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特許7448522複合材及びその製造方法、並びに当該複合材を用いた燃料電池用のセパレータ、セル及びスタック
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  • 特許-複合材及びその製造方法、並びに当該複合材を用いた燃料電池用のセパレータ、セル及びスタック 図1
  • 特許-複合材及びその製造方法、並びに当該複合材を用いた燃料電池用のセパレータ、セル及びスタック 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-04
(45)【発行日】2024-03-12
(54)【発明の名称】複合材及びその製造方法、並びに当該複合材を用いた燃料電池用のセパレータ、セル及びスタック
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/0223 20160101AFI20240305BHJP
   H01M 8/021 20160101ALI20240305BHJP
   H01M 8/0206 20160101ALI20240305BHJP
   H01M 8/0228 20160101ALI20240305BHJP
   H01M 8/0215 20160101ALI20240305BHJP
   H01M 8/0213 20160101ALI20240305BHJP
   H01M 8/0221 20160101ALI20240305BHJP
   B32B 15/01 20060101ALI20240305BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20240305BHJP
【FI】
H01M8/0223
H01M8/021
H01M8/0206
H01M8/0228
H01M8/0215
H01M8/0213
H01M8/0221
B32B15/01 C
H01M8/10 101
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021509016
(86)(22)【出願日】2020-03-12
(86)【国際出願番号】 JP2020010677
(87)【国際公開番号】W WO2020195862
(87)【国際公開日】2020-10-01
【審査請求日】2023-02-15
(31)【優先権主張番号】P 2019054697
(32)【優先日】2019-03-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006644
【氏名又は名称】日鉄ケミカル&マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100132230
【弁理士】
【氏名又は名称】佐々木 一也
(74)【代理人】
【識別番号】100088203
【弁理士】
【氏名又は名称】佐野 英一
(74)【代理人】
【識別番号】100100192
【弁理士】
【氏名又は名称】原 克己
(74)【代理人】
【識別番号】100198269
【弁理士】
【氏名又は名称】久本 秀治
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 悠
(72)【発明者】
【氏名】能勢 幸一
(72)【発明者】
【氏名】村上 信吉
(72)【発明者】
【氏名】中塚 淳
(72)【発明者】
【氏名】河合 翔平
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 俊夫
【審査官】守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-141732(JP,A)
【文献】特開2011-134653(JP,A)
【文献】国際公開第2018/150046(WO,A1)
【文献】特開2017-071219(JP,A)
【文献】特開2016-100177(JP,A)
【文献】特開昭56-016698(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/02
B32B 15/01
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
板状の基材の少なくとも片面に、導電性を有するカーボン層を備えた複合材であって、
前記板状の基材は、鋼材の表面にクロムメッキ層を備えたクロムメッキ鋼材と、その表面に形成された20nm未満の厚さのクロム酸化物層とを有し、
前記カーボン層は、炭素質材と熱可塑性樹脂又は熱硬化性樹脂からなるマトリックス樹脂とを含み、厚みが0.1mm~3.0mmである、複合材。
【請求項2】
前記クロム酸化物層が、ハロゲンを含む、請求項1に記載の複合材。
【請求項3】
前記鋼材が、炭素鋼又は低合金鋼からなる、請求項1又は2に記載の複合材。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載の複合材を備えた燃料電池用セパレータ。
【請求項5】
請求項4に記載の燃料電池用セパレータを備えた燃料電池用セル。
【請求項6】
請求項5に記載の燃料電池用セルを備えた燃料電池スタック。
【請求項7】
請求項1~3のいずれかに記載の複合材を製造する方法であって、
鋼材の表面にクロムメッキを施して、クロムメッキ鋼材を準備する工程と、
クロムメッキ鋼材の少なくとも片面を、酸水溶液で処理する表面処理工程と、
表面処理後のクロムメッキ鋼材の少なくとも片面に、炭素質材と熱可塑性樹脂又は熱硬化性樹脂からなるマトリックス樹脂とを含むカーボン層を形成するカーボン層形成工程とを有する、複合材の製造方法。
【請求項8】
