12時間である実施例2の不織布は2.3(±0.17)mg、架橋24時間である実施例3の不織布は2.13(±0.21)mg、架橋48時間である実施例4の不織布は3.0(±0.17)mgとなった。架橋時間を増やすことで不織布の加水分解がしにくくなること、すなわち、架橋時間によって不織布の加水分解性を制御可能であることが確認された。
【0073】
次に、実施例4の架橋ε-PL不織布(5mg)を用いて、塩酸水溶液の浸漬時間ごとの加水分解の様子を観察した。塩酸水溶液への浸漬時間0、1、24、48時間それぞれにおける架橋ε-PL不織布の質量変化を図9に示す。図9に示されるとおり、浸漬時間1時間で3.8(±0.23)mg、浸漬時間24時間で3.3(±0.30)mg、浸漬時間48時間で3.0(±0.17)mgとなった。評価を行った48時間のうち、最初の1時間で質量減少の50%以上が起こったことが確認された。
【0074】
更に、架橋ε-PL不織布の静電相互作用の挙動を調査するため、ε-PLがイオン化すると考えられるpH2の塩酸水溶液に浸漬させた後、そのまま凍結乾燥を行う試料と、pH2の塩酸水溶液に浸漬させた後にpH13の水酸化ナトリウム水溶液に一度浸漬しなおして凍結乾燥した試料とを、SEMで観察した。結果を図10に示す。図10に示されるとおり、前者では膜のような構造が見られたことから、溶質がカチオン性になることによる分子間の静電反発が示唆された。一方、後者では前者に比べ、浸漬前のファイバー形状を維持していたことから、分子間の静電反発が解消されたことが考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明の極細繊維および繊維構造体は、抗菌性をはじめとするポリリジンの特性を効果的に利用することが可能である。さらに、本発明の極細繊維および繊維構造体は、潮解性が抑制され、水等に対して任意の溶解性を有すると同時に、生分解性を有する。このため、医療用材料、例えば、細胞培養基材を含む足場材、外傷用シート、医療用包装材、抗菌コーティング、止血材、その他の医療用材料、生化学用材料等の多岐にわたる用途で好適に用いることができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10