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特許7449538希土類鉄炭素系磁性粉末及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-06
(45)【発行日】2024-03-14
(54)【発明の名称】希土類鉄炭素系磁性粉末及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/058 20060101AFI20240307BHJP
   H01F 41/02 20060101ALI20240307BHJP
   B22F 9/04 20060101ALI20240307BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240307BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20240307BHJP
   C21D 6/00 20060101ALN20240307BHJP
【FI】
H01F1/058
H01F41/02 G
B22F9/04 C
B22F9/04 E
C22C38/00 303D
B22F1/00 Y
C21D6/00 B
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020152108
(22)【出願日】2020-09-10
(65)【公開番号】P2022046184
(43)【公開日】2022-03-23
【審査請求日】2023-06-22
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】杉本 諭
(72)【発明者】
【氏名】松浦 昌志
(72)【発明者】
【氏名】中山 徳行
【審査官】後藤 嘉宏
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-68315(JP,A)
【文献】特開平5-25592(JP,A)
【文献】特開平4-322407(JP,A)
【文献】特開平3-20445(JP,A)
【文献】特表平10-504141(JP,A)
【文献】特開2012-69750(JP,A)
【文献】特開2000-114015(JP,A)
【文献】特開平6-342706(JP,A)
【文献】特開平4-323350(JP,A)
【文献】特開2004-107797(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/058
H01F 41/02
B22F 9/04
C22C 38/00
B22F 1/00
C21D 6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サマリウム(Sm)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ガリウム(Ga)及び炭素(C)を含む菱面体晶系ThZn17型化合物を主相として含み、前記化合物が一般式:SmFe(17-m-n)CoGaで表される組成(ただし、2.0≦m≦3.5、1.5≦n≦3.0、1.00≦x≦1.75)を有する、希土類鉄炭素系磁性粉末。
【請求項2】
前記m及びnが、0.3≦n/(m+n)≦0.6を満たす、請求項1に記載の磁性粉末。
【請求項3】
前記xが、1.25≦z≦1.50を満たす、請求項1又は2に記載の磁性粉末。
【請求項4】
前記磁性粉末の平均粒子径d50が5.0μm以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の磁性粉末。
【請求項5】
サマリウム(Sm)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ガリウム(Ga)及び炭素(C)を含み、残部不可避不純物からなる、請求項1~4のいずれか一項に記載の磁性粉末。
【請求項6】
α-Fe相の含有量が10体積%以下である、請求項1~5のいずれか一項に記載の磁性粉末。
【請求項7】
主相及びα-Fe相以外に異相を含まない、請求項1~6のいずれか一項に記載の磁性粉末。
【請求項8】
前記磁性粉末の飽和磁化(Ms)が90Wb・m/kg以上であり、且つ保磁力(iHc)が250kA/m以上である、請求項1~7のいずれか一項に記載の磁性粉末。
【請求項9】
前記磁性粉末の飽和磁化(Ms)が80Wb・m/kg以上であり、且つ保磁力(iHc)が300kA/m以上である、請求項1~7のいずれか一項に記載の磁性粉末。
【請求項10】
前記磁性粉末の飽和磁化(Ms)に対する残留磁化(Mr)の比(Mr/Ms比)が0.90以上である、請求項1~9のいずれか一項に記載の磁性粉末。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか一項に記載の磁性粉末の製造方法であって、以下の工程;
サマリウム(Sm)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ガリウム(Ga)及び炭素(C)を含む原料を準備する工程、
準備した原料を配合する工程、
配合した原料を坩堝や鋳型に入れた後に、溶解鋳造して鋳塊にする工程、
前記鋳塊に熱処理を施して均質化する工程、及び
均質化した鋳塊を粉砕して粉砕粉にする工程、
を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、希土類鉄炭素系磁性粉末及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
永久磁石は、自動車、電化製品、IT機器を始め、幅広い分野で用いられており、現代の産業において欠くことができない。特に永久磁石は、電力を必要とせず磁力を発生できるため、近年の地球温暖化対策や省エネルギーの観点から、その重要性がますます高まっている。
【0003】