前記酸水溶液が、ハロゲンを含む、請求項7に記載の複合材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合材及びその製造方法、並びに当該複合材を用いた燃料電池用のセパレータ、セル及びスタックに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保全の観点から燃料電池が注目されている。固体高分子形燃料電池を例として、燃料電池及び燃料電池用セパレータの一例を図5及び図6(a)、(b)に示す。
ここで、図5は、燃料電池17を構成する単位セルの構成を示す分解図であり、図6は、図5に示す燃料電池用セパレータ5の構成を示す図である。図6(a)は、平面図であり、図6(b)は、図6(a)の線X-Yにとった断面図である。
【0003】
固体高分子形燃料電池17は、単位セルである構成10を数十個~数百個積層したスタックである。構成10では、固体高分子電解質膜6とアノード(燃料電極)7とカソード(酸化剤電極)8とからなるMEA(membrane electrode assembly:膜/電極接合体)を、2枚の燃料電池用セパレータ5によって、ガスケット9を介して挟持する。アノード7に流体である燃料ガス(水素ガス)を、カソード8に流体である酸化ガス(酸素ガス)を供給することにより、外部回路から電流を取り出す構成となっている。そして、燃料電池用セパレータ5は、図6(a)、(b)に例示されるように、薄肉の板状体の片面又は両面に、複数のガス供給排出用溝11と、ガス供給排出用溝11に燃料ガス又は酸化ガスを供給する開口部12と、MEAを並設するための固定穴13とを有する。燃料電池用セパレータ5は、燃料電池内を流れる燃料ガスと酸化ガスとが混合しないように分離する役割を有すると共に、MEAで発生した電気エネルギーを外部へ伝達したり、MEAで生じた熱を外部へ放熱したりするという重要な役割を担っている。
【0004】
そのため、燃料電池用セパレータに求められる特性としては、前記した燃料ガス等の供給や、カソードで生成した水や反応後のガスを排出させる流路としての機能や、電池内の使用環境(高温、腐食性、低pH等)下における長期の耐久性(耐食性)があること、発電ロスを少なくするために電気抵抗が小さくて導電性に優れること(高導電性、低接触抵抗)、及び燃料ガスと酸化ガスをその両面で完全に分離するためのガス不透過性を有することなどがある。加えて、成形加工性、或いは、車載を想定すると、組立時におけるボルト締め付けや振動に対しても割れない強度やフレキシブル性(可撓性)があることも求められている。
【0005】
従来から、このようなセパレータの開発について種々検討がなされている。金属系材料は炭素系材料よりも加工性に優れるため、それを用いたセパレータの厚みを低下させることが可能であり、軽量化が図れる利点がある。また、炭素鋼や低炭素鋼などの安価な材料を用いればコストも有利になる。しかしながら、主に金属系材料製のセパレータは耐食性に乏しく、燃料電池の使用環境に対する耐食性の更なる改善が必要である。そのため、金属系材料の基材をコートする金属製のコート層を備え、さらにその金属製のコート層の上にカーボンとバインダー樹脂とを含む層を設ける技術が提案されている(特許文献1~3を参照)。
【0006】
特許文献1~3で提案された技術は、十分な耐食性を実現する点及び層の化学的な安定性を向上させる点で有利である。しかしながら、最表層のカーボン層は数nm~数十μmであって、燃料電池環境下において十分な耐食性を実現できるとは言い難い。また、カーボン層の下の金属のコート層にクラックがある等の場合には、その不十分な耐食性が顕在化してしまう虞がある。また、不働態を形成するような耐食性の高い金属のコート層を備えるものであると、その不働態膜(酸化皮膜)によって十分な導電性を発現することが困難になる虞がある。
【0007】
また、特許文献1~3に記載の技術に加えて、金属(ステンレス鋼)製の基材を、所定のフッ化水素酸・硝酸混合水溶液で表面処理して接触抵抗を低くするとともに、その表面処理後の基材に対して、炭素粉末と樹脂粉末とからなるカーボン層を比較的厚く積層させたステンレス鋼板カーボン複合材が、耐食性、導電性及び可撓性等に優れることが確認されている(特許文献4、5を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2001-307747号公報
【文献】特開2006-286457号公報
【文献】特開2009-21140号公報
【文献】特開2017-071218号公報
【文献】特開2017-071219号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特に自動車搭載用燃料電池の分野においては、セパレータの更なる薄肉化や高性能化が求められており、セパレータの各性能についても更なる改善が求められている。本願の発明者らが更なる検討を行ったところ、上記の特許文献4及び5における技術においても、基材とカーボン層との密着性が必ずしも十分とは言えず、それがカーボン層の厚みに起因することが判明した。密着性を改善するための方策は、種々考えられる。しかしながら、カーボン層における炭素質材やマトリックス樹脂の配合割合を変更すると、接触抵抗(導電性)及び耐食性に影響を与えることが懸念される。カーボン層の改良による改善を図るには限界がある。
【0010】
本願の発明者らは、基材とカーボン層との密着性を改善させるためには、カーボン層ではなく、基材側の検討が必要であると考えた。そこで基材側の検討を進めた結果、基材表面にクロムメッキ層を設けることによりクロムメッキ層とカーボン層中のマトリックス樹脂との密着性が向上すること、及び耐食性もさらに向上することが確認された。さらには、このように基材にクロムメッキ層を備えさせることにより、基材の母材である鋼材の選択肢を拡げられることが知見された。
しかしながら、クロムメッキ層による多くの利点の一方で、クロムは、自然酸化により緻密な酸化皮膜(不働態皮膜;本願では、「クロム酸化物層」と呼ばれる。)を形成することが知られている。本願の発明者らは、基材にクロムメッキ層を形成させ、そのクロムメッキ層に対して、同様のカーボン層を形成させたが、満足する導電性(接触抵抗)が得られなかった。これは、クロム酸化物層の生成によって引き起こされるクロムメッキ層表面の導電性の低下に因るものと考えられた。
【0011】
本願の発明者らは、このようなクロム酸化物層に因る基材表面の導電性の低下を改善する方策を検討した。ところで、クロムメッキ層を有する鋼材は、ショットブラストや研磨などのような加工又は酸水溶液による表面処理によってクロムメッキ層が剥離する懸念がある。そのため、通常では、クロムメッキ層に対してこのような加工・表面処理が積極的に行われることはない。本願の発明者らが検討した結果、クロムメッキ層を備える基材に対して酸水溶液による短時間の表面処理を行うと、意外にも、クロムメッキ層を維持しながらその厚みを低下できること、及び満足する導電性が得られることが確認された。
更に意外なことには、当該酸水溶液による表面処理において、ハロゲン元素を含む酸水溶液を使用した場合には、表面処理後のクロム酸化物層中に、処理溶液に由来すると思われるハロゲンの存在が確認された。但し、ハロゲンの詳細な形態等は定かでない。詳細な原理等は定かではないものの、クロム酸化物層の経時的な生成とそれによる導電性の経時的な低下の抑制が確認された。この効果はクロム酸物層中に存在するハロゲンに因ると推測される。
これらの知見から、耐食性、導電性及び基材とカーボン層との密着性に優れ、母材材料の選択性にも優れ、コスト性も優れる複合材が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0012】
本発明の目的は、導電性、耐食性及び基材とカーボン層との密着性に優れ、しかも母材材料の選択性にも優れてコスト性も良い複合材及びその製造方法を提供することである。
また、本発明の他の目的は、このような複合材を用いた燃料電池用のセパレータ、セル及びスタックを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の要旨は、以下の通りである。
(1)板状の基材の少なくとも片面に、導電性を有するカーボン層を備えた複合材であって、
前記板状の基材は、鋼材の表面にクロムメッキ層を備えたクロムメッキ鋼材と、その表面に形成された20nm未満の厚さのクロム酸化物層とを有し、
前記カーボン層は、炭素質材と熱可塑性樹脂又は熱硬化性樹脂からなるマトリックス樹脂とを含み、厚みが0.1mm~3.0mmである、複合材。
(2)前記クロム酸化物層が、ハロゲンを含む、(1)に記載の複合材。
(3)前記鋼材が、炭素鋼又は低合金鋼からなる、(1)又は(2)に記載の複合材。
(4)前記(1)~(3)のいずれかに記載の複合材を備えた燃料電池用セパレータ。
(5)前記(4)に記載の燃料電池用セパレータを備えた燃料電池用セル。
(6)前記(5)に記載の燃料電池用セルを備えた燃料電池スタック。
(7)前記(1)~(3)のいずれかに記載の複合材を製造する方法であって、
鋼材の表面にクロムメッキを施して、クロムメッキ鋼材を準備する工程と、
クロムメッキ鋼材の少なくとも片面を、酸水溶液で処理する表面処理工程と、
表面処理後のクロムメッキ鋼材の少なくとも片面に、炭素質材と熱可塑性樹脂又は熱硬化性樹脂からなるマトリックス樹脂とを含むカーボン層を形成するカーボン層形成工程とを有する、複合材の製造方法。
(8)前記酸水溶液が、ハロゲンを含む、(7)に記載の複合材の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、導電性、耐食性及び基材とカーボン層との密着性に優れ、しかも母材材料の選択性にも優れてコスト性も良い複合材を提供することができる。本発明に係る複合材は、燃料電池用のセパレータ、セル及びスタックとして好適に使用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、複合材の製造工程の概略説明図である。
図2図2は、カーボン層又は複合材を製造するための成型方法の概略説明図である。
図3図3は、本発明の複合材の製造におけるカーボン層、接着剤層及び基材の積層方法の概略説明図である。
図4図4は、接触抵抗を測定する方法の概略説明図である。
図5図5は、燃料電池を構成する単位セルの構成の一例を示す分解図である。
図6図6(a)は燃料電池用セパレータの一例を示す平面図であり、図6(b)は図6(a)の線X-Y断面を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態の複合材及びその製造方法について、詳細に説明する。
本実施形態の複合材は、板状の基材の少なくとも片面に、導電性を有するカーボン層を備える。板状の基材は、鋼材の表面にクロムメッキ層を備えたクロムメッキ鋼材と、その表面に形成された所定の厚さのクロム酸化物層とを備えて構成されている。
【0017】
<基材>
本実施形態で使用される基材は、板状であり、鉄鋼材料(鋼材)を母材とする。鋼材としては、公知のものから広く選択でき、例えば、耐食性が良好なステンレス鋼が好ましい。炭素鋼や低炭素鋼を用いる場合は、耐食性の良好なものが好ましい。ステンレス鋼は、クロム(Cr)含有量が10.5質量%以上の鋼を指し、例えば、オーステナイト系、マルテンサイト系、フェライト系又はオーステナイト系とフェライト系との二相系であってよい。本実施形態において、炭素鋼とは、主成分が鉄(Fe)であり、Cr濃度の合計が2質量%未満の材料を指す。また、低炭素鋼とは、主成分が鉄(Fe)であり、Cr濃度の合計が2質量%以上10.5質量%未満の材料を指す。
【0018】