永久磁石の中でも希土類磁石は、磁石の基本特性(磁束密度、保磁力、最大エネルギー積)が、フェライトやアルニコなどの他の磁石を凌駕するほど優れている。特に希土類磁石は、最大エネルギー積(BHmax)が高く、小型で強力な磁石とすることが可能である。そのため部品の小型化及び高性能化の流れに応じて期待が高い。特に近年の電気自動車やハイブリッド自動車の実用化の流れに応じて、その使用量は急増しており、各種磁石の中でも金額ベースでの市場占有率が最も大きい。
【0004】
希土類磁石の中では、ネオジム磁石がよく知られている。ネオジム磁石は、ネオジム鉄硼素(NdFe14B)系化合物を主相とする磁石であり、現在実用化されている磁石の中で最も高い最大エネルギー積を誇る。そのためネオジム磁石は、焼結磁石やボンド磁石として広範囲に利用されている。しかしながらネオジム磁石は高温環境下で使用することができないとの問題がある。すなわちネオジム磁石はキュリー温度(Tc)が312℃と低く、高温減磁の問題がある。またネオジム磁石は耐酸化性に劣る。すなわち希土類元素は原子番号の順に酸化し易く、軽希土類元素たるネオジム(Nd)を含むネオジム磁石は、メッキなどの表面処理を施さなければ実用に供することは困難である。
【0005】
ネオジム磁石以外の希土類磁石として、サマリウム鉄窒素(SmFe17)系化合物やサマリウム鉄炭素(SmFe17)系化合物を用いた磁石が知られている。これらの化合物は、SmFe17の結晶格子間に窒素(N)又は炭素(C)原子が侵入した侵入型化合物である。このうちSmFe17系磁石は、優れた磁気特性、特にキュリー温度(Tc)と保磁力(Hc)が高いという特徴を活かして、ネオジム磁石とともに広く用いられている。SmFe17系磁性粉末は、x=3のときに最も優れた磁気特性を示し、その時のキュリー温度(Tc)は473℃と高い。また異方性磁場(H)が21MA/mと高く、この値はNdFe17B系化合物の3倍以上である。その上、飽和磁化(Ms)が1.57Tと、NdFe17B系化合物に匹敵するほど高い。
【0006】
しかしながらサマリウム鉄窒素(SmFe17)系化合物は低温で分解しやすいという問題がある。すなわちこの化合物は、窒素(N)量によって異なるが550~700℃程度の温度で分解し始める。そのため焼結磁石にすることが困難であり、ボンド磁石としての利用に留まっている。ボンド磁石は非磁性バインダー樹脂を必須成分にするため、磁束密度(B)及び最大エネルギー積(BHmax)を高める上で限界がある。
【0007】
これに対してサマリウム鉄炭素(SmFe17)系化合物は、サマリウム鉄窒素(SmFe17)系化合物に比べて熱安定性に優れている。実際、SmFe17系化合物は1000℃以上の高温でも分解しないため、これをボンド磁石のみならず焼結磁石にも適用できる。またSmFe17系化合物は、鉄(Fe)の一部をコバルト(Co)で置換することで、キュリー温度Tcを600℃程度にまで高めることができる。そのため高温減磁が少なく、高温用途の磁石への適用が可能である。したがってSmFe17系化合物は優れたポテンシャルを有する材料と言うことができる。
【0008】
SmFe17系化合物の合成を開示する文献として、特許文献1及び非特許文献1が挙げられる。特許文献1には、一般式RFe(1-x-y-z)の組成(RはSm等の希土類金属、MはTi等)を有し、かつRFe17型菱面体晶化合物を主相とする希土類磁石材料が開示されている(特許文献1の請求項1及び[0007])。また特許文献1にはこの磁石材料に関して、Nd-Fe-B系永久磁石と同等の磁気特性を確保できるばかりか、キュリー点の上昇により温度特性の大幅な向上を達成できる旨などが記載されている(特許文献1の[0038])。
【0009】
非特許文献1には、SmFe17-xCo化合物について、FeをCoで置換すると、菱面体晶RhZn17型構造(2:17)が安定化される旨、Co量xが増えるにつれてキュリー温度が急増するとともに格子定数が小さくなる旨、SmFe12Co1.25化合物は、室温での飽和磁化μ=1.36T、異方性磁場μ=7.1T、キュリー温度Tc=874K、動作可能最高温度Tmが473Kより高い旨などが記載されている(非特許文献1のAbstract)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開平5-25592号公報
【非特許文献】
【0011】
【文献】Z. Altounian et al., J. Phys.: Condens. Matter 15 (2003) 3315-3322
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
このようにサマリウム鉄炭素(SmFe17)系化合物は熱安定性が良好であり、優れたポテンシャルを有するものの、従来の技術では高い磁気特性を示す化合物を簡易なプロセスで合成することが困難であった。すなわちこの化合物は炭素量が多いほど、キュリー温度及び磁気異方性が高くなる。しかしながら従来のプロセスでは、十分な量の炭素(C)を結晶格子中に取り込むことができず、磁気特性向上を図る上で限界があった。そのためこの化合物は、その研究例が少なく、本発明者らの知る限り実用化された例はない。
【0013】
本発明者らは、このような問題点に鑑みて鋭意検討を行った。その結果、熱安定性に優れ且つ高い磁気特性を示すSmFe17系化合物からなる磁性粉末を工業的に利用可能なプロセスを用いて合成する上で、鉄(Fe)の一部をコバルト(Co)とガリウム(Ga)とによって同時に置換することが有効であることを見出した。さらに所定の組成を有するSmFe17系磁性粉末は飽和磁化(Ms)及び保磁力(Hc)のみならず角形性にも優れており、磁石の最大エネルギー積(BHmax)を高める上で好適であるとの知見を得た。
【0014】