板状の基材の大きさは、使用の目的・用途等に応じて適宜設定される。母材の厚みが小さ過ぎると、強度が不足するおそれがある。母材の厚みが大き過ぎると、例えば本実施形態の複合材を燃料電池用のセパレータとして用いる場合、高集積化への影響が懸念される。母材の厚みの下限は、好ましくは0.010mm、より好ましくは0.015mm、さらに好ましくは0.020mmである。母材の厚みの上限は、好ましくは0.20mm、より好ましくは0.18mm、さらに好ましくは0.15mmである。
【0019】
本実施形態においては、鋼材の表面にクロムメッキ層を備える。これにより、カーボン層と基材との密着性、及び耐食性を向上できる。
鋼材へのクロムメッキは、公知の方法で行うことができる。例えば、クロム酸(無水クロム酸)を主成分とする水溶液中において、被メッキ物(本実施形態では鋼材)を陰極として陰極電解を行う電気メッキ法が挙げられる。また、例えば、電気メッキを行った後に、さらに耐食性を向上させる等の目的のために、電解クロム酸処理が行なわれてもよい。電解クロム酸処理は、例えば、クロム酸、クロム酸塩及び重クロム酸塩のうち1種又は2種以上を主成分とする非硫酸系水溶液中で電解処理することにより行われる。このような処理により、鋼材の表面にクロムメッキ層が形成されて、クロムメッキされた鋼材(クロムメッキ鋼材)が得られる(クロムメッキ鋼材の準備工程)。
【0020】
クロムメッキ層の厚みが小さすぎると、耐食性向上の効果が不十分である虞がある。クロムメッキ層の厚みが大きすぎると、後の加工(表面処理)の際にクロムメッキ層が損傷を受ける虞がある。クロムメッキ層の厚みの下限は、好ましくは0.01μmであり、より好ましくは、0.02μmである。クロムメッキ層の厚みの上限は、好ましくは1.0μmであり、より好ましくは、0.8μmである。電流値や電解時間などを適宜調整することにより、上記の厚みに調整することができる。クロムメッキ層の厚みは、例えば、X線光電子分光測定(XPS)により測定される。このクロムメッキ層の形成に先駆けて、ニッケル(Ni)メッキを形成させる工程を設けてもよい。これにより、鋼材とクロムメッキ層との密着性や、耐食性が向上する。
【0021】
上記のようにクロムメッキ層が形成された後のクロムメッキ鋼材は、空気中の酸素によって速やかに自然酸化して、20~30nm程度の自然酸化皮膜(クロム酸化物層)が形成される。このような比較的厚いクロム酸化物層は、耐食性の面で一定の寄与が考えられるものの、一方、接触抵抗を高め表面の導電性を著しく低下させる。前述のとおり、このような比較的厚いクロム酸化物層の厚みを低下させる処理が必要である。本実施形態においては、次のように、酸水溶液で表面処理する工程を設けることが好ましい。
【0022】
クロムメッキ層の上にクロム酸化物層が形成された鋼材に対して、酸水溶液(処理水溶液)を用いた表面処理が施される(表面処理工程)。処理方法としては、当該酸水溶液中に鋼材を浸漬する方法や、酸水溶液を鋼材に噴霧する方法などが挙げられ、処理する範囲等に応じて適宜選択される。酸水溶液については、クロム酸化物層を溶解できるものであれば制限されない。酸水溶液は、例えば、フッ化水素酸、硫酸、塩酸などの非酸化性の酸水溶液、硝酸などの酸化性の酸水溶液、またはそれらを含む混合溶液が挙げられる。酸溶液の濃度は、クロム酸化物層を適度に溶解でき、クロムメッキ層まで溶解しない程度に調整されればよい。例えば、濃度1~10mass%のフッ化水素酸水溶液、濃度1~30mass%の硫酸水溶液等が用いられる。
【0023】
本実施形態においては、前述の通り、ハロゲンを含む酸溶液を用いることにより、クロム酸化物層中にハロゲンが含まれるようになることが確認されている。ハロゲンの存在により、クロム酸化物層の経時的な生成とそれに伴う導電性の経時的な低下の抑制とを確認した。このようなハロゲンについては、フッ素(F)、塩素(Cl)、臭素(Br)及びヨウ素(I)のうちの1種以上を挙げることができる。その中でも、液中で電離した際にpHへの影響が少ないことから、フッ素(F)を用いることが好ましい。ハロゲンを含む酸溶液として、例えば、濃度1~10質量%のフッ化水素酸水溶液、塩化鉄(III)と塩酸との混合水溶液等が用いられる。クロム酸化物層中にハロゲンが含有された際においても化学的に安定性が高いフッ化物として得られることから、好ましくは、フッ化水素酸が用いられる。
【0024】
このような酸水溶液又はハロゲンを含む酸水溶液による表面処理を行うことにより、鋼材表面のクロム酸化物層の厚みを低下できることが確認された。十分な表面導電性の確保のため、表面処理後のクロム酸化物層の厚みを20nm未満にする。好ましい厚みは、17nm以下、より好ましい厚みは15nm以下である。一方で、十分な耐食性や耐酸化性を得るために、表面処理後のクロム酸化物層の厚みは、好ましくは0.5nm以上、より好ましくは1nm以上である。クロム酸化物層の厚みについては、例えば、X線光電子分光測定(XPS)により測定される。XPSによる測定では、特に、前記のクロムメッキ層との区別のために、クロム酸化物層に存在する酸素(O)の測定ピークを目安にする等、適宜測定法が工夫されることが好ましい。クロム酸化物層の厚みを調整するためには、例えば、前記の処理水溶液の処理の条件(濃度、処理時間、処理温度など)を適宜調整する。例えば、処理水溶液として濃度2~10mass%のフッ化水素酸水溶液を用いた場合には、処理温度が25~60℃程度、処理時間が10~100秒程度を目安とされる。その他の条件なども考慮して適宜調整されることが好ましい。
【0025】
クロム酸化物層中のハロゲンの詳細な存在形態等は定かではないものの、後述の実施例のとおり、X線光電子分光法(XPS)による測定においてハロゲン元素が存在することが確認されている。詳細な原理等は定かではないものの、クロム酸化物層中のハロゲンの存在によって、カーボン層の有無にかかわらず、燃料電池使用環境下においても、クロム酸化物層の経時的な厚み増加とそれによる導電性の経時的な低下を抑制できることが確認された。このような効果を得るためには、クロム酸化物層において、ハロゲン含有量が0.01~5原子%(at%)とすることが好ましい。0.01at%よりも少ないとハロゲンの含有の効果が得られ難い。一方で、5at%よりも多いと、相対的にクロム酸化物の存在量が少なくなって、後述のカーボン層との密着性に影響を与える虞がある。ハロゲン含有量は、表面処理の条件により適宜調整することができる。
【0026】
本実施形態においては、このように、母材である鋼材の表面に、少なくとも、所定のクロムメッキ層とクロム酸化物層とが順次形成されたものを「基材」と呼ぶこととする。
【0027】
<カーボン層>
本実施形態の複合材は、基材の少なくとも片面に、導電性を有するカーボン層を備える。カーボン層は、炭素質材と熱可塑性樹脂又は熱硬化性樹脂からなるマトリックス樹脂とを含む。カーボン層の厚さは、0.1mm~3.0mmである。カーボン層の厚さが0.1mm未満であると、十分な耐食性が得られなくなる虞がある。一方で、厚さが3.0mmを超えると、例えば複合材を燃料電池用のセパレータとして用いる場合の高集積化や、可撓性等に影響を与える虞がある。カーボン層の厚さの下限は、好ましくは0.15mmであり、より好ましくは0.2mmである。また、カーボン層の厚さの上限は、好ましくは2.5mmであり、より好ましくは2.0mmである。
【0028】
炭素質材については、導電性を有するものであればよく、その性状等は限定されない。例えば、天然黒鉛粉末、人造黒鉛粉末、膨張黒鉛粉末、膨張化黒鉛粉末、鱗片状黒鉛粉末、球状黒鉛粉末などの粉末等から選ばれたいずれか1種か、又は2種以上の混合物が挙げられる。好ましくは、可撓性及び導電性の点から、少なくとも膨張黒鉛粉末及び/又は膨張化黒鉛粉末を含むのが良い。その場合、当該膨張黒鉛粉末及び/又は膨張化黒鉛粉末の含有量は、炭素質粉末と樹脂粉末との混合粉末中4体積%以上51体積%未満が好ましく、5体積%以上21体積%未満がより好ましい。4体積%未満の場合、可撓性が低くなる虞がある。一方、51体積%以上の場合、粒子同士、又は粒子と金属板との接着に寄与する樹脂がうまく機能することができずに、接触抵抗が大きくなる虞がある。なお、この範囲において炭素質粉末中の膨張黒鉛粉末及び/又は膨張化黒鉛粉末の質量含有量としては、膨張黒鉛粉末及び/又は膨張化黒鉛粉末の真比重を他の黒鉛粉末と同じ2.2g/cm3として計算することができ、5質量%以上73質量%未満が好ましく、7質量%以上30質量%未満がより好ましい。
炭素質粉末の平均粒子径が小さすぎると、比表面積が大きいため樹脂が炭素質粒子同士または基材との接着に使用されにくく、可撓性に劣る虞がある。平均粒子径が大きすぎると、カーボン層を形成する際に平滑な面が得られにくく、不良率が大きくなる虞がある。平均粒子径の下限は、好ましくは4μmであり、より好ましくは10μmである。平均粒子径の上限は、好ましくは200μmであり、より好ましくは30μmである。炭素質粉末の粒子径は、レーザー回折式粒度分布測定装置(例えば、Malvern製「Mastersizer2000」等)の粒度測定計において算出されたD50(累積50体積%径)の値で表される平均粒子径をいう。
【0029】
また、マトリックス樹脂については、その性状等は限定されない。マトリックス樹脂は、熱可塑性樹脂であっても、熱硬化性樹脂であってもよい。熱可塑性樹脂としては、特に制限されないが、好ましくはポリプロピレン樹脂(PP)、ポリエチレン樹脂(PE)、ポリアミド樹脂(PA)、ポリフェニレンスルフィド樹脂(PPS)、ポリメチルペンテン樹脂(PMP)、ポリエーテルエーテルケトン樹脂(PEEK)、ポリフェニレンエーテル樹脂(PPE)、液晶ポリマー樹脂(LCP)、ポリアミドイミド樹脂(PAI)、ポリスルホン樹脂(PSU)、ポリエチレンテレフタレート樹脂(PET)及びポリブチレンテレフタレート樹脂(PBT)からなる群から選ばれたいずれか1種又は2種以上の混合物を挙げることができる。熱硬化性樹脂については、特に制限されないが、好ましくはフェノール樹脂及びエポキシ樹脂からなる群から選ばれたいずれか1種か又は2種以上の混合物を挙げることができる。
【0030】
ここで、前記PP、PE、PMPなどのポリオレフィン樹脂については、不飽和カルボン酸又はその誘導体の一部又は全部が当該ポリオレフィン樹脂にグラフトされて変性された変性ポリオレフィン樹脂を使用することも可能である。このような変性ポリオレフィン樹脂を使用することにより、カーボン層やそれを備えた複合材としての可撓性の向上や、基材との密着性や、炭素質材との密着性が向上することが期待される。また、それにより接触抵抗が低下するため好ましい。そして、変性ポリオレフィン樹脂全体に占めるグラフト量(グラフト率)は、0.05~15質量%であることが好ましく、より好ましくは0.1~10質量%、さらに好ましくは0.1~3質量%である。変性前のポリオレフィン樹脂にグラフトするために使用される前記不飽和カルボン酸又はその誘導体の具体的例としては、アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、イタコン酸、シトラコン酸、メサコン酸、無水マレイン酸、無水ハイミック酸、4-メチルシクロヘキセ-4-エン-1,2-ジカルボン酸無水物、α-エチルアクリル酸、フマール酸、テトラヒドロフタル酸、メチルテトラヒドロフタル酸、エンドシス-ビシクロ〔2,2,1〕ヘプト-5-エン-2,3-ジカルボン酸(ナジック酸〔商標〕)、ビシクロ[2.2.2]オクト-5-エン-2,3-ジカルボン酸無水物、1,2,3,4,5,8,9,10-オクタヒドロナフタレン-2,3-ジカルボン酸無水物、2-オクタ-1,3-ジケトスピロ[4.4]ノン-7-エン、ビシクロ[2.2.1]ヘプト-5-エン-2,3-ジカルボン酸無水物、マレオピマル酸、テトラヒドロフタル酸無水物、x-メチル-ビシクロ[2.2.1]ヘプト-5-エン-2,3-ジカルボン酸無水物、x-メチル-ノルボルネン-5-エン-2,3-ジカルボン酸無水物(xはメチル基の置換位置を示す)、及びノルボルン-5-エン-2,3-ジカルボン酸無水物などが挙げられる。また、上記不飽和カルボン酸の酸ハライド、アミド、イミド、エステル等の誘導体なども使用可能である。これらの中では不飽和ジカルボン酸又はその酸無水物が好ましく、特に無水マレイン酸又は無水ハイミック酸が好ましい。このような不飽和カルボン酸又はその誘導体を1種単独で使用することもできるし、2種以上を組み合せて使用することもできる。ハロゲン基としては、塩素或いは臭素を好適に使用することができる。