本発明は、このような知見に基づき完成されたものであり、熱安定性に優れ且つ高い磁気特性を示すサマリウム鉄炭素(SmFe17)系磁性粉末及びその製造方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、下記(1)~(11)の態様を包含する。なお本明細書において「~」なる表現は、その両端の数値を含む。すなわち「X~Y」は「X以上Y以下」と同義である。
【0016】
(1)サマリウム(Sm)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ガリウム(Ga)及び炭素(C)を含む菱面体晶系ThZn17型化合物を主相として含み、前記化合物が一般式:SmFe(17-m-n)CoGaで表される組成(ただし、2.0≦m≦3.5、1.5≦n≦3.0、1.00≦x≦1.75)を有する、希土類鉄炭素系磁性粉末。
【0017】
(2)前記m及びnが、0.30≦n/(m+n)≦0.60を満たす、上記(1)の磁性粉末。
【0018】
(3)前記xが、1.25≦z≦1.50を満たす、上記(1)又は(2)の磁性粉末。
【0019】
(4)前記磁性粉末の平均粒子径d50が5.0μm以下である、上記(1)~(3)のいずれかの磁性粉末。
【0020】
(5)サマリウム(Sm)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ガリウム(Ga)及び炭素(C)を含み、残部不可避不純物からなる、上記(1)~(4)のいずれかの磁性粉末。
【0021】
(6)α-Fe相の含有量が10体積%以下である、上記(1)~(5)のいずれかの磁性粉末。
【0022】
(7)主相及びα-Fe相以外に異相を含まない、上記(1)~(6)のいずれかの磁性粉末。
【0023】
(8)前記磁性粉末の飽和磁化(Ms)が90Wb・m/kg以上であり、且つ保磁力(Hc)が250kA/m以上である、上記(1)~(7)のいずれかの磁性粉末。
【0024】
(9)前記磁性粉末の飽和磁化(Ms)が80Wb・m/kg以上であり、且つ保磁力(Hc)が300kA/m以上である、上記(1)~(7)のいずれかの磁性粉末。
【0025】
(10)前記磁性粉末の飽和磁化(Ms)に対する残留磁化(Mr)の比(Mr/Ms比)が0.90以上である、上記(1)~(9)のいずれかの磁性粉末。
【0026】
(11)上記(1)~(10)のいずれかの磁性粉末の製造方法であって、以下の工程;
サマリウム(Sm)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ガリウム(Ga)及び炭素(C)を含む原料を準備する工程、
準備した原料を配合する工程、
配合した原料を坩堝又は鋳型に入れた後に、溶解鋳造して鋳塊にする工程、
前記鋳塊に熱処理を施して均質化する工程、及び
均質化した前記鋳塊を粉砕して粉砕粉にする工程、
を含む、方法。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、熱安定性に優れ且つ高い磁気特性を示すサマリウム鉄炭素(SmFe17)系磁性粉末及びその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】磁性粉末のヒステリシスカーブの一例を示す。
図2】磁性粉末のヒステリシスカーブの別の一例を示す。
図3】磁性粉末のX線回折プロファイルの一例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施形態」という)について説明する。なお本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において種々の変更が可能である。
【0030】
<希土類鉄炭素系磁性粉末>
本実施形態の希土類鉄炭素系磁性粉末は、サマリウム(Sm)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ガリウム(Ga)及び炭素(C)を含む菱面体晶系ThZn17型化合物を主相として含む。またこの化合物は、一般式:SmFe(17-m-n)CoGaで表される組成を有する。ここでm、n及びxは、2.0≦m≦3.5、1.5≦n≦3.0、1.00≦x≦1.75の関係を満たす。
【0031】
本実施形態の磁性粉末は、一般式:SmFe(17-m-n)CoGaで表される組成を有するSmFe17系化合物を主相として含む。なお本明細書においてSmFe17系化合物とは、SmFe17を基本組成とする化合物のみならず、サマリウム(Sm)及び鉄(Fe)の一部が他の元素で置換された化合物を包含する。また本実施形態の主相化合物は、そのSmと(Fe+Co+Ga)の比が厳密に2:17である必要はない。格子空孔や欠陥の存在により2:17から偏倚することがあり、菱面体晶系ThZn17構造を維持できる限り、そのような偏倚は許容される。
【0032】
本実施形態の化合物では、SmFe17の鉄(Fe)の一部がコバルト(Co)及びガリウム(Ga)で置換されている。またこの化合物の結晶構造は菱面体晶系ThZn17構造である。SmFe17系化合物は、その結晶構造がSmFe17と同一である。SmFe17は、低温では菱面体晶系ThZn17構造を安定相とし、高温では六方晶系ThNi17構造が安定相である。これらの構造はいずれも、希土類磁石材料として知られるSmCoが属する六方晶CaCu構造から派生したものである。例えばThZn17構造はCaCu構造のRサイト(Smサイト)の1/3をダンベル鉄(Fe-Fe)で規則的に置換したものに相当する。
【0033】
SmFe17系化合物は、SmFe17の結晶格子間に炭素(C)が侵入した炭素侵入型化合物(合金)である。SmFe17は、Sm-Fe化合物の中で、磁気モーメント(磁化)の担い手となる鉄(Fe)原子を最も多く含み、それ故、潜在的には大きな磁化を示す可能性がある。しかしながら実際には炭素を含まないSmFe17はキュリー温度(Tc)が低く、室温での飽和磁化が小さい。これは結晶格子中でのFe-Fe原子間距離が短すぎて、Fe原子に基づく強磁性的磁気秩序が不安定であるからと考えられている。またSmFe17は、磁気異方性定数Kが負であるため、面内磁気異方性を示す。面内磁気異方性を示す材料では、結晶中ab面内を磁化容易軸が回転するため、高い保磁力(Hc)を得ることができない。このような理由でSmFe17は、これ単独では優れた磁石材料にはならない。