【0031】
カーボン層中の炭素質材(C)とマトリックス樹脂(R)との体積比(C/R)は、好ましくは6/4~9/1であり、より好ましくは7/3~8/2である。この炭素質材(C)とマトリックス樹脂(R)との体積比(C/R)が6/4より小さいと炭素質材の比率が低く、導電性に影響を与える虞がある。一方、体積比(C/R)が9/1より大きいとマトリックス樹脂の比率が低く、柔軟性、耐食性および可撓性に影響を与える虞がある。
【0032】
カーボン層の形成方法については、特に制限されない。基材の表面に炭素質材(炭素質粉末など)とマトリックス樹脂(樹脂粉末など)とを含む混合物を充填しホットプレスする方法や、樹脂粉末と炭素質粉末とを溶剤中に分散させたスラリーを、ドクターブレード等を使い基材表面に塗布し、乾燥後にホットプレスする方法等が例示される。好ましくは、炭素質粉末と樹脂粉末とを含む粉末混合物を温間圧縮成型(ホットプレス)して予めシート状のカーボン層を作成し、得られたシート状のカーボン層を基材の表面に再びホットプレスして積層させるホットプレス法で行うのがよい。このホットプレス法でカーボン層を形成し、また、積層することにより、連続的にカーボン層を基材の表面に形成することができるという利点がある。
【0033】
本実施形態においては、カーボン層の形成の前に、基材の表面に接着剤層を形成させてもよい(接着剤層形成工程)。その場合、接着剤層を介してカーボン層が形成される。このような接着剤層を備えることにより、基材とカーボン層との間の密着性が向上する。また、基材表面が接着層で被覆されることから、例えば、燃料電池として使用する場合の腐食性環境に対する耐久性が向上する。接着剤層の厚みが小さすぎると、接着強度が不十分となる虞がある。厚みが大きすぎると、複合材の導電性が不十分となる虞がある。接着剤層の厚みは、0.1μm以上10μm以下が好ましい。
【0034】
このような接着剤層を形成するための接着剤組成物については、特に制限されない。好ましい接着剤組成物は、不飽和カルボン酸若しくはその誘導体の一部又は全部がポリオレフィン樹脂にグラフトした変性ポリオレフィン樹脂を含むもの(例えば、特開2005-146,178号公報参照)である。具体的には、接着性ポリオレフィン樹脂を含む接着剤組成物(三井化学株式会社製商品名:アドマー)、不飽和カルボン酸によりグラフト変性された変性ポリオレフィン樹脂を含む接着剤組成物(三井化学株式会社製商品名:ユニストール)等が挙げられる。ハロゲンによりグラフト変性された変性ポリオレフィン樹脂を含む接着剤組成物(東洋紡株式会社製商品名:トーヨータック)等も使用される。また、5wt%-フェノール樹脂接着剤組成物(溶媒:イソプロピルアルコール、フェノール樹脂:リグナイト株式会社製商品名:AH-1148)や、エポキシ樹脂接着剤組成物(日鉄ケミカル&マテリアル株式会社製商品名:YSLV-80XY)等も使用される。
【0035】
このようにして板状の基材の少なくとも片面に導電性を有するカーボン層を形成させて、本実施形態に係る複合材が製造される。本実施形態の複合材の接触抵抗は、好ましくは10mΩ・cm2以下、より好ましくは5mΩ・cm2以下、さらに好ましくは3mΩ・cm2以下である。さらには、その接触抵抗が燃料電池の使用環境に相当する環境下において実質的に変化しないことが好ましい。
【0036】
本実施形態の複合材は、導電性(低接触抵抗)、耐食性、及び基材とカーボン層との密着性に優れる。本実施形態の複合材は、固体高分子形燃料電池等の燃料電池用セパレータ、レドックスフロー型2次電池用の集電板、石油精製・石油化学プラント用のガスケットやパッキン等の用途において好適に用いられる。固体高分子形燃料電池のセパレータとして用いる場合、図5に例示されるように、固体高分子電解質膜6とアノード(燃料電極)7とカソード(酸化剤電極)8とからなるMEAを2枚の燃料電池用セパレータ5によって、ガスケット9を介して挟持した構成10を単位セルとして、これを数十個~数百個積層してスタックとすることができる。
【実施例
【0037】
以下、試験例に基づいて、本実施形態の複合材、その製造方法、及び各性能評価について、具体的に説明する。
【0038】
1.板状基材の準備
〔鋼材の準備〕
基材の母材となる鋼材は以下のように準備した。すなわち、以下の表1に示すようなa~cの化学組成(単位:質量%、残部はFe及び不純物)を有する鋼150kgを高周波誘導加熱方式の真空溶解炉で溶解してインゴットに造塊した。得られた150kgの鋳塊に対して、熱間鍛造を1220℃で行い、切削した後、熱間圧延を1220℃、焼鈍を1180℃で行った。その後さらに、冷間圧延を1080℃、焼鈍を1080℃で行い、厚さ50μmの鋼箔a~cを得た。
【0039】
【表1】
【0040】
〔鋼材のクロムメッキ処理〕
得られた鋼材a~cに対して、次の条件でクロムメッキを行った。すなわち、クロムメッキ浴(浴組成:クロム酸100g/L、硫酸1.0g/L、浴温度50℃)を準備し、それに各鋼材a~cを浸漬して電気メッキを行った。電流密度は20A/dm2、電解時間は10秒とした。
上記の電気メッキにより、各鋼材a~cの表面に約0.1μmの厚みのクロムメッキ層が形成されたクロムメッキ鋼材を得た。得られたクロムメッキ鋼材は、数日間、大気下で保持した。