【0034】
これに対してSmFe17に炭素(C)を加えてSmFe17にすることで、結晶格子が膨張してFe-Fe原子間距離が長くなる。そのため磁気秩序が安定化されて、キュリー温度(Tc)が大幅に上昇する。また加えられた炭素(C)は、鉄(Fe)原子の磁気モーメントやサマリウム(Sm)サイトの結晶場に影響を及ぼす。これに伴い、結晶中c軸方向に磁化容易軸が固定される一軸磁気異方性が発現するとともに、磁気異方性定数の絶対値が大きくなる。このような理由でSmFe17系化合物は、飽和磁化(Ms)及び保磁力(Hc)の高い優れた磁石材料になると考えられる。また結晶格子中に取り込まれる炭素(C)量が多いほど、磁気特性(Ms、Hc、Tc)がより優れたものになると期待される。
【0035】
本実施形態の磁性粉末では、上述した一般式においてコバルト(Co)量mを2.0≦m≦3.5の範囲内に限定する。コバルト(Co)は、SmFe17系化合物の鉄(Fe)サイトを占めて、ThZn17結晶構造を安定化させるとともに、キュリー温度(Tc)を高める働きがある。コバルト(Co)量mが2.0未満であると、キュリー温度が低下する。そのため室温で高い飽和磁化(Ms)を得ることが困難になる。一方でmが3.5を超えると、保磁力(Hc)及び残留磁化(Mr)が低くなる。コバルト(Co)置換により格子が縮むため、過度な置換は磁気異方性に悪影響を及ぼすと推察される。mは3.0以上3.3以下がより好ましい。
【0036】
本実施形態の磁性粉末では、ガリウム(Ga)量nを1.5≦n≦3.0の範囲内に限定する。ガリウム(Ga)は、SmFe17系化合物の鉄(Fe)サイトを占めて、結晶構造を安定化させる働きがある。ガリウム(Ga)量nが1.5未満であると、結晶構造が不安定になり、SmFe17系化合物が分解する恐れがある。分解によりα-Feなどの異相が生成し、その結果、保磁力(Hc)が低下する。nは1.7以上が好ましく、2.0以上がより好ましい。一方でnが3.0を超えると、飽和磁化(Ms)及び保磁力(Hc)が低下する。ガリウム(Ga)は非磁性元素である。そのためこれが過度に多く含まれると、単位胞あたりの磁気モーメント及びFe-Fe原子間の磁気秩序が弱くなると推察される。nは2.5以下がより好ましい。
【0037】
本実施形態の磁性粉末は、好ましくはコバルト(Co)量m及びガリウム(Ga)量nが0.30≦n/(m+n)≦0.60を満たす。この範囲内であると、磁性粉末の飽和磁化(Ms)と保磁力(Hc)とをバランスよく高めることが可能になる。より好ましくは、m及びnが、0.34≦n/(m+n)≦0.40を満たす。
【0038】
本実施形態の磁性粉末では、炭素(C)量xを1.00≦x≦1.75の範囲内に限定する。上述したように、炭素(C)には、結晶格子間に侵入して、キュリー温度(Tc)及び一軸磁気異方性を高める働きがある。炭素(C)量xが1.00未満であると、キュリー温度が低下して、室温での飽和磁化(Ms)が小さくなる。また磁化容易軸が面内異方性をもつようになり、保磁力(Hc)が低下してしまう。xは1.25以上であってもよい。一方でxが1.75を超えると、結晶構造が不安定になる。そのためα-Feなどの異相が生成して保磁力(Hc)が低下する。xは1.50以下であってもよい。
【0039】
本実施形態の磁性粉末は、上述した組成を満足する限り、その主相を構成する化合物(SmFe17系化合物)がサマリウム(Sm)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ガリウム(Ga)及び炭素(C)以外の他の元素を含んでいてもよい。例えばサマリウム(Sm)以外に、ネオジム(Nd)やプラセオジウム(Pr)といった希土類元素を主相が含んでもよい。また炭素(C)以外に窒素(N)を含んでもよい。しかしながらサマリウム(Sm)以外の希土類元素を多量に含むと、主相化合物の一軸磁気異方性が弱くなり、保磁力が低下する恐れがある。また窒素(N)を多量に含むと、化合物の熱安定性が劣化する恐れがある。したがって主相に含まれる他の元素は少ないほど好ましい。他の元素の含有量は30原子%以下であってよく、10原子%以下であってよく、5原子%以下であってよく、1原子%以下であってもよく、0.1原子%以下であってもよい。
【0040】
また本実施形態の磁性粉末は、SmFe17系化合物を主相とする限り、その他の相を含んでもよい。ここで主相とは、粉末中で50質量%以上の割合を占める成分のことを指す。またその他の相として、SmFe14C相、α-Fe相、サマリウム炭化物相(Sm3-x相等)、サマリウム鉄炭化物相、及びこれらの相にコバルト(Co)、ガリウム(Ga)及び/又は炭素(C)が固溶した相などが挙げられる。しかしながらSmFe17系化合物の優れた磁気特性を十分に生かすため、主相以外の成分の割合は少ないほど好ましい。粉末中の主相以外の成分の割合は30体積%以下であってよく、10体積%以下であってよく、5体積%以下であってよく、1体積%以下であってよく、0.1体積%以下であってもよい。磁性粉末が、サマリウム(Sm)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ガリウム(Ga)及び炭素(C)を含み、残部不可避不純物からなる組成を有してもよい。ここで不可避不純物は製造工程上不可避的に混入する成分であり、その量は典型的には1000ppm以下である。
【0041】