【0041】
〔クロムメッキ鋼材の表面処理〕
次に、数日間、大気下で保持したクロムメッキ鋼材に対して、酸水溶液又はハロゲンを含む酸水溶液(処理水溶液)を用いる表面処理を施した。表面処理は、次の方法1、方法2及び方法3のいずれかで行なわれた。
・方法1:処理水溶液として3質量%のフッ化水素酸(HF)水溶液(40℃)を用い、これに、クロムメッキ鋼材を浸漬した(浸漬時間は、表2に示す)。処理水溶液から取り出した鋼材を、超純水中で超音波洗浄し、その後、冷風乾燥させた。
・方法2:処理水溶液として、塩酸(HCl)と塩化鉄(FeCl3)との混合水溶液(HCl:0.9mol/L、FeCl3:2.3mol/L、40℃)を用い、これに、クロムメッキ鋼材を浸漬した(浸漬時間は、表2に示す)。処理水溶液から取り出した鋼材を、超純水中で超音波洗浄し、その後、冷風乾燥させた。
・方法3:処理水溶液として、25mass%の硫酸(H2SO4)水溶液(60℃)を用い、これにクロムメッキ鋼材を浸漬した。(浸漬時間は、表2に示す)。処理水溶液から取り出した鋼材を、超純水中で超音波洗浄し、その後、冷風乾燥させた。
【0042】
2.カーボン層の形成
〔接着剤層の形成〕
得られた基材の表面に接着剤層を形成させ、接着剤層付きの基材を得た。詳細には、卓上コーターを用い、塗布厚10μmとなるように接着剤組成物を基材表面に塗布し、室温で10分乾燥させて、接着剤層を形成させた。
接着剤組成物は、後述のカーボン層において用いるマトリックス樹脂の種類に応じて選択された。すなわち、マトリックス樹脂としてポリプロピレン樹脂(PP)を用いた場合は、変性ポリオレフィン樹脂接着剤(三井化学株式会社製商品名:ユニストール)を用いた。マトリックス樹脂としてフェノール樹脂(PF)を用いた場合は、イソプロピルアルコールに5wt%になるようにフェノール樹脂を溶解させたフェノール樹脂接着剤(リグナイト株式会社製フェノール樹脂、商品名:AH-1148)を用いた。
【0043】
〔カーボン層の形成〕
カーボン層としては、試験例別に、次の2種類(種類1、種類2)を形成した。
・種類1(試験例1~3、及び試験例5~11):
炭素質材として、球状黒鉛粉末(伊藤黒鉛株式会社製商品名:SG-BH、平均粒子径:20μm)及び膨張黒鉛粉末(伊藤黒鉛株式会社製商品名:EC100、平均粒子径:160μm)を使用した。また、マトリックス樹脂としては、熱可塑性樹脂であるポリプロピレン樹脂(PP)粉末(住友精化株式会社製商品名:フローブレンHP-8522)を使用した。そして、球状黒鉛粉末を60体積%、膨張黒鉛粉末を10体積%、及びポリプロピレン樹脂粉末を30体積%となるように混合して粉末混合物とした。この粉末混合物を1.4g(試験例1~3、試験例6及び試験例9~11;本プレス後のカーボン層の厚みは約0.30mm~0.37mmである)、0.2g(試験例5;本プレス後のカーボン層の厚みは約0.05mmである)、又は0.4g(試験例7及び8;本プレス後のカーボン層の厚みは約0.11mm~0.12mmである)用いた。各粉末混合物を、図2に示すプレス装置(東洋精機製作所社製卓上ホットプレスMP-SCL)の雌型金型(50×50×20mm)に均等に投入し、前プレスとしてのホットプレス(圧力:2MPa、温度:180℃)を行い、カーボン層(符号3)を得た。
次いで、図3のように、得られたカーボン層(符号3)と前記で準備した接着剤層付きの基材(符号4)とを重ねた後、前記プレス装置を用いて、本プレスとしてのホットプレスを行った。本プレスは、圧力5MPa(符号P)、加熱温度180℃(符号T)で10分間行った。このようにして、複合材を得た。
【0044】
・種類2(試験例4):
マトリックス樹脂の種類、前プレスでの加熱温度、及び本プレスでの加熱温度を以下のとおりとしたこと以外は、種類1と同様にカーボン層を形成し、複合材を得た。マトリックス樹脂として、熱硬化性樹脂であるフェノール樹脂(PF)粉末(リグナイト株式会社製商品名:AH-1148)を使用した。前プレスでの加熱温度は80℃とした。本プレスでの加熱温度は150℃とした。なお、粉末混合物は1.56gであった。本プレス後のカーボン層の厚さは約0.34mmであった。
【0045】
得られた各複合材についての評価は以下のように行なった。
〔クロムメッキ層の厚さ、クロム酸化物層の厚さ、クロム酸化物層中のハロゲンの測定〕
各複合材のクロムメッキ層の厚さ、クロム酸化物層の厚さ、及びクロム酸化物層中のハロゲンの測定については、いずれも、複合材からカーボン層を除去後、X線光電子分光測定(XPS)を用いて行った。装置はULVAC-PHI社製 Quantum2000型を用い、ULVAC-PHI社製の解析ソフトを用いた。X線源はAl Kα、X線出力は15kV、25W、測定領域は100×100μm2、検出角度は45°とした。スパッタ条件はイオン種をAr+、加速電圧は2kV、スパッタレートは3.9nm/min(SiO2換算)とした。
先ず、得られた各複合材を2cm×2cmの試験片に加工した。試験片を、10mass%のNaOH水溶液に30分間浸漬させ、カーボン層を除去した。次いで、クロムメッキ層の厚さ、クロム酸化物層の厚さ、及びクロム酸化物層中のハロゲンの測定をおこなった。
クロムメッキ層の厚みについては、XPS測定により金属クロム(Cr)が検出され始めた深さ(最表面からの深さ)を目安として測定を進める。測定を進めていくと、金属Crのピーク強度が最大となる深さ(最大ピーク深さ)を把握することができるので、この最大ピーク深さの前後において、金属Crの最大ピーク強度の10%の強度が検出される深さを、それぞれ開始深さ及び終了深さとした。その開始深さから終了深さまでの範囲をクロムメッキ層の厚みとした。