本実施形態の磁性粉末は、好ましくはα-Fe相の含有量が10体積%以下である。ここでα-Fe相は、鉄(Fe)のみからなるものだけでなく、鉄(Fe)にコバルト(Co)やガリウム(Ga)が固溶したものを含む。α-Fe相は、磁気異方性をもたず、軟磁性を示す。そのためα-Fe相が多量に形成されると、粉末の保磁力(Hc)が低下する恐れがある。α-Fe相の量は、5体積%以下であってよく、1体積%以下であってよい。磁性粉末がα-Fe相を含まなくともよい。なおα-Fe相の含有量は、磁性粉末をX線回折により分析することで求めることができる。また「α-Fe相を含まない」とは、X線回折プロファイルにて、α-Fe相に基づく回折ピークが存在しない、又は存在したとしてもノイズ以下の強度であることを意味する。X線回折分析は、後述する実施例での条件に準じた条件で行う。
【0042】
本実施形態の磁性粉末は、好ましくは主相及びα-Fe相以外に炭化物などの異相を含まない。SmFe17系化合物の合成反応が不十分な場合、あるいは炭素(C)量が過剰な場合には、遊離炭素が発生し、この遊離炭素が他の元素と反応して炭化物を形成することがある。このような炭化物が形成されると、SmFe17系化合物を構成する炭素(C)の量が実質的に少なくなる。そのためキュリー温度(Tc)や結晶磁気異方性が低下する結果、飽和磁化(Ms)や保磁力(Hc)といった磁気特性が劣化する恐れがある。なお異相の存在は、磁性粉末をX線回折することで確認することができる。また「異相を含まない」とは、X線回折プロファイルにて、異相に基づく回折ピークが存在しない、又は存在したとしてもノイズ以下の強度であることを意味する。
【0043】
本実施形態の磁性粉末は、好ましくはその平均粒子径(d50)が5.0μm以下である。SmFe17系化合物は、SmFe17系化合物と同様に、ニュークリエーション型の磁化反転機構を有すると考えられる。ニュークリエーション型の機構では、逆磁区の核形成に基づき磁化が反転する。そのため平均粒子径が5.0μmを超えて過度に大きくなると、逆磁区の核が多くなり、保磁力が低下する恐れがある。平均粒子径は3.0μm以下であってよく、2.5μm以下であってよく、2.0μm以下であってもよい。一方で平均粒子径が過度に小さいと、粉砕歪の蓄積や化合物の分解が生じる恐れがあるとともに、極度にサイズが小さい超常磁性粒子の影響を無視し得なくなる。平均粒子径は0.1μm以上であってよく、0.5μm以上であってよい。
【0044】
本実施形態の磁性粉末は、その飽和磁化(飽和質量磁化;Ms)が80Wb・m/kg(80emu/g)以上であってよく、90Wb・m/kg(90emu/g)以上であってよく、100Wb・m/kg(100emu/g)以上であってよく、110Wb・m/kg(110emu/g)以上であってもよい。このように高い飽和磁化(Ms)を示す磁性粉末は、磁束密度(Ms)が高く磁力の強い磁石を製造するための原料として有用である。
【0045】
本実施形態の磁性粉末は、その保磁力(Hc)が250kA/m(3.14kOe)以上であってよく、275kA/m(3.46kOe)以上であってよく、300kA/m(3.77kOe)以上であってよく、325kA/m(4.08kOe)以上であってよく、350kA/m(4.40kOe)以上であってもよい。このように高い保磁力(Hc)を示す磁性粉末は、高磁場下で減磁しにくい磁石を製造するための原料として有用である。
【0046】
好ましい態様では、飽和磁化(Ms)が90Wb・m/kg(90emu/g)以上であり、且つ保磁力(Hc)が250kA/m(3.14kOe)以上である。また別の好ましい態様では、飽和磁化(Ms)が80Wb・m/kg(80emu/g)以上であり、且つ保磁力(Hc)が300kA/m(3.77kOe)以上である。このように高い飽和磁化(Ms)及び保磁力(Hc)を示す磁性粉末は、高磁場下で減磁しにくく且つ強力な磁石、例えば高出力モーター用磁石を製造するための原料として有用である。
【0047】
本実施形態の磁性粉末は、好ましくは飽和磁化(Ms)に対する残留磁化(Mr)の比(Mr/Ms比)が0.900(90.0%)以上である。ここでMr/Ms比は角形性の指標となるものである。Mr/Ms比が低いと、ヒステリシスループ(J-H曲線)の第2象限(減磁曲線)において、ステップ状の段差(クニック)が観察されることがある。このような段差の存在は、減磁曲線の角形性を悪くするため好ましくない。すなわち飽和磁化(Ms)及び保磁力(Hc)が高い磁性粉末であっても、角形性が悪いと、この粉末を用いて作製した磁石の最大エネルギー積(BHmax)が小さくなる。最大エネルギー積が小さい磁石は、動作点での磁束密度が低いとともに、磁場変動や寸法変動に伴う磁束密度の変化の度合いが大きく、安定的に動作させることができない。これに対してMr/Ms比が高い磁性粉末を用いることで、最大エネルギー積の大きい磁石を作製することができる。Mr/Ms比は0.920(92.0%)以上であってよく、0.940(94.0%)以上であってよく、0.950(95.0%)以上であってもよい。Mr/Ms比の上限は1.000(100.0%)である。なおMr/Ms比は、十分に磁場配向させた磁性粉末について求めた飽和磁化(Ms)及び残留磁化(Mr)から算出する。
【0048】
このように、本実施形態の磁性粉末は、飽和磁化(Ms)及び保磁力(Hc)のみならず角形性に優れている。そのためこの粉末を用いて、基本性能(磁束密度、保磁力、最大エネルギー積)に優れた磁石を製造することができる。さらにこの磁性粉末は、高温で分解することがなく、またキュリー温度(Tc)が高い。そのためボンド磁石のみならず焼結磁石の原料として用いることができる。その上、製造後の磁石の熱安定性を良好なものにすることが可能である。したがって磁石用原料として実用上の価値が高い。
【0049】
特に本実施形態の磁性粉末は、SmFe17系化合物の鉄(Fe)の一部を所定量のコバルト(Co)とガリウム(Ga)の両方で置換することで、炭素(C)を結晶格子中に効率よく取り込むことができる。そのため異相形成を抑制しつつも炭素量xを高めることができ、その結果、熱安定性に優れるとともに高い磁気特性(飽和磁化、保磁力、角形性)を示す磁性粉末にすることが可能である。実際、本発明者らは、コバルト(Co)とガリウム(Ga)の同時置換により、炭素量xが1.75と高いにも関わらず異相の少ない磁性粉末の合成に成功している。
【0050】
本発明者らの知る限り、このように高い磁気特性を示すSmFe17系磁性粉末を合成することは知られていない。例えば特許文献1には広範な組成を有するR-Fe-M-C化合物を主相とする希土類磁石材料が開示されているが、コバルト(Co)とガリウム(Ga)の組み合わせに基づく共置換に着目したものでなく、またその効果を示唆するものでない。実際、特許文献1では実施例においてチタン(Ti)とコバルト(Co)を同時に加えて磁石材料を作製することが開示されているが、チタン(Ti)は炭化物を生成し易い成分である(特許文献1の表2(試料番号21~25)及び[0011])。したがって特許文献1の磁石粉末では、異相たる炭化物(TiC)が形成されることで、主相結晶格子中に炭素を十分に取り込むことができないと推察される。その上、特許文献1には磁石粉末のMr/Ms比は開示がなく、この粉末の角形性は不明である。
【0051】
また非特許文献1はSmFe17系化合物についてコバルト(Co)置換を開示するものの、コバルト(Co)とガリウム(Ga)の共置換について何ら教示するものでない。また非特許文献1にもMr/Ms比は開示がなく、化合物の角形性は不明である。
【0052】
<希土類鉄炭素系磁性粉末の製造方法>
本実施形態の磁性粉末は、上述した要件を満足する限り、その製造方法は限定されない。しかしながら好適な製造方法は、以下の工程;サマリウム(Sm)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ガリウム(Ga)及び炭素(C)を含む原料を準備する工程(準備工程)、準備した原料を配合する工程(配合工程)、配合した原料を坩堝又は鋳型に入れた後に、溶解鋳造して鋳塊にする工程(溶解鋳造工程)、鋳塊に熱処理を施して均質化する工程(均質化熱処理工程)、及び均質化した鋳塊を粉砕して粉砕粉にする工程(粉砕工程)、を含む。
【0053】
準備工程では、サマリウム(Sm)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ガリウム(Ga)及び炭素(C)を含む原料を準備する。原料として、サマリウム、鉄、コバルト、ガリウム及び炭素のそれぞれを元素形態で含む原料を用いてもよく、あるいはこれらの組み合わせを化合物又は合金の形態で含むものを用いてもよい。例えば溶解鋳造法又は還元拡散法で作製したSm-Fe合金を用いてもよい。
【0054】
配合工程では、準備した原料を配合する。原料の配合は、製造後の磁性粉末が所定の組成になるように調整すればよい。ただしサマリウム(Sm)などの揮発し易い成分は、後続する溶解鋳造工程での揮発を見越して過剰になるように配合してもよい。例えば、サマリウム(Sm)を目標組成での必要量に対して5~30質量%過剰になる量で配合してもよい。
【0055】
溶解鋳造工程では、配合した原料を坩堝又は鋳型に入れた後に、溶解鋳造して鋳塊(インゴット)にする。溶解鋳造は、高周波溶解法やアーク溶解法などの公知の手法で行えばよい。またその条件も、原料が十分に溶解して鋳塊になるように適宜設定すればよい。
【0056】
必要に応じて、鋳塊の表面に研削加工などの加工処理を施して、表面変質層を除去する工程(加工処理工程)を設けてもよい。鋳造後の鋳塊の表面には酸化物層などの表面変質層が存在することがある。このような表面変質層は、製造後の磁性粉末の特性を劣化させる原因になるため、これを除去することが望ましい。加工処理は、表面変質層を除去できる限り限定されず、例えば研削加工や研磨加工が挙げられる。また加工処理は、溶解鋳造工程の直後に行ってもよく、あるいは後述する均質化熱処理後に行ってもよい。
【0057】
均質化熱処理工程では、得られた鋳塊に熱処理(均質化熱処理)を施して均質化する。鋳造後の鋳塊では、成分が偏析して、組成や組織が不均一になっている場合がある。不均一な組成や組織は、製造後の磁性粉末の特性を劣化させる原因になるため好ましくない。鋳塊に均質化熱処理を施すことで、組成及び組織の均質化を図ることができる。均質化熱処理は、例えばアルゴン(Ar)ガスなどの不活性雰囲気下1000~1200℃の温度で8~192時間行えばよい。
【0058】
粉砕工程では、均質化した鋳塊を粉砕して粉砕粉にする。先述したようにSmFe17系化合物は、その磁化反転機構がニュークリエーション型である。そのため微細な粉末にすることで保磁力(Hc)が高くなる。粉砕は公知の手法で行えばよい。例えば鋳塊を粗粉砕し、得られた粗粉砕粉を微粉砕する手法が挙げられる。粗粉砕は、乳鉢、ジョークラッシャー及び/又はスタンプミルなど公知の破砕機を用いて行えばよい。また微粉砕は、ボールミル、振動ミル及び/又はアトライタなどの公知の粉砕機を用いて、乾式及び/又は湿式で行えばよい。
【0059】
ただし鋳塊や粉砕粉には、酸化しやすいサマリウム(Sm)や鉄(Fe)成分が含まれている。そのため粉砕工程は、アルゴン(Ar)ガスの不活性雰囲気下で行うことが好ましい。また保磁力が高い粉末を得るためには、微細な粉砕粉を得るように粉砕条件を設定することが好ましい。具体的には粉砕粉の平均粒子径(d50)が5μm以下になるまで粉砕することが好ましい。さらに粉砕歪を取り除く目的で、粉砕粉に熱処理を施してもよい。
【0060】
このようにして本実施形態の磁性粉末を製造することができる。製造後の磁性粉末は、熱安定性が良好であるととともに磁気特性に優れている。そのためこの磁性粉末を用いて、熱安定性が良好で且つ基本性能に優れる磁石を製造することができる。
【0061】
<ボンド磁石>