また、クロム酸化物層の厚みについては、XPS測定によりCrと酸素(O)の結合(Cr-O)が検出され始めた深さ(最表面からの深さ)を目安として測定を進める。クロムメッキ層の場合と同じように、Cr-Oのピーク強度が最大となる深さ(最大ピーク深さ)を把握することができるので、この最大ピーク深さの前後において、Cr-Oの最大ピーク強度の10%の強度が検出される深さを、それぞれ開始深さ及び終了深さとした。その開始深さから終了深さまでの範囲をクロム酸化物層の厚みとした。
得られた結果は表2に示した。
【0046】
〔耐食性の評価〕
燃料電池模擬環境に試験片を浸漬し、溶液中の沈殿物の有無によって耐食性を評価した。具体的には、まず、各複合材から20mm×20mmの試験片を切り出した。この試験片を、30ppmの塩化物イオン(Cl-)を含んだ80℃の硫酸溶液中(pH3)に240時間浸漬した。浸漬後、溶液の沈殿物の有無を確認し、以下の基準で評価した。
得られた結果を下記の表3に示す。
◎:沈殿物無し
△:沈殿物は無いが溶液に変色が見られる
×:沈殿物あり
【0047】
〔表面導電性(接触抵抗)の評価(複合材の作製直後)〕
カーボンペーパとの接触抵抗を測定した。図4は、試験材の接触抵抗を測定する装置の構成を示す図であり、この装置を用いて接触抵抗を測定した。
まず、各複合材から15mm×15mmの試験片を切り出した。この試験片(符号14)を、燃料電池用のガス拡散層として使用される1対のカーボンペーパ(符号15)〔東レ(株)製 TGP-H-90〕で挟み込み、これを金めっきした1対の白金電極(符号16)で挟んだ。各カーボンペーパ15の面積は、1cm2であった。次に、この1対の白金電極16の間に、10kgf/cm2(9.81×105Pa)の荷重を加えた。図4に、荷重の方向を白抜き矢印で示す。この状態で、1対の白金電極16間に一定の電流を流し、このとき生じるカーボンペーパ15と試験片14との間の電圧降下を測定した。この結果に基づいて抵抗値を求めた。得られた抵抗値は、試験片14の両面の接触抵抗を合算した値となるため、これを2で除して、試験片14の片面あたりの接触抵抗値とし、以下の基準で評価した。
得られた結果を下記の表3に示す。
◎:10mΩ・cm2未満
○:10mΩ・cm2以上、20mΩ・cm2未満
×:20mΩ・cm2以上
【0048】
〔表面導電性(接触抵抗)の評価(複合材の作製から30日後)〕
各複合材を作製後、常温常圧下で30日間保管した後、上記の表面導電性の評価と同様の方法で、表面導電性を評価した。
【0049】
〔基材とカーボン層との密着性の評価(耐食性評価前)〕
各複合材を作製後24時間以内に、クロスカット法による密着強度の評価をおこなった。まず、複合材を50mm×50mmの大きさに切り出して試験片とした。試験片に対して、カッターナイフを用いて、カーボン層側から基材に達する切れ込みを、碁盤目状に入れた。碁盤目は、2mm角100マスとした。この碁盤目の領域に対して、テープ剥離試験を行った。テープとして、ニチバン社製のセロテープ(登録商標)を用いた。評価面に貼り付けたテープを剥がしたときに、カーボン層が剥離したマス目の割合により、密着性を評価した。
得られた結果を下記の表3に示す。
◎:いずれのマス目も剥離が見られない
○:5%未満のマス目で剥離している
×:5%以上のマス目で剥離している
【0050】
〔基材とカーボン層との密着性の評価(耐食性評価後)〕
各複合材を20mm×20mmの大きさに切り出し、試験片とした。この試験片を、30ppmの塩化物イオン(Cl-)を含む80℃の硫酸溶液中(pH3)に240時間浸漬した。その後、取り出した試験片について、前記同様のクロスカット法を用いて、密着性を評価した。
得られた結果を下記の表3に示す。
◎:いずれのマス目も剥離が見られない
○:5%未満のマス目で剥離している
×:5%以上のマス目で剥離している
【0051】
【表2】
【0052】
【表3】
【0053】
試験例1、3、4,7及び10~11に係る複合材は、所定のクロムメッキ層、クロム酸化物層及びカーボン層を備え、かつクロム酸化物層がハロゲンを含んだ。これらの複合材は、複合材の作製直後及び30日経過後における接触抵抗(導電性)、耐食性、並びに基材とカーボン層との密着性のいずれも良好であった。
【0054】
試験例2に係る複合材は、クロムメッキ層及びそれに伴うクロム酸化物層が無いことから、耐食性に劣った。また、基材とカーボン層との密着性にも劣った。
【0055】
カーボン層の厚みが小さい試験例5に係る複合材は、耐食性及び耐久試験後の密着性に劣った。
【0056】
クロムメッキ及びクロム酸化物層が形成されたが酸水溶液による表面処理を行わない試験例6に係る複合材、及びハロゲンを含む酸水溶液で表面処理を行ったが処理時間が短い試験例9に係る複合材は、いずれもクロム酸化物層の厚みが所定よりも大きかった。これらの複合材は、耐食性や基材とカーボン層との密着性には優れたが、複合材の作製直後及び30日経過後の接触抵抗が高く、導電性に劣った。
【0057】
試験例8に係る複合材は、所定のクロムメッキ層、クロム酸化物層及びカーボン層を備えるが、クロム酸化物層がハロゲンを含まなかった。この複合材は、耐食性や基材とカーボン層との密着性に優れ複合材の作成直後の接触抵抗が低く初期の導電性に優れるものであった。しかしながら、複合材の作製から30日経過後には接触抵抗が高くなった。このことは、クロム酸化物層中にハロゲンを有さないことから、クロム酸化物層の厚みが経時的に大きくなったことが要因と推察される。
【符号の説明】
【0058】
1…複合材、2…接着剤層、3…カーボン層、4…基材、5…燃料電池用セパレータ、6…固体高分子電解質膜、7…アノード(燃料電極)、8…カソード(酸化剤電極)、9…ガスケット、10…単位セル、11…ガス供給排出用溝、12…開口部、13…固定穴、14…試験片、15…カーボンペーパ、16…白金電極、17…固体高分子形燃料電池、100…プレス装置、101…雄型、102…雌型、103…金型、104…機枠、105…油圧シリンダ。
図1
図2
図3
図4
図5
図6