本実施形態の磁性粉末は、それ自体の磁気特性が優れている。したがってこの粉末は、磁性粉末の特性が直接反映されるボンド磁石を製造するための原料として好適である。特にこの磁性粉末は飽和磁化(Ms)及び保磁力(Hc)のみならず角形性に優れている。そのため最大エネルギー積(BHmax)の高いボンド磁石を得ることができる。ボンド磁石は、磁性粉末と樹脂バインダーとを混合してコンパウンドを作製し、得られたコンパウンドを成形して作製する。また樹脂バインダーの種類に応じて、成型体に硬化処理を施してもよい。
【0062】
樹脂バインダーは熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂のいずれであってよい。熱可塑性樹脂系バインダーは、その種類は特に限定されない。例えば、6ナイロン、6-6ナイロン、11ナイロン、12ナイロン、6-12ナイロン、芳香族系ナイロン、これらの分子を一部変性、または共重合化した変性ナイロン等のポリアミド樹脂、直鎖型ポリフェニレンサルファイド樹脂、架橋型ポリフェニレンサルファイド樹脂、セミ架橋型ポリフェニレンサルファイド樹脂、低密度ポリエチレン、線状低密度ポリエチレン樹脂、高密度ポリエチレン樹脂、超高分子量ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂、エチレン-エチルアクリレート共重合樹脂、アイオノマー樹脂、ポリメチルペンテン樹脂、ポリスチレン樹脂、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン共重合樹脂、アクリロニトリル-スチレン共重合樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリ塩化ビニリデン樹脂、ポリ酢酸ビニル樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリビニルブチラール樹脂、ポリビニルホルマール樹脂、メタクリル樹脂、ポリフッ化ビニリデン樹脂、ポリ三フッ化塩化エチレン樹脂、四フッ化エチレン-六フッ化プロピレン共重合樹脂、エチレン-四フッ化エチレン共重合樹脂、四フッ化エチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合樹脂、ポリテトラフルオロエチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリフェニレンオキサイド樹脂、ポリアリルエーテルアリルスルホン樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリアリレート樹脂、芳香族ポリエステル樹脂、酢酸セルロース樹脂、前出の各樹脂系エラストマー等が挙げられる。またこれらの単重合体や他種モノマーとのランダム共重合体、ブロック共重合体、グラフト共重合体、他の物質での末端基変性品などが挙げられる。さらに熱硬化性樹脂としては、不飽和ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂などを挙げることができる。
【0063】
樹脂バインダーの配合量は、特に制限されるものではないが、コンパウンド100質量部に対して1~50質量部が好ましい。1質量部より少ないと著しい混練トルクの上昇、流動性の低下を招いて成形困難になるだけでなく、磁気特性が不十分になることがある。一方で50質量部よりも多いと、所望の磁気特性が得られないことがある。樹脂バインダーの配合量は、3~50質量部であってよく、5~30質量部であってよく、7~20質量部であってよい。
【0064】
コンパウンドには、反応性希釈剤、未反応性希釈剤、増粘剤、滑剤、離型剤、紫外線吸収剤、難燃剤や種々の安定剤などの添加剤、充填材を配合することができる。また求められる磁気特性に合わせて、本実施形態の磁性粉末以外の他の磁性粉末を配合してもよい。他の磁性粉末として通常のボンド磁石に用いるものを採用することができ、例えば希土類磁石粉、フェライト磁石粉及びアルニコ磁石粉などが挙げられる。
【0065】
磁性粉末と樹脂バインダーとを混合する際には、バンバリーミキサー、ニーダー、ロール、ニーダールーダー、単軸押出機、二軸押出機等の混練機を用いて溶融混練すればよい。またコンパウンドの成形は、射出成形、押出成形又は圧縮成形により行えばよい。
【0066】
ボンド磁石は異方性磁石であってよく、あるいは等方性磁石であってもよい。しかしながら最大エネルギー積がより高い異方性磁石が好ましい。異方性ボンド磁石を作製する場合には、成形機の金型に磁気回路を組み込み、コンパウンドの成形空間(金型キャビティ)に配向磁場がかかるようして成形する。一方で配向磁場をかけなければ、等方性ボンド磁石が得られる。
【0067】
<焼結磁石>
本実施形態の磁性粉末は磁気特性のみならず耐熱性に優れる。特にこの粉末は1000℃以上の高温でも分解しない。そのため焼結磁石を製造するための原料として好適である。焼結磁石は、磁性粉末を成形し、得られた成型体を焼結して作製する。成形性を改善するために、磁性粉末にステアリン酸などの潤滑剤(成形助剤)を加えてもよい。また焼結性を改善するために焼結助剤を加えてもよい。
【0068】
磁性粉末の成形は、射出成形、押出成形及び圧縮成形などの公知の手法で行えばよい。異方性磁石を作製する場合には、ボンド磁石と同様に、成形機の金型に磁気回路を組み込み、成形空間に配向磁場がかかるようして成形すればよい。また緻密化を図るために、得られた成型体に静水圧加圧成形(CIP)を施してもよい。
【0069】
焼結は、常圧焼結、ホットプレス(HP)及び熱間等方圧加圧(HIP)などの公知の手法を用いて、不活性ガス又は真空中で成型体が緻密になるまで行えばよい。焼結が不足すると、焼結体の密度が高まらず、磁束密度(B)及び最大エネルギー積(BHmax)の高い磁石を得ることができない。一方で焼結が過度に進行すると、焼結体中の結晶粒子が粗大化して、保磁力が低下する恐れがある。したがって結晶粒子が過度に粗大化しない範囲で緻密な焼結体が得られる条件を選択すればよい。
【0070】
本実施形態のボンド磁石や焼結磁石は、熱安定性が良好であるとともに、磁石の基本特性(磁束密度、保磁力、最大エネルギー積)に優れている。そのため自動車、一般家電製品、通信・音響機器、医療機器、一般産業機器等に至る幅広い分野において極めて有用である。
【実施例
【0071】
[例1~16]
(1)磁性粉末の作製
まず、原料として、金属サマリウム(Sm)、金属鉄(Fe)、金属コバルト(Co)、金属ガリウム(Ga)、及び炭素(C)粗粒(>1mm)を準備し、これらを所定の配合量となるように秤量した。仕込組成はサマリウム(Sm)の揮発を考慮してSmが15%過剰に含まれる組成にした。秤量した原料から高周波溶解法によりφ12mm×80~100mmLの大きさのSm-Fe-Co-Ga-C合金鋳塊を作製した。次いで均質化を目的として、得られた鋳塊をアルゴン(Ar)雰囲気下1080℃×50時間の条件で熱処理(均質化熱処理)した。均質化熱処理後に、鋳塊の外径がφ10.5mmになるまで表面を研削して、酸化物層などの表面変質層を除去した。
【0072】
続いてアルゴン(Ar)雰囲気のグローブボックス中で、表面研削した鋳塊を鉄製乳鉢で粗粉砕し、その後、ふるいがけして粒径45~250μmの粗粉末を得た。得られた粗粉末に分散剤としてステアリン酸を適量加えてボールミル粉砕した。ボールミル粉砕は、遊星型ボールミル装置を用いて、自転及び公転回転数300rpm又は600rpmの条件で60分間行った。また粉砕メディアとしてφ5mmのジルコニアボールを、溶媒としてヘプタンを用いた。これによりSm-Fe-Co-Ga-C粉末(磁性粉末)を得た。
【0073】
(2)磁性粉末の評価
例1~16で得られた磁性粉末につき、各種特性の評価を以下に示すとおりに行った。
【0074】
<組成>
磁性粉末の組成をICP発光分析法により調べた。
【0075】
<平均粒径>
磁性粉末の平均粒子径(d50)をレーザー回折法により測定した。具体的にはレーザー回折式乾式粒度分布測定装置(Sympatec社、HELOS&RODOS)を用いて、体積粒度分布における50%累積径を求めた。
【0076】
<結晶相>
磁性粉末をX線回折(XRD)法により分析してX線プロファイルを求め、このX線プロファイルを用いて粉末中の結晶相を調べた。分析条件は、以下のとおりにした。
【0077】
‐X線回折装置:Rigaku SmartLab
‐線源:CuKα
‐管電圧:45kV
‐管電流:200mA
‐スキャン速度:8°/分
‐スキャン範囲(2θ):20~120°
【0078】
またX線プロファイルをリートベルト法により解析して、粉末中のα-Fe相の量を求めた。
【0079】
<磁気特性>
磁性粉末の磁気特性(飽和磁化、残留磁化及び保磁力)を測定した。測定は、ボンド磁石試験方法ガイドブックBMG-2005(日本ボンド磁性材料協会)に則り、振動試料型磁力計(理研電子株式会社、VSM)を用いて行った。まずグローブボックス内のアルゴン雰囲気下において20mg程度の磁性粉末をデルリン製カプセル(内径6mm(外径7mm)×高さ5.5mm)に入れて、このカプセルをホットプレートに載せた。次にパラフィンを溶かしながらカプセル上限まで入れて、カプセルの蓋をしてから冷却した。グローブボックス外でカプセルを再度ホットプレートに載せてパラフィンを溶かし、カプセルの水平方向に18MA/mの磁場を印加して粉末を磁場配向させた。粉末が配向した後に冷却してパラフィンを固めて測定試料を作製した。6.4MA/mの磁場中で着磁した後に、測定試料をVSMのロッド先端にセットし、最大印加磁場1.6MA/mの条件で磁化曲線(ヒステリシスカーブ)を描かせた。得られたヒステリシスカーブから、飽和磁化(Ms)、残留磁化(Mr)及び保磁力(Hc)を読み取った。また飽和磁化と残留磁化より、Mr/Ms比を求めた。なお各例において、磁性粉末から取り出した3点のサンプルにつき磁気特性(飽和磁化、残留磁気、保磁力及びMr/Ms比)を求め、その平均値をそれぞれの磁気特性とした。
【0080】
(3)評価結果
例1~16について磁性粉末の特性を表1に示す。ここで例3、例4、例6、例14~例16が比較例サンプルであり、それ以外が実施例サンプルである。
【0081】
表1を見て分かるように、炭素量(x)が過度に多い比較例サンプル(例3、例4及び例14~例16)は、飽和磁化Msが95.2Wb・m/kg以上と比較的高いものの、保磁力Hcが246.4kA/m以下であった。またこれらのサンプルはMr/Ms比が80.3%以下であった。さらにこれらのサンプルは異相たるα-Fe相の量が10体積%超と多かった。ガリウム量(n)が過度に少ない比較例サンプル(例6)は、保磁力Hcが214.7kA/mと小さかった。
【0082】
これに対して、実施例サンプル(例1、例2、例5、例7~例13)は、保磁力Hcが252.7kA/m以上であり、Mr/Ms比が90.1%以上と高かった。またこれらのサンプルは飽和磁化Msが88.5Wb・m/kg以上と十分に高かった。特に例7、例8、例10及び例11は、飽和磁化Msが100Wb・m/kg以上且つ保磁力Hcが300kA/m以上と優れた磁気特性を示した。さらに実施例サンプルはα-Fe相量が10体積%以下と少なく、特に例5、例8及び例9は1体積%以下と極めて少なかった。
【0083】
【表1】
【0084】
実施例サンプルたる例8及び例12の磁化曲線(ヒステリシスカーブ)のそれぞれを図1及び図2に示す。これらを見て分かるように、ヒステリシス曲線の角形性が非常に良好であった。すなわち保磁力近傍での磁化曲線の立ち上がりが急峻であり、かつヒステリシス曲線の第2象限(減磁曲線)において、ステップ状の段差(クニック)が殆ど見られなかった。
【0085】
実施例サンプルたる例8のX線回折プロファイルを図3に示す。なお図中に示される丸印(●)はSmFe17に基づく回折ピークが現れるべき位置であり、逆三角形印(▼)は、α-Feに基づく回折ピークが現れるべき位置である。
【0086】
図3には、SmFe17系化合物に基づく回折ピークが明瞭に見られる一方で、他の回折ピークは観察されなかった。特にα-Fe相の存在は確認されなかった。
図1
図2
図3